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ミステリの祭典

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虫暮部さんの登録情報
平均点:6.21点 書評数:2011件

プロフィール| 書評

No.1431 10点 幻詩狩り
川又千秋
(2023/04/20 13:38登録)
 言語SFって何だ? テッド・チャンとかチャイナ・ミエヴィルとか円城塔とか。今読み返すと小松左京『果しなき流れの果に』の枠組みに山田正紀の〈神シリーズ〉を嵌め込んだもの、と言う気もする。
 シュルレアリスト達から80年代日本へ、丹念に綴られる “幻詩” の成立過程が兎に角面白い。素材の良さをシェフが上手く引き出していますね。てっきり西都デパート会長が “黒幕” かと思っていたが、悪意の有無は不明なままフェイドアウトしちゃったなぁ。
 アクション系に魂を売る前の高純度な川又SF。本作のことを思うと、硬いチーズの塊にナイフを入れると中はトロリと柔らかく溢れそうで芳香を嗅いだだけでトリップ、みたいなイメージが浮かぶのである。 


No.1430 6点 七面鳥 危機一発
山田正紀
(2023/04/20 13:31登録)
 山田正紀には “本を一冊読めば一冊書ける” との噂があるらしい(本人は一冊じゃ無理ですと否定している)。
 似たような意味で、本書を構成する各短編も、主人公言うところの “泥棒のルーティン・ワーク” を略さずしっかり書き込み引き伸ばせば『24時間の男』系統の長編に仕立てられるのではないか。
 それをギュッと濃縮した、と言うには、のほほんとした書き方で個々のネタがそこまで研ぎ澄まされていない。何を盗んだのか判らないとか依頼人が泣いたとか七面鳥最後の選択とか七子が “ちぎれるように手を振った” とか、胸に残るポイントはあるけれど、それとこのそこそこのストーリーを秤にかけると分が悪い。水準の高い作家の、凡作。

 但し、スパッと楽しめる娯楽作品として成立するにはあまり高過ぎない方がいいと言う側面もあるんだろう。
 “コミック・アクション” と銘打ち表紙イラストがモンキー・パンチってそりゃ狙いは明確。全編一人称だから山田康雄の声で脳内再生されちゃうよ。あっ、今の若い人は違うのか。


No.1429 5点 プレーグ・コートの殺人
カーター・ディクスン
(2023/04/20 13:30登録)
 建物の構造とか短剣の形状とか、重要な筈の物が色々上手くイメージ出来なかった。
 3章。ジョゼフが “名前負けしている” とは。聖母マリアの夫、ヨセフを引き合いに出している?
 18章。語り手の姉のアガサが “ゴーゴンをいくらか穏やかにしたような女性” とは。発表の時点で “アガサと言えばあの人” だったのかな? 確かに写真を見るとそんな感じではある。
 20章。芝居の演目が真相を暗示する遊び心は好き。たとえ通じなくとも。我が国ならベルばら?


No.1428 3点 友が消えた夏
門前典之
(2023/04/20 13:29登録)
 物理トリックは解けなかったが、事件及び作品全体の構造についてはヒントが色々あって概ね読めた。“タクシー拉致事件”  が平行して描かれていたから余計判り易かったとも言える。そこが判ったら犯人も明白だ。ここまではまぁ悪くない。

 しかし、真犯人は公的には死亡とされているわけで、自身の戸籍はもう使えない。その辺の設定がおかしいね。
 それを抜きにしても、犯人の計画はおかしい。自分か周囲か、どちらかを消すだけで良いのに両方消しちゃっている。
 つまり、自分が死んだことにするなら、他人になって生き直すしかないが、それなら周囲との関係は切れるわけで、殺す必要は無い。と言うか、黙って消えればいいだけで、死んだフリも必須ではない。
 本名云々にこだわりつつリセットしたいなら、自分のままで一人だけ生き残ってしかも疑われない状況、が必要な筈。
 
 あと、演劇部員達の会話がぎこちない。いや、現実の会話をそのまま文字にしろと言うことでは勿論ないよ。“小説の文章として読んだ時に面白い会話文” と言うものはあって、その観点で見た場合にどうもわざとらしい、と言うこと(好みの問題も大きいとは思うが)。
 で、“録音記録を書き起こした文書” との設定でしょ。実は録音自体がシナリオを見ながら演技したものだったのでは、と疑ってしまった。


