home

ミステリの祭典

login
E-BANKERさんの登録情報
平均点:6.00点 書評数:1859件

プロフィール| 書評

No.1379 6点 眼の気流
松本清張
(2017/09/08 23:17登録)
昭和38年(1963年)に発表された作品集。
~日常生活に潜む恐ろしい生の断層、現代の憎悪を抉る推理傑作集~とのこと。

①「眼の気流」=主人公となる「タクシー運転手」が語り手となる前半と、ある失踪事件を捜査する刑事の目線で描かれる後半。短篇とはいえ、まずはこの構成の妙に拍手!っていう感じだ。ひと昔前の刑事ドラマのシナリオっぽさはあるけど、特にラストが何とも切ない・・・
②「暗線」=時代を感じさせる暗いお話。奥出雲の山奥の村という舞台設定からして「重い」。自分の出自というかルーツって、そこまでして探りたいものなんだろうか・・・
③「結婚式」=芸能人や政治家が次から次へと○○文春に血祭りに挙げられる・・・そう「不倫」だ! 本編のテーマはまさしく「不倫」。昭和三十年代だろうが、二十一世紀の現代だろうが、男と女が絡み合えば、考えること&やることは一緒、ってことだろうね。
④「たづたづし」=個人的にはこれが一番ミステリーっぽくて好みかな。これまた「不倫」の果てに、我が身可愛さから不倫相手を葬り去ろうとする自分勝手な男。そんな奴には“文春砲”をお見舞いだ! というわけではなく、何だかよく分からない不透明なラストが待ち受ける。(どうせなら因果応報的ラストの方がよかったのだが・・・)
⑤「影」=いわゆるゴーストライターのお話。ゴーストはやっぱりゴーストってことが言いたかったのか? これまた切ないラスト。

以上5編。
やっぱり旨いですなぁー
特段目新しいプロットやトリックが披露されているわけでもなく、淡々と物語が進められていくわけなのだが、読み終わってみると、やっぱり「旨い!」「さすがに・・・」という形容詞が頭に浮かぶ。
これぞ一流作家の証なんだろう。

やっぱり回転寿司は回転寿司だし、老舗の寿司屋とは似て非なるもの。
そんなことも頭に浮かんでしまいました。
(相変わらずよく分からない表現ですが・・・)
もはや私の評価なんてどうでもいいのでは? なんて思ってしまいます。


No.1378 7点 蝶々殺人事件
横溝正史
(2017/09/08 23:15登録)
昭和21年5月より『ロック』誌に連載。ちょうど同時期に『宝石』誌上では「本陣殺人事件」を連載という、まさに作者の華々しい時代を彩る作品。
探偵役がいつもの金田一耕助ではなく、元警部の由利麟太郎というのも実に新鮮(な気が・・・)。

~原さくら歌劇団の主宰者である原さくらが、「蝶々夫人」の大阪公演を前に突然姿を消した。数日後、数多の艶聞を撒き散らし、文字どおりプリマドンナとして君臨していたさくらの死体は、バラと砂とともにコンドラバス・ケースの中から発見された! つぎつぎと起こる殺人事件にはどんな秘密が隠されているのだろうか? 好評の金田一耕助シリーズに続く由利先生シリーズ~

前々から読もう読もうとしていた作品を今回やっと読了できた。
それだけでも十分満足! ということで終了・・・というのも無責任なので、簡単に書評。
全体的な感想を言うなら、戦後間もない日本で書かれたとは思えないほど端正なミステリーということ。
<読者への挑戦>や暗号などギミックも満載で、作者のサービス精神というか「情熱」を感じさせる。

死体をコンドラバス・ケースに詰める、『東京⇔大阪間の死体移動』などのプロットは、言うまでもなくクロフツの名作「樽」を意識している。
ただし、鮎川哲也「黒いトランク」や島田荘司「死者が飲む水」がトランクの移動とアリバイトリックを複雑&有機的に絡めていたのに対して、本作はアリバイトリックはかなり単純なレベルでまとめ、フーダニットの興味を最大限煽っているのが特徴かな。
(トランクの動き+被害者の動きで読者を惑わすという点では相似だが・・・)
「手記」の件は分かりやすいとの批判もあるようだけど、個人的には見事に騙されてしまった。(「手記」には嘘があるというのはパターンなんだけどね・・・)
無駄を極力排した分量や、ロジックを重視した由利麟太郎の推理過程も十分満足いくものだった。

難癖を付けるとすれば、やはり第二の殺人かな。
舞台設定そのものはインパクト十分なんだけど、この準密室はリアリテイに乏しいし、真犯人の逃走経路も相当リスキー。
(誰かが上を向いたらすぐに気付いたのではないか?)
フーダニットもやや煽り過ぎの感はあるし、その分察しやすくなっているのはあると思う。
でも、本格好きの嗜好に合致した作者の代表作のひとつという評価でよいのではないか。
金田一もいいけど、これはこれでもう少し書いて欲しかったなとい気がする。


No.1377 6点 死者のあやまち
アガサ・クリスティー
(2017/08/27 19:38登録)
1956年発表の長編。
ポワロものとしてはかなり後期の作品に当たる。
「ひらいたトランプ」で初登場した女流ミステリ作家・オリヴァ夫人が事件の冒頭を飾ることに・・・

~田舎屋敷での催し物として犯人探しゲームが行われることになった。ポワロの良き友で作家のオリヴァ夫人がその筋書きを考えたのだが、まもなくゲームの死体役のはずの少女が本当に絞殺されてしまう事件が・・・。さらに主催者の夫人が忽然と姿を消し、事態は混迷してしまう・・・。名探偵ポワロが卑劣な殺人遊戯を止めるために立ち上がる~

「(前期・中期の作品に比べて)随分作風が変わったような・・・」って、読み進めながらずっと感じていた。
良く言えば、明るくポップになったんだけど、悪く言えば、“軽く”なった・・・と言えばいいんだろうか。
作者も年をとるわけだし、時代は変わっていくのだし、当然作風もそれに合わせて変化していくものなのだろう。
でも、何となく初期作品の重厚さに惹かれてしまうという方が多いのではないだろうか。
(かくいう私もそうなんだけど・・・)

