アイス・コーヒーさんの登録情報 | |
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平均点:6.50点 | 書評数:162件 |
No.102 | 6点 | 暗闇の殺意 中町信 |
(2014/06/07 19:53登録) 三つの単行本未収録作を含む短編集。 全体的に地味な作品が多いが、個人的に気に入ったのは「手を振る女」と「動く密室」。前者は新幹線を舞台にした、単純なアリバイものだがミスリードが見事。後者は、密室状態の自動車での殺人を描く。こちらは密室トリックもさることながら、フーダニットが鮮やか。 他にも「年賀状を破る女」「裸の密室」などは中々興味深いトリックが使われている。「裸の密室」は一種のバカミスだが…。「年賀状を破る女」はインパクトに欠けるが、意外な結末ではあった。 ダイイングメッセージ、連続殺人、密室トリックなど、お決まりの題材が並ぶが、著者の得意とする叙述トリックを応用しつつ、「論理のアクロバティック」を重視した面白い短編集だった。全体的に地味だが、満足できる本格ミステリ。 |
No.101 | 6点 | 世界で一つだけの殺し方 深水黎一郎 |
(2014/06/07 19:38登録) 探偵の神泉寺瞬一郎が登場する著者初の中編集。 「不可能アイランドの殺人」は次々と不可能な事件が発生する奇妙な地方都市が舞台。池を歩いて渡るスリや、トンネルを抜けて半分になった電車など、かなりアクロバティックな展開だが、それらはあっさりと解決し唐突に殺人事件が発生する…。題名にある「殺人」がおまけ程度に感じられるのは残念。もう一工夫欲しかった。 「インペリアルと象」のトリックはプロローグの時点である程度予想はつく。ただ、中盤から展開する神泉寺の薀蓄がとても面白かった。まさに「世界で一つだけの殺し方」。最後に判明する、「ある殺人の構造」も興味深い。 深水氏の作品は初めて読んだが、この作品で興味が湧いてきた。 |
No.100 | 8点 | 本陣殺人事件 横溝正史 |
(2014/06/07 19:05登録) 金田一耕助が初登場する古典的本格ミステリ。無残な死体となって発見された新郎新婦がいた離れ屋は、足跡のない処女雪で囲まれていたという、いわゆる「雪の密室」がメインテーマになっている。 密室トリック自体は別段優れている訳ではなく、むしろ無理がある。しかし、事件の全貌が明らかになると同時に、著者の見事な企みが明らかになる。意外性はないが、そこに至るまでの伏線、論理、ミスリードなどはかなりよく出来ていると思った。「三本指の男」、「凶行のたびになる琴」、「猫の墓参りをする少女」など、著者の得意とする舞台設定を存分に生かしている。 動機は、確かに微妙なものではあるが作風にマッチしていて納得できる範囲内だった。 角川文庫で併録されている「車井戸はなぜ軋る」「黒猫亭事件」の二編もよく出来ている。 前者はホワイダニットもので、最後の最後で明かされる真相が独特の読後感を残す。論理もよく出来ていた。 後者はあらかじめ「顔のない死体」トリックだと明記したうえで書かれる異色作だが…見事にだまされた。かなり堂々と伏線が張られていたのに。事件の構図が二転三転として、中々面白かった。 |
No.99 | 6点 | 髑髏島の惨劇 マイケル・スレイド |
(2014/06/06 19:07登録) 英題の「Ripper」にもある通り、本作のテーマは切り裂きジャックと悪魔信仰。謎の連続殺人鬼〈スカル&クロスボーン〉を追うカナダ騎馬警察の特別対外課「スペシャルX」はこの二つに翻弄されていく…。 ホラー・サスペンスを中心に本格ミステリと警察小説、ペダンチズムなどを織り交ぜた構造になっている。700ページを超える分量はかなりの重みがあった。特にかなりの量の薀蓄は興味深いもので、作中で提示される「切り裂きジャック」の真相も面白かった。 ただ、スケールの大きさに対して作品の完成度が低く、極めてアンバランスだ。ラストには中々面白いトリックも明かされるが、不発気味。あくまで、メインはホラーであり本格としては薄め。(あそこまで何人も殺されると、結果的にそれぞれの殺人は詳しく扱われなくなってしまう。) 肝心の髑髏島が登場するのも遅く(これは邦題の付け方の問題)、読後感も良いとはいえなかったが著者のミステリに対する意欲を感じたことは確かだ。 |
