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ミステリの祭典

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弾十六さんの登録情報
平均点:6.13点 書評数:459件

プロフィール| 書評

No.399 7点 怪奇探偵・写楽炎1蛇人間
根本尚
(2022/06/18 10:59登録)
2018年出版の漫画短篇集。元は同人誌での発表らしい。初出データはこの電子本に記されておらず、ネットにも落ちていなかったが、第一話の新聞(p45)が2009年(平成21年)7月の日付なので、初登場はその辺りだろう。
絵はちょっと崩した感じが良い。メカのデッサンは大抵歪んでいて得意ではないようだ。刑事のモーゼル大型拳銃もバランス悪い。
トリック重視で名探偵が解決する本格ミステリ。怪奇風味が柱だが、いずれの謎も合理的に解決されます。
漫画ではトリック表現と手がかり描写が非常に難しいと思うが、この連作は上手く工夫して処理していると思う。
以下、各作品について一言。
1)「一つ目ピエロ」: 評価7点
 雰囲気良し。謎の提示が巧み。
2)「血吸い村」: 評価6点
 可能性を潰す描写が良い。
3)「踊る亡者」: 評価5点
 不気味さは一番かな。
4)「蛇人間」: 評価5点
 ちょっとまとまりを欠いた感じだが、そこが良いのかも。


No.398 6点 悪魔に食われろ青尾蠅
ジョン・フランクリン・バーディン
(2022/06/12 07:48登録)
ミステリ的には評価点のとおりイマイチ。途中でモードが変わる記述法(ゴチック体は原文イタリック)にオオッと思ったけど中途半端だし、ああいう流れになるなら構成の工夫不足。私はシモンズとは趣味が合わないといつも感じている。
でも個人的にとても興味深いポイントがあったのでご紹介。
「バッハやヘンデル、ラモーやクープラン(p12)」とあって、この並べ方でEarly Music好きなんだな、とわかる。続いて「アンナ・マクダレーナのサラバンド(Anna Magdalena’s sarabande)p13」だもの。このサラバンド、何だろう、と読み進めると、これは『ゴルドベルク変奏曲』のアリアのことだと示される(1曲目と32曲目に弾かれるもの)。なので本書のBGMはバッハ『ゴルドベルク変奏曲』(1750)が相応しい。久しぶりにいろいろな奏者で聞き比べてしまった。(なぜ「アンナ・マグダレーナ」と言われているのか、というとバッハの後妻アンナ・マグダレーナの名前が記されたバッハ家の音楽記録集(1725)にサラバンドのリズムのこのアリアが転写されているから)
本作に出てくる音楽は、このアリアと、冒頭に長々と引用されている『青尾蝿』がメイン。
『青尾蝿』The Blue-Tail Fly(Jimmy Crack Corn)は冒頭に“An authentic Negro Minstrel song of circa 1840”(本物の黒人ミンストレルの唄1840年ごろ)とあり、結構有名な曲。1946年ごろBurl Ives & Andrews Sisters の録音もある(更によく調べると1947年秋の録音だが、AFM音楽家のストで発表は1948年夏だという。とすると本書執筆時に間に合っていない)。 Pete SeegerやBig Bill Broonzyも取り上げており、現在では子供の歌として流通している。(エミネムも引用しているようだ) 英Wiki “Jimmy Crack Corn”に詳しい解説があり、リンカーン大統領が好きだった曲らしい。某Tubeで聴くと意外にも明るい楽しげなメロディなので一聴の価値あり。曲タイトルがわからないと探しづらいので、原タイトルを解説などで補って欲しかったところ。
古楽好きの私にとっては1948年にEarly Musicネタを取り上げてるところなど、この作者って結構なマニア性向なのでは?と思った。当時(も今も)クラシック音楽界でEarly Musicなんて音楽の歴史として、昔はこんなのもありました、珍しいですねえ、的な扱われかた。(まあ現代ではバッハを古楽器で演奏するのは常識になったのだが…)ハープシコード(以下「チェンバロ」と表記)なども現代のような時代に忠実な響きの良い楽器ではなくて、金属音が耳障りなピアノの出来損ないのようなものだったし… (本作で触れられている「ペダル付き」というのも当時のモダン・チェンバロの特徴だ)
この機会に米国におけるEarly Musicの状況を調べると、まず古楽界の開祖Arnold Dolmetsch(1858-1940)が1903年に米国に訪れ、古楽を拡め、ボストン(1905-1911)でたくさんのチェンバロを製造している。最初のスター・チェンバロ奏者Wanda Landowska(1879-1959)の米国デビューは1923年。チェンバロ奏者Yella Pessl(1906-1991)も1931年に米国に移住し、多くの弟子を育てている。(彼女が本書の先生のモデルか?←根拠薄い)
古楽復興のドルメッチはウィリアム・モリスやラスキンにも支持されていて、つまり機械的な物質主義にまみれた資本主義から、素朴な手触りのある「いにしえの時代へ」という精神なのだろう。その精神は米国で1940年代に沸き起こったフォーク・リバイバルにも通じる。(だから「ヴィレッジで大評判(p114)」のフォーク歌手、というわけだ。この土壌からジョーン・バエズやボブ・ディランが出てくる)
というわけで一見無関係に見える『ゴルドベルク』と『青尾蝿』は時代精神の底で繋がっているのだ。
現代ロシアの作曲家D**は、その正反対のものとして示されているのだろう。私は最初ドミートリイ・ドミートリエヴィチ・ショスタコーヴィチかな?と思ったが、ショスタコさんはちゃんと名指しで本書に出てくるから違うんだね。登場する音楽 “田舎の踊り、ポルカ『黄金時代』から” (A rustic dance, a polka. From “The Age of Gold”(1930)p67)は某TubeでShostakovich polka from the age of goldでピアノ独奏版が聴けます。
さて以下トリビア。音楽関係は余計な情報が満載です!
作中現在は「1944年(p64)」の少なくとも二年後だろう、という事しか確かではない。
p8 献辞To John C. Madden / with respect and admiration◆調べつかず。
p38 一段(one manual)◆チェンバロは二段マニュアル(キーボード)が「通常」とあるが、一段マニュアルのチェンバロも結構普通にある。
p61 グローヴスの全作品、サン・ランベールの『クラヴサンの原理』、クープランの『クラヴサン演奏の技術』、ドルメッチにアインシュタイン、トーヴィにカークパトリック(the set of Grove’s, St Lambert’s Principes du Clavecin, Couperin’s L’Art de toucher le clavecin, Dolmetsch and Einstein, Tovey and Kirkpatrick)◆訳注は煩雑になるのでここではカット。Early Music関連の名前がずらずら。この固有名詞の並べ方を見るとしっかりした知識があることがわかる。
冒頭は誤訳。正しくは「グローヴ音楽辞典一式」(Grove's Dictionary of Music and Musicians) 作中現在から第4版(1940年出版、全五巻)だろう。
次のLes Principes du Clavecin par Monsieur de Saint Lambert (Paris 1702)はフランスにおけるチェンバロの最初期の教則本。
続くL'art de toucher le clavecin (Paris 1716, revised 1717)はフランソワ・クープラン (大クープラン)の超有名な教則本。
ドルメッチは前出。ここにあるのはThe Interpretation of the Music of the XVIIth and XVIIIth Centuries(1915) (昔の音楽奏法についての古典的な書籍)だろうか。
Alfred Einstein (1880-1952)はドイツの音楽学者、モーツァルトの専門家。ここにあるのは音楽史の本か?
Sir Donald Francis Tovey (1875-1940) バッハの演奏用校訂版(平均律1924やフーガの技法1931など)で知られる。
Ralph Leonard Kirkpatrick (1911-1984) は米国のチェンバロ奏者、音楽学者、「ゴルドベルク変奏曲」の演奏用校訂版(1938)を出版している。
p108 ショパンとあのささやかなワルツ(Chopin and his little waltz)◆いうのも野暮だが「子犬のワルツ」だろう。
p109 ウェストミンスター寺院の鐘(A set of Westminster chimes)◆Wiki “Westminster Quarters” ああビッグ・ベンって真ん中の大きな鐘のことなんだね。全体は一つの大きな鐘を四つの小さな鐘が取り囲んでいる。初めて知りました。各時刻の15分には小さな四つの鐘だけが鳴り、30分には四つの鐘がそれぞれ二回、45分には三回、0分には四回とビッグ・ベンが時の数だけ盛大に鳴ります。小さな四つの鐘はローテーションで鳴る順番が5パターンある。
p133 タクシー代と一杯50セントのコーラ代で5ドル近く◆これは10年くらい前の話
p158 五セント◆コーヒー代
p165 古楽器の名手(master of ancient instruments)
p169 ダブル・ベースを叩いている


No.397 7点 巴里の奴隷たち
エミール・ガボリオ
(2022/06/04 10:07登録)
ルコックが登場する長篇小説、第四弾。連載Le Petit Journal、第一部B. Mascarot et Co 1867-7-9〜1867-10-22、第二部Le Secret de la maison de Champdoce1867-11-5〜1868-1-9、第三部Le Chantage1868-1-10〜1868-3-26。出版時(1868)には1 partie. Le Chantage, 2 partie. Le Secret des Champdoceの二部構成となっています。
悪い奴らの悪だくみ、でも何をしようとしてるのかがハッキリしない、というストーリーで、何だろう?何を企んでいるのだろう?とグイグイ惹きつけられます。途中でいつもの二部構造が唐突に始まり、ややそこはダレるのですが、関連性(ちょっとやり過ぎ)が分かると、こちらも先が気になってドンドン読めます。最後の方は筋だけになってアッサリ味になっちゃうのですが、悪だくみをすすめている前半部分は肉も肉汁もたっぷり豊富で、当時のパリが眼前に現れるよう。大ロマン小説が堪能できます。
まあいろいろ無理してる点はありますが、強烈なキャラや事件がいっぱい詰まっていて、上手に構成された非常に面白いピカレスク・ロマンでした。謎解き味は全然ありません。
物の値段がけっこう書き込まれているので、当時の物価の資料として使えるかも。
そういうトリビアは後で追加…したいのですが、フランス語が不得手なので昔読んだ『ルルージュ事件』すら投げっぱなしです。ああルパンの初期短篇もやらなくては…


No.396 5点 The Twenty-Six Clues
イザベル・オストランダー
(2022/05/28 11:03登録)
イザベル・オストランダー(1883–1924)とは何者?と思った方も多いかも知れません。
現在では全く忘れられた作家で英Wikiにも生涯の略歴さえほとんど掲載されていない作家です。
アガサ・クリスティの『おしどり探偵』で探偵マッカーティと相棒リオーダンのことが言及されていて、Web上で探してみたらほとんど情報が無く、いろいろググっているうちに、本書『二十六の手がかり』が黄金時代のパズラーに引けをとらない!(ただしフェアプレイではない)と評価されていたので、今回、読んでみました。Internet Archiveのファクシミリ版は、ごく僅かですが文字が読めないところがありますが99%は良好。デジタルの文字起こしはWikisourceにあるのですが、若干不正確です(文字が読めないところを全く無視している箇所あり)。
少なくとも1920年代には知られていた探偵作家のようで、34冊の長篇ミステリを出版していますが、現役バリバリの41歳で亡くなっているため、大家扱いされずに埋もれてしまったのかも。
主としてパルプ雑誌を活躍の舞台としていたようで、沢山の変名も雑誌に同時に複数のペンネームで書いていた、ということなのかも知れません。現時点で、作者の発見されている最初の作品"The One Who Knew"は1911年11月初出(長篇の分載)。
当時、著名な私立探偵だったWilliam J. Burnsの最初の探偵小説は、このオストランダーとの共作”The Crevice“(1915)です。業界を知る大物と新人作家のコンビ、というわけでしょう。ということは、実際の刑事や私立探偵の活動についてもしっかり聞きこんでいる、ということでしょう。
長篇"At One-Thirty"(1915)は盲人探偵 Damon Gauntを主人公としたもので、それ以前に埋もれているパルプ雑誌にこの探偵を短篇に登場させているかも、なので、世界初の盲人探偵の可能性もあるという。確認されている情報で言うと世界初の盲人探偵は、これまた『おしどり探偵』に言及されていたThornley Colton(初出1913年2月号)です。二番目はマックス・カラドス(初出1913年8月)、何故この時期に盲人探偵ブームが起きたのか、ちょっと興味がひかれます。
本書の主人公ティモシー・マッカーティを主人公とする初の長篇は“The Clue in the Air”(1917)、本書はシリーズ二作目です。マッカーティものの長篇は全部で5作が出版されています。
『おしどり探偵』で言及されている長篇“McCarthy Incog”はArgosy誌1922-7-15から連載。最初の号の表紙にマッカーティの顔が描かれています。四角い武骨な顔で、アイルランド系の警官っぽい感じ。『おしどり探偵』訳注で「変装の名人」とされていますが、この作品のincog.の意味は、マッカーティがひょんなことから被疑者になってしまい、不貞腐れたマッカーティが「俺は名前を言わないよ!」と地元警察に身分を明かすのを拒否した場面から。『二十六の手がかり』を全部、“McCarthy Incog”をちょっと読みましたが、マッカーティは全然変装なんかしません。メガネキャラでもないので『おしどり探偵』でタペンスが取り出す「アメリカ製の帽子、角縁メガネ」の意味はわかりませんでした。
マッカーティは実直な捜査と閃きで解決するタイプ。叔父が死んで大地主になり警察を辞めたが、その後も事件に巻き込まれて捜査を始める(実は謎解きが好き)、という感じ。警察に知り合いが多いので、情報も得やすい。相棒のリオーダンは現役の消防士なので、非番の時にはマッカーティと行動を共に出来るが、勤務番時にはマッカーティ単独で活動する。何故このコンビなのかは、きっと長篇第一作に書かれているのでしょう。リオーダンは、体力自慢で純真、何気ない発言で閃きを与えるだけなので、厳密には探偵役はマッカーティだけです。
 さて本書『二十六の手がかり』は1919年出版。雑誌掲載は不明。未訳作品の紹介はあらすじを書くようにと本サイトのルールがありますが、ネタバレ大嫌いの私としては、第一章の内容だけ簡単に紹介して、残りは目次のタイトルのみ列記するだけにします。
<第1章 犯罪博物館で>
舞台はアマチュア犯罪研究家ノーウッドの邸宅。有名な科学捜査探偵ターヒン、マッカーティとその相棒リオーダンが招かれ、ノーウッドはターヒンの実施する科学的心理測定方法について議論をふっかける。この議論の主題はチェスタトン「機械のあやまち」(初出1913年10月号)を思わせるもの。ポリグラフの実用化は1921年John Augustus Larson(米国バークレー)とされていますが、それ以前にいろいろな試みがあったのだろうと思われます。
頃合いをみて、ノーウッドは、彼らを私設犯罪博物館に案内し、いろいろな怪しげな展示物を自慢そうに紹介する。博物館には、かつて何人もが殺された手術台があり、その上の何かは大きな毛布で覆われていた。ノーウッドは「連続毒殺事件の被害者ピアトラ公爵夫人の骸骨ですよ」と説明する。「髪の毛は残っているのですか?」と聞くリオーダン。「有名な赤毛が数本骸骨に残っています」ノーウッドが覆いを取ると、そこには何と!
<以下は目次タイトルのみ>
第2章 二房の黒髪、第3章 マルゴ、第4章 別の邸宅、第5章 デニスの活躍、第6章 ノエルと記されたケーキ、第7章 三つの警告、第8章 ジョーン・ノーウッドの帰還、第9章 二つ目の手袋、第10章 暗闇で、第11章 壁の記録、第12章 「死から蘇った」、第13章 黒い財布、第14章 五月二十六日、第15章 たった一人で、第16章 「私がやったんじゃない」、第17章 一つの単語、第18章 探り合い、第19章 二発目、第20章 過去の出来事、第21章 署名 ヴィクター・マーシャル、第22章 マッカーティの交霊会、第23章 裏切る声、第24章 二十六の手がかり

私は1910年代の長篇探偵小説をほとんど読んでいませんが、次々と意外な事実が明らかになり、クライマックスに向かうストーリー構成は、黄金時代を思わせるものです。
リアリティは?な所もありますが、まあ許容範囲。残念ながら、Webサイトの評価通り、手がかりが読者に隠されていて、フェアプレイとは言えません。
まあでも最後に関係者を集めて、畳み掛けるような勢いで説明する探偵マッカーティの場面は結構ドキドキ。タネ明かしの順序もよく考えられており、効果的です。
翻訳に値するか?と言われるとキツイですね。何かコレ!と言うアピールポイントが無いのです(『おしどり探偵』で有名な…というキャッチフレーズでは弱いですよねえ)。
本格ものの骨格は、すでに1910年代には確立していた、と言うのが私にとっては収穫。あとは手がかりをちゃんと事前に示していれば、完全に黄金時代のルールに即した探偵小説と言えるでしょう。

ところで、この小説を読んで、何でここを隠すかなあ、もっと工夫できるよね、と考えていたら、フェアプレイについて閃いたのです。
当時は「驚きが無くなっちゃうから、この手がかりは隠すよ!」と言うのが小説の作法だったのでしょう。そう言う小説はホームズ時代から結構ありました。
でもそう言う構成ばかり読まされると、読者としてはワンパターンに飽きちゃって、フェアプレイって要はネタの前振り効果なのでは?と思うのです。
手がかりの提出と最後の驚きが上手く噛み合った作品がフェアプレイと称えられていますが、でも面白い小説ってフェアプレイのルールを守っただけで成立するわけではない。手品は全くフェアプレイではないけど、上手な手品ってプレゼンの工夫でビックリ倍増ですよね。
小説の効果(驚き)を高めるのが、単純な「隠し、隠蔽」だけではつまらんよ、と言うのが、実はフェアプレイ論の本質だったのでは、と思ったのです…


No.395 5点 クリスマス・プディングの冒険
アガサ・クリスティー
(2022/05/14 21:11登録)
1960年10月出版。早川クリスティ文庫で読んでいます。
原著は1920年代から1960年までの統一性のない作品集。
私はアガサさんを初出順に読んでいるので、タイトルは初出順に並び替え。カッコつき数字は単行本の収録順です。初出情報は、英WikiとFictionMags Indexで調べました。
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⑶ The Under Dog (初出Mystery Magazine 1926-4)「負け犬」小笠原 豊樹 訳: 評価5点
ポアロもの。
作者の中篇作品は初めての試みだろう。売れたのは米国雑誌だし、これも新しいリテラリイ・エージェントの助言によるものだろうか。
内容はちょっとゴタついていて、人物描写が軽く、切れ味に乏しい。ミステリ的にも弱い。強いて言えば、依頼人のキャラが面白いのが取り柄か。ポアロは現役バリバリの私立探偵、という設定。
p199 掛け金(a latch-key)
p201 ミラー警部(Inspector Miller)♠️初期のポアロもの(1923年スケッチ誌)にときどき登場する名前。
p202 お金でやとわれた話し相手(paid companion)
p208 従僕(vallet)… ジョージ(George)♠️ポアロの従僕。これが初登場だと思われる。英国人タイプ、背が高く、顔色は蒼く、感情を表に出さない(English-looking person. Tall, cadaverous and unemotional)。ヘイスティングズが使えないので、ウッドハウス調を狙ったものか。
p214 株が大暴落したとき----ときどきあります♠️現代の我々はすぐ1929年を思ってしまうが『ドクトル・マブゼ』(1922)などでもわかるように、資本主義の高度化に伴い、当時、暴落はちょいちょい起きていた。
p232 ラシャ張りのドア(a baize door)
p243 三番目のメイド(The third housemaid)
p277 メイヒュー(Mayhew)♠️戯曲版『検察側の証人』でもソリシタ役で登場している。同一人物か。
p286 これが堂々と出てくる。当時でも結構うさんくさいものだと思うが…
p300 紙の上でする足跡ゲーム(the game of tracing footprints on a sheet of paper)♠️どんなものかは不明。
(2022-5-14記載)
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⑸ The Dream (初出The Strand Magazine 1938-2)「夢」小倉 多加志 訳
ポアロもの。
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⑷ Four-and-Twenty Blackbirds (初出Collier’s 1940-11-9)「二十四羽の黒つぐみ」小尾 芙佐 訳
ポアロもの。
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⑹ Greenshaw's Folly (初出Daily Mail 1956-12-3〜7)「グリーンショウ氏の阿房宮」宇野 利泰 訳
ミス・マープルもの。
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⑵ The Mystery of the Spanish Chest (初出:週刊誌Women's Illustrated 1960-9-17〜10-1, 3回連載 挿絵Zelinksi)「スペイン櫃の秘密」福島 正実 訳
ポアロもの。元は「バグダッドの大櫃の謎」(The Mystery of the Bagdad Chest、初出
The Strand Magazine 1932-1)
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⑴ The Adventure of the Christmas Pudding (単行本初出; 雑誌掲載は週刊誌Women's Illustrated 1960-12-24〜1961-1-7 挿絵Zelinksi as “The Theft of the Royal Ruby”)「クリスマス・プディングの冒険」橋本 福夫 訳: 評価5点
ポアロもの。元はやや短めの短篇The Adventure of the Christmas Pudding(初出The Sketch 1923-12-12別題Christmas Adventure)
ほとんど同じ内容だが、時代に合わせて変えた部分あり。ヘイスティングズへの愚痴がある1923年版の方が良く出来ていると思います。クリスマス・プディングの習慣は1960年版の説明の方が詳しくてわかりやすい。
p63 十シリング金貨(ten-shilling piece, gold)◆英国ではジョージ五世のHalf sovereign 金貨(1926)が最後のようだ。純金,  4g, 直径19mm。
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TVドラマのスーシェ版(1992, 3期9話)はタイトルがThe Theft of the Royal Ruby。1923年版ではなく1960年版に基づく脚本。アラブの王族は現代を反映してかなり傲慢な若者になっていました。プディングを混ぜるシーンとか炎に包まれたプディングを切り分けるシーンがとても興味深かったです。
(2022-5-14記載)