それはさておき、本筋はというと、
見事なプロットと言えばそうだし、「そうきたか!よくある手だね」と言えばそう。
昔のミステリーにはありがちな○れ○わりトリックが本作でも登場。
これについては今まで何回も書いてきたけど、人間の目ってそこまで節穴じゃないだろ! って言いたくなる。
まぁ最終的にはそれが露見しそうになり、それを回避するために犯人側がかなり複雑な目眩しを仕掛けるわけだ。
(他の方はこの辺りの無理矢理感がお気に召さないのだろうな)

そこはさすがにクリスティで、ポワロの推理が開陳されるやいなや、それまでもつれていた糸が一気にほどけるという快感・刹那を味わうことはできる。
(怪しいと思った奴がまっとうで、まっとうと思った人物が実は・・・っていう奴。まさに「どんでん返し」!)
ただ、「葬儀を終えて」なんかもプロットとしては同じベクトルの作品だと思うけど、こっちは若干経年劣化を感じてしまうね。
あくまで高いレベルでの話ではあるんだけど・・・


No.1376 7点 死と砂時計
鳥飼否宇
(2017/08/27 19:37登録)
~世界各国から集められた死刑囚を収容する特殊な監獄でつぎつぎに起こる不可思議な犯罪。外界から隔絶された監獄内の事件を、老囚シュルツと助手の青年アランが解き明かす。終末監獄を舞台に奇想と逆説が横溢する渾身の連作集~
ということで、第十六回本格ミステリ大賞の受賞作。

①「魔王シャヴォ・ドルヤマンの密室」=“なぜ囚人は死刑執行前夜に独房で殺されたのか”がメインテーマとなる第一編。どうしても「密室」という単語が気にかかるが(確かに密室トリックもなかなか秀逸)、やはりホワイ・ダニットが主。(巻末解説によると、法月綸太郎氏の名作「死刑囚パズル」が本作執筆の強い動機になっているとのこと・・・なる程)
②「英雄チェイン・ウェイツの失踪」=“なぜ囚人は人目につく満月の夜を選んで脱獄したか”がメインテーマ。まさに「逆説」ということで、満月だからこそ脱獄した・・・というのが真相となる。ではなぜ? 革バンドの使い方は若干疑問符だが・・・
③「監察官ジェマイヤ・カーレッドの韜晦」=“なぜ監察官は退官前に死ななければならなかったのか”がテーマとなる。その日に退官を迎える監察官をなぜ殺したか?という謎なのだが、真相はロジックとしては分かるけど、現実的にそんな理由で?こんな場所で?という無理矢理感は残った。
④「墓守ラクバ・ギャルポの誉れ」=“なぜ墓守は埋めた死体を自ら掘り返して解体したのか”・・・って書くと、相当強烈な謎のように感じる第四編。「○○」という一言で片付けられているので、どうしても強引な謎解きに見えてしまう。ただし、本作の特異な世界観とは絶妙にマッチしている。
⑤「女囚マリア・スコフィールドの懐胎」=“なぜ女囚は男が誰もいない女子刑務所で身籠ったのか”-というわけで、まぁ普通に考えれば、体外受精とか人工受精したんだろ、って解法になるよな・・・って思いながら読み進めていたところ、思いもよらぬ展開に! ここから連作集はジェットコースターのように奈落の底へ・・・
⑥「確定囚アラン・イシダの真実」=“ぼくを終末監獄へ追い込んだ犯人は誰か”、ということで裏の構図がついに明らかとなる最終編。本作の語り手となっていたアラン・イシダには大いなる謎があった! けど、構図自体は予想がついたという読者が多そうな気がする。ラストは逆説的というか、皮肉な結末を迎えることに。

以上6編。
何ていうか独特の世界観。
「監獄」という究極ともいえるCCを舞台に、無国籍感漂う登場人物たちの多くは死刑囚という特殊設定。
この世界に慣れるまでにまずは時間を要してしまった。
チェスタトンを範にとった逆説的&捻りの効いた真相が各編ともに仕掛けられていて、本格ファンなら満足感を得られるのではないか?
連作短篇集としても、上質な出来だと感じた。
けど、合わない人は合わないかもね・・・


No.1375 6点 白骨の処女
森下雨村
(2017/08/27 19:35登録)
1932(昭和7)年、新潮社版「新作探偵小説全集」の一冊として刊行された本作。
作者は雑誌「新青年」の初代編集長にして、大作家・江戸川乱歩の誕生にも大きく関わった、戦前の日本ミステリー界の重鎮的存在(すべて巻末解説の受け売りですが・・・)
先般、河出文庫より復刊されたものを読了。

~神宮外苑に放置された盗難車両から、青年の変死体が発見される。その婚約者が大量の血痕を残し謎の失踪。連続殺人?の容疑者には大阪駅にいたという鉄壁のアリバイが・・・。新聞記者が謎の真相を追うのだが・・・。乱歩をも見出した<日本探偵小説の父>、幻の最高傑作待望の初文庫化。テンポのいい文体はまったく古びてない!~

なるほど。発表以来八十年余りを経て、初文庫化されるというだけの価値はある・・・という気はした。
“テンポのよさ”は確かに紹介文にもあるとおりで、幾分大時代的な表現はあるものの、それほどストレスなく読み進めることができた。それだけでも、作者の力量が分かろうというものだ。

トリックやプロットについては、2019年現在の目線からすると疑問符が付いたり、“?”って思うことは多々ある。
特にわざわざ惹句が付けられている「アリバイトリック」については、かなり肩透かしなレベル。
松本清張のあの作品の数十年前だし・・・ということはあるけど、時計にまつわるトリックにしても、「そんなこと?」っていうレベルの仕掛け。
でもそれは致し方ないだろう。
殺人や怪事件が連続して発生する緊張感や、かといって通俗&スリラーに走らず、ロジック重視の解決を図ろうとするスタンス。
動機についても十分配慮されていて、そのための捜査行が作品に深みを与えていること、などなど好意的に捉えられる要素は数多い。

