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ミステリの祭典

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平均点:6.00点 書評数:1859件

プロフィール| 書評

No.1579 7点 スウェーデン館の謎
有栖川有栖
(2020/05/06 15:01登録)
国名シリーズでは短編集の「ロシア紅茶の謎」に続いて発表された二作目。
作者あとがきを読むと、本作は当初”長めの短編”のはずが、プロットが膨らんだ結果、長編になったとのこと。
それは多分「正解」! 1995年の発表。

~取材で雪深い裏磐梯を訪れたミステリー作家の有栖川有栖は、スウェーデン館と地元の人が呼ぶログハウスに招かれ、そこで深い悲しみに包まれた殺人事件に遭遇する。臨床犯罪学者・火村英生に応援を頼み、絶妙コンビが美人画家姉妹に訪れたおぞましい惨劇の謎に挑む。大好評の国名シリーズ第二弾~

作者の「火村-作家アリス」シリーズに対しては、大した出来ではないとか、サプライズが薄いとか、これまで散々書いてきた。相性が悪いのは確かで、先般読了した大作「鍵のかかった男」でも、心を動かされる箇所は正直、ひとつもなかったように思う。

そんな中でも、本作は短編「スイス時計の謎」と並んで、作者の「良さ」が十分に出た作品に思えた。
何が「良さ」かというと、実に「丁寧」なミステリーなのだ。
本格ミステリーなのだから、作者は当然伏線に気を遣う。本作はその「伏線」の張り方ひとつにしても、実に丁寧。
感心したのはやはり「指にまかれたバンドエイド」(ネタバレ?)について。
何てことない、たったひとつの物証、伏線が真犯人の弄したトリックに芋蔓式につながるわけだから、大げさに言えばこれこそが本格ミステリーの醍醐味。

そして本作のもうひとつのテーマは「雪密室」。
これも数多のミステリー作家がチャレンジしてきたテーマなのだが、本作のトリックは逆転の発想が実にうまく決まっている。(リアリティとしては薄くて、パズル的要素が強いのが玉に瑕だが・・・。個人的には、二階堂黎人の初期作品が思い浮かんだ。)

惜しむらくはやはりフーダニットか。他の多数の方が指摘されているとおり、動機の点からあまりに見え見え過ぎた。ここら当たりにもう一工夫あれば、「江神-学生アリス」シリーズの佳作に近づけたのかもしれない。
でもまぁ、十分に高評価を付けられる作品。火村の推理も実に無駄がなく、脇道が最小限だったことも高評価につながる。


No.1578 8点 華氏451度
レイ・ブラッドベリ
(2020/05/06 14:59登録)
前々から読もうと思っていた本作。ついつい後回しになっていたのだが・・・
「火星年代記」などと並んで作者の代表作と行ってもいい作品。
1953年の発表。

~華氏451度・・・この温度で書物の紙は引火し、そして燃える。451と刻印されたヘルメットを被り、昇火器の炎で隠匿されていた書物を焼き尽くす男たち。モンターグも自らの仕事に誇りを持つ、そうした昇火士(ファイアマン)のひとりだった。だがある晩、風変わりな少女と出会ってから、彼の人生は劇的に変わっていく・・・本が忌むべき禁制品となった未来を舞台に、SF界きっての抒情詩人が現代文明を鋭く風刺した不朽の名作!~

独特の雰囲気、独特の筆致。これがブラッドペリか・・・と唸らされた。
何ていうか、実に映像的なのだ。
あらゆる書物が禁制品となった世界、火を放つホースを持った消防士、じゃなかった昇火士(火をつける職務だからね)、パトロールする凶悪なロボット猟犬・・・
頭の中に幻想的、ファンタジックな映像が自然に浮かんできた。
これって、すごいことだ。

「書物」。本作では「書物」が人間の根源的なものとしてシンボライズされている。
物語の中途、反体制を唱える老博士が主人公モンターグに対して、「こうした書物がなぜ重要なのか、お分かりかな? それは本質が秘められているからだ。<中略>これで必要なもののひとつめが明らかになった。情報の本質、特性だ・・・」と語っている。
体制を維持したい独裁者は、必ず情報をコントロールする方向へ舵を切る。
マスコミが流すあらゆる情報がコロナウィルスに独占された感のある昨今。例えば、今なら、国民全体を情報統制するのは実に簡単なのではないか?
知りたい情報がすぐに得られる現代社会は、知りたくない情報は知らなくていい社会でもある。
何が正解で、何が間違いなのか、その境界が非常に曖昧・・・すべてがスピード最優先、そんな社会に何とも言えない違和感を覚える・・・

いやいや脱線してしまった。1953年の発表かぁ・・・スゴイことだ。


No.1577 8点 ホッグズ・バックの怪事件
F・W・クロフツ
(2020/04/19 18:23登録)
フレンチ警部登場作としては第十作目に当たる長編。
本作の前後には「クロイドン発十二時三十分」や「マギル卿最後の旅」が発表されるなど、クロフツ黄金期(!)とも言える時期の作品。
1933年の発表。

~イングランド南東部の町で引退した医師J.アールが失踪した。最後に彼を見たのは妻で、自宅の居間で新聞を読んでいたという。その三分ほど後にはもう彼は消えていた。数日前、彼はロンドンでひとりの婦人と一緒にいるところを目撃されていた。調査に乗り出したフレンチ警部は、その婦人は看護婦で彼女もまた姿を消していることを探り当てた。フレンチ警部が64の手掛かりを挙げて事件の真相を解明する!~

これは力作だ。クロフツ好きの私としては、これまで「マギル卿」や「最大の事件」など佳作を読んできたけど、もしかしたら作品の「熱量」としてはこれがNO.1かもしれない。
最初は単なる情事の末の蒸発事件に思えた事件。片手間で取り組み始めた事件のはずが、徐々に広がりを見せ、フレンチ警部は連続殺人事件の許されざる真犯人を追うことになる・・・
これまでの事件だって、靴底すり減らして丹念な捜査を行ってきたけど、今回のフレンチはとにかく執拗でタフ。何度も壁に当たりながらも、決して諦めることなく、ついには真相にたどり着く。
うん。実に好ましい。