No.394 5点 おしどり探偵
アガサ・クリスティー
(2022/05/08 03:25登録)
1929年出版。早川クリスティ文庫の新訳(2004)で読了。私もタイトルは『二人で探偵を』が好み。原題は『犯罪(捜査)の相棒、犯行現場の二人』くらいか。
短篇集の章割がちょっと変テコで、出版時には各タイトルの(第◯章)で示したような全23章(当時のサブタイトルを調べると、例えば第4章はThe Affair of the Pink Pearl (continued)という表記だった。昔「承前」を多用していたような作品集があった記憶があるのだが、本作だったのかなあ) 現在のペーパーバックなどは全17章(何故か第5話と第13話だけ途中で割ってサブタイトルも二つ。下では英語で副題を示した。創元文庫はこの章割)。早川クリスティ文庫だと話のまとまりを重視して全15話にまとめています。
連載はお馴染みThe Sketch 1924-9-24〜12-10の12週連続(全12話)、それに数か月前に発表した第13話と連載4年後に発表した第12話の二作を加えて単行本化。
こういう探偵小説のおちょくりのような短篇集は当時でも珍しいと思うのですが、EQの定員には採用されていない。マニア度は薄いのでEQにしてみれば物足りなかったのかも。
初期アガサさんの肩の凝らない楽天的な作品集。発想はSexton Blakeみたいな探偵スリラーだろうか。(某Tubeで当時もののサイレント映画が見られる。子供の助手も出ていて、こういうのが小林少年のルーツか)
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第1話 A Fairy in the Flat (第1章)「アパートの妖精」(初出The Sketch 1924-9-24 as ‘Tommy and Tuppence I. Publicity’ 第2話も同じ): 評価はパス。
物語の序章。コナン・ドイル先生(1859-1930)をからかっている。その態度が無邪気で良い。
p12 斑の豹(The Spotted Leopard)
p16 アルバート♠️『秘密機関』に登場していた探偵小説好きの少年。この頃には子供が普通に働いていた。14歳未満の労働禁止は英国では1933年に法制化。(同じ法律で死刑適用年齢は18歳に引き上げられた)
p18 デイリー・リー(the Daily Leader)♠️本作に登場する新聞名。ここは誤植。
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第2話 A Pot of Tea (第2章)「お茶をどうぞ」(初出は第1話と同じ、雑誌掲載時はひと続きの話だった): 評価5点
無邪気だなあ!そして甘々のロマンチック。
p25 数年来、離婚が激増している◆イングランド&ウェールズの統計だが、1914年577件、1918年1111件、1921年3522件、1923年2667件(なおアガサさん離婚年1928年は4018件で1921年の数字を初めて超えた) なお米国では1920年の離婚が170,505件で桁違いである。(1920年の総人口は英国4千万人、米国1億6百万人)
p25 ボウ・ストリート(Bow Street)…ヴァイン・ストリート(Vine Street)◆訳注が的を外している感じ。どちらも警察にゆかりのある地名。どちらもちょっと古い時代の話だから、次のセリフの(大昔の古き良き)「独身時代(bachelor days)」を思い出してるんじゃないよ!という繋がりなのか。
p26 ここ十年に出版された探偵小説は全部読んでいる(I have read every detective novel that has been published in the last ten years)◆アガサさんもそうだったのかも。
p28 顎といえるほどのものはないにひとしい(practically no chin to speak of)◆ここら辺の描写は「上流階級(toff)」の特徴なのか。
p28 腕利き探偵たち(Brilliant Detectives)
p30 ご老体の時代は終わりました(The day of the Old Men is over)◆ここら辺は当時言われていた文句なのだろう。
p38 ママは何でも知っている(Mother knows best)◆訳注でヤッフェ(シリーズ開始は1952)を挙げているのはびっくり!このタイトルの米国映画(1928)があるらしいが、もちろん本作のずっと後だ。多分、Father knows best(米国コメディ・ドラマ1949-1960)は、この文句のもじりなのだろう。起源を調べたが出てこない。ことわざみたいな文句だと感じた。
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第3話 The Affair of the Pink Pearl (第3章-第4章)「桃色真珠紛失事件」(初出The Sketch 1924-10-1 as ‘Tommy and Tuppence II. The Affair of the Pink Pearl’): 評価5点
まあ、楽しく行きましょうや。
p48 青いバスの切符(blue bus ticket)♣️London Transport Museum Bus Ticket 1920で当時のロンドンのバスの切符を見ることが出来る。
p51 ブローニー(Brownie)♣️1900年販売開始。当時$1(=4470円)ここで言及されているのはNo.2 Brownie(価格$2の後継モデル、幾つかのマイナーチェンジがありModel Fは1919-1924)だろうか。英Wiki “Kodak Brownie”参照。
p51 スモーカーズ・コンパニオン(Smoker’s companion)♣️ここの訳注もちょっとズレている。ソーンダイク・ファンならお馴染み、助手ポルトンが開発した携帯タバコ掃除具に似た七つ道具、錠前破りも楽々のやつ。初登場は“The Funeral Pyre”(初出Pearson’s 1922-9)のようだ。
p54 アメリカ人がいかに称号に弱いか
p55 家事専門の[メイド](housemaid)
p56 切り札もないのに賭けを二倍に(a redoubled no trump hand)♣️ゲームはブリッジだろう。正しい用語になおすと「ノートランプでリダブルがかかっていた時」no trumpは切り札を定めない勝負、redoubleは四倍。ここは旧ハヤカワ文庫(橋本 福夫 訳)も同様の翻訳。
p56 場札と同じ札があるのに… ♣️revokeという反則。旧ハヤカワ文庫を丁寧にパラフレーズしている。
p61 レックス・V・ベイリー事件(the case of Rex v Bailey)♣️「国王対ベイリー事件」英国裁判の表記。旧ハヤカワ文庫ではちゃんと「レックス対ベイリー事件」と訳してるのに!
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第4話 The Adventure of the Sinister Stranger (第5章-第6章)「怪しい来訪者」(初出The Sketch 1924-10-22 as ‘Tommy and Tuppence V. The Case of the Sinister Stranger’): 評価6点
こういう話は明るく能天気にさらっとゆくのが正解。
p86 ワニ足(Clubfoot)♠️これは次との関係で「カニ足」で良いのでは? (旧ハヤカワ文庫は「がにまた」訳注ではオークウッド兄弟のあだ名だと誤解) (2022-5-8追記: Clubfootは一般的に「エビ足」かも。私はすっかりcrabと間違えていました)
p87 オークウッド兄弟(brothers Okewood)♠️Valentine Williams(1883-1946)作のスパイ・スリラーの主人公。Clubfootは彼らの宿敵のあだ名(本名Dr. Adolf Grundt)、長篇4冊(1918-1924)で活躍する。
p98 カール・ピータースン♠️自信なさそうな訳注… 翻訳当時は詳しいWeb情報がなかったのかも、だが。Carl PetersonはDrummond最初の4長篇(1920-1926)の宿敵、変装の名人。
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第5話 Finessing the King (第7章)-The Gentleman Dressed in Newspaper (第8章)「キングを出し抜く」(初出The Sketch 1924-10-8 as ‘Tommy and Tuppence III. Finessing the King’): 評価5点
Kのフィネッスとはブリッジ用語で、味方のAの影をチラつかせ敵のKを出させないようにして、場を自分のQなどで攫うこと。
まあどう考えても無理なトリックがあるが、細かいことは気にせずに…
p109 スリー・アーツ舞踏会(Three Arts Ball)◆架空かと思ったら有名な実在の仮装舞踏会のようだ。British Pathéに当時もの(Royal Albert Hall開催)の映像があった。
p110 ボヘミアン的な食べ物(for bacon and eggs and Welsh rarebits—Bohemian sort of stuff)◆ベーコンエッグやウェルシュ・レアビットはボヘミアン風なのか…
p112 消防隊員の制服一式
p113 おしのびのマッカーティ(McCarty incog.)◆ Isabel Ostrander作(1922)のタイトル。探偵役はex-Roundsman Timothy McCarty(どうやら遺産を相続して警察を辞めたらしい)とその友人Dennis Riordan(職業がcity fireman、なのでp112の小ネタ)のシリーズ代表作のようだ。作者についていろいろ調べているとシリーズ第2作“Twenty-Six Clues”(1919)がヴァンダイン、EQ、そしてJDCばりの複雑なプロットの作品で1910年代米国本格探偵小説の傑作(ただしフェアプレイではない)と某Webに書いてあった。それなら読んでみるしかないっしょ!(読み終えたら結果はこのサイトで発表します…)
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第6話 The Case of the Missing Lady (第9章)「婦人失踪事件」(初出The Sketch 1924-10-15 as ‘Tommy and Tuppence IV. The Case of the Missing Lady’): 評価5点
わざとらしい雰囲気と結末が、この連作らしくて良い。
p146 デイリー・ミラー
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第7話 Blindman’s Buff (第10章)「目隠しごっこ」(初出The Sketch 1924-11-26 as ‘Tommy and Tuppence X. Blind Man’s Buff’): 評価5点
何故ここはマックス・カラドスじゃないのか? 当時はかなりマイナーだったのだろう。なおミステリ史上初の盲人探偵は第5話に出てくる探偵の作者Isabel OstranderのDamon Gauntだったかも、という説があるらしい。
本作は、まあ何となくそうなるよね、という感じ。
登場するThornley Coltonがどんな奴だか知りたくてWebで短篇集第一話(初出People’s Ideal Fiction Magazine 1913-2 as ‘Thornley Colton, Blind Reader of Hearts. I.—The Keyboard of Silence’ 挿絵J. A. Lemon)をちょっとだけ読んでみました。作者Clinton H. Stagg (1888-1916)は米国人でジャーナリスト、作家、初期ハリウッドの脚本も書いています。ずいぶんと若死に。
p165 鍵盤は静まり返ってる(the keyboard of silence)♠️ソーンリー・コールトンの握手は独特で、人差し指で相手の「静かなる鍵盤--手首」の脈に触れ、相手を読み取るのだ!
p165 問題研究家(Problemist)♠️ソーンリーが冗談まじりに自称している肩書き。「問題主義者」という感じかな。socialistとかnationalistとかの用法がイメージにあるのでは?
p165 河の堤で拾われた…♠️ハンサムだが影のように付き従うソーンリーの秘書Sydney
Thamesは、拾われた捨て子で「有名な川と同じ苗字」と作品中で言及されている。なので今回のタペンスは「ミス・ガンジス」
p165 フィーまたの名シュリンプ(the Fee, alias Shrimp)♠️ソーンリーにはニック・カーターに憧れる子供の助手がいて(当時のニック・カーターの名声って侮れませんねえ)、ある殺人事件を解決した結果、ソーンリーが引き取ることになったので「報酬(the Fee)」とテムズに呼ばれている。ソーンリーは「小海老(Shrimp)」と呼んでいるが本名はわからない。この事件、フィーの母親が被害者で、父親が犯人、という実にメロドラマな設定。
p165 ヒェー(Gee)♠️「ちぇっ」が一般的。
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第8話 The Man in the Mist (第11章-第12章)「霧の中の男」(初出The Sketch 1924-12-3 as ‘Tommy and Tuppence XI. The Man in the Mist’): 評価5点
引き合いに出した探偵小説のムードを良く伝えている作品だが、ちょっとズレた感じ。健闘賞。
p190 私はアガサさんが繰り返し頭の空っぽな美人女優の話を書くので、子供の頃、美人というのは馬鹿なのだ、とすっかり思い込んでしまっていました…
p199 赤、白、青◆この原色の色彩感覚はチェスタトンを意識?
p204 緋色の女(Scarlet Woman)
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第9話 The Crackler (第13章-第14章)「パリパリ屋」(初出The Sketch 1924-11-19 as ‘Tommy and Tuppence IX. The Affair of the Forged Notes’): 評価4点
実は犯罪者のやり口が巧妙だと思えないのですが… 全然深い企みは無い、というのが正解?
p223 デイリー・メイル(the Daily Mail)
p223 一ポンド紙幣(one pound note)♣️連載当時のは財務省(Treasury)紙幣、£1 Third Seriesで1917-1933発行、茶色と緑色、サイズ151x84mm。当時の英国銀行券は金と引き換える、という約束(兌換紙幣)だったから、戦争勃発により緊急に金流出を防ぐ目的で、金貨の代わりの小額金券として使えるよう財務省が発行したのだろう。なお緊急発行だったため、初期(First & Second Series)は稚拙な作りで偽造しやすかったようだ。単行本の時には、金本位制が復活しており、英国銀行が発行する紙幣となっている。£1 Series A (1st issue)で1928-1962発行。緑色、サイズは同じ。
p226 つくりぜに(slush)
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第10話 The Sunningdale Mystery (第15章-第16章)「サニングデールの謎」(初出The Sketch 1924-10-29 as ‘Tommy and Tuppence VI. The Sunninghall Mystery’): 評価6点
この作品集の中で、それっぽいパロディとしては最上の出来。楽しげな雰囲気も良い。オルツィさんとアガサさんの資質もよく似ている感じがする。
p248 チーズケーキとミルク♠️ご存じ、隅の老人の大好物。
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第11話 The House of Lurking Death (第17章-第18章)「死のひそむ家」(初出The Sketch 1924-11-5 as ‘Tommy and Tuppence VII. The House of Lurking Death’): 評価5点
こういうシリアスなムードは、このシリーズにはミスマッチである。
アノーはポアロのモデルなので、真似が難しかったのかなあ。全然冴えていない。友人リカード氏が登場しないのも変。(アガサさんはリカードのキャラをちょっとおとなしめにしてサタスウェイト氏を想像したのでは?と実は私は疑っている。『クィン氏』の感想中に詳しく書くつもり)
p274 偉大なコメディアン◆アノーはしばしば「コメディアンの風貌」と描写されている。
p274 浮浪児(the little gutter boy)◆『薔薇荘』で相棒のリカード氏がアノーを評した言葉。国書刊行会の翻訳では「悪たれ小僧」
p275 ミス・ロビンスン◆「訳注 アノーの秘書」何故こんなトンチンカンな注がついているんだろう。
p281 二十一歳◆成人(保護者の同意不要年齢)になったから、ということなのか。
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第12話 The Unbreakable Alibi (第19章)「鉄壁のアリバイ」(初出Holly Leaves 1928-12 挿絵Steven Spurrier): 評価4点
雑誌Holly Leavesは週刊誌Illustrated Sporting and Dramatic Newsのクリスマス特集号。
アガサさんがコリンズ社に鞍替えしたのは1925年。連載以外で追加した二作品はいずれも当時コリンズ社からミステリを出版している作家のもの。クロフツはコリンズ社お抱え、バークリーは出版社をいろいろ変えているが直近の『絹靴下』(1928)はコリンズ社だ。
本作は工夫が足りないので全くつまらない。きっかけもわざとらしい。これを書いた時には、シリーズ連載時のあっけらかんとした明るさはもう残っていなかったのだろう。
p309 スペルが怪しいのは非常にハイレベルの教育を受けた証拠、というのはウッドハウスの描く貴族階級のズボラさを連想させる。
p327 十シリング攻勢(the ten-shilling touch)♣️終わりのほうで書いているが、これは紙幣のようだ。当時の10シリング紙幣は1918-1933発行の10 Shilling 3rd Series Treasury Issue紙幣だろう。緑と茶、サイズ138x78mm。単行本の時代になると英国銀行紙幣の10 Shilling Series A (1st issue)となる。赤茶、サイズは同じ。
p328 半クラウン♣️こちらは銀貨ジョージ五世の肖像、1920-1936鋳造のものは .500 Silver, 14.1g, 直径32mm。
p335 半クラウン♣️情報料やちょっとした謝礼の額を細かく書くところもクロフツ流を真似ているのかも。
p338 ミュージック・ホールのギャク♣️どれも元ネタがありそう。
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第13話 The Clergyman’s Daughter (第20章)-The Red House (第21章)「牧師の娘」(初出The Grand Magazine 1923-12 as ‘The First Wish’ 挿絵Arthur Ferrier): 評価6点
こういう和む話はクリスマス・ストーリーにぴったり。程よい謎でバランスが良い。
雑誌掲載時にはブラント探偵社の大枠はなかった筈だから、どういう設定だったのだろう。私の妄想では「古新聞の…すこし前の広告(advertisement some time ago… an old paper)」というのは昔『秘密機関』の時に二人が出した「若い冒険家、何でもやります!」の個人広告で、かなり古いその広告を見て依頼人がたまたまやって来ちゃった!という設定だったんじゃないか? 冒頭のシェリンガムのくだりは取ってつけた感じで本筋に入ると全く消えている。「赤い館(Red House)」からの遠い連想でシェリンガムが登場することになったのだろうか。
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第14話 The Ambassador’s Boots (第22章)「大使の靴」(初出The Sketch 1924-11-12 as ‘Tommy and Tuppence VIII. The Matter of the Ambassador’s Boots’): 評価4点
突飛すぎて普通人がついてゆけない発想が時々あるのがアガサ流。
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第15話 The Man Who Was No. 16 (第23章)「十六号だった男」(初出The Sketch 1924-12-10 as ‘Tommy and Tuppence XII. The Man Who Was Number Sixteen’): 評価5点
こういう大団円を盛り上げるのが下手なのが初期の作者。なんとか形をつけている。


