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ミステリの祭典

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平均点:6.00点 書評数:1859件

プロフィール| 書評

No.599 6点 エンジェル家の殺人
ロジャー・スカーレット
(2011/12/10 00:33登録)
謎(?)のミステリー作家、R・スカーレットの1932年発表の第4長編。
江戸川乱歩が激賞し、自身で「三角館の恐怖」へ翻案した作品としても有名。

~エンジェル家はまるで牢獄のような陰気な外観を持つ家だった。しかも内部は対角線を引いたように二分され、年老いた双子の兄弟が其々の家族を率いて暮らしていた。彼らを支配していたのは長生きした方に全財産を相続させるという亡父の遺言だった。そして、死期の近いことを感じた兄が遺言の中味を変更することを提案した時から全ての悲劇が始まった。愛憎渦巻く2つの家族の間に起こる連続殺人事件を巧みなストーリー&サスペンスで描いた古典的名作~

舞台は理想的だが、やや尻つぼみ。
っていうのが、読後の感想でしょうか。
悪意ある遺言といがみ合う家族、真ん中にあるエレベーターにより2分された妙な「館」と作品中に挿入された数々の見取り図、そして「密室殺人」と謎の帽子の男・・・どうですか!
凡そ本格物を愛する読者であれば、この舞台設定を見れば狂喜乱舞してもおかしくない(!?)

ただ、惜しいなぁ。この舞台設定が十分生かしきれてるとは言えない。
まずは「密室」。
エレベーターで3階から1階へ降りるまでの間に殺人が起こるのだが、このトリックでは仕掛けの「跡」が残ってしまうという致命的な欠点がある!(実際、それをケイン警視が見つける)
つぎに「フーダニット」。
動機からのアプローチがかなりあからさま。全体的に「金」への執着心というものが前面に出され過ぎて、それがダミーなのだということがどうしても分かってしまうのだ。

というような欠点が目に付き、高評価というわけにはいかないのだが、やっぱり好きなんだよなぁ、こういう作品。
乱歩を始めとして、日本の作家へも強い影響を与えたのは確かだと思う。
(新訳版のせいか、非常に読みやすく、「館」の平面図が豊富に挿入されており大変親切)


No.598 6点 トライアル
真保裕一
(2011/12/10 00:30登録)
公営ギャンブルに生きる人々にスポットライトを当てた短編集。
それぞれに作者の「行き届いた」取材振りが窺える気がしました。

①「逆風」=舞台は競輪(主人公の所属は立川?)。借金を重ね失踪した実兄が競輪場に姿を見せたと同時に、不審な男たちの姿が見え隠れしてきて・・・という展開。ラストは少しホロッとさせる。
②「午後の引き波」=舞台は競艇。夫婦で競艇選手という妻の方が主人公。最近、年齢のせいか結果を残せていない夫が見せる不審な行動の謎。妻の方が稼ぎがいいっていうのは、夫としてはツライよねぇ。
③「最終確定」=舞台はオート(所属は船橋)。なかなか壁を破れず、ランク下位に沈んでいる主人公にかかってくる電話の謎。頑なな父親との関係と自分自身の煮え切らないレース振り・・・なんか分かるよなぁ。
④「流れ星の夢」=舞台は競馬(JRAじゃなくて、公営川崎競馬が舞台)。新入りの厩務員が担当するクセ馬や故障馬が見違えるように変身していく謎。さて厩務員の正体は? 

以上4編。
全て公営ギャンブルが舞台だが、どちらかというと華やかな「光」の部分ではなく、燻ってたり、迷ったり、焦ってたり・・・という「影」の部分に焦点を当て、うまくまとめてある感じ。さすがにうまい作家ですよ。
(④以外は「家族」がプロットの骨子になってる)
個人的には、競馬以外はそれ程詳しくないので、特に競艇やオートの薀蓄や舞台裏はなかなか面白かった。
まぁ、サラッと読むには手軽でいい作品集でしょう。
(『参考文献』にある「ギャンブルレーサー」って、昔「某週刊モー○ング」で連載してた奴? 確かに抜群に面白かったけど・・・)


No.597 6点 暗い鏡の中に
ヘレン・マクロイ
(2011/12/03 21:42登録)
精神科医ウィリング博士が登場する作者の第11長編。
オカルト的題材を扱った有名作。

~ブレアトン女子学院に勤めてまだ間もない女性教師フォスティーナは、校長から突然解雇を申し渡される。理由を尋ねるも、校長は口を濁して語らない。彼女に何の落ち度があったのか。彼女への仕打ちに憤慨した同僚のギゼラと、その恋人で精神科医のウィリングは事情を調べ始めるが、関係者が明かした原因の全貌は想像を絶するものだった。ウィリングは謎の解明に挑むが、その矢先に学院で死者が出てしまう・・・~

