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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2813件

プロフィール| 書評

No.2773 6点 列をなす棺
エドマンド・クリスピン
(2024/07/10 20:52登録)
(ネタバレなしです) 1950年発表のジャーヴァス・フェンシリーズ第7作の本格派推理小説です。論創社版の訳者あとがきで「ファルス要素の少ない異色作」と評価されていると紹介されていますが、終盤にちょっとした活劇場面はあるものの(いくつかの他作品のような)どたばたレベルではないし、ユーモアはほとんど感じられません。トリックも見るべきものがありません。プロット展開も風変わりで、グロリア・スコットと名乗る女性(本名ではない)の自殺事件が起きて(目撃情報から自殺に間違いないとされる)、何が彼女を自殺に追い込んだのかという謎解きが前半の中心を占めています。中盤でハンブルビー警部が事件関係者のクレイン一族を事情聴取する場面はフェンが不在ということもあって地味過ぎます。大きな欠点はないように思いますが他の作品と比べるとこれはという強力な魅力も欠けるように感じました。余談になりますがグロリア・スコットと言う名前で私はコナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズ某短編を連想しましたが、本書の作中ではそれを示唆するような場面はありませんでした。


No.2772 5点 龍の墓
貫井徳郎
(2024/07/09 06:46登録)
(ネタバレなしです) 2023年発表の本格派推理小説です。2つの謎解きプロットが交差する展開ですが、本書の場合は片方がゲーム世界の連続殺人事件の謎解きなのが作品個性になっています。そして現実世界の殺人の方は捜査が進むにつれてこのゲーム殺人の見立て殺人である可能性が高まります。ゲームの謎解きでは何と「読者への挑戦状」が挿入されますが、魔法ありのファンタジー世界なので説得力ある解決かというと微妙なところです。そして現実世界の事件を見立て殺人風にした理由は某国内作家の1950年代の有名本格派推理小説を連想させますが、先人の作品に比べると本書の犯人の計画がどこか短絡的に感じられてしまいます。


No.2771 5点 贖いの血
マシュー・ヘッド
(2024/07/04 22:30登録)
(ネタバレなしです) 米国の美術史研究家であるジョン・キャナディ(1907-1985)は1940年代から1950年代にかけてマシュー・ヘッド名義で7冊のミステリーを発表しました。4作がアフリカを舞台にしたメアリー・フィニー博士シリーズ、3作が非シリーズ作品です。1943年発表の本書がミステリーデビュー作となる本格派推理小説です。広大な土地に数々の建物を構える大富豪の女性と彼女を取り巻く人間たちを丁寧に描いています。英語原題が「Smell of Money」、直訳すれば「金の匂い」ということで金銭目当てのドラマを意識したのかもしれませんが、親族以外の人間と大富豪がどういう人間関係なのかをちゃんと説明していないのでドラマとしては中途半端な感じがします。死体発見場面はそこそこ派手な演出ですがそれ以外は地味です。「醜聞」というタイトルが付く15章、16章あたりからようやくミステリーとして盛り上がり、主人公が犯人に推理を披露して真相を明かすところは本格派風ですが、むしろその後のまさかの展開の方が記憶に残ります。


No.2770 6点 案山子の村の殺人
楠谷佑
(2024/07/03 11:58登録)
(ネタバレなしです) 2023年発表の本格派推理小説で、2度に渡って「読者への挑戦状」が挿入されるなど正統派のパズルミステリーです。文学性を求める読者にはお勧めしません。舞台を雪で閉ざされた村という古典的設定にしていますが通信手段は確保されていますし時代に取り残されたような描写もありません。村の地図は欲しかったですけど。主人公が従兄弟関係のコンビ推理小説家というのがエラリー・クイーンを連想させます。死体の周囲に犯人の足跡がないという不可能犯罪を扱っていますが、演出は地味でトリックも大掛かりなものではありません。サスペンスは乏しいし特別な何かというのも感じませんでしたが、ある前提のひっくり返し方は印象的でしたし論理重視の謎解き推理を楽しめました。