No.98 | 8点 | 螢 麻耶雄嵩 |
(2014/05/11 13:12登録) 十年前に大量殺人が起こったとされる山奥の館「ファイアフライ館」。螢をイメージしたその館で、殺人事件が発生する。事件の裏には凶悪殺人犯のジョージが関わっていた。 麻耶雄嵩のノンシリーズ長編。中盤ではかなり地味な展開で、少し退屈していたが…、本作も麻耶雄嵩にしか書けないミステリだった。 全編を通して「館」シリーズのような印象を受ける。学生たちが集まった奇妙な館で殺人が起こる、典型的なパターンだ。従って、中盤までは既視感とわざとらしさで退屈に過ぎていく。 しかし、終盤に差し掛かると「意外な事実」が次々と判明し怒涛のクライマックスへ…。奇怪な幕切れも見どころである。 本格ミステリとしてはかなり複雑な部類に入る。読了後もよくおさらいをしないと、真相を理解することはできない。なぜなら、真相とトリック、物語が密接に関係しているからだ。「論理の為の物語」であり、「トリックの為の論理」であり、「物語の為の論理」になる円環構造はかなり特殊だ。 難点は、「難解であること」、「螢と本編の関係性が薄い事」、そして何より「中盤までが退屈なこと」。また、メルカトルのような超越的存在が登場しないというのも残念である。しかし、本作が傑作であることもまた事実だ。 (以下ネタバレ) 本作には二つの叙述トリックが使われている。一つは語り手の誤認に関するアレだが、これは比較的簡単に気付くことが出来る。麻耶氏は、このトリックによって長崎の人格崩壊を描写したかったのだろうか。 もう一つはいわゆる逆叙述。著者が著者だけに警戒はしていたが、それでも不意打ちだった。伏線はいくつかあるが、最大のものはイニシャルだろう。(登場人物のイニシャルがS・S=佐世保佐内、H・H=平戸久志となっている中で松浦のみがM・C=松浦千鶴となっていた事。松浦将之だとM・Mになる。)苗字の共通点(長崎か石川の地名)とこれには気づいていたが、まさか手がかりだったとは。 また、本書が加賀螢司の交響曲と同じ展開だったことも著者のこだわりある演出の一つだろう。 |
No.97 | 7点 | すべてがFになる 森博嗣 |
(2014/05/11 12:36登録) 十代で両親を殺害したという天才工学博士・真賀田四季が住む孤島の研究所。島へキャンプに来たN大工学部建築学科の犀川創平助教授と生徒の西之園萌絵は、そこで殺人事件に遭遇する。シリーズ第一作。 記念すべき第一回メフィスト賞受賞作であり著者のデビュー作。理系を主要登場人物に配置し、様々な本格の要素が詰め込まれた異色の傑作だ。 本作最大の魅力は天才科学者の四季と犀川&萌絵の頭脳戦だ。冒頭の面会シーンは「羊たちの沈黙」を思わせる。彼女を巡って起こった殺人事件での不可解な死体の状況、密室殺人、コンピュータシステムの誤作動…。そして、彼女が残した「すべてがFになる」という言葉の意味が分かったとき、真の衝撃があるといっても過言ではない。 トリックは皆、一筋縄ではいかない特殊なものだが、個人的には満足している。全体としての完成度も高い。 ちょくちょく登場する哲学的な話題は、作品世界に奥行きを出すため強引に押し込んだようで不自然だが、デビュー作ゆえ許される範囲内だ。無論、ストーリーとほとんど関係がないため実害はない。 世間に云われているような歴史に残る名作ではなかったが、出世作だけあってよく出来ていた。 森氏の作品は初めてだったので、もう少し読んできたいと思う。 |
