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ミステリの祭典

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猫サーカスさんの登録情報
平均点:6.18点 書評数:429件

プロフィール| 書評

No.129 6点 IQ
ジョー・イデ
(2018/10/12 19:16登録)
悪と対決する、ヒーローとしての探偵。そんな存在を軽妙に、そしてかっこよく描いてみせている。アイゼイア・クィンターベイ、通称「IQ]。ロサンゼルスに住む黒人の若者で、金にならない探偵仕事を続けている。彼は旧知の仲の元ギャング、ドッドソンの紹介で、大きな仕事を引き受ける。依頼の内容は、大物ラッパーの命を狙う者を突き止めること。彼は厄介な相棒のドッドソンとともに、殺し屋を追跡することに・・・。そんな現代の事件と並行して、アイゼイアの過去が語られる。家族を失い、追い詰められた境遇でのドッドソンとの出会い。兄の命を奪ったひき逃げ犯の追跡。過去と現在が響きあい、アイゼイアというキャラクターがしっかりと引き立っている。推進力、そして正義感で引きつける存在だ。身勝手な小悪党にして、切っても切れない相棒であるドッドソンの姿も印象に残る。登場人物の魅力で読ませる、クールな探偵の物語。


No.128 7点 泥濘
黒川博行
(2018/10/12 19:16登録)
極道の桑原と建設コンサルタントの二宮が活躍する「疫病神シリーズ」の第7作。第5作「破門」で、直木賞を受賞した傑作シリーズで、”浪速の読み物キング”(伊集院静)こと黒川の語りは滑らかで生き生きとしていて楽しい。今回の標的は高齢者を食い物にする警察官OBの親睦団体の「シノギ」で、大金をかすめ取ろうとするが、二宮は暴力団に拉致され、桑原は凶弾に倒れてしまう。逆転の秘策はあるのか?反発しながら助け合う桑原・二宮のコンビネーションが絶妙。黒川の別シリーズ、元刑事の堀内・伊達もの(「悪果」「繚乱」「果鋭」)には”相棒”と呼べる親密さがあるが、桑原・二宮ではどこまでも辛辣で皮肉なやりとりが繰り返される。ほとんど腐れ縁だが、今回は一段と深みに入り、何回も危機に直面する。それでいてきちんと笑いが絶えないのは会話の一つ一つがシニカルで味があり、人生の変転を見据える包容力があるからでしょう。


No.127 7点 ブレス
ティム・ウィントン
(2018/09/22 16:07登録)
舞台は1970年代のオーストラリア。サーフィンにとりつかれた少年パイクレットと親友のルーニーは伝説のサーファー、サンドーと知り合い、次々にビッグウェーブに挑戦していく。何より張り詰めた文体が快い。「そして一瞬波をかぶり、大量の水が勢いよく襲ってきて、僕は後方へ押し戻されるような感覚がした。回りにあるのは渦巻く蒸気だった。ほとばしりが最高潮に達した泡の源泉の中で、僕は身動きがとれなくなって、雑音の信じられない思いの中を漂い、それから、視界を奪う水煙のうねりに落ちていった」この後から3人に奇妙な連帯感と高揚が生まれていく。しかし、若者特有の無鉄砲さや気まぐれがひずみや軋轢をもたらし、さらにサンドーの妻がこれに絡んでくる。傷つき傷つけ、嫉妬と羨望と絶望がせめぎ合う青春を、喪失の時代と捉えた作品。だがここにあるのは絶望ではなく、かけがえのないきらめきなのだと思う。


No.126 5点 バベル
福田和代
(2018/09/22 16:07登録)
混乱の中で増幅する憎悪と陰謀の物語。感染すると言葉を失うウイルスが発生し、爆発的に感染が広がる。言葉を失い、思考が損なわれ、文化文明が滅んでゆく恐怖から、非感染者たちは、<長城>を建設して、感染者との「住み分け」を検討する。ワクチン開発の努力が重ねられる一方で、差別や無理解が深刻化し、人々を分断する。これはコミュニケーション不全の現代的困難を描いているといえるでしょう。


