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ミステリの祭典

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人並由真さんの登録情報
平均点:6.33点 書評数:2106件

プロフィール| 書評

No.1946 8点 死の配当
ブレット・ハリデイ
(2024/01/14 15:41登録)
(ネタバレなし)
 マイアミで少しは名の売れた、35歳の赤毛の私立探偵マイケル・シェーン。彼はある日、二十歳になったかどうかという美人の娘の訪問を受ける。彼女19歳のフィリス・ブライトンは、ニューヨークで未亡人の母が大富豪ルーファス・ブライトンと再婚したのを機に、フィリス自身もルーファスの養女になった。それで現在、義父の静養のためにこのマイアミに来ており、母は後からニューヨークからこちらに来る。だが実は、精神科医ほか周囲の者がフィリスの精神が不安定だと指摘し、彼女が母を殺傷してしまう危険を訴えていた。思いあぐねて地元の有名な探偵シェーンを訪ねたフィリスだが、シェーンは特異な話をひとまず受け入れ、ルーファスの逗留する別荘に向かうが。

 1939年のアメリカ作品。マイケル・シェーンシリーズの第一弾で、フィリスとの出会い編……って何を今さら(笑)。
 
 私的な話題で恐縮ながらつい最近まで仕事に追われ、いささかうっすらワーカホリック気味。ミステリを読む意欲も減退していたが、さすがにまったく補給せずに済ませることもできなくて、ウン十年ぶりに本作を再読する。
 少年時代にはポケミスで読んだが、今度はだいぶ前にブックオフの100円棚で見つけて購入しておいたHM文庫版で読了。

 さすがに導入部とエピローグはほぼしっかり覚えていたが、事件の全体像も犯人もまるっきり忘れていた(最後まで思い出さなかった)ので、けっこう新鮮な気分で読み進む。

 翻訳が、隠れた? 名訳者の丸本聡明(ほかはウェストレイクだのロス・トーマスだの)で、読みやすいことはこの上ない。もちろん原文自体がバランス良いんだろうけど、会話と地の文の比重の心地よさは最高であった。

 伏線やちょっと弱い気もするので読者視点からの謎解き作品としては若干甘いが、シェーンが関係した複数の事件や事態が錯綜し、最後に意外な真相にまとまる流れはさすがに面白い。シェーンシリーズらしい、ミステリ味は存分に味わえる。

 しかしデビュー編とはいえ、シェーンはこの一作の中だけでどれだけダメージ受けてるのか(何度も殴られたり、撃たれたり)。どう見ても、ハードボイルドのパロディもののギャグ描写だろ、こりゃ。
 
 でもって肝心のフィリスは記憶通りに可愛かったんだけれど、再読して気になったのは(中略)が(中略)した以降の描写。もっと普通に素直に悲しんで泣けばいいと思うのだが、この辺はまだハリディ、キャラ描写が甘い感じ。あとのシリーズだと、その辺は少しずつ、こなれてくると思うけど。

 あー、シリーズ二作目が読みたいな。もっとマジメに英語を勉強しておけば良かったぜい(涙)。
 評価は1点おまけ。ファンなので(笑)。 


No.1945 6点 未来が落とす影
ドロシー・ボワーズ
(2024/01/05 13:34登録)
(ネタバレなし)
 1937年の英国。偏屈な老嬢で慈善家のレア・バンティングが死亡した。状況から毒殺の疑いがあり、容疑はレアの姉キャサリンの夫で、レアとも同居していた大学教授のマシュー(マット)・ウィアーにかかる。審理の結果、法廷で無罪を勝ち取ったマシューだが、口さがない噂から職を追われ、別の地方に引っ越した。だがその二年後、またマシューの周辺で不審な怪死事件が。
 
 1939年の英国作品。
 翻訳は意外に読みやすいが、出て来る登場人物は名前がある者だけで総数60人以上。
 その頭数の多さにも意味があるので、一概に悪く言えないが、錯綜する物語はいささかややこしい。『アバドン』の全体のバランスの良さがウソみたい。

 終盤のトリックと意外な真相は素直に驚けばいいんだろうけど、前述の登場人物の多さに演出の効果が薄れ、正直あまり盛り上がらなかった。
 ちなみに巻末の解説で危ぶんでいる(こんなことありえないだろ)部分に関しては、もっとすごい英国作品なんかもあるし、それほど「これは無し」ではなかった。フィクション世界のリアリティの枠のなかで、まあギリギリ、ありだと思う。
 この大技自体はけっこうスキである。

 これでこの作者の邦訳は、最初の『追伸』以外の3冊を読んだけど、個人的にはアバドン>本作>スケッチの順。

 残る最後の一冊は、当たりか外れか。


No.1944 6点 探偵くんと鋭い山田さん2 俺を挟んで両隣の双子姉妹が勝手に推理してくる
玩具堂
(2024/01/02 13:31登録)
(ネタバレなし)
 コミケの一日目に行く車中で読み始めて、年越しで読了。
 
 ネットゲーム仲間のなかに潜む匿名のキーパーソンを探す話
 新任女性教師が学生時代に盗まれた文芸活動の原稿、その行方を推理する話
 謎の自殺志願者? を捜す話
 ……と三本の事件を収録。

 作者自身はそれなりに練り込んだ内容に自負があるようで、実際に、意外な動機が浮かび上がる第2話など、なかなかよく出来てるとは思うが、一方で前巻の第2話のようなハッタリの効いた外連味編がないため、どうしても全体的に地味な印象である。

 かたや主人公トリオのラブコメ模様と青春ストーリーの方はさらにくっきりしていき、そっちの方では面白かった。

 2020年に同一シリーズの新刊が二冊出て、その後、音沙汰無し。
 さらに作者は、ちょっとだけ違う別名義「久青玩具堂」の方で昨年、違う路線の青春謎解きミステリを始めちゃったから、こっちの方はもう出ないんだろうな?
 主人公トリオの日常描写として、今回の最後にちょっとまとめっぽい雰囲気がないでもないので、ここで終わってもまあいいが、単純にもうちょっとこの三人に付き合いたかった(特に雪音と)。
 もしよかったら、いつかまたシリーズを再開してください。こういうものがこの巻数の時点でいったん休止すると、復活は難しいだろうとも思うけれど。