個人的には、鮎川哲也の「鬼貫警部シリーズ」とどことなく似ていると感じた。
(もちろん「アリバイくずし」だからということもあるけど)
まぁ、でもあくまで歴史的価値という視点での作品かな・・・。そこに興味がない方なら敢えて手に取る必要まではないかも。
というのが正直な評価。
(最後にようやくタイトルの意味が分かった! でも何か腑に落ちないんだけど・・・)


No.1374 6点 風ヶ丘五十円玉祭りの謎
青崎有吾
(2017/08/27 19:34登録)
「体育館」「水族館」と続いた裏染天馬シリーズ初の短篇集。
すでに三作目「図書館」のアイデアはまとまっていたが、編集側の要望で連作集が先に発表されることになった模様(巻末解説より)。
それはともかく、“平成のエラリー・クイーン”の惹句は短編集でも生きているのか?

①「もう一色選べる丼」=風ケ丘高校学食の一番人気「二色丼」。半分残された「丼」に纏るミステリーが連作の第一編。お得意のロジックから絞り込まれた容疑者は呆気なく罪を認めジ・エンド、ということなんだけど、どこかこう背中がむず痒くなる推理。そう、「こんなことどうでもいいだろ!」ってことかな・・・
②「風ケ丘五十円玉祭りの謎」=若竹七海氏の実体験から生まれた伝説のアンソロジー「五十円玉二十枚の謎」。作者がこれにインスパイアされたのかどうか定かではないが、やっぱり本編の真相にもかなり無理がある。そう!一言で言うなら「こじつけ」だ!
③「針宮理恵子のサードインパクト」=「体育館」にも登場した学園の問題児・針宮理恵子と年下の恋人に纏る謎を扱った第三編。まぁ、そういう解法になるよなぁーという程度のことなのだが、その光景を想像するとなかなか羨ましい!(正直、見たい!!)
④「天使たちの残暑見舞い」=一番「こじつけ」っぽいのがコレかな。厳しめに言うなら「ご都合主義も甚だしい」ということなんだけど、二学期制・三学期制という言葉がさりげなく触れられている辺りに、作者のセンスは感じる。
⑤「その花瓶にご注意を」=個人的に一番感心したのはコレだ。本編のみ妹の鏡華が天馬に代わって探偵役を務めているのだけど、コチラの方が(探偵役として)いいんじゃないかと思ってしまった。美少女キャラで名探偵なんてね、本シリーズにはいかにも嵌りそう。それはともかく、本編では「傘」・「モップ」ではなく、「花瓶」という小道具からお得意のロジックが全開!

以上5編。(「おまけ」あり。天馬の父親が初登場?だよね)
長編二作と比べてはいけない。
とにかく軽くというか、ちょっとしたインパクトや雰囲気を重視したような作品が並んでいる印象。
ラノベテイストも長編よりは高めなので、純粋な本格ファンには物足りなく映るだろう。

かくいう私もそうなんだけど、まぁ“箸休め”的な短篇集ということで、次作に期待というところ。
作者は寡作でいいから、できるだけ質の高い本格ミステリーを書いていただきたい。
(⑤でも書いたけど、今後は天馬ではなく、鏡華の方が探偵役に相応しいんじゃないか?)


No.1373 5点 快盗タナーは眠らない
ローレンス・ブロック
(2017/08/27 19:33登録)
個人的にはマッド・スカダーシリーズを読みあさっている状況のなか、なぜか手にした本作。
全八作が発表された“快盗タナー”シリーズの記念すべき第一作目。
1966年の発表。原題は“The thief who couldn't sleep”(まさに邦題どおり!)

~脳に銃弾を受けて眠りを失ってしまったが、その代わりに語学力と万巻の書からの知識を得たエヴァン・タナー。ギリシア・トルコ戦争時のアルメニア金貨が今もまだトルコ領内に埋もれているとの情報を得た彼は、金貨を手中にすべく旅立つが、スパイ容疑で逮捕された! 決死の脱出から始まるヨーロッパ大活劇。異能のヒーローが活躍するブロック初期の痛快シリーズ、ここに開幕!~

確かに、他の皆さんの書評どおり!
ということで終わってもいいくらいなんだけど、折角なのでもう少し。

いくら職人ブロックといえども、若い頃はあったんだなぁーという感想。
マッド・スカダーシリーズの痺れるような緊張感や、読んでるだけで目に浮かんでくるようなNYの街の描写力・・・
などなど、読むほどに痛感する“旨さ”は本作からは感じられない。
プロットもなぁー
読者としては、ただひたすら、タナーの動きを追っていくしかないというのがねぇ・・・
どこかで捻ってくるかと思いきや、最後までスーッて行ってしまった感が強い。

もちろんそれはあくまで「ブロックなら絶対面白いはず!」っていう先入観のなせる業だし、他の作家に比べれば楽しめる要素は満載だと思う。
タナーがヨーロッパを股にかけ、あらゆる国々で事件に巻き込まれる珍道中!
会話も洒落てるし、ラストのまとめ方も手馴れている。
それから・・・って、これ以上は褒められない!(褒め言葉が浮かばない)
全八作のシリーズ。果たして次作以降はどうなのか?
やっぱり、スカダーに会いたくなった・・・


No.1372 5点 ほうかご探偵隊
倉知淳
(2017/08/27 19:32登録)
2004年、講談社の企画<ミステリーランド>の一冊として発表された作品。
文庫化に当たり、何故か東京創元社より発表されたものを読了。

~ある朝、いつものように登校すると僕の机の上には分解された縦笛が。しかも一部品だけ持ち去られている。これで四件目だ。同級生が描いた何の変哲もない風景画、クラスでも人気のない飼育小屋のニワトリ、不細工な招き猫型の募金箱・・・。今五年三組では「なくなっても誰も困らないもの」が続けざまに消え失せているのだ。いったい誰が何の目的で? 僕は真相を探るべく友人とふたりで連続消失事件の調査を始めた!~

