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ミステリの祭典

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パメルさんの登録情報
平均点:6.13点 書評数:623件

プロフィール| 書評

No.323 8点 名探偵に薔薇を
城平京
(2021/01/07 14:27登録)
第一部「メルヘン小人地獄」と第二部「毒杯パズル」に分かれている構成。ある男が猟奇的な手法で作り出した毒薬「小人地獄」。少量で死に至り解剖しても検出されない。ただし大量だと検出されやすく、苦くて飲み下せないため死に至らない特性を持つ。
第一部では、新聞社などに「メルヘン小人地獄」という謎の短編小説が送り付けられ、その童話に見立てた連続殺人事件が起こる。乱歩風な猟奇的な雰囲気と作者の個性的な言葉選びと毒薬にまつわる怪奇的な話が魅力的な事件が発生する(かなりグロテスク)。第二部では、その事件から2年後の新たな事件を名探偵が解き明かす。
ストーリーの核となる「小人地獄」は完全犯罪が可能な毒薬だが、これを使った殺人がメインではないところがキモ。トリックよりもキャラクター造形、ストーリーテーリングで読ませる作品。ぶっきらぼうな口調で独特な存在感がある名探偵、瀬川みゆきのキャラクターも魅力的だったし、二転三転する驚きの展開も大いに楽しめた。
ハウダニット、ホワイダニットもののミステリとしても魅力的だったし、その事件を軸に描いた名探偵であるが故の苦悩と葛藤、その狂気に彩られた悲劇もまた読み応えがあった。
「トリックに前例がある」という理由で新人賞を逃した作者も悲劇であった。


No.322 5点 黒笑小説
東野圭吾
(2020/12/28 17:55登録)
タイトル通りブラックな味わいが味わえる13編からなる短編集。
まず目をひくのが文壇ネタのストーリー。「もうひとつの助走」「線香花火」「過去の人」「選考会」の4編がそれにあたる。特にお薦めなのが「線香花火」。小説灸英新人賞に入選したことで、すぐさま人気作家になると思い込んだ主人公にしたこの作品は、彼の舞い上がりっぷりで笑わせてくれる。もちろん戯画化されてはいるが、本屋でのこれ見よがしの態度や、親戚一同が集まっての宴会など、いかにもありそうな話。作家志望の男が見せる滑稽な姿には、妙な説得力がある。
出版業界に興味のある人、そして何よりも作家志望の人は読んだ方がいいかもしれない。それにしても自分の属する業界を舞台に、ここまで書いてしまうのだから恐れ入る。
しかし、作者の姿勢に堅苦しさは感じられない。重いテーマになるところを、ブラックな笑いを武器にして、軽やかに処理している。そこが本書の読みどころといえるでしょう。


No.321 7点 告白
湊かなえ
(2020/12/22 18:49登録)
ある中学校の三学期の終業式のホームルーム。女性教師が本日限りで先生を辞めるのだと、生徒たちに告げる。また、放課後に学校のプールで発見された自分の娘の死は事故ではなく、クラスの生徒二人による殺人だったという告発をする。さらに二人の処罰を法の手に委ねる代わりに、犯した罪の重さをかみしめながら生きざるを得ない「復讐」をすでに行使した、という爆弾発言へと続いていく。
特筆すべきは語り口のうまさ。話しぶりは実に教師らしいが、妙に毒々しく、それでいてユーモラスなところもあり読ませる。冒頭部は、いまにもほとばしりそうな恨みつらみの感情をぐっと抑えた、女性教師の冷静な語り口に圧倒される。第二章以降は、家族や友人、そして犯人など事件の関係者による視点から語られていいく。一教師の私的な復讐が水面に広がる波紋のように、多くの関係者を巻き込み、同時に彼らの姿を浮き彫りにしていく。
語り手が次々に変わっていく連鎖ミステリの手法を用いた効果によって殺人に至るまでの経緯や、告発後の影響など、事件の背景が多角的かつ重層的に描かれている。そして予測不能なほど意外な展開を見せる。
登場人物は歪んだ嫌なタイプばかりだし、後味も良くないが、なぜか不快な感じのしない不思議なストーリーだった。デビュー作とは思えない文章力と構成力に支えられた作品。


