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平均点:6.32点 | 書評数:242件 |
No.182 | 7点 | 半席 青山文平 |
(2023/11/06 22:23登録) この小説はホワイダニットの要素を強く押し出した連作短編集で、主人公は徒目付の片岡直人。彼の仕事内容は腑に落ちない事件を検め、事件を起こした人間が隠している真の動機を探ること。 表題作の「半席」は、八十九歳の重役・矢野作左衛門が釣りの最中に死んだ。関与が疑われているのは義理の息子である信二郎。果たして信二郎は事件に噛んでいるのか。 被害者である矢野作左衛門が最後に語り、事件を引き起こすきっかけとなった言葉を見た瞬間、身体に震えが走る。 |
No.181 | 5点 | 楊花の歌 青波杏 |
(2023/11/06 22:14登録) 一九四一年、日本占領下の福建省アモイ。カフェでウエートレスをしているリリーは、抗日活動家の楊のもとで諜報活動をしていたが、ある日、日本軍諜報員の暗殺を指示される。実行役は、琥珀色の瞳と手に彫られた蛇の入れ墨が印象的なヤンファ。二人は愛し合うようになるが、リリーは黙っていた。ヤンファが暗殺に失敗した時、彼女を殺せと命じられていることを。 四部構成だが、ヤンファの過去が描かれる第三部がダイナミックで詩的美しさに満ちていて圧倒的。暗殺犯の少女時代における精神と肉体の体験の一つ一つが、激動の時代の象徴として刻印されていく。ミステリ的な観点からすると、サスペンスや捻りは足りないが、日本統治時代を背景とした冷徹な諜報戦に巻き込まれた人々の対立と葛藤は、実に情感豊かに書き込まれていて忘れ難い。 |
No.180 | 7点 | 夏休みの空欄探し 似鳥鶏 |
(2023/10/23 22:35登録) 主人公は、会員が二人しかいないクイズ・パズル研究同好会会長の高校二年生ライ。夏休みが始まったばかりのその日、駅前の店で二人の姉妹が隣の席で暗号解読に苦心しているのを見る。 ライは数字だらけの暗号を盗み見てすぐに解いてしまい、解答を残して店を出るが、二人は追いかけてきて協力を求める。暗号はほかにもあるという。こうしてライは大学二年生の立原雨音と妹で高校一年生の七輝と知り合い、クラスの人気者であるキヨを交えて暗号を解いていくことになる。 キヨはライにとって敬遠する相手で、仲良くなることなどないと思っていたのに友情が芽生え、それぞれ姉妹とのほのかな恋心も育むようになる。暗号の問題を解くことがやがて恋心を解くことにもつながり、最終的には思いもかけない真相へと到達する。もの悲しくも温かな物語。 |
No.179 | 7点 | 録音された誘拐 阿津川辰海 |
(2023/10/23 22:23登録) 大野物産の御曹司でありながら家を飛び出して探偵事務所を開いている大野糺が誘拐される。大野の右腕ともいうべき山口美々香がたまたま大野家を訪ねていて、警察とともに事件を追求していく。 特徴的なのは美々香が飛び切り耳がよくて、微妙な音も聞き逃さないという点。しかも大野もまた名探偵的な推理力を持ち、誘拐犯と戦うのだが、この誘拐犯が極めて狡知に長けていて、探偵と犯罪者の頭脳戦が繰り広げられるからたまらない。 大野家の深い謎、美々香と家族の秘密などのサイドストーリーがメインストーリーを支えて劇的な展開を生み、度重なるどんでん返しに繋がるのがお見事。 |
No.178 | 7点 | 隠蔽人類 鳥飼否宇 |
(2023/10/10 22:42登録) 第一話の舞台は南米アマゾンの奥地。かつてアメリカの冒険家が一度だけ接触したというキズキ族を再発見しようと現地に向かった日本の調査隊の物語である。彼らはそれらしき民族との接触に成功し、調査も進めたが、とんでもないデータを検出してしまう。その後、首斬り殺人が発生し、という目まぐるしい展開の第一話は、消去法で殺人犯を特定していくミステリとして一応は決着するのだが、ラストが破壊的。 これをやって先が続くのかというほどなのだが、第二話であっさりと受け止め、密室を巡る謎解きに仕立て上げる。が、結末でまたも大いなる衝撃だ。第三話でクレッシェンドにクレッシェンドを重ね、第四話では驚愕の大ツイストが襲う。そして第五話の巨大なる衝撃。ホラ話って愉しい。 |