No.393 6点 ロムニー・プリングルの冒険
クリフォード・アシュダウン
(2022/05/01 00:57登録)
平山雄一先生の貴重な訳業。残念ながら同人誌扱いの出版です。電子本で出してくれないかなあ。カッセル誌連載時のイラストは掲載されていません。(Gutenberg Australia “The Adventures of Romney Pringle”で数枚が見られます) [2022-5-3追記: 後で探したらフチガミさんのブログで「クリフォード・アシュダウン “The Adventures of Romney Pringle”全挿絵」という記事があり、挿絵19葉が掲載されていた!さらに「クリフォード・アシュダウン “The Further Adventures of Romney Pringle”全挿絵」で挿絵13葉も!本書の表紙の絵は第11話「銀のインゴット」からだとわかる。]
作者Clifford Ashdownとはオースチン・フリーマンと医者仲間ジョン・ジェームズ・ピトケアンの合作ペンネーム。フリーマンとしてはソーンダイクものに先立つミステリ作品。戸川さんの解説によると、本シリーズはフリーマンが書いた文章だろう、と本国でも思われているらしい(私には文体解析は無理)ので、共作者John James Pitcairn(1860-1936)の役割って何だったのだろう。ハロウェイ刑務所の医者だった、というから犯罪者から聞いた面白いネタを提供したのかも。
意図を書かずに、主人公の行動で話が進んでゆく作品。読み進めると妙な行動の意味がわかってきます。こういう洒落た書き方は大好き。(2022-5-3追記: ただし、こういう構成になっているのは最初の三作だけ。他の作品は読者の思考の一歩前を行くスタイルから、読者と共に進むスタイルになってて残念。わかりにくいよ!という文句があったのか) 世界を斜めに見ている感じは、いかにもフリーマンっぽい。作者には最初から犯罪者寄りの視点があったのだろうと思う。
まとめて読むと、最終話が力作で、これを読んで初めて全貌が理解できると思いました。
作中現在は、序文から考えて、少し前の過去のようだが、手がかりが少ないので雑に1900年とした(p20から1897年以降、p32からヴィクトリア女王時代)。作中価値の換算は英国消費者物価指数基準1900/2022(130.96倍)で£1=21381円。
以下、タイトルは雑誌発表時のものを優先、といってもサブタイトルが付いているのを除けば、タイトル変更はありません。収録順も本書では初出順を守っているので変更なしです。原文はGutenberg Australiaで全12篇を入手しました。
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(0) 短い序文
単行本に付されたもの。ロムニーという名(name given)の金持ち紳士が今年(the present year)、サンドイッチ(Sandwich)で死に、ちょっとした知り合いだった筆者(the present writers, ここ複数なのには意味がある?)が彼の残した驚くべき物語の原稿を発表しましょう、という口上。
(1) The Adventures of Romney Pringle, (1) The Assyrian Rejuvenator (初出Cassell’s Magazine 1902-6 挿絵Fred Pegram)「アッシリアの回春剤」: 評価6点
既訳は山田 辰夫 訳「アッシリアの回春剤」HMM1975年1月号。
あらかじめ変装の用意がある、という事は昔から悪いことをし慣れている、ということなのだろう。計画的、というより行き当たりばったりなのだが面白い。
多分、Rehuvenatorとは、作品中では明確に表現されてないけど、今で言うバイアグラみたいな効果が期待されていたのだろう。
p6 一回6ペンスの便利なエレクトロフォン(through a convenient electrophone, price sixpence in the slot)♠️ロンドンで1895-1925に存在していたオーディオ・システム。英Wiki “Electrophone (information system)”参照。6ペンスは535円
p7 四月五日
p8 著作権代理人(Literary Agent)♠️A.P. Wattが始めたのは1870年代後半だという。まだまだ胡散臭い業界だったのだろう。
p8 休演中(resting)
p10 収入印紙代を含んで16ペンス(ten and sixpence, including the Government stamp)♠️この書き方だと10シリング6ペンスのこと。(2022-5-3追記、以下の16ペンスの所も修正)
p10 半ソブリンと六ペンス(a half sovereign and a sixpence)♠️10シリング6ペンスは11225円。コインはヴィクトリア女王の肖像、半ソブリン(=10シリング)は純金, 4g, 直径19mm。六ペンスは純銀, 3.1g, 直径19mm。
p14 プリングルはこの情景を興味津々で眺めていた(He had been an interested spectator of the scene)♠️誤訳。このHeは直前のThe cabmanのこと。
p17 十六ペンスというのは、普通の銀行だったら小切手を発行するのを渋る金額だ。だからたいてい郵便為替が送られてくる(Ten-and-sixpence being a sum for which the average banker demurs to honour a cheque, the payments were usually made in postal orders)♠️しつこいが正しくは10シリング6ペンス。こういう知識は他では得られないだろう。
p20 タクシー(モーターキャブ)運転手(the driver of a motor-cab)♠️ロンドンに最初にmotor cabが導入されたのは1897年のことで、電気自動車だった!石油系自動車のタクシーは1903年が最初だというから、ここに出てくるのはBerseysと呼ばれた電気自動車なのだろう。
(2022-4-30記載)
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(2) The Adventures of Romney Pringle, (2) The Foreign Office Despatch (初出Cassell’s Magazine 1902-7 挿絵Fred Pegram)「外務省報告書」: 評価6点
既訳は深町 眞理子 訳「外務省公文書」クイーンの定員II。
こちらはあらかじめ計画があったのか。何かあるかな?と近づいたらたまたま大きな収穫があった、という事なのかも。
Despatchは「通信文、書簡」だと思うし、作品中でも「書類、書簡、公文書」などと訳されていて、タイトルに採用した「報告書」だと意味がズレている感じ。「書簡」の方が内容に合致している。
p23 十二---赤---不成立(Twelve—rouge—manque—pair)◆マンク(manque)はルーレット用語で1〜18、pairは偶数。翻訳はmanque pairと解釈したの?
p23 ディーラー(tailleur)… 親(table)
p23 謎の著作権代理人に変装している◆原文にはない文句。勝手に入れるのは嫌だなあ。
p24 このクラブはそれほど大きくないので… 侮辱されたと思うのがあたりまえだ(The club was not so large that a member need consider himself insulted)◆「侮辱されたと思う必要はない」という解釈が正しそうだ。
p24 ボンド教授(Professor Bond)◆ちょっと調べてみたが架空人名か。
p29 無料送達郵便物(frank)◆「無料送達の署名」のことか。
p32 国王陛下のメッセンジャー(Queen's messenger)◆ここは時代を区別する重要単語なので正確な翻訳をお願いしたいところ。
p38 そうそう、今回の騒動はちょっと行き過ぎだと思いますよ… ◆これ以下のプリングルのセリフは参照した原文に無い。深町訳にもなかった。初出雑誌版には存在していたのかも(となるとp23も初出時にはあったのか?)
(2022-4-30記載)
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(3) The Adventures of Romney Pringle, (3) The Chicago Heiress (初出Cassell’s Magazine 1902-8 挿絵Fred Pegram)「シカゴの女相続人」: 評価6点
既訳は乾 信一郎 訳「シカゴの女相続人」シャーロック・ホームズのライヴァルたち①。
話の流れが巧み。一種の暗号もの?(違います)
p41 六月の末… 誰もかれもがロンドンから脱出♣️ヴァカンス・シーズン、という事?
p42 すり切れた折り目には、郵便切手を貼って裏打ち(backed with postage-stamp edging at the well-worn creases)♣️マーチン・ガードナー注釈の『ブラウン神父の童心』で昔は切手シートの端の白い余り部分(専門用語で「耳紙」というらしい)をセロテープのように使っていた、とあった。切手自体だともったいないので、切手シートの耳紙(edgingがそれを意味してる?)の事じゃないだろうか。
p43 入場券を半分に千切るとデスクの下に捨て♣️大英図書館のマナーなのだろうか。
p46 イギリス貴族とアメリカ人の結婚はいまだに人気♣️この頃からそういう風潮だったのだ。オルツィさんの小説にもよく出てきますね。
p52 彼が国外に退去することが、はっきり確かめられます(You will make certain at any rate that he is safely out of the country)♣️試訳「あなたはいずれにせよ奴が無事国外に出るのを確実にしたいのですね」
p52 現金(cash)♣️ここは次の文の「紙幣」と対比させているので「硬貨」(金貨で良いか)が良いだろう。
p52 紙幣を渡せば、問題なく相手も使えます(and if you give him notes and he had any difficulty in passing them, as he might have, your object would be again defeated)♣️平山先生は難しいと端折っちゃう癖がある。ここは「もし奴に紙幣を渡して、それを使うのに困難があった場合(多分そうなるでしょうが)、あなたの目的は同じく達成されません」ということ。紙幣(5ポンド以上の高額なものしか当時は存在しなかった)は番号が銀行に記録されており、アシがつきやすいのだ。
(2022-4-30記載)
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(4) The Adventures of Romney Pringle, (4) The Lizard’s Scale (初出Cassell’s Magazine 1902-9 挿絵Fred Pegram)「トカゲのうろこ」: 評価5点
ちょっと前三作と違った印象だが、まあそうなるよね、という作品。
こういう手で上手くやった人たちが実際にいたのでしょうね。出てくる若者のセリフは標準語に訳されているが、原文ではかなり訛っている。(Didn't yew iver see himとかSars o' mine! Noo I come te look at yewとか)
翻訳はふらついている感じで、ところどころ微妙。
p63 査問法廷まで開いた(held a crowner's 'quest)♠️インクエストはこういう目的でも開かれるものなのか?調べつかず。
p63 ロックスハムとバートン(Wroxham and Barton)♠️調べつかず。
p73 七月二十五日
p73 小額紙幣で(the cash in small notes)♠️上述(p52)とは違ってcashで「現金」を意味している。その後、10ポンド紙幣を用意しているので間違いない(当時は1000ポンド紙幣もあったから10ポンド紙幣は十分smallなのだろう)。本作の状況だとアシがつく事を心配しなくて良い、ということか。
(2022-5-1記載)
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(5) The Adventures of Romney Pringle, (5) The Paste Diamonds (初出Cassell’s Magazine 1902-10 挿絵Fred Pegram)「偽ダイヤモンド」: 評価4点
前作の登場人物が再び現れる。若干のネタバレありなので順番に読むのがお薦め。
頭をほとんど使わない話なのでつまらない。作者はアムステルダムに行ったことがありそう。
p81 一時間後(an hour later)◆ちょっとわかりにくい文章だが、直前のセリフの後、場所を相手のホテルに移している。原文も同じ。
p82 俺の縄張りで(at my pitch)◆赤帽(porter)の担当は馬車が止まった場所で決まっていたようだ。
p83 朝起きたとき、北海は好天に恵まれていた(The North Sea was in anything but a propitious mood when he awoke)◆どうしてこういう文章になったのかなあ。その後も変テコ。試訳(概略)「目を覚ました時、北海は好天とは程遠かった。「フック・ファン・ホランド」経路は当時まだ存在せず(’Hook of Holland’ route was not then in existence)、普通12時間程度の航海が16時間に延びた。大部分の乗客は長引く苦痛で、朝食には何の興味もなくなった。プリングル他数名以外、濡れた風通しの悪い上甲板に耐えられる者はおらず、船がマース川に入り、ロッテルダムが見えてきたとき、疲弊した行列がサルーンからやっと出てきた。」
このHook of Holland経路とは、従来オランダ行き航路はHarwichとRotterdamを結んでいたのだが、1893年フック・ファン・ホランド(Hoek van Holland)駅が出来てロッテルダムまで陸路が可能になったため英国Great Eastern Railwayが連絡港をフックに変更し、ロンドン=ロッテルダム間が2時間短縮となった事を指しているのだろう。ロンドンを夕方出発したらアムステルダムの朝食時間に間に合ったようだ。(ということは、本作は1893年以前の事件となる)
p85 母国語---すなわち全世界の共通語(in his native tongue the real lingua franca of the civilized world)◆全くもう、思い上がりも甚だしい…
p85 ジョン ・M・ヒュー… 商人に変装するときの名前("John M'Hugh," as a name well in keeping with the commercial atmosphere in which he found himself)◆この表記は「ジョン・マクヒュー」が正解だろう。
p86 現金だな?(Is it cash)… イギリスの紙幣です(bank English notes)
p91 十ポンド札… 二十ポンド札◆当時はWhite note、紙幣サイズはいずれも211x133mm。
(2022-5-1記載)
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(6) The Adventures of Romney Pringle, (6) The Kailyard Novel (初出Cassell’s Magazine 1902-11 挿絵Fred Pegram)「マハラジャの宝石」: 評価5点
原題はスコットランド表現で「ケール畑の小説」? (これについては訳者解説にちゃんとした記載がありました)
成り行きまかせの話なので、つまらない。それに獲物の処分に困ると思うのだが…
p94『飲んだくれの隣人』(Drouthy Neebors)♣️スコットランド訛り。
p110 書斎のドアはほぼ壊れて(The study-door was already tottering)♣️まだ「ぐらついている」くらいの状態。ところどころ日本語の選択が甘いのが惜しい。(2022-5-3追記: 挿絵を見ると「今にもはずれそうだった」が適切か)
(2022-5-1記載)
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(7) The Further Adventures of Romney Pringle, (1) The Submarine Boat (初出Cassell’s Magazine 1903-6 挿絵Fred Pegram)「潜水艦」: 評価4点
いろいろ納得がいかない話。翻訳も大きな手ぬかりがある(p117)。小説家ってネタに困ると活劇に逃げちゃうものなのかなあ。平山先生は解説でモリスン「ディクソン魚雷」(1894)に言及していない。シャーロック「ブルース・パーティントン」は1908年だ。
p112 密封食品(air-tights)♠️缶詰肉(tinned meats)の米国流表現のようだ。プリングルは当時お金に困っていた、という描写なのだろうか。
p112 ちょっとすいませんが(Nous ne vous dérangeons pas)♠️ここは原文フランス語。英語訳は付いていない。続く「イギリス人のブタ野郎…(Cochon d'Anglais…)」「この野郎!鼻をねじ切ってやろうか(Canaille! Faut-il que je vous tire le nez?)」も同じ。
p113 わかりやすいように要約すれば(Freely translated)♠️元の会話はフランス語だった、ということ。
p116 ここらへんの記述によると換算レートは1ポンド=25フラン、実際には金基準1900で1ポンド=25.15フラン。
p116 小額紙幣… 五ポンド札で(in small notes―say, five pounds each)
p117 ウォルポールの有名な法則(Walpole's famous principle)♠️調べつかず。
p117 ブルートン街のことですか?(Bruton Street, n'est-ce pas?)♠️ここからの会話は全部フランス語。それがわからないと話が全くチンプンカンプンになる。平山先生はルビをつけ忘れたのだろうか?
p121 帽子にこびりついた破片を調べた結果、あやういところで命を落とすところだったと知れた!(And as he surveyed the battered ruins of his hat, he began to realise how nearly had he been the victim of a murderous vendetta!)♠️試訳「彼は潰れた帽子の残骸をつくづく眺め、すんでのところで報復殺人の犠牲者になることから逃れたのを思い知った」
p126 ビッグ・ベンが八回鐘を鳴らした(Big Ben boomed on his eight bells)♠️午後4時30分。鳴らし方のルールはきっと何処かに書いてあるはずだが、調べていない。
p126 拳銃(revolver)♠️フランス陸軍の当時の制式はModèle 1892 revolver(MAS製造)だが、型式を示す記述は本文に無い。(2022-5-3追記)
p126 そちらも助けを呼べないご身分のようですな(I can assure you we were under no necessity of calling on you for your help)♠️試訳「我々には、あなたの助けを求めてお呼びする必要など全く無いことをご承知おき願いたいですな」
p127 時計が(Dent’s clock)♠️ビッグ・ベンのこと。大時計の製造者はEdward John Dent(1790–1853)
(2022-5-2記載)
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(8) The Further Adventures of Romney Pringle, (2) The Kimberley Fugitive (初出Cassell’s Magazine 1903-7 挿絵Fred Pegram)「キンバリーの逃亡者」: 評価5点
カラカラで埃っぽい街を自転車で疾走する冒頭が良い。話はまあまあ。ソーンダイク博士並みの行動もある。翻訳の細かいところまでは指摘しないが、訳文にかなりの揺れがある。
p128 その結果を変えさせることはできなかった(without inducing the pointer to travel beyond "change")◆晴雨計の表示は”RAIN”—“CHANGE”—“FAIR”、なのでここは「針は“曇り”から動かなかった」という意味。この用語、辞書には載っていないようだ。
p132 どんどん水が◆ここは雨水ではなく原文blast(突風)のこと。
p133 その後まんまと逃げられるとは、なんというヘマだ!(And how clumsily he made his escape afterwards!)◆訳者はどういう情景を思い浮かべてるのかなあ。試訳「そのあとヘドモドしながら逃げていったなあ!」
p134 くたびれてはいるが… (Physical weariness would not be denied)◆ここら辺、かなり変テコな解釈。試訳(概要)「肉体的な疲れは否めず、それに[涼しくなったので]一晩中眠れる期待もあり、プリングルは、見知らぬ男の企みを暴く今の活動を一時中断することにした。」
p134 この「I・D・B」は違法ダイヤモンド購入禁止条例(Illicit Diamond Buying Act)の略。単純にカッコの場所の間違い。
p139 あの自転車は本来三、四ポンドの価値(a machine intrinsically worth some three or four pounds)◆これで安物だというが6〜8万なら結構な感じ。多分、上モノはかなり高いのだろう。(2022-5-3追記: 当時の広告で£10が普通のようだ)
p142 手荷物預け所… 1シリング◆鉄道荷物の預け賃
p142 彼の日よけが付いている自転車は、もう少し丁寧な扱いだった(his own followed with a shade more consideration)◆a shadeでちょっとした程度を表す。(a littleみたいな感じで合ってる?) 日よけ付きの自転車とはねえ。
p143 ハリッジからオランダのフークまで(from Harwich to the Hook of Holland)◆p83既出。とすると本作は1893年以降の話になる。
(2022-5-3記載)
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(9) The Further Adventures of Romney Pringle, (3) The Silkworms of Florence (初出Cassell’s Magazine 1903-8 挿絵Fred Pegram)「フローレンスの蚕」: 評価5点
こちらもソーンダイクばりの活躍。イースト・サセックス州ライ(Rye)の観光案内っぽい作品。
p145 絞首刑(gibbet)… さらし台(Rye pillory)♣️ライ町庁舎の二大名物。Wiki “ライ(イングランド)“参照。
p145 銀行休業日(Bank Holiday)♣️英国の祝日のこと。
p145 チンク港(Cinque ports)♣️シンク・ポーツ(五港)が定訳らしい。
p156 驚くべき発見♣️翻訳では続く数字があべこべになっている。この数字、実際にwww.ngdc.noaa.gov/geomag/calculators/magcalc.shtmlで試算できる。色々試したが昔の計算方法とは違うらしく、一番近い数字となる1899年が作中現在なのだろうか。(2022-5-3追記)
p157 年に一度のボートレース(annual regatta)♣️実際に当時ライで開催されていたようだが詳細不明。レガッタ・レースは夏に開催されたようだ。
(2022-5-3記載)
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(10) The Further Adventures of Romney Pringle, (4) The Box of Specie (初出Cassell’s Magazine 1903-9 挿絵Fred Pegram)「黄金の箱」: 評価5点
フリーマンは海の描写が巧み。動きに臨場感がある。推理味は薄い。
p163 ティルベリー近くともなれば、テムズ川もきれいな流れになってくる(for nearing Tilbury the Thames becomes a clean)♠️テムズ川が海に出るあたりの港。当時は生活排水などでまだ汚かったのかも。テムズに流れ込む下水整備が始まったのは1860年代から。
p169 五千ソブリンの金貨♠️当時のソブリン金貨はヴィクトリア女王の肖像、純金,  8g, 直径22mm。5000枚なら40キロ。
p172 コールドミートのサンドウィッチ(cold-meat sandwiches)♠️ここら辺の描写にリアリティを感じる。
p177 あの財宝に彼は翻弄されっぱなしだった(he knew that fortune was playing his game for him)♠️試訳「幸運の神は彼の味方になってゲームを進めているようだった」
p177 もろもろの星は軌道を離れて彼と戦った(the stars in their courses were fighting for him)♠️訳注「士師記5:20のもじり」(KJV) They fought from heaven; the stars in their courses fought against Sisera (文語訳)「天よりこれを攻るものありもろもろの星其の道を離れてシセラを攻む」もじりの方は上の文と同様 “for him” なので「彼のために戦った」という訳が良いだろう。
p179 一時間当たり2シリング(at two shillings each)♠️2138円。ちょっとした手伝いの手間賃。
(2022-5-3記載)
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(11) The Further Adventures of Romney Pringle, (5) The Silver Ingots (初出Cassell’s Magazine 1903-10 挿絵Fred Pegram)「銀のインゴット」: 評価6点
あれよあれよ、という感じ。今までとトーンが変わるが実に良い。作者たちは最初から本作と次作を書きたかったのかも。
p181 紋章と頭文字(a crest and monogram)
p188 フロリン硬貨と半クラウン硬貨(the florin and two half-crowns)◆当時はヴィクトリア女王の肖像、フロリン硬貨(=2シリング)は純銀, 11.3g, 直径28.5mm、半クラウン硬貨(=2.5シリング)は純銀, 14.1g, 直径32mm。
p189 サルーン・バーのドア(the door of the saloon bar)◆平山先生の解説にある通り、労働者用のthe public barは別。
p189 試験機(trier)◆どんなのだろう。調べつかず。
p193 自分の金で卵とベーコンとコーヒーの朝食の出前を(the expenditure of some of his capital on a breakfast of eggs and bacon and muddy coffee from "outside")
p194 あの貧乏人は知らねえ… (But the pore chap doesn't know, yer know—E 'asn't bin in London long!)◆歌。調べつかず。
(2022-5-3記載)
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(12) The Further Adventures of Romney Pringle, (6) The House of Detention (初出Cassell’s Magazine 1903-11 挿絵Fred Pegram)「拘置所」: 評価6点
実に生き生きとした描写で怖い。挿絵に二輪馬車(ハンサム)のトラップ・ドアがチラリと見えます。最後のセリフは、そこが寝ぐらに近いんでしょうね。(手続きに行くつもりではないと思います)
p199 絆創膏(a strip of old-fashioned court-plaster)♣️どんなものか画像で見たがよくわからなかった。半ソブリンの大きさはp10参照。
p205 ごちゃまぜの服装(a jumble of costumes)♣️当時は統一されていなかったんだろう。
p214 あの親切な男(the Samaritan)♣️何回か読み返して、病人を助けて運んで行った人のことだとわかりました。
(2022-5-3記載)


No.392 7点 検察側の証人
アガサ・クリスティー
(2022/04/30 06:59登録)
1953年発表。早川クリスティ文庫で読了。翻訳は堅実で調子が良い。
短篇版(1925年1月、米国雑誌初出)は夫アーチーに裏切られる前に書いたもの。なので、とてもロマンチックな結末だと感じた。短篇を書いた時には想像もしていなかっただろう、アガサさん自身が14歳年下の男と結婚するとは!(戯曲版発表時のアガサさんは63歳)
自伝で、戯曲版のためにバリスタやソリシタからたくさんの助言をもらった、と書いており、法廷シーンは充実している。でも映画ワイルダー版を見た後で考えると、まだまだ法廷もののメリハリの利かせ方になっていない感じ。作者序文では、大勢の登場人物が必要になるので大変ね、と心配している。確かに劇場の舞台で映画の法廷シーン並みの迫力を出すのは大変だろう。
以下トリビア。原文が得られなかったので、主な項目だけ。
作中現在はp29、p120、p131から1949年なのだろう。
p21 アドルフ・ベック◆ Adolf Beck caseのこと。真犯人スミスが捕まってベックが釈放されたのは1904年7月29日。
p23 二、三ポンドの貯金◆英国消費者物価指数基準1949/2022(37.65倍)で£1=6061円。
p25 軍隊に行ったんでちょっと調子が狂った
p29 十月十四日◆金曜日(p86)、1921年、1927年、1932年、1938年、1949年が該当。前述の「軍隊」を考慮すると戦後間もない1921か1949が適切か。
p34 家政婦
p54 きみの今後の発言は…◆英国では昔から米国のミランダ警告っぽいことを言っている(レストレードも言っていた)。Miranda warningは1966年の判例から。
p56 陪審員十二人のうち九人までは、外(よそ)の国の人間は嘘つきだと信じ込んでいる
p75 共産圏
p78 お優しい神父さん
p108 紹介所から来る住み込み家政婦とは違うんです
p115 年下の男
p120 国民健康保険… 毎週4シリング6ペンス… 補聴器◆英国National Health Serviceは1946年創設。4s.6d.=1364円、月額5911円。映画でも同じ金額、こちらはNational Insurance Act 1946による年金と雇用保険を合わせたような給付制度の掛金のようだ。
p129 O型の血液… 42パーセント
p131 一九四六年
p132 証言する資格
p148 ブリッジ
p148 ネコブラシ
p159 イチゴ・ブロンド
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映画(1957)は法廷シーンが素晴らしい。米国と違い、検事職という専門の官職は存在せず、国が検事側弁護士としてバリスタを雇う、という形式(だったと思うが実はよく調べていません…)。ところで私は映画の法廷ものの傑作『ある殺人』(1959)はペリー・メイスンのTVシリーズ(1957年から)が当たったので作られたのかな?と思っていたのだが『情婦』とレイモンド・バーは同年だった。
ロートンは心筋梗塞で入院していた、という設定だろう。私も経験したので凄く親近感。(あんなに太ってはいませんよ…)
原作のキズを納得のいくように補正していますが、ほぼ忠実な映画化。原作の一番大きなキズは戯曲上演時に弁護士たちが一様に異をとなえたという「裁判はもっと長くかかるのです!」というところ。映画ではきちんと三日間にしている。ワイルダーは、ロートンのバリスタ役にスポットを当てていて、これは正解。誰がメイン?が物語では非常に重要だ。短篇のスポットは容疑者の妻寄り、戯曲版ではオバチャンにも当たっていて、だからあの結末なのだろうと思う。
まずは短篇、そして戯曲、最後に映画。この順番でもみんな面白く興味深かった。
(クリスティ再読さまのディートリッヒが襲われるシーンの考察を読んで、流石、と思いました。酒場のシーンにもあって、この繰り返しも意図的なもの?と思ってしまいました…)


