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miniさん
平均点: 5.97点 書評数: 728件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.108 7点 アブナー伯父の事件簿- M・D・ポースト 2009/03/07 10:07
ホームズのライヴァルの一つで創元文庫版
実は早川文庫版の方が原著の配列もそのままに収録作を過不足なく収めた完全版なのだ
対する創元版は重要作だけを選び、原著の短編集に未収録の後に発見された4編を加えた編集版である
ちなみにその4編を加えてもアブナー伯父譚は総計22編しかなく、これは他のライヴァルたちに比べると少ない
いつもなら創元の編集過剰を非難するのだが、今回だけは創元版に軍配を上げたい
そもそも原著の配列自体がメチャクチャで、語り手マーティン少年の年齢が前後するなど順序が作中時系列に沿っていない
例えば原著の配列順ではシリーズ中最も感動を呼ぶ代表作「ナボテの葡萄園」を最後に置いているが、この作は時系列順では最後の話ではなく明らかに短篇集全体の演出効果を狙っての配置だ
この事は懇切丁寧な創元版の解説に書いてあるが、創元版では時系列を調査して配列を組み直しているのだ
今回だけは創元の編集能力が功を奏したようだ

アブナー伯父はいかにも開拓時代のアメリカンな物語という印象を受けるが、実はポーストがアメリカ風味専門作家だったわけじゃない
ポースト自身が欧州を旅していた事もあって、アブナー伯父以外で最も有名な悪徳弁護士メイスンものは英国の雑誌に連載されたものだし、パリ警視庁長官ヨンケルものの舞台は当然フランスである
つまりアメリカ人作家にしてはアメリカ的なのは案外とアブナー伯父くらいなのである
トリックばかりに目を向けがちだが、アブナー伯父の特徴は警句や引用を交えた神の摂理というテーマだろう
例えば○○を利用した面白いトリックの「地の掟」や、死因不明の死体に関して盲点を突いたトリックが鮮やかな「養女」など、その根底には”大地から全てを搾り取ることなかれの掟”みたいな訓示がある
創元版未収録「ズームドルフ事件」なども密室トリックという観点だけで語られがちだが、作者には密室という概念よりも”神の手”というテーマを語りたかったのではとも言えるが、この辺も創元版の解説にはしっかりと書いてある
一方で「不可抗力」「藁人形」などに見る、身体障害者に対する甘くない態度も独特で、全てを公平に見る思想の表れか?
「藁人形」はシリーズの特色が発揮されてないので代表作とは言えないが、トリックよりロジック重視な読者だと「藁人形」を最高傑作に推す人も居るかも知れないな

No.107 5点 フォーチュン氏を呼べ- H・C・ベイリー 2009/03/06 10:10
ホームズのライヴァルの一つで論創社版
もちろん創元文庫版も存在し、創元版のはまさに傑作選であり内容的には当然上だが、創元らしく例によって編集過剰なくせに詰めが甘いという見本
シリーズを代表する二編「黄色いなめくじ」「豪華なディナー」が同社の他のアンソロージー収録なので割愛されている
それでもフォーチュン氏ものは数が多いので一冊編めるだけの傑作は残っているからいいが、1冊としての意義ならこちらの論創社版だろう
なぜなら論創社版のは原著第1短編集をまるごと訳しただけだから、編集の仕事は大して入ってないがこれでいいんだよな

フォーチュン氏ものは雰囲気勝負で謎は薄味とか言われるが、ホームズのライヴァルとしては大同小異でしょ
むしろ気になったのは中後期作に比べてこの第一短編集は雰囲気が妙に明るい事
フォーチュン氏というとつい陰鬱な雰囲気を期待してしまうのだが案外と明るい雰囲気にがっかりで、これでは陰鬱さで他のライヴァルたちと一線を画すという特徴が出ていないではないか
それとフォーチュン氏が案外喜怒哀楽はあるが魅力的な人物像に描かれ過ぎているのも不満
個人的には無愛想な探偵役が好きなので
従来の評価では謎解きよりもフォーチュン氏のキャラ萌みたいに言われる事が多いシリーズだが、私の見方では探偵役のキャラは好きになれず、むしろ逆に意外と謎の方に魅力がある気がする

