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ミステリの祭典

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獅子は死なず
旧題『わが集外集』

作家 陳舜臣
出版日2002年06月
平均点6.00点
書評数2人

No.2 6点
(2020/12/04 13:05登録)
 なんか最近陳舜臣ばっかりやってるような気がするけど、まあいいか。二〇〇二年六月刊行。乱歩賞受賞のその年雑誌「宝石」一九六一年十月号に掲載された「狂生員」から、脳内出血でたおれ阪神淡路大震災に遭う八ヵ月前の一九九四年五月、雑誌「小説現代」に発表された「梅福伝」まで、四十年にわたる著者の出版作品から漏れた中短篇を集めた、真の意味での〈集外集〉。田中芳樹作品の表紙絵を多く担当したイラストレーター、皇名月氏が装画担当なところから、いわゆる中国小説ブームに便乗した編集者の策動で企画されたものらしい。巻末には特に芹沢孝作氏なる〈稀有な読み手〉への賛辞が捧げられている。
 その「わが集外集――あとがきに代えて」と題された後記によると、デビュー当時の著者は短篇小説の題に三字の漢字を用いることが多く、〈ひそかに作品集の目次にずらりと三字がならぶことをたのしみにしていた〉そうだ。だが〈新人なので収録作品を自分でえらぶことはできず〉、第一作品集にえらばれた三字題は〈方壺園/大南営/獣心図/九雷渓 の四作だけであった〉。二〇一八年の十一月、ちくま文庫から日下三蔵氏の編集により久々に「方壷園 ミステリ短篇傑作選」が出版されたが、著者の意を呈するならば真の意味での『方壺園』は初版本から 「アルバムより」と「梨の花」を除き、本書収録の三作「狂生員」「厨房夢」「回想死」を足したもの、という事になる。よって本集は『方壺園』の正補遺とも言える。
 収録作品は年代順に 狂生員/厨房夢/回想死/七盤亭炎上/獅子は死なず/西安四日記/ある白昼夢/六如居士譚/梅福伝 の中短九篇。初期短篇中心の構成は正直嬉しい。清の咸豊年間のこと、痴呆症の狂人を装い地方官である友人・曾子啓の密偵を務めていた狂生員こと洪同澄。太平天国の脅威が迫るなか、その曾が官舎のなかで殺された。狂人と思われ黒い布をかぶった犯人に凶器を持たされた洪は、知府邸に集まった容疑者たちの中から友の仇を推理し、復讐の刃を振り下ろそうとするが・・・。狂を佯るうちにいつしか正気であるという自信を失ってゆく洪の心理と、情景描写に溶け込んだ味のある手掛かりが見事。
 「厨房夢」「回想死」「七盤亭炎上」はいずれも戦後に移民した中国人が主人公で、そのせいか話としては軽め。「厨房夢」は「幻の百花双瞳」系のブラックな短篇で、「回想死」「七盤亭~」は手掛かりがメインだがミステリとしては分かり易い。だが両篇とも主眼は、欺かれ続けた者たちの境遇とその遣る瀬なさだろう。特に死の直前に全てを悟る 「回想死」のそれは、他人事ながら救いようがない。
 「獅子は死なず」「ある白昼夢」「六如居士譚」「梅福伝」はいずれも一種の伝記小説。表題作は陶展文もの『虹の舞台』の背景を担ったインド独立の志士、スバス・チャンドラ・ボース最後の数年間の逸話である。あまり明快な人物とは言えない東条英機すらもわずかな間に魅了したというチャンドラの人間力は、途方もないものであったろう。例えるならば西郷隆盛のような存在だろうか。日本ではあまり知られていないが、近代インドを代表する偉人の一人である。最も新しい「梅福伝」は普通の伝記に近いが、「ある白昼夢」「六如居士譚」の二篇は逆にミステリ味が強い。「西安四日記」は連作もの『長安日記 賀望東事件録』完成前、一九七四年十月中国旅行時の覚え書き。期待が大きすぎたフシもあるが、収録作の中では「狂生員」がやはり抜きん出ている。集外集とは言いながら、著者を語る上で外せない作品集である。

No.1 6点 kanamori
(2010/05/26 18:40登録)
単行本「わが集外集」の文庫化に際し改題された短編集。
いままで単行本未収録だった歴史ものをまとめていて、ミステリ以外の作品もありますが、落ち穂拾い的な感じは受けません。
表題作「獅子は死なず」はインド独立運動の英雄チャンドラ・ボースの決死行を綴った歴史ネタで読み応え充分。
「狂生員」が特殊な状況における犯人当てを狙っていて一番ミステリ趣向に富んでいます。ほかにも名作「方壷園」のテイストに近い歴史ミステリが数編収録されていて、まずまずの作品集でした。

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