home

ミステリの祭典

login
弾十六さんの登録情報
平均点:6.14点 書評数:471件

プロフィール| 書評

No.371 6点
フィリップ・マクドナルド
(2022/02/05 17:01登録)
1924年出版。創元文庫(1983初版)で読了。
冒頭は新聞編集室の生き生きとした描写。でも全体的にセリフまわしや文章が下手。構成も洗練されてない。『トレント最後の事件』(1913)のような導入。新聞の編集長と有能な女の部下とのやりとり、現場で古い知り合いに会い、担当刑事が旧知の仲、というのも『トレント』そっくり。そして探偵の初めての恋心も『トレント』風。ここまで構造を似せてるんだから、その発展系かと期待したら全然ダメでむしろ感覚的には逆走。センスが古臭い(なぜヘイクラフトなど評論家たちの評価が高いのかさっぱり判らない)。
大金持ちで軽薄なゲスリン。有閑スーパーマンの探偵なんて何が面白いんだろう。(英国のファイロ・ヴァンスですね) 本格探偵小説としては隠し事が多すぎる気がする。どっちかと言うと冒険小説っぽいタッチ。文庫の帯の文句「マザー・グースの調べにのせて繰り広げられる殺人劇」はミスリードを誘う。(本文中にメロディが流れるのは間違いないので許容範囲?)
私は作者が『トレント』に感銘を受けたものの、その後の映画化(1920年、サイレント、未見)に失望し、それで、映像化しやすい脚本のつもり(ぼくの考えたさいきょうのトレント)で書きはじめたのでは?と妄想している。書いてるうちに出来上がったものは別物になっちゃった、という感じだろうか。本作の構成要素が全てフォトジェニックなのと、フィル・マクは後年映画界で脚本家として活躍してるから、映像映えに敏感だったのでは、というのが朧げな根拠。
もともと『トレント』をサイレント映画で、ってのはかなりの難題だったのでは、と思う。1952年の映像化(オーソン・ウエルズ怪演だが、付け鼻が気になった)を見たが、セリフが豊富に無いと処理が難しいのでは、と感じた。
以下トリビア。ほとんど項目だけの計上です。
p9 木曜の夜♠️事件が発見された日、この日は8月19日(p276)なので1920年が該当。だがp23と矛盾する。
p10 定価は2ペンス(The price was twopence)♠️新聞の特別号の値段。英国消費者物価指数基準1920/2022(47.62倍)で£1=7430円。
p11 サイフォン
p16 クラレンドン体(Clarendon)♠️活字の種類。
p21 詩集… 百五十ポンド
p21 おじの遺産
p29 五ポンド紙幣
p22 年収二、三百ポンドの遺産
p23 一九二一年の七月(in July of 1921)♠️ここから少なくとも1年が経過している。ということは作中年代は1922年8月以降。
p23 年収九千乃至一万ポンド(nine or ten thousand a year)♠️遺産
p25 コック・ロビン♠️名前がJohn Hoodeだから、[Cock] Robin Hood(フッド)という連想なのか。
p27 五ポンド♠️情報提供の謝礼。
p31「ホークショーと申す者です、探偵でしてね」(I am Hawkshaw, the detective!)♠️『トレント』でもHawkshawへの言及あり。舞台劇The Ticket-of-Leave Man(1863)のロンドン随一の切れ者刑事Hawkshaw(なお劇中に、このようなセリフは無い)、あるいはシャーロック・パロディの米国新聞漫画“Hawkshaw the Detective”(1913-2-23〜1922-11-1)のこと。こちらではこのセリフが定番。なので後者のイメージだろう。
p36 探偵小説への言及は黄金時代の特徴。
p49 検死(インクエスト)… あすの午後、この邸で
p52 半クラウン銀貨大♠️これは訳注で処理して欲しい。当時の半クラウン貨はジョージ五世の肖像。1920-1936のものは.500 Silver, 14.1g, 直径32m。
p55 ガボリオ… ルコック… シャーロック・ホームズ
p57 時計の打ち方♠️ミニ講座あり。
p64 六ペンス銀貨大♠️これは訳注で処理して欲しい。当時の六ペンス貨はジョージ五世の肖像。1920-1936のものは.500 Silver, 2.88g, 直径19mm。
p70 ベンジャミン(Benjamin)♠️ゲスリンが愛用のパイプにつけている名前のようだ。変な奴!
p91 全部十ポンド紙幣で… 銀行に問い合わせて紙幣番号も確認
p93『私は眠っているのだろうか…』(Do I sleep, do I dream, or is Visions about?)♠️何かの引用か。調べつかず。(2022-2-13追記: Bret Harteの詩Further Language From Truthful James(NYE’S FORD, STANISLAUS, 1870)の冒頭)
p100 探偵小説… 傑作… たとえばガボリオ…『小説こそ真理なり』(Fiction is Truth)♠️ゲスリンの考え。こいつは困ったちゃんだ…
p125 いわゆる「改造家屋」♠️一つの屋敷をフラットに分割したやつか。
p128 ずっしりした自動拳銃
p129 英国一敏捷なスリー・クォーター
p137 子供がいちばん最初に出くわす探偵小説
p144 『のっぽの駝鳥のおばさんに…』(And his tall aunt the ostrich spanked him with her hard, hard claw)♠️キプリング“Just So Stories” The Elephant's Childから。
p145 『刃物を握っていた卑劣な手…』(But whose the dastard hand that held the knife I know not; nor the reason for the strife)♠️調べつかず。
p145 デュパン、ルコック、フォーチュン、ホームズ、ルルタビーユ♠️順番が面白いが、普通の女性に、このセリフ。相手はポカンだろうなあ。
p146 検死審問(インクエスト)
p153 『言うなればこれで出そろった』(So there, in a manner of speaking, they all are)♠️調べつかず。
p155 指紋♠️ファイロ・ヴァンスと同様、指紋を軽視するゲスリン。
p156 マギーなんて呼ばないで♠️嫌いらしい。
p156 ベイカー・ストリートかハーリー・ストリートで開業♠️探偵か医者
p158 大型の赤塗りの自動車: 4ドア。後段(p204)で「メルセデス」との記載あり。
p162 コック・ロビンの物悲しい調べを口笛で♠️定番のメロディがあるのかな?調べてません。
p166 アンデルセンの童話
p171 卑劣… 私立探偵めいた真似
p176 陳腐なフランスの諺♠️訳注「犯罪の陰に女あり」
p181 探偵協会の規約に反します(it’s against the rules of the Detectives’ Union)♠️ここは「組合」だろう。
p182「ああ、すばらしきかな、この日!キャルウ!キャレイ!」♠️『鏡の国のアリス』ジャヴァーウォッキーの詩より。河合祥一郎訳(2010)では「ああ、すべらしき日よ!かろー!かっれえ!」全然締まりませんね…
p189 最近のフランスの騒動♠️何を指してるのか。調べてません。
p201 『空の鳥ども』(the Birds of the Air)♠️童謡『コック・ロビン』から
p204 チェスタトン… 『奇跡の最もすばらしい点は、それがときたま起こるということだ』(The most incredible thing about miracles is that they happen)♠️ブラウン神父「青い十字架」からの引用。
p209『熱意、あらん限りの熱意!』(Zeal, all zeal, Mr Easy!)♠️Captain Frederick Marryat著の小説"Mr. Midshipman Easy"(1836)から。
p220 リージェンシー劇場
p220 五ポンド紙幣
p240 年に250ポンド… いとこが死ねば年3000ポンドほど入ってくる
p241 十シリング紙幣… 至急(ウナ)電で打ってくれ
p245 二百五十ポンド♠️貴重な情報に対する対価。
p246 一ポンド紙幣♠️番人への駄賃。
p270 精神異常犯罪者収容所(ブロードムア)
p276 一九二x年八月二十日♠️事件の翌日
p276 私の推理、推論---何と呼ばれようと結構だが
p294 年収600ポンド♠️大蔵大臣の秘書の給料。
p297 経歴表
p298 私立探偵という下劣きわまる仕事


No.370 6点 『マルタの鷹』講義
事典・ガイド
(2022/02/03 22:22登録)
私は文学研究っぽい評論が嫌いで、面白い小説を中途半端な象徴主義に還元する態度が気に入らない。狭い変換機能を頼りにつまらない発想の産物を生み出して何が楽しいの?と思っちゃう。
本書は、まあ抑制されたタッチで辛うじて読めるものだが、ガッチリした屹立するものが登場するとすぐ「これチンポコね」と指摘したりするのが陳腐でさあ。でも女性器は全く出てこないんだね。バランス悪いなあ。
それに、この人、オプものの短篇を全然読み込んでない。ハメットの長篇は読んでるようだが、『マルタの鷹』を語るのに『銀色の目の女』への言及が全く無いなんてねえ。
私はヘンリー・ジェイムズの『鳩の翼』が本作の発想のもとだ、というハメットがジェームズ・サーバーに語った真意を知りたくて本書を手に取ったようなものなんだけど、そこにもほぼ触れてなくてガッカリ。
あと本格探偵小説も読み込み不足で、ハードボイルド派との比較をしてしまっている。
ハードボイルド作家は従軍経験があるけど本格ミステリ作家には無い、とか(アントニー・バークリーはどうなる?)言ったすぐ後で、でもハメットは大した軍務についてないけどね、と言っちゃったり。
それから『マルタの鷹』の犯人像が当時としては画期的で本格ものには無いよ、と言ってるのだが、じゃあ有名な本格ミステリ2作(もちろん『マルタの鷹』以前に出版されたもの)なんかは違うんかい、と思ったり。
ここ最近、ずっとハメットを読んでいた私の感想では、『マルタの鷹』っていうのは前二作のオプものの長篇と比べて内容がぶっ壊れていなくて、上手にまとまった、という手応えがあった作品なのだろう、と思う。内容はハメットのオプものと繋がっていて、相変わらず女に弱く男に強い、ちょっと世間に対してひねくれた坊やの活動物語。つまり、本書では分析されていないけど、常にママを探してる男の子の話なんだろうと感じた。(結局、私も似たような象徴主義に陥ってしまった…)
付録の語注が行き届いていて楽しい。まあ銃関係はもっと書き込んで欲しかったけれど…(明白な誤りは『マルタの鷹』本編の私の評をご覧ください)


No.369 9点 マルタの鷹
ダシール・ハメット
(2022/01/31 21:25登録)
1930年出版。初出Black Mask 1929-9〜1930-1(五回連載)。ハヤカワ文庫の改訳決定版(2012)で読みました。
スペードってオプと全然違うキャラかと思ったら、ハンサムになっただけで中身は全然違わない、というのが意外でした。私はずっと前にボギー主演のヒューストン映画(1941)を観てたので話の筋は覚えてたのですが、新しいことやろう、という最初の方の凝った文体が微笑ましかったり、途中の淀みない流れが素敵だったり、ああ、またやってるね、という作者のお馴染みの感覚だったりが嬉しくて、非常に満足。この作品単体で味わうより、オプものをじっくりと読んでから、あらためて賞味するのが良いのでは?と思いました。
ラスト・シーンは、続きを妄想した例の記事を知ってると、とても面白い。
トリビアは拳銃に関するものを一個だけ。(気が向いたら付け足します…)
珍しいWebley–Fosbery Self-Cocking Automatic Revolverが登場。英国のWebley社のユニークなリボルバー、1901-1924に約4750丁が製造されたようだ。普通のリボルバーと違い、発射の反動でコッキングするのが非常に珍しい。こんな有名作品に、こんな珍品が堂々と登場してるとは知らなかったので、ガンマニアとしてはお腹いっぱいです!(日本Wikiには登場作品にきちんと言及されている)

(2022-2-2追記)
本作で登場するWebley–Fosbery revolverは、さらにレアもので38口径の八連発仕様。市場に出回ったのは僅か200丁ほど(通常のものは.455Webley弾、六連発)。良く調べると、使用銃弾も珍しく、リボルバー用のリムのある弾丸ではなく、自動拳銃用の.38ACP(全長33mm、1900年開発)をクリップを使って装填する。しかも、この銃弾、普通38口径自動拳銃で使う.380ACP(全長25mm、1908開発)とは違う珍しいもの。なお「38口径」という名称は、他の多くの銃弾(22、25、32、45口径など)とは違い、弾頭の直径ではなく薬莢部分の直径で、実際の弾頭の直径は種類により多少違うが.355-.357インチ。なので欧州でいう9mm弾丸と同等である。(『マルタの鷹』講義p376の注408.9(22.14)で誤解した記載がある)

(2022-2-6追記)
トリビアは大抵「『マルタの鷹』講義」に載ってるので省略。でもそっちには無い価値換算には言及しておこう。本書にはドルとポンドが登場して、1ポンド=10ドルで換算している(p146など)。「講義」によると作中年代は1928年12月。1928年の交換レートを調べると£1=$4.86、金基準でも£1=$4.87とほぼ同じ。1920-1930の変動を見てみたがあまり変わっていない。あっそうか、舞台を考えると香港ドルとの換算かも?と見てみると1928年のレートは$1=HK$1.996。ならば£1=HK$9.70となって本書の換算に近くなる。登場人物たちも米ドルだと誤解してるわけだが、そうではなくてブツがブツだけに過大なふっかけた換算レートを提示したのかも。
なお米国消費者物価指数基準1928/2022(16.30倍)で$1=1858円、英国消費者物価指数基準1928/2022(66.94倍)で£1=10445円。
「講義」では、小説の私立探偵の報酬が日給20〜25ドル(3万7千〜4万6千)が相場(ソースは小鷹『ハードボイルドの雑学』p87)のところ、二百ドル(37万円)をあっさり出す、と驚嘆してるけど、換算してみると、より生々しい印象になると思う。

以下は「講義」で触れられていないトリビアを拾ってみた。
p3 献辞 ジョウスに捧ぐ(To Jose)♠️下の娘Josephineのことだろう。
p27 黒のガーター(black garters)♠️ああ、男でも使うんだ。
p30 ウェブリー・フォスベリー・オートマティック・リヴォルヴァー(Webley–Fosbery Self-Cocking Automatic Revolver)♠️「講義」の注は突っ込みどころあり。W. J. Jeffrey & Co.は「販売元」だろう。数百丁の販売だから「価値がありすぎる」としているが、単に不便で売れなかっただけ。サイズが大きすぎて携帯に向かない、とあるが1.24kgで280mmだから確かにコルトM1911(1.10g, 216mm)よりかなり大型だが「1フィート(304mm)を超えるはず」ではない。
p35 犯罪の成功に(Success to crime)♠️乾杯の文句。
p43 四四口径か四五口径♠️似たようなものだが44口径はS&W(プロ仕様)のイメージ。45口径はコルト社(ありふれた型)のイメージ。
p43 ルガー(a Luger)♠️正式にはPistole Parabellum、通称P08。38口径(=9mm)。ヨーロッパの洒落たイメージ。
p56 ナッシュのツーリング・カー(a Nash touring car)♠️1924年のSaturday Evening Post広告でNash Six 4-door Touring CarはOnly$1275というのがあった。
p73 『タイム』を読んでいた(reading Time)♠️1923年創刊。
p78 銃身の短い、平たい小さな拳銃(a short compact flat black pistol)♠️「黒い」が抜けている。このキャラが持ってるなら25口径のFN M1905(M1906ともいう)がピッタリだが、32口径(p134)らしいので、ベストセラーのFN M1910なのか。
p81 数種類のサイズの合衆国紙幣で365ドル、五ポンド紙幣が三枚(three hundred and sixty-five dollars in United States bills of several sizes; three five-pound notes)♠️1928年に米国紙幣はサイズを小型に変えた(187×79mmから156×66.3mmへ)。なので、旧札と新札が混じってるよ、という意味だろう。
p106 シアトルにある大きな私立探偵社で働いていた(In I was with one of the big detective agencies in Seattle)♠️スペードもコンチネンタル探偵社出身なのか。
p143 サンドウィッチ♠️こういう食事のシーンが良い。
p153 エン・キューバ(En Cuba)♠️元はEduardo Sánchez de Fuentes(1874-1944)作Habanera “Tú”。それをFrank La Forgeが1923年にCuban folk song として編曲し訳詞をつけたもの。
p173 サイフォン
p198 こけおどしの台詞♠️誤解されているが、ハメットがヒーローに喋らせるワイズクラックはチャンドラーの軽口とは違い、必ず目的がある(人を怒らせたり、話を逸らせたり)。実生活で利口ぶったマーロウが吐くセリフを聞いたら、必ず、やな奴、と思うはず。ハメットのヒーローたちはそんなセリフを吐いていない。
p199 重いオートマティック拳銃(a heavy automatic pistol)♠️スペードの背広ポケットに収まるサイズなのでコルトM1911(45口径)あたりか。
p231 ここにも食事のシーン。
p233 その拳銃から発射されたものだ(came out of it)♠️1925年にゴダードが銃弾の旋条痕から発射拳銃を特定する技術を確立してから数年経過しているが、まだ一般的な知識にはなっていないようだ。有名になったのは1929年2月のバレンタインデーの虐殺の鑑定からだという。
p246 大陪審とか検死審問に呼ばれてしゃべらされる(be made to talk to a Grand Jury or even a Coroner's Jury)♠️ここはニュアンス違いあり。大陪審には証言の強制力があるがCoroner’s Jury=inquestには強制力は無い。弁護士が「検死審問は裁判じゃない」p73と言ってる通り。なのでここは「大陪審でしゃべらされるって言っても、検死官陪審にすら呼ばれてないんだがな」という趣旨。
p256 スペードはいるか(Where’s Spade?)♠️ここは「スペードは?」くらいで良い。とにかく言葉を省略して。
p271 ここでも食事。
p271 黒いキャディラックのセダン

クリスティ再読さまは『赤い収穫』と『恐怖の谷』の繋がりを見抜いたが、私も真似して『デイン家』は宗教がらみなので『緋色の習作』、『マルタの鷹』は宝の物語なので『四つの署名』という説を唱えておこう。そうすると『バスカヴィル』は未読の『ガラスの鍵』あたりかなあ。


No.368 7点 月長石
ウィルキー・コリンズ
(2022/01/23 17:08登録)
1868年7月出版(1500部)、初出 英All the Year Round 及び米Harper's Weekly 1868-1-4〜8-8。創元文庫(1978-12合冊五版)で読了。ノウゾーさんの翻訳は安定感がありました。
印象深いのは作者コリンズの、運命に弄ばれた人々に対する優しい眼差し。近年の用語「上級国民」ではない者たちへの共感が全編から伝わってきます。ミステリとしてはわかりやすい話だと思いますが、展開は結構起伏に富んでいて面白い。カメラアイの工夫も素晴らしく良くて、第一部の語り口など、なるほどね!と感心しました。主要登場人物が裏口から語られる、という方式はかなり目新しかったです。最近見たTVシリーズ『ダウントン・アビー』をちょっと連想してしまいました。
作品の背景コンスタンス・ケント事件(発生1860年及び自白1865年)の知識があると非常に面白いと思います。Wiki程度の知識でも結構。詳細を知りたい場合は『最初の刑事 ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件』(2008)にまとめられています。
呪われたダイヤモンドについては当時有名だったオルロフ(Orlov)ダイヤとコ・イ・ヌール(Koh-i-noor)ダイヤの話を参考にしたようです。特にオルロフ・ダイヤは神像の眼だったという伝承があり、こーゆー伝説の嚆矢だったのかも。
以下トリビア。価値換算は英国消費者物価指数基準1848/2022(126.83倍)で£1=19789円。
p24 羽布団と五十シリング◆婚約解消の対価。50シリングは約五万円。ただし老僕の若い頃の話なので、もっと価値は高かったはず。
p30 糸玉と四枚刃のナイフと、それからお金を7シリング6ペンス◆7シリング6ペンスといえば探偵小説の黄金時代の小説単行本の定価だが… この時代の単行本はもっと高かったのではないか、と思うので違うだろう。
p30 年額700ポンド
p132 非常警報(alarm)◆ここは「叫び声」で良いだろう。
p132 朝のコーヒー… 外国の流儀
p135 玄関のドア… 鍵がかかって、おまけにカンヌキまでしてあった(the front door locked and bolted)◆ここのboltは、外から鍵では開けられない式のものだろう。
p134 治安判事(magistrate)◆下のと原語が違う。
p141 治安判事(Justice)◆ここは定冠詞なしの大文字なので一般的な「正義、警察権力」というような意味(=警察署長)だろう。この場面で治安判事は登場していない。
p173 モグラの塚(molehill)◆make a mountain out of a molehillで「小さなことで大騒ぎ」の意味。
p173 夏の名残りのバラの花(The Last Rose of Summer)◆Thomas Mooreの1805年作の詩。アイルランド民謡"Aisling an Óigfhear", or "The Young Man's Dream"の音楽により歌われる。
p183 鏡の中をぼんやりと(in a glass darkly)◆聖書の有名句。1 Corinthians 13:12より。
p189 一番女中(The first housemaid)
p199 蓼喰う虫も好き好き(Tastes differ)
p200 探偵熱(a detective-fever)◆ミステリへの興味を病気に例えている。確かに病気のように取り憑かれる。
p204 オランダ・ジン(Dutch gin)
p208 四、五枚のシリング貨と六ペンスばかりの金(a few shillings and sixpences)
p210 一シリング九ペンス◆1732円。
p211 三シリング六ペンス◆3562円。
p247 浅黒い肌の色(dark complexion)◆原文complexionなので、こう訳すのが正解なのだろうが、反浅黒党としてはなんか納得いかない。この人、白い肌だったのでは?
p251 一シリング◆小僧への褒美。989円。
p261 これから世の中に出ようとする若い人たち(Your tears come easy, when you’re young, and beginning the world. Your tears come easy, when you’re old, and leaving it)◆生まれてくる者かな?と思いましたが… そういうふうに解釈して良い?
p263 上流階級(People in high life)◆二つの世界が厳存していることの苦み。
p265 報酬(fee)◆そういう報酬が得られるものなんだ…
p271 家庭の内輪問題の秘密調査係◆そういう役回りがあったのか。ここら辺の原文は“in cases of family scandal, acting in the capacity of confidential man”
p296 道標に向かってジッグ曲を口笛で吹く(whistled jigs to a milestone)◆アイルランドの言い方と書かれている。「全く無駄なこと」という意味のようだ。
p299 どん底(When things are at the worst, they’re sure to mend)◆諺。
p302 食事宿泊手当(board wages)◆主人が不在時の手当。主人が滞在していれば食事や暖房は主人も使うので心配いらないが、不在なら自分で調達しなければならないことから。
p302 椅子の中で眠った(fell asleep in our chairs)◆教会で居眠りする、という事を面白く表現したものか。
p303 浅黒く(dark)◆ここは「黒っぽい瞳」だろうか。鳶色の髪(brown head of hair)のことは続いて出てくる。
p306 貧乏人が金持ちにそむいて立ち上がる(the poor will rise against the rich)◆上級国民への敵意。
p310 一ギニー◆ロンドンの有名医の一回の料金。
p320 異教徒(heathen)◆第一部で本人はクリスチャンだと何度も言っている。ここは「無教養な、野蛮な」という意味か。それとも発言者から見れば、こいつらはキリスト教徒とは思えない、ということか。
p325 一週間分の家賃◆週ぎめでの部屋の貸し借りは普通だった様子。
p356 乗合馬車… 辻馬車… 賃金どおり◆この人はチップを否定しているようだ。お金が無いだけ?
p370 偉大なミス・へロウズ(precious Miss Bellows)◆パンフレットは架空か。この名前も架空だろう。
p386 わずらわしい(nuisance)
p402 チベットのダライ・ラマ(Grand Lama of Thibet)◆当時英国でも結構有名だったのね。シャーロック『空き家の冒険』(1903)でもthe head Llamaが言及されていた。
p417 年に二着の被服費(my two coats a year)
p421 ひと月とたたないうちに金融市場に起こった変動(In less than a month from the time of which I am now writing, events in the money-market)◆何の事件を指してるんでしょうね。
p422『ミス・ジェイン・アン・スタンバーの生涯・書簡・功績』(the Life, Letters, and Labours of Miss Jane Ann Stamper, forty-fourth edition)◆架空の人物のようだ。
p445 民法博士会館で手数料1シリング払って(at Doctors’ Commons by anybody who applies, on the payment of a shilling fee)◆誰でも遺言を閲覧出来る制度。随分昔からあるんだね。
p690 『ガーディアン』、『タトラー』、リチャードソン『パメラ』、マッケンジー『感情家』、ロスコ『メジチのロレンツォ』、ロバートソン『チャールズ五世』(The Guardian; The Tatler; Richardson’s Pamela; Mackenzie’s Man of Feeling; Roscoe’s Lorenzo de’ Medici; and Robertson’s Charles the Fifth)◆面白い古典作品だが頭脳を過度に刺激しない作品群。
p728 一シリング… 豪華な食事… ブラック・プディング、イール・パイ、ジンジャー・ビール(a black-pudding, an eel-pie, and a bottle of ginger-beer)
p728 黒ビールと豚肉パイで有名(famous for its porter and pork-pies)


No.367 6点 The Uttermost Farthing
R・オースティン・フリーマン
(2022/01/10 20:48登録)
今年は原書に手を出すことにしました。待ってても翻訳されそうもないけど、とても興味深いのを取り上げたいと思います…

1914年出版(米国)。初出ピアソン誌1913年4月〜9月(六回連載)。英国ではフリーマンの版元から「身の毛がよだつ」として出版を断られ、ピアソン社が1920年にA Savant’s Vendettaと題して出版。長篇、というより一つ一つが短篇としても成立している連作短篇集。

まずは冒頭を紹介すると… (ネタバレに気をつけて書いています)

医者と患者の関係で始まった「私」(Wharton)とHumphrey Challonerとの親しい付き合いは、彼の健康状態の悪化で終わりを迎えることとなった。死の前にチャロナーは自身に起こった昔の悲劇について語った。20年前、自宅に入った強盗に若妻が殺され、犯人の手がかりはあった(珍しいringed hairとはっきり残っていた指紋)のだが結局逮捕されなかったのだ。そしてチャロナーが、所有する秘蔵の不気味なコレクションを私に見せ、博物館の一角を占める人体白骨標本コレクション(かねてから私は他のチャロナー・コレクションと比べて、妙につまらない収集群だと思っていた)の秘密を私に委ねたい、と言うのだった…

