home

ミステリの祭典

login
弾十六さんの登録情報
平均点:6.14点 書評数:482件

プロフィール| 書評

No.422 5点 囲いのなかの女
E・S・ガードナー
(2022/09/10 13:01登録)
ペリーファン評価★★★☆☆
ペリー メイスン追加その1。1972年出版。 HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
手直し前のほぼ完成作、ガードナー死後発表のメイスンもの1冊目。 The Perry Mason Book: A Comprehensive Guide to America’s Favorite Defender of Justice によると書かれたのは1960年。有刺鉄線で分断された新築の家、向こうにはビキニ姿の美人。カジノで遊ぶメイスン。ミランダ警告っぽいことを言うトラッグ。メイスンの無茶ぶりで食欲を無くすポール。法廷シーンは陪審裁判、バーガーは登場しません。発端はとても素晴らしいと思いますが、解決が弱い感じです。
(2017/05/27)


No.421 5点 草は緑ではない
A・A・フェア
(2022/09/10 12:49登録)
クール&ラム第29話。1970年3月出版。HPBで読了。
シリーズ最終話ですが、特にそれを思わせる記述はありません。ガードナーの作家感がちょっと垣間見られるかも。一見単純な依頼がどんどん複雑な事件になるのはいつもの通り。メキシコ料理が美味しそう。最後はラム君が弁護士を上回る活躍を見せて幕。銃はS&W38口径1-7/8インチ銃身のリヴォルヴァー、ブルー着色、シリアル133347が登場。


No.420 5点 罠は餌をほしがる
A・A・フェア
(2022/09/10 12:47登録)
クール&ラム第28話。1967年3月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
Happy Birthday, Donald! ラム君の誕生日は4月15日以降の数ヶ月以内?バーサの秘書兼速記者及びタイピストはホーテンスという名で、受付係は名前不明ですが、背が高くロマンチック・タイプ、29代後半、音楽的な笑い方。バーサが家でくつろぐ時はクラシック音楽(ベートーベン第6交響曲、シュトラウスのワルツ)を聴く趣味あり。この訳ではセラーズ部長刑事がラム君につけたあだ名Pint sizeは「寸足らず君」(最初からこのあだ名を使っていなかったようなのですが、いつから使い始めたのでしょう… ざっと検索した感じでは「笑ってくたばる奴」あたりかな?) テレスポッターという電子探偵道具がちょっと活躍。物語自体は特に後半がごたついた感じで解決もちょっと複雑、頭にすっきり入りませんでした。銃は38口径廻転式コルト拳銃が登場。
(2017年7月19日)


No.419 5点 未亡人は喪服を着る
A・A・フェア
(2022/09/10 12:46登録)
クール&ラム第27話。1966年5月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
ユスリ屋との対決が終わり、バーサやセラーズ部長刑事とともに打ち上げ。ラム君の乾杯の音頭は「犯罪のために乾杯」罠にかかったラム君はバーサや警察の手から逃れつつ調査を進め、追い詰められながらも最後に事件を解決します。銃はクール&ラム事務所の備品、38口径スナブノーズ、ブルー仕上げの拳銃が登場。
(2017年7月17日)


No.418 5点 火中の栗
A・A・フェア
(2022/09/10 12:46登録)
クール&ラム第26話。1965年4月出版。HPBで読了。
犯罪すれすれと思われる微妙な依頼を単独で引き受けるラム君。いつものように筋は二転三転し、ラム君は窮地に…


No.417 5点 すばらしいペテン
E・S・ガードナー
(2022/09/10 10:08登録)
ペリーファン評価★★★☆☆ ペリー メイスン第80話。1969年11月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
発表当時ガードナー80歳。作者が最後まで監修したメイスンシリーズとしては最終話です。その後、手直しが必要とか編集部がはじいたとかで発表されていなかった、ほぼ完成版のメイスンもの2作が死後出版されましたが…
冒頭はいつものデラとメイスンの会話、女性の年齢当てを試みます。この6日間ひまで豪勢な食事をするドレイク。メイスンは女探偵の胸の谷間を鑑賞し、ドアを開けた女を怒鳴りつけ、デラと握手について論じあい、ドジャースの優勝予想をします。ミランダ警告が3回登場。ドレイクがメイスンに請求する料金は「いつも通りの割引値段」(the usual trade discount) 今作では法廷シーンが2回登場、最初は陪審裁判で偶然による結審、2回目は予審でメイスンによる被告側の証人尋問で解決します。なお、メイスンが黒人の弁護をするのはシリーズ初。
ところで裁判所近くの馴染みのレストランはフレンチからイタリアンに変更したもよう。お話は軽めですが、いつものように読者を飽きさせない筋立ては流石です。でも敵役のバーガーもトラッグも(ホルコムも)登場しないのが寂しい…
銃は銃身を切り詰めたレヴォルヴァ(snubnosed revolver, 詳細不明)とスターム ルガーSturm Ruger(翻訳では「ストゥアム・ルーガー」)のシングル・アクション22口径レヴォルヴァ、シングル シックス、銃身9-3/8インチが登場。
「22口径… 特別強力なピストルから、銃弾を発射」(with a twenty-two-caliber revolver, shooting a particularly powerful brand of twenty-two cartridge)「22口径と呼ばれる種類の強力なライフル銃弾」(the bullet was of a type known as a .22-caliber, long rifle bullet)と翻訳されていますが「特別強力なピストル」とか「強力なライフル銃弾」とかは、いずれも22ロングライフル弾(ピストル用の弾丸)のことですね。
拳銃についても「銃身にルーガー=22の文字と、6=139573の番号」(On the gun was stamped Ruger twenty-two, with the words single six, the number, one-three-nine-five-seven-three )と訳されているのですが、翻訳者はSingle Six(銃の商品名)を誤解。(固有名詞なのに大文字で始めないガードナーが悪い?それとも校閲者が勝手に小文字に直した?) [試訳: 銃の刻印は、ルガー22及びシングル・シックスという文字、番号139573…] このシリアルだと1959年製です。
(2017年5月27日)


No.416 5点 うかつなキューピッド
E・S・ガードナー
(2022/09/10 10:07登録)
ペリーファン評価★★★☆☆ ペリー メイスン第79話。1968年3月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
尾行者を脅す婦人。メイスン登場は第2章からですが、第1章は不要な感じ。ドレイク事務所の料金は1日50ドル(プラス必要経費) 今まで数回名前だけ出てきた女性飛行士ピンキーの詳しい描写が初登場。(The Perry Mason Book: A Comprehensive Guide to America’s Favorite Defender of Justice (English Edition)によるとピンキーはガードナーの友人で、書かれている内容は実際のネタ) 会議で演説をぶつメイスン。法廷シーンは陪審なしの裁判(多分シリーズ初)、バーガーが最後に乗り出しメイスンを非難するパターン。今回のメイスン戦術は反則気味ですが鮮やかです。全体的に中篇のネタですね。次回バーガーは出演しないので力なく腰掛ける姿が公式メイスンシリーズ最後の登場シーンです…
(2017年5月26日)


No.415 5点 美人コンテストの女王
E・S・ガードナー
(2022/09/10 10:06登録)
ペリーファン評価★★☆☆☆ ペリー メイスン第78話。1967年5月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
過去から逃れようとする女。策略を企み、思わず第一発見者になるのはいつものパターン。プライヴァシーの権利を守るメイスン。トラッグは愛想よく、ズカズカ私室に入り込み、正式なミランダ警告をかまします。法廷シーンは予審、死刑送りにするのが趣味の検事と対決、バーガーは登場なし。最後は急転直下に解決、トラッグと握手して幕。ふらふらした感じの話です。銃は38口径コルトと32口径 スミス・アンド・ウェッソンが登場。いずれもリボルバーですが詳細不明。
(2017年5月24日)


No.414 5点 悩むウェイトレス
E・S・ガードナー
(2022/09/10 10:05登録)
ペリーファン評価★★★☆☆
ペリー メイスン第77話。1966年8月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
テーブルの売買、冷たい叔母、帽子箱。昼食中のデラとメイスンに近づくウェイトレス。私立探偵の料金は1日55ドル(プラス必要経費)に値上がり。家族写真なんてもう流行らないのが最近の米国の風潮。事務室にズカズカ入ってくるトラッグ、ミランダ警告(最高裁判決が1966年6月)の登場はシリーズ初ですが、作者はつい最近のネタなのにすぐ作品に反映しています。今作のメイスンはゴルフを楽しんだり、ドレイクと深夜の冒険をしたりで結構活動的。法廷シーンは予備審問、バーガーが最初から登場しますが、潔く負けを認め、最後はメイスンと握手して幕。冒頭の謎の提示がごたついており、事件の真相にもかなりの無理があると思います。
(2017年5月22日)


No.413 5点 美しい乞食
E・S・ガードナー
(2022/09/10 10:05登録)
ペリーファン評価★★★☆☆
ペリー メイスン第76話。1965年6月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
手紙、小切手、冷たい親戚。物語の前半で財産管財人の審理があります。メイスンは相手方のミスに乗じ感謝されます。ドレイクの食事を気づかうメイスン。デラがペリーと呼ぶのはシリーズ初? メイスンはドレイクと協力して依頼人を荒っぽく扱います。75歳は男ざかり、かなり頭はボケてくるが、とのセリフは作者の願望含みですね。予審ではバーガーが最後に乗り出し、メイスンが罠を仕掛け、誠実なトラッグが真犯人を逮捕して幕。
あとがきは「S」(常盤 新平)によるガードナー追悼。本書は古畑種基博士に捧げられ、裏表紙にガードナー夫妻と古畑博士の写真、古畑博士によるガードナー追悼文も掲載されています。
(2017年5月21日)


No.412 4点 使いこまれた財産
E・S・ガードナー
(2022/09/10 10:04登録)
ペリーファン評価★★☆☆☆
ペリー メイスン第75話。1965年2月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。)
ビート族と財産家の娘と管財人。デラにあらためて感謝するメイスン。メイスンはメキシコで慇懃な扱いを受け、トラッグから100%の協力を依頼され、ドレイクとともに質問に応じます。法廷シーンは陪審裁判、珍しくバーガーの反対尋問が冴え渡ります。ドレイクの収入の75%はメイスンからという暴露。最後はメイスンの閃きとトラッグの協力で幕。全体的にピリッとしない話です。
銃は38口径スミス・アンド・ウエッスン、銃身の短いレヴォルヴァ、シリアルK524967が登場。このシリアルはKフレームAdjustable sight1963年製を意味します。該当銃はM15(Combat Masterpiece)かM19(Combat Magnum)、光った描写が無いのでステンレス製のM67やM68ではないでしょう。ところでバーガーは尋問中に拳銃製造メーカーの名を挙げますが「コルト、スミス・アンド・ウエッスン、ハーリングトン、リチャードソンあるいは…」(原文: Was it a Colt, a Smith and Wesson, a Harrington and Richardson, a-) 続きが気になります。
(2017年5月20日)


