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ミステリの祭典

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平均点:6.00点 書評数:1859件

プロフィール| 書評

No.1139 6点 Another
綾辻行人
(2015/05/31 09:53登録)
2009年発表。
その年の各種ミステリーランキングでも上位を賑わした、作者お得意のホラー作品。
文庫上下分冊のボリューム。

~夜見山北中学三年三組に転校してきた榊原恒一は、何かに怯えているようなクラスの雰囲気に違和感を覚える。同級生で不思議な存在感を放つ美少女ミサキ・メイに惹かれ、接触を試みる恒一だが謎は一層深まるばかり。そんななか、クラス委員長の桜木が凄惨な死を遂げた。この“世界”ではいったい何が起きているのか? いまだかつてない恐怖と謎が読者を魅了する!~

前々から読もう読もうとしていた作品をようやく読了。
読後すぐの感想としては、「さすがのストーリーテリング」という感じ。
ホラー作品とはいえ、序盤から謎また謎の展開。
見崎鳴の存在そのものや、夜見山北中学三年三組に横たわる大きな欺瞞、そして謎の殺人者・・・
ここまで広げた風呂敷をいかに回収していくのか、心配になるほどだった。

一番の問題点はメイントリックともいえる、ある人物○○だろう。
これは・・・気付かないというか、気付けないよなぁー
叙述トリックといえばそれまでなのだが、ここまであざといのは如何か、という気は正直する。
でもまぁ衝撃的といえば衝撃的だった。
(そういえば最初から何か怪しげに書かれていたよなぁ・・・)

というわけで、良くいえば、本作はそれまでの本格ミステリーとホラーを融合させたハイブリッド作品という印象。
分量はあるが、読者はそれなりの満足感を得られるのではと思う。
欲を言えば、スピード感やサスペンス度がもう少しあればという感じで、とにかく手馴れた感を半端なく感じた作品。
(これは折原の「沈黙の教室」や「暗闇の教室」と同系統だな)


No.1138 5点 大穴
ディック・フランシス
(2015/05/31 09:52登録)
1965年発表。「本命」「度胸」「興奮」に続く長編四作目がコレ。
原題“Odds Against”と邦題(「大穴」)との違和感は他の方と同様。
シッド・ハレー初登場としても有名な作品。

~ラドナー探偵社の調査員シッド・ハレーは、脇腹に食い込んだ鉛の弾丸のおかげで生き返った。かつて一流の騎手であったハレーは、レース中に腕を負傷して騎手生命を絶たれ死人も同然だったのだ。だが、今の彼の胸に怒りが燃え上がってきた! 彼を撃った男は誰に頼まれたのか、その黒幕は何を企んでいるのか? 傷の癒えたハレーは過去への未練を断ち切り、競馬界に蠢く陰謀に敢然と挑戦していった・・・~

これは・・・ひとりの男の再生の物語・・・かな。
紹介文のとおり、シッド・ハレーはかつては英国を代表する一流騎手として名を馳せた男。
そんな男が一介の調査員として、競馬場買収に纏わる闇に巻き込まれていく。
世間に対して斜に構えていたハレーが、徐々に男として、人間としての矜持を取り戻していくのだ。
そんなハレーの姿には、一読者として胸を熱くさせられた。
(同じく斜に構えた女性として登場するザナ・マーティンとの絡みも読みどころ・・・)

プロットそのものは単純だし、いかにもデイック・フランシスらしい展開。
終盤のハレーのピンチシーンも他作品でよくお目にかかる奴と一緒だ。
それと、本作では特に中盤~終盤での単調さが目立つのがやや難。
サスペンス性という意味でも、もう少し読者を惹き付けるポイントがあれば、という印象が残った。

ということで、世評からすると本作はそれほどでもないという評価になってしまう。
作者については発表順に手に取っているけど、今のところは「本命」>「度胸」>「興奮」>「大穴」という感じ。
でもまだまだ未読作が控えているので、楽しみにはしたい。
(結局、ハレーの妻は登場しなかったのか・・・)


No.1137 6点 旅のラゴス
筒井康隆
(2015/05/13 20:40登録)
1986年発表。
最近書店で平積みになっていて、気になっていた作品を今回読了。
独特の味わいを持つ連作短篇集(或いは連作長編)。

①「集団転移」=これっていわゆる「ワープ」ってやつだよね。主人公ラゴスとともに、本作の主要キャラとなる「デーデ」も登場。
②「解放された男」=転移した村にいる暴れん坊「ヨーマ」。彼が暴れる理由は人の心が読めてしまうからということなのだが・・・それは悲しい能力なのだろう。
③「顔」=旅先で出会った似顔絵書きの男。その男は依頼人が“こうありたい”と願う姿を似顔絵にできる能力を持つという。
④「壁抜け芸人」=タイトルどおり、壁を通り抜けられる能力を身に付けた男。好意を持つ女性の部屋へ壁抜けしようとした男は何と・・・アレを残したまま壁抜けに失敗する。
⑤「たまご道」=この大蛇って「ガラガラヘビ」だよね。音がするんだから・・・
⑥「銀鉱」=何と捕まって奴隷となってしまうラゴス。連れて行かれたのが銀山。奴隷として働くうちに、その能力を徐々に発揮し始めるラゴス。
⑦「着地点」=銀山から運命の女性ととともに逃亡したラゴス。でも彼はひとりで旅を続けなければならない・・・
⑧「王国への道」=南方へ旅を進めるラゴス。行き着いた町で伝説の書の読書に耽る。
⑨「赤い蝶」=久し振りに戻ってきた「シュミロッカ」の街。ラゴスは思いを寄せ続けた女性の姿を探すのだが・・・
⑩「顎」=崖地に追い込まれ窮地に陥るラゴスの身に・・・
⑪「奴隷商人」=ここでまた奴隷にされる運命ってなに・・・
⑫「氷の女王」=あの女性が何と「氷の女王」になっていた、って数奇な運命だ。