大ネタはほぼ第一章で明らかになるので、各物語で色々なヴァリエーションを楽しむ、という短篇集である。
主人公チャロナーは裏ソーンダイクと言って良いだろう。ポーストにおける善良なアブナー伯父と悪徳弁護士メイスンとの関係と同じかな。なのでソーンダイク・ファンには必読の書だと思う。
現代でもPC的には問題のある話だと思われても仕方のないテーマ。そういうのを書いちゃう資質だから、犯人の心理に寄り添った倒叙探偵小説を発案出来たのかもしれない。
フリーマンはChallonerが登場する作品をもう一つだけ書いてる(ピアソン誌1917年3月号)。今のところ収録している作品集を入手出来ていないので内容がわからない。後日談は不可能だから、チャロナーが若い頃の話なのかなあ… とても気になる。
(以上2022-1-10記載)
(2022-1-16追記: 最後まで読んだが、出版をためらうほどの「陰惨さ」は感じなかった。もちろん現代の基準では測れないのだが。抑制された表現なのでソーンダイク・ファンなら全然問題なし、と思います。)
以下、短篇タイトルは初出準拠でFictionMags Indexによるもの。原文はGutenbergで入手。
(1) A Hunter of Criminals I. Number One (Pearson’s Magazine 1913-4 挿絵Warwick Reynolds) 評価6点
単行本では第一章‘The Motive Force’と第二章‘Number One’に分離された。フチガミさんは雑誌タイトルを‘The First Catch’としている。
冒頭、不謹慎で異常な物語なので公表をためらう、と語り手が宣言している。確信犯、ということでしょうね。
20年前の事件(1889年発生のようだ)は指紋が残っていても犯人逮捕に結びつかない時期。知識としてはFauldsが1880年雑誌Natureに人間の指紋について記事を発表している。
全体的に英国流の不気味なユーモアがある仕上がり(中盤ややコミカル)。
(2022-1-10記載)
*********
(2) A Hunter of Criminals: II. The Housemaid’s Followers (Pearson’s Magazine 1913-5 挿絵Warwick Reynolds) 評価6点
単行本では第三章。まあ第一標本は良いとして、次を期待する発想がイカれている。ちょっとハラハラする話。連載タイトルのhunterってそういう趣旨? 女性の扱いが当時を思わせる。コントっぽい幕切れ。
(2022-1-10記載)
*********
(3) A Hunter of Criminals III. The Gifts of Chance (Pearson’s Magazine 1913-6 挿絵Warwick Reynolds) 評価6点
単行本では第四章。なかなか行動的な話。コレクターとしての成長がうかがえる。最後の列車でのエピソードが愉快。
(2022-1-10記載)
*********
(4) A Hunter of Criminals. IV. By-Products of Industry (Pearson’s Magazine 1913-7 挿絵Warwick Reynolds) 評価6点
単行本では第五章。ちょっと展開が変わる。段々いろいろと上達してゆくチャロナー。新しい技術も覚えた。余裕たっぷりの態度が成功の秘訣かも。
(2022-1-12記載)
*********
(5) A Hunter of Criminals V. The Trail of the Serpent (Pearson’s Magazine 1913-8 挿絵Warwick Reynolds) 評価5点
単行本では第六章。起承転結の「転」の章。前の章からしばらく時間がたっている。この話ではしなくても良い無理をしているところが不満。オートマチック・ピストルが登場する。モーゼル大型拳銃かパラベラム拳銃(ルガー08)あたりかなあ。軍隊が持ってきたマシンガンも登場する。これはマキシムのだろうか。Anglo-Aro War(1901–1902)で使用実績あり。(2022-1-14追記: 実際にロシア人亡命者ギャング(ラトビア系ユダヤ人)が自動拳銃で三人の警官を殺害した事件が1910年12月にあって、火器不足の警察は軍隊の協力を得て犯人を鎮圧したようだ。英Wiki “Siege of Sidney Street”参照。ギャングの拳銃はMauser C96 pistolとDreyse M1907)
(2022-1-13記載; 2022-1-14追記)
*********
(6) A Hunter of Criminals VI. The Uttermost Farthing (Pearson’s Magazine 1913-9 挿絵Warwick Reynolds) 評価5点
さて最後のエピソードは、内容については第一章でほとんど明かされているようなものだから、もうちょっと盛り上がりが欲しかったかなあ。でも、こんな感じがフリーマンらしい、といえば言える。
初めの方で言及されている“Paul the Plumber”は、上述のSiege of Sidney Streetから逃れたと言われる謎の男Peter the Painter(結局正体は不明のまま。英Wikiに項目あり)がモデルと思われる。本作のバックグラウンドは、当時ロシア亡命者ギャングが起こしていた凶悪事件なのだろう。
(2022-1-16記載)


No.366 7点 大はずれ殺人事件
クレイグ・ライス
(2022/01/10 03:53登録)
1940年出版。マローン&ヘレン&ジェイクもの第三作。ハヤカワ文庫(1977)で読了。翻訳は快調。
内容はいつものクレイグ流で登場するキャラの描き方が良い。残念ながら今回はジェイクを駆り立てるものが切実さを欠いてるので、ストーリーを進める力が弱く、サスペンスが盛り上がらない。マローンの巻き込まれも止むなし感が不足。全体的に寝不足と酔っ払った頭でぼんやり眺める空騒ぎの印象。パズルは素晴らしく上手にまとまっていて、ラストも非常に効いてるのだが… まあ私はトリオのファンなので、とても楽しめました。
登場する拳銃は「醜悪な、性能のよさそうな小型の拳銃(an ugly, efficient-looking little gun)」という記述以外手がかりは無いが、オートマチックっぽい印象なので、独断でFNモデル1910(.32口径)としておこう。全然uglyじゃ無いけどね。
以下トリビア。
作中年代は1938年以降、冒頭はクリスマスの一週間前のシーン。p197から計算すると1939年12月とわかる。
いつものようにシカゴの街路名がたくさん登場するが今回はパス。
p13 前二作への言及あり。
p20 実験♠️これは有名な事件(1924)を連想させるので、なんかイヤ。
p43 北部では“ご機嫌よう(アップ・ノース)”と(Here’s how, as you say up No’th)♠️北部では乾杯する時何て言うの?みたいに感じました。
p51 因果応報、悪事千里を♠️ここのくだりは私が参照した原文(Open Road/Mysterious Press 2018)に無し。他にも色々抜けてるところが若干あった。
p51 すてきな漢字で印刷(in fine Chinese print)
p56 ベット・タイム・ストーリー♠️Bedtime Stories(親が子供の寝るときに聞かせる話)とかけているのだろう。参照原文は欠。
p63 小額紙幣で五万ドル(Fifty thousand dollars in small bills)♠️米国消費者物価指数基準1939/2022(20倍)で$1=2280円。
p69 自動エレヴェーター(the self-service elevator)♠️操作する人が乗っていない、という意味。
p69 『孤独な狼』(The Lone Wolf)♠️ポーランドの画家Alfred Jan Maksymilian Kowalski (1849–1915)の(特に米国では)有名な作品。
p95 硬貨の裏表を賭けて40セントすり(to lose forty cents matching coins)
p95 私、人妻じゃないのよ。結婚はしたけれど、妻にはなってないの(I’m not a matron. Wedded but not a wife)♠️同衾しないと、という趣旨?
p109 ラミー(rummy)♠️特に1941-46の米国で映画界やラジオ界を中心に流行したようだ。
p121 十セントの靴下(a pair of ten-cent socks)♠️安物のようだ。
p132 ジーン・クルーパ(Gene Krupa)♠️Benny Goodman楽団"Sing, Sing, Sing"(1937-7-6録音)で一躍有名になったドラマー。The Famous 1938 Carnegie Hall Jazz Concert (1938-1-16)での熱演も名高い。
p139 日本人の執事(a Japanese butler)♠️なぜ日本人?
p140 アン・シェリダンのサイン入りブロマイド(Ann Sheridan’s autograph)♠️ハリウッド女優(1915-1967)、1936年に芸名を変え『汚れた顔の天使』(1938)で人気となる。
p147 ソルジャース・フィールド(Soldiers’ Field)♠️シカゴ・ベアーズ(アメフト)のホームグラウンド。1924年開場。正しくはSoldier Fieldという。
p185 レジスターに赤い星が出たら、次の一杯は無料です(IF RED STAR SHOWS ON REGISTER, YOUR NEXT DRINK FREE)♠️飲み屋の掲示。
p194 古い灰色の帽子をおかぶり(Put on your old gray bonnet)♠️詞Stanley Murphy、曲Percy Weinrichの1909年のヒット曲。Haydn Quartet創唱。
p211 洗練(refinement)♠️そういうものですか…
p226 マギー(Maggie)♠️これが初登場のようだ。
p233 一糸もまとっていない状態(in a completely unclad condition)♠️ラジオニュースなら、もっと上品に行きたいところ。試訳: 全く衣服を着ていない状態
p234 まったくのすっぱだか(It was as naked as a worm)
p240 マフル(muffle)


No.365 6点 爬虫類館の殺人
カーター・ディクスン
(2022/01/05 23:46登録)
1944年出版。H.M.卿#15。創元文庫(1972、6版)で読了。
いがみあう男女コンビはJDC/CDお得意の進行。H.M.のドタバタ劇もお馴染み。余計な枝葉を取り払ったシンプルな話に仕上がっています。楽しいながらも傑作には至らない出来ですね。ダグラスグリーンのJDC伝には、あのキャラがJDCの××のイメージだ、とあってちょっとびっくり。
以下トリビア。
作中年代は冒頭に1940年9月6日(p9)と明記。
p6 ロイヤル・アルバート動物園(the Royal Albert Zoological Gardens)… ケンジントン公園のロイヤル・アルバート(Royal Albert, Kensington Gardens)◆いろいろ調べたが架空の動物園。実在のLondon Zoo(Regent's Park)は1828年開園、爬虫類館は1927年開館。
p9 空襲◆ドイツ軍は1940-9-7から57日間連続でロンドン空襲を実行した。
p14 半クラウン銀貨(half-a-crown)◆当時はジョージ六世の肖像、1937-1947のものは.500 Silver, 14.15g, 直径32mm。英国消費者物価指数基準1940/2022(59.65倍)で£1=9307円。半クラウン=2s.6d.=1163円。
p38 真空掃除機(a vacuum-cleaner)◆電化世帯(Wngland & Wales)でのいろいろな家事家電の普及率(1939)をみつけた。真空掃除機は30%、electric cloth “wash boilers”(洗濯機; お湯で汚れを落とす式?)は3.6%、電気湯沸かし(electric water heater)は6.3%、電気冷蔵庫は2.3%、電気調理器(electric cookers、電熱線式?)は16.8%とのこと。真空掃除機の値段は、1938年で高級品£20、普及品£10、安ものが£3〜4程度で、家事労働の低減効果が顕著(掃除婦は時間10ペンス。普及品で240時間分、週6時間なら約9か月で元が取れる)で、訪問販売の成功により普及率が高かったようだ。“Managing Door-to-Door Sales of Vacuum Cleaners in Interwar Britain” (P. Scott 2008)より。
p42 セント・トマス・ホール(St. Thomas's Hall)◆架空の劇場名。
p49 面会謝絶(do not disturb)
p57 紙マッチ… 勘ちがいしてパイプでこすった(paper packet of matches …. he juggled it along with the pipe)◆パイプを持った手に危なっかしくブックマッチを持った、ということなのでは?そこから空いた手でマッチを取り、ブックマッチのヤスリ部で火を付ける手順。
p63 連発ピストル(revolver)じゃない… 自動ピストルだ(automatic)
p64 安全装置(safety-catch)
p72 これは1940年の九月初めの出来事だったので、タクシーをつかまえることができた(a taxi…. since these events took place in the early September of nineteen-forty, he got one)
p73 ベイズウォーター・ロード(Bayswater Road)◆ケンジントン公園の北西角。そこら辺に「ロイヤル・アルバート動物園」がある、という設定。
p75 過去にH.M.が扱った事件がずらずらと。原文だけ示しておきます。
“There's the Stanhope case," continued Carey, "and the Constable case, and the deaths in the poisoned room, and the studio mystery at Pineham. There's Answell and the Judas window, there's Haye and the five boxes. As for the Fane case at Cheltenham…” 各タイトルを略号で示すとTGM、RIW、TRWM、ASTM、『ユダの窓』、DIFB、SIBですね。一応ボカシました。
p89 錠前開けの七つ道具(lock-picks)
p108 マスターズ大警部(Chief Inspector Masters)◆「主席警部」が普通かな?
p109 リジェンツ・パークとかホイップスネイドのような本式の動物園(Regent's Park or Whipsnade)◆Whipsnade Zoo, formerly known as “Whipsnade Wild Animal Park”、英国最大の動物園。1931年開園。
p127 貨物自動車(a lorry)◆トラックと同意だが、英国表現のようだ。
p127 ギルトスパー街(Giltspur Street)◆動物園から7kmほどの距離。
p128 バート病院(Bart's Hospital)◆St Bartholomew's Hospital
p154 ペッパーの幽霊(Pepper's Ghost)◆奇術のタネ。Wiki “ペッパーズ・ゴースト”として項目あり。1862年初公開。
p157 洗濯屋… シャツからボタンを丹念にちぎりとり(laundries … carefully tear all the buttons off your shirt)
p158 三二口径のコルト(a Colt .32)◆自動拳銃。一般にColt .32 Autoの名で知られるColt Model 1903 Pocket Hammerlessだろう。マガジンには8発入る。
p289 ソーセージの中のコーンミール(the corn-meal in the sausage)


No.364 6点 死が二人をわかつまで
ジョン・ディクスン・カー
(2022/01/02 22:10登録)
1944年8月出版。フェル博士#15。私は昔、国書刊行会で買ったのですが、書庫のどっかに埋もれてて、あらためてグーテンベルグ電子版を入手して読みました。翻訳は仁賀先生なので国書刊行会やハヤカワ文庫と同じもののはず。
ダグラスグリーンの伝記によるとJDC作品として良く売れた(1944年末で12829部)とのこと。同時期の『皇帝の嗅ぎタバコ入れ』は六千部ほどだったらしい…
さて、プロットは素晴らしいのですが、小説が追いついていかないJDCのガッカリパターン。だって主人公とヒロインの感情的な行き違いが見事なほどに描かれないんですよ!さすがアンチノヴェリスト!と言いたいですね。本当はハラハラドキドキのサスペンス小説になるはずなのに!とあらゆる小説読みが思うネタだと思います。サブヒロインの絡み方も無茶苦茶。JDCの感情ってマトモなんでしょうか?と心配されてもおかしくない作品の作り方だと思いました。
ミステリとしては、中期の傑作らしい捻りを加えた作り。ちょっと説明が難しいネタなので効果が下がってますが、JDC/CDの今までの密室ものを知ってるとさらに感慨深い、良いトリックだと思います。いつものように後半が行き当たりばったり、まあこれはJDCの手癖なので諦めて、ああ、またやってるね、と楽しむのが正しい。
ダグラスグリーンとかは当時のJDCの不倫をダブルヒロインに読み込んでいるようですが、こーゆーシチュエーションって、この作家に珍しくないのはファンならよく知ってるはず。『夜歩く』にだってダブルヒロインだ。本作のヒロインたちとの関係に特別な切実さも感じないしね。
以下、トリビア。
時代設定は「ヒトラーの戦争がはじまる一年ほど前」と冒頭にあり、「六月十日木曜(p436)」は1937年が該当。なお本作はCBSラジオドラマ "Will You Walk into My Parlor" (1943-2-23放送)をBBCラジオ用に書き直した "Vampire Tower" (1944-5-11放送)を長篇に発展させたもの。
p56/3169 ココナッツ落としから金魚すくいまで(From the coconut-shy to the so-called 'pond' where you fished for bottles)♣️バザーの出し物。“pond”がどんな仕組みなのか気になる。
p108 六発で半クラウン(Six shots for half a crown)♣️=2.5シリング。ライフル射的の値段。チャリティなので高め。英国消費者物価指数基準1937/2022(72.58倍)で£1=11325円。半クラウンは1416円。
p108 ウィンチェスター61、撃鉄を尾筒におさめた型(Winchester 61 hammerless)♣️「撃鉄内蔵式」が良いかなあ。Winchester Model 61, Hammerless Slide-Action Repeater(1932-1963) 銃身24インチで全長104cm、重さ2.5kg。撃鉄が撃っても動かないので狙撃視線を邪魔せず、22口径ライフルなので反動が非常に軽くて撃ちやすいと思います。
p379 コイン投入式電気メーター(shilling-in-the slot electric meter)♣️shilling slot meter vintageで検索すると良い感じのが見られます。英国ではガスや電気がこういう仕掛けで供給されるのがよくあったようです。コインを入れ丸いのを回転させるとコインが落ちる仕組み。コインが溜まったのに集金人が来なくて次のコインが落ちず、寒さに凍えた、という話を読んだことがあります。また戦時中は金属不足で、こういう生活必需品のコインを集めるのが大変だった、という話もありました。
p497 落とし錠(bolted)♣️こういう錠前関係の訳語が最近気になっています。密室ものだとかなり重要な要素なのでは?
p526 二つの掛け金(two-bolt)♣️同上。上もここもボルトで良いと思う。
p767 審問(inquest)♣️完全公開の制度(つい最近、テロ関係でようやく例外が設けられたらしい)なので、場合によってはマスコミも大々的に報道する。
p790 ウッドハウスの小説に出てくるようなよぼ老人(dodderingly futile)♣️ウッドハウス用語なんだろうか?私が参照したのはPenguin 1953だが米版では dodderingly Wodehouse となってるのかも。(そういうふうに書いてるブログがあった)
p960 ふつうのサッシ窓で、内側には金属の掛け金(ordinary sash-windows, fastening with metal catches on the inside)♣️これも錠前用語が気になる。「差し錠」あたりでどうか。
p960 ドアには鍵はかかっておらず、部分的な掛け金だけ(door… unlocked and only partly on the latch)♣️同上。試訳: ドアは…ロックされておらず、ラッチが中途半端に掛かっていた。
p979 鍵がかかっており、小さいが頑丈な掛け金はしっかりと内部に固定されていた(The key was turned in the lock, and a small tight-fitting bolt was solidly pushed fast on the inside)♣️同上。こうしてみると「掛け金」が多用されすぎ。ここはボルトとしたい。
p1293 アントニー・イーデン帽(Anthony Eden hat)♣️公務員と外交官の間で流行、とのこと。
p1364 アメリカ製品で網戸… イギリスにはない(an American thing called "screens". We don't have 'em in England)♣️ちょっと意外な情報。
p1379 [銀行の]支店の警備厳重な部屋の金庫に大事なものを入れて(keeping valuables for them in a sealed box in our strong-room)♣️貸金庫が無い代わりに金庫室に貴重品を入れる仕組み。
p1404 絵入り新聞(illustrated papers)♣️もう絵の時代では無い。「新聞の写真で」
p1580 切手自動販売機(stamp-machine)♣️GPO Stamp Vending Machines - Colne Valley Postal History Museumという凄いWebページあり。英国では1907年から導入されたようだ。
p1741 フィービ・ホッグ… ミセス・パーシー(Mrs Pearcey… Phoebe Hogg)♣️Wiki “Mary Pearcey”参照。1890年の殺人事件。
p1774 緑色フェルト張りのドア(the green-baize door)♣️開け閉めの音がしないように工夫した使用人が出入りするためドア。ブログJane Austin Worldの記事The Green Baize Door: Dividing Line Between Servant and Master参照。
p1792 派手ばでしい(gaudy)
p1871 フロリダ・ブルドッグ製金庫(Florida Bulldog safe)♣️架空ブランドのようだ。
p2014 なんてこった!わうわうわう!(Archons of Athens! Wow, wow, wow!)♣️ファンならお馴染みのセリフ回しなので忠実に訳して欲しいなあ。
p2102 掛け金付きの… ドア(door with a latch)♣️ここも「掛け金」latchはスライド式ボルトっぽい形状のものを指すようだ。ボルトとの違いは外から鍵でも開けられる、ということだろうか。
p2248 ウイリアム・ハズリット(William Hazlitt)
p2534 同じホテルの回転ドアを外と内から押しつづけ永遠に逢えなかった恋人ふたりの悪夢の物語(a nightmare story of two lovers for ever condemned to push through the revolving doors of the same hotel)♣️何のネタだろうか。


No.363 7点 悪魔の悲しみ
マリー・コレリ
(2021/12/31 06:28登録)
1895年出版。kindle電子版で読了。翻訳はリズム感のある堅実なもの。この訳者のは初めてでしたが値段に反して優れたものだと思いました。他にも古くて興味深い作品を翻訳しておられ、読むのがとても楽しみです。(値段が安いのがありがたいです…)
本作はベストセラーとして世界初、という称号が与えられているようですが、その名に恥じず、とても面白い作品。俗だなぁ!俗っぽいなあ!というのを非常に強く感じました。
でもこれ、シャーロック・ホームズやマーチン・ヒューイットと同時期なんですよ。同じ時代の英国を描いても、こうも違うか!という感じ。作者が女性ながら(女性だから?)女性に非常に厳しいのも面白い。そして自分のパロディを登場させちゃうのも素敵。人物評価や世界(といっても出版界と社交界ネタが多い)の記述が、まー素敵に薄っぺらい。そう言いたい気持ちはわからない訳ではないけど、軽薄なスキャンダル雑誌のレベル。でも、そういう俗悪さがこの小説の良さでもある。
ヴィクトリア朝英国のある一断面として必読の小説なんじゃないか、とも思いました。私は裏ヴィクトリア朝といえば『我が秘密の生涯』を推してたんですが、あっちはテーマが単純で繰り返しが多いからつまんないんだよね。こっちの方が断然面白い。シャーロック聖典を理解するにも、こーゆー小説がベストセラーになってた、という知識があれば、かなり興味深いと思います。
中心テーマは現代にも通じる深いもの。どの時代を舞台にしてもウケるネタだと思います。現代日本を舞台にしても、すぐドラマが出来そうなくらいの普遍性。ヴィクトリア朝の最新流行っていうのも案外現代性があったんだね、「新しい女性」ってセイヤーズの頃の専売特許じゃなかったんだね、という感慨がありました。
まあラストの方はああなって、こうなってで、ここら辺は当時の限界ってことでよろしいのではないでしょうか…


No.362 6点 ダーブレイの秘密
R・オースティン・フリーマン
(2021/12/19 01:29登録)
1926年出版。初出は新聞連載らしい(Westminster Gazette 1926-3-19から。回数、終了日不明)。HPBで読了、英米事情に詳しい中桐先生の翻訳は非常に安心して読めます。(2025-01-17追記: BNAに登録があったので、初出新聞を確認できた。連載終了は06-03、挿絵なし。フリーマンは『キャッツアイ』etc, etcの作者と紹介)
筋立てや要素は”A Silent Witness”『ものいわぬ証人』(1914)と非常に似ている。発表から過去に遡った1900年代初頭の事件、という共通点もある。うぶな男のロマンスは、フリーマンの定番ネタだが、構成要素が非常に似ていてもストーリー展開などは全然違う。何なんですかね。
話自体は、いつも以上に謎の事件が偶然の連続で繋がってしまう。盛り上げも間欠泉なので不発。推理もかなり大雑把。『ものいわぬ証人』の方がずっと良いと思いました。
事件発生は「およそ二十年前」「初秋(early autumn)」(p9)、「今月の16日火曜日(the 16th instant--last Tuesday」(p30)なので9月と10月に絞って該当の16日火曜日を調べると、1890〜1913年の間には、該当が5つしかない。(二十年前を考慮すると該当は3つ)
1890年 9月16日(火曜)   
1900年 10月16日(火曜)
1902年 9月16日(火曜)  
1906年 10月16日(火曜)
1913年 9月16日(火曜)  
以下のトリビアのうちp157(及びp117)が決定的で、1906年10月16日火曜日が冒頭のシーンだろう。
p9 ハイゲイトのウッド・レーン… “墓底の森“の入口で、当時は… 障害物はなく、誰でもはいることができた(垣で囲いこまれてからは”女王の森”という新しい名がつけられた)(the entrance to Churchyard Bottom Wood, then open …. (it has since been enclosed and renamed 'Queen's Wood') ◆調べるとクイーンズ・ウッドと名付けられて整備されたのはヴィクトリア女王のダイアモンド・ジュビリーがきっかけで1897年のこと。ここは年代的に前後しているが記録者の記憶違いで片付けて良いだろう。
p22 電車の二階席(I sat on the top of the tram)◆電車のtramwayは1903年以降なので、ここは馬引きの可能性もあり。線路の上をモーターや馬引きで走る方式。馬引きでも二階席がある写真があった。
p27 ピープス氏のお手本に従おう… “ティという中国の飲み物“(Let us follow the example of the eminent Mr. Pepys… the 'China drinke called Tee')◆Pepys日記1660-9-25からAnd afterwards I did send for a cup of tee (a China drink) of which I never had drank before, and went away.
p28 当時のインクエストの情景がコンパクトに語られる。ここでは開催は死体の発見の翌々日で、検屍官と陪審員は隣の部屋に安置された死体を実見(view the body)している。「いかにして、いかなる手段によって、故人がその死に遭遇したか(how and by what means the deceased met his death)」について評決するのが目的である、と検屍官が陪審員に助言し、陪審員たちは別室ではなくその場で打ち合わせて評決を出している。
p41 乗合バスの二階から(from the top of an omnibus)◆ 自動車への移行は1902年以降。時代的には馬車の可能性もあり。
p85 検屍解剖(post-mortem)◆私は『ものいわぬ証人』のトリビアで、解剖までは不要じゃないの?と書いたが、ここでは「火葬の場合、ちゃんと解剖しなくちゃ」と医者が言って、二人の医師が証明している。これが正式の手順だったのだろう。なお『ものいわぬ証人』の時は火葬法令1902の制定前だったので規制が緩めだったのかも。
p87 死亡証明書… 書式A,B,C
p92 六ペンスでも◆例え話。現代日本円なら「10円でも」みたいな感じ。
p92 マーケット・ストリートの屋台店… ショアディッチ・ハイ・ストリート(訳注 ロンドンの労働者街)のがらくた(the stalls in Market Street, with those of Shoreditch High Street)
p94 沢山の小学生を狩り集めて墓のまわりに立たせ、途方もない聖歌をうたわせる、河の傍に集まって何とかというようなやつ(ran the show actually got a lot of school-children to stand round the grave and sing a blooming hymn: something about gathering at the river)◆歌はShall We Gather at the River?(1864)で英Wikiに項目あり。墓に棺を降ろすとき小学生が歌ってるシーンが犯罪実話Death on the Victorian Beat: The Shocking Story of Police Deaths(2018)にありました。
p99 他人には(to a stranger)
p113 ”きざはしを上り、歩み来る足音の、いかに美しか“(how beautiful upon the staircase are the feet of him that bringeth)◆調べたら聖書に由来。多分中桐先生は調べがつかなかったのでは?(文語訳っぽく訳すなら「つたへる足はきざはしにありていかに美しきかな」)
Isaiah 52:7(KJV) How beautiful upon the mountains are the feet of him that bringeth good tidings, that publisheth peace; that bringeth good tidings of good, that publisheth salvation; that saith unto Zion, Thy God reigneth!
イザヤ書(文語訳) よろこびの音信をつたへ平和をつげ 善おとづれをつたへ救をつげ シオンに向ひてなんぢの神はすべ治めたまふといふものの足は山上にありていかに美しきかな
p114 外国人に対する酷い偏見だが当時の英国人の共通意識なのだろう
p116 単式拳銃や、連発ピストルや、自動拳銃など(single pistols, revolvers and automatics)◆single pistolは単発式の小型ピストルか(Colt Derringer No. 3, 1871とかRemington Double Derringer 1866とか。いずれも.41口径)、revolverは回転式拳銃と訳して欲しいなあ。
p116 ピストルは嫌いだよ!… 卑劣な武器だ。どんな臆病者でも、引き金を引ける("I hate fire-arms!" … “Any poltroon can pull a trigger”)◆ソーンダイクのセリフ。ここはピストルだけでなく、ライフルなども含むFire-arm一般について言っていると思う。「銃」が適訳。
p117 持ち運びに便利だから、このベビイ・ブラウニングをすすめる(I recommend this Baby Browning for portability)◆ FN Baby Browningという公式名称を持つピストルは1931年からの流通。なので、ここはほぼ同様のデザインのFN Model 1905(別名FN Model 1906, Vest Pocket; .25口径、全長114mm、流通1906以降)のことだろう。
p123 ユダヤ人型… ローマ人型…ウェリントン型(the Jewish type, or a Roman nose… a Wellington nose)◆鼻の形の例。
p131 オランダ・ジン(Hollands)
p133 昔のカスケット銃の弾丸(like an old-fashioned musket-ball)◆マスケットの誤植。
p133 安全弁(safety-catch)◆今なら拳銃の「安全装置」というのが定訳だろう。
p135 この重さの弾丸を発射するような空気銃は、大きな音を立てる(An air-gun that would discharge a ball of that weight would make quite a loud report)◆フリーマンが昔発表した短篇のトリックを否定している。空気銃の弾はごく軽い。アレを空気で飛ばすのは、多分絶対無理。かなりの高密度な圧縮空気が必要だが、それでは銃が持たないだろう。火薬で発射したら大きな音が出てしまう。あの作品の出版後、きっと読者からの指摘があって、こういうことを書いているのではないか。
p157 イルクォード火葬場(Ilford Crematorium)◆イルフォードの誤植。City of London Cemetery and Crematoriumのことだろう。火葬場は1904年に開場(英Wiki)
p160 郵便局用の町名番地簿(Post Office Directory)◆郵便局とあるが、実際は民間編集。1836年の元郵便局長が世襲で発行していたKelly's Directoryのこと。
p164 ルイス・キャロルなら、逆埋葬と言ったかも(it is what Lewis Carroll would have called an unfuneral)
p165 棺桶の掘り返しの監督官が描かれている。なかなか興味深い。
p180 一石二鳥だね、と洒落を(killed two early birds with one stone)
p192 黄バス(a yellow bus)◆1908年以降、ロンドン・バスは赤色が主流となったが、それ以前は路線によって色を変えていたようだ。
p207 蝋細工は、大体がフランスの芸術… マダム・タッソーズ◆ここに書かれているMadame TussaudのBaker Street展示の話は実話っぽい。英国初展示は1802年で、ベイカー街での年中展示は1835年からのようだ。


