home

ミステリの祭典

login
隠花植物

作家 結城昌治
出版日1961年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点
(2020/12/18 14:10登録)
 山手線随一の箱師(電車スリ)を自任する小森安吉はある日、洗練された身なりのヒゲの男に狙いをつけた。指先が閃き、胸の疼くような快感が疾って、仕事はあっけないくらい単純に終わった、と思った瞬間白い手が伸び、掏ったばかりの鰐革の財布は見知らぬ女の手に渡っていた。
 彼は慌てて香水の匂いを追うと、女を捕まえる。黒一色のワンピースに黒い帽子を目深にかぶった美女は、彼に脅され嗄れた声で言った。「明日の晩、九時、西銀座ホテル、三階の七号室でお待ちします」
 そして、約束の時間に訪れた安吉がホテルのベッドで発見したのは、見知らぬ男の死体。彼は罠に掛けられたのだ。安吉は部屋を飛び出すと、にわか刑事に化けてホテルと女の住んでいたアパートを調べるが、何とそこの押入れにあったのは第二の絞殺死体だった。さらなる窮地に追い込まれた小森安吉は、ひっかぶらされた二重殺人の嫌疑を晴らそうと必死に奔走するが・・・
 昭和36年4月に桃源社より刊行された、結城昌治の第四長編。『罠の中』は同年1月刊なので、どうもそちらの方が先らしい。この作者らしく乾いた筆致で、ジャンル的にはその題材からギリギリ社会派に位置付けられるもの。解説と扉とで最初から○○ネタを割っていてこれはどうかなと思ったが、最後まで読むとそれなりに捻ってあり、案ずる程の事は無かった。ただ焦点となる背広の件は結果として犯人の破滅に繋がっており、そのような小細工をする必要性があったかどうかは疑問。そもそも衝動的かつ恋愛絡みの犯行なので、キッチリ割り切れはしないだろうが。
 事件の動機にも、その目的にも心理的なアヤがあって読み解き辛い作品。長編としては短めながら全Ⅴ章と区切りも多い。"スリの探偵役"という珍しい趣向で、『ひげのある男たち』で見せた講釈癖やコメディ調もチラホラ残っている。「結城長編に触れてみたいが、あまりシニカルなのはちょっと」という向きにはそこそこ合っているかもしれない。
 なお読了したのは角川文庫版だが、桃源社版〈作者の言葉〉によれば元々『消えた女』というタイトルで連載が始まったものの、雑誌廃刊により中断。その後新たな構想で書き直したとのこと。この時に○○ネタが入り込んだらしい。よって雑誌連載版と本書とはほぼ別物という事になる。厳密に調べた訳ではないが、一応申し添えておく。

1レコード表示中です 書評