以上12編。
これってファンタジー? SF?
とにかく独特の世界観を持つ物語。
まるでひと昔前のRPGのようだ。

文明とか人間とか哲学的なベースがあるのかもしれないが、そんな難しいことは抜きに、とにかく作品世界にのめり込んでしまった。
さすがのクオリティという感じ。
分量も手頃なので、旅のお供に是非!


No.1136 6点 シーザーの埋葬
レックス・スタウト
(2015/05/13 20:39登録)
1939年発表のネロ・ウルフシリーズ。
「料理長が多すぎる」に続く長編六作目に当たるのが本作。

~全米チャンピオン牛の栄誉に輝いたというのに、シーザーの命は風前の灯火。飼い主で大衆レストラン・チェーンの経営者トマス・ブラッドが、店の宣伝のためにバーベキューにしようというのだ。そこへ呑気に迷い込んできた巨漢探偵ウルフと彼の右腕のアーチー。周囲の猛反対をよそにセレモニーの時間は刻々と迫っている。ところが、厳重警戒の牧場で一頭の牛と反対派の若者の死体が発見された。ウルフは謎のパズルをつなぎ合わせようとするが・・・~

プロットの骨子はなかなか面白い。
紹介文のとおり、“シーザー”とは全米のチャンピオン牛なのだが、どうみてもその牛(=シーザー)に殺されたとしか見えない男の死体が発見される。
警察側は牛による事故という形で処理しようとする矢先、件の牛(=シーザー)も病気が原因で死んでしまう。
バーベキューを強行しようとする側と反対派の間には複雑な人間関係が見え隠れして・・・という展開。

ネロ・ウルフによって解き明かされる真相はロジックが効いてて、実に単純明快且つ納得性十分。
(ウルフは最初から分かってたと述べているが、だったらもったいぶらずに言っとけよ!)
ということでなかなかの良作・・・とはならないのが残念なのだ。
如何せん中盤のやり取り、展開がぬるい。
ウルフとアーチーのすったもんだのやり取りは本シリーズの特徴なのだろうけど、これが本筋からは殆ど無駄な気が・・・
(アーチーの奮闘ぶりも個人的にはちょっとウザイ感じ。)
もう少しシンプルな筋書きであればより評価は上がったと思うけど、そうすると本シリーズの良さも消えるんだろうなぁー
その辺の匙加減は難しいかも。

個人的にはプラス・マイナスを相殺して水準級プラスアルファという評価で落ち着く。
繰り返すけど、プロットの骨子そのものは結構イイ線いってると思う。
(やっぱりシリーズものは読む順番を考えたほうがいいのだろうか?)


No.1135 5点 スコッチ・ゲーム
西澤保彦
(2015/05/13 20:38登録)
2002年発表のタック&タカチシリーズ長編。
前作「仔羊たちの聖夜」に続くシリーズ作品であり、時系列的にも繋がっている(模様)。

~高校三年の冬、学園の女子寮に戻った高瀬千帆は、ルームメイトで同性の恋人・恵の惨死を知る。容疑者は恵と噂があった学園の教師・惟道。だが、彼は「酒の瓶を持って河原へ向かう男を尾行していた」という奇妙なアリバイを主張。二日後、隣室の生徒が殺される。再び惟道は同じアリバイを主張する。二年後、匠千暁が千帆の郷里で事件を鮮やかに解く本格ミステリー~

このシリーズらしい作品。
体裁としては、紹介文のとおり、タカチの体験した過去の事件をタックが安楽椅子で解き明かすというスタイル。
シリーズ初心者ならいいけど、何作か読んでいる読者ならば、明らかに「これ伏線だろ!」っていうポイントがそこかしこにあるのがどうしても気になる。
(断水とか・・・)
そして、メインのロジックが「容疑者がなぜスコッチを半分川に捨てたのか?」という謎。
こうして文字にすると魅力的に見える。
ただ、「麦酒の家の冒険」などでも感じたことだけど(タイトルからして“酒”つながりだな)、ロジックをこね回しているという感覚が拭えないのだ。

一番腑に落ちないのが動機。
他の方も触れているけど、正直理解不能。
そりゃもちろん動機なんて人それぞれで、どんな動機でもあり得ると言えばそれまでなのだが、世間的な「常識」からは大きくはずれている。
これはもう、シリーズ読者にしか理解できないんじゃないか?(特にタカチというキャラが理解できているか・・・という点)

ということで読者を選ぶ作品だろう。
まぁ当たり前だけど、シリーズは最初から読む方がベターということだ。
(真犯人もよくいえばサプライズなんだけど、これって反則ではないか? 何しろ読者には○○さえ示されてなかったのだから・・・)


