人並由真さんの登録情報 | |
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平均点:6.34点 | 書評数:2199件 |
No.959 | 7点 | 被害者を捜せ! パット・マガー |
(2020/09/13 15:00登録) (ネタバレなし) 1944年のクリスマス。アリューシャン列島(アラスカからロシアに向けて伸びる列島)に駐屯するアメリカ海兵隊員たちは、娯楽、特に読むものに飢えていた。そんななかで「ぼく」ことピート・ロビンズは慰問品を梱包していた新聞紙の切れ端から、地元のワシントンでの勤務先の会社「家事改善協会」の総代表ポール・ステットソンが、会社の幹部の誰かを殺したという事件を知る。だが新聞記事の紙片は中途半端に破れ、誰が殺されたかが不明。ヒマを持て余すロビンズの仲間たち十数人は、ロビンズのワシントンでの数年間分の述懐を聞き、殺された可能性のある10人の幹部の中から<いったい誰が被害者なのか>を当てる、賭け金込みの推理勝負を始める。 1946年のアメリカ作品で、作者マガーの処女長編。 いまさら改めて紹介するまでもない、ミステリ史に輝く革新的な作品(厳密には類似の前例はあるようだが)。 評者は大昔の少年時代に、中島河太郎の「推理小説の読み方」で本作の存在を初めて認知。そんなぶっとんだ趣向の作品があるのかと思って数年後に当時まだ絶版のポケミス(『被害者を探せ』)も入手したが、実際に読み終えたのはそれからウン十年後の今日になった(もちろん創元文庫版)。 ……なんだ評者の場合、『七人のおば』(『怖るべき娘達』)と、ほとんど一緒の作品との付き合い方だな・笑(向こうは「推理小説の読み方」はカンケーないけど)。 それで本作の中身ですが、まず開幕の描写がケッサク。活字に飢えて梱包用の詰め物の婦人用ドレスの広告まで読み漁る悲喜劇の描写は、味噌蔵に閉じ込められためぐろ・こうじ(北上次郎)か、無人島に放り出された読子・リードマンかという図でいきなり爆笑させられる。でもってあまりにも(うまいこと&作者と読者に都合よく)肝心のところだけ破れている新聞記事。その欠損具合のわざとらしさにも腹を抱えて大爆笑。いやこの序盤だけなら、本題の「被害者捜し」という趣向まで踏まえて10点あげたいぐらいであった。 とはいえそのあとはさすがにちょっとクールダウン。いや一本の小説、そして企業内の人間模様ノベルとしては十分以上に面白く(特に中盤で、ドラマを弾ませるカンフル剤みたいな女丈夫、ロレッタ・ノックスおばさんが出てくる辺りとか)、ミステリとして要求される結構にもよく応えているのは本当によくわかる。だけど出だしのインパクトがあまりに強烈すぎて、一種の出オチ的な側面が生じてしまったのは仕方がない(汗)。 あと創元文庫の解説では折原センセイは本作を「カットバック手法」と書いているけれど、ロビンズのワシントン時代の回想が始まってからは、最後の最後にアリューシャン列島での場面に戻るまで一本調子の描写だよね? こういうのってカットバック手法って言わないと思う。 実は個人的にやってほしかったのは、このカットバック手法の技巧で、ロビンズの述懐の合間合間に2~3回ほど、アリューシャン列島側の短い叙述をつっこんで海兵隊員たちのキャラクターをそれぞれもうちょっと事前に見せておけば、最後の推理合戦の部分も「おお、あの海兵隊員は、あの被害者を推すのか!」的にクライマックスとして盛り上がったのではないか。その辺はぶっとんだ革命的な作品ながら、さすがにまだまだ習作っぽい処女作という印象もあった。あと、最後の決め手の手がかりは、もうどうしたって後年の日本人にはわからないよね。 そんなこんな、さらにはわざと趣向を曖昧な感じにしたタイトルまで含めて、個人的にはやはり『七人のおば』(『怖るべき娘達』)の方がより完成度の高い作品という思いではある。 ただし本作の奇想的なインパクトとそれを支える舞台設定の叙述のパワフルさは、ゆるぎのない普遍的なものだと今でも信じる。そしてラストのくすぐったい(どっかにラブコメティストを感じる)クロージングも素敵。素晴らしい作品なのは間違いはないでしょう。 マガー初期作5本の、残りの未読の3冊も楽しみじゃ。 |
No.958 | 6点 | THE QUIZ 椙本孝思 |
(2020/09/11 15:24登録) (ネタバレなし) 大学生・笠間翔太は、学友で恋人の添川陽奈とともに、応募倍率数百倍というクイズ番組に回答者として参加した。彼らを含む回答者10人は相応に優れた頭脳の若者ばかりで、人気の司会者・萩尾康平の進行で企画がスタートする。だがこのクイズは、一問ごとに不正解の者が順々に振り落とされ、その失格者は殺されるという恐怖の趣向だった。 この作品の味わいを例えるなら、さだめし、流行りものということは聞いてはいるが、自分(評者)からはまず手を出さないタイプの青年漫画みたいな感じ。そんな感覚で語られる、ホラーミステリ。 途中の展開はこの手のものとしては及第点は取っていると思うし、中盤の山場のイヤンな感じもそれなりに鮮烈ではあろう。 2時間で読み終えられる内容だが、こんなイカれた設定なのでラストはさぞ投げっぱなしで終わるかと思いきや(中略)。まあよくあるオチの変種ともいえるが、妙な余韻を残すのは評価。たまにはこういうのもいいです。 |
No.957 | 5点 | その死者の名は エリザベス・フェラーズ |
