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ミステリの祭典

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平均点:6.00点 書評数:1845件

プロフィール| 書評

No.1065 5点 二人の夫をもつ女
夏樹静子
(2014/10/19 20:37登録)
1980年に発表された短編集。
作者らしい女性心理を細やかに辿ったサスペンスフルな作品が並んでいる、という印象なのだが・・・

①「あなたに似た子」=二組の夫婦が織り成す愛憎劇。子供が相手の夫に似てきたことを契機に広がる疑惑、そして悲劇に向かって進んでいく主人公・・・という展開なのだが、ラストには軽いドンデン返しが待ち受ける。まずまずの面白さ。
②「波の告発」=福岡に単身赴任中の兄が溺死。死に疑惑を持った妹がたどり着いた真相は・・・これまた悲劇なのだが、図太い女性の心理はそうではなかった? プロットは単純。
③「二人の夫を持つ女」=これは当然P.クエンティンの「二人の妻を持つ男」のオマージュなんだろうな。まぁ本家の出来には叶うべくもないということなのだが、これまた図太い女性心理という奴が明らかにされる。
④「朝霧が死をつつむ」=これも①~③と同様、男女の機微や気持ちのすれ違いから生じる悲劇というプロット。登場人物がそもそも少ないのだから、大凡の真相は途中で掴めてしまう。
⑤「ガラスのなかの痴態」=レイプ事件を題材にとった作品。自らもレイプ被害に遭った女性が、疑惑の人物にある罠を仕掛けたのだが・・・そうはうまくいかないのだ、ミステリー的には!
⑥「朝は女の亡骸」=電話を使ったトリック自体は児戯のレベルなのだが、本筋はそんなところにはない。これもまた「怖い女」の話。真相を見抜いた主人公に皮肉な結末が訪れる・・・
⑦「幻の罠」=これもまた⑥同様、主人公の女性に実に皮肉な結末が用意されている。プロットは「疑心暗鬼」ということなのだろうけど、女性の“横並び意識”って奴は本能的なものなのかねぇ?
⑧「夜明けまでの恐怖」=最後の一編でようやく救いのあるストーリーが用意されていた。こんな無茶な計画を実行しようとする主人公(もちろん女性)の動機が全く理解できないのだが、持つべきものは友ということ。

以上8編。
夏樹静子というと「Wの悲劇」「そして誰かいなくなった」など、有名ミステリーのオマージュ作品というイメージがあるのだが、本作もその中のひとつに数えられる作品だろう。
パクリではないのだから、当然本歌取りというか、独自のエッセンスが要求されるのだが、そういう意味では本作は元ネタに叶うべくもないというレベルではある。
ただし、女性心理、特に女性の嫌な部分をさらけ出して書かれる心理描写はさすがだ。
保身や見栄、不安(取り越し苦労的なものだが)などが、思わぬ犯罪の動機に繋がっていく・・・そんな人間の弱さがよく表現されている。後はオチのツイスト感で読ませる作品。

そういう意味ではまとまった作品集という評価もできるかな。
(①⑥⑦辺りがいいかな・・・。後は程々という感じ)


No.1064 7点 女郎ぐも
パトリック・クェンティン
(2014/10/19 20:36登録)
「パズルシリーズ」で始まるダルーズ夫妻ものの掉尾を飾る作品がコレ。
1952年発表の長編。最近創元推理文庫で出た新訳版にて読了。

~演劇プロデューサーのダルースは、妻アイリスが母親の静養に付き添ってジャマイカに発った留守中、作家志望の娘ナニと知り合った。ナニのつましい生活に同情したダルースは、自分のアパートメントは日中誰もいないからそこで執筆すればいいと言って鍵を渡す。それから四、五週後空港へアイリスを迎えに行って帰宅すると、あろうことか寝室にナニの遺体が! 身に覚えのない浮気者のレッテルを押され肩身の狭いダルースは汚名をそそぐべくナニの身辺を調べ始めるが・・・~

さすがの安定感。
そういう表現がピッタリくる作品に仕上がっている。
他の方の指摘どおり、確かに「犯人当て」としては分かりやすいし、もうひと捻りあっていいという感想を持つ方もいるかもしれない。
(最後は勧善懲悪っていうか、そうなるべきだよなぁという真相に落ち着いたんだから・・・)

でもまぁそんなことより、プロットが実にスッキリしているのだ。
余計なものが一切入ってないし、まさにシンプル・イズ・ベストという表現が当て嵌る。
男性としては、ピーターの心情というのは十分理解できるよなぁー。
(「マイ・フェア・レデイ」っていうか、「源氏物語」の若紫っていうか・・・女性には理解できないだろうけど)
“女郎蜘蛛”の巣に絡み取られてしまったピーターの心にシンクロしながら読むのがいいかもしれない。

登場人物たちの裏の顔が徐々に剥がされいく展開も旨い。
大作という訳ではないので評点としてはこんなものだけど、一読の価値アリという作品。
(新訳版は実に読みやすくてGood! それにしてもトラント警部といえば「二人の妻を持つ男」「わが子は殺人者」に登場する、あの警部だったのね・・・)


No.1063 6点 白馬山荘殺人事件
東野圭吾
(2014/10/19 20:35登録)
"1986年発表のノンシリーズ長編。
江戸川乱歩賞受賞作「放課後」(1985年)でデビューした作者は、加賀恭一郎シリーズの一作目となる「卒業~雪月花ゲーム」を経て、長編三作目が本作に当たる。

~一年前の冬、「マリア様はいつ帰るのか」という謎の言葉を残して自殺した兄・公一。その死に疑問を抱いた妹の女子大生・ナオコは、親友のマコトと兄が死んだ信州・白馬のペンション「まざあぐうす」を訪ねた。常連の宿泊客たちは、奇しくも一年前と同じ。各室に飾られたマザー・グースの歌に秘められた謎、ペンションの隠された過去とは? 暗号と密室の本格推理小説!~

今ではすっかり大御所となった東野圭吾も、なかなか初々しい頃があったんだなぁーと思わされる一冊。
本作の特徴は、紹介文のとおり「暗号」と「密室」ということになる。
「暗号」についてはかなり難解。
ペンションの各部屋にある絵に書かれたマザー・グースの詩が解読の鍵となるのだが、最終的に導き出された解答はちょっと拍子抜け(?)と感じたのは私だけだろうか・・・
(この解では、結局アレとアレしか関係なかった、ってことか?)

