誤配書簡 |
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作家 | ウォルター・S・マスターマン |
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出版日 | 2021年02月 |
平均点 | 7.50点 |
書評数 | 2人 |
No.2 | 8点 | 人並由真 | |
(2025/01/10 08:05登録) (ネタバレなし) その日、ロンドン警視庁で最も冷静な警察官と評判をとるアーサー・シンクレア警視は、匿名の人物から電話を受ける。その内容は、現職の内務大臣が殺害されたという情報だった。シンクレアは、警視庁に顔を見せた元法廷弁護士の私立探偵シルヴェスター・コリンズとともに内務大臣ジェームズ・ワトスン男爵の自宅に向かうが、そこで彼らは男爵の射殺死体を目にした。そんななか、シンクレアの周辺の捜査官のなかに不審な動きをする者がおり、一方で被害者ワトスン男爵がだいぶ以前に南米に追いやった放蕩者の息子の存在が浮かび上がってくる。 1926年の英国作品。 面白そうなクラシックミステリの発掘作品? という興味で、しばらく前に邦訳のペーパーバック版を古書で購入し、それからずっとツンドクにしてあったが思い立って今夜読む。二段組だが本文の総数は150ページちょっとと短め。たとえば60~70年代の創元文庫の、普通の級数の書体の本にしたら200~250頁くらいの長さかな? 深夜(早朝に近い時間)から読み始めるには、適度なボリュームでちょうどいい。 ……なるほど荒っぽいところもないではないし、小説の叙述としてのこなれはもうちょっといじくりようもあるが、それでもとても良くできている。仕込みの大ネタの2つ3つは見破ったが、最後の真相のサプライズには思わず、胸中で「あっ」と声が出た。 (これってもしかしたら、我が国のあの作品の……(以下略)。) で、前述のようにラフな書き方で済ませているところもそこかしこにある感触だが、一方で矛盾やインチキを探そうと意地悪な目であとから読み返すと、意外なほど巧妙に、あちこち気を使っているとも思った(翻訳がその辺に目配せして、いい意味で全体を演出しているのかもしれないが)。 あえて弱点を探すなら、終盤、関係者の供述というややイージーな手法で真相が語られることだろうが、これもちょっと一筋縄じゃいかない面があり、その辺も気に入った。 無名作家(自分にとってだが)のクラシックパズラーを一冊、まったくのフリで手に取り、かなりの満足感でページを閉じられる。最高じゃないの。 評価は0.3点ほどオマケ。面白いものを見つけて発掘紹介してくれた、訳者さんに大感謝。 |
No.1 | 7点 | 弾十六 | |
(2020/10/07 01:59登録) 1926年出版。アガサ・クリスティ『アクロイド』と同期。私は前の私家版Kindleで読みました。(2025-01-12追記: 以下、大幅に追記した。追記箇所は{❤️ }内。私が感想を書いたのち修正版(扶桑社2021-02-01)が出ており、改訂後の訳文は【 】内。原文( )表記は全て追記。人並由真さんの嬉しい書評を読んで、アマゾンで久しぶりに検索したら今は原文Kindle版(HardPress2024-05-06)が安く入手できることに気づき、しょうがないから翻訳改訂版も買っちゃいましたよ!) いや素晴らしい! 特にチェスタトンの序文。これ完璧な探偵小説論(かつミステリ書評論)なのでは?今まで読んだことがないので原文を探してググったが、どうやら主要なエッセイ集には未収録のようだ。でもこの序文の翻訳が、とても生堅くて荒削りなので、電子本サンプルで読むと本文の翻訳大丈夫?と思うかも。{❤️数箇所なおってた。私の見解は「チェスタトンの八戒」に詳しく書いています。ところで今回気づいたんだけど、チェスタトンはずいぶんネタバレを気にしている。さすがだなあ!} 全部読んだので断言すると、小説パートの翻訳は、序文と比べるとずっと良いので安心して欲しい!ただ?なところがあり、多分インクエストを「大陪審」とか、ウェブリー拳銃を「警察用」とか(原文service revolver?軍用が正解…と思ったが良く調べたらヴィクトリア朝に短銃身のWebley Police Revolverというのがあった。訳者さんごめん)他にもちょこっと気になるところはところどころある{❤️詳細は後述する}けど、会話がとても良いしほとんど問題なし。