なるほど、マクロイっぽい作品だなと思いました。
いわゆる「ドッペルゲンガー」現象を事件の背景に取り込んだことで有名な作品ですが、本格志向の読者にとっては、このトリックや真相ではちょっと不満が残りそうですねぇ。
たまたま同時期に書評した泡坂妻夫の「湖底のまつり」もそうなのですが、要は「取り違え」、簡単にいえば「錯誤」によるトリック。でもちょっと現実的には「ありえないだろっ」的な感想になってしまうわけなのです。
それに、真犯人がここまでオカルト現象の創出に拘った理由が今一つ分からないというのもあるかな・・・

ただ、本作はいわゆるトリックやドンデン返しといった、インパクトの大きさで評価すべき作品ではなく、怪奇性とロジックをうまい具合に融合させた、その美しさを評価すべき作品なのでしょう。
そういう意味では、さすがにマクロイらしい、繊細な筆致や細やかな心理描写を味わえる佳作という評価でもいいんじゃないかな。
(「暗い鏡」というのが象徴的で、なかなかいいね)


No.596 5点 鬼の跫音
道尾秀介
(2011/12/03 21:38登録)
ブラック風味溢れる短編集。
ジワジワと恐怖が心根に浸食していく感じが何とも言えない作品が並んでます。

①「鈴虫」=一見して普通の男が過去に犯した罪。そして、それが露見するとき、さあどうなる? 「鈴虫」という存在自体がまるで何かの象徴のように思える・・・
②「ケモノ」=刑務所で作られた椅子に奇妙な文書が彫られ、それは家族を惨殺した猟奇殺人犯が残した不可解な単語が、哀しい事件の真相を示していた・・・
③「よいぎつね」=子供のいたずらが、本当の「罪」になってしまうという忌まわしい過去。そして、その過去が主人公の記憶に蘇るとき・・・
④「箱詰めの文字」=これは相当ブラック。ドンデン返しの連続も効いていて、短編らしい切れ味を感じる作品。ただ、何となく既視感はありますが・・・
⑤「冬の鬼」=これは④以上にブラック、っていうか寒気がした。日記風の文書形式でストーリーは進みますが、日付が逆になっていく(=徐々に遡っていく)という趣向が凝っている。
⑥「悪意の顔」=同級生のひどい「イジメ」に怯えて毎日を過ごす少年が出会った女性は、何でも中に入れられる不思議なキャンパスを持っていた・・・こんなキャンパス欲しいわ!

以上6編。
最近こういう手の作品が多くなってるような気がしますし、そういう意味ではちょっと食傷気味にさせられる。
さすがに道尾氏らしく「うまさ」を感じるが、それだけではあまり高い評価はしにくい。
まぁ、いわゆる「軽~いホラー」なので、それほど読者を選ばないのが長所でしょうか。
(④⑤はなかなか面白い。それ以外は・・・それ程でもないかな)


No.595 5点 湖底のまつり
泡坂妻夫
(2011/12/03 21:37登録)
「11枚のトランプ」、「乱れからくり」に続く作者の第3長編。
1978年より「幻影城」誌で連載され、評判を呼んだ作品。

~傷心を癒す旅に出た若い女性・紀子は、東北地方の山村で急に水量の増した川の岩場に取り残される。岸に戻ろうと水に入った紀子は流れに呑まれそうになるが、ロープが投げられ辛うじて救出された。助けてくれたのは、土地の若者・晃二で、その夜彼の家に泊まった紀子は抱かれる。しかし、晃二は1か月前に毒殺されていたのだ。では、紀子を助け晃二と名乗ったのは誰なのか? 文学的な香気漂う作品~

これは・・・「幻想小説」でしょうか?
第2章「晃二」の章に進んだとき、全ての読者が「アレッ??」と思うはず・・・そして、どんなトリック・騙しが仕掛けられているかという期待感を持つはず・・・
ただ、このトリックというか真相はどうだろう?
「騙し」のプロットそのものは実に泡坂氏らしいし、「そういう手で来たか!」と思わせる。
でもねぇ・・・さすがに「気付くだろう!」、紀子も!
一応、言い訳めいたフォローはしていますが、ここまでリアリティを無視されるとやや興ざめにはさせられた。

「亜愛一郎」シリーズのように軽妙な作品と並んで、こういう「大人な」作品も多いのですが、これはちょっと嗜好が合わないというのが正直な感想。
(アッチ系の描写も実に上手いね)


No.594 7点 翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件
麻耶雄嵩
(2011/11/28 22:28登録)
記念すべき(?)作者デビュー長編にして問題作。
実はノベルズ版出版時に購入し読んでいたのですが、その後しばらくの間、私を「麻耶嫌い」にさせた作品でもあるのです。

