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ミステリの祭典

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パメルさんの登録情報
平均点:6.12点 書評数:657件

プロフィール| 書評

No.277 5点 果断
今野敏
(2020/04/01 18:07登録)
拳銃をもった強盗犯の立てこもり事件を巡る物語。いわゆるキャリア組の警察署長がさまざまな角度から描かれ、さらに凶悪事件の意外な裏側が暴かれる警察小説。
立てこもり事件が長引いた場合、警察責任者がどんな選択をしても、あちこちから非難されるのは必至でしょう。強行突破はたいがい最後の手段である。人質の人命を第一に考えるのはもちろんのこと、武装した警察官も命がけで任務を果たさねばならない。さらに背後では警察内部の複雑な対立関係が絡んでくる。
本作では署長の立場から、こうした凶悪事件の最前線における表裏が克明な筆致で描写されており、一般の捜査員を主人公にした警察ドラマとは大きく異なった葛藤とサスペンスを盛り込んでいる。犯罪と警察の問題のみならず、トップに立つ者の「決断と責任」という困難な問題が、鋭く描かれている。
警察内部の足の引っ張り合いの、いわゆる暴露ものがメイン。前作に比べ、ミステリ色は濃くなっているがこれは「竜崎物語」。


No.276 6点 文豪たちの怪しい宴
鯨統一郎
(2020/03/27 11:14登録)
バー「スリーバレー」を舞台にして歴史談義を繰り広げるシリーズ「邪馬台国はどこですか?」「新・世界の七不思議」などの最新作で、今回は歴史談義ではなく文学談義で、名作をすべて新しく解釈する。
具体的にいうなら夏目漱石「こころ」は女性同士の恋愛を描いた百合小説で、太宰治「走れメロス」は全編夢小説、宮沢賢治「銀河鉄道の夜」は死後の世界という解釈で、芥川龍之介「藪の中」では誰が犯人なのかを推理する。われこそは日本文学研究会の重鎮と思い込んでいる帝王大学教授の曽根原が、女性バーテンダーミサキと在野の研究者宮田と議論を交わし、少しずつ追い詰められていく過程がユーモラスで面白い。
舞台がバーなので酒肴も凝っていて酒好きにはたまらないが、登場人物たちが舌鼓をうつほど酒と肴の相性がいいとは思えない(例えばダイキリと切り干し大根と塩昆布のあえ物とか、純米辛口と芋粥とか)。ただこれは、味よりも文学作品の引用を重視のあらわれであり、実際、小説を別のものになぞらえる趣向は鋭い。
太宰作品の新解釈はやや強引なところがあるものの、夏目漱石「こころ」の細部をミステリ的に検証して百合小説と断じていく第一話の「こころもよう」はなかなか刺激的で面白かった。


No.275 7点 半落ち
横山秀夫
(2020/03/23 10:09登録)
妻を殺害した実直な警察官が自首してくるが、犯行後の二日間の行動だけは供述を拒む。いかなる説得もはねつける。だから「完落ち」ではなく「半落ち」。おまけに、あと一年経って五十歳になったら死を決意しているらしい。一体どうなっているんだという話。
人間ドラマミステリなのだが、ユニークなのは章ごとに中心人物が移り変わっていく手法。犯人が自首し、取り調べ、送検、裁判と進んで行くのに合わせて、担当の刑事、検事、新聞記者、弁護士、裁判官、留置所の刑務官とリレーのように。
これらの人々はそれぞれの立場で、犯人の空白の二日間の謎に迫ろうとする。しかし最後の章を除いて、彼らは組織の圧力や理不尽さに負けて挫折していく。そういう意味では組織の腐敗や、保身しか考えていない上司など嫌な現実がうまく描写されている。
そして最後にようやくカタルシスが訪れる。二日間の秘密の謎が解かれ、感動のフィナーレを迎える。決して派手ではないがツボをおさえている。この謎解きを行うのは最初の章で挫折した刑事なので、そういう意味でも救いを感じさせてくれる。


