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ミステリの祭典

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平均点:6.24点 書評数:586件

プロフィール| 書評

No.466 6点 黄金伝説
半村良
(2021/01/06 15:00登録)
 防衛庁を操り、首相をも怯ませる“闇の巨人”来栖重人について調査を進めていた新聞記者は、怪光を発して飛び立つ円盤と、光る小人のように見える宇宙人を目撃した。仲間たちと共に縄文土偶の謎に誘われ、古代黄金の眠る伝説の地、奥十和田へ向かった彼は、そこで来栖の恐るべき素顔に出会う。新機軸の黄金伝説を構想豊かに描く、半村良の傑作伝奇推理長編。
 1973年7月刊。同年3月に発表された大作『産霊山秘録』に続く著者の第四長篇で、以降続々執筆される〈伝説シリーズ〉の第一弾。古代出雲神話を題材とする第五長篇『英雄伝説』とは同時刊行ですが、シリーズとしてはこちらが先になるそう。本書の場合、北東北・十和田八幡平国立公園近辺に独自の地名を付け加え、青森県戸来村のキリストの墓伝説やギリシャ神話、更にはUFOなども絡めて壮大な物語に仕立てています。
 NON NOVEL版では「長編伝奇推理小説」と銘打たれていますが、実の所は人類進化を扱った純粋なSF。そのリーダビリティは高く、赤江瀑「罪喰い」等と共に、昭和48年度第69回直木賞の候補作になりました(ちなみにこの時の受賞作は長部日出雄『津軽じょんがら節』と、藤沢周平『暗殺の年輪』)。ただし審査員評は芳しくなく、選考委員を務めた松本清張には「勝手に日本地名をつくるのは困る」とのお叱りを食らっています(笑)。なお第27回日本推理作家協会賞候補にも挙がっていましたが、こちらでは小松左京『日本沈没』に競り負けています。いずれにしろ楽しみながら読める作品なのは間違いないでしょう。
 冒頭でいきなり時の首相を圧倒し、暗殺者を無造作に殴り殺す怪人物が登場。彼の力で世界第一位に迫らんとする経済力を付け、超軍事国家へと突き進む架空の日本国。そのあと場面は一転し、湯水の如く金を使う傲慢な老人・湯平弥一と、知らぬ間に彼の援助を受けて大家にのし上がった画家・堀越正彦。この二人を中心にして、彼らの血族や周囲の人間たちが描かれていきます。
 原爆投下直前の広島で、正彦の愛を受けた弥一の娘・規子も双子。彼女が再婚して生んだ雄一郎・大二郎の兄弟と、妹の則子が生んだ従姉妹の香取公子・明子姉妹も双子。明子から生まれた姉妹も双子。作中でポルックスとカストルの双子星に喩えられるふたごたちの暗喩を軸に、物語はやがて弥一主導の青森県・北戸来高原での宝探しへと一気に雪崩込むことに。『石の血脈』に比べると、風情のある小物の点景描写などにも格段の進歩が見えます。
 残念なのはやはり後半駆け足気味なこと。トレジャーの舞台は十分に練られており、地図までついてワクワクさせるのですが、ラスボス来栖の出現からは急転直下。デウスエクスマキナ的な逆転劇で、あれよあれよという間に終わってしまいます。清張先生寸評のようにドタバタとまでは言わないけど、もう少し尺が欲しかったなあ。面白いんだけどそんな訳で、採点はギリ6点。


No.465 5点 村でいちばんの首吊りの木
辻真先
(2021/01/06 08:56登録)
 それぞれに語りを工夫した長めの短篇三本を収録した、著者初の大人向け作品集(たぶん)。C☆NOVELS版あとがきによるとそれまでジュブナイル主体に小説を発表してきた作者が、初めて推理専門誌に寄稿した思い出の作らしいが、作品書誌(http://www7b.biglobe.ne.jp/~tdk_tdk/tsuji.html)を見ると創作活動自体は「増刊宝石」ほか各誌に、それ以前にもちょこちょこ行っていたようだ。
 ただしそれらはいずれも〈桂真佐喜〉や〈創作集団〉といった別名義が用いられており、辻真先名での正式な短篇の執筆は、「村でいちばんの首吊りの木」が初めてなのは事実らしい。雑誌「小説推理」1979年7月号に掲載されたまま放っておかれていたが、「別冊婦人公論」1986年4月号に「街でいちばんの幸せな家族」が発表されるや否や、書き下ろし「島でいちばんの泣き砂の浜」も加え、即単行本として刊行された。これは同年11月の映画化作品『旅路 村でいちばんの首吊りの木』公開に合わせた企画と思われる。
 以前からタイトルが気になっていたが、九十路に差し掛かった著者の最新作『たかが殺人じゃないか』の各賞受賞を期に読了した。新書としては薄めな上に、すこぶる読み易いのでスラスラ進む。
 表題作は奥飛騨にある三十戸ばかりの部落・可良寿(からす)から、無医村状態の故郷を救おうと、息子たちを都会に送り出した母親の手紙で始まる。彼女が医師国家試験まぎわの次男に宛てた文面には、同じく母の願いを託された長男の失踪と、母親が出くわしたある殺人事件の詳細が記されていた――
 手首を切り落とされて発見された女の謎を中心に書簡形式で語られる短篇だが、辻は〈大人子供〉を自認するヒトなので、美談のままでは終わらない。世代の断絶を描いた結末だが、それにしてはどこか明るいのがミソ。母を一人の女性として見据えた、次男の考察にも広がりがある。
 次の「街で~」は日記と地の文の混交。絶賛浮気中の夫と、彼に憤懣を募らせるその妻。〈子供たちにだけは醜い姿を見せまい〉と夫婦は渾身の演技を続けるが、ませた姉弟は全てお見通し。家庭を、ひいては自分たちの未来を守るため、大人顔負けの策略を巡らす。母と娘は交互にお互いの日記を盗み読むが・・・。アンファンテリブル物と見せた軽妙な作品。
 最後の「島で~」はリゾート開発中の孤島が舞台。波や風、星や砂など無生物に事件を説明させるのは面白いが、それに比してトリックは平凡なのが不釣り合い。ただし三作中では最も〈いい話〉である。
 全体に軽い分だけ〈こんなもん?〉という感じだが、読後少し時間が経つと〈これはこれで〉になってくる。ただしこの段階ではポテト&スーパーの初期長篇や、より悪意や皮肉が出てくる『アリスの国の殺人』以降の方が良い。


No.464 5点 密やかな喪服
連城三紀彦
(2021/01/05 09:02登録)
 『変調二人羽織』に続く、著者三冊目の作品集。「藤の香」「メビウスの環」の二篇と共に、雑誌「幻影城」1978年8月号《特集・連城三紀彦》の一作として掲載された「消えた新幹線」以外は全て、1980年後半から1982年にかけ各誌に発表されたものである。年代順に並べると 消えた新幹線/白い花/表題作/代役/ベイ・シティに死す/ひらかれた闇/黒髪 となる。
 『運命の八分休符』に先行するユーモア作品からスタンダードかつムーディーないつもの連城短篇、奇妙な味にややインモラルな残り香のする現代風の芸能・ヤクザ・不良少年もの、後期に繋がる男女相克サスペンスと、ミステリとしての結構は整っているものの、初期五冊のうちでは最も纏まりを欠く短篇集である。それもあってか「代役」「ベイ・シティに死す」「ひらかれた闇」の三篇は、のちの文庫本では分割収録されている。
 タイトルから期待していた「消えた新幹線」は伏線で魅せるが、特殊な状況下の変化球でいわゆる大手品ではない。「白い花」は序盤で作者の狙いが透けて見えてしまうのが難。「実験材料」改題の「密やかな喪服」はかなり怖いが、意図せずしてサイコパスの行動原理をなぞってしまっているので、発表当時の意外性は大きく損なわれている。これは作品云々よりも、単に時代が悪くなったと言うべきか。
 集中で光るのは「代役」。人気俳優・支倉竣は事故死した息子に執着する妻・撩子の奇妙な願いを容れ、自分とそっくりな男・タカツシンヤが二百万円の契約で、彼女と子供を作るのを承諾する。既に離婚を切り出され、赤坂のクラブに勤める衣絵という愛人もいる身では、それもたいした事ではなかった。だが瓜二つの存在にイラつかされ、更に撩子の真意を知るに及んで妻への殺意は一気に高まる。支倉は誰も知らぬタカツを共犯に使い、妻殺しのアリバイ工作を試みるが・・・
 「桔梗の宿」と併せ、ある後期長篇の雛形とも言える作品。収録作の中では最も切れ味が良く、反転の構図が冴えている。これに比べると任侠ものの「ベイ・シティに死す」は、ドラマ優先の造りでいささかぼやけ気味。次の「ひらかれた闇」は退学させられた元生徒五人組の中で起こった殺人を、呼び出された教師が解決するものだが、容疑者限定で本格味は強いもののこのキャラクターでこの動機は納得できない。
 次点はトリの「黒髪」。京都を舞台に病床の妻を抱える出版関係者と、女性染色師との十五年に渡る三角関係の決着を描いた短篇。情事の隙間に忍び込む女の髪を小道具に、最後は一気に隠微な悪意が襲いかかってくる。いい作品だが、推理と言うより因縁譚の味わいが強い。
 以上全七篇。ある意味バラエティには富むが、この作家の初期のものとしてはやや期待外れか。