No.2769 5点 もの言えぬ証人
アガサ・クリスティー
(2024/07/02 11:52登録)
(ネタバレなしです) 1937年発表のエルキュール・ポアロシリーズ第14作の本格派推理小説です。このシリーズは長編33作が書かれましたがクリスティ再読さんのご講評で紹介されているようにヘイスティングス大尉の登場は本書以降は最終作の「カーテン」(1975年)までありません。お馬鹿なワトソン役を使い続けるのが難しくなってきたのかもしれません。本書の次にはあの「ナイルに死す」(1937年)が発表されましたが、対照的と言っていいほど本書は地味です。物議を醸す遺言書に対して利害関係者の反応の直接描写がないし、死亡事件はなかなか他殺と確定しないし(医者は病死と判断)、ポアロが容疑者たちと会話するのはやっと中盤からととにかく盛り上がりません。推理も心理分析がほとんどで説得力が強いとは言えません。多くの方がご指摘されているように第18章で過去作品の犯人名をネタバレしていたのには驚きました(作品名は明かしていませんけど)。その衝撃だけが記憶に残りそうな作品です。


No.2768 5点 美奈の殺人
太田忠司
(2024/06/26 23:18登録)
(ネタバレなしです) 1990年発表の本書が作者にとって長編ミステリー第2作であり殺人三部作の第2作でもあります。三部作といっても前作の「僕の殺人」(1990年)とは主人公が異なっており、読む順番はどちらからでも構いません。新本格派推理小説の新人作家、新作品が次々と登場する中、本書も「新本格推理」として出版されていますが巻末の「あとがき」で作者は「自分の書きたいことだけを書かせてもらった。結果としてあまり本格ミステリらしくない作品に仕上がったことは否めない」とコメントしています。推理による謎解きもありますが、自白による謎解きもかなり多いところは本格派としては物足りなく感じる読者もいるかもしれません。巻き込まれ型サスペンス、そしてハードボイルドの要素を含んだジャンルミックス型です。主人公も彼が出会った美奈も17歳の設定ですけど年齢を感じさせる場面がほとんどなく、青春小説を期待しない方がいいと思います。謎解きの面白さよりも事件の悲劇性に焦点を当てたような作品でした。


No.2767 5点 船から消えた男
F・W・クロフツ
(2024/06/20 00:00登録)
(ネタバレなしです) 1936年発表のフレンチシリーズ第15作の本格派推理小説です。北アイルランドのベルファストからリバプールへ向かう船から船客が行方不明になります。事件の背景に巨万の富を期待させる発明を巡っての商談が絡む可能性があるところはクロフツならではです。まあそういうビジネス系ネタがミステリーファンの関心を引くかについては微妙なところではありますけど。ロンドンの事件でないためフレンチの活動が目立たないうちにある容疑者が逮捕され、何と裁判にまでもつれ込みます。そこから終盤の大逆転劇が用意されているのですが、レッドキングさんのご講評で指摘されているように裁判で示された証拠や証言では有罪判決には不十分で、鮮やかな逆転とは感じませんでした。あと真相を知ると殺人にまで至らなくてもよかったのではという気もします。余談ですがフレンチが「マギル卿最後の旅」(1930年)で一緒に捜査したマクラング部長刑事と再会して昔を回想するのはいいのですが、第21章で犯人の名前をネタバレしてしまっているのはやり過ぎでしょう。まだ「マギル卿最後の旅」を未読の読者には本書を後回しにすることを勧めます。


No.2766 5点 ワインレッドの追跡者
アリソン・モントクレア
(2024/06/18 08:33登録)
(ネタバレなしです) 2022年発表のアイリス・スパークス&グウェンドリン(グウェン)・ベインブリッジシリーズ第4作で、英語原題は「The Unkept Woman」です。思わぬ事態でアイリスがグウェンの家に身を寄せることになり、その間に自宅では謎の女性の死体が発見されます。英国情報部と縁を切っているアイリスですが、これぞ腐れ縁というのか今回の事件はこれまでの作品で最もスパイ・スリラー色が濃く、被害者も容疑者も素性からして謎めいた人物だらけです(アイリスだって過去の全てをグウェンに語っていません)。このシリーズが本格派推理小説要素がどんどん後退していくのは個人的には残念ですが、作風にこだわりなく面白ければよいという読者なら楽しめる内容だと思います。