No.1134 7点 ダック・コール
稲見一良
(2015/05/04 15:09登録)
1991年に発表された作者の第三作目がコレ。
その年の山本周五郎賞受賞作且つ各種ミステリーランキングでも上位を賑わせた作品。
男と鳥が紡ぎ出す珠玉の物語たち・・・

①「望遠」=映画プロダクションの浮沈を賭け一年がかりで準備されたベストショット。あとはボタンひとつ押せばという時、目の前に現れた“そこにいるはずもない野鳥”・・・。ラストショットを任されていたひとりの男は、刹那野鳥にアングルを向けてしまう・・・。男の行動を擁護するプロダクション社長の台詞が格好いい。
②「パッセンジャー」=アメリカのある小村。森の中に迷い込んだ青年は、上空を覆うほどの鳩の大群に遭遇する。大冒険の末、鳩を仕留めた青年は勇躍帰村するのだが・・・。鳩やそれを狙う隣村の野蛮な男たちの前で揺れ動く青年の心の描き方に凄み。
③「密猟志願」=大病を患い職も失った初老の男。キャンピングカーを駆り、手慰み程度の密猟を楽しんでいた男の前にある少年が現れる。初老の男と少年の心の交流が清々しくもあり、なぜか悲しくもある・・・
④「ホイッパーウィル」=脱獄囚を追う男たちのマンハントを描く一編。これまでの①~③と異なり、ややハードな味わい。主人公の日系アメリカ人が出会う一人の老兵。この男もやはり只者ではなかった・・・
⑤「波の枕」=これまでの「山の中」から一変、南太平洋のまん真ん中が舞台となる本編。沈没船から投げ出され、大海に漂う男の脳裏に浮かぶのは、故郷・紀州での生活。それも傷ついた鳥たちを助け、育てていく生活。そして、ひとりの少女との出会い・・・。ラストが感動的。
⑥「デコイとブンタ」=鴨の形をした木彫りの擬似鴨(当然非生物です)の目線で描かれる最終譚(って、かなり強引!)。ブンタという少年と出会い、心を通わせていく(!?) やがて判明する少年の秘密と突如訪れたピンチ。

以上6編。
さすがに評判どおり、何とも言えない雰囲気のある作品。
全編で「鳥」が登場し、男たちの物語に小さくない影響を与えていく存在として描かれる。
動物との関わりをテーマにしたハードボイルド作品もあるが、鳥だけがテーマというのは珍しい。

本作に登場する男たちは「鳥」との関わりを通して成長していく。
それが年端のいかない少年でも、初老の男でも・・・
人は人として、もちろん男は男として矜持を持って生きていかねばならない。
格調ある文章とともに、そういうメッセージを強く感じた作品。
(タイトル名は「鳩笛」の意味だが、作中に鳩笛は一度も出てこない・・・)


No.1133 6点 動く標的
ロス・マクドナルド
(2015/05/04 15:08登録)
1949年にジョン・マクドナルド名義で発表されたハードボイルド長編。
私立探偵リュウ・アーチャー初登場ということでも記念碑的な作品。
原題“The Moving Target”(ってそのままだな・・・)

~テキサスの石油王ラルフ・サンプスンが失踪した。まもなく十万ドルの現金を内密に用意しておくようにとの本人の署名入りの速達が届く。どうやら誘拐事件のようだ。夫人から調査を依頼された私立探偵リュウ・アーチャーは眉をひそめた。金を渡したからといって本人が生還する保証はないし、それにこの手紙には胡散臭い点が多すぎる。こうしてアーチャーは複雑に絡み合う事件の中に、そして四つの殺人事件へと足を踏み入れていく・・・~

ということで、リュウ・アーチャーである。
ロス・マク作品は、「さむけ」「ウィチャリー家の女」というツートップ以来久々に読んだわけだけど、他の方も書かれているとおり、本作の“彼”は確かに未完成だ。

挫折や屈折、諦めなどどこか暗い影を持つ登場人物たち。
事件の謎を追い、彷徨うなかで、“彼”は事件の輪郭や真相そして登場人物たちの抱えている闇や光までをも明らかにしていく。
饒舌さはなくても、ひとつひとつの台詞や行動がドラマを生み出し、読者には何とも言えない寂寥感を与えていく・・・
そんな役どころを見事にこなしてくれるのが“彼”なのだけど、本作での“彼”は結構饒舌だし、勇み足や暴走も多い気がする。
(まぁ第一作目なのだから、キャラクターが固まってないのも当然なのだが・・・)

プロットもツートップ作品に比べれば単純で、そうなるよなぁという所に落ち着いている。
人間にはいろいろ複雑な感情やしがらみはあるけど、結局は金と色ということか?
本作にはミランダという小悪魔かつ魅力的な女性が登場するのだが、結局彼女さえいなかったらこの犯罪は起こってなかったってことだよね。
(アーチャーも途中でかなり彼女に惹かれることになる)

でもやっぱりハードボイルドってこういう乾いた街が似合うよなぁーって感じた次第。
LA然り、NY然り、新宿然り。(大阪なんかはやっぱり・・・)
評点としてはこんなもんだけど、決して駄作ではない。
リュウ・アーチャー初の事件としてファンには必読だと思う。


No.1132 3点 黒い仏
殊能将之
(2015/05/04 15:06登録)
2001年発表。
「美濃牛」に続き、名探偵石動戯作が登場する二作目の長編。
今までの書評を読んでいると、とにかくヒドイ評価が並んでいるけど果たして・・・?

