nukkamさんの登録情報 | |
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平均点:5.44点 | 書評数:2864件 |
No.964 | 8点 | 加田伶太郎全集 福永武彦 |
(2016/01/14 08:53登録) (ネタバレなしです) もともとは純文学作家の松本清張の成功例に刺激されたのか、純文学作家がミステリーに手を染めるケースが1950年代後半以降に増えたように思います。そういう人たちが書いたから社会派推理小説だったのか、社会派推理小説の人気絶頂期だったから社会派推理小説を書いたのかはわかりませんが福永武彦(1918-1979)はその中では異色の存在で、1956年から1962年にかけて8作の短編を発表しましたが全て伊丹英典を探偵役にした本格派推理小説でした。理由は単純に本格派が好きだからというもので、本格派好きの自分としては思わず「やった~」と喝采したくなります。作者は「余技で書いた」と主張していますが、魅力的な謎と充実の推理だけでなく、「完全犯罪」の推理合戦、「温室事件」の犯人との心理かけひき、「眠りの誘惑」のスリラー演出、「湖畔事件」のユーモラスな展開とちょっと不気味な締め括りと創意工夫に溢れた逸品ぞろいです。これだけしか書かなかったのが本当に残念です。ちなみに加田伶太郎とは作中人物ではなく、本書を発表した時のペンネームです(タレダロウカのアナグラム)。 |
No.963 | 6点 | 犯罪の場 飛鳥高 |
(2016/01/13 20:19登録) (ネタバレなしです) 100歳の誕生日まであと約1週間で大往生した飛鳥高(あすかたかし)(1921-2021)は建築技師が本業でミステリー作品は多くありませんがかなりの実力者だと思います。大学の実験室で大学院生が怪奇な死に方をした「犯罪の場」、密室状態の住宅試作品の中で死体が発見される「二粒の真珠」、死体の上に人形が重なっていた「犠牲者」など1947年から1958年にかけて発表された短編6作を収めて1959年に出版された第1短編集は本格派推理小説系の作品が多いです(第2短編集の「黒い眠り」(1960年)は逆にサスペンス小説系が多いです)。「犯罪の場」や「二粒の真珠」のトリックは非常に印象的でこの作者がトリックメーカーと評価されたのも納得できますが、それは一面にしか過ぎないと思います。短編ゆえに限界はあるものの動機にも工夫を凝らしており、時には人間ドラマの方で強い印象を残しています。本格派推理小説と社会派推理小説のジャンルミックス的な作品を書いていたのは当時としては先進的な作家だったと思います。 |
No.962 | 6点 | 逆さの骨 ジム・ケリー |
(2016/01/13 19:59登録) (ネタバレなしです) 2005年発表のフィリップ・ドライデンシリーズ第3作の本格派推理小説です。このシリーズならではの過去の事件と現代の事件の謎解きを扱っていますが、あのスタンリー・ハイランドの「国会議事堂の死体」(1958年)を連想させるような思い切ったひねりがあってびっくりしました。もっともハイランドと比べると安直な手段でどんでん返しをしたという感じもしますけど。植物状態だったフィリップの妻ローラが回復の兆しを見せているだけでなく、フィリップの捜査に意外な形で力を貸しているのにも注目です。しかしこれで夫婦生活が幸福な方向に舵取りされたわけではなく、まだまだ紆余曲折がありそうです。 |
No.961 | 6点 | 密室蒐集家 大山誠一郎 |
(2016/01/13 19:47登録) (ネタバレなしです) 1937年に女学校の音楽室で教師が撃たれて死んだ「柳の園」から2001年に周囲を雪で覆われ、被害者以外の足跡のない状況で起きた殺人事件の「佳也子の屋根に雪ふりつむ」まで5つの時代で起こった不可能犯罪を密室蒐集家が解決する短編5作を集めて2012年に出版された短編集です。この探偵役、名前も素性も不詳の上に70年近い時代差で登場しながら年をとっていないという不思議な人物で、やはり時代を超越しているエドワード・D・ホックのシリーズ探偵サイモン・アーク(自称2000才)を連想しました。王道的な本格派推理小説の短編集ですが、推理のための手掛かりとして最も重視されるであろう動機、機会、手段の内、機会と手段に的を絞っており、そのため犯人の正体は往々にして動機が隠されたままで指摘されるので意外ではあっても読者に対してアンフェアではと指摘することは可能だと思います(「理由ありの密室」は例外的に動機が事前に提示されます)。しかし本書の場合は不可能犯罪の謎をアピールすることを第一にしているので、一概にそれを弱点とも言えないと思います。偶然に助けられたようなトリックもありますが、不可能が可能になった時の謎解きのカタルシスは十分に得られます。 |