チェスタトンのひねくれ文章に手こずっただけだと思います。 ミステリとしても、堂々たるもの。大ネタ、小ネタともに良い。キャラ設定も上出来。ただし純本格の域までは達していない。この作家の第一作なのかな?書きっぷりは素人っぽさが残る感じ。{❤️実はネタバレになるので詳しく書けなかったけど大ネタには大問題あり。あそこで全体がファンタジーになっちゃうのが惜しい。気づかない人も多いと思うけどね…[PS: 我がブログで『誤配書簡』マスターマンTHE WRONG LETTER by Walter S. Masterman の大ネタを割ります!【ネタバレあり】のタイトルで公開しました!]} 小説としてはコクが薄い。手練れならもっと盛り上げられるはず。でもまあこの薄さがかえって良いのかもしれない。映画化するとちょうどよいミステリ映画になる感じ。 1920年代英国好きなら非常におすすめ。電子本のみで値段も安い。ただしタイトルWrong Letterは「違った手紙」とかニュートラルなのを採用して欲しいなあ… 以下トリビア。原文を取り寄せたいけど、結構高価。 作中現在はp394から1925年としておこう。 p139/4136 日頃〈相棒〉と呼んでいる(‘familiar’ as he was termed)♠️部下なんだが… 原文は何だろ?{❤️「使い魔、しもべ」という感じ} p151 シャーロック・ホームズ♠️黄金時代の特徴。探偵小説との比較があちこちに。(p384 何百種類もの灰を見分けられる、など) p151 私立探偵事務所(an Inquiry Agent and Amateur Detective)◆ {❤️やはり英国はinquiryが好み} p151 法廷弁護士… 勅撰弁護士♠️ここら辺の制度はよく調べてない。 p165 テニス◆ {❤️流行ってる} p248 ジェームズ・ワトスン卿(Sir James Watson)◆ {❤️卿Lord&Sir問題。後ろのほうで「ワトスン卿」が出てくるが、原文Sir Jamesを変えちゃダメだよ。Lord Watsonならワトスン卿で良いが、Sir Watsonはあり得ない} p394 「ウェブリーだ。警察用だな。今はもう使われていないが」【…軍用だな…】(Service revolver—Webley—now obsolete⸺)♠️ Webley Police Revolverと思われる。https://www.theabi.org.uk/news/sherlock-holmes-and-the-webley-revolversの記事が一番詳しそう。.450口径で1883年から製造。1911年に32口径の自動拳銃Webley Self-Loading Pistolが採用されているので、そこら辺までの制式だったようだ。{❤️軍用のWebley Revolver455口径は1924年に製造終了しているらしい。詳細未調査だが、だとすると作中現在は1924〜1926年に絞られる} p421 夏の暑い日♠️事件発生は夏。月は不明。 p486 銀箔張りの小型回転式拳銃(a small silver-plated revolver)♠️表面がニッケルメッキで銀光りするやつ、という意味か。銀メッキは高価なアンティークならあるけど、ここに出てくる普段使いならニッケルメッキなのでは?{❤️silver-platedならニッケルメッキで銀色に輝く銃だろうね} p510 フォレストゲート♠️ロンドン東部のForest Gateのことか。 p557 最高裁判所判事…有給判事…郡裁判所判事♠️ここら辺の制度はよく調べてない。 p579 少年のようなファルセットで唄う(sing falsetto like a boy)◆ {❤️アルフレッド・デラーは1940年代登場だが、昔から教会合唱で伝統的に実践されていたようだ} p654 『ナポレオンの最後の局面』{‘Napoleon, the Last Phase,’}♠️趣味の良い絵画、とのことだが何を指してるか調べつかず。{❤️ググるとNapoleon at St. Helena, the Last Phase (after James Sant)と言うリトグラフが見つかった。元は1910年代の作品のようだ} p721 フェニックス・パークの連続殺人♠️ Phoenix Park Murdersは1882年ダブリンで起きた過激派による政治家暗殺事件。英Wikiに項目あり。 p801 南アメリカのモンテヴィデオ♠️ Montevideo: ウルグアイの首都。