皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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空さん |
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平均点: 6.12点 | 書評数: 1505件 |
No.245 | 8点 | ゼロの焦点- 松本清張 | 2009/12/21 00:05 |
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今日2009年12月21日は松本清張生誕からちょうど100年目。というわけで、映画化・テレビドラマ化でもおなじみの代表作の評です。
作者らしい北陸地方の雰囲気を伝える叙情性あるストーリー展開ということでは、本作以上に有名な『点と線』よりも明らかに上だと思います。逆に論理的整合性では『点と線』に及ばないのですが。新婚早々の夫が金沢から失踪。不可解な失踪というのは、犯罪捜査のプロでない一般人が事件を探っていく立場になるきっかけとして自然です。そういう庶民的なリアリズムこそ、松本清張が重視したところでしょう。 失踪者の行方も失踪原因も全く不明なうちに、失踪者の兄が殺され、さらに…という筋の運びも興味を持続させてくれます。 そしてラスト・シーン、最後の1文がなんとも印象に残ります。「目を」「叩いた」ですからね、こういう表現を思いつくなんて、できそうでできないことでしょう。2時間ドラマの定番断崖ラスト・シーンのまさに原型であると同時に、追随者にはまねのできない厳しさが凝縮されています。 |
No.244 | 7点 | ギャルトン事件- ロス・マクドナルド | 2009/12/17 22:38 |
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象徴的なタイトルの多いロス・マクにしては、なんともそっけないタイトルです。
ハードボイルドではよくある失踪人探しといっても、なんと20年も前にいなくなった人の行方を捜すという、雲をつかむような依頼を受けたリュウ。どんなふうに話を進めていくのかと思っていたら、まだほとんど手もつけていないうちに意外な所で殺人が起こってしまいます。その殺人が失踪人とどうからんでくるのか、このからませ方が精密に考えられていて、しかもそこが小説のテーマにもなってくるところ、さすがロス・マクです。ただ、まだ真相が判明していない時点での首切り殺人犯人の人物描写が、振り返ってみると違和感を感じました。 途中、「あなたって、聞き上手、聞き出し上手の顔をしてるのね」「この顔でお役に立つんならお安いご用だ」なんて会話が出てくるところ、他のハードボイルド探偵にはないリュウの個性でしょう。 |
No.243 | 6点 | ワイルダー一家の失踪- ハーバート・ブリーン | 2009/12/14 21:50 |
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ディクスン・カーを思わせる不気味な雰囲気と不可能興味を取り入れて1948年に書かれた、ブリーンの長編第1作です。ノンフィクションの『あなたはタバコがやめられる』の方がミステリより有名らしいですけれど。
ワイルダー家では18世紀から何人も不思議な失踪をしているという謎が魅力的です。それぞれの事件での人間消失方法よりもむしろ、それらをどうつなげていくかというところに興味をそそられました。 解説で乱歩は結末の意外性は「常套である」として不満を表明しています。確かに人間消失トリックの独創性のみを求める人にはがっかりな解決でしょうが、個人的には全体としてきっちりまとまっていると感じました。通常ミステリでは使うべきではないとされるあるものが昔の失踪のタネであるところも、乱歩は解説でネタばらししてけなしていますが、事件発生の時代を考えると使い方が自然で、しかも現在の事件にまで動機の点でからんでくるあたり、悪くない筋立てだと思います。 |
No.242 | 6点 | 黄色い犬- ジョルジュ・シムノン | 2009/12/11 22:25 |
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港町の風吹きすさぶ晩秋の夜に事件が始まるという冒頭だけで、もういかにもシムノンらしい雰囲気が感じられます。しかし終ってみると、意外にもメグレものにしては謎解き度がまあまあ高い作品でした。事件の顛末は最後メグレに説明されるとなるほどという感じですし、犯人の意外性もそれなりにあります。一般的なミステリ・ファンからは受け入れられやすい作品でしょうが、逆にシムノンには意外性など求めない、という人向きではないかもしれません。