No.177 | 7点 | 沈黙法廷 佐々木譲 |
(2023/10/10 22:34登録) 絞殺された老人について捜査を進める警察小説のパートと、起訴されつつも無罪を主張する家事代行の女性の裁判のパートに大別できる。 前者においては、捜査の進展が丁寧に描かれるだけでなく、警視庁と埼玉県警での手柄争いや、他の不審死との関連、マスコミとの駆け引きなどが物語に奥行きを与え、後半においては、被告人のかたくなに閉ざされた心の変化が、裁判員裁判という制度とあいまって複雑な味のスリルを生じさせている。サイドストーリーとして全編を貫く青年の視点も、結末において見事に効果を発揮している。 |
No.176 | 6点 | 奇譚蒐集録 弔い少女の鎮魂歌 清水朔 |
(2023/09/27 22:37登録) 大正十二年、華族の四男で生物学者の南辺田廣章と若き書生の山内真汐は、琉球本島から二日以上かかる恵島を来訪した。この島では御骨子と呼ばれる少女たちが、洞窟で遺体から骨を抜く葬送儀礼に従事していた。 琉球や薩摩にも属さない歴史を持つ秘島、百年前に島を吹き荒れた大量虐殺、御骨子たちの肌に浮かぶ青黒い呪いの痣といったおどろおどろしい謎とともに、廣章主従の前に次第に明らかになってゆくのは、弔いを請け負う「祓い屋」にこき使われる少女たちの過酷な境遇。多方面にわたる知識を持つ廣章の明晰な推理によって謎に合理的に解明されるのか、それとも呪いは存在するのか、そもそも廣章主従は何のために島を訪れたのか。三津田信三の刀城言耶シリーズをもっとホラー寄りにしたような作風。 |
No.175 | 6点 | 芙蓉の干城 松井今朝子 |
(2023/09/27 22:27登録) 歌舞伎の殿堂・木挽座の近くで右翼結社の幹部とその愛人の他殺死体が発見された。その前日、澪子は木挽座で観劇の最中、死んだ二人が真向いの桟敷席にいるのを目撃していた。この事件と歌舞伎座の世界に関連はあるのか。 前々年には満州事変、前年には五・一五事件が起こるという不穏な世相の中、一方では右翼や軍部のきな臭い人間関係、一方では梨園の浮世離れした愛情の世界が繰り広げられ、そこに接点が生じたことから惨劇が続発する。歌舞伎の芸という大の虫を生かすために小の虫の犠牲はどこまで許されるのか。 ねじれた動機により次々と殺めてゆく犯人の屈折ぶりもさることながら、笹岡警部が祖先と似た選択を迫られた時に下した決断の非情さには戦慄とさせられた。 |
No.174 | 6点 | 空を切り裂いた 飴村行 |
(2023/09/11 23:02登録) 一九九九年の七月、千葉県の海沿いの街を舞台に、互いに絡み合う五つの短編が不穏な世界を織り上げる。一時は文壇の寵児としてもてはやされながら、やがて忘れられた小説家・堀永彩雲。それぞれの人生に「歪み」を抱えていた人々が、堀永彩雲の小説に接することによって、何かが開花してしまう。 作者が得意とするグロテスクな描写は抑え気味に、奇異な小説に触れて不穏な行動に駆り立てられる人々の様子を描き出す。起きていることは陰惨なのに、各編の結末は不思議なことに爽快な解放感が漂う。 |
No.173 | 7点 | 雷神 道尾秀介 |
(2023/09/11 22:52登録) 埼玉で父と一緒に小料理屋を切り盛りする藤原幸人の一家が不幸に見舞われるシーンから始まる。四歳の娘・夕見がマンションのベランダの淵に置いた植木鉢が落下、それが原因で起きた事故で妻の悦子が亡くなる。 物語は本編だが、その十五年後、父の小料理屋を継いだ幸人のもとへ、娘の秘密ネタに金を要求する男が現れるところから動き出す。幸人は十五年前の事故の原因を夕見に明かしていなかったのだ。やがて脅迫者らしき男が店に来るに及んで、幸人はついに過去と向き合うことを決意。実は、彼はさらなる秘密を抱えていた。 冒頭の脅迫者の出現から、それを軸に話が動いていくのかと思いきや、次第に三十年前の羽田上村の事件へとスライドしていく。幸人たちによって羽田上村の人間関係が明かされていくあたりは、本格ミステリと社会派ミステリの読みどころを見事に融合させており、さすがと思わせる。 |
