home

ミステリの祭典

login
nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2757件

プロフィール| 書評

No.2717 5点 火車と死者
高木彬光
(2024/01/06 16:04登録)
(ネタバレなしです) 1959年発表の神津恭介シリーズ第10作の本格派推理小説で、短編「火車立ちぬ」(1958年)を長編化した作品です(短編版は「神津恭介の回想」(1996年)で読めます)。鴉、猫、狐が力をあわせて死体をあやつり人形のように動かすという火車伝説を死体なき殺人事件に絡めていますが、当時全盛期だった社会派推理小説の影響でしょうか派手な演出は抑制され、地道に事件関係者の身辺調査が長々と続く展開のためオカルト演出は上滑り気味です。エラリー・クイーンの某作品を連想させる仕掛けはアイデアとして悪くありませんが、空さんのご講評で指摘されているようにその仕掛けの成立のために偶然を多用しているところも気になります。


No.2716 7点 アゼイ・メイヨと三つの事件
P・A・テイラー
(2023/12/30 00:31登録)
(ネタバレなしです) アゼイ・メイヨシリーズの中編集は2冊が発表されていますが1942年発表の本書が第1中編集で、「ヘッドエイカー事件」(1941年)、「ワンダーバード事件」(1939年)、「白鳥ボート事件」(1942年)の3作が収められています。筆致は軽快でユーモアもたっぷりですが、漫然と読んでいくと複雑なストーリー展開に置いてきぼりを食らいかねません。せめて登場人物リストは作っておくことを勧めます。長編作品に引けを取らない充実の謎解きプロットの本格派推理小説が揃っていますが個人的ベストは「ワンダーバード事件」。いつの間にかトレーラーが別のトレーラーに代わった上にそのトレーラーから見知らぬ男の死体が発見されるという風変わりな事件で、巧妙なミスリーディングと論理的なアゼイの推理が見事です。まさかのトリックの「ヘッドエイカー事件」といとこのジェニー・メイヨとのはじけた会話が楽しい「白鳥ボート事件」も面白く読めました。


No.2715 6点 金田一耕助の冒険
横溝正史
(2023/12/28 09:34登録)
(ネタバレなしです) 1957年から1958年にかけて雑誌に発表された「女」というタイトルのつく金田一耕助シリーズの本格派推理小説を集めた短編集です。当初は6作を収めた「金田一耕助事件簿」(1959年)が、後には7作を収めた「金田一耕助の謎」(1975年)が出版されていますが、私は11作を収めた本書(角川文庫版)(1976年)で読みました。巻末解説によるとその11作以外にも「女」タイトル短編がいくつかありますがそれらは改訂されて長編作品になったようなので、最終版作品のみで構成されている角川文庫版で十分だと思います(ちなみに改訂長編化される前の「女」作品も「金田一耕助の帰還」(1996年)で読めるようです(私は未読))。1作を除いて金田一が氏名不詳の「記録者」に真相を説明する形式を採用していて連作短編集を意識したようなところがあります。読者のための推理データは十分とはいえず、既視感のあるトリックもありますが(某海外本格派からの拝借では?)、作品の出来栄えはほぼ均等で気楽に読めました。その中では動機に唖然とする「鏡の中の女」、犯人当てとしては楽しめませんが心理分析が印象的な「夢の中の女」がお気に入りです。金田一が笑う場面が多いのも印象的でした。


No.2714 5点 ものはためし
A・A・フェア
(2023/12/26 11:36登録)
(ネタバレなしです) 1962年発表のバーサ・クール&ドナルド・ラムシリーズ第23作で本格派推理小説要素の少ないハードボイルドです。若い女性とモーテルに宿泊した依頼人から、そのモーテルで殺人事件が起きたのでドナルドに身代わりとなって警察に出頭して証言してほしいという依頼です。殺人事件の謎解き捜査はほとんど前面に出ませんが、10章や13章でドナルドが想定外のピンチに陥るなどメリハリのついた展開で退屈しない作品です。後半は法廷場面が用意され、弁護士出身のドナルドが検事補を影で支援する場面が読ませどころです。もっともそれと引き換えにドナルドの活躍が目立たなくなってしまった感があり、最終章で事件の真相を説明するのもドナルドではありません。複数の女性にもてる場面の多いドナルドですが本書はそういう場面がありませんけど、代わりに秘書のエルシーとの関係は最も深い仲に進展したような印象を受けます。


