パメルさんの登録情報 | |
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平均点:6.12点 | 書評数:693件 |
No.373 | 5点 | 賛美せよ、と成功は言った 石持浅海 |
(2021/09/02 08:46登録) 武田小春は、十五年ぶりに再会したかつての親友・碓氷優佳とともに、予備校時代の仲良しグループが催した祝賀会に参加した。仲間の一人・湯村勝治が、ロボット開発事業で名誉ある賞を受賞した事を祝うためだった。 出席者は恩師の真鍋宏典を筆頭に、主賓の湯村、湯村の妻の桜子を始め教え子が九名、総勢十名で宴は和やかに進行する。そんな中、出席者の一人・神山裕樹が突如ワインボトルで真鍋を殴り殺してしまう。旧友の蛮行に皆が動揺する中、優佳は神山の行動にある人物の意志を感じ取る。小春が見守る中、優佳とその人物との息詰まる心理戦が始まった。 優佳は、直接手を下した犯人ではなく、違う立場にある人物を犯人として勝負を受けて立つ。会話の中で、主導権の行き来が明確に行われ、どのように主導権を奪ったのかがロジカルに明かされ、探偵と犯人の攻防に興奮できるし、腹の探り合い、駆け引きの心理戦の面白さを堪能できる。 手掛かりを集めてロジカルに真相に辿り着くという本格ミステリとは毛色が違うので、好き嫌いは分かれるでしょう。「人には本音があって建前がある」といった人の心の揺れ動きをミステリに結びつけたミステリとして成功していると言っていいでしょう。 |
No.372 | 6点 | 逃亡者 折原一 |
(2021/08/28 08:34登録) 主人公の友竹智恵子は夫の家庭内暴力に悩み、知人の女性から持ち掛けられた交換殺人の話に乗り、彼女の夫を殺害し逃亡する。整形手術をして別人になりきり、時効まで逃げ切ろうとするが。 本書は時効成立直前までいって逮捕された、実際にあったホステス殺人事件の福田和子がモデルとなっている。これは読者に現実の事件を想起させることで、この事件を知っている人ほど、作者の罠に引きずり込まれる。 冒頭に誰かに尋問され、心を許した様子で質問に答える智恵子が登場する。それが補完する形で、地の文では生い立ちや逃亡の様子が綴られる。 智恵子のモデルは福田和子だと思い込んでいるため、現実の事件を思い浮かべつつ、智恵子の悲しい逃避行に巻き込まれてしまう。「逃亡者」の醍醐味は逃避行の追体験なのだと思っていたら、結末に驚愕のどんでん返しが待っていた。 いつの間に作者の罠に嵌ってしまったのかと悔しい気持ちと楽しい気持ちがあるから不思議だ。現実の事件をモデルにしているからといって社会派の深刻さはない。騙される快感が味わえる作品。 |
No.371 | 5点 | 眼球綺譚 綾辻行人 |
(2021/08/24 08:24登録) ホラー風味の怪奇幻想小説が楽しめる7編からなる短編集。 全編を通して、由伊という女性が登場する。それもどのストーリーでも重要な役回りをしている。ただ、同一人物ではなさそうだし、あとがきでも作者本人が、「普通に読めば彼女らが同一人物だとはとうてい考えられないはずである」と述べている。その点も何か意味ありげで不気味さを感じる。 「再生」大学の助教授の「私」は、病院の待合室で出会った教え子・咲谷由伊と結婚。由伊は彼女の持つ不思議な再生能力を語る。 「呼子池の怪魚」「私」は呼子池で釣った奇妙な魚を家で飼うことに。ある日、魚の形に変化が。 「特別料理」ゲテモノ食いの「私」は、咲谷と名乗る男にその筋でも有名な店を紹介される。 「バースデー・プレゼント」今年のクリスマスは由伊の20歳の誕生日。大学で所属している文芸サークルのパーティー兼忘年会に向かう由伊だが、昨晩の夢が気になって。 「鉄橋」2組の大学生のカップルが電車で避暑地へ。女神川鉄橋に差し掛かろうとする頃、小島秀武が怪談を始める。 「人形」作家の「私」は、久々に実家に帰り、河原を散歩していた時、奇妙なのっぺらぼうの人形を拾う。 「眼球奇譚」「読んでください。夜中に、一人で」という言葉と共に届いた一冊の冊子。まだ眠くなかった「私」はそれを読み始める。 怪奇的であったり、猟奇的であったり、幻想的であったり違ったタイプの怖さや薄気味悪さを感じることが出来る。特に「眼球奇譚」のインパクトは強烈で、グロテスクな描写に耐性のない人は読まない方が良いと断言できるほど気持ち悪い。 |
