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ミステリの祭典

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平均点:6.73点 書評数:1603件

プロフィール| 書評

No.1003 7点 私が彼を殺した
東野圭吾
(2012/06/25 20:49登録)
本書のメインの事件の被害者穂高誠という脚本家はこれまでの東野作品の中でも一、二を争う卑劣漢だ。この穂高誠の設定を読んで思い出したのは『悪意』に出てくる小説家日高邦彦だ。しかし日高がいわば作られた偶像だったのに対し、穂高は真性の自己中心男である。
つまり読者の共感を覚えるのには極北に位置する人物であり、私も含め読者の大半は彼が殺されたことに快哉を挙げたことだろう。そんな死んで当然の男を殺したのは誰かというのが今回の謎だ。

そして今回も惨敗。ただし今回の真相はウェブ上の推理を読んでもいささか歯切れが悪い所があるようだ。
本当の真相は作者のみぞ知るのだろうが、これを是とするか否とするかは読者次第なのだろう。謎は解かれるからこそミステリと考える読者はもやもや感が残るだろうし、逆に謎は謎のままだからこそまたいいのだと考える読者は是とするだろう。私は『秘密』の後に書かれた(発表された)作品として本書を捉えると真相は一つでなくてもいいのではないかという作者の声を感じてしまう。


No.1002 6点 M
馳星周
(2012/06/20 21:17登録)
全4編で構成された短編集。全てセックスに関する人間の情動を描いた作品だ。そして全てバッドエンドなのがこの作者らしい。

ネットに蔓延するエロ画像、秘密の出会い系クラブ、伝言ダイヤルを使った主婦売春、SMクラブとここに挙げられているのは誰もが街中で目にする光景だ。
本作の主人公たちはその陥穽に嵌り、人生を転落していく人々。ちょっと踏み外しただけで運命の歯車に巻き取られ、堕ち行くしかない状況へ追いやられる。それまでの長編で見せた転落人生劇場がこの約80ページの短編でも繰り広げられる。

今までの馳作品の中でも最も薄い作品だが、中に書かれた人間の激情はいささかも薄まっていない。これを単なるポルノ小説と捉えるか、暗黒小説と捉えるか。私はやはり何を書いても馳氏は馳氏だとその思いを強くした。セックスとは男女を問わず獣になる瞬間であり、そこに本性が生々しく表せるからだ。やはりセックスもまた馳氏のノワールには欠かせない要素なのだ。
馳氏の、人間の心の闇への探究はまだまだ続きそうだ。


No.1001 7点 邪悪なグリーン
アーロン&シャーロット・エルキンズ
(2012/06/15 23:08登録)
今まで妻シャーロットのロマンスミステリ風味が強かったが、本作では過去の因縁話が現代の事件に翳を落とすというアーロンの特色が色濃く出ている(とはいえ、終盤グレアムは大いに物語に関与し、また二人の関係に大いなる前進があるのだが、まあ、それはアーロン・エルキンズのスケルトン探偵シリーズでも見られる程度のロマンスだと云えるだろう)。

ストーリーはエルキンズの諸作同様コミュニティを形成する個性的な面々と表面上は仲良く見えながら、実はお互い隠された感情や因縁を持っているという定型で展開する。

そしてやはりエルキンズのキャラクター創作力とユーモアのセンスは素晴らしい。例えばこんな一節がある。

「角でばったり犬と顔をあわせた猫の反応を想像できる?」ペグはそう訊いた。「それがジニーよ」

この一瞬意味不明な比喩でなかなか頭にそんな猫が浮かばないのだが、エルキンズはまさに云いえて妙の人物を拵えてくる。どんな人物なのか?と知りたい方は本書にあたって確かめてほしい。

エルキンズ作品ではさりげなく伏線が張られているのが特徴だが、全ての作品を読んでいる私にとっては作者の癖を知っているせいか、今回の犯人は解ってしまった。

以前からエルキンズの作品を私は素晴らしきマンネリと呼んでいるが本書もその例に漏れない。本書には時間が止まるような驚きや謎解きによって得られるカタルシスなんてものはないが、作品世界に浸ることで得られる読書の愉悦が確実にある。面白さ保証のエルキンズの次作を楽しみにして待つことにしよう。
ところで本書の邦題はあまり内容とは関係がないような…。