No.2713 5点 目撃者 死角と錯覚の谷間
中町信
(2023/12/25 15:54登録)
(ネタバレなしです) 翻訳家の夫・健と時代小説家の妻・千絵の和南城(わなじょう)夫妻シリーズ第1作の本格派推理小説で1994年に発表されました。夫婦間の役割設定は氏家周一郎シリーズに近いですが、本書では千絵の妹・香織が死ぬという設定のためかユーモアは感じられません。地震の落石で死亡したとされる香織は子供の飛び出しを誘ってひき逃げ死亡事故のきっかけになった男(逃亡)とひき逃げ犯の女(逃亡)を目撃しており、夫妻は殺されたと考えてひき逃げ事故の関係者を調べていきます。千絵が感情的になって具体的な根拠もなしに殺人と決めつけるのはまあわかるのですが、それに異を唱えない健は名探偵役としてはどうかなという気もします。とはいえこの作者らしく密室にダイイング・メッセージ、どんでん返しの連続と本格派としてのツボはきっちり抑えた作品です。ダイイング・メッセージの謎解きがなかなか変わっていて、kanamoriさんのご講評でも紹介されているように部屋を暗くすることが被害者の狙いではという推理は興味深かったです。


No.2712 6点 叫びの穴
アーサー・J・リース
(2023/12/24 23:16登録)
(ネタバレなしです) アガサ・クリスティーやF・W・クロフツがデビューした1920年を本格派推理小説黄金時代の幕開けと定義するなら、オーストラリア出身のアーサー・J・リース(1872-1942)は1916年がデビューなのでプレ黄金時代の花形作家と本書の論創社版の巻末解説で紹介されています。最初の2作は他作家との共作のようですが1919年発表の第3作である本書は初の単独執筆作品で、代表作の一つとされています。イギリスの海岸沿いの宿屋に宿泊していた考古学者が殺され、死体は宿の近くの丘にある深い穴で発見されます。同じ宿の若い宿泊客が犯人とみなされますが、私立探偵グラント・コルウィンは疑問を抱いて捜査するプロットです。コルウィンが足の探偵として描かれ、考えていることを読者に隠さないところは後年のクロフツの作風を連想させますが、地味な展開ながらも風景描写や人物描写、文章力はクロフツより練達していると思います。死刑の危機にも関わらず証言を拒否し続ける容疑者とか前時代的と感じさせるところもありますが(ファーガス・ヒュームの「二輪馬車の秘密」(1886年)をちょっと連想しました)、謎解き伏線への配慮や効果的などんでん返しなどは黄金時代前の本格派としては立派な出来栄えだと思います。


No.2711 5点 風の証言
鮎川哲也
(2023/12/20 23:55登録)
(ネタバレなしです) 1971年発表の鬼貫警部シリーズ第13作の本格派推理小説で、中編「城と塔」(1971年)を長編化したと紹介されていますがアリバイトリックは1960年代前半に発表されていた短編作品(私は未読)で既に使われていたそうです。前半はまさかの産業スパイが容疑者となり、鬼貫が出る幕もなくアリバイが崩されるという展開です。もちろんこれで解決には至らず、事件は新たな局面を迎えるというのが本書の一工夫です。メインのアリバイトリックは失敗リスクが高そうであまり感心できませんが、トリック成立に必要な小道具を入手するための犯人の苦心の行為が印象的でした。そこを鬼貫に目をつけられるのですけど。最後になってタイトルの意味が明らかになる演出が上手いと思います。


No.2710 7点 もしも誰かを殺すなら
パトリック・レイン
(2023/12/18 02:02登録)
(ネタバレなしです) パトリック・レインはアメリア・レイノルズ・ロング(1904-1978)の別名義で、エラリー・クイーンという有名な前例がありますがレインも作者名と同じシリーズ探偵の作品を全6作品書いており、本書は1945年発表のシリーズ第1作である本格派推理小説です。探偵役が盲目という設定が後半の謎演出でよく活かされています。文字通り吹雪の山荘状態の舞台に集まった人たちの間で怒涛の連続殺人がおき、しかも犯罪議論で語り合った殺害方法で殺されていくという派手な展開です。ロング名義の「ウインストン・フラッグの幽霊」(1941年)の論創社版巻末解説で、作者の特色の一つを「連続殺人の波状攻撃」と紹介していますが本書はその典型例です。推理に次ぐ推理で謎解きの面白さにも十分配慮されています。


