パメルさんの登録情報 | |
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平均点:6.12点 | 書評数:657件 |
No.337 | 7点 | 家守 歌野晶午 |
(2021/03/22 08:38登録) 家を守ると言えば「ヤモリ」が思い浮かぶが、人が家を守るとはどういう事か。家にまつわる捻りの効いた本格ミステリ5編を収録した短編集。 「人形の家で」過去の嫌な記憶や事件の真相が幻想的な趣向を含めて暴かれていく展開が楽しめる。 「家守」完全犯罪の崩壊と「家」の封印からの解放の重奏を奇抜な殺人トリックが彩る。 「埴生の宿」認知症の話し相手をするだけという好条件のアルバイトが奇矯な死を招く。 「鄙」官能小説家の兄弟が遭遇した田舎医者の事件カルテ。時代背景、人里離れた集落だからこそ起こりうる真相にゾッとする。 「転居先不明」都会に引っ越してきた夫婦が、晒される好奇な目の正体とは。安すぎる物件の罠が巡る真相。ブラックなオチが痛快。 「家」といいうテーマの縛りもあるが、何より各話が二重構造になっているという凝りように感心させられる。いずれもミステリとしての企みに満ちながら、執着と葛藤がせめぎ合う。抒情と郷愁、因習と因果、皮肉と諧謔といったツボを押さえ、予想外の方向へ導いてくれる。 |
No.336 | 6点 | 透明人間は密室に潜む 阿津川辰海 |
(2021/03/17 08:40登録) 表題作は、細胞の変異により全身が透明になる「透明人間病」が蔓延した社会が舞台。主人公はこの病気を研究している学者を、自分が透明人間であることを利用して殺害しようとするが、完全犯罪計画は予想外の事態の続発によって狂っていくという特殊設定ミステリを得意とする作者ならではの仕上がり。 「六人の熱狂する日本人」は、裁判官と裁判員たちによる評議が舞台のワンシチュエーション・コメディ。無作為に選ばれたはずの裁判員たちに共通点があったせいで、評議はとんでもない方向に暴走していく。「十二人の怒れる男」、「12人の優しい日本人」系の裁判員もの。 「盗聴された殺人」は超人的な聴覚を持つ探偵が登場するフーダニットの秀作。 「第13号船室からの脱出」はミステリをモチーフにしたリアル脱出ゲームの場で監禁されてしまった少年が主人公の船上ミステリで、監禁からの脱出とゲームの謎解きが複雑に絡み合い、最後の最後まで油断ならない展開に翻弄される。 どの作品も奇抜なシチュエーションと緻密なロジックを特色としている。 2021 「このミス」2位「本ミス」1位「文春ミス」2位 |
No.335 | 6点 | アルファベット・パズラーズ 大山誠一郎 |
(2021/03/12 10:17登録) 3つの短編と1つの中編からなる連作短編集。 いずれもロジックで攻めるタイプの作品で、奇抜な謎や起伏の激しい展開はほとんどない。良くも悪くも俗悪なエンターテインメント性に媚びることをよしとしない、純粋なパズラー。 なかでも、目まぐるしく推理の方向性を変えながら、意外な犯人と意外な動機を判じ出す「Yの誘拐」の結末は圧巻。その悪魔的な価値の転倒に驚く人が多いのではないだろうか。ただ、前3編のトリックがロジック的瑕疵が多いのが本書の大きなウイークポイント。ツッコミどころが多すぎる。極小が極大を映し出すアイデアは確かに面白いし、洗練されている。しかし、あまりにも大胆すぎるし、現実的では無さすぎる。不自然なアイデアを、不自然に見えないようにするとか、不自然なまま説得させてしまうという工夫が足りないように思う。それでも「Yの誘拐」が傑作であることは間違いない。 「Pの妄想」5点「Fの告発」5点「Cの遺言」6点「Yの誘拐」8点でトータルで6点としました。 |
No.334 | 4点 | 空中ブランコ 奥田英朗 |
