パメルさんの登録情報 | |
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平均点:6.12点 | 書評数:692件 |
No.392 | 7点 | 暗いところで待ち合わせ 乙一 |
(2021/11/30 09:04登録) 視力を失くし、独り静かに暮らすミチル。職場の人間関係に悩むアキヒロ。駅のホームで起きた殺人事件が、寂しい二人を引き合わせた。犯人として追われるアキヒロは、ミチルの家へ逃げ込み、居間の隅にうずくまる。他人の気配に怯えるミチルは、身を守るために知らない振りをしようと決める。そして奇妙な同棲生活が始まった。 ミチルの心理描写がとても巧み、特に暗闇に対しての描写。子供の頃は恐怖の対象だったが、視力を失ってからは「毛布のように心地よく」なり、アキヒロが潜むようになってからは「顔見知りといってもいいほどの親しかった暗闇が、わずかに緊張をはらんでいる」に変わっていく。 ミチルもアキヒロも人付き合いは苦手で不器用。そんな二人なので距離はなかなか縮まらない。しかし、少しずつ手探りしながら近づいていく。最初は緊張感をはらんでいた二人の関係が、些細なきっかけで変化していき、お互いの存在を認め合う過程が読ませる。二人のぎこちないやり取りが、どう落ち着くのか想像がつかない不安定な展開、そして心温まる清々しい結末と楽しむことが出来ました。 |
No.391 | 6点 | 深追い 横山秀夫 |
(2021/11/25 09:28登録) 職住一体の「三ツ鐘警察署」を舞台に7編からなる連作短編集。 「深追い」なぜ、その妻は事故死した夫のポケベルに夕食のメニューを送り続けるのか。小さな謎を軸に鮮やかなツイストを決めたクライムストーリー。 「又聞き」十五年前に幼かった三枝を助けようとして溺死した小西。大人になり写真家となった三枝は、ある写真に疑惑を抱く。ユニークな設定と謎解きに一工夫ある人情譚。 「引継ぎ」泥棒刑事と異名をとった盗犯一筋の父を追って警察官になった尾花。見慣れた手口が再現された時、功名心は引退した泥棒に容疑の目を向けさせる。最後の一言で、主人公も読者も救われる。 「訳あり」ある巡査の定年後の受け入れ先に悩む滝沢。果たして人事のプロは内部告発された不祥事を丸く収めることが出来るのか。多重的に組み上げられたプロットが心地良い。読後感も爽やか。 「締め出し」少年係の鬱屈が、単独捜査に三田村を駆り立て、ある人物の呟きは青春の誇りをかけた推理へと彼を導く。ダイイングメッセージものに通じる謎解きは小粒ながら納得出来る。 「仕返し」ホームレスの死が招く疑惑。閉じられた世界の論理が人々を狂わせた時、人生はやり直せるのか。決断の重みに唸ると同時に、ほろ苦い感動を呼ぶ。 「人ごと」草花博士と呼ばれる会計課長・西脇は花屋の客の落とし物を届けに行く。そこに見た人間模様。孤独なお年寄りの思いに感動。 |
No.390 | 7点 | 開かせていただき光栄です 皆川博子 |
(2021/11/20 08:31登録) まだ解剖が一般的ではなく、医学的に間違っている治療法が、当たり前のように行われていた十八世紀のロンドンを舞台にしている。そんな時代に、周囲の悪評をものともせず、ダニエル・バートンは墓あばきから死体を買い、正しい医学的知見を見出してきた。 冒頭で現れる三つの死体。一体はダニエルがいつものように墓あばきから買い取ったものだが、残りの二体は不明。死体消失ならば、珍しくない趣向だが死体増殖とは。この死体は何者なのか。ダニエルと弟子たちしか知らない場所に二体の死体を隠したのは誰なのか。 初めは繋がりはないと思えた三体が、少しずつさまざまなことが明らかになっていく。本書では、さまざまな人間が少しずつ嘘をつく。嘘をつく人間は、それぞれ大切なものがあり守りたいものがある。些細な嘘、各人の思惑がさらに状況を謎めいたものにしていく。ここが読みどころでしょう。 事件を引き起こした動機や最終的な着地点なども、当時のロンドンだからこそという部分が含まれている。繊細な推理を二転三転させ、驚きの真相へと導く本格ミステリとしても質の高さを感じるし、ロンドンの猥雑な活気を伝える歴史小説としても優れている。 |
