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ミステリの祭典

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猫サーカスさんの登録情報
平均点:6.19点 書評数:421件

プロフィール| 書評

No.121 8点 わたしを離さないで
カズオ・イシグロ
(2018/08/06 18:51登録)
人生は「失う」ことの連続。老いは容赦なく大切なものを奪っていく。最初、異常な環境で生きる人間の物語と思った。でもやがて、これは人間の人生そのものの「縮図」なんだ!とわかった。人生は短く残酷だ、だからこそ大切なものはそう多くない、限られている、「あなたの一番大切なものは何ですか?」と本書は問いかける。読み終わった時、思わず本書を抱き、動けなかった。抱きしめたのは物語ではない、物語に照らされ気付かされた私の人生で一番大切なもの。温かい切ない感動がいつまでもいつまでも続いた。喪失感にあえぐとき勇気をくれる本。「人生は短く残酷だ。だからこそ、いま、まっすぐ、愛するものに進んで行け!」と。


No.120 5点 カンヴァスの向こう側
フィン・セッテホルム
(2018/08/06 18:51登録)
リディアはスウェーデンに住む12歳の女の子。ある日、美術館でふと展示作品に触れてしまったことから、その絵の世界に迷い込んでしまう。行った先はオランダ。出会ったおじいさんは偉大な画家レンブラントだった。この冒険を手始めにリディアは魔法の旅を繰り返し、ベラスケス、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ドガ、ターナー、ダリと6人の大画家のもとに現れ、生活を共にする。読者はリディアが行く先々の世界の風俗や習慣を垣間見るばかりか、制作意図や裏事情、私生活に接することができる。巨匠の代表作名で各章タイトルに話は展開。リディアがどうやって帰ってくるのか興味は尽きない。イタリアのチェント賞、オランダの青年文学賞を受賞している。


No.119 7点 3つの鍵の扉
ソニア・フェルナンデス=ビダル
(2018/07/23 15:15登録)
物理学者たちが半世紀かけて探し続けてきたヒッグス粒子が見つかり、存在を予言した2博士がノーベル賞を受賞した事は記憶に新しい。では、素粒子とは何か。関連書も多数出版される中、本書の魅力の一つは楽しく読める冒険ファンタジーであること。(子供向けに書かれているのでわかりやすい)量子の世界に迷い込んだ少年が未知の出会いと冒険を通して成長するが、そこでの不思議は魔法や超能力ではなく、私たちの日常を構成し、私たちのテクノロジーを支えている要素。量子暗号や量子テレポーテーションなど夢のように語られる技術、最先端科学は実現している。主人公だけではなく読者もまた驚きに満ちた世界にいる。一読後は日常を見る目が変わると思う。


No.118 5点 おさがしの本は
門井慶喜
(2018/07/23 15:15登録)
市立図書館の調査相談課に勤務する和久山隆彦が語り手の探書ミステリ連作集。不確かな情報や曖昧な記憶を手掛かりに、目当ての本を見事に探し当てるという探偵小説としての面白さに不足は無い。意外な盲点を突いているのに加えて、連作集としての展開が起伏に富んでいる。図書館の現状を愚痴まじりでぼやいていたかと思えば、図書館そのものの意義を真摯に訴える主人公の姿から目を離せなくなる。とくに活字や書物なしでは生きていけない読者ならば、きっと満足するでしょう。


No.117 7点 そしてミランダを殺す
ピーター・スワンソン
(2018/07/13 15:12登録)
先の読めない展開で読ませるサスペンス。妻ミランダの浮気を知って彼女に殺意を抱くテッドと、彼に助力を申し出る謎の美女リリー。2人が計画を進める様子と並行して、リリーの秘められた過去が語られる。殺人を犯す人物の造形と、巧妙な叙述で読者を引っ張っていく。物語のところどころに仕掛けが施され、最後の1ページまで読者を翻弄する。緻密に組み立てられた、殺しと欺瞞の物語。惑わされる快楽を満喫できる。


No.116 6点 深海のアトム
服部真澄
(2018/07/13 15:12登録)
深海、洞窟、坑道といった知られざる世界が豊かなイメージとともに鮮烈に描かれている。そこで繰り広げられる冒険活劇は読んでいて興奮せずにはおれないほど、サスペンスにあふれている。さらには海洋資源、原発、放射性廃棄物の処理といった分野の最新のトピックスを絡めたスリリングな物語が、これでもかというほどに展開していく。作者ならではの綿密な取材力とスケールの大きな構成力に支えられている。そこには、ある種の閉塞した現代日本における希望が提示されている


