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ミステリの祭典

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平均点:6.01点 書評数:1812件

プロフィール| 書評

No.1612 5点 合理的にあり得ない
柚月裕子
(2020/11/02 21:45登録)
過去、仕組まれた事件で弁護士資格を剥奪された探偵・上水流涼子。彼女は頭脳明晰な助手・貴山とともに探偵エージェンシーを設立。金と欲にまみれた人たちの難題を知略と美貌を武器に解決に導く・・・
という連作短編集。単行本は2017年の発表。

①「確率的にありえない」=“未来が見える”という男。彼は、目の前ですべての競艇レースの着順を当てるという離れ業を演じて見せる・・・。もちろんトリックがあるのだが、そんなうまくいくかねぇー、面前だし。
②「合理的にありえない」=今度は“未来が予測できる女”が登場するのだが、実はこの女の正体は上水流涼子自身。身勝手な依頼人をギャフン(死語)と言わせて、報酬はしっかり頂く。でも、このトリックは身も蓋もないだろ!
③「戦術的にありえない」=ヤクザ同士の賭け将棋。イカサマがあるんじゃないかという依頼が上水流の元へ。そうか「鬼殺し」か・・・。使ったことないな。でも、このブロックサインは気付かれるんじゃないの?
④「心情的にありえない」=かつて上水流を嵌め、弁護士資格を失わせるきっかけを作った男。その男からの依頼に応じることが=心情的にありえない、ということ。作品のプロットは平板。
⑤「心理的にありえない」=最後の舞台はなぜか大阪。それもミナミのコテコテの大阪・・・。筋金入りの阪神ファンに対して野球賭博で嵌めようとした男が逆に・・・という展開。

以上5編。
今回、作者の初読みなのだが、こんな作家だったけ?
最近だと「孤狼の血」なんかの影響で、ハードで重めの作風だと思ってたけど、これは・・・軽いね。
それに探偵事務所が舞台で、舞い込んだ奇妙な依頼を紆余曲折の末、解決していくというプロット。最近よくお目にかかるような気がするのは気のせい? 単なる偶然?

まぁそれは置いといても、あまり感心する出来栄えではなかった。
上水流のキャラも最初は神秘的な美女という設定だったのに、徐々に崩れて、むしろ助手の方が目立つことに。(狙いか?)
ひとことで表現するなら「安易」ということになるんだけど、「探偵事務所」なんていう使い古された設定で、何とかして目新しさを出そうとしてうまくいかなかったということかな。
評価としてはまぁこんなものでしょう。
(結局は①が比較的ましかな)


No.1611 5点 善意の殺人
リチャード・ハル
(2020/10/13 22:42登録)
今のところ、邦訳されている作者の作品は本作のほか「伯母殺人事件」「他言は無用」の全三作。
普通は一番著名な「伯母殺人事件」から読むよなぁーって思いつつ、たまたま図書館に並んであった本作を手に取ってしまった。
1938年の発表。原題は”Excellent Intentions”

~嫌味な嫌われ者の富豪が、列車の中で、かぎ煙草に仕込まれていた毒で殺された。誰がどのタイミングで疑われずに、毒を仕込めたのか。数々の証言によって「被告」の前で明らかにされていく。果たして「被告」は真犯人なのか。ところが「被告」の名前は最後まで明かされない。関係者の中のひとりであるには間違いないのだが・・・。「伯母殺人事件」をも凌ぐ、奇才ならではの技巧に満ちた傑作~

紹介文を読むと、まるで「被告当て」がメインテーマの本格ミステリーのように見える。でも、前の書評者の方も触れられてるとおり、どうもそれは的外れのようだ。
確かに終盤まで「被告」の名前は隠されてるし、判明する「被告」の正体は関係者の中のひとり・・・ではある。
でも、そこにサプライズが仕掛けられているのかというと、特段そういうわけでもない。
うーん。中途半端。

前半は探偵役(真の探偵役は別にいるのだが)のフェンビー警部の、アリバイを中心とした丹念な捜査行が描かれる。容疑者がひとりひとり俎上に上げられては消えていく・・・そう、実にまだるっこしい展開。
まだるっこしいながらも、徐々に絞り込まれてきたか!という刹那、次の場面ではあっさりと「被告」の名前は読者の前に明らかにされてしまう。
「えっ!」「ここでバラすの!?」と思わずにはいられない。
ただ、作者は更なる仕掛けを用意している。ただし、これもどうもピンとこない。何となく狙いは分かるんだけど、どうも手ごたえがないというか、不完全燃焼とでも表現したい気持ち。

あと、邦題の「善意の殺人」の意味。最初は嫌われ者の富豪を殺すこと自体が「善意」なのかと思っていたけど、それほど短絡的な意味ではなかったんだね。なるほど。良く言えば「深い」のかもしれない。
でも、正直なところ、本来の面白さ(それがあるのなら)の半分も味わえてない気がする。
確かに不思議な感覚の作品だった。


No.1610 5点 ボッコちゃん
星新一
(2020/10/13 22:38登録)
もはや伝説的となった作家・星新一。残念ながらその功績や略歴など詳しくはないのだが、個人的には星新一=SFまたはショート・ショートの大家というイメージが強い。
ということで、一度は読んでみようかということで本作を手に取った次第。
自選短編集として新潮社から1971年に発表された作品。

以下、印象に残ったものをピックアップしてみる。
1.「悪魔」=初っ端の作品がいきなり「悪魔」とは・・・。作者も人が悪い。
2.「ボッコちゃん」=そして表題作。ラストは結構ブラック。だけどどことないユーモア(死語)あり。
4.「殺し屋ですのよ」=これは成程。オチも決まって、ショート・ショートのお手本?
5.「来訪者」=これは皮肉が効いてる。本当にこんなことがあるかも・・・って思わせる(わけないだろ!)
14.「生活維持者」=これは世界観が何とも・・・良い。ブラックだけどね。
20.「鏡」=ここにも「悪魔」が登場。で、ラストは因果応報的
21.「誘拐」=なかなか上手い方法・・・なのか?!
23.「マネー・エイジ」=何でもかんでも金、カネ、かねという架空の世界の話。いやっ、現代世界も似たようなものか・・・
26.「ゆきとどいた生活」=何事も「ゆきとどき過ぎる」とダメってこと。
28.「気前のいい家」=アハハハ・・・。これはいいシステムかもしれない。
47.「白い記憶」=アハハハ・・・。こんなこと本当にあったら笑うなぁ。いや、逆に笑えんかもしれない。
50.「最後の地球人」=ラストの一編は実に訓示的で余韻が残る。アダムとイブかと思ったけど違う?