No.320 6点 Another
綾辻行人
(2020/12/16 09:55登録)
地方都市にある中学校を舞台にしたホラー小説。榊原恒一は、家庭の都合で東京から夜見山市の中学校に転校する。しかし、新学期早々、病気で入院し、そこで謎めいた美少女見崎鳴と出会う。ゴールデンウィーク明けに学校に通い始めるが、三年三組のクラスメイトとその家族の不審な死が相次ぐ。
いきなり不可解な状況に巻き込まれた恒一が、三年三組の呪いにたどり着く前半から、クラスに居るはずの死者の正体が暴かれる後半まで、ミステリの面白さでぐいぐい引っ張っていく。特に死者の正体の隠し方は鮮やか。もちろん、そこから浮かび上がる理不尽な呪いも、すさまじい迫力を持って迫ってくる。
さらに榊原恒一と見崎鳴の関係性も見逃せない。それぞれの鬱屈をを抱えた二人はどちらも魅力的な若者。そんな二人が、ある特殊なな事情で身近になり、次第にお互いを理解していく。周囲に血なまぐさい、死の嵐が吹き荒れているだけに、二人の強まっていく関係が一服の清涼剤になっている。ここも読みどころといえるでしょう。
設定自体がご都合主義ではあるが、ホラー的な演出でより本格ミステリ的な謎が威力を発揮されているし、ファンタジーな世界を現実的な解決で上手くまとめ上げている点は好印象。文庫版で上下巻合わせて759ページという大作でありながら、リーダビリティが高いので分厚さを感じさせない。


No.319 7点 ラットマン
道尾秀介
(2020/12/10 09:24登録)
「ラットマン」と呼ばれる素朴な線描画がある。動物たちの絵の中に置かれていると、それはラット(ねずみ)に見える。人物画の中に置かれていると男の顔に見える。同じ絵なのに、なぜか全く別のものに見えてしまう。見る、聞くといった人間の知覚は、その前後に受けた刺激によって左右される。これを心理学などで「文脈効果」というらしい。本書は、この文脈効果を最大限に利用した作品といえる。
結成14年のアマチュアロックバンドが、貸しスタジオで練習中に不可解な事件に遭遇する。メンバーの一人が、密室状態の倉庫でアンプの下敷きになって死んでいた。
現場の状況から、容疑者は当時スタジオにいた四人のメンバーに限られる。四人は互いに疑心にかられ、同じ絵にそれぞれ別のイメージをふくらませる。そして、それはまた新しい「ラットマン」現象を作り出していく。
容疑者の一人である姫川と23年前に姫川家の事件を扱った古参刑事が、全く別の方向から、この絵を読み解こうとするのだが、推理の行方は三転四転し、容易に予断を許さない。後半の途中まで、ただの胸糞悪いミステリ要素の少ない小説だなと思っていたが、最後の最後で評価が変わった。騙された快感が味わえる作品。


No.318 6点 錆びた滑車
若竹七海
(2020/12/03 09:36登録)
私立探偵兼ミステリ専門古書店アルバイトの葉村晶が主人公を務めるシリーズ第三弾。
今回の仕事は、資産家の未亡人・石和梅子の尾行。最近の行動がおかしい、もしかしたら悪い人に騙されて、資産を巻き上げられてしまうのではと心配した息子からの依頼である。四十肩と老眼とひざの痛みに悩まされながら捜査を続ける女探偵。今回も散々な目に遭うが、自らの不運を嘆きながらも逃げずに立ち向かっていく。
尾行というありきたりな探偵仕事が意外な方向へ転がり、やがて奇妙な謎が現れるという掴みが良い。そこから葉村の眼前に広がるのは、人間同士のつながりが作り出した複雑なパズル。
「多くの人が自分なりの選択を済ませ、物語の歯車は回り始めていた」という冒頭の言葉通り、葉村の出会うエピソードの全てに意味があり、パズルを解き明かすための重要なピースになっている。この隙のないプロットが素晴らしい。謎解きファンを驚かせる仕掛けも、巧妙な伏線も決まっている。複雑すぎて分かりづらかったので読み返したりしましたが...。