No.106 7点 法律事務所- ジョン・グリシャム 2009/03/04 10:03
リーガルスリラー御三家のうちシリアス派の横綱がトゥローならば一方のエンタメ派の極がきっとマルティニやグリシャムなんだろうな
同じエンタメ派のマルティニも先に書評を書いたけど、比較すると作風はかなり違う
マルティニの場合は一応黒幕的な真犯人の正体を最後まで隠しており本格としても読めるようになっている
グリシャムは時代劇みたいに悪党の正体を早い段階でさらけ出してしまい、謎解き要素なんてゼロ
こう聞くと本格主義な読者などは、それなら絶対にマルティニの方が面白いと予想するに違いない
しかし断然面白いのはグリシャムの方なのである
文章的にもマルティニは大袈裟な比喩で癖のある文体に一々引っ掛かったが、グリシャムの文章は素直で上手くて読み易い
翻訳は両方同じ白石朗だから訳文の問題ではない
物語展開もマルティニは次々に出来事が起こりいかにも面白そうなのだが、序盤から事件が頻発し過ぎてかえって全体が単調になっている
グリシャムは全体としての起承転結なので後半にならないと動きはないが、書き方が上手いのだろうか前半からサスペンスが持続し、後半などは本を置く事すら出来ない
私の乏しい読書歴ではこんな面白い小説は滅多に無いと思ったしベストセラーになったのも肯ける
あ、それから法廷場面は一切無いですからね
一口に弁護士と言っても主人公は刑事関連の法廷弁護士ではなく、税務関連の事務弁護士だもんね
あくまでも舞台は法廷ではなくて法律事務所の中
弁護士が登場するだけで裁判小説では全く無いというのはリーガルスリラーにはありがちらしいので、この分野に法廷シーンだけを期待しない方がいい
余談だけど映画ではトム・クルーズ主演だったそうだが、ハーバード大卒の秀才という設定と似合わないな
でも物語として見ると適役なのかも知れん

No.105 7点 グリーン・アイス- ラウル・ホイットフィールド 2009/03/01 10:32
戦前のハードボイルドを語る上で雑誌『ブラックマスク』の存在を無視することは出来ない
ハメットも『ブラックマスク』誌の花形常連作家であったが、あの「マルタの鷹」の雑誌連載終了後、引き続いて連載されたのが「グリーン・アイス」である
それを書いたのが当時同雑誌でハメットと並び称されながら病に倒れた悲運の作家ホイットフィールドなのである
海外では歴史的評価が高い作家みたいだが長編作品数が少ない為か日本への紹介が大幅に遅れてしまったけど、そこを頑張って二冊も出してくれたのが小学館
小学館という出版社はミステリー分野では脇役であろうが、私との作品選択の相性が良いのか個人的に大好きな出版社である
ハードボイルドの歴史に残る名作「グリーン・アイス」はあまり面白いと感じる読者は少ないと思うし、それも道理で「グリーン・アイス」は誰でも楽しめるようにはそもそも書かれていない
コアなハードボイルドファンだけに向けてハードボイルドの作法だけで書きましたって感じでエンタメ要素は一切ないが、しかしハードボイルドとしてはその味気無さこそが魅力みたいな作品である
もう一冊「ハリウッド・ボウルの殺人」は本は入手済みだが未読なので予想の範囲だが、こっちの方が一般ファン向きらしいので先に読む方が本当は良いのかも

