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空さん
平均点: 6.12点 書評数: 1490件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.230 8点 鋼鉄都市- アイザック・アシモフ 2009/11/05 21:02
SFミステリと言っても、ホーガンの『星を継ぐもの』が、SFならではの(犯罪とは無関係な)謎ととてつもないトリックを見せてくれるタイプであるのに対し、本作はSF世界の中で起こった殺人事件の捜査という、古典的な謎解きミステリになっています。
有名なロボット3原則の抜け道探しや、「シティ」住人の特性というSF設定があるからこそ成立する開かれた密室、「宇宙人」という言葉の定義と役割など、いかにもSFらしい楽しみがふんだんに味わえます。
謎解きとしては、真犯人は巻半ばで第一容疑者になっても不思議がないのですが、ある事実のおかげで嫌疑をまぬがれています。この事実に関するアイディアは、実は犯人自身おそらく知らないままの偶然だというところが、若干不満な気もしますが、タイム・リミットのサスペンスで味付けされた最後の推理部分は、論理的な満足感を与えてくれました。
 ※注意:ハヤカワ文庫版のあとがきに、真犯人についてネタバレあり!

No.229 5点 死時計- ジョン・ディクスン・カー 2009/11/02 22:02
超自然的な怪奇趣味はないのですが、覗き見のシーンなどかなり異様な雰囲気に包まれていて幻惑的なところがいかにもカーらしい作品です。
一方、フェル博士が、もしそうだったら偶然過ぎると言うところがあるのですが、そこは偶然をうまく利用することが多いカーとしては珍しいかな、という気もします。
凶器が時計の長針という意外なものであるにもかかわらず、それが結局特別重要な意味を持っていなかったのは少々不満でした。また、普通ミステリの中で使うべきではないと言われている「あるもの」が利用されているのは、まあひねくれ者のカーなのでとりあえず個人的には何とか許容範囲内かな、とは思うのですが。
Tetchyさんが指摘されているアンフェアな記述、原文ではどうなっているのか、ちと気になるところですね。

No.228 6点 黒い樹海- 松本清張 2009/10/30 21:12
最初に起こる事件は明らかに運の悪い交通事故以外のなにものでもないのですが、それにしても不審なところがある。この小さな謎で読者を惹きつけておいて、関係ありそうな人物を紹介していき、しばらくしてから殺人事件に発展させる作者の小説運びはさすがです。
さらに殺人は連続して起こり、ヒロイン自身の身辺にも危険な影が忍び寄ってきます。展開は決して派手なわけではありませんが、静かなサスペンスが感じられます。
松本清張作品の中では、何度もテレビドラマ化されているわりに小説自体はあまり知られていないようですが、最終的な着地もなかなかきれいにまとまった佳作だと思います。

No.227 8点 男の首- ジョルジュ・シムノン 2009/10/27 21:01
半分も読まないうちに、誰でも真犯人と大まかな犯行計画はわかります。しかし犯行計画はともかく、犯人の正体については、作者は最初から全然隠そうなどという気がないのです。本作で読者をだましてくれるのは、実は犯人ではなくむしろメグレ警視です。
ドストエフスキーの『罪と罰』からの影響が大きい作品で、犯人はラスコーリニコフを極端化したような性格設定になっています。メグレ警視が犯人をつけまわすクライマックスの心理戦は読みごたえがあり、本作だけから判断すれば、シムノンの作風は心理サスペンスということになるでしょう。
逮捕後、死刑執行のごく短い最終章もこの作者らしい後味を残す評判どおりの傑作です。

No.226 8点 謎のクィン氏- アガサ・クリスティー 2009/10/24 14:09
名探偵の名前がハーリ・クィンというだけでも、本作がファンタジー的な要素を持っていることは明らかでしょう。いや、名探偵と言えるかどうかも疑問なミステリアスな存在です。クリスティー自身が高級感を狙ったと説明している、不思議な雰囲気を重視した短編集です。
最初の『クィン氏登場』でのクィン氏の登場シーンからして幻想的です。ミステリとは呼びがたいような秀作『海から来た男』からの5編では、ただ幽霊のように存在しているだけになり、事件解決はほとんど人生の傍観者を自認するサタースウェイト氏(ポアロものの『三幕の殺人』にも登場)にまかされてしまいます。そして二人とも名探偵役と言えない『世界の果て』を経て、最後の『道化師の小径』になると、完全にファンタジーであるとともに、クリスティー自身がやがて書くことになる某長編も連想させる作品になっています。
このシリーズならではの上述作の他、純粋な謎解きミステリとしては『道化荘奇聞』『ヘレンの顔』が印象に残ります。