(2021/03/07 09:51登録) 伊良部一郎シリーズ第二弾。第131回直木賞受賞作品。 患者は全員三十代。それまでの人生に立ち止まって振り返った時、現在の自分にしこりとして残っているのを感じている。誰にも悩みを相談できず、病院を訪れた患者に対し、伊良部の言動と行動は相変わらずで、治療といえば注射のみ。そして興味のあることにはやたらと首を突っ込んでくる。患者は保護者気分で付き合わざるを得なくなってくる。 その稚気に驚き、呆れ、「この医者で大丈夫だろうか?」と不安を覚え、ついには病気で悩むこと自体が馬鹿馬鹿しくなってしまう。このような人が組織にいたら、どんなに楽しいだろうと想像しながらも、鬱陶しいだろうなとも思う。 現代社会の中、身体の不調を訴える人は多い。病院に行ってもどこも悪くないと言われ、病院を次々と変える人もいるらしい。本作は、それぞれの世界の大変さとか、人間誰もが持つ煩悩や嫉妬心がユーモラスに描かれている。 このシリーズのファンの方は、この滅茶苦茶な診療がうけているのだと思うが、個人的にはついていけなかった。ユーモアセンスが無いのでしょう。 |
No.333 | 6点 | 収穫祭 西澤保彦 |
(2021/03/02 09:20登録) ある地方の山間部の村で発生した大量殺人事件をめぐるミステリ。まずはその残虐性と死体の数の多さに驚かされる。 首尾木村の北西区には、9世帯の住民が住んでいた。一九八二年の夏の夜、その大半が殺されるという事件が起きた。しかも十四人中、十一人が鎌で喉をかき切られるという異常な殺人だった。それから九年後、再び同じ手口の殺人が起こっていた...。 本作は、まず中学生の男子生徒の視点で語られていく。冒頭では、田舎の少年の日常や親しい同級生たちとの交流が描かれている。その夜、まさかの猟奇的な殺人が待ち構えているとは予想もつかない。さらに事件から九年後、十三年後、そして二十五年後に起こる復讐劇のサスペンスと暴かれる真相の意外性に戦慄させられるばかり。 煽情的な大量殺人にとどまらず、事件の背後で複雑に絡み合う村人たちの人間関係、夫婦内や家庭内の倒錯した性愛、大量殺人の悪夢と抑圧された心理などが丹念に書き込まれており、ストーリーに厚みを与えている。関係者のねじれた暗い感情が強く迫ってくるのだ。 そして印象に残る奇怪な出来事、巧みな伏線、意外な事実の暴露といった展開が効果的に反復しているため、先を読まずにおれない大作に仕上がっている。しかし文庫版で、上下巻合わせて1000ページ超はあまりにも長すぎる。 |
No.332 | 5点 | 謎解きはディナーのあとで 東川篤哉 |
(2021/02/25 09:15登録) 新米女性警部の宝生麗子は、いくつもの企業を擁する世界的に有名な「宝生グループ」宝生家のお嬢様。そのお抱え運転手で執事の影山と一緒に、事件の謎を解決していくという6編からなる短編集。 執事という立場でありながら、警部としては駄目なお嬢様に向かって、容赦なく暴言を吐いたり、おだてたりして事件の核心に迫っていく。この過程の二人の掛け合いがユーモラスで楽しい。雰囲気は麻耶雄嵩氏の「貴族探偵」をラノベ風にした感じで好き嫌いは分かれるでしょう。 ベストは「殺人現場では靴をお脱ぎください」。「殺しのワインはいかがでしょう」と「綺麗な薔薇には殺意がございます」は早い段階で真相が透けて見えてしまったのが残念。全体としては、キャラクター小説としては楽しめるが、ロジックが弱くロジック自体にも面白味を感じた作品が少なかった。 |
No.331 | 8点 | よもつひらさか 今邑彩 |
