殺人保険 別題『深夜の告白』 |
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作家 | ジェームス・ケイン |
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出版日 | 1954年01月 |
平均点 | 6.80点 |
書評数 | 5人 |
No.5 | 8点 | 弾十六 | |
(2024/07/29 12:46登録) 1936年出版。初出Liberty1936-02-15〜04-04。国会図書館デジタルコレクションで読みました(新潮文庫)。 翻訳は実にしっかりしてるけど、いささか古め?これしかないのが意外だった。郵便屋さんは何回も翻訳されてるのに。早川では『倍額保険』というタイトルすらA・A・フェアに取られちゃってる(Double or Quits 1941)。 延原謙さんの評伝を読んでて「映画に感心、原作も良し」とあったので、気になって、まずワイルダー映画『深夜の告白』を観てから、原作本を読みました。私は基本「本→映画」の順番なんですけどね。でもこの作品は映画を先に観た方がずっと良いと思う。 ケインさんは若い頃、保険のセールスをチョコっとやったことがあり(ただし契約は一本も取れなかったらしい。英Wiki情報)、また保険業界と関わりのあった父親から内情を聞いてたようだ。現実の「倍額保険」殺人事件(Albert Snyder殺し, 1927-03-20)をヒントにしている(英Wiki "Ruth Snyder" 愛人はコルセットのセールスマン)。 実は飛び級の秀才だったケインさん。パッションが重要要素な作品なのにクール、というのはそのせいか?インテリが野卑な暴力性に惹かれるってありがちかもね。 本作品にも唐突感があり、それは映画でも小説でも解消されなかった。情動があんまり伝わってこない。だから郵便屋さんでラフェルソンはああいうシーンをわざわざ撮ったのかなあ。でもまあエロは売れるからね。 まず映画(1944年9月6日米公開)からいくと、ディクタフォンが嬉しい。ロール型に注目。原作では「レコード(p133)」となっている。【14:32追記: ここら辺、全く勘違いだったので修正した。1920年代から蝋管が主流。1950年代ごろディスク型に移行した。原文は"record"、「記録(装置)」という意味で「ディスク型」を指しているわけではない。】 スタンウィック姐さんなので色々と強そう。男が守りたくなるタイプじゃないのがやや不満だけど観てると気にならなくなる。ロビンソンが非常に良い。煙草シーンが実に効果的なんだが、今の世界なら…と考えてしまった。映画はとても楽しめました。ボガートの映画が好きなら気にいるはずですよ。 さて原作だ。映画とどう違うのかな?と読み進めて、かなり面白い違いがある。書きっぷりは行間に意味を込めるタイプ。明示されないと分からない人には向かないかなあ。 本作にもフィリピン人が出てくる。戦間期ハードボイルドにはつきものなのか(『大いなる眠り』p185、ハメット1924年の短篇など)。作中年代は1933年の大晦日の洪水(Crescenta Valley floodで英Wikiに項目あり)が言及されており、今年もあるかなあ、という感じなので1934年か。ああ、意外と面白いインクエスト関係のネタが拾えた。へえ、なるほどね、と思いました。 トリビアは後で。原文で再読中。シンプルで力強い文体なので、難しい。 映画シナリオも翻訳されてるんだ… なら、そっちも読みたいなあ。 実際の犯罪ネタを調べるのにいつも便利なWebサイト『殺人博物館』に「ルース・スナイダー、ジャッド・グレイ」の項目があり、非常にわかりやすいです。なおケインは郵便屋さん(1934)の着想もこの事件から得たらしい(英Wikiの「郵便屋さん」に詳細あり)。 |
No.4 | 6点 | 蟷螂の斧 | |
