皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
空さん |
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平均点: 6.12点 | 書評数: 1505件 |
No.265 | 5点 | パリから来た紳士- ジョン・ディクスン・カー | 2010/02/25 21:42 |
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歴史もの(といっても19世紀中頃の話ですが)の『パリから来た紳士』は『妖魔の森の家』と並ぶカーの短編最高傑作と言われています。最終行のサプライズが高評価の主要因でしょうが、この点についてはもちろん気のきいた終わり方ではあるのですが盲点という感じではなく、また作品内部で完結したフェアプレイがあるわけでもないので、個人的にはそれほどまでとは思えませんでした。
その他の作品の中では、『ことわざ殺人事件』が銃殺トリックも緻密で、まとまりよく仕上がった佳作という感じで気に入っています。一方『見えぬ手の殺人』『とり違えた問題』の殺害方法の特殊性はあまり好きになれません。最後の中編『奇蹟を解く男』はそれなりにおもしろいのですが、小ネタの寄せ集めという印象はぬぐえませんでした。 |
No.264 | 8点 | 黒い福音- 松本清張 | 2010/02/22 21:30 |
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作者の代表作の一つとされる作品ではありますが、今回再読してみて、意外なほどのおもしろさを感じました。
現実に昭和34年に起こったスチュワーデス殺人事件をモデルに、キリスト教会の暗部を暴き出した本作は2部構成になっています。全体の6割を占める第1部では、第二次世界大戦直後、砂糖の闇販売に手を染めたことから犯罪の深みにはまっていく教会の状況が描かれていきます。第1部後半はほとんど、途中から登場する若い神父の視点になります。視点をいつの間にかその神父に持っていく手際も巧みで、殺人に至る心理サスペンスが見事。 第2部では一転して、スチュワーデスの死体発見から警察の調査が中心になります。容疑者が単に外国人というだけでなく聖職者であるからこそ、当時の警察の神経の使い方も並ではありません。 第2の精液など実際の事件の手がかりにあまりに忠実すぎて、作者の想像した「真相」に矛盾点が出てきているところは少々気になりますが、それでも特に第1部の迫力には圧倒されました。 |
No.263 | 8点 | 興奮- ディック・フランシス | 2010/02/18 21:07 |
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2月14日に死去した競馬ミステリの巨匠、実は競馬に興味がないこともあって、本作を20年以上前に読んだっきりでした。今回久々の再読です。
冒頭オーストラリアで牧場を営む主人公が、突然イギリス競馬界の潜入捜査を依頼されます。それで一晩考えた末に引き受ける決意を固めるところを、「常識が負けた。」という1文で表現するなど、上手いものだと思いました。アメリカ産ハードボイルドからの影響も感じられます。一応イギリス冒険小説の伝統につながるとされてはいるようですが。 レース途中で馬をタイトルどおり異常に「興奮」させながら、薬物使用の痕跡が全くないというのがメインの謎で、知的サスペンスもあります。終盤で主人公が危機に陥る原因も、意外なところが伏線になっていたりして、構成が本当にしっかりできている作品です。 |
No.262 | 4点 | メグレを射った男- ジョルジュ・シムノン | 2010/02/15 22:13 |
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原題直訳は『ベルジュラックの狂人』、その地の近くに気楽な出張に行ったメグレが撃たれて、大けがを負ってしまうところから始まる事件です。
メグレが連続殺人の犯人と誤解されてしまったり、ホテルのベッドに寝たままのメグレが、退職してその地に住んでいる元同僚やメグレ夫人をこきつかって事件の情報を収集したりと、普段の落ち着いたメグレとは一味違う皮肉めいたユーモアがある作品です。訳文のせいもあるでしょうが、同時期の他の作品より文章も軽い感じがします。 軽いのはいいのですが、最後の解決まで普段の落ち着きを欠いているように思われるところは不満です。メグレの推理は裏づけにとぼしく、説得力があまりありません。1979年に河出書房から出版されるまで、初期メグレものの中では唯一翻訳が出ていなかった理由も理解できる失敗作だと思います。 |