今さらながら改めて<講談社ミステリーランド>について調べてみると・・・(いつものようにウィキペディアですが)
2003年に小野不由美、殊能将之、島田荘司の三氏による一回目の配本がスタート。以後、18回に及ぶ配本で全29もの作品を上梓したシリーズ。参加した作家たちも豪華絢爛。
まさに現在を代表するミステリー作家が作品を提供していて、会社的にも力を入れてきたことが窺える。
本シリーズの狙いは、もちろん少年少女たちにミステリーの面白さを味わってもらい、将来に及ぶファン獲得を目指す・・・そんなことだったのだろう。

これで約半分は読了したけど、他の方もご指摘のとおり、本作が最もシリーズの趣旨を理解して書かれた作品だと思う。
麻耶氏の「神様ゲーム」や島田氏の「透明人間の納屋」など、ジュブナイル向けの体裁を取りながら、中身は大人が読んでも背筋に冷たいものが・・・っていう作品もあるなか、この何とも言えない“ホノボノ感”。
本作で探偵役を務める僕の友人・龍之介君のおじとして紹介される人物(もちろんあの方です)の影響もあるのだろうけど、汚れなき少年少女たちが安心して手に取れる作品。(自分の子供に読書感想文の題材として紹介したいくらいだ!)

そうは言っても、そこは倉知氏。
単なる謎解きでは終わらせず、クドいくらいの「・・・まだ終わらない」。
大人も思わずニヤッとさせられる仕掛けも施している。
いやあー真面目な方なんだろうねぇ・・・作者は!
どんな作品も全力投球。読者に楽しんでもらおうというサービス精神。まさに頭が下がる思いです。
Good Job!のひとこと。


No.1371 6点 利腕
ディック・フランシス
(2017/08/11 22:58登録)
「大穴」以来、二度目の登場となる隻腕の元騎手シッド・ハレー。
D.フランシスといえば、シッド・ハレーという印象があるくらいだから、当然期待してしまう・・・
1979年の発表。何と「アメリカ探偵作家クラブ賞」「英国推理作家協会賞」のW受賞作!

~片手の敏腕調査員シッド・ハレーのもとに、昔馴染みの厩舎からの依頼が舞い込んだ。絶対ともいえる本命馬が、つぎつぎとレースで惨敗を喫し、そのレース生命を絶たれていくというのだ。馬体は万全、薬物などの痕跡もなく、不正の行われた形跡はまったくないのだが・・・。調査に乗り出したハレーを待ち受けていたのは、彼を恐怖のどん底へ叩き込む恐るべき脅迫だった! 「大穴」の主人公を再起用しMWA、CWA両賞に輝く傑作~

割と正統派の私立探偵小説、という印象が残った。
今回シッド・ハレーが請け負った調査はつぎの三つ!
①(紹介文にもある)ガチガチの本命馬がつぎつぎと惨敗していく事件、②元妻の今の彼氏が詐欺事件を引き起こした後始末、③英国競馬協会での不正事件
他の方も書かれているとおり、①~③はそれほど有機的に結び付いているわけではないので、ハレーは一人三役となって調査に挑むことになる。(①と③はまずまず関連しているけど・・・)
プロットの主軸となる①については、ハレーの懸命の調査が実り、終盤には僥倖を迎えることとなる。
そして、いくつかのピンチ(フランシス作品にはお決まり!)の後、ラストに決まるどんでん返し!
この辺のまとめ方は「さすが」の一言。

そして、本作を名作と呼ばせる所以が、シッド・ハレーの「生き様」。
どんなピンチを迎えようが、不屈の精神で乗り越えてしまう。
終章で元妻のジェニイがハレーに向けて放つ台詞!
強い男としての「孤独感」が浮き彫りにされる名シーンだろう。

ということでさすがの出来栄えなのだが、「大穴」のときもそうだったように、本作も世評の高さほどには感じなかったなというのが本音。
なぜだろう? 結構好きなジャンルのはずなのに・・・
まっ、そんなこともあるよね。
(熱気球大会のシーンは私も結構お気に入り。これほどの尺が必要だったのかというのは置いといて・・・)


No.1370 7点 さよなら神様
麻耶雄嵩
(2017/08/11 22:57登録)
講談社ミステリーランドの一冊として発表された前作「神様ゲーム」
その続編的位置づけの作品が本作。ジュブナイルとしては衝撃的だった前作を受けてのシリーズ化だけに・・・
一筋縄ではいかない臭いがプンプン・・・。2014年発表の連作短篇集。

①「少年探偵団と神様」=“一行目から真犯人の名前をズバリ公開”というのが文庫版の帯の言葉なのだが、そのとおり初っ端から真犯人の名前が神様から告げられる。が、しかし、当然読者はまったく知らない人物なわけで・・・
②「アリバイ崩し」=直球ズバリのタイトル。で、当然アリバイ崩しがメインテーマ。フーダニットは神様のお告げとは違う結果となっているが、これは・・・関係ないよね。アリバイは・・・あまり関係ないな。
③「ダムからの遠い道」=これもアリバイ崩しが一応のメインテーマ(②よりもこちらの方が正統アリバイ崩し、っていう感じだ)。これも神様のお告げとの齟齬があるのだが、真実は・・・っていう展開。
④「バレンタイン昔語り」=他の方も書かれているとおり、この④から物語の雰囲気が一変。一気に不穏な空気に包まれることになる。しかも、このラスト(=真の真実っていう表現かな)が強烈! 作者の底意地の悪さというか、ただならぬ才能が垣間見える。
⑤「比土との対決」=これもアリバイものといえばアリバイもの。主要人物までもが殺人者の毒牙にかかてしまうのだが、そこにはある大掛かりな仕掛けのための重要な伏線が隠されていた!(でも普通は気付かんよ!)
⑥「さよなら、神様」=タイトルどおり、神様が転校(=さよなら)してしまう最終章。そんなことより、ラストでは⑤で触れた作者の大いなる仕掛けが明らかになる。ホント、底意地悪いよなぁー