No.96 | 7点 | 長いお別れ レイモンド・チャンドラー |
(2014/05/11 12:03登録) 古典的名作として名高い本作ではあるが、正直自分にはその魅力を理解することはできなかった。恐らく本作の面白さを半分も理解していないのだろう。そんな自分が「長いお別れ」についてあれこれ云う権利はないが、一応感想を残しておきたい。 主題となるのはフィリップ・マーロウとテリー・レノックスの友情だろう。序盤での出会いから、クライマックスの余韻までよく出来た演出だ。極めて印象に残るストーリーだと云っていい。 しかし、このストーリーにアル中作家が関わるもう一つのストーリーが絡み、事件は複雑になる。 全体的にスッキリしない終わり方だと感じた。やはりハードボイルドは好みじゃない。 |
No.95 | 9点 | ハーモニー 伊藤計劃 |
(2014/04/29 14:38登録) 早世の作家、伊藤計劃の最後の長編。日本SF大賞、星雲賞日本長編部門、「ベストSF2009」第一位、フィリップ・K・ディック記念賞特別賞、大学読書人大賞などの数々の賞に輝いたSF小説。 21世紀後半、〈大災禍〉と呼ばれる世界的混乱を経て、人類は大規模福祉厚生社会を築き上げていた。医療分子の発達で、ほとんどの病気が放逐され、見せかけの優しさや倫理が横溢する「ユートピア」が舞台である。 そんな世界で三人の少女が自殺を試みる。これが物語の発端だった。それから十三年、死ねなかったトァンはアフリカの紛争地域にいた…。 人々が争いあう世界から、人々が調和(ハーモニー)を奏でるユートピアへ。そんな世界で、主人公の霧慧トァンはささやかな抵抗の日々を送る。禁じられた煙草やアルコールを摂取することが、彼女にとってのアイデンティティだった。しかし、ある事件によって社会の均衡が揺らぐ。人類は、文明はどこへ向かうのか? あらゆる哲学的思想と概念が詰め込まれ、世界と個人が奇妙な対比を織りなす。そして、全ては「人間は、なぜ人間なのか」という帯の文句へと終結する。 世界観の構築からキャラクター、文章から結末に至るまで、完成度の高さには驚愕させられた。無慈悲な真相も見事。本作の魅力は語りだせばキリがない。伊藤氏の長編は初めてだったが、期待以上の作品だった。2015年のアニメ映画化にも期待。 |
No.94 | 7点 | 盤上の夜 宮内悠介 |
(2014/04/29 13:59登録) 第一回創元SF短編賞山田正紀賞を受賞した処女作であり、直木賞候補作でもある。ボードゲームをテーマに、ジャーナリストの語り手が様々な対局を語る連作短編集だ。 表題作「盤上の夜」は、四肢を失った少女・灰原由宇の物語。彼女はあるきっかけから囲碁に目覚め、その特殊な才能を開花させていく…。 他にも、コンピューターによって完全解が求められたチェッカーや、麻雀などあらゆるゲームの極限的な頭脳戦が描かれる。作品それぞれの関連性は低いようだが、一方でボードゲームの奥深さやそれぞれの独自性が強く感じられる。 さらに、それらのゲームを日常に投影して新たな可能性を生み出す技は見事。ゲームという抽象と日常という具象の間を描いたミステリアスなSF文学だった。ミステリとして別の読み方もできる。 個人的にはもっとストレートで分かりやすい内容の方が嬉しいのだが、デビュー作にそういった傾向があるのは仕方ない。宮内氏はSF業界においてもミステリ業界においても要注意人物だと言える(無論、褒め言葉)。 |
No.93 | 4点 | 長い家の殺人 歌野晶午 |