No.125 6点 シンデレラの罠
セバスチアン・ジャプリゾ
(2018/09/03 20:00登録)
「わたしは探偵、犯人、被害者、証人、その四人すべてなのだ」というトリッキーな設定で50年以上前に出版されて評判を呼んだ作品。語り手の「わたし」は病院で目を覚ますと顔にも手にも包帯が巻かれ記憶も失っていた。やがて幼い頃から自分と友人のドムニカを知っているというジャンヌが迎えに来て退院するが、ジャンヌの言葉や態度に次第に違和感が膨らむ。「わたし」は本当は誰なのか?という不安が緻密に計算された巧みな筆致で描かれ、疑心暗鬼の迷宮に引きずり込まれていく。記憶が戻るにつれドムニカ、ジャンヌ、さらにはお金持ちのミドラ伯母さんの屈折した愛憎関係が浮かび上がり、謎はいよいよ深まり翻弄される。やがて、ひねりのきいたラストへ。だが、ふと本当にそれが真相なのか、もしや作者の罠ではないのかと初めから読み返したくなった怖い作品。


No.124 5点 駅のふしぎな伝言板
ほしおさなえ
(2018/09/03 20:00登録)
舞台は物に宿った魂「ものだま」の声が聞こえる坂木町。主人公は最近引っ越してきた小学5年の七子。ものだまが荒ぶると、周りで変なことが起こる。クラスメートの鳥羽は「ものだま探偵」としてものだまに関わる事件を解決している。シリーズ第2弾は坂木駅で自分がどこに行くのかを忘れたり、待ち合わせ忘れたりする人が続出している「物忘れ事件」。七子も鳥羽の助手として調査に乗り出す。事件解決の過程で本格ミステリの手法を導入する一方、背景では「誰かに思いを伝えることの大切さ」が感じられ、心動かされる。毎日の生活の中でつい忘れがちな物への愛着や感謝を思い起こさせてくれる作品。(注)この作品は児童書になります。


No.123 7点 遠乃物語
藤崎慎吾
(2018/08/20 19:26登録)
現実と似た「もうひとつの異世界」に迷い込んだ者をめぐる伝奇小説。本作は、柳田国男「遠野物語」の成立に大きな影響を与えた伊能嘉矩と佐々木喜善を主人公にすえ、それこそ「遠野物語」で語られていたような怪異現象や奇妙な出来事を展開させていく。やがて神隠しの謎や土地のもつ記憶が生み出した妖怪の正体を解き明かしつつ、昔話の本質に迫る。戦慄すべき真実がそこにある。「物語」の源へ旅をし、また元の場所へ帰ってくる小説。


No.122 6点 わたしを探して
J・S・モンロー
(2018/08/20 19:26登録)
なるべく予備知識なしで読みたい小説。5年前に自殺したはずの恋人の姿を街で見かける場面から始まるこの小説は、まず喪失と恋愛の物語として展開し、やがて謎めいた謀略の物語に姿を変えていく。たくらみに満ちた小説で、少なくとも2回は読みたい。結末まで読めば、おのずともう一度最初から読み返したくなる。


No.121 8点 わたしを離さないで
カズオ・イシグロ
(2018/08/06 18:51登録)
人生は「失う」ことの連続。老いは容赦なく大切なものを奪っていく。最初、異常な環境で生きる人間の物語と思った。でもやがて、これは人間の人生そのものの「縮図」なんだ!とわかった。人生は短く残酷だ、だからこそ大切なものはそう多くない、限られている、「あなたの一番大切なものは何ですか?」と本書は問いかける。読み終わった時、思わず本書を抱き、動けなかった。抱きしめたのは物語ではない、物語に照らされ気付かされた私の人生で一番大切なもの。温かい切ない感動がいつまでもいつまでも続いた。喪失感にあえぐとき勇気をくれる本。「人生は短く残酷だ。だからこそ、いま、まっすぐ、愛するものに進んで行け!」と。