(2020/09/10 12:56登録) (ネタバレなし) 1930年代の後半(たぶん)、その年の1月。英国の片田舎チョービーの村。ある夜、そこに住む40代前半の未亡人アンナ・ミルンが、自分の車で人を轢き殺してしまったと青年巡査のセシル・リートに訴える。路上の死体は村で見かけない中年の男で、やがてその死体と現場の状況にはいくつかの不審な点が露見。そして肝心の死体の身元が判然としなかった。土地の警察の巡査部長サム・エッグベアは捜査を進めるが、そこに現れたのは彼の旧友で元事件記者のトビー・ダイク、そしてトビーの相棒のジョージだった。 1940年の英国作品。評者はフェラーズ作品は、この数年内に翻訳されたノンシリーズものはいくつか読んでいるが、トビー&ジョージものはこれが初めて。一応、読む順番を選ぶことができるのでシリーズ第一弾(作者のデビュー長編)の本作から入ったが、読み終えての全体の感想は、面白いような、そうでもないような……といったところ。 被害者の素性が半ばで一応は見定められたもののまだ疑義が残り、そして……(中略)の流れとか、終盤の(中略)とか、ミステリの作法として処女作からそれなりに高いハードルをこなそうとしている意欲は評価したい。ただし肝心の真相の相応の部分の明かされ方が(中略)というのは、ちょっとイージーに思えたりする。最初の事件(人死に)に至る事情の流れなんかは、なかなか面白いとは思ったんだけれどね。 ちなみに主人公探偵コンビのトビー&ジョージの実質どっちがホームズでどっちがワトスンかわからない? という趣向は、なんかノックスを思わせる感覚で笑ったけれど、訳者あとがきななどで「迷探偵」と称されているのがわかるような、いまひとつピンとこないような……。この辺は本書の翻訳刊行の時点で、すでにのちのシリーズ作品を先に読んでいた当時の現在形ファンならわかる感触だろうか? 個人的には翻訳はおおむね悪くはないと思うが、一部の人物名の表記で妙なこだわりがあるのが、ちょっとひっかかった(エメライン・マクスウェル→ほぼ一貫して「奥方」とか)。ただしこれは、役者があえて原文のクセを拾い上げたのかもしれないけれど。 あとジョージが自分の苗字で延々と人をケムにまくのは、これは今後シリーズを読み進めれば、事情が見えてくるんだよね? それなりには楽しめたけれど、期待したほどではなかったかな、という感じ。評点は実質5.5点というところで。 |
No.956 | 7点 | 危険な未亡人 E・S・ガードナー |
(2020/09/09 14:18登録) (ネタバレなし) 『吠える犬』事件の公判でメイスンの戦果を認めた、富裕で若々しい68歳の未亡人マチルダ・ベンスン。そんなマチルダはメイスンの事務所を訪れ、賭博船「豊角(ホーン・オブ・ブレンディ)」にてギャンブルでの負債を抱えた孫娘シルヴィア・オックスマンに関するトラブルを訴える。富豪のマチルダがシルヴィアの負債を払うこと自体は可能だが、シルヴィアの夫でブローカーのフランクがさる利権上の理由から離婚を画策。それで離婚時に自分を有利にするべく、妻がだらしないギャンブル依存症という証拠となる、胴元からの借用書を入手したがっている。だからメイスンにそれを阻止してほしいと願うのだ。かくして相棒の私立探偵ドレイクを連れ、賭博船に乗り込むメイスンだが、船上では予期せぬ殺人事件が。 1937年のアメリカ作品。メイスンものの第10作目(長編限定?)ということで、割とシリーズ初期の作品だと思うが、洋上の大型ギャンブル船という閉鎖された舞台に二回に渡って乗り込んでいくメイスンの実働が、40~50年代私立探偵小説っぽくてステキ。 特に第二回目の乗船では相棒のドレイクとも別働し、そこで心身ともに機転の利いた動きを見せる(公的で客観的な記録をわざと残させるため、半裸になって自ら身体検査を受けるあたりの見た目のみっともなさも、逆説的にカッコイイ)。メイスンものでこういう趣の楽しさを感じるのは本当に久々、いや初めてかもしれない。 メインゲストキャラのマチルダばあちゃんは、メイスンの事務所を訪問早々「私は別に殺人を犯したわけではない」と軽口ジョーク。いや、作中のリアルでメイスンが何度も殺人事件に関わり合い、それが世の中にも広く報道されていることを前提にしたジョークだろうが、素で読むと<弁護士の事務所に入室して、いきなり自分は殺人犯ではない、と主張するおかしなばあさん>である。しかもポケミスの裏表紙あらすじでは、そんな冒頭の一幕をいかにもいわくありげに書いてあるものだから、なんかオカシイ。大昔からポケミスのこの記述は、妙に心に引っかかっていた。 殺人の謎ときがやや複雑でせせこましいという難点はあるが、一方でサブストーリーとして語られる、ドレイクが使う外注のフリーの探偵稼業の面々の挿話なんかも興味深い。今のハムラアキラみたいな苦労話って、昔からあったんだよ。 これまで読んだメイスンシリーズの中でも、割と面白い方でしょう。 |
No.955 | 7点 | 北アルプス殺人組曲 長井彬 |
(2020/09/08 13:02登録) (ネタバレなし) 躍進中の若手画家でアマチュア登山家の植垣達雄が、北アルプスで死亡する。植垣の友人でピアニスト、そして登山の心得がある竜泉寺純は死体が発見された山地の近隣にいたが、その植垣の死の状況にはいくつかの不審点があった。独自の調査を進める竜泉寺は、植垣の家族、そして植垣が登山時に同行していたという女性教師・藤原美佐に接触するが。 長井作品は大昔に読んだ『原子炉の蟹』以来だが、本サイトでのnukkamさんの諸作へのレビューが良い感じなので、興味が湧いて手にとってみる。(今回の本作は先日出向いた先の古書店で、帯付きだがあまり状態のよくないカッパ・ノベルス(本作の元版)を50円で買った。) ストーリーに必要な情報だけをポンポンと並べてくれる感じの文章(文体)はややそっけないが、それだけに非常に読みやすい。 主な舞台の一角となる北アルプス南岳についても、ちゃんと現地の山岳図が掲載されているし、特に地形のややこしさが読む側の負担になることもない。実は読む前はそのへんがちょっと面倒臭そうかなと危ぶんでいたが、幸いに杞憂に終わった。 冒頭の怪死? の謎、中盤の変死の謎、そして後半の密室殺人の謎、どれも小粒感が漂うのはナンだが、さらにこれらにアリバイの謎? をからめて、かなり意外な真相が待っていた。いや、nukkamさんやパメルさんのおっしゃるように犯人そのものは大方の察しが付くのだけれど、こういう大技を仕込んでいたか、という驚きではある。 それともうひとつ、(中略)トリックはかなり豪快で、第三者に犯行進行中に何らかの形で露見してしまう危険性を考えたら、かなりコストパフォーマンスの悪い行為だったとは思う。まあフィクションでエンターテインメントだから良いのだが。 評点は0.5点オマケ。 |