「密室」についても他の方のご指摘どおり、あまり感心できるトリックではなかった。
初期作品にはよく「密室」が出てくるけど、前出の「放課後」でも「卒業」でも密室トリックは鮮やかというレベルからは程遠い。
(本作でも図解入りで種明かしされているけど、その割にはねぇ・・・)
序盤にいきなり明かされる「叙述トリック」めいたやり取りも結局??だし、フーダニットにも“切れ”が感じられない。
などなど・・・

ということで、やや辛口の評価になっているけど、では駄作かというと決してそういう訳ではないのだ。
何というか、本当はこんな作品を書きたいわけではないのだけれど、いわゆる「本格ミステリー」を書いてます・・・的な感覚なのだ。
事実、初期の作品群を経て、大作家・東野圭吾は鮮やかな変身を遂げるのだから。
それは決して突然の開花ではなくて、こういう試行錯誤を経て、徐々に成長していった結果なのだろうと思う。

本作にはそういう意味での「初々しさ」を感じてしまうのだ。
なんだか「上から目線」の書評になってしまったようで・・・


No.1062 7点 犯罪カレンダー (1月~6月)
エラリイ・クイーン
(2014/10/12 12:33登録)
ミステリー歳時記とも言える「犯罪カレンダー」。
本作はそのうちの前半部分(1月~6月)を集録した前編。
優れたミステリー作家であると同時に、優れたアンソロジストでもあった作者が贈る珠玉の作品集。

①「双面神クラブの秘密」=1月。「双面神クラブ」のメンバーがひとりひとりと死んでいく連続殺人事件。なかなか魅力的なお膳立てが揃っているのだが、最終的に決め手となったのは“ことば遊び”的なやつ。向こうの作家ってこういうの好きだよね。
②「大統領の5セント貨」=2月。アメリカ初代大統領ジョージ・ワシントン。彼が1791年2月、ある場所に記念の品を埋蔵した。その場所とは?というのが本編の謎。一世紀半の時空を超えて、ワシントンとエラリーが対決する。でもこれって、アメリカの歴史に精通してないとピンとこない。
③「マイケル・マグーンの凶月」=3月。所得税の申告書類が盗まれるという変わった事件から始まる本編。事件は意外な広がりを見せるのだが、それよりもアメリカでも確定申告の期限って3月15日だったってことが「へぇー」・・・
④「皇帝のダイス」=4月。銃で撃たれた被害者が握っていたイカサマ用のダイス。そのダイスが示している真犯人とは、ってことでダイニング・メッセージを扱った本編。ただし、最終的には更に意外な真相が待ち受けている。
⑤「ゲテイスバークのラッパ」=5月。南北戦争の激戦地として有名なゲテイスバーク。南北戦争に従軍したレジェンドの老人たちが、毎年ひとりひとりと死んでいく・・・。
⑥「くすり指の秘密」=ジューンブライドの6月。幸福な花嫁が毒殺される。しかも結婚指輪から放たれた毒によって・・・。エラリーが指摘した犯人特定のロジックはちょっとしたことなのだが、この辺りの“使い方”はさすがの熟練ぶり。まとまりのよい作品。(最後がエラリーが一本取られてしまうのだが・・・)

以上6編。
短編の良さが詰まった一冊。そんな感想がピッタリの作品。
短い作品なので、長編に比べれば複雑な事件背景も煩雑な人間関係も描かれず、ある意味実にシンプルなプロット。
シンプル過ぎると「無味乾燥」ということになるのだが、エラリーやクイーン警視、ニッキイなどお馴染みの登場人物たちが賑わすことで、小気味よい読後感にも繋がっている。

まぁ、幾分推理クイズ的な雰囲気なのは仕方ないだろう。
ミステリーの楽しさ、面白さを追求した作品ということで水準以上の評価としたい。
(④⑥を個人的には押したい。次が②③あたりか・・・)


No.1061 6点 転迷
今野敏
(2014/10/12 12:32登録)
大人気警察小説シリーズ「隠蔽捜査」。シリーズも第四弾に突入(スピンオフ企画の「初陣」は別にして)。
大森署署長・竜崎伸也は今度こそ原理原則を貫けるのか・・・(「疑心」では散々だったからね)

~大森署署長・竜崎伸也の身辺はにわかに慌ただしくなった。外務省職員の他殺体が近隣署管内で見つかり、担当区域では悪質なひき逃げ事件が発生したのだ。さらには海外で娘の恋人の安否が気遣われる航空事故が起き、覚醒剤捜査をめぐって厚生労働省の麻薬取締官が怒鳴り込んでくる。つぎつぎと襲いかかる難題と試練・・・闘う警察官僚竜崎は持ち前の頭脳と決断力を武器に、敢然と立ち向かう!~

これはもう「警察小説」というより、ビジネス書で言う「組織論」や「マネジメント書」だな。
作中では、相変わらず警察内での縦割りや組織の歪み、果ては外務省や厚生労働省まで絡んでのパワーバランスや組織のしがらみが竜崎に襲いかかる。
これは何も“警察ならでは”という現象ではなく、一定規模以上の企業や組織内にはそこかしこに存在するものだ。
かくいう私自身も普段、組織内のしがらみや訳の分からない風習(?)という奴に翻弄されている口なのだが・・・