(2019/10/25 20:04登録) 彼女は顔を真っ白に塗りつぶし、目のへりに黒い隈をつくり、唇と頬に真っ赤な紅をさした。おお怖っ!!(笑)。彼女の方が主人公より上手だったようですね。本作は「郵便配達は二度・・・」より複雑ですが、後者に軍配。 |
No.3 | 7点 | クリスティ再読 | |
(2018/11/14 23:23登録) 保険といえば、それに付け込んで一攫千金を狙う詐欺と隣合わせなのだが、保険のトップセールスマンの主人公が、美女の誘惑に転んで詐欺の片棒を担ぐハメになった。殺人にまで手を染めて....同僚の辣腕の調査支払部長はその死に疑惑を感じ調査を開始するが、主人公の関与にはまだ気がついていない...どうなる? という、言ってみれば極めてありふれた話。「ありとあらゆる保険会社が、何百万編もぶつかっている」ありふれた話なのだ。 まあ、見てご覧なさい。これが自殺者の分類表です。人種・皮膚の色・職業・性・地方・季節・自殺した時の時間まで出ています。これは、自殺を手段別にした表。これは、手段を毒薬・火薬・ガス・身投げ・飛び込み別にした表。これは、服毒自殺を、性・人種・年齢・時間別にした表。 とこのリアリズム視点の厳しさが、本作の一番の読みどころだろう。とはいえ、主人公も保険のウラもオモテも知悉したセールスマン、対する探偵役の調査部長キースも海千山千の大ベテラン。この互角の二人の知的闘争に、さらにキースが主人公を息子にように思っている味つけがある。キースのべらんめえな喋り口がなかなか、いいな。キースは主人公をこの事件のアシスタントにしているので、「キースはどこまで勘付いているか?」と少し深読みして読むと、「倒叙」な風味がなかなかある。 キースの推理よりも先に状況が動いて結末になるので、小説も映画の邦題のように「深夜の告白」となる。映画の方は主人公が事務所で告白を始めるところから始めて「告白」を枠組みにして全体をまとめている。キースは性格俳優として鳴らしたE.G.ロビンソンで、引用した自殺分類のセリフをべらんめえに捲したてるのが、すごくハードボイルドなのだ。ボガートもそうだけど、この時期のハードボイルドなキャラって「マシンガンのようにしゃべる」というのが「らしさ」なんだよね。映画のキースは主人公を調査部に引っ張ろうとしているが...なんてアレンジがあって、告白の後の結末がちょっと変更されている。そこでハードな「喪われた友情」の情感が漂う。映画の方がイイな。 実のところ本作は「映画も原作も歴史的な名作」という、なかなかないダブル名作ミステリである。どうだろう「マルタの鷹(ハメット/ヒューストン)」「断崖(アイルズ/ヒッチ)」「めまい(ボア&ナル/ヒッチ)」「死刑台のエレベーター(カレフ/ルイ・マル)」あたりと並ぶものだよ。今のミステリファンは「深夜の告白」見てない人も多いだろうだけど、見ないと話にならない級の映画史的な重要作である。ドイツ表現主義の「影と闇」をハリウッドの犯罪映画に応用した「暗黒映画」の代表的な作品(そういう意味では「市民ケーン」も近い)で、戦後じきにはネオリアリスモ風の街頭ロケ映画と結びつくし、それを見たJ=P・メルヴィルがフランスにこのスタイルを持ち帰って、ノワール映画の元祖になり、ひいてはヌーヴェル・ヴァーグにまで影響が及んでいる..と映画史上の重要な流れの交差点にあるような作品である。ワイルダーでもミステリ映画の代表作、ということだと「情婦」よりも本作だろう。 (チャンドラーは...まあいいか。チャンドラーの役割はあまり重要じゃないと思う) |
No.2 | 6点 | 人並由真 | |