以上。すべてショート・ショートで50編。
さすがに途中からツラくなってきた。テイストの似通った作品も多いし、作者の考え方や思想も途中からだいだい察してきただけに、「またか・・・」という思いもよぎってくる。

でも、確かにこれは日本のショート・ショート界(そんな界ある?)を代表する作品ではあるだろう。
作品自体はごく短いものだけど、奥には底知れぬ世界が広がっている。そんな気にはさせられた。
さすが星新一。恐れ入りました。


No.1609 6点 下町ロケット ヤタガラス
池井戸潤
(2020/10/13 22:35登録)
前編的位置付けの「下町ロケット ゴースト」に続いての完結編となる本作。
佃製作所VSダイダロス+ギアゴースト、ついでに重田+伊丹VS的場の戦いにも終止符が訪れる・・・はず。
単行本は2018年の発表。

~宇宙(そら)から大地へ・・・。準天頂衛星「ヤタガラス」が導く、壮大な物語の結末は?~

「ゴースト」の書評の際に、『もはや池井戸作品に対してはあれこれ書評しない・・・』などと書いてしまった。
ということで終了。

・・・
いやいや。さすがにそれでは気がすまん。ということで、くだらない感想だけは書き記すこととする。
Amazonの書評を拝見すると、これがもう予想以上に高評価だらけ。中には、「文学性が高い」などと書かれている方までいらっしゃる。
うーーん。個人的には「やや安直」というのが読了後の感想。
読者の方も、もはや物語の展開などは自明の上で、それでもその自明の結末を待ち構えている。
これって・・・そうか、それが歌舞伎との共通項?
歌舞伎だって、ストーリーはほぼ自明。それでも観客は歌舞伎自体の様式美や俳優の熱のこもった名演を期待している。どうりで・・・歌舞伎俳優が嵌まるわけだ。

などと否定的な感想を書いてますが、やっぱり読ませる力は本作も健在。
的場取締役が失脚する場面なんて、個人的にも拍手喝采。「ざまあみろ!」って思わず叫びそうになった。(大げさ)
本作のテーマである農業。担い手の殆どが60歳超の高齢者ということで、このままいけば日本の農業は壊滅してしまうという・・・。でもこれって、地方なら他の産業も同様。建設業だって、高齢者の比率は相当高い。
今から十分に備えておかないと、その時になって慌ててもどうしようもない。そんなことを考えさせられる作品。
作者の目の付け所、取材力に関しては敬意を表します。
が、そろそろ原点回帰。ミステリー度の濃い作品を期待してます。


No.1608 6点 下町ロケット ゴースト
池井戸潤
(2020/09/27 19:41登録)
「下町ロケット」のシリーズ作品の第三弾。皆さんご存じのとおり、すでにTBSの地上波で放映され、大人気を博した作品。まっ、かくいう私はチラ見くらいしかしてないので、新鮮な気持ちで読了したわけですが・・・
単行本は書下ろしで2018年の発表。

~宇宙から人体へ。次なる舞台は「大地」。佃製作所の新たな戦いが始まる。倒産の危機や幾多の困難を社長の佃航平や社員たちの熱き思いと諦めない姿勢で切り抜けてきた大田区の町工場「佃製作所」。高い技術に支えられ、経営は安定したかに思えたが、主力のエンジン用バルブシステムの納入先である帝国重工の業績悪化、大口取引先からの非情な通告、そして番頭・殿村の父が倒れ、一気に危機に直面する。ある日、父の代わりに栃木で農作業をする殿村のもとを訪れた佃は、その光景を眺めているうちに一つの秘策を見出す・・・~

今日、2020年9月27日、日曜日。いよいよ地上波ドラマ「半沢直樹」の最終回の日。
ネットニュースは最終回の展開予想で大騒ぎ。今回は歌舞伎俳優たちが大活躍。得意の「顔芸」で濃い演技を見せたり、予想もつかない展開の連続で巷の話題をさらってる状況・・・のようだ。(新聞によると、中国でも大人気になってるそうだ・・・スゴイ)
でも、あれ見てると、銀行員ってなんなんだ! ってどうしても思ってしまう。もちろん極大的に戯画化していることは理解するが、政府にたてつく一介の銀行員なんて・・・。(現実に当てはめると、そこら辺の銀行員があの二階幹事長に面と向かって非難するんだからな・・・ありえん!)

いやいや、「半沢直樹」の書評じゃなかった。「下町ロケット ゴースト」である。
ドラマをご覧になった方はお分かりのとおり、本作は「佃製作所VSダイダロス+ギアゴースト」の前編的位置づけの作品。テーマは、「トランスミッション」であり「農業」である。
こんなことをいうと元も子もないけど、もはや池井戸作品にあれこれ書評する気はない。
とにかく、どうぞ、頭を真っ白にして、作品世界に没頭してください。今回も、佃航平は熱い男だし、殿村や佃製作所の社員はとにかく一生懸命に頑張ります。悪役たちも一生懸命悪役を全うしています。
とにかく、一生懸命なんです。「臭い」と言われようが、現実離れしていると言われようが、真っ直ぐな人間や言葉はいつの時代も心に刺さるのでしょう。じゃなかったら、池井戸作品がここまで受け入れられることはないはず。

作中での殿村の放つ科白『サラリーマンは安定なんかしてない。意に沿わない仕事を命じられ、理不尽に罵られ、嫌われて疎ましがられても、やめることができないのがサラリーマンだ。経済的な安定と引き換えに心の安定や人生の価値を犠牲にして戦っている・・・』 うーーん。染みる言葉だ。