まったく竜崎の思考回路には恐れ入る。
ここまで効率的に、全てのしがらみを破壊したような考え方&行動ができればなぁーと誰もが羨むのではないか?
(普通はできないよねぇ)
まぁ上司というか、トップとしての考え方にも感心しきり。
こういうトップなら部下はついてくるんだろうねぇ・・・何しろ優柔不断さがカケラもないのだから。

何だかミステリーの書評ではなくなってきたけど仕方ない。
もはや中身は二の次で、竜崎がどのように考え、行動&発言するのかが本シリーズの楽しみ方だろう。
個人的には竜崎をうまい具合に操っている(?)伊丹が好きになってきた。
次作も楽しみ。
(「疑心」での優柔不断さは何だったんだ? きっと読者からクレームが出たんだろうなぁ・・・)


No.1060 6点 怪盗グリフィン、絶体絶命
法月綸太郎
(2014/10/12 12:30登録)
講談社ミステリーランドの一冊として出された作品。
法月らしからぬ(?)世界を股にかけた国際謀略小説。2006年発表。

~「あるべきものをあるべき場所に」が信条の怪盗グリフィンに、ニューヨークのメトロポリタン美術館にある贋作のゴッホを本物とすり替えて欲しいという奇妙な依頼が・・・。しかし、それは巧妙な罠だった。グリフィンはつぎに国家の威信をかけた“盗み”を引き受けるハメになる・・・。どんでん返しが連続する痛快冒険活劇!~

子供向けらしからぬスケールの大きい作品だった。
ミステリーランドという看板を掲げているものの、およそ子供向けとは思われない作品も見受けられた本シリーズ(島田荘司の「透明人間の納屋」とか)。
本作は小学校高学年から中学生程度をターゲットにしているなら、まずは狙いピッタリということになるだろう。
(政治的な絡みは理解しがたいかもしれないが・・・)

前座的な第一部を経て、第二部からが本番。
終章である第三部に入ると、ドンデン返しが何回も訪れ、正直訳がわからなくなってくる。
「裏の裏をかく」と見せかけて、「さらに裏をかく」のだから、もはや最初がどうだったのかという話だろう。
まぁ子供向けの主人公(ヒーロー)としては、訪れるピンチを乗り越え、最終的に勝利を得るという展開は必須ということだし、そういう意味ではしっかりしたプロットと言える。

でもまぁなぁ・・・決して面白くないわけではないのだが、満足できたかと言われると「満足」とは答えられない自分がいる。
作者に対しては、やはり硬派な本格ものを求めてしまうんだよなぁ・・・
例えそれが時代錯誤だとしても、ロジックバカを貫いて欲しい。それがファン心理という奴だろう。


No.1059 5点 郵便配達は二度ベルを鳴らす
ジェームス・ケイン
(2014/10/01 21:36登録)
原題“The Postman Aiways Rings Twice”。
1934年発表。映画化されること七回、邦訳も何と六回という不朽の名作。
最近新潮文庫で発刊された新訳版で今回は読了。

~何度も警察のお世話になっている風来坊フランク。そんな彼がふらりと飛び込んだ道路脇の安食堂は、ギリシャ人のオヤジと豊満な人妻が経営していた。ひょんなことからそこで働くことになった彼は、人妻といい仲になる。やがて二人は結託して亭主を殺害する完全犯罪を計画。一度は失敗するものの、二度目には見事成功するのだが・・・~

今さら私ごときが「どうのこうの」と書評するような作品ではないはず。
というわけでThe End・・・でもいいのだが、何となく思った雑感が以下のとおり。

他の方も書かれていたけど、何となく散漫というか、テーマが見えてこないなぁーという気はした。
犯罪小説ほどの緊張感はないし、ハードボイルドほどの雰囲気はない。ラブストーリーと呼ぶには殺伐としているし・・・
(強いて言うなら、まぁジャンルミックスということか?)
文庫版で200頁強の短い作品だけに、行間というか余韻を楽しむべき作品ということなのだろう。
巻末解説では訳者の田口氏が登場人物たちのキャラクター造形を褒めているが、そこは「確かに」と首肯するし、これこそが繰り返し映像化されてきた所以ということに違いない。

前夫殺害に見事成功した二人が決して幸福にはならず、悲劇的な終末を迎える刹那。
こういう因果応報的な考え方は世界の東西を問わず共通ということなのだろうなぁ・・・
解説にはタイトルの由来についても触れられていて興味深い。
(やっぱりストーリーとは全然関係なかったんだね)
最終的には・・・やっぱり映像で楽しむべき作品なのだと感じた次第。
(猛獣を飼育している女って・・・何かを象徴しているのか?)


No.1058 6点 こめぐら
倉知淳
(2014/10/01 21:35登録)
同時発売された短篇集「なぎなた」の姉妹篇がコレ。
本格ミステリーというよりは、おフザケのような軽ミステリー作品が並んでいる。

①「Aカップの男たち」=これは・・・何とも言えない作品。なにしろブラ愛好家の男たちのオフ会が事件の舞台となるのだから・・・。しかも謎というのがブラの鍵がなくなるというトホホぶり・・・。まぁ笑えるのは間違いない。
②「真犯人を捜せ(仮題)」=1995年発表ということで結構昔の作品なのだが、フーダニットというよりワンアイデア勝負の小品という感じ。あまり感心しないプロット。
③「さむらい探偵血風録」=ミステリーマニアの主人公がビデオをレンタル。その内容は時代物のミステリーでメインテーマが人間消失というプロットなのだが、作者の狙いはそんなところにはない。オチはよく分からなかったのだが・・・
④「遍在」=これもオチがイマイチ分かりにくいのだが・・・。本編だけちょっと毛色の違う作品。タイトルはどういう意味なのか?
⑤「どうぶつの森殺人(獣?)事件」=個人的には綾辻行人の「どんどん橋おちた」を思い出してしまった。作者あとがきによると、当初は講談社のミステリーランド用のネタとして用意されていたとのこと。まぁ脱力系なのは間違いない。
⑥「毒と饗宴の殺人」=ボーナストラック的な作品。その訳は猫丸先輩が登場するためなのだが、相変わらず神出鬼没で事件に首を突っ込む猫丸先輩。これはいわゆるプロバビリティーの殺人という奴なのだろうか?