(2018/05/27 12:15登録) (ネタバレなし) 「僕」ことウォルター・ハフ(34歳)は保険会社「誠実屋」に勤続15年目のやり手社員。そんなウォルターはある日、石油油田供給会社のロサンゼルス支部長H・S・ナードリーの美貌の後妻、フィリス(31歳)に呼び出され、本人の知らないうちに夫に高額の生命保険をかけることが可能か問われる。フィリスの悪心を敏感に気取ったウォルターは彼女と体の関係を持ち、そして保険金詐欺殺人計画の共謀者として夫殺しの実行役とアリバイ作りを買って出るが…。 筆者的には、近年に発掘の『カクテル・ドレス』に次いで二冊目のJ・ケインである。一番有名なアレはまだ読んでない(歴代の映画も観てない)のだが、本作は噂に聞くそちらの変奏的な感じも気取れるので、ちゃんと作者の著作順に読めば良かったかも (『郵便配達』は1934年、本書は1943年…戦時中の作品なのね。当時の日本でこんなの書いてたら、自国民同士で人殺し!? しかも妻が愛人と夫を殺す非国民小説! と誹られそうだ)。 本作は文庫本で本編がほぼ200ページ、会話も多いのですぐに読めるが「ああ、こういうのがケインらしいんだろうな」という乾いた文体は読み手に染みる。 時たまハッと思う叙述が出てきて(昭和30年代の日本語訳を通じて、ではあるが)気を惹かれる。たとえば92ページ、大仕事を終えたあとの主人公二人のやりとり―― 僕は、慌てて口を噤んだ。一、二秒すると、彼女が何か言い出した。まるで狂人のような荒れ方だ。口から出放題に、彼のことであれ、僕のことであれ、なんでもかんでも怒鳴り散らす。僕もときどきガミガミ言い返した。これが殺人を終えた後の供養だった。二人は二匹のけだもののように、互いにいがみ合い、どちらも止められなかった。まるで、麻薬の砲弾でも食らったように。(蕗沢忠枝・訳) ミステリマガジンで一時期人気だった青木雨彦さんの連載(「夜間飛行」とか)のように主人公の男女の叙述を引用したが、こういう感じである。うん、ステキ。 本サイトのtider-tigerさんの『郵便配達は二度ベルを鳴らす』のレビューでの <チャンドラーの(ケインの作品や文体を)「嫌い」を自分はあまり真に受けていません。 チャンドラーは「自分もやってみたいけどできない」ことを「嫌い」だと表現しているように思えてならないのです。>がとても腑に落ちる。納得のいく卓見だと思う。 ちなみにミステリとしての本作の筋運びの魅力は、空さんの語られるとおりだと思うし、クロージングの意表のつきかたにも唸らされた。 しかし一方でこの作品は、物理的な意味での紙幅の薄さが、本当はもっとボリューム感を与えられるものをあえてダイエットさせすぎたような印象もある。 それゆえぎりぎりまで迷い、7点にするか考えあぐねた上で、現時点ではこの評点。いやその分、話の、そして小説としてまたミステリとしての密度感はかなり高いということなんだけどね(汗)。 ケインは大昔に『セレナーデ』や『バタフライ』とかのケイン選集も古書で買ったまま、家のどっかにしまいこんであるんだよな。そのうちいつか見つかればいいんだけれど(つーかまずその前に『郵便配達』読め・笑)。 |
No.1 | 7点 | 空 | |
(2014/10/16 22:21登録) 『郵便配達は二度ベルを鳴らす』が基本的には犯罪者の人物を描いた作品であったのに対して、本作はよりミステリ要素の強い作品です。保険勧誘員による保険金詐取のための完全犯罪を狙った殺人が中心なのですから、当然とは言えるでしょう。いかにもミステリらしい殺人計画なのですが、それだけでなく、殺され役の娘とその恋人が半分を少し過ぎたあたりから事件に絡んできて、意外な展開を見せてくれます。殺人者の一人称形式にもかかわらず、事件の裏がどうなっているのかについて謎解きの要素がかなりある、という構成が巧みです。一人称形式であることの意味はエピローグによって明かされ、その後の締めくくり方も鮮やかに決まっています。 なお、ビリー・ワイルダー監督による映画化『深夜の告白』はフィルム・ノワールの古典として高く評価されていますが、未見。脚本を担当したチャンドラーは、ケインの原作を嫌っていたそうですけど。 |