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ミステリの祭典

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平均点:6.01点 書評数:1812件

プロフィール| 書評

No.1112 6点 ビブリア古書堂の事件手帖6
三上延
(2015/02/26 22:19登録)
大人気ビブリオ・ミステリーもついに第六作に突入。
五浦と栞子さんの仲も進展し、そろそろシリーズも佳境に入ってきた様子だが・・・
果たしてどこまで続くのか?

~太宰治の『晩年』を奪うため、美しき女店主に危害を加えた青年。ビブリア古書堂のふたりの前に彼が再び現れる。今度は依頼者として・・・。違う『晩年』を捜しているという奇妙な依頼。署名ではないのに、太宰自筆と分かる珍しい書き込みがあるらしい。本を追ううちに、ふたりは驚くべき事実に辿り着く。四十七年前にあった太宰の稀覯本を巡る盗難事件。それにはふたりの祖父が母が関わっていた。過去を再現するかのような奇妙な巡り合わせ。深い謎の先に待つのは偶然か必然か?~

「太宰」「太宰」「太宰」づくしの六作目。
前々作の「乱歩づくし」に続く長編スタイルだが、太宰の『晩年』については一作目に登場するエピソードの続編。
・・・というわけで、太宰に対しては特別の「想い」がありそう。

章立てでいうと、第一章『走れメロス』はともかく、第二章の『駆込み訴へ』は初めて聞いた。
作中では栞子さんから太宰についての蘊蓄がいろいろと語られているが、想像していた以上に繊細で神経質な性格だったことが推察される。
それよりも本作一番の収穫は、太宰がミステリーを書いていたということ!
(あまり書くと未読の方の興味を削ぎそうなので敢えて触れないが、今でも読むことはできるのだろうか?)

で、本筋についてだが、長編に変わった分、いつもより腰の座ったプロットになっている印象は持った。
特に終盤はドンデン返しの連続という、まるで本格ミステリーのような展開まで繰り出されており、作者の懐の深さを窺うことができる。
シリーズを通じての謎や伏線もまだまだ読者を引き込むことに成功している、って感じだ。
ただそろそろマンネリ感が出てきたのも事実。
作者あとがきによると、シリーズもあと一作か二作で完結ということで、その辺は作者も思惑どおりなんだろう。

しかし、古書マニアも大変だねぇー
古書ひとつで命まで狙われるわけだから・・・
(相変わらず栞子さん・・・萌えるわー)


No.1111 3点 ローウェル城の密室
小森健太朗
(2015/02/26 22:17登録)
1995年発表。
江戸川乱歩賞の最終候補にも残った作者の処女長編作品。

~「三次元物体二次元変換器・・・」。森に迷い込んでしまった丹崎恵と笹岡保理の前に現れた不気味な老人は確かにそう言った。訳のわからない二人だったが、次に気付いたときには、二次元の世界へと入り込んでいたのだ・・・。少女漫画『ローウェル城の密室』の登場人物、メグとホーリーとして。漫画の世界の中で二人は恐るべき密室殺人に巻き込まれる・・・。驚天動地のトリックで乱歩賞最終候補作となった超本格ミステリー~

これ、よく出版したなぁー
って思うはず。普通の感覚なら。
弱冠十八歳で本作を発表した作者に罪はない。何せ高校生だもの。
それをあろうことか乱歩賞の最終候補に祭り上げ、出版までしてしまった大人たちの罪だろう。

ということで中味の批評をしても仕方ないのだけど、少しだけ書くと・・・
この密室トリックはないよ!
なぜ「密室講義」まで入れてしまったのか理解に苦しむ。
(こんな解法なら全く関係ない)

密室殺人が起こるまで読まされる世界観の説明も長すぎだろう。
長い割には全く頭に入ってこないし、この描写では男女の別さえはっきり書き分けていない。
(もしかして叙述トリックかと身構えてしまった)

まぁ仕方ない。
あくまでも「習作」だということで理解しておこう。
(メタがやりたかったのは分かるけどねぇ・・・)


No.1110 8点 八百万の死にざま
ローレンス・ブロック
(2015/02/19 23:20登録)
ゾロ目1,111番目の書評は、マット・スカダーシリーズの最高傑作との呼び声高い本作で。
シリーズ五作目となる本作だが、“飲酒”との戦いに挑む(?)スカダーは果たして・・・?
1982年発表。

~新聞の見出しを見ると、胸が苦しくなり、苦痛がこみ上げてきた。コールガール惨殺さる・・・その女性キムは足を洗うため、ヒモと話をつけてくれと私に頼んできたのだ。ヒモの男・チャンスは意外にもあっさりと彼女の願いを受け入れたのだが、キムの死はその直後だった。やがてチャンスが真犯人を探して欲しいと依頼してくる・・・。マット・スカダー登場。巨匠がアメリカ私立探偵作家クラブフェイマス賞を受賞した代表作!~

このタイトルは実に深く、素晴らしい。
八百万とはNYに住む人々の数(つまりは人口)だが、この街には「八百万もの死にざま」があるということ・・・
「死にざま」なんだな。あくまでも「死にざま」! 「死に方」ではないのだ!
本作の被害者はナタで惨殺された死体で発見される。
もちろんその「死にざま」も酷いのだが、アルコールに毒され、アルコールにより「死」を迎えるかもしれないスカダーもまた自分の「死にざま」を頭に浮かべる。

ヒモのチャンスもしかり、達観した刑事ダーキンもしかり、スカダーが関係していく人物すべてがこの街NYに翻弄されていく。
連続惨殺事件の行方ももちろんなのだが、本作では街VS人という構図がどうしても頭の中に残った。
ラストにようやく判明する事件の真相や背景にしても、まさにNYならではというもので、真犯人は「誰それ」というよりは、NYという魔物に取り憑かれた何か、という存在のように思える。
とにかく最上級のハードボイルドを味わうことができ、さすがにブロック!のひとこと。

まぁでも読む順番はやっぱり間違えたな。
「倒錯三部作」から先に読み、本作に遡ったわけだが、他の方も書いているとおり、やはりシリーズものは最初から読むのがベスト。
緩やかだが、当然シリーズの世界観も進行しているわけで、その通りに読む方が絶対いいに違いないと感じた次第。
評価はこんなものかなぁー。個人的には倒錯三部作の方が好き。(分かりやすいからね)


No.1109 7点 無理
奥田英朗
(2015/02/19 23:18登録)
2009年発表の長編作品。
「最悪」「邪魔」の続編的位置付けで、今回は五人の男女がまるでジェットコースターのように、世間という名の荒波に翻弄されるノンストップ・サスペンス(?)