No.225 6点 ダイヤル7をまわす時- 泡坂妻夫 2009/10/21 21:32
最初の『ダイヤル7』はよくできた正統派の謎解きで、まあ意外性演出パターンどおりとも言えるかもしれませんが、犯人を意外な手がかりから指摘してくれた後、さらに叙述形式を利用したひねりを用意していてサービス度充分。次の『芍薬に孔雀』も叙述形式というか語り口に工夫があり、さらにマジシャンとしての知識が盛り込まれた作品ですが、ちょっと懲りすぎで不自然になった感じがします。
しかしそれよりTetchyさんも挙げられている3作の雰囲気がいいですね。特に『青泉さん』のチェスタトン風な逆転の論理に滋味を加えた匙かげんがいかにも泡坂妻夫らしく、最も気に入っています。

No.224 5点 ロウソクのために一シリングを- ジョセフィン・テイ 2009/10/18 13:14
最後に明かされる犯人は意外といえば意外です。個人的には動機も納得できましたし、殺害にあるものを利用した点も単純ながら合理的であることは間違いありません。
しかし、その人物が犯人であることにグラント警部が気づく直接的な手がかりが読者には示されないまま、すぐに犯人逮捕に直結してしまうという段取は、1930年台のミステリだと思えません。他の怪しげな人物たちの行動への説明や逃亡者の再出現もあわせて、最後の十数ページにつめこまれ過ぎていて、消化不良な感じがします。
死体発見の冒頭から警察署長の娘エリカの活躍あたりまでは、文句なく楽しかったのですが。ヒッチコックもここらへんを気に入って、『第3逃亡者』として仕立て直したのではないかと思えます(実はこの映画、見てないのですが)。

No.223 7点 あるスパイの墓碑銘- エリック・アンブラー 2009/10/15 22:14
無国籍者という弱みにつけこまれて、警察から手先になるよう強要された「私」。滞在中のホテルの中にいるスパイは誰か?
ホテルというクローズド・サークルの中でのフーダニットならぬ「フーズスパイ」(誰がスパイか)とでも言ったらいいでしょうか。ただし、真相にたどりつくための手がかりがあらかじめ読者に提示されているわけではありません。真相究明に苦慮する一人称主人公のかなりのまぬけぶりは、私が読んだ筑摩書房版では訳者がクリスティー翻訳が多い田村隆一氏だということもあるせいか、なんとなくヘイスティングズをも思わせます。
それにしても、登場人物の口を借りて第二次世界大戦直前(1937~8年)という時代状況をはっきり感じさせる展開は、さすがシリアス・スパイ小説の第一人者でした。

No.222 6点 怪盗レトン- ジョルジュ・シムノン 2009/10/13 21:40
このメグレ・シリーズ第1作は、やはり後の作品とは微妙に違うところが感じられます。
まず目につくのは章立て。次作からは初期にはたいてい11章、その後は8~10章ぐらいなのですが、本作では19章と細かく分かれています。メグレの風貌が特に詳しく書かれているのも、最初の作品だからこそでしょう。部下のレギュラーメンバーの内では、リュカがちらっと登場するだけです。途中で殺し屋に殺される刑事はトランスという名前ですが、後の作品でも登場する同名の刑事は別人(親族?)と言うより、クイーンのニッキー・ボーターみたいに作品相互間の矛盾を気にしていないだけのように思えます。説明的な文章が所々あるのも、後の作品には見られない特徴です。
違いばかり強調しましたが、台風の中、港町での張り込みの描写など、やはりいかにもシムノンです。

No.221 5点 スペードの女王- 横溝正史 2009/10/10 14:11
刺青師の奇妙な体験から始まり、内股にスペードのクイーンの刺青をした女の首なし死体発見、さらに政財界にも影響力を持つ男の殺害、とストーリーは快調に進んでいきます。これは横溝正史の隠れた秀作か、と期待させられますが…
メインになる首なし死体パターンのヴァリエーションは決して悪くないのですが、残念なことに犯人の人物造形と動機が拍子抜けで、さらに最後の犯人逮捕に至る過程が変に通俗的になってしまっているのです。
1960年発表ですので、松本清張登場後の作品ということになります。しかし、横溝正史は大物殺害時点で「大きな社会的波紋にはしばらく目をつむり、殺人事件としてだけ、この問題にふれていこう」と書いていて、まさに反社会派というか非社会派というか。

