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ミステリの祭典

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天皇の密偵
ミカドのミスター・モト

作家 ジョン・P・マーカンド
出版日1981年02月
平均点6.00点
書評数2人

No.2 6点 弾十六
(2022/09/06 19:38登録)
1938年出版。初出Saturday Evening Post 1938-7-2〜8-13(7回連載)。新庄さんの翻訳は立派な日本語ですが、会話がやや硬めかも。訳者あとがきに本書と作者についての解説があり、簡潔ですがよくまとまっています。
原題Mr. Moto Is So Sorry、モト氏は日本人のイメージどおり何度もSo sorryと繰り返します。
アジア人が多数登場するのですが、主人公の眼は子供のようにまっさらで、人種的偏見に全く毒されていません。ポスト誌らしく上品に話が進みます。英Wikiからマーカンドの略歴を知ったのですが、ちょっとシニカルな感じは生い立ちから来ているのか、と納得。当時のアジア情勢の描写でも作者の観察眼は的確で、結構リアルっぽい。話の筋はルーズな感じがしますが、いろいろと起伏に富んでいて、ふわふわした感じながらも楽しい物語でした。キャラ付けも良く、この作者の普通小説も読んでみたいと思いました。
以下トリビア。私が参照した原文はOpen Road(2015)。そこには見出しタイトルは無く、第◯章とあるだけ。この翻訳は週刊サンケイに連載されたというから、その時に編集部がつけたものか(先に結果を知らせてしまう残念なヤツがあった)。
作中現在はp107、p110、p133、p309から1937年or1938年の6月。
米国消費者物価指数基準1937/2022(20.57倍)で$1=2914円。
銃は、消音装置付き(with a silencing device)拳銃(全く根拠は無いが32口径FN1910を推す)と「38口径のアメリカ製自動拳銃(a thirty-eight caliber automatic… of American make)」(こちらも根拠は無いがColt M1908 Pocket Hammerlessを推す)などが登場。
p5 釜山(プサン)行きの連絡船
p6 薄茶色の髪(sandy hair)◆ そして「ソバカスだらけ(freckled)p6」というから「にんじん」タイプの外見なんだろうか。
p7 北平(ペイピン)◆ 当時の北京の正式名称。
p9 名刺… 長方形のカードで「I・A・モト」と印刷(a visiting card, a simple bit of oblong card on which was printed “I. A. MOTO.”)◆ ミドルネーム付き!それならクリスチャンの洗礼名かも、と妄想した。ネットで調べると、モトなら「元、本、素、茂登、毛登」などが実在する苗字のようだ。
p10 グル・ノール(Ghuru Nor)◆ 架空のモンゴル地名
p11 北京原人◆1929年12月発見
p14 一九一◯年生まれ
p15 二等で下関に
p22 ニューヨークなまり(have the New York voice)
p31 あの大砲はドイツ製の七七ミリに見えます(Those guns look like German seventy-sevens)◆ ドイツ軍の野戦砲7.7 cm FK 16のことか。ここでは日本軍のを指しているので三八式野砲(75ミリ)だろうか。日本軍は77ミリを採用していない。
p45 リキシャー(人力車)(rickshaws)
p45 ドロシキー(無蓋四輪馬車)(droshkies)
p61 エール大学での成績が非常に悪かった(did very badly at Yale University)
p80 ボルトはついてない(there wasn’t any bolt)
p85 ドアの外に靴を置く(to put your shoes outside your door)◆ 英国の流儀のようだ
p104 日本の貨幣… 真ん中に穴があいている◆ 当時なら五銭硬貨か十銭硬貨だろう。五銭ニッケル貨(1933-1938)はニッケル100%、 2.8g、直径19mm、孔径5mm、十銭ニッケル貨(1933-1937) はニッケル100%、4g、直径 22mm、孔径6mm
p104 アメリカの50セント銀貨◆ Walking Liberty half dollar(1916-1947)、90%silver、12.5g、直径30.63mm