~合併で生まれた地方都市「ゆめの市」で、鬱屈を抱えながら暮らす五人の男女。人間不信の地方公務員、東京に憧れる女子高生、暴走族あがりのセールスマン、新興宗教にすがる中年女性、もっと大きな仕事がしたい市会議員・・・。縁もゆかりもなかった五人の人生がひょんなことから交錯し、思いもよらない事態を引き起こす~

相変わらずというか、どの作品を読んでも達者だよなぁ・・・と思わされる。
人間の本性というかエゴイズムを“これでもかっ!”というくらい描ききっている本作。
(ラストシーンですべてがいきなり集束される大技がスゴイ!)
地方公務員も女子高生も族あがりのセールスマンも中年女性も市会議員も・・・どこにでもいるような小市民なのだ。
それが、ほんの少しの悪意や嫉妬や保身、油断を抱いた刹那、抗うことのできない大きな濁流に呑み込まれていく。
その転落ぶりが悲しすぎて、読みながら「正視に耐えない」というか、作者への恐ろしさすら感じてしまった。

「ゆめの市」という舞台設定がまた秀逸。
三つの町が合併してできた人口12万人で、恐らく北関東にある架空の小都市。
誰もが田舎の閉塞感や近すぎる人間関係を嫌い、大都会(東京)に憧れを抱く。
でも考えてみれば、それがこの町の良さだったのだ・・・
郊外の国道沿いにできた大型SCは中心部の活気をすべて奪い、町の工場で雇われた外国人労働者は秩序を壊していく。
独居老人や定職につけない若者はどんどん増えていく・・・
人も町も少しずつ少しずつ壊れていく様が容赦なく描写されているのだ。

何だか読んでて怖くなってきた。
確かにそうなんだよなぁって思う。日本という国は毎日ほんのちょっとずつ、でも確実に転落しているに違いない。
「揺るぎない価値観」-それこそが唯一の防御策だろう。
でも難しいんだよなぁ・・・人間の本性なんて他人への妬みや自分の保身だらけだからなぁー
まっ、自分の「本分」って奴を知るしかないかな。
(あまり参考にならない書評でスミマセン)


No.1108 8点 PK
伊坂幸太郎
(2015/02/19 23:17登録)
2012年発表。
連作形式を取っているが、世界観は緩やかにつながっており長編として捉えることも可能な作品に仕上がっている。

①「PK」=タイトルはもちろんサッカーの“ペナルティ・キック”の意味で、主役のひとりとしてサッカー日本代表のストライカーが登場する。しかし、話中には複数の異なった時代のストーリーが並行して書かれており、読者は惑わされること必至。他にも視点人物として、若き大臣やその秘書官、謎の作家なども登場し、彼ら(彼女ら)が一体どのような関係なのかにも頭を捻ることに・・・
②「超人」=スーパーマン(米映画のあのヒーローね)登場シーンから始まる作品。いったいどういう展開?って思ってると、ある超能力を持ったひとりの男が登場する。男の携帯メールに未来の犯罪者のプロフィールが送られてくるというのだが、それは本当なのか? ①で登場した人物や場面が挿入される場面もあり、①⇔②がどういう関係を持っているのかにも惹かれるのだが・・・
③「密使」=『私』の章と『僕』の章が交互に語られる展開。『私』は謎の組織に捕らえられ、時空を超えた「密使」の存在を明かされる。そして『僕』はある特殊能力を手に入れ、ある任務のためにこの能力を使うことを強要される・・・。そして唐突に終わるラスト!!

以上3編。
文庫版の帯に書かれた解説者(大森望氏)のことば~『古今東西の小説を見渡しても、似た例がちょっと思い浮かばないくらい、極めて野心的にして大胆不敵。一筋縄ではいかない傑作』~
そのとおりかもしれない。
とにかく作者の才能には改めて脱帽・・・ということで書評終了でもいいのだが、もう少しだけ感想。

ちょうど東北大震災の時期に発表された本作。仙台在住の作者なら、当然それを意識していると思いきや、実は大震災の前には書き上がっていたことが作者あとがきで明らかにされている。
作中では、「ヒーロー」や「勇気」というフレーズも頻繁に登場し、閉塞した時代への作者なりのメッセージが込められていることが想像できる。
それにも増して、作品全体に張り巡らされたこの仕掛けはどうだ!
結局最後まで作者の口(?)から解答は明らかにされないのだが、パラレルワールドなどSF要素も取り入れた本作は、作者の力量・キャパシティを十分に示した作品だと思う。
高評価したい。


No.1107 6点 失踪当時の服装は
ヒラリー・ウォー
(2015/02/10 23:07登録)
1952年に発表された作者の代表作。
各種ミステリーランキングにも必ずといっていいほど入ってくる「警察小説の嚆矢」的作品。
今回は創元文庫より最近出された新訳版にて読了。

~1950年3月。アメリカ・マサチューセッツ州にあるカレッジの一年生ローウェル・ミッチェルが失踪した。彼女は美しく成績優秀な学生で、男性との浮ついた噂もなかった。地元の警察署長フォードが、部下とともに搜索に当たるが、姿を消さねばならぬ理由も彼女の行方も全くつかめない。事故か、他殺か、自殺か? 雲をつかむような事件を地道な聞き込みと鋭い推理・尋問で見事に解き明かしていく。巨匠が捜査の実態をこの上なくリアルに描いた警察小説の里程標的傑作!~

