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ミステリの祭典

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平均点:6.00点 書評数:1859件

プロフィール| 書評

No.619 7点 白戸修の事件簿
大倉崇裕
(2012/01/09 21:40登録)
頼まれると断れない、お人好しの大学生・白戸修が巻き込まれる事件の数々。
なぜか始まりはいつも「中野駅北口」っていうのも面白い。

①「ツール&ストール」=殺人犯の濡れ衣を着せられた先輩を救うため、スリ専門の元刑事となぜか真犯人探しに奔走する修。1日動き回ったあげく、最後にドンデン返しが待ち受ける。
②「サインペインター」=街中の電柱なんかによくある「ステ看」(サラ金なんかの看板ね)。この「ステ看」のバイトを急病の友人から無理やり振られた修。そして巻き込まれる「ステ看」張りの縄張り争い。そして最後には意外な構図と、修の思いやりが明らかに・・・
③「セイフティゾーン」=本作では、何と銀行強盗の現場に遭遇する修。たった1人の味方・芹沢とともに4人の犯人グループと対峙することになったが、実は芹沢にも大きな秘密があった・・・。ラストのシーンにホッとさせられる。(確かに掃除道具って強力な武器にもなるよなぁ)
④「トラブルシューター」=今回は、ストーカー被害に悩む女性を守る私立探偵の相棒になぜか無理やり引っ張りこまれる修。想像を超えて執拗さを発揮するストーカーに翻弄されるが、これも終盤には意外な構図が浮かび上がる。
⑤「ショップリフター」=今回はデパートの万引Gメンになぜか巻き込まれる修。本来の万引きGメンから携帯電話で指示を受け、右往左往するが、罠にはまり窮地に! そして、ラストにはまたしてもドンデン返しが・・・

以上5編。
主人公である白戸修のキャラが効いてるし、ドタバタ感も面白い。
毎回、訳の分からないうちに犯罪に巻き込まれ、右往左往している途中で、裏側にある真のカラクリに気付くというプロットは共通しているが、読者も白戸に感情移入しやすく、作者が用意するオチや仕掛けに素直に楽しめた。

たまには、こんな「ホッと」する作品集もいいね。
(オチのインパクトでは①がいいかな。③もなかなか好きだけど・・・)


No.618 7点 鋼鉄都市
アイザック・アシモフ
(2012/01/05 22:53登録)
1953年に発表された伝説的SF作品。
近未来(?)の地球、そして宇宙を舞台としたSF&本格ミステリー。

~突然、警視総監に呼び出されたニューヨーク・シティの刑事ベイリは、宇宙人惨殺という前代未聞の事件の担当にされてしまう。しかも、指定されたパートナーは、ロボットのR・ダニールだった。ベイリは早速真相究明に乗り出すが、巨大な鋼鉄都市と化したニューヨークには、かつての地球移民の子孫であり現在の支配者である宇宙人たちへの反感、人間から職を奪ったロボットへの憎悪が渦巻いていたのだ・・・傑作SFミステリー~

さすがに、伝説的なSF作品だけのことはある。
ここでいう「宇宙人」とは、いわゆる「異星人」ではなくて、その昔地球から宇宙へ旅立ち、適当な惑星に住み始めた地球人のことを指している。そして、地球(本作の舞台はアメリカであるが)は、人間の住むスペースが「シティ」という閉ざされた空間に限られ、それ以外の場所は誰もいない、危険な場所という設定になっている。
(地球のすべてのエネルギーが原子力に依存しているという設定がなかなか皮肉だが・・・)

そして、本作のテーマが「人間対ロボット」という図式。
これがいかにも1950年代に発表された作品ぽい。恐らく、この時代でいえば最先端に近いアイデアを盛り込んで本作は書かれているとは思うのだが、やはりどうしようもなく「古臭い」というか「時代」を感じさせてしまう。
恐らく、この時代のロボットは、いわゆる「ロボットらしいロボット」(昔の特撮ヒーロー作品みたいな奴?)を踏まえているため、作品中に出てくる「ヒューマノイド型(=人間と同じ造形をしている)」というのは、かなり大胆な発想だったのだろう。
その辺の、ベイリとダニールのやり取りはある意味興味深く読めた。

そして、本筋の殺人事件だが、真相はちょっと腰砕け気味。
ベイリは仮説を立てては壊し、立てては壊しというトライ&エラーを繰り返し、真相に行き着くわけだが、捨て推理の方が何だか魅力的な解法に見えたのだが・・・
ただ、ロボット工学三原則についてのやり取り(ベイリ、ダニールと博士の)はなかなか面白かった。
トータルで評価すれば、歴史的意義を含め、十分に手に取る価値有りと断言できます。


No.617 5点 屋根裏の散歩者
江戸川乱歩
(2012/01/05 22:51登録)
乱歩を代表する短編とも言える本作。角川文庫の「江戸川乱歩セレクション」で読了。
表題作のほか、「暗黒星」を併録。両作とも明智小五郎登場作品。

①「屋根裏の散歩者」=世の中のすべてに興味を失った男・郷田三郎は、探偵・明智小五郎と知り合ったことで「犯罪」への多大な興味を持つ。彼が見つけた密かな楽しみは、下宿の屋根裏を歩き回り、他人の醜態を覗き見ることだった。そんなある日、屋根裏でふと思い付いた完全犯罪とは・・・