No.1943 7点 リュシエンヌに薔薇を
ローラン・トポール
(2023/12/28 04:24登録)
(ネタバレなし)
 1967年のフランス作品。
 鬼才ローラン・トポールが当時まで十年ほどにわたってあちこちに書いた、ショートショート~短めの短編の全43編を収めた原書を全訳したもの。
 
 ショートショートと言っても尋常な短さではなく、スゴイものは1~数センテンスのものもいくつかある。

 シニカルな星新一……とかいうよりは、長谷川先生の『いじわるばあさん』の各編でしばし感じるブラックユーモア味。残酷なんだけど、笑ってしまうあの感覚が基調で、個人的には海原の漂流者が主人公の『絵空事』がベスト。ほかにも忘れがたい味のがいくつかあるので、フェイバリット編は時間が経てば変わるかもしれない。

 一冊読んだ人と話をして、互いに3~5本ずつ好きな作品をあげ合えば、相手の顔、そして自分の本当の顔が見えてきそう。そんな気分になれる一冊であった。


No.1942 6点 魔術探偵・時崎狂三の事件簿
橘公司
(2023/12/27 19:33登録)
(ネタバレなし)
 彩戸大学に通う女子大生・時崎狂三(ときさき くるみ)は、初対面のお嬢様風の美少女から声をかけられた。同じ大学の同学年(一年生)で栖空辺茉莉花(すからべ まりか)と名乗る彼女は大富豪の令嬢であり、狂三の知人でやはり学友の女子・鳶一折紙(とびいち おりがみ)の紹介を受けて、狂三にとある怪事件の解決を依頼する。これを機に狂三は、この世の条理を超えた「魔術工芸品(アーティファクト)」が絡む怪事件の数々に関わっていくことになるが。

 人気ラノベ作家・橘公司の看板作品『デート・ア・ライブ』の正編完結後の後日譚という設定で書かれるスピンオフの連作短編集。

 主人公は、本来はメインヒロインの一角ながら、いささかイカれた言動で少しほかのヒロインたちとは離れた位置にいた(しかし読者から圧倒的に一番の大人気を獲得した)「きょうぞうちゃん」こと時崎狂三。
 子猫をいじめるサバゲー屑野郎などは遠慮なくぶっ殺すが、子供や猫にはやさしい(そして主人公には時に敵対し、時に味方になる)、そんな女子である。

 ちなみに評者は『デアラ』は正編22巻のうち11~12巻まで読破。そのあとの巻も購入はしているが後半の展開はアニメで先に観ちゃった知っちゃった、すこしアレなファンである(アニメの方もまだ、正編の全部を映像化しているわけではないが)。

 今回の新作では、きょうぞうちゃんを含むメインヒロインたちの立ち位置も大きく変わっている(世界観はそのまま)が、そんなことも実作を読んで初めて知った(なんせ正編の後半を読んでないので・汗)。

 いずれにしろJDになった時崎狂三を主人公(探偵役)に据えて、超能力的な魔術が存在する『デアラ』世界のなかでの特殊設定ミステリ5編が語られるが、謎解き作品としてはまあボチボチ。

 特に第2話なんかは、新本格でこれで何度目だというネタ(評者も途中で気づいた)だが、作者の橘先生はその辺もなんとなく察しているようで、<作者としては意外な解決……のつもりですが、たぶん、これ、もう前例ありますよね……?>という感じの奥ゆかしい? 雰囲気がうかがえ、どうにも憎めない(笑)。
 第4話も、橘作品ファン、時崎狂三ファンの末席のつもりの自分からすると、ちょっと「あれ?」と言いたくなるようなところもあるが(詳しくは言えない)。最終編の第5話まで読んで、そこでいろいろと「見えて」くるところもある。
 
 一見の人(特に『デアラ』に縁がない一般ミステリファン)が読んでもそこそこ楽しめる? だろうが、まあどちらかというと『デアラ』ファン、時崎狂三ファンの向きの一冊かも。
 特に正編や日常編の短編集、さらには番外編まで全部読んじゃった筋金入りのファンなら、本作は十分に嬉しい贈り物だろう。


No.1941 6点 叫びの穴
アーサー・J・リース
(2023/12/27 03:26登録)
(ネタバレなし)
 世界大戦の暗雲が各地を覆う、1916年10月の英国。デユリントン地方のホテルで米英のハーフである青年探偵グラント・コルウィンは、神経科の名医として知られるヘンリー・ダーウッド卿とともに具合の悪そうなひとりの若者を介抱した。ホテルの客でジェームズ・ロナルドと名乗る若者は二人に感謝するものの、その後、宿からすぐに姿を消した。やがて近所で殺人事件が生じ、その容疑者がかのロナルド青年らしいという情報がコルウィンたちのもとに飛び込んでくる。

 1919年の英国作品。
 戦前に井上良夫が本作を原書で読んで褒めたという「探偵小説のプロフィル」は数年前に既読なので、そんな作品が紹介されていた……かな、みたいな気分であった。ソコで蔵書の山の中から「~プロフィル」を引っ張り出して本作についての記述を再読したところ、あやうくネタバレされかけて、アワワ……となった。幸い、犯人については分からなかったが。

 nukkamさんも書いておられるが、全体的に小説としても謎解きミステリとしても練度の高い感じで、やや長め(本文360ページほど)ながら、スラスラ退屈しないで読めた。
 原書はもとは七回にわたって雑誌連載された作品だそうなので、良い意味で小規模な見せ場がいくつも設けられている。

 メインキャラクターの奇妙な行動の謎については、昔も近年もたまに見かける種類の真相だったが、いずれにしろそれがクライマックスの直前で明らかにされたのち、さらにまだまだ話が転がっていくあたりもなかなか快調な構成。一方で、作中人実の行動や思考に関しては、事実が明らかになるといささかひっかかりを覚えないでもないが(だって……)。

