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ミステリの祭典

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YMYさんの登録情報
平均点:5.91点 書評数:386件

プロフィール| 書評

No.346 7点 魔王の島
ジェローム・ルブリ
(2025/02/01 21:44登録)
新聞記者の視点から始まり、事件が起きて刑事の視点に移って警察小説となり、同時に精神分析ミステリの趣も濃くなり、途中はまるで少女ハードボイルドでもありと、物語は次から次へと変貌していく。それでいながら、しっかりと組み合わされていて、なおかつ物語をひっくり返していく。
終盤はどんでん返しの連続だが、それが登場人物たちの抱える悲しみを幾重にも照射して鮮やか。文学的技巧を凝らしたサイコ・サスペンス。


No.345 6点 噤みの家
リサ・ガードナー
(2025/02/01 21:37登録)
過去の監禁と射殺事件が現在の射殺事件と複雑に絡み合う物語で、細かい捻りが随所にあり、プロットの切れが堪らない。謎がいくつもあり、同時並行的に調査されていき、思いもかけない交錯をなして劇的な展開になる。
容赦ない現実の前で挫けつつも、前に進もうとする女性たちの姿が感動的。揺れ動く娘と母親の脇役も胸を激しく揺さぶる。


No.344 5点 偶然の犯罪
ジョン・ハットン
(2025/01/20 21:44登録)
ある牧師がヒッチハイクの娘を車に乗せてあげるのだが、その娘が車を降りた後に何者かに殺されてしまう。彼はある理由から娘を車に乗せたことを警察に言うことが出来ない。そのため予想もしなかった事態に巻き込まれる。
特に大きな事件であるとか、トリックが仕掛けられているわけではなく、凄く地味なのだが彼女がだんだん不安になっていくこの立場は、いつ自分が陥ってもおかしくない、そんな怖さがある。その辺が現実的で、結末もきれいに落ち着いている。


No.343 5点 シリア・サンクション
ドン・ベントレー
(2025/01/20 21:39登録)
国防情報局のドレイクは、三カ月前に仲間が片腕を失い、自身も心に深く傷を負ったシリアへの再潜入を決意した。新型化学兵器のカギを握る科学者を確保し、囚われた仲間を奪還するために。
ドレイクが次々と難題に立ち向かっていく冒険活劇。知略と胆力でそれを乗り越えていく様も、時々顔を出す洋楽の活かし方も痛快。さらに米国大統領選を巡る暗闘も描いており、その攻防も刺激的だし、それがシリアに影響を与える造りも巧い。


No.342 6点 影の子
デイヴィッド・ヤング
(2025/01/07 21:45登録)
一九七五年二月、東ベルリンの壁に隣接する墓地で顔面を損壊された少女の遺体が発見され、人民警察のカーリン中尉は、国家保安省の中佐から、少女の身元を突き止めるとともに、「東側に脱出しようとしたところを西側の警備兵に射殺された」という筋書きを裏付ける証拠を見つけるようにと命令される。万一矛盾する場合は、他言無用という釘を刺された上で。青少年労働施設への派遣から復帰後に人が変わってしまった夫との仲がぎくしゃくし、公私とともにトラブルの予感を覚えつつ捜査を進めるカーリンは、徐々に東ドイツの中枢に潜む暗部へと足を踏み入れてしまう。
「この事件には秘密が多すぎる。嘘が多すぎる。なにを信じたものか、誰を信じたものかもわからない」と彼女が述懐するように、冷戦下の共産主義国家という特異な環境下の警察捜査小説として幕を開けた物語は、やがて諜報小説の色合いを強くしていく。その一方で謎解きミステリとしての興趣も盛り込まれた野心的で骨太なミステリだ。
東ドイツの体制に肯定的な主人公という設定も面白い。彼女の信条が、次回作以降変化していくのか、という点も興味深い。