本作は、今までにないほど、フェアプレイに徹しようという作者の姿が垣間見えている。
それが紹介文にある「64の手掛かり」。フレンチの真相解明の場面で、それが書かれているページについて言及されるなど、ミステリーとしての新趣向にも取り組んでいる。
アリバイ崩しもかなり“凝っている”。「マギル卿」では鉄道や船までを使った大掛かりでワイドなアリバイトリックだったが、本作では逆に「ごく限られた区域」の「限られた時間帯」のアリバイが焦点。
正直、こんな危なっかしいトリック考えるかなぁ?というものではあるんだけど、作者の苦心の跡が窺えてなかなか面白い。

ということで、世評としてはそれほど…という本作だけど、クロフツ&フレンチ警部好きの私としては高く評価したい。
とにかく自身の職務を全うしようとするフレンチの姿に今回は痛く感激させられた。
(「…アールという男(医師)は培養菌-致命的な病気を起こす細菌の培養菌、を簡単につくる方法を発見しました。頭のいい者なら素人でもつくれる方法です。」・・・いやいや、こういうご時世にこういう文字を読むとゾクッとするね)


No.1576 5点 Kの日々
大沢在昌
(2020/04/19 18:21登録)
消えた8,000万円を追って、裏社会の人間たちがそれぞれのプライドを賭け、蠢いていく・・・
物語の中心にあるのは謎の美女“K”
2010年の発表。

~闇に葬られた三年前の組長誘拐事件。身代金は八千万円。身代金を受け取った中国人・李は、事件から間もなく、白骨となって東京湾に浮かんだという。李の恋人ケイ(K)の調査を始めた裏の探偵・木(モク)。謎の女Kは、恋人を殺しカネを独り占めした悪女なのか、それとも亡き恋人を今も思い続ける聖女なのか? 逆転、また逆転、手に汗握る長編ミステリー~

うーん。ちょっと「龍頭蛇尾」的な作品に思えた。
出だしから終盤まではマズマズ。
主人公の探偵・木、誘拐された組長の息子でヤクザの二代目、裏の死体処理稼業の男、誘拐犯に仕立てられたヤクザの二人組、そしてヤクザをも食い物にする刑事・・・
それぞれがそれぞれの思惑を持ち、付いたり離れたりしながら消えた8,000万円を追う。
殺人の実行犯、裏で事件の糸を引いていた人物は誰なのか、なかなか判然としない展開が続くことで、読者の関心を繋いでいく。

そう、ここまではいいのだ。
問題は最終盤。どんどんページ数が少なくなっているにも関わらず、相変わらず「誰がやったのか?」という展開が続くなか、「?!」 唐突にやってきた急展開!
「えっ!」って思ってるうちに終了してしまった。
いやいや、それはなぁー。いわゆる後出しではないか?
まぁそもそも本格ミステリーじゃないんだから、読者が謎を解けるなんて思ってなかったけど、そういう可能性があるのなら、もっと早い段階で探偵たちが調査するんじゃないのか?というのが偽らざる感想。
美女・Kの謎もなぁー。引っ張った割には特段サプライズはなかったしなぁ・・・

ということで、やっぱり「龍頭蛇尾」っていう評価がピッタリ当て嵌まる。
ぜんぜんダメっていうわけではないんだけどね。


No.1575 5点 アリバイ崩し承ります
大山誠一郎
(2020/04/19 18:19登録)
~美谷時計店には「時計修理承ります」とともに「アリバイ崩し承ります」という貼り紙がある。難事件に頭を悩ます新米刑事はアリバイ崩しを依頼する。7つの事件や謎を店主の美谷時乃は解決できるのか?~
早くも地上波ドラマ化された連作短編集。2018年発表。

①「時計屋探偵とストーカーのアリバイ」=まずは設定の紹介を兼ねての初っ端の作品なのだが、このトリックはかなりキツイ、というか無理筋ではないか。夫婦間のやり取りはいかにも・・・という雰囲気だった。
②「時計屋探偵と凶器のアリバイ」=これはタイトルどおり(?)、凶器=拳銃のアリバイが問題になる一編。美谷が看破した真相は、まぁ確かにそういう風にも考えられるけど、かなり綱渡りだろう・・・
③「時計屋探偵と死者のアリバイ」=これもタイトルが示すとおり、「死者のアリバイ」が事件の鍵となる。これもまぁ、こう考えればアリバイも崩せるかな・・・という感じ。でも必要十分条件ではなくて、単に十分条件のような気がする。
④「時計屋探偵と失われたアリバイ」=これはいつも気になる、〇れ〇わりがトリックの鍵となる作品。いくら姉妹でも気が付くと思うんだけどねぇー。古典ならやむなしだけど、2020年の今、これを読むとうーんという気になる。
⑤「時計屋探偵とお祖父さんのアリバイ」=これこそ推理クイズのような作品なんだけど、個人的には一番好きかもしれない。実に単純なんけど、アリバイはこう作るというエッセンスが入っていて興味深い。
⑥「時計屋探偵と山荘のアリバイ」=これはミステリーの王道。「雪の上の足跡」を絡めたアリバイ崩し。崩しっていうか、まぁこれしかないだろっていう解法なのだが、短絡的に誤逮捕した警察は大丈夫か?
⑦「時計屋探偵とダウンロードのアリバイ」=誤認を使ったアリバイトリックなんだけど、関係者の記憶が薄らぐことを前提にするというのが相当リスキー。

以上7編。
『・・・時を戻そう!』(byぺこぱ)じゃなくて・・・『時を戻すことができました!』だった。
(もしかして作者はブレイク前にぺこぱを意識していたのか?)
皆さんかなり辛口の書評ですねぇ。まぁ分かる気もします。
これはクイズとして楽しむべきものであって、「小説」として楽しむものではないということだと思います。
クイズとして捉えるなら、作者の工夫や企みがいろいろと伺えて、割と楽しめる。