タイトルの犬(実際の毛色は黄褐色といったところでしょうか)は、最初の事件の時から事件現場付近をうろついています。容疑者と見なされる大男が飼っているわけで、町の人々を不安にさせるのですが、もちろんバスカーヴィル家の犬みたいな役割ではありません。 |
No.241 | 7点 | 海の牙- 水上勉 | 2009/12/08 20:52 |
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熊本県不知火海岸の、作中では「水潟奇病」とされている、注目されだしてから50年以上たつ今なお、現在進行中の問題として新聞に載ることもある公害病を背景にした殺人事件が描かれます。
「潟」の字は、新潟県にも別の会社の似たような工場があったことから作者が思いついたということは、今回WEBで調べてみて初めて知りました。実際に同じような病気が新潟でも発生して社会問題になったのは、本作発表の数年後のことです。 その背景の描写、特に序章「猫踊り」や第13章「怒りの街」等の強烈なインパクトはまさに圧巻なのですが、殺人事件との関連がうまくいっていないように思います。犯人の動機の大きな部分が公害とは関係ない個人的な問題であったこと、またその犯人の人物像が意外に不鮮明なことが不満でした。 |
No.240 | 7点 | 茶色の服の男- アガサ・クリスティー | 2009/12/05 12:58 |
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初期には謎解きものと冒険・スパイものをほぼ交互に発表していたクリスティー。本作はその冒険ものの方で、イギリスから南アフリカへ舞台を移しながらの危機一髪の連続が楽しい女性アドベンチャー・ミステリです。当時の連続活劇映画(サイレント時代です!)を引き合いに出しているようなストーリーだからこそ許される意外性も用意されています。冒険にあこがれるヒロインのキャラクターは確かにいいですね。一方の悪役の親玉も特に最後の部分、なかなか魅力的に描かれています。
クリスティーは以前に試みた手をさらに大胆にアレンジするのが得意ですが、本作はそのいわば元ネタの方です。だからといって、使い方が未熟だとは思いません。ちなみに、同じ手を取り入れた国内巨匠の戦後間もなくの某作品は、たぶん本作を知らずに書かれたのでしょう。その某作品以前に本作の翻訳は、WEBでちょっと検索した限りでは出ていなかったようです。 |
No.239 | 4点 | クイーン犯罪実験室- エラリイ・クイーン | 2009/12/02 21:35 |
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例によってのダイイング・メッセージが実は殺人犯を示しているわけではなかった中編『菊花殺人事件』は、「MUM」の意味はともかくとして、犯人指摘の推理がクイーンにしてはあまりに平凡で高い評価はつけられません。
パズル・クラブの2作はクイズ的すぎ、小説としてのおもしろさが感じられません。 他のショート・ショートは『クイーン検察局』の水準作並でしょうか。『実地教育』がかなり印象的です。 最後の短編『エイブラハム・リンカーンの鍵』は初期某長編の二番煎じのアイディアがメインだなという感じはしますが、作者二人の趣味が出ていて悪くありません。 といったところで、まあ全体的には今ひとつといったところです。 |
No.238 | 7点 | 二重葉脈- 松本清張 | 2009/11/29 16:21 |
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確か高校の頃、清張作品の中でも特に気に入って2回読んだことがあります。今回読み直してみて、犯人が誰かとかもほとんど覚えていなかったのですが、やはり巧みな構成で感心させられました。
倒産した企業の金を横領したとの疑念がある元社長が失踪、さらに横領加担を疑われる専務と経理担当常務も同時期にどこかへ旅行に出てしまいます。その後行方がわからなかった三人のうち二人は何事もなかったかのように帰って来て、と怪しげではあるものの犯罪が起こったかどうかも不明なまま出来事をつないで、興味を持続させる作者の腕はさすがです。 殺人が起こるのは(目次からもわかりますが)半分を過ぎてからで、その後はもう一気に連続殺人になだれ込みます。岡山県北部や大阪周辺等の旅情描写も控えめで、これぞまさに社会派ミステリと思える展開です。 ただ、真相を示す最終の手がかりが、あまりに偶然すぎるというところは不満でしたが。 |
