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miniさん
平均点: 5.97点 書評数: 728件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.568 6点 密室殺人傑作選- アンソロジー(海外編集者) 2014/07/25 10:03
本日発売の早川ミステリマガジン9月号の特集は、”カーと密室”
密室の特集組むのは過去にもあるが、今回はカーをフィーチャー、ここ2~3年は早川や創元でカーの新訳切り替え中だからね
そして今回の特集での目玉がカーの本邦初訳短編の掲載である、カーのコンプリートを目指す読者には見逃せない

便乗企画書評として俎上に載せるのはこのアンソロジー、カーの密室短編が収録されている上に、カミングスの短編も収録されているからだ
私的読書テーマ生誕100周年作家を漁る、第2弾ジョセフ・カミングスの2回目でもある

収録のカミングス「海児魂」は私の読んだ範囲では作者の最高傑作である
カミングスは密室短編のエキスパートだが、他の短編ではわざわざ密室トリックを弄す必然性に乏しいという弱点が感じられた
しかしこの「海児魂」では特殊な状況設定を利用し、密室状況にすることに強い必然性が有る
またカミングスらしく館とかの室内密室ではなく思い切りアウトドアな屋外型密室なのも館もの嫌いな私としては好感材料だ

他の収録短編だが当サイトでkanamoriさんも御指摘の通り、例えばポースト「ドゥームドーフの謎」などここで採り上げる意義を感じないようなメジャー作家に関してはメジャーな短編ばかりで、もう少しマニアックな選択をしても良かったのでは?という感は有る
一方でマイナー作家に関しては作家自体の選択はかなりマニアックで、後に論創社から長編が紹介されたモリス・ハーシュマンなんて既に短編が紹介済だったのにはちょい驚き
ミリアム・アレン・デフォードとかローレン・G・ブロックマンなど超マイナーではないにしても見逃しやすいところも拾っている点は評価したい、日本の編集者だったらおそらく無視だろうからね

No.567 2点 テニスコートの謎- ジョン・ディクスン・カー 2014/07/22 09:56
創元文庫からディクスン・カー「テニスコートの謎」の新訳版「テニスコートの殺人」が刊行された、予定では本日刊行だったはずだが早まったみたいだね、創元で着々と進められているカー新訳切り替えの一環だろう

舞台は雨上がりのテニスコートだが、密室もののヴァリエーションとして実質的には”雪上の足跡テーマ”の部類だろう
本格派の価値はトリックの巧拙だけで決まるものではないのだが、でもこのトリックはなぁ
完璧に見抜いたわけではないが、大体こんな感じのトリックなのでは?と予想してたら、まぁそんな感じだった、真犯人もカーの癖に慣れているので当てちゃったし
実は久生十蘭に殺害方法が似た某短編があって、短編ネタではあるのだが十蘭の某短編トリックの方が切れ味とユニークな面白さを感じるのは私だけ?
もちろんトリックだけで評価が決まるわけじゃないけど、じゃあトリック以外にカーらしい見所が有るかというと、オカルト風味も無く物語的にも平坦
カーには結果的には失敗作だが当初の狙いとアイデア自体は決して悪くないという作も時々有るのだが、「テニスコート」の場合は結局何が狙いなんだかもよく分からんし、狙いがトリックだとしたらショボいし、要するに全てに面白くない駄作にしか思えないのであった

No.566 6点 郵便配達は二度ベルを鳴らす- ジェームス・ケイン 2014/07/14 09:57
先日10日に光文社古典新訳文庫からジェイムズ・ケイン「郵便配達は二度ベルを鳴らす」の女性翻訳者による新訳版が刊行された、引き続いて8月にも新潮文庫から同作者の「カクテル・ウェイトレス」と共に刊行が予定されていて、まるでJ・ケインブームでも到来したかのようだ
早川文庫版も有ったように従来からミステリーの枠内でも語られる事の多い作だが結構一般文学的取り扱いもされている

当サイトでのこれまでの各書評者さんの御書評に的確に言い表わされているので私が新たに付け加える部分はあまり無い
いやむしろ私が単なる取りまとめ役に徹するのが適当かも(苦笑)

Tetchyさんの書かれていた”顔の見えない小説”という御指摘はまさに同感、前半はノワール文学の先駆かと思っていると後半に腕利き弁護士が登場してくるあたりから主題が訳分からなくなってくる
内容と全く関係無い題名の由来は超有名だが、作者はわざと主題をあいまいに書いたのか?と疑いたくなってくる
空さんも御指摘されているミステリー要素もかなりあるという面も同感、この作が従来ミステリーの枠内に含められてきたのも当然でしょう
臣さんが一言でジャンルを言い表わしておられる”ハードボイルド風犯罪心理小説”というのも全く同感、たしかにハードボイルド”風”なんですよね、”風(ふう)”
書かれた時代がヘミングウェイと近いし文章だけならハードボイルドなんだけど、内容的には犯罪小説に近い、少なくとも狭い意味での私立探偵小説としてのハードボイルドというジャンルじゃないよねこれ
ガーネットさんも書かれてる”心理描写を省略した”という面も文体だけならハードボイルドという事ですよね
結局のところ、アボカド、いやハードボイルド風とネーミングしただけの得体の知れないピザのようなお話でありました

No.565 9点 三つの棺- ジョン・ディクスン・カー 2014/07/11 09:54
昨日10日に早川文庫から「火刑法廷」に続いて加賀山卓郎訳による「三つの棺」の新訳版が刊行された、未だ立ち読みしてないので例の誤訳とかどう改善しているのか気になるところだ
「三つの棺」は既に書評済だが今回の新訳版刊行に合わせて一旦削除して再登録