 パズラーとしてはちょっと大味なところと、丁寧に伏線や手掛かりが設けれた得点ポイントが共存。良い面とやや弱い面が相半ばするが、小説のうまさで全体的に印象は底上げされている。
 翻訳も全体的に平易で読みやすいが、一か所だけ「ガス灯の電球」というヘンなのが出てきて「?」となった。ガス灯の照明と言いたいんだよね? (さすがこの辺は論創らしい。)

 主人公探偵のコルウィンは、作者の著作のなかでわずか二冊にしか登場しないらしいけれど、いろいろ設定が盛られていて楽しい。マイペースで事件に食い下がる言動とあわせて、いいキャラクターだった。もう一本の主役編も紹介してほしい。 


No.1940 5点 唇からナイフ
ピーター・オドンネル
(2023/12/21 18:03登録)
(ネタバレなし)
 1960年代の半ば。英国政府は中東の小国で産油国「アラウラク救主国」と取引し、石油発掘権を獲得。だが救主国の支配者であるアブ・クーヒル救主の希望で、支払いは一千万ポンドの価値のダイヤ現物の譲渡で行なわれることとなった。しかしその情報を聞きつけた、国際的な裏世界の大物ガブリエルの一味が暗躍。本件の機密ミッションを推進する英国情報部の部員を前線で暗殺し、ダイヤの奪取をはかる。英国情報部の要人タラント卿は、弱冠26歳ながら何年も前から地中海周辺の暗黒街を束ねる「犯罪結社のプリンセス」と異名をとる美女モデスティ・ブレイズに接触。タラントはモデスティに、彼女の元相棒で今は南米の刑務所に収監中の男ウィリアム(ウィリー)・ガーヴィンの情報を与えて貸しを作り、その見返りにガブリエル一味からのダイヤの警護を依頼しようとするが。

 1965年の英国作品。
「淑女スパイ」モデスティ・ブレイズシリーズの第一弾。
 1960年代のイタリア映画界で国際派女優だったモニカ・ヴィッティ(ビッティ)の主演で映画化もされ(映画の邦題は小説と同じ)、日本語DVDも出ているが評者は未見。
 ただしなんかカッコイイタイトルは大昔から気になっており、さらに、実はこのシリーズの邦訳二冊目『クウェート大作戦』を先に入手していたので、どうせならこのシリーズ一作目から先に読もうと、何年か前から、手頃なお値段の古書を探していた(古書価の相場はけっこう高い作品である)。
 それで今年の秋になってようやくそこそこのお値段の古書をネットで買えたので、一読。
 まあ気になる作品は、なにはともあれ読んでみよう。

 内容に関しては大枠で言うなら、007ブーム時代の欧米ミステリ界に登場したスパイ版ハニー・ウェスト、程度の認識でまあいいのだが、実作を読んでみると、モデスティを本筋のミッションに引き込むための段取りとして、英国情報部がお膳立てしたガーヴィン救出作戦をちゃんと序盤の見せ場とするとか、けっこう丁寧にストーリーは綴られている。
 読み進むうちに過去の情報が徐々に浮かび上がってきて、モデスティやガーヴィンのキャラクターが見えて来る筆致も悪くはない。肝心の、なんでモデスティがそこまでスーパーレディなのかの説明も、ちゃんと必要十分に語られているし。
 あとホメるところして、銃器や刃物類の武器の考証がそれっぽく綴られ(武器マニアが仔細に検証した際に合格点をもらえるかは知らないが)、デティルにリアリティがあること。神は細部に宿るというなら、その辺でもそれなりに得点している作品ではある。

 問題なのは、中盤からのお話(全体のプロット)が一本調子で、ゴールラインに向かう直線的な流れをほぼ辿っていくだけという作劇なこと(……)。
 それとモデスティのいわゆる「007的スパイ道具」が活用されるのは、そういう趣旨の作品だからそれ自体はいいのだが、敵の手に落ちてもそのまま、密な身体検査も全部の衣服の強制的な着替えも強いられず、そのまま全身に隠してあった武器やアイテムを反撃の手段として使いまくるというのは、う~……となった。いくらほぼ60年前の旧作とはいえ、これはちょっと主人公側に甘すぎる。
(その辺のユルさもあって、後半~山場はうっすら眠くなった・汗。)

 いやまあ、モデスティ視点で相棒ガーヴィンとは別個に、彼氏格の青年画家ポール・ハガンがいて、なかなか微妙なキャラ関係になるあたり、さらにその関係の行く先は、なかなか(中略)でいいんだけどね。
(ちなみにその辺の三人の相関は三角関係的な生々しいものではなく、最後まで当事者たちはサバサバした間柄で通し、その辺もよい。)

 モデスティの気風の良さ、ヒロイン主人公としての男前ぶりはそこそこ。悪くはない。ガーヴィンもハガンもそれにタラント卿もバイプレーヤーとしてまあ合格。
 とにかくお話の曲のなさ、悪い意味での直球ぶりで、う~む……な作品である。
 最後までしつこく丁寧な小説の叙述は、けっこうイケるんだけれど。 
 
 シリーズ二冊目は良い意味で期待値を下げて、手にとってみたいと思います。


No.1939 5点 幸せの国殺人事件
矢樹純
(2023/12/19 16:09登録)
(ネタバレなし)
「僕」こと中学一年生の水泳部員・薗村海斗(そのむら かいと)は、級友の男子の桶屋太市(おけや たいち)、女子の烏丸未夢(からすま みむ)とともに、自由度の高いオンラインゲームを楽しむ。三人の目的はヴァーチャルな異世界のなかに、かつて5年前まで現実の地元で営業していた遊園地「ハッピーランド」を再現することだ。だが最近、太市の様子がおかしい。そして海斗と未夢は、現実のハッピーランドの一角で行なわれたらしい? 殺人事件? の記録動画? を目にする。

