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ミステリの祭典

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ALFAさんの登録情報
平均点:6.67点 書評数:190件

プロフィール| 書評

No.70 7点 おそろし 三島屋変調百物語事始
宮部みゆき
(2022/03/02 10:13登録)
連作の「三島屋変調百物語」の第一巻。
お気に入りは第一話「曼殊沙華」。殺人犯を身内に持ってしまった男の複雑な心を描いてホラーというより現代の心理小説の趣がある。緻密で物静かな書き出しは長く続く連作のプロローグにふさわしい。
客を招いて一人一話の怪異譚を聞くことが、語る側と聞く側のセラピー(癒し)にもなることが早くも暗示されている。

第二話「凶宅」と第五話「家鳴り」は続きもの。壮大なエンディングは大交響曲のコーダ(終結部)のようなしつこさで笑える。楽しめる話だが第一話の緻密さとは異質。


No.69 8点 泣き童子 三島屋変調百物語参之続
宮部みゆき
(2022/02/23 09:30登録)
宮部みゆき、安定の時代物ホラー。
三島屋おちかが客を招いて一人一話の怪異譚を聞くというシリーズもの。
「語って語り捨て。聞いて聞き捨て。」が決まりなので語る者も癒され、聞くおちかの人生観も深まるという趣向。
おちかをめぐる人間模様も楽しめる。

今回は、おちかが怪談語りの寄り合いに招かれて聞く四話を含めて計九話。
お気に入りは「まぐる笛」と「節気顔」。
前者は村に祟りをなす怪異を退治するというよくある話だが、重厚にして壮大。
後者は精緻なロジックがこの世のルールと奇妙にねじれた、現代ホラーらしい構造で面白い。


No.68 4点 ある閉ざされた雪の山荘で
東野圭吾
(2022/02/21 15:20登録)
ネタばれします。



クローズドサークルを「演じる」という凝ったお話。
謎解きはあるが結果として犯罪はないので好みのミステリーとはいえない。
人物の造形が浅いので心理小説ともいえないし・・・
叙述トリックを楽しめるかどうかで評価の別れる作品。


No.67 3点 悪意
東野圭吾
(2022/02/17 08:46登録)
巧みな構成と簡潔な文体はまるで精密機械のようだ。全文が複数の人物の手記と独白だから、そこに欺瞞があることを前提に読み進める。すると所どころにかすかな違和感が仕掛けられていることに気づく。
そして後半には大きな反転が。ところがこの反転はミステリー的感興をもたらさない。なぜかというと・・・
以下ネタバレしますよ



まず、WHOの反転ではなくWHYつまり動機の反転であること。「所詮こいつが犯人であることに変わりはない!」というわけだ。
もう一点はその動機がより卑小なものになること。
そもそもミステリとは犯罪を楽しむという罪深いエンタテイメントである。楽しむためには「犯人にも一分の理」がなければならない。「理」は金でも色恋でも復讐でもいい。抜き差しならぬ動機があって初めて読者は犯人にも共感しその裁きにも心打たれる。これがエンタメとしてのミステリーだろう。
ところがここでは反転によって、三分ほどあったはずの「理」つまり初めの動機は嘘で、本当はとても卑小な動機であったことが明かされる。さらに最終盤では子供時代の行状や母親の影響まで出てくる。こうなるともはやミステリーではなく「卑小な魂の遍歴」とでもいうべき純文学に変質してしまう。
実はこの作者、別の超有名作でもミステリーから純文学への一種の「はみ出し」がみられる。
それも含めて楽しむか、そこまでは付き合いきれないかは読者次第。私は後者である。

P.S. ミステリーに「いじめ」を持ち込むのはもうやめてほしい。このモチーフはミステリーになじまないと思う。


No.66 7点 時計館の殺人
綾辻行人
(2022/02/16 17:32登録)
まずは壮大なトリックを楽しむ作品。仕掛けが過去の因縁とつながっているのもいい。
犯人と動機はオーソドックスで無理はないので丁寧に読んでいけば比較的早くわかる。文体も読みやすい。
ただ、舞台装置が大仕掛けなわりに人物の造形が浅いため、よくできたゲームCGみたいに感じてしまう。
背景やトリックは申し分ないのだから、もっと陰影豊かな人間ドラマを味わいたかった。
本編のエンディングは壮麗なゴシック風味があってとてもいい。


