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ミステリの祭典

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平均点:6.01点 書評数:1812件

プロフィール| 書評

No.1532 5点 チョールフォント荘の恐怖
F・W・クロフツ
(2019/08/08 21:42登録)
フレンチ警部登場作としては二十三作目に当たる長編。
フレンチが警視に昇進する直前、つまり作者後期の作品。
1942年の発表。

~法律事務所を経営しているR.エルトンは郊外の見晴らしのよい高台に堂々たる邸宅を構えていた。ある晩、そのチョールフォント荘でのダンスパーティーの直前、彼が後頭部を割られて死んでいるのが庭園で発見される。犯人は誰か? 動機は遺産相続か、怨恨か、三角関係のもつれか? それぞれの動機に当てはまる容疑者はフレンチ警部の捜査の結果、次々にシロと判明するのだが・・・~

タイトルだけ見ると、「もしかして館もの?」って思いそうだけど、ご安心ください。いつものクロフツ、いつものフレンチ警部です。
他の方もご指摘のとおり、今回は若手刑事ロロの指導役を務めるというのが変わっているところ。
(いわゆるOJTですね・・・)

ただ、さすがは作品を発表するごと、まるで年輪を重ねるが如く、年季の入ったシリーズになったのが分かる前半から中盤。
「まだるっこしい!」って思う方もいるかもしれませんが、そこはもう、このシリーズの醍醐味なわけです。
関係者ひとりひとりを丹念に事情聴衆。今回はほぼ全員が怪しいという事態に陥ります。
捜査の結果、怪しいと睨んだ容疑者はひとり、またひとりと容疑の外に消えていくという展開・・・
その間、ページ数はどんどん少なくなっていき、本当に解決するの?と読者を不安にさせます。

そして、本シリーズのお決まり。
最終章の2つか3つ前の章で、「ようやく曙光が!」というところに至るわけです。
こうやって書いてると、マンネリかよ!って思われそうですが、そうなんです。マンネリなんです。
でも、今回はロロに指導するためなのか、中盤の捜査行はいつにも増して緻密かつ丁寧。アリバイに至っては10分単位の細かさ!
結構期待が膨らんでました。
ただ、最後がいただけないなぁー
こういうのを竜頭蛇尾っていうのかな。動機も拘ってたわりには、見え見えだったし、こんなタイミングで殺人をやらなければいけない理由が分からなかったな(この真犯人なら、もっといいタイミングがあったろうに、という感想)
というわけで、そんなにいい評点はつけられない。まっ、よく言えば「重厚」という感じではある。


No.1531 6点 誰も僕を裁けない
早坂吝
(2019/08/08 21:41登録)
「○○○○○○○○殺人事件」「虹の歯ブラシ」に続く、上木らいちシリーズの三作目
“本格と社会派の融合を目指す”らしい本作・・・ホンマかいな?
2016年の発表。

~援助交際少女にして名探偵・上木らいちのもとに、「メイドとして雇いたい」という手紙が届く。しかし、そこは異形の館で、一家を襲う連続殺人が発生。一方、高校生の戸田公平は、深夜招かれた資産家令嬢宅で、ある理由から逮捕されてしまう。らいちは犯人を、戸田は無実を明らかにできるのか・ エロミス×社会派の大傑作~

なかなか器用だね、作者は。
本作は、「上木らいち」パートと「戸田公平」パートが交互に語られる展開。
で、前者が本格派、後者が社会派ということなのだろう。

本格派の方でいうと、やはり「異形の館」=風車型の二層構造がメイン。でも、これは最初から作者が思わせぶりに「○る」と何回も煽ってるし、これはミスリードなんだろうなと推測。
で、結局「○る」んだけど、作者の狙いはそこを少しだけズラしたところにある。
そこがもうひとつの「仕掛け」。
この「仕掛け」はタイトルにも関わってくるんだけど、うーーん。どうかな?
うまい具合にミスリードしてるし、「へーぇ」とは思わされるけど、肩透かしのようにも感じる。

そうなのだ。実に「肩透かし」な作品なのだ。
読者喰いつかせるんだけど、つかもうとすると、さっと引かれるというか・・・
読者とがっぷりよつに組んだミステリーではない。
まぁそれが作者の持ち味と言ってしまえばそれまでだが・・・
とにかく一筋縄ではいかないし、それをいい意味で捉えれば、「懐が深い」または「引き出しが多い」ということ。
個人的には嫌いではないけど、手放しで褒めるほどでもない。


No.1530 5点 絶唱
湊かなえ
(2019/08/08 21:39登録)
~四人がたどり着いた南洋の島。ここからまた、物語は動き始める。喪失と再生を描く号泣ミステリー~
ということで、阪神淡路大震災を経験した四人の女性が、南の楽園・トンガを舞台に緩やかに繋がったストーリーを紡ぐ連作短篇集。
2015年の発表。

①「楽園」=阪神淡路大震災で双子の姉(妹?)を亡くした女性。学生時代、好きだった彼が描いた楽園の絵・・・それがトンガだった。単身トンガに渡った彼女は、「その場所」を探し始める。そして、サプライズが明かされるラストへ・・・
②「約束」=①でも回想の中で登場していた「理恵子」が本編の主人公。国際ボランティア隊の一員としてトンガに派遣された彼女。ある日、日本から彼女を追ってきた婚約者へ彼女は別れを告げるはずだった・・・。
③「太陽」=①で脇役にて登場していた五歳の娘を連れたシングルマザー・杏子が主役となる一編。彼女もまた震災でつらい経験をしていた。勢いでやって来たトンガだったが、実は震災で傷ついた彼女の心を癒してくれたのがひとりのトンガ人だったのだ・・・。
④「絶唱」=連作のまとめとなる最終編。ここでも物語の始まりはあの大震災。震災で親友のひとりを喪った主人公は、大きな心の傷を負うことに。そして、ここでもトンガとの触れ合いが彼女を再生へと導く・・・