No.411 6点 天皇の密偵
ジョン・P・マーカンド
(2022/09/06 19:38登録)
1938年出版。初出Saturday Evening Post 1938-7-2〜8-13(7回連載)。新庄さんの翻訳は立派な日本語ですが、会話がやや硬めかも。訳者あとがきに本書と作者についての解説があり、簡潔ですがよくまとまっています。
原題Mr. Moto Is So Sorry、モト氏は日本人のイメージどおり何度もSo sorryと繰り返します。
アジア人が多数登場するのですが、主人公の眼は子供のようにまっさらで、人種的偏見に全く毒されていません。ポスト誌らしく上品に話が進みます。英Wikiからマーカンドの略歴を知ったのですが、ちょっとシニカルな感じは生い立ちから来ているのか、と納得。当時のアジア情勢の描写でも作者の観察眼は的確で、結構リアルっぽい。話の筋はルーズな感じがしますが、いろいろと起伏に富んでいて、ふわふわした感じながらも楽しい物語でした。キャラ付けも良く、この作者の普通小説も読んでみたいと思いました。
以下トリビア。私が参照した原文はOpen Road(2015)。そこには見出しタイトルは無く、第◯章とあるだけ。この翻訳は週刊サンケイに連載されたというから、その時に編集部がつけたものか(先に結果を知らせてしまう残念なヤツがあった)。
作中現在はp107、p110、p133、p309から1937年or1938年の6月。
米国消費者物価指数基準1937/2022(20.57倍)で$1=2914円。
銃は、消音装置付き(with a silencing device)拳銃(全く根拠は無いが32口径FN1910を推す)と「38口径のアメリカ製自動拳銃(a thirty-eight caliber automatic… of American make)」(こちらも根拠は無いがColt M1908 Pocket Hammerlessを推す)などが登場。
p5 釜山(プサン)行きの連絡船
p6 薄茶色の髪(sandy hair)◆ そして「ソバカスだらけ(freckled)p6」というから「にんじん」タイプの外見なんだろうか。
p7 北平(ペイピン)◆ 当時の北京の正式名称。
p9 名刺… 長方形のカードで「I・A・モト」と印刷(a visiting card, a simple bit of oblong card on which was printed “I. A. MOTO.”)◆ ミドルネーム付き!それならクリスチャンの洗礼名かも、と妄想した。ネットで調べると、モトなら「元、本、素、茂登、毛登」などが実在する苗字のようだ。
p10 グル・ノール(Ghuru Nor)◆ 架空のモンゴル地名
p11 北京原人◆1929年12月発見
p14 一九一◯年生まれ
p15 二等で下関に
p22 ニューヨークなまり(have the New York voice)
p31 あの大砲はドイツ製の七七ミリに見えます(Those guns look like German seventy-sevens)◆ ドイツ軍の野戦砲7.7 cm FK 16のことか。ここでは日本軍のを指しているので三八式野砲(75ミリ)だろうか。日本軍は77ミリを採用していない。
p45 リキシャー(人力車)(rickshaws)
p45 ドロシキー(無蓋四輪馬車)(droshkies)
p61 エール大学での成績が非常に悪かった(did very badly at Yale University)
p80 ボルトはついてない(there wasn’t any bolt)
p85 ドアの外に靴を置く(to put your shoes outside your door)◆ 英国の流儀のようだ
p104 日本の貨幣… 真ん中に穴があいている◆ 当時なら五銭硬貨か十銭硬貨だろう。五銭ニッケル貨(1933-1938)はニッケル100%、 2.8g、直径19mm、孔径5mm、十銭ニッケル貨(1933-1937) はニッケル100%、4g、直径 22mm、孔径6mm
p104 アメリカの50セント銀貨◆ Walking Liberty half dollar(1916-1947)、90%silver、12.5g、直径30.63mm
p105 銃剣付きのライフル◆ 三八式歩兵銃(1905制定)だろう。
p107 六月
p110 一九三一年九月… 何年も経っていた(had happened a good many years back)
p116 自動拳銃(automatic pistol)… トレンチ・コートのポケットに(slipped it into his coat pocket)◆ ここのcoatは背広の上着のこと。本書には「トレンチ・コート」の場面も確かにあるのだが、原文ではその場合、ほぼ必ずtrench coatと表現している。
p117 関釜連絡船
p121 万里の長城… 山海関
p129 中国浪人(the Old China Hand)◆ old handで「老練な者」
p133 最初は満州… ◆ ここの記述から日本は既に熱河(ジョホール)でことを起こしているようなので1933年5月以降。
p142 トレンチ・コートをぬぎ(took off his coat)… まるめてから寝台の上にのせ、枕がわりとした(rolled it up carefully, lay down on his berth and put the coat beneath his head)◆ ここも「上着」を枕にした、という場面だろう。
p145 歌の文句◆ 心配事は古い袋にしまいこんでおけ(Pack up your troubles in your old kit bag)は第一次大戦の有名曲。George Henry Powell作詞、Felix Powell作曲の1915年の作品。“and Smile, Smile, Smile”と続く。某Tubeに音源あり。詳細は英Wikiで。
以下もこの曲のリフレイン。
「艱難辛苦を肩代わりする悪魔がおるかぎり(While you’ve a lucifer to light your fag)」
「スマイルだよ、諸君、そのスタイルで参ろう(and smile, boys, that’s the style)」
「心配したところでいったいなんになる?(What’s the use of worrying? It never was worth while)」
p181 アイハラ(Ahara)◆ アハラ(阿原?)かエイハラ(栄原?)で良いのでは?無理矢理「アイハラ」にする必要は無かったと思う。
p209 三万円(thirty thousand yen)◆ 日本消費者物価指数基準1935/2021(1838倍)で当時の¥30000は現在の5500万円に相当。作中現在より昔の話なので実はもっと価値があったろう。
p226 自明の運命(manifest destiny)
p227 客室の小さい飛行機(a small cabin plane)
p248 トレンチ・コートのポケットに(side pocket)◆ ここも余計な「トレンチ」の付加。試訳: [上着の]サイド・ポケットに
p257 ライフルを手にしたひとりのモンゴル人◆ 当時の装備はソ連系か?モシンナガンのドラクーン版を推す。詳細未調査。
p309 黒竜江(アムール)で◆ 乾岔子島事件(1937年6月〜7月)のことか
p327 小麦色の手(brown hand)
p333 家の中はだらしなくしてる(you’re disorderly around the house)


No.410 7点 絶望
ウラジーミル・ナボコフ
(2022/09/02 07:12登録)
1934年パリのロシア語雑誌での連載が初出、1936年ベルリンで単行本(ロシア語)出版。作者による英訳(ロンドン1937)は印刷されたが戦火で焼かれ、ほとんど残っていない。サルトルが仏訳を読み、レビューしたくらいだから少しは注目された作品だったのだろう。1965年米国で作者による再度の英訳が出版された。このときは結末に追加があるが、訳者あとがきによると全体の修正はあまり多くないようだ。私が読んだのは光文社文庫版(2013)で1936年ロシア語版からの翻訳。軽さを出したつもりの文末の「さ」「ね」は目障り。もっと減らして欲しいと感じたが、その点以外は安心できる文章。なお1965年英語版の翻訳は白水社(1969 大津 栄一郎 訳)から出版されている。
ブンガク音痴の私は、この小説を探偵小説として読んでみた。
事前情報は遮断しておくのが、この小説でも吉。最初は手探りするような感じだが、すぐにぼんやりと、コイツ、何か企んでるな?と気づく。作者は結構ミステリを読んでいたのでは?と思わせるような、ちょっとミステリ好きを感じさせる記述がある。自意識過剰で文学かぶれの饒舌な語り手、つねに読者を意識してポーズをとっている語り手の心理とやらかす行為と乱れる回想や妄想などが上手に配置され、特に時間の扱い方が素晴らしい。アントニー・バークリーの作品、としても通用するのでは?とすら思った。少々枯れたバークリーで、ミステリ的な奇想、派手なトリックには欠けているので、大傑作ではなく中傑作、という感じ。ミステリ・ベストテンには入らないが、ベスト30にはぜひ入れたい作品。
探偵小説というジャンル小説は、謎の解決やトリックを重視するあまり、どうしても登場人物の心理と解決篇との間に断絶が見えることが多く、全体の統一感が終幕で「無理無理無理!」という音を立てて木っ端みじんとなっちゃうのがほとんどなのだが、この小説の心理空間はエンド・マークに至るまで首尾一貫している。そのため余韻の残る見事な喜劇(笑えないけど)になっているのだ。
ミステリ的読者には、大きな不満が一つだけ。探偵小説なら、アレを絶対に気にするはず。ヒントは使徒行傳8:9(文語訳)4〜6文字目(ネタバレ回避の策です)。
 
でもよく考えると、ミステリ的読者なら「えっ!なにこれ?アホくさ」という感想になるのかなあ。私は大ネタについて非常に納得しちゃったが、そうじゃない人のほうが多いかも知れない。