クイズなのに「本格ミステリベスト10」第一位かぁ・・・。それについては違和感たっぷり。


No.1574 6点 ねじれた家
アガサ・クリスティー
(2020/03/28 21:27登録)
クリスティ自身が気に入っている作品として挙げている作品。
個人的にも、ポワロもマープルも出てこないシリーズ外の作品を読むのは初めて(だと思う・・・)。
1949年の発表。原題“Crooked House”

~“ねじれた家”に住むねじれた老人が毒殺された。根性の曲がった家族と巨額の財産を遺して・・・。状況は内部の者の犯行を示唆し、若い後妻、金に窮していた長男などが互いに疑心暗鬼の目を向けあう。そんななか、恐るべき第二の事件が起こる。マザーグースを巧みに組み入れ、独特の不気味さを醸し出す女史十八番の童謡殺人~

これは評価の分かれるのも理解できる。そんな読後感。
そして、確かにこれならポワロもマープルも出せなかったんだなーと納得。
どなたかも書かれてますが、登場人物の誰もが薄々真犯人に気付いていると思われるのだ。
そんな事件にポワロが乗り出そうものなら、一瞬にして真相に至るだろう。

ただ、だから本作=駄作などということでは決してない。
むしろ逆。こんなミステリー、円熟期の作者でなければ書けない、いや書かない作品ではないか。
決して少なくない登場人物。特に“ねじれた家”の住人たちの書き分けは見事の一言。
読み進めるほど、一族の間に漂う不穏な空気を感じることになる。

本作、どうしてもあの名作ミステリーとの共通性が気になってしまう。
ただ、個人的には想定外の遺産相続に絡む連続殺人事件という部分で、「犬神家の一族」などを想起させられた。
もちろんテイストは大きく異なる。日本だと、出自とか「血の争い」とか言いそうだもんなー
ただ、本作の静かだけど、独特の不気味さというのも捨てがたい魅力はある。
いずれにしても、さすがクリスティ女史。低い評価にはならないと思う。


No.1573 8点 錆びた滑車
若竹七海
(2020/03/28 21:24登録)
知らず知らずの間に人気沸騰した感もある(もしかして勘違い?)葉村晶シリーズ。
そういやあ最近某国営放送でまさかのドラマ化!しかも主演(ということは葉村晶)がシシド・カフカだって!(かなりのサプライズ)
文庫書下ろしで2018年の発表。

~女探偵・葉村晶は尾行していた老婦人・石和梅子と青沼ミツエの喧嘩に巻き込まれる。ミツエの持つ古い木造アパートに移り住むことになった晶に、交通事故で重傷を負い記憶を失ったミツエの孫・ヒロトは、なぜ自分がその場所にいたのか調べてほしいと依頼する・・・。大人気、タフで不運な女探偵・葉村晶シリーズ~

シリーズ開始時20代だった葉村晶もついに40代半ば。
世間並なら結婚して子供もできて家庭に落ち着いている・・・はずの年齢。
なのだが、実際の彼女は真逆。今回も依頼人、連続する事件や警官たち、そして無邪気な富山店長etcたちに巻き込まれ、疲れた体を引きずって都内を奔走することになる。
作者も人が悪いよなぁー。事件に関わった瞬間に、彼女の身には不幸が次々に降りかかってくるからなぁ。

今回もプロットの主軸は「家族の悲劇」なのだが、最初はこれが見えにくくなっている。
中盤から終盤にかけ、晶の行動(不幸?)により序盤からの伏線が回収されることで、この主軸プロットが読者の前に現れるようになっている。
冒頭から事件関係者が多いのだが、それも作者の計算のうち。
終盤には納得感のある結末に至る。

これまでも書いてきたけど、本シリーズは本当に面白い。
女性主人公のハードボイルドも結構増えてきたけど、少なくとも国内でここまで熟成させたシリーズはお目にかかれない。今回も期待に違わぬ良作。
作者の筆が乗ってる感が感じられるのも良い。
でもこのまま進んだら、彼女も50代突入? その前に何とか幸福が訪れて欲しいものです。
(「錆びた滑車」とはそういう意味だったのか・・・)


No.1572 5点 奇譚を売る店
芦辺拓
(2020/03/28 21:22登録)
~「また買ってしまった」。何かに導かれたように古書店に入り、毎回本を手にして店を出てしまう「私」。その古書との出会いによって「私」は目くるめく悪夢へと引きずり込まれ、現実と虚構を行き来しながら、背筋を寒からしめる奇妙な体験をしていく・・・~ということでビブリオミステリーかな?
「小説宝石」誌に2011年から2013年にかけて連載された連作短編集。単行本化は2013年。

①「帝都脳病院入院案内」=いきなり不穏なタイトルから始まる冒頭の一編。明治時代の精神病院という設定からして怪しい匂いが・・・。やがて書物の中と現実がクロスしていき・・・
②「這い寄る影」=戦中戦後に活躍(?)した探偵小説作家が残した「這い寄る影」。それを手に入れた「私」は作品の中に奇妙な影を発見する・・・。いかにもこの時代の作品っぽい雰囲気がうすら寒い。
③「こちらX探偵局/怪人幽鬼博士の巻」=これはもろに乱歩の「少年探偵団シリーズ」を意識しているのだが、主役は明智的名探偵ではなく、小林少年的少年探偵。なのだが、この「少年探偵」には大きな謎があった。
④「青髯城殺人事件 映画化関係綴」=何十年も前に公開されるはずだった映画が「青髯城殺人事件」。何十年も前なのに、キャストのひとり、若く美しき女優が目の前に姿を現す! ラストには別の角度からサプライズが!
⑤「時の劇場 前後編」=古書オークション会場で巡り合った「時の劇場 前編」。後編を捜し歩く「私」の前にはいくつもの障害が現れる。やっとのことで手に入れた「後編」なのだが、めくっていくと・・・あれ!?
⑥「奇譚を売る店」=連作の仕掛けが判明する最終編。なのだが、何となくスッキリしない幕切れ。