No.389 | 6点 | 被害者は誰? 貫井徳郎 |
(2021/11/15 08:24登録) 容姿端麗でモデル並のスタイル、そのうえ頭脳明晰な超人気小説家の吉祥院慶彦先輩。そして吉祥院先輩の大学の後輩の「ぼく」こと警視庁捜査一課の刑事・桂島のコンビが推理を繰り広げる4編からなる連作短編集。 「被害者は誰?」自宅の庭から白骨死体が見つかった男は、自分の犯行であることは認めるが、誰の死体なのかは話さない。少々納得できない部分がある。 「目撃者は誰?」大学時代の片想いの女性と不倫関係となった男。しかし何者かが不倫に気付き、脅迫状が送られてくることに。巧みなミスディレクション、意外なオチに驚かされた。 「探偵は誰?」吉祥院先輩の新作は、先輩が学生時代に遭遇したという事件。桂島はそれを読み、どの人物が先輩なのか当てることに。意外な動機に思いがけない犯人とお見事。 「名探偵は誰?」朝起きてみると自室に見知らぬ女性の死体があったと通報。通報した丸山は知らない女性だと言うが、彼女の行動範囲で丸山は何度も目撃されていた。叙述トリックに慣れている人はピンとくる人も多いのでは。 作者特有のどんよりとした重い雰囲気は全くなく、というよりも軽妙でテンポが良い作品ばかりが並んでいる。吉祥院と桂島のキャラクターもいい味を出している。男前なのに汚部屋の吉祥院先輩にいいように扱われ、部屋の掃除などこき使われる桂島。しかし桂島の持ち込む謎を吉祥院先輩は鮮やかに解決していく。この間の二人の掛け合いはコミカルで楽しい。 |
No.388 | 6点 | 法廷遊戯 五十嵐律人 |
(2021/11/10 09:14登録) 第62回メフィスト賞受賞作品。(個人的にはメフィスト賞受賞作品は良いイメージがないが) 法律家を志した三人。一人は弁護士になり、一人は被告人になり、一人は命を落とした。謎だけ残して。 ロースクールに通う久我清義は、模擬法廷の扉を開ける。法壇の中央、裁判長席から久我を見下ろすのは結城馨。すでに司法試験に合格していながらここに進学してきた異才の天才に、久我は無辜ゲームの開廷を申し入れる。 構内にばら撒かれた、久我の過去を暴露する紙。それは単に名誉棄損というだけでなく、同じ学生の織本美鈴に関わる問題であり、そして紙に添えられた天秤のイラストは、犯人からの果たし状を意味していた。教務課や警察に相談する密告か耐え忍ぶか、ゲームを受けるか。前に進むにはゲームを受け入れるしかない。 読む前に想像していた法廷バトルといった趣はあまりないが、現役の司法修習生である作者ならではの確かな知識と法廷の描き方、知的遊戯性ばかりでなく小説としての旨味もたっぷりと備えており、魅力的な枝葉のエピソードがストーリーを彩っている。 もちろん、リーガルミステリ最大の読みどころといったら、クライマックスの法廷劇。久我、結城、織本、三人の若者を結ぶ謎が解き明かされる時、罪とは、罰とは、制裁とは、救済とは、様々な想いが体中を駆け巡り、そして最後の一行に胸を射抜かれる。罪と罰の在り方に考えさせられる作品。 |
No.387 | 6点 | 虚像のアラベスク 深水黎一郎 |
