殺人は容易ではない: アガサ・クリスティーの法科学 カーラ・ヴァレンタイン |
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作家 | 事典・ガイド |
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出版日 | 2023年12月 |
平均点 | 6.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 6点 | 弾十六 | |
(2024/06/26 04:25登録) 2021年出版。著者は英国の法医学(この訳書では「法科学」)の専門家だという。 残念ながら著者はアガサさん以外のミステリを読んだことがないらしい。 とりあえず指紋と銃器について読んだ。 指紋では「赤い拇指紋」への言及が全くない。探偵七つ道具を入れた鞄を携帯した探偵を実際の捜査官に先駆けて発明したのはアガサさんだとしている… 多分全編通じてソーンダイク博士への言及も全くなし。じゃあトミタペ「二人で探偵を」も読んで無いんだろうね。 法医学とかそういうネタをミステリに絡めて語るなら、まずソーンダイク博士でしょう。英国ではもう忘れられた存在なのかなあ… 銃器鑑定については、まあ良くまとめてあるが、パラフィン・テストへの言及が全く無し。それっぽい記載がちょっとだけあるが1970年ごろから捜査に使われたって? フェル博士はある事件で「パラフィン・テスト」にはっきり言及している。時代設定1945年の事件だよ。(ネタバレになるので具体的に何事件かは言えません…) アガサさんは読み込んでるみたいだし、法医学ネタは正確で上手くまとめていると感じた(ちょっと変な記述は翻訳家が間違えてるのかも… 後で原文で確認する予定です)。英国の銃弾の比較顕微鏡研究が1930年ごろからスタートしてる、という貴重な情報もあった。 まあアガサさんのファンには大いに参考になるでしょう。ネタバレも読んだ範囲内では割と上手く処理して、核心部分は回避してるようにも思う。 サイレンサーについての記述が薄くて残念。JDCも平気でリボルバーに装着させてるのでフィクションの影響大なのはわかっていたが、米国パルプマガジンが元凶なのかなあ、と私は睨んでいるが具体的なデータ無しです。リトル・ウィリーへの言及はちゃんとあったが、ベントリー「トレント」に登場するリトル・アーサーには触れていない。 アガサさんのファンはアガサさんが空高く持ち上げられてるので、気持ち良いだろう。私の知り合いにもアガサさんしか読まないヒトがいて、著者もその類いらしい。 <追記2024-06-26 07:15> 原文を入手したので(Kindleで1000円程度!この本は法医学の参考書として使えそうなので早速入手しました)以下、銃器関連で気になった文章をチェック! p110 二番目の手がかりは、銃から押し出される空の薬莢(「シェル」と呼ばれることもある)(The second is the spent cartridge case or casing (sometimes called a ‘shell’) whichi is usually ejected from the weapon)◆ シェル=薬莢ではない。ショットガンの撃ち殻がシェル。原文のusuallyは、リボルバーなら薬莢は弾き出されず、拳銃内に保持される、という意味。試訳:第二に、大抵は銃から弾き出される、使用済みのカートリッジやケース(「シェル」と呼ばれることあり) p112 セミオートマチックピストル(まちがって「オートマチックピストル」や「オートマチック」と呼ばれることもある(Semi-automatic pistols (sometimes incorrectly called ‘automatic pistols’ or ‘automatics’))◆incorrectlyは「不正確に」という感じだろう。まあ世の中の大抵の文章では「セミ抜き」だ。 p112 弾倉に弾丸が充填されるこの銃器の(about magazine-loaded weapons)◆ 弾倉により弾丸が供給される、という意味。翻訳は逆に捉えている。 p113 当時開発されて間もないセミオートマチック銃(then recently developed semi-automatic pistol)◆ ここは「ピストル」としなくては。セミオートのライフルも存在しているし、この文章の少し前にも登場している。セミオートのライフルやセミオートのピストルは20世紀初頭から開発されているが、ピストルの方が軍採用が早く、ルガーP08は1900年スイス軍。セミオートのライフルは1917年仏軍M1917が軍採用の嚆矢のようだ。 p114 通常のショットシェルの装弾をまとめてひとつの大きくて堅い塊にしたような「スラッグ」など猛烈な破壊力を秘めた弾もある(‘slugs’ which are effectively like taking all the pellets in a usual shotgun shell and smushing them into one big, solid blob)◆ 「猛烈な破壊力を秘めた」は原文に無し。 p114 薬室を密封できるように伸びる枠(薬莢またはケース)a casing that could expand to seal the chamber◆試訳:膨張して薬室を密封できるケース p116 スラッグ:効果抜群のショットガン用の弾丸(Slugs – These are effectively bullets for use in shotguns)◆ 試訳:事実上、ショットガン用弾丸と言える。ああ前述の「猛烈な破壊力」もeffectivelyを誤解してんのね。 p123 弾丸にどれも同じ欠陥があるということは、すべて同じ銃から発射されたということになる(All the bullets had the same defect, which meant they’d all come from one source)◆ ここは弾丸のゆがみが一定なので、ハンドメイドの弾丸の鋳型が同じ、という趣旨。発射した銃とは関係ない。試訳:どの弾丸にも同じ欠陥がある、ということは出どころが一つなのだ。 p127 「ラチェット」とはリボルバーの一部を差す(a ‘ratchet’ is part of a revolver)◆ 試訳:「ラチェット」とはリボルバーの部品の一つだ。 p129 一九二四年の五百ポンドといえば◆ 英国消費者物価指数1924/2021(63.47倍)で£1=9647円(2021のポンド円レートによる)なので、訳註の約500万円は正しい。 p129 車のなかにあった珍しい薬莢... 槊杖という銃の掃除用の棒で銃身内に傷がつき、その銃身の傷のせいで薬莢に痕跡が残った可能性が高かった(an unusual cartridge case in the car was also an important clue as it had a unique defect which was likely to have been caused by a gun which had been damaged by a cleaning rod or ram rod)◆ 銃身に傷があっても薬莢に影響はほぼ与えない。原文ではどこを槊杖で傷つけたか言っていない。実際は多分槊杖を押し込みすぎて、銃尾を傷つけたのだろう。これなら発射時に薬莢が銃尾に押し付けられるので、そこの傷を完全に転写する。なおこの事件でも遺体から弾丸が摘出されているが、線条痕から拳銃を同定する、ということは全く触れられていない。1927年の英国にその発想は全然なかったのだ。 まあこのくらいにしておきましょう。この訳者は銃器に馴染んでいない感じ。まあでも概ね正確。私の日本語の好みだと、ちょっともたついた感じなので70点くらいでしょうか。(あれ?あんたの短編小説の翻訳は完成したのかい?) |