No.960 | 4点 | チーズ・フォンデュと死の財宝 エイヴリー・エイムズ |
(2016/01/11 04:36登録) (ネタバレなしです) 2011年発表のシャーロット・ベセットシリーズ第2作のコージー派ミステリーです。事件が起きるまではなかなか好調です。古典的な本格派推理小説に出てきそうな城館風のワイナリーを舞台にして、ゲームの最中に起こった殺人という発端も魅力的です。しかしその後は事件に関係なさそうな人間関係まで丁寧に描いているのがあだとなってミステリーとしてはリズムが悪くなってしまい、散漫な謎解きにしか感じられませんでした。推理も論理的でなく場当たり的で好都合的な解決です。 |
No.959 | 5点 | 唄う海賊団 シャーロット・マクラウド |
(2016/01/11 04:25登録) (ネタバレなしです) 1985年発表のセーラ・ケリングシリーズ第6作です。殺人もありますが泥棒は小さくてもっと値打ちのある絵ではなく、単独では動かせないような大きな絵をなぜ選んだのかというのが本書の1番魅力的な謎ではないでしょうか。一応はその理由は説明されますが説得力は弱いように思います(小さな絵の方が泥棒には色々な面で有利としか思えない)。謎解きは粗いし、最後のロマンスも唐突過ぎです。それにしても殺人であることを確認するためにセーラたちがすごいものをチェックしていたのが衝撃的でした。これはコージー派の常識を超えています。あと本書で登場しているエマ・ケリングは作者のお気に入りキャラになったのでしょうか、後に「ボカパック島の黒い鞄」(1989年)では主役に抜擢されています。 |
No.958 | 6点 | ヴァルカン劇場の夜 ナイオ・マーシュ |
(2016/01/11 04:07登録) (ネタバレなしです) 1951年発表のロデリック・アレンシリーズ第16作の本格派推理小説です。作中で過去の自作のネタバレをしてしまう悪癖を持つ作者ですが、本書でも中編「出口はわかっている」(1946年)のトリックが紹介されています。犯人名こそ明かしてはいませんがまだ未読の読者にとってはかなりのヒントになってしまうでしょう。もっとも本書の場合はこの引用が謎解きプロットの中で重要な役割を果たしているので一概に非難できないところもありますが。劇場や舞台稽古の描写が他の作家の追随を許さないところはこの作者ならでは。その分前半がミステリーらしさが希薄に感じられるところもありますが後半は盛り返し、派手ではないけど劇的に計算された締めくくりを楽しめました。 |
No.957 | 5点 | 仮題・中学殺人事件 辻真先 |
(2016/01/11 03:50登録) (ネタバレなしです) 辻真先(1932年生まれ)は1500本を超すアニメ脚本を書いたことでも有名ですが、ミステリーも300作以上書いています。1972年発表の本書がミステリー長編第1作でスーパー(可能キリコ)&ポテト(牧薩次)シリーズの第1作でもある本格派推理小説です。青少年向けとして書かれ、軽妙な会話、連作短編スタイルの構成、そして創元推理文庫版で200ページの短さではあるのですが油断のならぬ大胆な仕掛けがあります。アリバイ崩しや密室の謎、青少年向けとは思えぬ苦い結末、更には「読者が犯人」という当時としては前衛的なアイデアまであるのです(これ、作品の冒頭で宣言されていますのでネタバレではありません)。まあこの「読者が犯人」というミステリーマニア向けというべき仕掛けについては評価が分かれるでしょう。個人的にはこじつけっぽく感じましたが、これを青少年向けのミステリーで披露したチャレンジ精神は勇敢だと思います。 |
No.956 | 4点 | 凄愴圏 森村誠一 |
(2016/01/11 03:22登録) (ネタバレなしです) 1980年に発表された新本格推理三部作の最終作ですが、三部作のトリを意識して読む必要はないように思います。角川文庫版の巻末解説では「三部作の互いに関連してつながっている物語の構成の巧みさ」と紹介され、確かに本書の終盤では「太陽黒点」(1980年)の引用が見られますがこれだけでは連作としては弱く、他の三部作を読んでなくても鑑賞に支障はありません。同じ巻末解説では本書をサスペンス小説と評価していましたが個人的には前半がサスペンス小説、後半が警察小説のジャンルミックス型、いずれにしても「本格」要素は皆無に近く、三部作全部読んでも本格派らしさを感じたのが「空洞星雲」(1980年)のみというのでは「新本格推理」の看板は外した方がいいのではと思います。それにしても誘拐、婦女暴行、麻薬などの卑しい犯罪、非情な結末のプロットと、ハードボイルド向きのネタが満載で、そっち路線を突き進んだ方がよかったのでは。 |
No.955 | 5点 | 真夜中に涙する太陽 笹沢左保 |