以上6編。
ファンタジーのような軽いホラーのような、ジャンル分けが難しい作品。
すべての作品が主人公の「私」が引き込まれるように古書店で買ってしまった一冊の本から始まり、やがて奇妙な体験に導かれる・・・まさに「奇譚」。
最近こういう風味の作品も結構増えてきたような気もするけど、作品世界に浸れるかどうかで本作の評価は変わってくるだろう。
私はって? う~ん。それほどでもない・・・って感じかな。
⑥で判明する仕掛けも今ひとつだったしな。


No.1571 6点 君よ憤怒の河を渉れ
西村寿行
(2020/03/08 21:08登録)
作者の最高傑作(?)との呼び声も高い本作。
なぜか最近になって福山雅治主演で映画化というオマケ付き。とにかく読んでみるか・・・
1980年の発表。

~東京地検のエリート検事・杜丘冬人は、新宿の雑踏で突然女性から強盗強姦犯人だと指弾される。濡れ衣を着せられたその日から、地獄の逃亡生活が始まった。警視庁捜査一課・矢村警部の追跡は執拗だった。無実を明らかにするため杜丘は真相を求めて能登から北海道へ。自分を罠に陥れたものは誰なのか。怒りだけが彼の心の支えだった。長編ハードバイオレンスロマンの最高傑作~

いやいや、スゲエ奴! 主人公の杜丘検事。とにかく不死身なのだ。
北海道では人食い(!)羆と決闘し、経験もないのに北海道から東京までセスナで夜間飛行、一旦入ったが最後誰も出ることができない精神病院から脱出、最後はタイガーシャーク=人食い(!)鮫がうようよ泳ぐ海からの生還!!
普通の人間ですよ! 検事ですから!
とにかくもう不屈の精神であらゆる困難、苦難を乗り越えた末にたどり着いた真相。
それは・・・うーん。よくある政財界の癒着という奴だった。

作者あとがきによると、本作は作者が生島治郎氏に「冒険小説を書いたらどうか」という提案を受けて世に出されたというエピソードが披露されている。
確かにこれは「冒険」だ。いや、冒険以外の何ものでもない。
謎解き要素もあるにはあるけど、読んでるうちにそんなことはどうでもよくなった。
いくら罠に陥ったといってもねぇー もっとやりようはあるでしょと突っ込まずにはおれなかった。
まぁでもこれこそが寿行イズム。決して折れない男のロマンなのだ。
杜丘検事とライバル関係にある矢村警部の存在、これまた男のロマン。当初は完全に敵味方に分かれていた両者が運命のいたずらのように邂逅する終盤。なかなか読ませるシーンだろう。

寿行ファンなら決して落とせない作品なのは確か。
行間から溢れ出る熱量は作者ならでは。
それで、もうひとつの大事な要素ですが・・・ほぼノンエロスです。ひたすら汗臭い(たまに糞尿臭い)男たちの物語。残念無念! 


No.1570 4点 勝利
ディック・フランシス
(2020/03/08 21:07登録)
競馬シリーズ第39作目となる長編。
原題は“Shattered”ということで、主人公ローガンの職業であるガラス細工職人と掛けている模様。
2001年の発表。

~真冬の寒い日、レース場で起きた惨劇に観客たちは凍り付いた。目の前で騎手が落馬し、馬に押しつぶされて死亡したのだ。親友の突然の死に哀しみにくれるガラス職人のローガンだったが、間もなく彼のもとに一本のビデオテープが届く。それは親友が命を賭して彼に遺したものだった。だが、中身を確かめる間もなく、押し入った何者かにより、テープが強奪されてしまう。謎を秘めたテープを巡る熾烈な争奪戦が今始まる!~

紹介文のとおり、“テープを巡る争奪戦”というのが本作を貫くプロットとなる。
なぜテープを狙うのか、謎が謎を呼ぶ序盤から中盤。
なのだが、テープの中身が凡そ判明した終盤以降、盛り上がりは急速に衰えていく・・・
そして、本シリーズのお約束ともいえる、主人公の大ピンチを経て、ハッピーエンドのラストを迎える。

久々に本シリーズを手に取ったわけだけど、やっぱりこのマンネリズムは辛い。
テープの中身や襲撃犯の正体だけでこの長編を引っ張るのは無理があるように思う。
刑事の彼女がいながら単独で正体を探ろうとする主人公も主人公だし、全体的にどうも登場人物の動き方もギクシャクしている感が強い。(妻の蛮行を止められないどころか加担する夫とか・・・)
2000年代というと作者最晩年の作品だろうし、作者も寄る年波には勝てなかったということかな。

ローズのキャラもなかなかスゲエな・・・
水道の蛇口を凶器にする女性なんて、そんな奴今までいたかぁ?
ローガンをはじめ、みんながローズを恐れるんだけど、こんな奴こそ早めに警察に通報してた方が良かったろうに。
こういうところも、どうもご都合主義が強すぎて、違和感を感じてしまった。
ところで「勝利」って、何に対する「勝利」なんだろ。漠然としすぎててよく分からんタイトルになってる。
どうにも褒めるところが見つからなかったな・・・


No.1569 4点 くたばれPTA
筒井康隆
(2020/03/08 21:05登録)
~風刺、SFからホラーまで、黒い笑いが全開のショート・ショート24編~
ということで、これぞ筒井康隆!って感じの作品に仕上がってます。
1985年の発表。

