皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
空さん |
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平均点: 6.12点 | 書評数: 1526件 |
No.346 | 7点 | 七十五羽の烏- 都筑道夫 | 2010/10/29 22:08 |
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解決の論理を主軸にした初期クイーン式発想への共感から生まれた本作。ただし松田氏の角川文庫版解説にも書かれているように、カーがやったお遊びミスディレクションも取り入れられています。
名探偵の職業(?)がゴーストハンターで、伝説にのっとった事件が起こるという、それこそカーや横溝正史みたいなおどろおどろしい話にもできたような題材ですが、第1章の小見出しに「ここは…飛ばして先へすすんでも推理に支障はきたさない」なんて書いているマニアックなユーモアが、全体の雰囲気を表しています。物部太郎と片岡直次郎コンビの漫才的な会話も、なかなか楽しめます。 「糸や針金をつかって閉りをしたものでもない」と小見出しで宣言してしまっている密室について、糸を使って鍵をかける実験をやっているところは無駄だと思いましたが。 |
No.345 | 5点 | メグレ夫人のいない夜- ジョルジュ・シムノン | 2010/10/26 20:57 |
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奥さんが妹の看病のため留守の間、メグレ警視が家に帰ることに居心地の悪さを感じるのが、微笑ましいような冒頭です。さて、それでも帰宅したとたん呼び出し。お気に入りの部下の一人ジャンヴィエ刑事が路上で撃たれて重傷を負うという事件です。奥さんがいないのをいいことに、警視はジャンヴィエが張り込んでいた家具つきアパート(原題のmeubléとはこのこと)に数日住み込んで、捜査を行うことになります。
二つの別個の事件が偶然重なっているところ、否定意見もありそうですし、個人的にもこういうタイプはあまり好きではないのですが、本作に限って言えば、かなりうまくまとまっていると思えます。このシリーズの中でも謎解き要素は少ない方であるのも、構成のバランスとして悪くありません。 各章に長ったらしい見出しというか内容説明がついているのが、変な作品でもあります。 |
No.344 | 7点 | 殺す風- マーガレット・ミラー | 2010/10/24 12:10 |
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これも久々の再読(早川文庫版)ですが、完全に内容を忘れてしまっていました。
作者等に対する前知識なしで読めば、ミステリだとは全く気づかず、最後で驚愕することになるかもしれません。ほとんど9割ぐらいは不倫を題材にした普通の小説を読んでいるような気分にさせられる作品です。愛と願望と後悔と不安とがていねいに描かれた小説としておもしろいのです。ただ、最後の方になってばたばたと軽い後日談めいた展開になるのが、ちょっと気になるところでしょうか。その段階でまだ30ページぐらいは残っているわけですから。 で、その後突如として純然たるミステリと化すことになります。気になって前の方を確認してみたのですが、やはりアンフェアな記述が少なくとも2箇所ありますね。そこはパズラー作家ではないので、最初から気にせず執筆していたのかもしれませんが、インチキだという気はします。そのかわり、ラスト・シーンはまた登場人物の複雑な心理を巧みに見せてくれて、なんとも言えない余韻があります。 |
No.343 | 6点 | 死墓島の殺人- 大村友貴美 | 2010/10/20 21:39 |
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最初に、これはいわゆる「本格派」ミステリではないと断言しておきましょう。フェアプレイが守られているとは言い難いですし、鮮やかな論理や大胆なトリックがあるわけでもありません。
では何かといえば、人情派ミステリです。ラストである中心的な登場人物の性格が掘り下げられていくところが、最大の魅力になっています。「死墓島」が本来の漢字の「思慕島」の意味を取り戻すようなエピローグも味がありますし、いじけたところのある藤田警部補も、このような小説の探偵役にはふさわしいと言えるでしょう。 そんなわけで、横溝正史との比較については、優劣の問題以前に、目指すところが全く違うわけです。 ではタイトルの不気味さはどうなのかというと、これが内容にどうも合っていないのです。流刑の島としての歴史にしても、まさに歴史的興味があるだけで、現代までつながる怪しげな雰囲気が感じられません。 過疎の問題を抱えた島が舞台というだけにした方がよかったと思える作品でした。 |