カー作品は一部の有名作しか読んでいないが、私が読んだ範囲内での最高傑作は「三つの棺」である
当サイト以外でも世に数あるネット上の書評を閲覧して感じるのは、案外と評価が低いなという点と、ポイントがズレてる印象
思うにその最大原因は、この作品が”密室もの”という前宣伝につられて読まれてる傾向がある事で、密室という観点で読んだらピンとこなかったという理由が多いようだ
まだ初心者の頃に読了してすぐに感じたのは、これは”密室”が肝ではないのではないかという事、今でもその考えは変わらない
はっきり言ってしまうぞ、この作品の本質はずばり”叙述トリック”だ
いや~、カーって時々やるんですよ叙述!、例えば「貴婦人として死す」とか
「貴婦人として死す」は誰が読んでもいかにも叙述トリックなんだけど、「三つの棺」はあからさまじゃないから分り難い、でもこれやはり”叙述”ですよ、読者を狙い撃ちにしたね
これは最初から”読者に○○を錯覚させる”のが最大の狙いだと思う
つまり第1の密室事件の方が脇役で、だってあのアイテム使った視覚的奇術トリックなんて陳腐だしさ
でもあんな陳腐なトリック使ったのも仕方が無い、だって第1の事件がないと全体の構成が成立しないからね
当サイトでもE-BANKERさんが指摘されておられる、”密室より一種のアリバイトリックの方が素晴らしい”という御意見は本質を突いておられると思う
それと有名な”密室講義”の章だが、これはおまけ、省略してもいい
大体さぁ~、この密室講義の内容って案外と体系的には分類整理されて無くってさ、思い付いたまま羅列したような印象なんだよな
決して”密室講義”の章があるからこそ作品全体の価値が有るという風には思わない
敢えてこの章を挿入したのは、謎の仕掛けに対し、わざとらしいとか人工的や御都合主義だとかという非難が出る前に釘をさしておいたというところでしょう
今の読者って、社会派的要素を嫌い隔離された館とか孤島とかやたらと人工的な舞台設定を好むくせに、トリックや謎の仕掛けに対してはやれ非現実的だとか有り得ないとか非難する傾向があるが、私は矛盾を感じるなぁ
「三つの棺」について、人工的とか非現実的とかの非難は私は的外れに感じる、これは最初から人工的な仕掛けの極致を狙った作品だと思うから
大体ねえ私の長年のミステリー読者としての経験からすると、この作品に対して御都合主義という語句しか出てこなかったり極端に低く評価する読者にロクな奴は居ないという印象は有る

”仕掛けの為の仕掛け”に陥った作品は本来は私の嗜好からは外れているのだが、仕掛けやアイデアそのものが優れている場合は高評価する事にしている、例えばレオ・ブルース「ロープとリングの事件」とかクリスティ「葬儀を終えて」とか
「三つの棺」も、深みのある人物描写や人間ドラマなど全く無い仕掛けだけの作品だが、このアイデアに関しては高評価せざるを得ない、当サイトでの空さんの10点評価も分かります

No.564 6点 とむらい機関車- 大阪圭吉 2014/07/07 09:58
本日7日に戎光祥出版から大阪圭吉『死の快走船』が刊行される、戎光祥(えびすこうしょう)という出版社は私も知らなかったのだが半蔵門近くの千代田区麹町に本社を置く基本的には宗教関係の出版社である
ところが意外にもミステリー部門でも実績が有り近々鉄道関連にも手を伸ばすということだ、きっと担当者の趣味だな(笑)
そのミステリー部門の代表が日下三蔵氏編集の『ミステリ珍本全集』である、今回の大阪圭吉はその叢書第4弾だ
大阪圭吉の代表的な短編は本格派限定なら国書刊行会版や創元文庫の2巻が有るし、他に論創ミステリ叢書からも刊行が有る
大阪圭吉は戦前のガチな本格派一辺倒の作家だと思い込んでいる読者もたまに居るがこれは間違いである、大阪作品は結構ジャンルが多方面に渡っており例えばユーモア系統の短編もあるようで、大阪圭吉の本質は案外と軽妙なユーモアなのかも知れない
今回の戎光祥出版版ではそうした各ジャンルでの大阪圭吉の業績を網羅しており特にこれまで単行本に未収録だった短編が8編も収録されておりマニアには見逃せない

さて大阪圭吉という作家を研究しようというのではなく、ただ単に戦前のミステリー作家に興味が有るとか、ジャンル的に本格派にしか興味が無いタイプの読者程度なら創元文庫の全2冊で充分だろう
第1巻の『とむらい機関車』には表題作を始め、初期の青山喬介ものや、戎光祥出版版の表題作「死の快走船」の探偵役変更前の別題名ヴァージョン「白鮫号の殺人事件」や、中編「坑鬼」などが収録されている
世のネット書評を見るに「坑鬼」への高い評価に驚く、何故なら私は「坑鬼」は過大評価だと思っているからだ
戦前の物資不足で紙数が足りなかったのだろうが前半の怪奇趣味な部分がちょっと中途半端で、特に良くないのが社会派的な真相とミスマッチな点だ
このような真相であるなら前半から社会派的な方向性で話を進めた方が良かった気がするし、逆に前半の怪奇趣向を活かすのならもっと大々的にやって悲劇的な真相にした方が良かったように思う

私個人的な収録作ベストは表題作「とむらい機関車」と「あやつり裁判」である
「とむらい機関車」は青山喬介ものに代表される物理的トリックに振り回されていた感の有る初期の作風から脱して人間ドラマと謎解きのバランスが取れた名作である
私は「デパートの絞刑使」「白鯨号」や「坑鬼」に比較して「とむらい機関車」だけを低く評価する人の書評は私の感性と合わないと判断して信用しない事にしている
ところで指摘する人があまり多くないのは意外なのだが、連城三紀彦の某短編の元ネタはこれなんじゃんねえの?
もう1つの「あやつり裁判」は私が思うにある意味作者の別格代表作である、分量も短いし内容的にコクも無いのだが、こういう軽妙なユーモア感覚こそが大阪圭吉の本質に近いんじゃないかなぁ

No.563 6点 暴徒裁判- クレイグ・ライス 2014/07/04 09:57
先月27日に論創社からサッパー「恐怖の島」とパーマー&ライス「被告人、ウィザーズ&マローン」が同時刊行された
後者はS・パーマーとC・ライスの合作による短編集で”クイーンの定員”にも選ばれている
今回出た「被告人、ウィザース&マローン」も入手済なので夏中には書評をupしたい