No.463 7点 石の血脈
半村良
(2021/01/01 06:59登録)
 ある日、以前勤めていた品川の廃工場跡にもぐり込んだ銅線泥棒が、首から上を包帯でぐるぐる巻きにした謎の男の手で犬のように撲殺された。同じ頃、多摩ニュータウンと並行して進められていたある開発計画が、隠微な圧力によって潰されていた。その裏では日本最大の企業集団・東日グループと、米政界とも繋がりを持つギリシャの大富豪オナシス傘下の外国資本・Q海運が蠢いていた。
 その計画の地である神奈川県守屋では先頃、東日の力を背景に戦後の建築界に君臨しつづけた男・今井潤造が亡くなっていた。渋谷区松濤町の今井邸で、門下生たちと共に遺稿整理に当たっていた出版人・石川は、書庫に入りびたって資料をあさるうちに、今井が紀元七世紀から連綿と続く、回教カルマート派暗殺教団に関する何かを掴んでいたことを確信しつつあった。
 その出版社がある室町の小さなビルから七八分離れた日本橋のMデパートでは、七階で催されている〈イベリア半島展〉に飾られていた古代の壺が、スペイン大使館の腕章をした二人組の男たちに運ばれていた。大使館側は「そんな使いなど出した覚えはない」といきまいていたが、一夜明けると前言をひるがえして手違いだと言って寄越した。
 天皇と呼ばれた今井潤造の急死は、日本建築業界に激動を齎す――今井一門の筆頭であり、新鋭建築家として業界第二位の夏木建設に確たる地位を占める設計課長・隅田賢也、そして彼を推す下請会社社長・会沢のふたりも、大きな後ろ盾を失い窮地に立たされていた。こうなれば今井の握っていた陰の発言力の秘密を探り当て、名実ともにその後継者になるしかない。さらに隅田は数ヶ月前、専務取締役の娘である新婚まぎわの愛妻・折賀比沙子に失踪されていた。彼に残された手掛かりは新宿にあるクラブ〈赤いバラ〉のマッチと、銅線と赤い豆電球のみ。
 隅田賢也、会沢、たまたま壺の盗難現場に居合わせたカメラマン・伊丹英一と恋人の柳田祥子、そしてアトラントローグの作家・大杉実。一連の事件の背後にあるものを突き止めようとする彼らの周囲には、次第に不可解な出来事が起こり始める――
 古代アトランティス、世界各地に残された巨石信仰(メガリス)、暗殺集団〈山の長老〉、赤い酒場、狼男、吸血鬼、そして不死の生命・・・。あらゆるオカルト要素を煮詰めた、鬼才・半村良のSF伝奇処女長篇。1972年度・第三回星雲賞受賞作。
 1971年刊行。第2回ハヤカワ・SFコンテスト入選短篇「収穫」でのデビューから約十年の雌伏を経て、以後の旺盛な執筆活動の皮切りとなった、著者の第一長篇。山と積まれたオカルティックな題材を謀略小説ふうの外枠に嵌め込み、男女の愛を横糸に、醜悪かつ壮大なモニュメントの建設とその崩壊を描いた作品。
 トロイ遺跡の発掘者ハインリッヒ・シュリーマンとロスチャイルド商会との関係、1912年に祖父ハインリッヒの遺志を継ぎ、アトランティスの謎の解明を公言したものの、直後にスパイ容疑で銃殺されたその孫パウロ。都市遺跡が濃密に分布する偉人の故郷メクレンブルグ、アーリア人種の移動と共に、世界各地に残された巨石信仰――と、前半のヒキはムチャクチャ面白いのですが、調べてみるとアトランティス⇔アーリアン学説⇔ナチス⇔メガリス関連は、評者が無知なだけで割とオカルトの鉄板ネタ。大ウケしたのがこの辺なので、多少天引きせざるを得ません。
 本書が優れているのはここに吸血鬼(狼男)要素を混ぜ込み、権力の寄生性と重ね合わせたところ。後の『妖星伝』に繋がる価値観の転倒や、〈神聖病〉〈人間狩り〉〈絞られる生き血〉など、処女作に相応しく国枝史郎『神州纐纈城』の影響も多々。暗殺教団の力の根源を香料の道と絹の道、二つの交易路を押さえた事に求め、徐々に強大な金融資本に変化していった、との着想も素晴らしいものです。
 難点はあまりにも壮大過ぎて、やや駆け足気味なストーリー展開(主に後半部分)。他に類を見ない独創的な設定ですが、これだとどうしても最後には躍動感を失ってしまいます。これが長篇第一作なのでどうしようもないけど、『妖星伝』並みに数巻分のボリュームは欲しかったなあ。ラスト付近で鬼子母神的な存在となる祥子とか、前半並みに書き込まれていれば申し分無かったのに。コインの裏表である隅田と伊丹に、作中通しての重みがそこまで無いのも不満。
 色々言いましたが、この分厚さと迸るパワーは正直凄まじい。フツーの作家ならこれで枯れてもおかしくないのですが、半村は山風に匹敵するバケモノなので、本書の後にも間を置かず『産霊山秘録』やら『伝説シリーズ』やら、堰を切ったように著作を発表していきます。かなり楽しめる小説ですがやや構成が悪いのと、結構既存ネタに寄り掛かってるのとを差し引いて7.5点。


No.462 6点 あるフィルムの背景
結城昌治
(2020/12/31 15:06登録)
 昭和三十八(1963)年刊行。『噂の女』に続く著者の第七作品集――ではあるが、講談社版初版と後の角川文庫版とでは収録作が大きく異り、共通するのは表題作のみ。それらを年代順に並べると講談社版は Q興信所調査ファイル(全六篇)/奇禍/あるフィルムの背景/敗北のとき 、角川版では 蝮の家/あるフィルムの背景/惨事/孤独なカラス/私に触らないで/みにくいアヒル/老後/女の檻 となる。
 今回は八本収録の角川文庫で読了。デビューより間もない昭和三十六(1961)年四月から昭和四十一(1966)年十月まで、約五年半の間に雑誌「小説現代」ほか各誌に発表された中短篇が集められている。中では雑誌「別冊小説新潮」発表の、「蝮の家」が突出して古い。なお同タイトルのちくま文庫版『あるフィルムの背景 ミステリ短篇傑作選』 はこれに、 うまい話/温情判事/葬式紳士/絶対反対/雪山讃歌 の初期ブラックショート五篇を付け加えたものである。
 極端に乾いた、登場人物を突き放した作品ばかりで、これまで読んできたユーモア・ハードボイルド長編とは異なり読んでいると正直キツくなってくるのだが、いずれも巧者なのは間違いない。恐怖系アンソロジー定番の「孤独なカラス」などは、遺伝障害者の性犯罪を扱い奈落に転落していくような読後感で、〈この時代にここまでやるか〉という感じである。
 習作段階の「蝮の家」を除けば、これに花火大会で暴行された十七歳の少女の物語「惨事」と、ふとした過ちを種にブルーフィルムに出演させられ玉川上水で入水自殺を遂げた妻、その夫である現職検事が彼女を嵌めた男を追う表題作の三篇が抜きん出ている。松本清張風に纏めた歯科医師の犯罪とその崩壊を描く「私に触らないで」も、オチも含めて悪くはない。
 著者の趣味である落語が最後の一押しになっているのはえげつないが、「みにくいアヒル」以降の短篇は少々落ちる。「老後」はほぼ「惨事」と同シチュエーションだが、前者とは異なり幾星霜を踏む報復譚。「蝮の家」のタイトルは、あるいはこちらの方が相応しいかもしれない。
 その「蝮の家」をさらに組み替えた「女の檻」を含めて、収録作は全八篇。好みでないので諸手を挙げては薦められないが、確実に筆致は練れてきている。