No.2709 5点 花ほおずき、ひとつ
斎藤澪
(2023/12/16 21:26登録)
(ネタバレなしです) 「丹波篠山殺人事件」のサブタイトルを持つ1987年発表の本格派推理小説です。平凡なトラベルミステリー風なサブタイトルよりは「花ほおずき、ひとつ」の方がよいとは思いますが、ミステリーと認識されないかもしれません(笑)。婦人雑誌の取材で丹波を訪れた主人公のカメラマン郷原と編集者辻井。古い窯場の跡と本物の鬼灯(ほおずき)と見間違うほどの精巧なやきものを郷原が見つけ、それを作った男が12年前に失踪した女性を殺した容疑者らしいと聞いた辻井は興味を抱いて郷原と別れて取材を続けますが行方不明になってしまうというプロットです。12年前の事件も今回の事件も失踪ということで謎解きとしてはちょっと捉えどころがなく、郷原の家族に起こった不幸な境遇の方に興味を抱く読者もいそうです。証拠不十分なまま警察と連携して容疑者たちを追求する展開はかなり強引な印象を与えますし、最終章で犯人に対して郷原が指摘する証拠もあれだけでは弱いように思います。謎解きとしては不満の残る作品ですが、登場人物たちの複雑な心理描写が生み出す暗い抒情性は作品個性を感じさせます。


No.2708 5点 未来が落とす影
ドロシー・ボワーズ
(2023/12/12 01:44登録)
(ネタバレなしです) 1939年発表のダン・パードウ警部シリーズ第2作の本格派推理小説です。いきなり余談になりますが、本書の論創社版の巻末解説を書いている幻ミステリ研究家の絵夢恵はおそらく海外ミステリの原書(多くは日本未紹介)を800作品もレビューした「ある中毒患者の告白~ミステリ中毒編」(2003年)を書いたM・Kと同一人物でしょう。2023年にやっと日本で翻訳出版された本書も既に20年以上も前に読破されているようですから畏れ入ります。人物描写や背景描写に優れているところは前作の「命取りの追伸」(1938年)にひけをとらず、手掛かりの配置やミスリーディングの技巧では進歩したように思えます。登場人物リストに載っていない人物が何人も関わっているかのような真相が複雑すぎてわかりにくいのが難点です。


No.2707 4点 直前の声
佐野洋
(2023/12/09 04:47登録)
(ネタバレなしです) 1977年から1978年にかけて新聞連載された「空の波紋」を大幅に改訂して1985年に出版された本格派推理小説です。アマチュア無線局の免許をとって様々な人との交信を楽しんでいる主人公の研修医が、何者かが自分を名乗って交信しているらしいことを知ります。しかも交信相手が彼の勤める病院のかつての入院患者らしいので自宅を訪問すると何とそこにいたのは全くの別人で、謎は深まります。とはいえ作中人物から「本当に(中略)迷惑をしているのですか?」と指摘されているように、奇妙ではあっても主人公が危機を迎えるわけでなく犯罪性も見えないまま人間関係だけが複雑になっていく展開です。最終章ではトリックや犯人当てについての推理がありますが、何を謎解き目標にすればよいのか焦点を定めにくい物語を延々と読まされたので解決のすっきり感は味わえなかったです。


No.2706 5点 姿なき招待主(ホスト)
グウェン・ブリストウ&ブルース・マニング
(2023/12/06 10:12登録)
(ネタバレなしです) 米国のグウェン・ブリストウ(1903-1980)とブルース・マニング(1902-1965)の夫婦が1930年に発表したミステリ第1作で、出版前に早くも舞台化が決まって劇作家オーエン・デイヴィス(1874-1956)の脚本により「九番目の招待客」(1930年)というタイトルで劇場公開され、1934年には映画化されたほどの出世作です。2人は夫婦コンビ作家としてさらに3作のミステリを発表するも本書ほどの成功は得られませんでしたがブリストウは歴史ロマンス作家として、マニングは映画脚本家としてその後も活躍を続けたそうです。ミステリ評論家のカーティス・エヴァンズによる序文ではアガサ・クリスティーの名作「そして誰もいなくなった」(1939年)との類似点が指摘され(クリスティーの剽窃の可能性まで示唆している)、巻末解説では犯人の造形についてかなり突っ込んで解釈するなど読んだ人が何か言わずにいられない作品のようです(笑)。執筆のきっかけが大音量でラジオをかける隣人に悩まされたからでしょうか、謎の招待者からの招待客への殺人予告手段にラジオが使われているのが印象的です。本格派推理小説としての推理場面もありますがサスペンスの方が重視されているように感じました。仕掛けがかなり強引に感じられるところがあって巻末解説で褒めているほど完成度が高い作品とは思いませんが面白さは十分あり、扶桑社文庫版で300ページに満たない長さなので一気に読み通せます。