以上6編。
何とも脱力系というか、「なぁーんだ」という感想しかならない作品が多い構成。
長編だとロジックの効いた王道の本格ミステリーを書く作者だが、短編ではガラッと雰囲気が変わるのが面白い。

⑥以外ノンシリーズのため、あまり統一感はないが、作者のファンならば満足できるのではないか。
じゃぁファン以外にはどうかというと・・・まぁほどほどには楽しめるというところ。
できれば次はガチガチの本格を書いて欲しいなぁというのは欲張りか?
(①③は笑える。⑥は猫丸先輩シリーズらしい安定感)


No.1057 6点 オー!ファーザー
伊坂幸太郎
(2014/10/01 21:34登録)
2006年に河北新報をはじめとするいくつかの地方紙に新聞連載された作品。
出版年では「ゴールデンスランバー」よりも後になってしまったが、作者自らが自身の第一期の最終作品と呼ぶのが本作。

~父親が四人いる!? 高校生の由紀夫を守る四銃士は、ギャンブル好きに女好き、博学卓識、スポーツ万能。個性あふれる父親×4に囲まれ、息子が遭遇するのは事件、事件、事件・・・。知事選挙、不登校の野球部員、盗まれた鞄と心中の遺体。多声的な会話、思想、行動がひとつの像を結ぶとき、思いもよらぬ物語があまたの眼前に姿を現す。伊坂ワールド第一期を締めくくる長編小説~

これは・・・ズルイなぁー
もう伊坂の得意技がこれでもかというほど散りばめられている作品。
まずは父親が四人という設定からして面白い。
しかもひとりひとりのキャラ付けが秀逸。そして、まとめ役となる息子・由紀夫もこれまた伊坂作品にはお馴染みのキャラだ。
いつもどおり、それぞれが軽そうでいて、どこか教示的で胸に響くことばを持っている。
「こんな奴いるわけない!」という存在なのに、最後には何だか隣にでもいるみたいに親近感が湧いてくる・・・
これこそが伊坂ワールドのマジックというやつだろう。
(読者はいつも「伊坂ワールド」というテーマパークに招待されているのだ)

序盤から一見関連性のない事件が複数発生する展開もいつもどおり。
そして、最後にはそれらの伏線が見事に収束されていく豪腕ぶりもいつもどおり。
特に今回の見せ場は実に映像向き! こりゃすぐ映画化されるわけだ。
ということで、初期作品が好きな読者ならばまず安心してお勧めできる作品となっている。

ただなぁ・・・さすがに二番煎じというかマンネリ感は正直ある。
そんな訳で、作者も「ゴールデンスランバー」以降、ちょっと方向性を変えることになったんだろう。
評点としても手放しで高得点は付けにくい。


No.1056 5点 逃走
薬丸岳
(2014/09/22 22:38登録)
2012年発表の長編。
今回、文庫化に当たって大幅改稿されたとのことからして、作者の意気込みが分かろうというものだが・・・

~死んだはずのあの男がいた。小さかった妹とふたりで懸命に生きてきた二十一年間は何だったんだ? 傷害致死で指名手配されたのは妹思いで正義感の強い青年。だが罪が重くなると分かっていても彼は逃げ続ける。何のために? 誰のために? 渾身の全面大改稿。秀逸のノンストップ・エンターテイメント~

当初予想していた内容とはかなり違っていた。
紹介文を読んでると、犯人(=主人公)VS警察という構図でとにかく追いつ追われつの逃走劇で、主人公が捕まりそうなシーンに読者がハラハラさせられる、的なプロットを予想していたのだ。
(まぁこれもよくあるプロットではあるが・・・)

そこは薬丸岳だけあって、今回も重厚なテーマが隠されていた。
幼いときに両親を喪い、養護施設で育てられた主人公とその妹。厳しい世間に対し懸命に生きてきた健気な二人に容赦なく襲いかかる不幸の連続。
殺人を犯してしまった主人公はある理由で逃げ続けるのだが、その理由は終盤まで伏せられている。
ついに終盤、過去の事件に隠された事実が明らかにされ、感動のラストを迎える・・・

と書いてると、いつもの作者の作品っぽく感じるのだが、本作については正直期待外れかな。
プロットに捻りがないのが如何せん不満のポイント。
「逃走」の裏に隠された構図も中盤にはほぼ察しがついてしまっていて、「でもそんな単純じゃないだろう」って考えていたら、そのまま予想どおりに終結してしまった。
これでは全面改稿が看板倒れになってしまうのではないか?
これまでの作品がどれもクオリティが高かっただけにハードルを上げすぎたのかもしれないが、他作品よりは低い評価になるのは仕方ないだろう。
まっ、次作に期待というところ・・・


No.1055 6点 雪のマズルカ
芦原すなお
(2014/09/22 22:37登録)
2000年発表の連作短編集。
~夫が残したものは滞納した事務所の家賃とリボルバー、そして苦い思い出だけ。夫の跡を継ぎ私立探偵となった笹野里子の活躍を描く、直木賞作家初のハードボイルド連作集~

