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ミステリの祭典

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ぷちレコードさんの登録情報
平均点:6.24点 書評数:287件

プロフィール| 書評

No.227 8点 黒い画集
松本清張
(2024/08/27 22:55登録)
7編からなる中短編集で、どれもよく出来ている。その中から特に気に入った2作品の感想を。

「遭難」北アルプスの空気、雪の感触まで伝わってきて、読んでいるこちらまで登山をしているかのような思いを味わえる。鹿島槍ヶ岳で遭難があり、三人パーティのうち一人が亡くなる。やむを得ない事故に思えたが、生還者の手記をよく読むと。追い詰められていく犯人に感情移入してしまう。エンディングも思いがけないものだった。

「天城越え」アンチ伊豆の踊子小説である。「伊豆の踊子」とは反対のコースで天城越えしようとした少年が、恐ろしい運命と遭遇する物語。何とも巧みな反転。これは「伊豆の踊子」を知った上で読んでほしい。


No.226 7点 私という名の変奏曲
連城三紀彦
(2024/08/27 22:48登録)
洋菓子屋の店員だった娘が交通事故をきっかけに美女に変身、世界的なファッションモデルとして成功するものの、虚飾に満ちた生活にやがて心が蝕まれ、自分が憎む七人の男女ひとりひとりに、自分を殺させようとする。
一人の女を七人が別々に殺すことになるのだが、もちろんそんなことは現実的に不可能。その不可能をどう可能にするのか。セバスチャン・ジャプリゾの「シンデレラの罠」のようなトリッキーな心理ものを髣髴させる作品である。


No.225 6点 キング&クイーン
柳広司
(2024/08/15 22:30登録)
ある出来事がきっかけで警察を退職し、今は六本木のバーで店員兼用心棒として働いている元SP・冬木安奈のもとに、天才チェスプレイヤーのアンディ・ウォーカーの警護依頼が持ち込まれた。依頼人によると、彼は米国大統領から命を狙われているというのだ。
頭脳明晰でタフなヒロインの魅力、その彼女さえも翻弄するアンディ・ウォーカーの一筋縄ではいかない変人ぶりとキャラクター造型は印象的だし、彼らが繰り広げる頭脳戦は、緊迫感と知的スリルに溢れている。洒脱で、特にタイトルの真の意味が明らかになる終盤のどんでん返しは鮮やか。全てのエピソードが、ミステリとしての骨格に有機的に結びついている。


No.224 9点 99%の誘拐
岡嶋二人
(2024/08/15 22:24登録)
犯人の男は、キーボードで身代金を要求する文章を打ち、それを女の声に電子合成する。それを他人のコードレス電話を仲介して送るので逆探知も不可能である。コンピュータに保存された証拠の記録はハッカーして隠蔽するわ、コンピュータの冒険ゲームに見せかけての被害者の少年をおびき出すわ、今や日常的になった機器を使いながらも、その組み合わせが実に鮮やかでアイデアの巧みさに感心する。
本書は、コンピュータ創世期からの歴史や、熾烈な企業間競争に触れていて、それが事件の真相に繋がる。犯罪の背後関係は、ハイテク犯罪の不気味な無表情さとは打って変わって人間臭く、読後は妙にしんみりした。


No.223 6点 カエルの小指
道尾秀介
(2024/08/03 22:39登録)
「カラスの親指」の続編だが、単品でも十分楽しめるように仕上がっている。元詐欺師の武沢竹夫の現在は、その話術を実演販売という健全な仕事で活かして暮らしていた。ある日、彼の実績が山場を迎え、いざ客たちに財布の口を開かせようとした時のこと、一人の中学生が口を挟んできた。口上のリズムは崩れ、その日の商売は散々な結果に終わってしまう。武沢は再び詐欺の世界に回帰してしまう。
詐欺によって生活を破壊された者が、加害者を騙し返して復讐する。大枠はそのような騙し合いの物語である。だが作者らしい様々な捻りが加えられている。誰が誰を騙しているのか、目くるめく展開が実に楽しい。しかもそこに、家族や仲間といった糸が、心強いものも心を削るものも含め織り込まれていて、騙し合いが実に味わい深いものになっている。しかし、前作に比べてしまうと、こじんまりとしているのは否めない。


No.222 5点 虚魚
新名智
(2024/08/03 22:30登録)
人が死ぬ怪談を集める女怪談師と、その実地検証役の同居人が、釣ると死ぬという魚の怪談の発生源を文字通り遡っていく。その調査と推理による追跡行は、怪異の様相が次第に変容し、意外な地点へとたどり着く展開まで含めてミステリ的だが、同時にルポ系怪談の手法そのものである。
なぜ怪談を追い求めるのかというホワイダニットが、怪異の実在を前提とした二重のハウダニットに重なる構図も面白い。