No.104 7点 ホックと13人の仲間たち- エドワード・D・ホック 2009/02/28 10:53
現状ではホーソーン医師からホック入門する読者が多いが、一昔前はホックと言えば怪盗ニックだった
この短編集は数多いキャラの中から代表的な13人を選び1人1作で早川書房が独自にまとめたもので、ホックという作家を多角的に知りたければ最も適した短編集と言えるだろう

西部探偵ベン・スノウは早撃ちガンマンで、「ストーリーヴィルのリッパー」はトリックとプロットだけで勝負するホックにしては珍しく人生の哀愁まで感じさせる話だが、収録作の中では最も私の好みだ

スパイのランドは、創元から短編集が出たサイモン・アークなどよりも、こっちをまとめて欲しかったなと思うキャラで、スパイという肩書きに誤解してはいけない
スパイと言っても現場の工作員などではもちろんなく、諜報部管理職の公務員といった感じで、諜報戦にまつわる謎を頭で解くいつものホック王道パターンである
私はこのランドこそホックの持ち味が良く出ているキャラだと思うのだが、それは収録の傑作「ランド危機一髪」を読んでいただければお解かりだろう

コンピュータ検察局は近未来が舞台の長編用キャラで、長編が苦手なホックには長編が4作しかないが、有名な「大鴉」を除く残りは全てコンピュータ検察局ものなのだ
その代わり短篇はたった1作しかないので収録作は貴重品である

レオポルド警部は本来ならば怪盗ニックやサム先生と並ぶ存在で短篇総数も多い
以前に講談社文庫から出た短編集が絶版なので早川か創元が何とかして欲しいところなのだが
ただ収録作「孔雀天使教団」は出来が悪く、真相はバレバレで私は序盤の数ページで作者の意図を見破っちゃった

短篇総数の比率などを考慮すると、レオポルド警部、怪盗ニック、ホーソーン医師で3大キャラと言えようか
これに私立探偵アル・ダーラン、オカルト探偵サイモン・アーク、西部探偵ベン・スノウ、スパイのランド、ジプシー探偵ミハエル・ウラドを加えてホック8大キャラでしょうな
でもホックのキャラって設定は変えても性格が皆似てる気がするんだけどね

No.103 6点 マーチン・ヒューイットの事件簿- アーサー・モリスン 2009/02/26 10:01
ホームズのライヴァルたちの一つで創元文庫版
マーチン・ヒューイットを端的に表現する言葉はまさに”ホームズのピンチヒッター”だ
雑誌連載中のホームズが例の滝転落で一時中断した後、読者の要望に答え空き家で復活するが、その空白期間中に同雑誌に連載されたのがヒューイットだった
ヒューイットはエキセントリックなホームズの造形とはかなり異なっていて、一見平凡に設定されている
これは一つにはピンチヒッターとは言え、いかにもな二番煎じは避けようとの出版社の思惑もあったのだろう
もう一つはヒューイットは巧みな変装の行動派探偵なので、かえって普段は平凡に見える方が都合が良いわけだ

隅の老人やカラドスがプロット、ソーンダイク博士や思考機械がトリックならば、ヒューイットの特徴はロジックだと思う
読者に対する伏線には乏しいかもしれないが、それ言ったらライヴァルたちは皆そうだし、ヒューイットだけに言うのは不公平というものだろう
ソーンダイク博士のはロジックと言うより科学的分析だし、切れ味勝負な隅の老人や思考機械とは対照的だ
特に日本の読者は思考機械に対しては嗜好が合うのか評価が甘いと思う、ロジックではヒューイットのが上だよ
クイーン風のロジックはなかなか面白く、案外と重厚にロジックを展開するのは他のライヴァルには少ないし、こういう面を指摘した書評が少ないのは残念だ
「スタンウェイ・カメオの謎」なんてその代表作だろう
トリックに特化しているのが乱歩の目に留まったのか創元のアンソロジーに採用された「レントン館盗難事件」などよりも、「スタンウェイ・カメオ」の方が持ち味が発揮されている