No.1607 5点 冬を怖れた女
ローレンス・ブロック
(2020/09/27 19:36登録)
「過去からの弔鐘」に続いて発表された、マッド・スカダーシリーズの第二作。
発表順ではなくランダムに読み進めてきた本シリーズ。今さら過去へ遡るかのように一作目⇒二作目を手に取ったのだが・・・
1976年の発表。原題は”In the midest of the death”

~ニューヨーク市警の刑事ブロードフィールドは警察内部の腐敗を暴露し、同僚たちの憎悪の的となった。折しも、ひとりの娼婦が彼を恐喝罪で告訴。身の潔白を主張する彼は、スカダーに調査を依頼した。だが、問題の娼婦が殺害され、容疑はブロードフィールドに! 彼の苦境に警官たちが溜飲を下げるなか、スカダーは単身、真相の究明に乗り出す~

いきなりネタバレっぽいが、本作の裏テーマはずばり”SM”である。もちろん“SM”ってあの“SM”のことです。

物語の始まりは紹介文のとおり、嫌われ者の警官=ブロードフィールドからスカダーが調査の依頼を受けたところから始まる。ただし、今回の事件はシリーズ中でも指折りのジミさ。いや、渋さというべきか・・・
いつも通り、スカダーは事件の関係者ひとりひとりと会い、話を聞く中で事件の真相に気付くことになる。
なるのだが、この過程が悪く言うと平板そのもの。ふたりの男が相次いで死に至る終盤まで、これといった山もなく、静かなままで進行していくのだ。
本シリーズ作品には、いい意味での「静謐さ」を感じる作品も多いが、本作はそれとはちょっと異なる。
さすがにまだ二作目ということもあるのだろう、スカダーの造形もまだ定まりきっていなかったのかもしれない。

邦題の「冬を恐れた女」。物語には主にふたりの女性が登場する。ひとりは娼婦のカー、もうひとりは今回スカダーと恋に落ちるブロードフィールドの妻ダイアナ。実はどちらも「冬を恐れる」的な記述があるためどちらのことを指しているのかは定かでない。この当たりが逆に意味深ではある。

ということで話を戻して、”SM”である。本作で最も曖昧模糊としていたのが殺人の動機。それを詳らかにする鍵となるのが”SM”・・・。やっぱり、男は古今東西問わず、若かろうが年を取ってようが、ある種変態なんだね。
そんなことを最終的には感じてしまった。いやいや、主題はそんなことじゃないだろ!
ただ、シリーズ中では大きく見劣りする作品かなというのが正直な感想。(いよいよ残り少なくなったシリーズ未読作品。寂しさと切なさが募る・・・)


No.1606 6点 虚像の道化師
東野圭吾
(2020/09/27 19:31登録)
長編を挟んで、「探偵ガリレオ」「予知夢」、「ガリレオの苦悩」に続く、人気シリーズの短編集第四弾。
今回も福山雅治、いや湯浅学博士の名推理が炸裂・・・するか?
単行本は2012年の発表。

①「幻惑す」(まどわす)=新興宗教と本格ミステリーって相性が良いのだろうか? そこかしこで新興宗教舞台のミステリーを読んでる気がする。ガリレオシリーズのアプローチとしては、やはりこういう方向性だろうなという真相。
②「透視す」(みとおす)=犯人捜しは主題ではなく。被害者の特技=「透視術」がどのような方法で行われたのかというのがテーマ。うーん。実に面白い!ではなくって、「実にシリーズっぽい」一編。
③「心聴る」(きこえる)=今回のテーマは「幻聴」。幻聴に悩まされる男女が暴れて・・・ということなのだが、このトリックはまさに「理系ミステリー」そのもの。こんな装置がありますよ、って言われても文系人間には分かりませーん。
④「曲球る」(まがる)=これはミステリーではない。変化球を武器とするひとりのプロ野球のピッチャー再生の物語・・・。確かに変化球は科学的に解明できるんだろうけどね。
⑤「念波る」(おくる)=実にガリレオシリーズらしい一編。テレパシーは科学的に信じられないはずのガリレオ先生がテレパシーの解明に乗り出すことに。これは科学的ではなく、実に「人間的」なトリック。
⑥「偽装う」(よそおう)=大学時代の友人の結婚式で郊外のリゾートホテルへ向かうこととなった湯川と草薙。折からの大雨で帰路の道路が寸断された中で起こる殺人事件・・・というわけで、いかにもな設定の本編。事件現場は最初から偽装の匂いがプンプンしていたわけだが真相は意外な着地へ。
⑦「演技る」(えんじる)=劇団内の男女の鞘当てが背後にある殺人事件。まさにタイトルどおりに「演技」がテーマとなる。どこが演技でどこが事実なのか、さて?

以上7編。
本作、文庫版は「虚像の道化師」と「禁断の魔術」の両方が楽しめるというお得な設定。
というわけでもないけど、シリーズの原点に戻ったかのような作品集に仕上がっている。「聖女の救済」や「真夏の方程式」がシビアで辛口な長編だっただけに、ある意味能天気に楽しめた作品ではあったかな。

ただ、うーん。やはり悪い意味での「馴れ」というか、新鮮味に欠けるような作品が多いようには感じた。
もちろん平均点はクリアしてるんだけど、どうしても水準以上の期待をしてしまうからねぇ・・・。
湯川のキャラクターも今回はかなり抑え目。長編三作では人間=湯川学の面を出しすぎたからか、今回は物理学者らしい言動が目立っている。まぁそれもシリーズを続けていくのならいいんじゃないか。
あまりド派手な展開が続くと、終わりも早いような気がするから。(ベストは・・・⑥かな)


No.1605 6点 ダイアルAを回せ
ジャック・リッチー
(2020/09/12 20:34登録)
河出文庫で読んだ「カーデュラ探偵社」と「クライム・マシン」がかなり面白かった。ということで単行本の本作にも手を出したというわけで・・・ただし、一部は「カーデュラ探偵社」と被っている模様。
2007年の刊行。