実は初読なのだが、こんなにシンプルな作品だったんだねぇ。
郷田が残した1点の瑕疵から明智が彼の犯罪を暴くわけだが、他の乱歩作品と比べても、クドさや変態的趣味といった雰囲気は薄く、ラストも割とあっさり終わる。
この作品がこんなにも後世に影響を残したのは、屋根裏を這いまわり、他人の醜態を上から覗き見るという、そのビジュアルや想像力をかきたてる点にあるのだろう。

②「暗黒星」=とある洋館で次々起こる謎の殺人事件と常に現場に登場する「黒マントの男」・・・

本作は実に「乱歩らしい」作品。文庫あとがきによると、乱歩自身こういう作品を「探偵活劇」と自嘲的に呼んでいたとのことだが、確かにプロットが似通った作品がいくつもある。
少しでも乱歩に親しんだ読者であれば、恐らく20ページ程度読んだところで、真犯人や本作のプロットには予想がつくはず。そして、ラストは「やっぱりねぇ」という感想に・・・。
でも、これこそ「乱歩」作品というテイストを味わいたければ、手頃な分量だし、こんな作品こそという気にはさせられた。


No.616 6点 人間の証明
森村誠一
(2012/01/05 22:48登録)
2012年、一発目に何を読むかなぁーと思案し、セレクトしたのが本作。
発表当時、角川春樹事務所が大々的にメディアとタイアップし、シリーズ探偵となる棟居刑事が生まれた記念すべき作品。

~「母さん、僕のあの帽子、どうしたでせうね?」 西條八十の詩集をタクシーに忘れた黒人男性が、ナイフで刺され、都心のホテルの最上階に向かうエレベーターの中で死亡した。棟居刑事は被害者の過去を辿って、霧積温泉から富山県へと向かい、ニューヨークでは被害者の父親の過去を突き止める。日米共同の捜査の中であがった意外な容疑者とは? 映画化・ドラマ化され、大反響を呼んだ作者の代表作~

さすがにスケールの大きさを感じる作品。
主人公である棟居刑事を中心として、複数の登場人物の視点でストーリーは進行しますが、1人の黒人男性の殺人事件がこんなにも多くの人物の過去や人生と絡んでいたなんて・・・
本作も、「高層の死角」などの本格ミステリーと同様、刑事たちが靴底をすり減らして丹念に捜査を進め、最後には真犯人に行き着くダイナミズムが描かれてますが、トリック云々ではなく、あくまで「社会派」寄りの作品になってます。
終盤、登場人物の過去が見事に(都合よく?)つながり、犯罪の背景や動機があからさまにされる刹那・・・そして、「人間の証明」という深遠なタイトルの意味に気付かされるとき、やっぱり本作のスゴさは感じましたね。
親子愛を西條八十の浪漫あふれる詩とタイアップさせ、徐々に人間関係が乾いてきた時代の姿を浮かび上がらせます。

ただまぁ、作品の質でいえば「好き嫌い」が分かれる作品でしょうねぇ。
トリックやら仕掛けがあるわけではないので、その辺は期待せぬよう・・・
(読んでると、何となく松本清張作品を読んでるような気にさせられたし、「砂の器」とのプロットの類似性というのも確かに感じた。)


No.615 6点 サム・ホーソーンの事件簿Ⅱ
エドワード・D・ホック
(2011/12/31 16:08登録)
アメリカ・ニューイングランドの片田舎の村の青年医師、サム・ホーソーンが大活躍の作品集第2弾。
前作同様、不可能犯罪がてんこ盛り! 

①「伝道集会テントの謎」=サム医師以外誰もいないはずの部屋で突然男が刺殺される謎。サム自身が容疑者にされるが、結末はちょっと尻つぼみ気味。
②「ささやく家の謎」=幽霊が住むとされる1軒の家で、幽霊らしき男を見た次の瞬間に、その男が死体として出現する謎。仕掛けとしてはまずまずだが・・・
③「ボストン・コモン公園の謎」=舞台はいつものノースモントを飛び出し、ボストンのど真ん中の公園で起こる連続殺人事件。しかも全員針による毒殺という謎。これは、意外な真犯人を特定するロジックが秀逸な作品。
④「食料雑貨店の謎」=繁盛している雑貨店の店主が銃殺される事件が発生。これは普通のパズラーっぽい。
⑤「醜いガーゴイルの謎」=陪審員に選ばれたサム医師が巻き込まれる。裁判中に判事が青酸で毒殺されるという謎。ダイイング・メッセージが「ガーゴイル・・・」なのだが・・・。
⑥「オランダ風車の謎」=ノースモンドにもついに「病院」が開業されるが、医師として採用された黒人医師をめぐって不可思議な焼死事件が起こってしまう。やっぱり、1920年代という設定らしく「黒人」に対する偏見が一般的だったことが窺える。
⑦「ハウスボートの謎」=小さな湖に浮かべたボートから4人の男女が突如煙のように消え失せてしまう謎。こういう風に書くと、まるで「マリーセレスト号事件」のように摩訶不思議な謎のように見えますが、トリックはかなりチャチなもので偶然に頼り過ぎ。
⑧「ピンクの郵便局の謎」=新規開業した郵便局の開業の日、大きな金額の小切手を入れた書留が忽然と消えてしまった謎。ポーの名作『盗まれた手紙』が引き合いに出されてますが、真相はちょっとリアリティに欠けるような気がする。まぁ、タイトルからして意味深ではあるが・・・
⑨「八角形の部屋の謎」=ドアも窓も完全に密閉された部屋で起こった殺人。そう、まさに「ザ・密室殺人事件」ということ。トリックについては、シンプルで面白いが、細工の跡がかなり残ってしまうのが玉に瑕。
⑩「ジプシー・キャンプの謎」=銃創がないのに、心臓に銃弾が残って殺されている男の謎と、一晩で忽然と消えたジプシーの謎。特に前者は不可能趣味が溢れていて題材として面白い。解法もなかなか。後者はちょっと乱暴。
⑪「ギャングスター車の謎」=ギャング一味に拉致されてしまうサム医師が巻き込まれる消失事件。ちょっと分かりにくい設定だったが・・・
⑫「ブリキの鵞鳥の謎」=曲芸飛行機といういわば「空飛ぶ密室」の中で刺殺された男の謎。確かに人の目があるとはいえ、遠くから見てるわけだから、こういったトリックも考えられなくはないのだろうが・・・
⑬「長方形の部屋の謎」=本作はボーナス・トラックで、サム医師ではなく、レオポルド警部もの。同部屋だった2人の男のうち1人が殺され、もう1人はまる1日死体と同居していた! ラストにその理由が明かされるが・・・