No.237 | 6点 | メグレと死者の影- ジョルジュ・シムノン | 2009/11/26 00:09 |
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いろいろな地方を舞台にした作品が多い初期メグレものの中で、本作はメグレ警視の自宅からもかなり近い建物で事件が起き、ほとんどパリの街中だけで話は片付いてしまいます。まあ、最後近く国境を越える列車がちょっと出てきますが。
数少ない主要登場人物たちが個性的にじっくり描かれていて(その中にもちろん犯人もいるわけです)、なかなか味わい深い作品になっています。被害者の愛人だったニーヌに対するメグレ警視の優しい感情も印象に残ります。 ただ、いくらパズラーでないとは言え、銃声が聞こえたかどうかという捜査の基本が全く問題にされていないのだけは、ちょっとねえ。 |
No.236 | 8点 | 樽- F・W・クロフツ | 2009/11/23 12:53 |
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クロフツ、特に本作というと元祖アリバイ崩しのイメージが強いと思います。
しかし、本作を久しぶりに読み返してみると、アリバイ崩しは構成要素の一部に過ぎないことに気づかされました。実際のところ、創元推理文庫版で約470ページの本作、犯人のアリバイ再検討が始まるのは残り120ページ程度になってからです。また犯人が樽をあちこち移動させる目的は、アリバイ作りではないのです。 もし偽アリバイを中心とした犯人の計画に集中してそれ以外の要素を排除しようと思えば、冒頭船着場で樽の異常が発見された時、すぐに警察が到着して樽を開け、そこへ樽を引き取りに来たフェリックス氏がその場で被害者の身元を確認するという展開にすればよいのです。そうすれば、樽の行方捜索や被害者の身元調査などアリバイとは関係ない「余計なこと」を書かずに済み、話は大幅に短縮できます。しかし、本当にそれらは「余計なこと」なのかというところが問題なのです。 クロフツが書きたかったのは、一歩一歩進められていく緻密な捜査の過程でしょう(テンポの速い作品が好みの人には退屈かもしれませんが)。そのあたりが、トリック中心主義で事件解明プロセスには重点を置いていないように思える西村・森村等のアリバイ崩し作品と異なるところです。 |
No.235 | 7点 | 暗い落日- 結城昌治 | 2009/11/20 21:19 |
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日本のリュウ・アーチャーとも評される私立探偵真木の一人称形式で語られる話は、プロットの組み立てから見ても、チャンドラーよりロス・マクドナルドを思わせる展開です。文章も最初から日本語で書かれた(翻訳でない)ハードボイルドという感じの簡潔さで、短い会話を重ねていくところなどいい雰囲気です。まあ、ロス・マクみたいにしゃれた比喩を多用しているわけでありませんが。
角川文庫版解説では、作者が本作のトリックを『ウィチャリー家の女』に対する不満から着想したということが書かれていますが、『ウィチャリー』をよく覚えていないので、そのところはなんとも。ただ、ダスターやスカーフの件は犯人の心理を考えると、ちょっと疑問に思えます。 裏に隠された人間関係はむしろありきたりと言えるでしょうが、実際にそうだったらどんな悲劇が起こるか、そこがしっかり書き込まれているところがさすがです。 |
No.234 | 5点 | ヒッコリー・ロードの殺人- アガサ・クリスティー | 2009/11/17 20:50 |
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本作については、登場人物が多過ぎるという意見がよくあるようです。学生相手中心の下宿屋が舞台ということで、同じ環境、同年代の登場人物が多いため、名前とキャラクターを一致させるのが困難になるのでしょう。確かにわかりにくいです。
