わたしを離さないで |
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作家 | カズオ・イシグロ |
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出版日 | 2006年04月 |
平均点 | 6.70点 |
書評数 | 10人 |
No.10 | 7点 | みりん | |
(2023/07/15 23:51登録) おお……これは手離しで面白いとは思わなかったけど心に残る小説だ。 夢野久作の作品もそうだったけど、100ページ読むのに2時間ほどかかってしまった。やっぱり現代的でライトな文体で殺人事件が起きないとなかなか読む手が進まないらしいw 「介護人」である女性の生涯がどこか淡白で諦観したような独白体で語られる。微笑ましい少女時代から始まり、読むごとに不気味さが増していくが、作者はこれをもったいぶらずにたった100ページ程で主人公世界における最大の謎が明かしてしまう。ミステリでは大オチに持ってくるところだけど、生命倫理や理不尽な運命に対する各々の姿勢が主題なんだろうね。ラストのマダムのキャシーに対する言葉は沁みる。 |
No.9 | 6点 | ROM大臣 | |
(2021/12/06 15:50登録) 主人公はキャシー・Hと紹介される三十過ぎの女性。彼女は、ヘールシャルムという田舎の寄宿舎で、同じ時間を共有した仲間たちとの過去を回想する。寄宿舎は世間と隔絶されていたものの、親友のルースや男友達のトミーなどと過ごした日々は、懐かしい想い出に溢れていた。 彼らは、なぜそんな場所にいたのか。それがこの小説のひとつの大きな謎である。その謎が明らかにされていく過程が、大きな魅力だろうが、決してロジカルな推理があるわけではなく、淡々と語られていくキャシー・Hの一人称があるだけである。 静謐ではあるが謎をはらんだ展開の中、巧妙な語り口のうちに、種明かしを少しずつ織り込んでいく。そして、次第に物語は異形ともいうべきその恐るべき全体像を現していく。 科学の進歩を視野に入れて、この世に生を享けることの真の意味や、生命の尊さといったものを改めて問う文学作品であることは間違いない。 |
No.8 | 8点 | 小原庄助 | |
(2020/02/12 10:34登録) 舞台となるのは、ある全寮制の学校。ありふれた学園生活が描かれるが、ときおりふと、誰かの姿勢が妙に思えたり、唐突な落涙があったりし、不穏なさざ波がたつ。彼らは将来、提供者となり、生体的使命を終える運命を決定づけられているのだ。 その特異さが、日常の中にさりげない場面に深い陰影を与え、逆に恋愛や諍いの平凡さが、むしろ運命の哀しさを際立たせる。 作者は特異な世界を描くことで、人間の一番普通の部分に触れようとしたのだろう。実にフィクションらしい輪郭を持つ小説ながら、特殊な設定を取り払っても、その最深部にあるものをこの作者は書きうるだろう。 |
No.7 | 5点 | 測量ボ-イ | |
(2019/01/07 19:45登録) 今年の初書評は海外作品で。 氏のノ-ベル文学賞受賞の対象になった(おそらく)作品で、これが何と 東西ミステリにランキングされていたことを後で知りました。 肝心の中身ですが、う-ん・・これは重い。 まあ人の命の尊さとかを考えさせられるものではあります。 でも僕の考えるミステリではないので、すみませんがこの点数で。 |
No.6 | 8点 | 猫サーカス | |
(2018/08/06 18:51登録) 人生は「失う」ことの連続。老いは容赦なく大切なものを奪っていく。最初、異常な環境で生きる人間の物語と思った。でもやがて、これは人間の人生そのものの「縮図」なんだ!とわかった。人生は短く残酷だ、だからこそ大切なものはそう多くない、限られている、「あなたの一番大切なものは何ですか?」と本書は問いかける。読み終わった時、思わず本書を抱き、動けなかった。抱きしめたのは物語ではない、物語に照らされ気付かされた私の人生で一番大切なもの。温かい切ない感動がいつまでもいつまでも続いた。喪失感にあえぐとき勇気をくれる本。「人生は短く残酷だ。だからこそ、いま、まっすぐ、愛するものに進んで行け!」と。 |