~九世紀の天台宗僧侶・円載にまつわる唐の秘宝探しと、ひとつの指紋も残されていない部屋で発見された身元不明の死体。無関係に見えるふたつの事柄の接点とは? 日本シリーズに沸く福岡、その裏で跋扈するふたつの力。複雑怪奇な事件の解を名探偵・石動戯作は導き出せるのか・・・? 賛否両論、前代未聞、超絶技巧の問題作~

うーん。これは普通の人なら「なんじゃこりゃ!」ってなるだろうなぁ。
これがアリなら、アリバイトリックなんて自由自在ってことだし・・・。
でも、まさかここまでブッ飛んでいるとは思わなかった。
(犯人サイドが探偵に協力している・・・ってことだよねぇ)

いったい何が狙いだったんだろうか?
一応本格ミステリーの体裁をとっているけど、それと真逆のプロットを併用している・・・
分からん。
これをどのように評価すればいいのか。
既存のミステリーの枠組みをぶっ壊して、新しいパラダイムを創りだすという意味合いか?

まっ、あれこれ邪推するのは無粋という奴だろう。
こういうミステリーの「やり方」もあるってこと。
ただ、やっぱり肯定的には受け取れないなぁ・・・
(頭が硬すぎるのだろうか?)


No.1131 7点 水中眼鏡の女
逢坂剛
(2015/04/29 17:11登録)
1990年発表のノン・シリーズ短篇集。
いずれも精神疾患をテーマにしたサイコサスペンスが並んでいる。

①「水中眼鏡の女」=目が開けられないといって水中眼鏡を掛けたまま精神科を訪れる美貌の女性。眼科的疾患は何もなく精神的な原因と診断され、医師による治療が始まる・・・。物語は医師による診療場面とこの女性と夫との歪んだ関係を描くパートの二つが交互に進行していくのだが、ラストには大いなる仕掛けが明らかにされる。これが実にキレイに嵌っている。多くの読者は「アッ」と思わされるのではないか?
②「ペンテジレアの叫び」=精神的ダメージにより口がきけなくなった女性の相手役として雇われた美那子。かかりつけの精神科医との仲を疑う美那子は、実は女性の病気は治癒しているのではないかとの疑念を抱く。そして、それぞれの夫を巻き込みながら、歪んだ夫婦関係を清算する大事件が起こる・・・。ラストは皮肉な結末に。
③「悪魔の耳」=二人を殺した現場で、犯罪の相棒である弟を刑事に銃殺された男。逮捕後、精神疾患と診断され長期入院していた男が退院した。弟を殺した二人の刑事に復讐するため・・・。それぞれの大切な人を殺されまいと必死になる二人の刑事だが、危惧された犯罪が起こってしまう。

以上3編。
作者の得意技のひとつであるサイコ・サスペンス。
その面白さが十分に出た作品集に仕上がっていると思う。

いずれも歪んだ人間、狂った人間が登場するのだが、一見してそれと分かる人間だけではなく、意外な人物が実は歪んでいた・・・
という展開。
よくある手といえばそうなのだが、ラストに向け徐々にスピードアップし、緊張感が増していく展開というのは、サスペンスとしては王道だろう。
三編とも短編らしい切れ味もあり、良質な短篇集と評価できる。
(個人的には①よりも②が好き。もちろん①も佳作。③はやや落ちるかな)


No.1130 3点 チャーリー・モルデカイ (1) 英国紳士の名画大作戦
キリル・ボンフィリオリ
(2015/04/29 17:10登録)
1973年発表。原題“Don't point that thing at me”
ジョニー・デップ主演で映画化されるという快挙に及び、角川書店より急遽刊行されたシリーズ第一作。
サブタイトルは「英国紳士の名画大作戦」・・・

~マドリードで盗まれたゴヤの名画。イギリスで捜査を担当する臨時主任警視のマートランドは、学友の画商チャーリー・モルデカイを訪ね手掛かりを得る。ナショナル・ギャラリー、ターナー作品の裏に隠された一枚の写真。石油王クランプフのビンテージカーを外交封印のもとにアメリカに運ぶ仕事を引き受けたモルデカイだが、マートランドに弱みを握られ、汚れ仕事を押し付けられて・・・。怪作ミステリーの第一弾~

これは一体なんと言えばいいのか・・・?
とにかくハチャメチャで、展開が早すぎてついていけない!
今までの話はなんだったんだ? の連続。
で、結局なに?

敢えて言うならこんな感じ。
読了後、あまりにもよく分からなかったので、普通ならパラパラと再読するところなのだけど、今回はそんなことすら思いつかなかった。
これは映像向きなんだろうなぁ・・・
英国流のジョークや悪ふざけの応酬、登場する人物たちはいちいち下品で野趣な雰囲気。
正直、途中でプロットを追い掛けるのは諦めてしまった。

シリーズ一作目だし、本来なら続編を手に取るべきなんだろうけど、これはなぁ・・・
先に映画でも見ていれば違うのかもしれない。
ということで、読者を選ぶ作品という世評はそのとおりだろう。
で、私は“選ばれなかった”ということだ。
(ラストも中途半端でよく分からん!)