~首なし死体、密室、蘇る死者、見立て殺人・・・etc。京都近郊に建つヨーロッパ中世の古城と見紛うばかりの館・「蒼鴉城」を私が訪れたとき、惨劇はすでに始まっていた。2人の名探偵の火花散る対決の行方は。そして迎える壮絶な結末・・・名立たる作家たちの賛辞を受けた著者のデビュー作~

再読して改めて思いましたが、何とも言えない「パンチ」の効いた作品ですよねぇ。
本作が出版された当時、弱冠20歳の青年が作者だと分かったとき、相当の衝撃を受けましたが、同時に、全編に漂う何とも言えない「作り物めいたような」、「地に付いてないような」文書とあまりにも詰め込み過ぎた本格モノのガジェットに中てられ、この作者の作品は読むべきではないという気にさせられてしまいました。

ただ、メルカトル鮎登場以降、次々に出しては壊される推理&真相は、やっぱり圧倒的なパワーは感じざるを得ません。
はっきりいって、「密室トリック」(これは笑撃!)にしても、「見立て」(これもスゴイね)にしても、最後に明かされる真犯人の正体(これに至ってはもう笑うしかない・・・)にしても、もはやリアリティ云々なんて完全に無関係。とにかく、「書きたいことを書きたいように書いている」としか言いようがない。
これを「是」とするか「否」とするかは、読者の嗜好と度量次第でしょう。
「私」?・・・まぁ、決して嫌いではないですよ。もちろん。
麻耶雄嵩という稀代のミステリー作家が、成虫に羽化していくためのまさに「蛹」の作品なのでしょう。
その後、余計な肉を削ぎ落とし、見事な成虫になったのですから・・・
(なんか、書評になってないような気がしますが・・・)


No.593 7点 続813
モーリス・ルブラン
(2011/11/28 22:25登録)
前作「813」の続編。
A.ルパン最大級の冒険譚がいよいよ終結(!)。なかなかの大作。今回も堀口大学訳の新潮文庫版で読了。

~謎の人物、L・Mの手によって刑務所に放り込まれたルパンは、持ち前の沈着冷静さで警察陣を翻弄して脱獄に成功。一路ベルデンツの廃城へ向かう。全ヨーロッパの運命を握る秘密を解くカギが、必ずあるに違いない・・・が、またしてもL・Mの恐るべき刃は先回りしていた。L・Mとはいったい何者なのか? ルパンの鋭い追及の前についに姿を現した人物は意外にも・・・~

これは「さすが」のスケールと面白さを備えた作品でした。
「813」と「続813」の合計ではなかなかのボリュームですが、それだけの価値は十分ありでしょう。
(「813」の粗筋を忘れる前に読んで良かった!・・・)
さて、問題の人物「L・M」ですが、まぁ数多のミステリーが出版された現代においては、十分予想できた結果でしたが、それでもこれはこれで何とも言えないような驚きと悲しみに満ちた真相だという感想。
まさに「毒婦」という称号がピッタリ(ってこれは完全にネタバレかな?)
全ヨーロッパの運命を握る秘密ってほどの秘密ではないような気もするし、「813」の暗号に関する仕掛けは大したことはありません。
そんなことより、警察や政府をあれほど手玉に取るルパンが、美女や愛する女性を前に苦悩していることのギャップが、なんともフランス人(作家)らしいんでしょうねぇ・・・

いずれにしても、歴史に残る作品として、1度は手に取ることをお勧めします。
「813」と「続813」トータルとしての評価。
(「ヘルロック・ショルメス」って、冗談きつくないですか! フランス人ってイギリスのこと本当に嫌いなんだろうな・・・)


No.592 5点 材木座の殺人
鮎川哲也
(2011/11/28 22:23登録)
銀座のとあるビルにあるというBAR「三番館」を舞台とするシリーズ4作目。
今回も、肥満の弁護士=名無しの私立探偵=「三番館」の達磨大使のようなバーテン、の三者がそれぞれ活躍(?)。