No.317 5点 駅路
松本清張
(2020/11/26 09:28登録)
10編からなる短編集。その中から3編の感想を。
「ある小官僚の抹殺」生身の人間の欲望や心理のディテールを描かずに、汚職事件の隠蔽構造を描くところに眼目がある。人間の顔の見えない殺人事件に組織の非情さと犠牲者の哀れさが彷彿とする。
「巻頭句の女」平野謙氏が「一人の女性が俳句をたしなむという事実は、一般にはありふれたことだ。しかし、この被害者の場合、わずかに俳句に思いを託するということは、いわば全人的な思いにほかならなかった。」というように、短編の作品構成が有効に働き、タイトルの「女」はひとことも語らないだけでなく登場もしないが、明瞭な人物形象を可能にしている。
「薄化粧の男」いわば深層心理を変わった人間に具象化することで、奇矯な人間たちが行動する心理を狙っている。結末も意外性があり作者の豊かな構成力をうかがわせる。


No.316 6点 神のロジック 人間のマジック
西澤保彦
(2020/11/20 09:18登録)
マモル・マコガミは、見知らぬ男女に連れられ外界から完全に遮断された学校(ファシリティ)へやってきた。そこにいるのは5人の少年少女と校長先生、寮長とミズ・コットンだけ。何の目的があるのかも分からないまま、推理ゲームのような実習を繰り返す。そんな中、新入生が入ることが発表され緊張が走る。
謎に包まれた学校の設定が、恩田陸氏のある作品を想起させる。ただ違うのは、誰ひとりとしてこの学校で学んでいる目的さえ分かっていないところ。前半は実習での推理ゲームに関するディスカッションがメイン。そこに新入生が入ると実際、何が起きるのかなど興味をそそる事柄が絡んでくる。
ひとつひとつは決して大きくはないが、マモルの目を通してその一つずつが検証され明らかになっていく展開は、まるで自分が見知らぬ館の中を探検しているかのうようで惹きつけられる。そして後半の事件が起きてからは、一気に畳みかけるような展開で、前半の慎重なムードから一転し、大胆な結論を導き出すことになる。明かされる真相は、ある理由からやや減じてしまったのが残念だが破壊力は抜群。そして読み終わった時、このタイトルの意図するところを改めて考えざるを得ません。
歌野晶午氏の某作品と比較されることもあるみたいだが、個人的には、こちらの方が好み。


No.315 7点 ブルーローズは眠らない
市川憂人
(2020/11/14 09:55登録)
薔薇はもともと青い色素を持っていないので、自然交配での青い薔薇は不可能と判断されているらしい。この幻の青い薔薇という魅力的なモチーフを巡るミステリ。(この作品を読み進めていくうちに、東野圭吾氏の夢幻花を思い出した。夢幻花では黄色いアサガオ...アサガオは黄色を出すのが難しいらしい)
遺伝子編集技術を用いて青い薔薇の作出に成功したと発表したフランキー・テニエル教授が殺された。現場は教授の別宅の裏庭に建てられた温室の中。発見当時、温室の扉・窓など全て内側から施錠されており、そこに教授の首だけが転がっていた。
前作で知り合ったドミニク刑事から、マリアと漣の刑事コンビに捜査依頼が入る。ストーリーは2つの視点から語られる。マリアと漣のパートと並行して一人の少年の手記が綴られていく。
メイントリックは温室の密室に関するものだが、これは単に密室をひとつ作るだけにとどまらず、他のトリックとも密接に絡み合っている。丹念な捜査と緻密のロジックで事件の構図が露になり、予想外の真相が明らかになり驚かされる。捜査シーンや圧巻の解決編は読み応えあるし、マリアと漣の軽妙なやり取りは楽しい。ハウダニット、ホワイダニット、フーダニットのどれもが楽しめる。
ミステリとしての出来も素晴らしいが、全ての謎が明らかになった時、ひとつのラブストーリーが浮かび上がってくる。ストーリー・テラーとしても達者。
※余談ですが、このシリーズのタイトルは「〇〇は〇〇ない」にこだわっているように思える。どうせなら、トコトンこだわってほしい。