1.「秘密兵器」=この時代だと水原勇気当たりが影響してるのかな? 何回投げてもテキサスヒットって嫌だろうな
6.「酔いどれの帰宅」=何かおかしい?って思ってたら、そういうことなのね、という簡単なサプライズ。
9.「落語 伝票あらそい」=がめつい主婦ふたりが会話すれば、こういう結果を招きかねない・・・っていう教訓?
11.「2001年公害の旅」=「公害」と「郊外」を掛けてる? 非常に時代性を感じるなぁ・・・
14.「カラス」=医者はたいがいガメツイ!
15.「かゆみの限界」=もう! かゆいよ!
18.「猛烈社員無頼控」=もう死後だね、モーレツ社員なんて
20.「女権国家の繁栄と崩壊」=近い将来、こういう国家ができるんじゃないだろうか? 怖い!
21.「くたばれPTA」=作者って、こういう女大嫌いなんだろうな・・・
22.「レモンのような二人」 23.「200000トンの精液」=まあまあ下ネタです・・・

以上、ショートショートが23編。
1970年代に雑誌等に掲載されたショートショートをまとめたもの。
作者らしい皮肉の効いた作品が並んでる。
特に表題作には期待してたんだけど、どうもイマイチ・・・っていう感覚。

ふだんショートショートなんて読まないから、どうも感性が合わないというか、ふーーんという感想で終わった感が強い。こんなもんなのかな?
まぁ、作者が忍び笑いしながら書いてる様子が想像できて、その辺りは面白かったが・・・
時代性もあるかもしれないが、ちょっと肩透かしかな。


No.1568 6点 暗く聖なる夜
マイクル・コナリー
(2020/02/14 23:27登録)
ハリー・ボッシュシリーズもこれで九作目に突入。
しかも、今回から「刑事」ハリー・ボッシュではなく、「私立探偵」ハリー・ボッシュとなる。
まぁ刑事だろうが、私立探偵だろうが、ボッシュはボッシュなんだろうな・・・
2003年の発表。

~ハリウッド署の刑事を退職し、私立探偵となったハリー・ボッシュには、どうしても心残りな未解決事件があった。ある若い女性の殺人事件とその捜査中に目の前で映画のロケ現場から奪われた200万ドル強盗。独自に捜査することを決心した途端にかかる大きな圧力、妨害・・・事件の裏にはいったい何が隠されているのか?~

いろいろあって、なぜが刑事から私立探偵へ転職したボッシュ。
ただ、むしろ私立探偵の方が合っているんじゃないか? 公務員や組織としての縛りがなくなって、さらにパワーアップした印象だ。
もちろん、刑事の時には与えられていた捜査権限はなくなったんだけど、そこは何だかんだうまくやって捜査は進んでいく・・・

事件は過去に発生した未解決事件。
ボッシュの琴線に触れたまま事件は葬られるはずだったのだが・・・
捜査を進めるボッシュの前に立ちふさがるFBI。いつもの展開だ!
そして事件が意外な展開を見せる中盤以降、物語は急激にスピードアップしていくのだ。
うーん。
この辺りは本シリーズでの予定調和という面もある。サプライズ感では従来よりやや薄味かな。
プロットとしてもそれほど複雑なものではない。そして、やっぱりラストはド派手な銃撃戦。
ボッシュもなぁー、あんなことしたらそりゃ銃撃されるだろ!

本作一番の白眉は邦題かもしれない。
作中にも登場するルイ・アームストロングの名曲「暗く聖なる夜」。
いい詩だねぇ・・・。ひとり夜聞けば、心に深く染み入ること間違いなし。
ということで、新章に突入した感のある本シリーズ。どちらかと言うと、本作は序章という雰囲気なので、次作以降さらなるドラマが待ち構えている・・・はず。


No.1567 4点 探偵さえいなければ
東川篤哉
(2020/02/14 23:26登録)
「はやく名探偵になりたい」「私の嫌いな探偵」に続く烏賊川市シリーズの短編集第三弾。
収録作は「宝石ザ・ミステリー」誌に2013年から断続的に掲載されたもの。
本作は2017年の発表。

①「倉持和哉の二つのアリバイ」=「ローレックス」ですか・・・。いやいや、昔は中国や韓国へ旅行するとこういうバッタものをよく売ってましたな。烏賊川市ではまだこういう商品が流通しているということか・・・
②「ゆるキャラはなぜ殺される」=出た! 烏賊のゆるキャラ、剣崎マイカ! 再登場を望んでたんだよー。でも、今回は他のゆるキャラも相当ウザイ。で、本筋は? まぁどうでもいいじゃないですか・・・
③「博士とロボットの不在証明」=苦労に苦労を重ねて(?)ロボットとともにこしらえたアリバイ! そんなアリバイが朱美の思い付きで一瞬にして崩される刹那。ご愁傷さまです。設定は一番面白くてツボだった。
④「とある密室の始まりと終わり」=これは・・・無理だろ! すぐ気付かれるだろ!って、なかなか気付かなかった鵜飼いと流平。
⑤「被害者によく似た男」=要はアリバイトリックなんだけど、最後は「そこかよ!」っていうオチが来る。

以上5編。
いやー緩い。もう相当緩い。ゆるゆるだ。
これだと読む方も畏まって読んでなんていられない。もう、だらしない格好で何も考えずに読むしかない。そんな感じだ。
作者の作品、最近とみに「質」よりも「量」っていう傾向が強い。
そりゃー質も落ちるよなぁーこれだけ乱発すれば・・・
短編だとワンアイデア勝負で済むからいいんだけど、これでは腰の据わった長編は当面無理かもね。
そう思わずにはいられなかった。

まぁこういう手のミステリーがお好きな方もいるとは思うので、一定のニーズはあるのかもしれない。
次回は是非プロットを十分煮詰めた長編を期待してます。
(ベストは③。博士とロボットの会話は秀逸。AIの時代に二足歩行ロボットだもんなぁ・・・)


No.1566 5点 使用人探偵シズカ 横濱異人館殺人事件
月原渉
(2020/02/14 23:24登録)
何事も万能な使用人? メイド?のシズカか探偵役を務めるシリーズ一作目。
時は明治の文明開化華やかなりし頃、所は横浜の外国人居留地というのが、シズカのキャラクターと相俟って無国籍間を漂わせる。
2017年の発表。