No.115 7点 酸っぱいブドウ/はりねずみ
ザカリーヤー・ターミル
(2018/07/02 14:30登録)
内戦によって亡くなった人は40万人超、1100万人以上が国内外で避難生活を送っている状況下にあるシリア。そこで暮らす人々の日常の一端をうかがい知ることができる短編集。59もの話を収めた「酸っぱいブドウ」の主な舞台は架空の街で、住民たちの無情だったり不条理だったり悲惨だったりするエピソードが、時にユーモラスですらある乾いた筆致で綴られていく。登場人物の多くは善人ではなく、幸運をもたらすのは往々にして悪事。でも、それはシリアという国の現実を風刺的に描くための作者の仕掛け。これは、”反語”と読むべき掌編集。併録の中編「はりねずみ」で描かれているのは、男の子の目を通した中流家庭の日々。妖精や木の声が聞こえる耳を持つ少年の語り口がマジカルな好編。


No.114 7点 誰でもない
ファン・ジョンウン
(2018/07/02 14:30登録)
韓国だけにとどまらない、日本人にとっても覚えのある社会的な欺瞞や理不尽、個人的な喪失感や悲しみを、説明や感情を極力抑えた、タイトな文体で描いた8編が収められている。他の”誰でもない”人々の、彼らにとっておざなりにできない思いが、読んでいるわたしの固有性と交差することで、読者それぞれに異なる読後感をもたらす。粗筋紹介では真意や真価が伝えられない。読んでみなければわからない。そんな特別な語り口を持った驚くべき作品集。


No.113 5点 死せる獣 殺人捜査課シモンスン
ロデ&セーアン・ハマ
(2018/06/23 10:45登録)
5人の男たちが体育館でむごたらしく殺害されているシーンで幕を開ける。休暇中だったシモンスン警部補が捜査の指揮をとりはじめるが、まもなく5人が小児性愛者だったことが判明。その証拠となる胸がむかつくような動画がメールで新聞社に送られ、世論は一転して犯人擁護に傾く。シモンスンは世論の圧力と戦いながら、あくまで犯人を捕まえるために奮闘する。刑事たちの地道な捜査ぶりばかりか、彼らの人間関係や個人的な悩みまでがきめ細かく描かれ、さらに新聞社と警察との駆け引きまでが加わって重層的にストーリーが展開していくのが、この作品の魅力でしょう。とりわけ娘との関係に苦慮するシモンスンの姿は、人間くさくて共感を覚えた。重いテーマの扱い方も巧みで、作者の提示した結末にいろいろと考えさせられた。


No.112 7点 女たちの審判
紺野仲右ヱ門
(2018/06/23 10:45登録)
拘置所に収監された死刑囚をめぐった刑務官、裁判官、恋人や肉親らが翻弄されていくサスペンス。作者は、法務省矯正局の心理研究職だった夫と元刑務官の妻(紺野信吾、紺野真美子)で、2人が作り上げた世界は驚くほど緊密で、経験者しか知り得ない迫真の手触りがあり、死刑囚を抱え、執行する拘置所の内部をこれほどリアルに描いた小説は稀有でしょう。


No.111 5点 女王はかえらない
降田天
(2018/06/12 20:00登録)
まずはこの作者について、降田天とは女性二人の作家のユニット名(萩野瑛・鮎川颯)であり、プロット担当の萩野瑛さんが、小説のあらすじとキャラクターを考え、執筆担当の鮎川颯さんが、小説を書くというスタイルだそうです。第13回「このミステリーがすごい」大賞受賞作で、小学4年の教室を舞台にした学園ミステリ。教室の女王と転校生との権力争奪を複数のどんでん返しを通して描いている。読後に細部を確認したくなるほど計算されていて合作の強みを発揮している。


No.110 6点 広域指定
安東能明
(2018/06/12 20:00登録)
いかに女性を登場させて活躍の場を与えるのかが、男くさい警察小説で重視されるようになってきたが、この作品も要所で引き締めるのが女性たち。意外性に満ちたプロットと柴崎の冷静沈着な行動もいいけれど、印象的なのは、頼りない高野巡査が前作「伴連れ」から一段と成長して信念の聞き込みをして証拠をおさえ、女署長坂元が要所で的確な判断をするところ。事件解決の後、犯人と向かい合い動機を深く探る過程も実に読ませる。


No.109 6点 最悪のはじまりは、
塔山郁
(2018/06/01 20:07登録)
ギャンブル依存症の男が自ら「最悪」の状況へと堕ちていく姿を追った犯罪小説。沢崎聡は、資格をとって会社に就職することを夢見ながらも、パチンコ店に入り浸る毎日。ある時、店で知り合った中年男、天野からある計画を持ち掛けられる。借金を抱える人妻の情報をもとに、資産家の老婦人の家へ忍び込み、大金を盗むというものだった。だが沢崎のまえには、さらなる転落の罠が待ち構えていた。定職に就けず、恋人にはふられ、精神的に弱っていたからこそ、沢崎はギャンブルに入れ込んでいったのだろう。追い込まれていく主人公の苦悩と混乱は全く他人ごとではない。また本作では意外性のある展開もさることながら、人の弱さにつけこむ「悪」がさまざまな形で描かれている。一種のホラーとも読める現代のサスペンス。