以上13編。
相変わらずの不可能犯罪だらけという感じの作品集ですが、印象としては玉石混交。
謎の提示は興味をそそられるものばかりだが、実際のトリックや仕掛けはちょっと腰くだけになっている作品も割と多い気がした。
そういう意味では、やはり短編集第1弾よりは落ちるかなという印象。
(中では、やっぱり③や⑨かなぁ)


No.614 6点 林の中の家
仁木悦子
(2011/12/31 16:06登録)
乱歩賞を受賞した「猫は知っていた」に続く作者の第2長編。
ポプラ社から出ている復刻版で読了。

~サボテンマニアの豪邸で留守を預かることになった仁木兄妹。ある日、深夜の電話で呼び出された2人は、有名劇作家の自宅で起きた殺人事件に巻き込まれてしまう。緻密に張り巡らされた伏線と鮮やかな推理、マイペースな植物学者の兄と、好奇心旺盛な妹の凸凹コンビが醸し出すユーモラスな雰囲気が、絶妙にブレンドされた本格ミステリー作品~

作者らしい実に丁寧なプロット&筆致。
まだまだ戦後の香りが残る「東京」の雰囲気が出ており、読んでて何となくほのぼのしてしまう・・・
ラストには関係者一堂を集めて、お決まりの「真犯人指摘」までやってくれるし、全体的には堂々たる本格ミステリーたる要件を備えている。
真犯人はちょっと予想外だったなぁ・・・

でもって、ここからはちょっとした苦言なのだが・・・
一言でいうと「詰め込み過ぎ」。
登場人物がかなり多いし、3つの異なる家族が入り乱れて登場し、それぞれに複雑な交友関係があるため、メモを丁寧に取っていかないと途中で混乱してくること必至。
主にはアリバイトリックなのだが、「偶然の要素」も複数登場しているので、これを読者がロジックのみで解き明かすのはちょっと難しいのではないか?
そのため、ラストの謎解き自体も相当に「力技」のように思えた。
ということで、前作(「猫は知っていた」)よりは落ちるという評価になる。
(昭和34年発表ということで、当時の何となくのんびりした時代の雰囲気が伝わってくる・・・)


No.613 7点 白い狂気の島
川田弥一郎
(2011/12/31 16:04登録)
乱歩賞を受賞した「白く長い廊下」に続く第2長編。
前作で職場の病院を追われた形となった医師・窪島と恋人・ちづるのコンビが再び事件に挑む。

~狂犬病清浄国の日本で、39年振りに患者が発生した。台風が接近し孤立した幹根島を襲う白い狂犬の恐怖。誰が、いつ、どこから、島に持ち込んだのか? 島に赴任した青年医師・窪島は恋人のちづるの協力を得て、事件解明に乗り出すが、謎はますます深まるばかりに・・・。前作に続く迫真の医学ミステリー~

これは予想以上に面白かった。
前半は「狂犬病」の発生に怯える島民や窪島医師の姿を中心とした「パニック小説」的な味わいで、後半は一転して「誰が、なぜ」狂犬病を持ちこんだのかという「謎解き」が中心となる。
2つの違う「味」が楽しめる「おいしい」作品という感じ。
納得性はあるが、予想の範囲内というべき真犯人が指摘された後に、更なるドンデン返しが待ち受ける終盤もなかなか。
とにかく怖いわ、「狂犬病」が!!
一応、ウィキペディアでも調べてみたが、本作発表の約20年後の現在でも、「狂犬病」は発病すればほぼ100%の致死率、そして確たる治療法のない病気らしい。(ワクチンはあるが・・・)
窪島が狂犬に立ち向かう箇所は、なかなか戦慄モノ。

敢えて短所を探すなら、二兎を追ってる分、やや中途半端感があるところか。特に、最後に明かされる真の「動機」については、ちょっと荒唐無稽な気がする。
でも、まぁ十分に楽しめる作品ですし、もう少し評判になってもいいのでは?
(何か、犬飼うのが怖くなってきた)


No.612 7点 地を這う虫
高村薫
(2011/12/25 21:06登録)
「守衛」や「代議士のお抱え運転手」、「サラ金の取立屋」など、日陰にありながら矜持を保ち続ける男たちの周りに起こる事件。
作者らしいやや硬質な文章が光るノンシリーズの作品集。