No.391 6点 リスタデール卿の謎
アガサ・クリスティー
(2022/04/26 03:51登録)
1934年6月出版。1924年から1929年発表のノンシリーズを集めた短篇集。早川クリスティ文庫の電子版で読んでいます。田村隆一の翻訳は、いささか古めかしいけど快調。
アガサさんの短篇をなるべく初出順に読む試み。1923年はスケッチ誌にたくさんのポアロものを書き、続く1924年は『ビッグ・フォー』とトミーとタペンスの『二人で探偵を』を同誌に連載しています。ノン・シリーズはThe Grand Magazineがホームグラウンドの感じ(『二人で探偵を』収録作の一部もここに掲載)。
以下、初出順にタイトルを並び替えています。カッコつき数字は単行本収録順。初出は英Wikiの情報をFictionMags Indexで補正。
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(3) The Girl in the Train (初出The Grand Magazine 1924-2)「車中の娘」: 評価5点
失業から始まる物語。ウッドハウス風の話に仕上げたかったのかな? 初期アガサさんのロマンチックなオハナシ。
p1030 詩を書いて戸口で2ペンスで売る(for writing poems and selling them at the door at twopence)♠️こんな乞食みたいなのが実際にいたのかなあ。
p1071 ディック・ウィッテイントン(Dick Whittington)♠️猫で有名
p1168 バルカン急行(Balkan express)♠️1916-1918運行。当時のスパイものによく登場していたのか。
p1194 昔のサウス‐ウェスタン鉄道はじつに信用できるものでしたよ――スピードはのろかったけれど、時間には正確だったんです(The old South-Western was a very reliable line - slow but sure)
p1281 ジュージュツ(jujitsu)♠️『ビッグ・フォー』にも、この単語は出ていました。
p1436 半クラウン
p1436 ジョージ陛下(King George)
(2022-4-26記載)
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(7) Jane in Search of a Job (初出The Grand Magazine 1924-8)「ジェインの求職」: 評価5点
こちらも失業から始まる物語。戦後のクリスティ家は貧しかったし、英国には困窮していた人が多かった。ロマンチックで危険な冒険のオハナシ。
p2473 二千ポンド◆英国消費者物価指数基準1924/2022(64.78倍)で£1=10548円。
p2511 美人コーラス(A beauty chorus)◆コーラス・ガール、という意味だろうか。
p2615 社会主義者的な気はまったくない(There was nothing of the Socialist)
p2769 ピストル(a revolver)
p2824 レーシング・カー(racong car)
(2022-4-26記載)
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(9) Mr Eastwood's Adventure (初出The Novel Magazine 1924-8 as ‘The Mystery of the Second Cucumber‘ 挿絵Wilmot Lunt)「イーストウッド君の冒険」: 評価5点
作家を主人公にした話は初めてかも。相変わらず能天気なロマンチックさ。
p3188 白ワイン用のグラスの値段… 「半ダースで五十五シリング」♣️(7)p2473の換算(1924)で29007円。
p3245 ごろつき(カナイユ)
p3276 昔のキリスト教徒だってやったことなんだから(The early Christians made a practice of that sort of thing)
p3322 使用人(his man)
p3377 戦後、ぼくも軍服を売ったおぼえがあります(I remember selling my uniform after the war)♣️何となくアーチーが軍服を売っぱらっているシーンを想像してしまった
(2022-4-26記載)
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(2) Philomel Cottage (初出The Grand Magazine 1924-11)「ナイチンゲール荘」: 評価7点
実に素晴らしいサスペンス。主人公の心の動きが過不足なく表現されている。アガサさんの初期の最高傑作です。ずっと1924年発表作品を読んで来ましたが、本作だけ突出した感じ。このあと1925年1月には『検察側の証人』です(この作品がアガサさんの米国雑誌初出の最初。販路を拡げた、ということだろう)。
p468 年に利子が200ポンド♠️(7)p2473の換算(1924)で211万円。元金は6000ポンドのようだから年利3.3%くらいか。
(2022-4-26記載)
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(5) The Manhood of Edward Robinson (初出The Grand Magazine 1924-12)「エドワード・ロビンソンは男なのだ」: 評価6点
いつものロマンチックな話だが、なんとなく地に足をつけたところがある。アガサさんは(2)で短篇小説のコツを掴んだのだろうか。
p1899 四シリング十一ペンスの安もののブラウス(the cheap four and elevenpenny blouse)◆(7)p2473の換算(1924)で2598円。12ペンスで1シリングに繰り上がるので、日本の980円みたいな値付けなのだろう。
p1930 一等賞の500ポンド
p1939 車体前部が長く、ピカピカの、二人乗りの自動車(a small two-seater car, with a long shining nose)◆この車種を特定したくて、いろいろ探したら、1920年台の広告でちょうど同じ値段のWolseley Stellite Ten Two-Seaterのがあった。なおアガサさんの愛車Morris Cowleyは1924年の広告でTwo Seaterは£198、Four Seaterは£225だった。
p1950 映画の最上席(best seats)… 三シリング六ペンス◆=1846円。普通席は二シリング四ペンス(=1231円)のようだ。
p2116 ブリッジの借金(Bridge debts)
p2125 カクテルとは享楽的な生活を象徴するもの(represented the quintessence of the fast life)
p2194 クラパム◆「普通の人」の代名詞
(2022-4-26記載)
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(1) The Listerdale Mystery (初出The Grand Magazine 1925-12 as ‘The Benevolent Butler’)「リスタデール卿の謎」: 評価5点
貧乏生活の描写から始まり、サスペンス小説になる。のんびりとした雰囲気が良い。
p13 モーニング・ポスト
p13 歯を買う(people who wanted to buy teeth)♣️こういう個人広告がよくあったのか。
p14 週二、三ギニー♣️一軒家の家賃、かなり安い。(7)の換算だと月額9〜13万円。
p17 ぞっとするような探偵小説(dreadful detective stories)
(2022-5-15記載)
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(11) The Rajah's Emerald (初出Red Magazine 1926-7-30 挿絵Jack M. Faulks)「ラジャのエメラルド」: 評価5点
Red Magazineは当時は隔週刊行の小説誌、4シリング112ページ。
主人公はジェイムズ・ボンド(James Bond)。当時の海水浴場の情景が楽しい。
p283 定価1シリングの本♠️廉価版。英国消費者物価指数基準1926/2022(65.13倍)で£1=10321円。1s.=516円。
p286 一番小さい貸別荘でも、家具付きだったら週25ギニー(The rent, furnished, of the smallest bungalow was twenty-five guineas a week)♠️観光地の家賃。月額117万円。
p288 着替え用の小屋やボックス(bathing huts and boxes)♠️海水浴場の設備
p297 海岸のカフェのメニュー、ここら辺の描写も面白い。
p299 新聞1ペニー♠️43円。
p304 ある有名な訴訟事件以外には、未開の国の支配者たちについてはまったく何も知らなかった(knew nothing whatsoever about native rulers, except for one cause célèbre) ♠️現在進行中のこの事件のことを指している?(cause célèbreは「訴訟」とは限らない)何か当時有名な事件があったのか。
(2022-5-15記載)
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(12) Swan Song (初出The Grand Magazine 1926-9)「白鳥の歌」: 評価4点
オペラ歌手の話。アガサさんは若い頃、歌手を目指していたことがあるので、こういうネタはお手のもの。再読して『トスカ』のヴィシ・ダルテを私はここで覚えたんだなあ、と感慨深い。作品としてはちょっと工夫不足。
p311 顔色の悪い娘(a pale girl)
p312 十七匹の鬼(seventeen devils)
p314 エラール(Erard)
p321 離婚や麻薬がやたらと出てくる超現代的な芝居(a play of the ultra new school; all divorce and drugs)◆この感想はアガサさんのものだろう。
p327 席はたった2リラ◆引退した歌手の回想。多分20年前ほど。
(2022-5-15記載)
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(8) A Fruitful Sunday (初出Daily Mail 1928-8-11 挿絵画家不明)「日曜日にはくだものを」
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(10) The Golden Ball (初出Daily Mail 1929-8-5 as ‘Playing the Innocent’ 挿絵Lowtham)「黄金の玉」
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(6) Accident (初出Sunday Dispatch 1929-9-22 as ‘The Uncrossed Path’, 挿絵画家不明)「事故」
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(4) Sing a Song of Sixpence (初出Holly Leaves, the annual Christmas special of the Illustrated Sporting & Dramatic News 1929-12 挿絵C. Watson)「六ペンスのうた」


No.390 7点 生きていたパスカル
ルイージ・ピランデッロ
(2022/04/14 19:51登録)
1904年出版。雑誌連載Nuova Antologia1904年4月〜6月。福武文庫で読みました。
トリッキーで人工的な設定の戯曲で有名な作家なので、そんな感じなのかな、と思ったら、実に地に足がついた語り口です。作者の長篇小説第三作で、これが成功し、ある程度の国際的評判も得られたようです。革命的設定の戯曲で有名になるのは第一次大戦後。
本作は推理味はありませんが、本書のシチュエーションは探偵小説でも良くあるネタなので、ミステリ・マニアにも興味深いのでは? (私は『大統領のミステリ』の先回りしたある種の回答ではないか、とも考えています) 当時の流行、降霊術も登場し、ちょっとした犯罪も出てきます。冒頭で「私は二度死んだのだ!」と告白してるので、そこ迄はネタバレではないのでご安心を。
原文は伊Wikisourceから入手、イタリア語は超基礎しか知らないのでgoogle翻訳の力を借りました。
作中現在は、語り手が本書を書き始めたのが1902年5月以降(p14)、及び完成まで半年かかった(p420)という記述あり。最初の事件(事件A)は記録を書いてる時点の二年数か月(p394)以上前。p187(事件Aの1年数か月後、事件Aの後の二度目の冬)に1896着工で1901年5月開通の橋が「工事中」として登場するので、事件Aが1895年春〜1899年秋の範囲であることは確定。1000リラ紙幣(p122)は1897年12月以降なので、事件Aは1898年か1899年。「28日土曜日」(p125, 事件Aの日付)は1898年なら5月、1899年なら1月か10月、事件Aの数か月後が「11月」(p162)なので、事件Aは1898年5月が最も適切だろう。(2022-4-15追記: と考えていたが、読み直して、事件Aは1899年10月だと考えるようになった。p165参照)
現在価値は、伊国金基準1898/1901(0.969倍)&伊国消費者物価指数基準1901/2022(9170倍)で1リラ=€4.59=605円で換算。
p9 一日2リラ◆町の図書館員の日給。
p14 アンティーユ諸島のあのちっぽけな災難(quel piccolo disastro delle Antille)◆訳注無しなのだが、年代確定には重要な情報。1902年5月8日、フランス領アンティル(仏Antilles françaises)のマルティニーク島にあるプレー火山(仏Montagne Pelée)が噴火。山頂の溶岩ドームが破壊され、火砕流によって山麓のサンピエール市で約28,000人が死亡、街は壊滅状態になった。
p15 街灯に火を入れない夜(non fa accendere i lampioni)◆満月の夜に、町の燃料代を節約するためか?
p27 ありとあらゆる種類の地口◆例示あり。
p69 月42リラ… 持参金からあがる利息◆月額25410円。
p78 月60リラ◆司書の月給。p9と同じ。月額36300円。
p82 カーチョ(cacio)◆訳注 チーズの一種
p88 五百リラ◆仕送り
p91 アメリカ行き◆イタリア人にとっては希望の国だったのだ
p117 ピストル◆当時のイタリア軍の制式拳銃はBodeo Model 1889(10.35mm口径, 232mm, 950g)だが、民間に流通していたのだろうか。ここに登場しているのはなんとなく米国製の拳銃のような気がする。
p122 千リラ紙幣◆イタリア銀行(Banca d'Italia)が千リラ紙幣を最初に発行したのは1897年12月。
p122 四十チェンテージミ(centesimi)◆リラの1/100の単位centesimoの複数形
p123 二百三十万フラン◆仏国金基準1898/1901(0.993倍)&仏国消費者物価指数基準1901/2022(2744倍)で1フラン=€4.16=548円で換算。230万フランは12億6千万円。
p125 二十八日土曜日
p144 キリストはこのうえもない醜男
p162 まだ三十年ぐらいは生きてゆける◆人生50年くらいと考えると当時二十歳くらいなのか。
p162 十一月◆ここらへんの描写で事件Aから数か月以上、経過していると思われる。
p163 二十五リラ◆犬の値段
p165 二度目の冬◆p162からすぐの時点の描写。ということは、私は勘違いしていたのだがp162の「11月」は事件Aから一冬越した二度目の冬のこと。続けてこの場面は事件Aから「一年の間(in quell’anno)」と書いている(少なくとも一度目の冬から二度目の冬までの一年は経過している)ので、事件Aは5月より10月が適当だろう。(2022-4-15追記)
p181 電車賃の十銭(due soldini della corsa)
p187 すぐ間近には、古いリベッタの橋と、そのわきにこしらえている新しい橋、そしてその先にはウンベルト橋(ponte di Ripetta e il nuovo che vi si costruiva accanto; più là, il ponte Umberto)◆この建築中の橋を探したら、Ponte Cavourが見つかった。1896年着工で、開通は1901年5月25日。橋の名前はCamillo Benson, conte di Cavour (1810-1861)による。
p189 敷金(caparra)◆保証金、手付けの意味らしい。ここは「手付金」で良さそう。敷金というと日本独特の制度のような気がする。
p193 六千リラ◆家財道具を売って得た金
p201 心配と苦労とみじめなことばかりの五、六十年(cinquanta, sessant’anni di noja, di miserie, di fatiche)◆人生の長さを意味しているようだ。当時の平均寿命か。
p217 あなたはなぜ、せめて口髭でもお生やしにならないのか◆当時の成人男性は髭を生やすのが当たり前だったのだろう。
p317 六百リラ◆医者の報酬のようだ
p394 二年数カ月◆事件Aから、この場面までに経過していた時間
(2022-4-15追記: 1921年6月発表の『空想力の周到さにかんする覚え書』が最後についていて、JDCの本文に対する脚注、みたいな感じで面白かった。)


No.389 5点 危機一髪君
バロネス・オルツィ
(2022/04/10 13:10登録)
邦訳は『博文館世界探偵小説全集21「オルチイ集」』昭和5年?にあり、そこでのタイトルが【危機一髪君】なので、それを採用して登録しました。私はGutenberg Australiaの原文で読んでます。
原短篇集は1928年出版ですが、雑誌連載は1903年に第一シリーズ6篇、1927年に第二シリーズ6篇となっていて、つまり「危機一髪君」の最初のシリーズは、『隅の老人』第二次シリーズ(1902)の次の連載で、オルツィさんの創造した第二のシリーズ・キャラなのです。
短篇集『隅の老人』(1909)収録の12篇を読むと、インクエストとか裁判のシーンが頻繁に収録されていて、実は法廷もののはしりか?という印象を受けたので、この「危機一髪君」ことパトリック・マリガンがアイルランド系の弁護士(lawyer)だと英Wikiの記述で知って、もしかしてペリー・メイスンの先駆的存在なのかも?と期待して読みました。(今のところ1927年の第二シリーズは未読ですが)
さて「危機一髪君」第一シリーズ全6篇を読んでの感想ですが、残念ながら法廷もの、というより、弁護士という職業だが、子分(Alexander Stanislaus Mullins、全篇彼の一人称で語られる)と自分で関係者から聞き取りしたり、犯行現場を捜査したりする私立探偵っぽい活動をする物語。フランスの小説を読むのが好きな「太ったアイルランドの豚みたいな(fat and rosy and comfortable as an Irish pig)」と子分に描かれている男。子分MullinsをMuggins(マヌケ君)と呼ぶ悪癖あり。その代わり子分マリンズはボスのことを地の文では必ずSkin o’ my Teethと書いています。
このskin of my teethというのは聖書的表現でJob 19:20 (KJV)My bone cleaveth to my skin and to my flesh, and I am escaped with the skin of my teeth、ヨブ記(文語訳)19:20「わが骨はわが皮と肉とに貼り 我は僅に齒の皮を全うして逃れしのみ」からきています。英語の意味としては「すんでのところで、間一髪」で危ないところを逃れた、という「ギリギリで避けられた」ニュアンスがある表現とのこと。「歯の皮」って何?と思いますが、変な記述であり、聖書学者でも議論があり、歯のエナメル質のこと、歯が抜け落ちた後に残る歯肉のこと、とかいろいろありますが、実はヘブライ語原文のJob 19:20はMy skin and flesh cling to my bones, and I am left with (only) my skullという意味らしく「痩せて皮と肉が骨に張り付き、私は骸骨だけの存在となった」という趣旨でskin of my teethもescapeも間違い翻訳のようです。(英Wikiによる説)
第一シリーズの作品的には、プロットは六篇とも「隅の老人」と変わらない感じ。ミスディレクションは少なく、厳密な論理展開ではなく、直感で真実に辿り着く探偵もの。窮地に陥った依頼人が「歯の皮」に相談に来る、というのが物語の大枠。
残念ながら探偵「歯の皮」に魅力が無く、子分「マヌケ君」とのやりとりも楽しくない。ミステリ的に面白いネタもあるのですが、全体的には特筆すべき傑作に至らない作品群です。
本短篇集12篇の詳細は以下の通りです。初出順に並べました。カッコつき数字は短篇集の収録順。タイトルは短篇集準拠。
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(1) The Murder in Saltashe Woods (初出The Windsor Magazine 1903-6 挿絵Oscar Wilson, as ‘“Skin O’ My Tooth”: His Memoirs, by His Confidential Clerk. I.—The Murder in Saltashe Woods’): 評価6点
博文館版は「サルタシ森の殺人」
本作にはインクエストの場面あり。作者の意図かどうかは分からないが、登場人物の心理を考えると、ちょっと興味深い話に仕上がっている。
なおイラストがブログOntos: "Though the Whole Aspect of It Was Remarkably Clear, Instinctively One Scented a Mystery Somewhere"に掲載されている。
(2022-4-10記載)
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(2) The Case of the Sicilian Prince (初出The Windsor Magazine 1903-7 挿絵Oscar Wilson, as ‘“Skin O’ My Tooth”: His Memoirs, by His Confidential Clerk. II.—The Case of the Polish Prince’): 評価4点
博文館版は「シシリアの貴族」
こういう話、オルツィさんは良くやるんだが、シシリア貴族(雑誌版では「ポーランド」何故変えた?)のこんな風貌で若い娘が惹かれるのかなあ。世間知らずなだけなんだろうか。
(2022-4-10記載)
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(5) The Case of Major Gibson (初出The Windsor Magazine 1903-8 挿絵Oscar Wilson, as ‘“Skin O’ My Tooth”: His Memoirs, by His Confidential Clerk. III.—The Case of Major Gibson’): 評価5点
博文館版は「ギブスン少佐事件」
「歯の皮」はGerman long-stemmed pipeを愛用しているらしい。
この少佐、金持ちじゃないのでギャンブルはあんまりやらないが… と言ってるくせにバカラの一晩の勝負で8000ポンド負けている。英国消費者物価指数基準1903/2022(129.56倍)で£1=20215円。バカラって怖いねえ、と思うと同時に、ボンボンのバカ息子だとも思う。
「歯の皮」の資格がsolicitorであることが明記されている。まあ今までの各篇でも状況から明らかなのだが。
(2022-4-10記載)
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(3) The Duffield Peerage Case (初出The Windsor Magazine 1903-9 挿絵Oscar Wilson, as ‘“Skin O’ My Tooth”: His Memoirs, by His Confidential Clerk. IV.—The Duffield Peerage Case’): 評価5点
博文館版は「ダフィルド家爵位事件」
「歯の皮」が名声を得た事件、ということになっている。ミステリ的にはシンプルな話。
(2022-4-10記載)
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(9) The Case of Mrs. Norris (初出The Windsor Magazine 1903-10 挿絵Oscar Wilson, as ‘“Skin O’ My Tooth”: His Memoirs, by His Confidential Clerk. V.—The Case of Mrs. Norris’): 評価6点
博文館版は「ノリス夫人事件」
素直でない依頼人の事件。「歯の皮」はHollowayで依頼人に面会している。HM Prison Hollowayは1852建設で1903年以降は女性専用刑務所。状況設定が非常に面白い。
(2022-4-10記載)
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(10) The Murton-Braby Murder (初出The Windsor Magazine 1903-11 挿絵Oscar Wilson, as ‘“Skin O’ My Tooth”: His Memoirs, by His Confidential Clerk. VI.—The Murton-Braby Murder’): 評価5点
博文館版は「マートン・ブレビイの惨劇」
インクエストで検死官が非公開に証言を得る場面が描かれているのが興味深い。
ラストの「歯の皮」のセリフの解釈がよく分からない。字句どおりだと非常に冷たい人に思える… (本短篇集にsooner thanは5例の用法あり、間違い無く字句どおりしか考えられないのが3例、今回の例を含む2例はほぼ同じ文章構造で、反対に取って良いのでは?と思える) (2022-4-11追記: 2例とも主文にwouldが使われているので「〜だろうかねえ」という疑念の意味だと今更ながら気づいた。やはり私には英語がわかっていない)
(2022-4-10記載)
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(6) The Inverted Five (初出Pearson’s Magazine 1927-8 挿絵Oakdale, as ‘The Clue of the Inverted Five’): 評価4点
雑誌の巻頭話。第二シリーズの幕開けは雑誌表紙に「歯の皮のいろいろな変装」14のヴァリエーション。惹句は’New Detective Stories by Baroness Orczy’
1903年の第一シリーズは6000語程度だったが、1927年の第二シリーズは9000語程度、と1.5倍増し。
博文館版は「倒の『五』」
24年ぶりの登場だが、それを思わせる描写は一切ない。(短篇集では、収録順が初出順では無く、第一・第二シリーズを混ぜこぜに並べていて、ひと繋がりの作中年代、という設定だろうから、これで当たり前だが、雑誌版は違う記述があったのかも。ただし雑誌の惹句の感じでは新シリーズ扱いっぽいので雑誌と短篇集で文章の異同はないものと考える方が自然か)
「歯の皮」がVictor Margueritte’s latest French shockerを読む場面がある。フランスの作家Victor Margueritte(1866–1942)のショッキングな問題作La Garçonne(1922)か。自由に生きるお転婆娘が主人公で奔放な性的関係も描写されているらしい。英訳はThe Bachelor Girl(1923 Knopf) その後もDekobra’s latest thrillerに夢中になる場面もある。これはMaurice Dekobra(1885-1973)の代表作La Madone des sleepings(1925)だろう。自由なモラルの若い未亡人Lady D.は無一文になり、秘書のSeliman王子(物語の語り手)を連れて、ベルリンのボリシェヴィキ代表である同志Varichkineの誘惑に乗り出す、という話のようだ。(2022-4-13追記: 「歯の皮」は良い小説(fine ones)は決して読まず、俗悪小説(trashy French novels)が逆の方向に彼の思考を深めるのだ、とある。オルツィさんは良くわかっている)
「歯の皮」がフランス小説を読む場面は第一シリーズにも出てくるが、具体的な作家名が登場するのは初めて。今はすっかり忘れられたフランス系のこういう小説がオルツィの発想の素だったりするのかも知れない。
謎のペンダント「逆さまの5」が登場して本格ミステリっぽい雰囲気で始まるが、最後は子分も巻き込んだ活劇で終わる。謎解きとしては物足りない感じ。
(2022-4-11記載)
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(4) The Kazan Pearls (初出Pearson’s Magazine 1927-9 挿絵Oakdale, as ‘The Great Pearl Mystery’): 評価4点
雑誌の巻頭話
博文館版は「カザン真珠」
これも薄味ミステリで活劇で締め。Coltが活躍。フランス小説は前作に引き続きDekobra。なおSir Arthur Inglewoodが登場していて「歯の皮」シリーズと「隅の老人」シリーズは繋がっていた!
(2022-4-15記載)
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(7) The Turquoise Stud (初出Pearson’s Magazine 1927-10 挿絵Oakdale, as ‘The Mystery of the Gagged Butlers’)
博文館版は「土耳古(トルコ)石のボタン」
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(11) A Shot in the Night (初出Pearson’s Magazine 1927-11 挿絵Oakdale)
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(8) Overwhelming Evidence (初出Pearson’s Magazine 1927-12 挿絵Oakdale, as ‘The Man with the Branded Arm’)
博文館版は「モメリイ家相続事件」、晶文社『幻の探偵小説コレクション「探偵小説十戒」』では「圧倒的な証拠」
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(12) The Hungarian Landowner (初出Pearson’s Magazine 1928-1 挿絵Oakdale, as ‘The Man Who Wouldn’t Sign’)