(2014/04/14 19:05登録) 著者デビュー作にして、「家」シリーズ第一作。 実に新本格的な作品だが、トリックが分かりやすすぎる事は否めない。本格に手慣れた読者ならすぐに気付いてしまうだろう。そして、そのトリックが主題となっている以上、期待を持ちすぎるとガッカリしてしまうだろう。 本作の見どころを挙げるとするならば、やはり名探偵役の信濃譲二のキャラクターだろうか。語り手の一之瀬徹が優柔不断で典型的な愚かなワトソンである一方で、信濃は歯に衣着せず、事件を瞬時に解決してしまう。彼によって作品のメリハリがつけられ、読んでいて飽きることはなかった。 ところで、歌野氏の才能を見抜いた島田荘司氏の慧眼には驚かされた。 |
No.92 | 5点 | 密閉教室 法月綸太郎 |
(2014/04/14 18:55登録) 椅子と机が全て消失した「密閉教室」で発見された少年の死体。高校生の工藤順也が、真相を追う著者デビュー作。 処女作だけあって、法月氏が書きたかったあらゆることが濃縮された密度の高い作品になっている。粗削りとも云う。 密室や犯人当て、消失のホワイダニットなどは確かに甘い。読み終えても、話の趣旨が分かりづらいことも致命的だろう。しかし、本作最大の見どころは、まさしく「密閉教室」そのものだ。 一人の生徒の死によってシャッフルされた人間関係、個性的な登場人物たちと、不恰好な展開。密閉された「クラス」での人物たちの頭脳的、精神的な苦悩が見事に描かれている。密室と化した教室は、その象徴であろう。 タイトルの秀逸さが本編に良い影響を及ぼしていたように思う。 |
No.91 | 7点 | メルカトルと美袋のための殺人 麻耶雄嵩 |
(2014/04/14 18:36登録) 悪徳銘探偵メルカトル鮎が、ワトソン役の美袋三条を引き連れてひたすら暴れる短編集。メルは自らを「長編に向かない探偵(天才すぎて長編のように推理を引っ張ることが出来ない)」と称しているが…。 メルが書いた犯人当て小説の顛末を描く「ノスタルジア」が群を抜いていたように思う。メルカトル的とでもいうべきか、メタミステリの色が濃く、尚且つ本格の論理を皮肉った問題作である。ラストの「これでもか」というほどのどんでん返しは、一見の価値がある。 それ以外にも灰汁が強い(ブラックな)ストーリーが多いが、一方で論理がよく出来ていることには感心させられた。「シベリア急行、西へ」などは、疑問点が残る結末ではあるが、直球勝負だといえる。 そして、本作最大のテーマはメルと美袋の特殊な関係だろう。『翼ある闇』で登場する、木更津×香月の奇妙なホームズとワトソンの前例はあるが、メルと美袋の関係も独特で異常だ。メルカトルに散々な目にあわされ、挙句の果て殺意まで抱くようになる美袋だが、結局はメルに頼らなくてはならなくなる。一方のメルは、全知を自称しその内面は全く謎に包まれている。彼らの関係は、一体どうなるのだろうか? 総合的に満足な作品だった。 |
No.90 | 6点 | 生者と死者 酩探偵ヨギ ガンジーの透視術 泡坂妻夫 |
(2014/04/08 17:30登録) 「しあわせの書」を超える驚愕の仕掛け本として出版された本作。その特異な形状については改めて説明する必要はないだろう。今年に入って復刊されたことは、非常にありがたい。 袋とじのままで読める「消える短編小説」は、話の流れもぎこちなく、良くわからない展開だ。設定上やむを得ないところではある。しかし、ページを切り開いて長編になった途端、次々とトリックが炸裂して全く違った世界が見えてくる。この珍しい演出が見どころだろう。 長編の内容は、透視術を巡る超能力のインチキを見破る地味なもので、大きな期待をかけてはいけない。ただ、ガンジー、不動丸、美保子のユーモラスな会話が前作以上に登場し、面白かった。一つ残念だったのはページ数の都合からか、謎解きが分かりづらかったこと。そこは、読者が頭を働かせてよく理解するしかない。 今は亡きミステリー界のマジシャンが遺した力作を、是非多くの人に読んでほしいと思う。 |