No.2705 5点 狩人の悪夢
有栖川有栖
(2023/12/04 23:36登録)
(ネタバレなしです) 短編集「赤い月、廃駅の上に」(2009年)からホラー小説も書くようになった作者なので、2017年発表の本書もタイトルからその種の作品かなと想像したのですが火村英夫シリーズ第9作の本格派推理小説でした。ホラー作家が登場するし、死体は手首を切り落とされていますが全くホラー演出はありません。ただ盛り上がりに乏しいままメリハリのない展開で進行するのが読んでて辛かったです。終盤には知的バトルと言うべき謎解き場面が用意されていてここはさすがに盛り返します。しかし作中人物から「ミステリなら火村先生のような持って回った書き方や出し抜けの飛躍が推奨されるのかな?」とミステリを揶揄するような発言が飛び出すように、火村の説明は論理的であっても推理の根拠が十分には感じられず私のような凡庸読者にはどこかすっきりない解決でした。


No.2704 6点 野外上映会の殺人
C・A・ラーマー
(2023/11/30 23:04登録)
(ネタバレなしです) 2021年発表のマーダー・ミステリ・ブッククラブシリーズ第3作の本格派推理小説で英語原題は「Death under the Stars」、アガサ・クリスティー好きなら「白昼の悪魔」(英語原題「Evil under the Sun」)(1941年)がすぐに思い浮かぶでしょう。オーストラリアらしいというか映画の野外上映会の最中の殺人の謎解きで、上映された映画が「白昼の悪魔」を原作とする「地中海殺人事件」(1982年)だし真相もクリスティー作品を連想させる部分があります。もっとも前半は難航する警察の捜査描写が長々と続いて物語のテンポは遅く、クリスティー風とは言い難いです。ブッククラブメンバーがあまり目立っていないのも物足りません。中盤以降はメンバーの活動が活発になって何とか持ち直したという印象です。


No.2703 5点 教会堂の殺人〜Game Theory〜
周木律
(2023/11/20 23:31登録)
(ネタバレなしです) 2015年発表の堂シリーズ第5作です。私は改訂された講談社文庫版(2018年)で読みましたが、登場人物リストの人物が全員過去のシリーズ作品に登場しています。過去作品を先に読んでなくてもそれなりに楽しめますが、先に読んでおくことを勧めます。「伽藍堂の殺人」(2014年)でシリーズの方向性を大きく変えたのではと思える演出がありましたが、それでも本格派推理小説としての基本形は維持されていました。しかし本書はもはや本格派とはいえないと思います。死の罠が仕掛けられていると思われる教会堂を訪れる人間が次々に命を落とすというスリラー小説です。死が迫っている被害者描写は恐怖というより諦観に近い感じで、痛みや苦しみの描写もありません。ヒロイン役である百合子も多少の不安は見せているものの全般的には落ち着いており、スリラー小説としては刺激が足りないと思う読者もいるかも。恐いのが苦手な私はありがたかったですけど。「伽藍堂の殺人」以上にシリーズ作品世界を大きく変える配役整理は賛否両論でしょう。


No.2702 5点 ポピーのためにできること
ジャニス・ハレット
(2023/11/19 20:16登録)
(ネタバレなしです) 劇作家や脚本家としての実績を積み上げた英国のジャニス・ハレット(1969年生まれ)が初めて書いた小説が2021年発表の本書で英語原題は「The Appeal」です。1種の書簡小説の本格派推理小説で、人物の直接描写は一切ありません。たまたま私は英国最初の長編推理小説(とジュリアン・シモンズが紹介している)のチャールズ・フィーリクスの「ノッティング・ヒルの謎」(1862-63年雑誌連載)を読んだばかりで、そちらも書簡小説形式だったのですが150年以上も時代が違うのですから使われているメディアも違います。本書の場合はほとんどが電子メールです。必ずしも一方通行の伝言ばかりでなく会話風にやり取りが続くことも多く、フィーリクスの回りくどい言い回しに比べれば文章自体は読みやすいです。とはいえ集英社文庫版で700ページ近い大ボリュームに登場人物が40人以上もいるので(全員がメールしているわけではありませんが)話があちこちに拡散してしまって内容的に複雑でわかりにくく、事件発生が後半という構成も読者の集中力を削ぎかねません。巻末解説で本書は「現代版アガサ・クリスティー」と評価されたそうですが、テンポよく謎解きの面白さを読者へ提供したクリスティーと比べると(力作なのは認めますけど)冗長に過ぎるように思います。