No.1427 3点 蟻の棲み家
望月諒子
(2023/04/20 13:29登録)
 この作者は文章力も取材力も構成力も備え持ち、人権も尊厳も無いような営みを嫌と言う程くっきりと描き出している。中盤ちょっとごちゃついたものの、汚辱を引きずりつつ進行する事件の様相には惹き込まれた。

 しかしそれが実は、構成力の空回りの上に築かれた幻影だったなんて。

 あの真相はなんなのだろうか。何故ターゲットを直接殺さない? 心理的なものも含めて理由が何も無いじゃないか。一人葬るために三人殺して、そんな迂遠な計画、それこそ “ばかじゃないのか、お前は” である。がっかり。 


No.1426 5点 鱈目講師の恋と呪殺。桜子准教授の考察
望月諒子
(2023/04/13 10:16登録)
 森博嗣の描く閉鎖社会としての大学をもう少しコミカルにした感じ? ロジカルな謎解きでは全然なく、寧ろホラーに近いのでは。飲み会のエピソードはひどい。きちんと言えばいいものを。否応なく共犯者にされた周囲はいたたまれないだろ。(金が全てではないにしても)授業料を払う側に対して、教える立場でそんな気分的理由による拒否権があるのか。


No.1425 6点 フェルメールの憂鬱 大絵画展
望月諒子
(2023/04/12 10:23登録)
 主要キャラクター(と言うか黒幕)が『大絵画展』と共通なせいで、広い意味での落としどころになんとなく見当が付いてしまったのは大きなマイナス。
 題材は好きなんだよ。田舎の純朴な信仰と、集金装置としての新興宗教と、並べて描くと本質的な差は無さそうなところが面白いと言うか意地が悪いと言うか。


No.1424 5点 星くずの殺人
桃野雑派
(2023/04/11 10:58登録)
 説明的だと感じる部分が少なくない。しかしそういう書き方だから真相(動機)が受け入れ易いとの側面もある(ちょっと皮肉)。陰謀論を登場させたのは上手い手だと思う。
 スタッフ達の退去は事前に読めなかった筈で、“状況の想定外の変化が犯人の行動に与える影響” が何か欲しかった。
 そもそも一人ずつ殺すやり方は目的にそぐわないのでは(本来なら12対1だ)。私だったら、一人を人質にして残りを宇宙船で還らせ、人質には脱出ポッドを使う、かなぁ。

 Kiken! Mada modoruna.
 これは、会社の存続を優先して “(今すぐ帰還したいとの希望は)聞けん!” が真相だろうと思っていた。
 後にメールの全文が明らかになってもこれと言った効果は上がっていないでしょ。読者に対する引っ掛け?


No.1423 7点 怪人デスマーチの退転
西尾維新
(2023/04/07 14:35登録)
 父の正体を知って三者三様に踏み外した子供達。家族の崩壊と再生の物語? うそうそ、そんなまっとうなものではない。
 奇人変人大集合。“あ、大変だ、殺さなきゃ” に、つい共感してしてしまう怖い話。最初の殺人のホワイが曖昧なままなのは残念。
 実は、待葉椎が私の頭の中で『ハコヅメ』(勿論オリジナルの漫画版)の川合みたいなイメージで固まってしまい困っている。ミスキャストだ。


No.1422 7点 三体0 球状閃電
劉慈欣
(2023/04/07 14:29登録)
 読むと世界の見え方が変わってしまう与太話。
 この人の作風には、ぶっきらぼうな書き方故に却って感傷を読者が勝手に奥から引っ張り出してしまう、みたいなところがある。その点ではやっぱり、本当は過剰なエモーションを持つのにそれに陶器で蓋をして固めたような林雲のキャラクターからは目が離せない。ロマンスにならないところがまた良し。
 これが(登場人物はともかくストーリー的に)どうして『三体0』なの? とずっと思っていたが、最後につながって納得。成程ね!