もう一つの魅力に活動的な捜査がある
先ほど述べた変装等もそうだが、ロンドンのスラム街への潜入など社会派の芽生えもある
活動範囲は海中にまで及び、潜水服での海底探査中に手掛りを掴む「(ニコウバー号)の金塊事件」などはシリーズ屈指の傑作だ
ホームズのライヴァルたちの中でヒューイットの評価は低いものが多いが、私は不当な評価だと思う

No.102 6点 ノヴェンバー・ジョーの事件簿- ヘスキス・プリチャード 2009/02/25 10:37
ホームズのライヴァルの一つで論創社版
創元のシリーズには何でこれがライヴァルの範囲なの?と首を傾げる選択があって、この「ノヴェンバー・ジョー」こそ第Ⅱ期にでも入れて欲しかったな
論創社は今、ホームズのライヴァルたちを企画でやってるが、なかなかいい所を選んでるし、応援してるぞ頑張れ論創社

へスキス・プリチャードはライヴァル作家の中では古参で、へロン名義で書いたオカルト探偵フラクスマン・ロウのシリーズもあってアンソロジーにも採られている
人によってはフラクスマン・ロウものの方を出して欲しかったみたいに言うが、歴史的意義からはやはりノヴェンバー・ジョーだろう
クイーンの定員にもジョーは入っているがロウは入っていない
舞台設定の好みでは閉鎖的空間よりも外光派の私としてはノヴェンバー・ジョーの方が読みたかった
ノヴェンバー・ジョーは”森のホームズ”の異名で昔から知られていた
ホームズ物語にはホームズが現場検証して、足跡や落ちている証拠品などから推論を巡らす場面が多々あるが、ノヴェンバー・ジョーはまさにその部分だけを突出させ最大限に活かしきったシリーズである
まあジョーの才能以外に推理できる内容じゃないから読者が推理には参加できないが、そんなこと言ったら本家ホームズ始めライヴァルのほとんどは似たようなもんでしょ
作者自身が世界を旅した冒険家だったせいか、カナダの森林も魅力的に描かれている
それとジョーは良い奴だな、ライヴァルたちの中で真に友人になって欲しいのはこいつだけ

No.101 7点 ソーンダイク博士の事件簿Ⅰ- R・オースティン・フリーマン 2009/02/22 10:21
ホームズのライヴァルの一つで創元文庫版
掲載されたのがホームズ連載雑誌のライヴァル誌だった点など、ホームズ最大のライヴァルはやはりソーンダイク博士だろう
ドイルとフリーマンは同じ医師作家だが性格はかなり違い、伝奇ロマン指向だったドイルに比べ、フリーマンは良くも悪くも典型的な科学者タイプで、ライヴァルたちの中では最も理系気質な人だと思う
しかしそれが弱点でもあり、トリックの質だけなら本家ホームズやどのライヴァルをも上回るのに、物語性・表現力という面では魅力に欠ける
ブラウン神父と並んで本家ホームズを脅かす存在ではあるが、ブラウン神父が独自の魅力でホームズとは別次元の存在感があるのに、ソーンダイク博士は最強のライヴァルではあるが結局ホームズのライヴァルという範疇からは逃れる事ができなかったようだ