最初の奇妙な連続盗難事件の大部分についての真相は、ポアロが現場に乗り込むとすぐ決着が付いてしまいますが、この部分は書き方によってはパーカー・パインものの短編にもなりそうな感じです。 クリスティーにしては珍しく、全体の7割程度のあたりで、事件の裏に潜んでいたからくりを明かしてしまいますが、その後起こる第3の殺人でもう一ひねり犯人隠匿の工夫をしているところはさすがです。しかし解決部分については、推理そのものはきっちりしていてそれなりに意外なのですが、派手好みのポアロにしては犯人指摘に至る演出がずいぶん地味な感じがしました。 |
No.233 | 8点 | 赤い収穫- ダシール・ハメット | 2009/11/14 14:21 |
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予備知識なしで『アクロイド』の直後に本作を読み始めたらどんな疑念を抱くだろうかと思ってみたりもして。むろん疑念自体がばかばかしいのですが。
ともかく、文章についてすぐに感じるのが省略法の巧みさです。その文章を一人称形式で語るコンティネンタル・オプには名前がないわけですが、会話部分などを読んでいてこの探偵の名前が出てこないことが気にならないのも、書き方のうまさでしょう。 最初の殺人は実にあっさりしています。その後の展開は、黒澤の『用心棒』も本作の自由な翻案だというストーリー。まさにハードボイルド・ミステリの全ては(少なくとも長編については)ここから始まったという感じです。 しかし謎解きの要素も決して無視されているわけではなく、殺人事件の犯人は論理的に指摘されますし、なんと同年長編デビューのエラリー・クイーンお得意のダイイング・メッセージまで、単純なものではありますがクイーンより前に使われているのです。ディクスン・カーがチャンドラーよりハメットを好んでいた理由もわかる気がします。 |
No.232 | 5点 | メグレと運河の殺人- ジョルジュ・シムノン | 2009/11/11 22:37 |
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フランス1930年ごろ、運河での荷物運搬に従事する船上生活者たちや運河沿いの居酒屋、それに水門管理者たちの様子が生き生きと描かれているという点では、さすがです。シムノン自身、本作を含む初期メグレものを書いたのは船で暮らしながらだったそうで、そのことも作品にリアリティーを与えているのでしょう。
しかしミステリとしてみると、複雑な謎解きは最初から期待していないにしても、どうも今ひとつ冴えません。中盤ごろまでの段階で犯人の描写がごく少ないせいか、最後で一気にその犯人と被害者の悲しい過去が明らかになっても、感動を盛り上げるための前段階が欠けていて効果が充分に出ていないように思えるのです。 メグレ警視が何十キロもの距離を自転車で走っているところはちょっとユーモラスな感じもありました。 |
No.231 | 8点 | 霧と影- 水上勉 | 2009/11/08 14:15 |
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東京で発生した詐欺事件を序章とし、その後話は作者の故郷である福井県の海で発見された小学校教員の死体をめぐる事件に移ります。この二つの事件がどこでどう繋がってくるかが問題です。全体としては、興信所員を名乗る謎の人物の正体以外、特に意外性があるわけではありませんが、おもしろく読ませてくれます。
水上勉は、松本清張の『点と線』に影響を受けて初めて書いた推理小説が本作だと語っていますが、冒頭に詐欺事件を持ってきたところとか新聞記者が活躍する点など、むしろ明らかに『眼の壁』との共通点を感じさせます。しかし清張作品以上に、若狭湾から切り立った山の中の、家がたった4軒しかないという猿谷郷を中心とした事件の重要舞台の雰囲気が見事に描きこまれていて、独特な味わいのある作品になっています。 |
No.230 | 8点 | 鋼鉄都市- アイザック・アシモフ | 2009/11/05 21:02 |
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SFミステリと言っても、ホーガンの『星を継ぐもの』が、SFならではの(犯罪とは無関係な)謎ととてつもないトリックを見せてくれるタイプであるのに対し、本作はSF世界の中で起こった殺人事件の捜査という、古典的な謎解きミステリになっています。