No.314 6点 46番目の密室
有栖川有栖
(2020/11/09 19:39登録)
推理作家・有栖川有栖とその友人の犯罪学者・火村英生のコンビシリーズ第一弾。
密室を扱ったミステリばかりを発表する推理小説作家・真壁聖一から、クリスマスパーティーに招かれた有栖川と火村は星火荘へ向かった。そんな中、完全な密室の中で真壁は殺されてしまう。自分の考えた46番目の密室トリックで殺されたのか。
タイトルのとおり、密室に焦点を当てた作品かと思ったが、メインの対象としては扱われてはいない。その他の様々なデータを集め、それらを組み合わせて犯人を導き出すというロジカルな謎解きが楽しめる。有栖川と火村のやり取りも楽しいし、テンポも良くリーダビリティが高く好印象。


No.313 4点 灰色の虹
貫井徳郎
(2020/11/01 10:10登録)
身に覚えのない殺人の罪に着せられ服役した主人公の江木は、刑期を終えた後、復讐を誓う。やがて、裁判の関係者たちが次々と変死した。警察は江木に疑いを向けるが、警戒の隙をつくように犯行は続く...。
この作品は冤罪というテーマを真正面から扱ったミステリ。現実には、強引な捜査をした警察官や検事、誤った判決を下した裁判官などは、形ばかりか謝罪することはあっても自分の人生で償いをすることはない。その意味で、本書の展開は殺されて当然といったカタルシスを感じるかもしれない。
しかし、復讐のための殺人なら許されるのかという問いが、結末に近づくにつれて重くのしかかってくるため、読み心地は痛快さからは程遠い。人間の罪の罰について真摯な考察を重ねてきた作者ならではの力作といえるでしょう。
現実の司法の闇は一般人の想像を超えて深い。その前では本書における司法の歪みの描写すら、まだ甘いように感じてしまう。また、先が読めてしまう展開に、最後の真相も予想通りでミステリとしては今ひとつ。そして、このストーリーにしては冗長に感じる。


No.312 6点 山魔の如き嗤うもの
三津田信三
(2020/10/27 19:22登録)
刀城言耶シリーズ第四弾。忌み山で続発する無気味な謎の現象、正体不明の山魔、奇怪な一軒家からの人間消失、刀城言耶に送られてきた原稿には、山村の風習初戸の成人参りで恐るべき禁忌の地に迷い込んだ人物の怪異と恐怖の体験が綴られていた。
不可解な密室からの人間消失、地蔵歌の見立て殺人、アリバイトリックなど、いかにも本格らしい趣向で、その醍醐味を満喫させてくれる。
土俗、怪奇、因習、オカルト趣味、閉塞感を独特の恐怖の演出で禍々しさも迫力満点。
舞台設定の醸し出す雰囲気は好みだし、息もつかせぬ展開に複雑で魅惑的な謎解きに多重のどんでん返しに強く惹かれる。横溝正史氏のある作品を想起させる仕組みがあり、知っている人ほど誤った方向に誘導されるかもしれない。前作に比べ、随分と読みやすくなったし精緻な構図と構成の妙を堪能できる。
ただ、前作に比べ切れ味がなく、手法にやや物足りなさを感じた。また、前作でも思ったが現場となった土地や屋敷内などの位置関係を示す地図が欲しいと思った。


No.311 6点 黒百合
多島斗志之
(2020/10/22 08:59登録)
ノスタルジックな味わい深いミステリで時代と場所の異なる二つの話が交互に語られている。まず最初の章で語られるのは、一九五二年、十四歳の「私」が六甲の別荘地で過ごした夏の思い出。父の友人の息子・一彦とともに池で遊んでいたとき、香という少女と出会った。私と一彦は、一目で彼女に恋心と抱いた...。
章が変わり、昭和十年ヨーロッパの視察旅行中の私鉄会社社長一行が、ベルリンの終着駅で相田真千子という若い女性と出会う逸話がつづられていく。
少年時代の輝きに満ちた夏のひとときや初恋の甘い追憶、そして六甲の避暑地の風景が繊細に描き出されている一方で、戦前に起こった悲劇が、さらに人知れぬ殺人事件へと連鎖する暗い人間模様が物語られていく。犯人は誰なのか判然としないまま、やがて驚愕の結末へと向かう。
まるで、丁寧に織り込まれた色違いの美しい布地を大胆に重ね合わせたようなストーリー。最後に浮かび上がるのは、それまで見えなかった黒百合の鮮やかな模様だ。技巧を用いたミステリであると同時に、郷愁あふれる青春小説としての味わいが深く胸に残る。謎解きより仕掛けに面白味を感じる人向けといえるでしょう。