①「雪のマズルカ」=病床にあってもなお権力を振るう老人からの依頼は孫娘を不良の道から救い出すこと、というわけで悪徳芸能プロダクションに騙された孫娘に関わる羽目になる里子だが・・・。それよりも老人の秘書に対する里子の仕打ち! ここを読んで里子が只者ではないと感じる読者は多いはず!
②「氷の炎」=渋い中年芸能人の男と、その愛人の若く美しい女優。その男の依頼は愛人の身辺調査だった・・・。里子が裏に隠された意外な事実を突き止めたとき、事件は起こるべくして起こった!
③「アウト・オブ・ノーウェア」=表題の意味は“どこからともなく”というわけで、事件の終盤、恐ろしい男がどこからともなく現れ、里子を大ピンチに陥れる。しかし、こんなとんでもない奴をのしてしまう里子って・・・。ハードボイルドすぎる!
④「ショウダウン」=夫が起こした過去の事故の真相が深く関わってくる一編。やっぱり最後の一編は連作らしく、本作全体に掛かる謎が主題となっている。そして今回も大ピンチに陥る里子なのだが、あっさり反撃してしまう! 静謐&ハードボイルドだ。

以上4編。
芦原すなおっていうと、どうしても「青春デンデケデケデ」や「ミミズクとオリーブ」シリーズ、っていう印象が強すぎてどうも本作のようなハードボイルド(しかも結構ハードなやつ)がしっくりこなかったというのはある。
はっきりいえば、まぁ二番煎じということかもしれないけど、それでも作者なりの心意気というものは感じさせられた。

とにかくかっこいいのだ。そして恐らく美しく、かつ脆い・・・
こんな女性、絵になるよねぇ・・・
正直、プロットはたいしたことないので、とにかく里子のキャラ頼りになってしまった作品。
でも決して嫌いではない。
(①~④とも似通ったプロット。もう少し変化が欲しかった)


No.1054 6点 ひとりで歩く女
ヘレン・マクロイ
(2014/09/22 22:35登録)
1948年発表。マクロイの第十長編が本作。
最近創元推理文庫で復刊がなされた「小鬼の市」と同じく、西インド諸島が舞台のひとつとなる作品。

~西インド諸島を発つ日、私は滞在していた屋敷で存在しない庭師から手紙の代筆を頼まれた。さらに、白昼夢が現実を侵食したようにNYへ帰る船上で生起する蜃気楼めいた出来事の数々。曰く有りげな乗客たち、思いがけず出現した十万ドルの札束・・・。誰かが私を殺そうとしています・・・タイプライターで打たれた一編の長い手記から始まる物語は、奇妙な謎と戦慄とを孕んで一寸先も見えない闇路をひた走る・・・~

マクロイらしく本格ミステリーとサスペンスの良さを融合させたような作品に仕上がっている。
まずは冒頭が「手記」から始まるというところからして、企みに満ちていて読者をワクワクさせる。
その後は船上ミステリーの味わいそのものに、一癖も二癖もありそうな乗客や乗組員たちがつぎつぎと怪しい行動を示していく・・・
(しかも殺人の凶器が「毒蛇」!っていうのが心憎い)

そしてNYに到着し、船から降りたところから物語は急展開を見せる。
それまで読者に示されていた姿が仮の姿でしかなく、正体は別の姿をしているのだ・・・
この辺の展開はサスペンス性十分で、作者の後期作品群を彷彿させるところ。
まぁ真相はやや分かりやすいという弱点はあるかもしれないが、それでも作者のストーリーテリングの確かさは十分に認められる。

本作の探偵役ウリサール警部は常に冷静沈着。
ウィリング博士もそうだが、癖のある登場人物たちを冷静な観察眼でとらえ、ラストには見事に事件を収束させるキャラとしてはもってこいの造形だろう。

ということで、作者の良さが出た作品ということは言えるのだが、個人的な好みとしてはウィリング博士登場作品の方に軍配を上げたい。
途中ちょっとダレるんだよねぇ。でも高水準の作品。
(船上ミステリーというのはやっぱり翻訳ものに限る。国産ミステリーだとどうしても無理がある・・・)


No.1053 6点 花の鎖
湊かなえ
(2014/09/13 22:20登録)
「別冊文藝春秋」誌に連載され、2011年に発刊された長編。
作者らしく、「母と娘」をテーマにした企みに満ちた作品に仕上がっている。

~両親を亡くし仕事も失った矢先に、祖母がガンで入院した梨花。職場結婚したが子供に恵まれず悩む美雪。水彩画の講師をしながら和菓子屋でバイトする紗月。花の記憶が三人の女性をつないだとき、見えてくる衝撃の事実とは。そして、彼女たちの人生に影を落とす謎の男「K」の正体とは? 驚きのラストが胸を打つ、感動の傑作ミステリー~

さすが売れっ子作家らしいというか、いかにも映像作品向けというプロット。
(絶対映画化かドラマ化されるだろうなぁ・・・って、もしかしてもうされてるのか?)
他の方も書かれているが、私も本作はミステリー的なサプライズを狙った作品ではないと思う。
三人の女性が視点人物となり、自身の半生を順に語っていく構成なのだが、中盤辺りではもう基本的なプロットについては大凡の察しがついてしまう。
そして終章に当たる第六章では、隠されていた作品全体を貫く構図が読者の前に明らかにされる。

もちろんミステリーらしく、読者があれこれと推理するための伏線はふんだんに用意されている。
(「百恵ちゃん」なんて秀逸な伏線!)
あの人物とあの人物が徐々につながっていって、最終的には家系図や人物相関図までも読者が明確に書ける・・・これが本作のすごさであり、タイトルどおり「鎖」ということなのだろう。
冒頭にも書いたが、「母と娘」という作者らしいテーマが背骨となり、それがラストに感動を生む要素にもなっているのだ。

プロットそのものは既視感があるものだが、その使い方がうまいということに尽きる。
女性の細やかな心理描写や人の心の機微を書き分ける筆力は相変わらず。
作品が続々と映像化されていくのも頷ける。
「告白」や「贖罪」などに比べるとインパクトは劣るが、本作も十分楽しめる水準には仕上がっていると感じた。