No.1129 7点 有限と微小のパン
森博嗣
(2015/04/29 17:08登録)
S&Mシリーズの最終作にして最大のボリュームを誇る本作。
もちろんシリーズの集大成。
1998年発表。

~日本最大のソフトメーカーが経営するテーマパークを訪れた西之園萌絵と友人・牧野洋子と反町愛。テーマパークでは過去に「シードラゴンの事件」と呼ばれる死体消失事件があったという。萌絵たちを待ち受ける新たな事件。そして謎また謎・・・。核心に存在する偉大な知性の正体は・・・? S&Mシリーズの金字塔となる傑作長編~

いやぁー長かったなぁー
回を重ねるごとにボリュームが増えていった本シリーズ。
最終作となった本作では文庫版でついに800ページを超える分量まで成長(?)
でもまぁそれだけの価値のある量と質を備えた作品と言えるのではないか。

ありえないほど堅牢な“密室”で起こる殺人事件。
これまで数々の物理的なアプローチで「密室」を攻略してきた犀川&萌絵だが、これほどの堅牢さに果たして解はあるのだろうかという疑問を抱きながら読み進めていった。
そしてその解がアレ、なわけだ。
・・・なる程。そういうことか・・・。これがアンフェアだとかリアリティに欠けるという評価はあるのかもしれないが、個人的には十分受け入れられるものだった。
そのために壮大な舞台装置が必要だったわけだし、このスケール感はなかなか真似できない。
(もちろん突っ込み所はいろいろあるのだけど・・・)

そして真賀田四季である。
それほど本筋とリンクしていたわけではないと思うのだが、やはり彼女の再登場なしではシリーズ最終章は成り立たないということなのだろう。これが「すべてがFになる」の時点で構想されていたのなら、作者はバケモノだ。
ファンタジックなラストも本シリーズらしい。
この後に続くVシリーズにも大いに期待したい。
(結局すべてが中途半端に終わったような感じもあるけど・・・)


No.1128 7点 真夜中の相棒
テリー・ホワイト
(2015/04/16 23:20登録)
1982年発表の作者デビュー作。
本作は同年のアメリカ探偵作家クラブ最優秀ペーパーバック賞を受賞した記念すべき作品でもある。
原題“Triangle”

~アイスクリームを愛する青年ジョニーは殺し屋だ。依頼は相棒のマックが持ってくる。ひとりでは生きられないジョニーをマックが過酷な世界から守り、ジョニーが殺しで金を稼いで、ふたりは都会の底で生きてきた。相棒を殺された刑事が彼らを追い詰めはじめるまでは・・・。男たちの絆と破滅を暗く美しく描いた幻の名作!~

『相棒』である。
水谷豊の相棒は何回か変わっているが、本作の「相棒」の絆は強固だ。
ギャンブルと女に狂ったハンサムなマックと、あまりにもシャイでひとりでは世間に出られないジョニー。
「殺し」の役割を与えられたジョニーは、とにかくマックに嫌われないために自らの“仕事”を続けていく。

それが何とも言えない「哀愁」を醸し出している。
とにかく“悲しい”のだ。
マックもジョニーも、そしてふたりを執拗に追いかける手負いの刑事サイモンも・・・
三人とも、決して抗うことのできない運命の波に呑まれていく。
第三章ではついに三人が一堂に会することになるのだが、そこには更なる悲劇が待ち受けることになる。
これも運命の残酷さを感じないではいられない。

「幻の名作」という惹句も決して誇張ではない。
『ああいい小説だなぁーと素直に思った』という池上冬樹氏のことばが言い得て妙。
いい作品です。
(夜、静かに読書をしていると、何とも言えない悲しい気分に包まれる・・・)


No.1127 5点 青き犠牲
連城三紀彦
(2015/04/16 23:19登録)
1989年に発表された作者の第五長編。
昨今のプチブームに合わせて、光文社より復刊され読了。

~高名な彫刻家の杉原完三が、自宅兼アトリエから姿を消した。一ヶ月後、完三は武蔵野の森から遺体で発見された。犯人は誰なのか。高校三年生の息子・鉄男の出生の秘密、美貌の母と鉄男の異常な関係など、杉原家の抱える歪んだ家族関係が明らかになり、容疑は息子の鉄男に向けられるが、仰天の顛末とは・・・? ギリシャ悲劇を絡めた連城初期の傑作長編ミステリー~

まさにタイトルどおり。
本作で示されるのは「青き犠牲(いけにえ)」なのだ。
登場するのは連城作品らしい“歪んだ人々”たち。
歪んだ人々の発する言葉は、果たして本心なのか、それとも真っ赤な嘘なのか・・・?
読者は最後までケムに巻かれることになる。

本作のもうひとつのモチーフがギリシャ神話に描かれている「母子の異常な関係」。
息子と姦通してしまう母、父親を殺してしまう息子。
果たしてこの事件はギリシャ悲劇を正確に模しているのか・・・どうか?
そこはやはり連城。まともな終わり方ではない。
真相は“裏の裏”なのか、“裏の裏の裏”なのか、はたまたさらなる裏が待ち受けているのか・・・

ただ、切れが今ひとつなのは否めない。
他の佳作では、思わずのけぞるほどのサプライズや切れ味の妙を感じるのだが、本作はそこまでの印象はない。
悪い意味で何となくムズムズ感が残る・・・感じなのだ。
というわけで、評点はやや辛めになる。
(こういう女って・・・怖いねぇー)