①「正義の味方」=作者らしい洒落た(?)殺し屋小説。ツイスト感は薄いけど、オチというか締めの展開はさすが。
②「政治の道は殺人へ」=これも①と似たテイストなんだけど①よりブラックで面白い。こっちの方がツイストも効いてる。でも、こんな女いそうだな・・・
③「いまから十分間」=これは思わずニヤリとさせられる。まさにツイスト感たっぷりで短編のお手本のような佳作。
④「動かぬ証拠」=これまた最後にニヤリ。追い詰めたようで、実は追い詰められてたってこと。
⑤「フェアプレイ」=またしても互いに殺したい夫婦が登場。ふたりが虚々実々の駆け引きを行った結果は・・・? 油断大敵ってことだね。
⑥「殺人はいかが」=またまた妻が自分を殺そうとしているという考えに支配されてる男が登場。そこに殺し屋が現れて・・・という展開。テイストは結構被ってる。
⑦「三階のクローゼット」=二番底かと思ったら三番底だったという展開。それだけ捻ってるということ。
⑧「カーデュラと盗癖者」、⑨「カーデュラ野球場へ行く」、⑩「カーデュラと昨日消えた男」=以上3編は「カーデュラ探偵社」で既評済。でも久々に読んでも新鮮で面白かった。カーデュラとキャラがそれだけお見事。
⑪「未決陪審」=以下の4編は、ヘンリー・S・ターンバックル部長刑事を迷(?)探偵役とするシリーズから。簡単そうな事件をこねくり回して解決しようとするターンバックル刑事。
⑫「二十三個の茶色の紙袋」=これも⑪と同様。勘、っていうか思い付きで事件を解決しているようにしか見えない。まぁ面白いけど・・・
⑬「殺し屋を探せ」=これも結構捻ってくる。短編らしい佳作。で、結局「殺し屋」は誰?
⑭「ダイヤルAを回せ」=表題作にするほどか?っていう小品。
⑮「グリッグスピー文書」=“ターンバックルシリーズ外伝”のような作品。何しろ事件が起きたのは1863年! そんな過去の事件を無理矢理解決しようとするなんて・・・無茶。

以上15編
さすが、短編の名手と呼ばれるだけある作品。本作は「カーデュラ」や「ターンバックル」など、作者の代表的シリーズの作品も含んでいて、まさにジャック・リッチーを知るための作品という位置付け。
ただ、個人的には過去読了した2作(「カーデュラ探偵社」「クライム・マシン」)の方が上という評価。
でも、十分に楽しめるし、未読作も是非手に取ってみたいと思える水準。
(管理人様に敬意を表します。「続けていくこと」が何よりも重要で大切なことだと思っています。)


No.1604 7点 棲月
今野敏
(2020/09/12 20:33登録)
「隠蔽捜査7」。ついにシリーズも15周年に突入。
そして、竜崎伸也、大森署署長最後の事件!
2018年の発表。

~鉄道のシステムがダウン。都市銀行も同様の状況に陥る。社会インフラを揺るがす事態に事件の影を感じた竜崎は、独断で署員を動かした。続いて、非行少年の暴行殺害事件が発生する。二件の解決のために指揮を執るなか、同期の伊丹刑事部長から自身の異動の噂があると聞いた彼の心は揺れ動く。見え隠れする謎めいた敵。組織内部の軋轢。警視庁第二方面大森署署長、竜崎伸也、最後の事件~

15年経っても、竜崎伸也は決して変わらず、決してブレず。まさに管理職の「鑑」だ。
『管理者がしっかりしていないと、現場の者は存分に力を発揮できない。現場をいかに効率よく動かすかが、管理者の役目であり、キャリアはそのために全力を尽くすべきだと考えていた』・・・とここまではいつもの“竜崎節”と言えるのだが、左遷され赴任した大森署で署長職を全うしているうち、『・・・少しだけニュアンスが変わってきた。現場の動きを肌で感じるようになったのだ』という心境の変化に至ることになる。
妻の冴子からも、大森署での勤務が竜崎を人間として成長させたと言われるなど、まさに署長としての総決算的な作品が本作ということになる。
毎回感じるけど、管理職として竜崎に見習うことは大。大なのだが、これを真似するのは至難の業。今話題の半〇直〇もそうなのだが、「正しいことを何のためらいもなく正しいと言う」-これができる者だけが人間を、そして時代を動かすことができるのだと思う。

で、本題なのだが、「棲月」というサブタイトル。てっきりそういう熟語があるのだと思っていたけど、そうではなくて本作に登場するある人物を指す造語のようだ。「月」に「棲む=住む」とはこれ如何に?
ネット犯罪自体は今さら感があるし、プロットとしても特段目新しさはない。
この当たりはシリーズを重ねるごとに作者の苦労が偲ばれるということなのだが、悪く言えば中盤の冗長さに繋がっているようにも思える。
まぁ謎解きがメインのシリーズでもないし、警察内部の抗争やゴタゴタを竜崎がバッタバッタとぶった切るという場面を多く入れる方がシリーズファンにとってはいいのかも。

いずれにしても、神奈川県警の刑事部長へ栄転となった次回以降の竜崎の活躍に期待だ。次回もまた、私に管理職としての心得を伝授していただきたい。よろしくお願いします!