(2021/11/05 09:36登録) 神泉寺瞬一郎と彼の父・海埜警部補が探偵役を務める中篇二本で構成されている。 「ドンキホーテ・アラベスク」バレエ団の創立十五周年記念公演に脅迫状が届く。来日する国際団体の委員長がそれを観劇することになり、警備担当を命じられた海埜警部補が神泉寺にバレエのレクチャーを受ける。だが、そこには意外な結末が待っていた。 「グラン・パ・ド・ドゥ」地方公演を控えたある団体で殺人事件が発生。社長が巨大な箪笥の下敷きになって圧死するという異様な事件。一本目で解説されたバレエの専門知識が、そのまま二本目の伏線になっているのには唸らされた。終盤、突然明らかになる事実が世界を一変させるその衝撃度は高い。(食事の場面で少し違和感があったが気付かなかった)ただ、バカミスのような真相には好き嫌いが分かれるかもしれない。 作者はこれまで、絵画、建築、音楽などの芸術作品をストーリーの根幹に据え、本格ミステリを書き続けてきた。本書も溢れんばかりのバレエの歴史などの蘊蓄が詳しく解説されているが、それがラストの驚きと感動を演出するのに不可欠な要素になっている。伏線の張り方も高度なテクニックが用いられており、マニア向けの重厚な作品ではなく、誰が読んでも面白い洒落た小説に仕上がっている。 |
No.386 | 7点 | マスカレード・ホテル 東野圭吾 |
(2021/11/01 09:13登録) 都内で起きた3件の不可解な連続殺人事件。容疑者もターゲットも不明。ただ一つ共通する点は事件現場に残された不可解な数列の暗号のみ。警視庁の捜査本部は暗号解読の結果、この暗号は次の殺害現場を予告するものであることをつきとめる。第3の殺害現場に残されていた暗号から、次の犯行現場は「ホテル・コルテシア東京」で起きると捜査本部は推測するが、現時点で予測できるのは犯行現場のみ。第4の事件は未然に防げるのか。 舞台は東京の一流ホテル。主人公は連続殺人を阻止するためにホテルマンに化ける若き刑事・新田浩介。ヒロインはその教育係になった一流ホテルのフロントクラーク・山岸尚美。それぞれ己の分野にプロ意識を持っている二人はぶつかり合う。新田が「おれはホテルマンになりに来たんじゃなくて捜査に来たんだ」と言えば、山岸は「どこから見ても刑事にしか見えない今のあなたはホテルにとっても捜査にとってもいい結果になりません」と言い返す。 こうしてホテルのフロントに立つ二人は、連続殺人というメインプロットの他に、ホテルにやってくる人々のさまざまなエピソードに関わっていく。バスローブを盗む者、「この男を私に近づけないで」と言って写真を見せる女、目の見えないふりをする老婦人、新田に言いがかりをつけ執拗に絡んでくる男など。他人を疑いの目で見る刑事と、感謝の気持ちで接するホテルマンの違いがみられるなど、ホテル業務の大変さと山岸のお客様への対応の素晴らしさに感心させられる。 さまざまな怪しい客が来て、その都度さまざまな方法で解決していくストーリー展開の中で、実は殺人事件についての伏線が散りばめられてある。クライマックスのホテルでの結婚式で、それが見事に収束されて気の利いた台詞で締めくくられる。爽やかな読後感をもたらす極上のエンターテインメント作品。 |
No.385 | 5点 | メイン・ディッシュ 北森鴻 |
(2021/10/27 09:50登録) 「アペリティフ」ミケさんとの出会い。プロローグ。 「ストレンジテイスト」ネコこと紅林ユリエの所属する劇団・紅神楽は、次の公演に向けて練習中。しかし、小杉隆一が自分の脚本に疑問を持ち、練習は中断する。 「アリバイレシピ」泉谷伸吾は入院が必要な体に関わらず、大学時代の友人二人を自宅に招待。カレーを食べながら大学時代に起きた事件について語る。 「キッチンマジック」ネコの家でパーティーをしている時、マンションの下に高校生の死体が。ひったくりにあったみたいだが。 「バッドテイストトレイン」列車で滝沢良平に話しかけてきた見知らぬ男は、滝沢が読んでいた本や駅弁のこと、列車に乗っている他の乗客に関して、推理を披露する。 「マイオールドビターズ」紅神楽にきた奇妙な仕事は、資産家の家で一回公演してくれたら二百万円の報酬を出すというもの。劇団員は大喜びするが。 「バレンタインチャーハン」ネコは、雑誌の取材でミケさんが教えてくれたチャーハンの作り方を披露することに。 