本音を言えば便乗企画はパーマーでやりたかったけど、まぁアンソロジーなどに収録の断片的な短編は除くとパーマーの日本での書籍はたった1冊しかないので仕方ないよね
日本では不遇のパーマーに対してライスは翻訳には恵まれている、絶版も多いけどそれほど中古市場で入手難ではないし
この「暴徒裁判」もどちらかと言えばマイナー作の部類だろうけどこのあたりの作も翻訳されるんだから恵まれている方の作家だと思う、マローンもの以外の別シリーズも紹介されているし
「暴徒裁判」はいつものシカゴを離れてローカルな舞台設定である
シカゴから離れるという点では「素晴らしき犯罪」と共通しているが、あちらは舞台が大都市ニューヨークなのに対してこちらは田舎町的な設定でシリーズ中では珍しい
だからライス独特の大都会に埋もれるペーソスみたいなものが欠けているのだが、それでも湿ったユーモアが良い味を出していてあまり違和感がない
この点で大都会ニューヨークを舞台にしているのに、その乾いたユーモアが空回りしてる感の有った「素晴らしき犯罪」よりも雰囲気的には好きだ
ただし純粋に謎解き的な要素だけなら「素晴らしき犯罪」の方が上かも知れない、でも「暴徒裁判」も悪くないと思う
全体として当サイトでのnukkamさんの御書評通りで私の拙文が付け加える要素は先に述べた「素晴らしき犯罪」との比較論くらいであまり有りません

No.562 6点 乱歩の選んだベスト・ホラー- アンソロジー(国内編集者) 2014/06/30 09:59
発売中の早川ミステリマガジン8月号の特集は、”幻想と怪奇  生誕120周年乱歩から始まる怪奇入門”
ミスマガ夏の恒例特集だがほぉこうきたか

戦前はトリッキーな本格派一辺倒だった乱歩が戦後にホラーに傾倒していた時期が有る、このアンソロジーはホラーに関する乱歩流エッセイに名前が挙がった中短編から、森英俊・野村宏平両氏が選んだものだ
多分だが乱歩が自分で編んだとしたらこんな感じになるのではという想定で両氏が編んだものだと思う、乱歩自身で編んだホラー・アンソロジーは存在しないのだろうか?
埋もれてたり権利関係の問題とかもあって難しかったのだろうが実際に乱歩本人の編んだホラー・アンソロジーも読んでみたかったなぁ
と言うのはですね、ジェイコブズ「猿の手」やエーヴェルス「蜘蛛」みたいないかにも乱歩が好きそうな作に混じって、乱歩のエッセイ中で言及された作品という選択肢の制限が有るとは言えW・コリンズ「ザント夫人と幽霊」みたいなあまり乱歩好みとは思えないものも散見されるので、乱歩自身だったら何を選ぶのか興味が湧く

さて収録作中で書評者としての私の個人的ベストはP・マクの祖父にあたるファンタジー作家ジョージ・マクドナルドの「魔法の鏡」とロード・ダンセイニの「災いを交換する店」の2作
偶然に両作家とも本職がファンタジー系で収録作もホラーと言うより奇談に近いものだろうが、ミステリー的興味とホラー感覚とのバランスが取れており、敢えてラストにきちんと謎解きをしない所が好きだ
その点いかにも乱歩が好きそうなエーヴェルス「蜘蛛」は少々ミステリー的視点に偏り過ぎているように感じた
エーヴェルス「蜘蛛」に触発されて乱歩が同じ着想で書いた「目羅博士」がアンソロジーの最後を締め括る
この「目羅博士」、ミスマガ8月号にも載っていたのには驚いた、やはり便乗企画にこのアンソロジー選んだのは正解だった
でも実は最も面白く読めるのは冒頭に置かれた「怪談入門」と題する乱歩のホラーエッセイである、その情熱に圧倒される文章はこれこそ乱歩だ

No.561 7点 国会議事堂の死体- スタンリー・ハイランド 2014/06/27 09:54
* 私的読書テーマ、今年の生誕100周年作家を漁る、第6弾はスタンリー・ハイランドだ
今年の生誕100周年作家には大物が少なく逆にマニアックな作家が多い、密室派短篇のジョセフ・カミングスなどはそんな典型だろうが、長編も書いているがよく”幻の本格派”と呼ばれるタイプが居る

”幻の本格派作家”という言葉には特に定義が有るわけじゃないが、単に埋もれていたというだけの意味じゃないと思う
もちろんその手の作家も何人も居るが、それはただ翻訳紹介から漏れていただけであって、そういうのは日本の読者の求めるものや紹介者の思想の偏りが原因である、まぁ過去のタイミングの悪さもあろうか
しかし”幻の”という形容が付いた場合、もう1つの埋もれていた原因が存在する、それは”総著作数が少ない”、つまり超寡作だという事だ、2~3作しかないとかね
英国の戦後本格派で長編が2~3作しかない幻扱いされる作家が2人居る、グリン・ダニエルとスタンリー・ハイランドである
スタンリー・ハイランド「国会議事堂の死体」は過去に書評済みだが生誕100周年に合わせて一旦削除して再登録

ネット上の各書評では、ラストのサプライズが蛇足という意見も散見するが私はそうは思わない
この作品は途中で180度見方が反転するのが持ち味だろうが、ラストのもその一環と考えれば全体の統一感を損ねてはいないと思う
書評的には当サイトでのkanamoriさんの御書評が的確に言い表しているので私の拙文が付け加えるような要素はあまりありません
まぁ、いかにも英国的な皮肉の効いた作品という事で

No.560 6点 ケンブリッジ大学の殺人- グリン・ダニエル 2014/06/23 09:55
* 私的読書テーマ、今年の生誕100周年作家を漁る、第5弾はグリン・ダニエルだ
今年の生誕100周年作家には大物が少なく逆にマニアックな作家が多い、密室派短篇のジョセフ・カミングスなどはそんな典型だろうが、長編も書いているがよく”幻の本格派”と呼ばれるタイプが居る