以上6編。
いやいや・・・さすがに麻耶雄嵩だわ!
前作も「悪意がたっぷり詰まった」ミステリーだったけど、今回も同様。
とにかく底意地の悪さ(クドいな)と悪意に満ちた作品に仕上がっている。

巻末解説で「探偵」という存在に対する作者のアプローチの方法が述べられているけど、ミステリという実に縛られた作品形態をここまで自由自在に操れる作者には敬意を表するしかない。
いわゆるミステリー的なサプライズ感は今ひとつのようにも感じたけど、ここまでの「企み」を見せ付けられたら、低い評価はできない。
とにかくスゴイ作家に成長したもんです。
(続編はあるのかな? ありそうだね)


No.1369 6点 D機関情報
西村京太郎
(2017/08/11 22:56登録)
1966年発表。
処女作「四つの終止符」、江戸川乱歩賞受賞作「天使の傷痕」に続く三作目の長編として発表された作品。
講談社文庫の新装版にて読了。

~第二次世界大戦末期、密命を帯びて単身ヨーロッパへ向かった海軍中佐・関谷は、上陸したドイツで親友の駐在武官・矢部の死を知らされる。さらにスイスでは、誤爆により大事なトランクを紛失。各国の情報機関が暗躍する中立国スイスで、トランクの行方と矢部の死の真相を追う関谷。鍵を握るのは「D」・・・。傑作スパイ小説~

私自身、「作者の初期作品は素晴らしい」と当サイトで何度も主張してきたけど、本作もその主張を裏付ける一冊だろう。
何より、この瑞々しさ!
やっぱり、というか当然、文章にも年齢は投影されるわけで、本作発表時の作者の年齢は三十代半ば。
これから専業作家として、何としても名を成したい、ヒット作を世に出したい、etc
そんな作者の熱気というか、心意気が行間からも伝わってくる・・・そんな「気」を感じさせられた。

で、本筋なのだが、
プロットとしてはそれほどの捻りはない。
極論すれば、「(スパイ小説として)よくある手」という評価になる。
第二次大戦中の欧州ということで、英米を主にした同盟国VSドイツという構図のなか、裏切りや狂信者、そして戦後の大局を見据える者など、様々な魑魅魍魎たちが跋扈する世界。
そのなかで右往左往するのが主人公の関谷中佐というわけだ。
あの人物は敵なのか味方なのか、はたまた敵の敵(=味方)なのか敵の敵の敵(=敵?)なのか・・・
化かし合いを演じることとなる。

そうは言っても、そこはやはり西村京太郎! ということで、リーダビリティはいつもどおり。
淀みなくラストまで一気呵成に読了してしまった。
でもまぁそこに物足りなさを感じる方は結構いるかもね。
ご都合主義と言えば全てがご都合主義だしな・・・


No.1368 7点 アキラとあきら
池井戸潤
(2017/08/01 22:51登録)
池井戸潤の文庫オリジナル最新作。
名付けて『アキラとあきら』。もちろん人の名前です。
すでにWOWWOWでドラマ化され好評を博した(という噂)・・・。(もはや絶対にドラマ化されるよねぇ・・・)

~零細工場の息子・山崎瑛(アキラ)と大手海運会社・東海郵船の御曹司・階堂彬(あきら)。生まれも育ちも違うふたりは、互いに宿命を背負い、自らの運命に抗って生きてきた。やがてふたりが出会い、それぞれの人生が交差したとき、かつてない過酷な試練が降りかかる。逆境に立ち向かうふたりのアキラの、人生を賭した戦いが始まった・・・。感動の青春巨編!~

これは・・・言うならば、「池井戸版・大河ドラマ」かな?
まるで一連の山崎豊子作品(「華麗なる一族」とか「日はまた昇る」とか)を思わせる大作だった。
本作。最新作とは言ったものの、実は『問題小説』誌に2006年から2009年にかけて足掛け三年間連載された作品の文庫化となる。
つまり、例の「半沢直樹」でブレークし、その後数々のヒット作を手がけることとなった作者が、まだ燻ってた時代の作品ということ。
初期作品では、「銀行総務特命」や「銀行狐」など、あくまでも銀行を主軸としたプロットが目に付いたが、本作では銀行が主要な舞台とはなるものの、銀行と相対する取引先企業にも同等にスポットライトを当て、重厚で深みのある人間ドラマに仕立てている。
巻末解説にも触れられているけど、稀代のヒットメーカーとなる池井戸潤の“萌芽的作品”に当たるのかもしれない。

ということで本筋なのだが・・・
「勧善懲悪」ストーリーはいつものとおり。むしろ本作ではいつも以上に「いい人」と「悪い、醜い人」の区別が明確。
これじゃまるで子供が見る特撮ヒーローものみたいで、そこまでデフォルメしなくても・・・という感想を持つ方も多いかも知れない。
でも、この「正義は勝つ!」っていうのを徹底しているのが、やっぱり作者のいいところなんだろうな・・・
『こんな奴やっつけちゃえ!』って思う読者の心情に応えるかのように、主人公が熱いハートでギャフン(死語!)と言わせるのだ。
まぁでも、人間って弱い存在だよねぇ・・・
特に「金」が絡むと、人間っていう奴はこんなにも卑屈になれるのかと思う。
人間の「欲望」が結集したものが「金」ということなんだろうな・・・なんて今さら思ってしまう。

ただ、全体的な評価としては、手放しで褒められるというレベルではない。
連載もののためか、置き去りにされた脇道も結構目に付くし、分量もここまでいるか?というほどのボリュームだ。
でも、そこそこ楽しい読書になるのは、やっぱり池井戸潤が好きだ、ってことなんだろうなぁー。