No.261 | 7点 | 虚構の空路- 森村誠一 | 2010/02/12 21:30 |
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冒頭に示される轢き逃げ事件と二つの殺人。この二つ目の殺人で浮かんできた容疑者には、犯行当時パリへ向かう飛行機の中にいたアリバイがあったというのが、スケールの大きさを感じさせます。
原理的には列車ものでもよく使われるアリバイ・トリックを基本としていますが、国際便であるがゆえのパスポートや搭乗手続の問題がからんできて、列車を乗り換えたりするように簡単にいかないところが巧妙に考えられています。 その偽アリバイも図解入りでていねいに解明された後になって、二つの殺人に轢き逃げ事件がやっとからんできます。それで事件は決着を見るのですが、この展開と偶然の扱いは嫌う人もいるでしょうね。 |
No.260 | 5点 | ゴルフ場殺人事件- アガサ・クリスティー | 2010/02/09 21:06 |
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ポアロもの第2作は、送られてきた事件依頼状から始まり、ポアロが出向いて行った時にはすでに依頼人は殺されていたという、いかにもな書き出しです。進んでいた時計、花壇の足跡、落ちていた手紙、ドアと鍵の問題等、手がかりを矢継ぎ早に出してくるのも、典型的な古典派ミステリという展開です。ちょっとパターンにはまりすぎているような気もしますが。
本作最大のトリックは、実は3/4ぐらいまでで明かされてしまいます。で、その後はというと『アクロイド』どころか『スタイルズ』に比べても特筆すべきアイディアがありませんし、犯人を特定する論拠も弱く、最後の謎解き部分があまり印象に残らないのです。第2の死体が出現した経緯も説明されないままです。まあ、将来のヘイスティングズ夫人が大活躍するサスペンス場面はちょっとした見どころと言えるでしょうか。 |
No.259 | 5点 | ゴッドウルフの行方- ロバート・B・パーカー | 2010/02/06 09:15 |
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ハメット研究で博士号をとった人気作家ということで以前から気になっていたパーカーですが、今年1月18日に亡くなったのを期に、スペンサー・シリーズをまずはこの第1作からと思い、初めて読んでみました。
正直言って本作を読んだ限りでは、大学構内や学生たちの描写など、ハメット(やチャンドラー)の短い文章による的確な表現に比べると細々と書き込みすぎていて、ちょっと鬱陶しい感じがしました。スペンサーの軽口も、最初のうち度が過ぎていて鼻につきます。後半はそうでもなかったのですが。 チャンドラーのまねと批判されたこともあったそうですが、それは気になりませんでした。新人作家なら、巨匠からの影響は当然でしょう。プロットはチャンドラーよりすっきりしています。すっきりしすぎて、タイトルのゴッドウルフ写本(中世の貴重文献)の行方にしてもあっけなく、『長いお別れ』等に比べてもひねりがなさすぎるのが少々不満です。 |
No.258 | 9点 | 飢餓海峡- 水上勉 | 2010/02/03 22:05 |
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水上勉がミステリを離れる間際に書いた大長編、久々の再読ですが、長さ以上の読みごたえを感じました。
今回図書館で借りた中央公論社の水上勉全集では、作者自身が解説に「犯人を出しておいたのだから、もう推理小説としては落第だと思っていた」と書いています。しかし、やはりこれは推理小説(ミステリ)でしょう。本作の大部分は、刑事たちが地道に事件を追っていく過程です。すでに聞き込みで判明したことが捜査会議で再度語られるなど、無駄とも思える重複はありますが、大きなうねりのような話の流れは、迫力が感じられます。その途中に、犯人に出会った娼婦の視点から書かれた部分がところどころ挿入されているのです。 昭和22年の強盗放火殺人事件に始まり、その事件が迷宮入りになった後、10年後に起こった殺人事件。この部分は殺し自体が描写されますが、ここだけはヒッチコック風な省略法を使った方がよかったかなと思います。ここまでで半分くらいで、警察はすぐに犯人の目星をつけてしまい、後は犯人の過去をたどり証拠をつかむための捜査になってきます。後半は犯人の性格に外側から迫っていく構成なわけです。 読み終えて何とも言えない気持ちにさせられる傑作です。 |