No.310 6点 天空の蜂
東野圭吾
(2020/10/17 10:23登録)
超大型特殊ヘリコプターが何者かに奪われる。ヘリコプターには爆薬が満載され、原子力発電所の真上でホバリングをしている。犯人は「日本にある全ての原子力発電施設を停止し、再び稼働できない状態にせよ、そうしなければ、ヘリを墜落させる」と脅迫してきた。
非常に難しく、デリケートなテーマを扱った緊迫感に満ちたサスペンスミステリ。「Not In My Back Yard」こと「NIMBY」。その意味は、「施設の必要は認めるが、自分の居住地区には建てないでほしい」。原子力発電所は周囲への影響が大きく、健康上のリスクが大きい施設。その反面、多くの人々に恩恵をもたらす施設でもある。「存在しないことによる安全性」か「存在することによる生活の利便性」か。
東日本大震災の前と後で読んだかで、読後感は違うのではないでしょうか。しかし、はっきりと答えが出たわけではない。考えさせられる作品であった。


No.309 7点 動機
横山秀夫
(2020/10/12 08:52登録)
警察官・殺人の前科者・新聞記者・裁判官が主人公で組織の中で悪戦苦闘し、胸が苦しくなるような仕上がりの4編からなる短編集。表題作の「動機」はもちろんのこと、その他の作品もそれぞれ動機がポイントになっている。その中で気に入った2作品の感想を。
「動機」推理作家協会賞受賞作。警察内部の事件を捜査する管理部門の人間が主人公。警察手帳が盗まれ、責任者として名誉を挽回するために内偵に奔走する。警察内部の軋轢や人間関係がリアルで、展開もめまぐるしいので飽きさせない。最後のオチは少し気に入らない点もあるが...。
「逆転の夏」女子高生殺しで前科のある男が、電話で見知らぬ相手から殺人を委託される。自分が一寸先は加害者または被害者になるかもしれない、そんな意識が克明に描かれており心理描写が丁寧で好印象。先が読めないスリリングな展開にプロットも捻りが効いており、どんでん返しもお見事。犯罪者の社会復帰問題についても考えさせられた。ミステリとしても人間ドラマとしても濃厚で満足。長編として、じっくり読んでみたかったと思った作品。


No.308 5点 しらみつぶしの時計
法月綸太郎
(2020/10/07 09:23登録)
名探偵・法月綸太郎が登場しない9編と名探偵・法月「林」太郎が登場する1編の計10編からなるノンシリーズの短編集。
捻くれた密室もので脱力系の「使用中」、ダメ人間が奇妙な交換殺人を目論む「ダブル・プレイ」、ブラックな味わいで笑える「素人芸」、秀逸なロジックが味わえる頭の体操的パズル小説の「盗まれた手紙」、サスペンス風に展開しておきながら、異様なロジックでオチはダジャレネタという表題作の「しらみつぶしの時計」、切なくて哀しい叙情的な青春ミステリの「トゥ・オブ・アス」は佳作~秀作。ベストは「盗まれた手紙」。
「四色問題」と「幽霊をやとった女」は過去の名作のパスティーシュ。バレバレのネタなのでミステリとしての出来は今ひとつ。「イン・メモリアム」と「猫の巡礼」は幻想小説?ミステリとはいえない、または弱いと思う。