No.1000 7点 トーテム[完全版]
デイヴィッド・マレル
(2012/06/11 23:20登録)
本作は一度1979年に出版されたが改稿と短縮を余儀なくされたものであり、それを1994年にリライトされた完全版である。
一作目がヴァイオレンス・アクション小説ならば二作目の本書はパニック・ホラー小説と趣をがらりと変えている。

かつて鉱山町として栄えた人口二万人ほどの町、そこにはかつてヒッピーたちと村人との間に死者が出るという忌まわしい過去があった。そして町の人々から信頼を得ている警察署長、そんな町に起こった雄牛が血の一滴も残すことないまま切り裂かれる怪事が起こる。やがて同種の被害が住民たちの間にも起こっていく。
とまあ、典型的なハリウッド映画的パニック物語である。デビュー作『一人だけの軍隊』も実際に『ランボー』として映画化されたが、マレルという作家は実に映画向きの題材を扱う。

さて元々1979年発表の作品だが、その頃の小説の特徴なのか物語の合間合間に挿入されるエピソードが実に色濃い。それは端役にしか過ぎない登場人物がポッターフィールドという田舎町に住むようになった経緯の話だったり、その町の歴史だったり、町にある文化財にまつわる逸話、狂犬病に関する知識だったりと様々だ。しかもその内容が箸休め程度ではなく、突然に延々と10ページも割かれたり、はたまた1章を費やしたりとやたらに長い。しかしそれでも内容は濃いため、実に読ませる。まるでサーガを読んでいるような気分になる。

物語の要は次々と人間が獣化し、襲いかかり、なまじっか助かると自身が感染してしまうという新種の狂犬病なのだが、物語はこれについては原因が解明されずに唐突に終わる
結末が曖昧だっただけに消化不良は否めない。完全版というには不完全燃焼の読書だった。


No.999 8点 2012本格ミステリ・ベスト10
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2012/06/04 22:41登録)
年末になると各種その年に刊行された本のランキング本が刊行される昨今。もはや出版界のお祭りとして定着した感があるが、その中でも元祖ランキング本の『このミス』よりも楽しみなのが本書.

そして今回の目玉はなんといっても2001年から2010年にかけて発表された本格ミステリ短編のオールタイムベストランキングだろう。いやあ、なかなか焦点の当たらない短編をピックアップしてランキングを作るとはまた乙な企画だ。本書で最も楽しく読んだ内容だった。

そして海外ミステリランキングだが、こちらは例年通りの内容だった。幾度となく云っているが海外本格ミステリあっての日本本格ミステリである。同列に並べて扱うべきである。この改善がなされない限り、絶賛とまでいかないのが本書への不満だ。

とはいえ内容の充実ぶりはミステリ好き読者の痒い所を気持ちよくなるまで掻いてくれるような内容だし、特色であるランクインした本の1作1作の解説が濃密である。私にとって『このミス』が一般商業雑誌化した今、ミステリ好きの最後の砦だと思っている。


No.998 7点
エラリイ・クイーン
(2012/06/03 20:31登録)
本書はいつもと趣向が変わっている。主犯が明らかになっているのだが、実行犯である共犯者を探し出すという物語なのだ。しかしこの趣向は物語が終わってから気付かされるのであり、今までのクイーン作品を読んだ読者ならば犯人捜しがメインだと思わされるのだ。
例えば『災厄の町』などの諸作に見られる価値観の転換という手法をクイーンはよく取る。従って今回も早々に判明する夫の妻殺害計画もまたこの価値観の転換により覆るのではないかと思わされるからだ。往年の読者でさえも自らの作品傾向を利用してミスディレクションする、というのは穿ちすぎだろうか?