①「愁訴の花」=主人公はある警備員。以前の「職場」で殺人を犯した同僚の男が出所してきたとき、過去の事件が再び脳裏に蘇ってきて・・・。「上からの圧力」って奴には弱いよねぇ、宮仕えなら・・・
②「巡り遭う人々」=主人公は中小サラ金会社の取立屋。東京郊外の工場経営者の元へ取立に出向くが、そこで起こるちょっとした事件と、中央線の電車の中で偶然出会った旧友の謎。終盤、それが結びついたとき・・・
③「父が来た道」=主人公は大物政治家のお抱え運転手。毎日毎日、政治家や秘書たちにアゴで使われる日々だが、男にはある秘密があった・・・。永田町の腐りきった権力闘争や実父の辿ってきた道に嫌悪感しか抱いてなかった主人公が、やがて気付く本当の「大人の想い」とは・・・。なかなか「深い」ね。
④「地を這う虫」=主人公は2つの現場を掛け持ちする守衛。この男、とにかく几帳面で目にしたことや、考えたことをすべて手帳にメモしなければ気が済まない。そして、身の回りで頻発する空き巣事件の謎に気付いたとき、男は行動を開始する。確かに、こういう几帳面さは必要だとは思うが、決して真似できない!

以上4編。
①~④とも実は主人公が「元警察官」という共通項を持つ話。それぞれ、やむにやまれぬ事情で警察官を辞し、生活のため今の職業に就いている男たち。(①は退官だが)
ということで、どこか世間に対し、正直になれないところを持ちながら、やはり一人の「人間」「男」として「矜持」を持ち続けている・・・
最近弱いんですよ、「矜持」という言葉に・・・。
辞書によれば「矜持」=自負心とかプライドという意味なのですが、どこか「孤高の男」というイメージのある言葉のように感じてしまって、どこか自分自身を重ね合わせたがってるのかな?
本作の主人公たちも、心に傷を抱えながらも、腐ることなく己の本分を貫いているわけです。
そんな男たちの姿を、深い余韻とともに浮かび上がらせている作者の筆力はやはりスゴイ。
コンパクトな作品集ですが、一読の価値はあります。
(③がベストかな。他もまずまず。)


No.611 6点 そして誰もいなくなる
今邑彩
(2011/12/25 21:02登録)
1993年発表の長編作品。
タイトルのとおり、A.クリスティの歴史的名作「そして誰もいなくなった」のオマージュ作品。

~名門女子高の式典の最中、演劇部による『そして誰もいなくなった』の舞台上で、服毒死する役の生徒が実際に死亡してしまう。上演は中断されたが、その後も部員たちが芝居の筋書き通りの順序と手段で殺されていく・・・。つぎのターゲットは私? 部長の江島小雪は顧問の向坂典子とともに、姿なき犯人に立ち向かうが。戦慄の本格ミステリー~

趣向としては面白いと思った。
完全な「孤島」であった本家とは異なり、本作の舞台は「女子高内」という緩い括りはあるものの、一応は開かれた空間。
そんな中で、「見立て」殺人だと被害者(候補)たちが認識していながら殺されていくという「違和感」をどのように解消するかが、本作のプロットの中心の筈。
この部分に作者の「苦心」が見受けられますね。
連続殺人に一応の解決がついてから、3度のどんでん返しがあり、強烈なインパクトを残しているのは事実。
「女子高」や「女子高生」という、(特に男性にとっては)謎の多い空間・人種が扱われているのも舞台設定の勝利。

ただ、やっぱり「違和感」が完全に解消されているとは言い難い。
特に「動機」については、どうなのかなぁ・・・
本作の場合、連続殺人の直接の「動機」や、それを間接的に支援(?)した「動機」など、関係者のさまざまな「思惑」が絡み合っているわけですが、それが度を越した「作り物感」を感じさせてるような気にさせられる。
言い換えると、最後の「どんでん返し」のための道具立て・・・という感覚が拭えないのだ。
(それがプロットと言えばそれまでだが・・・)

でもまぁ、トータルで見ればそれなりによくできた作品だとは思いますし、一読の価値は十分ありでしょう。


No.610 6点 深夜プラス1
ギャビン・ライアル
(2011/12/25 20:59登録)
1965年発表のサスペンス。
冒頭の「パリは4月であった。・・・」という台詞が有名な作品。

~ルイス・ケインの引き受けた仕事は、マガンハルトという男を車で定刻通りまでにリヒテンシュタインへ送り届けることだった。だがフランス警察が男を追っており、さらに彼が生きたまま目的地へ着くのを喜ばない連中もいて、名うてのガンマンを差し向けてきた。執拗な攻撃をかいくぐり、ケインの車は闇の中を疾駆する。熱気をはらんで展開する非情な男の世界を描いて、英国推理作家協会賞を受賞した冒険アクションの名作~

サスペンスフルであり、ハードボイルド的要素もある作品。
一人の男を警備しながら、フランス~スイス~リヒテンシュタインを旅し、その間あらゆる男たちに命を狙われるマガンハルトと主人公・ケインその他。
いろいろな作戦でマガンハルトの命を狙う男たちと、主人公・ケインの知恵比べ的な展開もあり、全編で緊張感を含んでいるところがGood。
そして、ラストに明らかにされる予想外の事件の構図。
というわけで、良質サスペンスの要素は詰まっているかなという感想。