No.89 | 7点 | 消失! 中西智明 |
(2014/04/08 17:14登録) これ一作を世に出した後、著者が「消失!」してしまったという異色作。本格ミステリらしい仕掛けが二重三重にかけられた傑作だけに、残念だ。 テーマは「無差別連続殺人」。本作では、美しい赤毛の持ち主ばかりが狙われる。しかし、被害者同士にそれ以上の接点は見つからない。そんな事件の真相とは…まさに空前絶後のトリック。確かにその発想はなかった。クリスティの「ABC殺人事件」を思わせる鮮やかさだ。 さらに、そのメイントリックにとどまらず本書には「読者をだます仕掛け」が数多く採用されている。一つ一つは他愛もない(むしろ脱力系の)ものだが、こういう直球ミステリを読めると嬉しい。 一方で、ストーリーやキャラクターは粗雑な印象があり完成度は低い。中西氏がプロになっていれば、もっと完成度の高い作品を読めたはずだが、そこは諦めるしかないだろう。 いずれにせよ、本格ファンなら一読しておきたい作品といえる。 |
No.88 | 4点 | Wドライヴ 院 清涼院流水 |
(2014/04/01 18:43登録) 「19ボックス 新みすてり創世記」収録の「カウントダウン50」を全面改稿し(Wカウントダウン50)、設定だけ前作から引用したほぼ書下ろしの「木村さん殺人実験W」を併録した本作。読む順番によって読後感が大きく変わるらしいが…、自分はそのまま「世紀」のコースで読んだ。 「木村さん殺人実験W」は、木村彰一が二人、四人と増えていくうちに殺意が芽生えていく話。意外な結末ではあるが、一見すると何が起きたのかわはからない。 「Wカウントダウン50」は、「幸福のMEMO」が中学校の人から人へと渡されていくサスペンス。人物の描き方が冗長だが、後半は手に汗握る展開。一見つながらない二つの事件が、最後の最後で一つにまとまる。 確かに、かなり読後感は変わるだろう。ページのままに読めば、ストレートな楽しみ方が、ひっくり返せば…それはそれで(ネタバレになるため省く)。残念だったのは、最後の「読者参加の仕掛け」が分かりづらく、自分は結局ネットで検索し、それでもあまり納得がいかない有様。もっと上手い方法があったのではないだろうか |
No.87 | 7点 | 少年検閲官 北山猛邦 |
(2014/04/01 16:07登録) 書物が禁止された世界で、英国人少年クリスと「少年検閲官」エノが殺人犯『探偵』を追うシリーズ第一作。 北山猛邦独特の終末的世界観が存分に生かされた作品。非生産的で世界の終わりに向けてゆっくりと滅びていく世の中で、何のために生きるのか苦悩するクリスの描き方や、トリックと作品設定をコラボさせた終盤の演出は見事。 本格としてはさほど意外なトリックでも結末でもないが(その上バカミス)、ある工夫によって綺麗にまとめ、すがすがしい読後感を演出している。何より、読んでいて面白かった。「ミステリ」そのものをテーマにするところは、いささかご都合主義的でもあるが、そのメタ的な部分を肯定的にとらえることもできる。 いずれにせよ、北山作品の中でも指折りの名作であることは間違いなく、続編(出る出るといわれていながら7年が経過)に期待したい。果たしてこの世界観を何処まで広げられるか、今こそ作家の力が示される時だ。 |
No.86 | 5点 | アメリカ銃の秘密 エラリイ・クイーン |