No.361 6点 マーチン・ヒューイット【完全版】
アーサー・モリスン
(2021/12/14 00:56登録)
平山先生の労作。シリーズ全25作品を収録。初出誌の挿絵が全165点!実に素晴らしい。単行本と初出誌の細かい異同も記されています。
短篇集4冊分を英国初版により翻訳。原文は全てGutenbergで確認出来ます。
① Martin Hewitt, Investigator (1894) 7作収録
② The Chronicles of Martin Hewitt (1895) 6作収録
③ The Adventures of Martin Hewitt (1896) 6作収録
④ The Red Triangle (1903) 6作収録
オマケとしてモリスン作「マーチン・ヒューイットの略歴」(Sleuths: Twenty-Three Great Detectives, ed. by Kenneth Macgowan, 1931から)。ごく短いものだがヒューイットの詳しい住所って作中に出ていたっけ?
さて、作品内容はさておいて、マーチン・ヒューイットで私が一番気になってるのがSammy Crockett問題。
平山先生ももちろん記してるのだが、ストランド誌初出時にはThe Loss of Sammy Crockett(1894年4月号)というタイトルだったのが、短篇集①英国版ではThrockettに変わっていて、米国版ではCrockettのまま、という、どーでも良いような謎(以前私は単行本では英米ともCrockettとしていた)。平山先生は「関係者に同じ名前の人物がいるなどの理由で、忖度したのか… (その割に米国版では変えてないけど)」と疑問を呈しておられる。
いろいろ調べて、これSamuel Rutherford Crockett (24 September 1859 – 16 April 1914, スコットランドの作家。S. R. Crockettの名で活躍)に配慮したのではないか、という説を思いつきました。この作家、1894年ごろから活躍しはじめていて、モリスン同様、超有名文藝代理人A. P. Watt(コナン・ドイルの代理人として有名ですよね)と契約している。本人だか代理人だかが気にして、Lossなんて気ィ悪いから名前変えてェな、せめて英国版は… みたいな感じではないか? 英Wikiの“S. R. Crockett”の項に代理人Wattの名前が特筆されていて、もしかしてモリスンのエージェントもWattか、と調べたらそうだった。ほかの根拠は全くないのですが…
(2021-12-15記載)
**********
(以下、2021-12-20追記)
だんだん読んでいくと、モリスンの確かな知識と細やかな表現に感心することが多く、どんどんヒューイットものの魅力に惹かれています。シャーロックの紛い物かと思ってたら、ライヘンバッハ以降のホームズを先取りしているような作品もありました。
モリスンは「金のため」と割り切って作品を書いたらしい、とDover社のベストものの序文に書いてあったのを読んで、じゃあストランド誌の連載の最初の二回分(レイトン農園とサミー・クロケット)に作者名を載せてなかったのは、不本意な作品群だったから、という理由なのかも、とも思いました。
作者自身にとって不本意な作品でも、ヒューイットものには、なんかほっこりするユーモア感が底流にあるような気がします。低めの評価点をちょっと上げることにしました。
(以下2021-12-21追記)
下でいろいろ翻訳についてイチャモンをつけていますが、平山先生の翻訳は九割は問題なしだと思います。強いて言えば、ちょっと荒っぽいところがあるかなあ。私は誤訳って1ページに一つ程度あっても普通だと思ってるけど、世間ではパーフェクトを求めてるみたいで、鬼の首を取ったような誤訳の取り上げ方には大反対です… 平山先生は、珍しい作品を取り上げていらっしゃっており、こういう翻訳は労多くして益少ないのの最たるものなので、今後も応援させていただきます。欲を言えば部数の限られた同人誌で出していただくより、kindleなら助かるのですが… (特に最近の『ベデカー・ロンドン案内1905年度版 : イントロダクション』は、ヴィクトリア朝の小説読者には必須のもの!(私は何とか手に入れられました。後日、このサイトに書評をあげる予定です)
*******************
(1) The Lenton Croft Robberies (初出The Strand Magazine 1894-3 挿絵Sidney Paget, as “Martin Hewitt, Investigator. The Lenton Croft Robberies”) 短篇集①「レントン農園盗難事件」評価6点
雑誌に作者名は記されていない。同じ号にアーサー・モリスン名義(イラストJ. A. Shepherd)でユーモラスな動物スケッチを連載中(94年3月号はZig-Zags at the Zoo, XXI. Zig-Zag Scansorialが掲載されている)。ここら辺のThe Strand誌は合冊版が無料公開されている。
証拠品からの推理の閃きが素晴らしい作品。ヒューイットをコイツ大丈夫か?と密かに思い始めたらしい依頼人の冷たい態度が可笑しい。
p8 十五年から二十年前♠️ヒューイットが独立した時期。
p8 私立探偵業(the private detective business)
p10 少年(lad)♠️流石に受付係は「青年」「若者」だろう。
p17 二百ギニー♠️追加の褒賞金。英国消費者物価指数基準1894/2021(136.51倍)で£1=21300円。200ギニー(=£210)は447万円。
p18 マッチを擦る音が聞こえたら(if you hear matches struck)
p20 誰も同時に二つの場所に存在することはできません。そういうのをアリバイと言うのではありませんか?(nobody can be in two places at once, else what would become of the alibi as an institution?)♠️「そうでなかったらアリバイなんて無意味ですよね?」同じ意味だが私は当時アリバイという言葉はまだあまり知られていなかったのかも?と誤解した。
p24 晩餐には7時まで待つ(There's no dinner till seven)
p25 ポリー(Polly)♠️辞書にも載ってるよ!
(2021-12-21記載)
*********
(2) The Loss of Sammy Throckett (初出The Strand Magazine 1894-4 挿絵Sidney Paget, as “Martin Hewitt, Investigator II. The Loss of Sammy Crockett”) 短篇集①「サミー・スロケットの失踪」評価6点
シャーロック聖典の運動選手失踪事件は1904年発表。こっちの話の方が奥行きのある筋立て、大事件に付随した事件を語る、という設定が良い。登場人物も全員リアルっぽい感じ。最後のパラグラフに記された距離数にも意味がありそう。(さんざんフカしてたのに結局そんだけか〜い… という受け止めで良い?)
p30「監督」(“gaffer”)◆もっとくだけた感じだと思う。「親方」くらいか。
p30 あいつは21ヤードも先行して(he's got twenty-one yards)◆創元「あいつは21ヤードのハンデがついているが」この競技(135ヤード・ハンディキャップ・レース)の仕組みと用語がよくわからないので、正しい解釈は不明。
p30 あいつだったら遠回りをさせたって勝てる(he could win runnin' back'ards)◆創元「あいつは予選の競走でだって勝てたんだ」親方の大袈裟なセリフ。いずれの訳者さんもbackyardsと思った?ここはbackwards(後ろ向きに)でしょうね。
p31 三ヤード離される(taking three)◆「18ヤードの(at 18 yards)」有望選手との差。もしかして、賭け率の計算根拠がyardで示されるのか?だから21-18で3ヤード差なんだろうか?とすると、このヤード数はやっぱり賭け率のハンデで、A選手(21yards)がB選手(18yards)に3yard差で負ければ1:1の賭け率で、逆に10yards差をつけて勝ったら倍率アップで大儲け、という仕組みなのかも。(あんま根拠なし。結局、英国Bookmakerの仕組みを良く調べないと理解できないネタだと思う…) (追記2021-12-23: いろいろ探してたらThe Guardian2011-12-22付記事 Harry Pearson “Days of bookies, fast bucks and foot soldiers at the Powderhall Sprint”にこんな一節を見つけた。In professional sprint racing the handicap is measured in distance rather than in weight or shots. For example, the fastest runners will start a 120-yard sprint at the 120‑yard line, slower runners at 110 yards, 100 yards and so on. As in horse racing the handicap is based on previous races and times. (エジンバラ1949年の話) やっぱりyardsは創元訳のとおりハンデのようだ。ここら辺のヤード絡みの話は、だいたい以下の感じか。スロケットは21ヤードのハンデが付いてるが、もっと早いんだ。月曜日の予選で楽に勝っちゃって2ヤード減らされちまったが… 他にハンデ18ヤードのいい選手がいるが、そいつの3ヤード分遅いどころか10ヤード分早いんだぜ)
p34「わかった!約束だぞ」(Done! It's a deal)◆すぐ前でヒューイットが「やってみるけど、上手くいくかは約束(promise)出来ん」と言ってるのに、ここで「約束」という語を使っちゃ駄目じゃん。試訳:「わかった!取引成立だ」(創元「きまった!取引きに応じよう」)
p37 五十ポンド◆p17の換算で107万円。
p40 当時のビール酒場のウェイトレスのイラストあり。ああ、こんな感じか。
p40 これで行こう(Apply within)◆「詳しくは中でお尋ねください」という掲示に使われる決まり文句。(創元は訳し漏れ)
p41 冴えない郊外の新興住宅地◆ロンドンの人口は拡大していたが、こういう見込み外れの開発もたくさんあったのだろう。
p46 スリッパ(slippers)◆「室内靴」日本語のスリッパよりslipperは意味が広い。
p51 一ポンド金貨(quid)◆ここは金貨というより1ポンドの意味。
(2021-12-21記載; 追記2021-12-23, yardsについて)
*********
(3)The Case of Mr. Fogatt (初出The Strand Magazine 1894-5 挿絵Sidney Paget) 短篇集①「フォガット氏事件」評価6点
この号からアーサー・モリスン名義。Zig-Zags at the Zooは1894年8月号まで連載していたので、六か月に渡りストランド誌に同時に2シリーズを連載していたことになる。
事件の展開と結末に味がある事件。指紋(p60参照)にはちょっとビックリ。
p54 上の階に(At the top of the next flight)♣️「次の階段の一番上に」多分、上の階にいた家政婦(フォガットは最上階に住んでいる)は音にビックリして人を呼びに下に降りようとしていたのだろう。一階から三階は事務所、それより上は居住スペース、とあるので、ヒューイット事務所のすぐ上のブレットはおそらく四階に住んでいて、その踊り場から上を見上げたのだ。創元「下の階段の上に」(追記2021-12-20: 『レイトン農園』冒頭には「最初の階段を登ったところ」(拙訳)にヒューイットの事務所がある、と書かれているのでブレットは三階に住んでいるようだ)
p55 大型軍用拳銃(a large revolver, of the full-sized army pattern)♣️1887年以降の陸軍リボルバーはWebley.455口径。full-sized armyとわざわざ断っているのはWebley .450 Short Barreled Metropolitan Police Revolver(2・1/2インチバレル)が1883年から警察に採用されていたからか。陸軍用は4インチバレル。
p56 陪審員たちはXX氏は事故死したと結論づけた(The jury found that Mr. XX had died by accident)♣️インクエストではunlawfully killed(不法殺害)や自殺という評決は、十分合理的な根拠がなくては下してはならない、と言う暗黙の了解があるようだ。なので、ここは「偶発的な死(died by accident)」という評決が妥当。「事故死」と訳すと日本語の意味とズレが生じる気がする(創元でも「事故死」)。accidentは人間のコントロールを超える原因で、misadventureは合法な行為だったが死に至ってしまったもの(外科手術など)というニュアンス。インクエストで殺人と認定されようがされまいが、警察は独自に捜査するので、完全公開されるインクエストでは捜査の都合上「手の内を明かさない」こともある、とヒューイットも言っている。なお自殺とされてしまうと、教会墓地に埋葬されない、などの不都合が生じる。
p59 色黒でしなやかそうな、(みたところ)背が高い青年(a dark, lithe, and (as well as could be seen) tall young man)♣️浅黒警察の出番ですよ!ここは「黒髪の」だが、すぐ後で“with a dark, though very clear skin”とあるので「色黒」と訳したのか。私は最初のdarkは髪の色、次のdarkは肌の色だと思う。なお「みたところ」と訳している部分は、目に見える範囲では背が高そう(座高が高いだけかもしれないが)、という細やかな観察からか。
p60 ここら辺の人名はどうやら実在らしい。調べるのが面倒なので原綴だけ記しておく。Osmond, Furnivall, Cortis, Charley Liles (Mile championship, 1880), Hillier, Synyer, Noel Whiting, Taylerson, Appleyard
p60 1880年の1マイル選手権… コーティスはほかの三人は破ったんですが(Mile championship, 1880; Cortis won the other three)♣️「他の三つのレースは勝った」だろう。Webを調べるとN.C.U. 25 Championship 1880-7-1、N.C.U. 50 Championship 1880-7-8、Surrey Spring Meeting 10 1880-4-24、Surrey Autumn Meeting 10 1880-9-18などの勝者としてHerbert Liddell CORTISの名前があった。もしくは「他の年に3回勝っています」の意味か。よく調べていません… (創元訳も「ほかの三人」)
p60 [皮を剥かず]リンゴにそのままかぶりついた♣️少年や健康な運動選手の特権、と書いてある。当時も歯槽膿漏は多かったのだろう。こんな若者でも「皮が分厚い外国産は例外(except with thick-skinned foreign ones)」と言っている。
p64 サインや指紋のように明らかだ(as plain as his signature or his thumb impression)♣️指紋を捜査に使うため英国警察が収集を始めたのは1900年からだが、アルゼンチン、ブエノスアイレスで指紋で犯人が判明した世界初の出来事(1892 Francisca Rojas事件 血まみれのthumbprintだったという)に刺激され、英国ではCharles Edward Troup(1857-1941)の委員会が1893年から犯罪捜査で指紋を活用する計画を検討し始めた。そういう知識がモリスンにはあったのだろう。初読時にはスルーしていたが、ミステリ界で指紋に言及している非常に早い例だと思う。(創元「署名あるいは拇印のようにはっきりしたもの」) ところでふと思ったのだが、日本の血判状って誓約の他にアイデンティティの表明は意図していなかったのか?(他ならぬ私が押したのです!)
p68 五百ポンド◆p17の換算で1065万円。
p71 最終パラグラフは本書の翻訳と比べると創元が格段にわかりやすい。
(2021-12-19記載)
**********
(4)The Case of the Dixon Torpedo (初出: The Strand Magazine 1894-6 挿絵Sidney Paget) 短篇集①「ディクソン魚雷事件」評価6点
初読時には気づかなかったが、話のマクラが非常に良い。警察から作者が実際に仕入れたネタかも。どう考えても犯人は二人に絞られるのだが、被害者がつゆほどにも疑っていない、と言明するところに人情を感じる。話の意外な展開と愉快な結末が良い。
魚雷は当時英国の独壇場だった。英Wiki “Whitehead torpedo”参照。シャーロック聖典のほうは潜水艦(1908)、こちらは魚雷がなければ只のおもちゃだ。
p72 ルーブル紙幣偽造犯(ruble note-forger)♠️関係トリビアは『シャーロック・ホームズのライヴァルたち①』参照。
p78 色黒で、髭だらけの男(dark, bushy-bearded man) ♠️「黒髪で」平山先生は浅黒派のようだ。なおp83に原文で同じ表現があるが、翻訳は「顎髭がもじゃもじゃ」になっている。挿絵では口髭も頬髭も顎髭もあって「髭もじゃ」という感じ。創元「もじゃもじゃの頰ひげ」bearded manはWebで画像を見ると口髭も頬髭も顎髭もそろって生えてる男のイメージのようだ。
p83 オルガンのストップレバーのよう(like organ-stops)♠️アパートの表玄関に各戸の呼び出しベルが並んでる様子。この表現、どこか別のところで出てきたと思って探すとフリーマン「モアブ語の暗号」(1908)だった。なお当時のオルガン・ストップはノブを引っ張る形なので「レバー」は誤解を招きやすいかも。音楽知識があれば「ストップ」で十分普通に伝わるが、Webで探すとヤマハでも「ストップレバー」を使っていた。
p88 取っ手に彼のイニシャルが(with his initial on the handle)♠️ああ、アレはアレの変わりになるから同時には使わん、という理屈なのね。
p90 でまかせの自白(a lying confession)♠️創元「嘘の自白」文章の流れからニュアンスとしては「取り繕った自白」のような感じか。
p91 この最終パラグラフは平山先生の翻訳が、創元文庫のより圧倒的にわかりやすい。
(2021-12-25記載)
*********
(5)The Quinnton Jewel Affair (初出: The Strand Magazine 1894-7 挿絵Sidney Paget) 短篇集①「クイントン宝石事件」評価5点
アイルランド訛りと隠語が活躍する話。こう言うのの翻訳は難しい。創元文庫ではインチキ訛りを作ってるが成功してるとは言いがたい。話としては割と単純。
p92 二万ポンド◆英国消費者物価指数基準1894/2021(138.49倍)で£1=21192円。
p93 僕の方から進んで事件を調べる(I may take the case up as a speculation)◆創元「投機のつもりでこの事件に手を出す」
p94 ここら辺、原文はずっとアイルランド訛り。
p96 一等車◆勝手に乗って怒られているが、そのあと車掌が切符を確認に来ている。
p97 馬車代に半クラウン(half-a-crown for the cab)◆2.5シリング=2649円。
p98 五ポンド(five quid)◆afinnipとも。聞いたままの綴りで書いているのだろう。フィニップ(a finnip)が正しい。
p99 パイプの火をこっちに回してくれ(Can ye rache me a poipe-loight?)◆普通の英語でCan you reach me a pipe-light?か。挿絵を見ると部屋のガス灯に手を伸ばしてる。ガス灯で自分のタバコに火をつけてから相手に火を移すのか。
p102 もう推理にかまけている場合ではない(It is no longer a speculation)◆p93に対応してる。創元「もういちかばちかの投機なんてものじゃない」
p104 面(マグ)◆ここら辺の隠語の処理は、初出誌でも初版でも、原文では欄外注として処理されている。
p105 ソヴリン金貨◆当時のソヴリンはヴィクトリア女王の肖像(1838-1901)、純金、8g、直径22mm。
p112 報告(report)◆ここは「(当局からの)公表」がふさわしい。創元「届け」
p113 締めの文は創元文庫の方がマシだが、「すっかり慣れて、もううさん臭い話にはのらない」という感じだろう。
(2021-12-28記載)
*********
(6)The Stanway Cameo Mystery (初出: The Strand Magazine 1894-8 挿絵Sidney Paget) 短篇集①「スタンウェイ・カメオの謎」評価6点
これ、相手が納得したのかなあ。そこが一番難しいところだと思うが、軽い記述で終わっている。警察の能力もちょっと低い感じ(ヒューイットも警部が理解してないのは体調が悪いのだろう、と言っているくらいだ)。コレクター心理は作者も日本美術の熱狂的蒐集家だっただけにリアリティがある。
p114 ゴンザロ・カメオ(Gonzaga Cameo)♣️「ゴンザーガ・カメオ」実在の見事な美術品。画像や詳細は英Wikiで。
p114 アセニオン(Athenion)♣️Gem-engraver who probably worked at the court of Eumenes II. (197-159)との記述をWebで見つけた。出典は“Biographical dictionary of medallists” compiled by L. Forrer (London 1904)らしい。となると紀元前2世紀の人か。
p116 賞金五百ポンド
p119『老いぼれ』はがっくりしている(cut up 'crusty')♣️創元「『へそ曲がり』のばちが当たった」cut up nasty(不機嫌になる)の類語? crusyは「(年寄りが)イラついてる感じ」のようだ。
(2021-12-29記載)
*********
(7)The Affair of the Tortoise (初出: The Strand Magazine 1894-9 挿絵Sidney Paget) 短篇集①「亀の事件」評価5点
まあ現代では人種偏見で問題になりそうな作品。当時の英国なら普通の感覚だったのだろう。ミステリとしては面白い話だが…
なおgutenbergの原文は平山先生の異同の記述から判断するとどうやら雑誌版のようだ。(第二話もSammy Crockettとなっている)。米国初版本は雑誌を元に出版されたのかも。
p134 私[ブレット]が彼と知り合いになる前に起きたもので----それは1879年のこと(occurred some time before my own acquaintance with him began—in 1878)♠️1879は誤植だろう。
p135 肉屋の小僧(butcher-boys)♠️butcher boy victorianで当時の姿が見られる。肉は重いし、冷蔵庫の無い時代では、その日の必要分を小僧が運搬するのが普通だったのだろうか。
p135 一シリング銀貨(a shilling)♠️当時のものはヴィクトリア女王の肖像(1838-1901)、Silver, 5.65g, 直径23mm。英国消費者物価指数基準1878/2022(126.83倍)で£1=19789円。1シリングは989円。
p135 ガジョンが出ていく(Goujon as he was going away)♠️go awayは「(遠くに)行く」というニュアンス。私は最初「(部屋から)出ていく」と読んでしまった。創元「出て行くグジョン」試訳: グジョンが出立する
p136 面倒事(トラカツシ)♠️tracasserトラカセ(フランス語)
p136 ネッティングス警部補(Inspector Nettings)♠️パジェットの挿絵では制服を着ている。
p140 エレベーター(a lift)… 石炭や重たい荷物専用(Only for coals and heavy parcels)
p141 香りつきの紫色のインク(ink… scented and violet)♠️金持ちの黒人らしい趣味、と評されている。violet-scented blue ink (for personal letters)という記述をヴィクトリア朝に関するblogで見つけた。色は青に近いのかも。
p143 サー・スペンサー・セント・ジョン(Sir Spencer St. John)♠️Sir Spenser Buckingham St. John(1825-1910) ここで言及されているのは1884年の著作だろう。
(2022-1-8記載)
****************** 
(8) The Ivy Cottage Mystery (初出: The Windsor Magazine 1895-1 挿絵David Murray Smith) 短篇集②「蔦荘の謎」評価6点
ストランド誌1894年12月からドイルが勇将ジェラールもので復活(これは単発でシリーズ連載は1895年8月号から)。それでヒューイットはお払い箱になったのだろう。ウインザー誌はこの1895年1月号が創刊号。巻頭話はGuy Boothby作のDr. Nikolaの長篇分載だが、ヒューイットものは実績ある探偵シリーズとして好意的な依頼があったのだろうと思う。
家政婦のクレイトン夫人は(3)に続いての登場。ビル全体の雑務を取り仕切ってるのかな?
話はブレット君の探偵修行の話。展開が良くてなんだか好きな話です。
p156 インクエストの様子が詳しく書かれている。
(2022-1-10記載)
*********
(9) The Nicobar Bullion Case (初出The Windsor Magazine 1895-2 挿絵David Murray Smith) 短篇集②「ニコバー号の金塊事件」評価6点
イラストが非常に良い。ヒューイットの事件への関わり方はプロっぽい。愉快な冒険が見もの。心配性の航海士が可笑しい。手がかりは後出しなので読者は推理出来ません。
p177 「裏金」(cumshaw)♠️ここは原語を生かして欲しいところ(創元「カムショー」)
p177 日本(japanese)♠️日本美術通のモリスンらしい
p179 チャブ錠(Chubb's lock)
p180 ビルマ製(Burman)♠️煙草
p188 彼(ノートン)は...♠️原文でもhe(Norton)となっていた
p191 飲み薬(lotion)♠️ここは原文を生かして欲しいところ(創元「ローション」)
p199 『しゃれた』もの('swell' ones)♠️(創元「高級船」)
p199 『田舎パン』('cottage')♠️ここは原文を生かして欲しいところ(創元「コテージ」)
p203 ペニー銅貨
(2024-1-29記載)
*********
(10)The Holford Will Case (初出The Windsor Magazine 1895-3 挿絵David Murray Smith) 短篇集②「ホルフォード遺言状事件」評価7点
再読してかなり楽しめた。話の進め方が上手で、展開の妙がある。
p206 バートレー対バートレー以外(Bartley v. Bartley and others)♣️翻訳ではなんか抜けてます… (創元「バートレー対バートレーその他一同」)
p208 晩餐に出る気力(make up my mind to go to dinner)♣️ここのdinnerはほかの家にお呼ばれする食事のことだろう。 (創元「夕食に出かけようと肚をきめる」)
p210 チャブ式の特許錠(Chubb's patent)
p219 『勝ち気』な女性(a 'strong-minded' woman)♣️齋藤英和では「男まさり」 と表現されている。(創元「いわゆる芯の強い女性」)
p223 スライド錠と… 旧式の錠と、かんぬき(bolts... old-fashioned lock, and a bar)
p225 とんがり帽子(a peaked cap)♣️メッセンジャーボーイの庇付き帽子。当時の写真で見るとちょいと傾けるのがファッションらしい。 (創元「つばのついた帽子」)
p228 痩せていて色黒の(thin, dark)♣️「黒髪の」
p230 悪戯(practical joke)♣️最後の語が決まってる。ぜひ原文(と辞書)を確かめていただきたい。
(2024-1-29記載)
*********
(11)The Case of the Missingp Hand (初出The Windsor Magazine 1895-4 挿絵David Murray Smith) 短篇集②「失われた手の事件」評価6点
これは結構意外な展開だが、いつものように推理味は薄い。翻訳はニュアンスずれなどが目につく。平山先生には時々あるんだよね… 編集者は翻訳文の意味が通りにくいところがあれば、遠慮なく指摘して欲しいなあ。
p232 スズメ撃ちの散弾を浴びせて(peppering …. with sparrow-shot)◆流石に散弾銃じゃあ相手が大変なことになっちゃう。用例は見当たらなかったので直感だが、sparrow-shotは多分sling shot(パチンコ)の意味じゃないかなあ。
p234 屋敷の外にはほとんど情報は漏れなかったが(Little was allowed to be known outside the house)◆すぐ後で「広く噂されていた」とあり、翻訳文が矛盾している。試訳: 屋敷の外に知られないように努めていたのだが
p235 あいつは貧乏人向けの銀行などを営んでいたが、卑劣な悪党であることは間違いない(He's certainly been an unholy scoundrel over those poor people's banks)◆[経営していた]貧しい人たちの銀行を滅茶苦茶にしたインチキ野郎だ、というような意味だろう。なけなしの庶民の貯蓄を台無しにしておいて、逮捕もされなかったのだから。 poor people’s bankは、少し前に出てくる「小規模な貯蓄銀行(penny banks)」のこと。
p236 大佐はヒューイットの方を向いた。「ハードウィックさん、ご紹介しよう… こちらは君の専門分野の仕事を、民間人の立場で行なっている…」(The Colonel turned to Martin Hewitt. "Mr. Hardwick, you must know," he said, "is by way of being an amateur in your particular line)◆これは訳者の勘違い。ヒューイットに向かって「ハードウィック氏は、アマチュアながらも、こんな風にあんたの専門仕事をやってのけるんだ…」という場面。ハードウィック氏(大佐の同僚)は治安判事なのだが、探偵っぽい推理も見事にやっちゃうんだよ、と大佐がちょっと自慢げにその道のプロであるヒューイットに伝えている。
p240 完璧でご立派な推理は横におくとして(And even putting aside all these considerations, each a complete case in itself)◆ ここは相手に皮肉を言っているのではない。「これまで自分で説明してきた仮説を全部無しにしても」という感じ。試訳: これらの説明--どれも事実に合致していると思いますが--を全て脇に置いたとしても
p242 さあ、ブレット君、徒歩での冒険だぞ(Come, Brett, we've an adventure on foot)◆on foot=afoot。シャーロック“Come, Watson, come! The game is afoot”(アベ農園1904)より発表は前だが、精神は同じ。
p250 『インゴルズビーの伝説』(Ingoldsby Legends)◆Richard Harris Barham(1788-1845)作, 1837年出版。セイヤーズやJDCも大好きな伝説集(創作も含む)。もしかして『死者のノック』(dead man's knock)もこれ由来?なお、本作でフィーチャーされてる伝説はヨーロッパで古い歴史があるようだ。the dried and pickled …. of a hanged man, often specified as being the left(ネタバレ防止のため一部省略)で英Wikiを検索すると出てくると思う。
(2021-12-15記載; 追記2021-12-16)
**********
(13)The Case of the Lost Foreigner (初出The Windsor Magazine 1895-6 挿絵David Murray Smith) 短篇集②「記憶喪失の外国人事件」評価4点
かなり強引なヒューイットの推理。ポオ「モルグ街」の連想ゲームが元ネタ(作品中で明言している)。
p291 反転式(reversible)♠️少し後にも出てくるがそこの原語は”reversing”。調べつかず。
p298 等身大のスコットランド高地人の木像♠️画像を探すとそれっぽいのが見つかる。タバコ屋の看板としてハイランダーが定番として使われたのは1845年ごろからだという。作品当時はもう珍しくなっていたのか。
(2021-12-14記載)
**********
(14)The Case of Mr. Gerdard’s Elopement (初出The Windsor Magazine 1896-1 挿絵T. S. C. Crowther) 短篇集③「ゲルダード氏の駆け落ち事件」評価5点
愉快な依頼人と意外な結末。だがヒントが少ないので一般読者に推理は出来ないだろう。実際、こんなような事件が当時あったのかも。ならば時事ネタで読者にもピンときやすいか。
物語の冒頭でヒューイットがブレまくっているように受け取れるが、ここは訳者が勘違いしているだけ。読めば変だとわかりますよね、編集者さん… (以下p306-307で、しつこく言及しました)
p306 離婚だと脅しを(threatened divorce)◆当時、英国での離婚は非常に難しかったが、まあお金持ちらしいからねえ。口喧嘩だから真面目に取る必要はないか。なお1896年の英国離婚件数459件/結婚件数242,764件で離婚率0.19%(1930年には離婚3,563件/結婚315,109件で離婚率1.13%、1945年には離婚15,634件/結婚397,626件で離婚率3.93%となっている)
p306 結局、僕は約束をしたよ---彼女を追い返すために、ほかに方法がなかったんだ---本当に解決すべき謎があるというならという条件付きで、この案件を引き受けることになった(In the end I promised—more to get rid of her than anything else—to take the case in hand if ever there were anything really tangible)◆いやいや、そうではなくて「もし実際に根拠があるなら、この案件をすぐに引き受けますよ、と約束した」だけで、結局、女を追い返している。
p307 それが浮気の決定的な裏付けと見なした----僕もその場で、依頼を引き受けると言わざるを得なくなってしまった(which she seemed to regard as final and conclusive confirmation of all her jealousies—I should take the case in hand at once)◆いやいや、そうではなくて、何か根拠がある事件じゃないと依頼を受けません、と前日ヒューイットが言ったから、女が「今日は確実な証拠を捉えました、さあ引き受けてくださいな」と言いつのっているだけ。ヒューイットはまだ依頼を受けてはいない。試訳: それが焼き餅に関しての最終的かつ決定的な裏付けだと彼女は見た----だから僕にすぐ依頼を受けるべきだ、と言うのだ。
p307 相談料についてはどちらからも一言も言及されなかった(without the least reference to a consultation fee one way or another)◆「いずれにせよ」とか「結局」とか言うニュアンスで「どちらからも」では無い。ここは「結局のところ、依頼は引き受けなかった」と言う趣旨。
p309 ロンドン・アマルガメイテッド(London Amalgamated)◆いろいろ合併して1891年に成立したLondon City and Midland Bankのことか。
p310 ソヴリン金貨入れ(A sovereign purse)◆ちょうど貨幣がピッタリ嵌るような仕組みのやつがあるんですね… 複数サイズ対応のもある。画像はsovereign purse victorianで検索。
p310 ポケットナイフ… 五ポンド出しても作れない◆ 十徳ナイフ、スイス・アーミー・ナイフのたぐい。ヒューイットも持っている。Victorinoxのマルチツールの特許は1897年だから、こう言うのの流行り始めだったのだろう。英国物価指数基準1896/2021(139.72倍)で£1=21800円。
p312 ここの事務所のもので… ほとんど目につかない場所にしまい込まれていた(Those for the office, … were put back in their place with scarcely a glance)◆文章が変だな、と思ったら「(どうでも良い内容だったので)チラリと見ただけですぐに戻した」という事。全部取り上げていたらキリがないのでそろそろ止めておきます。平山先生は正直で変なところは変なまま残してくれるから、わかりやすいと言えるでしょう(タチが悪い人は無理やり通じる日本語にしちゃうからね)。
p312 十五シリング… 馬小屋の一か月の賃料(15s., one month’s rent of stable)◆16350円。
p312 馬小屋での馬の貸代、餌、世話の料金… 2ポンド(Also rent, feed and care of horse in own stable as agreed, £2)
p316 ロンドンの路上で(in London streets)◆シャーロックの有名ネタ(1891)と、サッカレーのネタ(1838 英Wiki“Crossing sweeper”参照。なおサッカレーの念頭にあったのはCharles McGhee(1744ジャマイカ生まれ)だろうか。1824年ごろの肖像画あり。死んだ時に800ポンドを貯め込んでいたという)
p316 「記憶喪失の外国人事件」への言及あり。
p316 バンクで乗り合い馬車… 屋根の上に席を占めた(an omnibus at the Bank… on the roof of which I myself secured a seat)◆このthe Bankはイングランド銀行のこと。英国最初の乗合馬車は1829年George Shillibeer(1797-1866)がロンドンのPaddington〜Bank間に導入、当初1シリング、定員22名、イラストを見ると馬三頭引き(世界初のパリ1828、Stanislas Baudry(1777-1830)を参考にしたようだ)。最初から屋根席があったのかどうかは不明(英Wikiには定員16-18 “all inside“という記述があった)。
(2021-12-16記載)
**********
(15)The Case of the Late Mr. Rewse (初出The Windsor Magazine 1896-2 挿絵T. S. C. Crowther) 短篇集③「故リューズ氏事件」評価6点
なかなか鮮やかで良い話になっている。肝心なところ(p342)で翻訳の誤りあり。何度も言うが読めばすぐ変だと分かるのだから編集者の責任だろう。
p330 それはわからない… おそらく謎が解けない主たる理由は、殺人犯が慌てて姿を消したからだろう(That I cannot say… chiefly, perhaps, the murderer himself, who has made off)♣️ヒューイット「どうして殺人だと思うのです?」に対する依頼人の答え。試訳: 断言は出来ないのだが… 殺人犯自身が慌てて姿をくらました、ということが大きいだろう
p337 大型のリボルヴァーだと思います。おそらく、軍用の大きさではないでしょうか。このサイズの円錐形銃弾は、そうした銃に合うのです---ライフルより小さいですから(A large revolver, I should think; perhaps of the regulation size; that is, I should judge the bullet to have been a conical one of about the size fitted to such a weapon—smaller than that from a rifle)♣️銃のネタが出て来ると嬉しいですね。場面は死体を鑑定した医師のセリフ。この医師は戦争で銃槍を沢山見てきた経験あり。“of the regulation size”は流れから考えて銃の口径のこと。翻訳の通り「軍の規定の」という意味だろう。ここでは弾丸(bullet)は死体から抜けているので医師は傷しか見ていない。なので後段は「ライフルなら(エネルギーが大きいので)もっと大きな傷になるが、(弾丸が綺麗に抜けてるのを考えると)円錐形(フルメタルジャケット=軍用)の軍用拳銃のタマとすると(傷の感じの)大きさとピッタリあう」という趣旨。なお当時の英国軍用大型拳銃はWebley.455口径一択。民間用なら米国製拳銃(コルトやS&W)の.45口径及び.44口径、中型サイズなら.38口径、小型は.32口径があり、まだ自動拳銃は登場していない時代。当時の英国軍用ライフルの銃弾の主流は.577/450Martini-Henry弾(1871以降)で弾頭の口径(.450)は拳銃用より若干小さい(.577はカートリッジの最大径)。新式のリー・メトフォード・ライフル(1888以降)なら.303British弾なので、さらに口径は小さい。(2021-12-18追記: 医者が口径をregulation sizeと表現したのは、つい最近まで英国陸軍制式拳銃の口径がいろいろ変わったからだろうか。Beaumont-Adams(1865以降)は.442口径、Enfield Mk I(1880以降)は.422口径、Enfield Mk II(1882以降)は.476口径、Webley(1889以降)は.455口径という具合だったので、正確な口径なんて覚えてないよ!ということか。本作に登場するのは以上に記したどのタイプであっても不思議は無い。まあ若者なので最新式のWebleyだろうと思うが…)
p338 ここはロンドン時間よりも30分以上早い(This is more than half an hour before London time)♣️アイルランドの西端(Mayo)なので当時は時差があった? 今はグリニッジ標準時を採用しているようなのだが… なお現場近くのCullaninという町は架空地名のようだ。
p338 全員に半ソブリンの礼金(half a sovereign apiece)♣️証言に対する謝礼。p310の換算で10900円。
p342 差し込み錠はきかなかった(the catch was not fastened)♣️ 意味が取りにくい翻訳文になっている。ここは素直に「catchは閉まっていなかった」ということ。すぐ後ろは「catchをナイフで無理に開けた(forcing the catch with a knife)」が正解だろう。このcatchは窓の「留め金」が相応しいかな? 画像は“victorian sash window catch”でどうぞ。(多分、平山先生は、ナイフでこじ開けたので錠が壊れた、と想定したのだろう。catchのような構造ならナイフをスライドさせれば破壊せずに開けられると思う。ボルト系の錠なら破壊が必要かも)
p343 バリシールの祭り(Ballyshiel fair)♣️架空地名のようだ。
p345 それぞれ10シリング(it’s ten shillings each)♣️p310と同様。多分、半ソブリン金貨を渡している。当時のHalf-Sovereign金貨はヴィクトリア女王の肖像(1838-1901)、純金、4g、直径19mm。
p349 XX氏にはひどいことをしてしまい、申し訳ないです(we have done Mr. XX a sad injustice)
(2021-12-17記載; 一部追記2021-12-18)
**********
(16)The Affair of Mrs. Seton’s Child (初出The Windsor Magazine 1896-3 挿絵T. S. C. Crowther) 短篇集③「セットン夫人の子どもの事件」評価6点
Setonはシートンが普通じゃないかな。動物記の人もSetonだ。冒頭がシャーロック『黄色い顔』(1893)を思わせる。事件(case)より軽めなのがaffairのニュアンスなのか(「一件」と訳したい)。事件本篇はちょっと変調子があり楽しめたが、それよりもブッチャー夫人の件(p367)が気になるなあ。
p353 せっかくヒューイットの仕事ぶりについて読んでもらっても、楽しんでいただけるとは限らないのだ。不可能なものは不可能なのだ(That such results attended Hewitt’s efforts in an extraordinary degree those who have followed my narratives so far will need no assurance; but withal impossibilities still remain impossibilities, for Hewitt as for the dullest creature alive)♠️冒頭から何か変テコ。試訳: そのような結果が、ヒューイットの尋常ならざる努力を尽くしたうえでのものであることは、これまで私の話を読んでいる皆さまには言わずもがなだろう。しかしそれでも、不可解事件が不可解事件のまま終われば、ヒューイットが間抜け極まりない奴に見えてしまう。
p353 古めかしい家族経営の弁護士事務所(an old-fashioned firm of family solicitors)♠️昔ながらの家事事件専門の事務弁護士。
p354 気つけ塩の瓶(a bottle of salts)♠️これはさりげない平山先生のアシスト。Smelling Saltsのことでしょうね。
p355 ちいさな朝の間(the small morning-room)♠️「午前中に日当たりの良い部屋」のこと。この屋敷にはthe large morning-roomもある。部屋が豊富な資産家の家なんだね。
p355 内側からスライド錠がかかっていた(bolted on the inside)
p357 フランス窓は、よくあるように二つの開き窓が中央にある蝶番でつながっていて、上下にかんぬきがかかっていた(The French window was, as is usual, one of two casements joining in the centre and fastened by bolts top and bottom)♠️普通のフランス窓、とあるので中央開きでボルト式のかんぬき(p355も「かんぬき」で良いよね)が各扉の上下二か所にあるタイプ(surface boltというらしい)。後段でこのボルトの動きは上下式だと書かれている。翻訳はjointing in the centre(中央で合わさる)を誤解。
p362 誘拐(stolen)…. 100ポンドを支払う用意があるか(Are you prepared to pay me one hundred pounds)…. 賞金20ポンド(reward, £20)♠️史上初の有名な身代金目当ての誘拐事件は1874-7-1発生のCharley Ross(当時4歳)事件、身代金2万ドル(=6336万円)。100ポンドは218万円。なおkidnapやransomという語は本話では使われていない。
p364 タータ(Ta-ta)♠️「バイバイ」の幼児語。
p368 紙幣で支払った?(pay with a banknote)… いえ、硬貨で(No; in cash)♠️このころの紙幣(イングランド銀行のWhite-note、最低額面£5)なら、銀行で番号を控えて出納記録が残っているから、こう尋ねたのだろう。当時は日常生活で硬貨しか使っていない時代だから、cashといえば硬貨のことだったのだ。
(2021-12-18記載)
**********
(17)The Case of the “Flitterbat Lancers” (初出The Windsor Magazine 1896-4 挿絵T. S. C. Crowther) 短篇集③「コウモリ槍騎兵隊」事件 評価6点
愉快な事件だが(私は箒のシーンが好き)、シャーロックのアレをすぐ思い出しちゃうよねえ… と思ったらあっちは1903年!じゃあヒューイットはポオのを参考にしたのでしょう。シャーロッキアンたる平山先生にはこのことに言及して欲しかったなあ。
なお舞踊曲lancersは英Wiki “Les Lanciers”で項目あり。1860年に英国上陸して20世紀初頭には廃れたスクエアダンス、 というから、ここはこのダンス音楽のことだろう。このダンスの語の由来は槍騎兵からと思われるので「ひらひらコウモリ槍騎兵舞踏曲」事件でどう?
p378 二、三年前の夏(on a summer evening, two or three years back)◆1893年としておこう。
p378 ビルは、誰でも近づくことができた---いやむしろ、誰でも見ることができたと言うほうがいいかもしれない---裏からならば(the building … was accessible—or rather visible, for there was no entrance—from the rear)◆普通、ビルって誰でも近づけますよね… 試訳: 裏へは誰でも侵入出来る---見ることが出来ると言うほうが良いか---入る玄関は無かったので。(趣旨は、裏が閉じた中庭で外部者が入れないビルもあるが、ここは通りから入れる道があり、でも裏にはビルへの入口が無いのでaccessibleというよりvisibleか、という事)
p380 小型のアップライト・ピアノ(my little pianette)◆おお、ブレット君、趣味人だねえ。しかも楽譜も読めるんだ… 当時ものの画像を探したが見つからなかった。
p382 ソブリン金貨◆1ポンド。窓ガラス代と迷惑料として。ガラス代は、せいぜい半クラウン(=2.5s.=£1/8)のようだ。
p383 事務所はすぐ下◆ブレットの部屋のすぐ下にヒューイットの事務所がある。既出の情報かもしれないけどメモしておこう。
p386 俺の二百五十ドル(My two hundred and fifty dollars)◆米国消費者物価指数基準1893/2021(30.88倍)で$1=3521円。250ドルは88万円。
p386 五十ポンド◆ 英国物価指数基準1893/2021(134.95倍)で£1=21056円。50ポンドは105万円。金基準(1893)だと£1=$4.82、ならば£50=$241で、大体合っている。
p388 自分の愚かさ◆非常によくある話だが、当時の米国人は英国でカモにされるのが多かったのかも。
p388 ハープを演奏し(played the harp)◆これはJews-harpか? それとも小型ハープかも。米国ブルース界でハモニカをハープということがあるが、これは少なくとも1920年代のクロマチック・ハモニカの開発以降だろう。
p391 カードの「パッシング」(a trick of “passing” cards)◆マジックで現在classic passと称されてる技法だろう。私の若い頃には本の図解入り解説しか無かったが、今は動画が簡単に見られる…
p400 半クラウン金貨を(with half a crown in his hand)◆原文には「金貨」に相当する語はない。当時のHalf Crownはヴィクトリア女王の肖像(1839-1901)、純銀、14.1g、直径32mm。
(2021-12-19記載)
**********
(18)The Case of the Dead Skipper (初出The Windsor Magazine 1896-5 挿絵T. S. C. Crowther) 短篇集③「死んだ船長の事件」 評価5点
上手な工夫はあるが捜査活動がいつものように地味な作品。鍵がいろいろ出てくるので、書き分けと説明が必要かも。
p401 優に数年は経過… 探偵としては駆け出しのころ♣️ブレットと知り合う前の事件。『亀』から考えて1878年ごろか。
p401 メイド姿の娘(a girl, having the appearance of a maid-of-all-work)♣️MAID OF ALL WORKというのはA domestic servant, who undertakes the whole duties of a household without assistanceで若い娘が多かったようだ。「家事全般のメイドと思われる娘」
p404 建物の中のほかの鍵が、この錠に合うのかも… こうした建物ではよくある(Perhaps… other keys on this landing fit the lock. It’s commonly the case in this sort of house)♣️おおらかな時代。
p404 イエール錠(Yale lock)♣️当時の新式の錠前。米国の発明だが英国ではH. & T. Vaughan社が1860年代くらいから製造販売していた。
p405 あの二人は、仲がいいとは言えないでしょうね(The two did not love one another, I believe)♣️おっさん二人の人間関係を聞かれた同じ宿に住む女性(キツめの女教師)のセリフ。ここに love が使われているのでちょっとビックリ。こういうところにモリスンの繊細な表現力を感じる。英語のニュアンスはよくわからないのだが。
p406 正面ドアにはしっかりスライド錠とかんぬきがかけられて(The front door was fully bolted and barred)♣️ボルトと横木で鍵がかかっていた、という感じ?
p412 半ソブリン借りる(to borrow half a sovereign)♣️英国消費者物価指数基準1878/2021(125.01倍)で£1=19505円。半ソブリンは9752円。
p422 警察官になりたまえ(You ought to be in the force)♣️「正式に警察隊に入るべきだよ」
p422 そんな朝早くに一等車の切符は珍しい(because first-class tickets were rare at that time in the morning)♣️朝6時のこと。たしかに金持ちが乗るのは稀だろう。
(2021-12-20記載)
**********
(19)The Case of the Ward Lane Tabernacle (初出The Windsor Magazine 1896-6 挿絵T. S. C. Crowther) 短篇集③「ワード・レーンの礼拝堂事件」 評価5点
依頼人のキャラがとっても強烈で楽しい。解決はちょっと強引だが、滋味深い。宗教関係は我々にはかなり遠いネタなのでパス。調べるといろいろ興味深いのだろうけれど…
p426 まったく使いものにならなかった(quite useless)♠️ここは「すっかり身体の具合が悪くなったので(新しい家政婦に変わった)」という意味かなあ。後ろの方を読むと以前から家政婦としての役割は果たしていなかったはずだから。
p426 手ひどい攻撃(be bodily assaulted)♠️「肉体的に酷い目に」
p427 今から十年から十二年ほど前の出来事♠️とすると1884年ごろか。
p429 原文では、この手紙、簡単な綴り間違いが多い。こういうのの翻訳は始末に困る。
Thou of no faith put the bond of the woman clothed with the sun on the stoan sete in thy back garden this night or thy blood beest on your own hed. Give it back to us the five righteous only in this citty, give us that what saves the faithful when the erth is swalloed up
p429 狂信的なクエーカー教徒(certainly corresponded with mad Quakers)♠️翻訳では断言しているが、原文では「のような感じ」くらいだろうか。手紙の用語から、当時の英国人もそう受け取るのだろうか。調べてません…
p437 耳の遠い老家政婦は… 「誰もいないよりたちが悪い」とささやかれていた(the deaf old house-keeper …. being, as she said, “worse than nobody.”)♠️誰がささやくの? 娘は耳の聞こえない老女と取り残されて心細かった、ということ。試訳: 耳の悪い老家政婦はいたが…. 娘の言葉では「誰もいないより酷い状態」だったからだ。
p438 一軒のパブを見つけた。この手の店には郵便住所録がある(a public-house where a post-office directory was kept)♠️ああそういう情報はパブで仕入れられるんだ。別の事件では、ヒューイットは近所の知り合いから住所録を借りている。
p439 秋の家賃(next week’s rent)♠️私はGutenbergの原文(英国版)を参照しているが、平山先生は初出から翻訳しているのかも(異同の書き漏れ?)。ここの家賃は四半期払いではなく週払いのようだ。
p440 五ポンドあげる。事務所はストランドのポーツマス街25番地(give you five pounds … His office is 25, Portsmouth Street, Strand)♠️住所がSleuths(1931) ed. by Kenneth Macgowanのと違う。そっちは「ストランド、ビューフォート・ビルディング298」ストランドは通りの名前なので、上述の住所の言い方はちょっと変か。ストランド近くのポーツマス街、という意味なのか?確かに歩いて七分くらいの距離だが…
(2021-12-21記載)
********************
ほかの作品も徐々に追記してゆきます。