以上4編。
「トンガ」・・・南太平洋に浮かぶ大小約170の島々からなる国家。人口は約10万人。首都はトンガタプ島にあるヌクアロファ。
ということで、南洋の島らしく、島民は誰もがフレンドリーで、人間らしい心が取り戻せる島、なのだとか。
冒頭の紹介文のとおり、四人の女性は大震災を経て大きく心が傷ついてしまう。
その傷を癒してくれたのがトンガであり、トンガ人であり、トンガに住むある日本人、ということ。

で、どこが(号泣)ミステリーなんだ?ということなんだけど、どこがだろう?
かろうじて①にはある仕掛けがあり、ラストにきてそれが判明⇒サプライズというプロットなのだが、あとの三つはいわゆる“いい話”である。読者のなかには主人公にシンパシイを感じて涙される方もいらっしゃるかもしれない。
私は・・・う~うん。特に感涙はしなかったな。
これはやはり中年のオヤジが読むものではなかったということだろう。
でも、文庫落ちに伴いこれが売れてるようです。いやいや恐るべし、湊かなえ。


No.1529 7点 鏡は横にひび割れて
アガサ・クリスティー
(2019/07/20 16:44登録)
ミス・マープルものの長編としては「パディントン発4時50分」に続く八作目。
変わりゆくセント・メアリ・ミード村が事件の背景となる作品。
1962年の発表。

~穏やかなセント・メアリ・ミードの村にも都会化の波が押し寄せてきた。新興住宅地がつくられ、新しい住人がやって来る。間もなくアメリカの女優がいわくつきの家に引っ越してきた。彼女の家で盛大なパーティーが開かれるが、その最中、招待客が変死を遂げた。呪われた事件に永遠不滅の老婦人探偵ミス・マープルが挑む~

いかにもクリスティ・・・という感想。
確かにこれならマープルものの代表作という評価が相応しいかもしれない。
大女優が主催したパーティー、大勢の、そしてどこかに秘密を抱えた招待客という道具立てが本格ファンの心を大いにくすぐる。

最後まで楽しい読書になったわけだが、ふと考えてみると、プロットとしてはごく単純というか、ほぼワンアイデアといってもいい。
“ホワイ・ダニット”が本作のメイン・テーマだろうが、ここをいかに隠蔽するかが作者の腕の見せどころ、ということ。
ただし、この「隠蔽」する方法というのがさすがというか、尋常ではない。
読者としてはどうしても“フーダニット”に目を奪われ、「アイツか、はたまたアイツか・・・?」と推理していくんだけど、そこはマープル女史の言葉を借りれば「自明」ということ。
あの登場人物のたった一言がすべてを解明する“ワンピース”になるのだ。そのカタストロフィこそが本作の白眉。

ただ、全体としては粗さも目立つ。
第二、第三の事件はいわゆる「口封じ」のためでしかなく、単なる添え物にしかなっていないことや、数々の登場人物たちも“賑やかし”的な役割が殆どで、事件と有機的に絡んでくる割合は少ない、などが目に付いたところ。
その辺りはやはり、ポワロものの代表作に比べれば評価を下げざるを得ないかな。
でもまぁさすがだね。
意味深なタイトルも良い。準佳作という評価でいいでしょう。
(ここまで事件が頻発するなんて、「呪いの村」って呼ばれても不思議ではない気が・・・)


No.1528 6点 海の見える理髪店
荻原浩
(2019/07/20 16:42登録)
小説「すばる」誌に掲載された短編を集めた作品集。テーマは『家族』。
第155回の直木賞受賞作。
2016年の発表。

①「海の見える理髪店」=表題作に相応しい一編。一流芸能人もお忍びで通うという、鄙びた海沿いの町にある理髪店。ひとりの若者がその理髪店を訪れるところから物語は始まる。そして、ラストに判明する隠されていた事実。受賞作に恥じない作品。鏡をとおしてふたりの男が向き合う・・・それが物語に深みを醸し出しているのかな?
②「いつか来た道」=いがみ合っていた母と娘。久々に母の元に娘が訪れることから物語は始まる。母と娘だからこそのいがみ合いなのか、それでも同じ空間を共有してきた家族だからこそ通じる気持ちがある。本編もラストに隠されていた事実が判明する。
③「遠くから来た手紙」=仕事ばかりを優先する夫に愛想を尽かし、実家へ戻ってきた娘。そこには弟夫婦がすでに家業を継ぎ、同居していた。彼女の携帯には謎のメール(手紙)が届いて・・・。結局、メールの謎は論理的に解決されないから、ある意味ファンタジー風味。でも昔の夫からのラブレターを捨てずに持ってるなんて反則(男からすると)。
④「空は今日もスカイ」=まるで児童文学のような一編。恵まれない境遇にあるふたりの子供が海べりで出会うことから物語は始まる。ひとりの子供が酷い虐待にあっていること、読者は分かるのだが、子供たちには理解できていないことがもどかしい。ラストも結構救いがない。
⑤「時のない時計」=定年前に会社を辞めた男が、父の形見の古い腕時計を修理に持ち込むところから物語が始まる。そこは戦後すぐの時代から続いている町の時計屋。店主との会話をとおしながら、父親との思い出が次々と蘇ってくる・・・。「父と息子」というのは①と同じテーマ。
⑥「成人式」=15歳でひとり娘を亡くした夫婦。それ以来、生きる希望を失い、在りし日の娘のことばかり思い出しながら生きてきた。そんな夫婦に転機が! そのきっかけが「成人式」。なんと娘の代わりに20歳になったつもりで出席することに! 周りの反応は当然「キモッ!」。でも、なぜかラストはほっこりさせられる。

以上6編。
「家族」テーマの短篇集というと、奥田英朗が思い浮かんでしまう。
奥田の作品は笑い:しんみり=8:2という感覚だけど、本作はその逆という雰囲気。
テーマが重い分の違いだろうけど、「旨さ」という点では負けず劣らず。
あるひとつの場面から、過去へと読者を誘う書き方・・・それこそが本作の深さにつながっている。

たまにはしんみりするのもいいのではないか。
(ベストはやはり①。あとは③⑤かな。)