No.388 5点 隅の老人 完全版
バロネス・オルツィ
(2022/03/27 23:23登録)
平山先生の労作。隅の老人シリーズは、第二短篇集『隅の老人』が最初に雑誌連載されたものの集成であり、有名な「最後の」短篇を含むので、連載時の姿はどういうものだったのか?、第一短篇集は後の連載をまとめているにも関わらず先に出版されたが、どういう経緯だったのか?、第三短篇集での復活劇はどういうものだったのか?という謎があり、その原初の姿を確認出来るように、全篇、雑誌掲載版による翻訳となっているのが嬉しい限り。第一、第二短篇集の作品は、初出誌の全挿絵も収録してくれています。
私は初版第五刷(2019-1-31)を入手。重要な付録として「初版第三刷追記」があり、(7)「グラスゴーの謎」がなぜ単行本未収録なのか?の謎を解いています。(戸川安宣さん情報、とのこと)
でも、この【完全版】には第三短篇集の初出データや挿絵が全く掲載されておらず、第二短篇集の一部の初出データにも誤りがあるので、FictionMags Index(FMI)により補正しました。なお、FMIには‘The Most Baffling Mystery’ by Baroness Orczy (初出Metropolitan[米] 1924-3 挿絵Charles Andrew Bryson)が「隅の老人もの」として挙げられており、同時期にメトロポリタン誌に掲載された‘The Affair of the Vanished Masterpiece’ (初出Metropolitan Magazine 1924-7 挿絵Charles Andrew Bryson)も怪しい(多分(27)The Mystery of the Ingres Masterpieceの別題じゃないか?)
前者はMost Bafflingなどという抽象的な題名で、どの作品の改題としても当てはまるのだが、編集部が“Being the Return of the Man in the Corner”と宣伝してるのを見ると、二十年ぶりの復活のことを詳しく書いている(26)The Mystery of the Khaki Tunicの可能性が高そう。実際には冒頭などを確認しないと判らないのですけど。
以下、各篇を初出順に並び替え、カッコつき数字は本書【完全版】の収録順。●数字は原著短篇集の番号(枝番は原著短篇集の中の収録順)、タイトルは初出準拠としています。
いずれ、第三短篇集の挿絵も収録した【完全決定版】が出ると良いですね…
原著短篇集は次の三冊です。
❶ The Case of Miss Elliott (Unwin, London, 1905)『ミス・エリオット事件』
❷ The Old Man in the Corner (Greening, London, 1909)『隅の老人』
❸ Unravelled Knots (Hutchinson, London, 1925)『解かれた結び目』
なお参照した原文は原著短篇集もので、初出雑誌の原文は確認できませんでした。
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(1) The Fenchurch St. Mystery by Baroness E. Orczy (初出The Royal Magazine 1901-5 挿絵P. B. Hickling)❷-1「フェンチャーチ街駅の謎」: 評価5点
雑誌の巻頭話。著者名は第一次シリーズ全6篇ともBaroness E. Orczy表記。
隅の老人デビュー作。男の語り口が強烈。自伝(1947)によると、作者はシャーロックとは全く似つかないキャラを設定した、とあるが、実に成功している。ピアソンとの契約は各篇10ポンドだったようだ。英国消費者物価指数基準1900/2022(130.96倍)で£1=20434円。(特にミステリ好きでも無かったらしい作者が探偵小説の連続ものに手を出した動機が興味深い。自伝では、ある展覧会でヴェラスケスの絵を見た帰りに、橋の下の濁った水と霧に覆われた暗闇を見て、このような場所で多くの犯罪が行われたのだろうと、ふと想像したのがきっかけだった、と書いているが、多分ピアソンの編集者からのプッシュもあったのでは?)
平山先生が解説に書いているとおり、雑誌掲載時には、婦人記者の名前も記されず、ABC喫茶店(実在のチェーン店)という名称も記されていない。短篇集とは異なり、一人称なのが良い。
婦人記者の設定などの記述がないので、実にシンプル。ぐいぐい自説を語る男にはモデルがいたのではないか、と思うくらい、生き生きしている。アレも変テコ過ぎてミステリ的な傷を隠している印象。まあ呆れた、という感じですけどね。
p8 婦人記者(the lady journalist)◆この設定も、雑誌掲載時に短篇の前に記された「登場人物表(Dramatis Personae)」にしか出てこない。本篇の文章だけから判断すると、世間知らずのお嬢さんが、やな感じで乱暴なジジイが勝手に話し出した独り言を聞いてあげている、という感じ。なお、英国での婦人記者は1850年代から活躍し始めているので、無理な設定ではない。
p8 去年だけでも少なくとも六件の犯罪◆第一次シリーズ6作は全て去年の犯罪、という設定なのかも。とすると1900年が事件発生年か。
p12 来週の火曜日、すなわち十日◆事件発生時。多分12月10日、1901年が該当。p19も同じ。
p13 ホテル・セシル◆ストランド街に面した大ホテル。
p16 十二月十日水曜日◆事件発生時。直近では1902年。その前は1890年。p12と矛盾。
p22 ミルク一杯とロールパンの代金2ペンス◆上述の換算(1900)で170円。安い!
(2022-3-27記載)
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(2) The Robbery in Phillimore Terrace (初出The Royal Magazine 1901-6 挿絵P. B. Hickling)❷-2「フィルモア・テラスの盗難」: 評価4点
雑誌の巻頭話。本作もちょっと変テコな設定で、まあ呆れた、というネタ。巡査が番号で呼ばれてるのは新聞の通例だったのか。本作で初めて<A・B・C喫茶店>(A.B.C. shop; Aerated Bread Company、英Wiki参照)という固有名詞が登場。
p24 土曜日の午後♣️隅の老人との最初の出会いが土曜日だったという裏設定で、彼に確実に出会いたいがために一週間待ったのだろうか?
p28 A・B・C鉄道案内(A.B.C. Railway Guide)♣️正式にはピリオド不要 ABC Rail Guide。こちらのABCはAlphabeticalの意味。1853年創刊の鉄道時刻表。ブラッドショーより分かりやすい、との評判。詳細はWikiで。
p36 案山子のような男(the scarecrow)◆いつから「案山子」呼ばわりされてたのかが気になって調べると、ここが最初だった。(2022-4-9追記)
p38 企業総覧(Trades’ Directory)♣️お馴染みKelly’s Directoryのことだろう。
(2022-3-27記載)
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(3) The Mysterious Death on the Underground Railway (初出The Royal Magazine 1901-7 挿絵P. B. Hickling)❷-4「地下鉄怪死事件」: 評価5点
ミステリ的にはありふれた感じだが、最後に降りた人の扱いが変だ。当時の地下鉄はコンパートメント式だったのがわかる(一等車だけかも)。有能弁護士アーサー・イングルウッドが(1)に続き再登場する。
p41 君は小説家なのだから♠️平山先生の注釈や解説の通り、設定と齟齬がある記述。小説自体の元々の構想は「登場人物表」(編集部で付けた?)の設定と違っていたのだろう。ジャーナリスト兼作家、という説明も可能だが…
p53 女流作家♠️上記と同様。
(2022-3-27記載)
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(4) The Theft at the English Provident Bank (初出The Royal Magazine 1901-8 挿絵P. B. Hickling)❷-7「〈イギリス共済銀行〉強盗事件」: 評価5点
シンプルな話。でも支店長がショック受けすぎ。
聴き手が大好物の紐を猫じゃらしのように与え、隅の老人が飛びつくシーンが可愛い。
(2022-3-27記載)
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(5) The Regent’s Park Murder (初出The Royal Magazine 1901-9 挿絵P. B. Hickling)❷-10「リージェント公園殺人事件」: 評価5点
依然として、聴き手の記者らしい言動は無し。ミステリとして、この解決は好きじゃないなあ。すごい大金を失ったロクデナシが、その後、平気でブリッジをしている(きっとこれも賭けているはず)… まあ呆れた行動ですねえ。
ところで隅の老人が関係者の写真にこだわるのは何故だろう。というか我々にも同様の傾向があって、犯罪者や被害者がどんな面構えか、ぜひ見てみたくなるのは何故だろう。
なお「拳銃」は原文では一貫してrevolver。時代的に回転式拳銃一択だが、一箇所くらい「回転式拳銃」と表記してくれると嬉しい。文中に型式などの記載は無いが、携帯に便利なBulldog Revolverを推す。
p69 一八九九年二月六日♣️事件の日付が明記されている。
p70 鉄輪絞首刑(garroting)♣️garrotingは1860年代ロンドンで恐れられた「首絞め強盗」という意味だろう。Webサイト“Today I Found Out”の記事THE LONDON GARROTTING PANIC OF THE MID-19TH CENTURY参照。
p72 二十五ポンド札(‘pony’)♣️£25札は1765-1822発行のWhite note(白地に黒文字、裏は白紙)、サイズ203x127mm。発行が古すぎるので、紙幣のことではなく「合計25ポンド」という意味かも(5ポンド札、10ポンド札、20ポンド札のいずれかの組み合わせ)。ただし当時でも£25札は通用した?(イングランド銀行のHPでは公式通用が終わった年は不明、と記されている。なお£10札以上のWhite noteは1943年発行終了、1945年4月に通用中止)
p74 フランスの刑事も『犯行で得する人間を探せ』と言っている(‘Seek him whom the crime benefits,’ say our French confrères)♣️フランス語だと À qui profite le crime? か。該当するフランスの「同業者」を探したが見当たらなかった。
p75 背が低く色黒で(short, dark)♣️しつこいようですが「黒髪の」
p76 ブリッジに興じていた(playing bridge)♣️当時は1920年代流行のコントラクト・ブリッジではなく、ホイストから派生したbridge-whistというものだったようだ。
(2022-3-27記載)
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(6) The Mysterious Death in Percy Street (初出The Royal Magazine 1901-10 挿絵P. B. Hickling)❷-12「パーシー街の怪死」: 評価5点
決め手に欠ける話。まあ本作に限った事ではないが。それより管理人の行動の変化がちょっと面白い。
作者は元々6作で打ち止めのつもりだったのだろう。作者は自分の周りにいた怪事件好き、推理好き、探偵小説ファンの姿を見て、しょーもない変テコな人達、と感じて「隅の老人」として結晶化させたような気がした。だからプロットは大したことが無いにも関わらず、ミステリ・ファンの心に突き刺さるキャラなのかも。
p83 週十五シリング(fifteen shillings a week)♠️管理人の収入。ちょっと違うが1900年の物価で換算して月収6万6千円。家賃無し、当時は社会保険料や税金もかからないので、まあ生活出来るレベル。
p83 一八九八年一月♠️事件発生年月を明記。
p83『けちんぼ婆さん』(lady of means)♠️「資産のある女性」という意味では?皮肉っぽく逆の意味をとったのか。
p86 死因不明の評決(an open verdict)♠️当時のインクエストの評決には陪審員12人の意見が一致することを要するが、時間をかけても結論が出ない場合、陪審員はopen verdictを選択することが出来る。「可能性の高い選択肢が複数あり死因の特定には至らなかった」という意味。なので「死因不明」とはちょっと違う。「死因特定に至らず」という評決、くらいが適訳か。Wiki “Inquests in England and Wales”によると2004年の統計だが37%が事故死(death by accident/misadventure)、21%が自然死(natural causes)、13%が自殺、10%がopen verdict、19%がその他の評決(殺人など)
(2022-3-27記載)
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(7) The Glasgow Mystery by Baroness Orczy (初出The Royal Magazine 1902-4 挿絵P. B. Hickling)「グラスゴーの謎」: 評価4点
雑誌の巻頭話。表紙もP. B. Hickling画の「隅の老人」の大きな肖像画に「誰でしょう?」のキャプション。第二次シリーズは全7篇連続掲載。著者名は、この回だけBaroness Orczyで、残りはBaroness E. Orczy。作者紹介のコラム≪E・オルツィ女男爵(Baroness E. Orczy)≫は本作掲載号(1902年4月号)に書かれたもの(p95の掲載年月は誤り。平山先生はp588以降で第二次シリーズの初出を間違っている)。
本作だけ短篇集未収録。スコットランドにはインクエスト制度が存在しないので、読者から抗議の手紙が数百通来たという(このエピソードは逆に結構人気があるシリーズだった、ということか)。スコットランド以外なら問題ないのだから、都市名だけ変えれば短篇集に収録出来たのに、とも思う。さしてグラスゴー色があるわけではないし… オルツィはこの失敗に懲りず、同年8月号ではエジンバラを舞台にしている。
ミステリとしては分かりやすい話。ミスディレクションは不足気味。平山先生は死亡時刻がこの時代に確定できないのは変だ、と言ってるけど、後のペリー・メイスンものでも死亡時刻の推定は非常に厄介だ、と何度も強調しているから不思議ではないと思う。
なお、本作で聴き手が初めて自分を「婦人記者(p96)」と書いている。
(2022-3-27記載)
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(8) The Mysteries of Great Cities: The York Mystery (初出The Royal Magazine 1902-5 挿絵P. B. Hickling)❷-3「ヨークの謎」: 評価6点
雑誌の巻頭話。シリーズもので二回連続巻頭話というのはかなりの推しを意味するのでは? ヨーク競馬を背景にしたご当地ものとしての工夫があり、メロドラマ要素も充分。ミステリ的にはシンプルだが効果的。警察が無能に描かれすぎなのが本シリーズ全体の特徴。ところでこの時代はまだ指紋の知識が普及していなかったようで、少し後のミステリなら必ず凶器などから指紋を探しているはず。まあまだ検出手法が未熟で、壁にべったり付いた血の指紋とかじゃないとダメだったのかも。ここら辺の検出手法の発展史は要調査ですね。
p109 ミルク二杯、チーズケーキおかわり♣️隅の老人が機嫌の良い時の贅沢。
p110 グレート・イーボール障害レース(Great Ebor Handicap)♣️ヨーク競馬場で毎年8月に開催されるヨーロッパ有数の平地障害競走。「イボア」が定訳のようですよ…
p119 ブリッジの自分の番が終わったので(I had finished my turn at bridge)
p120 ベックフォンティン(Beckfontein)♣️平山先生も調べつかず。「一年前に」大砲による戦いがあった地名のようだ。架空かも。
(2022-3-27記載)
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(9) The Mysteries of Great Cities: The Liverpool Mystery (初出The Royal Magazine 1902-6 挿絵P. B. Hickling)❷-5「リヴァプールの謎」: 評価5点
楽しいイカサマの手口が見られるか、と思ったら…
p129 十二月十日水曜日(Wednesday, December 10th)♠️直近では1902年。その前は1890年。オルツィさんはこの日付が好きみたい。
p129 百ポンド紙幣(Bank of England notes of £100)♠️White note、サイズ211x133mm。
p135 家賃は年に250ポンド♠️月額42万円。当時の家賃は現代日本より低めなので、大した高級マンションなのだろう。
(2022-3-27記載)
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(10) The Mysteries of Great Cities: The Brighton Mystery (初出The Royal Magazine 1902-7 挿絵P. B. Hickling)❷-9 as “An Unparalleled Outrage”「ブライトンの謎」: 評価6点
ミステリ的には、気に入らない点もあるけど、話の流れが好き。そう言えば、隅の老人シリーズって、ほぼ全ての犯人が大手を振って自由を満喫してるんだよね…
p136 〈ミンストレル・ショー〉(nigger minstrels)が行われ、参加費三シリングの遠足に来た連中(three-shilling excursionists)… 値段だけは高いアパートでは… 廊下の照明代として日曜は一シリング、他の日の晩は六ペンスが請求される(charge you a shilling for lighting the hall gas on Sundays and sixpence on other evenings)◆英国の海岸リゾートの情景描写。
p137 〈亭主のご帰還用列車〉で(by the ‘husband’s train’)◆当時は通勤族が利用する列車をこう表現してたのか。Webでは用例を拾えなかった。
p137 三月十七日水曜日(Wednesday, March 17th)◆該当は1897年。
p140 予算は週に12シリング(twelve shillings a week)◆月額5万3千円。家具付きの部屋で、滞在中は食事付き(不在にすることあり)、という条件。
p140 ソヴリン金貨◆当時のソヴリン金貨はVictoria Sovereign "Old Head" (鋳造1893-1901)で純金,  8g, 直径22mm。
p146 色黒で背が高く痩せていて(He was dark, of swarthy complexion, tall, thin, with bushy eyebrows and thick black hair and short beard)◆ここはちょっと問題あり。まあでも「黒髪で、肌は浅黒く、背が高く…」で良いはず。文の後にthick black hairとあるが、これはblackではなくthickを強調しているのだろう。
(2022-3-27記載)
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(11) The Mysteries of Great Cities: The Edinburgh Mystery (初出The Royal Magazine 1902-8 挿絵P. B. Hickling)❷-6「エジンバラの謎」: 評価4点
メロドラマ的な要素がふんだんにある良いネタなんだけど非常に残念な出来。かなりの謎を放り出して終わっている。上手くまとまればとても面白くなりそうな素材なんだが…
今までシリーズを読んできてみての感想だが、隅の老人シリーズは法廷もののハシリでもあったのか。
p154 傍聴席の最前列を確保… たいていいつもうまくやるのだ(I succeeded—I generally do—in securing one of the front seats among the audience)♣️隅の老人の特技。
p159 スコットランドでは、証人が証言をしている間、他の証人が法廷に同席することを許していない♣️ 作者はここでグラスゴーの仇を取りにいった。
p161 判決は『証拠不十分』(a verdict of ‘Non Proven’)♣️上記同様、お勉強の成果。これはスコットランド法独自の評決。イングランドでは“Guilty or Not Guilty”だが、スコットランドでは”Proven or Non Proven”、後者のほうが言い方としては正確だ。
(2022-3-27記載)
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(12) The Mysteries of Great Cities: The Dublin Mystery (初出The Royal Magazine 1902-9 挿絵P. B. Hickling)❷-8「ダブリンの謎」: 評価5点
なかなか楽しげなムードが良い。ラストのセリフが効いている。ミステリ的にはシンプル。
(2022-3-27記載)
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(13) The Mysteries of Great Cities: The Birmingham Mystery (初出The Royal Magazine 1902-10 挿絵P. B. Hickling)❷-11 as “The De Genneville Peerage”「バーミンガムの謎」: 評価4点
双子の話は好きですが、これではねえ… 面白い伝承もあって冒頭は良いムードなんですけど。これも上手くまとめると… って駄目っぽい。変テコな話。
p179 神様は破産者と子猫と弁護士をごらんになっている(Providence watches over bankrupts, kittens, and lawyers)◆ことわざ?調べつかず。
p181 九月十五日木曜日(Thursday, September 15th)◆該当は1898年。
p186 半クラウン◆ホテルのポーターへのチップ。
(2022-3-27記載)
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(14) The Old Man in the Corner, I: The Case of Miss Elliott by The Baroness Orczy (初出The Royal Magazine 1904-4 挿絵P. B. Hickling)❶-1「ミス・エリオット事件」: 評価4点
雑誌の巻頭話。第三次シリーズは全12篇連続掲載。著者名はいずれもThe Baroness Orczy表記。第三次シリーズの12篇には、雑誌掲載時、編集部による「読者への挑戦」が挿入されている。この工夫、誰が始めたのでしょうね。
実際にこんな事件が起こったら、警察はきっとキモの事実を調べているはず。でも検死審問だからスルーしたのだろう。到底誤魔化せるネタではない。
p195 ミス・ヒックマン事件(Miss Hickman)♣️1903年8月15日に失踪した29歳の女医Sophia Frances Hickman、結局10月19日にひとけのない森で死体が発見された事件。失踪後、父親と病院が報奨金200ポンドで行方を探し、遺体発見までに多くの憶測をよんだ。死体のそばにはモルフィネ入りの注射器があり、インクエストでは「一時的な精神異常で(temporarily insane)自ら摂取したモルヒネ中毒死」との評決(11月12日)となった(多分、この表現だと教会埋葬可能のはず)。死体発見の場所Sidmouth Wood, Richmond Parkは自殺の名所となったようだ。報奨金のポスターがWebにあり(Miss Hickman 1903 poster)。本作はこの事件に大きな影響を受けているものと思われる。
p195 デイリー・テレグラフ(Daily Telegraph)
p196 素人探偵連中が嗅ぎ回った(a kind of freemasonic, amateur detective work goes on)♣️「フリーメイソン的な」のニュアンスは「秘密結社的な、ちょっとマニアックな」という感じ?
p198 検死審問の法廷には(on the day fixed for the inquest the coroner’s court was)♣️インクエストは裁判ではないので「法廷」というのには違和感がある。でも「審廷」っていうのもピンとこないかなあ。直訳「インクエストの日になると、検死官の審廷には」
p200 十一月一日日曜日♣️事件の日。該当は1903年。という事は上述のヒックマン事件の直後、という設定。
p204 読者への挑戦「ここで雑誌を閉じて、この事件を自分で解明してごらんなさい---編集部」(3と4の間)
(2022-4-9記載)
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(15) The Old Man in the Corner II. The Hocussing of Cigarette (初出The Royal Magazine 1904-5 挿絵P. B. Hickling)❶-2「シガレット号事件」: 評価5点
このタイトルは「シガレットに一服」だと原意っぽくない?
サー・アーサー・イングルウッド弁護士が(3)以来、久しぶりの登場。法廷での証人たちの証言の感じがドラマチックで良い。ミステリ的には難しくない話。
p209 百ポンドの報奨金♠️少なくとも事件から六か月以上経過しているので、事件発生は1903年と推察される。英国消費者物価指数基準1903/2022(129.56倍)で£1=20215円。
p213 半クラウン♠️2527円。メイドが給料から馬に賭けた金額。
p219 夜明けまでブリッジ… 二回行なった三番勝負(played Bridge until the small hours of the morning, that between two rubbers)
(2022-4-10記載)
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(16) The Old Man in the Corner III. The Murder in Dartmoor Terrace (初出The Royal Magazine 1904-6 挿絵P. B. Hickling)❶-3「ダートムア・テラスの悲劇」: 評価4点
第三次シリーズは、今までと異なり隅の老人が苦労して入手した関係者の写真を得意げに見せびらかすことがほとんどなくなる。印刷技術が向上して新聞でも写りの良い写真が掲載されるようになったからだろうか?
本作のネタはわかりやすい気がする。変な遺言で遺族が困る、という話が英国には多いようだが、遺言の効力がかなり強力なんだろうか。
p226 ブロッグス… あんまりいい響きの苗字じゃないな(Bloggs— it is not a euphonious name)◆平山先生の解説(p594)にあるとおり、苗字の代表例として使われるらしい。日本の「山田太郎」的な名前のようだ。
p226 年収200ポンド
p229 二十七日木曜日◆これは三月。該当は1902年。
(2022-4-11記載)
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(17) The Old Man in the Corner IV. Who Stole the Black Diamonds? (初出The Royal Magazine 1904-7 挿絵P. B. Hickling)❶-4「誰が黒ダイヤモンドを盗んだのか?」: 評価4点
実際にこんな事件が起こったら、誰でもそっちを疑っちゃうよねえ。発想がおおらかな感じ。
p239 本名を口にするのは控えておこう(Of course I am not going to mention names)♣️この配慮の意味がわからない。あまりに高貴すぎて気がひけるのか。
p239 一九〇二年の社交シーズン… 深い悲しみと大きな喜びに沸いた、記憶に残るシーズン(during the season of 1902— a season memorable alike for its deep sorrow and its great joy)♣️訳注がピンとこないなあ、盲腸くらいで騒ぎすぎ、と思ったが、当時、盲腸の手術は死の危険が大きかった。エドワード七世の成功事例で、この後、盲腸の治療は手術が主流になったという。
p239 七月六日日曜日♣️該当は1902年。
p243 フェリックス製のドレス(the dress from Felix)♣️ Maison Félix、パリの服飾店(1846–1901) 創業者Joseph-Augustin Escalier(1815ごろ生)のニックネームに由来。後の社主Émile Martin Poussineau(1841-1930)のニックネームも同じくFélixだった。1870年代から1890年代が最盛期。1900年パリ万博の展示に費用を注ぎ込みすぎて店を閉めることになったようだ。(2022-4-17修正)
p246 サー・アーサー・イングルウッド♣️チラリと登場。
p247 フランス紙幣で(in French notes)♣️英国銀行の紙幣ではなく、フランス紙幣などが登場する場面が他にもあった。フランス紙幣だと出所を追跡できないので安全、という事なのか。
(2022-4-14記載)
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(18) The Old Man in the Corner V. The Murder of Miss Pebmarsh (初出The Royal Magazine 1904-8 挿絵P. B. Hickling)❶-5「ミス・ペブマーシュ殺人事件」: 評価4点
英語では Miss Pebmarsh と表記されるのは年長者(Miss Lucy Ann Pebmarsh)の方、というルール。若い方(Miss Pamela Pebmarsh)は Miss Pamela と表記される。
この作品は「危機一髪君(Skin o’ my Teeth)」シリーズのある作品の焼き直し。構成は本作の方が劣る。
p254 写真♠️ここでは関係者の写真を取り出している。
p256 週に1ポンド♠️p209の換算で約二万円
(2022-4-14記載)
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(19) The Old Man in the Corner VI. The Lisson Grove Murder (初出The Royal Magazine 1904-9 挿絵P. B. Hickling)❶-6「リッスン・グローブの謎」: 評価4点
なんだか安易な話。騙されるかなあ。イラストの自動車(p270)の車種が気になる。(調べてません)
p266 先だっての土曜日、十一月二十一日◆1903年が該当。
p268 週7シリングの給料◆p209の換算で月給30659円。
p271 オーストラリア銀行発行の紙幣(Bank of Australia notes)◆オーストラリア銀行が独自の紙幣を発行したのは1910年からのようだ。とするとこの記述はオルツィさんの誤りなのだろう。
(2022-4-14記載)
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(20) The Old Man in the Corner VII. The Tremarn Case (初出The Royal Magazine 1904-10 挿絵P. B. Hickling)❶-7「トレマーン事件」: 評価6点
なかなか面白い話。良く考えると結構無茶苦茶だが。
p180 小さなのぞき窓の蓋を開け(through the little trap)♣️二輪馬車(ハンサム)は御者が客の座席の後ろ側上部に座っている。乗客が座席から御者に指示を与えるには、屋根のトラップドアを開けて伝える。写真を探したがトラップドアが開いているのが見つからなかった。私が見た中ではTVシリーズRaffles(1977)第三話にハンサムのトラップドアを跳ね上げて御者に指示するシーンがあってすごくわかりやすかった。
p282 マルチニーク島… 二年前の火山の爆発♣️1902年5月8日、フランス領アンティル(Antilles françaises)のマルティニーク島にあるプレー火山(Montagne Pelée)の噴火。山頂の溶岩ドームが破壊され、火砕流によって山麓のサンピエール市で約28,000人が死亡、街は壊滅状態になった。ピランデッロ『生きていたパスカル』(1904)にも登場していました。翻訳は時間が前後している感じ。原文では「故トレマーン伯爵の次男…(second son of the late Earl of Tremarn)」の前にBut I must take you back some five-and-twenty years(翻訳では訳し漏れ)があり「次男は当時(25年前)、マルチニーク島に行ったが、その地は二年前に火山の爆発でめちゃくちゃになったなあ」という感じ。
p284 五ポンド紙幣(a five-pound note)♠️ずいぶんな奴だと思うが…
(2022-4-15記載)
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(21) The Old Man in the Corner VIII. The Fate of the “Artemis”(初出The Royal Magazine 1904-11 挿絵P. B. Hickling)❶-8「アルテミス号の運命」: 評価4点
秘密が世間にバレバレの諜報戦ってレベルが低すぎる。1904年2月、日露戦争開戦後の日本の旅順閉鎖作戦に題材を得ているらしいが、開戦前の同港に日本軍が機雷を敷設した史実は無いようだ。(そんなことしたら宣戦布告前の攻撃となっちゃうのでは?) 著名弁護士Sir Arthur Inglewoodも登場します。
p295 勇気ある極東の小さな我らが同盟国は、秘密諜報というやつがかなりお得意なのだ(our plucky little allies of the Far East are past masters in that art which is politely known as secret intelligence)◆隅の老人の評価。
p295 十二月二日水曜日◆1903年で正しい。
p299 三文小説に夢中になっている素人探偵どもが(by the crowd of amateur detectives who read penny novelettes)
p303 二十年ほど前に起きた(some twenty years ago)… 事件◆話のなかに当然のように出てくるので、こういう事件が実際にあったのかも?と一瞬思って調べたが、やはり架空のようだ。
(2022-4-17記載)
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(22) The Old Man in the Corner IX. The Disappearance of Count Collini (初出The Royal Magazine 1904-12 挿絵P. B. Hickling)❶-9「コリーニ伯爵の失踪」: 評価4点
オルツィさんお得意のネタだというのは、冒頭からわかりますよねえ。
本作も(18)同様、年長者の兄(Reginald Turnour)がMr Turnerと呼ばれ、弟(Hubert Turnour)がHubertと呼び分けられている(弟の方はMrをつけていない)。本作でMr Turnerと言えばReginaldに限られる。どうしても区別したいときにはthe elder Mr TurnourとかMr Turner seniorと表現している。このルールを知らないと「ターナー氏ってどっちのターナーだよ?」と思ってしまうだろう。
p307 去年の秋の事件
p307 警察裁判所の審理(police-court proceedings)♣️police courtはmagistrate's courtのことで、軽微な事件を扱ったり、大事件の容疑者の事前取り調べを行う。
p307 おままごとをしてお互いに『パパ』、『ママ』と呼び合って(had called each other ‘hubby’ and ‘wifey’ in play)
p308 その仕事は『仲介業』とかいうよくわからないもの(by profession what is vaguely known as a ‘commission agent’)
p309 カールトン・ホテル(the Carlton)♣️The Carlton Hotel はロンドンの豪勢なホテル(1899-1940)。
p310 成人して(had attained her majority)♣️当時、両性21未満で結婚は保護者の承諾が必要だった(コモンローとカノン法では結婚可能年齢は男14、女12だったようだ。Age of Marriage Act 1929で両性16に引き上げ、ただし21まで保護者の同意がなければ無効は変わらず; The Family Law Reform Act 1987で同意不要年齢が18歳に引き下げ)
p311 結婚式は、宗教の違いがあったので、登記所で行なわれることになった(The marriage, owing to the difference of religion, was to be performed before a registrar)
p311 ワーデン卿ホテル(Lord Warden Hotel)♣️ドーヴァーのホテル(1853-1939)
p312 グランド・ホテル(Grand Hotel)♣️ドーヴァーのホテル(1893-1940)
(2022-4-18記載)
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(23) The Old Man in the Corner X. The Ayrsham Mystery (初出The Royal Magazine 1905-1 挿絵P. B. Hickling)❶-10「エアシャムの謎」: 評価4点
Mr という呼称の性質を理解していないと変テコ解釈となる。事件の決定的証人がいるのだから、警察は簡単に犯人をひきずりだすことが出来る事件だろう。
p319 千立っての十月の夜(one evening last October)♠️事件は1904年10月発生か?隅の老人の発言時期は不明だが…
p321 大きな小銃製造会社(the great small-arms manufacturers)♠️small armsは「小火器」ピストルやライフル銃など兵士が一人で携行可能な武器の総称。
p342 検死審問は、宿泊設備が必要だった都合上、地元警察署で開かれたが(The inquest, which, for want of other accommodation, was held at the local police station)♠️ここのother accommodationとはベンチとかの審廷を開くために必要な設備では?インクエストに宿泊設備は不要だろう。
p323 端に銀の石突… イギリス製ならばあるはずの検印が刻まれていなかった(a solid silver ferrule at one end, which was not English hallmarked)♠️有名な立ち上がったライオンの検印(2022-4-20訂正: よく調べず勢いで書いたがsilver hallmark ukと検索すると色々な種類がある。知ったかぶりはダメですね)
p323 弟のほう(young)♠️本作では一貫してyoung、youngerを「弟」と翻訳しているが「若い」が適切だろう。
p327 回答を拒否(refused to do so)♠️インクエストでは証言を拒否しても、法廷のように侮辱罪には問われない。
p329 身元不明の単独犯もしくは複数の犯人による故殺(wilful murder against some person or persons unknown)♠️探偵小説でインクエストの評決といえばこれが定番。試訳「未知の単独犯または複数犯による故殺」
(2022-4-19記載)
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(24) The Old Man in the Corner XI. The Affair at the Novelty Theatre (初出The Royal Magazine 1905-2 挿絵P. B. Hickling)❶-11「〈ノヴェルティ劇場〉事件」: 評価4点
楽屋泥棒が少ないのは何故?と冒頭の謎が提示される。
ブツが残っているのだから、実際にこんな事件が発生すれば警察の捜査は簡単だろう。
p334 七月二十日◆事件の日
(2022-4-20記載)
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(25) The Old Man in the Corner XII. The Tragedy of Barnsdale Manor (初出The Royal Magazine 1905-3 挿絵P. B. Hickling)❶-12「〈バーンスデール〉屋敷の悲劇」
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(26) The Old Man in the Corner: The Mystery of the Khaki Tunic by Baroness Orczy (初出The London Magazine 1923-8 挿絵S. Seymour Lucas)❸-1「カーキ色の軍服の謎」
第四次シリーズはロンドン誌に移って全7篇連続掲載。著者名はBaroness Orczy表記。雑誌の巻頭話になった作品は無し、という事はあんまり期待されていなかったのか。ソーンダイク博士も描いていた挿絵画家ルーカスが描く隅の老人を見てみたい。
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(28) The Old Man in the Corner: The Mystery of the Pearl Necklace (初出The London Magazine 1923-9 挿絵S. Seymour Lucas)❸-3「真珠のネックレスの謎」
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(30) The Old Man in the Corner: The Tragedy in Bishop’s Road (初出The London Magazine 1923-10 挿絵S. Seymour Lucas)❸-5 as “The Mysterious Tragedy in Bishop’s Road”「ビショップス通りの謎」
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(29) The Old Man in the Corner: The Mystery of the Russian Prince (初出The London Magazine 1923-11 挿絵Charles Crombie)❸-4「ロシアの公爵の謎」
これ以降、毎回挿絵画家が変わっている。
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(31) The Old Man in the Corner: The Mystery of Dog’s Tooth Cliff (初出The London Magazine 1923-Christmas 挿絵E. G. Oakdale)❸-6「犬歯崖の謎」
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(33) The Mystery of Brudenell Court (初出The London Magazine 1924-1 挿絵W. R. S. Stott)❸-8「〈ブルードネル・コート〉の謎」
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(32) The Tytherton Case (初出The London Magazine 1924-2 挿絵J. Dewar Mills)❸-7「タイサートン事件」
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(27) The Case of the Duke’s Picture (初出The London Magazine 1924-3 挿絵Frank Wiles)❸-2 as “The Mystery of the Ingres Masterpiece”
「アングルの名画の謎」
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(34) The Mystery of the White Carnation by Baroness Orczy (初出Hutchinson’s Magazine 1924-11 挿絵Albert Bailey)❸-9「白いカーネーションの謎」
雑誌の巻頭話。第五シリーズはハッチンソン誌に移動して、全5作連載(1925年1月号を除く)。著者名はBaroness Orczy表記。
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(35) The Mystery of the Montmartre Hat (初出Hutchinson’s Magazine 1924-12 挿絵不明)❸-10「モンマルトル風の帽子の謎」
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(36) The Miser of Maida Vale (初出Hutchinson’s Magazine 1925-2 挿絵不明)❸-11「メイダ・ヴェールの守銭奴」
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(37) The Fulton Gardens Mystery (初出Hutchinson’s Magazine 1925-3 挿絵不明)❸-12「フルトン・ガーデンズの謎」
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(38) The Moorland Tragedy (初出Hutchinson’s Magazine 1925-4 挿絵不明)❸-13「荒地の悲劇」