しかし今回の真相には首を傾げざるを得ない。
(以下ネタバレ)

私は本格ミステリで依頼者=犯人という趣向がどうしても納得いかない。なぜ自ら墓穴を掘るようなことをするのだろうか、理解が出来ないのである。どうしてもサプライズのための物語の歪みを感じざるを得ないのだが。


No.997 10点 秘密
東野圭吾
(2012/06/03 01:14登録)
東野圭吾の第一のブームを生み出すことになった本書。実に素晴らしい作品だ。
人格の入れ替わりという使い古された設定を使ってこれほど共感できる作品を著すとは素晴らしいとしかいいようがない。
このサイトの感想で驚いたのは「直子が得をした」、「平介が可哀想すぎる」といった意見が多かったことだ。
私はこれしかないという結末だったと思う。
妻の心が宿った娘と暮らす。これは男親として幸せでありながら性生活では制約を受ける一方である。平介の異常な行動はこういった欲求不満が積もりに積もったことによることだろう。
そんなどんづまりの状況を打破するために取ったのが最後の結末なのだ。
あの行為で平介は解放されたのだ。だから私は東野氏は実にうまいなぁと感服した。

しかし一方で物語の真相こそが作者が最後まで取っておく読者に対する秘密だと思いたい。秘密であっていいこともある。本書の秘密もまたそんな秘密の1つだ。


No.996 6点 夜光虫
馳星周
(2012/05/30 23:50登録)
今までは東京の裏社会に暗躍する外国人の世界を舞台にしていたが、今回は逆に異国の街の暗黒世界に身を置く男を描き、生き抜くために喘ぐ姿を活写する。それまでに発表されていた作品と180°設定と舞台を変えたのが本書である。
そして扱う世界はなんと台湾野球界。しかしそこは馳氏、ただのスポーツ小説を書くはずがない。彼がテーマに選んだのは台湾野球にはびこる八百長。野球賭博を牛耳る黒道というマフィアが野球選手のみならず球団関係者をも買収して八百長―放水というらしい―を取り仕切っているのが台湾プロ野球界の現状らしい。

しかしそんな物語も結局皆殺しの結末になってしまうのが残念。設定を変え、登場人物を変えても呪われた血を持った男が人殺しの螺旋に嵌り、次々と周囲の人間を殺していくという物語は基本的には変わらない。従って読者はすでに結末を知っているような状態でプロセスだけが違うのだ。
いやそのプロセスももはや同じだ。騙し騙されながら自分の生き抜く道を模索する男が結局のっぴきならない状況まで追い詰められ、窮鼠猫を噛むが如く、どんどん人を殺していく。これではギリギリのサヴァイバルが活かされない。主人公が自身に残った最後のこだわりを守るためにボロボロになってもそれを守ろうとするのに、結局はとち狂ってそんなこだわりがどうでもよくなり、破壊しつくさねばならなくなる。これでは登場人物はただの殺戮マシーンである。毎度同じ話を読まされているように感じるこの構成をいい加減変えてくれないだろうか。


No.995 8点 ホーンズ 角
ジョー・ヒル
(2012/05/29 23:50登録)
いやあ、さすがはジョー・ヒル。どのジャンルにも属さない素晴らしくも奇妙な味わいの作品を読ませてくれる。
朝起きると角が生えていたというカフカの『変身』を思わせる発端から、角が生えたイグに逢う人物はことごとく腹に溜まっていた悪意の言葉を口にすることが解る。これがもうとても聞きたくない話ばかり。普通の隣人や知り合いが実は腹の中でどんな風に思っているのか。それが制限なく毒を垂れ流すが如く溢れ出る。なんというか、まともな人間はいないのかとまで思わされる。そして触れた者の密事が一瞬にして解る能力も授かる。この秘密事も知られたくはない性癖だったり悪事だったりする。しかしこんな能力は願い下げだ。

そして彼らよりも輪をかけて悪いのはイグの友人リー。とにかく今回はこの敵役のリー・トゥルノーの下衆野郎ぶりに尽きる。なんとも自分勝手な利己主義者であることか。他人の善意を利用し、全てを自分の都合のいいように解釈する。友人は全て利用する物、全ての女性は自分に抱かれたいと思っている、そんな傲慢な性格の持ち主だ。
日本の小説ならばここまで書くと…というブレーキがかかるところをジョー・ヒルはとことん描く。人間の嫌な部分をあからさまに謳う。この辺の筆致はクーンツに出てくる唾棄すべき悪役に似ている。

優しい者同士がお互いを強く愛するがゆえに起こった悲劇。そうこの物語は悲劇から始まる。そしてジョー・ヒルは悲劇から始まった彼らに対して安直な救いは用意しない。
物語の結末としては苦い物ばかりなのだが、なぜかその喪失感こそが爽やかだ。全てを燃やし切った彼らの心地よい徒労感が行間から漂う。そして題名『ホーンズ』のもう1つの意味が最後に解る、この演出もまた憎い。
もう少し削ればこの物語は傑作になりえただろう。ジョー・ヒルの長編を読んで残念に思うのは全てを語らんとする冗長さだ。この辺をもう少しそぎ落とし、行間で語れるようになればもっとすごい作家になるに違いない。
次作がもっと早く刊行されるよう、祈って待とう。