No.274 6点 追想五断章
米澤穂信
(2020/03/16 09:45登録)
主人公は伯父の家に居候し、彼が経営する古書店でアルバイトしている菅生芳光。ある日、北里可南子という女性が訪れ、父親の参吾が書いた五つの短篇を探しているという。各篇を見つければ報酬を支払うという言葉に魅了され、芳光は仕事を引き受けることに。
わずかな手掛かりから、一篇一篇を探していく芳光。見つかった短篇はどれもリドルストーリー、つまり事の真相や主人公の決断など、肝心な結末を明確にせず、判断を読者の手に委ねる小説となっている。
この五篇が非常にバラエティに富んでいる。ルーマニアやインド、中国、ボリビアなどを舞台に、そこに伝わる奇妙な話や不可思議な出来事が語られていく。イマジネーション豊かなこの五篇が一度に読めるだけでも、かなり満足度が高い。
芳光の思い、可南子の思い、参吾の思い。謎が少しずつ解かれていくにつれ、それぞれの胸のうちが複雑に絡み合っていく。その心理の動きも丁寧に描かれている。そして最後までたどり着いた時、謎が解明されたという爽快感だけではなく、深くて重い余韻が残されることになる。ただ、真相が容易に予想できてしまう点は残念。


No.273 6点 キッド・ピストルズの冒瀆
山口雅也
(2020/03/09 19:07登録)
パラレルワールドの英国を舞台にした4編からなる短編集。
マザー・グースの童話の歌詞にのっとって次々と発生する奇妙な事件にパンクな刑事のキッドと相棒のピンクが挑む。作者も見た目、パンクっぽいですね。
特殊な状況設定に法則性を構築した上でのストーリー展開。全編を通して、ユニークな芸術論を繰り広げている。
4編の中では、やはり「曲がった犯罪」が良く出来ている。個性的な登場人物、曲がったもの尽くしという奇妙な謎、何気ない場面に組み込まれた伏線、悪魔的なロジック、巧妙なミスディレクションと申し分ない。
クイーンのロジックとチェスタトンの逆説を組み合わせたような作品。ただ4編を通してのトータルの点数としてはこれくらいか。


No.272 6点 長い長い殺人
宮部みゆき
(2020/03/02 01:19登録)
人間一人一人を見る目線が独特なミステリ。語り手になるのは「財布」。登場人物たちが所有する財布に人格が宿り、「主人」の知られざる一面を読者に教えてくれる。
その描写は独特であり、単なる三人称なわけでもなければ一人称なわけでもない。一番近くで主人を見ていて、誰よりも、ひょっとしたら主人よりも主人のことを知り尽くしている財布たちだからこそ語れる。そんな語り手の特異性が、この物語の面白さの源泉なのだと思う。
そしてそんな前代未聞のミステリでありながら、「人間臭い」一作。ミステリにおいて犯人が罪を犯す理由は多種多様ですが、この作品においてもその「動機」は焦点になり、それを追っていきます。その途中で「財布」たちは、主人の異変や変化に気づいていく。
この物語における犯罪の動機は、別に高尚なわけでも卑近なわけでもなく、ただただ人間臭い。しかしそこにこそ、この物語の良さがある。


No.271 6点 密室殺人ゲーム2.0
歌野晶午
(2020/02/24 09:59登録)
前作の続編ということもあり、当然ながら構成もほぼ同じで、推理マニアたちが実際に殺人を犯し、それをネット上で問題を出し合い、解き明かすという推理合戦のような設定。
六編からなる連作短編集。その中で面白かったと思った2作品の感想を。

「切り裂きジャック三十分の孤独」・・・とても気持ちの悪いトリックだが、独創的でこの発想には正直驚いた。バカトリックに近いが、現実的にも可能に感じ好印象。また、単なる猟奇的な演出に思わせておいて、トリックと密接に結び付いているところも良く出来ている。
「相当な悪魔」・・・人間関係が引き起こすドラマさえもトリックに転用してしまう邪悪なトリックが見事。


No.270 5点 さよなら妖精
米澤穂信
(2020/02/17 09:10登録)
真実を明らかにするべきではないことを、明らかにする痛みと葛藤。この作品は、そんな真実の重さ、辛さが描かれている。
何事にも熱中できない主人公が、ユーゴスラビアから来た少女と交流し、成長していく。外国から来た少女の大人の側面と、日本で何の使命感もなく生きている主人公たちの心情を対比して描いている。
少女の持つ使命感と、芯の強さ。これは非常に魅力的。そして後半に登場する解きたくない謎。知ってしまうことの恐怖と、知らないでいたことの悲しみ。隠したい人間の心情と、明らかにしなければならないという心理。さまざまな思いが交錯して、登場人物たちが感情を発露させていく様は胸を打つ。
このストーリーの終わりに辿り着くのが、どうしても辛くなってしまう。そしてその感情が、登場人物たちの思いとリンクして深く感情移入してしまいました。
ミステリとしては弱いが、平和な日常が当たり前の国、時代に生まれた自分にとっては、考えさせられる作品だったことは間違いない。