”幻の本格派作家”という言葉には特に定義が有るわけじゃないが、単に埋もれていたというだけの意味じゃないと思う
もちろんその手の作家も何人も居るが、それはただ翻訳紹介から漏れていただけであって、そういうのは日本の読者の求めるものや紹介者の思想の偏りが原因である、まぁ過去のタイミングの悪さもあろうか
しかし”幻の”という形容が付いた場合、もう一つの埋もれていた原因が存在する、それは”総著作数が少ない”、つまり超寡作だという事だ、2~3作しかないとかね
英国の戦後本格派で長編が2~3作しかない幻扱いされる作家が2人居る、スタンリー・ハイランドとグリン・ダニエルである

本来ならかなりマニアックな作家なんだけど、これが翻訳されて普通に読める状況ってのは良く考えると日本の出版社も凄いな
しかもハイランドは国書刊行会だからまだいかにもだけど、グリン・ダニエルは扶桑社文庫だからねえ、扶桑社文庫ってクェンティン「悪女パズル」とかたまにエッ?というの出す時有るよな
先に読んだのはハイランドでこれは埋もれてた傑作だと思ったが、ダニエルの方は正直微妙
小林晋氏や森英俊氏は精緻で緻密なプロットと評しているが、悪く言えば整理不足なプロットに思う
それが持ち味なんだろうけど、真相も中途半端に複雑で、これといったアイデアが有るわけでもない
また大学教授が書いたカレッジミステリな割には、マイケル・イネスみたいな教養が滲み出たユーモアや薀蓄に乏しく、単なる謎解きパズルに徹し過ぎているのも感心しない、まぁパズル的要素しか興味が無いタイプの読者には無駄が少ないと感じるかも知れないが
名作なのだろうけどもう1つ印象が薄いというか評価の難しい作品だった

No.559 8点 オックスフォード運河の殺人- コリン・デクスター 2014/06/23 09:54
「キドリントンから消えた娘」を読んだ時には私にはコリン・デクスターという作家は全く面白いと思わなかった、しかしこの「オックスフォード運河」はとても面白かった、何故なんだ?
そもそもデクスターという作家、何かと言うと”論理のアクロバット”というキャッチコピーが付くのだが、はたしてそうだろうか?
「キドリントン」でもモース警部の推理はロジカルではなくて要するに推測の羅列、極端に言えば”妄想のアクロバット”である
どうもデクスターという作家自体、論理論理とクイーン風のアメリカン本格的視点で見る風潮が蔓延してるが私はあまり賛同出来ない、デクスターは英国作家だしね
つまり黄金時代アメリカの本格派作家達と同列に扱うのは間違いで、本来は現代英国本格派、例えばレジナルド・ヒルあたりと同列に扱うべき作家なんじゃないだろうか
「オックスフォード運河」ではモース警部の皮肉な物言いが大変面白くいかにも英国調なんだよな、これはまさに伝統の英国本格の系譜ですよ
さらに真相も実にシニカル、「キドリントン」なんかより「オックスフォード運河」の方が余程アクロバットしていると思う
私にとっては、デクスター見直したって感じだ

No.558 6点 名探偵のコーヒーのいれ方- クレオ・コイル 2014/06/16 09:59
日本の初戦は残念だったが、後出しジャンケン的に言うわけじゃなくて、組み合わせが決まった時から嫌な予感がしていた
日本が入ったC組はたしかに優勝国が1つも入っていない組合わせだけど、”名より実”、かなり手強い組み合わせだと思った
前回も伏兵視されたコートジボワールなども予選リーグ突破経験は無く、強豪コロンビアも昔の方が前評判倒れで、過去の実績はあまり無いけど3ヶ国全て今回は実質強いみたいな
いや日本を含むグループ4ヶ国全て実績は少ないが不気味で、日本も相手国からすれば今回は嫌な相手と思われているかも
むしろ優勝経験国が3ヶ国も揃い死のグループと言われるD組の方が名前優先な感じがした
次のギリシア戦は勝って欲しいが、便乗企画で「ギリシア棺」の再書評をその時点でするつもりはない、理由はバレバレでしょうけど(苦笑)

さて開催地がブラジルだからと言ってペレ「ワールドカップ殺人事件」を採り上げるのもあまりに何なんで(笑)、でもじゃあ何にしようかと思ったがブラジル絡みな作品が思い付かない、有栖川に「ブラジル蝶」ってのはあるけど
そこでブラジルがコーヒー豆の産地という事で便乗企画はこれだ、C組最強と目される第3戦の相手コロンビアもコーヒー豆の産地だしね

グルメ系コージー派
夫婦コージー作家アリス・キンバリーの別名義がクレオ・コイルである
キンバリー名義の”幽霊探偵シリーズ”はコージー派とハードボイルドを無理矢理融合するという面白い趣向でコージー派の中では私は好きなシリーズだ、ちょっと他のコージー派には無い味わいが有る
ところがクレオ・コイル名義の”コーヒー店シリーズ”はコージー派の王道といった感じで、このまま舞台を日本に移して2時間ワイドドラマ化出来そう
バツイチのアラサー女性に、離婚相手と新たな彼氏候補との両天秤、良く出来てはいるがいかにもコージー派お決まりなパターンで大きな特徴も無い
やはり私としてはキンバリー名義の”幽霊探偵シリーズ”の方が好きだ
ただ”幽霊探偵シリーズ”は人物描写に印象が薄く、人物造形の鮮やかさではこちらの”コーヒー店シリーズ”の方が上だろう

No.557 7点 LAコンフィデンシャル- ジェイムズ・エルロイ 2014/06/10 09:57
本日10日に文春文庫からジェイムズ・エルロイ「ホワイト・ジャズ」の新装版が刊行される、もちろんLA4部作の最終巻だが、新訳じゃなくて”新装版”、つまり装丁を変えるだけなのだろう、何で「ホワイト・ジャズ」だけ?って疑問は有るが

