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ミステリの祭典

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幻の百花双瞳

作家 陳舜臣
出版日1987年10月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点
(2020/11/27 15:58登録)
 『青玉獅子香炉』に続く第五作品集。1969年発表。この年の著者は推理作家協会賞受賞の二長篇を皮切りに、直木賞受賞作ほか三長篇三作品集を物した充実期にあたり、本集も突出したものはないが全体の出来はなかなか良い。神戸開港百年を記念してはじまったカーニバルを題材にした「フラワーロード・サンバ」を筆頭に、各篇とも港町神戸の風俗により密着する傾向が強まっている。
 収録短篇は表題作ほか フラワーロード・サンバ/ダーク・チェンジ/港がらす/神に許しを の五篇。十八世紀初頭に自作の文字や文法を創り出し、でたらめな東洋世界について語った偽書『台湾誌』を出版したジョルジュ・サルマナザールが主人公の「神に~」以外は全てミステリ作品である。西洋人が主人公の作品はこの作者には珍しい。陳氏の歴史志向を示すのか、第二作品集『桃源遥かなり』からこういった伝記風の短篇が一篇以上入ってきている。
 ミステリとして出来が良いのは元暴力団組長の実業家を巡る四角関係から生じた殺人を、住み込み家政婦の目線で語る「ダーク・チェンジ」。離婚した先妻の復讐計画の一環として、社長夫人を籠絡すべく送り込まれた男が逆に一途になってしまい、今は彼の父親から乗っ取った運送会社の社長となっている元組長を殺そうとするが・・・という話。肝心の夫人の心理について何も描かれないのが少し臭ったが、この展開は流石に読めなかった。それに比してオチはある意味常道だが。
 古物商の名目でこぼれた船荷をかすめとる荷後屋(アパッチ)稼業の関西弁が独特な宝探しもの「港がらす」も味がある。肩をやられて力仕事がやれなくなったものの、港の風が恋しくてたまらない河上庫吉。とかくの噂のある〈アパッチのお秋〉の情夫兼雇い人に転がり込んだが、目端の利くお秋のお宝引き揚げ作業を手伝ううちにふと魔が差して・・・。海底に沈められた香港からの密輸品(金の延べ棒)のありかを示す、週刊誌に記された手掛かりとその利用法がよく出来ている。
 表題作は〈あらゆる点心を凌駕する〉という名のみの中華風デザート「百花双瞳」に絡んだ奇譚。知る人ぞ知る料理ミステリとして有名らしい。本筋の自殺事件よりも、主人公とその師匠が四苦八苦する〈要の食材として用いられる○○○とは何か?>の方が、作品の主要テーマになっている。
 なお今回読了したのは徳間文庫版だが、解説担当の新保博久氏は実際に○○○を用いて、小説中の「百花双瞳」を作ってみたらしい。サイエンス・ライター皆川正夫氏や中華料理店経営者・海崎榮一氏等の協力を仰ぎ、六時間以上に渡る奮闘過程を記した〈百花"騒動"顛末記〉なるあとがきは力作で、一読の価値アリ。ただ肝心のお味は海老シュウマイに似たものだったようだが。さらに同解説によれば「巨大餃子の襲撃」なる侵略SFすらあるそうである。半村良の全短篇中1、2を争うクダラナイ作品だそうだが、流石と言おうか。

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