「ボトル"ダミー"」ミケさん特製の梅酒を飲んでいる時、劇団の一部の人間が、以前あった出来事の真相に思い至る。 「サプライジングエッグ」ミケさんとは何者だったのか。かねてから小杉が作っていたミケさんの素性を探る仕掛けが完成する。その仕掛けとは。 「メインディッシュ」大団円。エピローグ。 「特別料理」ミステリ作家としてデビューした小杉だが、解決編を考えないままで、問題編を雑誌に掲載してしまう。 紅神楽という劇団のネコこと紅林ユリエとその同居人のミケさん、そして師匠と呼ばれる座付き作家の小杉隆一のキャラクター設定が見事。伊能、泉谷、谷口、滝川といった大学生たちの話と劇団員たちの話が交互にあり、思わぬ人との関係性が分かっていく。そして、ミケさんの正体に向かって進んでいく。 どの作品も、謎解きの部分に何らかの形で料理が関わっていく。それも料理が謎解きの中で非常に重要な役割を果たしているというのが、この作品の特徴であり魅力的なところでしょう。ただし、ひとつひとつの短編が少しずつつながっていく連作短編集として全体を見た時は、完成度の高さは感じるが切り離して考えれば、やはりミステリとしては弱さを感じる。 |
No.384 | 6点 | 犬はどこだ 米澤穂信 |
(2021/10/23 08:20登録) 故郷の八保市に戻り、紺屋S&R(サーチ&レスキュー)という犬を捜す商売を始めた紺屋長一郎。開業早々、二つの依頼が舞い込む。一つは、孫の行方を捜して欲しいというもの。もう一つは、神社に伝わる古文書の由来を調べること。犬捜しではないことに不本意な長一郎だったが、探偵になりたいと押しかけてきた高校の後輩・ハンペーこと半田平吉と調査にとりかかる。 本当は人捜しなどしたくない長一郎だが、彼の視点では意外なほど本格的なハードボイルドな語りが楽しめる。一方、ハンペーの視点はトレンチコートやサングラス、マティーニという形から入りたいハンペーらしい、ユーモラスな語りが楽しめる。途中、「オロロ畑でつかまえて」が引き合いに出されるように、萩原浩氏の「ハードボイルド・エッグ」のような雰囲気。 この二人の視点が交互に語られ、それぞれの調査が描かれ、失踪人捜しと古文書調査がどのように一本に繋がっていくのかという意外性が読みどころ。途中で挿入される長一郎とGENのチャットもいいアクセントとなっている。やがて、現代の病巣ともいえる犯罪があぶり出され、追う者と追われる者、それに介入する主人公というよくある図式が展開される。 ラストは、それが一瞬にして反転する鮮やかな逆転劇が用意されている。悪くなないが、何故かもどかしさを感じた。普通ならば、途中経過の調査報告をもっと頻繁にするのではないだろうか。 |
No.383 | 5点 | ぼくのミステリな日常 若竹七海 |
(2021/10/18 09:11登録) 作者のデビュー作で、社内誌の連載という形式の12編からなる連作短編集。 「桜嫌い」藤子は桜が嫌いな「ぼく」に日本人の風上にも置けないと言いながらも、もう一人の桜嫌いの話を始める。 「鬼」「ぼく」が公園で出会った姉は「とべら」の木を切ろうとしていた。とべらは妹の敵だと言うのですが。 「あっという間に」突然訪ねてきた寒川のお土産は「ぼく」の嫌いなミックスナッツ。ある疑惑の調査でもらったそうです。 「箱の虫」従妹の夏見の誕生日に「ぼく」はビデオを一緒に見ながら夏見の失敗談を聞くことに。 「消滅する希望」「ぼく」の部屋を訪れた滝沢は、毎年夏になると朝顔の女の夢を見るという。 「吉祥果夢」「ぼく」が宿坊で出会った岸本という女性は、妊娠を望んでいた女性の話を始める。 「ラビット・ダンス・イン・オータム」「ぼく」の業界紙の会社での初仕事は編集長の机の整理。そこには大事なメモがあった。 「写し絵の景色」「ぼく」が久しぶりに会った松山は、盗みの疑いを掛けられているのだと話す。 