No.2701 5点 天才は善人を殺す
梶龍雄
(2023/11/13 02:53登録)
(ネタバレなしです) 1978年発表の本書は長編ミステリー第4作の本格派推理小説で、私は改訂された徳間文庫版(1987年)で読みました。初めて作中時代が現代になった作品でもあります。といっても巻末で作者が「かなりの改変があった」とコメントしているように、改訂時点でも作中時代の1978年とは時代の違いが生じていたようです。ましてや21世紀の読者から見ると(人並由真さんもご指摘されていますが)本書の犯行テクニックは想像外にさえ感じるかもしれません。キャッシュカードの紛失に気づかないまま預金額のほとんどを引き落とされた父親が服毒自殺してしまい、主人公と若き義母が誰がどのようにして金を盗んだかを調べていくことになります。大学生である主人公が友人たちと探偵グループを結成したり、義母を女性として意識したりと青春小説要素もあります。もっとも短編ネタのような謎は魅力的とは言い難く、父親の死んだ現場が密室状態であることが妙に詳細に説明されるので読者としてはもしやと期待しますがしばらく中途半端に放置されてしまいます。後半の第5章以降でようやく本格派として充実したものとなり、そもそもの前提がひっくり返る謎解きは技巧を感じさせるし不思議なタイトルの意味もきちんと回収されますが前半の展開のぐだぐだ感が惜しまれます。


No.2700 4点 ノッティング・ヒルの謎
チャールズ・フィーリクス
(2023/11/08 22:40登録)
(ネタバレなしです) ジュリアン・シモンズの評論「ブラッディー・マーダー」(1972年)でウイルキー・コリンズの「月長石」(1868年)に先立つ英国最初の長編推理小説と紹介された本書は1862年から1863年にかけて匿名で雑誌連載され、1865年の単行本化で初めて作者名がチャールズ・フィーリクス(1833-1903)と記載されました。おっさんさんのご講評によると書簡小説形式の採用は当時としては珍しくないそうですが、さまざまな人物による報告、手紙、証言記録、日記などがまるでパッチワークキルトのごとく連なる構成です。しかし持って回ったような語り口に加えて時系列が整理不十分で、私の読解力では読むのにとても難儀しました。この時代の作品で脚注や現場見取り図の挿入などの読者サービスがあるのは驚きですが、それらの工夫も読みにくさの解消までには至りません。最後を疑問文で締めくくってすっきりしない幕切れにしたのも賛否両論でしょう。コリンズの「月長石」は本書の3倍以上のボリュームですが、(冗長なところもあるけど)物語としての面白さも3倍以上に感じます。


No.2699 5点 青銅ランプの呪
カーター・ディクスン
(2023/11/07 12:34登録)
(ネタバレなしです) 1945年発表のヘンリー・メリヴェール卿シリーズ第16作の本格派推理小説で、あのエラリー・クイーンに献呈されています。そのためでしょうかエジプトで発掘された青銅ランプの呪いで人が消えてしまうというトリックに挑戦した本書は創元推理文庫版で400ページを超す分量で、この作者としては大作の部類です。しかしやはり消失の謎は短編向きだと思います。二階堂黎人が「事件が小粒なわりにだらだらと長い」と評価したそうですけど私も同調します。トリックはまあ妥当なところですが目新しいアイデアに欠けているように感じました。後に短編「妖魔の森の家」(1947年)という消失事件の謎解きで超弩級の名作を書けたのは本書の経験があったからと思いたいです。


No.2698 5点 やかましい遺産争族
ジョージェット・ヘイヤー
(2023/11/05 05:40登録)
(ネタバレなしです) 「キャラクター造形がすばらしくて会話が面白い」とドロシー・L・セイヤーズが高く評価していた1937年発表のハナサイド警視シリーズ第3作の本格派推理小説です。確かに個性豊かな登場人物が多く、なかでも謎解きに興味津々の14歳の少年ティモシーの存在感は際立っていますが、いくら作中人物が「生意気」と評しているといっても論創社版の大人に対する口調は度が過ぎていて不自然な翻訳に感じました(私のジジイ目線の方が不自然なのかなあ)。富豪一族で相次いだ死亡事件(1人目は殺人かどうか微妙ですけど)の背景は遺産争いかそれとも進展しない投資ビジネスか、動機を巡る謎解き中心のプロットですが初動捜査でちゃんと探さなかったのかといいたい凶器の唐突な発見や、仮に逮捕を免れたとしてもいつまでもごまかしきれるとは思えない犯人の秘密などあまりすっきりできない解決でした。

2757中の書評を表示しています 41 - 60