No.360 7点 ベラミ裁判
フランセス・N・ハート
(2021/12/12 16:15登録)
1927年出版。初出The Saturday Evening Post 1927-9-10〜10-28(8回連載) 挿絵Henry Raleigh。延原謙先生の翻訳は見事。訳者あとがきで「裁判制度の啓蒙普及のために」本書の翻訳を乱歩とともにGHQに直訴したとありました。ああ、そういう時代をくぐり抜けてきた方々には「通俗的な」探偵小説の翻訳にも別の感慨があったろうなあ、と思います。法律関係のアドヴァイザーとして最高検の平出さんも参加されているようです。もちろん古めかしい用語がゴロゴロ出てきますが、歴史的な翻訳としてこのまま再販して欲しいなあ。
さて、私が参照した原文はPenzler Publishers(2019)で、序文に本書とHall-Mills事件との大きな関係性が取り上げられています。当時の米国は新聞ダネになった怪事件がたくさんあって、Elwell(1920迷宮入り)、Dot King(1923迷宮入り)、Leopold & Loeb(1924有罪となったが死刑に至らず)、Hall-Mills(1922, 判決1926迷宮入り)ここら辺が皆さんお馴染みのところではないかと思います。こーゆー事件が立て続けに起こっていたので世間の苛立ち、モヤモヤ感がかなり溜まっていたのではないでしょうか? 本書で作者はHall-Mills裁判に対する不消化な感じを、何とか納得するものしたい、という意思を感じます(なので事件についてあらかじめ知識を入れておいた方がより興味深いかも)。本作は事件の改変が上手く処理されていて世情にもフィットしたので、ベストセラーになり、映画化(1929)もされたということなのでしょう。映画を是非みたいのですが、残念ながら手段はないようです。代わりにHall-Mills裁判での、もう一人の主役Pig Ladyを取り上げたサイレント映画The Goose Woman(1925)を観ました。こちらも割り切れなさを上手に合理化している作品でした…
さて、この作品についてですが、構成が巧みでぐいぐい読ませます。証言の出し方も上手。自分の分身を狂言回しに使うのも嫌味がなくて良い。ところで、この翻訳では何故か初出の人名に必ず原綴が記されています。なんの工夫だったんでしょうか?
トリビアは後で気が向いたら…
翻訳では欠けていますが、献辞があります。
TO / MY FAVORITE LAWYER / EDWARD HENRY HART
相手は1921年に結婚した夫です。
どうしても気になったのでトリビアを一点だけ
p198 ズべ公♣️原語flirt、この訳語はどうかなあ… flirtはそんなに強い語ではないと思います。Carolyn Wells “The Clue”(1909)の上品な文章にも出てきてました。
(追記: あとがきで”Hide in the Dark”(1929)がmurder gameの流行の素と書かれていて、私はダグラスグリーンのJDC伝で読んだのが初めてだったが、喜び勇んで当該書を読んでみたら違った… 出てくるのは暗闇での鬼ごっこ(米国ではHide in the Dark、英国ではSardineと呼ばれるゲーム)。この誤情報、ヘイクラフトの本に書いてあるようだ。)