ただ、訳文のせいかもしれませんが、なにかスッと頭に入ってこないような、もどかしい感じもした。
マガンハルトをめぐる裏の構図や事件全体のプロットの部分に今一つ捻りが少ないのもちょっと不満。
あと、是非とも「地図」が欲しい!
地理は割と得意な方で、大まかな方向感くらいは分かるが、フランスやスイスの細かい地名が頻繁に、しかも重要な意味を持って出てくるのだから、せめて「地図」くらいないとねぇ・・・(これは版元の問題だが)
時代背景を考えれば、まずまず水準級の作品という評価。


No.609 5点 孔雀狂想曲
北森鴻
(2011/12/22 23:43登録)
下北沢にある骨董品店「雅蘭堂」を舞台に起こるちょっとした事件の数々。
連作短編の名手・北森鴻が贈る作品集。

①「ベトナム・ジッポー1967」=ジッポーに纏わる薀蓄が新鮮。ベトナム戦争時に友人がくれたジッポーに絡む哀しい過去が、今明きらかに・・・ついでに女性キャラ・安積が登場。
②「ジャンクカメラ・キッズ」=初めて聞いた!「ジャンク・カメラ」なんていうジャンルとその使い方。そして、本作では更なる意外な使用方法がとある犯罪に絡んでくる。
③「古九谷焼幻化」=主人公・越名兄弟の天敵、犬塚が仕掛ける「古九谷焼」の謎。信じられないような逸品が出てくる旧家の鑑定会で絶品の古九谷焼が目の前に現れるが・・・
④「孔雀狂想曲」=不思議な鉱石である「孔雀石」に纏わる作品。「雅蘭堂」に孔雀石を求めに来た怪しい人物が殺害されてしまう。
孔雀石ってそんなものだったのかぁ・・・
⑤「キリコ・キリコ」=本作の主人公・樹里子(キリコ)に残された切子(キリコ)。そして、祖父の毒殺未遂事件の謎が明らかにされる。
⑥「幻・風景」=越名集治が持つもう一つの顔が「絵画サーチャー」。つまりは、埋もれた絵画を捜す仕事。作家兼画家が残したとされる2枚の風景画に纏わる謎。またしても、犬塚が罠を仕掛ける。
⑦「根付け供養」=「根付」っていうと本当に骨董品という気にさせられる。昔、越名に恥をかかされた男がその意趣返しを行うが・・・
⑧「人形転生」=今回の品は「ビスクドール」。「なんでも鑑定団」でよく出てくる「ジュモー作」が有名なやつ。著名な人形蒐集家が焼死させられた謎が解かれる。

以上8編。
それぞれに違った「骨董品」がテーマとなり、それに纏わる人物と謎が主人公・越名の卓越した頭脳によって明らかにされるというプロット。
まぁ、うまいんですけどねぇ。こういう作品は、まさに作者の十八番ですから、もう安心して読むことができます。
ただ、あまりインパクトはないわな。味わい深いというふうにも言えますが、もう少し派手な展開も欲しい気はします。
「なんでも鑑定団」が好きな方にはお勧め。
(飛び抜けていい作品はなし。どれも水準級かな。)


No.608 8点 葬儀を終えて
アガサ・クリスティー
(2011/12/22 23:41登録)
エルキュール・ポワロ登場の長編第25作目の作品。
作者中期の傑作という評判もありますが・・・

~「リチャードは殺されたんじゃなかったの?」・・・アバネシー家の当主・リチャードの葬儀が終わり、その遺言公開の席上、末の娘のコーラが無邪気に口にした言葉。すべてはその一言がきっかけだったのか。翌日、コーラが惨殺死体で発見される。要請を受けて事件解決に乗り出したポワロが、一族の葛藤のなかに見たものとは?~

「実にうまい」作品。熟成したワインのような味わい(!)
とにかく、プロット的にはクリスティらしさが十分に出ていて、これぞ王道ミステリーと呼びたくなる。
プロットの鍵は「大いなる欺瞞」という表現が合ってるかなぁ・・・
作品序盤から、作者のミスリードは始まってるわけで、並みの読者なら簡単に騙されるかもしれません。
「鏡」の伏線なんて秀逸でしょう。(何とも言えない小憎らしい演出です)

敢えて難を言うなら、あまりにも「らし過ぎて」、クリスティに慣れた読者ならば何となく気付いてしまうかもしれないというところか。
でもちょっとその「動機」には気付かなかったなぁ・・・
あとは、真犯人のある行動が、あまりにもリスクがあって、ムリがあるのではないかという点。
(いくら「知らなかったり」、「しばらく見ていなかった」としてもねぇ・・・)

というようにアラを探せばあるのですが、トータルではやはり高品質な佳作という評価は揺るぎないのではないでしょうか。
(初読の筈なのに、既視感があったのはなぜ? もしかして再読だったのか?)