No.1052 6点 カーデュラ探偵社
ジャック・リッチー
(2014/09/13 22:19登録)
超人的な力と鋭い頭脳で難事件を解決する黒服の私立探偵。ただし、営業時間は夜間のみ。その正体は・・・?
短編の名手リッチーが生んだユニークな名探偵カーデュラ・シリーズを全作集録した完全版。

①「キッド・カーデュラ」=私立探偵カーデュラが生まれる前の逸話的一編。とても人間技とは思えないカーデュラの“力”が披露される。
②「カーデュラ探偵社」=ここからがシリーズの本筋。変人たちの集まった屋敷で起こった殺人事件の調査が本編のテーマ。カーデュラのとぼけたキャラがいい味。
③「カーデュラ救助に行く」=同じ場所、同じ被害者で二晩続けて起こったひったくり事件。二晩とも現場に居合わせたカーデュラはいずれも犯人をその怪力で投げ飛ばす・・・。奇妙な偶然の裏側に実は・・・というのが本編のプロット。
④「カーデュラと盗難者」=お屋敷町で頻発する盗難事件を調査するため、あるパーティーへ潜入したカーデュラ。じき盗難者の正体には気付くのだが、探偵らしからぬ行動を取る。この辺りからカーデュラの正体があからさまになってくる・・・
⑤「カーデュラの逆襲」=ド○○○○の宿敵が登場!というわけで、なぜかカーデュラの仲間(?)も出てくる。ただし、最後の一節の意味がよく分からなかったのだが・・・?
⑥「カーデュラ野球場へ行く」=これが最もミステリーらしい作品。何しろダイニング・メッセージがテーマなのだから・・・。それ自体はまぁたいしたことはないのだが、球場の警備員とカーデュラのやり取りが面白い。
⑦「カーデュラと鍵のかかった部屋」=タイトルからすると密室トリックもののようだけど、それは主題ではない。絵画の盗難について依頼を持ち込まれたカーデュラガ二人の容疑者の自宅で捜査を進めるうちに、事件の裏の構図に気付く・・・というプロット。
⑧「カーデュラと昨日消えた男」=相棒が消えたという泥棒からの依頼を受けたカーデュラ。依頼そのものはすぐに解決に導くのだが、最後はなかなか洒落た行動に出る。

以上8編。で、ここからは河出文庫版ではノンシリーズの短編6編がオマケとして付いてくる。
(書評は割愛。カーデュラシリーズに比べると、どれも落ちるなという印象)

“短編の名手”という異名のとおり、軽妙なユーモア(死語)や語り口でグイグイ読ませる作品。
それ以上に、カーデュラのキャラ(または正体)が読者の笑い(ニヤリというやつ)を誘うところがニクイ。
訳のせいか若干読みにくい箇所があったのがマイナスだが、まずは水準級の作品とは言えそう。
(ベストは⑥かな。③~⑦はどれもまずまず)


No.1051 7点 殉教カテリナ車輪
飛鳥部勝則
(2014/09/13 22:18登録)
1988年発表の第九回鮎川哲也賞受賞作。
本格ミステリーと絵画ミステリーを融合させた野心作。もちろん作者デビュー作品。

~東条寺桂。制作期間僅か五年の間に憑かれたように五百余点の絵を描きあげ、やがて自殺を遂げた画家。彼に興味を持ち、作品について調べ始めた学芸員・矢部直樹の前に浮かび上がってきたのは、意外にも数年前の聖夜に起こった二重殺人の謎だった。二つの部屋でほぼ同時に、しかも同一の凶器で行われた不可能極まりない密室殺人の真相とは。そして桂が残した二枚の絵、《殉教〉と《車輪》に込められた主題とは何だったのか?~

デビュー作としては規格外のスケールと完成度と言えるのではないか・・・と感じた。
何しろ道具立てが魅力的。
謎多き画家が残した二枚の絵、その画家が巻き込まれた二重密室殺人、そして作品全体に仕掛けられた作者の大いなる罠・・・
どれをとってもミステリー好きには堪えられないガジェットで溢れている。

まずは二重密室殺人。
しかも二つの殺人がほぼ同時に、同じ凶器で行われているという困難さを伴っている。
これを「犯人の移動」と「凶器の移動」の二つに分けて考察しているところが本作のトリックの白眉だろう。
“捨て筋”もまずまず面白いと思ったが、真のトリックの方には思わず唖然。っていうか、普通の読者なら怒り出すかもしれない・・・
(でもまぁ「これしかない」という解法にはなっているんだよなぁ・・・)
割と分かりやすいフーダニットを糊塗するために、大掛かりな○○トリックまで使うという用意周到さ、恐れ入りました。

絵画の謎解きの方もなかなか興味深い。
事件全体の構図が二枚の絵画にも込められているというところもよく練られているという印象。
(作者自身の挿絵のうまさにも脱帽だ)

鮎川哲也賞受賞作に相応しい重厚でトリッキーな秀作。
さすがにデビュー作らしい粗さやアイデア倒れの部分も目につくが、まずは十分合格点という内容だろう。
素直に高評価したい。
(新潟が舞台というのも珍しい・・・)


No.1050 7点 ドラゴン殺人事件
S・S・ヴァン・ダイン
(2014/09/06 21:47登録)
1933年発表の長編。
「ケンネル殺人事件」に続く作者七番目の作品に当たる。もちろん名探偵ファイロ・ヴァンスが登場。

~NYの心臓部マンハッタンにほど近い邸宅の屋内プールに飛び込んだ青年は、そのまま忽然と姿を消し、死体すら発見されなかった。水底には巨竜の足跡が・・・。この文明開化の世の中に果たして原子古代の巨竜が存在するのであろうか? 奇怪な熱帯魚を集めた河畔の古い邸宅にかり集められた男女の一群のなかに、殺人犯人は潜むのだろうか? 幻想と現実二股にかけて真相を突き止めようとするヴァンスの七度目の試練は成功するのか・・・~