(2016/01/11 00:30登録) (ネタバレなしです) 350冊を超す著作がありながら作者自身を作中に登場させたのは1987年発表の本格派推理小説である本書のみというのは意外でした。それにしても女性の尻をさわる悪癖描写は本人はユーモアのつもりなんでしょうけど男性の私が読んでも感心できなかったです(笑)。プロットのアイデアは結構面白いと思いますが、そのアイデアを十分活かしきれていないような気がします。ほとんど出ずっぱりの笹沢が部外者的立場であることと、もう一人の主役たるべき後輩作家の大野木の描写が少な過ぎるので臨場感や緊張感が足りません。 |
No.954 | 5点 | 殺人協奏曲ホ短調 由良三郎 |
(2016/01/10 02:57登録) (ネタバレなしです) 1985年発表の長編第3作で結城鉄平シリーズ第2作の本格派推理小説です。シリーズ前作の「運命交響曲殺人事件」(1984年)と同じようにクラシック音楽を連想させるタイトルが付いていますが、本書ではクラシック音楽とは別ジャンルの音楽がプロットに絡んでいます。それ以上に印象的だったのは医学博士である作者ならではのトリックです。このトリックにしろ音楽知識にしろ一般的な読者には敷居が高いのですが、説明は非常に丁寧でわかりやすいです。謎解きのどんでん返しも効果的です。 |
No.953 | 4点 | 数奇にして模型 森博嗣 |
(2016/01/10 02:47登録) (ネタバレなしです) 1998年発表のS&Mシリーズ第9作で講談社文庫版で700ページを超す大作の本格派推理小説です。その巻末解説で森博嗣が1970年代後半に漫画同人誌の編集と、「森むく」というネームで漫画を描いていたことを初めて知りました。本書の舞台背景にはその当時の経験が活かされているそうです(模型とかコスプレとか)。謎解きに関しては不満点が多く、特に動機は異常過ぎて納得できません。その分犯人の異常性描写はなかなかの迫力ですが。萌絵の遠縁にあたる犬御坊安朋の個性も強烈で(読者受けするかは微妙な気もしますけど)、作者が一番力を入れているのは人物描写なのかもしれません。 |
No.952 | 7点 | 戦艦金剛 蒼社廉三 |
(2016/01/09 22:46登録) (ネタバレなしです) 何の予備知識もなければ1967年発表の本書のタイトルからミステリーを期待する読者は少ないでしょう。しかし1942年3月から1944年11月までの第二次世界大戦中の時代を背景に戦艦金剛の砲塔内で起こった殺人事件の謎解きに取り組んだ個性的な本格派推理小説です。軍人精神、反戦活動、そして戦闘場面などの描写にも力が入っており、ミステリーと戦記小説の(非常に珍しい)ジャンルミックスとして成功しています。やはり戦時下の事件を扱った梶龍雄の「透明な季節」(1977年)は戦争の激化描写がややもすると謎解き興味を減退させてしまったのですが本書ではぎりぎりの線でミステリーとして踏みとどまり、終盤の極限状態の中で追い詰められた探偵役(容疑者の1人でもありました)が犯人の正体に気がつく場面の何とスリリングなことでしょう。 |
No.951 | 5点 | 球魂の蹉趺―高校野球殺人事件 左右田謙 |
(2016/01/09 22:18登録) (ネタバレなしです) 「高校野球殺人事件」の副題を持つ1985年発表の本格派推理小説です。殺人事件は中盤近くまで発生しませんが、洗練された文章で読みやすく退屈はしません。しかしこれはというインパクトもなく、読後に残るものがありません。入学を巡る駆け引き、校内恋愛、校内暴力、賭博、そして高校野球など色々な要素を器用に織り込んでいますが物語としてのメリハリがなく平明に過ぎた感があります。探偵役の考えていることを読者に対してオープンにしているのはフェアでありますが、そのため真相が早々と予想がつきやすくなっているのも評価が分かれそうです。 |
No.950 | 4点 | 吸血鬼と精神分析 笠井潔 |
(2016/01/08 10:10登録) (ネタバレなしです) 「オイディプス症候群」(2002年)以来となる2011年発表の矢吹駆シリーズ第6作の本格派推理小説で光文社文庫版で上下巻合わせて1000ページに達する大作です。タイトルにも使われている精神分析、そして宗教に関する知識の説明がとてつもなく多くて読んでて疲れました。それは謎解きとも有機的に関連するのですが、私には専門的過ぎて十分に理解できませんでした。 |
No.949 | 5点 | 赤いランドセル 斎藤澪 |