No.220 7点 シャーロック・ホームズの冒険- アーサー・コナン・ドイル 2009/10/07 19:46
ホームズ初登場の短編『ボヘミアの醜聞』は、なんとこの名探偵のいわば失敗談ともいうべき話です。こういう意外な作品から、ストランド・マガジンへの連載は開始されたんですね。
全編を通して、1910年台いわゆる本格派黄金時代以降確立された考え方に則って見れば、不満なところもあるでしょう。特に『ボスコム渓谷の惨劇』『五個のオレンジの種』等は意外性が全くないと思うかもしれません。しかし、そのような不満は社会派の観点から横溝正史を批判するのと同じような無いものねだりにすぎないと思います。
××にミルクだとか(卵ならまだわかりますが)、土をどうしたのかとか、有名作にも論理的・科学的欠陥は指摘されていますが、そういったあら捜しも楽しい古典中の古典です。

No.219 5点 もの言えぬ証人- アガサ・クリスティー 2009/10/04 12:33
もの言えぬ証人とは、被害者の老婦人の愛犬ボブのことです。とは言っても、ボブがドイルの『銀星号事件』のような意味で重要な証人になるわけではないので、看板に偽りありという気もします。
1937年発表の本作、ヘイスティングズの一人称形式ものとしては、『カーテン』を除くと長編では最後の作品のはずですが、最初の50ページぐらいは三人称形式という異例の構成をとっています。作者もワトソン役による手記形式の限界を感じていたのかもしれません。
三人称形式部分による登場人物紹介の後、ポアロが2ヶ月以上も前に書かれた事件依頼の手紙を受け取るという謎から始まり、捉えどころのない事件の全貌を明らかにしていく手際はさすがですが、結末の意外性はクリスティーにしてはそれほどと思えませんでした。「犯人の意外性パターン」として分類しにくい犯人像のせいか、完全にだまされたという人もいるようですが。

No.218 7点 密閉山脈- 森村誠一 2009/10/02 20:01
タイトルどおりの山岳ミステリです。大学時代ワンダー・フォーゲル部に所属し、登山が趣味だったという森村誠一だけに、迫真の山の描写が堪能できます。山での火葬シーンもインパクトがありました。このあたりは、同じころ書かれた芸能界や航空業界を舞台にした作品より小説としての迫力が感じられます。
トリック自体は大したことはないのですが、登攀、下山が困難な山頂をスケールの大きな一種の密室と化してみせた発想はお見事。また、疑惑が起こるきっかけや動機の問題など、なかなか巧みに構成されていますし、犯人の殺人計画も細かいところまで練りこまれていて、好印象を与えます。
最後2ページぐらいでもおまけのショッキングな出来事を用意しているという、読みどころの多い作品です。

No.217 8点 メグレ罠を張る- ジョルジュ・シムノン 2009/09/29 21:24
『殺人鬼に罠をかけろ』のタイトルでジャン・ギャバンがメグレを演じた映画が話題になったこともある作品です。切り裂きジャックをも思わせる連続殺人の犯人に対して大がかりな罠をしかけるということで、直属部下の刑事たちだけではなく、いつもは単独行動が多い所轄の違う「無愛想な刑事」ことロニョンも、珍しくメグレの指示の下はりきっています。
罠が功を奏し、容疑者が逮捕されますが(この段階ですぐ連行しちゃうのかなとも思えますが)、さらにその後一波乱待っています。
最終章でメグレが犯人に語って聞かせる内容は、通常のミステリでは推理と呼べるようなものではありませんが、それでもこれこそがメグレ式推理であるとしか言いようがない説得力で迫ってきます。事件解決後のラスト1段落もいいですねえ。

No.216 7点 マルタの鷹- ダシール・ハメット 2009/09/26 13:18
「マルタの鷹」と呼ばれる宝物の争奪戦という粗筋だけでは、ほとんどインディ・ジョーンズとかの世界をも連想しますが、それが現実的なサンフランシスコの街中でリアルに展開するのが微妙に違和感を覚えさせる作品です。
いや、小説としてはやはり非常におもしろかったのですが、終ってみると上述のことも含め、何となくアンバランスな感じが残るのです。第2章で起こる殺人の犯人が誰かということに関する推理の根拠は早い段階でわかっていることばかりで、その後の鷹をめぐる騒動とのつながりがうまくかみ合っていないようにも思えます。
危険をほとんど舌先三寸で切り抜けていくサム・スペードのキャラクターは、マーロウやアーチャー(もちろんスペードの相棒のではなく、リュウです)ほど共感を持てないというのも正直な印象でした。推理の後のスペードの立場・考え方の披瀝は、かなりの分量で、読みごたえありましたが。