No.1527 6点 聖女の毒杯
井上真偽
(2019/07/20 16:40登録)
デビュー長編「その可能性はすでに考えた」に続いて発表された第二長編。
今回もサブタイトルには同じく「その可能性はすでに考えた」が使われているとおり、『奇蹟』の存在を証明する探偵=上苙丞を主役とするシリーズ。
2016年の発表。

~聖女伝説が伝わる里で行われた婚礼の場で、同じ盃を回し飲みした出席者のうち、毒殺された者と何事もなく助かった者が交互に出る『飛び石殺人』が発生。不可解な毒殺は祟り神として祀られた聖女による奇蹟なのか? 探偵・上苙丞は人の手による犯行可能性を数多の推理と論理で否定し、「奇蹟の存在」証明に挑む~

しかしまアーよく考えるよなぁー
前作を凌駕するほどの選択肢の多さ。その全ての選択肢が探偵・上苙の頭脳で否定されていく。
そもそもの謎が強烈。
何しろ、婚礼の儀で居並ぶ出席者が飛び石で毒殺されてしまうのだから・・・
こんな非現実的な事象をロジックを効かせて解決しようとすること自体が斬新といえば斬新。

作者の狙いはやっぱり「多重解決」なんだろうか?
すべての選択肢を挙げていくことに喜びを感じているように映る。
もちろん突っ込みどころはそれこそ枚挙に暇はない。
ただ単に「矛盾している」として否定された仮説が多いけど、どう考えても弱いし、反証は十分可能なパターンも多い。
要は、作者の匙加減次第ということ。
でも、これこそが「多重解決」プロットの軸だし、ある意味アンチミステリーとしての見方もできる。
最終的に「奇蹟」が否定されることとなった真相。この貧弱な真相で、それまで付き合わされてきた数々の仮説がひっくり返るんだからなぁー

でも決して嫌いではない。こんなミステリーを書けること自体稀有な才能だと思う。
できれば、本当の「ド本格」ミステリーにも挑んでもらいたいと思うのは私だけだろうか。
(選択肢の多さ=伏線の多さ、が宿命になっている分、小説としてのぎこちなさに繋がるんだろうね・・・)


No.1526 6点 骨の島
アーロン・エルキンズ
(2019/07/05 22:13登録)
大人気“スケルトン探偵”シリーズの長編第十一作目。
今回もギデオンによる骨の鑑定がイタリアの名家にまつわる殺人事件の謎を解き明かす!
2003年の発表。

~イタリア貴族の当主ドメニコは姪に信じがたい言葉をかけた。「私の子を産んで欲しい」と。時は流れ、産まれた子は実業家として財を増やそうとする。だがその矢先、一族の人間が誘拐され、さらに前当主のドメニコの白骨死体が地中から発見された。調査を始めた人類学教授ギデオンは、骨に隠された一族の数々の秘密を知ることになるが・・・。円熟味を増したスケルトン探偵ギデオン・オリヴァーの推理が冴える本格ミステリー~

海外版トラベル・ミステリー的な見方もできる本シリーズ。
今回の舞台は紹介文のとおりイタリア。風光明媚なマッジョーレ湖を望むストレーゼ村。
全く知らない地名だったけど、北イタリア地方に属し、ミラノに割と近い町・・・らしい。

とにかく、またもや観光旅行に来たはずのギデオン夫妻が骨にまつわる事件に巻き込まれることに。
(これはもうお約束)
冒頭からいかにも「伏線ですよ」とでも言わんばかりの場面が描かれ、これが事件解決の大きなヒントとなる。
他の方の書評を読むと、この辺りの分かりやすさが不評のようだが、私個人としては特に気にならなかった。
そもそも本シリーズの良さはこの「分かりやすさ」なのだ。

「骨」さえ出てくれば、ギデオンの卓越した鑑定能力が古の事件までも解決に導く。
そして、必ず事件背景にあるのが複雑な人間関係。
今回は「貴族の血」とでも言うべき伝統と因習が動機につながっていく。
日本ならさしずめ“犬神家の一族”的なドロドロした雰囲気になりそうだけど、そこはアメリカン!(いやイタリアン?)
暗さの微塵もなし。読者も安心して読み進めることができる。

ということで、楽しい読書を求めている方にはうってつけ! ラストもハッピーエンド。
そして、今回もギデオンは妻のジュリーが大好き・・・(ミステリーの書評とは思えん)


No.1525 6点 許されようとは思いません
芦沢央
(2019/07/05 22:11登録)
イヤミス風味というか、背中がスーっとする感覚の作品が並ぶ短篇集。
文庫化に当たって読了(単行本とは収録作の並びが違う模様)。
2016年の発表。

①「目撃者はいなかった」=“ミスをなかったことにしたい”ってこと、サラリーマンなら誰しも身に覚えがあるはず。でも、そのちょっとした「出来心」が大きな不幸を導くことになる・・・。やっぱり報・連・相って大事なんだと身につまされる。
②「ありがとう ばあば」=“何をしてでも孫を子役として成功させたい!”。ばあばの願いはそれだけだった。孫も想いは同じはずだったのに、そこは幼い子供。やっぱり、意識のズレは当然ある。大人のエゴを押し付けてはいけない・・・ということ。最後は因果応報的ラスト。
③「絵の中の男」=夫婦そろって画家だが、その才能は妻が夫を遥かに凌駕している・・・。起こるべくして起こった事件なのか? しかし、動機には大きなサプライズが!
④「姉のように」=幼い頃から姉を頼ってきた妹。育児においてもお手本だったはずの姉が幼児虐待で逮捕されるというショッキングな出来事。それを境に妹の生活そして精神も大きく狂い出す・・・。徐々に追い込まれる妹の心の動きが非常に痛い。そしてラストにはサプライズが待ち受ける。
⑤「許されようとは思いません」=田舎の因習が背景にある話なのだが、これも「動機」が問題となる。人間の心ってここまで追い込まれるものなのか?という感覚。