No.607 5点 学生街の殺人
東野圭吾
(2011/12/22 23:39登録)
いわゆる初期の「青春ミステリー」に分類される作品。
前作「卒業~雪月花ゲーム」と共通する喫茶店が登場するなど、物語の舞台は共有している模様。

~学生街のビリヤード場で働く津村光平の知人で、脱サラした松木が何者かに殺害された。「俺はこの街が嫌いなんだ」と数日前に不思議なメッセージを光平に残して・・・。第二の殺人は密室状態で起こり、恐るべき事件は思いがけない方向に展開していく。奇怪な連続殺人と密室トリックの陰に潜む人間心理の真実とは?~

割と普通のミステリーだったなというのが感想。
本作の発表が1987年ということで、やはり何か一昔前の若者群像というか、まさに「私個人」が過ごした学生時代の匂いがして、そういう意味では親近感が湧いた。
で、本筋の殺人事件だが、何となく予定調和のような読後感。
第1、第2の殺人は、フーダニットはともかく、密室トリックはちょっといただけないレベル。エレベーターを使ったごく簡易的な準密室というイメージだが、わざわざ「密室トリック」と仰々しく紹介するほどではないでしょう。
そして、事件の背景として登場するA○だが、何となく浮いている感じがして、どうもしっくりこない。

そして、第三の殺人だが、これは安易なのでは?
出てきた重要な登場人物を割り振っていったら、必然的にこうなるようなぁという感じがしてしまった。
主人公である光平君にとってはツライ体験かもしれませんが、人生ってこういうもんだよっと言いたいね。

まぁ、こういう手の作品が好きな人や、とにかく「東野圭吾が好き」っていう方以外ならスルーしてもいい作品かと思う。
(こういう光平みたいな奴がモテるんだよねぇ・・・なぜか)


No.606 3点 犬坊里美の冒険
島田荘司
(2011/12/17 15:26登録)
「龍臥亭事件」で初登場した美少女・犬坊里美が弁護士のタマゴとして活躍する長編作品。
まさか、あの里美までもメインキャラクターに昇格するとは・・・ある意味作者の懐の深さに驚かされる。

~衆人環視の岡山・総社神道宮の境内に、忽然と現れて消えた一体の腐乱死体。容疑者として逮捕・起訴されたホームレスの冤罪を晴らすために、司法修習生・犬坊里美が活躍する。里美の恋と涙を描く青春小説として、津山・倉敷・総社を舞台にした旅情ミステリーとして、そして、仰天の大トリックが炸裂する島田「本格」の真髄として、面白さ満載のミステリー~

感心しませんねぇ・・・
一言でいうなら、ボリュームの割に「薄っぺらい」作品っていう感じでしょうか。
「ホームレスの老人が起こした冤罪を晴らすために立ち上がる・・・」っていうと、何だか作者往年の名作「奇想、天を動かす!」を思い出しますが、全く似て非なるもの。
本筋の殺人事件の謎については、「死体消失の謎」のほぼ一点張り。
トリックもねぇ・・・紹介文では「仰天の大トリック」なんて書いてますが、ミステリー好きでない人なら「何これ!」って怒り出しそうな気がしてなりません。

本作は、現代日本の司法制度全体が如何にいいかげんなものなのか、それが結局「冤罪」を生み出す大きな理由になっているのだ、という作者の思いが反映されたものになってますが、それが里美のキャラと全く合ってない。
ラスト、法廷の場で真相が明かされ、里美の苦労(!?)が報われるわけですが、その場面がますます「薄っぺら感」を増長させてる。

何で作者がこんな作品書いたんだろう? って思って、文庫版あとがきを読むと、本作って雑誌「女性自身」に連載された作品だったんですねぇ・・・
まぁ、この手の女性雑誌に連載するから、ここまで噛み砕いて、軽めのノリにしなければならなかったわけか・・・
でもなぁ・・・これでは、本当のファンを失いかねないよ!
(里美みたいなキャラ、人気あるんだろうなぁ・・・。どうでもいいけど、女性雑誌に岡山弁って馴染まないような気はするが・・・)


No.605 6点 隅の老人の事件簿
バロネス・オルツィ
(2011/12/17 15:23登録)
ロンドン・ノーフォーク街にある『ABCショップ』(喫茶店?)の片隅に居座り、チーズケーキを頬張る変なおじいさん、こと、名もなき「隅の老人」が活躍する作品集。
今回は、創元版の「ホームズのライヴァル」シリーズで読了。

①「フェンチャーチ街の謎」=シリーズを通じて「隅の老人」の相手役となるミス・バートンも最初から登場。前述の「ABCショップ」の紹介を含め、冒頭の作品に相応しい。
②「地下鉄の怪事件」=さすがにロンドンにおける地下鉄の歴史は古い!と変な所に感心。「金は10の犯罪のうち9までの動機になりうる」という台詞はシリーズ全編に共通するプロット。
③「ミス・エリオット事件」=この作品をはじめ、たびたび登場するのが「人の入れ替え」または「誤認」に関するトリック。
④「ダートムア・テラスの悲劇」=ちょっとした思い違いが事件の鍵となる・・・。あまり印象には残らず。
⑤「ペブマージュ殺し」=これは「動機」がどうかなぁ? 登場人物の配役を無理やり割り振った感じ。
⑥「リッスン・グローブの謎」=これはなかなか面白い。トリックの実現性云々は置いといて、プロット自体は多くの長編作品へも応用可能なもの。でも、実の娘がねぇ・・・金って怖い!
⑦「トレマーン事件」=こんな大掛かりな謎を隅に座りながら解決してしまう・・・何だか妄想のようにも見えるが・・・。
⑧「商船アルテミス号の危難」=単なる殺人事件ではないところがやや異色の作品。本筋とは関係ないが、このアルテミス号の積荷というのが、「ロシアが旅順にて使用する速射砲」っていうことは、時代背景から考えて日露戦争で使用するための武器?!
⑨「コリーニ伯爵の失踪」=これなんて、まさにこの作品集の「典型」とも言える作品。周りも簡単に騙されるなよなぁ・・・
⑩「エイシャムの惨劇」=またまた「入れ替え」ならぬ「取り違え」がプロット。
⑪「バーンズデール荘園の惨劇」=今回は「金」と「愛情」。この2大動機が絡み合うところがミソ。
⑫「リージェント・パークの殺人」=要は初歩的なアリバイトリックだが、暗闇で仕掛けるからこそのトリックが面白い。
⑬「隅の老人最後の事件」=まさに「最後の事件」に相応しいが、最終的に動機や事件の背景・構図が不明のまま終了。この辺りがドルリー・レーン譚などとは違ってる。