以下トリビア。【 】内の英文字は1965英語版から拾ったもの。原文ロシア語は私には無理なので全く参照していません。
作中現在は冒頭が1930年。
現在価値は金基準1930/1970(1.52倍)、西独生計費指数1970/1992(2.27倍)、独消費者物価指数1992/2022(1.78倍)で合算して6.14倍、1マルク=3.14€ =430円。なお生計費指数は『マクミラン新編世界歴史統計1: ヨーロッパ歴史統計1750-1993』によるもの。
銃は「回転式拳銃(リヴォルヴァー)」という単語が出てくるが、これはフランス語風にハンドガン=ピストル、という意味のrevolverだろうと思う(ロシア語の用法は不詳なのでここは保留しておきましょう)。将校のブローニング、1920年に入手、というような記述もあるので自動拳銃のFM1910のような気がする。(情報不足なので特定は出来ません…)
p23 百マルク◆ 賭け金
p26 十コルナ◆プラハにて。当時のレートは1マルク=8コルナ。10コルナ=538円。
p31 アムンゼン◆ Roald Engelbregt Gravning Amundsen(1872-1928) 主人公が自分と顔が似ている、と言っている。とするとちょっと冷たい感じの顔なので一人称は「ぼく」っぽくないなあ。
p34 メイド
p37 マジパン
p39 木にふれる
p41 くだらない犯罪小説【some rotten detective novel】◆ 読み出したらやめられない感じがよく出ている。
p49 ゴーゴリ・モーゴリ
p54 土地… 頭金の百マルク… テニスコート二面半
p69 日本人なんて全員似たもの
p73 映画の手法◆ 当時はトーキー(1927年以降)が出始め。
p76 『その一発』◆プーシキン作の傑作短篇。短篇集『ベールキン物語』(1831)に収録。ロシア人って乱暴だねえ。
p81 お茶をドイツ人がよくやるように混ぜた◆ スプーンを使わず、円を描くように手を動かすやり方
p91 ドイツ語「クニカーボカース」
p92 二十マルク◆ 肖像画代(友人価格)。
p93 『死の島』◆ベックリン作 Die Toteninsel、5作あり(1880-1886)
p106 ドゥラキー◆「訳注 ロシアのトランプ・ゲーム」Wiki「ドゥラーク」参照。綴りはдурак(durak)のようだ。
p107 手になにかを持って歩くのがたまらなく嫌だ◆ これには非常に共感。
p108 ゲートルを巻く
p111 隠したものを見つける遊び◆「訳注 さむい、あたたかい、あつい…」英Wiki “Hunt the thimble”参照。
p130 パスカルの名言
p132 二十五通りの筆跡
p135 車の諸元は省略◆ 残念。
p136 ラグー料理
p145 毎月百マルクを◆ 割の良い仕事
p147 国産のピンカートン◆ 当時のロシアでは探偵小説の代名詞だったようだ。
p157 千マルク札◆ 画像はFile:1000 Reichsmark 1924-10-11.jpgで。1924年発行。サイズ190x95mm
p167 鼻持ちならないあの物理学者の大先生などが◆ 誰のこと?
p168 教会の歌い手が響かせる連続装飾音(ルラード)
p171 映画の初回の上映… 大評判の映画◆この場面は1930年末ごろか。もしかして『西部戦線異常なし』(米国公開1930-4-21)かも。(ナボコフは本書の映画化をこの監督に依頼したいと思っていたらしい)
p186 ブリヌイ
p190 三マルク◆ 貧乏人への喜捨
p192 郵便ポストの濃い青◆ ドイツの郵便ポスト。blue mail box germanyで見られるようなものか。ちょっと意外なメルヘンチックなデザイン。
p192 青く塗られた… 切手の自動販売機◆ Briefmarkenautomat 1930 で見られるようなものか
p193 題辞(エピグラフ)… 文学とは人々への愛である【Literature is Love】
p201 コナン・ドイル君!自分の主人公たちに飽き飽きして、みずからシリーズを終結させたときのいさぎよさ【Oh, Conan Doyle! How marvelously you could have crowned your creation when your two heroes began boring you!】
p202 最後の短篇…ピーメンその人、つまりドクター・ワトソン◆ 作者はあの作品に言及しているのか?
p202 ドイルやドストエフスキイ、ルブラン、ウォーレス◆ 有名なミステリ 作家たち。
p203 トランプのペイシェンス遊び
p207 虹色をしたガラスの球を◆ 子供たちが路上で遊んでい
p208 ガラス張りの電話ボックス◆ Deutsche Reichspost's payphone kiosk model FeH 32は1932年からの設置なので、それ以前のもの。未調査。
p213 首筋をはじいて◆「訳注 飲酒を意味するジェスチャー」Web記事“5 gestures only Russians understand”がGIF付きでわかりやすい。
p214 ぼくを名と父称で呼んだのはたぶんこれがはじめてだ◆「訳注 ロシアでは敬意を示す場合に呼ぶ」知りませんでした。
p214 百や二百でも貸してもらえば
p219 首相の演説◆1931年2月ごろのようだが
p221 二百マルク◆ 外国旅行代
p229 コカインを吸い、はては殺人まで
p240 シャーロックの冒険を思い出して◆ これは明白にT… B… の冒険の事ですね。
p245 イクス◆ 1965英語版ではPignan
p256 クロワッサンにバターを
p257 接吻… 日本人も… 相手の女性の口を吸うことはけっしてない
p261 慣れ親しんだ革命前の正字法
p263 ソヴィエトの若者たち… アメリカ人… フランス人… ドイツ人
p267 レモン水
p269 バンドで縛った教科書を持って◆ 子どもの情景
p272 カツレツ(シュニッツェル)
p277 十七マルク五十ペニヒ◆ひげ剃り用ブラシの値段
p280 フレゴリ某【Fregoli】◆「訳注 当時著名だったイタリアの喜劇俳優。早変わりと物真似を得意とした。」Leopoldo Fregoli(1867-1936)
p288 そのトランプが… 大判なうえに赤札と緑札に分かれていて、どんぐりの絵が描いてある◆ ドイツ風の絵柄のようだ
p294 ドストエフスキイの『罪と罰』
p307 ナプキンリング◆ napkin ringを今回調べて初めて知りました。
p309 オウム病
p315 ランドルー【Landru】◆「ランドリュー」が定訳。現代の青髭Henri Désiré Landru(1869-1922)
p324 「いとしい女(ひと)よ、私を哀れんでおくれ…」なんてロシアの流行歌を【singing of “Pazhaláy zhemen-áh, dara-gúy-ah.…” “Do take pity of me, dear.…”】◆ 未調査
p335 ドイツのとちがって、フランス製の煙草は
p342 ドストエフスキイばりの悲惨な話


No.409 6点 二人のウィリング
ヘレン・マクロイ
(2022/08/27 09:00登録)
1951年出版。渕上さんの翻訳は安心感があります。訳者あとがきも上質。
私は、本書の献辞「クラリスとジョン・ディクスン・カーに愛情を込めて(To Clarice and John Dickson Carr / With affection)」にびっくり。「訳者あとがき」に渕上さんの解説があるので、そこを参照ください。まあでも渕上さんが触れていないJDC/CDとマクロイさんの共通点を書いておきましょう。
まずは二人ともスコットランド系で、スコットランド愛に溢れた作品を発表しています。それから若い頃のパリ経験があり、フランス語を作中でネタにすることがあります。それからシャーロッキアンであるのも共通点でしょうね。二人ともお互いの作品は好きだと思います。
ここでWebでいろいろ探して発見したマクロイさんのエピソードを一つ。
1950年、ブレット・ハリディ夫妻はMWAアンソロジー(Twenty Great Tales of Murder)のために、いろいろな作家に作品を依頼していた。ハリディはロバート・アーサーの作品を得たかったのだが、なかなか送って来ない。それでマクロイさんに「色仕掛けでも使って、アーサーに作品を送らせてくれ!」と言ったら、Those who know Helen McCloy will understand why an Arthur story arrived within a week or so.(ヘレン・マクロイを知ってる方なら、アーサー作品がすぐ届いたことに不思議はないでしょう) なお、この時のアーサー作品は「モルグの男」(The Man in the Morgue、多分書き下ろし)
JDCもこのアンソロジーに書き下ろし作品「黒いキャビネット」(創元「カー短篇全集3」)を提供していて、巻頭第一作目に収録されています。献辞はその御礼の意味もあったのかも。
さて本書はつかみがバッチリ。一気に物語に引き込まれます。やや中だるみがありますが、最後まで興味深い作品。まあでも私はいつもマクロイさんの作品にはコレジャナイ感を覚えるのです(『死の舞踏』を除く)。
語りに登場人物の内省が多く入るのですが、それがコントロールされ過ぎてて、ちょっとズルい記述方法なのでは?と感じます。探偵小説の性質上、読者に隠している内なる感情は、実は、書いたらバレちゃう内省の時、その瞬間に最も強く登場人物に表出されているはずだ、と思うからです。リアルで細やかな登場人物の内なる声が書かれているマクロイ作品だからこそ、ここの不自然な感じが気に入らないんです。他の方はそんな感想を持たれていないようなので、私の考えすぎなのかも知れませんが…
他の方々の評と言えば、人並由真さんとkanamoriさんのには唸りました。私は全然気づいていませんでした。
ああそれからマクロイ作品は陽光が人の裏側にささない感じです。つまりみんな正直タイプ。捻くれていないんです。マクロイさんの性格がきっとそうなんでしょうね。
ついでにマクロイさんはリアリスティック・タイプとされていますが、探偵小説的なトリックは結構トンデモだと思っています。小説の語り口がリアリスティックで上手なのですが、妄想的なトリックや状況設定は探偵小説がとても好きな人なんだろうなあ、と思わせるのでミステリ・ファン的には好感度が高い。でも、普通の小説が好きな人にはどうかなあ。そこがJDC/CDとの共通点だと思っています。


No.408 7点 スターヴェルの悲劇
F・W・クロフツ
(2022/08/16 23:32登録)
1927年出版。フレンチ第3作。Collins初版は “Inspector French and the Starvel Tragedy”で、フレンチ警部の名前を三作続けてフィーチャーしています。創元推理文庫(1987年9月初版、我が家のは2004年三版)は大庭さんの翻訳。安定した堅実な出来。巻末の付録は充実していて読み応えがありそう。(私はネタバレが怖くて、ざっと目を通しただけですが…)
本作は、なかなか派手な事件(難癖をつけると、当時の水準を考慮しても、消防の調査が不充分な気がします…) クロフツさんは最後に活劇を持ってくるのが多いけど、今回のは微妙。まあでも展開がいろいろあってとても面白い作品です。特に第11章から第14章への流れが良かった。
以下トリビア。
作中現在はp41、p75、p217から1926年9月。
英国消費者物価指数基準1926/2022(67.94倍)で£1=11023円。
兵器関係ではMills Bombが登場します。読後にWikiなどで調べていただければ。
p8 献辞(TO MY WIFE / WHO SUGGESTED THE IDEA FROM WHICH / THIS STORY GREW)◆クロフツ作品で献辞付きは初めてかも。
p13 九月十日(September 10th)
p13 水曜日にフラワー・ショウ(flower show opens on Wednesday)◆ The Ancient Society of York Floristsは1768年創設、世界最古の園芸協会で、最も古くから続いているフラワー・ショウという記録を保持しているようだ。当該協会のHP参照。
p14 十ポンド
p14 スコットランドの発音(in his pleasant Scotch voice)
p18 スターヴェルくぼ地(Starvel Hollow)
p22 いつも木曜日ごとにまわってくるパン屋(the baker… make his customary Thursday call)◆この表現だと週一かと誤解したが、実は「週三回」p31参照。試訳「木曜日通例の配達時に…」
p28 死因審問◆お馴染みの「インクエスト」だが相変わらず定訳が無い。
p30 すべての陪審席がふさがった(until all the places in the box were occupied)
p30 真実の評決を下すよう最善をつくす…(justly try and true deliverance make) ◆ 陪審員の宣誓の一部。全文は以下のような文言。You shall well and truly Try, and true deliverance make, between our Soveraign Lord the King[Lady the Queen], and all persons shall be given you in charge according to your Evidence, so help you God. 実は全文が載っている資料が見つけられず、数種類の宣誓文から適当に再構成したので怪しいです。
p30 陪審は遺体を調べましたか(the jury viewed the remains?)◆1926年の法改正で、検死官が不要とすればviewは省略可能となったが、ここでは昔どおりに行なっている。
p31 パン配達の馬車で、一週間に屋敷に三回パンを届けていた(drove a bread-cart… three times a week)
p39 旅館のバーメイド(barmaid)
p41 九月十五日の夜(on the night of the fifteenth of September)◆事件の日付。p75から水曜日。
p41 死因については(the cause)◆事故だったのか、故意だったのか、という事。
p45 年に約130ポンドの利子や配当金がはいる(as to bring her about £130 per annum) ◆元手は2300ポンドなので、年利5.65%。今となっては夢のような率だ。
p46 ケーキ屋でお茶を(had tea at the local confectioner’s)
p49 一代限りの生涯不動産(a life interest)◆ 辞書では「生涯利益:財産所有者が生涯にわたってその財産から得る利益; 死後, 他の人に譲渡できない」とあった。
p49 当座預金の口座(a current account)
p49 二十ポンド紙幣(£20 notes)◆白黒で裏面白紙の£20 White(1725-1945)、サイズ211x133mm
p53 探偵小説(detective stories)
p63 リーズのカーター・アンド・スティーヴンスン社(Carter & Stephenson of Leeds)◆架空メーカー。
p63 一ポンド金貨(sovereigns)◆ジョージ五世の肖像(1911-1932鋳造), 純金, 8g, 直径22mm
p75 九月十四日、火曜日◆該当は1926年。
p80 わたし自身の命令で10ポンド以上のすべての紙幣を記録するのが習慣になっていました(By my own instructions it has been the practice to keep such records of all notes over ten pounds in value)… しかし、そういう記録は長くは保存してありません◆ 英国では、銀行の決まりとして、高額紙幣は出納時に必ず番号を記録するのだと思っていた。詳細は未調査。
p86 十六ポンド八シリング四ペンス… 宿泊料、食事込み◆フランス旅行三泊四日?の旅費一人分。
p96 壁には1880年代はじめの英国王室一家の写真(pictures, a royal family group of the early eighties)◆ヴィクトリア女王時代ですね。
p109 外国旅行が好きらしいね(Fond of foreign travel, aren’t you?)
p112 五千フラン◆1926年のポンド/フラン換算は金基準で£1=149フラン。5000フランは33.6ポンド。
p114 貸金庫料三十シリング(The rent of the safe, 30/–) ◆期間不明。一年分の代金か?
p116 クリケットのバット(a cricket bat)
p142 十シリング紙幣(a ten-shilling note)◆当時の紙幣は10 Shilling 3rd Series Treasury Issue(1918-1933)、サイズ138x78mm、緑と茶色。
p188 共同墓地(cemetery)◆教会所属地以外の墓地、という含みがあるようだ。
p216 自転車用のアセチレン・ランプ(an acetylene bicycle lamp)◆懐中電灯の代わりに使われている。『製材所の秘密』にも出ていた。
p217 一九二六年九月十四日(14th September, 1926)
p220 十二ポンド◆葬儀代一式、なんとか簡素なのが出来るくらいの金額。
p222 七十五日(a nine days’ wonder)◆日数は、日本語の言い方に合わせた翻訳。
p223 アームストロング主席警部(Chief Inspector Armstrong)
p270 人相書(Age XX; height about XX ft. XX inches; slight build; thick, dark hair; dark eyes with a decided squint; heavy dark eyebrows; clean shaven; sallow complexion; small nose and mouth; pointed chin; small hands and feet; walks with a slight stoop and a quick step; speaks in a rather high-pitched voice with a slight XXXXX accent) ◆ネタバレ防止のため一部伏字。身長、体格、髪、眼、眉、髭、顔色、その他、の順番。髪、眼、眉がdarkで共通だが、肌の色はsallow(血色悪い青白)。「darkは”髪/眼/肌”が暗っぽい、と言う意味だが、髪や眼が黒っぽい人は肌が浅黒いのが普通だからdark=“浅黒い” でも問題無いのだ」というヘンテコ説への反証になるかな?
p270 警察公報(Police Gazette)
p277 ウイリス警部(Inspector Willis)◆『製材所の秘密』の刑事と同一名だが、同一人物だという手がかりは無い。
p290 三十シリングから三十五シリング◆ 19000円程度。結婚指輪(wedding ring)の値段
p293 ホンブルグ帽(Homburg hat)
p300 ピッツバーグの◯◯だったら、しっぽをつかまれた(had fallen for the dope)と言うところ◆配慮して匿名にした。『フレンチ警部最大の事件』関係者。ただし当該作の中に、この英語表現は出てこない。米語っぽい言い方という事か。
p318 スコット記念塔(Scott’s Monument)◆ 作家ウォルター・スコットの記念碑。Wiki “The Scott Monument”参照。
p318 諺に言う熱い鉄板の上のめんどりのように(like the proverbial hen on the hot girdle)◆ (chiefly Scot) Someone who is in a jumpy or nervous state
p320 タナー警部(Inspector Tanner)◆『ポンスン事件』の刑事と同一名だが、同一人物だという手がかりは無い。(p277、p300と合わせて考えると、作者のつもりでは同一人物なんでしょうね)