No.370 | 6点 | 「裏窓」殺人事件 tの密室 今邑彩 |
(2021/08/20 10:08登録) 三鷹にある8階建てのマンションの最上階から、ひとり暮らしのデザイナー・北川翠が墜落死した。そして向かいのマンションに住む坪田順子という少女から三鷹署に、不審な男の影を見たとの通報が入る。しかし北川翠の部屋が密室だったことから、勘違いとして片付けられてしまう。 貴島柊志シリーズの第二作。タイトル通り、ヒッチコックの傑作映画「裏窓」がメインのモチーフとなっている。坪田順子自身、足が不自由で映画の中に登場するカメラマン・ジェフのように、双眼鏡で向かいのマンションを覗いている。もちろん「裏窓」のビデオは何回も繰り返して観ている。ストーリーは映画に忠実に進んでいくが、いつしか映画から逸れていき、全く違う方向へと展開していく。ほぼ同時に起きた二つの事件の繋がりは思いがけないものであり、そして意外な真相を暴き出され驚かされる。 最後に貴島刑事が真相を見破るシーンもよくあるパターンだと思うが、綺麗ににまとまっていると思う。ただ、冒頭とラストに登場する幻想的な雰囲気の絵の存在はどうなんだろう。せっかくの理想のオチなのに、やや逆効果のような気がしますが。この本を読む前に、映画「裏窓」を再度観直したのだが、ある意味効果的に楽しめました。 |
No.369 | 7点 | 夜よ鼠たちのために 連城三紀彦 |
(2021/08/16 08:16登録) 男女の深い情念によって起こる殺意、二転三転する展開と驚愕の結末が楽しめる9編からなる短編集。その中から5編の感想を。 「二つの顔」夜半、画家の真木のもとに、妻の契子が新宿のホテルで殺害されたと警察から電話が入る。だが、そんなことはあり得ないはずだった。契子は真木自身が自宅の寝室で殺したのだから…。冒頭の謎は魅力的だが、真相は予想しやすいし、ご都合主義的な部分がある。 「過去からの声」航空会社副社長の息子が誘拐され、身代金500万円が要求された。誘拐事件に隠された真実は…。現在の誘拐が刑事たちの過去とリンクして、予想外の真相を浮かび上がらせる逆転の構図がよい。 「夜よ鼠たちのために」病院の院長とその娘婿が、白衣を着せられ首に針金を巻きつけられた格好で殺された。それは妻を病院に殺された男の復讐劇だった…。巧妙にカモフラージュされた事件の真相が胸に突き刺さる。脅迫者のホワイダニットが強烈なインパクトを残す。 「二重生活」牧子は6年間の関係を続けた修平と荻窪の屋敷で修平の帰りを待つ女・静子への復讐計画を立てる。犯罪計画は着々と進むが…。見ていたはずの絵柄が、騙し絵だったことが明らかになる終盤に驚かされる。 「代役」映画やテレビで活躍する支倉峻は、子供を失った自分の妻に子供をつくらせるために、自分によく似た男を探していた。そんな折、タカツシンヤという男を紹介される…。支倉とタカツの立場が鮮やかに反転するプロットは秀逸。 ベストは「代役」次点で「過去からの声」。 |
No.368 | 6点 | ふり向けば霧 笹沢左保 |