以上5編。
確かに高評価なのも頷ける内容・・・かなと思っていた。
でも、どこか素直に従えない気分。
プロットも手馴れてるし、いわゆる“最後の一撃”も決まってる・・・なんだけど、どうも二番煎じっぽいんだよなー

作品名まで出てこないんだけど、どこかで読んだような気にさせられる・・・っていう感じ。
こういう手の短篇はどうしても似たようなプロットになりがちなんだろうけど、どうにもそういう感想になった。
でも、旨いのは確かだし、一定以上の満足感は得られると思う。
・・・と一応フォローしておく。(美人作家だしね)


No.1524 5点 南伊豆殺人事件
西村京太郎
(2019/07/05 22:09登録)
お馴染みの「十津川警部シリーズ」。良き相棒・亀井刑事はもちろん、権力者に弱い上司・三上部長や日下、西本などいつものメンバーも大活躍(!)
1997年の発表。

~伊豆下田の旅館から、会社社長で有田という名前の男が、五百万円入りのボストンバックを残したまま失踪した。二日後、有田の娘を名乗る女性が旅館に現れるも、その後訪ねてきた甥は、有田に娘はいないという。しかし、この甥も実は偽物と判明。つぎつぎと偽物が現れる怪事件に十津川警部はどう立ち向かうのか?

なぜ本作を手にとったかというと、この紹介文に惹かれたから・・・である。
なんか面白そうでしょう?
ある人物が「コイツは偽物だ!」というが、実はそいつも偽物。その偽物と下した人物がこれまた偽物・・・
プロットだけを取り上げれば、どんな展開になるのかと期待は膨らんだ。

実際、序盤は結構面白い。
十津川警部シリーズだと、景勝地や列車のなかで殺人が起き、十津川たちの捜査により怪しい人物が浮かぶが、鉄壁(と思われる)アリバイが立ち塞がる・・・という展開になりがち。でも、本作の場合、読者にも予想がつかない序盤~中盤。
ただ、如何せん量産作家の宿命か、大凡の筋書きが浮かんだ中盤以降は、いっきに萎んでいく。
まぁ仕方ないよね。
警察が扱う殺人事件なんて、本来は鋭い推理なんてものはぜんぜん必要ないんだろうし・・・

でも、十津川や亀井の推理が行われるや、次の場面ではそれを補強する物証や証言が速攻で出てくる展開。
これはこれでスピーディーといえなくはないが、もはや読者はただ只管ラストまでエスカレーターに乗せられてるという感覚。
まさに新幹線で二時間という乗車時間にピッタリの作品。
やっぱり“名人芸”だね。
(今は「ホステス」って死語ですかね?)


No.1523 6点 キリング・ゲーム
ジャック・カーリイ
(2019/06/21 22:27登録)
個人的にもお気に入りの「カーソン・ライダー」シリーズの九作目。
今回もJ.ディーヴァーばりの大逆転サスペンスが展開されるのか?
2013年の発表。

~矢で射殺された女子大生。ナイフで刺された少年。執拗な殴打で殺害された男性。素性も年齢も殺害の手口もすべてバラバラの被害者をつなぐものは? かつてルーマニアで心理実験の実験台となり生還した犯人の病理とは? 真相に至る手掛かりは大胆に、そして巧妙に仕込まれている! 現代随一の名手による最新傑作~

旨い。確かに旨いのだが、今までの佳作と比べると、何だかスッキリしない。
そういう読後感が残ってしまった。
フーダニットだけを取り上げるなら、もう最初から自明で展開される。
もしかしてここが大胆に捻られるのか? という推測or期待もあったのだが、さすがにそこは・・・だった。

で、問題はラストも近づいた頃合で発覚するある事実!
確かに「えっ!?」と思った。
思ったんだけど、最初よく呑み込めなかった。
考えてた方向とはまったく違う方向からだったのが原因なんだけど、どうもしっくりこないというか・・・
まぁ、でもいいのか・・・
世界観が変わるといえばそうだしな・・・
作者の技巧は十分尽くされてるとは言えるのかもしれない。

今回のテーマは紹介文のとおり、いわゆる“ミッシング・リンク”。でもそこには特別な趣向が凝らされてるわけではない。
終盤、カーソンの推理からリンクは発見されるのだが、そこはあまり響かなかった。
というわけで、どうもやりたいことは入れたけど、ちょっとフン詰まり(汚い表現だけど、本作の中身とも関係有り)だった印象。
ということで、期待値からするとやや物足りないという評価になってしまう。
次作に期待というところか。
(普通の男ならクレアじゃなくてウェンディへ行くよね・・・)


No.1522 6点 朽ちる散る落ちる
森博嗣
(2019/06/21 22:24登録)
発表順に読み進めてきたVシリーズもいよいよ大詰め。
残すは最終作「赤緑黒白」のみとなった第九作目がコレ。
2002年の発表。

~土井超音波研究所の地下に隠された謎の施設。絶対に出入り不可能な地下密室で奇妙な状態の死体が発見された。一方、数学者・小田原の示唆により瀬在丸紅子は周防教授に会う。彼は地球に帰還した有人衛星の乗組員全員が殺されていたと語った。空前の地下密室と前代未聞の宇宙密室の秘密を暴くVシリーズ第9作~

ついに、“宇宙来たぁー”(by福士蒼太)。
ありとあらゆる様々な密室を取り上げてきた森ミステリーも、ついには宇宙空間へ進出?!