今回再読なのだが、改めて「よくできた作品」という感想を持った。
プロットの骨子そのものは単純というか、いたってシンプルなのだが、それを巨竜(ドラゴン)伝説というオカルティズムをうまい具合に混ぜ合わすことで、読者を引き込んでいく手腕はさすがだ。
衆人環視のプールからの人間消失とプールの底に残された竜の爪痕という謎の提示は実に魅力的。
多くの関係者の“使い方”や割り振りもきれいに嵌っていると思う。
(特にオカルティズムを煽る役割を担うスタムの母親の使い方が秀逸だろう)

確かにトリックそのものは2014年の現在から見ると「それかよ!」ってなるかもしれないし、隠しているとはいえ事件後“それ”をそのままにしておく真犯人ってどうなの? というところはある。(結局ヴァンスに見つけられてしまう・・・)
しかも関係者のうちの三名は最初から真相に気付いていたというのもいただけない。
ただ、不満点というのはこれくらいで、あとは作者の熟練の技を堪能できるレベルに仕上がっている。

ヴァンダインというと、全12作品のうちピークが三作目(「グリーン家」)・四作目(「僧正」)で前半六作目以降は質が格段に落ちる、というのが大方の世評だが、どっこい七作目はまだまだ十分に佳作といってよいと思う。
熱帯魚や竜に関する薀蓄も満載というところも作者らしくて微笑ましい。
(竜伝説では日本のヤマタノオロチ伝説までも紹介されてる・・・)
ということで、「衒学的なのがどうもねぇ・・・」という方も、まずは手にとっても損のない作品という評価。
(三津田信三のあの作品も本作にインスパイアされたのかな?)


No.1049 8点 明治断頭台
山田風太郎
(2014/09/06 21:46登録)
山田風太郎の最傑作ミステリーというほど世評の高い作品。
「オール読物」1978年5月号から79年1月号まで連載された、<連鎖形式>のミステリー。
角川文庫の山田風太郎ベストコレクションで読了。

~明治の王政復古とともに復活した役所、弾正台。水干姿の優美な青年・香月経四郎と同僚の川路利良は、その大巡察として役人の不正を正す任に就いていた。とあるきっかけから、二人は弾正台に持ち込まれる謎めいた事件の解決を競うことに。いずれ劣らぬ難事件解決の鍵になるのは巫女姿のフランス人美女エスメラルダが口寄せで呼ぶ死者の証言・・・~

①「怪談築地ホテル館」=このトリックはなかなかスゴイ。島田荘司もビックリというほどの物理トリックなのだ。でも、あんなものがあんなところから目の前に迫ってきたら・・・相当怖いな。ビジュアル的にもインパクト大!
②「アメリカより愛をこめて」=神田川に落ちた二台の人力車。しかし現場に残されたのは人力車の轍だけで、車夫の足跡が見当たらない・・・というのがメインの謎。これもアクロバティック!
③「永代橋の首吊人」=このトリックもビックリ! 今回はアリバイトリックがメインテーマになるのだが、まさかの方向からの一撃とでも形容したくなるトリック。まぁ本当にうまくいくのか、という疑問は当然あるが・・・
④「遠眼鏡足切絵図」=フランスから贈られた最新式の遠眼鏡を覗くと・・・女の足を切断している光景が目に入る、という魅力的な謎。要は見る側の錯誤を狙ったトリックということなのだが、とにかくウマイ!
⑤「おのれの首を抱く屍体」=発見されたのは糞汁にまみれた首切り屍体、ていう凄惨な状況。果たして死者の正体は何者かということになるのだが、やや消化不良気味。
⑥「正義の政府はありえるか」=最終章はこれまでの解決をひっくり返す(むしろぶっ壊す?)ドンデン返しが待ち受ける。まさか、作者がここまで読者に罠をはっていたとは、と気付かされることになる。こりゃスゴイわ!

とにかくスケールの大きい作品。
①から⑤は主に川路やその部下が途中の捜査を担当するが、最終的にはエスメラルダが口寄せで死者の証言を導き、真相が判明するという流れ。
このままじゃオカルトだと思っていたところへ、⑥で本作の大いなる深謀遠慮が詳らかにされる。
もちろん一編ごとの内容やトリックも十分スゴイのだが、こういうスケールのミステリーを書けるということ自体、やはり只者ではない。

明治維新直後の不穏な空気が漂う東京という舞台設定も秀逸。
実在の人物がそこかしこに登場(もちろんフィクションなのだが)するのも楽しく、サービス精神に溢れている。
やはりさすがの出来栄えとクオリティという評価になるだろう。


No.1048 4点 最長不倒距離
都筑道夫
(2014/09/06 21:45登録)
”サイキック・ディテクティブ=物部太郎”が活躍するシリーズ作品。
「七十五羽の烏」に続くシリーズ三部作の二作目。1980年発表。

~スキー宿を兼ねた温泉宿からの「幽霊をまた出してくれ」との珍妙な依頼に、物部太郎と相棒・片岡直次郎と赴くと・・・。野天風呂で女性が裸のまま殺される騒ぎのなか、殺されたはずの女性からの電話!? 密室での新たな殺人事件、不可解なダイニング・メッセージなどなど。「七十五羽の烏」に続き、太郎=直次郎の名コンビが活躍する、謎と論理のエンタテイメント~

前作(「七十五羽の烏」)でも感じたことだけど、どうもワクワク感がない。
密室殺人やら死者からの電話やら、ダイニング・メッセージやら、本格ミステリー好きには堪えられないガジェットが満載。
本来なら、真相解明に向かって頁をめくる手が止まらない・・・っていう感じになるはずなのだが・・・
そうはならなかった。

