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ミステリの祭典

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ハーモニー

作家 伊藤計劃
出版日2008年12月
平均点6.67点
書評数6人

No.6 5点 レッドキング
(2023/06/28 06:36登録)
近未来ユートピア=ディストピアのSF。疫病と核戦争の「大災禍」以後、人類は、生府(政府でなく)による完全なる衛生と福祉と慈愛の世界を生きていた。そこは、ブッダ言うところの四苦・生老病死・のうち、「病」がほぼ駆逐され、「躰」のみならず「心」の病すらも、完全に予防・治療・ケアされるシステム完備のユートピア世界。だが、ブッダ四苦の「生」の苦悩の解決には、意志・意識の軋轢を除去せねばならず、「生の苦悩」=「意識の軋轢」の駆除は、結果、意識そのものの消失を意味した。そんなユートピア世界をディストピアとして拒否し、「私」の自由を証しする唯一の行為:自殺を決行した女子高生と、彼女の軌跡を追うヒロイン霧慧(キリエ)トァン。これは反「幼年期の終わり」ミステリとして評価。
※そういえば、「悪霊」のキリーロフ(キリエで思い出した)も、自己が、「神人」=自由である事を証明するだけの為に自殺しちゃったなぁ。

No.5 9点 じきる
(2021/08/11 22:33登録)
ディストピアと紙一重のユートピア。恐ろしさと妙な生々しさが同居した結末には衝撃を受けました。理想を追い求めた先で、美しい破滅へと転がり落ちて行くような世界に胸が締め付けられた。

No.4 7点 小原庄助
(2020/03/10 09:19登録)
SFは、「科学の発展」の良さを教えてくれるだけのものではない。この作品は、「科学の発展」「医学の進歩」「便利社会」に真っ向から喧嘩を売る、「科学の発展」を否定する物語だ。
未来の理想的な社会を描いている。「誰も病気になることも、傷つくこともない完璧な社会」。飲酒や喫煙などの不健全なものは一切存在せず、できるだけ怪我をしないように、病気にならないように設定された「健全で優しい社会」。そこに生きる人々は、リスクとともに生きる今の私たちの社会を嘲笑う。
一つの未来世界では病気も暴力も傷も放逐されていて、誰もが健康で天寿を全うできる。それでも、そんな理想の社会はユートピアではなくディストピアであると、本書では述べているのだ。優しさは人を殺す。健全であることを強要する社会、不健全さを許容できない社会では、どこかに閉塞感が生まれ、自分の身体を社会に奪われるような感覚を持ってしまう。それを10代の女の子の目線と成長した主人公の感覚を行き来しながら、丁寧に描いていく。
そしてこの物語の終局にあるのは、「人間は、人間であることをやめた方が幸せになれる」という恐ろしい真理。優しさで人を殺すディストピアも、人が人であることをやめてしまえばユートピアになる。その答えを前にして、主人公はどう折り合いをつけるのか。この物語の終りに待っている世界を知った時、読者一人一人、感じ方が大きく異なるはずだ。バッドエンドだと感じる人も、ハッピーエンドだと感じる人もいるだろう。それほどこの物語の幕切れは凄まじく、そしてすべての人の人生に一石を投じるものだと感じる。

No.3 6点 八二一
(2019/12/10 18:33登録)
才能の煌きを感じる未来小説で、プロットの骨格は一応ミステリ。日本SFを背負って立つはずだった若き鬼才の最後の長編。京極夏彦ルー=ガルーの未来像をSFの側から語り直した作品とも読める。

No.2 4点 メルカトル
(2014/09/26 22:06登録)
面白いか面白くないかと言う基準ならば、断然面白くない。どれだけの賞を受賞し、読者から絶大な支持を得たか知らないが、私にしてみれば、所詮SFなんてこんなものかとしか思えなかった。ただし、私はすこぶる頭が悪いし、IQも低いので、その点を考慮に入れるとこの評価はいささか怪しいとも言えるかもしれない。
しかしながら、この観念小説のようでもあり、とてもエキサイティングとは言えない小説を褒め称える気にはなれない。例えば、一生懸命読んでいても、途中誰と誰の会話か分からなくなったり、今誰が話しているのか判然としなかったりすることはないだろうか。或いは、相当クセの強い文章が読みづらかったりはしないだろうか。
そして、一体なぜミャハはあのようなとんでもない犯罪を実行しようとしたのか、その動機があまりに抽象的過ぎて私には理解できなかった。
それにしても、SFファンというか読者は、こういった難解な小説が大好きな人種なのだろうか。本作が面白い、または素晴らしいと言えるのであれば、ミステリファンに転向すればどれだけ興奮を抑えきれないような体験ができるか分からないと私は思う。
この経験を戒めとして、私は当分SFを読まないだろう。もしかしたら一生読まないかもしれない。最早SFの世界に私の求めているものはないのだから。

No.1 9点 アイス・コーヒー
(2014/04/29 14:38登録)
早世の作家、伊藤計劃の最後の長編。日本SF大賞、星雲賞日本長編部門、「ベストSF2009」第一位、フィリップ・K・ディック記念賞特別賞、大学読書人大賞などの数々の賞に輝いたSF小説。

21世紀後半、〈大災禍〉と呼ばれる世界的混乱を経て、人類は大規模福祉厚生社会を築き上げていた。医療分子の発達で、ほとんどの病気が放逐され、見せかけの優しさや倫理が横溢する「ユートピア」が舞台である。
そんな世界で三人の少女が自殺を試みる。これが物語の発端だった。それから十三年、死ねなかったトァンはアフリカの紛争地域にいた…。

人々が争いあう世界から、人々が調和(ハーモニー)を奏でるユートピアへ。そんな世界で、主人公の霧慧トァンはささやかな抵抗の日々を送る。禁じられた煙草やアルコールを摂取することが、彼女にとってのアイデンティティだった。しかし、ある事件によって社会の均衡が揺らぐ。人類は、文明はどこへ向かうのか?
あらゆる哲学的思想と概念が詰め込まれ、世界と個人が奇妙な対比を織りなす。そして、全ては「人間は、なぜ人間なのか」という帯の文句へと終結する。
世界観の構築からキャラクター、文章から結末に至るまで、完成度の高さには驚愕させられた。無慈悲な真相も見事。本作の魅力は語りだせばキリがない。伊藤氏の長編は初めてだったが、期待以上の作品だった。2015年のアニメ映画化にも期待。

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