No.461 6点 花堕ちる
連城三紀彦
(2020/12/29 13:21登録)
 “花の落ちる地へ参ります”という書き置きを残し、作曲家・高津文彦の妻、紫津子が出奔してから三日目の朝、高津のもとに空箱のように軽い奇妙な小包が届いた。中からあふれだした無数の桜の花片は、風に舞い花吹雪となって彼を驚かせたが、花片とともに白い砂状の物が入った封筒があり、添付の便箋には妻の筆蹟で、それは自分と愛人の“小指の灰”であると記されていた。
 バイオリニスト・藤田優二―― 十五年前に死んだ筈の男。藤田は本当に今も生きているのだろうか。高津は妻の残した手掛かりを追って一路京都へ向かうが、行方を晦ました紫津子たちを追う者は彼だけではなかった・・・。桜吹雪舞う幽境の地に燃えあがる魔性の炎、傑作長編恋愛ミステリー。
 『私という名の変奏曲』に続く著者の第四長編で、雑誌「サンデー毎日」1985年5月26日号~1986年5月25日号まで、ちょうど一年間連載。短編では『もうひとつの恋文』『離婚しない女』及び『恋愛小説館』『一夜の櫛』各前半収録作を執筆していた時期にあたります。
 紫津子と行動を共にする〈コートとサングラスとで身体と顔を隠した、背の高い男〉の謎をチラつかせつつ、謎の女・沢野彰子と協力し見失った妻の行方を探すロードムービー形式の三部構成。官能小説風の描写ながら妻の面影や亡き藤田の幻影を、国宝・興福寺阿修羅像を始めとする仏像の姿と重ね合わせる事によりその臭みを打ち消し、インモラル極まる真相を運命的な愛と喪失の物語に昇華させた小説。随所に挿入される音楽要素や狂い咲く桜の沼のイメージもまた、これに一役買っています。
 読み進むうちに読者は夫であって夫でない高津の結婚生活と、それを上回る藤田と紫津子、そして彰子の三者に隠された異形の愛の全てを知る事に。展開はやや通俗寄りなもののコートの男の正体その他には連城式の奇想が用いられており、単なる恋愛サスペンスではなく立派なミステリーと言っていいでしょう。真相を知って読み返すと、やや不似合いな描写はありますが。
 心当たりアリとはいえ、あんまり電波な書き置き残されても旦那も正直困ると思うんですがそこはそれ。吉野から京都、奈良、そして再び運命の地・吉野の奥千本で決着したのち今度は二度と訪れまいと誓った屈辱の地・小樽へフライト。主人公・高津は到底作曲家とは思えないアグレッシブさを見せ、何度も行き倒れ寸前になりながら十五年の歳月を繋ぎ、妻の心を追い求めます。
 位置的にはデビュー当初のガチ本格主体から、様々な方向へ分岐していく転換点となる作品。ただし初期作の名残もあって、闇を花の豪雨で埋め尽くさんばかりの第二部クライマックスの情景描写は圧倒的。難点を言えば、流石にコートの男の心理までは抉れなかった事でしょうか。かなり野心的な小説ですが、そういう意味で傑作には至らず6点止まり。


No.460 6点 夕萩心中
連城三紀彦
(2020/12/23 16:33登録)
 昭和六十(1985)年に出版された著者の第十作品集。『瓦斯灯』と同じく『恋文』での前年度直木賞受賞を受けて、急遽纏められた短篇集と思われる。巻末あとがきでは〈三篇ずつ、それぞれ別の連作として書き連ねたものだが、共にあと二篇を残したまま中断し、作者が見捨てた形になってしまったもの〉と形容されている。初期代表作〈花葬シリーズ〉三篇を収録している重要なものだが、それ故か最後のユーモアミステリー「陽だまり課事件簿」のみ180°雰囲気が異なっている。村上昴氏の装画・装丁で『戻り川心中』から連続刊行された、五冊の和装本の最後を飾る作品でもある。
 年代順に並べると、ごく初期の花葬シリーズ第二作「菊の塵」を筆頭に「戻り川~」の次作である「花緋文字」。そこから一年半以上間を空けて「夕萩心中」、さらに半年余り置いて「陽だまり課~」へと続く。1978年9月から1983年10月まで、約五年間と収録作のスパンは長い。
 表題作には苦闘の後が伺われる。「桜の舞」となる筈だった短篇「能師の妻」を挟むとはいえそこからも約一年。前記あとがきには〈書き進めるうちにミステリーと恋愛とが分離していき、遂にその溝は作者の乏しい才能と意志では埋められなくなってしまった〉と記されている。心中行の背景に歴史事件を据えた時代ミステリとして完成させてはいるが、同系列の初期作品「菊の塵」と比べると分量は倍ほどにも増え、もはや短めの中編と言っていい。
 真相は確かに意外だが、心理的な無理筋や後出し気味なところも目につき素直に感興には浸れない。男女双方が一種の道具に堕とした心中を強行することに、果たしてどれほどの意味があるだろうか? とは言え闇に零れる萩の花の扱いや、各種恋愛シーンの造りは例によって上手い。シリーズ中屈指のエグさを誇る「花緋文字」よりも、トータルでは上である。
 図抜けているのはやはり「菊の塵」。不具の身に成り果てたもと陸軍将校が、病臥の末にサーベルで喉を突いて自害した謎を解くもので、事件直前に主人公が障子を通して透かし見た「軍服姿の男」の影が物語のカギとなる。被害者は寝巻姿で息絶えていたのに・・・。
 ALFA さんの問いに答えれば〈正装させないと被害者は殺せなかったが、犯人は彼をもはや軍人とは思わなかったので、死後に軍服を剥ぎ取る事によってそれを示した〉である。他にも「菊の花」の意味するものなど、解決にはいくつかの知識が必要とされる作品だが、それを差し引いてもヒロイン・田桐セツが随所で見せる白刃のような殺気には凄味がある。短い枚数に過不足なくトリックと伏線を張った、花葬シリーズに相応しい緊張感溢れる傑作と言える。
 連作シリーズ「陽だまり課事件簿」は、『運命の八分休符』の流れを汲むドタバタコメディだが、ワンアイデアの趣が強く内容的には遠く及ばない。以前読んだ時にはかなり面白く感じたのだが。ミステリアスな発端と爆弾男の行方を巡る謎で引っ張る第三話「鳥は足音もなく」がベストかと思うが、やや先が読めるのが難。ただし連城短篇としてはいずれも恋愛模様優先の仕上がりで、高くは評価できない。
 全体的には玉石混交で、行っても6.5点。昔なら文句なく7点を付けていたかもしれないが、今だとこんな所である。