No.65 9点 あやし~怪~
宮部みゆき
(2022/02/15 10:40登録)
イヤーいいなあー
宮部みゆきは時代物が特にいい。妙に生真面目なメッセージ性が目立つ社会派物と違って、時代物はとてもこなれている。深川生まれで代々続く江戸っ子の血だろうか。
9編からなる短編集。タイトル通りいずれもホラー風味だが、話法や構成がそれぞれに違っていて工夫がある。一人称の叙述はやや現代的だが三人称の地の文は纏綿たる江戸情緒。

お気に入りは対照的な鬼二つ、「安達家の鬼」と「時雨の鬼」。「安達家の鬼」はホラー風味の人情噺。ホラーというのはそもそもロジックが通っていなければならない。そのロジックが現世の秩序と断絶したり微妙にずれたりするところが怖いのだ。ここでは見る側の性根にふさわしい姿の「もの」が見えるという点でロジックが通っている。そしてそれが現世の「もの」ではないという断絶が怖い。ホラー風味とはいえ、ほの明るい人情噺になっている。
一方「時雨の鬼」。こちらは心に住む鬼だからホラーではない。サスペンス風味の極辛口の人情噺。モヤっとしたエンディングがよく似合う。
もう一つのお気に入りは「蜆塚」。世間にまれに見かける年を取らないヒト(らしきもの)。こちらがあえて騒ぎ立てない限り何も悪さはしない(はず?)。妙に美人やイケメンで人柄もよさそうなのが可笑しい。気の利いたエンディングなので当方も引用させてもらう「やっぱり、知らん顔しておくのがいいんじゃねぇかな」


No.64 5点 渡された場面
松本清張
(2022/02/14 10:41登録)
完全犯罪だったはずが、別の事件と小さなつながりを持ってしまったために破綻するという構成。
倒叙なので清張の心理描写が冴える。地方文壇の人間模様や風景描写も楽しい。それでも若干「木に竹を継いだ」感が残るのは・・・
以下ネタバレします



二つの事件のをつなぐためにあまりにも多くの偶然や無理を重ねているから。

その1.作家が第二の事件現場を小説の原稿に残すという偶然。
その2.その原稿を全く別の旅先で廃棄するという不自然さ。
その3.素人作家が盗用したわずか6ページの部分が中央の文芸誌で注目され、掲載されるというという不自然さ。
その4.第二の事件の捜査担当者がその文芸誌を目にするという偶然。

並みの作家なら破綻しかねない偶然や無理を、筆の力技で「楽しめるサスペンス」レベルにまで高めているのはさすが。


No.63 6点 火車
宮部みゆき
(2022/02/12 08:52登録)
話の出し入れといい人物造形といい、達者なストーリーテラーだと改めて思う。このところ本格派の名作をいくつか読んで、大胆なトリックや精妙なプロットのわりに薄っぺらな人物造形や晦渋な(要するにヘタクソな)文章で辟易していたから余計に新鮮。
500ページを超える長編だが、被害者も犯人も表に登場しないままWHO, WHY, HOWダニットが少しずつ水面に現れてくるのがスリリング。犯人は最後の3ページでようやく姿を現す。それも遠景で。

あえての瑕疵を
その1.弁護士の長大な演説はいらない。小説において、社会的メッセージは個人の問題として語られてはじめて意味を持つ。選挙演説のようなこの一節は、かえって作品全体のメッセージ性を薄っぺらなものにしている。弁護士は専門的な見地から問題点を語るだけで十分。
思うに作者は「社会派」という看板を背負って奇妙な使命感を持っていたのだろうか。あるいは取材した大物「社会派」弁護士宇都宮健児への義理立てか。
元祖「社会派」松本清張は社会的な問題をあくまで小説のモチーフとして消化したうえで再構成した。結果として社会的なメッセージ性を持ったということだ。「社会性」の扱いを誤ったためにこの作品は早々に古びてしまった。

その2.大阪梅田のスーツを着たサラリーマンは初対面の人間にあんな言葉遣いはしない。あまりにも馴れ馴れしいうえに、上方落語の高座でしか聞けないような言い回しもある。丸の内のサラリーマンが銭形平次の江戸弁をしゃべるようなもの。東野圭吾にアドバイスを受けたそうだが不思議だ。ここは高村薫の監修でも受けておくべきだった。そこまでの関係かどうかは知らないが・・・

その3.この作品に限らず、一部の比喩表現が陳腐。まるで古手のオヤジギャグみたい。

その4. やはり長い。2/3程度でいい。

エンディングはとてもいい。これ以上語るべきことも聞くべきこともないはずだから。
私的な捜査だから逮捕状もないはずだし、この後どうするんだろうというのは余計な心配かな。