No.341 6点 寝煙草の危険
マリアーナ・エンリケス
(2025/01/07 21:35登録)
つきまとう赤子の幽霊、湧水池に祀られる謎の聖母、貧しい老人の呪い、民間魔女、悪魔憑き、都市と古いホテルに跳梁する子供や女の霊といったスタンダードな怪異に加え、心音への執着や屍肉食などの異常心理をモチーフに、個が抱くそれぞれの不安や疎外感を恐怖へと結晶化するのみならず、アルゼンチンを主とするスペイン語圏社会のさまざまな問題をも浮かび上がらせる手つきが見事。
中でも出色なのは、失踪した子供たちが突如大量に当時のままの姿で還ってくる「戻ってくる子供たち」と、少女たちのウィジャボードが軍政下の恐怖政治を映し出す「わたしたちが死者と話していたとき」。社会という構造がはらむ大きな恐怖と、その中で生きる個人の小さな恐怖が融合している。


No.340 5点 ロンドンガール・ハードボイルド
コートニー・サマーズ
(2024/12/12 22:18登録)
妹を義父に殺害された十九歳の少女・セイディは、復讐の決意を固めて姿を消す。事件を注視してきたラジオのDJのマクレイは、さらなる悲劇を防ごうとして彼女を追跡する。
アメリカ探偵作家クラブ賞など複数の栄誉に輝いた本作は、暴力の犠牲になるのが常に女性や未成年者など弱者であることに抗議の声を上げ、反撃を試みようとする物語だ。


No.339 5点 ガン・ストリート・ガール
エイドリアン・マッキンティ
(2024/12/12 22:14登録)
政治的対立が激化し、テロが頻発していた一九八五年の北アイルランドが舞台。
二重殺人事件を担当した王立アルスター警察隊のはみ出し者・ショーン・ダフィ警部補が、容疑者らが次々に自殺してしまうという異常な事態に遭遇する。
ここで描かれているのは当時の北アイルランドでしか起きなかったはずの事件であり、人間の本質的な愚かさを痛感させられることになる。


No.338 5点 氷結
ベルナール・ミニエ
(2024/11/30 22:53登録)
舞台は雪と氷に閉ざされたピレネー山脈。物語は標高二千メートルにある水力発電所へと通じるロープウェイの山頂駅で、皮を剝がれ首を切断されて吊るされた馬の死体が発見されるセンセーショナルなシーンで幕を開ける。しかも現場には、山腹の精神医療研究所に厳重に隔離されているシリアル・キラーのDNAが残されていた。そして連続殺人が始まる。
マーラーを愛聴しラテン語の名言を暗唱する、馬と山と高所とスピード恐怖症のセルヴァズ警部が、美しき憲兵隊大尉とコンビを組んで、厳冬の冬山と谷間の小さな町を命懸けで奔走する。
ぞくぞくする猟奇性と、思わずニヤリとしてしまう真相とを兼ね備え、頻繁に視点を切り替えてスピーディーに展開する。やや盛りすぎの感はあるが、デビュー作としては合格点だろう。


No.337 6点 七人目の陪審員
フランシス・ディドロ
(2024/11/30 22:44登録)
主人公のグレゴワールは、街の薬局店主でどこにもいそうな平凡な人物である。ところが、ふとしたきっかけで若いローラを殺害してしまう。やがて粗暴な青年・アランが殺人犯として逮捕され、裁判にかけられることになる。彼が犯人でないことを知るグレゴワールは苦悩し、何度か自白しようとするが上手くいかない。そうするうちに、グレゴワールはその裁判の陪審員に選任されかける。
主人公の意識を追う形式で綴られ、グレゴワールはアランが極刑に処されるのを回避しようと必死に手を尽くす。だがその試行錯誤はなかなか実らず、その右往左往ぶりが実に楽しい。状況はシリアスで緊迫感すらあるが、ユーモアは否定しようもない。そしてラストには、ある意味強烈で皮肉な結末が待ち構えている。