(2021/02/20 09:38登録) 12編からなる短編集で、ジャンルとしてはホラーになるのだろうが、おどろおどろしい感じではない。背筋が凍るというより、奇妙で不思議な読了感に襲われるという感じ。 狂気にとりつかれた人や、狂気にとりつかれた人に関わることになってしまった人、また少しだけ現実とは違った考えを持った人が巻き起こすヘンテコな話で、結局一番怖いのは人間だと思い知らされる話ばかり。そして、それぞれ違った不気味な雰囲気が楽しめる。 「見知らぬあなた」おぞましい事件に浮かぶ恐ろしい疑惑。戦慄の結末。 「ささやく鏡」祖母が言い残した鏡のもつ本当の恐ろしさとは。 「茉莉花」なぜ平凡なペンネームを彼女は選んだのか。 「時を重ねて」妻の浮気調査、その真相は。 「ハーフ・アンド・ハーフ」何もかも折半したがる真由子の性癖がおぞましい方向へ。 「双頭の影」骨董屋で目にした奇妙な話。なかには1本のローソクが入っていて。 「家につくまで」家への帰路で乗ったタクシーの運転手の話が半年前の事件の真相へ。 「夢の中へ......」現実を逃避して甘美な夢の世界にとどまりたいと思いを決断したこととは。 「穴二つ」懐かしいパソコン通信の時代、ネカマになって女性をゲットしようと試みるが。 「遠い窓」毎夜、姿を変える生きた絵の真相は。 「生まれ変わり」20年前に死んだ叔母とそっくりの女性にコンビニで出会い驚く。彼女の正体は。 「よもつひらさか」現世と冥界をつなぐ坂、黄泉比良坂。死者の差し出す黄泉戸喫を食べてしまえば、生者は二度と現世に戻ることは出来ないというのだが。 余談ですが「穴二つ」と「家につくまで」はフジテレビ系列のテレビドラマ「世にも奇妙な物語」で映像化されていらしい。 |
No.330 | 6点 | 死と砂時計 鳥飼否宇 |
(2021/02/15 17:10登録) 第16回本格ミステリ大賞受賞作。終末監獄を舞台にした奇想と逆説が横溢する連作長編。 この作者はどちらかといえば、独特な路線を歩んでおり万人受けする作品は少ない気がする(勝手に思っている)が、この作品は誰にでもお薦め出来る。 「魔王シャヴォ・ドルヤマンの密室」死刑が決まっている囚人が牢獄の中で殺されるという魅力的な状況。真犯人とどのように殺したかは分かりやすいが、ホワイダニットの部分が巧く出来ている。真相よりも前座で出されたダミー推理が印象に残った。 「英雄チュン・ウェイツの失踪」作者らしい逆説的な真相が最も効果的に発揮された一編。トリックには無理があるが。 「女囚マリア・スコフィールドの懐胎」男子禁制の居住区で妊娠、出産したという謎だけでも奇怪だが、最終的に起こる展開は完全にバカミス。 「確定囚アラン・イシダの真実」遂に明かされるアラン・イシダの両親殺害に関する真実。今まで大人しくしていた作者がバカミス作家の本性をむき出しにして好き放題に暴れまくる展開。死刑執行で明かされるアレには笑うしかない。 |
No.329 | 7点 | 猫には推理がよく似合う 深木章子 |
(2021/02/10 18:25登録) 弁護士事務所に勤める椿花織は、先生に寄せられる依頼を盗み聞きしては、おしゃべりする猫のスコティと噂話に花を咲かせていた。序盤に展開する彼らのミステリ談義は興味深いものがあった。 タイトルから受ける印象と第一部を読む限り、本書はおしゃべりする猫とその世話をする弁護士事務所の花織が推理合戦をするのんびりした話だと思っていたので、作者らしくないと少し不安だった。だが第二部になると、視点が弁護士の睦月怜に変わり、ガラリと様相が変わっていき、不安は杞憂に終わる。 猫と会話ができる世界というファンタジーな世界。奇想と解決が良い形で結びついていて、あり得ない世界を説得力のある謎解きで解決するのは素晴らしい。謎解きが逆に謎を呼んでしまうトリッキーな構成と密度の濃いロジックで翻弄させてくれる。猫に対する家族のような愛が、犯人特定の決め手になるだけでなく、犯行動機にも関わっており趣向も練られている。最後に苦く切ない現実を持ってくるところなども作者らしさを感じた。 |
No.328 | 6点 | 消失グラデーション 長沢樹 |