No.108 5点 悪徳小説家
ザーシャ・アランゴ
(2018/06/01 20:07登録)
重大な秘密を妻と共有するベストセラー作家のヘンリー。ある日、愛人関係にあった編集者に妊娠を告げられ、自らの身を守るために悪に手を染める。だが、帰宅した彼を待っていたのは・・・。ヘンリーは保身のために嘘を組み立て、そこから真実が生まれる。真実と嘘が混じり合い、その境目が溶けあう。ヘンリーの体現する悪が、危険な輝きを見せる。不穏な魅力を備えた物語。


No.107 6点 贖い主 顔なき暗殺者
ジョー・ネスボ
(2018/05/21 18:49登録)
オスロ警察の刑事ハリーの活躍を描くシリーズの第6作。クリスマスシーズンの街頭コンサートで射殺事件が起き、ハリーがクロアチアから来た暗殺者を追う。入念な犯罪計画と、その先にある意外な真相に驚かされる。ハリーを含む3人の人物の行動を描く序盤の叙述も、場面転換の手法が凝っていて印象深い。演出も構成も工夫の凝らされたミステリ。


No.106 7点 水底の棘
川瀬七緒
(2018/05/21 18:49登録)
遺体に付着していたウジや微生物を調べ、得られた情報をもとに、多面的な推理を働かせ、徹底的に調査をすることで事件の核心に迫る。この過程が緻密で論理的に描かれており、独特のダイナズムを感じさせる。さらに川べりで菜園にいそしむ老婆や、彫師の老人など、個性の強い人物が次々に登場し、ユーモラスな場面をはさみつつ展開するストーリーは痛快極まりない。


No.105 6点 アトロシティー
前川裕
(2018/05/11 19:46登録)
凶悪で悪質な事件はいつの時代も起きている。だが、なかには集団で行う振り込め詐欺のように、手口がますます巧妙に変化しているものも少なくない。この作品は、そうした現代的な犯罪を重層的に扱ったスリラー。本作を読んでいると、まるで自分が事件の渦中に飛び込み深刻なトラブルに巻き込まれているかのような、独特の生々しさを感じる。とくに極悪非道な連中の態度や言動の描き方が真に迫っており、こうした凶悪犯罪をためらわず行う者たちの存在感に圧倒されてしまった。ホラー小説のような激しい戦慄を含む、犯罪サスペンス。


No.104 7点 瘢痕
トマス・エンゲル
(2018/05/11 19:45登録)
事件記者のヘニングは火事で愛する一人息子を失い、離婚し、さらに自分も顔に醜い瘢痕が残った。2年間の休職ののち、復帰したヘニングの初仕事は女子大生が片手を切り落とされ、石打ちによって惨殺された事件だった。持ち前の鋭い勘と情報網を駆使して、ヘニングは真相を探り出そうと奔走する。切れのいい調査ぶりと、過去を克服しようとするヘニングの苦闘ぶりが読みどころでしょう。さらなる闘いを暗示させる不穏な結末に次作の期待が高まった。


No.103 5点 絶望の歌を唄え
堂場瞬一
(2018/05/02 23:22登録)
この作品は、日本で将来起きるであろうテロ問題を見据えている。東京・神保町で爆弾を積んだトラックが店舗に突っ込む事件が起き、数日後、イスラム過激派組織「聖戦の兵士」によって犯行声明が出される。喫茶店を経営する元刑事の安宅が調査をはじめると、10年前に消息を絶ったジャーナリストが浮上してくる。日本社会に警鐘を鳴らす大掛かりな謀略小説としてではなく、日常生活を脅かすサスペンス小説としてテロ行為を捉えているのが新鮮。しかも男同士の友情と断絶というチャンドラーの古典「ロング・グッドバイ」の設定を借り、なおかつ1970年代のロック音楽(あふれるほど出てくる)の批評小説としての側面も盛り込んで興趣を高めている。


No.102 7点 死者は語らずとも
フィリップ・カー
(2018/05/02 23:22登録)
ナチスとその後の時代を生きる探偵を描いたシリーズの第6作。年代的には第1作よりも前、ナチス政権成立から間もない1934年の物語。ベルリンの五輪会場建設にまつわる不正をきっかけに、舞台は海を越えキューバにまで広がる。読み進むにつれて、ナチズムだけでなく新たなテーマが浮上する。野心に満ちた内容を、様式美あふれるハードな語り口で描き出している。

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