ところでⅠ巻ではオリジナルの第1短編集から3作、残りは倒叙短編集「歌う白骨」から一編を除いて全て採られている
当初はⅡ巻目を想定してなかったのかも知れないが、今となってみると第1短編集と「歌う白骨」でそれぞれⅠ、Ⅱ巻を構成し、Ⅲ巻目で他の短編集から採るという手もあったんじゃないかなと感じた
早川ならそうしたと思うんだけど、創元ってこういう編集過剰なところが嫌いなんだよな、編集者の親切心がかえって仇みたいなさ
さらに倒叙に関して言えば、どうもソーンダイク博士と言うと、”倒叙形式”の発明者という視点ばかりで語られがちだが、いやむしろ普通の謎解き短篇の方が面白いけどなぁ
まぁソーンダイク博士譚はフーダニット面が弱いので、最初から読者に犯人の正体をネタバレしている倒叙の方が、この作家としては弱点が目立たないという見方も有るのかもな
でもさぁこの第Ⅰ巻にしても、『歌う白骨』所収の倒叙短篇よりも、普通の謎解き短篇である原著第1短篇集所収の短篇の方が面白かったりする
例えば「青いスパンコール」は、ある意味で馬鹿馬鹿しい脱力ものの真相なんだけど、ソーンダイク博士らしくてそれがイイ!
「モアブ語の暗号」も、ホームズ譚「踊る人形」に対して科学者探偵ソーンダイク博士らしい解決法だ
これはあまりに暗号解読がややこしいので作者の意図には途中で気付いたが、「踊る人形」への皮肉も込められているんじゃないかなぁ
『歌う白骨』には嶋中文庫版が存在するけど、どこぞの出版社で第1短篇集の完全版を出してくれないかなぁ

No.100 6点 思考機械の事件簿Ⅰ- ジャック・フットレル 2009/02/21 08:54
ホームズのライヴァルの一つで創元文庫版
この創元のシリーズは概ね1作家1冊であるが、ソーンダイク博士はⅡ巻まであり、思考機械は何とⅢ巻まであって非常に恵まれている
なぜ思考機械だけがこんなに優遇されるのかと言うと、オカルティズムに彩られたトリックものという、現在の日本の本格マニアにいかにも受けそうな感じなのが理由だろう
しかし、トリックだけを抜き出して吟味すると、案外と思考機械シリーズで使われるトリックはしょぼいものが多く、トリックだけに限定して評価するならソーンダイク博士ものの方が断然質が高い
例えば収録作中の「水晶占い師」は、ソーンダイク博士ものに似たアイデアの作が有るんだけど、トリックの緻密さではソーンダイク博士作品の方が優れている

ソーンダイク博士の作者オースティン・フリーマンは医師作家で科学者然とした人だが、思考機械の作者フットレルは元々がジャーナリスト出身という経歴だ
実際作中でも思考機械の代わりに情報を収集してくる役目のハッチという新聞記者の方が探偵役よりも活き活きと描かれていて、さながら作者の分身のようだ
ウルフとアーチーのルーツは案外これなんじゃねえの
トリックはチャチなものが多いが、思考機械シリーズの魅力はずばりトリック自体ではなくて、トリックの幹に枝葉を付けた物語の膨らませ方や演出だと思う
こうした不可思議現象の見せ方プレゼンテーションが実に上手く、日本での人気の秘密もこの辺だろう
それとハウダニットだけでなくホワイダニットにも気を配っていて、動機面なども決しておろそかにしていない
動機にも気を配る点などはやはり根がジャーナリスト出身だなって感じで、いかにもな理系作家オースティン・フリーマンに対して、トリックは多用してもフットレルという作家は基本的には文系気質な人だったのだろうと推測する

No.99 9点 モルグの女- ジョナサン・ラティマー 2009/02/18 09:36
モルグとはもちろん死体公示場の意
ハメット全盛の戦前ハードボイルドにあって、早くも戦後のB級ハードボイルドにも繋がるおちゃらけた雰囲気の作家が登場してくる
やや遅れて登場したフランク・グルーバーもそうだが、ジョナサン・ラティマーはその下品な会話といい、ハメットやホイットフィールドのシリアス路線とは一線を画すものだ
ラティマーと言うと本格好きな人はすぐに”本格とハードボイルドを融合した作家”というイメージで認識しがちだが、むしろラティマーの特徴は、”お下劣な会話文が醸し出すユーモア調”にあると言って良いだろう
謎解き面ではたしかに本格だが、文章だけを見れば紛れようもなくハードボイルドの文体そのものである
代表作はなんと言っても不朽の名作「モルグの女」ではないだろうか
軽快なテンポ、複雑で魅力的なプロット、鮮やかな謎解き、良い意味で下品な会話と雰囲気、楽しんで読めるハードボイルドとしては最高峰のものだ