(2021/08/11 09:08登録) 時効成立まで一年半。十八歳のとき殺人を犯し以来、逃亡生活を余儀なくされていた千早芙美子は十三年半ぶりに上京を決意した。しかし、その機中で最も会いたくなかった人間、自分が殺した女性の夫・八ツ橋待彦に出会ってしまう。だが以外にも待彦は、芙美子に逃亡の援助を申し出たのだった。 読み進めていくうちに、官能小説?と錯覚するほどのエロチックな描写が多く出てくる。(作者の後期の作品の特徴らしいが)時効まであと数日とサスペンスが高まったところでのカタストロフと意外な真相。このどんでん返しには驚かされた。他の笹沢作品にも似たパターンは無いと思うので、彼の作品を読み慣れていても、あの真相を予想することは難しいのでなないか。 ただ、序盤に明記されている「地の文章の虚偽」が、あの真相をアンフェアと思う人もいるかもしれません。その点に関する説明は、しっかりと書かれているのですが。 |
No.367 | 4点 | the TEAM 井上夢人 |
(2021/08/07 08:48登録) 招霊木を振りかざすことで霊視が出来、社会的な事件を解決に導いていくなどテレビで大活躍の盲目の霊導師・能代あや子。そしてその彼女を影で支える仲間たち。家に不法侵入をし調査する、実働タイプの草壁賢一。コンピューターを駆使して情報を集め、時にはハッカーにもなる藍沢悠美。社長兼あや子のマネージャーで鋭い分析をする鳴滝昇治。彼らの調査により、過去の事件や不思議な現象が明らかになる8編からなる連作短編集。 彼らはそれぞれが主体的に動き、リーダーシップを発揮する。その役割分担は必要十分であり、適材適所となっている。その4人全員が自分の意思で見るべきものを決めているのに関わらず、4人全員が同じ方向を見ている。その方向が正義であり、弱者救済である。しかし彼らは、調査の手段として非合法な行為をしている。彼らが手段として行った犯罪行為は、決して褒められたものではない。だが、彼らのおかげで、見落としていた事実が明るみになり救われた人も多いことも確か。この点をどう思うかによって評価が分かれると思います。ミステリとして引っ掛かることも多いが、痛快エンタメ小説と読めば楽しめるでしょう。 |
No.366 | 6点 | 真夏の方程式 東野圭吾 |
(2021/08/03 08:52登録) 物理学者・湯川学が活躍する「ガリレオ」シリーズの第6作にして長編第3作。 柄崎恭平は、夏休みを海辺の町・玻璃ケ浦にある伯母一家が経営する旅館「緑岩荘」で過ごすことになる。その玻璃ケ浦の海底から熱水鉱床が発見され、商業化を目指す候補地に挙げられる。 過疎化に悩む地域にとっての振興のきっかけになると期待する人々と環境保護の観点から反対する人々。そんな時、緑岩荘の宿泊客が死体で発見される。本書では「環境保護と海底資源開発」が大きなテーマとなっている。はじめから賛成・反対ありきではなく、事実と論理的思考によって妥協点を探る話し合いをするべきだとミステリを絡めて伝えたかったのだろう。 物理トリックも高度ではないし、フーダニットとしても途中で気が付く人も多いのではないか。本書ではホワイダニットがメインとなる。事件の真相は、オーソドックスで無関係と思えるエピソードなど、さらりと張った伏線が効いている。湯川が草薙に言った「今回の事件の決着を誤れば、ある人物の人生が大きくねじ曲げられてしまうおそれがある。そんなことは、何としても避けなければならない」が読後に心に刺さる。 |
No.365 | 7点 | 13階段 高野和明 |
(2021/07/30 08:27登録) デビュー作にして第47回江戸川乱歩賞受賞作。(選考会で満場一致だったらしい) 犯行時刻の記憶を失った死刑囚。その冤罪を晴らすべく刑務官・南郷は、前科を背負った青年・三上と共に調査を始める。処刑までに残された時間はわずかしかない。二人は無実の男の命を救うことが出来るのか。冤罪を晴らすための情報収集をしていく中で、簡単に解けない謎と解け始めたと思ったら、その先が思わぬところへ繋がっていくという驚愕の展開。良い意味で翻弄され、最後まで目が離せない。 もうひとつの読みどころである死刑制度については、状況説明とそれを執行、遂行する人々の苦悩を南郷の過去を通して語られ、殺人に関わってしまった人々の因果と悲劇をサスペンスフルに描いている。探偵、依頼人の設定が前代未聞なので、ありきたりのの社会告発ドラマに終わっていない。企みに満ちたエンターテインメントに仕上げた筆力はお見事。 |