というわけで、今回は前々作に登場した「土井超音波研修所」が再度事件の舞台として登板。
と言っても、現在進行形の事件ではなく、地下の秘密空間で見つかった白骨死体が謎の中心となる。
いわば、前々作(「六人の超音波科学者」)の後日譚的な内容。
・・・って考えると、本作と前々作に挟まった前作(「捩れ屋敷の利鈍」)って一体どういう意味があったのか?
『保呂草と萌絵をクロスさせること』が主目的? なんだろうか?
(いずれにしても、本作ではその解答は得られない)

で、「密室」である。“空前の地下密室”の解については、いかにも本シリーズらしいという感想。
ただ、これが許されるなら何でもありだなという気にはさせられた。
(個人的には、森本君が小鳥遊練無との会話のなかで挙げたトリックが一番面白かったけどな・・・)
まぁ、Vシリーズでの「密室」は、決してプロットの主軸ではないということは、これまで何度も触れてきたとおり。今回も同様。

えっ? “前代未聞の宇宙密室”はどうしたんだって?
・・・・・・(寝たふり)
そんなもん、ありましたかねぇ・・・。あーあ、あったね。確かに。あったような・・・うーん。
少なくとも“前代未聞”というのは100%大げさです。


No.1521 6点 プレゼント
若竹七海
(2019/06/21 22:22登録)
『若竹ワールド入門編』『大ヒット 葉村晶シリーズの原点がここに!』
↑文庫版の帯のコメントどおりの作品集。
1996年の発表。

①「海の底」=まだ探偵社にも勤めていない葉村晶。まさに現在まで続くシリーズの原点。クソ生意気な編集者の秘密を暴く! これが彼女の最初のミッションだった。でも、さすがにこれは気付くのではないかと思うけど・・・
②「冬物語」=こちらは小林警部補・御子柴刑事のコンビが主役。雪に閉ざされた別荘で親友を待ち受ける男。しかし、彼は親友を殺す動機を持っていた。完全犯罪が遂行されたと思いきや、思わぬところから綻びが・・・という展開。
③「ロバの穴」=“ロバの耳”ならぬ“ロバの穴”。葉村晶が転職した先の仕事は、「他人のグチや悩みをひたすら聞いてあげるテレホンサービス」。そんな仕事絶対ストレスたまるだろ!ということで自殺騒動が勃発する。そして巻き込まれる葉村晶。
④「殺人工作」=そのものズバリのタイトル。今回は小林・御子柴コンビ。不倫の末の無理心中を装うとした「殺人工作」なのだが、小林警部補はなかなか鋭い。
⑤「あんたのせいよ」=いかにも勝気な女性が放ちそうなセリフがタイトル。で、これは葉村パート。今回より探偵社へ正式に就職した葉村晶がまたもや事件に巻き込まれる。最後に強烈なオバサンにフライパンを持って追いかけられるハメに・・・おおコワッ!!
⑥「プレゼント」=小林・御子柴パート。一年前に起きた殺人事件の真相を突き止めるべく、事件現場に集められた事件関係者たち。事件の再検証が行われるなか、意外なところから現れる小林警部補。そして、最後にカラクリ披露。
⑦「再生」=ミステリー作家が撮影した妙なビデオが問題となる葉村パート。で、今回も登場する嫌な女たち。(ついでに嫌な男も) 最後に泣くのは嫌な女か、嫌な男か? さぁーどっち?
⑧「トラブル・メイカー」=葉村晶と小林・御子柴コンビが邂逅するラスト。タイトルはもちろん彼女のこと。本作はこの後のシリーズ展開を予感させる一編。なにしろ、不幸とトラブルの連続。逆境に強い葉村晶の完成・・・だな。

以上8編。
「葉村晶パート」と「小林警部補・御子柴刑事パート」が交互に語られる形式の連作短篇集。
キャラとしてはやはり葉村晶の方が数段上で魅力的。その後作者の主力シリーズとなったのは十分に頷ける。
やっぱり、いいね! 葉村晶。
どんなトラブルや不幸にあってもめげない精神力。ぜひ見習いたいものです。
(40代になっても頑張ってる彼女の姿に接している身としては、20代の彼女はあまりにも新鮮)


No.1520 6点 牧神の影
ヘレン・マクロイ
(2019/06/05 23:29登録)
マクロイというと、ヴェイジル・ウィリング博士が自然に思い浮かぶけど、本作はウィリングが登場しないノン・シリーズ作品。
1944年発表ということは、ちょうど「小鬼の市」と「逃げる幻」の間ということになる。
原題は“Panic”。

~深夜、電話の音でアリスンは目が覚めた。それは伯父のフェリックスの急死を知らせる内線電話だった。死因は心臓発作とされたが、翌朝訪れた陸軍情報部の大佐は、伯父が軍のために戦地用暗号を開発していたという。その後、人里離れた山中のコテージでひとり暮らしを始めたアリスンの周囲でつぎつぎに怪しい出来事が・・・。暗号の謎とサスペンスが融合したマクロイ円熟期の傑作~

さすがにマクロイだけあって、繊細かつ端正なミステリー、だと思う。
これまでもマクロイ作品に関しては、そのレベルの高さや駄作の少なさを賞賛してきたけど、本作もまた「ハズレ」のない作家という冠に相応しい作品。
その割には他の方の評点が低いのはなぜかというと、「暗号」の分かりにくさに原因がある。
確かに、これは読者が挑戦して解読できるようなものではない。
暗号文や、その解読のための鍵、そして解読後の文章等が、それぞれ何ページにも亘って書かれている辺り、作者の暗号に対する並々ならぬ意欲が伺えるし、個人的にもここまで難解な暗号にお目にかかったことはない(と思う)。
殺人や主人公アリスンが脅かされる影などにも暗号が有機的に関係していくことはもちろん、まさか主人公のお供として付いてきた盲目の老犬が解読の鍵になるなんて(ネタバレだが・・・)、心憎い演出だと言える。

あとはやっぱりウィリング博士の不在(?)も大きいかな。
オカルティズムっぽい謎に対しても冷静な目と抜群の推理力で事件を解決する彼の存在は、やはりマクロイ作品には欠かせない。
本作はどちらかというとサスペンス寄りの作品ではあるものの、フーダニットなど本格要素もあるから、彼を登場させても良かったような気がする。
そして、原題の“パニック”。他の方も触れられてますが、「パニック」の語源が「牧神(パン)」だということ。これはトリビアだね。

いずれにしても、本格要素とサスペンスがバランスよく混合された良作という評価に落ち着く。
ただ、他の佳作と比べるとやや落ちるのは事実。


No.1519 6点 王とサーカス
米澤穂信
(2019/06/05 23:27登録)
「さよなら妖精」から約10年。勤めていた新聞社を辞め、フリージャーナリストとなった太刀洗万智が描かれる本作。
舞台は神秘の国ネパールの首都カトマンズ。
2016年に発表され、その年の「このミス」で第一位にも輝いた作品。