No.2765 4点 分類項目:殺人
サラ・レイシー
(2024/06/15 18:52登録)
(ネタバレなしです) 1990年に作家デビューした英国のケイ・ミッチェル(1941年生まれ)は1998年までにミッチェル名義でモリッセー主任警部シリーズを5作、サラ・レイシー名義で税務調査官リーア・ハンターシリーズ5作を発表しましたがそれ以降は活躍していないようです。森英俊編著の「世界ミステリ作家辞典『本格派編』」(1998年)ではモリッセー主任警部シリーズによさげな本格派推理小説がありそうに紹介されていますが、1992年発表のリーア・ハンターシリーズ第1作である本書は(個人的には残念ながら)本格派要素はあまりありません。突然の雨をしのぐために美術館へ飛び込んだリーアと偶然話し相手になった男性が美術館の外へ出た途端に倒れて死んでしまいます。警察の制止を無視するかのように事件を調べていくリーアは何度も襲撃を受けますが、ドライで洗練された文章で描かれているためかサスペンスはいまひとつです。「すべての断片があるべき場所にひとつずつ収まっていくのがわかったのだ」と本格派の謎解きを期待させるところもありますがきちんとした推理説明がないままに事件の秘密にたどり着いています。襲撃者(たち?)が黒幕の手先っぽいなど組織犯罪色が濃く、28章でリーアが株主リストで発見した重要人物が登場人物リストに載っていないというのも本格派好きの私には合わない作品でした。文章が読み易いのと税務調査官を主人公にしながらも敷居が高すぎないのはよいのですが。


No.2764 6点 天啓の殺意
中町信
(2024/06/02 17:41登録)
(ネタバレなしです) 1982年に「散歩する死者」というタイトルで発表された本格派推理小説で、私は作者の晩年に改題改訂された創元推理文庫版(2005年)で読みました。この時期の作者は読者を騙す技巧を凝らした作品が多い印象がありますが本書もその典型で、「模倣の殺意」(1973年)に匹敵すると思います。犯人の細工があまりにも手が込んでいて不自然感がないわけではありませんが、謎解きにこだわりぬいた本書の場合はそれも大きな弱点には感じませんでした。リアリティを重視した社会派推理小説の方がお好みの読者にはお勧めはできませんけど。


No.2763 6点 竜王氏の不吉な旅 「三番館」全集第1巻
鮎川哲也
(2024/06/01 23:42登録)
(ネタバレなしです) 名無しの弁護士からの依頼、名無しの私立探偵の捜査、名無しのバーテンの謎解き推理と3人もの名無し人物が登場するのを特徴として1972年から1991年にかけて全部で36作の短編が書かれた三番館シリーズ、短編集としては複数の出版社から1974年から1992年にかけて6つの短編集が出版されたのが最初です。但し「竜王氏の不吉な旅」(1972年)という短編は長編化の構想があったためかこの短編集には収められませんでした。完全全集としては全3巻の出版芸術社版(2003年)と全6巻の創元推理文庫版(2003年)が最初です。私は3番目の全集である全4巻の光文社文庫版で読みました。この光文社文庫版は作品発表順に収めているのを売りにしています。第1短編集にあたる本書(2022年)は「春の驟雨」(1972年)から「サムソンの犯罪」(1974年)までの6作を収めています。初期作品ゆえか構成や規模がばらばらで(個性的とも言えます)、「新ファントム・レディ」(1972年)は100ページ超え、「白い手黒い手」(1973年)も90ページ近くと中編サイズです。真犯人は誰かよりもどのように別の人物を偽犯人に仕立てたのかの(トリックの)謎解きに重点を置いた作品など本格派推理小説としてはやや型破りなものが多いです。最後の一行でトリックの全貌を明かすのに成功した「竜王氏の不吉な旅」が個人的には1番印象に残りました。


No.2762 5点 古本屋探偵登場: 古本屋探偵の事件簿
紀田順一郎
(2024/06/01 23:03登録)
(ネタバレなしです) 紀田順一郎(1934年生まれ)は評論家として名高く、1960年代から2010年代の長きに渡って活躍していますが数は多くないながらミステリー小説も書いています。代表作とされるのが長編1作と中編3作が書かれた須藤康平シリーズの本格派推理小説です。須藤は神保町で古書店を営みながら古本を探す依頼を引き受ける探偵という設定です。私が読んだ本書はシリーズ中編3作を収めた創元推理文庫版(2023年)で、同じタイトルの文春文庫版(1985年)は「殺意の収集」(1982年)と「書鬼」(1982年)の2作のみですのでご注意を。シリーズ最初の作品である「殺意の収集」は当初は非ミステリー作品として着手されたそうですが、消えた珍本の謎解きに挑んだ1番本格派らしいプロットの作品です。しかし古書界や愛書家心理をたっぷり描いたという点で「書鬼」と「無用の人」(1983年)の方がより作品個性を発揮しているように思います。