No.120 5点 カンヴァスの向こう側
フィン・セッテホルム
(2018/08/06 18:51登録)
リディアはスウェーデンに住む12歳の女の子。ある日、美術館でふと展示作品に触れてしまったことから、その絵の世界に迷い込んでしまう。行った先はオランダ。出会ったおじいさんは偉大な画家レンブラントだった。この冒険を手始めにリディアは魔法の旅を繰り返し、ベラスケス、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ドガ、ターナー、ダリと6人の大画家のもとに現れ、生活を共にする。読者はリディアが行く先々の世界の風俗や習慣を垣間見るばかりか、制作意図や裏事情、私生活に接することができる。巨匠の代表作名で各章タイトルに話は展開。リディアがどうやって帰ってくるのか興味は尽きない。イタリアのチェント賞、オランダの青年文学賞を受賞している。


No.119 7点 3つの鍵の扉
ソニア・フェルナンデス=ビダル
(2018/07/23 15:15登録)
物理学者たちが半世紀かけて探し続けてきたヒッグス粒子が見つかり、存在を予言した2博士がノーベル賞を受賞した事は記憶に新しい。では、素粒子とは何か。関連書も多数出版される中、本書の魅力の一つは楽しく読める冒険ファンタジーであること。(子供向けに書かれているのでわかりやすい)量子の世界に迷い込んだ少年が未知の出会いと冒険を通して成長するが、そこでの不思議は魔法や超能力ではなく、私たちの日常を構成し、私たちのテクノロジーを支えている要素。量子暗号や量子テレポーテーションなど夢のように語られる技術、最先端科学は実現している。主人公だけではなく読者もまた驚きに満ちた世界にいる。一読後は日常を見る目が変わると思う。


No.118 5点 おさがしの本は
門井慶喜
(2018/07/23 15:15登録)
市立図書館の調査相談課に勤務する和久山隆彦が語り手の探書ミステリ連作集。不確かな情報や曖昧な記憶を手掛かりに、目当ての本を見事に探し当てるという探偵小説としての面白さに不足は無い。意外な盲点を突いているのに加えて、連作集としての展開が起伏に富んでいる。図書館の現状を愚痴まじりでぼやいていたかと思えば、図書館そのものの意義を真摯に訴える主人公の姿から目を離せなくなる。とくに活字や書物なしでは生きていけない読者ならば、きっと満足するでしょう。


No.117 7点 そしてミランダを殺す
ピーター・スワンソン
(2018/07/13 15:12登録)
先の読めない展開で読ませるサスペンス。妻ミランダの浮気を知って彼女に殺意を抱くテッドと、彼に助力を申し出る謎の美女リリー。2人が計画を進める様子と並行して、リリーの秘められた過去が語られる。殺人を犯す人物の造形と、巧妙な叙述で読者を引っ張っていく。物語のところどころに仕掛けが施され、最後の1ページまで読者を翻弄する。緻密に組み立てられた、殺しと欺瞞の物語。惑わされる快楽を満喫できる。


No.116 6点 深海のアトム
服部真澄
(2018/07/13 15:12登録)
深海、洞窟、坑道といった知られざる世界が豊かなイメージとともに鮮烈に描かれている。そこで繰り広げられる冒険活劇は読んでいて興奮せずにはおれないほど、サスペンスにあふれている。さらには海洋資源、原発、放射性廃棄物の処理といった分野の最新のトピックスを絡めたスリリングな物語が、これでもかというほどに展開していく。作者ならではの綿密な取材力とスケールの大きな構成力に支えられている。そこには、ある種の閉塞した現代日本における希望が提示されている


