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崑崙の河
陳舜臣 出版月: 1986年09月 平均: 6.00点 書評数: 1件

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徳間書店
1986年09月

中央公論社
1993年07月

No.1 6点 2020/10/28 08:08
 香港を題材にした『銘のない墓標』に続く、著者の第七作品集。「中国が舞台になっている小説、または中国人が登場する小説ということを基準にして」、一九六二年九月から一九七一年四月にかけて約十年の間に、各誌に発表された作品を選んだもの。表題作ほか長めの短篇五篇を収録。同年二月には乱歩賞作家書き下ろしシリーズの一冊として、第十六長篇『北京悠々館』も刊行されている。
 あとがきには「タテにすっぱりと切りおろしたもので、過去のさまざまな変遷図があらわれているかもしれない」とあるが、中国を舞台にした最初の二篇、第二次大戦直後のボールペン販売宣伝を目的にした崑崙山脈最高峰・積石山(アムネ・マチン)学術調査隊での謀殺事故を扱った表題作「崑崙~」と、国共内戦中の一九三〇年、軍閥工作資金として運搬中の金塊をめぐり、トラックに乗り合わせた人々が殺し合う「紅い蘭泉路」以外、そこまで作風の変化は見られない。表も裏もあるごく普通の人々が、ふとした機会に己の暗部に囚われてゆく姿を描いたものばかり(綺譚風の「鍾馗異聞」のみやや例外)。この作者らしく中身の詰まった筆致ではあるが、総じてダーク寄りの短篇集と言える。
 「崑崙の河」は十数年前のスナイダー博士溺死事件の謎を追うと見せかけて、どんどん妙な方向に転がっていく。不倫相手を殺人依頼者とおぼしきアメリカ人実業家に奪われた主人公の〈私〉。大阪に赴任し、たまたまターゲットの近くに宿舎を割り当てられたのを機に殺意は膨らんでいき、準備を進めたのちいよいよ計画を実行に移そうとするが・・・
 交錯する二つの狂った心が形作る相似形。それに救われた主人公の胸には木枯らしが吹き、虚ろな寒々しさに包まれる。表題作だけあって集中ではこれが一番。
 「~蘭泉路」はこの人の短篇には珍しく動きが早く、しょっぱなから登場人物がバンバン消されていく。蘭州から金泉に向かう定期便トラックの六人の乗客。その中には工作機関QKKの運搬役・孫継明の他に、監視任務を帯びた三人の同志が乗り込んでいる。いったい誰が工作員なのか? そうこうしている内に、〈私〉を除いた全員が死んでしまい・・・
 よくあるパターンだが、陳氏のこういう作品は意外。トリックよりも目まぐるしい展開で魅せる小説である。明日をも知れない時代には、人は簡単に鬼になる。
 「枇杷の木の下」は、実作者のエッセイ風小説。淡々とした語りがしみじみと心に染みる。運命に翻弄されながら道を切り拓き、母国から遠く離れて生を全うした二人の姿が読後に浮かんでくる。ミステリ要素は味付け程度だが、好みでは「崑崙~」の次に来るもの。
 同趣向だがやや軽い「鍾馗~」の後、本書のトリを務めるのは混血児ミドリを取り巻く三人の幼馴染みの物語「紅い蜘蛛の巣」。タイトル通りのヴァンプ物だが、他の作品とは異なりある程度先は読める。この手の現代ものも悪くはないが、本書の場合近代ものの方が出来が良い。

 追記:本書の積石山(アムネ・マチン)がどの山を指すのか不明だが、崑崙山脈の最高峰は中央部のムズダク山(海抜7,723m)。作中「エヴェレスト山より高いのではないか」との記述があるが、おそらく大半が未調査峰だった頃の話なのだろう。


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