(2021/02/05 18:14登録) 第31回横溝正史ミステリ大賞の大賞受賞作。 私立藤野学院高校の2年生で、バスケット部員の椎名康は、奇妙な事件に遭遇する。誰もが認める才能がありながら、女子バスケット部で浮いていた綱川緑が、校舎の屋上から転落。地面に横たわる緑を助けようとした康だが、何者かに襲われ気絶。緑は消えてしまった。 しかし学校は、昨年に起きた連続窃盗事件の対策により、防犯カメラで監視されている。なぜ緑は転落したのか、どうやって消失したのか。康は、独特の言動と雰囲気を持つクラスメイトの樋口真由と共に、事件の調査を始める。 康が女子学生とイチャついている場所に真由が現れ、思いもかけない事実を告げる冒頭から、ストーリーは意表を突きながら進む。謎が少しずつ解き明かされるにつれて、康の心が大きく揺れ動いていく心情が丁寧に描かれ、青春ミステリとしても大きな魅力となっている。 主人公を筆頭にした少年少女のキャラクターの立て方も巧みで、人間消失の謎も魅力的。ある人物の設定が、ややご都合主義に感じられたが、その人物視点の描写でフォローが入れられているので許容範囲でしょう。 |
No.327 | 6点 | クライマーズ・ハイ 横山秀夫 |
(2021/01/30 10:35登録) 日航の御巣鷹山事故を題材に、群馬の新聞社で繰り広げられるドラマを描いている。つまり、取材し、報道する側のドラマである。作者は実際に事故当時新聞社で働いていたらしく、その時からずっと温めていた題材であることが想像できる。 あらゆる人間ドラマがぶち込まれた全体小説の趣を呈しており、単純に事故の経緯と決着を追うストーリーではない。日航機の事故はむしろ触媒であり、その触媒に触れてあらわになる新聞社の体質、人間の卑小さあるいは尊厳、報道とは何か、新聞社の使命とは何か、人の絆とは何か、そして人間の生命の軽重とは何かなど大き過ぎる問題に真正面から向き合い、そして格闘し続ける。 事故を報道していく中で、全権デスクに任命された悠木はさまざまな試練に、決断に、そして分岐点に直面する。「世界最大の事故」で後輩が活躍することを妬み、妨害する上司、想像を絶する現場に触れておかしくなる記者たち、事故原因に関する抜きネタ、人命の軽重に疑問を投げかける一通の投書。事故原因の抜きネタを打てるか打たないか、つまり群馬の一地方紙が世界を駆け巡る特ダネをものにできるかできないかという未曾有のチャレンジを描いた章、そして悠木が一人の女子大生の投書を紙面に載せるべく記者生命を賭ける章が最高の盛り上がりを見せる。 とにかく、経験者にしか描けないと思わせるディテールが圧倒的で、新聞社の中の組織の壁や自衛隊嫌い、中曽根派福田派といった社内の綱引きなどすさまじい迫真性で読ませる。その中で動き回る悠木の内面描写がまた素晴らしく、彼の思いは状況の変化とともに揺れに揺れるのだが、このリアルな揺らぎを作者は的確に、ダイナミックに描いていく。 ここにさらに、悠木の友人で元・山男、事故直前に倒れて植物人間になった安西、というキャラクターが加わる。彼が残した「下りるために登るんさ」という言葉が彼の頭から離れない。そしてこの安西をキーパーソンにして、悠木の家庭内の問題まで取り込んでいく。少し欲張りすぎとも思えるが、本書はこれにも成功している。日航機事故ストーリーの額縁として現在の悠木の登山エピソードが使われているが、このエピソード中、安西の息子のセリフ「そのハーケン、淳君が打ち込んだんですから」には泣ける。おまけに、大きいだけに収束に時間がかかる日航機事故を扱った物語の締めくくりとして、この登山エピソードが見事に機能している。 |
No.326 | 7点 | ゴールデンスランバー 伊坂幸太郎 |