~海外旅行特集の仕事を請け、太刀洗万智はネパールに向かった。現地で知り合った少年にガイドを頼み、穏やかな時間を過ごそうとしていた矢先、王宮で国王殺害事件が勃発する。太刀洗はさっそく取材を開始したが、そんな彼女をあざ笑うかのように、彼女の前にはひとつの死体が転がり・・・。2001年に実際に起きた王宮事件を取り込んで描いた壮大なフィクション。米澤ミステリーの記念碑的作品~

何ていうか・・・評価しにくい作品。
テーマは“太刀洗万智にとってジャーナリズムとは?”ということなのかな。
日本から遥か離れた高地の街・カトマンズ。今や人口70万人を抱えるそこそこの都市なのだが、そこは発展途上国。
人々は貧しく、文化的な習熟度も高いとはいえない。
そして、突如発生した王族の殺害事件(いわゆるクーデターなのか?)に巻き込まれることになる。

そこからが彼女にとっての正念場。ジャーナリストとしての存在意義を問われることになる。
うん?
とてもじゃないがミステリーの書評とは思えない書きっぷりだな・・・
ここが「評価しにくい」ということ。
正直なところ、よく「このミス一位」になったよなーって思う。
いや、決して批判的なわけではなく、貶しているわけでもない。もちろん終盤には、太刀洗の鋭い推理やミステリー的なサプライズもあるんだけど、評価されたのはそこではないのだろう。

ちょうど太刀洗がジャーナリズムに向き合う姿勢に、作者がミステリーと向き合う姿勢が重なって見えたのではないか?
並みの作家ではなかなか取り組めないプロットだし、プライドや気高ささえも感じてしまう。
太刀洗万智というキャラクターも重要。
こんなキャラクターを持てたこと自体、作者の勝ち!ってことかな。
(結局褒めてる割には評点は辛いような気が・・・)


No.1518 5点 六点鐘は二度鳴る
井沢元彦
(2019/06/05 23:26登録)
「天正十二年のクローディアス」(2007年)に続いて小学館より出版された井沢元彦自選短編集の第二弾。
最初と最後の2編以外は、あの織田信長が探偵役を務めるというのが斬新(!)
2008年の発表。

①「妖魔を斬る」=本作は探偵役がなんと宮本武蔵。名うての剣士に戦いを挑みに来た武蔵が見たのは剣士の刺殺死体。ということで、これほどの使い手がなぜむざむざと殺されたのかが謎の中心。あの武蔵が女性に篭絡されそうになりながら我慢する姿が微笑ましい・・・
②「六点鐘は二度鳴る」=ここから名探偵・織田信長がスタート。宣教師から西洋時計を贈られた信長。そう、本作は当時の日本の時間の数え方(丑三つ時とか・・・)と西洋時刻との差が謎を解く鍵となる。要はアリバイトリックだね。
③「不動明王の剣」=今回は密室(のようなもの)トリック。不動明王が脇に差している剣で刺し貫かれた死体が密室で見つかるというものだが、トリックというほどのものではない。
④「二つ玉の男」=鉄砲を操る狙撃手VS信長。まるでゴルゴ30のようなお話だが、大昔でありながら迷信など一切信じないという信長の性格が事件を解決に導く。
⑤「身中の虫」=松永久秀。戦国の世でも有名な怪人物かつ裏切り者。信長は久秀を飼い慣らそうとしたが、お茶会の席で毒殺事件が発生してしまう。犠牲となったのは忠臣・佐久間信盛・・・。これもトリックは付け足しのようなもの。
⑥「王者の罪業」=信長が美しい妻をたぶらかしたとする手紙。これが事件を彩る謎となるのだが・・・。伏線は割と分かりやすい。
⑦「裁かれたアドニス」=毒殺トリック自体はまぁいいんだけど、こんな回りくどい方法で信長を嵌めようとしたって無駄だと思うけどね・・・。
⑧「抜け穴」=本編の主役は「賤ヶ岳七本槍」の一人・片桐市正且元。徳川に攻め込まれた大阪城内で淀君の世間知らずにウンザリしていた心のスキを家康にまんまと突かれてしまう・・・。さすがに狸だね。

以上8編。
趣向は面白い。大昔の戦国の世にもかかわらず、その常識を打ち破る合理的精神で天下人となった信長。
そういう意味では探偵役にぴったりとも言える。
そして、物語にスパイスを加えているのが優秀な家臣とキリスト教の宣教師たち。さすがに歴史ミステリーはお手の物。

ただ、ミステリー的な観点からすると、特段取り上げるものはない。ちょっとした気付き⇒真相解明という安直な展開が多いしね。
そこは言わぬが花ということかな。


No.1517 6点 ロスト・ケア
葉真中顕
(2019/05/19 11:26登録)
「凍てつく太陽」が第72回推理作家協会賞受賞。
今、個人的に一番気になる作家である作者の処女長編作品。
本作は日本ミステリー文学大賞新人賞の受賞作。2013年の発表。

~戦後犯罪史に残る凶悪犯にくだされた死刑判決。その報を知ったとき、正義を信じる検察官・大友の耳の奥に響く痛ましい叫び・・・“悔い改めろ!” 介護現場に溢れる悲鳴、社会システムがもたらす歪み、善悪の意味・・・。現代を生きる誰しもが逃れられないテーマに圧倒的リアリティと緻密な構成力で迫る! 全選考委員絶賛のもと放たれた日本ミステリー文学大賞新人賞の受賞作~

「ロスト・ケア」・・・重い言葉だ。
仕事がら介護施設の現場に接することがある。
とにかく「大変だ」という感想しか湧いてこない。もちろんビジネスとして介護業界を捉えると、できるだけ介護度の高い人を多く扱う方がいいし、医療機関と提携して入所者に安心してもらう方がいい、etc
でも、ビジネスの損得勘定だけでは到底務まらない仕事だ。本作でも触れられてるけど、職員の離職率は半端ない。想像以上の肉体労働だし、セクハラも横行している、実質24時間目を離せない人もいる・・・
やはり人間と直に接する仕事なのだ。嘘くさいかもしれないけど、気配りや愛情抜きではできない仕事なのだと思う。