①「棄てられた男」=雪国のとあるペンションに集められた「いわく付き」の男女と、彼らを脅すために招待した男。そして、脅迫者の男が殺された! って書くと、何だか魅力的なプロットのように見えますが・・・なんともあっさりしたオチと真相。
②「人を呑む家」=以前、住人が忽然と消えた「家」。そしてまた新しい住人が忽然と消えた! って書くと、何だか魅力的なプロットのように見えますが、非常にあっさりしたというか、子供だましのようなトリック。こんなトリックに引っ掛かるなよなぁ・・・
③「同期の桜」=同じ会社で働く女性を殺害した容疑者として挙がったのは、「同期の桜」3名。それぞれアリバイがあるのだが、探偵の捜査&三番館のバーテンの推理により意外な犯人が判明。
④「青嵐荘事件」=金満家で「青嵐荘」の主人である男が毒殺される事件が発生。鍵になるのは、死亡推定時刻と容疑者(=青嵐荘の住人たち)のアリバイ。よく「推理クイズ」なんかで出てくるようなプロット&レベル。
⑤「停電にご注意」=これも主題は「アリバイトリック」だが、かなり強引なトリック。この写真のトリックって、相当使い古されたやつだと思っていたが、まさかこんなに堂々と使われていたとは・・・「三番館」のバーテン推理後に再度事件が起こるというのが、珍しいパターンの作品。
⑥「材木座の殺人」=鎌倉在住だった鮎川氏らしく、鎌倉~三浦半島の名所めぐりをした後に事件が発生。これもアリバイトリックが主題だが、ラストはあっさり。
以上6編。

よく言えば「偉大なるマンネリズム」、悪く言えば「いつものワンパターン」。
ただ、いつもは『事件発生の顛末』⇒『名無しの私立探偵の捜査』⇒『三番館のバーテンの推理』という3部構成だったのが、探偵の捜査をほとんど省略して、すぐにバーテンが推理して解決というものが数編ある。
プロットもまさに「ワンアイデア」の一発勝負ばかりで、こうなるとかなり味気ない気もしてくる。
シリーズものの宿命とはいえますが、やっぱり回を重ねるごとにクオリティが落ちてくるのが仕方ないのかなぁ・・・?
(特にお勧めはなし。敢えて言えば⑤)


No.591 5点 コンピュータの熱い罠
岡嶋二人
(2011/11/23 20:56登録)
1986年発表のノン・シリーズ長編。
タイトルからして、岡島(井上)氏らしく、コンピュータに題材をとった作品。

~相性診断によって男女を引き合わせるコンピュータ結婚相談所。オペレーターの夏村絵里子は、恋人の名前を登録車リストに見つけて愕然とする。「何かがおかしい・・・」。彼のデータを見直し、不審を抱いた彼女を正体不明の悪意が捕らえる。相次いで身辺で起こる殺人事件は増殖する恐怖の始まりでしかなかった!~

まとまりのいい作品。
プロットとしては、それほどオリジナリティを感じないし、ストーリーの進行に従い、徐々に明らかになる「事件の背景」というやつがちょっと薄っぺらい感はある。
真犯人もねぇ・・・ちょっと「いかにも」すぎるかな?
最近でも、サイバーテロ等がマスコミを騒がせていますが、本作が発表された約25年前には、こういったコンピュータのセキュリティやハッキングといった話題は、まだまだ一般的ではなかったはず。
そういう意味では、実に先見性のある作品ということは言えそうです。
見せ方もさすがです。

まぁ、トータルでは水準級という評価。
(結局、本筋の殺人事件とコンピュータ絡みの謎があまり有機的につながってない気がするが・・・)


No.590 8点 妖魔の森の家
ジョン・ディクスン・カー
(2011/11/23 20:54登録)
創元文庫版のカー短編集。
短編になっても「カーはカー」とでも言いたくなる作品が並んでる。

①「妖魔の森の家」=20年前に発生した森の家からの幼児消失事件。そして、20年後の今再び、同じ人物が同じ家で消え失せる
・・・H.M卿が解明した真相は現実的なもの。ただ、H.Mも「アレ」を持ったのなら、少なくとも「変だな?」くらいは思うんじゃないかなぁ??
②「軽率だった夜盗」=これは、カーター・ディクスン名義で発表した長編「仮面荘の惨劇」の元ネタ。なかなか小気味いいトリックなので、むしろ短編の方が合う感じ。こちらは、フェル博士が探偵役になっている。
③「ある密室」=カーお得意の密室もの。トリック自体は、カーが分類してみせた「密室トリック」の中の代表例のようなやつ。ただ、かなり強引で、犯人側にはリスキーなものに見えるのが難。
④「赤いカツラの手がかり」=これはちょっと毛色の変わった作品。真夜中、素っ裸で殺害された女性の謎。要は、「なぜ素っ裸なのか?」が事件の鍵になるわけですが・・・日本人にはちょっと分かりづらいかな?
⑤「第三の銃弾」=この作品は中編と言うべき分量。これは、まさにカーそのものっていう作品で面白い。「密室トリック」はさすがに考えられてる。今回は、窓は密閉されていないが、目撃者の目が光っていたという、いわゆる「準密室」。密室トリックに3発の銃弾の取り違えや犯人側の錯誤(?)も交えていて、なんともまとまりのある作品になっている。お勧め。
以上5編。