No.336 7点 パリのアパルトマン
ギヨーム・ミュッソ
(2024/11/18 23:01登録)
舞台はクリスマス間近のパリ。厭世的で人間嫌いの劇作家の男と心身共に傷ついた元刑事の女が、心ならずも同じアパルトマンで暮らすことになる。そこは天才画家が遺したアトリエ。
急逝したコンテンポラリー・アート界の寵児が遺した未発見の遺体三点を巡る、美と愛と創造と破壊の物語であると同時に、父性と母性の物語でもある本書は、登場人物の屈託と罪悪感、そして自己救済を望む心が事態を動かし、邪悪な存在を暴き出し、思いもよらない結末へと至る。
重めのテーマを核としながら、愛とユーモアに富んだ読後感の良いエンターテインメントに仕上げているのが作者らしい。


No.335 6点 戦下の淡き光
マイケル・オンダ―チェ
(2024/11/18 22:49登録)
戦後間もない混沌たるロンドンで、否応なく大人の世界に組み込まれた十四歳の少年ナサニエルが、家族の外に広がる現実に触れ、愛を知り成長していく物語であると同時に、唐突に断ち切られてしまった瑞々しくも猥雑な青春期の謎に満ちた体験をあらためて目撃するために、過去へと遡る青年の物語である。
事実と空想が渾然一体となり、寓話にも通じる複数の視点からあり得たと思われる人生を解き明かしていく。ストイックな戦争文学であり、キラキラと輝く青春小説であり、秘密と謀計のベールを剥がしていく探索の物語である。


No.334 5点 つつましい英雄
マリオ・バルガス=リョサ
(2024/11/05 22:26登録)
物語は二筋に分かれており、一方は運輸業者の男がマフィアのものと見られる置手紙により、みかじめ料をよこせという脅しを受ける。もう一方は、会社経営者の骨肉相食む争いの物語で、娘ほどの年の離れた女性と結婚した富豪と、それによって相続権を失った息子たちとの反目の間に挟まれた男が主役となる。
両方に共通するのは、善良な魂の持ち主が悪意の塊によって脅かされるという構図で、屈せず正義を貫こうとする者たちが小説の主人公になるのである。彼らの倫理観はあまりにも苛烈で独善的だが、その距離感が魅力的で、悪とそれに対抗する者たちの動きが広壮な構図で描かれるという面白さがある。


No.333 5点 マッドアップル
クリスティーナ・メルドラム
(2024/11/05 22:17登録)
庇護者であり支配者でもある母の死によって、母娘二人きりの楽園から出ることになったアスラウヴ。初めて外の世界に触れた十五歳の少女が、新たな環境の下で父親の正体を探る一人称の物語の合間に、四年後の彼女が殺人罪で裁かれている三人称の裁判檄が挿入される。
自然と科学、宗教と神話を連関させ、過去と現在を往還することで徐々に真実を炙りだす手腕はさすが。ダークで歪んでいるが整列で真摯な愛憎劇。


No.332 6点 レイチェルが死んでから
フリン・ベリー
(2024/10/25 22:36登録)
読んでいる間ずっと、胸の内をかき立てられ続けて気持ちが落ち着くことが無い。それは本書が、姉レイチェルと彼女の愛犬の惨殺死体を発見してしまった主人公ノーラの一人称で進むためだ。ほぼ全編に渡って現在形で綴られる鬼気迫る心理描写に圧倒されつつも、語り手であるノーラが見聞きした情報しか判断材料がない上に、彼女自身の思考や記憶の全てが明かされるわけではないので、警察を信用せず自身の手で犯人を捜し出すというノーラの言動そのものを信じてよいのだろうかという疑念が湧くのを抑えることが出来ない。その一方で、自身や身内が犯罪被害者となった時、人は何を思い、悔い、怒り、悲しみ、そして何を優先して行動するのかという重いテーマを突きつけられ、否応なく考えさせられる。