No.1603 3点 白戸修の逃亡
大倉崇裕
(2020/09/12 20:31登録)
「白戸修の事件簿」「白戸修の狼狽」に続くシリーズ三作目。
前二作は短編集だったが、今回はシリーズ初の長編作品になっている。
2013年の発表。

~大型イベントに対する爆破予告の犯人、松崎に間違えられ、多くの人に追われることになった白戸修。しかし、行く先々で過去に事件でかかわった人々が救いの手を差し伸べてくれる。果たして彼は白戸修に戻れるのか? シリーズ初の長編。大人気白戸修シリーズの第三弾~

これは・・・ひとことで言って「つまらなかった」。
何が「つまらない」のかというと、とにかく白戸修が逃げまくるだけの展開が最初から延々と続くのだから。

例によって”因縁の場所”=中野に足を踏み入れた瞬間から白戸修は不幸と不運の連鎖に巻き込まれる。冒頭はいつもどおり軽快で期待は高まる。
ただ、そこからは白戸にも、読者にも一体何が起きているのか訳が分からないままの逃亡劇が続く。そこに過去の事件で関わってきた妙な人々が白戸を何度も助けに現れる展開。
現れるのだが、他の方も書いているとおり、前二作とも読了している私にしても、「こんな奴いたっけ?」っていう感じなのだ。それをいかにも「読者もご存じのとおり・・・」的に書かれてもなぁーって思ってしまった。

短編のときは結構面白かったんだけどなぁー
Amzonのレビューでも、作者は短編はいいけど長編はつまらない的なことが書かれている。
確かに、「福家警部補」シリーズ然り、本シリーズ然りで、どちらかというと短編向きの傾向が強いのかもしれない。
ただ、白戸修自体はいいキャラだと思うので、諦めずに再度チャレンジして欲しいとも思う。
まっ、これ以上書くこともないので、以上。


No.1602 5点 届け物はまだ手の中に
石持浅海
(2020/08/24 19:57登録)
ノン・シリーズの長編。
作者得意の特殊設定下のミステリーのようだが・・・
単行本は2013年の発表。

~楡井和樹は恩師の仇である江藤を殺した。しかし、裏切り者であるかつての親友・設楽宏一にこの事実を突きつけなければ、復讐は完結しない。設楽邸を訪れた楡井は、設楽の妻、妹、秘書から歓待を受ける。だが息子の誕生パーティーだというのに設楽本人は書斎に籠り、姿を見せない。書斎で何が起きているのか? 三人の美女との探り合いの果てに明らかになる驚愕の事実とは?~

これはやはり、作者の代表作「扉は閉ざされたまま」を何となく想起させるプロット。
ただ、「扉は・・・」はいわゆる倒叙ミステリーで、犯人VS探偵・碓井由佳の心理戦を主眼とするものだった。
一方、本作は「心理戦」というのは共通で、主人公の楡井VS設楽の妻+妹+秘書の三人、という構図も相似。ただし、一体何が起こっているのかが不明というところが違ってくる。(「扉は・・・」は読者には何が起こってるかが分かっている設定)
巻末解説では、”What”の謎を主眼としたミステリーと評しているけど、まぁそうかなと思う。

読者としては、何となく「こうなんじゃないかな?」という予想を立てながら読み進めることになると思うが、最終的に判明する真相。これが大問題!
これは・・・相当シュールではないか!?
殺人なんていう殺伐とした道具立てさえなければ、シュールなコントとでも表現したい気分だ。
まさか、〇〇が二つも揃うなんて・・・そもそも、〇〇を用意しなければならない理由が全くもって不明。
自宅にいた設楽はまだいいけど、〇〇をわざわざ「届け物」として持ってくる楡井の行動はあまりにも不自然だろう。

まぁそもそも特殊設定下なのだから、常識論を振りかざしてもダメなのかもしれない。
これはもう、細かすぎるほどの心理戦、そのやり取りを楽しめるかどうか、それに尽きそう。
これを嘘くさいとかリアリティの欠片もないなどと評する方には本作はクソのような作品に違いない。
私は・・・少なくともクソではなかったが、あまり感心もしなかったというところ。
評点はこんなもんかな・・・


No.1601 5点 鏡の顔
大沢在昌
(2020/08/24 19:55登録)
『傑作ハードボイルド小説集』と銘打たれた本作。
鮫島刑事やジョーカー、佐久間公など、作者が生み出したヒーロー(?)たちが共演する豪華作品集。
単行本は2009年の発表。今回は講談社文庫版で読了。

①「夜風」=短編集「鮫島の貌」の収録作であり既読。ごくごく短い作品だが、鮫島VS悪徳刑事というシリーズ中でもよくお目にかかる構図。”癒着”って嫌ねぇ・・・
②「年期」、③「Saturday」、④「Wednesday」、⑤「ひとり」=ショート・ショートというべき分量。長い物語の一部分を切り取りました、とでも言うべきか。あまり印象には残らず。洒落た読み心地ではある。
⑥「二杯目のジンフィズ」=俺も好きだよ、ジンフィズ!
⑦「空気のように」=登場する女性の「K」って、この前読了した「Kの日々」に出てくる「K」のこと? 単身極道の事務所に飛び込んだ主人公をKは救えるのかって感じ。
⑧「ゆきどまりの女」=こんな女怖ぇー。ヤリ終えた瞬間にズドン・・・だもんな。でも最後は報いを受けることに。
⑨「冬の保安官」=元敏腕刑事が別荘地の保安官に。昔の異名が”ハマのシェリフ”・・・名がダサい!
⑩「ダックのルール」=いかにも大沢ハードボイルド、っていう雰囲気の舞台設定。佐久間公とダックと呼ばれる日系ハーフの大男。彼には日本で取り返さなければならないものがあった。巻き込まれただけの佐久間は、いつの間にかダックを助けることに・・・
⑪「ジョーカーと革命」=作者の人気シリーズのひとつの主役”ジョーカー”。今回の相手はかなり手強い。だって、カクテルグラスに手榴弾入れるんだぜ! 爆発するよ、そりゃぁー
⑫「鏡の顔」=結局最後まで名前さえ語られなかった殺し屋の男。彼の「目」に魅せられたフォトグラファー沢原は彼の後を追うことに。最後は・・・切なさが残る。

以上12編。
短編だから、読者としては語られなかった行間を楽しむことが求められる。
そういう意味ではまぁ合格点かなというレベル。
作者が創造した男たちは、鮫島にしろ、ジョーカーにしろ、佐久間公にしろ、「強さ」と「優しや」そして「弱さ」を持ち合わせている。それが読者に共感や深い余韻を残させることに成功しているのだろう。

ただ、やっぱりこってりした長編の方が作者の良さがより発揮できるのは間違いない。
作者が年齢を重ねるごとに、作中の主人公たちもやや足腰が重くなっている感はあるので(やむを得ないかな)、無理かもしれないけど新鮮&鮮烈な新作が読みたいものだ。