No.221 7点 あと十五秒で死ぬ
榊林銘
(2024/07/20 22:49登録)
撃った犯人と被害者の一瞬の攻防。推理クイズドラマの見逃した短い時間でなぜあんな結末に至ったのか。繰り返される車中の夢の意味。首の着脱が可能な島民が住む地で起きた殺人事件など異様な状況ばかりの作品集。
第十二回ミステリーズ!新人賞佳作の「十五秒」をはじめ、収録された四作全てが、「十五秒で死ぬ」という状況を核にした物語になっている。どれも厳しい制約がある趣向なのに、展開には大きな紆余曲折があり、ニヤリとさせられるオチまでついている。デビュー作とは思えない出来。


No.220 6点 スイッチ 悪意の実験
潮谷験
(2024/07/20 22:43登録)
心理コンサルタント・安楽是清が企画した心理実験、それは「純粋な悪意」をめぐる実験だった。参加者のスマホには「スイッチ」がインストールされ、押しても押さなくても報酬は手に入るが、押せば無関係な家族を破滅に追い込むという。押すメリットのないスイッチだが、実験の終盤で思わぬ事態が発生する。
まるでゼロ年代に流行した思考実験的デスゲームを彷彿させる設定だが、解決編では地に足の着いたロジカルな犯人当てが行われる。そのギャップ自体も本書の持ち味だが、推理の後に判明する犯人の動機、そしてこの実験の裏で起きていたことの真相が秀逸。


No.219 6点 火刑都市
島田荘司
(2024/07/07 22:36登録)
社会派推理の要素が強い重厚な捜査小説だが、社会派にありがちな生硬さがないのは、ヒロインをめぐる叙情的部分もさることながら、極めてトリッキーな奇想に裏打ちされていればこそだろう。
ヒロインの寒子が終章で「私は、東京が怖かったです。いえ、今でも怖いけど」と言うように、そういう哀しく弱い人間を異常な行為に駆り立てたという点で、巨大都市の魔性が炙りだされる仕組みになっている。本書は、一種の東京都市論でもある。


No.218 8点 りら荘事件
鮎川哲也
(2024/07/07 22:31登録)
秩父にある山荘に集まった8人の芸大生グループ。メンバーの間に複雑で厄介な人間関係が渦巻く中、トランプ札とともに男の死体が見つかり、学生たちは連続殺人事件に巻き込まれていく。
探偵の星影龍三が真相を語るや否や、複数の企みが絡み合う事件の構造が浮かび上がり唖然とさせられる。そしてこの物語に奥行きを与えているのが、若者たちの青春とその終焉のドラマだ。男女間の恋愛を巡る駆け引きと、芸術家としてのプライドの衝突。半ば狂乱的な学生たちの日々は、事件の解決とともに虚しい結末を迎える。優れた謎解き小説であると同時に青春小説としても優れている。


No.217 7点 危険な童話
土屋隆夫
(2024/06/26 22:27登録)
地道な捜査活動の合間に童話の詩句が挟まれ、その対比の妙は鮮やかな印象を残す。また童話がトリックと不可分の関係にあり、読者に対して大胆な手掛かりを提示する機能を果たしている。
容疑者は一人だけにもかかわらず、結末の直前まで犯人捜しの魅力を失っていない。これが画期的な点の一つだが、もう一つユニークなのは通常、アリバイ崩しは犯行時のアリバイを主張するのに対し、この作品では犯行後のアリバイが問題になること。その他、凶器消失など多くのトリックが散りばめられていて、そちらに目を奪われているいると、こうした構成上のトリックは見えにくい。


No.216 5点 午前0時の身代金
京橋史織
(2024/06/26 22:19登録)
女子学生を誘拐した犯人が10億円の身代金を要求するという事件を、被害者の法律相談に乗っていた新米弁護士の視点から描いている。
クラウドファンディングでの身代金要求という着想の妙に惹かれるのだが、それを実現するためのIT事業者の葛藤もスリリングに描いており、単に流行の素材を利用しただけで終わっていない。
誘拐事件を軸としつつも、次から次へと事件の様相が変化する展開もいい。最後の問い掛けも深く刺さる。


No.215 6点 失踪HOLIDAY
乙一
(2024/06/13 22:20登録)
中編の表題作と短編の「しあわせは子猫のかたち」の2編が収録されている。
表題作は、家出した大金持ちの一人娘が狂言誘拐を企てるものだが、人質のお嬢様に無理矢理、片棒を担がされる使用人のキャラクターが巧妙なミスディレクションとして機能している。
一人暮らしを始めた大学生が前の住人であった女性の幽霊と同居する「しあわせは子猫のかたち」でも、女性を殺害した犯人が特定される手筋は正当なパズラーの醍醐味に満ちている。


No.214 8点 ラットマン
道尾秀介
(2024/06/13 22:15登録)
主人公の姫川亮が関わる過去と現在の二つの殺人の構図を重ね合わせ、いずれの事件でも二重三重のどんでん返しが仕組まれている。
この作品で作者は、人間が何かを知覚する過程で前後の文脈が結果を変化させてしまう心理現象を持ち出し、時にはネズミに、時には人間に見えるラットマンの絵を引き合いに出す。だとしても、認知科学系とも従来の叙述トリック作品とも違い、むしろ同じ文章が複数の意味に読めるという手法を駆使したパズラーとして、もっと評価されてもいい作品だ