No.342 | 7点 | スリーピング・マーダー- アガサ・クリスティー | 2010/10/17 12:11 |
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同じように死後発表を予定して書かれた作品でも、いかにもという感じの『カーテン』と異なり、最後だからといって他のミス・マープルものと特に異なる点はありません。
ほぼ同時期に書かれたらしい『五匹の子豚』と対比してみた方がいいでしょう。どちらも十数年昔の殺人を調査する話ですが、ポアロの登場する『五匹の子豚』がひたすら地味な作品でそこがよかったのに対して、こちらは怪談めいた冒頭、新たに起こる殺人など変化をつけてストーリーの盛り上げにも気を配っています。特に最後の「猿の前肢」の意味がわかるところは、サスペンス映画をも髣髴とさせて印象的。ただ結末の意外性という点では、本作はちょっとパターン化にはまりすぎているかなとも思えます。 作者の長編の中でミス・マープルものの割合が増えるのは、本作執筆後であることを考えると、シリーズの中ではむしろ初期に属すると位置づけられそうです。 |
No.341 | 7点 | インターコムの陰謀- エリック・アンブラー | 2010/10/15 20:48 |
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『ディミトリオスの棺』では主役を演じたミステリ作家チャールズ・ラティマーが再登場するといっても、彼の出番はほとんどありません。まずプロローグで、ラティマーが失踪したことが明かされますが、その後は彼の短い手紙が途中にはさまれるだけです。
今回の主役は、ごく小規模な雑誌「インターコム」の編集長カーターで、彼がその雑誌を利用したスパイの謀略に巻き込まれる話です。カーターからラティマーへの手紙や、ラティマーが執筆した断片、様々な人物のインタビュー回答などを継ぎ合わせた構成は、確かに異色作と言えるでしょう。 最初からネタをほぼ明かしているので、真相の意外性はありません。何人かの謎の接触者たちについては、たぶんKGBだろうとかCIAだろうという予想の域を出ないまま、小説は終ってしまいます。そういう意味では、ミステリとしては欠陥があると言えるのかもしれませんが、作者の狙いは別のところにあります。本当にドキュメンタリーを読んでいるような気分にさせられる奇妙なリアリティが魅力となっている作品です。 |
No.340 | 6点 | メグレ夫人と公園の女- ジョルジュ・シムノン | 2010/10/14 21:51 |
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メグレ夫人が事件の捜査をする、なんていうところが楽しい作品です。
彼女が公園で出会った女に関連してちょっとした災難に会うのが発端です。そのことが、警視が担当していた事件とどうやら繋がりがあるらしいということがわかってきて、メグレ夫人も一人で聞きこみ調査を行って、夫をびっくりさせます。そんなに高齢ではありませんが、なんとなくミス・マープルをも思わせるセリフも口にしたりして。 死体のない殺人事件とメグレ夫人の災難との結びつきは最後に明かされますが、それなりに意外性もありうまく考えられています。 全体的に軽快な感じがする作品になっています。殺人事件捜査のきっかけとなった匿名の手紙の筆者は、最後の1文で明かされますが、この書き方もなかなか気がきいています。 |
No.339 | 5点 | 蒼い描点- 松本清張 | 2010/10/08 21:41 |
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内容的にはずいぶん軽いミステリです。途中に「誰もいなくなった」なんて章がありますが、確かにクリスティーとも共通する雰囲気があります。本作での意味は、関係者たちがみんな失踪してしまったということで、結局その後また現れたりするのですが。かなり長い作品で、分量はあの名作の2倍以上。
まあ軽くて読みやすいのはいいのですが、ミステリの女王と比べると解決はどうもすっきりできません。殺人の経緯にはいくらなんでも偶然過ぎるところがありますし、旅館の立地を利用したちょっとしたトリックもご都合主義、さらにそんな時間をかけたことをする必要がないとしか思えないのも問題です。思いつきの仮説とその検証が実は行われていたことが後から明かされるのも、アンフェアな感じです。 長さに見合った複雑な解決を意図したのかもしれませんが、犯人の(ある意味での)意外性を除くと結末には不満なところの多い作品でした。 |