No.994 7点 一人だけの軍隊
デイヴィッド・マレル
(2012/05/26 22:15登録)
一読して驚いたのはランボーの敵役の警察署長ティーズルがいわゆる田舎町を牛耳る悪徳署長などではないことだ。
ランボーを町から追い出そうとしたのも身元不明で怪しい身なりの人物が町をうろつくことで住民が不安を覚え、治安が乱れるのを防ぐためだし、またランボーを追うことになったのも彼が目の前で自分の部下を殺したからだ。また彼は朝鮮戦争を経験した後に警察署長としてマディソンに戻ってき、警察機構として機能していなかった署の改善に尽力してきた人物でもある。つまり至極まっとうな人物なのだ。
片やランボーはヴェトナム戦争で捕虜になり、そこから生還した元グリーンベレー。名誉勲章も得たが捕虜になった時の経験で心が壊れた状態になっている。
従って署に運ばれた時に髪を切り、ひげを剃られる時に捕虜で受けた拷問を思い出し、とうとう耐え切れなくなり警官から剃刀を奪って殺害し、逃亡してしまうのだ。そこからはグリーンベレー時代のことを思い出し、人を殺すことへの罪悪感も薄らぎ、逆に追ってくるティーズルら一味を皆殺しにすることを決意する。
そう、通常の物語構造から云えばランボーは元グリーンベレーでヴェトナム戦争の時に抱えたトラウマでおかしくなった殺戮マシーンであり、それを追い出そうとする警察署長ティーズルらは彼のターゲットとなり、善と悪で云えばティーズルが善、ランボーが悪なのだ。これは映画の構造と全く逆で驚いた。まさに価値観の転換である。

これはランボーとティーズル2人の物語なのだ。あまりにも有名になってしまった映画のためにこの作品の本質は多くの人間が誤解を招いてしまっているように感じる。

しかし映画と小説は別物だという主張もある。ハリウッドはこの作品の設定を借りて映画史に残るアクションムーヴィーを作り、成功した。作者の意図や希望がそれに合致したかどうかは寡聞にして知らないが、それもまた良作故の功罪か。


No.993 7点 恐怖の研究
エラリイ・クイーン
(2012/04/30 22:43登録)
とにかく1章当りの分量が少なく、おまけに1ページ当りの文章量も少ない本書はサクサク読めることだろう。特にホームズ作品に慣れ親しんだ読者ならば実に親近感を持って読めるに違いない。
そしてやはりクイーン。単にホームズによる事件解決に話は留まらない。まず送られた原稿がワトスン博士によるものかという真偽の問題から、ホームズの解決からさらに一歩踏み込んで別の解決を導く。そしてその真相をワトスンの未発表原稿を叙述トリックに用いているのだからすごい。この発想の素晴らしさ。さすがクイーンと認めざるを得ない。

事件の真相はエラリイのよって最後のたった8ページでバタバタと解決される。しかし詳しい動機については作中では触れられない。しかしそれでも読者ならば公爵の動機がおのずと浮かび上がる。
当時の貴族という人種の精神の気高さと身分制度がもたらした差別意識の深さを考えると納得がいく。彼らにとって売春婦などは死んで当然の人間以下の虫ケラの如き存在にしか過ぎないからだ。この心理状態は数多く古典のミステリを読めば理解が深まる。特にジョン・ディクスン・カーの『エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』は裁判の不公正さのひどさも含めて良いテキストになっている。

物語として、また一連のクイーン作品群の中においても出来栄えではごく普通の作品に過ぎないかもしれない。しかしこの作品が内包する当時の時代背景や世情、さらにこの作品が書かれた背景を考えるとなかなかに深い作品だと云える。