No.954 | 8点 | ふくろうの叫び パトリシア・ハイスミス |
(2020/09/07 14:35登録) (ネタバレなし) 悪妻ニッキーと別れ、ニューヨークからペンシルヴァニアに転居・転職してきた29歳の商業デザイナー、ロバート・フォレスター。精神的に疲れきっていたロバートは、通勤中に見掛ける住居に暮らす美しい若い娘を眺めるのが、日々の心の安らぎだった。だがある冬の日、思いが嵩じたロバートはその娘ジェニファー・ティーロルフの家の敷地に踏み込んでしまう。心の過ちを恥じて謝罪して退去しようとするロバートだが、ジェニファーもまた数年前のさる悲しい事情から心に傷を負っており、彼に何か似たものを感じた。ロバートに自ら接近していくジェニファー。しかし彼女の婚約者の青年グレッグ・ウィンターズはそんな二人の関係を許すわけもなく、やがてグレッグはニッキーとも結託。ジェニファーの求愛に慎重な状況のロバートを、半ば力づくで追い詰めていく。 1962年の英国作品。 メインキャラ4人の立ち位置の微妙な変遷が読みどころのサスペンスミステリで、この妙味はなかなかつたえにくい。それでもそれぞれの主要人物の基本軸は、最初から最後まで一貫してるのだが。 とにかく溜息が出るくらいに鮮やかな技巧で、かつ作家なりの思弁がつまった一冊。特に大小の役割のキャラクターを無駄にしない作法が見事。数時間、ハイテンションで一気に読み切り、最後には読み手としての強い燃焼感に包まれる作品である。 読後感の方向性すらある種のネタバレになるおそれがあるので、詳しくは言えないが、とにもかくにも一冊のよくできた心理・群像ドラマに付き合った疾走感は大きい。 特に後半、主人公ロバートの苦境のシーンでとんでもなく(中略)なキャラクターが出てきて、ここまで主人公を(中略)したところで、<こんなタイプ>のサブキャラを出すなんて、ハイスミスおばさんずるいよ、と一瞬だけ思ったら、さらにまた(中略)。 ハズレがまったくないとは言わないけれど、読むたびに唖然とさせられるハイスミス作品。本筋? のリップレー(リプリー)ものとあわせて、どんどん楽しんでいきましょう。 |
No.953 | 7点 | ポンスン事件 F・W・クロフツ |
(2020/09/06 20:53登録) (ネタバレなし) その年の7月。ロンドンから少し離れた田舎町ハーフォード。屋敷ルース荘の主人で引退した鉄工所の社主ウィリアム・ポンスン卿が、ある夜、姿が見えなくなった。気がついた執事バークスと使用人イネスが捜索を開始。やがてウィリアムの別居している息子オースチンにも知らせが行くが、当の老主人は近所の川で死体となって発見された。当初は事故死と思われたが、ウィリアムの友人の医者ソームズは他殺の可能性を指摘。スコットランドヤードのタナー警部が捜査に乗り出すが、主だった関係者たちにはそれぞれアリバイがあった。 1921年の英国作品。 少年時代に購入して数年前から読みたいと思っていたが、家の中の本が見つからない。そうしたら昨日ひさびさに出かけた古書市で、家の中にあるはずのものとほぼ全く同じ装丁の創元文庫(1974年の第10版)を発見。ちょっと迷った末に、売価300円+消費税で買ってきた。 それで帰宅してからすぐに読み始め、二日間で読了。 例によってパズラーというより地道な警察捜査小説だが、容疑者の揺れ動くアリバイ、ほぼ同格に数を増していく被疑者たち、とミステリ的な趣向でも普通に面白い。海外にまで懸命に容疑者を追跡するタナーの奮戦ぶりも盛り上がる。 しかし創元文庫のトビラにはずいぶんとトリッキィな作品のごとく書いてあるので、それでかねてより興味を煽られていたが……ああ、こういう意味合いで、ね。いや、今となっては素朴な感じもあるけれど、謎解きミステリとしての狙いどころは21世紀の現代でも、時代を超えて微笑ましいと思う。告白による真相解明の部分がちょっと長過ぎる気はするけれど、こういうのはまだまだ好きですよ。 ちなみに最後まで忘れていたけれど、どっかの雑誌か評論本かなんかの記事で、この作品の大ネタ((中略)は(中略)は(中略))を教えられていたんだったよな。 最後になるまでそのことは完全に失念していた。ジジイになってから初めて旧作ミステリを読んだおかげゆえの僥倖ってのも、タマにはある(笑)。 評価は、これを当時ドヤ顔で書いたのであろう? クロフツの茶目っ気を微笑ましく思って、0.5点オマケ。 |
No.952 | 6点 | 被害者は誰? 貫井徳郎 |
(2020/09/06 01:03登録) (ネタバレなし) 連作中短編の4作を一冊にまとめつつ、各編のボリュームはものの見事に不均一。 軽めの技巧派ミステリの連作ながら、その辺の長さの件も含めて、なんか予め思っていたものと違うものを読まされた感じ。ただしそれはそれで、各編、悪い印象ではない。 一番長い最初の話の大ネタはおおむね読めたが、まとめ方はこちらの予想の上をいっていた。 第二話の妙な舵の切り方もちょっと面白い……かな。 器用な作者だから、こういうややライトな技巧派ものも書いていたのは十分に予期の範囲だったけれど、評者が実際に読むのはたしかこれが初めて。 フツーに楽しめました。 |
No.951 | 7点 | 安楽死 西村寿行 |
