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ミステリの祭典

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あるフィルムの背景

作家 結城昌治
出版日1963年01月
平均点6.67点
書評数3人

No.3 8点 クリスティ再読
(2021/01/26 20:48登録)
今回ちくま文庫版で。だから「葬式紳士」やら「温情判事」のオマケ付き。
でもね、この短編集だったら「孤独なカラス」である。

死んだ父がアフリカでヘビになったのが本当なら、聞こえる声は父とちがうのか。ちがうみたいだ。みんな、むかしからヘビで、女のお腹にいっぱいに詰まっていて、生まれるときに一匹ずつ人間の姿になって、死ぬとまたヘビになって、それからアフリカに行ったりインドに行ったりして、それから母ちゃんみたいな女のお腹にいっぱいにつまって、そして生まれるときにまた一匹ずつ人間になって....

と児童の統合失調症と思われる「カラス」と仇名される少年の事件を、その妄想に寄り添って語ったのが「孤独なカラス」である。極めて悲惨な話なのだが、この少年の妄想ベースで語っているために、独特のファンタジックな味わいが出ている。このサラサラした語り口に、結城昌治の練達の「芸」を観るべきだと評者は思うのだ。語り過ぎず、読者に想像の余地を十分に与える、やや古風かもしれないが、透徹した美意識の産物のように評者には感じられる。

(追記:この蛇の幻想から連想して、異端のシナリオライター深尾道典の「蛇海」とか「蛇の棲む家」とか探して読んだ...深尾の方が後なのだが、人と蛇の幻想の中での合一、というテーマは神話的で奥深いものを感じる)

実際、この短編集のそれぞれの話は、なかなかエゲツないものが多いのだ。しかし、この結城の「語り口」によって、奇妙に冷静に相対化がなされて、不思議なオブジェを見ているような気持になる。とある不美人のプライドを扱った「みにくいアヒル」なぞ、その典型例だろう。
このように、突き放した、というよりも「感情を排した」語り口はハードボイルドに通じることになる。表題作の「あるフィルムの背景」は、突然自殺した妻の死に関わるブルーフィルムの謎を追う夫の検事の話。妻を喪った夫の、激しい悲しみに加えその原因を作ってしまった自責が底流にある。それでも筆は感傷に溺れることなく、あくまでも描写はクールな客観性のもとにある。

これが最良のハードボイルド、なのだと思う。

No.2 6点
(2020/12/31 15:06登録)
 昭和三十八(1963)年刊行。『噂の女』に続く著者の第七作品集――ではあるが、講談社版初版と後の角川文庫版とでは収録作が大きく異り、共通するのは表題作のみ。それらを年代順に並べると講談社版は Q興信所調査ファイル(全六篇)/奇禍/あるフィルムの背景/敗北のとき 、角川版では 蝮の家/あるフィルムの背景/惨事/孤独なカラス/私に触らないで/みにくいアヒル/老後/女の檻 となる。
 今回は八本収録の角川文庫で読了。デビューより間もない昭和三十六(1961)年四月から昭和四十一(1966)年十月まで、約五年半の間に雑誌「小説現代」ほか各誌に発表された中短篇が集められている。中では雑誌「別冊小説新潮」発表の、「蝮の家」が突出して古い。なお同タイトルのちくま文庫版『あるフィルムの背景 ミステリ短篇傑作選』 はこれに、 うまい話/温情判事/葬式紳士/絶対反対/雪山讃歌 の初期ブラックショート五篇を付け加えたものである。
 極端に乾いた、登場人物を突き放した作品ばかりで、これまで読んできたユーモア・ハードボイルド長編とは異なり読んでいると正直キツくなってくるのだが、いずれも巧者なのは間違いない。恐怖系アンソロジー定番の「孤独なカラス」などは、遺伝障害者の性犯罪を扱い奈落に転落していくような読後感で、〈この時代にここまでやるか〉という感じである。
 習作段階の「蝮の家」を除けば、これに花火大会で暴行された十七歳の少女の物語「惨事」と、ふとした過ちを種にブルーフィルムに出演させられ玉川上水で入水自殺を遂げた妻、その夫である現職検事が彼女を嵌めた男を追う表題作の三篇が抜きん出ている。松本清張風に纏めた歯科医師の犯罪とその崩壊を描く「私に触らないで」も、オチも含めて悪くはない。
 著者の趣味である落語が最後の一押しになっているのはえげつないが、「みにくいアヒル」以降の短篇は少々落ちる。「老後」はほぼ「惨事」と同シチュエーションだが、前者とは異なり幾星霜を踏む報復譚。「蝮の家」のタイトルは、あるいはこちらの方が相応しいかもしれない。
 その「蝮の家」をさらに組み替えた「女の檻」を含めて、収録作は全八篇。好みでないので諸手を挙げては薦められないが、確実に筆致は練れてきている。

No.1 6点 斎藤警部
(2016/01/15 15:18登録)
残酷なツイストに翻弄され、躍動ある暗黒が沁み入る、救われない物語八篇。

惨事/蝮の家/孤独なカラス/老後/私に触らないで/みにくいアヒル/女の檻/あるフィルムの背景
(角川文庫)

「みにくいアヒル」の最後、この根深い醜さには耐えられん。 「惨事」は悲惨極まりない小噺。 「老後」の後を引く怖さにあなたも是非、撃たれたし。 ちょっと長い表題作は、過去に撮影された「ブルーフィルム」の存在に翻弄されるサスペンスの好篇。 それにしても、どの作も題名から不吉なイメージが一気に迸(ほとばし)りますねえ。

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