No.62 3点 占星術殺人事件
島田荘司
(2022/02/10 18:37登録)
実に痛快なトリック。ただこのトリック、私は元ネタ事件の成功をリアルタイムで知っているから妙に腑に落ちるが、それを知らない人にはバカミスととられかねないかな・・・

梅沢平吉の手記と表題で読者を堂々と欺いたあげくの、このトリックがまことに効果的。
ただし魅力はそこまで。文章は冗長だし御手洗と「私」の掛け合いはとってつけたようでぎこちない。もちろんホームズとワトソンが下敷きになっているんだろうけど、日本人同士の会話になっていない。
密室トリックもいささかラフ。

完全改訂版の作者あとがきはなかなか楽しい。


No.61 8点 球形の荒野
松本清張
(2022/02/04 10:01登録)
物語は西ノ京の古寺巡礼から始まる。薬師寺から唐招提寺への情景描写はまことに美しい。これもまた清張作品の大きな魅力である。ここでのある出来事で、作者は物語の大まかな構図を見せてしまう。あとの展開は速からず遅からず、清張節を味わいながら長い尺を読み進めることとなる。
「出された茶碗のふちに秋の日が鈍く当たっている。畳の上に一匹、糠のように小さな虫が這っていた。」たった二文で、田舎の雑貨屋の侘しさと訪問者のなんとも落ち着かない心象を描き出している。こういう文章に触れると、いかに巧妙なトリックがあろうと単なるパズルミステリなどは読めなくなってしまうのだ。

(以下ネタバレしますよ)



ウィンストン・チャーチルに聞いてみるんだね・・・という外務官僚らしい皮肉が、実は重要な伏線になっている。
第二次大戦末期、スイスを舞台にした日本の終戦工作、いわゆるダレス工作を下敷きにしたこの作品は、一言でいうとミステリーを内包した悲劇である。
で、その悲劇だが、過去にドラマ化された際も「大戦末期、国際政治の渦に巻き込まれた男の悲劇」などとと紹介されているが、果たしてそれで終わるのだろうか。
確かに大戦末期の事情は悲劇的ではある。しかしそれは本人の意思もあってのことだろう。そして今、男には美しく思慮深い妻がいる。パスポートも発行されているのだからおそらくフランス国籍は確保されている。状況が全く変わってしまった今でも、かつての部下は誠実である。それも命の危険をも顧みず。
真に悲劇的なのは元妻の孝子だろう。やむを得ない事情とはいえ結果的には夫に裏切られたことになる。そしてこの物語が閉じたあと、娘夫妻が沈黙を守れば孝子は二重に裏切られることになるし、もし真相を明かせば(おそらくこのほうが可能性は高い)そこから新たな悲劇が始まることになる。
感傷に任せた今回の男の帰国はまことに罪深いといえないだろうか。
孝子が不自由なくゆったりと暮らしているのが救いである。

連載ものにありがちな瑕疵はある。まずは画家の死を何とか着地させてほしかった。あとは徹底抗戦派の残党の「説明」に小さな矛盾があるが探してみてください。

とても読み応えのある構えの大きい作品です。


No.60 5点 スイス時計の謎
有栖川有栖
(2022/02/02 08:39登録)
表題作のみ7点。

ロジックが美しい。しかもそれが、三十路半ばに差し掛かったかつてのエリート高校生たちの成功と蹉跌、抜き差しならない犯行の動機、こちらも抜き差しならない被害者の事情といった濃いドラマの上に展開されるから、読みごたえは十分。
犯人が火村と同程度にロジカルでなければならないことや、果たしてこのあと起訴から公判まで持っていけるのか、など突っ込みどころはあるが・・・
なお犯人指摘の場面での、同級生同士の会話はややチープ。エリート同士なら火の出るような言葉のバトルが欲しかった。

他の三作は格段に落ちる。初めから読んでいったので、途中どうしようかとも思ったが、表題作まで行きついてよかった。


No.59 7点 検察側の証人
アガサ・クリスティー
(2022/01/27 14:56登録)
同名の短編を戯曲化したもの。

短編の結末にドラマティックな展開を付け加えている。演劇のエンディングとしては確かにこのほうが効果的だろう。
個人的には、最後のたった一行で構図が反転する短編のほうが好み。