 これまで読んだ作者の著作のなかでは、いちばんフツーのミステリという印象。
 大雑把に言えば、よくもわるくも21世紀に書かれた、仁木悦子の子供主人公もの(でもジュブナイルじゃなく、一般~大人向け作品)みたいな感触。

 二転三転する展開はまあ良いのだが、小中規模のサプライズが串団子風に順々に転がされてくる作劇に曲がないため、緊張が弛緩。演出の下手さでいささか眠くなった。
 それなりの力作なのは認めるが、もっと構成にメリハリを利かせるべきだったと強く感じる。

 あと小説技法として、主人公の海斗がいきなり初めて出会った重要人物「あんどうあつこ」の名前を耳で聞き、すぐ一人称視点の地の文で「安堂篤子」という(正しい漢字表記らしい)漢字の名前を記述してしまうのもどーなの? と気になった。リアルタイムでの海斗の認識では<安藤敦子>かも<安堂温子>かもしれないのだから、しばらくアンドウアツコ表記で地の文の記述を進めて、正確な漢字表記が劇中で判明した時点で切り替えればいいよね。やり方はいくつかあると思う。

 怪死事件の真相は、ちょっとこの作者らしいかな、と思った。
 評点は、まさに「まぁ楽しめた」なので、この点数で。


No.1938 7点 涜神館殺人事件
手代木正太郎
(2023/12/17 12:33登録)
(ネタバレなし)
 19世紀末か20世紀初頭の英国などを思わせる、心霊術関連の文化が浸透したもう一つの世界のある国。「あたし」こと20代の女性エイミー・グリフィスは少女時代に妖精にあった自覚を持つが、その後、世間からその事実を疑われ、そして現在までふたたび妖精に出会うことはなかった。長年にわたって不審の目を向けられて性分をこじらせたエイミーは居直り、今はイカサマの霊媒師「妖精の女王」と称し、自分の霊能力を信じる者たちの関心を生活の糧としていたが、そんなエイミーの前に、国家公認の心霊鑑定士である美青年ダレン・ダングラスが登場。やがてふたりは「幽霊おじさん(ゴースト・マン)」の異名をとる探偵小説作家レナード・ソーンダイクに招かれて、彼の所有するいわくつきの旧館「涜神館」で開催される、複数の新霊術師による交霊会に参加することになる。だがそこで二人が出くわしたのは、世にも凄惨な殺人劇と常軌を超えた事態だった。

 作者に関しては、4年前の「検屍人ロザリア・バーネット」シリーズの続編を待っていたが、そっちは保留のまま、別の特殊設定の新本格パズラーの新刊が今年書かれた。
 館の広めの敷地の中央にある、四方を壁で密閉された庭園の中での密室殺人事件? そのほかの怪異や怪事件が、館周辺のふんだんな図版入りで語られ、半ばイカれた登場人物たちの言動ともあいまって、ホラー風味のパズラーとしての外連味は申し分ない。

 解決を(中略)に拠った真相の一部はある意味、(中略)ではあるが、この世界観や文芸設定ならまあオッケーではあろう。
 真犯人も評者などは隙を突かれた思いで、かなり意外ではあった(察しのいい人は気づく……かな)。
 ラノベ枠内ではあるがオカルトホラー奇譚としての迫力もなかなかで、特に終盤の(中略)が(中略)してゆく図はなかなかのナイトメア感。

 凄惨で血生臭い話だが、ヤングアダルト向けのラノベレーベルみたいな叢書で刊行された作品なので、読者への配慮として最後の後味はよい。
 続編はあってもいいと思うけれど、個人的にはロザリア・バーネットの次作の方を優先してほしい。

 大技が気に入ったので、8点に近いこの点数ということで。


No.1937 7点 メグレとマジェスティック・ホテルの地階
ジョルジュ・シムノン
(2023/12/15 14:58登録)
(ネタバレなし)
 シャンゼリゼ通りにある超高級ホテル「マジェスティック・ホテル」の地階。そこに設置されたロッカー内から、絞殺された女性の死体が見つかる。予審判事ボノーの調査でとある人物に殺人の嫌疑がかかって逮捕されるが、メグレはその決着に違和感を抱き、独自の捜査を続ける。

 1942年のフランス作品。
「EQ」掲載時には不遜にも読まなかったので、今回が初読となる。
 まとまりの良い作品だとは思うが、その一方でtider-tigerさんのおっしゃる微妙な違和感もなんとなくわかるような気もする。
 ただし自分はまだまだいまもって、メグレについては修行中なので、こういうのもシリーズのなかでアリなのかな? という思いも抱いてしまった。

 物語の序盤でちょっとメタ的な小説技法が使われ、あとでそれがちゃんと意味を持って来るが、シムノンがこういう手法を使うのか!? と軽く驚かされた。いや、こちらの素養不足ゆえの感慨かもしれないが。
 
 中盤の177Pで出て来る「一年前にブローニュの森でロシア人が射殺された」メグレの事件簿って、ちゃんと作品になってるのだろうか? 少し気になった。

 実業家クラークとメグレのやりとりはなるほど本作の小説としての味だが、個人的に気に入ったのはドンジュを案じて拘置所の周辺で待つシャルロットとジジのゲストヒロインコンビの図と、259ページの左から数行分の某ヒロインの叙述との対比。こーゆーのこそがシムノンだよねえ~。

 なお巻末のハヤカワ編集部の、今後もシムノンを、メグレをプッシュします宣言はとても結構だが、「メグレシリーズは、ほぼすべてがメグレの一人称で書かれ」てって……。
 メグレの「一人称」作品って『回想録』くらいしか知らないぞ。
 今のハヤカワが基本的にいろいろとダメなのは百も二百も承知だが、「一人称」と「一視点」を取り違えている小中学生以下の国語力の(中略)編集者を使っているのか?