p105 銃剣付きのライフル◆ 三八式歩兵銃(1905制定)だろう。
p107 六月
p110 一九三一年九月… 何年も経っていた(had happened a good many years back)
p116 自動拳銃(automatic pistol)… トレンチ・コートのポケットに(slipped it into his coat pocket)◆ ここのcoatは背広の上着のこと。本書には「トレンチ・コート」の場面も確かにあるのだが、原文ではその場合、ほぼ必ずtrench coatと表現している。
p117 関釜連絡船
p121 万里の長城… 山海関
p129 中国浪人(the Old China Hand)◆ old handで「老練な者」
p133 最初は満州… ◆ ここの記述から日本は既に熱河(ジョホール)でことを起こしているようなので1933年5月以降。
p142 トレンチ・コートをぬぎ(took off his coat)… まるめてから寝台の上にのせ、枕がわりとした(rolled it up carefully, lay down on his berth and put the coat beneath his head)◆ ここも「上着」を枕にした、という場面だろう。
p145 歌の文句◆ 心配事は古い袋にしまいこんでおけ(Pack up your troubles in your old kit bag)は第一次大戦の有名曲。George Henry Powell作詞、Felix Powell作曲の1915年の作品。“and Smile, Smile, Smile”と続く。某Tubeに音源あり。詳細は英Wikiで。
以下もこの曲のリフレイン。
「艱難辛苦を肩代わりする悪魔がおるかぎり(While you’ve a lucifer to light your fag)」
「スマイルだよ、諸君、そのスタイルで参ろう(and smile, boys, that’s the style)」
「心配したところでいったいなんになる?(What’s the use of worrying? It never was worth while)」
p181 アイハラ(Ahara)◆ アハラ(阿原?)かエイハラ(栄原?)で良いのでは?無理矢理「アイハラ」にする必要は無かったと思う。
p209 三万円(thirty thousand yen)◆ 日本消費者物価指数基準1935/2021(1838倍)で当時の¥30000は現在の5500万円に相当。作中現在より昔の話なので実はもっと価値があったろう。
p226 自明の運命(manifest destiny)
p227 客室の小さい飛行機(a small cabin plane)
p248 トレンチ・コートのポケットに(side pocket)◆ ここも余計な「トレンチ」の付加。試訳: [上着の]サイド・ポケットに
p257 ライフルを手にしたひとりのモンゴル人◆ 当時の装備はソ連系か?モシンナガンのドラクーン版を推す。詳細未調査。
p309 黒竜江(アムール)で◆ 乾岔子島事件(1937年6月〜7月)のことか
p327 小麦色の手(brown hand)
p333 家の中はだらしなくしてる(you’re disorderly around the house)

No.1 6点 mini
(2015/01/14 10:02登録)
先日7日に論創社から、リチャード・S・プラザー「墓地の謎を追え」とジョン・P・マーカンド「サンキュー、ミスター・モト」の2冊が同時刊行された
マーカンドの「天皇の密偵」は過去に書評済だが、今回の論創社の新刊に合わせて一旦削除して再登録

マーカンドは日本ではマイナー扱いだろうが、戦後にアメリカで人気を博した準メジャークラスの作家で、人気度的には日本版チャーリー・チャンとでも言えようか
内容的にはほぼスパイ小説で間違いない
大戦の足音が近づく不穏な時代、ある事情で日本から釜山に渡る船に乗り込んだアメリカ人青年は、船上でモト氏という名の日本人に出会う
そこから舞台は朝鮮半島から当時は日本軍の傀儡政権だった満州国を経由して旧ソ連軍と対峙する内モンゴルへと進む
その間にこの手の作品ではお約束のアメリカ人美女や怪しげなソ連スパイなどが入り乱れと、多分にありがち感はあるものの、なかなか面白い
作者は記者として日本や東アジアを良く知っており、日本の読者が読んでもそれほど違和感は無い

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