(2016/01/07 20:24登録) (ネタバレなしです) 1982年発表の長編第2作で、ゴトゴトと動き続けるコインランドリーの乾燥機の中から幼女の死体が発見されるという事件を扱っていますが残虐性や異常性はそれほど強調されていませんし、恐さもそれほど感じませんでした。探偵役であるフリー・ライターの浅見恭介が第2章で「各自が自分の世界に沈んでいる」とコメントしているように、事件が登場人物たちの心に落とした影の描写に作品の特色があります。サスペンス小説としては地味で、本格派推理小説としては最後に明らかになる真相を読者が推理する手掛かりが十分ではなく、謎解きのスリルよりも悲劇性の描写で勝負した作品と言えそうです。 |
No.948 | 7点 | 北アルプス殺人組曲 長井彬 |
(2016/01/06 19:33登録) (ネタバレなしです) 社会派推理小説と本格派推理小説のジャンルミックス型の作品を3作書き上げた長井は1983年発表の本書(長編第4作)でより本格派寄りに舵を切りました(本格派好きの私としては大歓迎です)。登場人物が少なく犯人の意外性で勝負しているミステリーではありませんが、それはさほど問題ではありません。第5章で羅列された9つの謎、アリバイ崩しに密室と充実の謎解きが楽しめます。アマチュア探偵(容疑者でもあります)の使い方も上手く、適度なタイミングで捜査が暗礁に乗り上げたり何者かに襲撃されたりとプロットに起伏があります。トリックも豊富で、ガス中毒未遂事件のようにそんな単純な方法でできるのか疑わしいのもありますけど、意外と手の込んだトリックが使われています。一番釈然としなかったのはあんな簡単に(トリック的に)結婚が成立してしまうこと。本当に可能だったらある意味恐い(笑)。 |
No.947 | 6点 | 生きている痕跡 ハーバート・ブリーン |
(2016/01/06 18:51登録) (ネタバレなしです) ブリーンは「時計は十三を打つ」(1952年)でレイモンド・フレイムシリーズを打ち切り、その後警察小説の「真実の問題」(1956年)を書いたきりでしたがそれから久しぶりの1960年に発表したのが雑誌記者のウィリアム・ディーコンを主人公にした本書です(シリーズ作品としては次の「メリリーの痕跡」(1966年)で終了してしまいますが)。死んでいるはずの人間が生きている?とか、生きているはずの人間が死んでいる?という謎で読者を煙に巻くのが上手い作家となると私はクレイグ・ライスを連想するのですが、ライスほど派手などたばたではないものの本書のツイストの利いたプロット、都会風な洗練さを感じさせる描写、さりげないユーモアはライス好きな読者なら気に入りそうな本格派推理小説です。ハヤカワポケットブック版が半世紀以上前の古い翻訳なので新訳版の登場を望みます。 |
No.946 | 5点 | 伯母の死 C・H・B・キッチン |
(2016/01/06 18:25登録) (ネタバレなしです) イギリスのC・H・B・キッチン(1895-1967)は裕福な家庭出身の上に証券取引などで財産を増やしたおかげでかなり悠々自適な生活をおくったという、何ともうらやましい境遇の作家です。作品数が長編5冊と短編集1冊のみといっても本人にとっては余技程度だったのかもしれません。1929年発表の本書はマルコム・ウォレンシリーズ第1作の本格派推理小説で、「30年後の本格探偵小説のたどりつく姿を示した作品」と極めて高く評価されているようですが、残念ながら私の知能水準では本書の何が時代を先取りしているのか理解できませんでした。主人公のマルコムの1人称形式、しかもマルコムが探偵役であり容疑者でもあるという設定は確かにユニークで、それ以上に珍しさを感じたのがイラスト付きの家系図です。しかし人物描写もストーリー展開も非常に地味です(13章でのマルコムの突拍子もない言動には驚きましたが)。マルコムも色々と推理はしているのですがどこか迷走気味で、解決も唐突感があります。せっかくの家系図も容疑者となる者がほんの一握りでは十分に活用されたとは言えないでしょう。 |
No.945 | 5点 | 護りと裏切り アン・ペリー |
(2016/01/06 13:31登録) (ネタバレなしです) 1992年発表のウィリアム・モンクシリーズ第3作で、創元推理文庫版で上下巻合わせて700ページを超す大作です。モンク、ヘスターに加えて弁護士のオリヴァー・ラスボーンも腕の見せところが多く、3人のチームプレーで解決したと言っていいでしょう。早々と犯行を認めた容疑者をどうやって無罪放免するかというのがメインプロットです。古い時代のミステリーだと真犯人探しになるのが通例ですが、一応その可能性も検討はするものの真の動機は何かを調べることにページの大半を費やしています。しかしそれも中盤あたりでおおよその真相が読者に知らされ、法廷でその真相をいかにして証明するかが後半の山場となります。人間ドラマとしては非常に充実(不快な要素を含むドラマですがよくできていることに間違いなし)していますが、推理要素がほとんどないのが個人的には残念でした。 |