(2021/01/25 09:35登録) 歴史上、最も不可解な謎を残した暗殺事件といえば、ケネディ大統領暗殺事件でしょう。報道の大きさとは裏腹に、犯人は射殺され事件は迷宮入り。当時の詳細な調査記録は、今もすべてが公開されてはいない。事件の関連書を読むたびに、なにか大掛かりな権力が介在していそうな気がしてすっきりしない。 もし、同じような事件が日本で発生していたら...。そのような発想から書かれたと思われる本書は、暗殺事件の本質に迫る驚くべきサスペンス小説。 仙台で凱旋パレードを行った首相が暗殺され、元宅配ドライバーの青柳が犯人と特定される。青柳を追い詰めていく警察や監視装置は、管理社会を扱った未来小説の登場人物のように、国家権力特有の不透明な官僚主義とその不気味な感触とを、じわじわと浮かび上がらせる。 皮肉にも、そうした権力ゲームに巻き込まれた市井の人々がお互いに見知らぬ同士でありながら、逃亡を助ける強力なネットワークに参加していくことになる顛末は、伏線も多重に張り巡らされ、異様な迫力を醸し出す。ドライで非情な設定に、ウエットで情感あふれた感性が小気味よく切り込んでおり、爽やかな読後感を残す。 |
No.325 | 7点 | サクリファイス 近藤史恵 |
(2021/01/19 09:52登録) 自転車ロードレースという日本ではマイナーな競技を題材にしたスポーツミステリ。 主人公の白石誓はプロロードレースチームの若手選手。目立つことが嫌いな白石にとって、エースを生かすために走るアシストという役割は心地よいものだった。 自転車ロードレースは個人競技だが、実は団体競技に近く、チームのエースが勝つように戦略を立てるスポーツ。そのために他のメンバーは風よけになったりして犠牲になるため、特異なスポーツといっていい。 この作品では、そういう自転車ロードレースの世界が克明に描かれる。ヨーロッパで紳士のスポーツと言われるように、総合優勝を狙える選手は区間優勝を狙ってはいけないとか、風を受ける先頭役は、たとえライバルでも交代にするとか、レースそのもののディテールがひたすら面白い。あるいは、自転車ロードレースの選手である限り、レベルの高いヨーロッパのチームに入って走りたいと思うのは当然の夢だが、ヨーロッパのチームのエースは自国の選手に限られ、他国の選手はアシスト役にしかなれないことなど、この競技の特殊な事情が次々に語られて興味が尽きない。 それだけでも、自転車競技に懸けた青春小説としてたっぷり読ませるのだが、さらにミステリでもあるのが驚き。チームメイトの犠牲によって栄光を掴むエースの矜持と責任。迫真のレースシーンによって、自転車ロードレースの魅力を伝えながら、一面的な見方ではとらえきることのできない複雑な心の揺れ動きを浮き彫りにしていく。自転車ロードレースという特殊な世界、そして選手の性格などがすべて見事な伏線になっているから素晴らしい。 |
No.324 | 5点 | 闇の底 薬丸岳 |
(2021/01/12 10:15登録) 長瀬は幼い頃に性犯罪者の毒牙にかかり妹を失った。それが一つのきっかけとなり刑事となった。そして長瀬は管轄内で起きた幼女暴行殺人事件の担当をすることになる。強い信念を持って犯人を捕まえようと決意するが、捜査は難航を極める。まるで進展がないまま第二の事件が起きてしまう。 性犯罪を矯正することの難しさは、以前から指摘されている。性犯罪前歴者の再犯を防ぐには、どうすればいいのだろう。本書では死刑執行人サンソンを名乗る男が、その問いに答えを提示する。犯罪をなくすには恐怖しかないという信念のもと、男は少女が犠牲になる性犯罪が起こるたびに、陰惨な手口で性犯罪前歴者を殺害する。 捜査の一翼を担うのが長瀬刑事。やがておぼろげにサンソンの影が見えてきた時、長瀬は犯人のみならず、自らの心の闇と向き合わざるをえなくなる。 身勝手な犯行で我が子を失った両親の悲しみや、卑劣な犯罪の捜査にかける刑事たちの意気込みといった、読者にとって共感しやすい心情だけではない異常な性癖を持つ犯罪者の歪んだ心理も丁寧に描かれており、その浅ましくも惨めな心のありようが強い印象を残す。 謎解きよりも濃密な心理描写に力点がおかれているとはいえ、結末の意外さは出色。読み終わった後に複雑な思いを抱かせる、ひねりの効いた幕切れ。 |