No.459 8点 不連続殺人事件
坂口安吾
(2020/12/20 11:34登録)
 雑誌「日本小説」昭和二十二年九月号から昭和二十三年八月号まで、一万円の懸賞金付き犯人当て小説として連載。終戦直後の超インフレ期なので貨幣価値は算定し難いが、当時の公務員初任給が2,300円だった事から推し量ると、一万円はそこそこの金額だったと思われる。雑誌社ではなく、本作に絶大な自信を持っていた安吾本人が、全て自腹を切ったそうだ。
 連載は大評判を呼び、高木彬光のデビュー作『刺青殺人事件』、横溝正史『獄門島』、木々高太郎『三面鏡の恐怖』等を押さえて第二回探偵作家クラブ賞(現・日本推理作家協会賞)を受賞。戦後初期の傑作として、現在に至るまで高い評価を確立している。言わずと知れた大名作で、自分も何度読み返したか分からない。ただ各事件の詳細については流した部分もあるので、今回は腰を据えて読んだ。発表時の経緯を鑑みて、テキストは各所に安吾の挑戦状が挿入された初版準拠の青空文庫版を使用。
 物語は昭和二十二年六月、N県有数の富豪・歌川家の人里離れた屋敷に、中堅詩人にして若主人・歌川一馬の名を騙った招待状により家人と文壇画壇の招待客、総勢二十九名の男女が集められる所から始まる。彼らの関係がまたこれでもかと言うほど縺れ合っていてタダゴトではない。当主の多門は老齢ながら艷福家で家には妾や隠し子が入り乱れる上、招待される側も一馬の元妻や現妻の元愛人など、くっついたり離れたり角突き合わせたりしている連中が目白押しの有様。この手の作品を読み慣れていても、理解するのはなかなか難しいレベルである。正直ここまで凝る必要は無いのだが、そこは懸賞小説。まずは設定で読者を誑かしに掛かってくる。語り手を務める小説家・矢代の妻の京子まで、元多門の妾という念の入れようである。
 役者が揃った所で、ここを舞台に八つの殺人事件が続発する。古式床しい館ものを思わせる展開だが、肝心の中身は意外にモダン。各々の事件にも物理トリックなどの無駄な尾鰭は付いていない。少数の例外を除いては、誰にでも行えるシンプルイズベストな手口の連続。話題性とこの内容が当時は新鮮だったのだろう。江戸川乱歩をはじめ松本清張、高木彬光など、玄人筋の評価は一貫して良い。犯人の行動は悪目立ちしているようにも思えるのだが、物語の幻惑も相俟って、読んでいる最中には全くそう感じない。ここらへん作者の巧みなところだろう。
 第一と第八の殺人はセット。突発的な第三第四の事件がストーリーの骨子となる。瀬戸際ギリギリの三番目の犯行はほとんど早業だが、それ以外は無理のない展開で、第七の殺人など役割分担が自然。有名な"心理の足跡"や、第五の殺人での「人々がにわかに何人か立ちますと、それにつれて又何人か便所へ立つのはよくある現象」なる指摘など、大上段に振りかぶらない、実生活上の心理洞察を主眼に据えた小説と言える。
 同趣向でこれを超える作品はあるかもしれないが、大正モダニズム路線からいきなり登場した衝撃度と、徹底したゲーム性とを評価して加点。そういう意味で、挿絵と挑戦状の付された東京創元社の『日本探偵小説全集10 坂口安吾』は購読に理想的である。


No.458 6点 隠花植物
結城昌治
(2020/12/18 14:10登録)
 山手線随一の箱師(電車スリ)を自任する小森安吉はある日、洗練された身なりのヒゲの男に狙いをつけた。指先が閃き、胸の疼くような快感が疾って、仕事はあっけないくらい単純に終わった、と思った瞬間白い手が伸び、掏ったばかりの鰐革の財布は見知らぬ女の手に渡っていた。
 彼は慌てて香水の匂いを追うと、女を捕まえる。黒一色のワンピースに黒い帽子を目深にかぶった美女は、彼に脅され嗄れた声で言った。「明日の晩、九時、西銀座ホテル、三階の七号室でお待ちします」
 そして、約束の時間に訪れた安吉がホテルのベッドで発見したのは、見知らぬ男の死体。彼は罠に掛けられたのだ。安吉は部屋を飛び出すと、にわか刑事に化けてホテルと女の住んでいたアパートを調べるが、何とそこの押入れにあったのは第二の絞殺死体だった。さらなる窮地に追い込まれた小森安吉は、ひっかぶらされた二重殺人の嫌疑を晴らそうと必死に奔走するが・・・
 昭和36年4月に桃源社より刊行された、結城昌治の第四長編。『罠の中』は同年1月刊なので、どうもそちらの方が先らしい。この作者らしく乾いた筆致で、ジャンル的にはその題材からギリギリ社会派に位置付けられるもの。解説と扉とで最初から○○ネタを割っていてこれはどうかなと思ったが、最後まで読むとそれなりに捻ってあり、案ずる程の事は無かった。ただ焦点となる背広の件は結果として犯人の破滅に繋がっており、そのような小細工をする必要性があったかどうかは疑問。そもそも衝動的かつ恋愛絡みの犯行なので、キッチリ割り切れはしないだろうが。
 事件の動機にも、その目的にも心理的なアヤがあって読み解き辛い作品。長編としては短めながら全Ⅴ章と区切りも多い。"スリの探偵役"という珍しい趣向で、『ひげのある男たち』で見せた講釈癖やコメディ調もチラホラ残っている。「結城長編に触れてみたいが、あまりシニカルなのはちょっと」という向きにはそこそこ合っているかもしれない。
 なお読了したのは角川文庫版だが、桃源社版〈作者の言葉〉によれば元々『消えた女』というタイトルで連載が始まったものの、雑誌廃刊により中断。その後新たな構想で書き直したとのこと。この時に○○ネタが入り込んだらしい。よって雑誌連載版と本書とはほぼ別物という事になる。厳密に調べた訳ではないが、一応申し添えておく。


No.457 6点 悪党パーカー/襲撃
リチャード・スターク
(2020/12/16 15:05登録)
 三方が垂直の崖にかこまれ袋のようになった谷のなかにあり、出口は一本の道路と鉄道だけしかない町、ノースダコタ州コパー・キャニオン。入口のひとつしかないこの箱は銅鉱山と精錬所で成り立っており、金庫に入った給料と二つの銀行と三軒の宝石店、金融会社やデパート、商店、商社、それらを全てひっくるめると最低に見て二十五万ドルはかたい仕事だ。難攻不落の立地に甘え、警備はまるでなっていない。おまけに少年犯罪をしめだすために、夜間外出禁止令により真夜中になると全戸消灯の鐘が鳴ることになっているのだ。これで目撃者もいなくなる。
 警察署、電話局、工場の夜警、それから消防署。真夜中のうちに、市の境界線ぞいの州警察分署に繋がる場所を押さえて逆に町を外部から封鎖し、その間に何もかも洗いざらいかっさらってしまう――それがエドガーズという男が、パーカーを初めとするプロの犯罪者たちに持ち込んだプランだった。
 だがパーカーは不満だった。第一に計画を立てたのがアマチュアだし、人数も多すぎる。いつものルールのほとんどすべてを破った、きちがいじみた仕事だ。それでも検討していくうちに、プランは次第に形をなしていく。残ったわずかばかりの問題を解決しさえすれば、たしかにやれないことはない。彼らは思考を積み重ね、一歩また一歩と障害を取り除いてゆく。
 そして一抹の不安を抱えながら始動する、大胆極まる襲撃作戦。それでも計画は手筈通り順調に進み、九分九厘成功していたのだが・・・
 『弔いの像』の後を受けたシリーズ五作目で、1964年発表。同年にはウェストレイク名義の第五長編『憐れみはあとに』も刊行されています。大掛かりな仕事なので信頼できる仲間をと、前回撃たれたハンディ・マッケイに声を掛けるシーンがありますが、気を引きやがるなと言いながらももう引退したからと断わられます。最終的に集まったメンバーは総勢十二人。ハンディの代役として登場するのは、ハンサムな俳優強盗グロフィールド。
 人数が多いだけに問題も頻出。当初から腹に一物ありそうだったエドガーズはまだしも、個人的には「グロフィールドお前・・・」という感じ。既に相棒を務める作品を読んでいるので、もう少しマトモな奴かと思ってたんですが。ホントによく許したよな。
 これは大荒れかなという展開にしては無難な感触で、派手な割にはそこまで縺れたりしません。むしろシリーズのスタイルを確立させた作品と言えるでしょう。今回も色々と犯罪者向け豆知識が出てきますが、その中の一つ、"刑務所に行きたくなきゃ税金だけは払っとけよ"には深く納得しました。