これは評判に違わない作品集。
短編だけに、余計な寄り道もなく、ストレートにトリックや仕掛けを味わうことができる。
「密室」はトリック云々もいいが、やはり「なぜ密室にしたか?」や「なぜ密室になってしまったのか?」というポイントをどれだけ読者に納得させられるかが「いい作品」の分かれ道。本作はそういう点でも「お手本」でしょう。
(やはり⑤がベスト。①~④もどれも楽しめる)


No.589 6点 魔術はささやく
宮部みゆき
(2011/11/23 20:51登録)
第2回日本推理サスペンス大賞受賞作。
作者のストーリーテリングの鮮やかさが窺える作品。

~それぞれは社会面のありふれた記事だった。1人目はマンションの屋上から飛び降りた。2人目は地下鉄に飛び込んだ。そして、3人目はタクシーの前に。何びとたりとも相互の関連など想像し得べくもなく仕組まれた3つの死。さらに魔の手は4人目に伸びていた。だが、逮捕されたタクシー運転手の甥・守は知らず知らずのうち事件の真相に迫っていたのだったが・・・~

さすがに読ませるなぁーという感想。
序盤から中盤は、いわゆる「ミッシング・リンク」テーマで、被害者たちのつながりが何なのかという謎を追うのが主題。
被害者をつなぐ「リンク」が判明した後半以降は、守と「魔術師」との対決が主軸に・・・というのが大まかな展開。
守の周りに魅力的な人物を配して、徐々に読者の心を煽っていくやり方がにくい。
ただ、「謎解きもの」としての魅力はやはり弱いかなという感じ。
(もちろん、これが作者の作風なのですが・・・)
「サブリミナル効果」やら、守の「技術」に関する部分も、ネタの1つとしてはいいが、どれも中途半端。
ラストもちょっとインパクトは弱いかなぁ。
例の老人も、結局「いい人」なのか「邪悪な人」なのかの書き分けがうまくいってない気がする。

実は、宮部女史の作品は今回初読(!)だったわけなのですが、やっぱり個人的には合わない作風のようです。
(うまいのは間違いないけどね)


No.588 6点 災厄の紳士
D・M・ディヴァイン
(2011/11/19 14:27登録)
1971年発表、作者の第10長編。
「本格ミステリーベスト10(2010年度)」第1位(!)作品。

~ネヴィル・リチャードソンは、見た目は美男子だが根っからの怠け者。ジゴロ稼業で何とか糊口を凌いでいたところ、さる筋からうまい話が転がりこんできた。今回の標的は、婚約者に捨てられたばかりの財産家の娘・アルマ。我儘でかつ気の強いアルマに手を焼くが、共犯者の的確な指示により、計画は順調に進んでいた。彼は夢にも思わなかった・・・とんでもない災難がわが身に降りかかることを・・・~

「うまい」が、ちょっとインパクトには欠けるという読後感。
ディヴァインというと、家族や職場といった限られた人間関係の中で発生した事件を、卓越した心理描写で読ませる・・・というイメージですが、本作もまさにその通り。
主要な視点人物であるサラを通して、登場人物の造形が鮮やかに浮かび上がります。
ただ、他作品に比べると、落ちるなという印象は拭えない。
特に、フーダニットについては、確かに意外なのだが、何となく「ディヴァインのパターン」というものがあって、本作の真犯人もそのパターンに当てはまっているのだ。
ミスリードもあからさま過ぎるのが玉に瑕。
ということで、世間的な評判ほどではないかなという評価ですねぇ。
(ジョンはちょっと可哀そうだね・・・)


No.587 6点 猿島館の殺人~モンキー・パズル~
折原一
(2011/11/19 14:26登録)
「鬼面村の殺人」に続く黒星警部シリーズの長編2作目。
黒星と虹子のコンビが、パロディに次ぐパロディに彩られた事件に挑む!

~東京湾の孤島・猿島で、ひっそりと暮らす猿谷家の人々。その館にフリーライターの葉山虹子が迷い込んだ。ところが主人の藤吉郎が、密室の書斎で不可解な死を遂げるや、次々と起こる変死事件。現場の状況が示す犯人は、なんと『猿』! 折しも、脱獄犯を追ってきた黒星警部と虹子が推理をするが・・・~

久し振りに再読したけど、いやぁなかなかの「怪作」って感じです。
よく言えば「遊びごころたっぷり」ですけど、逆にいえば「悪ふざけ」。
それでも、途中まではまずまずの面白さ。
「モルグ街の怪事件」(当然「猿」つながりね)と「Yの悲劇」を思いっきりパロってるとはいえ、デビュー作「七つの棺」で思いっきりパロデイ作品を連発した作者ですから、これくらいならむしろかわいい方。
ただねぇ・・・真相は相当脱力感がある。
なんだ、この「動機」と「密室トリック」は!!
(折原ファン以外なら、怒り出すレベルかも・・・)

というわけで、遊びこころを理解できる方にしかお勧めできません。
「どくしゃへの挑戦」のヤツもなぁ・・・ (小学生が、○○を△△とを間違えないだろ!)