No.407 7点 Re-ClaM 第4号 F・W・クロフツの”Humdrum”な冒険
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2022/08/13 17:54登録)
私は電子版を購入しました。元々は同人誌として2020年4月25日に発表されたもの。書籍版にはエドワード・D・ホックの短篇「ゴーストタウン」も掲載されていたらしいです。
最近、クロフツさんを徐々に読み進めていますので、嬉しい特集でした。淡々とした文体がクセになるんですよね。そして「当たり前のように真っ当な生活をしている市民たち」がクロフツさんの隠れテーマだと思います。

短篇小説は以下の三作が収録されてます。
(1) Dark Waters (初出: London Evening Standard 1953-9-21)「暗い川面」F・W・クロフツ、倉田 徹 訳◆ 創元『クロフツ短編集1』の収録作品のような小品。切れ味良し。
(2) The Fingerprints (初出: MacKill’s Mystery Magazine 1954-2)「指紋の罠」F・W・クロフツ、三門 優祐 訳◆ 同上。まあまあの作品。
(3) Lock Your Door「鍵をかけろ」アルジャナン・ブラックウッド、渦巻栗 訳 (初出はラジオ放送: BBC Home Service 1946-5-6)◆ ブラックウッドは、可愛い老嬢を活躍させるのが上手い。そしてブラックウッド自身が語るTV番組(1948年3月)がYouTubeで見られるとは!しかも綺麗な映像で!当時79歳で、発音がやや不明瞭なところもありますが、立派なモンです。

その他の記事は以下の通り。
【特集】F・W・クロフツの”Humdrum”な冒険
[レビュー]F・W・クロフツ全長編解題
[資料]F・W・クロフツ長編リスト◆今なら電子版についても触れるべきかも。
[特別寄稿]『樽』のミスを確認する(真田 啓介)◆鮎川の言う例のミスの解釈。1996年に発表された塚田よしと氏によるもの。私も同じこと思ってました!
[特別寄稿]短篇集『殺人者はへまをする』をじっくりと読む(小山 正)BBCラジオ・ドラマ ”Chief Inspector French’s Case”(1943-1945) 全リスト(18話)と”Here’s Wishing You Well Again”(1943-1944)のクロフツ担当部分の全リスト(5話)あり!
[論考]英米から見たF・W・クロフツ(三門 優祐)◆カーティス・エヴァンズ Masters of the “Hundrum” Mystery(2014)からクロフツについて紹介。
【連載&寄稿】
・Queen's Quorum Quest(第39回)(林 克郎)#65 Carrington’s Cases (1920) by J. Storer Clouston
・A Letter from M.K.(第3回)(M.K.)洋書ミステリ7冊の感想 ①Harry Carmichael “Put Out That Star”(1957)、②Inez Oellrichs “And Die She Did”(1945)、③Wallace Jackson “The Zadda Street Affair”(1934)、④A. Fielding “Scarecrow”(1937)、⑤Guy Morton “The Silver-Voiced Murder”(1933)、⑥Inez Haynes Irwin “The Poison Cross Mystery”(1936)、⑦Simon Stone “Murder Gone Mad”(1950)
・海外ミステリ最新事情(第5回)(小林 晋)フランスのミステリ研究誌/復刊・新刊情報/クラシック・ミステリ原書新刊情報(2019/10-2020/3)
・『ギャルトン事件』を読む(第1回 ロス・マクドナルドの比喩)(若島 正)
[レビュー]「原書レビューコーナー」(小林 晋)バンド・デシネJean Harambat “Le Detection Club”(2019)、Peter George “Cool Murder”(1958)、Van Siller “The Widower”(1958)、George Bellairs “The Four Unfaithful Servants”(1942)フランス語版による評価、George Bellairs “Calamity at Harwood”(1943)
[ニュース]真田啓介ミステリ論集 刊行に当たって(荒蝦夷 & 土方 正志)