スペイン語なので「モンテビデオ」と発音してね。(英国人が言ってるので「ヴィ」で良い?) p827 ウィルトン・オン・シー♠️架空地名だが、ウェストン= スーパー=メア(Weston-super-Mare)がモデルか。 p889 泣くのはご婦人方だけ♠️男は涙を見せぬもの p1045 配達人がこの電報も一緒に届けてきました。お返事はいかがいたしましょう?(the postman brought this telegram at the same time. Is there any answer?)♠️メッセージや電報は少年が自転車で運んでいた時代(district messenger)。返事があれば、その場で書いて渡せるのだろう。 p1069 昼食どきを告げる銅鑼♠️確かに広い屋敷ならそーゆーお知らせ用の銅鑼が必要だね。 p1213 ギルバート&サリヴァンのオペラ… 『古城の衛士』… 「よく生きるよりもよく死ぬがやすし。われはいずれも試したれば」とフェアファックス大佐が唄う(“It is easier to die well than to live well, for in sooth I have tried both,” says Colonel Fairfax)♠️The Yeomen of the Guard, or The Merryman and His Maid(1888) Colonel Fairfaxの何の歌かは調べつかず。{❤️第一幕、フェアファックス大佐がBallad "Is life a boon?"を歌う直前のセリフ} p1370 自動式拳銃(automatic pistol)♠️これは前述の警察用Webley Self-Loading Pistol 32口径か、軍仕様の.455口径(制式1912年)だと良いなあ。(ただの妄想です) p1452 空薬莢に合致(fits the empty cartridge)♠️線状痕検査は1925年にやっと実用的な方法が米国で開発されたばかりで、有名になったのは1929年ヴァレンタインデーの虐殺事件からなので、当時の英国では大雑把に薬莢と弾頭が一致、とかで判別するしかなかったのだろう。 p1463 破壊力のある軍用弾(the heavy Army type)♠️軍用だとダムダム弾の禁止に関するハーグ宣言(1899)により体内で潰れて無用の苦しみを与える柔らかい弾頭が禁止されているので、硬い外皮があり貫通しやすい。{❤️heavyは「重い」が好き} p1539 家政婦のシモンズ夫人(Miss Watson)◆ {❤️単純ミス。すぐ後でワトスン嬢と会ってるのでアレ?となる。2025-01-23追記} p1540 クリケットの試合で、白熱した終盤を期待していたのに、二十オーバーほどで敵方が全員アウトになってしまったようなものです(It’s like a game of cricket, when you expect an exciting ending, and the other side all get out for about 20)♠️ルールが良くわからない。調べてません。{❤️この20はオーバー(正規投球で6球)の意味なのか… 私は20 runs(得点)のように思う。10人でたったの20得点かよ!という感じ。2000年ごろからTwenty20という進行促進ルール(1イニング20オーバーが上限)が存在するので誤解したのか?} p1706 捜査協力(inquest)◆ {❤️ インクエストを知らない?2025-01-23追記} p1708 警察は容疑者を特定できないまま事案を大陪審に引きわたし、陪審団は単独か複数かもわからない未知の容疑者を起訴するか否かを決定すべく審問を開始した(The police did not press their case against any particular individual, and the jury returned the usual verdict against some person or persons unknown)♠️ここはインクエストの場面のはず。お馴染み「一人または複数の犯人による殺人」という評決を出した…という意味では?{❤️インクエストはちゃんとした解説が全く無いので誤解されてる。まあ誰も重要視してない制度なのだろう。