No.1126 5点 追憶のカシュガル
島田荘司
(2015/04/16 23:18登録)
2011年発表の連作短篇集。
~進々堂。京都大学の裏に佇む老舗珈琲店に世界一周の旅を終えた若き御手洗潔は日々顔を出していた。彼の話を聞くため、予備校生のサトルは足繁く店に通う・・・~
今回は文庫版(「御手洗潔と進々堂珈琲」と改題)にて読了。

①「進々堂ブレンド1974」=軽い導入部的一編。御手洗の相手役となるサトルの少年時代の淡い恋の話。この頃って、年上の女性に憧れるものなんだろうなぁー
②「シェフィールドの奇跡」=ハンディキャップを持つ人々に対する偏見は洋の東西を問わずということか。御手洗という登場人物を通じて、作者はよく社会的弱者へのいたわりの思いを読者に伝えているが、本作もそれがよく出ている。
③「戻り橋と彼岸花」=“彼岸花=曼珠沙華”という花を象徴的存在として、戦時中の日本と韓国の関係を描いた作品。どこまで実話に沿っているのか不明だが、こういう話に接すると心が痛くなってくる。ラストはある伏線が明らかにされるのだが、それが見事に作品に華を添えている。
④「追憶のカジュガル」=現在、新疆ウイグル自治区にある街・カシュガル。砂漠にあるオアシス都市、東西文化の結節点として、昔よりあらゆる民族から征服を受けてきた街・・・。そんな独特な雰囲気を持つ街で御手洗が出会ったのは、パン売りの少年と白髯を蓄えた老人。その老人は日本に纏わる過去を有していた・・・。アキヤマが死ぬ間際に発した『アジア人としての誇りを持って・・・』という言葉が泣かせる。

以上4編。
他の方も書いているとおり、本作はミステリーではなくいわゆる「謎」は登場しない。
御手洗が体験談がひたすら語られる・・・・のだ。
本作が楽しめるかどうかは、その体験談をいかに楽しめるのかにかかっているのだが、個人的には・・・微妙。

とにかく御手洗潔が好きという方には必読なのかもしれないが、少年時代を描いた「Pの密室」といい本作といい、そこまで御手洗を超人にしなくても・・・という気にはさせられた。
せっかく連作形式にしたのなら、もう少しそこに凝ったプロットを仕掛けて欲しかったしなぁ・・・
まぁ、いい話ではある。


No.1125 6点 浅草偏奇館の殺人
西村京太郎
(2015/04/06 21:14登録)
1996年発表の長編ミステリー。
十津川警部をはじめ作者のキャラクターが全く登場しない異色の作品。

~戦争の足音が忍び寄る昭和七年。エロ・グロ・ナンセンスが一世を風靡した浅草六区の劇場、偏奇館で三人の踊り子がつぎつぎに殺された。京子十八歳、早苗十九歳、節子十八歳。ひとりは川に浮かび、ひとりは乳房を切り裂かれ、ひとりは公園の茂みの中に・・・。事件の真相を尋ねて、私は五十年ぶりに浅草を訪れたのだが・・・~

作者らしくない筆致&プロット。
これまでトラベルミステリーや初期の本格或いは社会派ミステリーを何冊も読んできたが、いずれとも違う感覚・・・なのだ。
十津川警部や亀井刑事、左文字進のテンポ良い会話を中心に、高いリーダビリティで読ませる作品ではなく、止められない連続殺人事件を切々と描写する、何とも言えない哀愁感の漂う作品。

それもこれも事件の舞台設定のためだろう。
軍部が日本全体に徐々に侵食し、戦争に突き進んでいく暗い世相。
そんな中で唯一、民衆のための娯楽の街となった浅草六区。エノケンをはじめとして大衆娯楽の世界に力の限りを尽くす若者たち・・・
これが何とも言えない“哀愁感”を生んでいる。

本筋の殺人事件の謎自体はまぁたいしたことはない。
入れ子構造になって、過去の事件を振り返るというようなプロットの場合、普通ならもう少し「サプライズ的な仕掛け」があって然りなのだが、本作にはそこまでの仕掛けは込められてない。
でもいいのだ。
本作はそういう作品ではない。きっと作者は書きたかったのだろう。
この時代の浅草を。
確かに暗くつらい時代だったのかもしれないが、みんなが一生懸命生きていた時代・・・
たまにはノスタルジーに浸ってみるのもいいのではないか?
(当時からの店が今まだあるのが浅草のスゴイところ・・・)


No.1124 8点 ホロー荘の殺人
アガサ・クリスティー
(2015/04/06 21:12登録)
1946年発表の長編ミステリー。
もちろんエルキュール・ポワロ物の長編だが、本国で特に評価の高い作品として知られている。

~アンカテル卿の午餐に招かれたエルキュール・ポワロは少なからず不快になった。ホロー荘のプールの端でひとりの男が血を流し、傍らにピストルを手に持った女が虚ろな表情で立っていたのだ。だがそれは風変わりな歓迎の芝居でもゲームでもなく、本物の殺人事件だったのだ! 恋愛心理の奥底に踏み込みながら、ポワロは創造的な犯人に挑むが・・・~