(2020/09/05 05:29登録) (ネタバレなし) その年の9月8日。静岡県・石廊崎の海中で、26歳の美人看護婦、佐藤道子がスキューバダイビング中に死亡した。死因は呼吸装置の操作を誤っての事故と判断されたが、その十日後、警視庁に、道子の死は事故ではなく殺人だという匿名の通報があった。そして9月20日、新宿の雑踏のなかで一人の記憶喪失の男が見つかり、身柄を一時的に保護された。やがてこの二つの事件は、一つの流れに繋がってゆく。 ガチガチの社会派ミステリ(体裁は警察小説)だが、海底の自然描写、病苦の果てに絶命する老犬や海中の生き物などの動物描写に作者らしい筆づかいが感じられる。 初期作で、のちのちの作風とはかなり趣を違えるとはいえ、ああ、西村寿行の作品だという実感に変わりはない。 登場人物では、主人公の二人(鳴海と倉持)も良いが、独自の倫理と矜持を最大限まで冷徹に追い求めることにロマンを感じる医師会の大物・九嶋のキャラクターが出色。初期の寿行はこういう、味方にすれば心強いが敵に回したらコワイ、タイプのキャラも書いていたんだねえ。 殺人トリックへの執着は、いかにも寿行の初期作品らしい組み立てぶりだけれど、被害者に向けて仕掛けた、(中略)まで利用するという発想にはニヤリとした。寿行作品のなかではたぶんトップクラスにマトモなミステリっぽい作品だとは思うけれど、それでも<こういうイカれたファクター>を混ぜ込んでくるあたり、やっぱりこの人だなあ、という思いを強くする。 扱っている社会派ミステリ的な主題は、とにもかくにもマジメなもので、この一冊でたぶん、当時の時点で作者が抱え込んでいた、この方面へのルサンチマンは、すべて吐き出したんだとは思うよ。 エンターテインメントとしてはちょっとこなれのよくないところも感じたものの、読み応えは十分にあった。 |
No.950 | 6点 | 気まぐれスターダスト 星新一 |
(2020/09/03 21:21登録) (ネタバレなし) 2000年3月25日初版。出版芸術社が21世紀初頭前後に刊行していた、前世代~現代(当時)のミステリ、ファンタジー、SF作家たちの比較的入手しにくい中短編を発掘する叢書「ふしぎ文学館」の一冊。 本書は1997年に逝去した星新一、その幻の処女作や雑誌に掲載されたまま書籍化の機会のなかった作品、さらに稀覯本として高い古書価がついているジュブナイル中短編集『黒い光』の表題作ほか、なかなか読めない作品ばかりを集成した内容で、星ファンには確実に貴重な一冊。 一般読者向けの幻の作品を集めた「PART1」と、『黒い光』ほかのジュブナイル編の「PART2」、その二部構成になっている。 個人的には、少年時代に購入しそこねた秋田書店のジュブナイルSF集『黒い光』(の表題作)が読みたくて購入。 もともと大昔に『009』とか『8マン』とか『鉄人28号』とかのサンデーコミックス(小学館の「少年サンデーコミックス」ではなく、秋田書店の1960年代からのややこしい名前の新書版コミック叢書のこと)の中に、秋田書店の児童向け書籍販促の折り込みパンフが挟まれており、そこでこの『黒い光』も紹介。 そのパンフのイラストには、洋館らしき屋内で緊張する少年のアップと、彼を階段の上から見下ろす甲冑の怪人(実写版『ジャイアントロボ』の悪役幹部、ミスター・ゴールドみたいな)風の人物が描かれており、おお、この怪人が「黒い光」か!? とワクワクしたのを何となく覚えている。 しかし今回、実作を読んでみたら、そんな甲冑の怪人なんかどこにも出てこなかった……(タダの鎧すら登場しない)。一体、何だったのだろう、アレは? でもって、その本題の『黒い光』の内容だが、都内周辺で一定範囲の空間から突如光が消えて、突然、完全な闇が発生する怪事件が続発。その闇の中で今まであったはずの物品が消える怪事も起きる。当初は単にイタズラ的な騒ぎだったのだが、次第に高価な宝石までが盗まれる事態に……と話がオオゴトになっていく。 事件の背景にある科学設定なんかはいかにも昭和のSFジュブナイルという感じで、特に星新一らしさとかは感じない、香山滋だろうと高木彬光だろうと誰が書いてもいいような一作だったが、まあ個人的にはもともとこういうものが嫌いではない、というよりお好みなので、特に作者の名前は勘案せずに楽しんだ。 (ただまぁ、本音を言えば、やっぱこういうジュブナイルって、雑誌連載時か元版書籍にあった挿し絵付きで読みたいのよね。まさに無いものねだりだけど~汗~。) それで今回の『気まぐれスターダスト』所収の作品群総体は、執筆された時期の幅も広く、掲載雑誌とかもバラバラなので、出来ははっきり言って玉石混淆。長めの作品の中には、夜中に読んでいて眠くなってくるものまであった(すみません)。 そんな中で、全編を読んでの個人的なベストは、パート1の最後に並べられた『火星航路』。手塚マンガの『(旧)ライオンブックス』の一編にありそうな、男女の愛を軸にした人間ドラマ宇宙SF。あまりにも重い状況を軽やかに語る、作者の冷えた筆づかいもいい。作中の主人公夫婦の明日に幸あらんことを。 |
No.949 | 6点 | 砂糖とダイヤモンド コーネル・ウールリッチ |
(2020/09/03 19:47登録) (ネタバレなし) 10年くらい前にどっかのブックオフで、状態の良い帯つきの本書を100円均一コーナーで購入。残りの5冊もないかと思ったが、そんなにうまい話がそうそうあるわけもない(笑)。 これも蔵書の中から本が出てきたので、少し前からチビチビ読んでいた。 旧訳ですでに一読しているのも読み返し、かなりバラエティに富んだ内容をしっかり楽しむ。 以下、読書メモも兼ねての各編の寸評。 「診察室の罠」 ……初のミステリ短編だそうである。21世紀現代の目で見ればいろいろツッコミどころも多いが、ストーリーテリングの妙は、すでにこの初弾の一編から冴え渡っている。 「死体をはこぶ若者」 ……本書の中でもかなりドラマチックな状況で、袋小路に追い込まれていく主人公の焦燥が圧巻。それだけにラストに驚愕。 「踊りつづける死」 ……ウールリッチらしい、謎解きの興味をくわえた都会派サスペンス。ちょっと破天荒な印象もあるが、そこもまた味。 「モントリオールの一夜」 ……異郷もの。最後の反転は印象的だが、全体的にやや肉厚な感触の一編。