No.338 | 7点 | 門番の飼猫- E・S・ガードナー | 2010/10/05 21:09 |
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ペリー・メイスン・シリーズというとどれも平均してそれなりにおもしろいという印象がありますが、やはり出来不出来はあるわけで、本作は相当いい方です。作中で起こるいくつかの事件のつながりは、最後に法廷でメイスンがなんと検察側の証人として説明することになりますが、かなり複雑で意外性があります。依頼人になる人物を、逮捕される前に警察に出頭させるための策略も、痛快です。
実はメイスンが依頼を受けるより前に起こった館の火事事件については、知識や予測の部分で無理があるなと思えるところもありますが、まあいいでしょう。 それにしても警察・検察が被告人の看護婦殺しの動機を何だと考えていたのか、疑問は残ります。その前の門番老人(彼がメイスンの最初の依頼人)殺しについてなら、利益目的ということでしょうが。 |
No.337 | 6点 | 編集者を殺せ- レックス・スタウト | 2010/10/02 11:56 |
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どういうわけか今までスタウトには縁がなく、長編初読です。
編集者により出版を没にされた小説『信じるなかれ』が関わる3件の殺人が最初に起こった後、捜査は膠着状態になります。アーチーが法律事務所の女性事務員たちを招待する場面も、そんなにいいとは思えません。しかしウルフが考えた罠を仕掛けにアーチーがカリフォルニアに飛ぶあたりから、俄然おもしろくなってきます。カリフォルニアに住む第1被害者の妹ペギーも魅力的です。 フーダニットとしてそんなに凝ったことはしていませんが、動機を利用してうまくオチをつけています。この動機については解説では疑問視していますが、個人的にはとりあえずOKです。ただ、中心にある動機のタイプが全体の犯行計画と多少ミスマッチな感じがするのは否めません。 ウルフが推理を披露する第22章の最後部分、ある人物の意外な行動が非常に印象的で、好感度を高めています。 |
No.336 | 6点 | エジプト女王の棺- 山村美紗 | 2010/09/29 22:13 |
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エジプト、政界の派閥争い、中学生売春など様々な要素てんこ盛りの作品です。殺された人の数は全部で8人(あいまいなままのエジプト人1名を除く)という多さ。
しかし全体の核となるのはエジプト展に展示中のカノピス容器が偽物とすり替えられるという事件です。赤外線警報装置を作動させないようにするトリックは専門的知識さえあればという感じのものですし、途中で犯人の告白によりあっさり明かされるので拍子抜け。しかしむしろ、盗難の計画性と機会の問題をどう解決するのだろうと思っていたら、これはかなり手際よく説明していました。 密室殺人も1件ありますが、このトリックも専門知識利用で、今ひとつ。 いろいろ詰め込みすぎて、かえってメリハリがなくなっているようにも思えますが、欲張った構成はそれなりに楽しめました。 |
No.335 | 6点 | メグレ保安官になる- ジョルジュ・シムノン | 2010/09/27 23:06 |
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1940年台後半は、シムノンがまたメグレものに取り組み始めた(一般的には以降がメグレ第3期とされています)時期ですが、この第3期初期は、作者が様々な変化をメグレものに取り込もうとした時期と言えます。ニューヨークへ行ったり、南仏で休暇中だったり、若い頃の事件だったり。本作では思い切って西部劇の世界にメグレを放り込んでいます。舞台はアリゾナ州の砂漠の中の町。
タイトルにも関わらず、メグレが保安官として活躍するわけではありません。司法警察警視として名誉副保安官みたいなバッジはもらっていますが。若い女が汽車に轢かれた事件の検死審問をメグレが傍聴する話で、ほとんど全編法廷ものといった展開です。 メグレが慣れない検死審問のやり方に戸惑いながらも自分なりに出した結論が、事件担当副保安官の解決と一致していたということですが、結末の意外性はメグレものの中でも特に希薄です。しかしアメリカ南西部の空気が非常に感じられるのが魅力になっています。 |