「小説」としてなら尋常ではないほど高いクオリティと言えるのではないか?
読後まずそんな風に感じてしまった。
多くの人が書いているとおり、確かに純粋なミステリーとしての評価なら、他の有名作の方が数段出来はいいだろう。
ただし、「小説」としてならもしかするとコレがNO.1なのかもしれない。
(小説というよりも舞台劇と言う方が似つかわしいが・・・)

とにかく登場するひとりひとりの人物描写がスゴイ。
どこか少しずつマトモでない、捻れた感情を持つホロー荘に集う人々。
そして、ひとりの男性を巡って複雑に絡み合う感情の末に起こってしまう殺人事件。
ごく単純だったはずの殺人事件が、少しずつ複雑な様相を示していく・・・

今回のポワロはいわゆる名探偵としての役割は果たしてない。
最終的にはひとりの女性の命を救い、事件を丸く収める役目を果たしているのだが、自身の推理を披露する機会はほぼ皆無。
(途中ではグレンジ警部から最有力容疑者という扱いまで受けてしまう・・・)
プロットそのものも既視感はある。

それでもこれはやっぱりスゴイ作品だと思う。
人間の心理こそがミステリー。そういう思いが投影された作品なのだろうし、女流作家ならではの細やかな筆致は男性には真似できない。
・・・ということで決して低い評価はできない。
(ヘンリエッタの感情は「優越感」という奴ではないのか?)


No.1123 6点 犯罪ホロスコープⅡ 三人の女神の問題
法月綸太郎
(2015/04/06 21:11登録)
~Ⅰ(「六人の女王の問題」)に続き、黄道十二宮の後半戦が描かれる本作。
というわけで、天秤座、蠍座、射手座、山羊座、水瓶座、魚座・・・それぞれに纏わる事件がテーマとなっている。

①「宿命の交わる城で」=天秤座。作者あとがきにも触れられているが、「あるキング」のパイロット版とも言えそうな作品。つまりは“交換殺人”がテーマとなっているのだが、そこは策士らしくひと捻りもふた捻りも仕掛けてある。でもこれって「策士、策に溺れる」の典型だな。
②「三人の女神の問題」=蠍座。オリオンと毒蠍の逸話はギリシャ神話で有名だが、それをモチーフにうまく取り込んだ作品。プロットとしては、ラストに事件の構図をきれいに反転させるのが旨い。携帯の通話記録もこんなふうに使えばフーダニットの材料になるんだねぇ・・・。サブタイトルとして使われているだけある作品。
③「オーキュロエの死」=射手座。ギリシャ神話に因んだ名前のアナグラム(駄洒落?)は本作の特徴だが、何か無理矢理感はある。これもラストでひっくり返されるが、②よりは唐突。
④「錯乱のシランクス」=山羊座。ダイイングメッセージを扱った作品なのだが、これはかなり強引というか無理矢理。こんなメッセージに気付く奴いるか? 楽譜の薀蓄はなかなか面白かったが・・・
⑤「ガニュメデスの骸」=水瓶座。やり手の女性実業家が一千万円の身代金を用意した相手は何と「亀」・・・。長年飼っていた“愛亀”とは言うが、そこには大きな秘密が隠されていた・・・ラストにタイトルの意味が明かされて納得。
⑥「引き裂かれた双魚」=魚座。④~⑥は“よろずジャーナリスト”飯田才蔵がサブキャラとして登場し、事件を賑わしている。いかにも怪しいオカルト専門家の変死が主題なのだが、ちょっとごちゃごちゃしたプロット。

以上6編。
さすがに短編職人(個人的に勝手に命名しているだけですが・・・)法月綸太郎!
という感じ。
星座に因んだ作品を十二もひねり出すだけでも大変なのに、どれも水準級若しくは水準以上の作品に仕上げているのは賞賛に値する。

もちろん“縛り”がある分、無理矢理感のある作品もあるのだが、それは致し方ないかな・・・
まぁできれば、なんの縛りもなく伸び伸び書いてもらった方が、面白い作品になるのかもしれないけど、そこはそこ。こんな凝った連作短編集も面白いとは思った。
(ベストは他の方と同様②で決まり。後は①③の順。)


No.1122 7点 ブラックスワン
山田正紀
(2015/03/28 17:39登録)
1992年発表の長編ミステリー。
SFがホームテリトリーである作者が書いた本格ミステリー。

~世田谷の閑静な住宅街にあるテニス・クラブで、白昼、女性の焼死事件が発生した。ところが、捜査を進めていくうちに焼死した橋淵亜矢子は十八年前に行方不明になっていたことが判明。当時女子大生だった彼女にいったい何が起こったのか? 焼死事件とのつながりは何なのか? 雪の瓢湖に舞う「ブラックスワン」をキーに、青春時代の謎を追う本格ミステリーの傑作~

「さすがに旨い!」・・・そんな読後感。
ハルキ文庫版の巻末解説は折原一氏なのだが、氏曰く「本作はバリンジャーの『歯と爪』を完全に意識した作品」とのこと。
言われてみればそのとおりかな・・・
ということはつまり、折原一の作風にも似ているわけで、個人的に何となく感じていた既視感にも納得がいった。