No.1367 6点 聖なる酒場の挽歌
ローレンス・ブロック
(2017/08/01 22:50登録)
マット・スカダーシリーズの第六作目。
シリーズ中1,2を争う名作「八百万の死にざま」のつぎに書かれたのが本作。
1982年発表。原題は“When the Sacred Ginmill Closes”

~十年前の夏・・・この当時を思い出すたび、スカダーの脳裏にはふたりの飲み友達のことが蘇ってくる。裏帳簿を盗まれた酒場の店主と、女房殺害の嫌疑をかけられたセールスマン。彼らを窮地から救うべくスカダーは調査に乗り出した。しかし、事件は予想外に奥深かった! 異彩を放つアル中探偵の回想をとおして、大都会NYの孤独と感傷を鮮烈に描き出す現代ハードボイルドの最高峰~

とにかく酒、酒、酒、ちょっと休憩を挟んで酒・・・というお話である。
バーボンをこよなく愛する男・スカダー。
やっぱりNYでもバーボンといえば、ジャックダニエルだったりワイルドターキーだったりするんだなぁと変なところで安心したりして・・・
(本筋とは全然関係ありませんが・・・)
本作は紹介文でも触れているとおり、遡ること十年前が舞台となっていて、前作「八百万の死にざま」を読了した方なら感じるであろう違和感は、恐らくそこからきている。

事件そのものはシリーズ他作品と比べても、正直大したことはない。
最後にアリバイトリックやら、ちょっとしたドンデン返しやらが出てくるけど、それは付録程度にしか感じない。
それは「回想の事件」ということに起因しているのか、はたまた、前作で最高潮の盛り上がりを見せた直後の作品ということで熱が入らなかったのか・・・
途中はやや冗長な感じすら覚えるほどだったのだ。

それが・・・物語も終わりのページに差し掛かった、まさにその時!
『私はもう飲んでいないのだ。一滴も。だから酒場にはもう用がなくなったのだ・・・』という独白。
そう、本作はまさにスカダーの酒、そして酒場に対する挽歌(エレジー)だったのだ!
なぜ人は、そして男は酒を飲むのでしょう?
河島英五ではないけれど(古いな!)、NYの片隅の酒場でバーボンを飲むスカダーの姿を想像すると、どうしてもそんなことが頭に浮かんでしまった。
とにかく、やっぱり、スゴいシリーズだなと再認識した次第。
(本シリーズは読む順番が滅茶苦茶になっているのがいいのか悪いのか? 不明)


No.1366 5点 家族八景
筒井康隆
(2017/08/01 22:49登録)
~幸か不幸か生まれながらのテレパシーをもって、目の前の人の心をすべて読み取ってしまう可愛いお手伝いさんの七瀬・・・。彼女は転々として移り住む八軒の住人の心にふと忍び寄ってマイホームの虚偽を抉り出す。人間心理の深層に容赦なく光を当て、平凡な日常生活を営む小市民の猥雑な心の内をコミカルな筆致でペーソスにまで昇華させた、恐ろしくも悲しい作品~
ということで「七瀬シリーズ」の第一作目である。

①「無風地帯」=要するに「家族ゲーム」を演じる一家のお話である。でもあとの作品に比べればまだまだ緩い。
②「澱の呪縛」=猛烈に臭い家。でもそれに気付かない家族たち。それを七瀬に知られたと「分かった」家族の反応が・・・たいへんビミョー。
③「青春讃歌」=昔の映画のような明るいタイトルだが、それとは真反対のブラックなラストが待ち受ける・・・。若くなりたい、若く見せたいという願望は決してなくならないんだろうね。
④「水蜜桃」=七瀬に始めてピンチらしいピンチが訪れる。もちろん「アッチ」方面のピンチなのだが、中年男性って奴は・・・
⑤「紅蓮菩薩」=只管に隠してきた七瀬の「テレパス能力」がバレそうになるピンチ! 心理学を専攻する大学教授の家に住み込むことになった七瀬に降りかかる災厄。これもラストがキツイ!
⑥「芝生は緑」=つまりは「隣の芝は青く見える」っていうこと。隣の奥さんってキレイで優しそうに見えるもんね、何となく。でも実際はどうかな?
⑦「日曜画家」=攻撃的な妻と長男に毎日攻められ続ける気弱な夫(父)。そんな夫に七瀬は同情するのだが、実はこの男も・・・。結局男(特にオッサン)ってこんなもんだよね・・・。
⑧「亡母渇迎」=これもラストがキツイ! しかも相当に!

以上8編。
読む前は、『お手伝いは見た!』(by市原悦子)的な作品かと思っていた。
当たらずとも遠からずではあるけど、それ以上に人間の弱さや醜さ、猥雑さ、エゴイズム、妙なプライド、保身、嫉み妬み、etc
そんなものが満載のお話となっている。

七瀬が人の心を読む力を持つ「テレパス」という設定であり、それも当然ということなのだが、特にオッサンたちには耳の痛い言葉や目を覆うばかりの場面がたっぷり出てくるので十分にご注意を!
(特に妻帯者は)


No.1365 7点 二人のウィリング
ヘレン・マクロイ
(2017/07/21 22:01登録)
1951年発表。
精神科医ヴェイジル・ウィリング博士を探偵役とするシリーズの九作目に当たる作品。
原題“Alias Bsil Willing”

~ある夜、自宅近くのタバコ屋でウィリングが見かけた男は、「私はヴェイジル・ウィリング博士だ」と名乗ると、タクシーで走り去った。驚いたウィリングは男の後を追ってあるパーティー開催中の家に乗り込むが、その目の前で殺人事件が起きる・・・。被害者は死に際に「鳴く鳥がいなかった」という謎の言葉を残していた。発端の意外性と謎解きの興味、サスペンス横溢の本格ミステリー~

導入部が実に見事なシリーズ作品。
そして、作品全体に仕掛けられたプロットも実にマクロイらしい企みに満ちている。
最近、作者の作品に接する機会が増えたけど、ハズレがないという意味では、クリスティに比肩するほどの存在。(あくまで私見ですが・・・)