「内気なクリスマスケーキ」「ぼく」は友人らと自然料理店へ。そこにあったシクラメンを見て友人は思い出を語り始める。 「お正月探偵」酔って電話を掛けてきた姉は「ぼく」に「友人には気をつけなよ」と言う。 「バレンタイン・バレンタイン」「ぼく」は美奈子からの電話で、バレンタインチョコ売り場にいた奇妙な女性の話を聞く。 「吉凶春神籤」公園で本を読んでいた「ぼく」は大学時代の芳野に会う。外見はまるで違っていた。 笑いあり、ほろ苦さあり、不気味だったり、心温まるものであったりとバラエティ豊か。そのそれぞれに小さな謎が含まれており、「ぼく」がそれを解明していく。花や食べ物など季節感にもこだわっている印象。それぞれの短編は「編集後記」で一つにまとめ上げられる。その構成には力量を感じる。ただ、ストーリー、謎自体も小粒で大人しい感じ。 |
No.382 | 6点 | サーチライトと誘蛾灯 櫻田智也 |
(2021/10/13 09:25登録) 昆虫好きのとぼけた青年・魞沢が、昆虫目当てで行く先々で不思議な事件に遭遇し、探偵役として真相を解くスタイルで昆虫絡みの5つの事件が収録されている。 事件の舞台は、夜の公園、人気のない高原、街外れのバー、川沿いの町、雪降る町の教会などさまざま。季節も1話目が夏、2話目が春、3話目が秋、4話目、5話目が冬となり四季をも感じさせてくれる。登場人物はみなそれぞれ、生き生きとしていてキャラクター同士のユーモアあふれた掛け合いも魅力的。表題作の「サーチライトと誘蛾灯」は、チェスタトンの短編集「ブラウン神父の秘密」のなかの「大法律家の鏡」で神父が詩人について語る場面から着想を得たそうです。「火事と標本」のラストは、泡坂妻夫「亜愛一郎の狼狽」のある短編へのオマージュとなっている。 軽妙な語り口やユーモアあふれる会話の中に、巧みに張り巡らされた伏線。些細な手掛かりから驚愕の真相が現れ、事件構図が反転する鮮やかさなど切れ味鋭い本格ミステリが楽しめる。 また事件をめぐる人間ドラマも、しっかり描かれている。読み進めていくうちに、とぼけた性格という一面しか見えなかった魞沢が、犯人や事件関係者への悲しみや優しさを見せるようになり、キャラクターの存在感が増していく。罪と罰を問う最終話、「アドベントの繭」を読み終えた時、しみじみとした余韻が残ることでしょう。 |
No.381 | 6点 | 片桐大三郎とXYZの悲劇 倉知淳 |
(2021/10/09 08:22登録) 元銀幕の大スター・片桐大三郎の趣味は、犯罪捜査に首を突っ込むこと。その卓越した推理力と遠慮を知らない行動力、濃すぎる大きな顔面で事件の核心にぐいぐい迫る。聴力を失った大三郎の耳代わりを務めるのは若き付き人・野々瀬乃枝。この絶妙なコンビが大活躍する最高にコミカルで捧腹絶倒のミステリー! タイトルからも分かるように作者がドルリー・レーン悲劇の四部作をオマージュにした4編からなる連作短編集。 本家の設定を上手く利用しているため、本家を読んでいた方がより楽しめると思います。 「冬の章 ぎゅうぎゅう詰めの殺意」本家では「Xの悲劇」に該当。本家と同じシチュエーションや狂気を用いているのが心憎い。だが、犯行の実効性は低いと思うし、推理も説得力がない。 「春の章 極めて陽気で呑気な狂気」本家では「Yの悲劇」に該当。なぜこれを凶器にしたのかのホワイダニットが魅力的。ただ、真相は肩透かし。 「夏の章 途切れ途切れの誘拐」本家では「Zの悲劇」に該当。ホワイダニット、ハウダニット共に楽しめる。見事な反転が決まる誘拐事件の真相にも驚かされる。 「秋の章 片桐大三郎最後の季節」本家では「レーン最後の事件」に該当。本家を読んでいれば、犯人はあの人しか考えられない。それを逆手に取った仕掛けには、してやられた。 |
No.380 | 7点 | 解体諸因 西澤保彦 |