No.2761 6点 キャンティとコカコーラ
シャルル・エクスブライヤ
(2024/05/31 03:51登録)
(ネタバレなしです) 1965年発表のロメオ・タルキニーニシリーズ第3作となるユーモア本格派推理小説です。「チューインガムとスパゲッティ」(1960年)を連想させるタイトルで実質的に後日談的な要素を持っています(前作ネタバレはありません)。「チューインガムとスパゲッティ」ではイタリアのヴェローナを訪問したアメリカ人のリーコックがタルキニーニを筆頭にヴェローナの人々との人生観の違いに翻弄されていましたが、本書ではタルキニーニにリーコックの故郷であるアメリカのボストンを訪問させて保守的で厳格な人々と対峙させています。良かれと思ってしたことが裏目に出て落ち込むという珍しい場面もありますがタルキニーニの主義主張はぶれません。初めはよそよそしかったけどタルキニーニに感化されて味方が増えていくプロットが楽しいです。謎解きも感覚に頼った推理が目立つものの、これまでのシリーズ作品では1番しっかりしているように思います。


No.2760 5点 鷺の舞殺人事件
鳥羽亮
(2024/05/27 00:56登録)
(ネタバレなしです) 1995年発表の探偵事務所シリーズ第2作の本格派推理小説です。9名の人物に9種類の殺人方法のメッセージが書かれた歌舞伎の鷺娘の写真が送られ、その殺人方法の通りに事件が連続するという派手な設定は本格派というよりスリラー小説に近いです。但し中盤まで被害者たち・容疑者たちの直接描写が非常に少ないため、どこか遠くの世界の事件のように感じられてサスペンスが案外と盛り上がらないのはエラリー・クイーンの「九尾の猫」(1949年)を連想させます。終盤はサスペンスが一気に増して第六幕で室生の謎解き推理によって解決ですが、上手いトリックの紹介がある一方で証拠もなしに強引な説明が気になるところもありました。


No.2759 5点 ゴア大佐の推理
リン・ブロック
(2024/05/26 02:46登録)
(ネタバレなしです) アイルランド人ですが第一次世界大戦では英国軍に在籍し戦後は英国に定住したリン・ブロック(1877-1943)は戦前から劇作家として活躍していましたが、戦後は小説にも手を染めるようになりました。非ミステリー作品もありますがミステリー作品ではゴア大佐シリーズ(全7作)の本格派推理小説が有名です。1924年発表の本書がそのシリーズ第1作で、退役軍人で探検家であるゴアが旧友たちと9年ぶりに再会して怪死事件に巻き込まれます。ゴアが何を考えているかを読者に隠さないのが意外でしたが、感情の起伏はほとんど描かれません。捜査も丁寧に描かれてはいるのですが推理はかなり空想的で(ヴァン・ダインは弁証的方法と評価していますけど)、せっかく集めている証言や証拠を活かしきれていないように感じました。11章や27章ではグラフまで用意しているのですけど何を意味しているのか理解できません。同じ本格派でも同年発表のフィリップ・マクドナルドの「鑢(やすり)」の読者へのフェアプレーと論理性を重視した謎解きと比べると説明説得力が足りないと思います。


No.2758 5点 四月の橋
小島正樹
(2024/05/21 04:45登録)
(ネタバレなしです) 2010年発表の那珂邦彦シリーズ第2作の本格派推理小説ですが、シリーズ前作の「武家屋敷の殺人」(2009年)とは随分と作風が変わった印象を受けました。派手な謎は全くなく、人間ドラマ要素を重視していて異色作と感じる読者も多いと思います。後半になって何人かの人物のキャラクターががらりと変わるような仕掛けがあったのが印象的でした。那珂邦彦の登場場面が非常に少なく主人公の弁護士・川路弘太郎のアドバイザー的な役割に留まっていて、やはり人間ドラマ重視型である海老原浩一シリーズの「怨み籠の密室」(2021年)と比べると名探偵役としては物足りなさを感じます。地味ながらも終盤での川を舞台にした演出がなかなか劇的です。