No.387 6点 ある詩人への挽歌
マイケル・イネス
(2022/03/26 15:58登録)
1938年出版。教養文庫で読了。翻訳は読みやすいものでした。(語り手の主語を変える工夫は教養文庫でもやってます)
乱歩さんの評価が非常に高いので、いろいろ期待して読みました。なかなか工夫された作品、でもそれほどの傑作かな、という感じ。乱歩さんはあの変テコなキャラが気に入ったのだろうか。
スコットランド好きな私としては導入部の語りが良かった。JDCやマクロイのような旅行者の視点ではなく、地元民の目線。エジンバラ生まれの作者だから描ける世界なのだろう。イングランド人?アプルビイの関わらせ方も上手。
皆さまの評価を読むと、非常に高い… ああ、私にはブンガクっぽいのが合わないのかも、と思った次第。元ネタの詩「詩人たちへの挽歌」を読み込んだ上で、本作を読んだのですけどね。私の評価が低くなったのは程良いファンタジーのあるリアルっぽさをぶち壊す終盤の詰め込み方。JDC作品ならきっと許しちゃうんでしょうけど。そういう風に楽しめば良いのか。(雪が奪う体力を舐めてるんじゃないの?という思いもある。まあそれも野暮でしょうね)
作中現在はクリスマスなので、その頃に読むのがおすすめ。出来れば豪雪地帯で嵐の吹き荒れるクリスマスがベスト。
以下トリビア。
重要な日付がp313に明記されている。1936年11月30日。展開から考えて、この日以降のある日付の数か月後がクリスマスのはずなので、1936年のクリスマスなら日数不足。という事は1937年のクリスマスあたりの話、で確定だろう。英国消費者物価指数基準1937/2022(72.58倍)で£1=11325円。
p10 スザンナが年寄りたちにもたらしたもの(Susannah afforded the elders)◆聖書外典『ダニエル書補遺』の「スザンナ」のことだろう。
p18 今年の冬は大変きびしかった(It was a hard winter)◆これは書き込み過ぎ、「その冬は」で良いだろう。
p27 ニキティ・ニキティ、ニック・ナック(Nickety-nickety, nick-nack,/Which hand will ye tak’?)◆調べつかず。
p45 からすが猫ちゃん殺しちゃった(The craw kill’t the pussy-oh,/The craw kill’t the pussy-oh,/The muckle cat/Sat doon and grat/At the back o’ Meggie’s hoosie-oh…)◆調べつかず。
p54 エディンバラのマッキーやギブソンやその他二、三の有名店からの(from Mackie’s and Gibson’s and two-three other great shops in Edinburgh)
p58 紅茶ポット(teapot)◆ここには受け皿から飲む人はいなかったのかな。
p58 離婚法廷(Divorce Courts)◆スコットランドとイングランドの法律は異なることが多いので、離婚法も多分違うのだろう。
p62 色の黒い奴(dark chiel)◆「黒髪の奴」
p78 ペパーの幽霊(Pepper’s Ghost)◆Wiki「ペッパーズ・ゴースト」参照。英Wikiの方が詳しい。
p82 高地(ハイランド)では、人々の組織は昔から氏族(クラン)によって分けられてきた。(…) 低地(ロウランド)においては全然ちがっていて、その単位は家(ファミリー)である◆ふむふむ。知りませんでした。
p95 文机(bureau)
p96 フィリップ五世の頃のスペインの四倍金貨(a Spanish gold quadruple of Philip V)◆ 8エスクード金貨のようだ。重さ27.06g、直径36-37mm。
p96 ジェノヴァの23金の(a genovine twenty-three carats fine)◆13世紀のほぼ純金(23・2/3カラット)のフローリン金貨(Florin d'or)のことか。直径20mm、重さ3.48g。
p96 ジェームズ五世の冠を被ったの(a bonnet piece of James V)◆スコットランド王ジェームズ五世(在位1513-1542)がボンネットを被っている横顔が刻印されたデュカット金貨(鋳造1539-1542)、重さ5.73g、直径23mm。
p96 大モンゴルのコイン(the coinage of the Great Mogul)◆「ムガール帝国の」だろう。金貨は数種類あるようだ。
p107 カーリング◆日本でこんなに有名なスポーツになるとは…
p110 ティモール・モルティス、コントゥルバトメ… (Timor Mortis conturbat me)◆「詩人たちへの挽歌」の第四行目は、全てラテン語のこの文句の繰り返し。第一〜三行目はスコットランド方言の英語で記されている。
p118 十シリングの損(having put me back … ten shillings)◆多分、助けてくれた手間賃。
p118 ロールス(the Rolls)◆翻訳ではp118とp120に出てくるが、原文p118は the car で the Rolls は一回だけの登場。奥ゆかしいねえ。
p135 おお、アメリカよ、我が新しき土地よ!(Oh my America, my new-found land !)◆ Elegy XIX: To His Mistress Going to Bed(1654) by John Donne からの引用だろうか。
p137 十二月二十四日、火曜日(Tuesday, 24th December)◆直近は1935年。p313とは明白に矛盾する。英国人作家は日付と曜日に無頓着だから驚きはしないのだが。
p177 この家には運がない(There’s nae luck aboot the hoose,/There’s nae luck at a’,/There’s nae luck aboot the hoose/When our goodman’s awa…)◆スコットランドのフォークソング。Jean Adam(1704-1765)作。某Tubeでも聴ける。
p196 シグネット社に属する作家たち(Writers to the Signet)◆リーダース英和「Writer to the Signet [スコ法] 法廷外弁護士」、まあ南條さんでも間違えるネタなので仕方ない。イングランドの事務弁護士(ソリシター)に当たるのかなあ。良く調べていません。
p207 麦芽乳(malted milk)◆英国人James Horlick(1844-1921)が開発し、弟Williamとともにシカゴで製造、英国でも人気だった飲み物。ミロみたいなもの? ペリー・メイスン『不安な遺産相続人』(1964)にも登場していました。
p216 ウィルキー描くところの、スコットランドの教会の太柱(some pillar of the Kirk from the pencil of a Wilkie)◆ウィルキーはスコットランドの画家、と訳注にあり。具体的にどの絵のイメージなのかは不明。鉛筆のデッサンか。
p221 ジョン ・コトン(John Cotton)◆「訳注 パイプ煙草の銘柄」18世紀後半からのブランド名。エジンバラのメーカー。ヴィクトリア女王御用達(1840)で有名になった。
p264 スコットランドの検死について◆スコットランドにはインクエストが無い、という事実が、オルツィ『グラスゴーの謎』のお蔵入りの原因だった、ということを『隅の老人【完全版】』でごく最近に知りました。


No.386 7点 牧神の影
ヘレン・マクロイ
(2022/03/21 09:43登録)
1944年出版。ちくま文庫で読了。
出版時はまだ戦時中なんだよね。だからサスペンスも切実。マクロイさんも暗号関係に関わってたのだろうか?それとも個人的な興味があったのか。いつも思うのだが、マクロイさんのテーマに対するアプローチって男っぽい部分がある。本作も堂々たるハード暗号ものに仕上がっている。小説のメインである自然描写と恐怖と情感の盛り上げ方も素晴らしい。
でもいつものコレジャナイ感も残った。メッセージ、長すぎない?必要なことだけチャチャっと伝えれば良いじゃない。
まあそれでも読んでる間は非常に心を動かされました。キャラ設定も上手で主人公を不安に陥れる人間関係。犬も印象的なキャラとして登場。マクロイさんは断然犬派だ。
でも本作が文句無しの傑作、とならないのは、マクロイさんの意図が読後に見えすぎるからなのかも、とふと思った。頭が良すぎて、冷めるのが早すぎる、そんな感じ。

調べると1972年に改訂してヴェトナム戦争の時代に移植したらしい… 何てことをしたもんだ、と思うが、ちょっと読んでみたい気もする。(訳者あとがきによると第二次大戦色をすっかり消し去ったバージョンらしい。後でそれは間違いだった、と作者自身が表明しているようだ)
文庫解説(山崎まどかさん)のファッション視点は私には全然イメージがわかないので、とても興味深かった。マクロイさんは趣味が良いようだ。

トリビアちょっとだけ。
マクロイ作品はDell Mapbackでお馴染み。本作もちゃんと地図が作成されていて、コテージ平面図もついてるので便利。Pinterestで panic mapback と検索すると見やすい図面が見つかります。
米国消費者物価指数基準1943/2022(16.40倍)で$1=1870円。300ドルは56万円。
p21 例の「オクシデンタル通信社」がまた登場している。
p71 昔のペニー銅貨に刻印されていたインディアン◆ Indian Head cent (1859-1909)、直径19.05mm、重さは1864–1909鋳造のものなら3.11g、リンカーンの前の1セント硬貨。図柄は英Wiki “Indian Head cent”で。
p83 十ドル紙幣◆1929年以降はアレキサンダー・ハミルトンの肖像、サイズ156x66mm。米国紙幣は額面にかかわらず全部同じサイズ。
p103 ター・ベビー(Tar Baby)◆Joel Chandler Harris(1848-1908)のUncle Remusシリーズ(1881-1907)に出てくる、ウサギどん捕獲目的で作られたタール人形。返事をしないタール人形に腹を立てたウサギどんがブン殴ったら、手がタールに絡めとられてしまう。蹴ると足もくっつく。知恵の回る、逃げ足の速いウサギどんでも、このような策略で捕まってしまいました、という話。『ウサギどん・キツネどん: リーマスじいやのした話』(岩波少年文庫1953)で子供の頃に読みました。