(2021/10/04 08:50登録) バラバラ死体がキーワードの9編からなる連作短編集で作者のデビュー作。 「解体迅速」全裸女性が両手両足を手錠されて、バラバラにされるというこの事件に納得いかない千暁はヤスヒコとともに推理することに。オーソドックスだが、構図がユニーク。 「解体信条」バラバラ殺人事件の被害者は、34個のパーツに分かれていた。なぜ犯人は手足の指まで切断する必要があったのか。驚くべき真相。切断理由も納得出来る。 「解体昇降」マンションの8階から1階までエレベーターに乗っている間に、全裸のバラバラ死体になった女性。中腰警部が推理。不可能状況を作り出すための発想がユニーク。真相は今ひとつ。 「解体譲渡」年配女性の奇妙な行動と、マンションゴミ収集所で見つかったバラバラ死体の関連性は。心理トリックが秀逸。 「解体守護」幼稚園児のノリくんが大切にしていたクマのぬいぐるみの左腕が切断され、そこに由江が宝物にしていたハンカチが血まみれで巻かれていた。子供の気持ちが分からないと難しい。 「解体出途」沢田直子は千暁に娘の結婚を阻止するように依頼する。しかし、これがバラバラ殺人事件に発展してしまう。ユニークな誤認トリック。 「解体肖像」あるポスターのモデルの顔部分だけが丸く切り抜かれていた。そしてその裏にあった出来事とは。真相はやや物足りない。 「解体照応」推理劇「スライド殺人事件」。最初の被害者は体のみが発見され、その頭部は第二の被害者の体と共に、第二の被害者の頭部は、第三者の被害者の体と共に...とスライド式に発見されていく。被害者の髪を短く切るトリックが秀逸。 「解体順路」千暁は二つの死体の首が切断され、すげ替えられるという事件に意見を求められる。そして今までの事件がここに収束する。あまりにも意外な首切りの理由がお見事。 匠千暁を中心にさまざまな人物が探偵として登場し活躍する。それぞれの短編は、お互いにリンクし最終的に一つに収束されていく。「解体」をモチーフにアイデアがぎっしり詰め込んであり読み応え十分。 人を殺す動機には納得がいかなくても、人を解体した理由には思わず納得してしまう作品が多いかと思う。少し甘いかもしれないが、「解体」に特化したという難しいテーマに挑戦された意欲に敬意を表しこの点数。 |
No.379 | 7点 | D機関情報 西村京太郎 |
(2021/09/30 08:12登録) 関谷中佐は、軍需物資として欠かせない水銀を買い付けるべく、金塊を携えスイスへ向かえと命じられる。だがスイスに向かう途中、連合軍の誤爆に巻き込まれ、金塊を入れていたトランクを失ってしまう。 金塊の行方を知るのは誰か?事故の際、同乗していたドイツ人か?それともフランス人の仮面を被ったロシア人か?謎の女性が死に際に遺した「D」が意味するものとは? 策謀、陰謀、諜報渦巻く永世中立国で、日本の明日を護るために関谷が選んだ道。「鳩を買いたし」「鳩を売りたし」実話を下敷きにした第二次大戦秘話。如何にも怪しげな人物が次々と登場し、ミステリとしての謎の提起と謎解き、そして緊張感あふれる駆け引きとアクションを堪能できる。 史実をモデルとしているので、驚きは少ないかもしれないが、読者を飽きさせない工夫として取り組んでいる技術はさすがと感じた。 やはり初期の西村京太郎は面白いと思ったし、読み慣れていないジャンルだったが、またスパイ小説を読んでみたいと思わせてくれた。 |
No.378 | 5点 | 球体の蛇 道尾秀介 |