No.115 7点 酸っぱいブドウ/はりねずみ
ザカリーヤー・ターミル
(2018/07/02 14:30登録)
内戦によって亡くなった人は40万人超、1100万人以上が国内外で避難生活を送っている状況下にあるシリア。そこで暮らす人々の日常の一端をうかがい知ることができる短編集。59もの話を収めた「酸っぱいブドウ」の主な舞台は架空の街で、住民たちの無情だったり不条理だったり悲惨だったりするエピソードが、時にユーモラスですらある乾いた筆致で綴られていく。登場人物の多くは善人ではなく、幸運をもたらすのは往々にして悪事。でも、それはシリアという国の現実を風刺的に描くための作者の仕掛け。これは、”反語”と読むべき掌編集。併録の中編「はりねずみ」で描かれているのは、男の子の目を通した中流家庭の日々。妖精や木の声が聞こえる耳を持つ少年の語り口がマジカルな好編。


No.114 7点 誰でもない
ファン・ジョンウン
(2018/07/02 14:30登録)
韓国だけにとどまらない、日本人にとっても覚えのある社会的な欺瞞や理不尽、個人的な喪失感や悲しみを、説明や感情を極力抑えた、タイトな文体で描いた8編が収められている。他の”誰でもない”人々の、彼らにとっておざなりにできない思いが、読んでいるわたしの固有性と交差することで、読者それぞれに異なる読後感をもたらす。粗筋紹介では真意や真価が伝えられない。読んでみなければわからない。そんな特別な語り口を持った驚くべき作品集。


No.113 5点 死せる獣 殺人捜査課シモンスン
ロデ&セーアン・ハマ
(2018/06/23 10:45登録)
5人の男たちが体育館でむごたらしく殺害されているシーンで幕を開ける。休暇中だったシモンスン警部補が捜査の指揮をとりはじめるが、まもなく5人が小児性愛者だったことが判明。その証拠となる胸がむかつくような動画がメールで新聞社に送られ、世論は一転して犯人擁護に傾く。シモンスンは世論の圧力と戦いながら、あくまで犯人を捕まえるために奮闘する。刑事たちの地道な捜査ぶりばかりか、彼らの人間関係や個人的な悩みまでがきめ細かく描かれ、さらに新聞社と警察との駆け引きまでが加わって重層的にストーリーが展開していくのが、この作品の魅力でしょう。とりわけ娘との関係に苦慮するシモンスンの姿は、人間くさくて共感を覚えた。重いテーマの扱い方も巧みで、作者の提示した結末にいろいろと考えさせられた。


No.112 7点 女たちの審判
紺野仲右ヱ門
(2018/06/23 10:45登録)
拘置所に収監された死刑囚をめぐった刑務官、裁判官、恋人や肉親らが翻弄されていくサスペンス。作者は、法務省矯正局の心理研究職だった夫と元刑務官の妻(紺野信吾、紺野真美子)で、2人が作り上げた世界は驚くほど緊密で、経験者しか知り得ない迫真の手触りがあり、死刑囚を抱え、執行する拘置所の内部をこれほどリアルに描いた小説は稀有でしょう。


No.111 5点 女王はかえらない
降田天
(2018/06/12 20:00登録)
まずはこの作者について、降田天とは女性二人の作家のユニット名(萩野瑛・鮎川颯)であり、プロット担当の萩野瑛さんが、小説のあらすじとキャラクターを考え、執筆担当の鮎川颯さんが、小説を書くというスタイルだそうです。第13回「このミステリーがすごい」大賞受賞作で、小学4年の教室を舞台にした学園ミステリ。教室の女王と転校生との権力争奪を複数のどんでん返しを通して描いている。読後に細部を確認したくなるほど計算されていて合作の強みを発揮している。


No.110 6点 広域指定
安東能明
(2018/06/12 20:00登録)
いかに女性を登場させて活躍の場を与えるのかが、男くさい警察小説で重視されるようになってきたが、この作品も要所で引き締めるのが女性たち。意外性に満ちたプロットと柴崎の冷静沈着な行動もいいけれど、印象的なのは、頼りない高野巡査が前作「伴連れ」から一段と成長して信念の聞き込みをして証拠をおさえ、女署長坂元が要所で的確な判断をするところ。事件解決の後、犯人と向かい合い動機を深く探る過程も実に読ませる。

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