No.992 7点 探偵ガリレオ
東野圭吾
(2012/04/30 00:26登録)
天下一大五郎シリーズ『名探偵の掟』、『名探偵の呪縛』の後に刊行されたのが本書。その内容はバリバリの理系本格ミステリ。前述の作品で本格ミステリへの訣別宣言とも取れる文章を書きながら、直後に発表された。
つまり『~呪縛』で書かれた作者自身と思われる主人公の発言は本格ミステリからの訣別ではなく、もう1段上を目指した本格ミステリを書くという宣言だったのかもしれない。

そして書かれた本格ミステリとはバリバリの本格作品。人智を超えた事象を科学の知識を使って人智の域へといざなう。
そのせいか、犯人の動機はいささか当たり前に過ぎた。
とはいえここから『容疑者Xへの献身』へとつながる大事な作品。次の『予知夢』も読むことにしよう。


No.991 7点 蠟人形館の殺人
ジョン・ディクスン・カー
(2012/04/22 20:00登録)
ハヤカワ・ミステリでしか刊行されていなかったバンコラン物の作品が新訳で刊行された。海外ミステリ不況が叫ばれる今、このような慈善文化事業めいた出版がなされようとは思わなかった。東京創元社の志の高さを褒め称えたい。

さて本作はまだカーの2大シリーズ探偵HM卿とフェル博士が出る前の1932年の作品と、最初期のものだが、物語は実に深く練られている。
まず冒頭の半人半獣サテュロスの蠟人形に抱かれるように死んだ女性の遺体の発見というカー得意の怪奇的演出から始まり、その蠟人形館が身分の高い紳士淑女たちの密会クラブへ通ずる秘密の進入口へとなっていることが判明することで淫靡な趣を呈し、さらにはその経営者の一人である暗黒街の大物エティエンヌ・ギャランへつながっていく。このギャランがかつてバンコランに痛めつけられ自慢の容姿を台無しにされた因縁の相手であり、ライバルの登場と物語の展開がドラマチックで淀みがない。また語り手のジェフが仮面を被って秘密クラブへ潜入するというサスペンスも加味され、なんとサーヴィス精神旺盛な作品かと感嘆した。

単純に蠟人形館に終始せず、この密会クラブをプロットに合わせたのが実に効果的。それが故に最後に明かされる真犯人の心理状況の移ろいが手に取るようにわかる。

しかしとはいえ、主人公のバンコランにはどうも好感が持てない。強引な捜査方法に加え、最後の真犯人の対決シーンはどちらが殺人犯だか解りやしない。それが大いにマイナスになった。
ま、好みの問題なんですがね。


No.990 4点 顔をなくした男
ブライアン・フリーマントル
(2012/04/17 23:39登録)
チャーリーとロシアのロシア情報機関の№2と目される人物の亡命の手助けを中心に対内情報機関であるMI5と対外情報機関であるMI6がお互いの優位性を巡って手練手管を尽くした画策が繰り広げられる。
お互いが協力の握手を右手でしている裏では左手にナイフを持って寝首をかこうと手ぐすね引いているやり取りが延々繰り広げられる。それはいつもながら高度なディベート合戦と智謀を尽くした暗闘なのだが、MI5部長オーブリー・スミスとMI6部長ジェラルド・モンズフォードがお互いの地位とプライドを守らんがために虚勢を張りあう姿と相俟って非常に稚拙に滑稽に映るから面白い。

本書は前作の『片腕をなくした男』を含めた三部作の第二作目に当たる。往々にして三部作の二作目は次作への繋ぎの性質を持っており、最終巻に読者の興味を持たせるため、問題は棚上げとされるのが常である。従って本書もそう。しかしそれでも本書はその出来栄えには不満を感じてしまう。

さて謎は謎として残されたまま、本書は幕を閉じる。シリーズ最終作となる次作でどのように明かされるのか。長きに亘ったシリーズの行く末がようやく決まる。それを心して待とう。


No.989 7点 スリーピング・ドール
ジェフリー・ディーヴァー
(2012/04/08 11:23登録)
『ウォッチメイカー』で初登場した尋問の天才キャサリン・ダンスが主役を務めるスピンオフ作品。とはいえこの後彼女が主人公の『ロードサイド・クロス』も刊行されているから、新シリーズの幕開けといった方が正解だろう。

さてライムシリーズが現場に残された物的証拠から推理して犯人の行動を読み取るのに対し、尋問の天才キャサリン・ダンスはキネシクスを駆使して動作や身振りからその人の本当の心理状況を見抜き、また関係者から得た犯人の情報から推理して犯人の行動を読み取る、云わばプロファイリングに似た手法を取る。物質のライムに精神のダンス。ディーヴァーはまさに魅力的な二巨頭のシリーズキャラクターを創造したわけだ。