いわゆる叙述トリックの衝撃度という意味では「そこそこ」というレベルなのだが、本作の良さはそんなところにはない。
“雪の瓢湖(白鳥の飛来地で有名)”という荘厳な舞台装置、いかにも謎めいた複数の手記・・・
これはもうプロットの勝利というほかない。
(元新聞記者の男が過去の事件を追うというスタイルも折原の「・・・者」シリーズっぽい)

これは先日「人喰いの時代」を読んだときにも感じたことだが、とにかく読者の「気を惹く」技に長けているのだ。
つぎにどのような展開が待っているのか・・・
こう思わすことのできる作者、作品はやはり魅力的だというしかない。
そして何より「嫌らしさのない」「上質感」のある文章、筆致。
これも一流の証だろうと思う次第。
ちょっと褒めすぎのようにも思うが、一読の価値はある。
(西村京太郎を思わせる冒頭のアリバイトリックっぽいシーンって、結局何だったのか・・・)


No.1121 6点 盲目の鴉
土屋隆夫
(2015/03/28 17:38登録)
1980年発表の千草検事シリーズ作品。
前作(「妻に捧げる犯罪」)から八年ぶりに発表された作者の第八長編に当たる。

~評論家・真木英介が小諸駅前から姿を消した。数日後、千曲川河畔で真木の小指の入った背広と「鴉」の文字が見える紙片が発見された。一方、世田谷の喫茶店では、劇作家の水戸大助が『白い鴉』と言い残して死んだ。何者かに毒殺されたのだ。ふたつの事件の間を飛び交う「鴉」につながりはあるのか? 千草検事の推理が真相を抉る傑作文芸ミステリー~

作者らしい“地味”だが“丹念”な本格ミステリーに仕上がっている。
ひと言で表すとそんな印象。
紹介文にもあるとおり、当初は二つの事件が別々に進行し警察は手をこまねくのだが、千草検事が「鴉」という共通項を発見するに及び、二つの事件が密接に絡まってくる。
この辺りのストーリー展開は巧みで安定感十分。
序盤~中盤は事件の背景、「鴉」の意味など、いわば「動機探し」がプロットの中心。

終盤に差し掛かるまでに真犯人はおおよそ目星がつくのだが、捜査陣の前に鉄壁のアリバイが立ち塞がる。
というわけで終盤はこの「アリバイ崩し」がプロットの中心。
電話がトリックの鍵となるのだが、時代背景とはいえ、いかにも「作り物めいた」ところがちょっと頂けない気はした。
(犯人が実質これだけでアリバイを構築したというところに納得性が薄い)
とはいえ、作品全体には何とも言えない寂寥感や悲哀感が漂い、格調高い作品に仕上がっているのは間違いない。

千草検事と野本刑事の頭脳派・体力派コンビは紋切型といえば紋切型で、ともすると二時間サスペンスのような雰囲気になりやすいのが玉に瑕。
本作も堅実な作風好きの方には良いが、冗長さがあるのも否めないかな・・・
他の佳作よりは評価は落ちる。
(本作は、短編「泥の文学碑」をベースに長編に焼き直した作品)


No.1120 5点 大渦巻への落下・灯台 -ポー短編集Ⅲ SF&ファンタジー編-
エドガー・アラン・ポー
(2015/03/28 17:36登録)
新潮社の編集によるE.A.ポーの短編集第三弾。
今回はSF、ファンタジー系作品を中心とした作品集となっている。

①「大渦巻への落下」=舞台は北欧・ノルウェー沖。中型の漁船クラスの船が伝説の“大渦巻”に呑み込まれてしまう・・・のか? ラストは江戸川乱歩の某作品を思い出してしまった。
②「使い切った男」=原住民との戦場で大活躍をした伝説の戦士。彼はいったいどんな男なのか・・・ということで話は進むのだが、ラストにはシニカルな結果が待ち受けている。
③「タール博士とフェザー博士の療法」=タイトルはこうなっているのだが、話中にタール博士もフェザー博士も登場しない不思議なストーリー。とある精神病院を舞台に「鎮静療法」なる謎の療法が語られるのだが・・・
④「メルチェルのチェス・プレイヤー」=“自動人形”と呼ばれ、対戦相手とチェスを指すことができる人形。要はからくり人形っていうことなのだろうが、本作はその「からくり=仕掛け」を延々と解説してくれる・・・。巻末解説によると、本作が後世のSF作品に与えた影響は小さくないとのことだが・・・
⑤「メロンタ・タウタ」=作者の天文学への憧憬や興味が反映された作品。つまりはSF的な作品ではあるのだが、結局タイトルの意味はよく分からなかった。
⑥「アルンハイムの地所」=これが一番よく分からなかった。主人公である詩人的造園家エリソンが、実はポー自身の投影になっているとのことだが・・・
⑦「灯台」=実は未完の作品。ただし、舞台は北欧の海辺であり、①につながる作品ではないかという“いわく”があるとのこと。確かに魅力的な書き出しではある。

以上7編。
さすがジャンルを越え、多方面に才能を発揮した作者ならではの作品集。
正直、私のチンケな頭では理解できないものもあるのだが、脂の乗った時期に当たり、筆が乗っていることを思わせる作品が多い。

文庫巻末解説では、後世のSF作品への影響についても触れているので、SF好きの方は一読してみてもいいのでは?
本格しか読まないという方にはややキツイかも・・・
(個人的には、やたら自動人形の仕掛けに拘った④が一番印象に残ったのだが・・・)

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