No.359 6点 陸橋殺人事件
ロナルド・A・ノックス
(2021/12/09 04:53登録)
1925年出版。昔読んだ創元文庫が見当たらず、グーテンベルグ21の電子本で買いなおしちゃいました。翻訳はどちらも宇野先生で、多分中身は同じはず。いつものように立派な翻訳です。
この作品、巷ではたいそうなキャッチフレーズが付いてますけど、作者の初お気楽小説なんだから、そんなに肩肘張る必要は全くなくて、しかも1925年という黄金時代でも結構早い部類。読み終えた感想としては『木曜』(1908)、『トレント最後』(1913)、『赤い館』(1922)のライン(特に後者2作品)、いずれも作者は「真面目に」探偵小説を書く気なんて全く無い。いずれも探偵小説が大好きなのは間違いないけれど。本作は楽しいパロディですよ、というのが最初からあからさまですよね(特に第一章の探偵小説談義)。
さてノックスさんは英国カトリック転向作家の一人。こちらはノックス(1917)、チェスタトン(1922)、グレアム・グリーン(1926)、イヴリン・ウォー(1930)というライン(イヴリンさんはよく知りません、すんません)。その中でノックスさんが一番、実生活では宗教的だったのですが、小説には宗教風味を持ち込んでいないように思う。まあでも立場上なのか性格なのか探偵小説は穏当な作品ばかりだと感じています。少なくとも意地悪とかひねくれてるとかいう作風じゃない。歪んでいないバークリー、というキャッチフレーズで如何でしょうか。
本作について言えば、のちのブリードンものに比べても軽い気楽な世界を目指している。古き良きイングランドへの想いと新流行のゴルフやブリッジに興じる紳士たち(JDCがゴルフもブリッジもやんねーよ!ありがたいことに!と書いたのは1932年、それに対して流行に敏感なお嬢さまアガサさんはゴルフもブリッジも大好きだった。サーフィンを本格的にやった初期の英国人女性でもある)。本作は推理ものとしての醍醐味、奇想天外な理論も出て来るので本格ファンにも楽しい話に仕上がってると思います。結末に不満な人は多いでしょうけど。(私もやや不満派、ただしなんか匂わせてる気もするんですよ… まあでもピンと来ないからそういう意味ではないと思いますが)
以下トリビア。
作中時間は十月十六日(p33)に始まり、「十月十七日水曜日(p46)」と明示されているので
該当は1923年。「ある少年(p23、後述)」の話題が前後しちゃうのですが、まあ良いでしょう。
冒頭、ガボリオ『ルコック探偵』からの引用あり。私が参照した原文(Orion House The Murder Room 2012)には載っていませんでした。さらに初版Methuenの写真を見ると献辞もありそう(Tony Wils…さんに捧げられているようなんですが、文字が切れてて読めません)。(追記2021-12-10: 初版本の書影を色々検索したらebayで見つけました。Dedicated by command / to / Tony Wilson 「ご下命により捧ぐ トニー・ウィルスン様へ」みたいな感じ?誰だかは調べつかず)
p4/311 情報について言えば、真実らしきものを疑い、真実らしからざるものを信じてかかるのが要諦である。 ──ガボリオ『ルコック探偵』♠️未読なので、引用元は調べていません… (追記2021-12-10: In the matter of information, above all, regard with suspicion that which seems probable. Begin always by believing what seems incredible —— Gaboriau, Monsieur Lecoq) (追記2021-12-11: 引用元を調べました。“Monsieur Lecoq”(1868) Chapitre 14から。≪En matière d’information, se défier surtout de la vraisemblance. Commencer toujours par croire ce qui paraît incroyable.≫ ここではルコックが名声を成した原則として紹介されている。フランス語の感じだと「情報の取り扱いは、本当らしく思われる解釈にすぐに飛び付くなかれ。信じられないようなことでも信じることから常に始めよ」あたりか。宇野先生の翻訳だとチェスタトン流の逆説みたいだが、実際は「事実に即してまずは受け止め、安易な判断をするなよ」という当たり前のルール。なお、フィルポッツ『レドメイン』(1922)にも「ガボリオがどっかで言ってたが… 」と全く同じ文句が引用されていた)
p10 戦術にいう中空方陣(hollow square)♠️最近たまたま観た映画The Light That Failed(1939; 原作はキプリング 1891)に出てきたような陣形なのかなあ。
p15 『緑の親指の謎』(The Mystery of the Green Thumb)♣️『赤い拇指紋』(1908)を連想しちゃいますよね。
p15 最近の靴屋どもはしめしあわして、人類の足のサイズは六種類にすぎぬと思い込ませようとしている。アメリカからそのサイズばかりが輸入されてくるので、われわれイギリス人はその均一サイズに足を合わす努力を強いられている(The bootmakers have conspired to make the human race believe that there are only about half a dozen different sizes of feet, and we all have to cram ourselves into horrible boots of one uniform pattern, imported by the gross from America)♠️原文では「米国からグロスで」とあって、大量生産ものが流れ込んでくるイメージ。なお靴のUSサイズとUKサイズは異なるので、多分UKサイズ表示のものを米国で生産して輸入してる、ということだろう。第一次大戦後は米国が世界の工場となったのだ。
p18 検死審(インクエスト)♠️「検死審問」という翻訳語より好き。こっちを定訳にして欲しい。別名coroner’s courtは「検死官審廷」が良いなあ(裁判ではないので、法廷とは言いたくない)。いずれインクエストについてはガッツリ書く予定…
p23 かつてアメリカのある少年が、人を殺したらどんな気持ちになるかを知りたいだけで、友人を殺してしまった事件がある(Look at those two boys in America who murdered another boy just to find out what it felt like)♠️原文の書きっぷりだと完全にLeopold and Loeb事件のこと。事件発生及び世紀の裁判の判決はいずれも1924年なので、この会話が1923年になされているのはおかしい。翻訳で「二人の」を省くのはどうかなあ、another boyは「友人」じゃないし…
p28 キャディ♠️少年がやっている。p103も参照。
p31 二シリング銀貨(two florins)♠️当時のフローリン銀貨はジョージ五世の肖像、1920-1936発行のものは.500 Silver, 11.3g, 直径28.3mm。英国消費者物価指数基準1923/2021(63.51倍)で£1=9909円。2d.=991円。
p33 腕時計と懐中時計(a stomach-watch… a wrist-watch)♠️”stomach watch”でググっても懐中時計としての用例が全然出てこない。死語なのか?本書だけの造語なのか?
p34 当時はすでに警察官がオートバイを使用していた(for they have motorcycles even in the police force)♠️米国では1908年採用のようだが、英国の開始年は不明、第一次大戦後のようだ。「サイド・カー付きのモーター・バイク(“a motor-cycle, with side-car” p175)」も出てくる。
p40 四シリングあれば、三等じゃなくて、一等乗車券が買える(That extra four bob would have got him a first instead of a third)
p42 デイリー・メイル
p42 身なりから見て、家に電話を備えている(A man dressed like that would be sure to have a telephone)♠️英国での電話普及率は低かった。Charles Higham “Advertising: Its Use and Abuse”(1925)によると「電話機の普及率は英国では47人に1台、米国では7人に1台、オセアニアでは12人に1台」、ノックス『まだ死んでいる』(1934)でも家族に勧められて嫌々ながら家に電話を引いた地方の名士が登場していた。そこから考えると、ここは「こーゆー(新し物好きそうな感じの)身なりなら電話を引いてそう」というニュアンスか。
p46 ロンドン・ミッドランド・アンド・スコットランド鉄道会社(London Midland and Scottish Railway)♠️「ロンドン・ミッドランド・アンド・スコティッシュ鉄道」でWikiに項目あり。全国300ほどの鉄道会社を4企業体にまとめる大合併で1923年1月1日に成立。
p48 hem(ハム)と書くつもり♠️誤植?原文”ham”
p51 自殺者をうちの教会の墓地に埋葬するわけにいかない(suicide; and then I can’t bury the man in the churchyard)♠️2015年のデイリー・メイルの記事で、ようやく英国教会が公式に自殺者であっても教会の聖別された墓地に埋葬することを認めた、とあった。従来も非公式に各教会が独自判断で実施していたらしいのだが、公式見解は「自殺者の埋葬は夜中にキリスト教の儀式なしで、教会墓地の外側に」というものだったようだ。なお後段(p101)に出てくるが、精神が正常でない状態での自死の場合は教会墓地に埋葬可能。
p54 デイリー・テレグラフ
p60 アメリカの生命保険会社と契約しておったらしい。あちらの会社は、わがイギリスのと違って、そう簡単には保険金を支払おうとしない。徹底的な調査を行なうのだ(was insured at one of these American offices. And they’re a great deal more particular than our own Insurance people)♠️ノックスの後のシリーズ探偵ブリードンは保険調査員。確かにブリードンはゴリゴリの厳しい調査をしてない感じ。
p61 母斑(birth-marks)♠️英Wiki “birthmark”参照。ここでは死体の身元確認に使っている。
p63 聖ルカ祭の日♠️the Feast Day of St. Luke(October 18th)
p71 ミス・コレリ著の『サタンの悲しみ』(The Sorrows of Satan, by Miss Corelli)♠️ The Sorrows of Satan is an 1895 Faustian novel by Marie Corelli(1855-1924). It is widely regarded as one of the world's first bestsellers、書名も作者も英Wikiに項目あり。通俗小説作家でよく売れていたようだ。『ヴェンデッタ』(1866)が有名らしい。
p72 J・B・S・ワトスン著『人格の形成』(Formation of Character, by J. B. S. Watson)♠️Formation of Character by Rev J. B. S. Watson (London, H. R. Allenson 1908)、調べたが、これ以上の情報が無い。Revなので宗教関係者だろう。
p72 六ペンス(sixpence)
p81 アイルランド語はラテン語と同様に、《イエス》《ノー》にあたる語彙を欠いている(Yes, or No…. there is no native word for either in Irish, any more than there is in Latin)
p87 五十ポンドの賞金のかかったゲーム(for fifty pounds)♠️ゴルフの試合
p98 次の日の午後(木曜日の午後である)、パストン・ウィットチャーチの小学校で、検死審が開かれた(inquest was held on the following afternoon (that is, the afternoon of Thursday) in the village school at Paston Whitchurch)♠️インクエストは必ず公開され、広い場所で開かれる(パブが多かったようだ)。48時間ルールも伝統か。
p100 次の部屋に死体が安置(about the mangled temple of humanity that lay in the next room)♠️当時のインクエストでは陪審員が死体を実見する(view the body)慣習があったようだ。なので48時間以内に開催されるのかも。
p101 望みは考えの父(the wish is father to the thought)
p111 カウンティ・ヘラルド(County Herald)♠️地方紙っぽい名前。
p115 ブリッジ
p128 モメリーの『不滅の生命』(Momerie’s Immortality)♠️Alfred William Momerie(1848-1900) “Immortality; a series of 35 chapters” (1904)か。説教集のようだ。(追記2021-12-10: Internet ArchiveにGoogle複写のこの本(表紙の一番上に”First Cheap Edition - Sixpence”と書いている)のファクシミリ版があって、本書のやり方を試してみたらピッタリ… と思ったら6番目以降はちょっとズレてて10番目は欠だった。残念。実際にやってみると夢中になっちゃいますよね)
p134 イギリスの文化人の多くは火葬を希望するようだが、その気持ちは了解できる(One understood why people wanted to be cremated)♠️ 当時(1925)の英国(イングランド及びウェールズ)の火葬率は0.5%、1%を越えたのは1932年で、10%を越えたのは1947年。1967年には50%を越え、2020年には81%となっている。続く文章に出てくる村人との対比で「文化人の多く」と訳したのだろうか。試訳: 火葬を希望する人の気持ちはわからんでもない。
p142 ペジーク(bezique)♠️「べジーク」トランプ・ゲーム。
p150 希望と栄光の国(Land of Hope and Glory)♠️英国の愛国歌。曲Edward Elgar(1901)、詞A. C. Benson(1902)
p152 狩りの古謡のもじり♠️ここは宇野先生の補い。ここら辺の歌は実はみんな元ネタがあるのかも。難しいのでパス。これだけ原文をあげておきます。
“Yes, I ken that chest, it’s as full as can be
With my own odds and ends, and it’s all full of drawers,
And the key’s on the mantelpiece if you don’t believe me
With his hounds and his horn in the morning”
探すとJohn Peel(Roud 1239)という歌があって、なんか似てる。ジョン・ピール(1776-1858)はカンブリア地方の狩人。
“D'ye ken John Peel with his coat so gay,
D'ye ken John Peel at the break of the day,
D'ye ken John Peel when he's far, far away,
With his hounds and his horn in the morning?”
p156 アニー・ローリー
p172 ぼくの車♠️相変わらず車種やメーカーに全く興味のないノックスさん。「楽に五十マイル出る」車らしい。
p205 このローカル線の乗客は、持っているのが三等切符なのに、列車が混みだすと、平気な顔で一等車に入り込む(because lots of people on this line travel first on a third-class ticket when the trains are crowded)
p217 《出席調べがすんだ》(これはオックスフォード大学の学生用語である)(“kept a roller” (in Oxford parlance))
p217 文字謎遊び(アクロスティック)♠️ アクロスティックと言えばルイス・キャロル(ああ苦労す知句!)とか『赤毛のレドメイン』(1922)を思い出す。クロスワードの英国での流行は1924年から。セイヤーズのクロスワード短篇ミステリは1925年。
p224 ワーカーズ・アーミー・カット(Worker’s Army Cut)♠️ポピュラーなパイプタバコの銘柄のようだが調べつかず。
p235 讃美歌「主よ、みもとに近づかん」(Nearer, my God, to Thee)♠️詞Sarah Flower Adams, 曲はJohn Bacchus Dykes(1861 Horbury, 英国で主流)、Arthur Seymour Sullivan(1872 Propior Deo, 英国メソディスト)、Lowell Mason(1856 Bethany, 英国以外で主流)の3種類あるようだ。ここはDykes版か(某TubeではGuildford Cathedral Choirなどで聞ける)。
p260 通話管(speaking-tube)♠️昔はお屋敷だったのを改造した建物なので、元々は召使いへの連絡用として設置されていたものか。
p270 『万事露顕せり。急ぎ逃亡せよ』と電報を打った男(like the old story of the man who telegraphed to the Bishop to say ‘All is discovered; fly at once.’)♠️このエピソード、Webで検索するとコナン・ドイルかマーク・トウェーンの悪戯として有名らしい( どちらも12人に送ったら全員逃げて行方不明になった、誰にでも脛に傷があるよ、というネタ)。シャーロック聖典にも似たような電報があった記憶… 『グロリア・スコット』(1893)だっけ?(そこでの文面はThe game is up. Hudson has told all. Fly for your life.)
元ネタを調べた人がいて、Tit-Bits紙1897-9-18に、コナン・ドイルの友人がa venerable Archdeacon of the Churchに、ふざけて‘All is discovered! Fly at once!’という電報を送ったら、その尊いお方が行方不明になっちゃった、という悪戯の記事が見つかった。(arthurcdoyle.wordpress.com) なおノックスの原文には「主教に電報を打った」とあり、Tit-Bitsのarchdeacon(bishopの次の階位)と呼応している。
p276 診察料の二ギニー(a couple of guineas)♠️精神科(a sort of nerve man)の一回分の料金。
p293 チッキは日本でも国鉄が行っていた小荷物輸送サービス。1987年終了。私は使ったことは無かった。


No.358 6点 エレヴェーター殺人事件
ジョン・ロード&カーター・ディクスン
(2021/11/18 11:34登録)
1939年出版。英題Drop to His Death 米題Fatal Descent。
JDC/CDの22歳上(ミステリ作家としては6年先輩)の作家ジョン・ロード(John Rhode)との合作。ジョン・ロード&カーター・ディクスンという順の作家名で売られた。
ダグラスグリーンは伝記で、本作はほぼJDC/CDが書いたのでは?としているが、私も読んでみてそう思う。でもメインねたは確かにJDC/CDっぽくない。結構いろいろ工夫があり、面白いけど、なんか普通な感じ。JDC/CD作品なら、いい意味でも悪い意味でも「アッ!」となりたいんだよね。
昔のミステリなので、探偵が決定的に気付く発端は当時特有のもの。多分現代の我々が解説されてもピンと来ないネタ(p225)。舞台が出版社なので、作家たちにとっては馴染みの場所。セイヤーズの広告会社もの(1933)と同様、お仕事もの、職業内情ものという感じだが、インサイダー味は薄い。
以下トリビア。原文は手に入らず。
銃は.45口径の連発拳銃(p45)で「西部ものの参考に」というので絶対コルトSAA(いわゆるピースメイカー)だと思ったら、英国陸軍御用達ウェブリーリボルバー(p72、表記は「ウェブレイ」)だって。弾込めの機構が全く違うので、参考になるかーい!国も全然違うやんけ!とガンマニアなら強くツッコむところ。でも第一次大戦に従軍した青年には、母親がピストルを買ってくれるのが普通(p71)で、当時最上等のピストルだった(p72)というのが親の愛を感じさせて良いエピソード。Webley Revolver Mk. VIでしょうね。
作中年代は、1938年3月10日の二か月後(p68)で、多分5月18日(水)、トリビアp148参照。
p9 それはいい本ですか?♠️出版社のモットー(架空)。
p14 A課♠️訳注 貴族関係などを取り扱う。
p20 著者なんて糞くらえ♠️楽屋話。
p22 スペクテイター紙♠️判型の大きさをWebで調べたが見つからなかった。ちょっと大判の書籍くらいのサイズかな?タブロイド版よりは小さそう。
p27 大西洋横断のジョージ・ベルサイズ♠️架空人名だがリンドバーグがモデルか?とすると「ダグラス機の『ブリストル・ブルドッグ』(p39)」はSprit of St. Louisか。機の名前から考えて偉業を行ったのは英国人という設定なのだろう。
p34 年に七、八百ポンド♠️英国消費者物価指数基準1938/2021(70.69倍)で£1=11030円。
p45 リトル・ジャック・ホーナー(Little Jack Horner)♠️マザーグースに出てくる。Roud Folk Song Index #13027、18世紀初頭には言及あり。
p49 五ポンド♠️賭け金。かなり確かな賭け。
p53 どんな天気でもレインコートを着ていた♠️ホーンビームの特徴
p62 全社員は、このクリスマスに俸給の五分の、特別手当を貰う♠️ボーナスという事だろう。
p69 新しい半ポンド金貨♠️長く会社に仕えた記念品として。ジョージ六世のHalf-Sovereignは1937年戴冠記念として他のコインとセットで発行されたものしかないので、かなりのレアものだと思う。純金、4g、直径19mm。それ以前の半ソブリン金貨は同サイズでジョージ五世のもの(発行1911-1926)。
p73 もっといい結婚… 聖マーガレット教会での挙式やタトラー画報に載るような縁組♠️そういうイメージなんだ。聖マーガレット教会(The Anglican church of St Margaret, Westminster)はウェストミンスター宮御用達の教会。タトラー(Tatler)は写真入りの総合月刊誌、1901年創刊。
p77 クロックフォード♠️「訳注 ロンドンの有名なクラブ」だが、中桐先生には珍しい勘違い。正解は「英国国教会の聖職者名簿(Crockford's Clerical Directory)」初版1858(The Clerical Directory) 1876年からは、ほぼ毎年新版が出ている。
p83 ライス・シングルトン社製モーター♠️多分架空。
p85 格子戸♠️エレヴェーターのドアの折りたたみ式。動かすと止まる。ロンドンでは設置が法律で規定されている?
p94 あの不愉快なABCの仲間入り♠️数学の教科書でお馴染みのトリオ。
p101 オランダ式断髪♠️Dutch bobだろう。
p114 ドイツ時計♠️ソーンダイクものでお馴染みディケンズ由来のDutch Clock(装飾のない安い柱時計)か。
p123 おお、大海原のわが暮らし、 / 波間に揺れるわが家よ♠️"A Life on the Ocean Wave" はEpes Sargentの1838出版の詩にHenry Russellが曲をつけたa poem-turned-song(Wiki)。(コーラス部分)A life on the ocean wave, / A home on the rolling deep
p135 プレイヤーの空箱♠️訳注 タバコの銘柄。PlayersというとF1の真っ黒な車体を思い出す。マルボロ・カラーの車体もあった。すっかりタバコが追放された現代では隔世の感がありますねえ…
p135 ブラック・ビューティ社のチョコレート入りペパーミントの箱♠️薄荷菓子(p176) 多分架空ブランド。
p148 六月号は二日前に出版され… [他の雑誌は]五月の二十三日と三十日まで出なかった♠️事件の日付の手がかり。5/23と5/30はいずれも月曜日。ということは、六月号の出版は9日か16日だろう。事件は5/18発生の可能性が高そうだ。
p153 映画館… ストランドのティヴァリ館♠️多分架空。
p195 フランスの道化芝居
p205 召使い用の階段… 召使い用のエレヴェーター♠️屋敷の動線は、当然だが分かれている。