No.98 5点 重要証人- スティーヴ・マルティニ 2009/02/14 10:21
本格好きな人だとリーガルサスペンスと聞いて、”法廷もの”という語句からカーの「ユダの窓」みたいなのを連想してしまうかも知れないが、法廷での証拠の吟味など本格風な場面は大して出てこない
どちらかと言えば、審議日程の問題や、書類不備だとか、重箱の隅の突付き合いのような法廷戦術の応酬といった感じで裏でのやりとりの方が主だ
つまりポイントは法廷戦術の”戦術”の部分なのである
法廷での丁々発止のやりとりとか法廷内でトリックが暴かれるとか、いかにも本格読者が求めるようなのを期待するタイプの読者には向かない
裏での法廷戦術の駆け引きをつまらないと感じるような人はリーガルサスペンスには手を出さない方が無難だ
あくまでもメインはスリル&サスペンスだからね

リーガルサスペンス作家の中でも謎解き興味とエンタメ色が強いと言われるスティーヴ・マルティニ
主役マドリアニ弁護士のデビューは「状況証拠」だが、実質的な出世作はこの「重要証人」だ
ちょっとあざとい真犯人の正体など真相は本格慣れした読者なら見抜けてしまうが、二転三転する展開や終盤のサプライズなど、リーガルサスペンスの中でもエンタメ派の特徴は良く出ている
一つ不満を言えば、やたらと大袈裟な比喩や言い回しを多用するわざとらしい文章は好きになれない

No.97 7点 プリンス・ザレスキーの事件簿- M・P・シール 2009/02/11 09:43
ホームズのライヴァルの一つで創元文庫版
真の安楽椅子探偵と言えば隅の老人ではなくてプリンス・ザレスキーである
ザレスキーは退廃ムードを醸し出す遊民的人物で、事態を収拾させる為に出かけることはあっても、推理部分に関しては事件の概要データだけを聞いて推理するわけだから安楽椅子探偵の条件を満たしている

ザレスキーものの特徴はまさにその過剰な衒学的ぺダントリーだろう
めくるめく披露される知識と特異な超論理はライヴァルたちの中でも異彩を放ち、癖の強い文体が微妙だが最も日本の新本格読者に合いそうな感じではある
残念ながら短篇数は少ないが、中でも特に「エドマンズベリー僧院の宝石」は傑作で、これはザレスキーの超論理無しには解けんわな

No.96 6点 隅の老人の事件簿- バロネス・オルツィ 2009/02/11 09:24
ホームズのライヴァルの一つで創元文庫版
隅の老人は安楽椅子探偵の代表みたいに言われるが、解説にもある通り実際は裁判を傍聴しに出かけたりとかなり活動的である
しかも聞き手の女性記者は本当に話を聞くだけで事件の依頼をするわけでもでなく、隅の老人が一方的に事件の概略を述べ自分の推理を語って聞かせるのだから、その場で初めて事件の内容を聞いて推理しているわけじゃない
つまり隅の老人は前もって事件の概要を知っていたわけで、下調べや調査をする余裕があった事になるので、こういうのは厳密には安楽椅子探偵とは言わんだろう
真の意味で安楽椅子探偵と言うならやはりM・P・シールの「プリンス・ザレスキーの事件簿」だろう

他のライヴァルたちと比較した場合の隅の老人の特徴はどんでん返しに切れ味があることだ
他のライヴァルよりも作者オルツイは探偵小説の”コツ”というものを最も良く会得理解していたのだろう
他のライヴァルたちの中には切れないナイフでステーキをごしごしやって切ってるようなのも多いからね
一方で短所をはっきり言えば、ずばりワンパターンな事だ
トリックは大抵が一人二役かその変形パターン
得意技は真相Aと思わせておいて真相Bてなパターン
3~4作読んだら免疫が効いて他の作も真相がほぼ看破できてしまう
コツが分かり過ぎてしまうのも作家にとって良くないのかも