「ホワイト・ジャズ」がLA4部作の最終第4作目ならば、その1つ前の第3作が「LAコンフィデンシャル」である
4部作第1作「ブラック・ダリア」と第2作「ビッグ・ノーウェア」の間には内容的に殆ど繋がりは無いのでそれぞれ独立して読んでも特に差し支えは無いが、「ビッグ・ノーウェア」と「LAコンフィデンシャル」には一部に共通した登場人物が居たり、「LAコンフィデンシャル」のプロローグは前作のラスト以降を引き継いでいるので、第2作と第3作はこの順番に読む方が良いと思う
「LAコンフィデンシャル」は読んだ3作の中で最も多くの血が流れ暴力と残虐シーン満載なんだけど、その割には強烈に読者に迫ってくるものがあまり感じられなかったんだよなぁ
正直言ってちょっと勢いに任せて作者の筆が弾け過ぎた感じがする、暴力シーンなどは数が多過ぎてまさに及ばざるが如し、かえってインパクトを減じてる気がする
むしろ前作「ビッグ・ノーウェア」の方が鬼気迫る迫力が感じられた
一般的に小説としての出来映えなら「LAコンフィデンシャル」の方が上かも知れないが、緊張感の描出という点で私の採点上では「ビッグ・ノーウェア」の方に高得点を付けたい

No.556 5点 訣別の弔鐘- ジョン・ウェルカム 2014/06/05 09:56
* 私的読書テーマ、生誕100周年作家を漁る、第4弾はジョン・ウェルカムだ
アンソロジー収録短編を除いて唯一の長編邦訳作が「訣別の弔鐘」で、本格派しか興味の無い読者にとっては余計な労力に思えるだろうが、論創社は時々非本格派作品を混ぜてバランスを取っているのが私的には好ましい、この作は叢書の初期に刊行されたものだが非本格の中では掘り出し物の1冊だ、諜報スリラー系の冒険小説である

ジョン・ウェルカムは論創社が出さなかったら私も知らなかった作家だが、本国では競馬スリラーの書き手としてそれなりに存在感が有るようで、ディック・フランシスの友人だったらしい
シリーズの主役が諜報活動も請け負うアマチュア騎手というのを見ても、さながらもう1人のディック・フランシスである
この「訣別の弔鐘」、読み出したら止まらないリーダビリティが有り、短めの長編ながら起承転結完璧に構成された隙も欠点も無い冒険小説で私もあっという間に読み終えた
とにかく読んでると楽しい楽しい、こんな面白く手に汗握る冒険小説も久し振りだ
さてここで書評閲覧者から疑問が出よう、そんなに面白いのなら何で中途半端な採点なんだと
はいごもっとも、実は欠点の無いのが唯一の欠点なのだ
再三言わせていただくが私はそのジャンルの中で、”いかにも”的なあまりに王道過ぎるものを好まない読者なのだ、例えば本格派だと様式に則った”館もの”やクローズドサークルなどは大嫌いなのだ
「訣別の弔鐘」は冒険小説としてあまりに完璧なのが逆に気に入らない、登場人物なども、宿命のライバル、曰く有る美女にもう1人の第三者的美女、ちょっと怪しい表面上の味方、荒くれ者の当面の敵、現場ではあまり頼りにならない仕事上のボス
もう完璧な人物配置と言って良く、冒険小説の作法に則った王道な冒険小説で、悪く言えばオーソドックス過ぎで良く出来過ぎているのだ、この作家ならではの尖った部分や個性が無い
私としては、いくつか欠点が有ったり途中が多少中弛みでもいいから、何か他の作家には無い独自性が欲しいんだよな、例えば同じ冒険小説でもウィルバー・スミス「虎の眼」などは単にリーダビリティが高いだけじゃなくて個性も有った
ジョン・ウェルカムの場合はアマチュア騎手を主人公に据えながら、主人公が能天気でフランシスの主人公みたいな陰影が足りず、個性でフランシスには遠く及ばない
特にこの「訣別の弔鐘」は主人公がアマチュア騎手の割には競馬が全く絡んでこないので、シリーズにそういう方面の作が有るのならその手のを選んで欲しかったなぁ

No.555 7点 矢の家- A・E・W・メイスン 2014/06/03 10:01
先日に論創社からキャロリン・キーン「歌うナイチンゲールの秘密 ナンシー・ドルーの事件簿」とA・E・W・メイスン「被告側の証人」が同時刊行された、当サイトの登録ではナンシー・ドルーの方は無視されてましたけど(苦笑)
メイスンのはアノー探偵が登場しないノンシリーズ作である