ミステリファンならどちらも必読ですが、あまりスレっからしにならないうちに読んだほうがいいですよ。


No.58 10点 首無の如き祟るもの
三津田信三
(2022/01/26 11:20登録)
ある一つのたくらみを知ることで、レース編みのように展開された伏線が一斉に回収される快感は、まさにミステリの醍醐味。と、ここまではホラーテイストの本格ミステリ。
ところが最後のメタミス部分を含めると、本格ミステリを内包する現代ホラーにもなる。どちらにしても読み応え十分。
ただ私のようにシンプルなトリックと大胆に反転するプロットが好きな読者にとってはいささか要素が多すぎる感が・・・

そこで、私好みの改変を…
1. 最後の怒涛の反転のうち、斧高の分をカット。
2. 本筋に関係ない刑事による連続殺人をカット。
3. 第23章の読者投稿による推理と刀城の出現部分を大幅圧縮。 
4. 因縁話のうち淡媛を残し、お淡をカット

これで、本格ミステリを含んだ現代ホラーに。
さらに、最後のメタミス部分をすべてカットし、淡媛の謎解きで〆ると、ホラーテイストを残した本格ミステリになると思うが如何?
作者には失礼ながら、個人的には最後の改変を横溝御大の筆で読めれば最高だが。


(少しネタバレ)
この作品、人物のキャラ付けがなかなか楽しい。それぞれの人物に焦点を当てると物語はまた別の様相を見せる。

1.斧高のシンデレラストーリーとして
使用人から旧家の跡取りに、そして没落の気配を感じると脱出して新進作家へ転身。刀城は「祟りからは逃れられるんだろうか…」と言っているが、ナニ心配はいらない。「御堂の中には首がある」というタイトルで新人賞をとったのだから、むしろ祟りに護られているようなもの。そのうち「生首の如き・・・・」なんていう連作で人気作家にのし上がる予感も・・・・

2.蔵田カネ vs 一枝刀自の呪術合戦
当主富堂をしのぐラスボス感をただよわせる二人の婆様。十三夜参りでは、孫を操って一守家の跡継ぎを抹殺した一枝刀自の勝ち。二十三夜参りのあとは、隠し玉斧高をくり出した蔵田カネの勝ち。しかし結局両家ともに没落するのだから、共倒れか・・・



No.57 6点 NかMか
アガサ・クリスティー
(2022/01/24 13:47登録)
〔冒険/スリラー/スパイ小説〕と分類されているのを見て笑ってしまった。
ここはトミーとタペンスシリーズである以上、陽気で楽しいスパイものという無理筋を承知の上で読まなければならない。
したがって、タペンスの先回りや退役軍人のいかにもな放談などを楽しみつつ、作者が随所にちりばめた伏線を拾って読み進めるのがいいと思う。
特に、犯人ならぬ「敵」の正体を示唆するある生きた手掛かりが秀逸。
また本筋とは関係ないが、1941年に発表されたスパイ小説であることを考えると文中のドイツ国民に対する良識ある記述に驚いてしまう。その頃日本では「鬼畜米英」を叫んでいたのだから。


No.56 4点 五つの時計―鮎川哲也短編傑作集〈1〉
鮎川哲也
(2022/01/24 13:04登録)
表題作を含めた10篇からなる短編集。
このサイトで評価が高い表題作「五つの時計」は最初の7ページでフー、ホワイダニットがあっさり説明され、あとはすべてアリバイトリックの提示と解決にページが割かれている。作者の個性というよりは、これがこの時代「本格」に求められたスタイルなのだろうか。
ドラマの中に、抜き差しならぬ動機やトリックを精緻に織り込んだミステリを読みたい当方としては単にパズルを提示されたようで物足りない。
全編を通して人物描写は紋切り型、用いられる比喩もユーモラスというよりはスベり気味で読む方の居心地が悪くなる。
一方トリックそのものは精緻で面白い。中でも印象に残るのは「五つの時計」の蕎麦屋のトリック。
10編中あえてのお気に入りは、大仕掛けな反転が楽しい「薔薇荘殺人事件」。第一の殺人をもう少し合理的にしたらゴシック風味の面白い短編になっただろう。花森安治の解決編「作者と人形」のほうがもっと面白いが。
「不完全犯罪」は松本清張で読みたかったかも。