本作を収録した原書「six Nights of Mystery」は同一テーマの連作編(主人公はバラバラらしいが)というので、一冊の書籍の形でどっかで邦訳してくれないものか。 「七人目のアリバイ」 ……ノワール要素の強めな話。ラストの皮肉はオチは、まさにウールリッチの持ち味のひちつ。 「夜はあばく」 ……インパクトの凄さでは、地味にこれが本書の中で随一かもしれない。この作品のある部分の逆位相的な短編を、ウールリッチ自身がのちに書いているよね? 「高架鉄道の殺人」 ……創元の短編集に収録された時から大・大好きな作品。主人公の刑事もいいが、それ以上に大都会のど真ん中を貫いて疾走する高架鉄道のロケーションが最高にいい。当時の情景をCGで完全再現した、本編90分くらいの新作映画とか作られたら、サイコーだろうなあ……。 「砂糖とダイヤモンド」 ……大事件に関わりあってしまった小悪党(小市民)の窮地譚。ラストのオチを勝負どころにしながら、物語全体を楽しんで書いている作者の顔が覗くようで、快い一編。 「深夜の約束」(初期ロマンス短篇) ……ボーナストラックの、初期作の非・ミステリ。短めなんであっという間に終わってしまうが、良くも悪くも人間のある種の面倒くささを感じさせる物語のまとめ方は、いかにもウールリッチ。 読み終わって解説を読んでから、改めてこの短編集シリーズが編年順に編纂されており、それゆえ第一巻の本書がウールリッチのミステリ作品としてはかなり初期のものばかりになるのだと意識した。初期の頃からこれだけバラエティ感豊かに作品を連発できたんだんだから、作家としても大成する訳である。 巻末の解説は丁寧で、資料も仔細。個人作家の短編傑作選の叢書としては、これ以上のものはないでしょう。 |
No.948 | 7点 | 兄の殺人者 D・M・ディヴァイン |
(2020/09/02 05:14登録) (ネタバレなし) ディバインは最後に刊行された邦訳2冊(『医師』『紙片』)しか読んでなかったのだが、だいぶ前に古本で買った本作の教養文庫版が蔵書の中から見つかったので、このたび一読してみる。 うん、評価の高い作品だけあって、ストーリーはハイテンポ、主要登場人物も描き分けられている。先に読んだ2冊よりずっと面白い。 3~4時間でイッキ読みしてしまったが、クライマックスはまんまと直前のミスリードに引っ掛かった。まあそんな甘ちゃんのおのれ自身に苦笑しながら、一方でそういうタイプの読者だから(中略)……と自分を慰めてみたりする(笑)。 ただしメイントリックは、刊行された時代を考えれば、思い切り旧弊なものだよね。警察の捜査会議の場で、列席した刑事の誰ひとりとして<その可能性>を取り沙汰さなかったのか、かなり不自然な感じがしないでもない。 あと、真相がわかったあとで考えれば、(中略)でこれまで乗り切れてきたというのも、今後もそのままのつもりだったというのも、かなり無理筋では? いや、とにかく読んでいる間は十分に楽しめたんだけれど。 |
No.947 | 7点 | 日曜日ラビは家にいた ハリイ・ケメルマン |
(2020/09/01 13:05登録) (ネタバレなし) マサチューセッツ州の一角、バーナード・クロシングの町。そこに駐在するユダヤ教の青年ラビ(律法学士で地域の教徒の指導者)、デビッド・スモールは、アマチュア名探偵としてこれまでにもいくつかの事件を解決してきた。この地での任期も6年に及び、土地の若者たちからも敬愛されるラビだが、最近になって地元のユダヤ教徒の集団「信徒会」のなかに、主流派と反主流派の抗争が勃発。信徒会の会長で電子工学会社の部長ベン・ゴーフィンクルは、自分たち主流派に与しなければ今後のこの地でのラビ任命を打ち切ると「ラビ」スモールに威嚇してきたが、ラビにはそれは了解しがたい意向だった。そんな中、信徒会の面々の息子や娘たちが容疑者になる殺人事件が発生して。 1969年のアメリカ作品。 「ラビ」シリーズの3作目で、評者は久々に本シリーズを読んだ。 それで先にnukkamさんもおっしゃっているが、ポケミス本文230ページのうち、マトモにミステリになるのは全体の5分の3くらいになったところで、それまでは信徒会周辺の軋轢模様、そしてその騒ぎに巻き込まれたラビの苦境が延々と語られる(のちのちのミステリとしての展開のための伏線なども、それなりに忍ばされているが)。 ただこれがユダヤ教門外漢のこちらにはツマラナイかと言えばそんなことなく、ローカルタウンの群像ドラマとして非常に面白い。 反主流派の狙いはユダヤ教教会のまっとうな運営とかではなく、伝統のある地域集団としての同教会内で役職を得て社会的な権威・肩書を得ること。一方で主流派の方も、反主流派が実際にとにもかくにも教会のために行ってきた寄付などの貢献を適切に評価せず、相手の言い分をほぼ全面的に否定にかかる。ラビはこの双方の身勝手な陣営にはさまれて苦労するわけだが、ここにさらに中立派やラビの愛妻ミリアムの物言いなんかがからんできて、小説として実によくできている。 実際、なんかね、ユダヤ教うんぬんを抜きにしても、現実の近所の町内会での人事争いみたいな敷居の低いミニタウンドラマなのよ。 そんなわけで、後半になってのミステリへの転調がやや唐突に思えるくらいだが、もともとこちらはミステリを読もうと待ち構えていたわけだし、それに前述のようにかねてから先に前ふりを設けてある面もあるので、ちょっと読み進むうちに前半からのローカルドラマと本願のミステリ部分も融和してくる。 最後の方になると双方の興味の相乗でもうページをめくる手がとまらない。 実のところミステリとしての興趣というか趣向は短編ネタクラスなんだけれど、伏線・手がかり・ロジックを書き連ねることで結構な読み応えは感じさせている。ギリギリまで明かされない真犯人も、かなり意外な方であろう。 最後の古き良き時代のアメリカ、的な、さらに……のクロージングまで心地よく、久々に手にした「ラビ」シリーズ。十分に楽しめました。 まだ何作か未読の翻訳分が残っているけれど、さらに今からでも未訳のシリーズ4冊が出ないだろうか。まあムリっぽいけれど(涙)。 |