No.95 7点 女医スコーフィールドの診断- ヘンリー・デンカー 2009/02/06 09:40
「復讐法廷」で知られるヘンリー・デンカーは弁護士作家であって医師資格はないはずだが、にもかかわらず全著作の中で法廷ものよりも医療ミステリーの比率の方がむしろ多い
残念ながら日本に紹介されているのは「女医スコーフィールド」くらいだが、この作品がアメリカで発表当時に評判になったというのも肯ける
謎は小粒で、五歳の坊やの発作の原因を突き止めるというだけなのだが、頁を繰るのがもどかしいほど読ませる
そもそも謎が小粒だとつまらない、大量に殺人が起きれば面白いって単純なものじゃないからね、それだったら戦争小説が一番面白いことになっちゃう
病院の理事長と現場の医師との確執などが絡むが、対立の構図を鮮明にする必要上、女性に偏見を持つ理事長をはじめ登場人物の造形がやや定型的だという欠点はある
しかしそんな欠点を吹き飛ばしてしまう面白さの源は底辺に流れる作者のヒューマニズムゆえだろう
少なくとも西川史子先生よりは魅力的なヒロインだ

No.94 4点 O・ヘンリー・ミステリー傑作選- O・ヘンリー 2009/02/04 09:57
小鷹信光さんは翻訳以外に編纂の仕事もしているがO・ヘンリーの短編集も編んでいたとはね
短篇の名手O・ヘンリーは日本でも数社の出版社から選集が出ているが、これは小鷹さんが犯罪をテーマにした短篇に絞って編んだもの
O・ヘンリーは意外と犯罪小説を書いていて、詐欺師ジェフものなどはクイーンの定員にも選ばれている
犯罪分野に限定しないとすれば、私は最高傑作は「賢者の贈物」だと思うが、この短篇は犯罪とは縁が無いので収録されていない
一方、犯罪がテーマなら「一ドルの価値」なんて収録して欲しかったけどなあ
どうも制約上テーマ限定で、しかも本邦初訳の短篇も含むというのが売りだったみたいで、必ずしも作者の真の傑作選ではないため質的に物足らなさはある
逆にここまでミステリー分野に特化したO・ヘンリーの短編集は珍しいのでミステリー的には価値は大だ

No.93 6点 影の顔- ボアロー&ナルスジャック 2009/02/01 10:12
「悪魔のような女」は古本屋でも容易に見つかるし現役本なのかな?
早川書房は「悪魔のような女」を復刊するくらいなら「影の顔」や「死者の中から」こそ絶版状態を解消して欲しいよ

”ミステリー小説=パズルでいい”論を標榜する他の某サイトを見たことがあるが、この手の主義の人にとっては謎のエッセンスと解決編での”発想の飛び”が全てなんだろうが、それなら中盤は一切要らなくなってしまう
恐怖と推理を融合するボア&ナルにとっては、言わば途中経過こそが全てなのであって、結末の締めはオマケである
落語のサゲ同様そりゃ結末には何らかの締め括りは必要だよね、物語を永久に続けるわけにもいかないのだから

No.92 7点 シャーロック・ホームズのライヴァルたち③- アンソロジー(国内編集者) 2009/01/31 10:23
全三巻のうち①②巻は英国作家、この③巻はアメリカ作家
一部ライヴァルという範疇に向いてない収録作もあるのが不満だが珍しいものも収録しているのでよしとするか

フランシス・リンドはクイーンの定員に入っていないが、実はホワイトチャーチの世界初の鉄道ミステリー短編集と同年の四ヶ月遅れでやはり鉄道もの短編集を出している
つまりたった四ヶ月の差で世界初の称号を英国作家に譲る事になった不運なアメリカ作家なのだ