No.55 5点 運命の八分休符
連城三紀彦
(2021/08/02 08:34登録)
それぞれ「ショウ子」と音読みできる女性を主人公にした5編の連作短編。コミカルな造形の素人探偵軍平が活躍する。
いずれも作者らしい反転の利いた本格構成で、その部分では楽しめます。
個人的には軍平のキャラ付けがわざとらしく、軽妙さが感じられない。むしろシリアスな造形の方が味わい深いミステリーになったはず。コミックはこの作者の柄ではないと改めて思いました。


No.54 7点 ホロー荘の殺人
アガサ・クリスティー
(2021/01/07 11:35登録)
(少しネタバレ)

定義も曖昧な「文学的」なる語はあえて使わずに、物語として面白いか?というと実に面白い。登場人物の造形はしっかりしている。主要な人物だけでなく、被害者の息子や病気のおばあさんなど、周辺の人物のキャラも立っていて楽しい。
で、ミステリーとしての構成は?というと印象は弱い。傑作「白昼の悪魔」はしっかりとしたミステリの骨格に必要最小限の物語をまとった筋肉質の作品だし、「ナイルに死す」は同じく大がかりな構図の反転を伴った骨格に、芳醇な物語をまとわせたリッチな作品である。それらに比べると、この作品はふくよかだが骨格の弱い人物のようだ。
(弱さその1)シンプルで大胆なトリックは面白いが、犯人のキャラに会わない。このトリックならもう一人の人物にこそふさわしい。
(弱さその2)事後従犯をあえて買って出る二人。キャラは合っているが動機が弱い。犯人を庇うなら犯人へのシンパシーと被害者への敵意が必要だが、一人はどちらも持っていないないし、もう一人は犯人へのシンパシーは単に社交的なものである一方、被害者に対しては敵意どころか深い愛情を抱いていた。たとえ最後に被害者から頼まれたにしても従犯を引き受けるには無理がある。
というわけで、この物語はもともとトリックなしの単純な悲劇にふさわしい構造ではないかと思う。
ポワロの最終盤の台詞「いつかは私のところに来て事実をきくでしょう」で思いついたが、20年後の設定で過去の事件として再構成したらどうなるかな。この話の場合、「五匹の子豚」のように過去の事件を再捜査するポワロのほうが生き生きと描けると思うが。
とはいえ物語として十分楽しめたのでこの評価。


No.53 7点 黒い樹海
松本清張
(2019/10/31 13:18登録)
ネタばれアリ


清張にしては珍しく、古典的なミステリの骨格を持った作品。怪しい人物が複数提示され、次第にある人物にフォーカスされていく。大きなどんでん返しはなく、少しずつ疑惑が深まっていき、最後は調書による謎解きとなる。
個人的には、複数の犯罪(犯人)の組み合わせは好まないが、ここでは話の整合性はとれている。
むしろ味わい深いのは清張節ともいうべき、突然身内を失った喪失感や山峡の情景、そして昭和中期(30年代)の風俗の描写だろう。
それにしても飲酒運転がこれほど当たり前だったとは・・・


No.52 9点 獄門島
横溝正史
(2019/03/04 11:40登録)
作者固有の世界観の中にいかに合理的なプロットを組み込めるかがミステリ成功の鍵になると思う。
クリスティならイギリス中上流社会の人間模様、清張なら昭和の重く濃い人間関係や社会情勢。それぞれにお得意の世界観がある。そして横溝の場合は閉じられた空間での濃い血縁と地縁模様。

ネタバレします


ともすればおどろおどろしい雰囲気や奇怪なギミックが突出しかねない横溝作品の中にあって、ここではとても自然なバランスでプロットが組み込まれていると思う。したがってミステリとして読みやすく楽しめる。
犯人(主犯)の器の大きいキャラクターも秀逸。太閤と呼ばれた当主の晩年の狂気も秀吉さながらで、これも作者の「見立て」か。対照的に初めは腹黒そうに描かれた分鬼頭の当主の、実は重厚で落ち着いた人柄の描きかたもうまい。
犯人が複数になるのはストーリー上やむを得ないが、従犯?二人はもう少し動機を補強しておきたいところ。
三姉妹だけが極端な船場風大阪弁なのも違和感あり。


No.51 7点 西郷札
松本清張
(2018/12/10 13:58登録)
戦国から江戸、幕末、明治までを舞台にした12編からなる短編集。ミステリーではない。清張のことだから綿密に資料を駆使して書いたのだろう。
清張節で読みやすいが中には史実をそのまま肉付けした「だから何?」と感じるものもある。
表題作より巻末の「白梅の香」がフェイバリット。薄味だがミステリ風味で読後感もすっきり。

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