まず導入部は紹介文のとおりなのだが、これは惹き込まれるよねぇ・・・
いったい何が起きているのか、という疑問を感じるまもなく発生する殺人事件。しかも、被害者は疑惑の人物ときている。
否応なくウィリングは事件に巻き込まれるのだが、謎のパーティーの参加者たちが全員クセ者ぞろいなのだ。
文庫版で300頁弱という分量なのに、作者の人物の書き分けは見事のひとことに尽きる。
ウィリングがひとりひとりと関わっていくなかで、読者はますます濃い霧のなかに迷い込むことに・・・

そして終章で突然判明するある事実。
これがかなり衝撃的だ。
似たようなプロットは割と目にするのだが、ここまで鮮やかなのはあまり記憶にない。
大げさに言えば「世界観が180度変えられる」とでも言えばいいのだろうか、実に作者のミステリーらしい仕掛けになっている。

しかも、相変わらず端正なストーリーテリング!
安心してお勧めできるミステリー! (そうでもないかな?)


No.1364 6点 死神の浮力
伊坂幸太郎
(2017/07/21 22:00登録)
“死神”の千葉を主人公としたシリーズ二作目。
2005年に発表された「死神の精度」は連作短篇だったが、今回は長編での再登板となった。
本作は2013年の発表。

~最愛の娘を殺された山野辺夫妻は、逮捕されながら無罪判決を受けた犯人の本城への復讐を計画していた。そこへ人間の死の可否を判定する“死神”の千葉がやってきた。千葉は夫妻とともに本城を追うことに・・・。展開の読めないエンターテイメントでありながら、死に対峙した人間の弱さと強さを浮き彫りにする傑作長編~

久しぶりの続編で、かなりワクワクしながら読み進めた。
前作(「死神の精度」)はよくできた連作だっただけに、当然に期待は高まることに・・・
その結果は後に置いとくとして、伊坂作品には強烈なインパクトを与える人物(人ではないケースもよくあるが)がたびたび登場する。
「ラッシュライフ」他に登場する黒澤、「陽気なギャング」シリーズの響野や久遠、「グラスホッパー」の鈴木、etc
そして、本シリーズの千葉も負けず劣らずの強烈な個性!
飄々としながらも、人間離れした(死神だから当たり前?)能力を発揮し、人間の常識に囚われない反応を示す・・・
伊坂らしい世界観や台詞まわしに最適なキャラクターだ。

今回のテーマはやはり「死」と「運命」ということなのだろう。
サイコパス・本城とのせめぎあいを通じながら、人間の逃れられない「運命」としての「死」を問いかけてる・・・そんな気はした。
誰にでも「死」は訪れる。それが早いか遅いかの違いだけで、「死」から免れる人間はいない。
「そんなこと当たり前だろ!」ということなのだが、誰もが「運命」を感じ、背負いながら日々を過ごしている・・・。
山野辺夫妻の「その後」の場面を敢えてラストに持ってきたのが、作者らしい実に憎らしい演出。
「死」という厳粛な結果が出たはずなのに、そこには何と言えないほのぼのした空間すら感じてしまう。
それこそが人間の強さということなのだろうと勝手に解釈した。

ただし、期待したとおりだったのかというと、「期待したほどではないかな」というのが正直な感想。
途中かなり冗長な展開が続くし、もう少し「構成の妙」が欲しかったかなと思った次第。
でもまぁ、さすがのエンタメ小説とは言える。続編にも期待。


No.1363 5点 鍵のない夢を見る
辻村深月
(2017/07/21 21:59登録)
~地方の町でささやかな夢を見る女たちの暗転を描き絶賛を浴びた直木賞受賞作~
「オール読物」誌を中心に発表され単行本化された連作短篇集。
2012年発表。

①「仁志野町の泥棒」=田舎の町によくありそうな話。主人公は子供たちなのだが、子供にとって、親たちの罪を知り、その現場を見てしまうことはやはり衝撃なのだろうな。
②「石蕗南地区の放火」=ずばり、ザ・自意識過剰“女”の話。人間どうしても周りと比較してしまうものだけど、特に田舎の場合は、人と人との距離が近い分、その傾向が強いってことかな。男目線からすると、「一生、勘違いしてろ!」って叫びたくなる。
③「美弥谷団地の逃亡者」=冒頭は呑気な逃避行としか思えなかったのが、徐々に不穏な空気が漂ってきて、ラストは「ひぇー」ってことになる。DV受ける女ってみんなこういう感じなのかな・・・
④「芹葉大学の夢と殺人」=なかなか考えさせられる一編だ。特に女性心理について。平凡な幸せが目の前にぶら下がっているのに、不幸せになるに違いない「男」を選んでしまう・・・。いい男って罪だよねぇ。でも、個人的にはこんな男は許せんけどなぁ。
⑤「君本家の誘拐」=ラストは育児ノイローゼ気味の主婦を襲う誘拐事件。ここに登場する夫(まるで昔の自分を見てるようだ・・・)なんて、主婦的には許せないのかもしれないけど、男って所詮そんなもんだぜ、って言いたくなる。余裕のない男なんて、ダメだと思うけどね・・・。

以上5編。
他の方も書かれているとおり、本作は確かにミステリーではない。
ミステリーっぽいタイトルや短評なんだけど、作中に「謎」は登場しない。
名手・辻村深月が、地方に住む小市民たちの揺れ動く心を実に丹念に、実に嫌らしく抉るように書いている。

特に女性心理については、かなりあけすけだ。
損と得、あいつより上回っている、バカにされたくない、もう少し報われてもいい・・・etc
それを汚いとか、打算的だと表現するのは容易いけど、人間誰しもそんなもんだよね。
読みながら、ついつい自分の行動や考え方を反省してしまった。
でも、そうそうは変わらないんだろうな・・・(だって人間だもの)


No.1362 4点 かくして殺人へ
カーター・ディクスン
(2017/07/09 19:42登録)
作者名義、HM卿登場作品としては十番目の作品に当たる長編。
原題“And So To Murder”。
1940年発表。創元文庫の新訳版で読了。