No.364 | 6点 | 本と鍵の季節 米澤穂信 |
(2021/07/26 08:31登録) 堀川次郎は高校二年の図書委員。利用者のほとんどいない放課後の図書室で、同じく図書委員の松倉詩門と当番を務めている。ある日、図書委員を引退した先輩女子が訪ねてきた。亡くなった祖父が遺した開かずの金庫、その鍵の番号を当ててほしいというのだが。図書室に持ち込まれる謎に、男子高校生二人が挑む全六編。 「913」先輩女子から開かずの金庫の番号を当ててほしいと頼まれる。 「ロックオンロッカー」美容院に行った彼らが店に漂う不穏な空気を感じ取り、その事情を推理する。 「金曜日に彼は何をしたのか」テスト問題を盗んだ疑いがかけられた兄のアリバイを見つけてほしいと相談を持ち込む後輩男子。 「ない本」自殺した級友が最後に読んでいた本を探す。 「昔話を聞かせておくれよ」「友よ知るなかれ」どこかへ隠されたお金を探すことに。隠された現金は発見できるのか。 1話から4話までは、2人が本や鍵にまつわる謎に対し、異なるアプローチで推理力を発揮、時に食い違い、時に補完し合って事件を解決していく内容。5話から6話では、謎に向き合うなかで、彼らの意外な苦悩が見えてくる。内面の屈折とほろ苦さが魅力の作者らしい青春ミステリに仕上がっている。 |
No.363 | 5点 | ZOO 乙一 |
(2021/07/21 08:55登録) ゲームを楽しむかのように読者の意表を突く手を次々と繰り出す。しかも自ら紡ぎ出したストーリーに戯れている印象。かといって収められた10編は決して楽しいストーリーではなく、残酷な死が溢れている。その中から4編の感想を。 「血液を探せ!」事故で脳に障害が残り、痛みを感じず、脇腹を包丁で刺されていても気づかない老人を巡るドタバタ劇。とても馬鹿馬鹿しい。 「冷たい森の白い家」伯母の家を追い出された少女は、自分ひとりで生きるために家をつくることにしたのだが。独特の冷ややかな叙情を感じさせる。 「SEVEN ROOMS」設定はゲーム的であるものの、姿の見えない殺戮者の存在が不気味だし、死を前にしての恐怖を描いていて圧倒的なものがある。ラスト付近の姉弟のシーンは切なく、胸を締め付けられるものがある。多様な要素が盛り込まれていて驚かされる。 「落ちる飛行機の中で」ハイジャック犯に占拠された飛行機に乗り合わせた女の話。飄々とした雰囲気でコミカルな中に切なさがある。 悲劇的なもの、喜劇的なもの、童話に近いもの、SF、密室トリックを用いたものなど、よくここまで違ったテイストの作品を書けるものかと感心させられる。バラバラの作風だが、共通する趣向がある。いずれも主人公は、逃げ場のない状況に、しかも理由も分からぬまま閉じ込められている点。10編はバラバラで奇矯に見えて、実はどこにでもいる現代人の妄想の欠片である。 |
No.362 | 5点 | 模倣の殺意 中町信 |
(2021/07/17 08:21登録) 新進作家、坂井正夫が青酸カリの服毒死を遂げた。遺書はなく、世間的には自殺として処理された事件に疑問を抱いた二人の男女が、それぞれ事件の真相を解明すべく調査を始める。 服毒死の現場は完全なる密室で、それを素人探偵の二人が謎を追求していくというシンプルなストーリーで、章タイトルは中田秋子、津久見伸助になっており二人の視点が繰り返される構成。読者への挑戦状もついている。 探偵が推理する密室とアリバイに目がいってしまうなど、巧妙なミスリードで大きな仕掛けに気付かず読み進めてしまう。(途中である人物像に違和感があったが)ただこの手の作品を読み慣れている人は、叙述トリックを見破れるかもしれない。ネタバレになるので多くは語れないが、真相が事件の前提までをも覆されてしまったような気がして「そんなのあり?」というのが正直な感想。 とはいえ、叙述トリックの先駆けであり、日本推理小説にとって記念碑的作品ということは認める。 |