No.357 6点 犯罪の中のレディたち 女性の名探偵と大犯罪者
アンソロジー(海外編集者)
(2021/11/16 05:19登録)
1943年出版、1947年英国版、内容に英米版で異動あり、日本版は贅沢に全部収録。さらにEQが都合で省いた「マッケンジー事件」を収録した「完全版」となっている。さすが厚木大旦那。
短篇が上下で24篇と多く、一気に読むのは大変なので、後で徐々に埋めていきます。私の持ってる版は創元文庫1979年6月(上巻)、8月(下巻)で、真鍋博のヘンテコな表紙画。
以下、EQは多くの場合収録されている短篇集しか挙げていないので、初出はFictionMags Index調べ。
(以上2021-11-16記載)
*****
上巻(1) Spider by Mignon G. Eberhart (初出The Delineator 1934-5)「スパイダー」 ミニヨン・G・エバーハート: 評価6点
スーザン・デアもの。The Delineator 1934-4 “Introducing Miss Susan Dare”が初登場らしい。初出誌は寄稿者も女性が多そうな感じの女性誌、小説は毎号4,5篇、挿絵付き。
とても恐ろしい雰囲気と合理的な解決。探偵小説の見本ですね。
p20 小さいジョニーは妹を吊るした…♣️不気味な歌?調べつかず。原文をあげておきます。Little Johnny hung his sister. / She was dead before they missed her. / Johnny’s always up to tricks, / Ain’t he cute, and only six—
p24 耳が聞こえません(deaf)♣️続く場面では、大声なら聞こえるという描写。「耳が遠いのです」または「耳がよく聞こえません」が正解だろう。
(2021-11-29追記)
***************
上巻(5) Murder in the Movies by Karl Detzer (初出The American Legion Monthly 1937-5 挿絵J. W. Schlaikjer)「撮影所の殺人」カール・デッツァー: 評価6点
多分シリーズものではなさそう。初出誌はWebで無料公開されている。
映画の撮影場面が生き生きと描かれていて面白い。ドキュメンタリー・タッチ。所々に映画関係者の実名を挟んでいる。(グローヴァー・ジョーンズ、クラーク・ゲーブルなど) 原文ではもっと豊富かも。(全体は未確認だが、翻訳では省略されているJoseph B. Mankiewitzを見つけた)
(2021-11-30追記)
***************
上巻(6) Squeakie's First Case by Margaret Manners (初出EQMM 1943-5)「スクウィーキー最初の事件」マーガレット・マナーズ: 評価5点
スクウィーキー・メドウ(Squeakie Meadows)もの。Squeakyってネズミのチューチューとか靴のキュッキュッという音らしいのだが、そういう感じの声ってこと?
独特の語り口でスムーズにいかない感じ。ちょっとどうかなあ、というストーリー。
p219 ジン・ラミー(Gin rummy)◆二人用のカード・ゲーム。Culbertson's Card Games Complete(1952)によると”The principal fad game, in the years 1941-46, of the United States, Gin Rummy (then called simply Gin)… adopted by the motion-picture colony and the radio world”、ジン・ラミーと言うと『アパートの鍵貸します』(1960)を思い出すなあ。
p220 女性の化粧品◆リストあり。知識がないのでパス。
p220 政府は、つぼはとっておいて詰めなおせと◆戦時中の節約スローガン、との訳注あり。WWIIの1943年ポスターで”Save Your Cans”(缶詰が弾丸になってる絵)と言うのがあった。”Can All You Can”(1943)と言うのもあり、こちらは食料を瓶でなるべく保存せよ、という備え。ガラス瓶の節約ポスターは見つからなかった。
p235 灯火管制用の豆懐中電灯◆光源部に覆いがあり灯りがなるべく漏れないようにしたものだろう。
(2021-12-1追記)
***************
上巻(7) The King of the Gigolos by Hulbert Footner (初出不明, 短篇集1936年”The Kidnapping of Madame Storey and Other Stories”, as “Madam Storey’s Gigolo”)「ジゴロの王」ハルバート・フットナー: 評価5点
マダム・ロージカ・ストーリー(Madame Rosika Storey)もの。上記短篇集の収録作品でFMIで初出が判明しているのは全て1934年Argosy誌なので、本作も同時期のものか。初登場は“Madame Storey’s Way” (初出Argosy Allstory Weekly 1922-3-11) 多分、短篇集“Madame Storey”(1926)冒頭の”The Ashcomb Poor Case”と同じもの。冒頭でマダムと女秘書ベラ(語り手)の出会いが語られている。
本作でも豪胆なマダム・ストーリー。退廃した年寄り連中の描写が興味深いがモンテ・カルロ味はあまりなく、スリリングな展開だが探偵味は薄い。作中年代は明示されていないが、デビュー1922年のマダムの若さは保たれてるし、なんとなく20年代のように感じる。
p246 オテル・ド・パリ♣️Hôtel de Paris Monte-Carloで英Wikiに項目あり。1863年オープン。
p248 強奪♣️rob
p250 若い男の正体♣️なるほど。ジャニーズ所属の青年たちの顔を思い浮かべてしまいました。
p251 アメリカでは手が早いっていう(we call a fast worker in America)♣️小学館ランダムハウス英和に1921年との表示がありました。
p265 略式夜会服(ディナー・ジャケット) In America I am told that men wear dinner jackets when there are ladies present ♣️野蛮な風習だそうです。第一次大戦後は黒タイのディナー・ジャケットがセミ・フォーマルとして通用していたようだ。英Wiki “Black tie”より。
p273 ラ・チュルビー(La Turbie)♣️モンテカルロ国境の北西のフランスの町(commune)。1904年までは行政地域としてボーソレイユ(Beausoleil)も含んでいた。「ラ・テュルビー」表記が定訳か?
p279 五十フラン札♣️当時の50フラン札はBillet de 50 francs Luc Olivier Merson(1927-1934)、サイズ170x123mm。仏国消費者物価指数基準1934/2021(487.6倍)で1フラン=0.74€=98円。
p280 絵入り雑誌(リリュストラシヨン)♣️一般名詞ではなく固有名詞。L'Illustration、挿絵入り週刊新聞(1843-1944)。ガストン・ルルー『黄色い部屋』を連載(1907-9-7〜11-30)したことで有名。
p281 五フランの英仏小辞典(a common little five-franc English-French dictionary)
p290 モンテ・カルロ発の最初の電車… 七時十五分前に発車(the first train out of Monte Carlo. It leaves at quarter to seven)
p292 メディチ・グリル(Medici grill)♣️リュクサンブール公園沿いのRue de Médicis付近のレストランなのだろう。
p294 青列車(ブルー・トレイン)♣️英語では1923年からのニックネームのようだ。1892年の時刻表でパリ=モンテカルロ間は約20時間。
p295 パリ・ヘラルド紙(Paris Herald)♣️創刊1887年。フランス在住の英米人向け英字新聞(パリで編集発行)。1918-1924はArgosy誌のFrank Munseyがオーナーだったので一種の楽屋落ちか。
p296 色の浅黒い邪悪な顔つきの青年(a dark, wicked-looking young man)♣️昔の翻訳者は浅黒党が多いなあ。「黒髪の」
p313 グラン・コルニシュ道路(Grand Corniche road)♣️Google MapではRoute Grande Cornicheとなっている。
p317 千フランの札たば(bundle of thousand-franc notes)♣️当時の1000フラン札はBillet de 1000 francs Cérès et Mercure(1927-1940)、サイズ233x129mm。
p329 シェルブール(Cherbourg)♣️ここに出てくる意味がちょっと不明だったが、1934年ポスターで、RMS Majestic(White Star Line)がSouthampton-Cherbourg-New York航路というのを見つけた。帰国前に送った、ということなのだろう。
(2021-12-4追記)
***************
上巻(8) Diamond Cut Diamond by Frederic Arnold Kummer (初出Liberty 1924-12-13)「ダイヤを切るにはダイヤで」フレデリック・アーノルド・クンマー: 評価6点
主人公はエリナー・ヴァンス(Elinor Vance)、シリーズものなんだろうか。
ヒヤヒヤする手口だが、映像化したら楽しそう、と思った。お金をふんだんに使える設定っていうところに大不況前のイケイケドンドンな米国を感じる。なお物語に出てくる発明は1879年が最初で、1970年代になってやっと価値ある程度の大きさになった、という。
p331 東京からキャラマズーまで(from Tokio to Kalamazoo)♠️世界中を旅してる、と言っているのだが、まあ東京はわかるけど、なぜカラマズー(ミシガン州、1920年の人口48千人)なんだろうか。ポピュラーソングで有名なのは“(I've Got a Gal In) Kalamazoo”(1942)が最初のようだ。色々調べていたら、永井荷風が米国留学時にカラマズーに下宿していた(1904)と知ってちょっとビックリ。
p332 三万四千ドル♠️米国消費者物価指数基準1924/2021(16.17倍)で$1=1844円。
p357 善良な小悪魔(a good little devil)
(2021-12-1追記)
***************
上巻(9) Murder at the Opera by Vincent Starrett (初出Real Detective 1934-10〜11, as "The Bloody Crescendo")「オペラ座の殺人」ヴィンセント・スターレット: 評価5点
主人公はサリー・カーディフ(Sally Cardiff)、単発作品のようだ。
残念ながら取り立てて目立つ要素は無い作品。女性の手袋について収穫あり。
p363 泥棒猫(The Robber Kitten)◆ディズニーのアニメで同タイトルがあるが1935年の封切。多分偶然。
p366 一八六九年以来最悪の吹雪(the worst blizzard the city had experienced since ’69)◆調べつかず。
p378 長い手袋(long glove)… ガセット(gusset)◆昔の上流夫人がしていた肘くらいまである長い手袋についての説明。vintage gloves history 1900 1910 1920 1930で見つかるWebページにgussetらしきものが見えるのがあった。
p387 それ行け!(レッツゴー)… パイロットがよく使う文句らしい(‘Let’s go!’ which is a common phrase, it seems, among fliers)
p394 百ドル◆米国消費者物価指数基準1934/2021(20.74倍)で$1=2365円。
(2021-12-19記載)
******************************
下巻(2) Coffin Corner by H. H. Holmes (初出は本アンソロジー1943)「フットボール試合」H・H・ホームズ(バウチャー): 評価5点
シスター・アーシュラ(Sister Ursula)もの。クリベッジというマイナーなトランプ・ゲームを取り扱った唯一の短篇、とEQが言っている。設定にかなり無理あり。殺人事件よりフットボール試合が大事って… こういう人工性、遊戯性がパズラーの悪いところ(まあ嫌いじゃないが)。ウルスラ尼(伝統的な訳語が好きです…)のキャラ付けも成功してるとは言い難い。
スポーツ用語って、厄介だと思う。知らない人には全然ピンと来ないけど、知ってれば少しの言葉でイメージがパッと浮かんでくる。普通の単語に見えても組み合わせで専門用語になってるのもあるし… (dead ballとかthree and outとか) 厚木大旦那の翻訳は非常に健闘してるけど(多分アメフトに詳しくない感じ)、間違いとニュアンスズレが若干ありました。
p53 あなたは五十ヤードのパントをやってのけ、それがゴールまで1ヤードのところでサイドラインを割った。ところでウォゼックがキックしたボールがブロックされ、それがあなた側のセイフティにつながり、ベラミンが十五対十四で勝ったのです(And you produced a fifty-yard punt that went out of bounds within the one-yard line and set the stage for Wozzeck’s blocked kick and the safety that gave Bellarmine the game 15-14)♠️第四クォーター、残り時間1分を切った状況。こちらは13-14で負けている。パントでゴール1ヤード地点でフィールド外に出すって、超絶ファインプレー。その次「キック」がいきなり出てくるけど、本文には書いていないが、相手はその前に攻撃を三回やって(守備の踏ん張りなどもあって)全部失敗してるはず(スリーアンドアウトという状況)。残り時間が一分を切っている、という前提からここまでが読み取れる。そして残り時間十数秒以下で(アメフトの時計はタイムなどで止めることが可能)相手は4thダウンとなり、攻撃権をこちらに移すパントをすることになるのだが、ゴール地点ギリギリでのパントって難しい(最低自陣5ヤードは欲しい、との意見あり)。そんなこともあってか(ウォゼックに)ブロックされ、ボールが転がってベラミン(こちら側のチーム名)がエンドゾーン(ゴールエリア)で確保しセイフティ(2点)になった、という状況。(修正2021-11-17: 自信満々で間違うのは恥ずかしいすね。これだとベラミンのタッチダウン(6点)になっちゃうので、転がったボールが単純にエンドゾーンを超えた、というのが一番あり得る状況。蹴ったパンターが何とか転がったボールを確保したがベラミンにすぐ潰された、というプレーでもセイフティになる。参考YouTube“NSU Punt Block Leads to Safety”) 翻訳ではパントに注がついている。間違いではないが、意を尽くしておらずここでは場違い。翻訳上の間違いは、ウォゼックは蹴った側ではなく、ブロックした殊勲者のほう(まあこれはどっちでも良いレベル)。「あなた側のセイフティ」も気になる。原文にはない補い訳だが、セイフティは自殺点なので「相手側の」もの。以上のようにアメフトのルールを良く知らなければ、原文の主旨はほぼ伝わらないので翻訳は難しいが、一応試訳: (前略) サイドラインを割った。それがウォゼックのパントブロックとセイフティという結果に繋がり、ベラミンが(後略)
p67 コフィン・コーナーにボールを蹴りこんだ。相手側の蹴ったボールがブロックされ、そのボールがシロヴィッチの腕にとび込んで、タッチダウンに(he dropped one in coffin corner that resulted in a touchdown when a blocked kick sailed into Cyrovich’s arms)♠️「コフィン・コーナー」は相手側ゴールまで数ヤード以内のエリア。ここでは、ボールを蹴るのが続いて出てくるが、この間に上記と同様、相手の攻撃失敗が少なくとも三回ある。アメフトでボールを蹴る機会は、(1)キックオフ(試合開始や得点後の試合再開)、(2)4thダウン時のパント(相手に攻撃権を渡すが相手を自陣ゴールから遠くに押し込む)かフィールドゴール(相手陣ゴールが近い場合得点を狙う)、(3)自軍のタッチダウンの後の追加得点狙い、に限られる。自陣ゴール直近でのプレーはセイフティやインターセプト・タッチダウンのプレッシャーがあり、距離も十分に取りにくいので、相手側が有利になる。一応試訳: 彼は一度コフィン・コーナーにボールを落とし、それがその後の、パントブロックしたボールがシロヴィッチの腕にとび込みタッチダウンというプレーに繋がった。(一部修正2021-11-19: この場面ではp53と異なりkickはパントだけではなく、フィールドゴールの可能性(かなり低いが)もあるので「キックをブロック」といったん訳したが、ここの主眼はコフィン・コーナーへのパントが役立った、ということなので相手が攻撃に連続成功しフィールドゴールに漕ぎ着けちゃってたら意味がない。それでパントに限定して訳して良いだろう。なおパントでもフィールドゴールでも、ブロックされたボールがスクリメージラインを越えていなければファンブル扱いでタッチダウン可能)
(2021-11-16記載)
***************
下巻(3) The Tragedy at St. Tropez by Gilbert Frankau (初出The Strand Magazine 1928-9 挿絵Stanley Lloyd)「サントロペの悲劇」ギルバート・フランカウ: 評価6点
キラ・ソクラテスコ(Kyra Sokratesco)もの。ルーマニア人の可愛らしい娘。『探偵小説の世紀』でシリーズ第一作が読めます(全部で三作しかないみたいですが)。
原文入手できず。
p77 イギリス紳士録◆Whittakerか。
p79 三千ポンド◆英国消費者物価指数基準1928/2021(65.98倍)で£1=10295円。
p79 少年のように魅力的◆若い女性を見た男性の感想。英国のホモ文化を暗示?
p81 グログ・トレイ(Grog tray)◆いろいろな酒類と水や氷を乗せたお盆(客をもてなすためのセット)のことらしい。昔は家にはGrog trayがあった… という用例を見つけた。Grog(ラムの水割り)で「酒」という意味のようだ。
p86 ホモなの?(プール・レ・ファム)◆綴りはpeur les femmes(女が怖い)かな?
p96 百ポンドほどの年金と傷害年金◆第一次大戦の戦傷で年金受給しているのかも。
p101 ヨセフの役◆創世記39:7〜10のエピソードだろうか。
p101 年に1000ドル◆ここはポンドの誤りでは?米国消費者物価指数基準1928/2021(16.17倍)で$1=1844円。ドルが正しいなら年184万円にしかならない。もしポンドが正しいなら年1029万円で文脈に合う。
p103 この古い(作者は「千年も前の物語」としている)話は実在するのかなあ。調べつかず。
(2021-11-17追記)
***************
下巻(4) Lot’s Wife by F. Tennyson Jesse (初出The London Magazine 1929-11 挿絵S. Briault): 評価7点
ソランジュ・フォンテーン(Solange Fontaine)もの。短篇集(2015)のダグラスグリーン序文がWebに落ちていた。全13作のようだ。
犯罪研究家ジェスさん(米国旅行でシンシン刑務所の電気椅子に座ってみたらしい)の非常にリアル感ある物語。まあ探偵の活躍はちょっと出来過ぎですが。シリーズ全作読んでみたいなあ。
p106 ロトの妻♣️創世記19章。
p108 額はまた<流行(イン)>になっていた♣️作中当時は、女性が額を出すのが流行だったのだろう。
p118 百ポンド♣️英国消費者物価指数基準1929/2021(66.72倍)で£1=10410円。
p121 二枚の十ポンド札♣️情報提供料。当時の£10札はWhite note(1759-1943)、サイズ211x133mm。
p148 競走用のブガッティ♣️Bugatti Type 35かなあ。
p150 五十フラン札… 千フラン札♣️仏国消費者物価指数基準1929/2021(399.78倍)で1フラン=0.61€=80円。当時の50フラン札はBillet de 50 francs Luc Olivier Merson(1927-1934)、サイズ170x123mm。1000フラン札はBillet de 1000 francs Cérès et Mercure(1927-1940)、サイズ233x129mm。(いずれも仏Wikiに詳細あり)
(2021-11-22追記;2021-11-27お札関係だけ追記)
***************
下巻(5) The Case of the Hundred Cats by Gladys Mitchell (初出The [London] Evening Standard 1936-8-17)「百匹の猫の事件」グラディス・ミッチェル: 評価4点
ミセス・ブラッドレーもの。初登場は長篇Speedy Death(1929)。
猫が活躍しないし、ちょっとピンと来ない話。話者の「私」(美人秘書)が気になる。
p168 お嬢… 赤ちゃん♠️原文はいずれもchild、なぜ別の訳語にしたのだろう?
p172 アメリカ人ならダッドレー屋敷とでもいいそうな家(what Americans would call the Dudley residence)♠️residenceは米語のイメージなんだ。
(2021-11-23追記)
***************
下巻(6) The Man Who Scared the Bank by Valentine (1929年作)「銀行をゆすった男」ヴァレンタイン: 評価6点
ダフネ・レイン(Daphne Wrayne)の「調整者」もの。”ヴァレンタイン“はペンネームで、本名Archibald Thomas Pechey(1876-1961)は英Wikiに項目あり。1922年に“The Adjusters”(短篇と思われる)を書いているらしい。The Adjustersシリーズの初長篇はMark Cross名義で”The Shadow of the Four“ (1934)、全46長篇(全部がこのシリーズという訳ではないようだ。短篇は少々?)あり、とのこと。明らかにウォーレスの「正義の四人」(1905)に影響を受けているもので、この系譜はTVシリーズ“The Avengers”(1961-1969;「おしゃれマル秘探偵」これ見たいんだよなあ…)に受け継がれているらしい。色々原文を探したら長篇はいずれも入手困難。一年に2,3作ほど発表されていて、結構な書きなぐりぶり。Otto Penzler編The Big Book of Female Detectives(2018)にシリーズの短篇“The Wizard’s Safe” by Valentine (初出Detective Fiction Weekly 1928-6-16)が収録されていた。
作品自体は面白いけど、まあねえ、という感じ。原文は結局入手出来ず。
p179 デイリー・モニター紙◆️架空。
p184 五万ポンド◆️英国消費者物価指数基準1927/2021(65.98倍)で£1=10295円。
p185 千ポンド札◆️こういう異常な高額紙幣が当時は存在していた。裏が白紙で、文字だけのそっけないデザイン(White Note)、サイズ211x133mm。ホワイト・ノートで当時流通の£10札、£20札、£50札、£100札、£500札、£1000札が1943年発行終了(£200札は1928年終了。ホワイト£5札だけ1957年まで発行されていた)。100ポンド以上の札はその後発行されていない。
p193 十シリング◆️5015円。タクシー代、多分チップだけだろう。普通よりかなり高額な文意。
p203 一九二七年六月十五日◆️事件の日付。
(2021-11-27追記)
***************
下巻(8) Miss Bracegirdle Does Her Duty by Stacy Aumonier (初出The Strand Magazine 1922-9 挿絵S. Seymour Lucas)「恐怖の一夜」ステーシー・オーモニア: 評価6点
本作掲載のストランド誌はWebで無料公開されている。EQが解説しているように、探偵小説とは言えないけれど、とてもスリリングで面白い話。
p234 「悲鳴をあげなければ!」(I mustn’t scream!)♠️試訳: 悲鳴をあげちゃいけない!
(2021-11-20追記)
***************
下巻(9) The Man in the Inverness Cape by Baroness Orczy (初出Cassell’s Magazine 1910-2 as “Adventures of Lady Molly of Scotland Yard, Second Series, IV: The Man in the Inverness Cape” 挿絵Cyrus Cueno)「インヴァネス・ケープの男」バロネス・オルツィ: 評価5点
レディ・モリーもの。雑誌では連続12回掲載なんだが、1stシリーズが全5作、2ndシリーズが全7作という区切り。本作は2ndシリーズ第四話なので全体の9話目。冒頭3パラグラフはシリーズ第一作のを再録したもの。紹介のためEQが工夫したのだろう。話自体の企みには、一瞬感心したけど、ちょっと考えたら無茶。流石に対面で長時間は持たないんじゃないか(人の聴覚って意外と鋭いと思うのだが)。論創社で全シリーズ12話の翻訳が出ている。時代的には興味深いが薄味だなあ… (結局、電子版でお試しの第一話(結末まで公開)を読んで気に入ったので買っちゃいました。さっそく、この話を読んでみたが、論創社版の翻訳は創元版よりずっと上質。)
p255 一年前の二月三日
p256 定食用食堂(ターブル・ドート)で(in the table d'hôte room)◆ 英語の辞書にはtable d'hôteは「決まったコース料理; 定食」とあるが、フランス語なら「もてなす主人の食卓」という意味。ここはフランス語の意味か。試訳: ホテルの食堂で
p259 半ペニーの日刊紙(halfpenny journal)
p259 賞金50ポンド◆英国消費者物価指数基準1910/2021(123.71倍)で£1=19302円。
p261 ミス----ええと(Miss--er--)
p262 プリンサパル・ボーイ(principal boy)◆ミュージック・ホールの英国伝統パントマイムで若い女性が扮する男役のこと。ここの「パントマイム」はジェスチャー中心の無言劇では無く、コメディア・デラルテが源流っぽいPantoという歌あり踊りありの茶番劇。主役の少年と少女(principal boy & girl)は女性が演じ、Dame(御婦人)は男が演じる、という服装倒錯で笑いをとる劇のようだ。(参考Web“How British Pantomime Became Such a Holiday Tradition”) (追記2021-11-19: 論創社版では「主役の男役」と流している。割注でミュージックホールの茶番劇パント、などと示すとイメージが湧くのでは?)
p264 二百ポンド
p269 今日(こんにち)では誰でも殺人のことを気軽にしゃべる(Everyone now talked freely of murder)◆最近では殺人はよくあること(freely)、という意味か?(追記2021-11-19: 論創社版では「今や、もっぱら殺されたとの噂だ」こっちが正解ですね)
(2021-11-18追記)
***************
下巻(11) The Adventure of the Steal Bonds by John Kendrick Bangs (短篇集 “Mrs. Raffles” 1905)「鉄鋼証券のからくり」ジョン・ケンドリク・バングス: 評価4点
A・J・ヴァン・ラッフルズ夫人もの。全12作のうちの第五話。ラッフルズとの別離のあと、バニーは米国に渡り、A・J・ヴァン・ラッフルズ夫人と名乗る女と知り合い、再び悪事に手を染める… というのが発端の連作短篇。
本作は、ちょっとした犯罪のアイディアを思いつきました、という話。
気になったのはp308「アニスの実のバッグ(the aniseseed bag)」の話。NYタイムズ紙1877-10-5、1878-1-3の記事を見つけたが、意味がわからない。狐の代わりにバッグを引きずり回して犬が追いかけたりして狩りの雰囲気を味わった、という事?冗談記事なのかなあ。
p307 百二十八万ドル♠️米国消費者物価指数基準1905/2021(31.43倍)で$1=3583円。約46億円。
(2021-11-18追記)
***************
下巻(12) The Jorgensen Plates by Frederick Irving Anderson (初出The Saturday Evening Post 1922-11-11 挿絵James M. Preston)「贋札」フレデリック・アーヴィング・アンダースン: 評価6点
ソフィ・ラング(Sophie Lang)もの。意外だが本国でも短篇集(1925)は復刊されてなくて原文は入手困難。何処かで翻訳を出してくれないかなあ。
英国貴族と米国資産家との関係性が面白い。あとは付け足しみたいな話だが、物語の展開はちょっと捻っていて、先読み出来ないと思う。
原タイトルは、1920-30年代のThomas Jorgensen作のマイセンの皿のことだろうか?この話との繋がりがいまいちわからないのだが。
p318 一ポンド◆金貨のようだ。当時の£1金貨はジョージ五世(1911-1932)、8g、直径22mm。英国消費者物価指数基準1922/2021(59.68倍)で£1=9312円。
p325 後家額◆訳注 額の生え際がV字形なのは、夫に早く死に別れる相という。widow's peakは19世紀前半ごろからの記録がある言葉のようだ。(英Wiki) 日本語「富士額」(M字の生え際が富士山に似ている)と形状は似てるが、富士額の方は良いイメージ。なお「後家額」という日本語表現はWeb検索では出てこなかった。
p333 不利な交換率◆1922年の交換レートは£1=$4.42。金基準の換算でも全く同じなので、特に不利ではない。まあ下り坂の英国人からすれば、不利なレートを押し付けられている、という感想なのだろう。
(2021-11-28追記)
***************
下巻(13) The Stolen Romney by Edgar Wallace (初出The Weekly News 1919-12-27)「盗まれた名画」エドガー・ウォーレス: 評価6点
フォー・スクウェア・ジェーンもの。The Weekly News(1855年創刊の週刊新聞)に1919年12月13日号から1920年2月7日号まで11回連載。本作は第三話。
どういう始まりなのかな?と思ってシリーズ第一話The Theft of the Lewinstein Jewelsも読んでみたのですが、あんまり情報なし。他の人に嫌疑がかからないように自分のマーク(Four Squares & Letter J)のラベルを残す、という設定のようです。本作も第一話もストレートな感じの物語。語り口が上手で読ませます。今探したら論創社『淑女怪盗ジェーンの冒険』で読めるんですね!買っちゃおうかなぁ。
p352 ルーウィンスタイン(Lewinstein)… トルボット(Talbot)♣️最初のは第一話の被害者だが、次のはシリーズに出てこない名詞。
p353 クレーソープ(Claythorpe)♣️第二話の被害者。
p359 長い銀色のピン(a long, white pin)… 銀行で紙幣をとじ合わすのに使うようなピン(the sort of pin that bankers use to fasten notes together)♣️どんなものだろう?割りピン(cotter pin)をfastnerと呼ぶこともあるらしいので、それかも。
p363 地区の配達人(district messenger)♣️当時は自転車で少年がメッセージを配達していた。london district messengerで当時の制服を着た少年の写真が見られる。帽子を傾けるのがファッションだったのか?
(2021-11-21追記)
***************
下巻(15) The Undiscovered Murderer by E. Phillips Oppenheim (初出The Strand Magazine 1921-12 as “The Sinister Quest of Norman Greyes No. 1. The Undiscovered Murder” 挿絵Charles Crombie)「姿なき殺人者」フィリップス・オッペンハイム: 評価6点
マイクル・セイヤーズ(Michael Sayers、なぜか翻訳での表記は「セイヤー」)シリーズ。本作はストランド誌に11回連続掲載したものの第一作目。スピーディな展開で連続活劇風味。続きが気になるが本格ミステリ味は全くない。
p393 数年前の十一月三日(the third of November, some years ago)◆p403で「木曜」とわかるのだが、該当は1921年(その前は1910年)。EQは単行本MICHAEL’S EVIL DEEDS(1923)から採録したようだが、本シリーズ連載時のストランド誌はWebで無料公開されており、見てみると、雑誌の文章もsome years ago となっている。主人公二人(とジャネット)のイラストも見ることが出来る。マイクルもジャネットもワルそうな顔だ。
p395 近くの郵便局の中の空いている電話ボックス(in an empty telephone booth in the adjacent post-office)◆️当時はまだロンドン名物の赤い電話ボックスK2は無い(1926年から)。公共の建物内に電話ブースを設置していた。電話機自体もダイアル無しで、交換手を呼び出して相手の番号を伝えて繋いでもらう方式。料金の支払いは自己申告制(ただの箱に小銭を投入する仕組み)だったはず。なので下のセリフなのだろうと思う。
p396 カウンターの向こうの若い娘… 「その二つの呼びだしに料金を払いましたか?」(Did you pay for both your calls?)
p399 はなはだ不当な条例(an act of gross injustice)◆️三年前の出来事。警察関係者が腹をたてたものらしいが、何の法令(act)だろう?調べていません… (2022-1-14追記: Police Act 1919は警察官のストライキを禁止した。これのことか?)
p408 一ポンド札(the pound note)◆️1914年発行開始。
(2021-11-17記載; 2022-1-14追記)