No.586 5点 儚い羊たちの祝宴
米澤穂信
(2011/11/19 14:24登録)
ブラック風味の濃い作品が並ぶ連作短編集。
夢想家のお嬢様たちが集う読書サークル「バベルの会」が各作品を緩やかに繋げてます。

①「身内に不幸がありまして」=最後の一撃に唸らされる・・・という趣向。確かに「動機」は相当ブラックだね。
②「北の館の罪人」=この中では地味だが、なかなか味わい深い一作。離れの館に幽閉された男が、使用人の女性に次々と頼む買い物の品々の謎。ラストの衝撃はそれほどでもないが、割合好み。
③「山荘秘聞」=ストーリーの進行とともに寒気がしてくるような作品。仕掛けがあからさまなので、逆のラストを予想してましたが、真相はやっぱりブラックに・・・この女は怖い!
④「玉野五十鈴の誉れ」=ストーリーの途中に引用されることば『初めチョロチョロ、なかパッパッ、・・・』がラストに効いてくる・・・確かに切れ味のいい作品。
⑤「儚い羊たちの晩餐」=何だ、その「アミルスタン羊」って? もしや?・・・あらゆる食材を使いすぎる料理人の謎と「バベルの会」の謎がシンクロし、ラストへ・・・

以上5編。
作者の独特の世界観が滲み出てます。
①~⑤とも、主人と使用人とを軸にしたある種異様な主従関係を背景に事件が発生し、ブラックな結末へという流れ。
最近、こういう手の作品も多いので、目新しさには乏しいとはいえ、作者のストーリーテリングの巧みさは感じられた。
ただ、折角「連作」形式にしたのなら、もう少し全体通しての「仕掛け」が欲しかったなあというのが不満点。
(③がベストかな。④はそれほどでもない)


No.585 7点 高い窓
レイモンド・チャンドラー
(2011/11/13 20:10登録)
フィリップ・マーロウ登場作の長編3作目。
名作と名高い「さらば愛しき女よ」に続く1942発表の作品。

~パサデナの裕福な未亡人の依頼は、盗まれた家宝の古金貨を取り戻して欲しいというものだった。夫人は息子の嫁を疑っていたが、マーロウは家庭にはそれだけではない謎があるのを感じとっていた。傲慢な夫人と生活力のない息子、黒メガネの謎の男。やがて事件の関係者が次々と殺されていき、マーロウの前には事件の意外な様相と過去の出来事が浮かび上がってくる・・・~

実に堪えられない作品。
「これぞチャンドラー、これぞマーロウ」・・・というのが率直な読後感。
今回、マーロウが巻き込まれるのは、紹介文のとおり、古金貨の盗難に端を発する事件なのですが、捜査を進めるごとに、正体不明の人物が登場し、事件がどんどん広がっていくという展開。
ついには、連続殺人事件に発展してしまう。
残り頁が少なくなってきて、どうやって収束させるのか?と思ってましたが・・・
マーロウの推理はなかなか鮮やか。頻発した事件の1つ1つをきれいに結び付け、味わい深く解決してしまいます。
そういう意味では、本作は単なるハードボイルドではなく、ミステリーとしての謎解きも楽しめるのがいい。

人物の造形も相変わらず見事。特に、マールですかね。
(昔の事件の真相は分かったうえでの、老婦人への忠誠だったのでしょうか?)
いずれにしても、チャンドラーのハードボイルドをたっぷりと楽しめる良作という評価。


No.584 7点 密室の鎮魂歌
岸田るり子
(2011/11/13 20:09登録)
第14回鮎川哲也賞受賞作。
作者の実父は、インターフェロン等の研究で有名な医学博士、岸田綱太郎氏とのこと。(だから?)