~処女作がいきなり大当たりしたモニカは、生まれ育った村を出てロンドン近郊の映画スタジオへやってきた。ここでプロデューサーに会うのだ。モニカの小説を映画化するかと思いきや、脚本は脚本でも他人の原作を手掛けることに。スタジオ内の仕事場で執筆を始めたモニカは、何度も危険な目に遭う。硫酸を浴びかけたり銃撃されたり、予告状も舞い込みいよいよ生命の危機である。義憤に駆られた探偵小説家のカートライトは証拠を持ってHM卿に会い、犯人を摘発してくれと談判するが・・・~

シリーズも十作目ともなるとクオリティの低下が目立つ・・・そんな感じ。
今回はカーがいったい何を書きたかったのかさえ、よく分からなかった。
トリックの鍵は真犯人の○○なんだろうけど、正直なところ、『よく確認しろよ!』って言いたくなる。
硫酸や銃まで持ち出してるわけだからねぇ・・・
そんな杜撰な殺人計画ってあるのかねぇ??

物語はHM卿の登場をもって風雲急を告げる。
もしかして事件の構図がガラッと変わるのか?と期待したわけだが・・・それほどものでもなかった。
サプライズ感の薄いフーダニットもなぁー、今ひとつ。
あと、モニカとカートライトの恋愛模様。
実に中途半端だ!
もっと書きようがあっただろうに・・・

有り体にいうと「駄作」という評価になりそうな本作。
それもこれも比較対象となるシリーズ前半作品がスゴすぎるせいなのか、本作がヒドすぎるせいなのか。
両方かな。
かくして、こんな評価になりました・・・


No.1361 3点 シャーロック・ノート
円居挽
(2017/07/09 19:41登録)
『剣峰成(つるみねなる)』と『太刀持(たちもち)からん』。そしてなぜか鬼貫警部・・・
新潮文庫NEXレーベルから2015年の発表。

①「学園裁判と名探偵」=恐らくシリーズ化されるであろう前提に立ったうえでの「導入部」的な位置付け。なのだが、いきなり訳の分からない世界観に戸惑うわたし・・・。なんだこの「星覧仕合」って?? ルールがよく呑み込めないままお話は進む・・・
②「暗号と名探偵」=剣峰成の秘められた過去に迫る第二編なのだが、ここでなぜか鬼貫教官(なぜ教官なのかは説明が長くなるから割愛)と丹那刑事のコンビが登場する。数多い名探偵のなかで、なぜこの二人?と思わざるを得ない。
③「密室と名探偵」=鬼貫&剣峰VS爆弾魔・降矢木残月(ふるやぎざんげつ)の闘い或いは知恵比べが描かれる第三編。密室とわざわざ銘打つほどのトリックなどはないので悪しからず・・・。結局、最後まで何が言いたかったのかよく理解できず一応完結。

以上3編。
一応連作形式になってるけど、特段最後にオチが用意されているわけではない。
このレーベルだし、ある程度ラノベ的っていうか、前衛的な作品なのかなーとは考えていた。
けどなぁー
こりゃ、理解不能だな。
すでに続編も出てるし、もう少し付き合うべきかもしれないけど、もういいなぁ・・・。

作者は言わずと知れた京大推理研出身のサラブレッド。
『・・・ルヴォワール』シリーズが未読なんだけど、果たしてどうなのか?
あまり先入観は持たずに手に取ることにするか・・・
本作はダメ。特に古いファンの方はスルーでOK。


No.1360 5点 モルフェウスの領域
海堂尊
(2017/07/09 19:40登録)
2010年発表。
「モルフェウス」とは、ギリシア神話にも登場する“夢を司る神”のこと(のようです)。

~桜宮市に新設された未来医学探求センター。日比野涼子はこの施設で世界初の「コールドスリープ」技術により人工的な眠りについた少年の生命維持業務を担当している。その少年・佐々木アツシは両眼失明の危機にあったが、特効薬の認可を待つために五年間の<凍眠>を選んだのだ。だが少年が目覚める際に重大な問題が発生することに気付いた涼子は、彼を守るための戦いを開始する。人間の尊厳と倫理を問う、最先端医療ミステリー~

これもまた一連の「桜宮サーガ」につながる物語。
といっても、田口・白鳥コンビが主役を務める「本筋」のストーリーではなく、あくまでサイドストーリー的な位置付け。
これまでの作品でいうと、「ジーン・ワルツ」=「マドンナ・ヴェルデ」の流れに相似している。
(芯の強い女性が主人公で、現在の法律の矛盾を問うという作品姿勢も共通)

今回のテーマとなる「コールドスリープ」。
ウィキペディアによると、2016年現在、全世界で約350人が冷凍保存されていて、日本ではまだ人体を保存する施設はないが、日本トランスライフ協会という団体が、アメリカ・ロシアの保存施設へ空輸するサービスを取り扱っているとのこと。
(知らなかった・・・)
ひと昔まえのSF小説では、こういう手の話がよく登場してきたけど、もはや技術的には可能な領域に入っているということなのだろう。
で、問題となるのは、社会的或いは法律的な取り扱いということになる。
まぁ「不老不死」というのは永遠の憧れというか、最終的な夢or欲望だしねぇ・・・
金に糸目をつけない方々にとっては、最も興味のある技術なのだろう。

ただ、「コールドスリープ」に対する海堂氏のスタンスは、これまでのAiなどと比べると微妙な感じだ。
そもそも本作執筆の動機がやや不純なだけに(佐々木アツシの設定に関する矛盾の解消?)、いつもなら流れるようにほとばしる台詞まわしも、本作はやや歯切れが悪い。脇役として登場する田口や高階院長もいつもの感じではない・・・
ということで、いよいよシリーズのパワーダウンが明白化してきた、ということかな。
一応続編(「アクアマリンの神殿」)も読むだろうけど・・・

1859中の書評を表示しています 481 - 500