No.257 | 6点 | 霧の港のメグレ- ジョルジュ・シムノン | 2010/01/30 21:01 |
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初期メグレものの中では長めの作品で、章立てもいつもより少し多めの13章になっています。
タイトルどおりというか、より正確には夜霧、それも濃霧に包まれた港が舞台です。港のあるのは北フランスで時期は10月末。 その霧の中、メグレは自ら一晩中張り込みを続けたり、手足を縛られて波止場に放置されてしまったりと、今回の事件ではかなり散々な目にあいます。おまけにパリから助っ人に呼び寄せたリュカ刑事まで出し抜かれて。 事件に何らかの関係がありそうな人物たちは半ばあたりまでで出揃います(一人正体不明の人物がいますが)。パズラーではないので、単なるレッド・へリング人物はいません。ところがみんな嘘をついたり黙秘したり、リュカが途中で弱気になるほどです。舞台や事件の裏の扱いなど、全体的に『黄色い犬』との共通点を感じさせる作品でもあります。 |
No.256 | 6点 | 過去からの弔鐘- ローレンス・ブロック | 2010/01/27 20:36 |
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アル中探偵マット・スカダー・シリーズの第1作です。と言っても、本作を読んだ限りでは中毒になるほど酒に溺れているわけではありません。マーロウなどに比べると確かに摂取量はかなり多いですけれど、飲むべきでない時には飲まない自制心は完全に保っています。それよりアメリカン・ハードボイルド系の一人称形式作品としては、主役が私立探偵の免許を持っていないことの方が珍しいように思えます。
そのようなスカダーにもかかわらず殺人事件の捜査依頼を受ける状況設定は、なかなかうまく考えられています。丹念な捜査過程は、むしろ古典的なミステリに近い感じもします。まあ最後の暗い真相は簡単に予測がつくのですが、複雑な謎解きを期待すべきタイプではありませんから、それはいいでしょう。いいのですがそれでも、この原題はあまりに露骨すぎます。とはいえ、完全に意味を変えてしまった邦題はピンときません。 |
No.255 | 7点 | まっ白な嘘- フレドリック・ブラウン | 2010/01/24 12:06 |
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SFも得意とする短編の名手ということで、解説にも名前の出てくる星新一みたいな、ストンと落とすアイディア・ストーリー集だと思い込んでいるとがっかりするかもしれません。古典的なパズラーに近いものもあれば、人情話あり、心理サスペンスあり、渋いハードボイルド風ありと、様々なタイプの17作を集めた楽しい短編集です。表題作を含め、ダジャレ的な話のまとめ方がかなりありますが。
方法より理由に驚かされる足跡トリックの『笑う肉屋』から始まり、音に関する命題をショート・ショートに仕立てた傑作『叫べ、沈黙よ』、タイトルも内容もアイリッシュを思わせる『闇の女』、大ぼら話のオチを論理でまとめた『史上で最も偉大な詩』、最後にやってくれますねえの『うしろを見るな』(必ずしも最後に読まなければならないとは思いませんが)などが印象に残りました。 |
No.254 | 7点 | 鍵孔のない扉- 鮎川哲也 | 2010/01/20 21:30 |
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残り1/4を切ってから、それまでにもちらちら顔を出していた鬼貫警部がやっと自ら乗り出して、犯人の2つのアリバイを崩していきます。
巻半ばで第2の殺人が起こってから、犯人の目星がつくわけですが、実はこの犯人の最初の登場は何となく唐突感があります。小説構成としては最初から怪しい気もするのですが、事件の全体像がわかってみると、犯人の思惑はなるほどと思わせられます。 巧みな偽アリバイ(と密室)を考え出した犯人も最初の殺人を含め、いくつかミスをしています。しかし、それらのミス発見からさらに調査や推理を積み重ねていくことにより、徐々に核心に迫っていくのが鮎川ミステリの醍醐味です。 ただ第2の殺人では、死体が適当な時期に発見されるかどうかが定かではないという点、犯人の計画が偶然に頼ってしまっています。まあ何とかして、いい時期にその場所に警察の注意を引き付けるという手もあったとは思いますが。 |
No.253 | 4点 | 複数の時計- アガサ・クリスティー | 2010/01/17 20:24 |