(2014/03/31 13:13登録) 2万人の容疑者と、消えた拳銃の謎に挑む、国名シリーズ第六作。 「読者への挑戦」を前に、アメリカ銃の隠し場所は分かったが、さすがに犯人に結び付くあの手掛かりは見落としてしまった。その点は、エラリーの論理が発揮されていて見事といえるが、いくらなんでもこの犯行計画は実現不可能。「バカミス」というか、何というか…。個人的には「国名シリーズ」の魅力の一つはリアリティだと思うのだが。 また、かなり早い段階で犯人の目星をつけておきながら、大きな損害を出してしまったエラリーも良くない。この方法で失敗したことも数多くあったのに…。 論理という魅力はあるものの、全体としては微妙な仕上がり。 (余談)図書館で借りた本書は創元推理文庫版(井上勇訳)だが、出版年月日のページが切り取られていた。どうやら、93年に入荷した本らしい。しかし、ビル・グラントの息子を「《巻き毛》のグラント」と表記するのは無理がある気がした。ストレートに「カールのグラント」か、「カール・グラント」とすれば良かったのに。 |
No.85 | 6点 | 貴族探偵 麻耶雄嵩 |
(2014/03/27 15:49登録) 貴族探偵は捜査ばかりか、推理・犯人の指摘まで召使任せの奇抜すぎる「名探偵」。本人曰く、「あくまで召使は探偵の所有物だから問題ない」らしいが…。連作短編集第一作。 短編の内容は、相変わらず麻耶作品らしいもの。「ウィーンの森の物語」は単純なフーダニットだが、「トリッチ・トラッチ・ポルカ」や「こうもり」のトリックはストレートだが独特。特に「こうもり」は読者の裏の裏をかくような話で、認めない人は断固認めないだろう。(これは「貴族探偵」全般に言える。) 「加速度円舞曲」は純粋なパズラーで意外性はなかったが(オチが読めたが)、論理の強固さに驚かされる。「春の声」は………「不可能を除外したときに残ったものが、たとえどんなに信じられないものでも真実」の言葉通り。ネタ自体は古典的なものだが、ある意味で麻耶作品を受け入れることが出来るかの指標になる作品。 そもそも、「推理どころか何もしない探偵」という設定自体がアンチミステリ的で賛否が分かれるだろう。しかし、(私個人の意見として)「貴族探偵」がなぜ「探偵」なのかといえば、ただ「貴族」だからではないだろうか。 |
No.84 | 6点 | ロスト・ケア 葉真中顕 |
(2014/03/27 15:26登録) 現代の介護事情を描きつつ、そのあり方に疑問を投げかける日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作(長い)。 人々の想像を超えて過酷な現場介護の限界と、スキャンダルに飲み込まれていく総合介護企業という二つの側面から「ケア」の実情を描く技は見事。主人公である検察官の大友はそれを「傍観」する第三者でありながら、要介護の父親を抱える「当事者」。では、人知れず老人たちを殺害していく〈彼〉とは何者なのか? クライマックスには物語が二転三転とし、ミステリとしてもよく出来ている。残念だったのは、読者に明かされた「あの事実」が本編の演出にはならなかったこと。 介護において、「自分がしてほしいことを他人にもする」黄金律をいかにして実現するか、粗削りではあるが考えさせる社会派。 |
No.83 | 4点 | アルキメデスは手を汚さない 小峰元 |
(2014/03/27 15:12登録) 江戸川乱歩賞受賞作。トリック云々以前に、70年代の青春ミステリだけあって、やはり時代背景が古いと感じた。 密室やアリバイ崩し、犯人捜しなどの本格要素が数多く登場する本作だが、トリックも推論も特筆するほどではなく、そもそも殺人の必要性が感じられない。いや、女子高生の美雪が中絶手術に失敗して死亡する、冒頭の事件すら必要なかったのではないだろうか。青春小説を無理矢理ミステリにして失敗したように思う。(あの気合の入った見取り図は何だったのか。) 肝心な高校生たちの描写にも疑問が残る。真相や彼らの人物関係は置いておくにしても、様々な要素を詰め込みすぎで、結局作者が何を云いたのかがよくわからなくなっている。「アルキメデスは手を汚さない」という題名の意味についても、最後の最後で唐突に登場しただけで、ストーリー自体に関わりがあるとは思えない。 少なくとも、後世に読み継がれていく名作にはならないだろう。 |