ミステリー史上では価値のある作品・・・ということになる(のだろう)。
何となく歯切れが悪いのは、素直に「面白い!」とは思えないということ。

もちろん「警察小説」とは本来こういうもので、警察官の地道な捜査過程を綴っていくジャンル。
本作でもフォード警察署長を中心に、刑事たちの“あーでもない、こーでもない”という捜査がコミカルに描かれている。
とにかくフォードたちのやり方は徹底していて、たったひとつの物証をきっかけに、湖の水をすべて抜いてしまうほどなのだ。
(「そこまでやるか?」というこの行動が最後になって効いてくるのはさすがだが・・・)
ただ、意外な犯人や巧妙なトリックといった派手な展開は最後まで登場せず、サプライズ感も皆無に等しい。
やっぱり丁寧な捜査過程をじっくり楽しむというのが正しい読み方なのだろう。

昨今の国内警察小説は、今野敏や横山秀夫、佐々木譲など多士彩彩で、作者の熟練したプロットや筆使いを堪能できる。
それもこれも、本作の登場により「警察小説」というジャンルが確立されたお陰なんだろうなぁと感じた次第。
そういう意味では、やはりミステリーランキングに必ず登場するというのも頷ける話ではある。
でも、「中盤はちょっとダルい・・・」ていうのが素直な感想にはなるし、評価は・・・こんなもんかなぁー
(フォード署長の強引な捜査に毎回付き合わされるキャメロン巡査部長・・・大変だわ!)


No.1106 7点 よもつひらさか
今邑彩
(2015/02/10 23:06登録)
昨年急逝した作者。
その作者が得意としたホラー風味のミステリー作品集のひとつ。

①「見知らぬあなた」=大人しい少女の文通相手は性格異常者なのか? その文通相手の周りで次々と起こる不可思議な事件。だが、最後には思わぬ事実が明らかにされる! よくある手なのだが、ウマイ!
②「ささやく鏡」=未来を映す鏡に纏わる一編。鏡の“予言”で結婚相手を選んだ主人公なのだが、それが後々恐ろしい事態を引き起こす・・・「未来なんて見なければよかった・・・」ってことだな。
③「茉莉花(まりか)」=いわゆる「ジャスミン」の和名。父親がお気に入りの「茉莉花」という名前を付けられた娘。ある一葉の手紙が長年の父親の秘密を明らかにすることに・・・
④「時を重ねて」=妻に男の影を感じ取り、私立探偵に尾行調査を依頼した男。探偵は軽井沢へ妻を尾行するのだが、妻がとった行動には明らかに異常性が! ラストにはその行動に一応の解決がつけられる。
⑤「ハーフ・アンド・ハーフ」=偽装結婚に応じた美貌の妻。自分以上に収入のある妻は、何でも折半にしないと気の済まない性格なのだが、まさかアレまでも折半すしてくるとは・・・あり得ない! けどコワっ!
⑥「双頭の影」=ある骨董屋においてある「双頭の影」という箱。購入者には骨董屋の主人から、その箱に纏わる話が聞けるという・・・。道ならぬ恋ということだろう。
⑦「家に着くまで」=たまたま乗ったタクシーで交わされる運転手との会話。しゃべりすぎる運転手が実は・・・という展開。これも既視感のあるプロットなのだが、作者なりの味付けがうまい。
⑧「夢の中へ・・・」=井上陽水の名曲をモチーフとした作品。プールへ飛び込み頭を強打した少年。意識を失った少年のその後が描かれるのだが、そこには大きな○○が!
⑨「穴二つ」=パソコン通信(古っ!)で女性を装ってメールしていた男。相手の女性も実は男だったと明らかにされ、それを妻殺しに利用しようと画策したのだが・・・
⑩「遠い窓」=子供の無邪気さが恐ろしい結末を招く・・・という一編。その無邪気さは本当の無邪気なのか“邪気”なのか?
⑪「生まれ変わり」=あまり印象に残らず。
⑫「よもつひらさか」=古事記にも登場する「黄泉比良坂(よもつひらさか)」。ひとりでこの坂を歩いていると死者に出会うことがあるという不気味な言い伝えが・・・かなり幻想的な一編。

以上12編。
玉石混交といえばそうなのだが、全体的に非常によくできた作品集に仕上がっていると思う。
長編、短編問わずどれも実に丁寧に作りこまれていると改めて認識した次第。
“早すぎる死”が惜しまれる作家のひとりだ。
(個人的ベストは⑤かな。①や⑧もブラックさ加減が好き)


No.1105 5点 トラップ・ハウス
石持浅海
(2015/02/10 23:04登録)
(サイトがリニューアルされててビックリ!!)
2011年発表の長編。
作者の「デビュー十周年記念作品」として発表された作品とのことで、作者らしい「企み」が詰まっている(のか?)

~大学の卒業旅行としてトレーラーハウスでの一泊キャンプを計画した同級生の男女九人。だがドアを閉めた瞬間、トレーラーハウスは脱出不能の密室と化した。混乱のなかひとりが命を落とし、悪意に満ちたメッセージが見つかる。次々と襲いかかる罠を仕掛けたのはいったい誰か? 果たして生きてここから出られるのか? 本格ミステリーの原点に立ち返った著者の新たなる傑作~

ありそうなプロットといえばプロットだと思う。
密室の中で次々と襲いかかる罠に立ち向かうというサスペンス性と、フーダニット・ホワイダニットを効かせた本格ミステリーとがうまい具合に融合され、魅力的なプロットとなっている。
紹介文を読んだときは、岡島二人の「そして扉は閉ざされた」的な奴を想像していたのだが、どちらかというと、それと作者の出世作「扉は閉ざされたまま」とを混ぜ合わせたような感じというのが近い。