以上13編。
ごく薄手の本なのだが、独特の読みにくさもあって、読了まで結構時間を要してしまった。
全体的には、他の方の書評にもありますが、とにかくプロットの似通ったものが多いということかな。さすがに似ている作品を13も続けて読むと、どうしても1つ1つの印象が弱まるのは避けられない。
そういう意味でいうと、ホームズ作品の方が優れているということになるのだが、ホームズのように実際に現場に出向いたり、関係者と会話したりというところがない分、純粋に謎解きを楽しめるという気はした。
まぁ、これがいわゆる「安楽椅子型探偵もの」(隅の老人は純粋な安楽椅子探偵とは違うようだが)の「良さ」かな。
(⑥や⑫辺りが面白かった。あとは⑧・⑬を除けば似通った感じ・・・)


No.604 7点 冷たい密室と博士たち
森博嗣
(2011/12/17 15:21登録)
「すべてがFになる」に続くS&Mシリーズの長編2作目。
今回は犀川が所属するN大が事件の舞台に。

~同僚・喜多准教授の誘いで低温度実験室を訪ねた犀川准教授とお嬢様学生の西之園萌絵。だがその夜、衆人環視かつ密室状態の実験室の中で、男女2名の大学院生が死体となって発見された。被害者は、そして犯人はどうやって現場の部屋に入ったのか。人気の師弟コンビが事件を推理し真相に迫るが・・・~

本格好きなら単純に楽しめる作品だと思う。
前作もそうだが、本作もとにかく「密室」に拘った作品。
ただし、前作ではアクロバティックな解法であった密室が、本作では非常に「ミステリーらしい」解法が成されるのが特徴。
これは好みが分かれるのかもしれませんが、こと「密室」に関しては、個人的には前作よりも好感を持った。
犀川の推理過程はまさしく『困難は分割せよ』を地でいくものだし、ロジックはたいへんしっかりしている。
「低温室」に纏わる小道具(例の宇宙服ね)も実に効いていて良い。

まぁ、難をいうなら、多くの方が指摘しているとおり「動機」や事件の背景についての面。
他の方の書評を見るまで気が付かなかったけど、確かに「服部さん」を殺す動機は超薄いよなぁ・・・
いずれにせよ、十分に楽しめる作品には間違いないという評価。
(萌絵みたいなキャラってやっぱり人気あるんだろうなぁ・・・こういうのが売れる1つの要素かも)


No.603 6点 原始の骨
アーロン・エルキンズ
(2011/12/11 21:38登録)
大好評のスケルトン探偵シリーズの15作目の長編。
今回の舞台は、イベリア半島にあり古くから要所として知られている地・「ジブラルタル」。

~ネアンデルタール人と現生人類との混血を示唆する太古の骨・・・。この大発見の5周年記念行事に参加すべく骨の発見されたジブラルタルを訪れたギデオン。だが、喜ばしい記念行事の影には発掘現場での死亡事故をはじめ、不審な気配が漂っていた。彼自身まであわや事故死しかけ、発見に貢献した老富豪が自室で焼死するに至り、ギデオンは疑いを深めるが・・・一片の骨から先史時代と現代にまたがる謎を解く!~

まずはテーマが興味深い。
「ネアンデルタール人」なんて久しぶりに聞いた気がする。
(私の頭の中では人類の直接の祖先がネアンデルタール人だという認識だったが、どうもそれは誤っているらしい。)
こういう話題に「捏造」というのは、非常に親和性があり、門外漢の私にもたいへん分かりやすいプロットだった。
それはともかく、本筋の連続殺人事件は何だかオマケのように思えた。
トリックや仕掛けには特に見るべきものはなし。
ただ、フーダニットについては、なかなか小憎らしい「伏線」が撒かれてるのが唯一の読み所か。
ある「地名」についての誤解や、真犯人の「性格」についての記述がいい具合にラストで回収されていく手練手管は見事。

ということで、安定感十分のシリーズものという評価でいいのではないでしょうか。
(ジブラルタルの薀蓄も満載でなかなか興味深い)


No.602 5点 裁判員法廷
芦辺拓
(2011/12/11 21:36登録)
2009年より本格的に始まった「裁判員裁判」に先駆けて発表された意欲作。
名探偵・森江春策が本職の弁護士として、裁判の舞台で大活躍。