No.406 7点 灰色の部屋
イーデン・フィルポッツ
(2022/08/11 21:37登録)
1921年出版。創元推理文庫(1977年6月初版)で読了。橋本さんの翻訳は上質で安心です。
実にサスペンス充分なストーリー展開。特に第六章までの流れが素晴らしい!
この先どうするの?と着地点が心配でしたが… 結末に至るストーリー展開を事前に知ってしまうのは、この作品にとって全く本望ではなかろうと思うので、厳重な情報遮断が吉です。本書のジャンル分けすらも知らない方が良い。作者もそういう風に読んでもらいたかったのでは?
現代では時代遅れと思われるネタに関する議論風の物言いが多いので、ちょっと疲れますが(私のように当時の空気感を知りたいヒトには非常に興味深い)、まあそこは我慢していただいて、フィルポッツさんの文章のいろんな欠点、①会話ベタ(大抵の場合、遊びが無くて窮屈)、②地の文でざっくりとまとめちゃうので小説的ふくらみが少ない、③ときどき出てくる先回り文(この後恐ろしいことが起こるなど知る由もなかった、という感じで少し先の事を予め書いちゃう)なども相変わらずですが、でもそんな作風もこの作品をコンパクトにしてくれていて、本作ではあまり欠点とはなっていないような気がします。
最後のほうでフィレンツェが舞台になるので、BGMにはイタリア・バロックの声楽(Giovanni Paolo Cima “Concerti Ecclesiastici”(1610) 原盤Dynamic)をかけたら、なんか非常に良い雰囲気でした。後で調べたらCimaはミラノの人。フィレンツェ人ならカッチーニの方が良かったかなあ。
以下トリビア。原文はGutenbergやWikisourceで簡単に入手出来ます。基本的にGutenbergを参照しました。
(2022-8-13追記) 作中現在が絞り込めた。まず英国狩猟シーズンの獲物の種類(p18)から10月〜1月。p187の記述から1920年10月以降。p260の日付の少なくとも2か月以上前。あとは作中の雰囲気から受ける印象では、あまり寒そうな感じではないので11月か12月上旬じゃないかなあ。その辺りの新月(p8)に近い日曜日(p60)を探すと1920年12月10日(金)が新月。という事で作中現在は1920年12月11日(土)が冒頭シーンだと思われる。Web「月齢カレンダー」koyomi8.comが便利でした。(2022-8-14追記: 12月のNewton Abbot(p89)の平均気温は最高10℃、最低4℃。天体シミュレーションStellariumで1920年12月16日Newton Abbotでのオリオン座の位置(p204)を確かめると4時57分ごろに西の地平瀬に沈みはじめ、ベテルギウスが完全に見えなくなるのは6時59分、本書の記述と一致すると言って良いだろう。なお月は前日22時17分に既に没している。念のため11月と1月の新月の頃のオリオン座の位置を試してみたが、本書の記述と全く合わなかった。QED)
英国消費者物価指数基準1920/2022(49.68倍)で£1=8049円。
p8 鎌のような形の新月(the sickle of a new moon)
p8 狩猟に出かけていた者たち(guns)◆英国のgunsは米国のhuntersと同意。
p11 黒点つきの白玉(the spot ball)◆ Historically, the second cue ball was white with red or black spots to differentiate it (Wiki “Carom billiards“)
p13 ハロー私立大学予備校(Harrow)
p13 全国私立大学予備校のヘヴィ級拳闘選手権(the heavy-weight championship of the public schools)
p13 当時大流行だった詩作病(the epidemic of poetry-making)
p17 百点勝負(a hundred up)
p17 雑用役をした(fagged)◆「訳注 パブリック・スクールの習慣で下級生が上級生の雑用をする」
p17 山奥育ちの人間(backwoodsman)
p18 ヤマウズラ… 兎… 雉子(partridges, a hare… pheasants)◆英Wiki “Hunting and shooting in the United Kingdom”によると、この獲物から狩猟時期はOctober 1からFebruary 1まで。(2022-8-13追記)
p21 自尊心のない(without pride)
p22 降神術(Spiritualism)
p23 リューシテイニア号(Lusitania)
p27 『フォレスター看護婦』(Nurse Forrester)と呼んでほしい◆その前のところでメアリが”Nurse Mary”と呼ばれていた描写がある。普通は名前呼びだったのかも。
p36 二十年前にわしが自家発電所を設けた… 親父は… 電灯が大きらいで、あんなものは眼を老化させると(when I started my own plant twenty years ago. My father … disliked it exceedingly, and believed it aged the eyes)
p37 プラクシテレス作の半人半獣像(the Faun of Praxiteles)◆英Wiki “Resting Satyr”参照。
p38 千ギニ(a thousand guineas)◆やはり骨董品の値段はギニ単位のようだ。
p42 生気説(the theory of vitalism)
p46 銅貨(a coin)◆銅貨などの形容はこの後にもなかった。当時のPenny銅貨(直径31mm)かHalf Crown銀貨(直径32mm)あたりがちょうど良い大きさに感じる。暗がりの勝負なので銀貨を推したいところ。
p47 軍隊用の拳銃(service revolver)◆英国なのでWebley一択。
p54 不沈艦(インドミタブル)(Indomitable)◆ HMS Indomitable was one of three Invincible-class battlecruisers built for the Royal Navy before World War I and had an active career during the war。就役1907-1919。
p60 日曜日
p64 プロレタリアート◆ここら辺は当時の保守階層の感覚なのだろう。
p64 朝食のしらせのゴング(the gong sounded for breakfast)
p71 幻想的な屈辱感(fancied affronts)◆訳語は「想像にすぎない屈辱感」が適当か。ここら辺のビターな洞察がフィルポッツさんの真骨頂だと思う。
p73 日曜日には利用できる乗物がなかった(no facilities existed on Sunday)
p75 黒のネクタイをし、黒の手袋を…(put on a black tie and wore black gloves)◆ここらあたり数ページの人物スケッチは非常に良い。
p77 ネルソン◆ Horatio Nelson(1758-1805)はサン・ビセンテ岬の海戦(1797)で上官の命令に従わず大勝利のきっかけを作った。
p80 もはや海はなくならん(there will be no more sea)◆黙示録21:1(KJV) And I saw a new heaven and a new earth: for the first heaven and the first earth were passed away; and there was no more sea. (文語訳)我また新しき天と新しき地とを見たり。これ前の天と前の地とは過ぎ去り、海も亦なきなり。
p82 手紙より電報のほうが
p89 法医学の政府機関(State authorities on forensic medicine)
p89 ニュートン・アボット(Newton Abott)◆南デヴォンの町。チャドランズ屋敷に一番近いようだ。
p95 市場が開かれる町からなら、日曜日でも営業しているタクシーが呼べる(the Sunday service from the neighboring market)
p98 三文新聞(halfpenny papers)
p101 私立探偵になっていたら(acting independently)
p102 葬儀社(the undertaker)
p108 検死審問… めったに聞いたこともないような評決(The coroner's jury brought in a verdict rarely heard)
p112 海軍葬… 砲車を引いて来て… 葬送の一斉射撃(the naval funeral… drawn the gun-carriage fired)
p130 『この家に平和あれ』(Peace be to this house)◆ルカ伝10:5(KJV) And into whatsoever house ye enter, first say, Peace be to this house. (文語訳) 孰の家に入るとも、先づ平安この家にあれと言へ。
p137 魔法条例(Witchcraft Act)◆ The Witchcraft Act 1735 (9 Geo. 2 c. 5) 英国の法律。1951年廃止。
p145 通常2時に昼食をとる(at two we usually take luncheon)
p149 暗黒の力(the powers of darkness)
p150 水晶占い者… 霊媒者… 易者など… あの連中は今のところ稀にみる収入をあげている(crystal gazers, mediums, fortune tellers, and the rest. They are reaping a rare harvest for the moment)◆原因は戦争のため(direct result of the war)と述べている。
p150 第二軽罪犯人として六カ月ぶちこんでやる(get six months in the second division)
p162 ブロマイド(bromide)◆ Potassium bromideのことらしい。20世紀の初めまで鎮静剤として使用されていた。
p169 席を外してもらえないか◆この配慮には感心した。p172参照。
p171 わがなすこと、今は汝らは知るよしもなし(What I do thou knowest not now) ◆ヨハネ伝13:7(KJV) Jesus answered and said unto him, What I do thou knowest not now; but thou shalt know hereafter (文語訳) イエス答へて言ひ給ふ『わが爲すことを汝いまは知らず、後に悟るべし』
p176 その夜の嵐は… イングランド南部に大きな被害をもたらした有名な暴風雨だった(It was a famous tempest, that punished the South of England from Land's End to the North Foreland)◆英国の暴風雨記録を1918-1921の範囲で探したが、該当は1920年5月の中部リンカーンシャーLouthに洪水をもたらしたものだけのようだ。ここの記述は架空?
p186 オリヴァ・ロッジ卿(Sir Oliver Lodge)◆1851-1940、英国の世界的物理学者。降霊術の擁護者。末の息子Raymondを第一次大戦で失い、霊媒を通じてその息子から聞いた死後の世界を記したRaymond or Life and Death (1916)はベストセラーとなった。(2022-8-13追記)
p187 去年の十月の出来事や批判… マンチェスターの地方執事… ステイントン・モージズ… (incidents and criticisms of last October... the Dean of Manchester… Stainton Moses) ◆当時のDean of Manchesterは James Welldon(就任1906-1918)又はWilliam Swayne(就任1918-1920)、William Stainton Moses(1839-1892)は英国の霊媒師。(2022-8-13追記: spiritualismとDean of Manchesterが出てくる記事を見つけた。“CHURCH TO INVESTIGATE SPIRITUALISM.” 13 January 1920 GISBORNE TIMES ニュージーランドの新聞だが、国教会のニュースなので関心があったのだろう。要約すると、ライチェスターのChurch Congressにおいて、初めて心霊主義(spiritualism)が議題に上り、もう国教会としても無視できない時期に来ている、との意見がSwayne(マンチェスターDean)などからあり、今年のLambeth Palace Conferenceで議題に取り上げる、とArchbishop of Canterburyが宣言した、というもの。そのConferenceについてはWiki “Lambeth Conference”に記載があり、1920年は第6回目の開催。252人のbishopが出席し、Rejected Christian Science, spiritualism, and theosophyとの結論に至ったようだ。別の記録によるとこの大会は7月5日から8月7日までの開催とある。とすると本書で「last October」(この前の十月、としたいですね)と言っているのはまた別の出来事なのだろうか。いずれにせよ、このランベス会議の結果を受けていることは間違いなさそうだ。Lambeth Conference(1920)はYouTubeにも2分ほどの動画があるので興味ある方は是非)
p187 レーモンド(Raymond)◆上述のオリヴァ・ロッジ卿の息子のこと。(2022-8-13追記)
p191 エンドーの魔女たち(the Witch of Endor)◆サムエル前書28:7に登場する。(KJV) Then said Saul unto his servants, Seek me a woman that hath a familiar spirit, that I may go to her, and enquire of her. And his servants said to him, Behold, there is a woman that hath a familiar spirit at Endor. (文語訳) サウル僕等にいひけるは口寄の婦を求めよわれそのところにゆきてこれに尋ねんと僕等かれにいひけるは視よエンドルに口寄の婦あり
p197 五ポンド賭けてもいい(bet… an even flyer)◆wikisourceでは“fiver”になっていた。Gutenbergは誤植と思われる。
p198 ベレー帽… 白衣(サープリス)… 肩からストラを下げて(donned biretta, surplice, and stole)◆ここはwikisourceでは“baretta”
p202 蒸気脱穀機(a steam-threshing machine)
p203 警報解除(All's clear)
p204 猟師(Hunter)◆「訳注 月のこと」辞書には「オリオン座」とあるのだが。Hunter’s Moon(米国の言い方らしい)を誤解したのかも。(2022-8-14追記: 地の文で曜日は記されていないが、推移を読み取って曜日で示すとp106が月曜、p113が火曜、p133が水曜、一夜明けて、この時点で木曜の朝)
p205 長い法衣(カソック)(cassock)
p215 ドイツ医学週刊誌(Deutsche Medizinische Wochenschraft)
p225 のろ(whitewash)◆「訳注 石灰水にご粉やのりを混ぜた溶液」水しっくい。
p230 日刊新聞(daily Press)
p238 ガスマスク(gas masks)◆当時ものはuk gas mask 1920で。The Mk III General Service Respirator(c1921-1926)が適切か。
p238 サルヴァトール・ローザかフュースリの画いている奇怪な悪魔(fantastic demons of a Salvator Rosa, or Fuselli)◆ Salvator Rosa(1615-1673)のLa Tentazione di Sant’Antonio(1645)やJohann Heinrich Füssli (英名Henry Fuselli)(1741-1825)のThe Nightmare(1781)あたりのイメージか。
p248 三週間
p249 降霊術者(spiritualists)
p249 赤い紐もついにとけ(The red tape… was thus unloosed at last)◆訳注の通り「官僚主義の形式的で煩雑な規制」というような意味。
p250 あと二週間たつと
p253 ピッティ… フラバルトロメーオの大きな祭壇上の絵… チチアンのイッポリート・ディ・メディチ枢機卿の肖像画(Pitti… Fra Bartolommeo's great altar piece… Titian's portrait of Cardinal Ippolito dei Medici)
p254 あの『コンサート』、演奏者のたましいの渇望がその顔にも表現されて◆ ティツィアーノの名作。1543–1564年ごろ。
p254 アンドレア・デル・サルト… ヘンリー・ジェームズは二流の画家だといってるけど、ジェームズ自身が二流の作家だからでは(Andrea del Sarto… but Henry James says he's second-rate, because his mind was second-rate, so I suppose he is)◆ここの代名詞(he, his)は常にデル・サルトを指すのでは?試訳「ヘンリー・ジェームズは二流の画家だと言う、了見が二流だからと。そうかもしれない」(2022-8-13追記)
p254 アローリの『ジュディス』(Allori's 'Judith')◆ Cristofano Allori(1577-1621)の作品(1610-1612) こちらはPitti宮のもの。英国ロイヤル・コレクションにも1613年作のがある。同一構図なんだが、ユディットの顔が全然違うんだよね… 男の顔(画家自身、と言われている)はほぼ同じなんだけど。
p257 イタリアの悪口
p258 先週の『フィールド紙』(last week's 'Field,')◆ Field: The Country Gentleman's Newspaper、英国の週刊誌。1853年創刊。country matters and field sportsに関する専門誌のようだ。
p260 四月九日
p269 ゴビノー伯爵(Count Gobineau)◆ Joseph Arthur Comte de Gobineau (1816-1882) 「白色人種」の優越性を主張… ゴビノーの思想はヒトラーとナチズムに多大な影響を与えたものの、ゴビノー自身は取り立てて反ユダヤ的ではなかった。(Wikiより) フィルポッツは随分と高く買ってるみたいで、マキャベリ、ニーチェ、スタンダールと同列の最高の思想家(p272)と登場人物に言わせている。
p272 本気でかかっている(out to kill)
p275 知識人(intellectuals)
p275 彼の侍僕(his man)
p293 プリンス・ジェム… トルコの皇帝バジャゼットの弟(Prince Djem, the brother of the Sultan Bajazet)◆WebにGeorge Viviliers Jourdan作“The Case of Prince Djem: A Curious Episode in European History” (The Irish Church Quarterly 1915) という論文があり、どうやらこの物語のようだ。
p293 へだたりは心を優しくする(Distance makes the heart grow fonder)◆初出はFrancis Davison’s “Poetical Rhapsody”(1602) に収められた”Absence makes the heart grow fonder — of somebody else!” 無名氏の詩の最初の行だという