 評点は0.5点くらいオマケ。


No.1936 8点 ペイパーバックの本棚から
評論・エッセイ
(2023/12/14 10:21登録)
(ネタバレなし)
 全部で50章ほどのアメリカ(一部イギリスほか)のペイパーバック作家、またペイパーバック関連の事項について語った研究エッセイ集。

 蔵書の山の中から見つかったので、ひと月ほどかけて就寝前に少しずつ読んでいたが、非常に楽しかった。
 とはいえ以前に一回読んだはずだと記憶があるが、本の中には特に初出連載などの記載はない。

 それでネットを探すと詳しい方のブログで、
「『ミステリマガジン』の1983年1月号から1986年12月号まで連載されたエッセイ「ペイパーバックの旅」を加筆の上、まとめた本」
 だと教えていただく(ありがとうございました。)。
 そりゃ絶対にそっちで、一度は読んでいる。

 それで本書の刊行はもう30年以上前なので、当時未訳だ、未紹介だと著者がぼやいていた作品や作家もその後、少しずつながらも発掘・翻訳が進んだりしているので、2020年代のいま、その観点から見ると興味深い。
 もちろん本書で紹介、語られたペイパーバックのハードボイルドミステリについて、面白そうな、あるいは興味を惹かれる未訳の作品はまだまだ山ほどあるが。
 
 主題は、ペイパーバックという出版文化(そのなかでも主に私立探偵小説やノワール・クライムものなどのミステリジャンル)についての著者の造詣の深さと思い入れを語ることだが、受け手のこちらにはいろいろと懐かしめの記憶を甦らせてもらったり、あるいは、へえ、近年発掘翻訳されたあの旧作は、30年以上前に小鷹氏はこう見ていたのか、という興味で楽しめる。
 そういえば本書のなかで一章使って最後の著作が語られている作家ホレス・マッコイも、近々ようやく3冊目の長編の発掘新訳が出るそうで(嬉)。

 ほかの小鷹氏の著作の大系で見ていけばまた別の見方、受け止め方もできそうな本だが、単品の一冊でいま読んで感想はそんなところで。 


No.1935 8点 鈍い球音
天藤真
(2023/12/13 21:31登録)
(ネタバレなし)
 その年の10月24日、木曜日の夜。関東の球団「東京ヒーローズ」の監督・桂周平が、東京タワーの展望台から忽然と姿を消した。東京ヒーローズはもうじき開幕する今期の日本シリーズで、関西の強豪チーム「大阪ダイヤ」と雌雄を決する予定であり、桂監督の失踪? は日本中が注目する大勝負の行方に関わる一大事だった。桂監督の消失の場に成り行きから立ち合っていた東京ヒーローズの若手ピッチングコーチ・立花は、監督の消えた現場で、とある<奇妙な遺留品>を発見。苦境の立花は世間には桂の失踪事実を伏せたまま、監督を探す協力を、高校時代からの親友で今は「東日新聞」のスポーツ記者である矢田貝今日太郎に頼むが。
 
 半世紀前、ミステリマガジンの新刊評で、いかにも良作のように紹介されていた本作の元版(1971年の青樹社版。現状でAmazonに書誌データなし)。
 その書評を読んで(バックナンバーで入手した号だったはず?)、なんか面白そうだ、と現物を買ったものの、いきなり会話の一人称で「俺」と言いまくるメインヒロインの比奈子に「なんじゃこりゃ」と怖気を覚えて引いてしまい、そのまま冒頭数ページで放り投げた。
 以上、少年時代の忘れじの思い出(笑)。

 ところが時は流れて、90年代~21世紀の現在。世の中には深夜アニメだのラノベだのギャルゲーだのの場で「僕っ娘」「俺っ娘」が当たり前に無数に群雄割拠する時代になっていた……。いやー、アイマス149の結城晴、可愛いねー(大笑)。

 つーわけで数年前からイマサラながらに読みたくなって家の中を探していたが、例によって蔵書が見つからない(泣笑)。
 つーことでネットで手頃な価格と状態のを探していたが、ようやくコンディションのいい古書(創元文庫の2022年の再版)を200円で購入。取り寄せてすぐ読み始めた。

 でまあ、こういう設定・文芸の作品だから当然、そうなるだろうとは思っていたが、人間消失など謎解きの興味を必要十分以上に組み込ませた事件ものミステリとしての醍醐味と、日本シリーズの東西チームの連戦の行方のスリリングさ、その相乗具合が予想以上に面白い!
 
 これまで読んだなかでの国産野球ミステリの、マイ・最高作は佐野洋の『完全試合』だと思っていたが、たぶんこちらはもうちょっと打球の飛距離がある。
 随所にツイストを設けた手数の多さ、登場人物の大半の存在感、そして終盤の……(中略)と、これまで読んだ天藤の長編作品のなかでは間違いなくベストだろう。
(あまり大きな声では言えないが、この時期にこの手の大技を使っていたのにも良い意味でボーゼンとした。)
 動機に関しても、個人的にはかなり気に入っている。ある意味で、すごい21世紀的だと思うわ。
 
 創元文庫の解説で倉知先生もちょっと似たようなことを書いてるけど、時代を超えた普遍性と、ホメ言葉としての昭和ティストが混ぜこぜになった優秀作。
 何はともあれ、遅ればせながら半世紀以上経って読んでよかったぜい。

【2023年12月15日追記】
 国産野球ミステリのマイお気に入りといえば、東野の『魔球』や河合莞爾の『豪球復活』あたりも、佐野の『完全試合』に負けず劣らずスキだった。まだ見落としがあるかもしれない。訂正・補遺しておきます(汗)。

【2023年12月18日追記】
 大事なことを書き忘れていた。つーわけで、21世紀に「俺っ娘(オレっ子)」を語るなら、本作は原典? 原点!? としてマストである。
 特にミステリファンで「俺っ娘」についてモノを言いながら『鈍い球音』を読んでないヒトがいたら、生暖かい目で見てあげましょう。