No.946 | 6点 | 帰らざる夜 三好徹 |
(2020/08/31 05:13登録) (ネタバレなし) その年の秋。都内のある会社の営業職の青年・辺見武司は、仕事で関西にいるはずの新妻・早苗の姿を東京駅のホームで見かけた。不審を覚えた辺見は早苗の足跡を確かめるが、その行方は杳としてしれない。やがて彼女の消息を追って名古屋に来た辺見は、関係者の華道家・池上春海を追跡し、その先で予想しなかった殺人事件に遭遇。そしてその事件は、辺見を驚愕の事実へと導いていった。 1967年9月から翌年1月まで新聞連載されたフーダニットのパズラー。 (なお恐縮ながら、先のkanamoriさんのレビューを読むと、トリックに関するコメントの部分で真犯人が限定されてしまうおそれがあるので、これから本書を楽しむ気のある方は、その旨だけはご注意。) 講談社文庫版で夜中に読み始め、3時間で読了したリーダビリティの高い一冊だったが、少なくとも読んでいる間は退屈はしない。 それで同文庫巻末の解説(権田萬治が担当)によると、本作は新聞連載時には「犯人当て懸賞小説」の体裁をとっていたようだが、さすがに毎日山場を設けなければならない? 新聞小説らしく、物語の起伏は豊富。 また容疑者の頭数もかなりのものだが、一方で怪しい奴を出すために、かなり強引に事件のなかにひっぱりこまれた登場人物もいるように思える(笑)。 (しかし連載当時、物語のどのタイミングで<読者の犯人当ての応募>を区切ったのかが気になる。ここらかな? と思える箇所はあるが、「そこ」まで読むと犯人当てとしてはやさしすぎるし、それ以前だと手がかりがまだまだ少なくて、難しいような……?) メイントリックそのものは、いかにも昭和のB級パズラーという感じの創意で、個人的には悪くなかった。犯行時のイメージも、ビジュアル的にちょっと面白いかもと思う。 ただまあ(kanamoriさんもおっしゃっているが)真犯人の殺人の動機には説得力が弱いと思うし、少なくともこの殺害状況の必然性はかなり薄いのではないか、と疑問。 お話そのものは随所にムリが目立つ一方で、いろいろと言い訳は用意してあり、その辺の作者の苦労ぶりがなんか楽しくはあるんだけれどね。 ちなみにくだんの権田萬治の解説では、それこそ強引に本作を、ロスマクめいた男のロマンミステリに持ち上げたいような感じだけれど、(そういう作風の気配がまったくないとは言わないが)実際にはかなり違うのではないか、とも思う。だってねえ、肝心の(中略)。 まあトータルでは、佳作といえるとは思いますが。 |
No.945 | 7点 | 素晴らしき犯罪 クレイグ・ライス |
(2020/08/30 21:10登録) (ネタバレなし) 古巣のシカゴを離れてニューヨークを来訪中の弁護士マローンと、その友人であるヘレン&ジェークのジャスタス夫妻。3人はNYで知り合ったハンサムな青年デニス・モリスンと夜っぴいて酒宴を開く。だが実は、デニスは初夜を迎えるはずの新郎だが訳ありで、年上の新妻バーサと別行動を取っているようだった。そんな彼らのところに、デニスの妻が殺されたと警察から連絡がある。急いでホテルに戻ると、そこにあるのは首を斬られた死体。だがその被害者の顔は、新妻バーサのものではなかった。 1943年のアメリカ作品。 評者の場合、少年時代にあの「世界の名探偵50人」(藤原宰太郎)を読んで以来、その紹介記事で心を惹かれ、自分なりに追いかけてきたジョン・J・マローンもの。しかしどうも長編との相性はよくなかった。 最初に読んだのが『幸運な死体』だったが、これがなんというか「本当はもっと楽しめるハズなのに、自分がそこまでいかない」ようなもどかしさばかり痛感。同作のユーモア、ストーリー性、ミステリ味、すべてにおいて、である。だいぶ時間が経ってから読んだシリーズ第一作『マローン売り出す』もそんな感じ。 そんな一方であちこちの翻訳ミステリ雑誌とかで出会うマローンものの中短編には面白いものが実に多く、特にヒルデガード・ウィザースとの共演編は大好物であった(まあこれは、別カウントにすべきかもしれないが~笑~)。 さらにハンサム&ビンゴの『セントラル・パーク事件』なんか、これはもう自分のオールタイム海外ミステリベスト20候補に入るくらいにスキだし。それだけにマローンものの長編と相性が悪い感触が、どうにも辛かった。 そんな思いを抱えたまま、今回は心にハズミをつけて本作(これも少年時代に購入していたポケミスの旧訳版)を読了。 それで、ああ、やっと<本気でスキになれるマローンものの長編>に出会えた! という思いに至った(笑・涙)。 ショッキングな導入部から開幕し、そのあとは主人公3人それぞれの行動で物語をトレース。 特に、旦那ジェークの描写がよろしい。最高クラスにいい女(ヘレン)を手に入れ、さらにナイトクラブ経営者の地位に収まりながら、それでもまだ「作家になりたい」と人生の欲をかいて、取材のために事件の調査に躍起になる驀進ぶりが笑わせる。 関わりのできたNY市警のまともそうな警部アーサ・ピーターソンも実はひそかに作家志望であり、両者が事件のなかでこっそり意気投合してしまうあたりのギャグも快い。何やかんやと、この時代らしい都会派ユーモアが全体的に染みた作品である。 ミステリとしては、事件の真実が少しずつじわじわとあらわになっていくものの、一方でなかなか核心には迫らない。どこに着地するのだろう、とテンション高く物語を追っていたら、けっこう衝撃的な真相を迎えた。 首が斬られたホワイダニットも、ややイカれた感じはするが、ちょっとした奇想かもしれない。 (ちなみにこの作品に関しては、なるべく細かく、とにかく登場してくる劇中人物の名前をかたっぱしからメモしながら読むことをお勧めする。あまり詳しいことは言わないけれど。) シリーズの順番を考えないでつまみ食いで読んでしまったけれど、とにもかくにもマローンものの長編への苦手感はこの一冊でようやく治まりそう。ほかのシリーズ長編も、少しずつ読んでいこう。 |