物語の核であるペルの脅威が収まるのは下巻の340ページ辺り。まだ約100ページが残っている。哀しいかな、書物という物はこの後の残りページ数でこれで事件が解決したものと思わないように物理的に教えられる。これが映画館で観る映画ならこんなことはないのだが。従って読者は残りのページで起こるであろうどんでん返しを想像することになり、驚愕の結末もこれでは薄れてしまうであろうから困ったものだ。

本書はまだ軽いジャブといったところ。今後のキャサリン・ダンスの活躍に大いに期待しよう。


No.988 7点 名探偵の呪縛
東野圭吾
(2012/04/08 02:01登録)
作者東野氏自身と思われる作家が図書館に迷い込むうちに自分が天下一になってしまうというファンタジーな設定になっている。そのためか実に内容はメタフィクショナルだ。
常に読者の目を意識した天下一の言動は前作『~の掟』を踏襲した本格ミステリの約束事を意識的に揶揄したものだし、またその言葉は作者東野圭吾氏の生の声でもある。

そして読み進むにつれ、これは東野氏の本格ミステリからの訣別宣言を表した書だということが解る。かつて江戸川乱歩賞でデビューした作者はその後もトリックを駆使した密室殺人をいくつも著していたが、もはやそんな物に興味を失ってしまったと吐露する。
しかしその後も探偵ガリレオシリーズなども書き継いでいることから、初期作品からブラッシュアップされた本格ミステリを書くことを心掛けているのが解る。訣別しようと思いながらも本格ミステリが持つ独特の魔力に抗えない、そんな心情を東野氏はこの作品で見事に表している。つまり本書は小説の形を借りながら東野氏の本格ミステリへの思いを綴ったエッセイであると云えるだろう。

ただやはり本書はある程度本格ミステリを読んでからにしてほしい。そうでないと解らない面白味に溢れているのだから。


No.987 7点 鎮魂歌 不夜城Ⅱ
馳星周
(2012/04/04 22:43登録)
混沌とした中国系マフィアの勢力争い。新宿歌舞伎町というごくごく狭い繁華街に上海、北京のマフィアが勢力を伸ばし、そのバランスを保とうと台湾のマフィアの長が策を施す。そんな絵図を俯瞰し、いつか彼らの喉笛に食らいつこうと虎視眈々とその時を窺う劉健一。そんな中国人だらけの街を取り戻そうと蠢く日本のやくざ。
誰もが他者を出し抜こうとし、誰もが他者を貶めようとする。権力という安定を求め、仲間を作るが、その仲間さえも敵と天秤にかけ、平気で寝返る。敵が味方になり、追う者は追われる者になる。窮地に陥った人間が窮鼠猫を噛むが如く、ぎりぎりのところで口八丁手八丁の逆転をし、どうにか生きながらえる。しかしそんな付け焼刃の云い逃れも上手くいくわけもなく、どんどん死の淵へと追いやられていく。

これは新宿歌舞伎町という日本一の繁華街を舞台にした人生劇場。いや明日をも知れぬ地獄絵図を描く者たちの鎮魂歌とでも云おうか。私が歩いていた新宿の少し筋を外れたところでこんな人が簡単に人の命を奪う生き死にの戦いが繰り広げられているのか。そう思わされるほどこの物語はリアルである。

ただやはり結局馳氏の作品はどの人物も死んでいく運命にあり、主要たる人物も最終的には屍の山の一角に過ぎなくなる。これがなんとも読んでいて残念なのである。この辺は大いに好みの問題なのだろうが、生死の瀬戸際ギリギリで足掻く人物たちが結局死んでしまうことが解っているので何とも途中で白けてしまう。

本書でも滝沢の変態性、郭が恋い慕う楽の扱いなど凌辱系ポルノビデオのような内容でこれ以上の物を書くとどんどんエスカレートしてこちらの感覚が麻痺していくように思えてならない。どこまで突き進んでいくんだ、馳星周は?