No.1934 6点 ミナヅキトウカの思考実験
佐月実
(2023/12/09 12:49登録)
(ネタバレなし)
 水崎大学の新入生・神崎裕人は、新入生歓迎会の帰りに、夜の路上ですれ違った女性がいきなり全身発火して死ぬ怪事件に遭遇した。事情を聴取した警視庁捜査一課の棟方藤治刑事は何かの含みを込め、裕人に、同じ大学内のとある人物に会うように勧める。かくして過疎サークル「怪異研究会」の部室に赴いた裕人は、そこで美貌の先輩女子大生・水無月透華と対面するが、彼女は怪事件の陰に「案珍と清姫」伝説の清姫の存在を匂わせた。
(第一話「マクスウェルの悪魔」)

 プロローグとエピローグに挟まれた、全5編の連作ミステリ。基本的な内容は一応、謎解きものだが、正確にはもうちょっと幅が広い。

 若い作者(社会人の女性らしい)がそれなり以上に力を込めて書いた感じは伝わってきたが、全体的にキャラクターシフトもミステリの組み立て方の大半も、どっかで見たような印象。その辺は、ちょっと弱い。
(というか、こういうキャラクターミステリが好きそうな購読者狙いか。)

 いつか本物の怪異・妖怪に出会いたいメインヒロイン(探偵役)が、それっぽく演出された現実の人間によるオカルト犯罪をこれはニセモノ・まがい物だとバッタバッタ暴いていくという趣向は、ちょっと面白い? かとも一瞬、思った。
 でもまあ要は京極堂シリーズのアレンジだろうし、もっといえば伝記漫画の秀作(で評者の大好きな)『栄光なき天才たち』のハリー・フーディーニ編みたいだ。
 いやまあ本書の場合、その辺の文芸をちゃんと軸にしてあるのは評価しますが(ただし、その一方で、うん……)。

 全体に大味な反面、細部の工夫を拾うと意外に気が利いている? と思わせる部分もあり、トータルの評点はこんなところ。
 シリーズ化はされそうな気配もあるので、一応は意識のなかに留めておきます。


No.1933 8点 愚者の街
ロス・トーマス
(2023/12/07 12:54登録)
(ネタバレなし)
 1970年のアメリカ。「私」こと、米国の諜報機関のひとつ「セクション2」のスパイだったルシファー・C・ダイ(37歳)は、さる事情から組織を離れる。そんなダイに声をかけてきたのは、26歳の天才青年実業家ヴィクター・オーカットだった。オーカットの率いる組織「ヴィクター・オーカット・アソシエイツ」は、各地にある政治や経済・治安がまともでないスモールタウンの浄化を職業とする企業で、目的のためにはひそかな非合法活動も厭わなかった。オーカットの次の目標はメキシコ湾周辺の人口20万の小都市スワンカートン市。彼なりの思惑から、オーカットの仲間たちとともにこの計画に参加するダイ。だが、そこにダイの過去のしがらみが絡んできた。

 1970年のアメリカ作品。
 ロス・トーマスの第7長編で、ノンシリーズ編。

 今年の話題作で各誌のベスト級の作品なのに、本サイトは誰も読まない。トーマスの巨匠作家としての質的・量的な実績が大きいゆえにフリで手を出しにくいのかもしれんが、フツーに単品で一見で読んでも歯応えがあって、面白い。もったいないと思う。
(と言いつつ、評者自身も翻訳が出てから半年目で、ようやっと読んだが。)

 リアルタイムでのスワンカートン市での作戦の進行と並行し、かつて医者だった父とともに1930年代の末に上海に渡り、そこから数奇な運命をたどった主人公ダイの半生が、輪唱的に章を変えながら語られていく。

 現在と過去を行き来するドラマ(基本的に、輪唱のような二極の物語~いわゆるB・S・ヴァリンジャー風)が複合的にドラマを膨らませていくのはある種の王道だが、そのなかで下巻後半の展開に向けていくつかの布石も張られ、終盤では加速度的なクライマックスを迎える。

 もちろん話の主題的に『血の(赤い)収穫』や『殺しあい』(ウェストレイク)も作者の念頭にあったのだとは思うが、そういった現在と過去を並行させた構成、さらにトーマス調のノワール感の相乗で独特の読みごたえを獲得。
 登場人物も名前が出て来るキャラクターだけで100人前後だが、大方の描き分けもしっかりしている(一部は名前だけ出てすぐいなくなるが)ので、リーダビリティはかなり高い(会話が多い叙述も読みやすさの一因だ)。

 悪徳と血臭にまみれた物語ながら、物語の随所にどこかリリシズムが漂う……こう書いていくと、ある種の定番的な作品といった面も強いんだよな。
 でも、あちらこちらで意外なツイストを用意し、読み手の予断を裏切ってくれる面もある。
 大枠の安定感と、読み手を飽かさないスリリングさという意味で、たしかに秀作~優秀作ではあろう。
 
 評者自身、まだまだ邦訳が出ているもので未読のものもあるが、一方で、今後もトーマス作品の未訳作の紹介が進みますように。


No.1932 8点 幽玄F
佐藤究
(2023/11/30 02:59登録)
(ネタバレなし)
 2008年。東京の四谷。8歳の少年・易永透は、高空を飛ぶ飛行機に憧れていた。そして操縦士になる人生の目標に憑りつかれた透は高校で、同じく空と飛行機に強い思い入れを抱く級友・溝口聡と出会う。それを機にまた、透の運命は大きく変わっていった。

 ポリティカルフィクションや航空冒険小説の要素も部分的にはあるが、主題は空に憑りつかれ、その憧憬の念の強さゆえにとんがった人生を送る主人公の結晶化されたドラマーー。
 狭義どころか広義のミステリとさえ言いにくいような作品だが、前述のようなある種の冒険小説的な後半の作劇も踏まえて非常に面白かった。
 というより、地の文のほぼ大半が「~だった」「~た」で終わる叙述や、人物描写の絶妙な積み重ねで織りなされていく、独特の個性を感じさせる小説としての味わいが素晴らしい。