No.944 | 6点 | 鯉沼家の悲劇 宮野村子 |
(2020/08/29 05:05登録) (ネタバレなし) 平家の落人の末裔として土地の人々から畏怖されるものの、現在は没落の一途を辿る山村の旧家・鯉沼家。同家の家長格だった長男は五年前に謎の失踪を遂げ、今は彼の姉妹である四人の女性と、庶子である五女の血筋だけが健在だった。四人の嫡子の娘の中で唯一、外に嫁いだ次女の息子である「ぼく」こと27歳の春樹。春樹はその鯉沼家から招待を受けて、数年ぶりに母方の実家に向かう。だがそこで遭遇したのは、恐るべき連続殺人事件であった。 光文社文庫の「本格推理マガジン」版で読了。文庫版(普通に本文は一段組)で実質160ページ弱という紙幅。短めの長編というよりは長めの中編と呼びたくなる程度のボリュームだが、連続殺人事件の舞台装置とキャラクターシフトに関しては、この上なく魅力的。 文芸設定も、5年前に行方をくらましたままの伯父、数十年前の春樹の祖父の変死、妾腹の五女の息子で超絶的な美少年、さらには繰り返し怪死の予言を告げるその五女……と外連味に満ちており、国産クラシック・パズラー好きなら途中まで読んでゾクゾクワクワクしない人はいないであろう? と思うほど。 ただまあ、後半になって解決に至る道筋が駆け足になり、真相にはそれなりの意外性やどんでん返しも用意されているのに、それが演出としてまったくもって不完全燃焼なのは本当にもったいない。 高木彬光の『刺青殺人事件』のように作者が物語全体を増量して改稿していたら、もしかしたらかなりの優秀作になったのでは、と思わせる。実に残念で惜しい作品。 まあそれでも、この作品のなかに込められた「謎解きミステリとしてのある種の物語性(というかそのスタイリズム)」は21世紀の現代の作家たちのなかにも、形を変えて脈々と受け継がれているはず。その辺は、本当に有難く喜ばしいことだとは思う。 |
No.943 | 7点 | 嘘、そして沈黙 デイヴィッド・マーティン |
(2020/08/28 14:50登録) (ネタバレなし) その年の7月のワシントン州。50代前半の富豪の実業家ジョナサン・ガェイタンの無惨な死体が自宅の浴室で発見される。「わたし」こと53歳のテディ(セオドワ)・キャメルは、証人や容疑者の偽証を直感的に見抜く技量に長けた「人間嘘発見器」の異名をとる刑事。テディは横柄な年下の署長ハーヴィー・ランドの指示で、被害者ジョナサンの若い美人妻メアリーの証言の真偽を見やることになった。やがてジョナサンの死は自殺と公認されるが、テディはさらに広がる事件の深い奥行きを感じていた。 1990年のアメリカ作品。刊行直後に何らかのきっかけで冒頭だけ読んだ記憶があり、そこで序盤のとある描写が『ジョジョの奇妙な冒険』「キラ=クイーン編」の冒頭の元ネタだと気づいた覚えがある(いや、もしかしたら正確には、当時、どっかでこの情報は、先に誰かから教えられていたものだったかもしれない?)。 ちなみにこの話題は、本作も『ジョジョ』の該当編も本当に最初の部分の叙述なのでネタバレには当たらないものとして、どうぞご了承のほどを。 それで評判がいいので大昔に状態のいい古書(最後のページに鉛筆書きで200円とある)を買ったはいいものの、やっぱりグルーミーで気持ち悪そうなので家の中に長らく放っておいたのだけれど、昨日、蔵書をひっかき回したら出てきた。そこで、タマにはこういうのも……と思って読んでみる。 結果、やや長めの話(文庫で約460ページ)ながら一日で読了。警察小説とサイコサスペンスの要素を加えたスリラーとしてベストセラー&話題になっただけあってリーダビリティは最強。物語のテンポ自体もいいが、ムダに劇中人物に名前をつけない作法も小説のコントロールがきいている(殺される被害者たちとか。それでも犠牲者の事件現場での内面描写などはしっかりやるのだが)。 あと実に残虐で苛烈、さらに真相まで踏み込んでかなり(中略)な話なのに、読んでいる間は不思議にサラッと物語に付き合えるのが長所。メインヒロインのメアリーと、ジョナサンの秘書ジョジョ・クリーク(あ、「ジョナサン」と「ジョジョ」だ(笑))との関係の、最後の最後にわかるオチなんか、なんというか、いい加減で読み手からガス抜きさせるコツを、作者が心得ている感じ。 それとミステリとしての最後のどんでん返しには驚かされたが「ちゃんと伏線を張ってあったぞ」と読者に向けていわんばかりのテディの物言いには笑った。ただまあできれば、地の文で……(中略)。本来ならなるべく早めに、できれば刊行当時に読め、ということだったのか? うん、これ以上は書かない(書けない)。 ラストの「なんかそこまで気をつかわんでも、読者にエンターテインメントせんでも……」という感じのクロージングもなかなか心地よい。書き手が工夫を凝らしたエンターテインメントなのは認める。 そんなに思い入れるようなタイプの作品ではないが、総体的によく出来た作品なのは間違いない。 評点は迷った末にこれで。8点でもいいんだけれどね。 |
No.942 | 6点 | 死の競歩 ピーター・ラヴゼイ |