No.986 8点 野蛮なやつら
ドン・ウィンズロウ
(2012/03/18 20:11登録)
読み終わって大きな息が思わず出てしまった。怒涛の展開で連打の如く畳み掛ける言葉の嵐。今回の物語で要した章は289にまで上る。正味460ページ足らずの分量でこの章の多さ。いかに切りつめられた章立てであるかが解るだろう。
ウィンズロウの文体はもはや詩である。短文の連発で散文的に書かれた語り口は彼独自のリズムで物語が展開する。固有名詞(62章を見よ!)に略語にスラングの応酬で綴られるその文章にはまぎれもなく行間から“声”が聞こえてくる。つまりはこの声を生かしたままで日本語に訳している東江氏の素晴らしい仕事ゆえに私達はウィンズロウが耳元で囁くかの如きライヴ感溢れる文体に酔うことが出来た。

『犬の力』で我々に見せてくれたメキシコの麻薬社会の現実を下敷きにベン、チョン、Oの三人と麻薬カルテルとの戦いを描いた本作は彼ら三人の青春物語であり叙事詩であり伝説。こんな物語、ウィンズロウにしか書けないわ!


No.985 8点 ウォッチメイカー
ジェフリー・ディーヴァー
(2012/03/12 00:16登録)
いやはやウォッチメイカー事件とはこういう事件だったのか、というのが正直な感想。未読の方の興を削ぐので詳しくは書かないが、ライムシリーズといえばシリアルキラー物という定型を上手く利用した作品。

新登場のキャサリン・ダンスもすごくキャラが立ってるし、なるほどこれならばシリーズキャラとして独立するわけだと思った次第。

特に今回注目したいのはライムシリーズ1作目の『ボーン・コレクター』が内容に大いに関わっていることだ。
こういう趣向はシリーズ物を愉しむ読者にとっては縦軸だけでなく横軸への広がりを見せ、大きな絵を描くように世界観が楽しめる。逆に読者は記憶力をさらに試されることになるわけで、今まで他作品の主人公のカメオ出演だけでなく、事細かに設定されたリンカーン・ライムワールドを熟読しておくべきだろう。そうすればますますこのシリーズが楽しめるに違いない。

シリーズ最強の敵ウォッチメイカーはライムにとってのモリアーティとなるのか?シリーズの続きからますます目が離せなくなってきた。


No.984 4点 このミステリーがすごい!2012年版
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2012/03/07 22:21登録)
国内・海外ともども出版当初から話題になっていた作品が1位を獲得した。国内が高野和明の『ジェノサイド』、海外が新人デイヴィッド・ゴードンの『二流小説家』。これらはおおむね予想通りだったといっていいだろう。両者とも似ているのは小説読みならば読書の愉悦に浸ってしまうその構成の妙にあるだろう。形は違うものの、一つのジャンルに留まらず、複数のジャンルに跨った内容を包含しており、1冊で色んな味わいを楽しめるところとページを繰るのを止められない展開の面白さが特徴的だ。

また正直『ユリゴコロ』がこれほど上位に来るとは意外だった。しかし大沢の新宿鮫シリーズは強い。シリーズ10作目にして第4位という高位置。クオリティの高さが窺える。

翻って海外はとにかく新装開店したポケミスの躍進が光る。上位20位になんと5作がランクイン。このうち3作が初紹介作家の作品。月1冊のシリーズのうち約半分がランクインしたことになる。ポケミスがこれほどまでランキングを賑やかした年が今まであっただろうか?
またランクインしたミステリ作品が英米以外の作品がますます増えてきた。もはやミステリ大国と化してきたスウェーデンの他にドイツ、デンマークと続き、いずれも評価が高い。ますます海外ミステリの好況ぶりに目が離せない時代にあるのに、現実の売り上げはますます下がる一方というのが哀しい。もっと海外ミステリを盛り上げていこうではないか!

そういった出版業界の旗振り役を『このミス』は務めなければならないのにもかかわらず、この内容の薄さは一体どうしたことか?昨年非難したその年のミステリーシーンの傾向とお勧めの新人作家を紹介するコラムは復活したものの逆に名物の座談会が無くなってしまった。もっとミステリを掘り下げて熱く語ることで作品の魅力が伝わるのに、それを辞めてしまうとは本末転倒である。ワンコインという価格にこだわって内容と紙の質がどんどん悪くなっていっている。値段挙げてもいいからもっと読ませる紙面づくりに努めてくれい。

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