 評者は作者の長編はこれで三冊目(『テスカトリポカ』のみ未読)だが、一作一作個々の興趣があり、その上でたぶん今回が一番、書きたいことの結晶感が高い。
 二重の意味で余韻のあるクロージングも心に染みた。
 
 特化した主題(航空もの)の作品ではあるが敷居はかなり低く、良い意味で口当たりは良い。
 作者が標榜する三島由紀夫作品への傾斜も、読者に三島文学の素養がないと楽しめないなどということもない(現に三島作品なんてまだ数冊しか読んでない自分も、何ら問題なく最後まですらすら読めた)。まあ三島世界に通じている読者の方が、本作のより深い読解ができるとかといったことはあるかもしれないが。

 今年の収穫といえる一冊、なのは間違いないであろう。


No.1931 7点 メルトン先生の犯罪学演習
ヘンリー・セシル
(2023/11/26 01:04登録)
(ネタバレなし)
 旧ジャケットカバーの蔵書を少年時代に買っているはずだが、例によって見つからない。
 で、何となく、最近になってなぜかこれが積極的に読みたくなって、ネットで同じ旧カバーの古書をソコソコ安い値段で買った。

 このところ少し忙しい(やや軽いワーカホリック)なので長編が読みにくいし、入れ子構造の連作短編集なら少しずつ楽しめるだろうと思ってページを開いたが……いや、結構面白い。

 目次を見ると20本近いネタが期待できるが、これがみんな先生の講義だったら後半にはさすがにマンネリになってくるだろうな、と思いきや、作者の方もその辺は十分に承知? と見えて、ちゃんとエピソードの提示にメリハリをつけてくる。

 そういう意味では後半の方が、幕間の叙述も込みで面白かった。
 特に新婚若夫婦の、二人きりでずっといるとマンネリになるので、二人きりの蜜月の価値を高めるため、いっとき、他人のあなたにそばにいてほしいと、メルトン先生に接近してくるあたりが妙にエロいというかヘンタイチックで爆笑した。これぞ英国王道のドライユーモア(たぶん少し違う)。
 終盤の挿話の(中略)ぶりも気が利いていて、一冊丸々楽しかった。セシルはまだ二冊目だが、先に読んだ『判事に保釈なし』よりずっとミステリ小説としての興趣に満ちた作品。

 ただし翻訳はちょっと凄いね。
「江戸の仇を長崎で」とか、貨幣の単位が円だとか、今なら確実に、おいおい……と言いたくなるような仕上がりで。
(ただまあ、その辺の昭和っぽさも含めて、どっか愛せる味でもあったんだけどね・笑。)


No.1930 8点 エレファントヘッド
白井智之
(2023/11/25 13:05登録)
(ネタバレなし)
 序盤部で「え、こっちが(中略)」と軽く驚き、しかし油断はしないぞというつもりで、いつもの登場人物メモを取りながら読み進める。
 で、まあ、こういう作品なので……その人物メモも(中略)。

 白井節が炸裂した、悪趣味グロ、さらにスプラッター感覚まで滲ませた、しかして実によく練り上げた特殊設定パズラー。

 世界像はいささかややこしいが、ポイントの部分を咀嚼するとそんなに難しくもない? かもしれない。どこか藤子F作品に通じる部分もある。

 最後の大ネタ~(中略)ダニットには絶句。

 またひとつ、作者は異端の優秀作パズラーを著した、という感慨。
 体力のある人がすぐに読み返せば、いろいろと忍ばせてあった伏線の妙に驚きそうな作品である(いささか無責任な物言いだ・汗)。


No.1929 6点 小説版 ゴジラ-1.0
山崎貴
(2023/11/19 10:15登録)
(ネタバレなし)
 1945年夏。零戦の特攻隊員として選抜されながら、生還して両親と再会することを悲願とした青年・敷島浩一は、愛機の故障を装い、整備兵のみが駐留する大戸島に不時着する。戦死した戦友への重い罪悪感に駆られながら欺瞞の生存の道を選んだ敷島だが、すでに敗戦を覚悟した整備兵たちはその選択を勇気ある行為だと受け入れた。だがそこに大戸島の伝説の巨獣「呉爾羅」が出現。十五mもの巨体に恐怖と神々しさを認めた敷島は零戦の機銃で応戦することが叶わず、彼の闘志の鈍化は多くの整備兵たちの犠牲の遠因となった。やがて迎える終戦。だが敷島の戦争はまだ終わっていなかった―。

 先日封切られた待望の国産新作ゴジラ映画の、公式ノベライズ。
 監督自身によるメディアミックスの小説化。

 ゴジラシリーズの前作『シン・ゴジラ』の公式ノベライズは出なかったし、アニメ作品や海外作品を別カウントにすれば、国産実写ゴジラ映画の公式ノベライズの刊行は、1999年の『小説ゴジラ2000』(Amazonで現在、古書価3万円だとよ!)以来、実に、およそ四半世紀ぶりである。
(あーあと、海外では出版されていて未邦訳の『ゴジラVSコング』のノベライズも、来年の新作『ゴジラXコング:ザ・ニュー・エンパイア』の日本公開にあわせて遅ればせながら、出してほしい。)

 で、新作映画の本編は、期待以上に出来が良かった。
 いや、ツッコミどころは皆無ではないが、得点要素の方から数えていけば十分に優秀作・傑作ではないかと。

 そんななかで映画の公開直後に、前述のように久々の国産実写ゴジラの公式ノベライズが刊行との情報を認め、ほぼ発売日にイソイソと新刊で買ってきた。

 ゴジラ映画の公式ノベライズなんて70年もの間にピンキリなので、期待値を高くすればキリがないが、いち早く読んじゃった人の下馬評がネットでたまたま目につき、(中略)ということなので、ソノつもりで読む。

 でまあ、これはこれでいいんじゃないか、という感じ。
 ストーリーは映画そのままだし、見せ場はどうしたって映画の迫力に及ばない面も多々あれど、一方で秀作映画の随所の細部を、監督自身が文章で相応に補完してある。良い意味での<水準的なノベライズ>。