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これほどポアロの登場シーンが少ない作品は他にないでしょう。ミス・マープルものだと、そういうタイプもあるのですが。
犯人の意外性についてはクリスティーらしい企みがありますし、スパイものとの融合も悪くありません。しかし、スパイ部分であまりにも偶然すぎるところがあるのが気になりましたし、何と言ってもタイトルの複数の時計の意味はいただけません。途中、ポアロの口を通して語られるミステリ評の中に、伏線があると言えないことはないのですが。 ところでこのポアロによるミステリ評、ドイル、ルブラン、ルルー等大先輩作家は実際の作品を挙げて論じていますが、クリスティーと同世代以降の作家は、別の箇所でディクスン・カーの名前が出てくるくらいで、他はオリヴァー夫人を始め架空の名前になっています(たぶん)。シリル・クェインというのは、クロフツがモデルでしょうけど。 |
No.252 | 6点 | メグレと深夜の十字路- ジョルジュ・シムノン | 2010/01/14 21:04 |
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初期メグレものといえば、雰囲気重視の落着いた人情話という印象が強いと思います。しかし、本作の事件はコメリオ予審判事が解決できるかどうか心配するほど奇妙なもので、さらにその後の展開もシムノンにしては驚くほど派手なのです。メグレが拳銃を撃ちまくったり容疑者を何度も殴りつけるなんて、中期以降のより警察小説っぽくなった作品を含めても、めったにないことです。アクション、ハードボイルド系が好きな人に受けそうなぐらいのテンポの良さで、快適に読ませてくれます。
まあ、本作の真相はそういった荒っぽいものであったわけですが、、そのような事件でもやはり印象的な人物たちが登場し、ラスト2ページほどで描かれる事件解決約3ヵ月後の後日談にはしみじみさせるところがあるのは、あいかわらずです。 |
No.251 | 7点 | 血みどろ砂絵- 都筑道夫 | 2010/01/11 23:40 |
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粋な江戸っ子ミステリ作家といえば、泡坂妻夫とこの作者の二人できまり。
名探偵砂絵かきのセンセーを中心とするなめくじ長屋の連中が活躍する時代物ミステリ連作の第1集です。冒頭2~3行目から「長さが七十八間、つまり百四十二めーとる弱」と、外来語をひらがな表記しながら現代の読者にも親切に説明してくれる語り口が軽妙です。 岡っ引きや同心が活躍する捕物帳でないのも、いかにも都筑道夫らしいひねくれた設定です。 話は後年の「退職刑事」シリーズ等とも通じるロジック中心の謎解きですが、時代劇ならではのトリックも利用されたりしていて、楽しめます。と思っていたら、『いのしし屋敷』では推理は緻密ながらむしろハードボイルド的な筋立てになっていたり(作者はチャンドラーも好きだったそうですし)と、目先を変える工夫もあります。 |
No.250 | 8点 | 災厄の町- エラリイ・クイーン | 2010/01/06 21:06 |
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ずいぶん前になりますが、本書を初めて読んだ時にはうならされました。『日本庭園の秘密』で多少萌芽が見えていたとはいえ、クイーンがこんな感動作を書いていたとは…第1章のクイーン氏のアメリカ発見というところからして、架空の町ライツヴィルの造形には驚きです。軽いユーモアも感じられますが、直前の3作のような笑わせではありません。
配達されなかった3通の手紙の発見からサスペンスを盛り上げていって、ついに起こる殺人。多少のご都合主義偶然には敢えて目をつぶって書き進められる、ハロウィーン・クリスマス・元旦・復活祭といった祭日をポイントにした構成が効果的です。最後の推理部分の設定も味がありますし、「今日は“母の日”だぜ!」というエラリーの幕引きせりふもお見事。 真相自体については、ある仮定に立てばすぐ見当がつくでしょう。また犯行方法には偶然もからんでいて、実行は微妙です。まあ状況からすれば、それを手元に用意してさえいれば、さりげなく何とかできないことはないと思いますが。しかし、その謎解きの問題点を差し引いても、作品としての充実度はやはりきわめて高いと思います。 |
No.249 | 7点 | まだ死んでいる- ロナルド・A・ノックス | 2010/01/03 11:56 |