No.361 | 6点 | 猫丸先輩の推測 倉知淳 |
(2021/07/13 08:34登録) 事件という程でもない不可思議な出来事に、猫丸先輩がどこからともなく現れて推測する6編からなる短編集。 「夜届く」寒い夜、一人暮らしの男のもとに次々と届けられる偽電報。発想の転換が素晴らしい。日常の謎の起承転結がものの見事にはまった作品。 「桜の森の七分先の下」入社早々、花見の場所取りを押し付けられた新入社員の性根を試すかの如く次々に現れる人々。あの手この手が楽しめる逸品。 「失踪当時の肉球は?」ハードボイルドな探偵を翻弄する愛猫の行方は?ペット探偵の造形が笑える。謎解き方法はやや苦しいか。 「たわしと真夏とスパイ」商店街に仕掛けられる「北」の罠。夜店を襲う悪意の数々。ねじめ正一氏の商店街ものを彷彿とさせる設定だが、錯誤の仕込みが絶品。 「カラスの動物園」キャラクター作りに行き詰ったキャリアウーマンが動物園で遭遇したひったくり。これは無理があるし、ロジックの切れ味が無い。 「クリスマスの猫丸」同じ方向に全速力で走る3人のサンタクロース。一体その先に何が?語り口で読ませるが、これはアンフェアでしょう。 ほのぼのとした雰囲気だが、観察眼はなかなか鋭い猫丸先輩は魅力的。ただ良く出来た作品とそうでない作品の差が大きい印象。 |
No.360 | 8点 | パズラー 謎と論理のエンタテインメント 西澤保彦 |
(2021/07/09 09:16登録) タイトル通りロジカルな謎解き作品が中心の6編からなる短編集。 新たな指摘によって刻々と姿を変えていく真相。そして「記憶」や「親子」など、他の西澤作品へと繋がる部分も多くみられるのが特徴の作品群。ただのイヤ話や妄想話では終わらない、二転三転する展開やロジカルな推理が楽しめる。 「蓮華の花」作家である日野克久の元に高校の同窓会の連絡が入る。その時、話題に出た梅木万里子のことを、20年間も死んだものと思い込んでいた。主人公の記憶のズレ、鮮やかな蓮華の海に沈む詭計、メタな仕掛けが楽しめる。 「卵が割れた後で」ハリケーンが接近中のフロリダで日本人留学生の死体が見つかった。その肘には、卵がこびりついた跡があった。作者の実体験を元にしたと思しきアングロアメリカンなフーダニット。 「時計じかけの小鳥」奈々は久しぶりに入った書店で、クリスティーの「二人で探偵を」を購入。その本には奇妙なメモと母親の筆跡らしいイニシャルと日付が残されていた。一種のプロバビリティーの犯罪を描いている。 「贋作・「退職刑事」」刑事の五郎は、かつて刑事だった父親に、絞殺事件のことを話す。句読点と台詞まわしから推理の技法まで都筑道夫氏の「退職刑事」を完璧に模倣している。 「チープ・トリック」スパイク・ファールコンとブライアン・エルキンズが殺され、ゲリー・スタンディフォードが犯人のナタリー・スレイドの行方を求め、トレイシィを訪れる。大掛かりな舞台設定と鮮やかな人間消失。復讐譚だが、後味は珍しく良い。 「アリバイ・ジ・アンビバレンス」憶頼陽一は、同じ高校に通う刀根館淳子と年配の男性が蔵の中に入るのを目撃する。二者択一の地獄を描いた学園もの。この不快感は作者ならではのもの。 |
No.359 | 6点 | 鍵のかかった部屋 貴志祐介 |