No.269 6点 空白の起点
笹沢左保
(2020/02/10 01:13登録)
女性客が走る列車内で、崖から男性が転落するのを目撃する。その後、転落した男性は、目撃者の父親と判明。被害者の複雑な人間関係、高額な保険金、有力な容疑者の死など惹きつけられる要素は多い。また、舞台として設定されている真鶴や小田原の地方都市の描写や登場人物像の描写も優れていて印象深い。
アリバイトリックには二つの偽装工作があるが、ひとつに関しては少し無理があると感じてしまったが、布石は十二分に敷かれており現実味がないとは言えないので一応納得。もう一つは良く出来ていて、当時の世相と相まって説得力がある。フーダニットとしては楽しめないアリバイ崩しがメインの作品だが、ラストには意外な真相があり驚かされるし、哀愁に満ちた終わり方も好み。本格とロマンを融合した作品といえる。


No.268 6点 蝶々殺人事件
横溝正史
(2020/02/05 19:21登録)
三編が収録されているが、いずれも金田一耕助は登場しない。表題作は、クロフツの「樽」を意識して作られたらしい。楽譜による暗号、容疑者の手記、コントラバスのケースの中の死体、派手な服を着た謎の男など趣向が派手で、細かい謎が多く、さらにもう一つ高度な不可能犯罪が起こる。コントラバスのケースの死体のアリバイトリックは、二転三転し楽しませてくれる。ストーリーはとても面白い。
不可能犯罪に関しては、結末で犯人が明かされるが、この人物が到底これが出来るとは思えなかった。由利先生のトリックの説明に一応納得したが、かなりアクロバティックなトリックといえる。
由利先生がひらめきで解決してしまい、推理のロジックが弱い点が個人的には残念。「蝶々殺人事件」以外の二編は、パズラーというよりも、ロマンティックな冒険譚に近く、後期の明智小五郎を意識したような作風。


No.267 6点 ボトルネック
米澤穂信
(2020/01/29 19:45登録)
その場の状況に合わない言動をしたり、周囲を困らせたりしていながら、本人は気付いていない。はたから見て痛々しい。いわゆる「イタい」。この作品は、まさに人の「イタい」姿を敏感に感じさせる世代ならではのストーリーかもしれない。
リョウは、兄の訃報を受けて、すぐに家に戻らなければならなかった。その時彼は、二年前に崖から落ちて亡くなったノゾミを弔おうと現場に訪れていた。だが、ふいにめまいに襲われ気を失ってしまった。目を覚ましたのち家に帰ると、そこに見知らぬ若い女がいた。名前はサキ。この家の長女だという。リョウは、自分が生まれなかったもう一つの世界に迷い込んだというSF的な設定。リョウとサキは、お互いの知る世界の微妙な違いを探り、目をそらすことのできない真実へたどり着く。
「自分」の存在意義を考えさせられるパラレルワールドであり、青春時代特有の過剰な自意識、肥大した自尊心、歪曲した劣等感、臆病な心情、取り返しのつかないぶざまな過ちなどを真正面から突き付けてくる。苦さたっぷりで、若者に贈る手鏡のような作品。


No.266 6点 インド倶楽部の謎
有栖川有栖
(2020/01/22 08:40登録)
臨床心理学者の火村英生と推理作家のアリスこと有栖川有栖のコンビが活躍する(国名シリーズ)と呼ばれる連作の九作目にあたる作品。
現実から夢想、そしてまた現実へ。そのような美しい弧を思い浮かべる謎解き小説で、本書の目玉は、物語の途中で明かされる「ある事実」。神戸の街を歩き回り、地道な調査を続ける火村とアリスに突き付けられるこの事実は、現実から幻惑的な空間へと飛翔させられることになる。
そして、この幻惑から現実へと着地していく推理場面もまた壮観。終盤において火村が展開するロジックの緊密さはシリーズの長所であるが、本書でも余詰めを排し、唯一無二の解答へと辿り着く過程に爽快感を覚える。
ただ、着想は素晴らしいが、ホワイダニットに関しては納得できない。


No.265 5点 太陽の坐る場所
辻村深月
(2020/01/15 18:41登録)
卒業十年後のクラス会をめぐる青春ミステリ。
県立藤見高校の旧三年二組のクラス会は、毎年のように開かれていた。だが女優として活躍しているキョウコはいつも不参加だった。クラスメートたちは、次回はキョウコも来るようにともくろむものの、それぞれの高校時代の記憶が複雑な思いを揺さぶっていく。
誰が誰のことを話しているのか不明瞭な文章が多いが、嫉妬、悪意、後悔など、特に女性たちが抱く粘着性のどろどろした感情が、生々しく描かれているため読まされる。話の意外性をつくり出しているのは、相手の言動に対する勝手な思い込み。一方的な誤解が重なりドラマが生まれていき、ラストには驚きの真相が待っている。
過剰な自意識を持て余す青春期特有の人間模様が展開する本作をわがことのように思う人も多いのではないだろうか。小説としては面白かったが、ミステリ的には弱いのでこの評価。