No.334 | 8点 | ディミトリオスの棺- エリック・アンブラー | 2010/09/23 19:22 |
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アンブラーといえばスパイ小説の大御所としての評価が定着していますが、本作を読み直してみて、スパイ小説の枠組みには納まらないというのが率直な感想でした。確かにすでに引退した大物スパイは登場します。しかしそれはエピソードの一つに過ぎません。
主役であるミステリ作家ラティマーは、ラストで新作のプロットを練っているところからするといかにも英国古典的フーダニットの作家です。その彼がディミトリオスという悪党の過去の足取りを15年も前のトルコからヨーロッパ各国を回ってていねいに追っていくストーリー。前半退屈だと言う人がいるのもわかりますが、クロフツ等が好きな人には充分楽しめるでしょう。このじっくり型調査過程があればこそ、政治社会的な事件を背景にして強盗殺人や政治家暗殺計画、スパイ、麻薬密輸などで冷酷に立ち回ってきたディミトリオスにリアリティが感じられるのでしょう。 最後には命を賭けたアクションもあります。それはクロフツだって時々やっていることですが、やはりアンブラーの方が自然です。 |
No.333 | 7点 | チャーリー・チャンの活躍- E・D・ビガーズ | 2010/09/21 21:10 |
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アメリカ人たちの世界一周観光ツアーの途中発生する連続殺人事件を描く、いかにもクラシックなフーダニットに徹した作品です。
犯人が旅行参加者の中にいる男であることはかなり早い段階で明らかになりますが、叙述トリックなんて当然ありませんし、それどころか犯行方法もごく普通です。それでもミスディレクションを工夫し、読者に犯人を簡単に悟らせないようにしながら説得力ある解決にまで持っていくフーダニットとしての構成は巧みです。ゆったりした展開は、今どきの派手なミステリに慣れた人には退屈かもしれませんが。 まあこれだけの長さの作品のうち、犯人を示す手がかりが、犯人がしゃべっている途中うっかり口にしたたった一言だけ(英語では形容詞なら1語かもしれません)というのが、少々不満でしょうか。 前半はスコットランド・ヤードのダフ上席警部(なんとなくフレンチ警部を思わせます)が事件を担当し、チャーリー・チャンは途中から登場して事件を引き継ぎます。 |
No.332 | 7点 | 高層の死角- 森村誠一 | 2010/09/18 13:04 |
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この密室トリックについては、斬新さは方法よりもその設定・効果にあると思うのですが、そのことについて触れられている評はどうも見かけないようです。通常密室と言えば脱出不可能な部屋のことですが、本作では作者が知り尽くしたホテルを舞台にして、侵入不可能な密室を構築しているのです。
第2の殺人における飛行機を利用したアリバイの方は、原理的には鮎川哲也等でもおなじみのパターンですが、行きと帰り、異なる方法を使っていて、警察の捜査で少しずつ解明されていくところが興味を持続させます。さらにホテルのレジスターカードに関する細かい芸でのアリバイのダメ押し。文生さんの言われるように、まさに物量作戦です。 ただ飛行機利用の場合、もっと直接的な便を使わなかったことの証明が、その便に偽名乗客がいなかったことにかかってしまうという偶然頼みの欠点は免れていません。 |
No.331 | 5点 | 殺人オン・エア- ウィリアム・L・デアンドリア | 2010/09/16 21:15 |
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探偵役マット・コブの一人称形式で語られるシリーズ第2作。豪快アイディア一発勝負だったベイネデイッティ教授が活躍する『ホッグ連続殺人』とは全く違い、テレビ界を舞台にかなり饒舌でユーモラスなのんびりタッチが気楽に楽しめるミステリです。他の作品は読んでいないのですが、これがデアンドリアの本来の持ち味なんでしょうね。少なくとも本作では愛犬スポットもちゃんと活躍しています。
事件の顛末の方はいろいろな要素をとりあえず無難に収束させてくれてはいます。しかし、考えてみると最大の謎であるボーリング・ボールとフィルムの盗難理由は納得できるものではありません。その特別な記念ボールでなくても全くかまいませんし、フィルムもむしろ注目を集めない方がよっぽどましだと思えるのです。 最後のひねりも、ある方がよかったのかどうか、微妙なところです。 |