No.385 6点 フローテ公園の殺人
F・W・クロフツ
(2022/03/20 21:56登録)
1923年出版の長篇第4作。グーテンベルグ21の電子本で読了。橋本福夫さんの翻訳は端正でした。
フレンチ警部登場前の最後の長篇で、前三作と同じく二部構成ですが、第一部が南アフリカ、第二部がスコットランドで、舞台を変えています。でも、作者は南アフリカをあまり知らないで書いてる感じ。臨場感が薄いのです。そこが最大の不満。多分、当時の南アフリカ警察は、もっと田舎くさい感じだと思う。うって変わってスコットランド編では生き生きとした描写が続き、登場人物と共に楽しい旅ができます。日常の細部も第二部が格段に充実しています。
キャラの書き分けも全然出来てないので、前三作と似たり寄ったりの人物が登場。まあでも、やや行き当たりばったりの地道な捜査でウロウロする感じがなかなか良く出来ています。こういう作風だと、普通は描かれない日常生活の意外な小ネタが思わず飛び出してくるのが、私にはとても楽しいのです。ミステリ的にも、なかなか工夫があり、最後の場面は思わずワクワクしちゃいました。これで南アフリカ編のディテールが充実してればなあ…
以下トリビア。
作中現在は冒頭が11/11木曜日(p179及びp820から)、該当は1920年。(そういえば、この日は第一次大戦の終戦記念日だが、全くそのことへの言及がない。南アフリカだから関係ないのかも)
銃は「小さな自動拳銃(a small automatic pistol)」が登場するが、型式は記されず。FN1910を推す。
p44/5274 十一月も下旬(in late November)◆南半球なので北半球の五月に相当。気温は25から15℃くらいのようだ。11月11日なので late じゃないよねえ。
p160 合計六ポンドの紙幣(a roll of notes value six pounds)◆巻いた紙幣六ポンド分、財布に入れない紙幣は巻いて携帯するのが普通なのか。1910年から南アフリカ連邦は英国自治領となったが、South African Reserve Bankが紙幣を発行するのは1921年からなので、この紙幣は英国のものだろう。英国消費者物価指数基準1920/2022(47.62倍)で£1=7430円。
p646 真珠のペンダント十五ポンド十五シリング、イアリング七ポンド十シリング、腕時計五ポンド十二シリング六ペンス… 一つは二十ポンドの毛皮のショール代(for a pearl pendant, £15 15s., a pair of earrings, £7 10s., a wristwatch, £5 12s. 6d.; (…) for a fur stole at £20)
p656 四百ポンドの年収(on his £400 a year)◆297万円。
p708 検屍審問(inquest)◆大英帝国なのでインクエストがある。
p708 死体を見に別室へ下がった(left to view the body)◆当時のインクエストでは陪審員の義務。
p732 この娘は色の浅黒い、いやにツンとした美人(The girl, a dark and haughty beauty)◆橋本さんも浅黒党。「黒髪の」
p840 宿泊料は四ポンド十六シリング◆三日間の宿泊費か?釣り(四シリング)はチップ
p851 二シリング◆情報代として。743円。
p851 今度の男は、小柄で、色が浅黒く、機敏そうな顔つき(this time small, dark and alert looking)◆しつこいようだが「黒髪の」
p901 クリスマス・ホワイトという黒人(He was a coloured man called Christmas White)◆停車場のポーター。名前を揶揄ってる?
p911 ウォーリック・キャスル号(the Warwick Castle)◆客船会社Union-Castle Lineは〜Castleという名の客船を運航していたが、作中現在にはWarwick Castleも、後に出てくるDover Castle(p2953)も実在していない。
p990 女は皮膚の色は浅黒く… 動きのない、重苦しいタイプの顔だった(She was dark, and her face was of a heavy and immobile type)◆肌の色なんて書いてない。「黒髪で」
p1091 結婚しようというのに二百ポンドや三百ポンドの《はした金》が何になって?(for what was two or three hundred pounds to marry on?)
p1193 I・D・B諸法律が厳重に施行されるようになって以後は、ダイヤモンドの不法所持から起こる犯罪が減少したことは事実(since the I.D.B. laws had been more strictly enforced, crime arising from the illicit possession of diamonds had decreased)◆ illicit diamond buying [buyer] 不法ダイヤモンド購入[バイヤー]
p1226 油ぎった浅黒い顔、ユダヤ系の容貌(was dark and oily of countenance, with Semitic features)◆しつこいようだが「黒髪の」
p1319 公衆電話室(a call-office)◆
p1507 旅費として二百五十ドルの小切手を(a cheque for £250)◆南アフリカから英国まで。「250ポンド」が正解。
p1561 スカラ座は市の中心部にある華麗な大きな建物で、最近開場したばかりであるだけに、近代都市の映画館にふさわしい、宮殿のような豪華な装飾や設備を誇っていた(It was a large, flamboyant building in the centre of the town, but newly opened, and palatial in decoration and luxurious in furnishing as befitted a modern city motion picture theatre)◆映画館が劇場に変わって娯楽の中心になりつつあったのだろう。
p1561 金糸の紐飾りだけでできているのかと思うような制服を着た、巨大な身体の黒人のポーター(a huge negro porter, dressed in a uniform of which the chief component seemed to be gold braid)◆名前はシュガー(Sugah)
p1600 その手に二、三シリングすべりこませてやった◆情報代として
p1611 切符は二枚お買いになりましたわ──平土間席のを──二シリング六ペンスのね。特別席を除いたら一番いい席です(two tickets — stalls — two and six; best in the house except the gallery)◆映画館の切符、929円。最上等のgallery席のイメージが良くわからない。映画なのだから1階正面(stalls)が一番良さそうだが… (galleryは2階席っぽい感じ。2階正面が一番見やすい設計なのかも)
p2255 特別予備審問(a special court of magistrates)◆magistrateは「重罪被告人の予備審問を管轄する下級裁判所の裁判官」という事らしいが、制度をよく調べていません…
p2640 古い南ア案内書(an old guidebook of South Africa)
p2640 エドガー・アラン・ポーの小説(A tale of Edgar Allen Poe’s)◆有名作のネタバレをしている。
p2953 英国行きの「ドーヴァ・キャッスル」号(the Dover Castle for England)
p3025 昔ながらの振分け荷物を肩にした(with a bundle over his shoulder in the traditional manner)
p3056 厳格に言うと、先方から訪ねてくれなきゃ──こちらは新来者なんだから(strictly speaking, it’s his business to call on me — the newcomer, you know, and all that)◆訪問のエチケットか。
p3086 仕切室(コンパートメント)◆列車の客室の翻訳だが…
p3681 有名な事件(コーズ・セレブル)a cause célèbre
p3726 高価ではあるが、よく見かける型の二人乗りの小型自動車(It was a small two-seater of a popular though expensive make)◆型式は記されず。
p3749 その帽子はエディンバラの、ある有名な商会で売っているもので、金文字でS. C.の頭文字(a hat. It had been sold by a well-known Edinburgh firm, and bore the initials in gold letters, S. C.)◆帽子に入れるのはイニシャルが多いのかな?
p3895 ポケットから半クラウン銀貨を◆929円。当時のはジョージ五世の肖像。1920-1936鋳造のものは.500 Silver, 14.1g, 直径32mm。
p3895 五シリング出すから乗せてくれ◆1858円。ちょっとはずんだ対価。
p3915 それぞれに五シリングずつ◆貴重な情報への褒美。
p4125 故人の生まれた国、または原籍地(from what country or place the deceased gentleman came originally)◆戸籍制度は整備されていないので、教会を調査しようという意図か?
p4158 ロイド・ジョージ氏が首相をされていた頃(Mr Lloyd George’s arrival at Central Station when he was Prime Minister)
p4354 彼の手に半クラウンすべり込ませ◆情報代として。
p4673 その自動車は一九二〇年のダラック… ダンロップ・タイヤ(a 1920 Darracq, with Dunlop tyres)◆Talbot-Darracq V8 HP20だろうか。
p4725 レストランで住所録を調べてみる(An examination of the directory at the restaurant)◆directoryはソーンダイク博士の七つ道具としてお馴染みのKelly’s directoryのこと。下の「電話帳」(telephone directory)も同様。今で言う職業別電話帳に似たもので、street別、commercial(商売)別、trade(職業)別、court(貴人・公人)別などの様々な分類による一覧なので、調査に非常に便利。パブとかレストランにも常備されているようだ。
p4746 自分の持っている拡大地図と、電話帳の助けを借りて(With the aid of his large-scale map and a telephone directory)
p4755 電話は一ペニー入れれば通話できる自動式のものではなかった(the instrument was not a penny-in-the-slot machine)◆昔の公衆電話は交換手に対面で直接依頼しなければ、電話が繋がらなかった。その後、料金箱にコインを入れると交換手を呼び出せるようになり、さらにダイヤルすれば交換手なしで相手に繋がるようになった。英国の有名な赤電話ボックスK2は1926年から設置。
p4906 ボー街まで一緒にきて話す(you may come and tell it to me at Bow Street)◆ボウ・ストリート=「警察本部」
p4916 こちらで結婚式をあげたいと思えば、その前に、十四日間は、ここの教区に暮らしていなきゃいけない(If he wanted to be married here he would have to reside in the parish for fourteen days previously)◆この決まりは知りませんでした。未調査。
p4927 二晩の宿泊料と二度の朝食代とで、勘定は二ポンドくらいになる(That would be for two nights and two breakfasts and we think it will be about two pounds)
p5087 噂も九日を通り越す長い期間にわたって(during more than the allotted nine days)◆nine days’ wonder を踏まえている。


No.384 7点 夢の女・恐怖のベッド
ウィルキー・コリンズ
(2022/03/16 05:49登録)
日本独自編集、1997年出版。
本書収録の(1)〜(7)の各篇は短篇集にする際に、元々は別々の雑誌に発表した話を、デカメロンやカンタベリー物語などのような枠組みで、別人の語る一話完結エピソードをまとめたもの、という形式にしている。翻訳では(3)以外、短篇集に掲載された各話のプロローグを省いている。初出を調べると、少なくとも五作は「作者名なし」で発表されている。ディケンズでさえ作者名を特に記載せずに掲載しているので、当時の習慣だったのか。
まだ全部読んでないのに断言しちゃいますが、これは傑作揃いですよ!まあ謎解き派には物足りないかも、ですが、小説好きなら断然面白いと思います!
以下、タイトルは原著の短篇集準拠。初出はWebサイトWILKIE COLLINS INFORMATION PAGES by Andrew Gassonの記載をFictionMags Indexで補正。収録短篇集は下の●数字で示した(枝番は収録順)。
短篇集❶ After Dark (Smith, Elder 1856)
短篇集❷ The Queen of Heart (Hurst & Blackett 1859)
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(1) The Traveller's Story of A Terribly Strange Bed (初出Household Words 1852-4-24 as ‘A Terribly Strange Bed’ uncredited) ❶-1「恐怖のベッド」: 評価7点
ディケンズ編集の週刊誌Household Wordsに初めて掲載されたコリンズの小説、ただし作者名は記されず。短篇集❶の作者前書きによると画家W. S. Herrick(William Salter Herrick 1807-1891)にこの話と第6話 “The Yellow Mask” のthe curious and interesting factsを負うている、とのこと。タイトルは「おそろしく奇妙なベッド」くらいが良いかなあ。
舞台はパリ、語り手が大学卒業直後の話。若者らしい行動の展開が良くてスリルもあり、キャラも生きている。
p7 五フラン銀貨(five-franc pieces)♠️短篇集のプロローグによると、1827年に記録を始め、その数年前にこの物語の語り手から聞いた話、という設定。(ただし、初出時の設定はわからない。発表時の十年前くらいが丁度いい感じに思うので、短篇集の枠組みの1827年は遡りすぎのように思う。)
作中年代は1805年以降(p15にアウステルリッツの戦いに関する言及あり)。警察機構(Préfecture de police)は1800年創設。感じとしてはアウステルリッツは一昔前、英国人が普通にパリで遊んでいるのでワーテルロー以降なのかなあ。当時の五フラン貨幣はナポレオン(1807-1815)、その後はルイ18世(1816-1824)の肖像。サイズはいずれも25g、直径37mm、純銀.900。1816年と仮定すると金基準1816/1901(1.035倍)と仏国消費者物価指数基準1901/2022(2746倍)で2842倍、1フラン=€4.34=572円。
p10 「赤と黒」(Rouge et Noir)♠️トランプを使うギャンブル。米国ではほとんど見られないが、欧州のカジノには今でも残っている。英Wiki “Trente et Quarante”に詳しい説明あり。
p12 ナポレオン金貨(napoleons)♠️ナポレオンと言えば、通常20フラン金貨を指す。純金.900、6.45g、直径21mm。1802年から鋳造。
p22 ドアをロックして差し錠をかい(to lock, bolt)… 窓にも止め金をかけ(tried the fastening of the window)
p23 メーストルの『部屋を巡る旅』(Le Maistre… “Voyage autour de ma Chambre”)♠️ Xavier de Maistre作、1794年出版。英訳は1871年が最初らしいから、作者は原語で読んだのだろう。
p41 緑色のテーブルクロス(a green cloth)♠️ギャンブル用カード・テーブルの緑色baize仕上げのことを言っているのだろう。
(2022-3-16記載)
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(2) The Lawyer's Story of A Stolen Letter (初出Household Words 1852-12 [Extra Christmas Number] as 'The Fourth Poor Traveller' uncredited) ❶-2「盗まれた手紙」: 評価7点
初出時は’The Seven Poor Travellers’の四番目の貧しい旅人の話で、コリンズ作は本エピソードだけ。ディケンズが物語の枠(クリスマス・チャリティで六人の貧しい旅人をもてなす代わりに各人に話を語ってもらう)と第一話、最終話を創作し、他の作家(George Augustus Sala、Adelaide Anne Procter、Elizabeth Lynn Linton)が各旅人の話を埋める、という構成。初出誌ではディケンズ含めいずれの作者名も記されていない。
初出バージョンの、本作の語り手は、元は裕福だった弁護士で、今は本人が語らない理由で尾羽打ち枯らし、貧しく放浪している、という設定。翻訳で採用した短篇集バージョンでは、地方の名士の弁護士が肖像画を描いてもらう際に画家に面白い体験を話す、という設定に変わった。語り手が妙に用心深い感じとかなんだかセコい感じは、やはり初出時の設定のほうが相応しいと思う。(物語の締めの文は初出時には無く、「事実を語ったのだ」で終わっている。)
作中年代は、語り手が弁護士になりたての時期なので、少なくとも二十年くらい前の話のように感じる。
これもぐいぐい読ませる話。登場人物がいかにもな感じ。タイトルからポオを連想させるが、元々の初出タイトルは「第四の貧しい旅人」なのだし、内容もあの有名作からインスパイアされたような所は見当たらない、と思う。
p42 絵描き君(Mr. Artist)♠️語り手は画家の名前Faulknerを使わず、一貫してMr. Artistと呼んでいる。
p43 名誉にかけて言明する(upon his honor)♠️語り手は「若い連中が口にしたがる阿保くさい言い回し」と思っている。
p44 我が愛しの人(the sweet, darling girl)
p46 反対尋問(cross-examination)
p47 顔色も少々赤ら顔に(her complexion is a shade or two redder)♠️ここら辺の文章から、話し手が語っている時より、少なくとも十年以上昔の出来事。この表現(a shade or two redder)を知らなかったので、Web検索すると結構見つかった。ディケンズも使っているし、現代文でも使っている。redderではなくlighter, darker, deeperという用例もある。a shade(ごく僅か) or two shade… という事なのだろう。人の顔色とか髪の色に使うようだ。
p56 五百ポンド・イングランド銀行券(a five-hundred-pound note)♠️1800年の話、と仮定すると英国消費者物価指数基準1800/2022(89.25倍)で£1=13926円。
p61 私の事務所の給仕(my boy)♠️14歳、と言っている。時代は違うがハメットもピンカートン社の雑用係として14歳で入社している。
p66 熱燗のラム酒と水(hot rum-and-water)♠️「熱燗のラム酒水割り」
p66 パイ屋(tart-shop)
p69 一房の髪(a lock of hair)♠️ヴィクトリア朝の人々は死者の髪を記念品にしていたらしい。
(2022-3-16記載; 2022-3-19若干修正)
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(3) The Angler's Story of The Lady of Glenwith Grange (初出: 短篇集1859) ❶-4「グレンウッズ館の女主人」
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(4) Brother Owen's Story of The Black Cottage (初出Harper’s New Monthly Magazine 1857-2 as 'The Siege of the Black Cottage' uncredited) ❷-1「黒い小屋」
短篇集❷The Queen of Heartの趣向は三兄弟(Owen, Morgan, Griffith)が滞在中の親友の娘に語る面白い物語(訳者あとがきに詳しい解説あり)。
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(5) Brother Griffith's Story of The Family Secret (初出The National Magazine 1856-11 as 'Uncle George; or, the Family Mystery') ❷-2「家族の秘密」
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(6) Brother Morgan's Story of The Dream Woman (初出Household Words 1855-12 [Extra Christmas Number] as 'The Ostler' uncredited) ❷-3「夢の女」: 評価7点
初出時には'The Holly Tree Inn' 全七話の第二話として発表されたもの。構成は、第一話 The Guest (ディケンズ作)、第二話 <本作>、第三話 The Boots (ディケンズ作)、第四話 The Landlord (William Howitt作)、第五話 The Barmaid (Adelaide Anne Procter作)、第六話 The Poor Pensioner (Harriet Parr作)、第七話 The Bill (ディケンズ作)というもので、ある宿屋に関わる人々についての物語、という枠組みのようだ。これも初出時には作者名は記されていない。
本作は1873年のコリンズ米国旅行の際に拡充され、短篇集”The Frozen Deep and Other Stories”(Bentley1874)に’The Dream Woman: A Mystery, in Four Narratives’として発表された。四人が語る形式となったが、この版の翻訳は無いようだ。(ざっと英文を斜め読みしたが、付加要素が多くて元の作品よりかなり落ちる感じ。まあちゃんと読んでないので確かでは無いが…)
初出の語り手は、恋人と別れ、絶望のうちに米国に渡る前に立ち寄ったThe Holly Tree Innの客(若い男)、という設定。短篇集バージョンの老医者の若い頃の話、というのと異なる。初出バージョンでは本短篇集のp211「年取った男が敷き藁の上で眠っていた」あたりから始まっている。(その後には大きな違いなし)
翻訳は『ゴーリーが愛する怪談』の柴田訳がずっと良い。
p219 差し錠やかんぬきや鉄被いの付いた鎧戸(the bolts, bars and iron-sheathed shutters)◆柴田訳「閂、横木、鉄製の鎧戸」、かんぬきのイメージは元の意味はbarだろうが、現在ではboltっぽい気がする。差し錠の一般的イメージはWeb検索では見当たらなかった(boltの訳、という説あり)。barは金属の場合もあるので「横木」はちょっと気になるが…
p234 九ペンス(ninepence)◆初出版では発表時の一、二年前くらいの話。短篇集版では話を聞いた時点でも数年前、語っている老医師が駆け出しの頃に聞いたという設定なので、少なくとも三十年前くらいか。英国消費者物価指数基準1850/2022だと143.44倍、同1830/2022なら121.70倍なので、前者22381円、後者18989円。9ペンスはそれぞれ839円、712円。
(2022-3-19記載)
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(7) Brother Griffith's Story of The Biter Bit (初出The Atlantic Monthly 1858-4 as 'Who is the Thief?' uncredited)「探偵志願」
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(8) A Mad Marriage (初出All the Year Round 1874-10 as ‘A Fatal Fortune’)「狂気の結婚」
短篇集 “Miss or Mrs? and Other Stories in Outline”の第2版(Chatto & Windus 1875)から追加収録された。(初版はBentley 1873)


No.383 6点 エドワード・ゴーリーが愛する12の怪談 ---憑かれた鏡
アンソロジー(海外編集者)
(2022/03/13 09:07登録)
1959年出版。画家ゴーリーが選んで各篇に挿絵1枚をつけたアンソロジー。まあセレクションは、柴田さんがいうように、ヒネリのない直球で、購入したのも「柴田訳で読んだらどうなる?」という興味。でも全部が柴田訳ではなかった。まあ柴田さん監修なので似たようなものかな。読んでみると、柴田さんの翻訳は、やや硬めの印象。本書の中では、宮本 朋子さんの文章がとても良い。
文庫の表紙絵は、原著のダストカバー裏側の絵。この絵のほうが良いが、原著の表側の絵も何処かに収録して欲しかったなあ。表と裏のセットで鏡の世界を通り抜ける趣向となっているのだろう、と思う。文庫p6にタイトル絵があり、ゴーリーは本書のために作品15枚を提供しているようだ。(他にもあるのかも。未確認。)
各篇の初出データが全然無かったので、WEBで調査して付け加えました。発表年って重要だと思うのですが…
(1) The Empty House by Algernon Blackwood (短篇集1906)「空き家」アルジャーノン・ブラックウッド、小山 太一 訳: 評価6点
『秘書綺譚 ブラックウッド幻想怪奇傑作集』南條訳が素晴らし過ぎるのか。この女性の感じだとあんまり楽しくない。
イラスト7点
(2022-3-13記載)
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(2) August Heat by W. F. Harvey (短篇集1910)「八月の炎暑」W・F・ハーヴィ、宮本 朋子 訳: 評価6点
『怪奇小説傑作集1』平井訳のキズをカバーしている良訳。まあ作品自体が物足りないので、この点数。
イラスト6点
(2022-3-13記載)
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(3) The Signalman by Charles Dickens (初出All the Year Round 1866 Christmas Extra as ‘No.1 Branch Line. The Signalman’)「信号手」チャールズ・ディケンズ、柴田 元幸 訳: 評価6点
辻褄が合ってるような、合ってないような怪異、というのは大好きだが、語り手と信号手の距離感の方が私には興味深かった。
初出を調べると、お馴染みのクリスマス連作で、ディケンズが枠を作り、他の作家がエピソードを埋める形式。タイトル“Mugby Junction”の第四話。今回の趣向は、人生に絶望した50歳の主人公を中心にした鉄道駅Mugby Junctionに関わる人々の物語。
本作の語り手「私」は、この50歳の主人公ジャクソンのようだ(初出でも第一話から第二話は三人称、第三話は少年(駅のボーイ)の一人称となっているが、第四話の一人称の話者は紹介されていない)。「生涯ずっと自分の狭い世界に閉じ込められて(p50)」というのは、主人公は自分の会社Barbox商会でずっと仕事をしていたが、思い切って会社をたたんで鉄道の旅をしている、という設定に基づくものなのだろう。
最近コリンズを読んでいるが、コリンズ絡みでディケンズ主催の連作を数作読んだ印象では、ディケンズには詩的なファンタジーが文中に突然現れる、という印象。本作でも「いくつもの手や頭がこんがらがっているのが(p60)」なんてどんな場面なのか全然わかりませんでした… (原文はwhat looked like a confusion of hands and heads)
イラスト7点
(2022-3-19記載)
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(4)「豪州からの客」L・P・ハートリー、小山 太一 訳
(5)「十三本目の木」R・H・モールデン、宮本 朋子 訳
(6)「死体泥棒」R・L・スティーヴンソン、柴田 元幸 訳
(7)「大理石の躯」E・ネズビット、宮本 朋子 訳
(8)「判事の家」ブラム・ストーカー、小山 太一 訳
(9)「亡霊の影」トム・フッド、小山 太一 訳
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(10) The Monkey’s Paw by W. W. Jacobs (初出Harper’s Monthly Magazine 1902-9 挿絵Maurice Greiffenhagen)「猿の手」W・W・ジェイコブス、柴田 元幸 訳: 評価6点
『怪奇小説傑作集1』平井訳と比べるのは申し訳ないが、堅い感じ。
イラスト7点
(2022-3-13記載)
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(11) The Dream Woman by Wilkie Collins (初出Household Words 1855-12 [Extra Christmas Number] as 'The Ostler', second part of 'The Holly Tree Inn' by Charles Dickens)「夢の女」ウィルキー・コリンズ、柴田 元幸 訳: 評価8点
登場人物の感じがとても良い。小説だねえ。さらに引き伸ばしたバージョンがあるらしいが、このシンプルさを越えられないのでは?
イラスト5点
(2022-3-13記載)
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(12) Casting the Runes by M. R. James (短篇集1911)「古代文字の秘宝」M・R・ジェイムズ、宮本 朋子 訳: 評価7点
ラストはともかく、日常描写が良い。ご婦人をさりげなく物語に絡ませるのが上手。
p319 一八八九年九月十八日♣️数年前のこと、としか書かれていないので作中現在は不明。
p337 コンパートメントへとさりげなく移動♣️この記述から通路付きの客車(Corridor coach)だとわかる。だが英国初登場は1900年代初頭、としかわからない。
イラスト6点
(2022-3-13記載)