ただ、「扉は・・・」と比べると、作品としてプロットの切れ味は落ちる。
「扉は・・・」は倒叙だったから、当然フーダニットの面白さが加えられているはずなのだが、どうもそこがスッキリしない。
探偵役のひとりが真犯人を指名するロジックも甚だ根拠が薄弱で、読者からすると「そこっ!?」っていう突っ込みを入れたくなる。
動機もなぁ・・・序章でいかにも「それらしい」場面が挿入されているので、ある程度読者は想像しながら読み進めているけど、ラストの真犯人の「大暴れ(!)」を引き起こすほどのインパクトはないような気が・・・

というわけで、舞台設定はたいへん魅力的なのだが、ちょっと活かしきれなかったという印象。
枚数制限のなかで書いた作品なのかもしれないが、こういう“いろんなものを”詰め込んだ作品というのは長すぎてもいけないし、短すぎてもいけない気がして難しい。
軽い気持ちで通勤時間に読むのならばちょうどいい・・・のかも。
(ラストの場面を書きたかったから「トレーラーハウス」なんてことにしたのか?)


No.1104 6点 殺人者と恐喝者
カーター・ディクスン
(2015/02/01 20:49登録)
1941年発表。原題“Seeing is Believing”(=百聞は一見に如かず)
昨年、東京創元社より出された新訳版にて読了。
もちろん探偵役はHM。

~美貌の若妻ヴィッキー・フェインは夫アーサーがポリー・アレンなる娘を殺したのだと覚った。居候の叔父ヒューバートもこの件を知っている。外地から帰って逗留を始めた叔父は、少額の借金を重ねた挙句、部屋や食事に注文をつけるようになった。アーサーが唯々諾々と従っていた理由がこれで腑に落ちた。体面上警察に通報するわけにはいかない。催眠術を実演することになった夜、衝撃的な殺害事件が発生。遠からぬ屋敷に滞在し回想録の口述を始めていたHM卿の許に急報が入り、捜査にあたることになったのだが・・・~

カーらしいといえば、実にカーらしさの窺える作品。
何より舞台設定がいかにも「らしい」のだ。
衆人環視のなか、催眠術の実演により、夫にナイフと銃を向けることになった若妻。
間違いなくゴム製のナイフだったはずなのに、夫は刺殺されてしまう! いったいいつナイフはすり替わったのか?

いやぁー実に刺激的で魅力的な謎!
HMも当初は若妻の自作自演を疑っていたのだが、若妻の毒殺未遂事件を契機として、事件の裏の構図が浮かび上がってくる。
プロットそのものは実にシンプルというか、「それ!」っていう奴。(だからこの邦題だったのねぇー)
HMがやたら動機に拘っていた理由も腑に落ちた。

麻耶雄嵩氏の巻末解説もなかなか秀逸。
(ただしネタバレだらけなので注意が必要)
麻耶氏も言及しているとおり、本作の冒頭部分がフェアかアンフェアかというとかなりグレーな気はする。
私みたいな素直な読者だと、この文章を読んでしまうと本作の仕掛けは決して見抜けなくなるのは確かだからなぁ。
あと、メイントリックのアレ(あの道具)はどうか・・・
麻耶氏もフォローしているとおり、この時代では真面目に取り上げられるものだったのかもしれない。
(今だったら下手するとバカミスになりそう)

ということで、他の佳作に比べれば評価が低くなるのは致し方ないかな。
でも決してつまらないわけではなく、カーらしい稚気やミステリーの楽しさを十分味わえるのではないかと思う。
(本作でのHMはかなりドタバタ・・・っていつもと同じか!)


No.1103 7点 楽園のカンヴァス
原田マハ
(2015/02/01 20:48登録)
2012年発表。同年の山本周五郎賞受賞作。
作者は作中にも登場するMOMA(ニューヨーク近代美術館)勤務経験もある美術の専門家ということだが・・・

~ニューヨーク近代美術館のキュレーター、ティム=ブラウンは、ある日スイスの大邸宅に招かれる。そこで見たのは巨匠ルソーの名作「夢」に酷似した絵画。持ち主は正しく真贋判定した者にこの絵画を譲ると告げ、手掛かりとなる謎の古書を読ませる。リミットは七日間。ライバルは日本人研修者・早川織絵。ルソーとピカソ、ふたりの天才がカンヴァスに籠めた想いとは・・・?~

さすがに評判どおりの面白さだった。
文庫版の『これまでに書かれたどんな美術ミステリーとも違う』という帯の惹句は決して誇張ではない。
絵画や美術は全くの門外漢の私。読む前には「ルソーって絵なんて描いてたの?」って、正直、哲学者のジャン=ジャック=ルソー(=著書「社会契約論」で有名な人物)と勘違いしていた。
(そもそも活躍してた時代が全然違う!)
そんな美術オンチの私でも十分に本作は楽しめた。

ミステリーとしてのメインテーマはもちろん絵の真贋なのだが、それよりも作中に登場する「古書」と登場人物たちに纏わる謎の方に個人的には惹かれた。
「古書」については、特に作中の人物に施された「仕掛け」がなかなか旨い。ルソーとピカソのグレイな関係を目くらましに使い、「作中作」というミステリーっぽいプロットを巧みに取り入れている。
ルソーの幻の絵画を軸に、それを手に入れたい謎の人物が次々に登場する展開もスリリング。
七日間というタイムリミットを設け、終盤に向かい徐々に盛り上げていく手法もなかなか良く出来ていると思う。

惜しむらくは織絵の扱いか。
冒頭から、過去に秘密を抱えた謎の人物として登場する織絵なのだが、掘り下げ不足で結局今ひとつ盛り上がらないまま終了した感じだ。
(岡山弁を操る超美少女=「織絵の娘」もかなり気になったが・・・)

「絵画」っていうのは実に謎に包まれた存在なんだろう。
絵に魅せられた人は、絵画そのものだけではなく、描かれた動機や背景、手法などあらゆることを知りたいと願う・・・
これってミステリー或いは謎解きの楽しさと同じ、ってことか??