~嵐に閉ざされた異人館で、「名残の会」と称する奇妙な宴が始まった。館の主は謎めいた絵を所蔵する氷神公一。招かれたのは画家に縁のある六人の男女・・・。つぎつぎと殺されていく招待者たち。絵の下層には、なぜか死んだ者が描かれていた。縊られた姿もそのままに。絵は死を予言しているのか。絵画見立てデスゲームの真相とは。使用人探偵ツユリシズカの推理が冴える本格ミステリー~

先にシリーズ二作目「首無館の殺人」を読んでからの本作読了となった。
「首無館」のときも感じたけど、うーん。この薄っぺらさはどうしようもないなぁ・・・
(このレーベルは)尺的に大容量の長編にはできないという制限があるんだろうから、やむを得ずなのかな。
とにかく、殺人事件は休む間もなく起こるし、探偵役の推理も休む間もなく行われる・・・展開。
これって、よく言えば「時短」で「効率的」なのかもしれんが、本格ミステリーはゆっくりした序盤+急展開を継げる中盤から終盤という「緩急」が重要だと思ってる私からすると、どうしても「平板」さが目に付いてしまう。

今回のテーマは紹介文のとおり「見立て殺人」。
絵の下層に隠された「縊られた死体」どおりに連続殺人は起こる。
雰囲気としては、綾辻(「館」といえばねっ)というよりも、横溝正史の劣化版という方がしっくりくる。
終盤に判明するトリックは、いかにも「横溝」って感じだしね。
もうこれはクローズドサークルの連続殺人としては定番中の定番。それだけ工夫が足りないと言える。、
死体を〇〇する、っていうのも使い古された趣向。

こういう手の本格ミステリーはド・ストライクなんだけど、これはちょっと稚拙すぎた。
「首無館」はもうちょっとましだっただけに、今後徐々に改善されていくのかも。
できれば、違う出版社でもっとじっくりした本格ミステリーを書いてほしいかな。本当の評価はそのときまで持ち越し。


No.1565 6点 赤緑黒白
森博嗣
(2020/01/18 14:58登録)
長かったvシリーズもついに完結!
保呂草や紅子たち阿漕荘のメンバーともこれでお別れかと思うと寂しさが募る・・・
2002年の発表。

~鮮やかな赤に塗装された死体が、深夜マンションの駐車場で発見された。死んでいた男は「赤井」。彼の恋人だったという女性が「犯人が誰かは分かっている。それを証明して欲しい」と保呂草に依頼してきた。そして発生した第二の事件では、死者は緑色に塗られていた・・・。シリーズ完結編にして、新たなる始動を告げる傑作~

いろいろと「示唆」に富んだ作品である。それはおいおい語るとして、
まずは本筋の殺人事件。「赤井」さんは赤く塗られ、「美登里」さんは緑色に塗られ・・・という展開。最初はABCパターンなのだろうかという想像だったのだが、「ミッシング・リンク」ではなく明らかな「リンク」が判明し予想は早々に裏切られる。
矢継ぎ早に起こる四つの殺人事件。終盤、紅子が暴く真犯人については、恐らく想定内という方が多いだろう。
(アナグラムには気づかなかったけど・・・)
珍しくド派手な銃撃戦もシリーズの掉尾を飾る作品としては相応しいのかもしれない。

そして今回いつも以上にフォーカスされるのが「動機」。もちろんここでいう「動機」とは、例えば社会派ミステリーなどに登場する「動機」とは全く趣を異にする。文庫版335頁で保呂草が、『・・・彼等を殺人へと駆り立てたものとは、結局のところ(強烈な憎悪や欲望)ではなく、目の前にあった越えられない柵が、一瞬消えただけのことなのだ。ふと手を伸ばしてみたら、あるはずのガラスがなかった・・・』と語っている。
今回の真犯人の動機については、我々市井の人間からは想像もできないものだ。その分、リアリティは薄いと言えるのかもしれないけど、作者は別次元の解を用意している。
紅子の「まず殺人があって、それからそのための設定」という指摘も衝撃的だった。

これで謎に満ちたvシリーズも終結。怪しい魅力を振り撒いていた保呂草の謎も分かったような、分かりきれてないような・・・
そして、ついに今回ネタバレサイトを閲覧することに・・・
『衝撃!』のひとこと。まさか、あの人物があの人物で・・・、えっーそれだと年代が合わなくないか?などという疑問が噴出。
いやいや、これはスゴイわ。海堂氏の「桜宮サーガ」もスゴイけど、それに負けず劣らず。いったいどんな頭の構造してんだ?
ということで、次シリーズも当然読み継いでいくことになりそうだ。
(でも、「捩れ屋敷の利鈍」の設定だけはどうにも無理があると思うんだけどなぁー。再読してみようか・・・)


No.1564 5点 駅路
松本清張
(2020/01/18 14:56登録)
新潮文庫で編まれた清張短編集の第6集。
主に昭和30年代の日本。良く言えばノスタルジック、悪く言えば貧乏で暗い・・・そんな時代背景。
初版発行は1965年。