No.5 | 7点 | りゅうぐうのつかい | |
(2018/06/11 17:20登録) (ミステリーではないので、小説としての評価です。) 「提供者」という言葉や、ヘールシャムの保護官の態度などから、主人公で語り手のキャシーを取り巻く世界が尋常ではなく、違和感を感じながら読み進めていくことになるが、その大きな秘密は文庫本の127ページで早々に明かされる。 第1部はヘールシャムでの出来事、第2部はコテージに移ってからの出来事、第3部はキャシーが介護人となってからの出来事が書かれており、キャシーとルースとトミーを中心に物語は進んでいく。 特殊な運命を背負った主人公たちの迷いや哀しみが物語全体から伝わってくる作品だ。 感情を揺すぶられるような、名場面がいくつかある。 特に印象に残っているのは、『わたしを離さないで』という歌に合わせて、キャシーが枕を赤ちゃんに見立てて踊っているところをマダムが目撃し、涙を流す場面である。 この作品は、週刊文春の『東西ミステリ―ベスト100』で海外編の74位に選ばれている。読めばわかるが、全くミステリ―作品ではないし、作者もミステリーとしてこの作品を書いたわけではない。このような作品を『東西ミステリ―ベスト100』に選んだ選者は全くの馬鹿で、次回の選考(次回の選考があればだが)では絶対に選者から外してほしい。 |
No.4 | 7点 | レッドキング | |
(2018/06/11 16:35登録) 何年か前 これをSFとして読んだら予想外に「文学」してて驚いた その後ノーベル文学賞を獲ったと知ってさらに驚いた で これのどこがミステリかというと 以前に島田荘司が「フーダニットやハウダニットはそろそろだがホワットダニットには無限の可能性がある」みたいなことを書いてたのを思い出した 確かに この作品では「あれは何だったのだろう」の謎解きが中心に座っている でも評価が難しいなあ「ホワットダニット」 驚きは少ないが心打たれたんでこの点数かなあ |
No.3 | 8点 | tider-tiger | |
(2018/03/20 20:29登録) 提供者と呼ばれる人たちの世話をする仕事、いわゆる介護人であるキャシー・Hが自身の過去を振り返る。その回想を通じて彼女が育ったヘールシャムという施設の秘密が徐々に浮かび上がる。 「オフィス」という言葉を聞くたびにこの作品のことを思い出してしまう。なんの変哲もない言葉なのに、なんとも物悲しい響きが籠められている。 キャシー(語り手)は『窓の外にいたみんなを見ていた』それだけなのに、どうしてこうも心を揺さぶられるのだろう。 受け入れ難いという方も多く存在するであろう作品。 抑制された筆致と評されているが、突飛と陳腐が同居した妄想を強力な筆力でつなぎ合わせたかのような矛盾に満ちた作品。 こんな話(世界、物語)はあり得ない。でも、この人たち(作中人物)は読者の眼前に確かに存在する。 たいていの人はヘールシャムの秘密には早いうちに気付く。星新一がこのネタでショートショートを書いているし、以前私が書評した作品の中にもこれを扱ったものがある。探せばいくらでも出てくる手垢のついた題材ではある。 しかも、ヘールシャムの秘密は早々に察しがついてしまう上、すっきりと謎が解かれずに曖昧なままに終わってしまう部分が多い。ミステリ的には物足りない。 また、費用対効果の問題など、設定には隙が多く、また曖昧な部分が多すぎて作中の世界にリアリティはない。これは書けなかったのではなく、書かなかったのだろうと思う。そこは重要ではないと。つまりSF的な要素はあるも本作はSFともいえないと思う。 そして、もっとも不可解な点はこの世界を語り手たちが受け入れてしまっているように映るところ。ここが引っかかるという方は多いと思う。 だが、私は逆だった。 運命に抗う姿が印象的な作品もあるが、本作では諦観、受け入れようとする姿が良くも悪くも非常に印象的であった。