No.264 6点 鬼の跫音
道尾秀介
(2020/01/06 19:39登録)
六つの収録作は、いずれも単に怖がらせるためだけのホラーや驚かせるためだけのミステリにとどまっていない。
冒頭の「鈴虫」は、十一年前の友人S殺害事件ののち、恋人を奪って妻にした男の物語。谷底に落ちたSを穴に埋めたとき、近くで鈴虫が鳴いていた。いま自分を取り調べている刑事の肩口にも鈴虫が這い上がっており、私を見ていた・・・。
どの短篇も、忌まわしく暗い犯罪が扱われていながら、虫、けもの、鬼といった、いわば人外魔境の視点が持ち込まれているのに加え、誰もがみな持っている負の一面が書き込まれているため、歪んだ現実が迫ってくるようだ。白昼に見る夢のような、まどろみと周到に仕組まれた騙しの快楽がひとつになる時、グイっと別の次元へ引っ張り込まれたかのごとき浮遊感を覚えさえせられる。
作者ならではの、驚異の世界が凝縮した一冊。


No.263 7点 儚い羊たちの祝宴
米澤穂信
(2019/12/28 17:31登録)
「ラスト一行」にこだわり抜いた連作集だという。
冒頭の「身内に不幸がありまして」は、ある「お嬢さま」の身の回りを世話するために孤児院から引き取られた女性の手記から始まり、屋敷一面を血の海にした惨劇とその後が語られていく・・・。
前半の軸になっているのは、部屋につくられた「秘密の書棚」や横溝正史、泉鏡花といった作家名、「バベルの会」という読書クラブなど、少女の小説趣味にまつわる話。ミステリ読書の興趣をそそる設定や怪奇なエピソードにあふれており、それが小説にふくらみとたくらみを与えている。他の収録短編も、館にとらわれた者、まだ雪の深い早春の山荘、名家の娘と、クラシカルな探偵小説でおなじみの舞台と展開に事欠かない。
しかし正直なところ、最後の衝撃については落語のサギ程度で終わっている。あらかじめ「ラスト一行」がすごいと強調されると、つい裏読みしながら読むので逆効果と感じた。それでも意表をつく展開は十分に面白く、異端の文芸たるミステリの怪しい魅力を堪能できる粒のそろった連作集といえる。


No.262 5点 ロシア幽霊軍艦事件
島田荘司
(2019/12/23 17:03登録)
作者らしいスケールの大きな不可能興味で始まり、その後歴史ロマンへと展開していく異色の作品。芦ノ湖に軍艦が出現という、ありえないはずなのに実際に軍艦と中から降りてくるロシア軍人を見た目撃者がいる。そして翌日には、軍艦が跡形もなく消えてしまう謎が残る。
一方で、日本人の老人が、あるアメリカ人の女性へ「ベルリンでは本当にすまないことをした」と伝言する。この伝言の裏に隠された悲劇と壮大なロマン、これが徐々に明らかになっていく過程が本書の醍醐味といえるでしょう。
歴史ロマンの題材とは皇女アナスタシアにまつわるミステリで、本書ではロマノフ家に関する記述が多く出てくるが、その部分は史実に忠実に書かれているらしい。
構成も工夫されており、御手洗が謎解きをした後に、ロシアから日本、日本からベルリンへという過去の壮大なドラマの再現パートがやってくる。あまりにも数奇な人生を送った男女の運命的なドラマとして、ひしひしと胸に迫ってくる怒涛のようなクライマックスであり、重厚極まりない読後感と言っていいと思う。
ただ、エピローグで80ページ以上あるという事に関しては、冗長に感じてしまったし、ミステリ的にもかなり薄味という点は不満が残る。