①「白い闇」=青森で女をつくり家を出奔したと思われた男。残された妻は甥を頼りにしているうちに・・・。物語はふたりの東北旅行中で思わぬ展開に。そして十和田湖の白い闇から現れたのは!
②「捜査圏外の条件」=ある男を殺すために7年も待った男。清張の作品の中でよく目にする展開なのだが、7年も待った挙句にこの結末とは・・・ご愁傷さまでした。
③「ある小官僚の抹殺」=「抹殺」である。単なる殺害でなく「抹殺」・・・。話の筋としては昔政界の事件などでよく耳にした疑獄事件。ロッキードなどでもそうだけど、トカゲのしっぽのように切られるのが“小官僚”なのだ。悲しい・・・
④「巻頭句の女」=胃癌で余命いくばくもない女。俳句の才能を買っていた男が、女の死に疑問を持つ・・・。本作のなかでは珍しくミステリー色が濃い作品。
⑤「駅路」=刑事が最後に放つセリフ。『まぁ一概には言えないが、家庭というものは、男にとって忍耐のしどうしの場所だからね』(!)
そのとおりですな。プロットとしては④と被る印象。
⑥「誤差」=死亡推定時刻の「誤差」のことなのだが、結局それだけかよ!って思うのは私だけ?
⑦「万葉翡翠」=万葉集に登場する和歌の解釈の話かと思いきや、途中から一転殺人事件が発生。種が芽吹いて事件が表面化するところは島田荘司の「出雲伝説7/8の殺人」を思い出した。
⑧「薄化粧の男」=中年オヤジのくせに若い女性にモテると勘違いしている男。そいつは太ぇ野郎だなぁ・・・というわけで殺されます。しかしながら死亡推定時刻には本妻と愛人は取っ組み合いのケンカ中だった。女ってやっぱり恐ろしい・・・。気を付けよう!
⑨「偶数」=自分の出世の邪魔になる嫌な上司。そいつを謀略のうえ罪に陥れた男なのだが、清張作品ではこういう輩はたいがい自ら墓穴を掘ることになるのだった・・・。ご愁傷さまです。
⑩「陸行水行」=“邪馬台国はどこにあったか”という古くからあるテーマ。要は魏志倭人伝の解釈次第ということなのだが、本作はそんな邪馬台国の謎に取り憑かれた男のある種悲しい物語。

以上10編。
清張の短編もかなり読み込んできた。するとどうしても似通ったプロット、テイストが目に付くようになる。
それはまぁ仕方ないのだが、本作収録作にも既視感のあるものが多かった印象。
もちろん手堅い面白さはあるし、特に余韻を引くラストはさすがというものも多い。
というわけで、トータルでは水準級という評価に落ち着く。
(個人的ベストは④or⑧。⑩はどうかな?)


No.1563 5点 運命のチェスボード
ルース・レンデル
(2020/01/18 14:54登録)
作者の主要シリーズのひとつ、「ウェックスフォード警部シリーズ」の長編三作目。
原題は“Wolf to the slaughter”(屠殺場への狼?)なのだが、なぜ邦題はこうなったのか?
1967年の発表。

~アンという女が殺された。犯人の名前は“ジェフ・スミス”だ。そんな匿名の手紙が、ある日キングスマーカム署に届いた。よくあるいたずらだ。屑籠行きになりかけた手紙だが、時を同じくして妹のアンが失踪したと付近に住む画家が申し出るに及んで、事態は一変する。捜査に乗り出したウェックスフォード首席警部たちの前に、次々と明らかになる新事実。しかしそのどれもが、関係者の偽装と中傷を誘い出し、事件は藪の中の様相を呈していくのだった~

うーん、何ていうか、非常にモヤモヤしたストーリーだった。
事件は若く美しい女性の失踪事件。ある場所から大量の血痕が発見されるに及び、殺人事件ではないかという疑念が持ち上がる。しかし、事件の正体がなかなか定まらないままページが進んでいき終盤へ突入してしまう。
もちろん、最終的には解決が付くんだけど、これじゃ最初の謎は何だったんだ!などと思ってしまう。

小さな町で発生した事件だし、関係者もごく狭いコミュニティの中の人物ばっかり。
それなのに、誰もが少しづつ嘘を付いているため、全体像がかなり歪んでしまった・・・ということかな。
目撃者の証言や残された物証も、事件を解決に導くというよりは、誤解を招き事件を混迷させてしまうのだから始末が悪い。
そもそも「スミス」なんていかにも偽名くさいしな・・・

で、もうひとつはドレイトン刑事の災厄。
刑事だって立派な男性なんだし、こういうことになるのも致し方ないって思ってたけど、最後に非常に苦い薬を飲むことになってしまう。かわいそうに・・・
全体的にはどうかなぁ。確かにプロットは十分練られているのかもしれないけど、どうにも煮え切らない感想になってしまう分、評価は割り引きたい。
(結局、チェスボードはなにも関係なかったような気が・・・)


No.1562 7点 暗約領域 新宿鮫XI
大沢在昌
(2020/01/05 10:42登録)
2020年、令和2年、皆さま明けましておめでとうございます。
毎年、新年の一発目で何を読もうか考えるわけですが、今回は迷うこと一切なし!
“国内ハードボイルドの金字塔”新宿鮫シリーズの最新作で。サブタイトルは『暗約領域』(なせ『暗躍』ではなく『暗約』なのか?)
2019年の発表。

~信頼する上司・桃井が死に、恋人・晶と別れた新宿署生活安全課の刑事・鮫島は孤独のなか、捜査に没入していた。北新宿のヤミ民泊で男の銃殺死体を発見した鮫島に新上司・阿坂景子は、単独捜査をやめ新人刑事・矢崎と組むことを命じる。一方、国際的犯罪者・陸永昌は、友人の死を知って来日する。友人とはヤミ民泊で殺された男だった・・・。冒頭から一気に引き込む展開、脇役まで魅力的なキャラクター造形、痺れるセリフ、感動的なエピソードを注ぎ込んだ八年ぶりのシリーズ最新作・・・~

紹介文を読んで初めて気付いた。「八年ぶりだったんだな・・・」と。そんなに経ってたんだ・・・。八年ぶりだよ。八年前って言えば、自分もまだ〇〇歳だったんだよなぁーなどとどうでもいいことを思ったりした。
もはや新宿鮫シリーズに対しては書評すら必要ないと思う。よって終了! というのも新年一発目としては寂しいので雑感だけ。

シリーズ11作目となった本作。一番の注目点はやはり新上司と相棒の登場だろうか。
新上司となる阿坂景子。ノンキャリアそして女性警察官の期待の星という存在。警察官としての原理原則、そしてルールを何よりも大切にする。当然鮫島と衝突すると思ったのだが、実際は・・・。もちろん桃井とは正反対の人物。しかし終盤読者の鼻の奥をツンとさせる。
そして相棒となる矢崎。何となく「相棒シリーズ」のような展開かと想像したのだが、そこはやはり新宿鮫だった・・・
(ただ、正直なところ、この二人、まだまだシリーズに馴染めていない感が強い。今後どうなるのか?)