~世界的に成功したある女流画家の個展会場で、『汝、レクイエムを聴け』という作品を見た女性が、悲鳴を上げて失神した。失踪した自分の夫の居場所をこの画家が知っているに違いない、というのが彼女の不可解な主張だった。しかし、画家と失踪した男に接点はなかった。5年前の失踪事件は謎に満ちていた。そして5年後、再び事件の現場だった家で事件が起こる。今度は密室殺人事件。さらに密室殺人は続く。問題の絵に隠された驚くべき真実とは何か?~

デビュー作としては衝撃的な内容ではないでしょうか?
(もちろん、アラはいろいろあるにしても)
まずは、密室トリックが云々というよりは、作品のプロットが新人離れしていると感じた。
5年前の失踪事件と、現在の連続密室殺人が有機的に結びついていて、伏線の張り方もなかなか見事。
いかにも女流作家らしい細やかな心理描写や、醜い女性同士の争いなど、特に終盤はたたみ込むように迫ってきます。
「絵画」が事件の「カギ」になる、という趣向は先行例がいろいろありますが、本作では「紋章」の件ではなく、絵画製作自体の秘密という趣向が面白かった。

(で、ここからは不満点なわけですが・・・)
まずは「密室」。3番目(イタ飯屋のヤツ)はともかく、2番目もちょっといただけない。真相解明ではアッサリ説明しているが、現実的に可能かというとかなり怪しい気がする。4番目は問題外。最初のヤツが1番マトモ(=現実的)。
あと、動機につながる肝の部分(2人の○の関係)。あれほど嫉妬深い妻がそれをほっとくかねぇ? それを全く知らなかったという設定はちょっと首肯し難い。
もう1つ言うなら、最初の登場人物表。「あまりにも少なすぎるだろ!」。フーダニットに対する読者の興味を引っ張るためにも、もう少し人物増やせなかったかなぁ?(これは無理か・・・)
中盤以降は犯人がほぼ自動的に分かってしまった。

などと不満点を述べましたが、トータルでは本格ファンなら、とにかく1度読んでみるべしという感想ですね。
(鮎川賞の受賞作家はレベル高い)


No.583 6点 猫丸先輩の推測
倉知淳
(2011/11/13 20:07登録)
大人気(?)の猫丸先輩シリーズの作品集。
相変わらず神出鬼没! 揉め事のあるところに、この人ありって感じで、「サラッ」と事件を「推測」します。

①「夜届く」=もちろん「夜歩く」のもじり。差出人も目的も不明の電報が夜何度も届けられる・・・という謎。この真相は「うーん・・・」。わざわざ作品にして活字にする意味があるのだろうか?
②「桜の森の七分咲きの下」=元ネタは坂口安吾の某作。花見の場所取りをしている新入社員に対し、次々とやってくる珍客の謎。まぁ、こういうプロットは、ホームズ作品の時代からの短編の典型っていう気がする。
③「失踪当時の肉球は」=元ネタはヒラリー・ウォーの某作。いなくなった飼い猫の調査依頼に纏わる謎。なんてことない話なのだが、逆説的な真相がなかなか面白い作品。割と好きだね。
④「たわしと真夏とスパイ」=元ネタは天藤真の某作。露店が並ぶ商店街のセール会場で次々と巻き起こる「小事件」の謎。これも同様。真相は脱力感さえ感じるしようもなさ、なのに何となく「へぇー」と思わされるうまさがある。
⑤「カラスの動物園」=元ネタはテネシー・ウィリアムスの某作(知らなかった)。平日の動物園内で突如発生した引ったくり事件と、逃走中に消えた現金の謎。プロットは面白いが、ちょっと陳腐かな?
⑥「クリスマスの猫丸」=元ネタはもちろん「クリスマスのフロスト」。これは、何かボーナストラックのような作品。クリスマスイブに1人で過ごす男性の悲哀を感じる作品。(猫丸先輩には関係ありませんが・・・)
以上6編。

相変わらずです。
「This is 猫丸先輩シリーズ」とでも言いたくなる作品が並んでる。
バラバラ殺人やらシリアルキラーなんていう血生臭い作品が続いた後、こういう奴を読むとホッとさせられますねぇ。
もちろん「日常の謎」ですから、トリックも真相も「そんなもんでいいの?」というレベルではありますが、それでも感じるのが、作者の確かな力量。
こういう作品を書かせたら、作者の右に出る者はいないような気がします。(そんなに確信はないが・・・)
(④はもう大爆笑! 商店主のやり取りが面白すぎ。③もなかなか)


No.582 7点 象牙の塔の殺人
アイザック・アシモフ
(2011/11/11 16:51登録)
1958年発表の本格ミステリー。
大学内の複雑な人間関係を背景に発生した殺人事件を、主人公の助教授が解き明かす。

~大学の実験室で、化学の実験中の学生が毒ガスを吸って死亡する。事故死か、或いは自殺か。指導教官のブレイドは、この事件を単なる過失とは考えられず、自ら真相究明に乗り出すことになった。しかし、これが殺人事件だとすると、真っ先に疑われるのは彼自身なのだ! しかも、事件はやがて彼の大学における地位や家庭における平穏までも脅かすことに・・・~