No.1102 4点 私が捜した少年
二階堂黎人
(2015/02/01 20:47登録)
~渋柿信介、独身。ライセンスを持たない私立探偵。日常のしがらみに追われながらも、鋭敏な頭脳と大胆な行動力とで、次々と舞い込む事件を解決へと導く~
と書くと真っ当なハードボイルドのように思えるが、実は主人公は幼稚園児・・・という変格ハードボイルド作品。

①「私が捜した少年」=「私が殺した少女」へのオマージュ(?)的作品。幼稚園児が主役な割に、事件の真相はかなり血みどろなもの・・・。それを示唆するシンちゃんって(!)
②「アリバイのア」=これは当然スー・グラフトンへのオマージュだ。タイトルどおりアリバイ崩しを取り扱っているのだが、トリックは発表年(1996年)ならでは。
③「キリタンポ村から消えた男」=C.デクスターの「ギドリントンから消えた娘」をもじっているらしい(作中にもそれらしい表現あり)。ハードボイルドらしいカーチェイス(?)があるのだが、演じているのはシンちゃんの母親って・・・
④「センチメンタル・ハートブレイク」=サラ・パレツキーへのオマージュ(らしい)一編。①~③までの渋柿家周辺で起こった事件ではなく、民放TV局の出世争いを背景に世界を股にかけたアリバイを崩す・・・などと一機にスケールアップ! でもこのアリバイトリックは本当に通用するのか、甚だ疑問。
⑤「渋柿とマックスの山」=これは当然高村薫の「マークスの山」と「照柿」のもじり。ただし、内容はスキー場で起こった殺人事件でのアリバイ崩しがテーマ。プロットは陳腐。

以上5編。
実に肩の力の抜けた作品。
巻末解説によると、この頃次々と上梓していた「二階堂蘭子シリーズ」があまりにも重量級で、作者の精神の均衡を保つために本作を手がけたとのこと。

ただし、非常に中途半端な印象を受けるのがイタイ。
東川氏ほど“笑い”のセンスがあるわけでもなく、一応入れた本格っぽいトリックも上滑り・・・
というわけで、これは明らかに駄作。
主人公の意外性だけで読ませる作品になってしまった。
(これってやっぱり「クレヨンしんちゃん」へのオマージュなのか?)


No.1101 7点 古い骨
アーロン・エルキンズ
(2015/01/25 15:45登録)
1987年発表の長編作品。
本作が長らく続いているスケルトン探偵(=ギデオン・オリヴァー)シリーズの邦訳第一作目ということになる。

~レジスタンスの英雄だった老富豪が、北フランスの館に親族を呼び寄せた矢先に事故死した。数日後、館では第二次大戦中のものと思われる切断された人骨が見つかり、さらに親族のひとりが毒で・・・。現在と過去の殺人を解き明かすスケルトン探偵ギデオン・オリヴァー教授の本格的推理! アメリカ探偵作家クラブ最優秀長編賞受賞作~

なぜか最新刊から順に読んでしまった「スケルトン探偵」シリーズ。
もちろん新しい作品も相応の面白さがあったけれど、初っ端に本作を読んでいれば、今以上本シリーズにのめり込んでいたかもしれない・・・
それほど本作でのギデオンの推理は見事だった。

肝心の「骨鑑定」からの結論は、本シリーズに頻出する代表的なプロット。
ギデオンの鑑定が事件の“骨格”そのものを根底から覆す・・・という奴だ。
本作ではある富豪一族が登場し、遺産争いを背景に過去と現在双方で一族内に殺人事件が起こるなど、まるで黄金時代の本格ミステリーのような舞台設定。
メイントリックはまぁ分かりやすいと言えば分かりやすいのだが、それを差し引いてもミステリーの面白さを十二分に体現した作品に仕上がっている。

愛妻ジュリーや友人でFBI捜査官のジョンなど、シリーズキャラクターはすでに登場。
また、本シリーズは作品ごとに世界の有名観光地が紹介され、「ワールドワイド・トラベルミステリー」的趣があるのだが、本作でもフランスの景勝地モン・サン・ミシェルが事件の主な舞台として描かれているなど、作者はすでに長期シリーズ化を見据えていたかのよう。

とにかく、シリーズファンならば決して読み飛ばしてはならない作品ということ。
もちろん、それ以外の方にもお勧めできる佳作。
(「モン・サン・ミシェル」かぁ・・・行ってみたい!)


No.1100 8点 江戸川乱歩傑作選(新潮文庫)
江戸川乱歩
(2015/01/25 15:44登録)
新潮文庫で編まれた作品集。
作者が通俗スリラーを量産し始める前の初期(概ね大正期)の作品が中心で、まさに乱歩の代表的短編が並んでいるという印象。
既読&既評の作品もあるが、あまり気にせず再読&再評する。

①「二銭銅貨」=作者のデビュー作&暗号を扱った作品として有名な作品だが、実は初読(だったりする)。暗号のからくりは非常に難解だが、プロットとしてはポーの「黄金虫」やドイルの「踊る人形」と同系統。ラストにひと仕掛けあるのが乱歩オリジナル。
②「二癈人」=既評だが、これもラストのひと仕掛けが作品のキレを生んでいる。
③「D坂の殺人事件」=既評。明智小五郎初登場として有名な作品。日本家屋では無理とされてきた「密室殺人」に挑んだ作品ということになるが、密室そのものはあまり褒められるものではない。
④「心理試験」=既読だが、これは大変な名作だと思う。③ではあまり推理に切れ味が感じられなかった明智だが、本作の明智はまさに「名探偵」という冠に相応しい。倒叙の主役たる真犯人の内面描写も実に見事。短編のお手本だろう。
⑤「赤い部屋」=①~④と毛色は違うが、これもまた乱歩らしい雰囲気の作品。序盤から中盤の非現実的事象がラストで現実に引き戻される“感覚”が作者の腕前。
⑥「屋根裏の散歩者」=既読&既評。「屋根裏」という暗く淫靡な設定がやはり乱歩らしい。真犯人がたったひとつ犯した過ちが、明智によって真相を解明されるきっかけとなってしまう刹那! これも倒叙の面白さを体現した作品。
⑦「人間椅子」=既読&既評。人間が椅子の中に潜む・・・何て淫靡でファンタジック! これも終盤までの非現実をラストで現実へ引き戻す「手」が旨い。
⑧「鏡地獄」=「鏡」や「レンズ」は乱歩作品に頻繁に登場する小道具なのだが、それを「地獄」まで突き詰めた作品。凹版レンズをここまで歪んだ存在として描く作者もスゴイ。
⑨「芋虫」=うーん。こういう系統の作品も確かにいくつか書いてるよなぁー。でも好みではない。