No.172 | 7点 | お前の彼女は二階で茹で死に 白井智之 |
(2023/08/25 23:20登録) 「ミミズ人間はタンクで共食い」高級住宅街で乳児が水槽に落とされ殺される事件が発生、刑事のヒコボシが捜査に乗り出す。因縁深い被害者家族を相手に鋭い推理を進めるヒコボシ。 誰一人としてまともな人が出てこないが、中でも倫理の欠片もないヒコボシのキャラクターは強烈。グロテスクな設定てんこ盛りな反面、推理は理詰めで、特に冒頭ノエルが複数の相手の誰を襲ったのかで解決が変わってくる多重推理が素晴らしい。第二話は、樹海に接して対立する二つの村で、第三話は、山間の温泉宿で殺人事件が起きるといった具合に、作りは本格ミステリの王道を行く。変態設定とのギャップは天才的。 |
No.171 | 6点 | 逢魔宿り 三津田信三 |
(2023/08/25 23:13登録) 作者自身の現実をディティールのみならず、作品の構造そのものに取りこんだメタ趣向の怪談連作。テーマやモチーフの枠組みを定めた作品集が多い作者だが、今回は知人から聞いた話という以外に縛りはなく、結果が張られた山中の奇妙な家屋に立て籠もり、押し寄せる怪から身を護る通過儀礼、死を予告する絵を描く子供、新興宗教の夜警、家を訪れる得体の知れない何か、とバラエティに富む。しかも最終話でこれらにある意味が与えられるのも作者らしい。 何らかの論理性は見出せても、怪異自体の解明、解決はされないまま底なしの不気味さを堪えて体験者や語り手、ひいては読者を引きずり込もうとする怪異譚。 |
No.170 | 7点 | マザー・マーダー 矢樹純 |
(2023/08/10 23:34登録) 夫の給料減額などで生活不安に陥った主婦が稼ぎ口を求めてネットショップの手伝いを始めたことから被る受難。看護助手として働く一人暮らしの女が、半年前に死んだ別れた夫の隠し子だという若い男と顔を合わせることに。ひきこもりの自立支援施設の職員が、家族の依頼を受け当事者の引き出しに向かってみると、まさかの事態が。 こうしたエピソードに家から一歩も出ない謎めいた息子の恭介と、彼を溺愛するがあまりトラブルが絶えないモンスターマザーの美里、この不穏な母子の存在が何らかの形で絡んでくる構成になっている。 ミステリとしては、ある女性との不登校の原因となった校内の事件を意外な探偵役が解き明かす、「シーザーと殺意」が白眉。そして迎える最終話まで、連作ならではの趣向の先に訪れるおぞましさ。読み手を鮮やかに打ち抜く驚きと異形の母性に震える。 |
No.169 | 6点 | IN 桐野夏生 |
(2023/08/10 23:25登録) 女性小説家のヒロインと編集者のダブル不倫を鋭い筆致で正面から描き出す。情熱、独占欲、嫉妬、憤り、打算、憎悪、執着。どんな恋愛にも付きものの感情の諸相を作者は生々しく定着する。 だが、ヒロインが目下書きつつある小説の中ですでに亡くなった作家の私小説「無垢人」の真実を追求するという二つの筋立てが絡み始めると、何処へ着地するか分からない魔術的なメタ小説の領分に入り込む。しかしここでも主題は恋愛であり、なぜ人間はこんなにも恋愛に取りつかれ、恋愛を小説に書こうとするのかという問いが浮上する。人間にとって最大の謎である恋愛をめぐるミステリ。 |
No.168 | 5点 | 栄光なき凱旋 真保裕一 |