(2021/07/05 08:44登録) 防犯コンサルタントの榎本怪と弁護士の青砥純子のコンビが、コミカルなやり取りをしながら4つの密室トリックに挑む。 「佇む男」山奥の別荘で完全な密室状態で、遺言書を傍らに死んでいた葬儀会社社長。予想をはるかに超えた、あるものを利用した前代未聞のトリック。 「鍵のかかった部屋」サムターンの魔術師の異名を持つ会田をしても、解き明かせない密室に榎本が挑む。盲点を突くようなアイデアで密室が仕上げられている。 「歪んだ箱」欠陥住宅の責任をとろうとしない工務店社長に殺意を抱いた杉崎。まさに欠陥を利用した殺人トリック。 「密室劇場」舞台の本番中に劇団員が謎の死を遂げた。読者を煙に巻くような、これまでの3編とは全くムードの異なるコメディ調。真相もバカミス。 それぞれ意外性のある機械トリックが用いられている。トリック重視でありながら、そのトリックに必然性が存在するため、密室が効果的なテーマとして働いている。 |
No.358 | 6点 | 陰の季節 横山秀夫 |
(2021/06/30 08:30登録) D県警が舞台になっている4編からなる短編集。 表題作「陰の季節」の主役である人事担当の二渡警視がどの編にも顔を出し、D県警シリーズ全体の主人公として位置づけられている。事件を追う刑事が主役が多い警察小説の中、この作品は全ての主役が管理部門の人間である。 「陰の季節」天下り先のOBが今年で辞めることになっているのに、辞めないと言い出す。このトラブルに対処する人事の二渡だが、相手も大物でつけ入る隙を見せない。事件捜査、犯人逮捕ではない管理の仕事のため心理ミステリとなっているが、ミステリ的な謎解きがあるのが嬉しい。トラブルの真相は意外なもので、パズルと心理ミステリの深さが相乗効果でストーリーを豊かにしている。これは長編で読んでみたかった。 その他3編も、警察内部の動きを探り陰の部分を炙り出すという点は共通しており、警察内部の描写も詳細でリアリティがある。天下りや昇進、立場や醜聞というモチーフを通して描かれ、人間の野心や欲望、弱さやしたたかさが伝わってくる。 |
No.357 | 6点 | ハッピーエンドにさよならを 歌野晶午 |
(2021/06/26 08:37登録) タイトル通りハッピーエンドには終わらない、ショートショートと短編を合わせて11編が収録されている。その中から6編を選んで感想を。 「おねえちゃん」親は私にだけ厳しい。お姉ちゃんにはすごく甘いのに。高校生の理奈が叔母である美保子に相談を持ち掛ける話。最後にどんでん返しがある救いのない話。 「サクラチル」真向いの家の常盤さんの奥さんは、いろんな仕事を掛け持ちをしていて大変そうだ。それもご主人が働かないためらしい。よくあるパターンだが上手く出来ている。 「防疫」水内真知子は、世間一般に言う教育ママだった。いつしかそれは教育ではなく、躾のレベルも大きく超えていた。このように受験に取りつかれている人は結構いるのではないか。 「玉川上死」玉川上水を人間の死体が流れていると通報があり、警官が駆けつけるが。いろいろなことが一気にひっくり返る。どんでん返しのお手本のような話。 「殺人休暇」合コンで知り合った男と関係を持ってしまった私。しかし、それは大きな間違いだった。世に言うストーカーとは少し違うのだが怖い。狂気に取りつかれた男の描写がいい。 「尊厳、死」ムラノは、いわゆるホームレスだった。仕事が無いというのではなかったが、働く気が無かった。よくあるパターンだが、良く出来ている。最後に一瞬でどんでん返しが決まる。 全体的に悪くはないが、少しあっさりした印象。 |
No.356 | 5点 | 十二人の手紙 井上ひさし |