No.405 7点 世紀の犯罪
アンソニー・アボット
(2022/08/07 16:21登録)
1931年出版。サッチャー・コルト第2作。電子版(dブック)で読みました。翻訳はきびきびしたリズムが良かったです。なお電子本アプリ「dブック」は非常に使い勝手が悪かったので全くおすすめしません。
アボットといえばリレー長篇『大統領のミステリ』(初版1935) 当時、雑誌Liberty編集長(1932-07-30号以降)だったAbbot(本名Fulton Oursler 1893-1952)がFDRから主題をもらったもの。英Wikiの略歴を読むと、1920年代にはフーディニのインチキ心霊術撲滅活動に協力して作品を発表しているようだ。無神論者だったが、カトリック教徒へ(1943)ここら辺、ちょっと興味深い。
さて、本作はヴァンダインの影響がかなり明らか。実際の事件を下敷きにしている(ホール、ミルズ殺人事件(1922-1926); リンドバーグ誘拐殺人事件(1932-1934)以前で、史上最も多く報道された事件だという、なのでこのタイトルになったのだと思われる。なお『ベラミ裁判』(1927)もこの事件が元ネタ)、作者=作中の「わたし」、ドキュメンタリー・タッチの話の進め方。ヴァンダインや初期EQと違うのはロジック・パズルではないこと。アボット流は、いろいろな捜査を同時多発的に行なって、数々のバラバラな手がかりをラストであっという間にジグソーパズルを上手くはめる感じ。スピード感は初期ペリー・メイスンに似ている。
推理味は薄めで、中心となる謎が弱い(結局は実在事件の辻褄合わせになってしまう)が、私にとっては1920年代のネタ(特に科学捜査に関するもの)が非常に多くて満足。意外な事実もたくさん教わったので、点数はおまけです。コルト第1作はリジー・ボーデン事件が元ネタらしいので、こちらも読んでみたい。
以下トリビア。原文は入手出来ませんでした。dブックにはページ数が表示されないので全体比の位置をパーセント表示します。
作中現在は、出版時の数年前で、p(5%)、p(31%)、p(92%)から「1925年6月初旬」のはずだが、p(79%)の日付だと作中現在が1931年(つまり出版時)になってしまう。そこ以外は1925年でほぼ問題無い(弾道試験を除く)。
その弾道試験についてp(71%)にかなりの記載があるが、そのような状況になったのは出版時くらいの頃ではないかと思う。詳細はWeb記事「カルヴィン・H・ゴダードが語る発射痕鑑定の歴史」に詳しい情報があるので是非一読いただきたい。
米国消費者物価指数基準1925/2022(16.93倍)で$1=2285円。
銃は「スミス・アンド・ウェッソン22口径、ブルーバレル」p(71%) が登場。.22 Long弾を使用するMフレームのLadysmith(1902-1921)だろうか。
p(2%)主要登場人物
※サッチャー・コルト(Thatcher Colt)… ニューヨーク市警察本部長(New York City Police Commissioner)
※マール・K・ドアティ(Merle K. Dougherty)… 地区検事長(District Attorney)◆「地方検事」が定訳だが…
p(4%) ドット・キング◆ Dot King、本名Anna Marie Keenan(1894-1923)、芸名Dorothy King、Broadway女優。1923年に殺害されたが犯人不明。ヴァンダイン『カナリア殺人事件』の元ネタ。
p(4%) エルウェル◆ Joseph Bowne Elwell(1873-1920)米国のブリッジの名手で、当時はオークション・ブリッジが主流だったが、ルールの新案をいろいろ提案していたという(コントラクト・ブリッジはVanderbiltによる1925年のルール制定以降「ブリッジ」の代表となった)。1920年6月11日に45口径で何者かに射殺された。有名な未解決事件。ヴァンダイン『ベンスン殺人事件』の元ネタ。
p(4%) ロススタイン◆ Arnold Rothstein(1882-1928) 米国の実業家、ギャンブラー、ギャング。組織犯罪の元祖。1928年11月4日にマンハッタンのホテルで撃たれ死亡、犯人不明の未解決事件。
p(4%) クレーター判事◆ Joseph Force Crater(1889年生まれ) ニューヨーク州最高裁判所判事。1930年8月6日午後9時半ごろ、ニューヨーク西45番街のレストランを出て、二人の連れと別れ、一人タクシーに乗り込んだ後、行方不明となった未解決事件。
p(5%) 数年前の6月初旬◆作中現在
p(5%) タクシー運転手に上着の着用を強いる規則◆New York Times 1925-6-4記事によると、警察第二本部長代理がtaxicab driversに命じた規則。全てのドライバーは、新案デザインの庇つき帽子、リネンの白collar、ネクタイ、coatを勤務中に必ず着用すること、とされた。1925-6-15から適用。
p(5%) ムラージュ… 証拠を蝋や石膏で型取りし、犯罪を解決に導く画期的な手法◆Moulageのことか。
p(8%) 事件から数年経過した
p(8%) 米国聖公会◆ Episcopal Church in the United States of Americaのことだろう。
p(10%) グリマルキン◆ Grimalkin 詳細は英Wiki (2022-8-8追記)
p(10%) 検死官◆ ここはmedical examinerのこと。 「監察医」が定訳のようだ。p(14%)参照。(2022-8-8追記)
p(10%) ミュルジェール… デュ・モーリエ◆Henri Murger(1822-1861)とGeorge Du Maurier(1834-1896)か。どちらもボヘミアン生活を描いた小説で有名。
p(12%) 顕微鏡写真用カメラ◆ Photomicrographicか。顕微鏡だと大袈裟すぎる気がする。拡大写真用カメラか。
p(13%) ベルティヨン
p(13%) 指紋を見つけるには、懐中電灯よりも蝋燭の炎のほうが有効
p(14%) アーセナル◆五番街65丁目、当時は警察署だったようだ。
p(14%) 検死審問の廃止◆ ニューヨーク市では1918年1月1日以降、検死官coronerではなくmedical examinerが検死を取り仕切ることとなり、インクエストは廃止された。(NYC以外のニューヨーク州は検死官制度のままだったようだ)
p(14%) 洗濯屋のマークを網羅した台帳
p(16%) ライトアップされたタイムズ・スクエア
p(17%) 天国の木… ニワウルシ… エイランサス・グランデュローサ(学名)… アボイナ語◆この学名は見当たらず、ニワウルシ(庭漆)又はシンジュ(神樹)はAilanthus altissima。ailanto(アンボン語)はtree of heaven, tree of godsという意味のようだ。
p(22%) レヴェレーション(訳注 英国の老舗ブランド)◆Revelation luggageは1923年創業のロンドンのスーツケース・ブランド。創業時の正式名称は“The Revelation Expanding Suitcase Co Ltd”だろうか。厚みの可変対応が特徴で、当時の広告(1935 UK Revelation Advert)に「どんどん幅が広がる」イラストがあってわかりやすい。24インチ型が£4-2-6(52700円)。別の広告(1928)で値段は「布張りは19/6(11000円)から、革張りは69/6(39200円)から各種サイズがありますよ」他の広告(1932)では「英国皇太子御用達」を謳い「高級Morocco dressing caseが£22(276000円)」いずれも会社の表記は“Revelation Suitcase Co. Ltd.” 170 Piccadilly London。(円換算は各年の英国消費者物価指数基準によるもの)
p(22%) バーロング… ミンダナオ島のモロス族やスールー諸島の原住民◆ナイフ。英Wiki “Barong (sword)”参照
p(23%) モージェスカ(訳注 女優)の写真◆ Helena Modjeska(本名Helena Modrzejewska)(1840-1909)ポーランド生まれのシェークスピア悲劇女優。1876年米国に移住。英語は不完全だったが人気を博した。
p(27%) アルブレヒト・アルトドルファー『光輪の聖母子像』の複製◆ Albrecht Altdorfer “Maria mit dem Kinde in der Glorie”(1526)
p(27%) アンドレア・デル・サルト『聖家族と聖エリザベツと幼児聖ヨハネ』のカラー・エッチング◆ Andrea del Sarto “Madonna and Child with St. Elizabeth and St. John the Baptist”(1529)
p(27%) ホール博士、リケソン、シュミット神父◆ Edward Wheeler Hall(1922年の事件), Hans Schmidt(1913年の事件)、リケソンは調べつかず。(2022-8-8追記: 序文に書いてある「ウエストニュートンのリチェソン」と同じかも、と調べたらClarence Virgil Thompson Richeson (1876-1912)と判明した)
p(30%) 二人の陽気なジャマイカ人が家事全般を取り仕切り
p(31%) 指紋採取… ボーメスが導入した法律… ドアノブを用いるやり方◆ Baumes Lawsはニューヨーク州上院議員Caleb H. Baumes(1863-1937)を議長とするニューヨーク州犯罪委員会により提案され1926年7月1日に成立した数種類の州刑法令。本書にある通り、指紋採取についての規定も含まれているようだ。英Wiki ”Baumes law“参照。
p(36%) インドのサンゴ色の糸
p(36%) うちの夕食は6時半… 使用人たちがまっとうな時間に食事◆そういう気遣いのある家庭もあったのだろう。
p(36%) 国際司法裁判所◆当時の時事ネタらしい。1920年創設のPermanent Court of International Justiceのことか。
p(37%) ジャズ◆当時の有名曲はWiki “List of 1920s jazz standards”参照
p(37%) 電波を空けておく◆このような対応があったんだ
p(39%) 速記ができる
p(41%) 電話会社が自動システムを導入… 現在は発信元を突き止められない◆交換手の時代には色々と記録が残りやすかったのだろう。
p(42%) 風呂が五つ
p(42%) 朝食… オレンジ・ジュース、シリアルと生クリーム、目玉焼き、ラムチョップ
p(42%) 朝の調べ(アルボラーダ)◆alborada(スペイン語)
p(42%) 殺人者の目◆ Murderer's Eye
p(42%) パトリック・マホン◆ Patrick Mahon、1924年5月逮捕
p(42%) ロールパン… オムレツ
p(44%) 狭いレッジ◆ledge
p(45%)️ 彼女のことを心配するアボット◆ここら辺は一切プライヴェートを明かさないヴァンダインと違う
p(45%)️ 新聞記者の守護聖人フランシスコ・サレジオ◆ Francesco di Sales (Salesio)(1567-1622) Wiki「フランシスコ・サレジオ」参照。
p(45%)️ 犯罪発生率が最も高いのはセントルイス…
p(47%) 悪い噂を流す女(キャッティ)◆catty アボットは猫派と見た
p(48%) 自分の秘書に隠し事は不可能
p(49%) 高級取りで、週に45ドル稼ぐ◆秘書の給与。月給換算で44万6千円
p(50%)️ チョックフル・オーナッツ・ショップ◆ Chock full o'Nuts Shopは1926年、ブロードウェイ43丁目にWilliam Black(1902-1983)が開店したコーヒーショップ。
p(50%) 流行りの少年のようなボブカット
p(53%) 航空隊◆本書では、グローヴァー・A・ウェイレン(Glover Aloysius Whalen 1886-1962) NYC警察本部長在任(1928-12-18〜1930-5-21)が導入したように書いているが、英Wiki “NYPD Aviation Unit”によると、創設は1919年のことらしい。ウェイレン自伝“Mr. New York”(1955)にも警察航空隊に関する記載はなかった。
p(54%) ジョセフ・フィールズ判事◆調べつかず
p(55%) ニューヨークの老舗社交クラブ<プレイヤーズ>◆1888年創設。英Wiki “The Players (New York City)”参照。
p(58%) パウルス・シレンティアリウス◆ Paulus Silentiarius、ギリシア6世紀の詩人
p(59%) ドレスデン美術館所蔵の≪システィーナの聖母≫◆ラファエロ作Madonna Sistina(1514)、指は誤りではない説もある。
p(60%) マーク・トウェインの“ストマック・クラブでの講演”◆ "Some Thoughts on the Science of Onanism" a Speech by Mark Twain in Paris at the Stomach Club in spring, 1879. 際どいネタのため、ずっと秘匿されていたが1943年に謄写版で活字化され、初の印刷版は100部限定(1952)だった。ちょっと古いが『四畳半襖の下張』事件(1972)を思い浮かべていただければ…
p(60%) ロータス・クラブ(訳注 ニューヨークの老舗クラブ)◆ Lotos Club、1870年創設。
p(62%) およそ三十年前のロンドン… チェルシー・オールド教会◆ Chelsea Old Church、1941年4月にドイツ軍の空襲を受け、かなり破壊されたがThe Thomas More Chapelにはほとんど被害がなかった。
p(63%) 粗羅紗(ベイズ)張りのドア
p(63%) ホット・アンド・コールド◆Hot and Cold、英Wiki “Hunt the thimble”参照。
p(64%) 指紋採取の技法◆当時の手法がかなり詳細に書かれている
p(69%) グリーニー邸… 当時ニューヨーク市立博物館… 博物館は現在、五番街の新しいビルに移転… ◆ Museum of the City of New Yorkは1923年にHenry Collins Brown(1862-1961)により設立され、当初の住所はEast End Ave. at 88th St.の旧Gracie Mansionだった。その後、1930年に五番街の新築の建物に移転した。
p(69%) メイシーとギンベル… オヴィントンとウールワース◆いずれも米国の百貨店。Macy’s: Rowland Hussey Macyにより1851年創業、NYC店は1858年。Gimbel Brothers(Gimbels): Adam Gimbelにより1842年創業、NYC店は1910年開業。Ovington’sは元々陶器やガラス製品の販売店として1846年創業。WoolworthはFrank Winfield Woolworthにより1879年創業。
p(69%) 寄席芸人(ボードビル)
p(71%) 昨今、弾道試験の信頼性が著しく低下… 専門家の力不足◆ FBI資料(1941)に旋条痕比較を含む銃器鑑定が各州法廷でどのように受け止められたか、の便利なリストあり。否定的だったのはケンタッキー州1928年、マサチューセッツ州1928年だけだったのだが… (FBIの銃器鑑定テキスト1941)
p(71%) ブローニング、ウェブリー、スミス・アンド・ウェッソン、モーゼル、パラベラム◆最後のParabellumはLuger P08のこと。米国最大メーカーの「コルト」が入っていないのは本部長名と紛らわしいから?
p(71%) 発射された銃弾に刻まれた撃鉄ややすりや研磨装置によってついた細かな傷跡◆これは「銃弾(bullet)」ではなく「薬莢(cartridge)」のことでは?少なくとも銃弾は撃鉄と直接接触しない。「やすりや研磨装置」はejectorやextractorのことだろうか。
p(73%) とうもろこしのかき揚げ(コーン・フリッター)と同じくらいアメリカじこみ◆Corn Fritters、米国南部のが有名らしい。
p(73%) ツィンガロ… クワドルーン◆ zingaro(イタリア語)、quadroon
p(73%) カード占いの手法… マザー・シプトン… マドモアゼル・ルノルマン… クリスクロス・エースイズ◆Mother Shiptonは英国の伝説的予言者。本名Ursula Southeil(c1488-1561)、Marie Anne Adelaide Lenormand(1772–1843)はフランスの占い師。クリスクロス・エースイズは調べつかず。
p(78%) 手袋の内側のイニシャル
p(79%) イタリアのオペラ… 14丁目… フォン・スッペの「ボッカチオ」◆ Franz von Suppé作Boccaccio, oder Der Prinz von Palermo(1879)
p(79%) 一九二七年一月◆ここでは明言されていないが、後の情報に基づき再構成すると、これは四年前のことだと思われる
p(79%) [眠りは]人生を少なくとも1/4に減じてしまう◆ここは誤訳か。「人生の1/4を減じてしまう」が正解だろう。
p(81%) わたしはホテルに住むことにして、あの家は家具つきで賃貸に
p(82%) わたしが人生から得た唯一の喜びは、推理小説を読むこと… 完全犯罪ものに目がない◆この熱狂的な情熱はどこから?でも当時は大不況真っ只中でこういう人が結構いたのだろう。そして探偵小説の黄金時代だった。バーナビー・ロス四部作やJDC/CDのフェル博士やHM卿もまだ世の中に現れていないのだ。羨ましい!
p(82%) 長距離電話… 電話会社が警察に提供する高速サービス
p(86%) フェルトのつばなし帽(トーク)◆toque
p(86%) スカートの丈は膝が隠れるくらい◆当時の主流はふくらはぎあたりか。「流行より高い」という意味かも。
p(87%) 五年前の八月
p(92%) ニューヨークでは目下、記録的な暑さが続いている… 気象局開設以来、六月にこんなクソ暑い日が続いたのは初めてだ◆ ブログ“Heat - New York City Weather Archive”によると、NYCで90℉(=32.2℃)以上の日が6月中に9回以上あったのは史上四回だけ: 1943 (11), 1966 (10), 1925 & 1991 (9)。この記事によるとNYCは八月が一番暑い月で、最高気温記録は94℉(=34.4℃)