(2021/09/26 08:11登録) 幼なじみ・サヨの死の秘密を抱えた17歳の私は、ある女性に夢中だった。白い服に身を包み自転車に乗った彼女は、どこかサヨに似ていた。想いが抑えきれなくなった私は、彼女が過ごす家の床下に夜な夜な潜り込むという悪癖を繰り返すようになったが、ある夜、運命を決定的に変える事件が起こってしまう。 タイトルの「球体の蛇」とは、サン=テグジュペリの「星の王子さま」に出てくる、象を飲み込んだウワバミのこと。絵に描くとシルクハットにしか見えなくて、主人公の男の子が「これ怖いでしょ?」ってみんなに言うと「全然怖くないよ。なんで帽子の絵が怖いのか」「いや、これはウワバミが象を飲み込んで、消火しようとしている恐ろしい絵なんです」と。 そういうふうに、見かけと中身が違っているのがこの小説のテーマ。冒頭に出てくるスノードームがキーアイテムになって、物語の要所要所に再登場するのだが、内側と外側、閉ざされた平和な世界と、その世界の外側にある過酷な現実、みたいなことの象徴になっている。 それから主人公は、シロアリ駆除のアルバイトをしている。床下の世界とその上の日常みたいな対比もあって。つまり、本当に起きたことと、外から見える現実との二重性を引きずりながら、青春小説が語られていく。作者自身は「ミステリじゃない」と言っているが、事件もあるし、謎もあるし、どんでん返しもある。一種の青春ミステリといってよいでしょう。 |
No.377 | 6点 | 玩具修理者 小林泰三 |
(2021/09/21 08:19登録) 玩具修理者は何でも直してくれる。独楽でも凧でも、ラジコンカーでも...死んだ猫だって。全選考委員の圧倒的支持を得た第2回日本ホラー小説短編賞受賞した表題作と「酔歩する男」の2編が収録されている。 どちらもジャンルとしてはホラーに分類されるだろうが、決しておどろおどろしさで恐怖を煽るタイプのホラーとは異なる。個性的な感性が光る作品集。 「玩具修理者」自分がここにいるのは、どういう理由なのか。ここで思考し、呼吸し、確固たる存在と思っている自分というものは、どれだけ確実なのか。非常に落ち着きのない気分にさせられるこの雰囲気は魅力的。オチも意外性がある。 「酔歩する男」いわゆるタイムトラベラーもの。ただそのタイムトラベルは、連続した時間の過去や未来に行くことが出来ないし、自分自身で制御することも出来ない。その自分で制御の出来ないタイムトラベルには根深いまでの絶望がある。そして自分は何のために存在しているのか分からなくなってくる。その存在に対する不安定な感覚、奇妙な味わいが楽しめる。 |
No.376 | 5点 | 傍聞き(かたえぎき) 長岡弘樹 |
(2021/09/16 08:18登録) 更生保護施設の施設長、消防士、刑事、救急隊員など、それぞれ特徴ある職業人を主人公にした4編からなる短編集。どれも謎と意外性の骨格を持ちつつ、心温まる読後感をもたらす結末となっている。 「迷い箱」刑務所から出所した人を支援する更生施設の施設長である設楽結子は、過失とはいえ人を殺してしまった男のことが気になっていた。最後のオチは分かりやすいが、優しさが余韻を残す。 「899」消防署員である諸上将吾は、近くに住む新村初美のことが気になっている。出勤のタイミングを合わせたり、働いている蕎麦屋に顔を出したりと努力をしている。さりげなく配置された細やかな道具立てをうまく活用している。 「傍聞き」強行犯係所属の刑事である羽角啓子は、担当ではないがすぐ近くで起きた居空き事件を耳にし気に掛ける。啓子自身は連続通り魔を追っているが進展がない。メインとなる二つの謎のうち一つは分かりやすい。もう一つは、ある男の謎めいた行動が重要な鍵。第六十一回日本推理作家協会賞の短編部門の受賞作。 「迷走」救急救命士として救急車に乗っている蓮川潤也は、いずれ義理の父になる室伏光雄隊長とともに仕事をしている。男が刺されたという一報があり駆け付けると、そこには室伏の知り合いらしい男が倒れていた。被害者に対して個人的な恨みを持っているはずの隊長がする奇妙な行動。ミスリードが巧妙。隊長の人柄がにじみ出ている。 どの話も、主人公が何らかの誤解をしている。裏切られた、見落とした、襲われる、復讐をしているに違いないと。その過程で、人間同士の深い関わりみたいなものを浮き彫りにしていくのが上手い。 |
