死体の喜劇 |
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作家 | 多岐川恭 |
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出版日 | 1960年01月 |
平均点 | 6.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 6点 | 雪 | |
(2020/12/11 20:16登録) 1960年3月新潮社刊。『好色な窓』に続く著者の第三作品集で、1959年7月から1960年1月にかけ雑誌「小説新潮」ほか各誌に掲載された、七つの短篇を収録している。収録は年代順に 二夜の女/チューバを吹く男/きずな/井戸のある家/死体の喜劇/わるい日/奇妙なさすらい 。長編では『虹が消える』や『私の愛した悪党』等を発表した頃に当たる。 処女作品集『落ちる』で直木賞を受賞した直後のものばかりで、初版単行本帯には〈推理小説界のホープ 多岐川 恭の最近力作〉とある。その中で評価の高いのは、続く第四作品集『悪人の眺め』にも収録されたロマンス風短篇「二夜の女」だろうが、礼儀正しくも執拗なストーカー描写が強烈な「きずな」や、最初の密室作品「井戸のある家」、厭世的な主人公がひとときの放浪生活の末に過去の犯罪を暴く「奇妙なさすらい」なども負けてはいない。 イチオシは「きずな」。内縁の妻・小国都に駆け落ちされた喫茶店経営者・和地登志夫は、通いの娘たちを帰すとおもむろに店仕舞をし、手持ちの現金の続く限りどこまでも二人を追ってゆく。血まみれの顔に愛想良く笑いかけながら気絶するまでヤクザを脅し、どうぞ手掛かりを教えてくれと、丁寧に都の伯父の首を締めながら。妙な方向に転がってゆく話はともかく、頭も回る上に腰を据えてかかる登志夫の、ターミネーター的しつこさがイヤテイストである。逃げた女房に死ぬほど嫌われてるのも笑える(ガチなのでそんなのは物ともしないが)。 「二夜の女」は『指先の女』収録の「路傍」同様旅情もの。山口の中ほどにある鄙びた温泉地に療養に訪れた男が、浴場で出会った二人連れの女の片割れと関係を結ぶ。これに東京で夫を殺して逃げた妻の逃亡事件が絡まって・・・という話。展開は読めても最後にちょっとした驚きもあり、落ち着く所に落ち着くいい短篇である。 「井戸のある家」はレンガ工場経営者のガス中毒死を扱った作品。短いがトリックはなかなか面白い。「奇妙なさすらい」は、どこか世間に馴染めない男が覚醒する著者お得意のストーリーだが、ミステリ云々よりも浮浪者に惹かれる主人公の放浪描写その他の方が見どころ。 後の三編はつまらなくはないが少々落ちる。雑誌「宝石」掲載の「チューバを吹く男」はこの作者には珍しい少年主人公ものだが、手掛かり以外タイトル程には盛り上がらずに終わる。表題作と「わるい日」はどちらも小品でやや食い足りない。前者は「ハリーの災難」風の、死体のつまったトランクを巡るブラックコメディ、後者は騙し騙されの軽いコン・ゲーム小説である。 巻末の〈あとがき〉には「古典的な形式は、あまりにも千篇一律であり、新しいものを容れる余地が少ない」、「短篇となると、救い難いマンネリズムに陥るのではないか」といった文章があり、またこれからの推理小説の展望として、「分化か他の分野への吸収」という見解も述べられている。『猫は知っていた』『点と線』といった諸作による推理小説ブーム到来の中で、著者が的確にミステリの行きつく先を見通していた事が分かる。 その言葉通り多岐川の作品集は題材とバラエティに富んでおり、おおむね集中の半分以上は佳作に位置付けられる。時代もあり革新的という程ではないがあまり知られていない作品も多く、読んでいて愉しい、退屈させない作家である。 |