だからこその“ロスト・ケア”ということなのだろう。
真犯人が語り、検察官・大友が衝撃を受けた言葉の数々はそのまま読者へも突き刺さる。
(もちろん本作はフィクションだし、実際介護現場で働く方々からすると鼻で笑われることなのかもしれないが・・・)
結局、大友は救われたのか? 羽田は救われたのか? そして何より真犯人は救われたのか?
この答えは語られてはいない。
うーん。難しい問題だね。答えは・・・きっとないのだろう。

ミステリーとしての観点からは、やはり終章前に炸裂するサプライズ!
うーん。確かにうまい具合にミスリードされてましたなぁ・・・。てっきりそこは確定っていう感じで読みすすめてたしね。
その辺は単なる社会派じゃないというミステリー作家の矜持を感じてしまった。
ということで、作品は少ないけどしばらく作者を追いかけてみようと思います。


No.1516 7点 クライム・マシン
ジャック・リッチー
(2019/05/19 11:24登録)
探偵の正体が○○○○の「カーデュラ探偵社」で著名なJ.リッチー。
短編の名手とも称される作者のもうひとつの代表作。
それぞれの発表年は1960年代が大宗を占める模様。

①「クライム・マシン」=これは名作! タイムマシンが存在すると信じ込まされた殺し屋の“俺”。それもそのはず、“俺”の目の前でタイムマシンが消え去ってしまったのだから・・・。とにかくオチが秀逸。こういうのを短編のお手本というのだと思う。
②「ルーレット必勝法」=毎夜、同じ額をベットし、最終的には勝ち続ける男。このままでは破産させられるという恐怖に慄いた店主が取った行動はやはり・・・。ただし、これもラストには意外なオチが待ち受ける。
③「歳はいくつだ」=行儀の悪い男女をつぎつぎと拳銃で撃ち殺していく男。街は男を恐れ、人々は行儀よくし始めるのだが・・・。これは「風刺」かな?
④「日当22セント」=監獄から出所した男はすぐに銃を手に入れる。自分を無罪に出来なかった弁護士や罪に陥れた男を葬るために・・・。と、こう書くとシビアな話に見えるが、決してそんなことはない。人間の欲得は深いということ。
⑤「殺人哲学者」=ショート・ショート。
⑥「旅は道連れ」=これもごく短い作品なのだが、ふたりの「おばさん(?)」の会話とオチがなかなか笑える。結局、ラストは・・・?
⑦「エミリーがいない」=読者も作中人物までも騙して、最後は予想外のオチが炸裂。途中までは誰しも「○されたんだろう」って想像するよねぇ・・・
⑧「切り裂きジャックの末裔」=自分を切り裂きジャックの末裔だと信じている男と精神科医。何となく不穏な空気が流れるなか、事件が・・・
⑨「罪のない町」=ショート・ショート。エッジは効いてる。
⑩「記憶よ、さらば」=記憶喪失の男が実は大金持ちだと知らせたとき、彼にとっては陥穽のワナが始まった・・・。ラストはひたすらオロオロ。欲をかかなかったらね
⑪「こんな日もあるさ」=本編と次の⑫はミルウォーキー警察署刑事ヘンリー・S・ターンバンクルが探偵役を務める。探偵役といっても狂言回し的な役どころではあるが・・・。本編もなかなかの佳作。
⑫「縛り首の木」=ターンバンクルら二人が迷い込んだのは近世の雰囲気を模した村。その村で妙な光景を見たとか、見なかったとか・・・という話。(?)
⑬「デヴローの怪物」=全身毛むくじゃらの怪物を見たとか、見なかったとか・・・という話。(?)
以上13編。
いやいや。さすがに短編集で「このミス海外部門」第一位を取っただけのことはある。
「短編の名手」という称号を持つ作家は多いけど、リッチーも十分資格ありだろう。
「カーデュラ探偵社」もその”軽さ、軽妙さ”が利点だったけど、本作も同様。ひとことで言えば「面白い」。
(ベストは何といっても①。これはオールタイム級の水準。)


No.1515 5点 帝王、死すべし
折原一
(2019/05/19 11:23登録)
ノンシリーズの長編。
タイトルはE.クイーン後期作品を想起させますが、内容等含めて一切関係なし。
2011年の発表。

~息子・輝久の日記を盗み見た野原実は衝撃を受けた。『てるくはのる』日記には赤裸々ないじめの告白があったのだ。服の下の無数のミミズ腫れ。中心にいるらしい「帝王」とは誰か? 夜の公園で繰り返される襲撃事件。息子は学校を大混乱させることを考えているらしい・・・。叙述トリックの名手が用意した驚倒の結末とは?~

本作は1999年、京都市伏見区で起こった実在の『てるくはのる』事件が下敷きとなっている。
これまでの折原作品でも実在の事件がモチーフになっている作品は多いので、まぁ“いつもの手”ということ。
作中で「日記」が多用されるのも、もはやお約束という感じだ。

いつもながら、読んでるうち訳が分からなくなるストーリーなのだが、本作は主に①「帝王」の正体、②「てるくはのら」事件の犯人、③いじめ問題の真相、の三つのエピソードが複雑に絡み合いながら進行していく。
そして、やっぱり登場する“ねじ曲がった“(或いはねじ曲がっていく)人たち。
主役である野原実・輝久親子はもちろん、妻・娘。そしてノンフィクションライターの男、クラスメートたち、担任教師etc
いったい誰がまともで、誰が狂っているのか、見極めがつかないまま終章になだれ込んでいく。
そしてラスト。これが果たして「驚倒」というレベルなのかは別として、ここでようやくタイトルの真の意味が分かる仕掛けになっている。