以上9編。
さすがにこれは「珠玉の作品集」という感じだ。
個人的な好き嫌いはあるが、どれも日本のミステリー史に残されるべき作品というレベル。
こういう作品に触れていると、「やっぱ乱歩は(ミステリーの)巨人だわ!」という思いが強くなる。

偉大な作家「江戸川乱歩」を知るためには不可欠な作品群(集)という評価になる。
(個人的な評価では④→⑥→①→⑦という順かな。あとは一枚落ちるという印象)


No.1099 8点 白夜行
東野圭吾
(2015/01/25 15:43登録)
1,100冊目の書評は東野圭吾の一大傑作とも言えるこの作品で。
文庫版で800頁超という分量であるが、それを感じさせない圧倒的なリーダビリティと目眩く展開。
すでに地上波ドラマ&映画化もされた名作。

~1973年、大阪の廃墟ビルでひとりの質屋が殺された。容疑者は次々に浮かぶが、結局事件は迷宮入りする。被害者の息子・桐原亮司と、「容疑者」の娘・西本雪穂・・・暗い眼をした少年と並外れて美しい少女は、その後まったく別々の道を歩んでいく。ふたりの周囲に見え隠れする幾つもの恐るべき犯罪。だが、何も「確証」はない。そして十九年・・・。息詰まる精緻な構成と叙情詩的スケール。心を失った人間の悲劇を描く傑作長編ミステリー!~

うーん。久し振りに時間を忘れて読み耽ってしまった。
それだけ「面白かった」ということだろう。

ふたりの周りで起こる事件の数々・・・明言こそされないが、すべてふたりが引き起こし、特に雪穂は、その才覚と美貌で成功への階段をのし上がっていく。
亮司はともかく、雪穂の心中は決して作中では明らかにされない。
あくまでも第三者を通して、雪穂という人物が描かれるというスタイルが貫かれる。
でも分かるのだ! 読者は「雪穂」という女性がどれほど恐ろしい人間であるかを! しかもジワジワと・・・

紹介文にもあるが、亮司と雪穂はまさしく「心を失った人間」として描かれている。
そして、読者は多くの関係者の証言や遭遇する事件を通じて、徐々にふたりの動機、更には「心を闇」を知ることになる。
巻末解説では、ノワール小説の第一人者(?)である馳星周氏が「人間の心の暗い側面、邪な断面を描くのが(ノワール小説だ)」と書かれているが、これほどに深淵としてダークな人間の内面を描いている作品は初めてかもしれない。
(しかも繰り返すが、雪穂本人の内面描写は一切なし、というのがスゴイところ)

確かに、本作のプロットそのものは決して目新しいものではないのかもしれない。
(こういう作品を書いてみたいという作家は多そうな気がするのだが・・・)
ただ、作品としての構成力、そして読者を引き込む圧倒的なリーダビリティはやはり「東野圭吾」だと唸らされた。
並の作家ではこうはいかないに違いない。
未読の方は是非ご一読していただければと思う。それほどのパワーと魅力を備えた作品。
(ラストはあれでよかったのだろう。でも後日譚が是非読みたい気はするよなぁー)


No.1098 8点 銀翼のイカロス
池井戸潤
(2015/01/17 22:07登録)
「オレたちバブル入行組」「オレたち花のバブル組」そして「ロスジェネの逆襲」に続くシリーズ四作目。
今回の舞台は「帝国航空」。そう日本航空の再建を元ネタに、いつものシリーズキャラクターが大暴れ(?)するはず・・・

~半沢直樹シリーズ第四弾。今度の敵は巨大権力。新たな敵にも「倍返し!」。頭取命令で経営再建中の帝国航空を任された半沢は、五百億円もの債権放棄を求める再生タスクフォースと激突する。政治家との対立、立ちはだかる宿敵、行内の派閥争い・・・etc。プライドをかけ闘う半沢に勝ち目はあるのか?~

というわけで、あの「半沢直樹」である。
今、日本で一番有名な銀行員である(?)・・・(私自身、地上波は全く見ていないのだが)

今回も更に強力になった敵対勢力に対し、正面突破を挑んでいく半沢。
とにかく熱い、熱い、暑い男たちの物語。
(お楽しみの「倍返しだ!」が登場するのは単行本の303頁一回だけ! これってネタばれだろうか?)
ただ、正直なところ、途中まではあまりにも分かりやすく、極端に言うと戯画化した正義VS悪者という構図に、「何だかなぁ・・・単純すぎるだろ!」というように思いながら読み進めていた。
さすがに、池井戸作品も「馴れ」と「人気の過熱」が悪い方へ来てるのかという落胆も感じていたのだ。

しかし、やはり作者は只者ではなかった。
本作のヤマそして白眉は「終章」に詰まっている。
半沢たちの活躍で帝国航空に対する債権放棄を回避、そして半沢の前に立ち塞がっていた大物政治家にも「ギャフン(死語)」と言わせ、物語が大凡の終局を迎えたその時。
中野渡頭取が敵対勢力である紀本常務に対して切々と語る言葉・・・
銀行員として、社会人として、そして何より人間として、どういう行動を取るべきなのか。
欲望、保身、妬み、プライド、誇り・・・人間は様々な感情を抱えながら生活している。
作者は人間の“素”の感情を表現するのに、「銀行員」そして「銀行」という舞台こそが最も適しているということを熟知しているに違いない。