集録作中で注目したい作家はA・H・ルイス
実録ものを嫌う日本の本格読者の嗜好からすると、ドキュメンタリーな実話風ということで注目され難いかもしれないが、そのぶっとんだ真相たるやお前は島田荘司か、って感じで他の作品も確認してみたくなった

やや地味ながら日本の本格読者に受けそうなのがバルマー&マクハーグ
心理試験をミステリー小説に初めて応用したルーサー・トラントものの短編集は、もし創元がライヴァルたちの新シリーズを刊行する気があるならぜひ入れて欲しい

アーサー・B・リーヴと科学者探偵クレイグ・ケネディは昔から名前だけは知られていて、日本だと海野十三みたいな存在か
これも創元あたりがまとめて欲しい作家だが、科学者探偵という肩書きに期待するほど面白くはない

むしろ日本の読者向きなのはジェレット・バージェスか
神秘探偵アストロもクイーンの定員に入っていて、神秘探偵という肩書きにしては意外と現実的な探偵である

一方パロディとして傑作な面白さなのがE・P・バトラーのファイロ・ガッブだ
ファイロ・ガッブものの短編集を出したら絶対受けると思うよ
どこかの出版社やってみませんか

No.91 5点 ノックは無用- シャーロット・アームストロング 2009/01/30 10:00
サスペンス小説の巨匠アームストロングは、早川と創元からそれぞれバランス良く刊行されているが、小学館文庫からも二冊出ている
小学館はミステリー分野では面白いところを突いてくる出版社だったのだが最近はミステリーに関心が無くなってしまったみたいなのが残念で、ヒルダ・ローレンスの「墜ちる人形」なんてよく出してくれたと思う
「ノックは無用」は原題と違い映画の題名をそのまま使っていて、映画化されたので作者の中では有名作だが、小説として見るとさすがに傑作「毒薬の小壜」には及ばない
善意のサスペンスと言われる作者にしては珍しく、主役のメイドがすごーく性格の悪い少女なので雰囲気が悪い
もっとも少女の性格の悪さがサスペンスを生んでいるのではあるが、ただ話の展開がちょっと一本調子なのと、やはりこういうのは作者の本領とはちょっと違うかなあ

No.90 7点 野獣の街- エルモア・レナード 2009/01/28 09:46
小気味いい犯罪小説を書かせたら右に出る者はいないとさえ言われるエルモア・レナード
「野獣の街」はレナードが作風を確立した初期の代表作で、レナード・タッチと呼ばれる独特の文体でテンポよく読める
出てくる犯罪者は小悪党だけだが、なんたって悪党であることを自覚している悪党なので更生のしようもなく、推理の入る余地なんて全く無いから本格偏愛者が読んでも面白くもなんともないだろう
ラストもあっさりし過ぎてないか、って感じだけどレナード・タッチだからこれでいいのだろう

No.89 7点 度胸- ディック・フランシス 2009/01/26 10:39
初期の作で人気なのはシッド・ハレー初登場の「大穴」か、トリック愛好家に受けそうな「興奮」あたりだと思うが、悪役の個性という点で強い印象を残すのは「度胸」だろう
上記の三作のどれが一番好きかによって読者のタイプが三者三様に分かれるような典型的な三作ではないかな
三作の中ではヒーローものが好きな人には「大穴」、トリック愛好家にはやはり「興奮」が好まれるだろう
個人的には気品と格調の高さで第1作の「本命」なども捨て難いとは思うが
「度胸」はフランシスにしては気品に欠けるが、ねちねちといやらしい悪役の強烈さは忘れ難い印象を残す
私は未だフランシス初心者だけれど、読み込んでるファンの間では「大穴」や「興奮」よりもこの「度胸」を初期の代表作に挙げるファンは多い
私もあまり入門向きには思えない「大穴」などよりも、「度胸」から入門する方がベターな選択ではないかと思う

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