No.456 7点 悪党パーカー/犯罪組織
リチャード・スターク
(2020/12/14 15:40登録)
 整形手術で顔を変え偽名を名乗っても、《アウトフィット》の巨大な手は目障りなパーカーを消そうと執拗に迫ってくる。これ以上逃げ隠れできないし、したくもない。もはや逆襲あるのみ! パーカーはアメリカ中に散らばる犯罪者仲間に連絡をとり、各地の《アウトフィット》支部を一斉に襲撃させる。と同時に彼は騒然となった組織の中枢にのりこみ、一気にその心臓部に喰らいついた!
 アメリカの暗黒街を舞台に、冷酷非情な一匹狼の姿を描いた、リチャード・スターク会心のクライムシリーズ。原題 "THE OUTFIT"。『悪党パーカー/逃亡の顔』に続くシリーズ第三作で、1963年刊行。この年には上記二作に加え第四作『悪党パーカー/弔いの像』と、ウェストレイク名義の『その男キリイ』が発表されています。
 前作は未読なので組織との因縁がどう進展したのか不明ですが、今回はシリーズ一作目から続く対アウトフィット完結編。フロリダで女といるところを消音器つきピストルで襲われたパーカーは、送り込まれた殺し屋を始末するやすかさず当地の責任者をも葬り去り、反撃の手筈を整えつつ北上しながら『人狩り』で締め上げたニューヨークのボス、ジャスティン・フェアファックスを再度襲撃。 彼を通じて組織ナンバー2の地位にある西海岸のウォルター・カーンズと談判したのち、〈トップが死んでカーンズが跡目を継げば、二度と再びパーカーには手を出さない〉という確約を取り付けます。 
 続いてパーカーに煽られた犯罪のプロたちが組織に百万ドル以上の打撃を与える犯罪見本市が開催されたのち、ニューヨーク州バッファローに居を構える組織のボス、アーサー・ブロンソンの首を獲るまで一直線。いつも以上に一気にアイデアを叩き込んで読ませる作品で、シリーズ前半の節目だけあってかなり贅沢。賭博クラブ襲撃・ナンバーズ・ゲームの現金が集まるオフィスビル攻略・ヘロイン代金受け渡しの現場を狙った鮮やかな略奪劇・馬券のレイオフ用キャッシュ(客が大穴を当てた時のノミ屋の保証金)強奪と大きな四つのケイパーに、本命・ブロンソンの豪邸攻撃が加わります。
 とはいえ組織の構成員はアウトローの自覚を失い絶賛サラリーマン化中。受け身に回ればパーカーたちには到底太刀打ちできず、終盤でブロンソンと分析者クイルの間で交わされるのが次の会話。

 〈たとえば、この家の外の通りをこえたところで通り魔、殺し屋、放火犯人の三人がバクチを行っているとしましょう。私がそのバクチの現場にでかけていって、その連中にピストルをつきつけてカネをうばうとします。この結果はどうなると思いますか〉
 〈連中はお前の心臓をつかみ出してひき裂くだろうよ〉
 〈そのとおりです。それが今のわたしたちの、組織の立場なんですよ(大意)〉

 警護のボディ・ガード達も全員モノポリイに興じており、このやり取りも隣室に潜むパーカーと相棒のハンディ・マッケイにバッチリ聞かれる有様。狂乱の一九二〇年代を乗り越えのし上がったブロンソンの、「あの頃の俺たちは、いまのパーカーとよく似ていた」というセリフが涙を誘います。
 それでも流石にボスだけあって、後ろに立つパーカーを見ても苦笑いに留まるのが良い感じ。ある意味世代交代的な、犯罪者哀歌の趣もあります。8点でもいいんですが、『殺人遊園地』でも7点なのにどうだろと思ったんで7.5点。


No.455 6点 魔眼の匣の殺人
今村昌弘
(2020/12/13 09:36登録)
 W県の山奥にある“魔眼の匣”と呼ばれる奇妙な建物を、その日九人の男女が訪れた。予言者と恐れられる人里離れた施設の孤独な老女は、葉村譲と剣崎比留子をはじめとする来訪者に「あと二日のうちに、この地で四人死ぬ」と告げる。外界と唯一繋がる橋が燃え落ちた後、予言が成就するがごとく一人が死に、閉じ込められた人々を混乱と恐怖が襲う。さらに客の一人の女子高生も自らの予知能力を告白し――。
 『屍人荘の殺人』絶賛の後を受けた、シリーズ書き下ろし第二弾。斬新な超常要素を絡めた、意欲満々のクローズドサークル展開には相変わらず素晴らしいものがありますが、前作に比べるとちょっと緩め。数少ない登場人物のうち三人は小学生と高校生。編中男女共犯説がピックアップされてるので選択肢は元より少なく、主人公ペアを除くと犯人二人はほぼ特定されてしまいます。謎解きと密接に関連しているとはいえ、事故死の多さもストーリー的に戴けません。Kingscorss さんの評にもあるように、ラノベ調のノリが増えたのもやや残念なところ。
 逆に良くなったのは超常要素。ガチ論理で押し通したとは言え前作のアレに拒否反応を抱いた向きには、絶妙な前提条件を加えることで劇的に仮説推論を増やした本書の方が許容し易いでしょう。大技連発の『屍人荘』とは真逆を行く、小技の的確な組み合わせ。加えて伏線の配置や秘められた構図の逆転は、こちらがより効いています。メインとなる壊された時計の手掛かりも、前作以上に論理的。
 ただ後半かなり挽回するとは言え、総合的にはパワーダウンした感無きにしもあらず。処女作が強烈だった分色々苦しいとは思いますが、テクニックは相変わらず達者なので次回作以降にも期待しましょう。


No.454 6点 死体の喜劇
多岐川恭
(2020/12/11 20:16登録)
 1960年3月新潮社刊。『好色な窓』に続く著者の第三作品集で、1959年7月から1960年1月にかけ雑誌「小説新潮」ほか各誌に掲載された、七つの短篇を収録している。収録は年代順に 二夜の女/チューバを吹く男/きずな/井戸のある家/死体の喜劇/わるい日/奇妙なさすらい 。長編では『虹が消える』や『私の愛した悪党』等を発表した頃に当たる。
 処女作品集『落ちる』で直木賞を受賞した直後のものばかりで、初版単行本帯には〈推理小説界のホープ 多岐川 恭の最近力作〉とある。その中で評価の高いのは、続く第四作品集『悪人の眺め』にも収録されたロマンス風短篇「二夜の女」だろうが、礼儀正しくも執拗なストーカー描写が強烈な「きずな」や、最初の密室作品「井戸のある家」、厭世的な主人公がひとときの放浪生活の末に過去の犯罪を暴く「奇妙なさすらい」なども負けてはいない。
 イチオシは「きずな」。内縁の妻・小国都に駆け落ちされた喫茶店経営者・和地登志夫は、通いの娘たちを帰すとおもむろに店仕舞をし、手持ちの現金の続く限りどこまでも二人を追ってゆく。血まみれの顔に愛想良く笑いかけながら気絶するまでヤクザを脅し、どうぞ手掛かりを教えてくれと、丁寧に都の伯父の首を締めながら。妙な方向に転がってゆく話はともかく、頭も回る上に腰を据えてかかる登志夫の、ターミネーター的しつこさがイヤテイストである。逃げた女房に死ぬほど嫌われてるのも笑える(ガチなのでそんなのは物ともしないが)。
 「二夜の女」は『指先の女』収録の「路傍」同様旅情もの。山口の中ほどにある鄙びた温泉地に療養に訪れた男が、浴場で出会った二人連れの女の片割れと関係を結ぶ。これに東京で夫を殺して逃げた妻の逃亡事件が絡まって・・・という話。展開は読めても最後にちょっとした驚きもあり、落ち着く所に落ち着くいい短篇である。
 「井戸のある家」はレンガ工場経営者のガス中毒死を扱った作品。短いがトリックはなかなか面白い。「奇妙なさすらい」は、どこか世間に馴染めない男が覚醒する著者お得意のストーリーだが、ミステリ云々よりも浮浪者に惹かれる主人公の放浪描写その他の方が見どころ。
 後の三編はつまらなくはないが少々落ちる。雑誌「宝石」掲載の「チューバを吹く男」はこの作者には珍しい少年主人公ものだが、手掛かり以外タイトル程には盛り上がらずに終わる。表題作と「わるい日」はどちらも小品でやや食い足りない。前者は「ハリーの災難」風の、死体のつまったトランクを巡るブラックコメディ、後者は騙し騙されの軽いコン・ゲーム小説である。
 巻末の〈あとがき〉には「古典的な形式は、あまりにも千篇一律であり、新しいものを容れる余地が少ない」、「短篇となると、救い難いマンネリズムに陥るのではないか」といった文章があり、またこれからの推理小説の展望として、「分化か他の分野への吸収」という見解も述べられている。『猫は知っていた』『点と線』といった諸作による推理小説ブーム到来の中で、著者が的確にミステリの行きつく先を見通していた事が分かる。
 その言葉通り多岐川の作品集は題材とバラエティに富んでおり、おおむね集中の半分以上は佳作に位置付けられる。時代もあり革新的という程ではないがあまり知られていない作品も多く、読んでいて愉しい、退屈させない作家である。