私自身も社会人の端くれとして、日々過ごしている。
いろいろなしがらみも当然抱えているのだが、それでも「誇り」「矜持」を持って前へ進もう。
そう思わせてくれる作品だった。
単純って書いていたが、実は私自身が「単純」だったわけである。
でもズルイよねぇ、作者は。これを計算ずくで書くのだから・・・


No.1097 5点 窓辺の老人
マージェリー・アリンガム
(2015/01/17 22:07登録)
作者はA.クリスティ、D.セイヤーズ、N.オマーシュと並ぶ、英国四大女流推理作家のひとり。
その作者が創造した名探偵“アルバート・キャンピオン”ものを集めた作品集。
私自身初読なのだが、最近創元文庫で刊行されたので早速読了。

①「ボーダーライン事件」=何の「ボーダーライン」なのかが事件のミソ。これみよがしに現場見取り図などが挿入されているが、キャンピオンの解決を読むと「何じゃこりゃ・・・?」と思わないでもない。でも作品の雰囲気は好き。
②「窓辺の老人」=ロンドンの老舗クラブの窓辺にいつも座っているひとりの老人。その老人もついに寿命を迎えた・・・と思った矢先に生き返った老人の姿を発見してしまう! 分かってみると実になんてことない真実なのだが・・・。これも雰囲気は好き。
③「懐かしの我が家」=ある犯罪の手口が“懐かしの我が家”ってことなのだが、これも分かってみると何てことないことは共通。いかにも怪しいのに脳天気にモンテカルロに遊びに来てしまう被害者一行がカワイイ。
④「怪盗<疑問符>」=<疑問符>というのは「?」ということで、クエスチョンマークの形状そのものが肝となっている。子供だましのような話なのだが、本作が発表された雑誌の表紙には「?」の意味がそのまま印刷されている(これって思い切りネタバレでは?)。
⑤「未亡人」=「未亡人」という名の犯罪者・・・って何ていうネーミングセンス!? これはミステリーっていうかドタバタ劇というような雰囲気。でもまぁのんびりしてていい雰囲気。
⑥「行動の意味」=これは何だろう・・・!? 
⑦「犬の日」=これも何だろう・・・!?

以上7編。他にボーナストラックとして「我が友、キャンピオン氏」というエッセーを収録。
何回も書いてきたけど、何とも雰囲気の良い作品なのだ。
まったく殺伐としてなくて、緩~い感じで読める作品が並ぶ。
他の方も触れているとおり、本格ミステリーと呼べそうなのは①~③くらいで、後はジャンル分けの難しい作品ばかり。

そういうわけで、正統派の短編集を求める向きには、時代性を勘案してもちょっと物足りないかもしれない。
でも読み物としてはマズマズ評価していいのではないか。
(ベストはやはり①でしょうか。③も個人的には好き。)


No.1096 7点 ナニワ・モンスター
海堂尊
(2015/01/17 22:06登録)
浪速(ナニワ=もちろん大阪のことですが)を舞台として、海堂ワールドの面々が大騒ぎする物語。
いつもの桜宮(=東城大学医学部)ではないが、これもまた“桜宮サーガ”を彩る一編であるのは間違いない。

~浪速府で発生した新型インフルエンザ「キャメル」。致死率の低いウィルスにも関わらず、報道は過熱の一途をたどり、政府は浪速の経済的封鎖を決定する。壊滅的な打撃を受ける関西圏。その裏には霞ヶ関が仕掛けた巨大な陰謀が蠢いていた・・・。風雲児・村雨弘毅府知事、特捜部のエース・鎌形雅史、大法螺ふき・彦根新吾。怪物たちはこの事態にどう動くのか・・・? 海堂サーガ、新章開幕~

相変わらずの超エンタメ作品に仕上がっている。
海堂ワールドの軸となる白鳥=田口コンビこそ登場しないが(白鳥は一瞬だけ出てくるのだが・・・)、その代わりに大暴れするのが彦根新吾。
彦根は村雨府知事(=これは完全に橋下知事をパクってる)すらも呑み込み、まるでフィクサーのように日本の政治すらも動かそうとする!

Aiについては一番最初(「バチスタ」)の頃から、その必要性を強く訴え続けてきたが、今回もそこは不変。
最近は救急医療や医師不足などのテーマにも切り込んできた作者だが、本作ではそんな個別の問題ではなく、医療をベースに置いた地方自治を主張しているのだ。(何とも壮大!)
確かに、政治家の使命とは、全ての住民に幸福をもたらすことだろうし、幸福のベースというのは「健康」そして「命」にあることは間違いないのだから、あながち作者の主張は誇大妄想ではないように思える。
しかし、今回は道州制にまで踏み込んで、日本を三つに分けることまで提案してきたからなぁ・・・
(あくまで彦根の主張ですが)
ここまでくれば、作者には是非選挙戦に立候補していただきたくなった。

何だかミステリーと全く無縁の書評になってしまいましたが、やはりエンタメ小説としては一級品。
ここまで大量に発表される作品をすべて関連付け、「サーガ」としてまとめる構想力には脱帽だ。
でも、果たして桜宮サーガは終局へ向かっているのか、はたまた新しい展開を志向しているのか・・・?
とにかく次の作品に進むことにしよう。
(今回の登場人物では、村雨や彦根ではなく、第一章に登場する菊間名誉院長が何ともいい味出してる。こういう人物こそが日本の医療を支えてきたのだろう。それと大河内老人。解説者の見解では「白い巨塔」の大河内教授へのオマージュらしいが、本当か??)