その作家の中で一番有名な作品が黄金時代の作なので黄金時代作家と誤解されやすい作家が数人居る
例えばフィルポッツなどは極端な例で、「赤毛のレドメイン家」が1922年なのでよく黄金時代本格派作家の1人みたいに分類されがちだが、フィルポッツはホームズ古典時代から戦後の50年代まで著作が有る息の長い作家である
A・E・W・メイスンも1900年以前から書き始めており、アノー探偵が初登場する「薔薇荘にて」は1910年の作だ、今回論創社から出た非シリーズ作は1913年の作である
ところが代表作「矢の家」が1924年なのでどうも黄金時代本格派作家に分類されがちだが、どちらかと言えば古典時代と黄金時代との間を埋める1910年代の過渡期作家の側面が強い
つまりE・C・ベントリーあたりと近い位置付けの作家じゃないかなぁ、「トレント最後の事件」は「薔薇荘にて」の3年後の作だ
そもそもA・E・W・メイスンという作家自体ミステリー専門作家ではなく、ジャンルは多岐に渡る一般大衆文学作家として当時人気の流行作家だった、何でも書ける職人だからミステリーも書いちゃいました、って感じの作家である
メイスンはイケメンだったのか?作家に転身する以前は俳優を目指していたが、俳優では芽が出ず仕方なしに作家業始めましたみたいな人で、演劇に未練が有ったのか戯曲も書いている
今回論創社から出た「被告側の証人」も実はメイスンの戯曲分野の最高傑作と言われる作のノベライゼーションだ
したがってメイスンを黄金時代の本格派作家達と同列に比較して論じるのは適切では無い様に思う、秘密の通路も事件の中で重要な要素を占めてはいるが存在自体は中盤で明かされているし、密室トリックの解法が秘密通路だったとか通路の発見で全ての謎は解けたとか、そういう風な使われ方をされているわけじゃないしねえ
代表作「矢の家」は「薔薇荘にて」に続くアノー探偵登場2作目で、全体ではノンシリーズの方が多いが「矢の家」以降もアノー探偵登場作は数作書かれている
ヴァン・ダインはそのミステリー評論内で、自身の探偵役ヴァンスとアノーを心理的探偵法としての共通点を指摘しているが、それほど似ているとは思わない、むしろ「僧正殺人事件」と並んで、後の犯罪心理小説への影響の方を感じた
また本格派としては事件が起きての事後処理的な探偵の捜査ではなくて、探偵側の捜査と犯人側の対応が同時進行しているというパターンを意図的に使ったという構成に意義を感じた
やはり名作としてミステリー史に残っているのは妥当だ、ただ初心者が読むと誤解し易い作なので、ミステリー読者として中級以上向けだと思う

No.554 5点 シャーロック・ホームズ最後の挨拶- アーサー・コナン・ドイル 2014/05/29 09:56
発売中の早川ミステリマガジン7月号の特集は、”シャーロック・ホームズ・ワールド”、映像絡みも有るんだろうけど何か頻繁にホームズ関連の特集が組まれている気がするなぁ、ネタ切れ?

シリーズ第4短編集が『最後の挨拶』である、世のネット書評でもかなり評価が低いが、当サイトでおっさんさんも指摘されてましたが、私も基本的アイデア自体はそんなに悪くないと思う
ところがこれもおっさんさんの御指摘通りで、そのアイデアの煮詰めと活用への工夫が全く足りない、たしかにやっつけ仕事的にさっさと纏めちゃったって感じだ
じゃぁ何故にアイデアの活用の仕方が下手なのか、そこで第4短編集だけの特殊事情を考えると、『最後の挨拶』には過去の3短編集とは大きく違う点がある
第1から第3短編集までは、ほぼ1年間に雑誌連載された短編を纏めたものである、このパターンは復活後の第3短編集『生還』でも基本的に変わらなかった、つまり収録各短編の執筆時期に隔たりは無かったわけだ
ところが第4短編集『最後の挨拶』は断片的に発表された短編を集めたもので、各短編の執筆時期がバラバラである
本来は第2短編集に収録予定だったのが自主判断で見送られた「ボール箱」はまぁ別扱いとしても、1908年から1917年までと幅広い
第一次世界大戦勃発後に書かれ英独のスパイ合戦を背景にした表題作「最後の挨拶」を除くと大部分は第一次大戦前夜の不穏な時代に書かれている、この時代背景の影響が大きい気がするんだよね
この時代はミステリー史的に言えば、ウォーレス、オップンハイム、サッパー、フレッチャーといった通俗スリラーが流行した時代である
私はジャンルとして本格派に対してスリラーが格下とかつまらないものとか意義の薄いものとかとは認識していないスタンスである、スリラーだって面白いものは面白いのである、読者側がパズル要素だけを求めようとするからつまらないと感じるだけなのだ
ドイルもそんな風潮に合わせただけなのかも知れない、ただドイルには資質として合っていなかった可能性は有るが
ドイルは名作「失われた世界」に見るように冒険ロマン小説は得意で、決してホームズだけのドイルではない
しかし非本格の中で冒険ロマンとスリラー小説とは全く異質なもので、ドイルは本格派以外だと怪奇小説とかもう極端に異郷を舞台にした冒険小説方面とかに行っちゃった方が合ってるタイプだと思う、ホームズものにも異郷の物語部分の方が精彩が有るものも有ったりするからね
だから眼前の大都会ロンドンを舞台に据えてリアリズムを志向した場合はホームズみたいな理知方向に行くか怪奇色を前面に出すかが持ち味であって、世の各書評での短編集『最後の挨拶』の評価の低さは作者ドイルがスリラー系統だけは合わなかったのも一因かも

No.553 3点 古時計の秘密- キャロリン・キーン 2014/05/27 09:56
本日27日に論創社からA・E・W・メイスン「被告側の証人」とキャロリン・キーン「歌うナイチンゲールの秘密 ナンシー・ドルーの事件簿」が同時刊行される、ただ当サイトの登録はメイスンのが刊行前から登録されてたのに対してナンシー・ドルーのは無視されてましたけど(苦笑)
結構ジャンルの守備範囲の広い論創社だが、ジュヴナイルにまで手を広げたのには驚いた、しかし私としてはこういう傾向はあまり嬉しくない、もっと出して欲しい作家・作品は有るのにこんなのに労力使って欲しくないなぁ

アメリカを代表する児童ミステリー少女探偵ナンシー・ドルーは30年代からずっと続く長寿シリーズで、児童向けミステリーとしての本国の存在感では日本の少年探偵団など凌ぐ存在だろう
もっとも児童向けとは言っても、主人公のナンシー・ドルーは18才、車は乗り回すし、どちらかと言えば日本のラノベ感覚かも(笑)
キャロリン・キーンはもちろんハウスネームで、複数の作家が書き継いできたわけで、年代により作風は多少変遷してきたのだろうが、世界的によく紹介されるのは"オリジナル・クラシック”と呼ばれる第56作まである(第57作以降は原著出版社が変わったりと歴史的意義がやや薄れる)
今回の論創社のもその第56作まの中の1作でシリーズ第20作目だが、シリーズ第1作が「古時計の秘密」である
実は創元文庫からも初期作が何作か出ており、同じ原著のが現在日本の児童向け叢書からでも読めるのに何故に創元がわざわざ新規翻訳したのか
活字のサイズや、ルビは振って有るものの児童にはやや難しい漢字や語句を平気で使用した翻訳文など、基本的に児童限定を想定しているとは思えない
創元の意図としては、完訳でオリジナル原著の雰囲気を伝えようとしたのだろう、ついでにこれで入門した児童が大人になっても引き続いて創元文庫に親しんでもらいたいとの商売上の大人の事情というのもちょっぴり有るのかも知れない(小笑)
従来は「古い柱時計の秘密」と訳される事が多かったが、今回の創元版では”柱時計”という解釈は間違いだと指摘し”置時計”に解釈した題名となった