で、数々の折原作品を読了してきた私の評価は・・・「中の下」。
作品全体を貫くプロット或いは仕掛けが、「○王の○○」に集約されてしまうとしたら、途中さんざん付き合わされてきたエピソードの数々はなんだったの?っていう感想になってしまう。
もしかして、これって「スカシ芸」なのか? 読者に「○○だけかよ!」って突っ込まれたいだけ?
っていうことまで邪推してしまう。
まぁ、他の方の評価がおしなべて低いのもやむなしでしょう。
さすがの折原もネタ切れか? ファン(?)としては心配だな。
(これが折原作品ちょうど50冊目の書評だったのだが・・・失敗したな)


No.1514 6点 死者との誓い
ローレンス・ブロック
(2019/05/07 20:19登録)
“免許を持たない私立探偵”マット・スカダーシリーズの第十一作目。
原題“The Devil knows you are dead”-意味深だね・・・
1993年の発表。

~弁護士のグレン・ホルツマンがマンハッタンの路上で殺害された。その直後にはホームレスの男が逮捕され、事件は公式には解決する。だが、容疑者の弟がスカダーのもとを訪れ、本当に兄が殺人を犯したのか捜査を依頼してきた。ホルツマン殺害の真相を追うスカダーの前に、被害者の意外な素顔が浮かび上がってくる・・・。シリーズ中、最高峰とされるPWA賞最優秀賞受賞作~

本作はいわゆる「倒錯三部作」のすぐ後に発表された作品。
都会に潜む暴力的な巨悪と対峙した三部作を経て、再び静謐で内省的なスカダーが還ってきた雰囲気。
いい意味でシリーズは本流へ戻ったのだろう。

恋人エレインと満たされた生活をおくっているスカダーの前で物語は突然に始まる。
ひとつは紹介文のとおり、NYのど真ん中で起こった銃による殺人事件。そしてもうひとつは、元カノ・ジャニスが不治の病に犯された事実・・・
殺人事件の捜査を請負い、調査を進めるスカダーの心中にジャニスの死が暗い影を落としていく。
巻末解説の霜月氏は「(本作は)理不尽な死を『敵』として排斥しようとするのではなく、静かにそれと折り合いをつけようとする物語・・・」と書かれているが、自身も齢を重ねていくにつれ、「死」というものを現実感の伴ったものとして意識し始めたということなのだろう。

そして、やはりNYの街。
先日、M.コナリー(「シテイ・オブ・ボーンズ」)の書評でLAを“骨の街”と評していたが、NYもまた“骨の街”に他ならない。
本作では、被害者となるホルツマンがのし上がった先として、マンハッタンの高層マンションが描かれている。この街の住人は誰しも高層から人々を見下ろしたいと願い、大多数はその夢が叶わぬまま骨となっていく・・・
そんなことを考えてしまった。
でも、カラッと乾燥した街・LAと比べ、NYにはどこか曇り空が似合う感じがする。
それは、本シリーズそして主人公マット・スカダーの影響が大きい。
(結局、リサとの関係は曖昧なまま?)


No.1513 6点 倒叙の四季 破られたトリック
深水黎一郎
(2019/05/07 20:18登録)
~春夏秋冬と不審死が発覚! 四人の人物がいずれも「完全犯罪指南書」という裏ファイルに従い、物的証拠を残さずに遺恨ある相手を殺害したのだ。警視庁捜査第一課・海埜警部補の聴取にも物証がなければ捕まらないと否認を続ける犯人たちだが・・・~
ということで、タイトルどおり「倒叙」形式の連作短篇集。
2016年発表。文庫化に当たって、サブタイトルが「破られたトリック」⇒「破られた完全犯罪」に変更(なぜ?)

①「春は縊殺 やうやう白くなりゆく顔いろ」=「縊殺」(=首吊り自殺に偽装した殺人)を装った完全犯罪が描かれる第一編。物証を残さないことにとことん拘るのはいいんだけど、アリバイ作りがこの程度なら、そもそも露見するんじゃないかというのが気になった。
②「夏は溺殺 月の頃はさらなり」=続いては「溺殺」ということで、溺死に見せかけた殺人。物証の残さないことに細心の注意を払った真犯人を嘲笑うかのように、被害者の“死に際の意地”が示される。残念・・・
③「秋は刺殺 夕日のさして血の端いと近うなりたるに」=三編目は居直り強盗による殺害(=「刺殺」)の偽装。なのだが、如何せん犯人役の知能指数が低すぎる。倒叙形式の真犯人はやっぱり天才的に頭がいい奴じゃないと盛り上がらない。ダイイングメッセージもなんとなく蛇足。
④「冬は中毒殺 雪の降りたるは言うべきにもあらず」=ラストは練炭自殺に見せかけた「中毒殺」。今回は堅牢な密室トリックまでが登場。このトリックは恐らく初見なのだが、実際うまくいくのかな・・・。それに探偵役の○○寺がいうとおり、密室にする意味が弱いと思う。

以上4編。
芸術探偵シリーズではワトスン的な立ち位置だった海埜警部補が渋い探偵役として登場。(④はサプライズであの人物が出てくるが・・・)
紹介文のとおり、①~④の犯人が全て「完全犯罪指南書」というサイトを見ているというのが共通項になっていて、それがラストの“捻り”につながっている。(因みに文庫版ではノベルス版であったはずの2つめのエピローグが削られている・・・なぜ?)

短篇の倒叙ものというと、大倉崇裕の「福家警部補」シリーズが思い浮かぶけど、うーん、クオリティでいうとちょっと劣後するかな。
わざとなのかもしれないけど、「物証を残さない」ことに心血を注いだはずの犯人が、割とあっさり「物証」で崩れ去る・・・
倒叙ものだと、犯人役の心の中の葛藤や焦りなどが読み手にどれだけ伝わるかが重要なだけに、そこはもう少し何とかならなかったのかという気はする。
まぁでも一定水準の面白さはあるし、そこはさすがという感じかな。
『あなたは致命的なミスを犯したのですが、まだ気付いていませんか?』ーこれが決め台詞。続編もあるな、きっと。

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