理系ミステリーのはしり的作品か? と思いきや、プロット自体は純粋な海外本格ミステリー。
というのが読後の感想。
前半は、シアン化合物がどうだとか、実験器具がどうだ、とか文系人間の私には頭にスッと入ってこない単語が続々登場。
中盤以降は、主人公を中心とする大学内の複雑な師弟関係や上下関係が明らかになり、終盤は一気呵成に真犯人を指摘!
巻末解説でも触れてますが、確かに本作の「動機」は独特。
一般の人にはちょっと理解できない。(でも、ありうる気にはさせられる・・・それがアシモフのうまいところ)
伏線もうまい具合に撒かれ、意外な真犯人像のリアリティを補完してます。
他作品でも目にしますけど、大学内って、普通の会社以上に人間関係が難しいんだねぇ・・・
(頭のいい人ほど、妬みや上昇志向が強いってことでしょう)

50年以上も前とは思えないほど、出来のいい本格ミステリーなのは間違いのないところ。
分量も手頃ですし、もうちょっと評判になってもいいんではないかな?


No.581 5点 沈底魚
曽根圭介
(2011/11/11 16:49登録)
第53回江戸川乱歩賞受賞作。
「スパイ小説」と呼ぶべきか、「警察(公安)小説」と呼ぶべきか迷う作品。

~現職の国会議員に中国のスパイがいるという情報によって、極秘に警視庁外事課に捜査本部が設置された。指揮官として警察庁から女性キャリア理事官が派遣されるが、百戦錬磨の捜査員たちは独自に捜査を進める。その線上に浮かんだのは、次期総裁の呼び声高い1人の男だった・・・~

ミステリーとしてのジャンルはともかく、いかにも「乱歩賞受賞作」という感じがした。
主人公は、無頼派の公安刑事。とある事件が発生するが、途中まで事件の構図探しが続き、1つの流れが見えてくる。
解決と思いきや、ラストにドンデン返しが待ち受けて・・・
まぁ、簡単にまとめると、こんな展開のプロット。
いかにも、っていう感じは拭えない。
確かにデビュー作としては達者だと思います。人物造形はちょっと深みに欠けるかなとは思いますが・・・
公安刑事同士の「化かしあい」という展開も、既視感はあるけれど、まずは及第点でしょう。

けど、スパイっていったい「何重」まであるんでしょう?(二重スパイとか、三重スパイとか出てくるので・・・)
まっ、この手のジャンルが好きな方であれば、「味見」をしてみる価値くらいはあるかなと思います。


No.580 5点 エデンの命題
島田荘司
(2011/11/11 16:48登録)
中編2作によるノン・シリーズの作品集。
最近の島田作品によく登場するテーマが本作でも色濃く取り上げられてます。

①「エデンの命題」=「エデン」とは、当然「旧約聖書」に登場する、アダムとイブが暮らしていた楽園のこと。
~アスペルガー症候群の子供たちを集めた学園から、少女が消えた。残されたザッカリ・カハネのもとに届いた文書に記されていたのは、世界支配に取り衝かれた民族の歪んだ野望と、学園の恐怖の実態だった。生きるため、学園を脱出したザッカリを待ち受ける驚愕の真実とは?~

う~ん。プロット的には「よくあるやつ」だと思いますねぇ。
主人公宛に残された少女の「手記」が、本作のカギを握っていて、「ユダヤ・コネクション」の暗躍やら野望なんて話は、昔から広瀬隆あたりの本で目にしていた分、「ありうる話」として受け取れた。
ただ、風呂敷を広げすぎた分、カラクリが判明した後の真相は、ちょっと拍子抜けしてしまったが・・・

②「ヘルター・スケルター」=直訳すれば、「すべり台」という意味ですが、かのビートルズの楽曲名としても有名。
記憶を失っているらしい1人の患者が、美人女医からの「誘導尋問」により、自身の驚愕の過去を思い出していく・・・という趣向。
これも、「眩暈」やら「ネジ式ザゼツキー」等で試みられたプロットの焼き直し感はある。
(スケールは小さいが・・・)
ただ、本作はオチがちょっと唐突だし、流れを腹入れする前にネタバラシされてしまった感覚。
(でも、本当にこの年代に脳科学はここまで進歩していたのだろうか?)

①②とも、「クローン技術」やら「脳科学」といった、作者の「研究(?)」分野がテーマになっていて、表紙には堂々と「本格ミステリー」と銘打っているものの、私の志向する「本格ミステリー」とは大きく異なっている作品なのは間違いない。
前回の島田作品の書評(『溺れる人魚』)でも書いたが、やっぱり、ファンとしては御手洗や吉敷が活躍する骨太の「本格ミステリー」が読みたいんですよ! 荒唐無稽でもいいから、「アッと驚く大掛かりなトリック」で・・・
(もうムリかな?)

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