内容的には当サイトでのnukkamさんの御書評が的確に言い表しているので私が付け加える事はあまり無いのだが、ただ1つだけ言及したいのが、御書評中でも指摘されていた”勧善懲悪の徹底”という要素である、本当に勧善懲悪に”徹底”しているんだよね、いやぁ極端過ぎでしょう(笑)
とにかく厭な奴・感じの悪い奴等は徹底して嫌な奴、同情すべきは徹底して良い人達
児童向けという事情で仕方ないんだろうけど、この勧善懲悪の徹底があまりに鼻につくので読んでるのが辛かった
やはりねえ、ミステリー小説ってのはさ、悪ぶってるくらいで丁度良いと思うんだよね
そもそもミステリー小説というものは本来は児童向きじゃないのではないかと思わずにいられない
ただ暴力シーンとかが一切嫌いで、ハードボイルド系などが全く合わないタイプの読者には合うかも知れない

No.552 7点 キス・キス- ロアルド・ダール 2014/05/19 09:56
先日に早川文庫からロアルド・ダールの『キス・キス』が刊行された、異色作家短篇集からの新訳文庫化である
ちょっと前のジェイムズ・サーバー『虹をつかむ男』も旧訳のままで文庫化されたが、あれは映画とのタイアップ的特殊事情が有ったわけで、今回のダールにはそうした連動企画的意味は無い
別に今後も次々に全集からの文庫化予定も無さそうだし、単に新訳に合わせてという理由だろう、先行して『あなたに似た人』も新訳となり『キス・キス』と合わせて両者新訳揃い踏みというところか
『キス・キス』は既に書評済だけど一旦削除して再登録

ダールの短篇集というと『あなたに似た人』だけした読まれていない風潮だが、その最大原因は『あなたに似た人』はかなり以前から文庫版で簡単に入手可能であるからだ
しかしダールには両者2トップと言うべきもう1つの重要な短篇集が存在する、それが『キス・キス』である
『キス・キス』があまり読まれていないのは何故か?決して内容が『あなたに似た人』に劣るからではない、答えは簡単、その原因はこれまで文庫化されて無かったからだ
全集で読んだ身としては安易な文庫化は残念だが、今回の文庫化でダールの2大短編集が公平平等に読まれる事を期待したい

ダールはMWA短篇賞を2度受賞している、短編集『あなたに似た人』と短篇単体として「女主人」である
MWA短篇賞は初期には短編集にも贈られる賞だったが、途中で単独の短篇に贈られる事に規約変更されている、1度目が短編集で2度目が短篇単体受賞なのはそれが理由と思われる
したがって冒頭のMWA賞受賞作「女主人」を含む『キス・キス』の短編集としての評価が割り引かれる事はないだろう
実際に『キス・キス』は素晴らしい短編集で、『あなたに似た人』と比べて劣るどころか後発だけにむしろより洗練されてスマートになっている
『あなたに似た人』だけ読んで『キス・キス』を読まないとうのは、「Yの悲劇」だけ読んで「Xの悲劇」が未読みたいなものだ(無理矢理な比喩でした‥笑)

解説は阿刀田高、嵌り過ぎだけど(笑)ダールならこの人しかいないよな

No.551 6点 スタイルズ荘の怪事件- アガサ・クリスティー 2014/05/15 10:01
先日に講談社から霜月蒼「アガサ・クリスティー完全攻略」が刊行された、文庫ではなく値段が2970円と個人書評集にしてはちょっとお高い
しかし霜月氏の書評エッセンスなら無料で閲覧できるサイトが有る、御馴染みの『翻訳ミステリー大賞シンジケート』だ、そのサイト内の寄稿としては名物企画の1つだった、現在は連載完了しているが今では過去ログのインデックスも付け加えるなどアフターケアも万全(笑)
霜月蒼氏は元来がハードボイルドなどが中心で本格派一辺倒の方ではないらしく、慶應大学ミス研時代に本格派を本格的に読むようになったらしい本格読者としては遅咲きのタイプだったようだ
また御三家に関してはクイーンやカーは読んでいたがクリスティーは若いときは敬遠してたらしい
御三家の読み方には面白い傾向を感じるんだよね、クイーンだけ避けているという読者は非常に少ないが、他の2人は沢山読んでもカーだけ敬遠する読者とクリスティーだけ敬遠する読者に大きくタイプが分かれる印象だ
当サイトに私が始めて訪れた時に既に当サイト内で確固たる地位を占めていた書評者で私も尊敬するTetchyさんもクイーンとカーの書評は数多いのにクリスティーの書評は殆どなされていない
私の独断的推測だが、御三家の中でカーだけを避ける読者は割とクリスティーから入門した方が多い印象でカーは癖が有りそうなので敬遠している感じなのに対して、クリスティーだけ避ける読者の性格としていかにも入門し易い無難なものをわざと避けるようなあるいはコージー的なものに偏見が有るようなタイプの方が多い印象が有る
コージー派はアメリカ由来のジャンルで英国作家のクリスティーとは作風が全く違うのだが・・・いや主旨が逸れだしたから止めておこう
霜月蒼氏は典型的な後者のタイプだったようでカーは読んでもクリスティーには手を出さずな人だったみたいだ、その霜月氏が一念発起してクリスティー文庫版完全制覇に挑んだのが今回の書評というわけらしい