No.1095 6点 ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ!
深水黎一郎
(2015/01/11 21:12登録)
2007年発表。同年のメフィスト賞受賞作。
今回は河出書房で改題文庫化された「最後のトリック」にて読了。
(「ウルティモ・トルッコ」=イタリア語で究極のトリック、という意味になるが・・・)

~『読者が犯人』というミステリー界最後の不可能トリックのアイデアを二億円で買ってほしい・・・。スランプ中の作家のもとに、香坂誠一なる人物から届いた謎の手紙。不信感を拭えない作家に男はこれは「命とひきかえにしても惜しくない」ほどのものなのだと切々と訴えるのだが・・・ラストに驚愕必至! この本を閉じたとき、読者のあなたは必ず「犯人は自分だ」と思うはず!?~

前々からなんで文庫化しないんだろう、って思っていた作品がやっと文庫化。
でもなぜか違う出版社から改題されて刊行・・・なんでだろう?

まっ、それはさておき、このトリックである。
「読者=犯人」というオチをいかに納得感を持たせられるか?
作者のチャレンジ精神と斬新な発想には敬意を評したい。
(因みに同種のプロットを持つ辻真先氏の「仮題・中学殺人事件」でも同じようなコメントを書いている)

確かに本作では「読者=犯人」は成立している。
それは良いのだが、ただこのトリックを成立させるために、かなり無理してるんだよなぁ・・・
それどころか、途中の「覚書」の必要性そのものがどうなのか? という気にさせられた。
他の方の書評を読んでると、多くの皆さんもどうも懐疑的に今回のトリックを見ているようだし、その気持ちはよく分かる。
(巻末解説者の島田荘司も本作を手放しで褒めているわけではなさそうだし・・・)

まぁ高い壁に挑んだ作者のチャレンジ精神を粋に感じて低い評価はやめておこう。
(「企み」自体はGood!)


No.1094 8点 十一番目の戒律
ジェフリー・アーチャー
(2015/01/11 21:11登録)
1998年発表の長編。
CIAの天才的暗殺者を主人公に据えたサスペンス・スリラー(っていうジャンル分けでいいのか?)

~CIAの天才的暗殺者コナーは、南米での任務を終えたあと、大統領から直々の電話を受けて再び不可能な任務に挑むことになった。ロシアに入国し、次期大統領候補の命を狙うのだ。しかし彼の周囲には周到に仕組まれた幾重もの罠が待ち受けていた・・・。天才的暗殺者はCIAの第十一戒(「汝、正体を現すことなかれ」)を守れるのか。CIAとロシアマフィアの実体が描かれていると大評判のサスペンス長編~

作者の力量の確かさを感じさせる一冊。
目眩くスピーデイーな展開は最後まで読み手を飽きさせることはなかった。
本作のメインはロシアの新大統領(コイツがまた強烈なキャラクターなのだが・・・)の謀殺を巡る攻防なのだが、何しろ依頼者はかのCIAなのだ。
いかに天才的暗殺者であろうと一筋縄ではいかない。
ということで、敵方に捕らえられてしまうコナー。
手酷い拷問を受け、万事休すかと思わせた瞬間、アッと驚くどんでん返しが待ち受けている。

第三部では攻守逆転。ついに暗殺者の面目躍如かと思いきや・・・
(アメフト競技場のシーンはなかなかの名場面!)
ポリティカル・スリラーというとすぐにF.フォーサイスの名作「ジャッカルの日」が思い浮かぶが、主人公をひたすら殺人マシーンのように描いていた「ジャッカル・・・」に比べ、本作はコナーを家族思いの男という側面からも描いているのが良い。
ラストにそれが活きてくるのだ。(この辺が作者の旨さ!)

①サーガ物、②ポリティカルスリラー、③短編集、の順に作品を発表している作者。
いずれのジャンルも読み応え十分という評価に揺ぎはない。
(アメリカ大統領のキャラがねぇ・・・もう少し何とかならなかったのか?)


No.1093 5点 天久鷹央の推理カルテ
知念実希人
(2015/01/11 21:10登録)
医療法人天医会総合病院。その副院長にして統括診断部長である天久鷹央を探偵役とした連作短編集。
「統括診断部」とは、他の診療科では持て余した患者を主に診断する・・・というどこかで聞いたような設定(海○氏の愚痴外来?)なのだが・・・

①「泡」=医療ミステリーの筈が、何とテーマは「カッパ」! 不気味な池に出没するというカッパが実在した(?)という謎に挑む医師・天久と助手の小鳥遊(“たかなし”と読む)。こういうリアリティの薄い現象に科学的解決を付けるというのが、こういうミステリーの肝となるのは明らか。
②「人魂の原料」=カッパの次は「人魂」の謎。夜中の病棟に現れる人魂は本当に霊の仕業なのか・・・?というストーリーなのだが、一旦解決がついたと思ってからの二段構えのトリック。そこにひと工夫あり。
③「不可視の胎児」=これは結構ヘビーな内容。①②は非科学を科学で解き明かすというスタイルだったが、本編は純粋に医療ミステリーとなっている。謎の解明がメインではあるのだが、それ以上に「出産」という事象を通して天久のキャラをより人間的に魅せているのが良い。連作短編としてはこういうキャラ付けは必要だろう。
④「オーダーメイドの毒薬」=①の話中で登場した母親に医療ミスで訴えられた天久。ミスでないと主張するのだが、なかなか証拠が見つからない・・・というピンチを描く最終譚。「毒薬」とは言ってもこういう毒薬もあるのねぇ・・・。大病院での主権争いというのも医療ミステリーの“あるある”のひとつ。

以上4編。
作者の知念氏は東京慈恵会医科大学卒の現役医師。2011年に島田荘司氏が審査員を務めるミステリー大賞を受賞しデビューというプロフィール。
最近本作みたいな「理系寄り」のミステリーって増えたなぁー
医療ミステリー自体は大好きだし、この手の連作形式も好み。
・・・なのだが、やっぱり若書きというか、読み物として何とも言えない「浅さ」が気になる。
(もともと若手読者を意識したレーベルだし、キャラ重視というところもあるのだろうけど・・・)

もう少し作家としての「磨き」が必要なのだろうな。(生意気な書き方だが・・・)
(書き方やプロットからして続編が出るんだろう・・・)

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