No.1421 6点 野火の夜
望月諒子
(2023/04/07 14:29登録)
 プロローグを始めとして、非常に残酷かつ美しい場面が要所要所に配されており印象に残る作品ではある。
 しかしここまでとっちらかってしまうなら、ポイントを絞ってメインの事件だけにした方が良かった。本来関連の無い案件が木部美智子をハブにして交錯しているだけのような設定は効果が無い。
 12年前、記者の事故死は結局、純然たる事故? 大雨の中を出掛けて死んだジャーナリストの心情も曖昧なまま。25年目の偶然の出会い、はまぁ大目に見るか。


No.1420 7点 腐葉土
望月諒子
(2023/04/01 14:20登録)
 基本的にはとても面白かった。様々な正義が絡み合って依拠したり反発したりするさまが有機物っぽいニオイを発する力作。“長過ぎでは?” と思いつつ読んでいたら意外なところがミステリ要素につながったりして、濃度が高く必然的な長さであると納得。

 ただ、最終章で真相①犯人は誰でその動機はこうだ、と言うところがミステリとしての頂点。ここでせっかく驚いたのに真相②実は主導者は別にいて本当の動機は云々、と畳み掛けるのはどうも戦略ミスに思える。①より②の方が衝撃度が低いんだもの。ソフトに引き戻してどうする。
 私だったら、まず②で或る種の感動を誘った後に①が来て “結局、カネかッ?” と落とす方がいいな。
 それに、②に関してはこれといった証拠が無い(よね?)。自供内容に頼るのみである。つまり情状酌量狙いの犯人が舌先三寸で切り抜けた、のかも。作者の意図はどうあれ、リドル・ストーリーとして成立してしまっている。

 粗探しをもう一つ:やはり最終章。“睡眠薬の濃度を上げる為に酒の量を減らした” との説明には首を傾げてしまう。薬の量を増やせば済むじゃないか。酒が少ないと盗み飲みしづらい。
 作者は、何らかの齟齬を生じさせておかないと手掛かりが少な過ぎる、と思ったんじゃないかな~。でもこれは悪手だな~。


No.1419 5点 栞と噓の季節
米澤穂信
(2023/04/01 14:19登録)
 最低限の現実感を保持しようとして小さくまとまってしまった。それこそが狙いだと言われたらまぁ頷くしかない。リミッターを一つ二つ解除すれば小市民シリーズくらいにはなるだろうに。
 小ネタは効いている。on the road は “ドサ回り” じゃ。 


No.1418 4点 ペニス
津原泰水
(2023/04/01 14:18登録)
 語り手の頭の中だけで勝手にホラーが進行しているみたい。アメーバが仮足を広げるように連想が結び付いて現在地の意味を見失わせる。それが最後に反転して納得させてくれることは遂に無い。
 但し、そのワカラナサに乗れなかったのは、エロスの指向が私の嗜好と合わないことが大きい。と言うか読者に嫌悪感を催させる目的でそれら性的な事象を書いたとしか思えない。つまり私のこういった感想は作者の思う壺なのではないだろうか。雑誌連載で細切れに読めばまだ呑み込み易かったのだろうか。初出は小説推理だぜ。


No.1417 8点 無実はさいなむ
アガサ・クリスティー
(2023/03/24 12:41登録)
 はっきりと伏線が示されていたのに何故気付かなかったのだろう。
 それぞれ方向性の違う子供達のキャラクター、その更に異分子である車椅子のフィリップの存在感も良い。心情描写が交錯して、こんなに書いちゃって矛盾しない真相に着地出来るのか? と心配になったが、この視点の変遷が面白く、シリーズ探偵を起用しなかったのは正解。

 以下ネタバレ。
 クリスティー文庫版解説で指摘されている、“犯人は真相を暴露して自分の罪状を軽くしようとするのではないか” と言う件について。
 これは状況が或る種のチキン・レースになっているんだね。
 暴露してしまうと、罪状は軽くなっても、家族の中の元のポジションに戻って遺産を受け取ることはまぁ出来ない。一方、アリバイ自体は本物なのだから、自分が頑張っているうちに証人が出頭すれば晴れて無罪放免でポジション復帰が出来る。何故か未だ証人は見付からないが、それは明日かもしれない……。
 なかなか難しい判断だろう。六ヶ月程度では思い切れなかったのも不自然ではない、と私は思う。獄死は結果論であって、当人にしてみれば命まで賭けていた心算はないのでは。
 但し、あくまで故人の心情なので、作者としてはこの苦悩を描く視点を確保出来なかったのかもしれない。