No.1600 6点 カーテン ポアロ最後の事件
アガサ・クリスティー
(2020/08/24 19:53登録)
ようやく辿り着いた1,600冊目の書評。(最近読破のペースが落ちてるからなぁー)
選んだのは、ミステリーの巨匠(女性に対して「巨匠」はおかしいか?)A.クリスティが生み出した名探偵エルキュール・ポワロ最後の探偵譚。
ということで1975年の発表。(本当に最晩年だね)

~ヘイスティングズは親友ポワロの招待で懐かしきスタイルズ荘を再度訪れた。老いて病床にある名探偵ポワロは、過去に起きた何のつながりもなさそうな五件の殺人事件を示す。その陰に真犯人Xが存在するというのだ。しかもそのXはここスタイルズ荘にいるというのだ・・・。全盛期に執筆され長らく封印されてきた衝撃の問題作~

最後の作品でもやはりクリスティはクリスティだし、ポワロはポワロだった。
そんな感想がまずは浮かぶ作品。紹介文にあるとおり、1975年発表とはいえ、実際に執筆されたのは1940年代初頭ということで、作者が最も脂が乗っていた時期に当たる。
じゃぁ、クリスティらしいのも当たり前の話かもしれない。

プロットは作者らしく実に緻密で細部まで抜かりない。
「館」ものらしく陰のある多くの人物が登場。相変わらず旨いよね、人物の書き分けが。
登場人物たちの1つ1つの行動、1つ1つの会話や言葉が、後々伏線だったと気付かされる刹那。
これこそがクリスティのミステリーの醍醐味だろう。

本作は”愛すべき?”相棒であるヘイスティングズが大きな鍵を握る。読者からすると歯がゆいくらい愚鈍で真っ正直な人物の彼(個人的にどうしても石岡和巳と被るんだよね)、彼の特徴が憎いくらい作品に生かされている。
(娘=ジュディスに翻弄される姿も痛々しいし・・・)
そして何より舞台となるスタイルズ荘の存在。「締め」の舞台としてココを選ぶという作者のセンスに脱帽。
不穏で重々しい空気間を醸し出すことに成功している。
更には真犯人X。これはいわゆる「〇り殺人」ということになるのかな?(或いは「プ〇〇ビリ〇ィの犯罪」?)
うーん。これも実に作者らしいのかもしれない。百戦錬磨の作者がやると、こんな大胆かつ緻密なプロットになるんだね。
いろいろとツッコミたいこともあるけど(ポワロの変装気付かないかねぇ・・・とか)、それは「言わぬが花」かな。
でも、全体的なレベル感からいえば、作者の作品群では中位の評価に落ち着く。


No.1599 6点 黒い家
貴志祐介
(2020/08/10 18:23登録)
もともとはホラー作品からデビューした作者。
なかでも代表作と言っていい作品が、第4回の日本ホラー小説大賞を受賞した本作だろう。
1997年の発表。

~若槻慎二は生命保険会社の京都支社で保険金の支払い査定に忙殺されていた。ある日、顧客の家に呼び出され子供の首吊り死体の第一発見者になってしまう。程なく死亡保険金が請求されるが、顧客の不審な態度から他殺を確信していた若槻は、独自調査に乗り出す。信じられない悪夢が待ち受けていることも知らずに・・・。恐怖の連続、桁外れのサスペンス。読者を未だはてない戦慄の境地へと導く衝撃のノンストップ長編~

とにかくこえーよ! “菰田幸子”!!
二度に渡って長包丁を振り回され追いかけられることになった主人公の若槻。
保険会社の社員もまさに命懸け。しかもラストには更なる恐怖が!っていうオマケ付き。
いやいや、作者も人が悪いねぇ・・・

どちらかというと、「ホラー」というよりは「サイコ・サスペンス」という色合いが強いと感じた。
”菰田幸子”なんて典型的な「サイコパス」だろうし、心理学でいう「人としても感情を持ち合わせていない」人間として描かれている。
一番ゾーッとしたのは、殺人のために手段を選ばないこと。とにかく、狙った獲物に対しては目的(=殺人)を達するまで何時間でも我慢できるという忍耐力。まさに人間として生まれ持ってるはずの「良心」というものの欠片も持っていないということだろう。

ということで、どうしても話の筋よりも、”菰田幸子”のキャラの方に目が行ってしまう本作。
でも、さすがに貴志祐介。デビュー当初から緻密に計算されたプロットは健在。
「保険金略取」という身近なテーマとホラーを見事に融合させている。
でも、確かに「保険金」って「人間の死」と密接に関係しているんだよな。そう考えると、人間の体或いは存在そのものを「金」に変えるシステムと言えないこともない。
実際いるんだろうな、”菰田幸子”みたいな奴。おお怖っ!!


No.1598 5点 雷鳴の夜
ロバート・ファン・ヒューリック
(2020/08/10 18:22登録)
古代中国に実在した(らしい)名判事”ディー判事”を探偵役とするシリーズ。
ウィキペディアを参照すると、本作はシリーズ七作目(?)だと思われる。
1961年の発表。

~旅の帰途、嵐に遭ったディー判事一行はやむなく山中の寺院に宿を求める。そこは相次いで三人の若い女が変死するという事件が勃発した場所だった。到着早々判事は窓越しに異様な光景を目撃する。昔の兜を被った大男と裸で抱き合う片腕の娘・・・しかし、そこは無人の物置のはずで、しかも窓すらない部屋だった。怪奇現象?幽霊? ディー判事の悩みをよそに夜が更けるにつれ次々と怪事件が襲ってきた!~

ロバート・ファン・ヒューリック・・・実は今回初めて作品を手に取った。
1910年、”ファン”というミドルネームからしてやはりオランダ生まれ。外交官として各国に駐在し、1964年からは在日オランダ大使として日本にも赴任。へぇーエライ人だったんだねぇー
中国が舞台となっているのは、中国人女性と結婚したから・・・何だろうな。
長く続いたシリーズだから、一度くらい聞いたことがありそうなんだけど、今回が初見だった。

前置きはこのくらいにして本筋についてなんだけど・・・
うーん。なんか分かりにくいというのが一番の感想。
とにかく展開が早すぎて、理解が追い付かなかったのかもしれない。紹介文のとおり、不思議な事件・出来事が次々と起こり、ディー判事が1つ1つ解決していく展開。
ただ、その解法が納得できるのかというと、これまた微妙。
紹介文にある「昔の兜を被った男と抱き合う片腕の娘」のくだり。このトリックは相当腰砕け。夜で暗かったとはいえ、〇〇と間違う?
ただ、フーダニットに関しては一応のサプライズが用意されているのでご安心を。こいつ(真犯人)は相当に悪い奴。ディー判事により手ひどい最期を迎えるのだが、ざまーみろっていう感じだ。

全体的な評価としてはこんなもんかな。あまり高い評価は無理。シリーズ他作品も読むかどうかは・・・?