No.453 6点 犯罪王モリアーティの復讐
ジョン・ガードナー
(2020/12/08 16:45登録)
 一八九〇年代初期のロンドン犯罪界。サンドリンガムでの英国王室に対する卑劣な陰謀の失敗により、逃亡せざるを得なくなった大犯罪者ジェームズ・モリアーティ教授と彼の腹心たち。彼らは二年半にわたるアメリカでの生活を終え、かの地の無頼漢たちから巻き上げた収益と大掛かりな詐欺で得た富をトランクに詰めて、再びイギリスに帰国した。ロンドンにおけるかれの帝国を再建し、その悲願――自分を頂点とする犯罪活動の全ヨーロッパ組織網を構築し、西洋暗黒社会を牛耳る――を達成するために。
 それには六人の人物への復讐が必要だ。まず自分を裏切った四人のヨーロッパ犯罪界の首領たち――長身のドイツ人、ベルリンのシュライフスタイン。ダンスの教師みたいな歩き方をするパリのフランス人、グリゾンブル。肥ったローマのイタリア人、サンチオナーレ。無口で陰険なスペイン人、エステバン・セゴルペ。彼らにモリアーティこそが唯一の真の犯罪的天才であることをはっきりと教えて服従させたのち、いよいよあの二人を社会的に葬り去るのだ。レストレイドの後を継いだ小癪なスコットランド人、アンガス・マックレディ・クロウ警部と、あのいまいましいシャーロック・ホームズとを。
 そして教授とその親衛隊はサンフランシスコを発つと、四千トンの客船SS・オーラニア号でリヴァプール港に降り立った。自分たちを苦境に陥れた六人の男たちへの報復の決意を胸に秘めて・・・
 1975年発表。前作『犯罪王モリアーティの生還』を受けた三部作の第二作で、〈実は生きていた〉ホームズシリーズの悪の権化、モリアーティが一大犯罪帝国を築かんと暴れまくる作品。生きていたというよりどうやら〈ライヘンバッハの滝でのホームズとの密約(その詳細は不明)〉により、双方共に不本意ながら〈一種の相互不干渉状態〉になってるだけらしいですが。アメリカから帰還したモリアーティはこの取り決めを破り、新婚ほやほやのクロウ警部に色仕掛けを施した後速攻でノイローゼに陥らせたり、シャーロック・ホームズからコカインを取り上げつつアイリーン・アドラーを弄んだりと、下世話かつ有効な手で法の守護者二人を貶めようとします。それと並行して単独でモナリザを盗んでは、四人のボスに狡猾な罠を仕掛けたりと色々。
 ガードナーの解釈では教授は単なる犯罪者というよりもマフィアのボスに近く、彼の配下たちも「ファミリー」と通称されます(家族系犯罪組織の原点はアメリカではなくヴィクトリア朝のイギリス、という指摘もアリ)。この小説の原本とされるモリアーティ日記の提供者の祖父で顔の右半分に稲妻のような切り傷が走る参謀長、アルバート・ジョージ・スピア。残忍な中国人リー・チョウ。競争犬じみたエンバー。教授の情婦で売春宿の経営者サリー・ホッジス。この側近たちに新たなメンバーが加わり彼らの子供まで生まれ、その上に君臨する"ゴッドファーザー"たるモリアーティの人心掌握ぶりが描かれます。変装しまくりの奇術好きと冷酷ながら人間臭い面もあり、最後にはなんとモリアーティ・ジュニアも誕生。タネ本にした可能性はほぼありませんが、感触としては冲方丁のマルドゥックシリーズ最終作『アノニマス』のクインテット=ハンター一味に近いです。全員悪い奴なんだけど、付き合ってるうちになんか愛着が湧いてくるみたいな。
 作中年代は一八九四年五月から一八九七年五月までの約三年間。同時代人としてドガ、ロートレック、ボールドウィンなど、リアルタイムの事件では「サセックスの吸血鬼」「悪魔の足」への言及が見られます。
 とはいえお話的には最終決戦手前の前哨戦といったところ。手駒が出揃った上で、禁断症状に打ち勝ったホームズと家庭生活の危機を脱したクロウ、両者とモリアーティとの対決というか小競り合いを終えてフェードアウト。色々起伏のある前巻とは比較にならず、最終巻への橋渡しといった内容です。それでも流石にホームズパスティーシュの古典だけあって、通俗ながら徹底したリサーチのヴィクトリアン犯罪劇としての読み応えは十二分にありました。個人的には7点に近い6.5点で、以前読んだ『モリアーティ秘録』よりも点数は上。


No.452 6点 獅子は死なず
陳舜臣
(2020/12/04 13:05登録)
 なんか最近陳舜臣ばっかりやってるような気がするけど、まあいいか。二〇〇二年六月刊行。乱歩賞受賞のその年雑誌「宝石」一九六一年十月号に掲載された「狂生員」から、脳内出血でたおれ阪神淡路大震災に遭う八ヵ月前の一九九四年五月、雑誌「小説現代」に発表された「梅福伝」まで、四十年にわたる著者の出版作品から漏れた中短篇を集めた、真の意味での〈集外集〉。田中芳樹作品の表紙絵を多く担当したイラストレーター、皇名月氏が装画担当なところから、いわゆる中国小説ブームに便乗した編集者の策動で企画されたものらしい。巻末には特に芹沢孝作氏なる〈稀有な読み手〉への賛辞が捧げられている。
 その「わが集外集――あとがきに代えて」と題された後記によると、デビュー当時の著者は短篇小説の題に三字の漢字を用いることが多く、〈ひそかに作品集の目次にずらりと三字がならぶことをたのしみにしていた〉そうだ。だが〈新人なので収録作品を自分でえらぶことはできず〉、第一作品集にえらばれた三字題は〈方壺園/大南営/獣心図/九雷渓 の四作だけであった〉。二〇一八年の十一月、ちくま文庫から日下三蔵氏の編集により久々に「方壷園 ミステリ短篇傑作選」が出版されたが、著者の意を呈するならば真の意味での『方壺園』は初版本から 「アルバムより」と「梨の花」を除き、本書収録の三作「狂生員」「厨房夢」「回想死」を足したもの、という事になる。よって本集は『方壺園』の正補遺とも言える。
 収録作品は年代順に 狂生員/厨房夢/回想死/七盤亭炎上/獅子は死なず/西安四日記/ある白昼夢/六如居士譚/梅福伝 の中短九篇。初期短篇中心の構成は正直嬉しい。清の咸豊年間のこと、痴呆症の狂人を装い地方官である友人・曾子啓の密偵を務めていた狂生員こと洪同澄。太平天国の脅威が迫るなか、その曾が官舎のなかで殺された。狂人と思われ黒い布をかぶった犯人に凶器を持たされた洪は、知府邸に集まった容疑者たちの中から友の仇を推理し、復讐の刃を振り下ろそうとするが・・・。狂を佯るうちにいつしか正気であるという自信を失ってゆく洪の心理と、情景描写に溶け込んだ味のある手掛かりが見事。
 「厨房夢」「回想死」「七盤亭炎上」はいずれも戦後に移民した中国人が主人公で、そのせいか話としては軽め。「厨房夢」は「幻の百花双瞳」系のブラックな短篇で、「回想死」「七盤亭~」は手掛かりがメインだがミステリとしては分かり易い。だが両篇とも主眼は、欺かれ続けた者たちの境遇とその遣る瀬なさだろう。特に死の直前に全てを悟る 「回想死」のそれは、他人事ながら救いようがない。
 「獅子は死なず」「ある白昼夢」「六如居士譚」「梅福伝」はいずれも一種の伝記小説。表題作は陶展文もの『虹の舞台』の背景を担ったインド独立の志士、スバス・チャンドラ・ボース最後の数年間の逸話である。あまり明快な人物とは言えない東条英機すらもわずかな間に魅了したというチャンドラの人間力は、途方もないものであったろう。例えるならば西郷隆盛のような存在だろうか。日本ではあまり知られていないが、近代インドを代表する偉人の一人である。最も新しい「梅福伝」は普通の伝記に近いが、「ある白昼夢」「六如居士譚」の二篇は逆にミステリ味が強い。「西安四日記」は連作もの『長安日記 賀望東事件録』完成前、一九七四年十月中国旅行時の覚え書き。期待が大きすぎたフシもあるが、収録作の中では「狂生員」がやはり抜きん出ている。集外集とは言いながら、著者を語る上で外せない作品集である。