(2021/06/21 08:57登録) 企みに満ちた人間模様が味わえる短編集。すべて手紙文で綴られるという趣向にとりたてて新しさはない。 「プロローグ悪魔」どこにもある田舎娘の悲哀を悲劇に高めるプロローグ。 「葬送歌」偏屈な売れっ子小説家に送り付けられた戯曲への痛快逆転劇。 「赤い手」出生届から死亡届まで、届け出の中に薄幸な尼僧の生涯が浮かび上がる残酷信仰物語。 「ペンフレンド」北海道旅行を楽しみにする孤独なOLがペンフレンドに選んだ男の正体を巡る推理譚。真相は誰でも見破るだろう。 「第三十番善楽寺」身障者の共同体の波乱が一人の男の誓いを破らされるまでの魂の遍路。 「隣からの声」隣家の財産騒動に巻き込まれた新妻の心の闇に迫る。 「鍵」山籠もりした天才画家に届けられた妻と弟子の陰謀の記録。 「桃」人生をかけて押し売りされる善意の倣慢を裁く。 「シンデレラの死」芸能界の階段を駆け上がる娘を襲う欺瞞。 「玉の輿」酒飲みの父を持った女子高生の純愛と「家」制度の形通りの葛藤。 「里親」推理作家の卵が師匠に奪われた最も大切なものは? 「泥と雪」冷え切った夫婦仲を青春の憧憬が柔らかく引き裂いていく。 「エピローグ人質」オールキャストで描く悲喜劇のエピローグ。名探偵は筆談で語る。 日本という国の貧しさをしみじみと読者に突き付けてくる。しかし決して貧乏臭くはない。洒落っ気と遊び心に富み、ツイストに唸らされる。ただミステリとしては弱い作品が多いか。 |
No.355 | 6点 | とむらい機関車 大阪圭吉 |
(2021/06/17 08:51登録) 戦前に書かれたとは思えないほど古臭さは感じさせない、そして味わいのある挿絵が嬉しい9編からなる短編集。 「とむらい機関車」乗り合わせた老人客が語る、豚連続轢断事件に秘められた真相とは?冒頭の謎の提示から、意外で凄惨な結末に驚かされる。 「デパートの絞刑使」宝石盗難事件に続いておきたでパート店員の不可解な死。謎の不可解性をロジカルに推理する。お見事。 「カンカン虫殺人事件」作業員二名が行方不明となり、そのうち一人が死体として発見される。悪くはないが少し地味か。 「白鯨号の殺人事件」雄大な自然を背景に行動力で陰謀に挑む探偵。実に絵になる。真相自体は小粒。 「気狂い機関車」機関士殺しと消えた機関車の謎を追う。わずかな手掛かりから、ハウダニット、フーダニットそして驚愕のホワイダニットを解明する。 「石塀幽霊」チンドン屋のチラシが語るおぞましい真相。説得力はあるが、物理的に可能なのかは疑問が残る。 「あやつり裁判」その女証人は、別の事件の証人でもあった。魅惑的な謎が全く予想外の解決に。ユニークなホワイダニットが味わえる。 「雪解」金鉱脈を探し続ける青年が砂金池の持ち主とその娘に出会った時、殺意は芽生える。皮肉な結末が何とも言えない。 「坑鬼」炭鉱という特殊な状況で起きた不可解な殺人事件。トリックも鮮やかだが、ロジックが素晴らしい。逆転の構図が良く出来ている。傑作。 |
No.354 | 8点 | 占星術殺人事件 島田荘司 |
(2021/06/13 08:25登録) 40年前の未解決事件捜査、密室殺人、アゾートの謎、魅力的な探偵コンビ、読者への挑戦状など本格ミステリ要素が満載。社会派小説が主流になりつつあった頃に謎解きをメインにした作品ということで、デビュー作にして日本ミステリ史的にも重要な作品。 ただ、序盤の手記がとにかく読み難い。アゾートの説明など情報量が多すぎて、これを全部把握するのは至難の業。その後も探偵と助手の対話が続くが、ここもテンポが良くない。ミステリを読み慣れていない人は、挫折する人も多いのではないか。自分も挫折経験者です。ここを乗り越えれば、次第に読みやすくなるので我慢して読んでほしい。 冒頭に配されたアゾートという謎の詩美性、合理に徹した御手洗の推理の明快さという重厚さとシリアスさだけでなく、ホームズ役の御手洗、ワトソン役の石岡のユーモアある掛け合いが、古典作品のリスペクトをも感じる。メイントリックは、40年間迷宮入りだったというのが納得出来るような、前例の無い斬新な大技のトリック。事件の真相と謎が明らかになる瞬間の鮮やかさにしびれる。 |