(2020/08/27 04:41登録) (ネタバレなし) 1970年の英国作品。 これも購入してウン十年目に、ようやく読んだ蔵書の一冊(笑・汗)。 評者はクリップ&サッカレイものは、大昔に先に別の作品を2冊ほど読んでいるハズである。内容はもうまったく、どちらも忘却の彼方だが。 本作に関しては、都筑道夫がこの作品について語ったエッセイなどが有名。 ただし個人的には、刊行当時の「ミステリマガジン」の読者欄「響きと怒り」に掲載された本書を読んだいずこかのミステリファンの感想「犯人探しと、誰が優勝するかの興味で二重に楽しめる(大意)」などの方がずっと印象に残っていた。 まあそのこと自体は、本作の大設定を考えればそういう作りになるだろうな、くらいに思えるものであり、特に読み手の意表をつく趣向でもない。それでも実際に現物を読み始めると、やはりその二つの興味の相乗感がとても楽しい一冊であった。 個人的には、競歩「ウォップル」の勝者はこのキャラになるだろうと途中で読みをかけた登場人物がひとりいたのだが、ものの見事にハズれた(笑)。 今でもその某キャラが優勝した方が、ストーリー的には面白かったと思うのだが、作者ラヴゼイはちゃんとウォップルを含む時代考証を密に行って作品を書いたそうなので、あまり現実の史実にありえなさそうなフィクションは書けなかったのかもしれない? それはまあ勝手な憶測。 読了あとに本サイトの皆さんのレビューを拝見すると「地味」というお声が多いようだが、個人的にはミステリ的にも(中略)殺人、細かい犯罪、終盤の(中略)など、事件の続出で飽きなかった。伏線と手がかりが弱い気はするが、小中の事件とメインの殺人事件の関連性など、ちょっと工夫がある感じで悪くはない。 どっか昭和の国産ミステリ(B級パズラー)っぽい味わいもあるが、その辺もまた本作のカラーという感じ。全部ひっくるめて、結構楽しめた。 |
No.941 | 6点 | 川の深さは 福井晴敏 |
(2020/08/26 05:26登録) (ネタバレなし) 元マル暴の刑事だったが故あって退職、今は生活のために雑居ビルの暇な警備業に従事する43歳の桃山剛。彼はある夜、ヤクザたちに追われる娘とその連れの怪我をした若者に出会い、成り行きから匿うことになった。娘・葵が感謝する一方、なかなか胸襟を開かない若者・保だったが、距離を置きながらも彼らを気遣って面倒を見る桃山の優しさは、次第に世代を超えた絆を育んでいく。だがそんな二人がいきなり隠れ場所から姿を消した。気になった桃山は彼らを探そうとするが、若者たちは驚くべき重大な秘密を抱えていた。 2003年に初版が出た講談社文庫版(現状では本サイトに登録のない)で読了。 結論から言うと、十分に面白かった。保たちが握る物語の鍵となる秘密は、どっかで読んだような気もしないでもないが、それでもかなり壮大な謀略だし。 (ちなみに、もしかしたら、この謀略のアイデアのネタ元は『亡国のイージス』のある部分と同様、とある「ガンダム」シリーズの一編からインスパイアされたんじゃないの? と思うけれど?) でまあ講談社文庫の巻末解説で、豊崎由美が「マンガのようだ」と称している中年主人公・桃山の熱血漢ぶりだが、個人的にはそっちにはまったく不満はない。というかそういうものを読みたくて手に取った作品だったので、そんな思いにしっかりと応えてくれた。 ただしその一方で、オジサンが読んでぶっとんだのは、メインヒロインの扱いの方。この場ではあんまり詳しくは書かない(書けない)けれど、これは童貞の高校生が書いた「ぼくの理想の(中略)な、女性像」か? と恥ずかしくなった(汗)。 正直、作者がもしも真顔でこれを書きたかったのだとしたら、なんつーか……「福井せんせい、ろまんちすとなんですね」と生温かい目でモノを言いたくなる。 いや、キャラ描写というものは<最終的にソコに行くにせよ>作劇上の段取りやカードの切り方というものがあるのだと、改めてつくづく実感した(大汗)。 豊富なネタでクライマックスを派手に盛り上げながら、情感豊かにまとめたクロージングは好印象、ではある。 |
No.940 | 7点 | ハイスクール・パニック スティーヴン・キング |
(2020/08/25 14:49登録) (ネタバレなし) その年の五月のある日。「ぼく」ことプレイサーヴィル高校の男子生徒チャールズ(チャーリー)・デッカーは、父カールの拳銃を校内に持ち込み、教室でいきなり数学の女性教師ジーン・アンターウッドを射殺した。次いで歴史教師ピーター・ヴァンスを射殺したチャールズは、そのまま24人の級友を人質にして教室に立てこもる。 1977年のアメリカ作品。もともとはキングが高校在学中の1966年に書きはじめた長編だそうで、中断を経て5年後にまた執筆を再開して完成。ただし出版には至らず、『キャリー』以降の初期作の大反響を経て、さらに推敲されてパックマン名義の方で77年に刊行された。 すでに本サイトではTetchyさんによる熱筆レビューがあるので作品の背景や解題について評者などが付け加えることはそうないが、強権的な力の行使によって、その場にいる複数の登場人物の内面や関係性の実状が暴き出されていく物語の構造には、内陸版・高校内版の『蠅の王』みたいな気配を感じた。もちろん本作の主人公チャールズの立ち位置は、そちらの作品の主題とはまた別のところにあるとは分かってはいるのだが。 この劇的な舞台装置と24人のクラスメイト、さらに周囲の大人たち、というキャスティングを使ってキングが書いてつまらなくなる訳はないのだから、それはいい。 あとは本作固有のオリジナルな魅力をここに認められるかどうか、だが、まあ、刊行時期までも踏まえて決して悪くはない。ポイントとなるクラスメイトのキャラ配置と叙述、主人公チャールズ自身の者をふくむそれぞれの内面の述懐、必ずしも新鮮ではないが、普遍的に読ませる訴求力がある。 あえていえば某キーパーソンキャラの扱いがいささか定番というか良くない方で王道すぎるという感慨も湧いたが、最後まで読みおえてその思いもなんとも(中略)。 いずれにしろ、紙幅の割に読み応えのある作品なのは間違いはない。 ところで177ページ目でゴジラ、ギドラ、モスラ、ラドンと並んで名前があげられている日本産の怪獣「トゥカン」って何でしょう? 文脈からすれば東宝特撮映画の怪獣のはずだが、特撮ファン歴ウン十年のこちらも聞いたことない。気になって、夜っぴいて家人とふたりで本作の原書内の英語表記まで追っかけて調べたが分からなかった(Twitterでも2人だけ話題にしているが、やはり未詳なようである)。どなたか詳細をご存じの方がいたら、ご教示ください。 |