No.307 6点 i(アイ)―鏡に消えた殺人者
今邑彩
(2020/10/02 09:03登録)
怪奇小説と本格推理小説が融合した貴島刑事シリーズ第一弾。
編集者の的場は、作家の砂村が待ち合わせ場所に現れないため、仕事場を訪れると刺殺されていた。
砂村の書きかけの短編が冒頭に挿入されており、それがホラー的な雰囲気を醸し出している。殺害現場も部屋は密室であったこと、血染めの足跡が、あたかも鏡の中に入ってしまったかのように鏡の前で消えていること、残された遺稿には鏡に怯える自伝的小説があったこと。
この怪奇的な謎をどのように手掛かりを掴み、推理し真相に近づいていくのか、そのプロセスが面白く読ませる。謎を少しづつロジカルに解明し、思いがけない真相に辿り着く。そこからさらに、動機と遺稿の謎を巡って、もう一捻り加えて異様な構図を露にし驚かされる。リーダビリティは高いし、プロットも丁寧で好印象。ただ、最後の全てがひっくり返るようなどんでん返しは、少し強引に思える。


No.306 5点 貴族探偵対女探偵
麻耶雄嵩
(2020/09/27 09:09登録)
自分では推理をせず、他人に任せながら「私の使用人だから自分の推理だ」と主張する貴族探偵と高名な探偵を師に持つ駆け出しの女探偵、高徳愛香が対決する5編からなる短編集。
女探偵が行く先々に貴族探偵が現れ、事件が起き、毎回お決まりのパターンで展開し着地するという点は好みが分かれるでしょう。最終話のオチは良かったですが。
事件の構図やトリックはオーソドックスで、トリックよりロジックといった人向けという印象。ロジックは良く出来ている。「むべ山風を」は一部の推理に強引さを感じるが...。
余談ですが、女探偵の高徳愛香の名前が四国四県の「高知・徳島・愛媛・香川」からとっているように思うのだが、何か意味があるのだろうか?


No.305 6点 弁護側の証人
小泉喜美子
(2020/09/22 10:34登録)
ヌードダンサーのミミイ・ローイこと漣子は、矢島財閥の御曹司の杉彦に見初められ玉の輿に乗った。漣子は決して財産目当てで結婚したわけではなかったが、周囲の反発が凄かった。そんな中、矢島財閥のトップであり、杉彦の父親である龍之介が殺された。その後、容疑者は逮捕され一審で死刑判決が下された。
「あっと驚くどんでん返し」、「あなたは絶対に騙される」など書店のポップに誘われて購入したが、しっかり騙された。一瞬ですべてがひっくり返る鮮やかな構成。しかも、伏線が全て別の意味を持つことに気付く。真犯人は誰なのか?弁護側の証人とは誰なのか?事件の真相とは一体何なのか?そんな疑問を一気に崩壊させるようなカタルシスは、爽快で傑作と呼んでいいと思います。
現代でこそ、類型的な作品が多くみられるが、叙述トリックがあまり存在していなかった当時の衝撃は凄まじかっただろうと想像できる。ただ、驚きのカタルシス以外に特に語る部分がない小説ともいえる。


No.304 6点 念力密室!
西澤保彦
(2020/09/17 09:42登録)
6編からなる連作短編集。この6編の設定は全て、犯人の超能力(サイコキネシス=念力)によって鍵が閉められ、現場が密室になったというもの。
主な登場人物は、美人警部の能解、チョーモンイン(見習)の神麻、売れない作家の保科。チョーモンインとは、超能力者問題秘密対策委員会の略であり、超能力を不正使用するエスパーを摘発するのを専門とする。
能解が科学捜査関係の、神麻が超常現象関係の、それぞれ事件に関するデータを持ち寄り、それに基づいてブレーンである保科が推理する。
通常のミステリだと密室に関しては、どのようにして密室がつくられたのかというハウダニットを推理するのが多いと思うが、この作品は超能力を使用して密室をつくっているので、何のためにというホワイダニットが中心の謎となっていて興味深く読むことが出来た。
奇想天外が連続する謎の見せ方も本格ミステリとして愉しませてくれるが、いつの間にか何かある度に、保科家に集まる能解警部と神麻嗣子の奇妙な三角関係もコミカルで目が離せなくなるでしょう。

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