No.382 6点 青銅ランプの呪
カーター・ディクスン
(2022/03/06 12:34登録)
1945年出版。創元文庫(1983年初版)で読了。翻訳は堅実に見えますが、細かく検討してみるとちょっと不安定な感じ。補っている言葉が多いのですが、ややピント外れに感じるところがありました。
JDC/CDお気に入りの作品。(なんかのインタビューだかで挙げていたんだっけか?) ある意味、意外性のある作品に仕上がっています。破天荒さが不足なので私はちょっと不満ですが、それでもなんだか満足しちゃいました。『欺かるるなかれ』と同様、出鱈目預言者への嫌悪感が著しい(あっしまった、「予言者」ね。田川建三先生に怒られちゃう… 高島俊雄さんならどっちでも同じだよ、と言うと思うけど)。私もこの手の予言や神や霊を利用した金の亡者どもは大嫌い。信じちゃう人がいるから悪いんだけどね。
当時の英国人の日常生活に根ざした事柄が手がかりの一つになっていますが、まあそこはちょっと補強されてるのでギリギリ合格でしょうか(下記p409参照)。
以下トリビア。
英国消費者物価指数基準1935/2022(75.78倍)で£1=11824円。米国消費者物価指数基準1935/2022(20.52倍)で$1=2340円。
作中現在はp10, p353から冒頭のシーンは1935年4月10日。(ただしp59に明白な矛盾あり)
p7 カイロのコンティネンタル-サボイ・ホテル(Continental-Savoy Hotel)♣️1860年代建設のThe Grand Continental Hotelのこと。
p7 十年前の…暖かな四月のある日の午後(on a brilliant warm April afternoon, ten years ago)
p10 一九三四年から一九三五年にかけて… 世界じゅうの目が集まっていた♣️ここら辺の記述を整理して推測すると、発掘事業は1933年10月に始まり、1934年5月までに数多くの財宝を発掘、1934年12月に教授が蠍に刺された、という流れ。作中現在は1935年4月だと思われる。
p15 あのくそいまいましいノエル・カワードの戯曲(a bloody Noel Coward play)
p27 五十ピアストル(Fifty piastres)♣️タクシー代、「もう少しで10シリング(nearly ten bob)」(p28)とH.M.は言っている。10シリング=5912円。当時(1935年)の為替レートで1ピアストル(1/100エジプト・ポンド)=$0.0502=£0.0102、50ピアストルなら£0.510=10.2シリング。翻訳は「ほぼ10シリング」が正しいのかな?
p31 イギリスの五ポンド紙幣(an English five-pound note)♣️当時の英国五ポンド紙幣は片面だけ印刷された白黒のWhite noteでサイズ211x133mm、卿にとってはやりがいのある大きさだったろう。両面が印刷された紙幣(最初のサイズは158x90mm)に変わるのは1957年から。
p33 雑誌<ラズル>(a copy of Razzle)♣️当時1シリングの英国アダルト雑誌のようだ。
p49 六万ドル
p57 ウォルポール… ラドクリフ夫人… “モンク”リュイス
p57 ジェーン・オースティンの書いたささやかな風刺小説(Miss Austen's gentle satire)♣️『ノーザンガー・アビー』のことだろう。昔はオースティンの作品大嫌い(『曲がった蝶番』)と書いてたJDC/CDだが、この作品は読んだようだ。ここは「上質なパロディ」という趣旨だろうか。
p59 四月二十七日木曜日(Thursday the twenty-seventh of April)♣️この日付と曜日なら1933年か1939年が該当。まあp10の記述があるので1935年としておこう。1935年4月27日は土曜日だが… なお、同時期には『一角獣』事件でH.M.はフランスにいたはず、という説がある。(詳細に検討していません)
p59 出入口には緑色の羅紗を貼ったドア(a green-baize door)
p61 登場人物の内なる声を表現するJDC/CDが良くやるこの手法は、原文でもカッコ付き。
p70 車体が長く… 重心が低いライリー(Riley)… クーペの一種(one of those coupes) ♣️12/6または14/6 Riley Ascotか。値段は350ポンド程度。
p78 soignée(ソワニエ)
p80 一万何千ドル
p114 セミラミス・ホテル(Semiramis Hotel)♣️架空のホテル名。A・E・W・メイスンの作品(1917)ならストランド街の超一流ホテルだったHotel Cecil(1896-1930)がモデル。メイスン好きのJDC/CDだから、きっと意識した採用だと思う(p129の描写もそれっぽい)。なおエジプト、カイロには同名のホテルが実在していた(1907-1976)。
p119 グロスターのベル・ホテル(The Bell at Gloucester)♣️実在の由緒あるcoaching innのことか。
p120 <幽霊の間>the Haunted Room
p129 そうぞうしくてむやみに明るいセミラミス・ホテルは、宵闇のテムズ河畔の街灯の列を見おろす位置にあった(The Semiramis Hotel, noisy and glaring, overlooking the lamps of the Embankment in the twilight)
p130 今日は木曜日♣️念を押しているので、曜日は間違っていないのだろう。じゃあ日付が違うのか?
p134 熱帯地用の白のディナー・ジャケット(a white tropical dinner-jacket)
p142 ゴシック・ロマンのコレクション… 『ユドルフォの秘密』(The Mysteries of Udolpho)… 『イギリスの老男爵』(The Old English Baron)… 『吸血鬼』(The Vampyre, a Tale by Lord Byron)
p151 それから三日後の四月十三日は日曜日だったが…(It was three days later, early on the morning of Sunday, April thirtieth)♣️翻訳者の勘違い。「4月30日」ですね。一瞬JDC/CDがまたやらかした!と思ってしまいました。次項p152(Sunday, April thirtieth)でも翻訳者は同じ過ちを繰り返しています。
p153 いつもの青いサージの制服のボタンをきっちり首のところまで止めていた(buttoned up in his usual blue serge)♣️マスターズ主席警部の服装だが「制服」とは思えない。「背広」のボタンをきっちりかけている、という意味では?
p157 そういうふうにはなりえんのじゃよ(It couldn't be right !)♣️翻訳が微妙。試訳「それが正解であるはずがないのじゃ!」まあどっちもどっちですね。
p174 たったひとつの難点は、そういうことは絶対に起こりえんということなのじゃ(The only trouble is, it won't work)♣️同上。試訳「たったひとつ難点がある。その手は効かんのじゃ」こちらは試訳の方がずっと良いと思います…
p174 H・Mの車♣️車種不明。
p192 品のない声(rather a common voice)
p207 サイズは4くらい(size about fours)♣️英国レディース靴サイズ4は日本サイズ22.5cm相当。
p219 オードリーのおチビさん(Little Audrey)♣️ここには関係が無いかも知れないが、Little Audreyは第一次大戦時ごろに遡る残酷なジョークの主人公。酷い事件が起きてもオチはBut Li'l Audrey just laughed and laughed。英Wiki “Little Audrey”参照。
p240 赤のベントレー(the red Bentley)
p244 サマーセット地方の訛り… “故障”が“ごしょう”に(in the speech of Somerset, 'order’ becomes 'arder')♣️英Wiki “West Country English”参照。
p245 赤いベントレーのふたり乗りの車… ラジエーターのキャップにマーキュリーの彫像(a red Bentley two-seater… with a Mercury figure on the radiator cap)♣️Bentley 3½ Litreだろう。値段は最低でも1400ポンド以上らしい。ベントレーのマスコット Flying B は1933年以降 Charles Sykesデザインの二代目に変わった。(初代はF. Gordon Crosbyデザインのようだ)
p253 レインコートとトップコートが組み合わせになった形(a combination raincoat and topcoat)♣️レインコート兼用のオーバーコート、という意味か。
p261 いったいあの男に何が起こった(What happened to this bounder?)♣️bounderは軽蔑的に「奴」という意味らしい。誰のことを指している? 試訳「いったい彼奴に何が起こった」
p261 そして、わしが仮にあれを証明できたとしても、それではたしてすべてが解決するか?(And will it upset the whole apple-cart if I show…)♣️ここも微妙だなあ。試訳「これは全てをひっくり返す事になるのか?もしわしの考えが…」
p276 一撃を加えるためにまっしぐらに前進(headin' for a smash)
p301 ここ、物音のとだえしところ… (Here, where the world is quiet,/Here, where all trouble seems/Dead winds and spent waves riot./In doubtful dreams of dreams)♣️この詩はAlgernon Charles Swinburne作 “The Garden of Proserpine”(1866)から。続く詩も同じ出典。
p343 先生(Maestro)
p353 四月十一日(eleventh of April)♣️この日は冒頭の場面の翌日(p24)、したがって冒頭の場面は4月10日となる。
p401 ここはアンフェア
p409 ここも微妙にアンフェアだなあ。この頁最初のはまあ良いとして、二番目のは前振りが全然無いからねえ。
p411 なんなら、五ポンドかけてもいい(Yes, for a fiver !)♣️賭博好きの英国人。


No.381 9点 新アラビア夜話
ロバート・ルイス・スティーヴンソン
(2022/02/27 20:32登録)
光文社古典新訳文庫(2007)で読了。原本New Arabian Nights(1882)二巻本のVolume 1の翻訳。初出は週刊誌The London Magazine 1878-6-8〜10-26(18回分載, 途中3回の休載あり)。家のどこかに講談社文庫(自殺クラブ)があるはずですが、南條ファンなので新訳を見つけて思わず即買いしちゃいました。
最初の「クリームタルト」で心を鷲掴みにされ、これは非常に素晴らしい!と感動したけれど、そこが頂点。続きも良いのは間違いないのですが、割と普通の感じ。でも本連作は読むに値する!これぞ古典!という気持ちを込めて評価点は9点としました。なおVolume 2は全く別の話なので、あんまり気にする必要はありません。
ついでにフロリゼル王子の元ネタ、シェークスピア『冬物語』(1611)も読んじゃいました。まだ河合訳が出てないので、グーテンベルク21の大山 敏子 訳(1977)で。王子の若き頃が出て来て面白い。物語もほどよくメチャクチャで意外な展開あり、最後は演劇的に見事に終わります。(ミステリの祭典に登録しようかな?と思ったけど、流石に無いわ〜でやめておきました。
『冬物語』を読んで、ああ、これならシャーロック「ボヘミア」に出てくるのはやっぱりフロリゼル王子の後年の姿だったんだ〜と確信。ドイルもそのつもりで書いてると思いました。
さて、本書の各編では、全般的に気弱な若者が振りまわされる話が多い。物語の間に入る偽アラビア風味が、この物語はファンタジーなんだよ、と陰惨なネタを軽くする効果をあげています。大人向けちょいエロのアラビアン・ナイトを読んでるとなお面白い。作者が狙った効果もそういうところにあると思いました。(特に第二話、第四話)
さてトリビア。後で充実させる予定ですが、とりあえず作中年代について。
大きなヒントは途中にいきなり出てくるガボリオ。
英国で流行ったのは早くても1870年代後半(書籍としては1881年以降。出版社Vizetellyのキャッチフレーズは「ビスマルク王子のお気に入り」)。米国の方が翻訳出版は早いようです(書籍としては1871年以降)。そしてなんと本作連載の直前にThe London Magazineがガボリオ作『オルシバルの犯罪』(仏国連載1866-1867。本サイトでは『湖畔の悲劇』で登録)を連載しています(1877-9-12〜1878-6-1。一説にはスティーブンスンも翻訳に関わってるとか… 本当かなあ?)。
なので作中年代は本書発表とほぼ同時代と言って良いでしょう。
価値換算は英国消費者物価指数基準1878/2022(126.83倍)で£1=19789円。
作中人物が「年収300ポンド」(=約600万円)と言っていますが、これはちゃんとした紳士の収入としては最低ランクなのではないでしょうか。従者も雇えないのでは?

I)”The Suicide Club”
(1) Story of the Young Man with the Cream Tarts
(2) Story of the Physician and the Saratoga Trunk
(3) The Adventure of the Hansom Cabs
ii)”The Rajah’s Diamond”
(4) Story of the Bandbox
(5) Story of the Young Man in Holy Orders
(6) Story of the House with the Green Blinds
(7) The Adventure of Prince Florizel and a Detective


No.380 5点 世界推理短編傑作集6
アンソロジー(国内編集者)
(2022/02/27 03:52登録)
残念ながら全く目新しさのないセレクション。新訳は(1)(7)(8)(12)かな?
私はバティニョールの新訳とプリンス・ザレスキー目当て(ハメット繋がり)で購入しましたが…
読んだら徐々に評価を追記していきます。
(1) Mémoires d’un agent de la Sureté : Le petit vieux des Batignolles (初出Le Petit Journal 1870-7-7〜7-19(13回) as by J.-B.-Casimir Godeuil)「バティニョールの老人」エミール・ガボリオ, 太田 浩一 訳: 評価7点
詳しいことは単独登録のガボリオ「バティニョールの爺さん」で評価していますので参考願います。作品の由来に面白いネタがあるのに、戸川さんは全然注目していない。次のEQの101 Entertainmentのノンブルの件なんてどうでも良いので、こっちの話を取り上げて欲しかったなあ!
何故か本作は初出時にガボリオ作として発表されていない。本書にも再録されている前説の通りゴドゥイユという謎の男の持ち込み原稿で実録、という設定で新聞に掲載された。連載の初回1870-7-7号には編集長が毎日書いてる新聞の「編集口上」を全部使ってゴドゥイユの原稿がいかに届いてプチ・ジュルナルがいかに熱心に彼を探したか(ここ迄は本書の前説と同じ。今回思いついて探すとプチ・ジュルナルの7月3日から6日まで念のいったことに「ゴドゥイユがやっと見つかった!驚くべき作品は近日公開!」という偽の自社宣伝を載せている)、そして前説には続きがあって、ゴドゥイユ作の本シリーズ(初出時には「パリ警察本部の一員の回想」というシリーズが始まるよ!」という設定だった)はバルザックの言う100年ごとのパリ年代記の新版で、パリの表も裏も描き出すのだ!現代のタブロー・ド・パリ(メルシエ作)だ!パリの秘密(シュー作)だ!と鼻息が荒い。続くタイトルも一部予告されていて、Un Tripot clandesitn(非合法の賭場)--Disparu(消えた)--Le Portefeuille rouge(赤い財布)--La Mie de pain(パンくず)--Les Diamants d'une femme honnête(正直な女のダイヤ)--La Cachette(隠し場所)という短篇が掲載されるはずだった。でもちょうどバティニョールが終わる7-19にある出来事が発生して、続きは無期延期になっちゃった。普仏戦争が始まったのだ。
戦争が始まったのでガボリオは7月24日から、今度は実名でプチ・ジュルナルに戦争小説(La route de Berlin ベルリンへの道、単行本(1878死後出版)タイトルはLe capitaine Coutanceau)を連載することになる。
何故ガボリオはプチ・ジュルナルというホームグラウンド(ルルージュ以外の代表作は大抵ここで連載している)に変名で短篇連作を発表することにしたのか?新聞としても宣伝効果から言えばガボリオ名を使った方が良いはず。事実、戦争小説の方はガボリオが書くよ!明日には始まるよ!と一週間連続くらいで新聞のトップで宣伝している。ゴドゥイユの連載途中で「実はガボリオでした!」と発表するつもりだったのか?それとも実話ものの方が売れると思ったのか?とても興味深いと思う。
(以下、2022-2-28追記)
ガボリオが最後のルコックものを書いたのは1868年。作者はスーパー探偵の絵空事に限界を感じて、リアルな捜査をドキュメンタリー・タッチで書きたくなったのかも。
p21 賄いつき、家具つきの部屋で、月30フラン… いまなら優に100フラン♠️訳注で「30フランは約3万円」とある。消費者物価指数に基づく私の概算では、当時の1フラン=約500円なので1万5000円程度。訳注での価値換算はあまり見たことがないので本訳のチャレンジを評価するが、当時の家賃は現代感覚からすると非常に安い印象がある。なので自説のほうが適当だろうと思う。(換算の詳細は「バティニョールの爺さん」書評で)
p33 夕刊紙の<ラ・パトリ>(un journal du soir, la Patrie)♠️1841創刊の新聞。基調は第二帝政支持のようだ。
p42 パグのような黒い小型犬(une espèce de roquet noir)♠️この犬、別のところでは「スピッツ…馬車の車掌が飼ってたような(p51)」と言われている。犬種が全然違うのだが、パグは護衛犬には向かないらしいから、こっち(一回見ただけの人の感想)が違うのだろう。
p46 よくアンテノールって呼ばれてました。以前、商売の関係で、よくそっちの名前を使っていたみたい(le nom d'Anténor, qu'il avait pris autrefois, comme étant plus en rapport avec son commerce)♠️この人は美容師をやっていたので、その関係なのか?それとも全然違う商売なのか?Anténorをあらためて調べたが、よくわからなかった。
p49 十万フラン♠️p21の本書の換算だと1億円、私の説だと5000万円。後者くらいでちょうど良いのでは?
p51 プリュトン(Pluton)♠️冥府の王。別名ハデス。英語ならプルート。
p68 モリエールだって、使用人の意見を聞いた(Molière consultait bien sa servante)
p70 二十フランの買物♠️p21の本書の換算だと2万円、私の説だと1万円。後者くらいでちょうど良いのでは?(しつこいよ!)
p78 乗合馬車(l'omnibus)
p84 七階の家政婦の部屋(la chambre de notre bonne au sixième)♠️店舗や自室は一階にある感じなので、どういう構造なんだろう。使用人の部屋はアパートの上階部分に集められているのか。
(2022-2-27記載; 2022-2-28追記トリビア部分)
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(2)「ディキンスン夫人の謎」ニコラス・カーター, 宮脇 孝雄 訳
光文社文庫『クイーンの定員1』収録のものと同じ。
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(3) The Stone of the Edmundsbury Monks by M. P. Shiel (短篇集1895)「エドマンズベリー僧院の宝石」M・P・シール, 中村 能三 訳(注釈協力 松原 正明): 評価4点
プリンス・ザレスキーもの。
衒学って、つまんないんだよ。独りよがりの最たるもの。まあ本人は楽しいんだろうけどねえ。(←お前も銃が出てきたら調子に乗るよなあ?)
語り口はまあまあ面白いけど、疲れる。アイディアは無茶苦茶(一部褒め言葉)。この妄想力を活かせれば良い作品が書ける作家なのかもしれない。ハメット「クッフィニャル島の襲撃」でオプが読んでた小説がシール作の長篇だったので、シールを読みたくなったのですが、創元『ザレスキーの事件簿』が入手困難で、私のタイミング的には本作が本アンソロジーに収録されていて良かった。
訳注は力が入っていて、多分、創元『ザレスキーの事件簿』よりも充実してるのでは?(未確認、当時からこのレベルだったのかも)
(2022-2-27記載)
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(4)「仮装芝居」E・W・ホーナング, 浅倉 久志 訳
光文社文庫『クイーンの定員1』収録のもの(タイトルは『ラッフルズと紫のダイヤ』)と同じ。
ラッフルズもの。もちろん翻訳は論創社のものよりはるかに正確だが、話のムードとか、バニーのいたいけな感じは論創社の翻訳の方がずっと良い。誰か論創社のムードで正しい翻訳を出してくれないかなあ。
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(5)「ジョコンダの微笑」オルダス・ハックスリー, 宇野 利泰 訳
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(6)「雨の殺人者」レイモンド・チャンドラー, 稲葉 明雄 訳
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(7)「身代金」パール・S・バック, 柳沢 伸洋 訳
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(8)「メグレのパイプ」ジョルジュ・シムノン, 平岡 敦 訳
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(9)「戦術の演習」イーヴリン・ウォー, 大庭 忠男 訳
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(10)「九マイルは遠すぎる」ハリイ・ケメルマン, 永井 淳 訳
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(11)「緋の接吻」E・S・ガードナー, 池 央耿 訳
ペリー・メイスンもの。
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(12) The 51st Sealed Room: or, The MWA Murder (初出EQMM 1951-10)「五十一番目の密室またはMWAの殺人」ロバート・アーサー, 深町 眞理子 訳: 評価6点
内輪受けのネタも弱くて、密室の謎もうーん…で、傑作というには程遠い作品だと思いました。乱歩先生の趣味とも違うような気がする。
意外だったのは作者のプロフィール。フィリピン生まれ、というからフィリピン系だと思ったら、Wikiで確認すると米国軍人だった父の任地の関係でたまたまフィリピンで生まれただけのようだ。フィリピンというとチャンドラーで知った洒落者のイメージ。ちょっと誤解してしまいました。
(2022-2-28記載)
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(13)「死者の靴」マイケル・イネス, 大久保 康雄 訳

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