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悠揚せまらぬユーモラスな文体で講釈風に進められていく筆致が、のんびりとした雰囲気をかもし出していて、まさに古典ミステリの世界です。手際のよい描写に慣れた人にとっては、特に最初の2章は同時期のクロフツよりも退屈かもしれませんが。
創元社からは「消えた死体」のタイトルで出版されたこともあり、実際、一回消えた後、数日後に同じ状況で現れた死体の謎がメインになっています。驚くようなトリックがあるわけではありませんが、事件が錯綜する原因は、なかなか手が込んでいます。原題 "Still Dead" の意味も、読み終わって納得。 最後に登場人物の一人を通して語られる罪と罰の論理は、作者が実はカトリックの大僧正でもあるということで、なるほどと思えます。哲学的にはチェスタトンにも通じるところがやはりありますね。名探偵ブレダンが事件を調査することになった理由である保険金問題の決着のつけ方には楽しい意外性があり、感心しました。 |
No.248 | 6点 | 呪縛の家- 高木彬光 | 2009/12/28 12:51 |
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長編第3作ともなるとヴァン・ダインの呪縛からも開放され、「読者への挑戦」を2度も挿入する(『双頭の悪魔』みたいに複数回の意味があるわけでもなく)という悪ノリぶりを発揮してくれています。
メインの密室トリックは海外有名密室もの古典の応用形で、それに風呂ならではのアイディアを盛り込んで独自なものにしています。現代だったらばれてしまう方法なのはかまわないと思います。ただ、昔は浴室には当然存在していたのだろうけれど、現代ではちょっと想像がつかない物が利用されているのは、今の読者には不利な点でしょうか。7匹の黒猫の消失理由も意外でしたが、その猫の実際の使われ方は、「前世紀的」(近代化以前という意味)な発想だと思えてしまいます。 それにしても、「描き得るかぎりの極悪人」というのは、個人的には大げさな表現としか思えません。そのような「極悪人」が結局殺されるミステリだって多いでしょう。どこまでを予測していればということもありますしね。また、全体的にショックを与える前のタメがあまりきいていなくて、ただ事件があわただしく連続して起こっていくだけという印象もぬぐえませんでした。文章表現も含め、まだ小説としては未熟なところが感じられます。 |
No.247 | 7点 | 家の中の見知らぬ者たち- ジョルジュ・シムノン | 2009/12/25 20:37 |
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酔いどれ弁護士が、自分の家で起こった殺人事件の容疑で逮捕された男の弁護を引き受け、法廷でペリー・メイスンばりの活躍をする(もちろんガードナーみたいなトリックがあるわけではありませんが)という、メグレもの並みにミステリ的な色合いの濃い作品です。
と言っても、自分から他人との関係を断ち、毎日朝からワインのビンをかかえこんで過ごし、自宅(邸宅と呼べるような大きな建物ではありますが)の中でさえごく一部以外には足を踏み入れなくなってしまった老弁護士が、事件をきっかけにして、それまで接したことのなかった町の人々の中に飛び込んで調査をしていく、その意識の変化が繊細に描かれているところは、やはり普通のミステリとは違う感動を与えてくれます。 早川から出版された版を古本で持っているのですが、これがなんと小説家デビュー前の遠藤周作による翻訳なのです。しかし、会話の部分はかなり不自然なところもあったり、誤字なども目につきました。 |
No.246 | 6点 | 象は忘れない- アガサ・クリスティー | 2009/12/23 10:23 |
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このクリスティーが最後に「書いた」ポアロものは、ミステリ作家オリヴァ夫人が今までになく大活躍する作品でもあります。彼女の生活や心情がユーモラスに書き綴られていて、晩年になって私小説的なところが出てきていると思えなくもありません。
ストーリーは、本作の中でも言及されている『五匹の子豚』のようにずいぶん昔の事件の再調査、しかも最初に提示されるのは、「夫が妻を殺したのか、妻が夫を殺したのか」という奇妙な問題です。 終盤近くなって、雰囲気はユーモラスなタッチから悲劇的に転調します。謎解きの意外性はどうということはありません。それよりも、途中でポアロが、真相はショックなものかもしれないが、それでも真相を知りたいですか、と事件関係者に聞くところがありますが、まさにそれが本作のテーマという感じです。 |