 ソッチ方面の見識が薄い自分なんか、機雷の爆発メカニズムをきちんと説明してもらっただけでも、SFスーパーナチュラル存在のゴジラがいる世界を、現実と地続きのリアルな世界観にちょっとでも近づけ、引き寄せることができた。
(これって、マクリーンの『黄金のランデヴー』冒頭の銃器のリアル描写とかなどと、同じ効果だ。)

 まあ別の専業小説家のヒトに、改めて数年後にこの映画の大筋を踏まえて(多少アレンジしても可~むしろ適度に暴走して!)<本格的な小説>として、再度、肉厚にノベライズしてほしい気もするけどね。
 今回の映画そのものが、そういう伸びしろも十分にあるという意味でも、よくできた優秀作だったと思うし。

 映画は、またもう一回、二回くらい、公開中に劇場に観に行きたい。


No.1928 6点 九番目の招待客
オーエン・デイヴィス
(2023/11/16 09:35登録)
(ネタバレなし)
 ある年。とある週末の土曜日の午後11時。ニューオーリンズにある高層二十階建てのビルの屋上の「ビエンヴィル・ペントハウス」で、主催者不明のサプライズパーティが開かれた。謎の主催者からの招待状を手に、老若男女8人のゲストと、職業紹介所が斡旋したという老執事が集まるが、そこでラジオから流れ出る謎の声が今夜ここでゲストたちが順々に死ぬ運命を告げる。唯一の出入り口には高圧電流が流れ、高層の場からの脱出は不可能。そして連続殺人の幕が開いた。

 1932年の戯曲作品。

 同年に刊行された夫婦作家グウェン・ブリストウとブルース・マニングのミステリ長編『姿なき祭主:そして、誰もいなくなる』(あの、エドワーズの『探偵小説の黄金時代』にも記述紹介があった)をベースにした作品、という公称で初演されたらしい。
 が、今回の邦訳書の巻頭の書誌解説を読むと、いろいろややこしい事情があるような(なんか映画版『タワーリング・インフェルノ』の、原作二重構造の件を思い出したりする)。
 その原作? 小説『姿なき祭主』は数年前に邦訳も出ていて購入もしているが、あの悪名高い(らしい)シロート訳(らしい)とあとあとウワサが聞こえてきたので、コワクなり、買ったまま読んでない。
(う~ん、6000円+送料もの高いカネ払って、ナンだったなあ……と、今では少し後悔……汗。)

 という訳で原作? との比較はできないまま、こっちの戯曲版を読んだ。こういう形質の作品で、要はセリフとト書きだけの中身だから、あっという間に読める。

 でまあ、確かに『そして誰もいなくなった』の先駆的な面があるのは間違いないけれど、戯曲を読む限りお話は今となっては大味で(キャラクターシフトから、ある程度話が進んだところで、結末まで大方の予想がつく)、トリックも良くも悪くも軽業トリック。

 なにより、殺されていく連中も身を守るため、真犯人に接近するためにやっておくべきことをやってないという意味で、スキがありすぎる。

 というわけで絶対的評価としては21世紀のいま、マジメに読むとショボーンだが、当時、こういうものがありましたね、的な意味ではクラシックミステリファン、あるいは『そして~』に強い思い入れを抱くヒトは目を通しておいていいかもしれない。
(まあ少なくとも21世紀作品『孤島の十人』よりは、いくぶん面白かった?)
 
 しかしそれこそ真面目に考えるなら、叢書「奇想天外の本棚」のファンキーぶりがよくわかる一冊ではあるよな。
 評点はちょっとだけオマケ。

【2023年11月25日】
 原作? の『姿なき祭主:そして、誰もいなくなる』は、プロ翻訳家の新訳で『姿なき招待主』の邦題で扶桑社文庫から近日刊行だそうである。
 高いカネ払って、シロート訳買って、ますます馬鹿馬鹿しい(怒)。


No.1927 8点 好きです、死んでください
中村あき
(2023/11/14 12:18登録)
(ネタバレなし)
 その年の夏、八丈島から30キロほど離れた孤島「漆島(正式名・売島)」で、ネット向け番組『クローズド・カップル』のロケ撮影が行われる。内容は10代末~20代前半の3人ずつの男女計6人を集めた、筋書きのないリアリティー恋愛ショーだ。今回の番組内容にミステリの要素を加えるということで、「僕」こと大学に在学中の新鋭ミステリ作家・小口栞(しおり)は6人の出演者の一角に迎えられ、共演者や3人のスタッフとともに島に向かう。だが遅れて参加するはずの増援スタッフが来れなくなった。そんななか、島では怪異な状況の殺人事件が。

 10年前の旧作『ロジック・ロック・フェスティバル』は購入だけしてあって、読んでないと思う。
 いずれにしても作者の久々の新作ミステリのはずで、しかもガチのクローズドサークルもののフーダニットパズラーということで楽しみにしながら手に取った。

 リアリティー恋愛ショーなるものは、今年、アニメ『【推しの子。】』を観ていたので容易に認知できたが、閉ざされた舞台、少ない頭数の登場人物という大きな制約のなかで、適度に起伏のあるストーリーが高いリーダビリティで展開。
 良い意味での軽さもあって、サクサク読める。

 謎解きミステリとしての完成度については、鬼面人を驚かすようなものは皆無で、適度に青春ミステリの要素もにじませた正統派の謎解き作品になっており、終盤の(中略)な反転も心に響く。
 なぜ犯人が(中略)したかのホワイダニットも、ありそうではあるものの、しかし明確に前例が思いつかない。やはり新たな創意かもしれない。ならばけっこう面白いアイデアかも。

 優秀作、とまでは言えないが、とても素直に丁寧に紡がれた、好感のもてる秀作。最後に明らかになる動機も(中略)。

 思っていたよりも、良い意味で普通の、ごく真っ当なミステリであった。評点は作者の復活(?)を祝して0.5点ほどオマケ。

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