ストーリーがあまりにも平板だからなんだろうなぁー
確かにロジックは効いていて、物部太郎の謎解きもそれなりに面白いんだけど、「へぇー」っていう思うだけで興が湧かないのだ。
密室も昔からあるやつの焼き直しでパッとしないし、ダイニングメッセージも信憑性に欠ける。
クローズドサークルのなかでそれなりに大勢の容疑者がいてという舞台設定なのだが、フーダニットもどうにも盛り上がらない。ラストも本来はサプライズなのだろうけどねぇ・・・
(冒頭のフラッシュバックもあまり効いているとは思えないんだけど)

玄人受けはする作品なんだろうなぁ・・・
光文社文庫版の巻末解説で倉知淳氏がベタ褒めしているが、素人の私にはどうしても面白さが理解できなかった。
もう少しミステリー好きとしての経験値を増やしてから再読してみることにしよう。


No.1047 7点 生霊の如き重るもの
三津田信三
(2014/08/27 21:15登録)
「密室の如き籠るもの」に続く刀城言耶シリーズの短篇集。
学生時代の若い言耶が遭遇する五つの怪事件を集録。

①「死霊の如き歩くもの」=ズバリテーマは「足跡のない雪密室」ということで、“四つ家”と呼ばれる特殊構造の「館」が登場してくる。これだけでも本格好きには堪らないが、殺害のトリックが更に強烈。ここまでの物理系トリックには久々に遭遇した・・・。もちろん、現実性云々という問題点はあるのだろうが、ミステリーはこうでなくては、と思わされる。
②「天魔の如き跳ぶもの」=こちらも「足跡のない密室」がテーマ。で、こちらのトリックも実にビジュアル的に映える! でもまぁ一歩間違えるとバカミスって言われるんだろうなぁ・・・。阿武隈川先輩がかなりウルサイ。
③「屍蝋の如き滴るもの」=本シリーズらしく、終盤は刀城言耶の畳み掛けるような推理が本編の読みどころ。捨て筋の推理が三つも披露された後に解明される“本筋”の真相は相当意外なもの。「屍蝋」の正体はかなり強引なものだが・・・
④「生霊の如き重ぶるもの」=本編のテーマはいわゆる「ドッペルゲンガー」という奴。となると、H・マクロイの「暗い鏡のなかへ」が想起させれるが(実際、作中にも言耶が言及している)、他の方も触れているとおり、実際には「犬神家の一族」へのオマージュというのが正解なのだろう。そう、ズバリ「犬神家」の助清=青沼静馬の関係が見事にトレースされているのだ。ドッペルゲンガーの正体自体は腰砕けなのだが・・・
⑤「顔無の如き覆うもの」=これまた特殊設定下の「密室」がテーマ。「旅芸人」というと「山魔の如き嗤うもの」でも登場してきたが、今回もかなりの活躍ぶり(?)。でもそこまで連帯感ってあるのだろうかという気はした。密室からの脱出についてのアイデアそのものはそれほどのサプライズはなし。

以上5編。
さすがに粒ぞろいの作品集だ。
刀城言耶シリーズは今どき珍しいくらい高水準の本格ミステリーだけど、短編になってもその面白さは損なわれてはいない。

大掛かりな物理トリックやら密室などというガジェットを詰め込むと、どうしても無理矢理感やリアリティの欠如が目に付くのだが、本シリーズでは適度なホラー感や時代設定がそれを覆い隠しているのだろう。
それが他の作家との違い。
重量級の作品集だけど、ミステリー好きなら十分楽しめる。間違いなし!
(ベストは①③④のいずれかで迷う。②⑤は一枚落ちるかな・・・)


No.1046 5点 葡萄園の骨
アーロン・エルキンズ
(2014/08/27 21:14登録)
前作「騙す骨」から四年、ようやく刊行された“スケルトン探偵”シリーズの最新作。
今回の舞台はイタリアはフィレンツェとその近郊のワイナリー、というわけで酒好きには堪らない?作品。

~どこへ行こうと、スケルトン探偵ことギデオン・オリヴァーを迎えるのは骨なのか。イタリア・トスカーナ地方の山中で発見された二体の白骨死体。一年ほど前に失踪していた葡萄園経営者夫婦のものだ。状況からみて、不倫を疑った夫が妻を射殺してから自殺したものと警察は考える。だがたまたま夫婦と知り合いでもあったギデオンが白骨の鑑定をしたことから、意外な事実が次々と明るみに!謎が謎を呼ぶ人気シリーズ最新作~

さすがに安定感たっぷりのシリーズ作品。
本作でも“たまたま”白骨死体の鑑定を行うことになったギデオン教授。そうなると、当然のように今までの捜査をひっくり返す事実が明るみに出る・・・(まさに「様式美」、まさに「予定調和」。)
二体の白骨からは、二人がおおよそ想像がつかないような奇妙な行動をとったことが判明。
これが、本作を貫く大きな謎になるのだ。

真相は新たな殺人が起こった後の終盤も押し迫ってからようやく解明される。
ギデオンは相当前から真実に気付いていたフシがあるのだが、なぜか推理を披露せぬままスルー状態。
その辺はやや消化不良気味で、引っ張ったにしてはサプライズ感にも乏しい。
まぁだいぶネタ切れになってきたということなのか、さすがに高齢となった作者に以前と同じような切れ味は期待できないということなのだろう。

毎回、トラベルミステリー的な味わいもある本シリーズなのだが、本作ではそれが相当顕著。
フィレンツェの名所やイタリア料理、ワインの数々が、ギデオンやその仲間たちに次々に紹介される。
(イタリア、フィレンツェ・・・行ってみたいよねぇ・・・)
ということで、シリーズファンならば必読かもしれないが、それ以外の方にはそれほどオススメはできないかな。
でも、次作をついつい期待してしまうんだけどね。

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