有名なロボット3原則の抜け道探しや、「シティ」住人の特性というSF設定があるからこそ成立する開かれた密室、「宇宙人」という言葉の定義と役割など、いかにもSFらしい楽しみがふんだんに味わえます。 謎解きとしては、真犯人は巻半ばで第一容疑者になっても不思議がないのですが、ある事実のおかげで嫌疑をまぬがれています。この事実に関するアイディアは、実は犯人自身おそらく知らないままの偶然だというところが、若干不満な気もしますが、タイム・リミットのサスペンスで味付けされた最後の推理部分は、論理的な満足感を与えてくれました。 ※注意:ハヤカワ文庫版のあとがきに、真犯人についてネタバレあり! |
No.229 | 5点 | 死時計- ジョン・ディクスン・カー | 2009/11/02 22:02 |
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超自然的な怪奇趣味はないのですが、覗き見のシーンなどかなり異様な雰囲気に包まれていて幻惑的なところがいかにもカーらしい作品です。
一方、フェル博士が、もしそうだったら偶然過ぎると言うところがあるのですが、そこは偶然をうまく利用することが多いカーとしては珍しいかな、という気もします。 凶器が時計の長針という意外なものであるにもかかわらず、それが結局特別重要な意味を持っていなかったのは少々不満でした。また、普通ミステリの中で使うべきではないと言われている「あるもの」が利用されているのは、まあひねくれ者のカーなのでとりあえず個人的には何とか許容範囲内かな、とは思うのですが。 Tetchyさんが指摘されているアンフェアな記述、原文ではどうなっているのか、ちと気になるところですね。 |
No.228 | 6点 | 黒い樹海- 松本清張 | 2009/10/30 21:12 |
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最初に起こる事件は明らかに運の悪い交通事故以外のなにものでもないのですが、それにしても不審なところがある。この小さな謎で読者を惹きつけておいて、関係ありそうな人物を紹介していき、しばらくしてから殺人事件に発展させる作者の小説運びはさすがです。
さらに殺人は連続して起こり、ヒロイン自身の身辺にも危険な影が忍び寄ってきます。展開は決して派手なわけではありませんが、静かなサスペンスが感じられます。 松本清張作品の中では、何度もテレビドラマ化されているわりに小説自体はあまり知られていないようですが、最終的な着地もなかなかきれいにまとまった佳作だと思います。 |
No.227 | 8点 | 男の首- ジョルジュ・シムノン | 2009/10/27 21:01 |
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半分も読まないうちに、誰でも真犯人と大まかな犯行計画はわかります。しかし犯行計画はともかく、犯人の正体については、作者は最初から全然隠そうなどという気がないのです。本作で読者をだましてくれるのは、実は犯人ではなくむしろメグレ警視です。
ドストエフスキーの『罪と罰』からの影響が大きい作品で、犯人はラスコーリニコフを極端化したような性格設定になっています。メグレ警視が犯人をつけまわすクライマックスの心理戦は読みごたえがあり、本作だけから判断すれば、シムノンの作風は心理サスペンスということになるでしょう。 逮捕後、死刑執行のごく短い最終章もこの作者らしい後味を残す評判どおりの傑作です。 |
No.226 | 8点 | 謎のクィン氏- アガサ・クリスティー | 2009/10/24 14:09 |
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名探偵の名前がハーリ・クィンというだけでも、本作がファンタジー的な要素を持っていることは明らかでしょう。いや、名探偵と言えるかどうかも疑問なミステリアスな存在です。クリスティー自身が高級感を狙ったと説明している、不思議な雰囲気を重視した短編集です。
最初の『クィン氏登場』でのクィン氏の登場シーンからして幻想的です。ミステリとは呼びがたいような秀作『海から来た男』からの5編では、ただ幽霊のように存在しているだけになり、事件解決はほとんど人生の傍観者を自認するサタースウェイト氏(ポアロものの『三幕の殺人』にも登場)にまかされてしまいます。そして二人とも名探偵役と言えない『世界の果て』を経て、最後の『道化師の小径』になると、完全にファンタジーであるとともに、クリスティー自身がやがて書くことになる某長編も連想させる作品になっています。 このシリーズならではの上述作の他、純粋な謎解きミステリとしては『道化荘奇聞』『ヘレンの顔』が印象に残ります。 |