No.215 4点 喪失の儀礼- 松本清張 2009/09/24 21:32
最初から最後まで、警察の地道な捜査を描いた作品。清張の場合、このタイプは社会性より謎解き中心のものが多いように思われます。本作でも病院と製薬会社の問題を多少取り上げたりはしていますが、むしろ犯人の意外性などに比重がかかっています。本作で使われている意外性は書き方ひとつで相当に驚き度が変わってくるものですが、さすが巨匠の文章はうまいものです。現代俳句を取り入れているのも、並の作家にはまねのできない技でしょう。
ただし、謎解き中心にしては説明不足、論理的欠陥がかなりあります。特に犯人の二つの動機について、殺されるべき人間の特定が犯人にどうしてできたのか、全く説明されていないのは問題でしょう。
最終章での推理は憶測の域を出ず、その後の犯人のとる行動も半ページぐらいで説明されるだけで、どうにもすっきりできない幕切れでした。解決部分だけで評価がかなり下がってしまった作品です。

No.214 6点 墓場貸します- カーター・ディクスン 2009/09/21 11:24
カーをも思わせるような不気味な雰囲気があったヴァン・ダインの『ドラゴン殺人事件』に対するカーからの回答ではないかと思わせる(年代的には離れていますが、舞台はアメリカですしね)、プールからの人間消失という同じ謎を扱った作品です。さすがにカーらしく、消失方法は拍子抜けだった『ドラゴン~』と違い、奇術的な巧妙なものになっています。
ただし、怪奇趣味を得意とするカーにもかかわらず、逆に『ドラゴン~』のような不気味さは全く見られません。まあ、本作ではより不可能性を強調するため、事件は白昼、完全に見通しのきくプールで起こりますので、無理に怪奇を演出することはあきらめたのかもしれません。それだけ一方の笑いに比重がかかっているということでしょうか、H・M卿が登場早々から派手に悪ノリぶりを発揮してくれます。
やはり消失を扱った似た構造の作品をカーは以前にも書いていますが、個人的には本作の方が気に入っています。

No.213 7点 火曜クラブ- アガサ・クリスティー 2009/09/19 09:47
創元社からは『ミス・マープルと13の謎』として出ている短編集で、私は創元版で読んでいます。
会(火曜クラブ)の中で話された謎の事件に対して、メンバーたちが様々な意見を言うけれども、真相を見抜くのはいつもミス・マープルだったというパターンが基本です。しかし、ミス・マープル自身が語る2つの事件ではもちろんその型が崩されていますし、語り方も登場人物によって違ったりしていて、この手のシリーズの陥りがちなマンネリ化が避けられているところはクリスティーの手腕だと思います。
事件の語り方では『死の草』がひねってあります。また「話」のひねりということでは『バンガロー事件』が一番でしょう。『血に染まった敷石』で一箇所、いつの間にか血痕が消えていたというのだけは問題ですが…
パターン外の最終作『溺死』を除くとかなり短めな短編ばかりですが、総じてよくできた短編集です。

No.212 7点 モンマルトルのメグレ- ジョルジュ・シムノン 2009/09/15 20:45
原題を直訳すれば『「ピクラッツ」のメグレ』。モンマルトルにあるピクラッツというキャバレーから事件は始まり、クライマックスではメグレ警視がこの店に陣取って、刑事たちからの電話報告を受け、指示を与えていきます。
しかし、個人的には『メグレとラポワント』というタイトルにしてもいいのではないかと思ったりもします。若いラポワント刑事はこのシリーズでは常連の一人ですが、本作では最初から最後まで特に重要な役割を果たすのです。
最初の被害者アルレットやおかまのフィリップなど妙に印象的な登場人物たち、スリリングな最終章の展開、最後1ページのシムノンらしいシンプルな筆致による味わい深さ。伏線を張ったフーダニットとは全く違うタイプですが、なかなかおもしろく読ませてくれる秀作です。

No.211 8点 11枚のとらんぷ- 泡坂妻夫 2009/09/13 23:35
第2部に入っている11の奇術のうちどれだったかを、実はマジックの専門誌でも読んだことがあります。そういった厚川さん(作者の本名)のオリジナル・トリックを利用して長編にしているんですね。
海外ミステリ・ファンにとっても、第3部の世界国際奇術会議の中では、J.D.カーがマジックを演じているフィルムなんてものが飛び出してきて楽しませてくれます。ダイ・バーノン、フレッド・カップス、マーク・ウィルソンといった名前は、マジック方面にくわしくないとわからないでしょうね、すべて実在の人物です。
第1部の場所が「真敷(マジキ)市」であることなども含め、マニアックな嗜好が楽しめるかどうかで、作品に対する評価も変わってきそうです。

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空さん
ひとこと
ハンドルネームの読みはとりあえず「くう」です。
好きな作家
E・クイーン、G・シムノン
採点傾向
平均点: 6.12点   採点数: 1490件
採点の多い作家(TOP10)
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エラリイ・クイーン(53)
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