No.404 7点 溺死人
イーデン・フィルポッツ
(2022/08/01 23:06登録)
1931年出版。橋本さんの翻訳はいつものように端正でした。
政治談義が非常に多くてちょっとげんなり。フィルポッツがゴリゴリの保守なので、まあこういうのは小説ではやめて欲しいなあ、と思ったら、結構、ラストで上手くまとまる。ああ、この時事(ジジイ)放談(フィルポッツ、当時69歳)の積み重ねも全くの無駄では無かったのだなあ、とちょっとだけ(本当にちょっとだけだが)感心した。この頃は労働党政権が誕生してみんな不安だったのだろうし、と大目に見たい気もする。ここら辺の議論が保守派の本音だったのだろう、とも思う(今度の戦争では英国なんて負けちまった方が良いのだ!と無茶苦茶を言っている)。
ミステリ的には本作の傷は大きく二つ。一つ目は第5章p116あたりの登場人物の行動。二つ目は第6章p136あたりの反応。まあここを越えれば後はスルスル行くはず。
私は素人探偵をいかに成立させるか、という工夫が気に入って、その二つの傷も、ここでうるさく言っちゃうとオハナシが盛り上がらんべえ、と雑に心を納得させました。欧州ではつい先日大きな戦争で非常に傷ついた訳だし、主人公と見守る友人は戦火をくぐり抜けた中なのだから、ドライな現代の人間関係では押し測れないものがあるはずだ。
論理で解決ではなく、流れで進んでいくのがロジック派には不満だろうが、構成は非常に良いと思う。
ただし小説の腕は全然感心しない。フィルポッツさんが若きアガサさんの習作小説を読んで、その会話を褒めた、というエピソードが知られているが、自分が不得手だったから、特にそこが気に入ったのだろう。
トリビアに行く前に、しばらく調べてやっと気づいたタイトルの意味を解説しておこう。“Found Drowned” 初版をみると引用符付きである。実はこの表現、水死のインクエストの結果を知らせる時の新聞の決まり文句で『評決は「溺死と認定」された』ということ。動詞findはインクエストの陪審員が「事実として認める、宣告する」の意味。辞書には「評決する, …と判決を下す」とある。インクエストの性質上、本来は自殺なのか、他殺なのか、事故なのか、を評決しなければならないのだが、「死んでいるのは」確実だが、その死に至る経緯が提出された証拠や証言から判断できなければ(特に溺死体はそういう事が多いのだろう、検索するとverdict of “Found drowned”という用例はかなり多かった)、ただ死んだことだけをもって評決とする場合がある。(verdict of “Found dead”という例もあり) つまりこれはopen verdictの一種なのだ。
以下、トリビア。原文は残念ながら入手出来ず。
作中現在はp201、p13から1930年10月初旬から始まる。
英国消費者物価指数基準1930/2022(72.65倍)で£1=11752円。
p8 ロンブローゾ◆時代遅れの科学。
p8 集団テスト
p11 殺人物やミステリ
p12 ダレハム◆いろいろ探したが、架空地名のようだ
p13 海軍の軍人ふうの顎ひげ
p13 十月初旬
p14 バンジョー
p14 砂絵描き
p14 かつて非常に有名だったミュージック・ホールの俳優--「白い眼のカフィル人」といわれたチャーグィン◆ G. H. Chirgwin(1854-1922)“the White-Eyed Kaffir”のこと。英Wikiに写真付きで項目あり。「白い眼」ってこういう事か!
p17 検死審問(インクエスト)
p22 リヴァートン◆いろいろ探したが、架空地名のようだ
p25 「溺死体で発見さる」という評決
p26 検死審問のあいだに、こっそりあの死体を調べてみた◆検死審問では傍聴者が死体を観察する機会もあったようだ。
p41 ロープ◆これは何だろう。二度と言及されないのだが…
p41 九月の時刻表◆作中現在は10月。本当は8月下旬の鉄道時刻表を調べたいところだが、手近にあった前月のでとりあえず確認した、という事か。
p42 三マイル先の有名な海水浴場◆南デヴォンらしいのでExmouth BeachかBlackpool Sands Beachあたりか。よく調べていないので適当です…
p43 自動車の出現
p46 八月二十七日◆事件の日
p47 正面に国旗をつけたとんがった帽子◆イメージがさっぱり湧かない…
p47 レッドチェスター◆いろいろ探したが、架空地名のようだ
p48 一等の切符代は10シリング◆おそらく距離15マイルの運賃
p48 ブラッドベリ紙幣◆「訳注 1ポンド紙幣」財務省の当時の事務次官John Bradburyのサインが入っていたことから。作中現在の紙幣は1928年以降なので£1 Series A (1st issue)、緑色、サイズ151x84mm
p52 独力で出世した男◆ここら辺、全く同意
p52 ペーシェンス◆トランプの一人占い。
p55 ヨット乗り用のひさしつきの帽子
p59 色の浅黒い◆多分dark(黒髪の)
p60 電話室◆屋敷内の
p61 どなたにおかけですか◆相手の名前を聞いていない。これがマナーだったのか。
p69 一ペンス半◆切手代。Three halfpence、当時の封書の郵便代の最低額(2オンスまで)
p69 パンを水の上に投げると、ずっと後になって、それを得る… 「伝道の書」の教え◆ (KJV) Cast thy bread upon the waters: for thou shalt find it after many days (Ecclesiastes 11:1) 文語訳「汝の糧食を水の上に投げよ 多くの日の後に汝ふたたび之を得ん」
p76 お古のオーバー… 5ポンド
p79 プリマス… 三つの町の合併◆訳注 1914年にプリマス、デヴォンポート、ストーンハウスの三つの町が合併してできた
p81 二ポンド十シリングくらい◆バンジョーの値打ち
p87 ジェイムズ・マクラレン… アーチボールド・トムキンス… ダンテ・ロセッティ… ベートーヴェン・スミス◆James McLaren, Archibald Tomkins, Dante Rossetti, Beethoven Smith… 綴りは適当だが、思い当たるのはDante Gabriel Rossetti(1828-1882)くらいか。
p88 マウント・エッジカム・ホテル◆Mount Edgecombe Houseはプリマスの史跡。ホテルは架空のものだろう。
p88 新たに建設されたエディストーン燈台◆Eddystone Lighthouse、1882年に建てなおされたもの(四代目)。
p88 スミートンの旧燈台◆ John Smeaton(1724-1792)がデザインしたエディストーン燈台の三代目で、1884年に移築されプリマスの史跡(Smeaton's Tower)となっている。
p98 ホルストの『惑星』◆1916年発表。私の世代だと冨田勲ヴァージョン(1976)を思い出してしまうよね。
p115 一ポンド十シリングにあたる六枚の紙幣◆これは誤訳だろう。話の流れから少なくとも二枚の1ポンド紙幣があったはず。当時の少額紙幣(英国財務省発行)は1ポンドと10シリングしかない。高額紙幣は5ポンド以上で英国銀行発行の白黒印刷。原文は「1ポンド紙幣や10シリング紙幣が合計六枚あった」だろうか。高額紙幣とは明らかにサイズが異なり、印刷もカラーなので、ハッキリ区別できる。
p115 十ポンド紙幣◆英国銀行発行のWhite Note、裏は無地。サイズ211x133mm
p117 紙幣にはナンバーが
p128 成り上がり者… ダイヤの指輪… 派手な靴下
p138 ロージェイ◆Peter Mark Roget(1779-1869)英国人の辞書編集者。現在ではロジェで通用しているが、Wikiの発音記号を見ると英国式では「ロジェイ」が正しいのだろう。
p147 グレート・ウエスタン・ホテル◆鉄道会社が建てたロンドンの有名なホテル。
p148 ユダヤ人らしかった
p149 一ギニー◆骨董屋の値段の単位はギニーなのかな?(贈り物に使われるから?)
p149 放送
p156 前の大法官と今度の大法官◆1929年6月に交代。Douglas Hogg, 1st Baron Hailsham(1872-1950)からJohn Sankey, 1st Baron Sankey(1866-1948)へ。大法官も内閣の一員なので、この交代は保守党政権から労働党政権に変わったことによるもの。
p165 合法的に離婚
p172 普通の人たちはリューマチの痛みを痛風と言うことが多い
p193 一ドル賭けても◆ここは「1ポンド」の誤りだろうか。
p195 五シリング
p201 一九三◯年
p203 五パーセントの利息◆当時の普通の利率なのだろう。
p261 ルカ伝の伝道者たち
p273 貴族の方々の消息は新聞に載る
p293 ヴィクトリア女王… われわれはおもしろがってはいないのだ◆このセリフは『キャッスルフォード』(1931)にも出てきた。原文は“We are not amused” 王宮での夕食の席で、いささかスキャンダラスで不適切な話を聞いた後、女王が言ったとされる言葉。出典はCaroline Holland “Notebooks of a Spinster Lady”(1919)