No.356 8点 貴婦人として死す
カーター・ディクスン
(2021/11/14 11:35登録)
1943年出版。H・M卿第14作。昔のハヤカワ文庫で読了。銃関係の誤訳が多くて、創元新訳と比べたくなりました。なので、トリビアは銃関係の誤訳についてだけ書きます。他にも当時の英国について結構たくさんネタがあるのですが、それは創元新訳を読んだ後のお楽しみ、としましょう。
作品としては、皆さんがおっしゃる通り、強烈な謎と素晴らしい解決及び読後感良しで文句なしの傑作。これ以上、言うべきことはありません。まあH.M.のドタバタは全然趣味に合わないんですけど…
あっ、思い出した。本作で、本文には一切出てこないのですが、警察がパラフィン ・テストを行なっていることは確実。残渣が洗い流された、という可能性を全く考慮していないので、毛穴の奥まで調査出来るパラフィン ・テストなのだろう、と思います。文中(p80)では「燃焼しきらない火薬がはねかえって、手にあとがのこる(unburnt powder-grains that get embedded in your hand)」と書かれています。昔、人並由真さんが問題提起した英国でのパラフィン ・テスト使用のかなり早い例ですね!(作中年代は1940年7月)
さて以下は本題の銃関係の誤訳。
p77 a型32口径(a .32 bullet)♠️勘違いは仕方ないが編集は何をしてたの?aは不定冠詞。
p78 a32口径のブラウニング自動拳銃(a .32 Browning automatic)♠️同上。連続3回も繰り返されてるんだから気付いて欲しい。お馴染みFMモデル1910。
p80 このピストルにかぎって…まあなかにはないこともありませんが…逆発することがはっきりしている(But this particular gun has got a distinct “back-fire”, as some of them have)♠️「逆発」って用語は英和辞書には載ってるが、普通使わない。ピストルは構造上、発火時の高圧ガスが後方に若干漏れるものだが、個体によっても多少の違いはある。問題の銃は、特にガス噴出が多いのだろう。試訳: 特にこの拳銃は、この形式だと結構あるのですが、目立って「後方噴射」を出すのです。(ここは「誤訳」ではなく、ニュアンス違い)
p124 からの薬莢は発射しただけじゃ弾倉からとび出しはせん。止め金を上右へ動かすととび出す(Spent shells don’t just roll out of the magazine when they’re fired. They’re thrown out with a snap, high and to the right)♠️自動拳銃の場合、発射後直ちに自動で薬莢を排出しなければ、タマ詰まりを起こしてしまう。リボルバーなら何らかの仕掛けを手動で排莢するが… (後の方、結構重要な場面で、正しく訳しているのに関連性に気づいていない!) 試訳: 薬莢は、発射後、弾倉からただ転がり出るのではない。勢いよく高く右に向かって排出される。
後の方(p261)で、正しく訳してる部分は「自動拳銃は薬莢を高く右手へはねとばす(An automatic pistol ejects its cartridge-cases high and to the right)」
(ここまで2021-11-14)
****************************************
(以下2021-11-20)
創元文庫を入手しました。山口雅也さんの「結カー問答」が付録。JDC/CDファンなら、まあそうだねえ、という内容で、オドロキの知見は残念ながら無い。初代と二代目には全然敵いません。(トンプソン・サブマシンガンについての記述が、ガンマニアとしてちょっと気になりました。タトエとしてピンと来ないのですが…)
さて、お預けとなっていた銃関係の誤訳以外のネタです。もちろん創元では「a型32口径」なんて珍発明はない。上記の誤訳はもちろん正しく訳されているが、ちょっとイチャモン。まずp80早川/p80創元の「逆発」は共通して使っていて残念。創元「燃焼しきらなかった火薬が逆発し、手にめり込んであとがのこる(a back-fire of unburnt powder-grains that get embedded in your hand)」は「燃焼しなかった火薬が後方噴射で手にめり込む」としたいなあ。p124早川/p124創元の創元「高く右後方へ(high and to the right)」も「後」の付加が気に入らない。動画を見ると「若干後方」ですが… (どちらも細かくてすんません)
気を取り直して、まずは作中年代から。
創元では、日付を訳者が勝手に直しています(p22創元/p20早川)。原文はSaturday, the thirtieth of June、ここを創元では「6月29日土曜日」、1940年(これは何度も本文中に明記)の曜日に基づき日付を補正。ここは早川「6月30日土曜日」のように放って置いて欲しかったところです(曜日間違いの可能性もあるし『猫と鼠の殺人』のように著者の誤りから正しい日付がわかる場合もある。ゴルフ格言「あるがまま」を翻訳者の皆さまにもお願いしたい)。
この日付の「ひと月後」(So I waited for over a month)p26創元/p23早川、の土曜日に事件は発生したのです。その二日後が、Monday night in July(p158創元「七月の晩」/p160早川「六月の月曜日の晩」何故ここを間違う?)、ということは1940年7月最後の月曜日の前の土曜日が事件日である可能性が非常に高い。該当は1940年7月27日土曜日です。
でも史実を調べると、米国政府(当時はまだ参戦していない)が欧州から最後に米国人を避難させたのはSS Washingtonで、これは合ってるんですが、時期は1940年6月(イタリア参戦のため)。ジェノヴァ、リスボン、ボルドーなどをまわり、ゴールウェイ出発は6月12日、ニューヨークに到着したのは6月21日です(英Wiki)。残念ですがJDC/CDの記憶違いなのでしょう。
続いてタイトルについて。
“died a lady”は普通の言い方なのか、どういうニュアンスなのか、WEB検索しても本書の例しか出てこない、ということは、かなり珍しい表現なのでしょうか?似た例で”Born a Dog, Died a Gentleman”というのを見つけましたが、愛犬が実に紳士だった、という意味の墓碑名のようです。本文中ではJuliet died a lady(早川「ジュリエットは操を立てて死にました」、創元「ジュリエットは貴婦人として世を去りました」)。何か文学作品からの引用か、と思ったのですが、見当たりません。私は昔からずっと、主人公の女のどこがladyなのかわからなくて、今回再読後も全然腑に落ちません。
以下トリビア。ページ数と訳は早川文庫のもの。全体的に創元の翻訳が良い。早川の翻訳は仕上げがちょっと雑な感じです。
p6 北デヴォン海岸(North Devon coast)… リンマス(Lynmouth)… 索条鉄道(funicular)… リントン(Lynton)… エクスムーア(Exmoor)♠️いずれも実在。この辺りにリン川(East LynとWest Lyn)が流れている。リンコウム(Lyncombe)、リンブリッジ(Lynbridge)は架空地名のようだ。
p8 「わが軍は交戦中(We are at war)」♠️まだ独・英間では実際の交戦をしていない時期。ここは戦争が始まったよ!という切迫感あるニュースの場面。創元「我が国は交戦状態に突入しました」の方がまだ良いが「交戦」は気になる。試訳: 我が国は戦争となりました。
p8 この前の靴をはいていたころ(while I was in the last one)♠️ 創元でも「一つ前の靴を履いていた時」と訳してる。直前の文に靴が出てくるが、ここは靴だと変でしょう?試訳: 前の大戦に従軍していたとき
p8 <世界中で女がお前だけだったら(If You Were the Only Girl in the World)>♠️詞Nat D. Ayer、曲Clifford Greyのヒット曲。ミュージカル・レビュー”The Bing Boys Are Here”(1916-4-19初演Alhambra Theatre, London)のために作られた。某TubeでBuffalo BillsとPerry Comoのとても楽しいヤツを見つけたので是非。
p8 馬車馬亭(Coach and Horses)♠️普通に「大型四輪馬車と馬(複数)」で馬車一式の意味だが、創元「トテ馬車亭」ってなんのこと?詳細はWebで。ちょっとトビ過ぎの訳語。
p8 S・S・ジャガー(S.S.Jaguar)♠️高級スポーツカー。当時ならSS Jaguar 100(製造1936-1939)か。オープン2シーター(米語ロードスター)でえらくカッコ良い。
p11 <岩の谷>ヴァリー・オブ・ロックス(Valley of Rocks)♠️創元の割注で実在の景勝ポイントだと知った。Lynton Valley of Rocksでググると素敵な画像がいっぱい。情景のイメージ作りに役立つ。
p11 踊り人形みたいな真似(play the jumping-jack)♠️創元「ぴょんぴょん跳び回る真似」
p13 女の畜生(the damned woman)♠️創元「あのいかれた女」
p14 弁護士の言うねんごろ(the lawyers call intimacy)♠️お堅く訳して欲しい。創元「弁護士だったら『親密な関係』と」
p22 トムスンとバイウォーターズ… ラントンベリーとストーナー(Thompson and Bywaters… Rattenbury and Stoner)♠️創元は丁寧に注付きでわかりやすい。
p29 タイプ印刷の店(manages a typewriting bureau)♠️創元「事務所を構え、タイピストを雇って」
p51 ティッシュ・ペーパーで覆いをした懐中電灯(an electric torch, hooded in tissue-paper)♠️灯火管制時のやり方。敵になるべく光を見せないようにする、という用心。創元「薄紙の笠をかぶせた懐中電灯」
p64 新式のスピットファイア(a new Spitfire)♠️1940年8月から配備のMk.II(タイプ329)のことか。当時話題になっていたのかも。
p69 片目は義眼(with one glass eye)♠️戦傷なのかも。
p75 靴のサイズ♠️創元では丁寧に割注でサイズ換算している。
p79 硬質ゴムを張ったにぎりのほかはピカピカにみがいた鋼鉄(bright polished steel except for the hard-rubber grip)♠️グリップは黒いが、銃本体は銀色の仕上げ。銃本体が黒スティールだったら、夜に見つからないはずだが、銀色なのでピカリと光って見えた、ということだろう。試訳: 硬質ゴムのグリップ以外はスティールの磨いた銀色で。創元「樹脂をかぶせた握りのほかはぴかぴかに磨かれたスティール製」ハードラバーは天然樹脂でエボナイトのこと。樹脂には人工樹脂もあるので「硬質ゴム」が良い。
p95 ディズニーの漫画に出てくる竜(a dragon in a Disney film)♠️The Reluctant Dragon のUK初公開は1941-9-19(米国1941-1-2)。この文章は1940年11月に書かれたことになっている(p160)ので、JDCの時代錯誤だろう(このアニメじゃない可能性もあるが)。ところでJDCはこのアニメを見たんだろうか?
p107 弾薬… 鉄砲所持許可証♠️ここら辺、ガンマニアとしては興味深い。当時英国で弾丸を買うにはfirearms licenceを店に提示する必要があったのだが、戦争になってそのルールは形骸化されていたらしい。
p108 ピストルの革袋をベルトごと(holster-belts)♠️創元「ベルトごと拳銃のホルスターを」、ここら辺も興味深い。軍人がクラブやレストランや劇場で無造作にホルスター・ベルトをクロークに預けて平気、という情景。将校の拳銃は自弁で、型や口径は好きに選べたようだ(こうすると弾丸の種類が増えて補給に困ることになるんだが…)
p112 土曜日の晩にブリッジやハートを(playing bridge or hearts on Saturday night)♠️ハーツがブリッジと並んで記されている。1939年ごろ米国や英国でルール追加があり、Black LadyとかBlack Mariaと呼ばれたようだ。(英Wiki “Hearts (card game)”)
p123 過去の事件への言及。題名を書かなければネタバレにならない?原文を書いておきましょう。(I’ve seen a feller who was dead, and yet who wasn’t dead. I’ve seen a man make two different sets of finger-prints with the same hands. I’ve seen a poisoner get atropine into a clean glass that nobody touched)
p123 事件の顛末を話してみせる(It would just round out my cycle)♠️創元「わし流のサイクルヒットを達成できる」英国人だし、唐突に野球用語が出てくるかなあ。cycle of legend and saga と解釈して「わしの伝説を完成させるのにちょうど良い」くらいか。
p128 チップにやる銀貨をさぐったが、十シリング札しかない(for silver as a largesse; but he could find only a ten-shilling note)♠️次の文中の十シリングはten bob。戦時中の硬貨不足を表現している?当時の英国銀行10シリング札はEmergency wartime issue(1940-4-2から)でサイズ138x78mm。デザインはSeries A(1928-11-22から)と同じで印刷が赤色から藤色に変わっただけ。なお英国財務省発行10シリング札(1914から)は1933年に通貨使用終了となっている。英国消費者物価指数基準1940/2021(58.79倍)で£1=9173円。10シリングは4586円。
p128 ローマ人がキリスト教徒たちを火あぶりにしたりする教育映画… 女の子たちは着物を着てない…(Tis a educational film, about the Romans that burnt Christians to a stake and all. And the girls ’adn’t got no clothes on)♠️ 「クオ・ヴァディス」だと思われる(p182)。監督Enrico GuazzoniのQuo Vadis(伊Cines 1913)だろうか? 期待して某Tubeで見たけど女性はちゃんと着物を着てた… ここは映画を見る前のセリフなので、宣伝ポスターがワザと色っぽい情景を描いてたという事か。
p142 パッカードのオープンで、うしろに大きな補助席(a Packard roadster with a big rumble-seat)♠️ 「七、八百ポンドもする(p151)」ようだ。創元「パッカードのオープンカーで二人乗りなんだけど、後ろにランブルシートがある」丁寧な翻訳だが「大きな」も重要ポイントなので入れて欲しい。1939 Packard V-12 Roadster rumble-seatで大きな二人用ランブルシートがある素敵なのが見られる。
p197 五、六千ポンド
p160 一九四◯年の夏までは物資もかなり潤沢(Up to the summer of 1940, there was a reasonable plenitude of everything)
p181 二百ポンドもする椅子車
p183 『ポーリンの冒険』第三話(like the third episode of the Perils of Pauline)♠️The Perils of Pauline (1914)全20巻の冒険活劇。主演Pearl White、第3話はOLD SAILOR'S STORY (私は未見だが、こういうの淀長さんがお好きでしたね)
p196 ジョーゼフ・マクロードやアルヴァー・リデル(Joseph Macleod or Alvar Liddell)♠️いずれもBBCのニュースアナウンサー。「大陸にいる(in the land)」ではなく「地上で(聞こえたら)」という意味だろう。創元では丁寧な訳注あり。
p246 「虹のかなたに」(Over the Rainbow)♠️映画『オズの魔法使い』の英国公開は1940年1月(米国公開1939年8月)、レコードはDECCAから1940年3月リリース。“We were all whistling Over the Rainbow in that summer, perhaps the most tragic summer in our history.” 本書の記述からこの曲はジュディの素晴らしい歌声だけじゃなく、当時の人の平和への切実な願いをすくいとってヒットしたのだな、と判る。創元は「虹の彼方に」この表記が日本語での定番のようだ。
p246 モーリス式安楽椅子(Morris chair)♠️デザインの源流は、ウィリアム・モリスの会社が1866年に販売したもの。創元「モリス式安楽椅子」
p247 オーヴァルタイン(Ovaltine)♠️スイス1904発祥(Ovomaltine)、英国1909、米国1915から。ミロみたいな麦芽飲料らしい。日本でもカルピスが「オバルチン」として1977年から販売(80年代に終了か)。創元「オーヴァルティーン」(私は長音はなるべく省きたい派です…)


No.355 6点 マックス・カラドスの事件簿
アーネスト・ブラマ
(2021/11/02 00:14登録)
ブラマさんは小説が上手い、と思う。人間に興味がある人なんだろう。盲人探偵の設定には感心しないが、登場人物たちが物語のなかで生きている。翻訳は堅実なんだが、実はニュアンスが違うのでは?という感じを受けたところが多少あり(私の英語力では十分に確認できず)。そこを上手く掬いとったらもっと面白い話なのでは?と妄想している。
本格ミステリっぽさを期待すると全くガッカリする。手がかりの提示は、どの作品でも不十分で、全く描写されないこともある。次が気になってどんどん読んじゃう、という展開の妙と登場人物の息吹を楽しむべき作品だろう。
盲人探偵マックス・カラドスが活躍する短篇26作は一つを除き、3つの短篇集に収録されている。
❶ Max Carrados(1914)
❷ The Eyes of Max Carrados(1923)
❸ Max Carrados Mysteries(1927)
以下、本書の収録短篇を初出順に並び替え、カッコ内の数字は創元文庫の短篇集の並び順、原タイトルは初出のものを優先、#は初出順のシリーズ連番、黒丸数字は上記の収録短篇集。初出は英Wikiを基本にFictionMags Indexで補正。
なおシリーズ第2作は『クイーンの定員2』収録の「ナイツ・クロス信号事件」、第3作は「ブルックベンド荘の悲劇」なので、日本語で#01〜#04まで続けて読むことが出来る。
***************
(1) The Master Coiner Unmasked (News of the World 1913-8-17) #01 ❶ as "The Coin of Dionysius"「ディオニュシオスの銀貨」:評価6点
本シリーズは、最初タブロイド週刊誌News of the Worldに20週連続掲載(前後編が多いので全12話)された。本作は主人公とレギュラー脇役のバックグラウンドをチラリと見せる書き方で深みが出ている。シリーズ第一作として上手い。ミステリとしては読者に隠されたことが多すぎ、ネタも平凡。ブラマは英国銅貨の権威らしい。
p8 <ペルメル>紙の最新号(the latest Pall Mall)♣️新聞なら夕刊紙のThe Pall Mall Gazette(1865-1923)、雑誌ならThe Pall Mall Magazine(1893-1914)。latestなので雑誌だろう。
p8 私立探偵(the private detective)… 興信所員(Inquiry agent)♣️英国では米国と比べてあんまりprivate detectiveとは言わないイメージ。
p9 ディオニュシオスの時代のシチリア王国の四ドラクマ銀貨(Sicilian tetradrachm of Dionysius)♣️430B.C.頃の銀貨。WikiにGreek Silver Tetradrachm of Naxos(Sicily)の画像があった。
p9 二百五十ポンド♣️1894年当時の価格。英国消費者物価指数基準1894/2021(133.33倍)で£1=20803円。250ポンドは520万円。
p10 珍しいサクソンの古銭とか、疑わしいノーブル金貨(a rare Saxon penny or a doubtful noble)♣️Saxon penny及びnoble gold coin(英国最初の金貨。1344年ごろ導入)で検索するとそれぞれ画像あり。
p12 リッチモンド♣️カラドスの住み家<小塔荘(タレット)>がある。
p14 セント・マイケルズ(St Michael’s)♣️架空のパブリック・スクールか。
p14 あのウィンじゃないか(old ‘winning’ Wynn)♣️原文ではあだ名っぽい感じ。
p15 黒内障(amaurosis)♣️目には異常が見られない視力障害だという。なので、他人からは正常な眼に見える、という設定のようだ。
p19 ヴィダールの『咆哮する獅子』(Vidal’s ‘Roaring lion.’)♣️Louis Vidal(1831-1892)のLion rugissant(1874)本物はサイズ36x64x16cm。
p22 十二年前から、自分の召使いが見えない(I haven’t seen my servant for twelve years)♣️失明は12年前のことのようだ。だが従僕はそれ以前から勤めている?
p24 サイズは五番(about size seven)♣️靴の紳士用UKサイズで7.0は、日本サイズ25.5cm(=US7.5 / EU41-42)。どこから5番が出てきたのかな?
p25 金とプラスチックのアルバート型の時計鎖(His fetter-and-link albert of gold and platinum)♣️ここではfetter-link Albert chainで見られるような洒落た形の鎖だろう。単にAlbert chainと言えば「時計鎖」のことでデザインは関係ないようだ(英国アルバート公に由来)。何故プラスチック?
p25 右の袖口にハンカチがはさんである(A handkerchief carried in the cuff of the right sleeve)♣️ヴィクトリア朝紳士のハンカチ入れ場。ポケットより取り出しやすそう。
p25 週給五ポンド♣️英国消費者物価指数基準1913/2021(118.36倍)で£1=18468円。月給21.7ポンド(=40万円)、年額260ポンド。
p29 <モーニング・ポスト>紙♣️ロンドンの日刊紙(1772-1937)。
p29 五百ポンド♣️p25の換算で923万円。
***************
(2) The Clever Mrs Straithwaite (News of the World 1913-9-21 & 28) #04 ❶「ストレイスウェイト卿夫人の奸智」:評価6点
面白い企みとその顛末の話。夫婦のキャラがよく描けている。最後のセリフは、カーライルのがthe report、カラドスのがa report。この違いがよく分からない。
p32 ある哲学者… ドイツ名前の(a German name)… いかなる場合であれ、ある人間が何をするかを正確に知ろうとするには、その人間の性格の一面を見きわめさえすればいい(in order to have an accurate knowledge of what a man will do on any occasion it is only necessary to study a single characteristic action of his)と言った♠️誰のことだろう。
p33 三十五歳の私立探偵であるこのぼくが(Thirty-five and a private inquiry agent)♠️カーライルの発言。ここはp8に合わせて「興信所員」が良いと思う。
p33 今後二十一年間(the next twenty-one years)♠️なぜ半端な数字?
p37 ヴィドック(Vidocq)… 『盗まれた手紙』(the Purloined Letter)♠️なかなか興味深い発言。
p38 五千ポンド♠️p25の換算で9234万円。
p40 四月十六日。この前の木曜日(April sixteenth. Thursday last)♠️該当は1914年だが、これでは雑誌発表時だと未来。
p43 メトロポリタン新歌劇場(the new Metropolitan Opera House)…『オルレアンの少女』(La Pucella)♠️どちらも架空だろう。La Pucelleはジャンヌ・ダルクのこと。
p46 ブリッジ仲間(bridge circle)♠️1904年にビッドの原則が固まったようだ。当時は最新流行のゲーム。
p46 夫婦はカラドスと面識があるような感じだが、#01〜#03には登場してない。
***************
(3) The Ghost at Massingham Mansions (初出❷) #15「マッシンガム荘の幽霊」:評価5点
密室トリック?はなんかアレなんだけど、最初は幽霊譚で、最後は面白い情景。構成が良い。p105の記述から2月又は3月の事件。
p74 古い拳銃(an old revolver)♣️「回転式拳銃」と訳して欲しい…
p81 私立探偵(inquiry man)♣️p33と同様「興信所職員」で良いだろう。
p83 検死査問会(inquest)♣️英米圏に特有の制度なので、日本での定訳が無い。
p85 <ブル>(the Bull)♣️パブっぽい名前。
p85 ターポーレー・テンプルトン事件(Tarporley-Templeton case)♣️架空の事件だろう。カラドスがこの調査員(シリーズの他の作品には登場しない)と知り合った事件、という設定のようだ。
p86 幽霊話(ghost stories)♣️カラドスは好きだったが、タネが子供だましだった、と感じている。
p91 評判の良いミュージカル(a popular musical comedy)♣️英Wiki“Edwardian musical comedy”のイメージだろうか。
p91 <パーム・トリー>(Palm Tree)で夕食♣️架空のレストラン?
p103 取り替えます(would certainly be looked to to replace it)♣️ここは誤訳。試訳「ちゃんと取り替えてくださいね」
***************
(4) The Mystery of the Poisoned Dish of Mushrooms (初出❷) #14 別題 "Who Killed Charlie Winpole?"「毒キノコ」:評価7点
インクエスト好きには興味深い話。ある趣味の集まりの展開がリアル(多分、作者のコイン趣味での体験に基づくものだろう)。あちこちに読者を巧みに引っ張る展開が上手で、作品としては非常に納得。キノコって現代でも未知の部分が多いので素人は手を出さないのが良いようです。
p106 数年前の十一月(Some time during November of a recent year)♠️p119の記述から1918年だと思われる。
p106 検死陪審員(jury)♠️インクエストの陪審員である事を翻訳で補っている。
p108 ブリン(bhurine)♠️毒物の名前だが、Web検索でも見つからない。どうやら架空のものらしい。
p109 アマニタ・ブロイデス… 「黒帽子」(Amanita Bhuroides, or the Black Cap)♠️このキノコの学名も見当たらず。Amanitaはハラタケ目テングダケ科テングダケ属。「黒帽子」は死刑宣告時に判事が被る黒ビロードの装束だが、英名Black Capというキノコも見当たらない。Death CapならAmanita phalloides(タマゴテングダケ)。p146で田舎の人は「悪魔の香水壜(Devil’s Scent Bottle)」と呼ぶ、とも書いているが、この英名のキノコも存在しないようだ。
p109 塩による検査法や銀製スプーンによる検査法(The salt test and the silver-spoon test)♠️不適切な民間伝承の例。「塩蔵すればどんなキノコも食べられる」「毒キノコは銀のスプーンを入れて煮ると黒くなる」いずれも誤りとWebにあった。
p109 証言の申し出(expressed a desire to be heard)♠️インクエストは検死官の裁量が広く認められているらしい。当初予定になくても、検死官が申し出を認めれば、自発的に意見が表明できるようだ。(ソーンダイク博士もインクエストに飛び入りで証人に質問を求めたりしていた)
p112 評決をくだした(brought in a verdict)♠️はっきり書いてないけど、インクエストなら「死因」を確定するのが目的なので、ここでの評決は明白(無罪とか有罪とかはインクエストの対象外)。
p113 エルシー・ベルマークがカラドスと知り合ったのはシリーズ第8話“The Comedy at Fountain Cottage”(初出News of the World 1913-11-16 & 23) ❶
p117 一万五千ポンド♠️英国消費者物価指数基準1918/2021(58.29倍)で£1=9095円。15000ポンドは1億3642万円。
p118 <モーニング・インディケーター>紙(The Morning Indicator)♠️架空の新聞だと思われる。
p119 今月の六日、水曜日(On Wednesday, the sixth of this month)♠️11月6日水曜日を探すと1918年が該当。
p119 ここでは薬局で特殊な毒物は「知っている者」にしか売ってはならない、となっている。そういう規則が実際にあったのか。
p121 往復運賃は三シリング十八ペンス(three-and-eightpence)♠️3シリング8ペンス。ユーストン駅からセント・アボッツ(架空地名)まで。1662円。
p126 <デイリー・テレグラフ>紙の私事広告欄♠️『人魚とビスケット』(1955)を思い出すなあ。
p127 ≪ロンドン・ゼネラル≫バスの鮭肉色(サーモン・ピンク)の切符(the salmon-coloured ticket of a “London General” motor omnibus)♠️The London General Omnibus Company(LGOC)はロンドンの主要バス会社(1855-1933)。
p133 ディンデイル、イーロフ、ヤップ(Dyndale, Eiloff and Jupp)♠️架空人名のようだ。
p137 選挙の効能♠️スリのネクタイの色を変える程度のこと(change the colour of the necktie of the man who picks our pockets)。劇場で聞いた気の利いたセリフらしい。
p145 正当理由(entitled to)♠️離婚の申し立てには特別な理由が必要だが、当時は「夫の不貞+虐待」が要件のはず。1923年以降なら「虐待」だけでも可能。
***************
(5) The Secret of Headlam Heights (The New Magazine 1925-12 挿絵W. E. Wightman) #19 ❸「ヘドラム高地の秘密」:評価5点
New MagazineはCassellの挿絵付き小説月刊誌。本作を皮切りにシリーズ5作を掲載。
舞台は1914年8月。ベイカーのキャラがユニーク、こーゆーキャラ設定がこの作者の物語力を示している。珍しくアクション・シーンもあり。
p152 マーケット・スクエア♣️近くにPentland港(p180 架空地名)がある。
p156 「平常どおり営業」(‘Business as usual’)♣️チャーチルの言葉。The maxim of the British people is 'Business as usual'.(ギルドホール, 1914-11-9)。コロナ禍でも使われているようだ(略してBAUというらしい)。
p156 五ポンド分の小為替(postal orders)… 五ポンド紙幣(a five-pound note)をくずす♣️このくだり、意味不明だが、大戦中は金属不足で、日常的にガスメーターなどに必須なのにも関わらず、硬貨を集めるのが大変だった、という話を読んだことがある。高額紙幣から小銭を得るためのテクニックか。翻訳では順序が逆になっているが、原文は「五ポンド紙幣で釣り銭を得るために、いったん少額の郵便為替に変えて、それを小出しに使う必要がある」という感じ。当時は紙も不足で郵便為替が法定紙幣の代わりとして使われたようだ。英国消費者物価指数基準1914/2021(118.36倍)で£1=18468円。
p157 火打ち石(flints)♣️硬いので石器の材料となった。これ以降はずっと石器の話題。「火打ち道具(flint implements)p158」は「石器」だろう。
p158 エヴァンズやナダヤック(Evans or to Nadaillac)♣️英国の石器時代の権威John Evans(1823-1908)とフランスの人類学者Jean-François-Albert du Pouget, Marquis de Nadaillac(1818-1904)。
p159 基金と半ペニーの入場料(endowment and the ha’penny rate)♣️すぐ前に入場料「無料(free)」とある。ここは「わずかな賃金」という意味では?
p163 相当な金額の硬貨を一枚(a substantial coin)♣️当時の最高額金貨はソブリン(=£1)。ジョージ5世のなら1911-1932、8g、直径22mm。
p164 人差指を鼻にあて(place a knowing forefinger against an undeniably tell-tale nose)♣️「秘密」というジェスチャーだろう(モリス『ボディートーク』参照)。
p168 エピオヴァヌス(Epiovanus)♣️残念ながら架空。
p177 『パリのアトリエ物語』(Stories from the Studios of Paris)♣️多分架空。画家とモデルのちょいエロ話を想定しているのかも。
p181 血色の悪い(sallow-complexioned)♣️原文darkか?と思った私は重度の浅黒警察です。
***************
(8) The Crime at the House in Culver Street (The New Magazine 1926-02 挿絵W. E. Wightman) #21 ❸「カルヴァー・ストリートの犯罪」:評価6点
近所のお付き合いの話から事件に至る流れが良い。探偵小説が解決に役立つ。
p284 一等、禁煙車両(First class, nonsmoking)♠️客車のコンパートメントは喫煙用と禁煙用が別だったのだろう。「一等定期(first season)p298」という記述もあった。
p284 スパッツ(Spats)♠️泥除けで靴に被せて履くもの。ここではお堅い紳士のイメージの一つとして挙げられているようだ。
p303 女性の手紙の追伸♠️上手いことを言う。
p306 亀一匹惑わす(mislead a tortoise)♠️何故亀?と思ったが調べつかず。聖書には、地を匍う「汚れた(unclean)」生物の例としてレビ記11:29にthe weasel, and the mouse, and the tortoise after his kind(KJV)とある。
p311 ヴァン ・ドゥープ(Van Doop)… <義父の像(Portrait of a Father-in-Law)>♠️架空の画家の架空の作品。Rembrandt van Rijnの油絵Samson Threatening His Father-In-Law(1635)を連想した。
p311 三百ポンド♠️p117(1918年)の換算で273万円。
p314 五月二十五日… 先週の土曜日♠️直近は1918年が該当。
p317『探偵ジェイク・ジャクスン』(Jake Jackson, the Human Bloodhound)♠️架空。
p320 週給六、七ポンド♠️支配人の給料。月給26ポンド(=24万円)〜30ポンド。
***************
(7) The Curious Circumstances of the Two Left Shoes (The New Magazine 1926-05 挿絵W. E. Wightman) #22 ❸「靴と銀器」:評価7点
夫妻との会話が面白い話。各登場人物のキャラが生きている。途中に挟まれた叙述方法は便利(繰り返し使える手じゃないが)。ラストはビックリだけど、これでいいのだ。
p244 モンキー泥棒(Monkey Burglar)♣️調べつかず。架空と思われる。
p247 <レッドシャンク>Redshank♣️架空のブランドだろう。
p248 銀行に預ける(kept at the bank)♣️ミス・マープルにも不在時先祖伝来の貴重品を銀行に預けるシーンがあった。貸金庫サービスのようなものか?そういえばラッフルズThe Chest of Silver(1905)でも貴重品の大箱を銀行の金庫に預ける、という場面があった。1977年のテレビ・シリーズを参考映像としてあげておこう(ドラマでは銀行の地下室が収蔵場所で、貴重品箱があちこちに置いてある感じだった)。
p251 それはどうも(That’s very nice of you — to forget)
p251 フランスの笑劇(French farces)♣️ドアがたくさんあって登場人物が出たり入ったりが自在、という感じか。
p252 なかなかきれいな娘(a girl of quite unusual prettiness)♣️本書の翻訳、読んでいてところどころ日本語が的を外してる気がしたのだが、こんなのがあるなら他でもニュアンス違いが結構あるのかも。試訳「並外れて可愛らしい娘」
p254 忘れてた、きょうは足がふやけて(I forgot; my feet are as soft as mush today)♣️多分足が疲れててふにゃふにゃ、という意味なのだろう。最後まで読むとそういうことだと思われる。なおp259の「ふやけて」はtender。
p257 何万燭光かのアーク燈に照らされた… ♣️ここら辺、何を言ってるのか真意が良くわからない。何かの引用か。参考まで原文 I should like to go up into a very large, perfectly bare attic, lit by several twenty thousand candle-power arc-lamps, and there meditate.
p265 靴のサイズは4.5か5♣️婦人用だと日本サイズで22.5か23cm。
p270 四十九点♣️クリケットではアウトになるまでずっと打席が続くので、打者は何十点でも獲得出来る。四十九点なら強打者だろう。
p271 アウトにさせられた(were given run out)♣️run outは走塁時のアウト。givenは、球と脚とどっちが先だったか微妙なプレーだったのだろう。試訳「走塁アウトを提供した」
p272 フェアプレー♣️会話で二回出てくるが最初はcricket、次はM.C.C.(クリケットの元締め。メリルボーン・クリケット・クラブ。ルールはここで決める)
p272 なかなかの美人(really is an awfully pretty girl)♣️何故かここでも控えめな翻訳。
p273 <タンゴ ・ティーザー>(Tango Teaser)♣️調べつかず。架空?
***************
(6) The Holloway Flat Tragedy (The Story-Teller 1927-03) #25 ❸「フラットの惨劇」:評価6点
実にリアル感のある、だがありそうも無い依頼から事件発生、そして解決に至る流れが良い。英国でラジオの公式実験放送は1920年6月15日(火曜日)が最初らしい(正式にラジオ放送が始まったのは1922年11月)。
p200 私立探偵(private detective)♠️ここはp33やp81とは異なり原文どおり。1927年にはprivate detectiveという方が普通になったのかも。
p202 ホロウェイ♠️19世紀後半からの新興住宅街だったようだ。
p203 反対尋問(cross-examinations)♠️法廷手法としての「反対尋問」(証人を召喚していない側が反対の立場で尋問する)ではなく、確認のための追加尋問、というような意味だろう。ソーンダイク博士がインクエストでcross examinationをする場面があり、インクエストには検察側も弁護側もないので最近気になってる単語。
p207 離婚♠️1923年以降は「夫の不貞」だけでも離婚事由になった。それ以前だと「+夫の虐待」も要件。
p208 バネ錠と、彫込み錠(a latch lock, and a mortice lock)♠️「ラッチ錠」は内側からは手動で差込ボルトを動かす仕組み、外からは鍵で開閉出来る。「彫込み錠」はドアの内部に差込ボルトが隠れているのが特徴。メカニズムが埋め込み式なので、当時は重要なドアに付けられていたようだ(現在では普通だが)。ここでは多分シリンダー式のイエール錠だと思う。ラッチ錠はメカニズムが外付けで、鍵も単純で簡易なイメージ。簡易ロックと正式ロック、ということだろう。
p210 私立探偵(an inquiry agent)♠️ここは「興信所」、とするとp200は半分ふざけてる言い方である可能性あり。
p211 一ギニー(the single guinea)♠️報酬はギニー単位となる。実際の支払いはどうしていたのだろう。わざわざギニア金貨を用意するのか?小切手なのか?現金だと1ポンド札orスターリング金貨+小銭(1シリング硬貨)となってなんだか気まずくないか?
p212 絵入り新聞(the illustrated papers)♠️当時はイラストではなく写真だろう。
p213 ラジオの公開実験(the wireless demonstration)♠️the wirelessは英国英語でラジオ。1920年ごろの事件なのだろう(p207の離婚事由は気になるが…)。ブラマ全集を全文検索したがラジオが出てくる他の作品は見当たらなかった。
p216 刑事(デカ)’tecs
p220 朝8時に来てから晩6時に帰る。通いの女中の勤務。
p222 パークハースト劇場(Parkhurst Theatre)♠️Parkhurst RoadとHolloway Roadに面した1890年開設の劇場。1908年に映画館に改装されたが1926年廃業。なのでここのafternoon’s performanceは「芝居」ではなく「映画」。すぐ隣にライヴァル劇場Marlborough Theatreがあった、とは言え、1908年には既に劇場全盛期は過ぎ、映画の時代に突入していたとは… (そのMarlboroughも1918年に映画館として再オープンしている)
p232 三日、木曜日♠️p237で「9月3日」のことだとわかる。1925年が該当。ラジオの史実とは合わない…
p237 小型拳銃(little gun handy)♠️32口径オートマチックな感じ。根拠なし。