No.451 7点 屍人荘の殺人
今村昌弘
(2020/12/04 07:59登録)
 神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と会長の明智恭介は、曰くつきの映画研究部の夏合宿に加わるため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子と共にペンション紫湛荘を訪ねた。合宿一日目の夜、映研のメンバーたちと肝試しに出かけるが、想像しえなかった事態に遭遇し紫湛荘に立て籠もりを余儀なくされる。緊張と混乱の一夜が明け―。部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。しかしそれは連続殺人の幕開けに過ぎなかった・・・!! 究極の絶望の淵で、葉村は、明智は、そして比留子は、生き残り謎を解き明かせるか?! 奇想と本格ミステリが見事に融合する選考委員大絶賛の第27回鮎川哲也賞受賞作!
 2017年発表。ミステリ四冠を総ナメにした作品で、作中起きる三つの殺人のトリックに全て○○○が用いられています。それでいてイロモノ性はカケラも無く、むしろ即物的なまでに○○○の習性を考察し活用しているのが異色。作者が最初に思いついたものの初期バージョンからかなり図面を書き直したという、第二の殺人のトリックはその好例と言えるでしょう。巻末に二冊だけ載っている、主要参考文献のタイトルを見ると結構笑えます。特に捻り鉢巻とかしなくても、面白いモノを書ける人というのはいるのだなあ。
 ちょっと多いかなと思われた登場人物たちが、1/3ほどでいきなり削られて十人余りに。そこからは定番の阿鼻叫喚と共にテンポ良くサクサク進みます。クイーン張りに綿密な犯人特定もGOOD。
 難点を言えば処女作ゆえか、特に後半詰め込みすぎが目立つところ。○○○サバイバル+ガチミステリ展開だけで正直読者はお腹いっぱいなので、『鋼鉄都市』のロジックを思わせる第一の事件をメインに、この上の叙述トリックや俺のホームズ云々の濃厚なドラマは削るか、次回作以降に回した方がバランス良くなったと思います。そこらへんはマイナス要素ですかね。とにかく凄いパワーを感じる人なので、勢い余ってつんのめったような今の内容もいいんですけど。
 そういう意味で8点には届かず7.5点。四冠云々は評価のし過ぎだと思いますが、どう転んでも良作なのは間違いない。これからも注目すべき作家さんの一人でしょう。


No.450 6点 終章からの女
連城三紀彦
(2020/11/29 05:04登録)
 昭和四十年代も終わりに近づいたその年十二月の深夜二時、荻窪のアパートで火災が発生した。火は通報によりすぐ消し止められたが、現場に踏みこんだ消防士がそこに見つけたのは、大の字に横たわり冷え固まった印象を与える黒焦げ死体と、煙に隠れてかすかに匂ってくる油の匂いだった。遺体はその体軀からアパートの住人・小幡勝彦と認められたが、彼は出火の約七、八時間前、包丁で胸を刺され既に殺害されていた。
 問題の時刻に隣人の女子大生が聞いた諍いの声と、被害者の契約していた一億円の生命保険から、妻の斐子と愛人・高木安江の二人が捜査線上に浮かぶ。四谷に住む弁護士・彩木一利はその日の夕刊で初めて事件を知るが、新聞記事の『アヤ子』という名に心当たりがあった。
 土田斐子。十年以上前に二か月近く行きずりにも似た淡い関係を持ち、今年の夏に荻窪のスーパーマーケットで偶然、再会した女性である。その一週間後事務所に現れた斐子は、殺人容疑者として彩木に弁護を依頼するが、稚拙なアリバイ工作や偽証などとは裏腹に、殺人を告白しまるでより重い罪に服する事を望んでいるかのような彼女の態度に、彩木は深い困惑を覚えるのだった・・・ 
 雑誌「小説推理」1993年1・2月号掲載。『牡牛の柔らかな肉』『花塵』と並行して連載された著者17番目の長編で、短編では『顔のない肖像画』『前夜祭』『美女』収録作の一部と発表が被ります。
 内容は冒頭の殺人と、その十五年後最初の事件をなぞるように起こるもう一つの殺人の二部構成。依頼人の真意に疑問を抱きながら、それでも必死に彼女の弁護を続ける彩木の法廷闘争と、安江とも繋がりその彼を土壇場で裏切る斐子の行動が描かれた前半部分、十五年の刑を終えて出所した彼女の狙いが明らかになる後半部分。この二つが終戦直後、斐子六歳の時に起きた両親の焼死事件と、毎年十二月に諏訪の真比古神社で行われる、暗い火祭りの記憶を通奏低音にして展開していきます。
 初期短編を思わせる奇想を、特異なヒロインの造形で成り立たせた作品。トンデモ心理を執拗な描写の積み重ねで、読者に曲がりなりにも納得させてしまう所が凄い。確か他作品の文庫解説で〈恋愛小説に移行したと思われた作者が、久々に気を吐いた本格ミステリ〉みたいな言われ方をしてた気が。それもあってかこの時期にしては評価は高い。
 ただドロドロ加減なので後の『流れ星と遊んだころ』のような、全盛期を上回るほどの鮮やかな驚きは無いですね。〈これなら短編でいいじゃん〉というミもフタもない意見もチラホラ。水準以上の作品ではありますが、過大評価は禁物でしょう。とはいえ結構楽しませてくれたんで、点数は6.5点。