No.261 6点 罪の轍
奥田英朗
(2019/12/13 01:21登録)
東京オリンピックを翌年に控えた昭和39年。北海道の礼文島に暮らす青年が、ある犯罪の末に島から逃亡する。彼はサロベツで無人の林野庁詰め所から作業服と腕章を盗み出した。その一ヶ月後、東京の南千住で殺人事件が起きる。捜査する刑事の耳に怪しい男の情報が入ってきた。捜査本部はその男を捜そうとするが、隣接する浅草署管内で小学生男児の誘拐事件が発生する。
まず驚かされるのは昭和30年代の描写。団地ブームに夜行列車、警察に抵抗する活動家たち、山谷の猥雑な空気。米屋でプラッシーを買うというくだりは、思わず「懐かしい!」と声が出た。そういう風俗だけではない。本書で描かれる誘拐事件は、その年に実際に起きた「吉展ちゃん誘拐事件」を下敷きにしている。犯人像や動機、被害者の環境や年齢は変えているが、警察の捜査の手順はほぼ当時のまま再現されている。
電話やテレビが一般家庭にようやく普及し始めた頃で、通信と技術の発達により、犯罪と捜査と報道のあり方が大きく変わり、その混乱が巧みに描かれている。その様子が、ネットが普及した現代の混乱によく似ていることに驚く。社会の転換期を描いた本書は、同じオリンピック前年の今にふさわしい。
作者お得意の群像劇形式で描かれ、犯人が抱える悲しい過去と壮絶な孤独に胸を痛め、それを追う刑事たちの執念の捜査には手に汗を握る。犯人と刑事の心の交流には、一行ごとに熱いものがこみ上げた。
ただ、犯罪小説であり、警察小説でもある本書だが、犯人と警察との駆け引き、知恵比べということで楽しむ事は難しい。そういう点を期待していると、肩透かしを食らうかもしれません。個人的には、脇役の人物に魅力を感じたので、その人物を主人公にしたら、もっと面白かったのにと思ってしまいました。


No.260 8点 銅婚式
佐野洋
(2019/12/04 01:06登録)
「週刊朝日」と「宝石」共催の企画に投じたデビュー作「銅婚式」が入選した。その「銅婚式」を含む8編からなる短編集。
さすが短編の名手と言われるだけあり、どの作品も一定の水準に達しており、粒ぞろいといってよいと思う。(短編の数はトータルで千編を超すというから驚き)
卓抜した着想と整然とした構成、精緻に張り巡らされたフェアな伏線、揺れ動く心理の丁寧な描写力、ひねりの効いたプロットに意外性の演出、軽快なストーリー展開にほどよいリアリズムと全体的に完成度が高い。
ただ、大掛かりな物理トリックや、怪奇的・幻想的な味付けは一切排除されているので、どちらかと言えば地味ではある。


No.259 6点 図書館の殺人
青崎有吾
(2019/11/27 18:58登録)
探偵役のキャラが前2作に比べて薄まっているという事で読んでみた。(このようなキャラはどうも苦手で・・・)
平成のエラリー・クイーンと呼ばれている作者は、このシリーズで「密室」「アリバイ崩し」とテーマを決めて発表してきた。今回のテーマは「ダイイングメッセージ」。ダイイングメッセージもので、解読がそのまま犯人の指摘につながる例は、あまり見たことがない。その点で本書は成功していると思う。
探偵役の推理も実にロジカル。怪しいと思われる人物を何人も配置しながら、ちょっとした手掛かりから犯人を絞り込んでいく展開はとてもスリリングで好印象。
不満な点は、ミステリとは関係のない余計な会話が多いことと、犯人の動機に納得がいかないところ。犯人と被害者の関係を考えれば、あまりにも現実離れしている。その分、意外性には成功しているのだが・・・。


No.258 6点 死神の精度
伊坂幸太郎
(2019/10/21 11:00登録)
死神が主人公の6編からなる連作短編集。
この死神は、近々死ぬことになっている人間に近づき、観察して最終的に死なせるかどうかを判断するのが仕事という設定。人間の死には全く関心がないため、かなりクールな印象がある。(この点は好みが分かれるでしょう)
ハードボイルド風味、嵐の山荘風味、恋愛小説風味、ロードノベル風味、人情噺風味と多彩ではあるが、謎と人間ドラマが結びついたストーリーという点が共通している。
リーダビリティーが高く、時にコミカルに、時に感動的に描かれ、軽く洒落た作風。この作者の持ち味なんでしょう。
最後の一編に、さりげなく驚く仕掛けがあるとともに、ストーリーの世界を拡大するような作用があり、それがとても心地良く読後感が非常に良い。
オシャレなミステリ、エンターテインメント性の高い作品を求めている人にはお薦め。濃密なストーリーが好きな方には、物足りなさを感じるかもしれません。
同じファンタジーならば、東野圭吾氏の「ナミヤ雑貨店の奇蹟」の方をお薦めします。

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