作者が本作でのプロットの出発点として考えたのが「宝探し」・・・ということがネットの特設サイトに出ていた。
そう。今回、鮫島、田島組、公安、そして外国人犯罪組織の四者がこの「宝」を探し回ることになる。
いったいこの「宝」とはなにか?(〇〇〇〇と分かったときは若干拍子抜けしたけど・・・。ちょっと時代がズレてる)
なかなかこの宝の正体が判明せず、いつもの鮫島vs犯罪者たちという濃密な人間ドラマというよりは、捜査・推理の過程が重視されている感がした。
もしかしたら、これまでのシリーズ作品と比べて、この辺りを淡白と捉える読者もいるかもしれない。
実はかくいう私もそう。特に気になったのは最終盤。いつもなら、作品内に溜め込んだエネルギーのすべてを放出するかのような臨界点が描かれるのだが、今回はやや冷えていたように思う。
これは本作が新たな展開への序章だからなのか、それとも経年劣化なのか・・・若干気になるところ。

でも、トータルで評すれば十分に面白い。正月の静かな空間で、少しずつ、味わうように読ませていただきました。
まさに、作者からのクリスマスプレゼント、いやお年玉・・・かな。
(結局『暗約』の意図ははっきり分からず・・・)


No.1561 8点 聖女の救済
東野圭吾
(2019/12/30 23:46登録)
ガリレオシリーズの長編としては「容疑者Xの献身」に続いて発表された作品。
「オール読物」誌に連載後、2008年に単行本として発表。

~資産家の男が自宅で毒殺された。毒物混入方法は全く不明。男から一方的に離婚を切り出されていた妻には鉄壁のアリバイがあった。難航する捜査のさなか、草薙刑事が美貌の妻に惹かれていることを察した内海刑事は、独断でガリレオこと湯川学に協力を依頼するが・・・。驚愕のトリックで世界を揺るがせた東野ミステリー屈指の傑作~

うーん。すごい作品だ。やはり並みの作家ではない、東野圭吾は。
そんな思いを強くした作品だった。

まずはこのタイトルに脱帽。てっきり『聖女』が『救済』される話だと思っていたよ・・・
まさか真逆だとは思っていなかった。
そして「虚数解」の話・・・。「理論的には考えられるが、現実的にはありえない」トリック。
個人的に、このトリックが非現実的だとか、無理があるというのはやや筋違いのように思える。
そもそも作者自身が「ありえない」と断じているのだから。
本来なら無理筋であるはずのトリックを成立させるための設定、人物造形、そして何より湯川学という比類なき探偵役。
作者が企図したすべてのプロットがこの「虚数解」を成立させたのだ。
これこそが作者の力量、作品の力と言わずして何というのか?
こんな作品、なかなかお目にかかれないと思うのは私だけだろうか。

湯川、草薙、内海、そして聖女こと真柴綾音・・四人の織り成す物語も本作の読みどころ。
もしかしたら本作は読者がどの立ち位置で感情移入できるかで感想が違ってくるのかもしれない。
特に草薙刑事。綾音の魅力に取り憑かれながらも、最後には刑事としての矜持をしっかりと示してくれた。冷静な観察眼と女性特有の鋭い勘をもつ内海刑事とのコンビは地上波ドラマ以上に魅力的だ。

ということで改めて作者のスゴさを認識させられた作品だった。
でもちょっと褒めすぎかも。動機が後出しだとか、フーダニットの面白さが全くないというのは確か。
でもまぁ、年末にいいもの読ませていただきました。
(如雨露は絶対伏線だろうなというのはミエミエだったなー。内海刑事がi-potで福山雅治を聞いてたのは作者のサービスかな?)


No.1560 5点 もう過去はいらない
ダニエル・フリードマン
(2019/12/30 23:44登録)
前作「もう年はとれない」に続く、伝説の刑事“バック・シャッツ”を主人公にしたシリーズ二作目。
齢88歳でもメンフィスの街中を舞台に大暴れ!(スゴイ・・・)
2014年の発表。

~88歳のメンフィス署の元殺人課刑事バック・シャッツ。歩行器を手放せない日常にいらだちを募らせる彼の許をアウシュヴィッツの生き残りにして銀行強盗のイライジャが訪ねてくる。何者かに命を狙われていて助けて欲しいという。彼とは現役時代に浅からぬ因縁があった・・・。犯罪計画へ誘われ、強烈に断ったことがあるのだ。イライジャは確実に何か企んでいる。88歳の伝説の刑事VS78歳の史上最強の大泥棒の対決は如何に?~

仕事がら高齢者と話をする機会が結構多い。
確かに最近は元気なお年寄りも増えてるし、88歳で全くボケもせず毎日元気に暮らしている方も割合目にする。
でも、そんなレベルではない。このバック・シャッツは!
大都会の街中で銃を撃ちまくるわ、歩行器のまま犯人のアジトへ単身潜入するわ・・・普通ならヤレヤレである。
(実際、妻のローズにしこたま怒られます)
超高齢化社会となった昨今、これはお年寄りたちに勇気を与える作品だろう。
是非介護施設や病院のロビーに置いて欲しいものだ。

いやいやそんな感想はどうでもいいんだった・・・
で、本筋なのだが、うーん前作よりはやや落ちるかなという感想。
私にしては珍しく、シリーズものをあまり間を空けず読んだのだが、ラストのオチは前作よりも更に予想しやすいと思う。
別に謎解きミステリーではないから、そんなことは二の次でいいのかもしれないけど、さりとて他に印象的な部分は見当たらない。
ということは、やっぱりバック・シャッツの活躍ぶりを楽しむための作品ということかな。

巻末解説によると続編があるとのことなので、もしかして次作は90歳のバック・シャッツが登場するのかも。
90歳になっても街中で暴れまわるのなら、ある意味それってSFかもしれない・・・違うか?
(巻き込まれた刑事がとにかくかわいそうだ・・・)

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