No.323 | 8点 | 名探偵に薔薇を 城平京 |
(2021/01/07 14:27登録) 第一部「メルヘン小人地獄」と第二部「毒杯パズル」に分かれている構成。ある男が猟奇的な手法で作り出した毒薬「小人地獄」。少量で死に至り解剖しても検出されない。ただし大量だと検出されやすく、苦くて飲み下せないため死に至らない特性を持つ。 第一部では、新聞社などに「メルヘン小人地獄」という謎の短編小説が送り付けられ、その童話に見立てた連続殺人事件が起こる。乱歩風な猟奇的な雰囲気と作者の個性的な言葉選びと毒薬にまつわる怪奇的な話が魅力的な事件が発生する(かなりグロテスク)。第二部では、その事件から2年後の新たな事件を名探偵が解き明かす。 ストーリーの核となる「小人地獄」は完全犯罪が可能な毒薬だが、これを使った殺人がメインではないところがキモ。トリックよりもキャラクター造形、ストーリーテーリングで読ませる作品。ぶっきらぼうな口調で独特な存在感がある名探偵、瀬川みゆきのキャラクターも魅力的だったし、二転三転する驚きの展開も大いに楽しめた。 ハウダニット、ホワイダニットもののミステリとしても魅力的だったし、その事件を軸に描いた名探偵であるが故の苦悩と葛藤、その狂気に彩られた悲劇もまた読み応えがあった。 「トリックに前例がある」という理由で新人賞を逃した作者も悲劇であった。 |
No.322 | 5点 | 黒笑小説 東野圭吾 |
(2020/12/28 17:55登録) タイトル通りブラックな味わいが味わえる13編からなる短編集。 まず目をひくのが文壇ネタのストーリー。「もうひとつの助走」「線香花火」「過去の人」「選考会」の4編がそれにあたる。特にお薦めなのが「線香花火」。小説灸英新人賞に入選したことで、すぐさま人気作家になると思い込んだ主人公にしたこの作品は、彼の舞い上がりっぷりで笑わせてくれる。もちろん戯画化されてはいるが、本屋でのこれ見よがしの態度や、親戚一同が集まっての宴会など、いかにもありそうな話。作家志望の男が見せる滑稽な姿には、妙な説得力がある。 出版業界に興味のある人、そして何よりも作家志望の人は読んだ方がいいかもしれない。それにしても自分の属する業界を舞台に、ここまで書いてしまうのだから恐れ入る。 しかし、作者の姿勢に堅苦しさは感じられない。重いテーマになるところを、ブラックな笑いを武器にして、軽やかに処理している。そこが本書の読みどころといえるでしょう。 |
No.321 | 7点 | 告白 湊かなえ |
(2020/12/22 18:49登録) ある中学校の三学期の終業式のホームルーム。女性教師が本日限りで先生を辞めるのだと、生徒たちに告げる。また、放課後に学校のプールで発見された自分の娘の死は事故ではなく、クラスの生徒二人による殺人だったという告発をする。さらに二人の処罰を法の手に委ねる代わりに、犯した罪の重さをかみしめながら生きざるを得ない「復讐」をすでに行使した、という爆弾発言へと続いていく。 特筆すべきは語り口のうまさ。話しぶりは実に教師らしいが、妙に毒々しく、それでいてユーモラスなところもあり読ませる。冒頭部は、いまにもほとばしりそうな恨みつらみの感情をぐっと抑えた、女性教師の冷静な語り口に圧倒される。第二章以降は、家族や友人、そして犯人など事件の関係者による視点から語られていいく。一教師の私的な復讐が水面に広がる波紋のように、多くの関係者を巻き込み、同時に彼らの姿を浮き彫りにしていく。 語り手が次々に変わっていく連鎖ミステリの手法を用いた効果によって殺人に至るまでの経緯や、告発後の影響など、事件の背景が多角的かつ重層的に描かれている。そして予測不能なほど意外な展開を見せる。 登場人物は歪んだ嫌なタイプばかりだし、後味も良くないが、なぜか不快な感じのしない不思議なストーリーだった。デビュー作とは思えない文章力と構成力に支えられた作品。 |