No.213 6点 蒲生邸事件
宮部みゆき
(2024/05/31 22:11登録)
二・二六事件のさなか、架空の人物・蒲生憲之陸軍大将の邸宅を舞台にした密室殺人事件がメインのテーマである。主人公は、二・二六事件の昭和十一年にタイムトリップしてしまった受験生の孝史。
孝史は予備校受験のため、蒲生邸跡地に建つホテルに泊まったばかりにタイムトリップに巻き込まれる。地方受験生のホテル探しで思わず見栄を張る父親など、相変わらず行き届いたディテールに感心。その父子の微妙な関係や、蒲生一族の確執、孝史と邸の女中・ふきとの愛情、タイムトラベラーの悲哀など、テーマが山盛りで楽しめた。


No.212 7点 動機
横山秀夫
(2024/05/31 22:04登録)
「動機」警察署で一括保管していた三十冊の警察手帳が盗まれる。タイトル通り、犯人の動機がキーワードになる。内部犯行だと確信した貝瀬は同僚を犯人と思うが、当然のように刑事部との軋轢がある。警察官の魂とも言われる警察手帳を背景に警察官という職業、そして警察官という人間に迫った傑作。
殺人の刑を終えて出所した男に再び殺人を依頼する電話がくる「逆転の夏」、大手の新聞社から地方紙の女性記者に引き抜きの話が来る「ネタ元」、そして年若い女を後妻にしていた裁判官が公判中に居眠りをしてから起こる「密室の人」。いずれもミステリに不可解な謎が組み立てられ引き込まれる。


No.211 5点 贋物霊媒師 櫛備十三のうろんな除霊譚
阿泉来堂
(2024/05/19 22:19登録)
インチキ霊媒師が霊現象にまつわる四つの事件に挑む物語。
あらゆる霊障・祟りを祓うと豪語する霊媒師・櫛備十三。しかし実は霊が見えるだけで、祓う能力などは特にない。彼の武器は調査と観察、そして洞察力。いわば「名探偵」的な資質の持ち主である。そんな男が助手の美幸に叱られながら、推理とハッタリを駆使して挑む。
殺人事件に遭遇した男の霊と対話して、事件の真相を解き明かす第一話をはじめ、ホラーというよりはミステリの色合いが濃厚な作品。後半も、強力な霊現象との戦いの裏側に驚きを仕掛けて見せる。霊媒師と助手の造形もさることながら、全体を通しての仕掛けも凝っている。小粒ながらも印象深い一冊。


No.210 5点 可制御の殺人
松城明
(2024/05/19 22:08登録)
表題作は、Q大学の大学院生・更科千冬が白川真凛を殺そうと決意するところから始まる。千冬は得意の道具を使って機械工学専攻らしい犯罪計画を立てる。いかにも倒叙もののようだが、犯罪の陰に黒幕あり。そこに関わってくるのが、真凛の知り合いの鬼界。
鬼界は、人を一つの制御システムとして捉えて操作する研究をしており、誰もその素顔を知らない謎の工学部性。どんでん返しの妙もさることながら、鬼界が千冬の犯罪にどう関わっているかがポイント。
「とうに降伏点を過ぎて」はQ大のサークル工作部からはみ出た連中の集まり、工作本部に鬼界も参加するが、その素顔というのが、という部活事件もの。
「二進数の密室」は前編に登場した工作本部の月浦一真の妹・紫音の身辺劇というふうに登場人物が連鎖していき、最終的に各編の謎を貫く全体が見えてくるという構成になっている。


No.209 5点 パレード
吉田修一
(2024/05/07 22:30登録)
疑似家族をテーマにしており、2LDKのマンションで共同生活する十八歳から二十八歳までの五人の男女の物語。
ここには日本的な離脱不可能な共同体ではなく、いつでも離脱可能な共同体が作り出され、住人のあいだに緩やかな共犯性を育んでいる。
ラストの突発的な事件も単に物語を締めるための苦しまぎれの結末ではなく、この疑似的な家に潜在する危うさの露呈であり、こうした危機への感覚は生々しく鋭い。


No.208 10点 双頭の悪魔
有栖川有栖
(2024/05/07 22:25登録)
江神部長以下四人の推理小説研究会メンバーは、麻里亜の父から娘を連れ戻して欲しいと依頼され、木更村とは橋一本で繋がった隣村の夏森村までやってきた。しかし芸術の里の住人達はことさら外部の人間を警戒していて、麻里亜との接触も拒絶されてしまう。
物語は江神部長だけ潜入に成功した木更村と、陸の孤島となってしまった夏森村とで二元中継的に進む。木更村の方は有馬麻里亜が、夏森村の方は作者と同名の研究会員・有栖川有栖が、それぞれ語り手を務める。荒天のさなか、両方の村で時を置かず殺人事件が発生し、片やシリーズ探偵の江神が、片や残された研究メンバーが、物証と証言をもとに推理を積み重ね、論理的に犯人を限定していく。その詰め筋は、着実かつスリリングである。

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