試訳「警察はこの事件の特定容疑者を示さず、陪審はお馴染みの「一人または複数の犯人による殺人」という評決に至った」} p1709 陪審団の意見(Opinion)◆ {❤️一般の意見、世論} p1836 事情聴取(inquest)◆ {❤️ インクエストを知らない?2025-01-23追記} p1837 車掌にチップをたっぷりはずんで客車車輛ひとつを占有予約した【...占有した】(the carriage reserved by a well-tipped guard)♠️コンパートメントを独占した、という事だと思う。さすがに一輌全部は無理だろうし、そうする意味もない。{❤️試訳「車掌にチップをはずんだので客車が用意されていた」} p2011 『ミカド』…「生け贄の羊はいつか見つかるもの」♠️ The Mikado; or, The Town of Titipu(1885)第一幕Ko-Koの唄As some day it may happen that a victim must be found p2022 ステニー・モリスン事件♠️Steinie Morrison、1911年に逮捕され、死刑宣告を受けたが、無罪を主張。抗議のハンスト中に獄死。Webサイト「殺人博物館」にまとめあり。 p2024 楽々有罪判決をくだす(drive a horse and cart through the whole thing)◆ {❤️ なにもかも駄目にする、という意味。コックニーでhorse and cart= fartとなる2025-01-23追記} p2109 新たなワトスン卿(now Sir Ronald Watson)◆ {❤️ほら、ヘンテコになっちゃった。ここ以降の「ワトスン卿」は大抵Sir Ronald。p248、p3060参照} p2152 とても良いラジオ受信機♠️ 英国のラジオ放送は1922年5月開始。1925年夏には聴取数が150万件に達していた(当時の人口480万人)。 p2154 コントラクト・ブリッジ(a game of bridge)… 手札をさらしているとき(“dummy”)◆ {❤️ いずれも不正確。オークション・ブリッジとコントラクト・ブリッジの境目は1925年なので、田舎でのこのゲームはは多分オークション・ブリッジと思われるが、bridgeとしか書いてないのだから補いは不要。後段の方は「ダミー」で良いよね? 2025-01-23追記} p2261 探偵という職業は彼女の嫌うもの(the very distaste for his profession)♠️イヌとかスパイというイメージだろうか。でもウィムジイものからは、そんな感じを受けないが。 p2271 チェダー峡谷洞窟(Cheddar Gorge)♠️有名な観光地。〈ソロモン王の寺院〉(King Solomon's Temple)も登場する。 p2855 ピカデリー・サーカスの公衆電話局(the Public Telephone Call Office at Piccadilly Circus)♠️public call officeなら、ホテルのロビーや駅の待合室などに設置された公衆用電話ブースや屋外の公衆電話ボックスのこと。有名な赤い電話ボックス(Kiosk No.2, K2)は1926年からの設置。Kiosk No.1は1921年から設置されている。 p3060 男爵ロナルド・ワトスン卿(Sir Ronald Watson, Baronet)◆ {❤️正確には準男爵。世襲称号だが貴族(Lord)では無い。HM卿も準男爵だ} p3181 まずは夕食… そちらのお三方は正装をお持ちじゃないようですから、ありあわせのもので…♠️私的な夕食でも正装が要求される… p3192 ワインを飲みながら葉巻など吸っては、祖先が墓のなかであばれだす(Our ancestors would turn in their graves if we smoked with the port)♠️味覚的にダメだよね。{❤️ここはsmokeとportを生かしたい。葉巻ではなく「煙草」だろう} p3496 「Zはどうした?」Aが声をあげた。女中は驚いた顔になった。この邸ではそんなに荒っぽく話しかけられることがないのだろう♠️上品な邸ではそういうものらしい。 p3557 いちばん調子のいい車(the best car)♠️一番スピードの出せる車、かも。{❤️「一番良い車」でした} p3929 新しい銀行口座... 遺言状(That accounts for the Will)◆ {❤️ 試訳「それで遺言状の説明がつく」2025-01-23追記} |