No.320 | 6点 | Another 綾辻行人 |
(2020/12/16 09:55登録) 地方都市にある中学校を舞台にしたホラー小説。榊原恒一は、家庭の都合で東京から夜見山市の中学校に転校する。しかし、新学期早々、病気で入院し、そこで謎めいた美少女見崎鳴と出会う。ゴールデンウィーク明けに学校に通い始めるが、三年三組のクラスメイトとその家族の不審な死が相次ぐ。 いきなり不可解な状況に巻き込まれた恒一が、三年三組の呪いにたどり着く前半から、クラスに居るはずの死者の正体が暴かれる後半まで、ミステリの面白さでぐいぐい引っ張っていく。特に死者の正体の隠し方は鮮やか。もちろん、そこから浮かび上がる理不尽な呪いも、すさまじい迫力を持って迫ってくる。 さらに榊原恒一と見崎鳴の関係性も見逃せない。それぞれの鬱屈をを抱えた二人はどちらも魅力的な若者。そんな二人が、ある特殊なな事情で身近になり、次第にお互いを理解していく。周囲に血なまぐさい、死の嵐が吹き荒れているだけに、二人の強まっていく関係が一服の清涼剤になっている。ここも読みどころといえるでしょう。 設定自体がご都合主義ではあるが、ホラー的な演出でより本格ミステリ的な謎が威力を発揮されているし、ファンタジーな世界を現実的な解決で上手くまとめ上げている点は好印象。文庫版で上下巻合わせて759ページという大作でありながら、リーダビリティが高いので分厚さを感じさせない。 |
No.319 | 7点 | ラットマン 道尾秀介 |
(2020/12/10 09:24登録) 「ラットマン」と呼ばれる素朴な線描画がある。動物たちの絵の中に置かれていると、それはラット(ねずみ)に見える。人物画の中に置かれていると男の顔に見える。同じ絵なのに、なぜか全く別のものに見えてしまう。見る、聞くといった人間の知覚は、その前後に受けた刺激によって左右される。これを心理学などで「文脈効果」というらしい。本書は、この文脈効果を最大限に利用した作品といえる。 結成14年のアマチュアロックバンドが、貸しスタジオで練習中に不可解な事件に遭遇する。メンバーの一人が、密室状態の倉庫でアンプの下敷きになって死んでいた。 現場の状況から、容疑者は当時スタジオにいた四人のメンバーに限られる。四人は互いに疑心にかられ、同じ絵にそれぞれ別のイメージをふくらませる。そして、それはまた新しい「ラットマン」現象を作り出していく。 容疑者の一人である姫川と23年前に姫川家の事件を扱った古参刑事が、全く別の方向から、この絵を読み解こうとするのだが、推理の行方は三転四転し、容易に予断を許さない。後半の途中まで、ただの胸糞悪いミステリ要素の少ない小説だなと思っていたが、最後の最後で評価が変わった。騙された快感が味わえる作品。 |
No.318 | 6点 | 錆びた滑車 若竹七海 |
(2020/12/03 09:36登録) 私立探偵兼ミステリ専門古書店アルバイトの葉村晶が主人公を務めるシリーズ第三弾。 今回の仕事は、資産家の未亡人・石和梅子の尾行。最近の行動がおかしい、もしかしたら悪い人に騙されて、資産を巻き上げられてしまうのではと心配した息子からの依頼である。四十肩と老眼とひざの痛みに悩まされながら捜査を続ける女探偵。今回も散々な目に遭うが、自らの不運を嘆きながらも逃げずに立ち向かっていく。 尾行というありきたりな探偵仕事が意外な方向へ転がり、やがて奇妙な謎が現れるという掴みが良い。そこから葉村の眼前に広がるのは、人間同士のつながりが作り出した複雑なパズル。 「多くの人が自分なりの選択を済ませ、物語の歯車は回り始めていた」という冒頭の言葉通り、葉村の出会うエピソードの全てに意味があり、パズルを解き明かすための重要なピースになっている。この隙のないプロットが素晴らしい。謎解きファンを驚かせる仕掛けも、巧妙な伏線も決まっている。複雑すぎて分かりづらかったので読み返したりしましたが...。 |