No.331 6点 1793
ニクラス・ナット・オ・ダーグ
(2024/10/25 22:28登録)
18世紀末のストックホルムで、無残に損壊された男の死体が発見されるシーンで幕を開ける。強烈な謎と独創的かつ意外な動機を備えた凝った構成のミステリ。と同時に、フランス革命の余波に揺れるスウェーデンを舞台にした歴史小説である本書は、腐敗と暴力と貧困と不衛生の中で生きる人々を活写した都市小説でもある。
その上、暴利を貪ることしか考えない世界にあって、正義と理性を守り抜こうとする病身の法律家と、戦場で九死に一生を得た隻腕の荒くれ者の活躍を描いたバディものとして面白い。


No.330 5点 NSA
アンドレアス・エシュバッハ
(2024/10/13 22:44登録)
歴史改変SFであると同時に戦慄のディストピア小説。
ナチスドイツがITを駆使してユダヤ人狩りや世界制覇に乗り出すという悪夢が生々しく描かれている。主役の男女二人は、NSA(国家安全局)に勤めながら、それぞれ異なった道を歩むのだが、どちらも行き着く先は絶望的。
こんな後味の悪い結末も珍しい。そういう意味でも一読の価値があります。


No.329 6点 56日間
キャサリン・ライアン・ハワード
(2024/10/13 22:37登録)
集合住宅の一室で発見された腐乱死体。この事件を担当することになったのは、アイルランド警察のリー・リアダン警部とカール・コナリー巡査部長。彼らの捜査を描く現在パートと並行して進行するのは「50日前」などと題された過去パート。死体発見の56日前、キアラという女性がオリヴァーという男性と出会う。彼らは惹かれ合うようになったが、そんな二人の運命を狂わせたのがコロナ禍だった。
ロックダウン下とはいえ、不自然なほど外出をしたがらないオリヴァー。彼が何らかの秘密を抱えているらしいことは、早い段階で暗示されている。キアラとオリヴァーの探り合いと、現在のパートの事件とがどのように結ぶつくかが読みどころ。
作者がコロナ禍を背景に選んだのは物語に現実味を持たせるための設定に過ぎないようだが、男女の濃密な心理劇にさらなる閉塞感、緊迫感を加味しているのがこの設定であることも明らかだ。


No.328 5点 処刑の丘
ティモ・サンドベリ
(2024/09/30 22:14登録)
一九一七年にロシア革命の混乱に乗じて独立したものの血みどろの内戦状態に陥ったフィンランド。かつて赤衛隊と白衛隊が激戦を繰り広げたラハティにある虐殺の地で、一九二三年七月の深夜、一人の青年が処刑された。
酒の密売絡みの内輪もめとして処理する白衛隊支持者が支配的な警察にあって、赤・白いずれも与しない異端者・ケッキ巡査は、公正な捜査を行うべく孤軍奮闘する。
公共サウナのマッサージ師ヒルダをはじめ、孤独を愛する思索家と社会的な道化という二面性を持つ陽気な汚物汲み取り業者の男、理想的な社会の実現を夢見る工場労働者の若者、革命ロシアから逃れてきた薄幸の美女など、内戦終結後の苛酷的な社会にあって、たくましく生きる人々の言動は、心に一つ一つ沁みてくる。


No.327 5点 償いは、今
アラフェア・バーク
(2024/09/30 22:05登録)
三人の男女を射殺した容疑で逮捕された元婚約者ジャックを弁護することになった敏腕弁護士オリヴィア。ジャックの主張によれば、一目惚れした女性のデートのため事件の現場を訪れたというのだが。
ジャックにとってあまりにも不利な状況が揃う中、オリヴィアはある理由で彼に負い目があるため、その無実を証明しようと奔走する。物語が進行し、新たな事実が明らかになるにつれて、ジャックに不利な状況が一気に有利に反転したかと思えば、またしても不利にというシーソーゲーム状態が繰り返され、オリヴィアのみならず読者の心証もジャックへの猜疑と同情の両極端を往還することになる。
オリヴィアの生彩あるキャラクター造型、弁護士が主人公なのに法廷シーンが意外と少ないという異色ぶりなど、様々な読みどころがある。

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