(2023/07/30 22:31登録) 三人の日系二世を主人公にしている。日本軍による真珠湾攻撃で人生が暗転し、日系人たちが強制収容所に送られるなか、ある者は法廷の場で争い、ある者は語学兵として米陸軍情報部に入り、ある者はハワイの国防軍へ志願する。 日系人として逆境にありながらも、米国を祖国とみなすのだが、やがて両親が生まれ育ったもう一つの祖国への思いが強まる。二つの祖国があるゆえに、愛国心のありかは複雑となり考えさせられる。特に終盤、日系アメリカ人のみの軍隊、第四四二連隊の欧州での死闘を描いてテーマ把握を強くしている。 |
No.167 | 5点 | いつかの人質 芦沢央 |
(2023/07/30 22:21登録) 三歳の時に連れ去られた宮下愛子は、ほどなく自宅に戻れたものの、その時の怪我で視力を失ってしまう。それでも、両親の庇護のもと、健やかに育っていた愛子だったが、初めて親の介助なしに友人同士で出掛けたアイドルのコンサート会場から、またしても何者かに連れ去られてしまう。折しも、それは十二年前、愛子を連れ去った犯人の娘で、今は漫画家となっている江間優奈が、夫の礼遠とともに宮下家を訪れた後のことだった。 愛子の誘拐事件を追う過程で、優奈が失踪していることが明らかになる。物語は、愛子を誘拐した犯人捜し、礼遠の優奈捜しを並行して描いていく。二つの謎がたどり着く先は、何処なのか。メインのストーリーはミステリなのだが、根底にあるのは、愛子と家族の物語であり、優奈と礼遠の夫婦の物語である。 とりわけ、端から恵まれたカップルに見えていた優奈と礼遠の、その実は「すれ違ってしまう愛」が息苦しいまでに迫ってくる。 |
No.166 | 6点 | グラン・ヴァカンス 廃園の天使Ⅰ 飛浩隆 |
(2023/07/16 22:19登録) 舞台は仮想リゾートの一区画、南欧の港町を模した「夏の区界」。人類の訪問が途絶えてから千年、取り残されたAIたちは同じ夏の一日を繰り返している。しかし突如として永遠の夏は終焉を迎える。 物憂げなリゾート地、多感な少年の年上の奔放な少女への淡い恋心、といった叙情的な序盤とは一転して、中盤以降は激しい攻防戦とAIたちを襲う残虐な運命が、五感のすべてを駆使した圧倒的な文章で描かれる。透明な叙情とエロスとグロテスクさが渾然一体となった、陶酔感あふれる作品。 |
No.165 | 8点 | しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術 泡坂妻夫 |
(2023/07/16 22:12登録) ヨガと奇術の達人ヨギガンジーが登場するシリーズの第一作。ある宗教団体が発行する、小冊子「しあわせの書」を偶然手に入れたことから、ガンジーとその仲間は教祖継承問題に巻き込まれていく。読者はユーモアたっぷりの賑やかな謎解きを楽しむうちに、作者が用意したとんでもない企みに驚くことになる。 家業の紋章上絵師を継いだ職人であるうえ、マジシャンとしても有名。直木賞受賞作の「蔭桔梗」のようにしっとりとした作品を発表する一方、こうした仕掛けのある作品を丁寧に組み立てていくのも得意と多才。 本書のトリックは紙の本ならではのもの。普段は本を読まない人にも、こんな風に本で遊ぶことが出来ると知ってもらえたら嬉しい。 |
No.164 | 6点 | 神の悪手 芦沢央 |
(2023/07/01 22:18登録) 東日本大震災を背景に、若い才能について棋士が「好ましからざる状況」を見抜き、さらにある選択を迫られる第一話や、駒を選ぶ際に棋士が心変わりした謎を探る第五話など、将棋が題材の五編を収録した短編集。 ミステリ味の濃淡はあれど、各編の主人公が読み手の心に入り込んでくるため、読者はまさに当事者として悩むことになる。その刺激は抜群に鋭利。決断に至る道筋の意外性もある。 |
No.163 | 6点 | 完全恋愛 牧薩次 |
(2023/07/01 22:10登録) 戦時中から昭和末期にかけて、心に純愛を秘めて生き続けた男の生涯と、彼が遭遇した三つの不可能犯罪を巧みに絡めた恋愛ミステリ。 信州と沖縄の間を凶器が瞬間移動する二つ目の事件の豪快さは、トリックの名手の面目躍如。さらに恋愛小説の中に埋め込まれていた伏線が過不足なく回収された瞬間、それまで陳腐に見えていたトリックが全く違った光芒を放つ。 |