早川書房にはクリスティー文庫が存在し旧早川文庫から完全に置き換えてしまった、活字が大きくなったのは良いが装丁がトールボーイサイズなのには賛否両論あるようだ
しかし1つだけ旧文庫版よりもクリスティー文庫版の方が優れている点がある、それは通し番号の割り振り方法なのである
旧文庫版では通し番号1番が「そして誰もいなくなった」で有名作に若い番号がふられ、多分刊行順なんだろうけど結果的に売らんかな順みたいになっている(笑)
対してクリスティー文庫版では、全体をポアロもの、マープルもの、T&Tもの、ノンシリーズ、短編集などに分けてそれぞれ発表年代順に通し番号をふっている
だから例えば年代順にポアロ登場作の間にマープルものが書かれていた場合はそれを飛ばしてマープルものの通し番号は後回しにするといった手法である
旧文庫版に比べて通し番号順が格段に整理され、最初からほぼ全100冊を想定するなど全集的性格を帯びている文庫だ
という事はポアロものの第1作目がクリスティー文庫全体の通し番号の1番であり、霜月氏も最初にこれから書評している、いやと言うより「スタイルズ」こそが作者のデビュー作である
1920年という書かれた年代もあっていかにもなワトスン役の設定や全体に漂う古きカントリーものの雰囲気など古臭さは否めないが、それでも真犯人の設定など後の活躍を匂わせるキラリと光る部分も有って、あぁクリスティーはデビュー時からクリスティーだったんだなと感じさせる

No.550 3点 心ひき裂かれて- リチャード・ニーリィ 2014/05/08 09:56
先日2日に扶桑社ミステリーからリチャード・ニーリィ「リッジウェイ家の女」が刊行された、ニーリィが出るのも久々かもと思ったが「亡き妻へのレクイエム」などはそんな昔の刊行じゃなかった気も
解説はいかにもな折原一氏、なんかさぁバリンジャーとかニーリィの解説は折原氏にまかせとけばいい的な安易さが扶桑社だなぁ

よく日本だけで妙な人気を誇る作家は数知れずだがニーリィもそんな1人だろう、海外での受賞歴が全く無いわけじゃないんだけど、そうかと言って海外で話題になるような作家でもないしねえ
サスペンス作家だがこの程度のサスペンス小説の書き手なら海外にはざらに居るだろうし、ニーリィだけが特別ってわけじゃない
じゃあ何で日本だけでよく読まれているのか?、もちろん唯一の理由は”叙述トリック”の使い手だからに間違いない、日本の読者はよくよく”叙述トリック”が好きだねえ
私はこの”叙述もの”ばかりを漁り追い求める風潮が嫌いである、特に普段は本格派しか読まずサスペンス作家なんて見向きもしないような読者が、バリンジャーとニーリィとあとカサックのあれだけは例外的に読むといった風潮は大嫌いだ
なぜならその手の読者はサスペンス自体ではなく、”叙述”や”サプライズ”の部分にしか興味が無かったりするからだ
バリンジャーなどはあの人生の哀愁を帯びたサスペンスが持ち味なんだけど、”叙述”にばかり目が向けられがちな風潮は残念だ

バリンジャーの場合は愁いを帯びた人物描写でまだ魅力が有るのだが、ニーリィにはそういう面があまり感じられず、どちらかと言えばゴチャついてるだけみたいな印象が有る
また叙述トリックもなぁ‥、この「心ひき裂かれて」の場合、たしかに終盤の叙述トリックには驚愕することはする
相当なサプライズは有るのだが、だから感心するかと言うと正直言ってつまらないサプライズだと感じた
何て言うかさ、例えば梅の木だと思ってたら根本的に桜の木と見間違えたとかじゃなくてさ、咲く前は紅梅かと思ってたら白梅だったみたいな、根幹じゃなくて枝葉の部分に仕掛けられているような感じなんだよなぁ
私はどうも日本でのニーリィ人気は過大評価だと思う

No.549 5点 迷路- フィリップ・マクドナルド 2014/05/01 09:54
先月23日に論創社からアール・ノーマン「ロッポンギで殺されて」とフィリップ・マクドナルド「狂った殺人」が同時刊行された、ノーマンの方はハードボイルドだからなのか当サイトの登録は無視されてましたけど(苦笑)
P・マク「狂った殺人」はカーが褒めていた事から海外古典マニア達の翻訳要望リストに再三挙げられていたもので満を持しての邦訳となったわけだが、創元文庫あたりが先に手を出すかと思ってたが創元は見送ってたね
「狂った殺人」は作者中期の最も脂ののってた時期である1931年の作で、前年の30年には「ライノクス殺人事件」、同年31年には他に「迷路」や別名義の「フライアーズ・パードン館の殺人」がある

「狂った殺人」と同じ年に出た「迷路」は英国作家のP・マクにしては米版が先に出て英版が出たのが翌年というのが珍しい、しかも先行した米版では原題名が異なっており、「迷路」というのは英版の原題からの直訳である
英米版の違いという点では他に「ライノクス」や「Xに対する逮捕状」なども英米でタイトルが違っている

この「迷路」はドキュメントファイルだけを手掛りにゲスリン大佐が安楽椅子探偵法を展開する純粋なパズルミステリーとして知られている
捜査ファイルや書簡からの推理という設定から味気無いパズルかと先入観を持ってしまいそうだが案外とそうではない
当サイトでの空さんの御指摘通りで、事件に関する関係者の供述などは意外と物語性に富んでおり退屈しない、この辺は祖父がジョージ・マクドナルドという大衆物語作家の血筋か
例えが適切か分からないが、あのコリンズ「月長石」を極端にコンパクト化したような印象さえある
ただその反面、ドキュメントファイルのみからの純粋パズルという本来の趣向が減殺されているという側面も否定出来ない
極論言えば結局は中途半端に普通の謎解きミステリーになっちゃったと言えなくも無い
これだったらドキュメントや証言の部分などをわざと味気無い無機質ファイルみたいにした方が本来の趣向が活きたのではないかと思った

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