作者のルーツ(日系人)を窺わせるような気がした。 読後感が似ていると感じた作品は、ヴォネガットの『スローターハウス5』。フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』に共通するテーマも見え隠れする。 登場人物が自分の運命を儚んでいない(ように見える)。だから余計にこの物語は不快である。だが、過酷な運命を淡々と受け入れていく登場人物たちには非常に好感を持った。 物語の最後の一文の後に、どうしようもなく哀しいキャシーのセリフが 『Never let me go(本作の原題)』が聞こえた。 『ロックンロールの自殺者』(デヴィッド・ボウイ)を歌いたくなる。 この人には死んで欲しくない。生きていて欲しい。 いい年して、こんな小学生みたいな感想を抱いてしまう作品だった。 |
No.2 | 7点 | 斎藤警部 | |
(2016/01/25 11:01登録) 「或るおぞましいこと」を主題に据えた問題作。終結近くまで隠すかと思われた謎の核心らしき事柄は物語のごくアーリーステージであっさり暴露。しかしまだ枝葉なのか幹なのか容易に素顔を見せない謎たちが居座り、隙あらば増殖せんとする気配もそこかしこ。一番の深淵な謎は語り手の人物が現在どんな状況に置かれているのか、とも思えるが.. これはある意味「日常の謎」か、はたまた「日常(?)の謎」か? しかし仮に「(?)」無しだとしても語り手にとってはるか昔の事柄だ。。という事は。。 いや、これはひょっとして、より大きく一般的な日常の謎、決して解こうとしてはいけない普段は見えない類の謎の隠喩なのだろうか。 さて物語の丁度真ん中あたり、核心その一に続きその二もあっさりと明かされる。それでもなお徐々に積み重なり行く違和感には二種類、語り手が過去に感じたと書かれているものと 読者が感じるよう仕向けられるものと。第二部から第三部へ移る瞬間、予期していたざわめきと突然の静寂が一気に吹き上げる感覚に掴まれた。「提供者」のみならず「介護人」なる存在、その実像と、物語の中で果たすであろう役割はまだまだ見せない。。「最悪の事態」って一体何だ? 謎が解けたりまた生まれたり、常に少しずつ増え続ける薄暗いモヤモヤ感よ。 最後の最後近くまで、もしや、まさか、と思わせる際どい筆致に寄り掛かってしまいたくなった。本当の終結部、まだ終わらずにちゃんと私を納得させよと祈るように読み進めたが、祈りは伝わらなかった。 その終結の、目を疑う抑制の際立ちに私は泣いた。 多くの登場人物が多くの会話を交わしながらのこの強烈な寂しさ、空気のうすら寒さは心に残る。 ミステリとすぐ隣り合わせの庭に秘かに育った、幹の太い樹の様な作品。 *ハヤカワ文庫表紙のカセットテープが「イニシエーション・ラヴ」を連想させるのは、本作をミステリ寄りに読ませてしまう一因かも.. |
No.1 | 4点 | 蟷螂の斧 | |
(2014/11/20 08:21登録) (東西ベスト74位)裏表紙より~『優秀な介護人キャシー・Hは「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。生まれ育った施設ヘールシャムの親友トミーやルースも提供者だった。キャシーは施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に力を入れた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちのぎこちない態度…。彼女の回想はヘールシャムの残酷な真実を明かしていく―全読書人の魂を揺さぶる、ブッカー賞作家の新たなる代表作。』~ 著者は日本生まれのイギリス人。訳者あとがきによれば、これはミステリではないとのこと。へールシャムという施設は何かという「謎」はありますが、青春小説+○○小説といった感じになるのかも。主人公の淡々とした語り口が、奇怪な感じを盛り上げています。好みでない分野であることと、ミステリー的な要素を斟酌し、この評価としました。 |