No.375 | 7点 | 赤い博物館 大山誠一郎 |
(2021/09/11 08:29登録) キャリアながら警視庁附属犯罪資料館の館長に甘んじる謎多き美女の緋色冴子と、一刻も早く汚名を返上し捜査一課に戻りたいと願っている巡査部長の寺田聡。図らずも「迷宮入り絶対阻止」に向けて共闘することになった二人が挑む難事件とは。予測不能の神業トリックが冴え渡る5編からなる連作短編集。 「パンの身代金」身代金受け渡しの裏に潜む企みとは。 「復讐日記」アリバイトリックと日記に秘められた行為とは。記述の矛盾から真相を暴く。 「死が共犯者を別つまで」交換殺人の解法が斬新。 「炎」命を懸けた執念の犯行トリック。 「死に至る問い」意外な犯行動機により行われる模倣殺人。 過去に発生した事件の資料より疑問点が見つかり、再捜査が行われることで新たな真実が明らかになるというのが基本構成。資料を媒介として間接的に事件を捜査する。つまり資料の内容を読者にも分かるようになっている。同じ資料を見て事件の捜査に当たっているのに、読者の想像を超える真相が用意されている。資料をもとにロジカルに真実に辿り着くプロセスに、斬新な着想による大きなサプライズがあるのが嬉しい。 |
No.374 | 7点 | ここに死体を捨てないでください! 東川篤哉 |
(2021/09/07 09:16登録) 私立探偵・鵜飼杜夫とその弟子・戸村流平が珍妙な事件に巻き込まれる、烏賊川市シリーズ第三弾。 有坂香織のもとに、妹・春佳から電話が掛かってにきた。自分の部屋に侵入してきた見知らぬ女を刺し殺してしまったいうのだ。聞けば、事件が起きたのは四時間も前。取り乱した春佳は部屋を飛び出し、現在どういうわけか仙台にいるらしい。香織は可愛い妹の窮地を救うことを決意する。 香織たちと鵜飼たちは、お互いに現状認識に誤りを抱えており、それをめぐってドタバタの展開が繰り広げられる。一見するとまとまりを欠くような印象を与えるかもしれないが、不思議なことに妙な一貫性を感じる時がある。それはひとつにはギャグに見せているところにさりげなく伏線を仕掛けておくというテクニックだが、それとは別にテーマ的な展開も明確に読み取れる。 登場人物たちは勘違いしそうなところは勘違いをし、間違えそうなところは大抵間違える。烏賊川市はコントのような展開が日常的に発生する特殊な世界。こんな困った人たちばかりで、どうして計画犯罪が成立するのか不思議なほどだが、読み終えてみれば緻密なプロットに唸らされることでしょう。 |
No.373 | 5点 | 賛美せよ、と成功は言った 石持浅海 |
(2021/09/02 08:46登録) 武田小春は、十五年ぶりに再会したかつての親友・碓氷優佳とともに、予備校時代の仲良しグループが催した祝賀会に参加した。仲間の一人・湯村勝治が、ロボット開発事業で名誉ある賞を受賞した事を祝うためだった。 出席者は恩師の真鍋宏典を筆頭に、主賓の湯村、湯村の妻の桜子を始め教え子が九名、総勢十名で宴は和やかに進行する。そんな中、出席者の一人・神山裕樹が突如ワインボトルで真鍋を殴り殺してしまう。旧友の蛮行に皆が動揺する中、優佳は神山の行動にある人物の意志を感じ取る。小春が見守る中、優佳とその人物との息詰まる心理戦が始まった。 優佳は、直接手を下した犯人ではなく、違う立場にある人物を犯人として勝負を受けて立つ。会話の中で、主導権の行き来が明確に行われ、どのように主導権を奪ったのかがロジカルに明かされ、探偵と犯人の攻防に興奮できるし、腹の探り合い、駆け引きの心理戦の面白さを堪能できる。 手掛かりを集めてロジカルに真相に辿り着くという本格ミステリとは毛色が違うので、好き嫌いは分かれるでしょう。「人には本音があって建前がある」といった人の心の揺れ動きをミステリに結びつけたミステリとして成功していると言っていいでしょう。 |