①「審理」=まずは、裁判員裁判の序章的な位置付け。攻める菊園検事に対して、効果的な突っ込みを入れる森江という図式が続くが、ラストはやや尻切れ気味に。
②「評議」=2作目は1作目よりもやや深い事件についての裁判が舞台。これも1作目同様、「結局出廷することを拒んだ証人」というプロットが共通しているが、尻切れだった①に比べ、本作は一応判決が下される。
③「自白」=この作品のみが書き下ろし作、且つテレビ朝日の土曜ワイド劇場でドラマ化された作品。(たまたま見てた)
①②よりもまともなミステリー風で、アリバイの「錯誤」が事件の鍵となっている。ラストは法廷の場で真相が明らかにされる。

以上3編。
読む前は、てっきり長編作品だと思ってましたが、それぞれが独立した事件&裁判になってます。
確かに「裁判員裁判」を扱ったという意味では、画期的な作品かもしれないが、それ以外にはあまり見るべきものはなかったなぁ。
冒頭から「あなた」とルビ入りで、読者をあたかも裁判員の1人として扱っているので、てっきり何か「叙述系トリック」がラストで炸裂するかと思いきや、そのようなサプライズは特になし。
地味なまま終わった。
作者の作品って、いつも何かが足りないような気がする・・・(何かは分からないが・・・)。


No.601 6点 陽気なギャングが地球を回す
伊坂幸太郎
(2011/12/11 21:34登録)
「オーデュポンの祈り」、「ラッシュライフ」に続く作者の第3長編。
映画化され、続編も発表されたいわゆる「出世作」という位置づけの作品。

~嘘を見抜く名人、天才スリ、演説の達人、精確な体内時計を持った女。この4人の天才(?)たちは百発百中の銀行強盗だった・・・はずが、思わぬ誤算が。せっかくの「売上」を逃走中に、あろうことか同じく逃走中の現金輸送車襲撃犯に横取りされたのだ。奪還に動くや、仲間の息子に不穏な影が迫り、そして死体も出現。ハイテンポな都会派サスペンス~

さすがに大衆受けはしそうだけど、他の作品よりは若干落ちるかなという読後感。
いつもなら、まさに「伊坂ワールド」とでも言うべき特殊設定下で、作者の気の利いた「台詞まわし」に翻弄されながら、次々とページを捲らされていく・・・という結果になるのだが、今回はそれほどでもなかった。
確かに、銀行強盗の4人は常人にはない「特殊能力」を持っているわけで、そういう意味ではいつもどおりなのだが、プロットそのものは特に「ブッ飛んでる」感はなく、ややノーマルなもの。
終盤~ラストも、ちょっと盛り上がりに欠けるように思えた。

本作は、サントリーミステリー大賞への応募作「悪党たちが目にしみる」を下敷きに「手を入れた」作品であり、その辺りがやや影響しているのかも?
ただ、エンタメ小説としては十分に及第点の出来だと思いますので、まぁ誰が読んでも一応の満足感は得られるかと・・・
(本作の舞台はいつもの仙台ではなく「横浜」なのが珍しい。まぁどうでもいいけど。)


No.600 5点 鉄の骨
池井戸潤
(2011/12/10 00:38登録)
600冊目の書評は、吉川英治文学新人賞受賞の本作で。
今や、乱歩賞&吉川英治賞&直木賞まで受賞した作者の、躍進のきっかけとも言える作品。

~中堅ゼネコン・一松組の若手社員・富島平太が異動した先は「談合課」と揶揄される、大口公共工事の受注部署だった。今度の地下鉄工事を取らないと「ウチが傾く」・・・技術力を武器に真正面から入札に挑もうとする平太らの前に、「談合」の壁が。組織に殉じるか、正義を貫くか。吉川英治文学新人賞に輝いた白熱の人間ドラマ~

これぞ「空飛ぶタイヤ」以降、作者が確立した熱血&勧善懲悪経済エンタメ小説。
今回の舞台は、未だ旧態依然とした「談合」により、業界の利益を守ろうとする建設業界。作者は、1人の若者を通して、この「暗い闇」にスポットライトを当て、見事な人間ドラマに仕上げてます。
「工事落札」に心血を注ぐ平太と上司、「談合事件」を摘発しようとする検察特捜部、銀行員である平太の恋人とライバルの融資課員など、すべての人物が、その良し悪しに関わらず、己の矜持を貫いているわけです。
(相変わらず、分かりやすい勧善懲悪の図式は今回も健在。)

ただねぇ、あまりにもデフォルメし過ぎているような感覚は持ってしまった。
無論、一般読者向けに平易で分かりやすい表現やプロットをというのは、販売サイドから見ればあるんだろうけど、実際、日頃厳しい社会の端くれとして働いている私自身として、「こんな単純な話じゃないよ!」って突っ込みを入れたくなるシーンがあまりにも多い。
(もちろん、フィクションだと分かってますけどね・・・)
本作は、主人公である平太がいっぱしのサラリーマンとして成長していく、というのが1つの大きな本筋ではありますが、いくらなんでも入社して3年目のヒラ社員が、ゼネコン談合のフィクサーと対等に話をするという図式は、ちょっと荒唐無稽すぎるよなぁ。
というわけで、『ホントは、こんなに簡単じゃないんだよ、平太君!』って諭したくなる場面が何度もありました。

ミステリー度は極めて低いし、もう少し「厳しさ」や「緊張感」のある作品を書いて欲しいという願いをこめて、評価はやや辛めに抑えておこう。
(作品中の兼松課長や西田係長みたいな地道な人が、日本経済の底辺を支えているんだよなぁ・・・)

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