No.1597 6点 刑事の怒り
薬丸岳
(2020/08/10 18:20登録)
警視庁刑事・夏目信人を主人公とするシリーズ最新作。
「刑事のまなざし」「その鏡は嘘をつく」「刑事の約束」に続くシリーズ四作目となる。
単行本は2018年の発表。

①「黄昏」=東池袋署での最後の事件は、老いた母親と二人暮らしの娘が数年前に死んだ母親をそのまま放置していたという事件。「真犯人は誰だ?」なんていう謎もなく、事件は実に地味な展開。なのだが、錦糸署に転勤となってからも、夏目はこの事件に拘りを持つことになる。ただ・・・ラストも結構地味なのだが。
②「生贄」=女性への強姦事件。それは許すことのできない犯罪。ということで、錦糸署での夏目のパートナーは心に傷を抱えた女性刑事本上。二人の捜査の結果浮かび上がる真相は、女性から男性へ向けた鋭い槍のような訴えだった。でも、自分の身を挺してでもというのは・・・痛ましい。
③「異邦人」=外国人出稼ぎ労働者の犯罪がテーマとなる本作。テーマとしてはちと古いような気はする(ヴェトナム人が日本という国が”夢の国”なんて思ってるって、いつの話だ?)。出稼ぎ労働者に対しても夏目の態度は真摯そのもの。で、最終的には心が温かくなる話。
④「刑事の怒り」=唯一書下ろしとなる作品。で、これはシリーズ一作目「刑事のまなざし」から続く、夏目の娘-ある事件の被害に遭い寝たきりとなっている-にもつながる話。事件の被害者は娘と同様、ベットで寝たきりとなっている二人の男性。自分で動くこともできない、言葉を発することもできない人間は死を望んでいるのか? 捜査を行うなかで、夏目は苦悩することとなる。そして判明する重い事実。もちろん「怒り」とは真犯人に対する夏目の「怒り」。

以上4編。
今回より装いも新たに、東池袋署から錦糸署へ異動となった夏目。転勤おめでとうございます!っていう感じでは全くなくて、早速次から次へと事件は発生する。
(この展開って、何となく東野圭吾の加賀恭一郎シリーズとかぶるような気がする)

これまでもエゴや保身、妬みなど、人間の負の感情に端を発する犯罪にまっすぐに真摯に接してきた夏目。当然、今回も変わらぬ姿勢で事件と取り組むこととなる。
ただ、今回はメインとなる④を含め、事件としては地味で派手さは全くない。それこそ、東京のそこらへんに転がっていそうな事件。それでもそこには人間の醜い感情が露になっている。
決して目をそらしてはいけないのだ。そんなことを感じさせてくれる本作と、刑事・夏目。シリーズファンなら是非どうぞ。
(ただ、正直インパクトは弱いかな)


No.1596 5点 容疑者
ロバート・クレイス
(2020/07/27 21:17登録)
図書館で翻訳ミステリーを探しているときに、何となく手に取ってしまった本作。
もちろん作者の初読みなのだが、こういうときに思わぬ(?)出会いがあるのかも・・・と期待してみる。
2013年の発表。

~ロス市警の刑事スコットは相棒とパトロール中、銃撃事件に遭遇する。銃弾はふたりを襲い、相棒は死亡。スコットも重傷を負った。事件から九か月半、犯人はいまだに捕まっていない。警備中隊へ配属となったスコットはそこで新たな相棒・・・スコットと同様に大切な相棒を失ったシェパード、マギーに出会った。アメリカ探偵作家クラブの生涯功労賞を受賞した著者の大作~

アメリカ版『相棒』である。しかも、人間と犬の。
それぞれ掛け替えのない『相棒』を失ったものどうしが、まるで引き寄せられるように新たな『相棒』となる物語。
当然、そこには強い絆が芽生えていくのだ。

物語は主人公スコット刑事が遭遇することとなった銃撃事件の真相をめぐって二転三転することとなる。
真犯人は・・・まぁ「よくある手」といえばそうだし、終盤のピンチシーンもこういう種類の作品にはつきものという感じはする。そういう意味で新鮮さには正直乏しい。
だからといって別につまらないかというと、そんなこともない。(なんて、煮え切らない感想だ!)
よく言えば、安心して楽しむことのできる、一定水準の小説というところか。
評点はうーん・・・そこそこっていう水準かな。シェパード犬マギーの充実さに免じてこのくらいかな。
(マギー視点での挿入部分もあるのが割とよかった。宮部みゆきみたいにまるまる犬視点でないことも良い)

巻末解説で北上次郎氏が、犬の出てくる翻訳小説ベスト10を挙げているのだけど・・・1冊も読んだことない!
(さすがに北上氏だけあって、「バスガヴィルの犬」なんて選択はされてなかった・・・)
ちなみに、番外として国内小説で挙げているのが、西村寿行の「老人と狩りをしない猟犬物語」と乃南アサの「凍える牙」なのだが、前者は未読なので近いうちに読んでみよう。


No.1595 6点 ポイズンドーター・ホーリーマザー
湊かなえ
(2020/07/27 21:16登録)
作者らしい「イヤミス」だらけの短編集。
ラスト2編のみ繋がりのある連作形式で最終編のみ今回書下ろし。
2016年発表。