No.1416 8点 密室狂乱時代の殺人 絶海の孤島と七つのトリック
鴨崎暖炉
(2023/03/24 12:40登録)
 御見逸れしました。前作よりかなり良い。トリックは馬鹿馬鹿しいものも含めて皆合格点。異常者が揃ってキャラ立ちも充分。
 しかし、こんな “アイデア大放出” みたいな書き方では遠からず消耗戦になってしまうと思うのだが大丈夫なのだろうか。作家として長生きする気はないのかもしれない。それともストックがまだごっそりあるのだろうか。

 ところで初版、“クレッシェンド錠” と一貫して書かれているけど、正しくは……。


No.1415 7点 リア王密室に死す
梶龍雄
(2023/03/24 12:39登録)
 潔癖さと傲慢さを併せ持った蛮カラ青春記。山頂に集い議論! 写真一枚でリーベ! そんな経験など無いのにノスタルジーを誘われてしまう。
 “蓮の実のはじける音なの”、くーっ。

 それを、あんな真実に落とし込む作者の何と残酷なことよ。前半に比して、後半で描かれる諸々、事件の真相はともかく、卒業後の彼等の行く末が美しくない点が、がっかりだった。綺麗事で終わらせたっていいじゃないか……。


No.1414 6点 魔空の迷宮
山田正紀
(2023/03/24 12:38登録)
 発表時点で作者は十年選手だが、本書は最初期の “神シリーズ” に回帰したような伝奇サスペンス。(いつものことだが)世渡り出来ない主人公。その周りに現れては消える人の連鎖。都市のもう一つの貌。
 面白い歴史ネタを絡めたが、説明だけで終わってしまった、裏側に潜り切れなかった、との感が強い。黒幕との対決がもっとじっくりあっても良かった。
 武藤に関しては、何故そこまで入れ込むのか、人物像の裏打ちが甘いのでは。途中で死ぬ奴ならそれでもいいけどさ……。

 C-NOVELS 版の表紙イラストはイメージと違うな。サイズが明記されているわけではないが、あんな肉感的な “男が悦ぶ女” 的なキャラクターは出て来ないでしょ。みんなもっと棒みたいな身体だと思う。主題に関わる重要な問題なので厳しく指摘しておきたい。その反省を踏まえてか、文庫版の表紙はそれなりに嵌まっている。 


No.1413 5点 中野のお父さんの快刀乱麻
北村薫
(2023/03/24 12:34登録)
 歌の上手い人の、コールユーブンゲン(合唱教則本)での基礎練習を延々聴かされている気分である。上手いのは判っているから、もっと面白い歌を歌って欲しいのである。

 娯楽小説の読者に、純文学の薫りを気軽に味わわせてくれるシリーズ?
 と言うか北村薫はそもそもデビュー時からそういう部分が存在意義のような作家であった。僻みも込めて言うとそれは “純文学の方が上” との不文律の下に成り立っているところがあり、変な劣等感を刺激する危うさも孕んでいた筈だ。しかしこの人は同時にミステリ愛もだだ漏れだったので、スノッブ扱いされず支持を得たのだと思う。
 しかし本書。そういう、太宰治とEQを同列に語る或る種の力業が希薄になってしまうと、私なんぞは北村薫に対して僻みが沸々と再燃してしまう。その意味で、夫人問答で嵯峨島昭や南里征典の官能ミステリをスルーしたのは看過出来ないぞ。


No.1412 8点 幻象機械
山田正紀
(2023/03/17 12:23登録)
 “日本人の正体” をスケールの大きなSFミステリの形で暴いている。全体を貫く薄暗い空気が、押入れに隠れた遠い日の記憶のようで心地良く怖い。思い切り曲解するなら、連城三紀彦『戻り川心中』をSFの鏡に映した反射像。虚実綯い交ぜ、だが引用されている不気味な歌は “実” だ、ってところが凄いね。真相も実だったらどうする?

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