No.449 6点 幻の百花双瞳
陳舜臣
(2020/11/27 15:58登録)
 『青玉獅子香炉』に続く第五作品集。1969年発表。この年の著者は推理作家協会賞受賞の二長篇を皮切りに、直木賞受賞作ほか三長篇三作品集を物した充実期にあたり、本集も突出したものはないが全体の出来はなかなか良い。神戸開港百年を記念してはじまったカーニバルを題材にした「フラワーロード・サンバ」を筆頭に、各篇とも港町神戸の風俗により密着する傾向が強まっている。
 収録短篇は表題作ほか フラワーロード・サンバ/ダーク・チェンジ/港がらす/神に許しを の五篇。十八世紀初頭に自作の文字や文法を創り出し、でたらめな東洋世界について語った偽書『台湾誌』を出版したジョルジュ・サルマナザールが主人公の「神に~」以外は全てミステリ作品である。西洋人が主人公の作品はこの作者には珍しい。陳氏の歴史志向を示すのか、第二作品集『桃源遥かなり』からこういった伝記風の短篇が一篇以上入ってきている。
 ミステリとして出来が良いのは元暴力団組長の実業家を巡る四角関係から生じた殺人を、住み込み家政婦の目線で語る「ダーク・チェンジ」。離婚した先妻の復讐計画の一環として、社長夫人を籠絡すべく送り込まれた男が逆に一途になってしまい、今は彼の父親から乗っ取った運送会社の社長となっている元組長を殺そうとするが・・・という話。肝心の夫人の心理について何も描かれないのが少し臭ったが、この展開は流石に読めなかった。それに比してオチはある意味常道だが。
 古物商の名目でこぼれた船荷をかすめとる荷後屋(アパッチ)稼業の関西弁が独特な宝探しもの「港がらす」も味がある。肩をやられて力仕事がやれなくなったものの、港の風が恋しくてたまらない河上庫吉。とかくの噂のある〈アパッチのお秋〉の情夫兼雇い人に転がり込んだが、目端の利くお秋のお宝引き揚げ作業を手伝ううちにふと魔が差して・・・。海底に沈められた香港からの密輸品(金の延べ棒)のありかを示す、週刊誌に記された手掛かりとその利用法がよく出来ている。
 表題作は〈あらゆる点心を凌駕する〉という名のみの中華風デザート「百花双瞳」に絡んだ奇譚。知る人ぞ知る料理ミステリとして有名らしい。本筋の自殺事件よりも、主人公とその師匠が四苦八苦する〈要の食材として用いられる○○○とは何か?>の方が、作品の主要テーマになっている。
 なお今回読了したのは徳間文庫版だが、解説担当の新保博久氏は実際に○○○を用いて、小説中の「百花双瞳」を作ってみたらしい。サイエンス・ライター皆川正夫氏や中華料理店経営者・海崎榮一氏等の協力を仰ぎ、六時間以上に渡る奮闘過程を記した〈百花"騒動"顛末記〉なるあとがきは力作で、一読の価値アリ。ただ肝心のお味は海老シュウマイに似たものだったようだが。さらに同解説によれば「巨大餃子の襲撃」なる侵略SFすらあるそうである。半村良の全短篇中1、2を争うクダラナイ作品だそうだが、流石と言おうか。


No.448 7点 巴里マカロンの謎
米澤穂信
(2020/11/26 11:49登録)
 前作『秋期限定栗きんとん事件』より11年後に刊行された、ちょっと変わった高校生の男女が、平和な生活を求めながらも日常で発生した事件の謎に挑む〈小市民〉シリーズ第四弾。ただし時系列的には一作目と二作目の間に入る形になる。執筆は書き下ろしを含めほぼ年一作ペース。残る作品も東京創元社の隔月刊誌《ミステリーズ!》に、二〇一六年十二月から二〇一九年二月にかけて発表された。
 長らく間を置いただけあって内容も充実。収録は表題作のほか 紐育(ニューヨーク)チーズケーキの謎/伯林(ベルリン)あげぱんの謎/花府(フィレンツェ)シュークリームの謎 の全四編で、今回は小佐内さんの妹分的存在となる有名パティシエの娘・古城秋桜(こすもす)を中心に据えて、一冊に纏めた場合の効果も考えられた、サクサク読めて後味も口当たりも良い仕上がりになっている。番外編という事もあってか小佐内さんも(比較的)大人しく毒も薄め。ある意味シリーズ読者が密かに待ち望んでいた、フツーの"日常の謎"作品集かもしれない。全編を貫く企みのあるのもいいがそればかりでは胸焼けがするので、〈そうそうこういうのでいいんだよ〉という感じである。
 〈四人の新聞部員のうち誰にマスタードの入った揚げパンが当たったのか?〉という犯人当て企画短編、「伯林あげぱんの謎」の執拗さも買えるが、個人的には秋桜の登場する短編の方が好み。名古屋のスイーツ店、パティスリー・コギ・アネックス・ルリコを舞台に、「おお牧場はみどり」のメロディーが流れる姉妹編として〆た一話と四話もいいが、秋桜の通う名古屋の礼智中学文化祭での小佐内さんの二度目の拉致と、〈果たして彼女は衝突した1年生に託されたCDを校庭のどこに隠したのか?〉を常悟朗が推理する第二話「紐育チーズケーキの謎」は、タイトルが巧みなヒントになっていてもっといい。隠し場所トリックとしてもかなり秀逸である。
 全般にどの短編も小道具や展開がよく考えられていてレベルが高いが、これはやはり十分な余裕あってこそだよなあ。作者も表題作を寄稿したあとかなり思う所があったみたい。久しぶりなので筆致も丁寧だし、このシリーズにしては例外的に最後までほんわかゆったりしてて良いよね。


No.447 6点 九十九本の妖刀
大河内常平
(2020/11/23 05:31登録)
 昭和二十四(1949)年、岩谷書店・百万円懸賞コンクールA部門で処女作『松葉杖の音』(後に『地獄からの使者』として刊行)が鮎川哲也『ペトロフ事件』、島久平『硝子の家』等と懸賞金を争い、1950年代から60年代前半には雑誌「探偵倶楽部」「探偵実話」に通俗物を発表。異色の探偵作家として知られる著者の、没後に刊行された初めての著作集。本書には表題作及び『餓鬼の館』(妖異かむろ屋敷)の伝奇二長編に加え、鑑定家としての知識を存分に生かした刀剣ものミステリ八篇を収める。
 長篇作品はいずれもキワモノ風で、"古来からの因習を遵守し、刀を崇める謎の集団"などプロットの使い回しも目立つもの。同じ刀剣ミステリでも森雅裕とは異なり境界線を越えてオカルト側に踏み込んでいるが、"求道のあまり"という免罪符があるせいだろうか。エログロの極みでもそれ程厭らしさは感じない。終戦直後という時代背景からくる武士道精神や、忠君的な思考の残滓も、題材の臭みを消すのに一役買っている気がする。ヤクザや与太者連中の生き生きした描写や、方言や土俗臭といったアングラな要素も心地良い。横溝正史などにも通じるおおらかで独特な味である。
 全般に短篇の方が面白く、その中でも抜きん出ているのはやはり「安房国住広正」。パトロンが刀匠の焼入れの儀(刃紋の最終仕上げ)を見守るさなか密室状態の隣室で、〈地震か津波にもにた、激しいゆらぎや家鳴りとともに〉門弟が喉を突いて自殺した謎を扱ったものだが、雰囲気や盛り上げ方もさることながら、犯行後の脱出手段に加え動機にも工夫を凝らしており、戦後の名品と言っていい。
 残りの中短篇は年代順に 妖刀記(吸血刀の惨劇)/刀匠/刀匠忠俊の死/不吉な刀/死斑の剣/妖刀流転/なまずの肌 。発表はそれぞれ昭和二十六(1951)年1月から昭和四十(1965)年2月まで。ほぼ同一オチの「刀匠忠俊の死」「不吉な刀」や、例によって"名刀の生贄"系の(またかい)「妖刀記」「死斑の剣」もあるが、後者の方は困った事に面白い(笑)。〈田中英光に一脈似通った、アクチュアルで荒削りなのに繊細で端正な名文〉との一文が月報にあるが本当にその通りで、異様な迫力と刀剣ノウハウでひたすら押しまくる小説である。
 中篇「妖刀流転」は娯楽ものの連載だが、散々引っ張った割にはアッサリ気味で、これらに比べるとそれ程の出来ではない。トリの「なまずの肌」はワンアイデアの短篇だが、動機の書き込みが不十分であまり頂けない。単行本未収録作品で買えるのは、他流の作刀秘伝を巡る刀工師弟の相克を描いて山村正夫氏が推す「刀匠」と、完全ホラーで開き直った「死斑の剣」の二篇だろうか。どちらも「安房国~」には及ばないが。
 以上長中短取り混ぜて全十篇。作品の内容はともかく、ちょっとクセになりそうな作家さんである。

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