①「マイディアレスト」=「姉と妹」が永遠のライバルとはよく聞くが、親に可愛がられない「姉」と可愛がられる「妹」、未婚の「姉」と結婚し子供が生まれる「妹」。最後は・・・最悪の事態に!
②「ベストフレンド」=『自分こそセンスと能力がある!』という勘違い。イタイ! これもよく聞く話だ。特に作家になろうなんていう人なら尚更なぁ。でもやっぱり最終的には男の「妬み」の方が深いということか?
③「罪深き女」=これは嫌らしいなぁ・・・。作者の「嫌らしさ」が滲み出ている。こういう『無償の愛』みたいな感情って結局は自分への愛情の裏返しというか反射心というか、まさに「罪深い」!ってことだろう。
④「優しい人」=当然普通にいう「優しい」ではない。こんなこと、よくあるんだろうなっていう男と女。女は自分の価値を高めるために男を選ぶし、自分に見合わないと思えば軽んじる・・・まぁ人生そんなもんだ。(なんだそりゃ?)
⑤「ポイズンドーター」=作中ではどちらかというと“ポイズンマザー”のストーリーがメイン。いわゆる「毒親」だ。それがどういうタイミングで「毒娘」になるのか? まぁ親が子を支配するという構図は昨今珍しくもないのだが・・・
⑥「ホーリーマザー」=⑤からの流れで別の人物の視点で事件が語られることになる。いやぁー親って何なんでしょうね、子って何なんでしょうねぇ・・・と思わずにいられない。

以上6編。
久々に作者の「毒」が満載された作品を読んだ。
設定自体はよくある、そこら辺に転がっていそうな話なのだ。でもそれが作者の手にかかると、金曜日22時からの地上波ドラマみたいなまとまりのある作品に仕上がってしまう。
この当たりはさすがに売れっ子作家だね。

でも、子を持つ親にとってはやはり気になってしまう。「親」だって昔は「子供」だったんだから、子供の気持ちも分かるはずなのになぁ・・・。目線が上がると見えない世界なのかな、子供の世界は。
一読の価値は十分あるでしょう。


No.1594 5点 スマホを落としただけなのに
志駕晃
(2020/07/27 21:14登録)
たまにはこういうはやり物(?)でも読んでみようかということで・・・本作。
第15回このミステリーがすごい大賞の最終選考作品。映画もすでに続編が!(何で?)
2017年の発表。

~麻美の彼氏の富田がタクシーの中でスマホを落としたことが、すべての始まりだった。拾い主の男はスマホを返却するが、男の正体は狡猾なハッカー。麻美を気に入った男は、麻美の人間関係を監視し始める。セキュリティを丸裸にされた富田のスマホが、身近なSNSを介して麻美を陥れる凶器へと変わっていく。一方、神奈川の山中では身元不明の女性の死体がつぎつぎと発見され・・・~

これだったら、このミス大賞応募時のタイトル=「パスワード」の方がよかったな。
とにかく「パスワード」である。
今どきスマホのロックを「1111」とか誕生日で設定している奴なんているっていう設定がビックリ。
本作でも、スマホのセキュリティロックを外されたばっかりに、フェイスブックを乗っ取られるは、ヌード写真を盗まれるは、とにかくエライ事態に陥ることになる。
考えてみたら、なんて脆弱なセキュリティなんだろう。
確かに日常の我々の生活の中で、あらゆる個人情報が今やスマホの内部に握られていることになる。

それがどうだ!
ちょっとした失敗でスマホを落としただけで、考えられる限りの不幸の連鎖・・・
いやぁー怖い、怖い。
考え直さなければならないな。いろいろと。

いやいや、前置きが長くなりすぎた。
「面白い」or「面白くない」でいえば、「面白い」に旗を揚げる。
もちろん瑕疵は満載。プロットも上滑り感タップリ。
でもまぁ、こういうのもアリかなと思う。


No.1593 6点 七番目の仮説
ポール・アルテ
(2020/07/12 18:49登録)
P.アルテと言えば「ツイスト博士」シリーズということで、「第四の扉」から数えて七番目の長編。
(というわけで「七番目の仮説」なのか?)
2008年の発表。

~ペストだ! その一言に下宿屋の老夫妻は戦慄した。病に苦しむ下宿人の生年を囲んでいるのは、中世風の異様な衣装に身を包んだ三人の医師。担架で患者を搬出すべく一行が狭い廊下に入ったとたん、肝心の患者が煙のように消え失せた! 数刻後巡回中の巡査がまたしても異様な姿の人物に遭遇する。言われるままに路地に置かれたごみ缶の蓋を取ると、そこにはなんと・・・~

うーん。一言でいうなら「プロット倒れ」なのかな?
いわゆる「つかみ」は素晴らしい。紹介文のとおり、異様な姿をした三人の医師の登場に端を発し、下宿屋での人間消失と巡回中の警官の前での死体の出現。
これからどんな目くるめく展開が待ち受けるのか、いやが上でも期待は高まった。

ただ、ここからの展開がどうにも・・・紆余曲折というべきか、モヤモヤしているというべきか。
肝心の人間消失のトリックもなぁーこんなことを切羽詰まった局面で一瞬で実行すること自体かなり無理があるし、生身の人間とこれを見間違うとは、そこまで人間の目は節穴ではない!
(「死体の出現」も相当ご都合主義だが・・・。これを誤認させられる警官も可哀想)

話を元に戻して、このプロットなのだが、やっぱりフーダニットをあまりにも犠牲にしすぎてる気がする。
前半段階で真犯人候補がほぼふたりのどっちかになるんだから・・・そこで本格ミステリーの醍醐味は削られていることになる。
動機もなぁー。最後まで引っ張るほどのものではなかったと思う。
うん。やっぱり「プロット倒れ」というのが本作に対して最もフィットする表現。
苦心の跡は伺えるだけに惜しい(のかもしれない)。
(作中のツイスト博士のセリフ『われわれが目にしているのはまったくピースが合わないジグゾーパズルみたいなものだ。』これが言い得て妙。)

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