No.2757 5点 大胆なおとり
E・S・ガードナー
(2024/05/17 08:29登録)
(ネタバレなしです) 1957年発表のペリイ・メイスンシリーズ第54作の本格派推理小説です。第15章でポール・ドレイクがメイスンのことを「こんぐらがらせの名人」と評価していますが、本書の場合は真相を知るとメイスンがというよりも事件そのものがこんぐらがっています。空さんがご講評で指摘されているように偶然の要素も強いです。依頼人がどれだけ不利なのか曖昧のまま強引に法廷シーンへ突入しているような感じがあり、解決はそれなりに推理が披露されてまあすっきりできましたがこの作者にしては前半のテンポが遅すぎです。


No.2756 5点 殺しはアブラカダブラ
ピーター・ラヴゼイ
(2024/05/12 21:56登録)
(ネタバレなしです) 1972年発表のクリッブ巡査部長&サッカレイ巡査シリーズ第3作の歴史本格派推理小説で、ハヤカワポケットブック版の風見潤による巻末解説では作中時代は1881年頃となっています。ミュージック・ホールを舞台にして次々に芸人たちがトラブルに見舞われるという事件を扱っています。描写説明が雑然としているのか回りくどいのか何とも言えませんが何が起きているのかわかりづらいのが難点で、kanamoriさんのご講評で指摘されているようにどたばたぶりが伝わって来ません。巨匠ジョン・ディクスン・カーならさぞ読み応えある展開にできたのではと想像します。12章でクリッブが経緯を整理して上司に報告しているので何とか話の流れについていけましたけど。謎解きもなかなか盛り上がりませんが、クリッブが「冷厳な論理」と推理した動機が印象的でした。


No.2755 4点 退職刑事6
都筑道夫
(2024/05/01 08:30登録)
(ネタバレなしです) 1990年から1995年にかけて発表された退職刑事シリーズの短編8作を収めて1996年に出版された第6短編集でシリーズ最終作となりました。なお徳間文庫版のタイトルは「退職刑事5⃣」です。私は創元推理文庫版で読みましたが、巻末に作者あとがきと西澤保彦による巻末解説が付いています。これを読むと本格派推理小説としてしっかりした謎解きの作品が読めたのは「退職刑事3」(1982年)あたりまでと評価されていて、個人的に私もそう思います。本書の作品も論理性を感じさせない思いつき程度の推理で強引に解決しているような作品が多いです。作者が「思いきり、でたらめな作品が書きたくなった」という動機で書いた「拳銃と毒薬」(1993年)は衝撃度ではナンバーワンですが、あまりに型破り過ぎて拒否反応する読者の方が多いと思います。


No.2754 5点 スリー・カード・マーダー
J・L・ブラックハースト
(2024/04/27 05:29登録)
(ネタバレなしです) 2010年代に心理サスペンス小説家としてデビューした英国の女性作家ジェニー・ブラックハーストが別名義で(といっても大きい違いはない名前ですが)2023年に発表した新シリーズ作品で(本国で「The Impossible Crimes」と紹介されています)、創元推理文庫版巻末の作者の謝辞では「《奇術探偵ジョナサン・クリーク》ミーツ《華麗なるペテン師たち》のような、やりたい放題のとても愉快な密室もの」と紹介されています。もっとも「愉快な」といってもユーモア・ミステリーではありませんが。主人公である姉妹のやり取りの中で詐欺師の妹セアラが警部補(但し警察習慣的に警部と名乗ります)の姉テスをからかう場面もありますけど全般的にはとげとげしくダークな雰囲気で、ちょっとハードボイルド風でもあります。被害者が姉妹の過去に因縁のある人物らしいのですが、どういう因縁なのかが小出しに読者に情報が与えられる展開なのは評価が分かれそうです。密室トリックについては様々な推理が飛び交い、特に第一の事件のトリックは綱渡り的ながらも状況証拠と辻褄が合うように謎解きされていて感心しましたが、一方で犯人当てとしては読者が推理しようもない真相になっており、本格派推理小説としてはやや型破りの作品です。

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