No.403 6点 フレンチ警部とチェインの謎
F・W・クロフツ
(2022/07/21 04:41登録)
1926年出版。フレンチ警部第2作。井上勇さんの翻訳は端正。「めっかる」が微笑ましい。
つぎつぎと不思議な事件が起こる物語。冒頭に「わたし」が唐突に出て来るのですが、これは作者の事なんでしょうね(登場するのは冒頭だけ)。推理味は薄いです。
物語後半に登場する「モーリス・ドレイクのWO2のすてきな物語(p336)」フレンチ警部も「いちばん面白い本」という”WO2”(1913) (「2」は二酸化炭素CO2のような小さな下付き文字)は英国エドワード朝冒険スリラーの先駆的作品で、チルダース『砂洲の謎』(1903)とともにクロフツの愛読書だったらしい。私は二作とも読んでいませんが、研究者によると『製材所の秘密』はこの二作の影響を受けており、本作の主人公の名前は“WO2”の登場人物から採られ、ヒロインの造形も似ているようだ。Maurice Drakeの作品は英国冒険小説の一つの潮流を作り、後年のガーヴにも繋がるという。
クロフツさんが鉄道業を辞めるのは1929年になってから。それまでは仕事をしながらのパートタイム作家だった。本作の最初のほうに出てくる評価(「まるで商務省の報告のような文章」とか「低級雑誌」とか)はクロフツさんの自虐ネタだったのかも。
以下、トリビア。
作中現在はp9から明白のようだが、実は問題あり。p279の記述で『フレンチ警部最大の事件』が先に発生しているようなのだが『最大の事件』は日付と曜日から1924年のはず。さらに作中のポンド/フラン交換レート(『最大の事件』が£1=70フラン、『チェイン』が£1=80フラン)と近いのは、それぞれ1923年と1924年。だが、本作ではウェンブリー競技場が影も形も無い(p171)という描写があり、いろいろスッキリしないがやはり『チェイン』は1920年の事件なのだろう。
英国消費者物価指数基準1920/2023(49.68倍)で£1=8225円。
p8 白ウサギ… ジャックの裁判◆『不思議の国アリス』風味はここだけ。
p9 わたしは…◆一般論を述べているので作者が登場してもおかしくはない。
p9 一九二◯年三月(March, 1920)
p10 ハロウやケンブリッジに入学する夢
p11 プリマス
p11 モーターバイク
p13 すてきなアメリカの調合飲み物(a wonderful American concoction)
p14 短編小説
p15 まるで商務省の報告(It reads like a Board of Trade report. Dry, you understand; not interesting)
p16 十二編くらいの
p17 ザ・スタンダード(The Strand)か、どこかの月刊誌に◆井上先生にしては珍しい誤訳。
p17 低級雑誌(inferior magazines)… りっぱな新聞雑誌(good periodicals)
p18 うまくいけば一編50ポンドか100ポンドで売れる… 出版権や映画などで◆短篇小説一作なら結構な儲け。
p22 手ぎわのいい手品使い
p24 自分の電話はなかったが、一番近い隣家の… 取次◆昔は電話の取次ネタが落語でもありましたねえ。でも英国人の電話普及率の低さを考えると、やはり個人の生活に遠慮なくズケズケ入ってくる電話が嫌いだったのだろう。それが許される有閑な生活環境(急ぎの用事に振り回されない)というのもあったのだろうし…
p26 私立探偵を
p29 かつて読んだことのある小説
p32 保険
p35 紙幣の小さな束
p35 インデアンの手細工の小さな金の置時計(a small gold clock of Indian workmanship)◆英国なので「インドの」だろう。
p37 スペクテーター◆若い女性が読むの?と思ったが場違い(小笑い)の場面なのかも。
p64 フールズキャップ
p77 燻製ハムと卵の皿、かぐわしいコーヒー、トースト、バター、マーマレード
p79 小さな自動拳銃(a small automatic pistol)◆型式なし。いつものようにFM1910がお薦め。
p86 二シリング
p92 一等の食堂車(the first-class diner)
p92 小説ちゅうの探偵(the sleuths of his novels)
p93 ようがす、だんな(Right y’are, guv’nor)
p94 タクシーZ1729(Taxi Z1729)◆タクシーのナンバー
p94 料金のほかに10シル(Ten bob)
p99 大きな写真機
p104 たったの1シリングで
p108 イングランドは各人がその義務をはたすことを期待する
p117 町(ロンドン)に滞在している(was staying on in town)◆定冠詞なしの場合は英国では「ロンドン」のことらしい。
p120 労働者アパートの団地(a block of workers flats)
p122 お茶のしたく(I was just about to make tea)
p124 六シル六ペンス◆タクシー代5s.6d.と手間賃1s.
p128 矛盾は当今のはやり(since contradiction is the order of the day)
p129 “アラビアン・ナイト”の話(Why, it’s like the Arabian Nights!)
p132 小型カメラとフラッシュライト(having photographed them with her half plate camera and flash-light apparatus)
p132 雑誌の口絵やポスター(for magazine illustration and poster work)
p133 十の階段(the ten flights of stairs) ◆五階なのでひとつながりの階段が一階につき2つあり、合計10回階段を登った、という意味。試訳「階段を十回登って」
p145 五シリング
p153 四月五日
p155 二百ポンド
p157 天罰覿面
p171 ウェンブリ・パーク… 当時はまだ博覧会の開催は考えられていず、後年、世界のあらゆるところから、何十万という訪問客が押し寄せることになった地所は、まだまっくらで人気もない野っ原だった(at that time the Exhibition was not yet thought of, and the ground which was later to hum with scores of thousands of visitors from all parts of the world was now a dark and deserted plain)
p176 アンクレット… 鱶がが噛みつくのを防ぐため… “白の騎士”(アーサー王物語)
p177 夏期時間(this daylight saving)… 一時間はやく◆燃料節約のためにSummer Time Act 1916で定められた夏時間。1920年は3月28日(日)から9月27日(月)まで。
p180 サッシ(sash)… 掛け金(catch)
p181 ポケット尺(a pocket rule)
p184 うなぎのように
p191 コロナ(訳注 キューバ葉巻)(Try one of these Coronas)
p191 コーヒーとロール
p215 ありきたりの銀のポケット壜
p221 小さなハンドバッグ(purse)◆上着のポケットに入るくらいのもの。
p222 駅の食堂(the refreshment room)
p223 一等食堂(the first-class refreshment room)
p232 ひとかたまりのパン、バター、ニシンの罐詰、卵
p248 お礼として2ポンド
p262 ネルソンの言葉… 歌の替え文句(‘England expects every man to do his duty’ was amateurish…. In his mind the words ran ‘England expects that every man this day will do his duty,’ but he rather thought this was the version in the song)
p266 ゴールズワージー フォーサイト家物語
p271 古いナピヤー(an old Napier)… 五座席… 三つうしろで、二つが前… りっぱなカンバスのカバー… 黒◆1909年のfive seaterか。
p272 黄いろいアームストロング・シッドリ(Armstrong Siddeley)◆1921年の広告で29.5 hp 6 Cylinderが£875というのがあった。
p278 大陸版ブラッドショー(a continental Bradshaw)
p279 フレンチ警部最大の事件◆日付と曜日から1924年の事件と判断していたのだが…
p279 フランは80(訳注 1ポンドあたり)が相場だった(With the franc standing at eighty)◆金基準1920だと£1=52フランだが… この換算だと1フラン=158円。同じく金基準で1922年£1=54フラン、1923年75フラン、1924年85フラン。『最大の事件』では「1ポンドは70フラン相当」と書いてあった。なおベルギーは当時ベルギー・フランを採用。レートはフランス・フランと同じだったようだ。
p279 二十四フランはシングルの部屋としては相当の値段◆3792円。ずいぶんと安い。
p279 プチ・デジュネ4フラン50はかなり上等なホテル… おそらく中の上◆711円。
p279 ロンドンのサボイとか、パリのクリヨンまたはクラリッジ(like the Savoy in London or the de Crillon or Claridge’s in Paris)◆超一流ホテルの例
p282 ベデカ案内書
p285 ゼーブリューゲの海岸(Zeebrugge)◆クロフツさん得意の観光案内
p286 ブリュジェ(Bruges)
p289 フラマン語
p291 アントワープ◆クロフツさん得意の観光案内
p299 コーヒーとロールと蜂蜜の朝食
p306 五フラン◆情報料
p308 ベルリッツ学校
p315 カード遊び(to play cards)
p330 船首に十八ポンド砲(an 18-pounder forward)
p336 モーリス・ドレイクのWO2のすてきな物語(Maurice Drake)… テルノイゼンのようなやつ… わたしがめぐり会ったなかでも、いちばん面白い本のひとつ(like those chaps in that clinking tale of Maurice Drake’s, WO2.’ / ‘As at Terneuzen?’ said French. ‘I read that book—one of the best I ever came across)
p357 六ポンド砲(the six pounders)
p361 軍用拳銃(all armed with service revolvers)◆こちらはウェブリー回転拳銃か。

482中の書評を表示しています 61 - 80