No.330 | 6点 | サン・フィアクル殺人事件- ジョルジュ・シムノン | 2010/09/12 10:32 |
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サン・フィアクルはメグレが生まれた村。地方警察に届けられた犯罪予告状が警視庁に回ってきたのを目にとめたメグレが、故郷での事件を捜査に出かけます。冒頭はその村で冬の早朝、彼が目覚めるところから始まり、いきさつは後から説明されます。この田舎の雰囲気がいいのです。
殺人方法は松本清張の短編にも似たアイディアがあったなあと思わせるトリックです。これは早い段階で明かされますが、怪しい登場人物が何人かいて、真犯人が誰か迷わされます。最初の犯罪予告状については途中から無視されてしまっていますが、後から考えてみるとまあ筋道はとおっているかな。 そんなわけでかなり謎解き度が高い作品ですが、意外なことにメグレは最後まで傍観者という感じで、ほとんど事件を解決してしまうのは他のある登場人物なのです。様々な仮説を立てながらクライマックスに向かう夕食の場面は、かなり緊迫感がありました。 |
No.329 | 9点 | 緑は危険- クリスチアナ・ブランド | 2010/09/10 21:34 |
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初めて読んだブランドであるだけに思い入れのある作品です。
今回再読してみると、改行のない文章がかなり続くこともあり、郵便配達人が手術室で死ぬまでの50ページぐらいはクリスティーに比べると退屈な感じがします。しかし、その最初の部分にも実は伏線が散りばめられています。 事件が起こってからは、殺害方法不明の謎から奇妙なところのある第2の殺人へと、パズラーとしての興味がじわじわ広がっていきます。戦時下の陸軍病院であることを生かしたストーリー展開も巧妙です。 殺害方法が明らかになった後終盤に入ってからは、もう端正さなど蹴散らすようなミスディレクション大盤振る舞いに目を回されっぱなし。犯人指摘で容疑者たちを翻弄したコックリル警部が真相説明後に逆に容疑者たちから食らうカウンター・パンチも強烈。本作には途方もない「はなれわざ」こそありませんが、論理性に裏打ちされた連続技の切れ味は抜群です。 |
No.328 | 5点 | 吸血蛾- 横溝正史 | 2010/09/07 21:05 |
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開幕早々狼の牙のような歯を見せる怪人物が登場するという、いかにも通俗的な臭いがする作品です。第2の被害者の切断された脚のパフォーマンスなどばかばかしい限りですが、途中江藤老人側の視点から書かれた部分であっさり明かされてしまうその演出理由は、案外まともです。
連続殺人の動機は薄弱ですし、無理な(あるいは説明不足な)点も散見されますが、上述の部分を含め真相はほぼ筋道が通っていて、意外性もあります。通俗的刺激性が論理的な謎解きをうまく覆い隠しているのが効果的と言えるでしょう。 ただし有名作に比べると登場人物たちの描き方がいいかげんですし、金田一耕助の推理が貧弱で真相説明をほとんど犯人の告白に頼ってしまっているなど、不満もかなりある作品です。 珍しくタイトルが内容にそぐわない点も気になりました。 |
No.327 | 4点 | カシノ殺人事件- S・S・ヴァン・ダイン | 2010/09/04 11:46 |
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小説としてのふくらみを持たせる前段階だと言われる『ウィンター殺人事件』を別にすれば、ヴァン・ダインの長編中、特に短い作品です。
今回薀蓄が披露される(控え目ですが)のは毒物学と当時最新の科学成果だったらしいあるものです。しかし、ヴァンスの得意な教養はやはり基本的に文科系。理科系ならせいぜい『僧正殺人事件』の哲学的宇宙物理学ぐらいではないでしょうか。専門家から毒物学の講義を受けたりしています。 未知の毒薬を使ってはならないという自らの20則中の条項を逆手に取ったような発想そのものは悪くないのですが、使い方はどうも冴えません。摂取したはずの毒物が胃の中から見つからないという謎、さらに「水」への疑惑など、半分を過ぎてやっと問題になり、さらに上記最新科学成果が出てくるのはその後です。それからすぐ解決部分に突入してしまうので、あまりにあっけない感じがするのです。動機がかなりいいかげんに扱われているのも不満でした。 |