No.354 7点 薔薇荘にて
A・E・W・メイスン
(2021/09/04 19:08登録)
1910年出版。連載ストランド誌1909-12〜1910-8、挿絵W.H. Margetson、連載タイトルThe Murder at the Villa Rose。単行本で読了。
読んでて、アガサさんのごく初期のポアロもの『★★(一応伏せ字。それほどネタバレではないが)』と似ている、と思った(単なる偶然だと思うが、その作品の第三章のサブタイトルはAt the Villa ◎◎)。ポアロの造形にアノーの影響を感じる(ココアとか、尊大で滑稽な見得とか)。リカードが時々見せるツッコミもヘイスティングズっぽい。きっとアガサさんは『スタイルズ荘』を書く前にこの作品を読んでいたに違いない。
人物造形が、普通小説のようにしっかりしてるのが良い。というか、小説、と銘打つならこのくらいの水準が当然だ、というのが当時の常識だろう。トリックを生かすだけに生まれた段ボールの書き割り人形が許されるのはゲームやクイズと化した「探偵小説」というジャンルが確立してからだ。
全体の構成もなかなか凝った感じ。まーひねくれた今の読者にはあまり受けないレベルと思うが、私にはこのくらいで十分だ。
当時、流行だった◆◆(一応伏せ字)の知識がちょっとあると、なお楽しめると思う。(p34の描写でピンとくる人なら大丈夫だろう。)
続く『矢の家』も楽しみだ。
以下トリビア。
p9 八月の第二週にはいつもサヴォア県の温泉保養地エクス・レ・バンへ旅行し(the second week of August came round to travel to Aix-les-Bains, in Savoy)♠️物語の始まりは、続く記述から八月第二週目の月曜日。
p9 バカラルーム(the baccarat-rooms)♠️当時流行の賭博。ラッフルズにも出ていた。
p10 ルイ紙幣♠️ここの原文に「紙幣」は無い。この後に「五ルイ紙幣(five-louis note)」が出てくるが、ルイ(louis)は20フラン金貨の意味で、この単位の紙幣は存在しないはず。この小説で「ルイ」が出てくるのは賭け事のシーンだけなので、カジノの遊戯用として専用の「ルイ紙幣」が発行されていたのか?仏国消費者物価指数基準1909/2021(2665.73倍)で1フラン=4.06€=530円。
p15 スワニエ(soignee)♠️フランス語soignée「身だしなみのよい;手入れの行き届いた,きれいな」
p20 同行♠️コンパニオン(her companion)
p24 ココアを味わう(enjoying his morning chocolate)♠️フランス人は飲むチョコレートが好きなのか。
p24 成功した喜劇役者といった趣(looked like a prosperous comedian)♠️具体的な実在人物イメージあり?
p24 ああ、友よ(Ah, my good friend)♠️ポアロならモナミ!というところ。
p25 フランスの探偵… 我々は下僕にすぎません… 予審判事(in France a detective…. We are only servants…. the Juge d'lnstruction of Aix)♠️「探偵」というより公的警察の「刑事」が相応しい感じ。当時のフランス警察制度はよく知らないのだが。
p28 日雇掃除婦… 毎朝7時にきて、夕方の7時か8時に帰る(there was a charwoman…. came each morning at seven and left in the evening at seven or eight)
p39 電話♠️既に普及している。英国は結構普及が遅かった。
p42 僕はユダヤ人を軽蔑してはおりません(I do not speak in disparagement of that race)♠️ここでドレフュス事件(1906年7月無罪判決)への言及あり。とすると本作の作中年月はそれ以降、ということか。
p44 エクスを一時五十二分に出る汽車に乗れば、二時九分にはシャンベリに着ける(by the train which leaves Aix at 1.52 and arrives at Chambery at nine minutes after two)♠️こういう細かい時刻を言うのだから、当時の鉄道は時間に正確だったのだ、と思う。
p47 六十馬力(Sixty horse-power)♠️当時の車だと最新式のBenz 35/60 hp (1909)あたりか。とすると1909年が作中年かも。
p71 カロリーヌ・レブーの一万二千フランもする帽子(have lace petticoats and the softest linen, long white gloves, and pretty ribbons for her hair, and hats from Caroline Reboux at twelve hundred francs)♠️正しくは1200フラン(=64万円)、帽子は複数、金額から考えると、前段のペチコート、肌着、手袋、リボン、帽子の総額だろう。Caroline Reboux(1837–1927)はパリの帽子屋、デザイナー。
p144 五フラン(a five-franc piece)♠️辻馬車の運賃
p175 大きなニューファウンドランド犬(a big Newfoundland dog)♠️水難救助犬、人命救助犬として優れている。
p188 お国で起こった歴史的犯罪(There's an historic crime in your own country)♠️英国の実在事件と思われるが、見当つかず。
p196 五フラン硬貨(the five-franc piece)♠️当時のは1871-1878鋳造の銀貨(純度0.90)、重さ25g、直径37mm。
p206 従僕(valet)♠️確かに!
p223 ダヴェンポート兄弟(Davenport brothers)♠️ブラウン神父のとある作品(1912)でも言及されてる有名人。19世紀後半に活躍。


No.353 7点 死体は散歩する
クレイグ・ライス
(2021/08/24 19:56登録)
1940年出版。弁護士マローン第2作。ジェイクとヘレンも登場するトリオ第2作でもある。人並由真さんのゴキゲンな紹介で一気に読みたくなった本作。期待にそぐわぬ出来栄え!(人並由真さん、ありがとうございました!) 創元文庫で読了。
私としては、このトリオのシリーズだと、もっとヘレンが魅力的に描かれなければならない、と考えていて、そういう意味ではこれは最高傑作では無いはず(続く『大はずれ』と『大当たり』が楽しみ)。確かにプロットが素晴らしい。夢の展開(つまり緩い連想で次々と場面が変わるもの)が好きな人にはたまらない、と思う一方、厳密な方々には、ちょっとアホくさ、と思われてしまうかも。
クレイグさん(これ、苗字から採用したペンネームだったんだね。どうりであんまり聞かないと思った)の良さは、気イつかいのところ。人への対応、眼差しが、繊細な心遣いに溢れてて、そのくせ「おれは誰も信じない(I never believe anybody、「決して」を入れて欲しい)なんて、ハードボイルドに振る舞うわけ。よっぽど実人生で悲しい思いをしたんじゃなかろか、と邪推してしまう。
今回はシカゴの名所が活躍し、通りの名前もほぼ全部実在のもの。(メルヴィア通りとマークウィス街は探せなかったが、Melvina Avenueがあった。)
以下、トリビア。
作中年代は「スタインベック(p69)」が話題になってるから1937年以降。
p9 きみはもうだれの恋人でもない♦️歌詞は原文では“It just don’t seem right, somehow, / That you’re nobody’s sweetheart now”となっている。Nobody's Sweetheart Nowはミュージカル・レヴューThe Passing Show of 1923のために作られた曲。詞Gus Kahn & Ernie Erdman、曲Billy Meyers。正しい歌詞は“it all seems wrong somehow”なんだが…
p10 オルガン形の机(the imitation spinet desk)♦️ちょっと勘違い。スピネット(小型チェンバロ)を模した形のアンティーク机、ということだろう。多分、必ず引き出しあり。英wikiに”spinet desk”で項目あり。
p16 二十ドル札(twenty-dollar bills)♦️1928年の紙幣サイズ小型化(156x66.3mm)以降、表はAndrew Jackson、裏はWhite House。米国消費者物価指数基準1938/2021(19.36倍)で$1=2134円。$20札だと42680円の高額紙幣。当時は$10000札まであり、1945年になって$100札を超える紙幣の発行を停止した。
p18 輝く月… 真夜中の空に映え…(Golden Moon … over the midnight sky.…)♦️この歌詞の歌は調べつかず。架空?
p41 中国人がふたりも私の口の中で自殺(you never should have allowed those two Chinamen to commit suicide in my mouth)♦️口の中がヒドイ状況を言ってるのだろうけど、現代では使えないジョーク… もしかしてニンニク臭いってこと?
p42 ヨーロッパの重大時局… 第一面の記事♦️本篇中に出てくる数少ない時事ネタ。
p46 ビーチ・ローブ… テニスや水遊び♦️多分、作中の季節は夏? シカゴの平均気温は6月23度、7-8月28度、9月23度くらいのようだ。
p59 まるでエドガー・アラン・ポオの小説みたいに聞こえる(You sound like something by the late Edgar A. Poe)♦️わざわざ「故」付けが可笑しい。念頭にあるのはどの作品だろう。(ポオ全集を読んでる方には自明?) わかっていないのに言うのは愚の骨頂だが、詩の可能性もある、と思うので「小説」という限定は不要だと思う。
p66 宝石店からダイヤモンド・リルをひっぱり出す♦️ 前歯にダイヤモンドを植え込んだ女性がいてDiamond Tooth Lilと呼ばれたようだ。Diamond Lilはメエ・ウエストが書いた劇(1928)及びその主人公の名前。
p85 デイ・ベッド(a day bed)… 小型机(a spinet desk)♦️前者はソファーベッド、後者は前出(p10)と同じ机だろう。
p92 ドアの上にブザー… 三回鳴ったら、あなたにお電話が入ってる、という意味(there’s a buzzer over your door. Three rings means you’re wanted on the telephone)♦️アパートの仕組み。まだ各部屋に電話は引かれていない。
p105 ミシガン・アヴェニュー橋(the Michigan Avenue Bridge)♦️可動橋(1928年完成)。シカゴの名所。勝鬨橋みたいなヤツ。まだ現役のようだ。羨ましい。現在はDuSable Bridgeというらしい。
p127 ボーイがデスクで『アメージング・ストーリーズ』を読みふけり(A page boy sat at the desk, absorbed in a copy of Amazing Stories)♦️1926年創刊のSFパルプ雑誌の草分け。不況のためか1935年8月号〜1938年10月号は隔月刊になっている。Eando Binder, Stanley G. Weinbaum, Frederic Arnold Kummer, Jr.が当時の主力か。
p139 火星人の襲来(the little men were landing from Mars)♦️1938-10-31のオーソン・ウエルズのラジオドラマによる騒ぎでlittle green men from Marsが冗談記事になったようだ。
p192 まったく異なる二つの問題の、それぞれ独立した一部分(different parts of two entirely different things)♦️この翻訳だと、何か元ネタがありそうな感じ。だが私にはピンとこない。調べつかず。似たような事をマローンが167ページで言っているが…
p208 黒人の喋りのマネ♦️現代では完全にアウト?(でも、そうなら現実をどうやって表現すれば良いのだろうか)。一応、原文をあげておく。“Scuse me fo’ disturbin’ you, Mist’ St. John, but they’s a daid man in the kitchen”
p210 スワミ(swami)♦️ヒンズー語で学者・聖者・権威のこと。続く「はーるかなる」はアル・ジョルスンの大ヒット曲の歌い出し。(原文: Way down upon the 〜) (2021-8-25追記: アル・ジョルスンじゃなくてStephen Fosterの名曲”Old Folks at Home”(1851年作)ですね。良く確認しないで勢いで書くからこうなる。単なる勘違いを誤訳だ!と騒ぎ立てる(←お前のことだよ)のはやめましょう…)
p218 二セントくれれば(for two cents)♦️最後の藁の重み、みたいな感じではないか。試訳: あと二セント分のトラブルで
p241 『ザ・ラスト・ラウンドアップ』の一節を口笛で(whistling a bar of “The Last Round-Up”)♦️JDC『死時計』(1935)でハドリーが歌ってた1933年の大ヒットC&W。
p252 石の根(leaving no turn unstoned)… 虫の根(leaving no worm unturned)♦️正しくは”leave no stone unturned” 草の根わけても、全部の石をひっくり返して徹底的に探す。 試訳: 「全部の裏を石かえして」… 「全部の虫を裏返して、でしょ?」
p285 屋台引きからアメリカ有数のキャンディ会社の社長に(had risen from his pushcart to become head of the Candy Company)♦️シカゴのガム会社社長リグリー(William Mills Wrigley Jr. 1861-1932)のイメージなのか。最初13歳の時、フィラデルフィアで父の会社製の石けんをバスケットに入れ、手売りしていた、というエピソードあり。
p286 リグリー・ビルディング(the Wrigley Building)♦️これもシカゴに現存するランドマーク。1921年建造、1924年北館完成。


No.352 9点 三つの棺
ジョン・ディクスン・カー
(2021/08/09 21:34登録)
1935年出版。フェル博士第6作。私の妄想では1933年出版予定だったジェフ・マール第6作&バンコラン最後の事件(第5作)。早川文庫の新訳で読了。翻訳について、ハドリーのフェルに対するセリフは、もっとタメ口で良いのでは?という感じ以外は文句なし。
さて、冒頭を読んで確信しました。我が妄想を裏付けるような記述が堂々と。
これってJDCの『黄色い部屋』本歌取りだ!完全密室プラス通路での消失トリック、というのは、間違いなく『黄色い部屋』の大ネタを意識している。じゃあ『黄色い部屋』のラストの大ネタ、犯人像は?と考えると、JDCの初期構想では『黄色い部屋』を超えるものを用意していたはず。まさにバンコラン最後の事件が相応しい。
あんまり詳しく書くと多方面でのネタバレになるのでやめておくが、私の妄想の中ではグリモー=バンコラン、ミルズ=ジェフ・マール(これなら証言が確実であることを文章内で保証する必要は無い)で決まり。バンコランの謎の過去が暴かれ、素晴らしい血みどろのフィナーレ…
まあこれ以上は私の正気が疑われるので書きません。
実際の本作に関しては、小説中にも出て来るが、非常によく出来たマジックの種明かしを読んでる感じで、やっぱりこれが探偵小説の醍醐味だろう。ある部分、がっかり感もあるが、でも素晴らしい力技だよね(空間をねじ曲げる重力場じみたパワー)。そしてがっかりが当たり前なんだよ、嫌な奴は探偵小説なんか読むな!という後年の自作に対する評価への先回りの言い訳と思われるようなフェル博士のセリフが微笑ましい。(p289の「密室講義」冒頭の堂々たる(異常な)宣言は、40年ほど前に初めて読んだ時、物凄い衝撃を受けたものです…)
さて『毒のたわむれ』にちょっと書いたフリードリヒ・ハルム『マルチパンのリーゼ婆さん』(Die Marzipanliese 1856)の紹介(水野光二1990明治大学)だが、そこに書かれてるあらすじ(梗概)を読んだらさらにびっくり!これ絶対JDCが本書のネタにしてる。というわけで是非Webにある論文を読んでいただきたい。登場人物の名前ホルヴァート(Horvath)だけでない類似が見つかるはず。(HalmのほうはHorváth)
トリビアは銃に関するものだけをあげておこう。
「銃身の長い三八口径のコルトのリボルバーで、30年前の型(a long - barrelled .38 Colt revolver, of a pattern thirty years out of date)」が出てくる。本作の年代は「2月9日土曜」とあることから1935年。約30年前の38口径コルト製リボルバーならNew Army and Navyと呼ばれた原型が1892年製のものだろう(マイナーモデルチェンジがあって他に1894, 1896, 1901,及び 1903の各モデルがある)。これらは38 Long Colt弾を使用するモデルだが1908年以降はお馴染み38 Special弾対応のThe Colt Army Special(海軍用はNavy Specialと呼ばれたようだが同じもの)が製造されている。本書の銃は後者の38 Special用だと思う。(原文のout of dateを「時代遅れになった」と捉えると前者New ArmyモデルがArmy Specialに切り替わったこととまさに合致するから、New Army説が良いのかなあ。私はp389の説明から38 Special説としたのだが…)(追記: 『ピストル弾薬事典』で確認したら38 Long Colt弾でもp389の話と矛盾しないことがわかったので、Colt New Armyで間違いなし!)

(追記2021-8-13) 上記を書いた後で、他の方の書評を読んで、特におっさんさまご指摘の新訳の誤訳が気になりました。おっさんさまが具体的に指摘している箇所とは別に、私も一件、ちょっと大事な部分の誤訳をお知らせしたいと思います。(他にはどんな誤訳があるのだろう…)
プロローグ、グリモーVSフレイのシーン。何やってんの?と思った場面です。
p18 [フレイは]手袋をした両手でグリモーのコートの襟を引き下げ(his gloved hands twitching down the collar of his coat)♠️最初のhisと次のhisは同一人物です。フレイは自分の顔をグリモーだけに見せる目的で近寄って、コートの襟元をちょっと下げた、という場面。「(自分の)コート」が正しい翻訳。(Webサイト「黄金の羊毛亭」さんちで教えていただきました) だいたい飲食店でくつろいでるグリモーがコートを着てるわけがないよね。
クリスティ再読さまは「改め」という用語で、本作品の本質をズバリ!流石です。

471中の書評を表示しています 101 - 120