空さんの登録情報 | |
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平均点:6.12点 | 書評数:1519件 |
No.339 | 5点 | 蒼い描点 松本清張 |
(2010/10/08 21:41登録) 内容的にはずいぶん軽いミステリです。途中に「誰もいなくなった」なんて章がありますが、確かにクリスティーとも共通する雰囲気があります。本作での意味は、関係者たちがみんな失踪してしまったということで、結局その後また現れたりするのですが。かなり長い作品で、分量はあの名作の2倍以上。 まあ軽くて読みやすいのはいいのですが、ミステリの女王と比べると解決はどうもすっきりできません。殺人の経緯にはいくらなんでも偶然過ぎるところがありますし、旅館の立地を利用したちょっとしたトリックもご都合主義、さらにそんな時間をかけたことをする必要がないとしか思えないのも問題です。思いつきの仮説とその検証が実は行われていたことが後から明かされるのも、アンフェアな感じです。 長さに見合った複雑な解決を意図したのかもしれませんが、犯人の(ある意味での)意外性を除くと結末には不満なところの多い作品でした。 |
No.338 | 7点 | 門番の飼猫 E・S・ガードナー |
(2010/10/05 21:09登録) ペリー・メイスン・シリーズというとどれも平均してそれなりにおもしろいという印象がありますが、やはり出来不出来はあるわけで、本作は相当いい方です。作中で起こるいくつかの事件のつながりは、最後に法廷でメイスンがなんと検察側の証人として説明することになりますが、かなり複雑で意外性があります。依頼人になる人物を、逮捕される前に警察に出頭させるための策略も、痛快です。 実はメイスンが依頼を受けるより前に起こった館の火事事件については、知識や予測の部分で無理があるなと思えるところもありますが、まあいいでしょう。 それにしても警察・検察が被告人の看護婦殺しの動機を何だと考えていたのか、疑問は残ります。その前の門番老人(彼がメイスンの最初の依頼人)殺しについてなら、利益目的ということでしょうが。 |
No.337 | 6点 | 編集者を殺せ レックス・スタウト |
(2010/10/02 11:56登録) どういうわけか今までスタウトには縁がなく、長編初読です。 編集者により出版を没にされた小説『信じるなかれ』が関わる3件の殺人が最初に起こった後、捜査は膠着状態になります。アーチーが法律事務所の女性事務員たちを招待する場面も、そんなにいいとは思えません。しかしウルフが考えた罠を仕掛けにアーチーがカリフォルニアに飛ぶあたりから、俄然おもしろくなってきます。カリフォルニアに住む第1被害者の妹ペギーも魅力的です。 フーダニットとしてそんなに凝ったことはしていませんが、動機を利用してうまくオチをつけています。この動機については解説では疑問視していますが、個人的にはとりあえずOKです。ただ、中心にある動機のタイプが全体の犯行計画と多少ミスマッチな感じがするのは否めません。 ウルフが推理を披露する第22章の最後部分、ある人物の意外な行動が非常に印象的で、好感度を高めています。 |
No.336 | 6点 | エジプト女王の棺 山村美紗 |
(2010/09/29 22:13登録) エジプト、政界の派閥争い、中学生売春など様々な要素てんこ盛りの作品です。殺された人の数は全部で8人(あいまいなままのエジプト人1名を除く)という多さ。 しかし全体の核となるのはエジプト展に展示中のカノピス容器が偽物とすり替えられるという事件です。赤外線警報装置を作動させないようにするトリックは専門的知識さえあればという感じのものですし、途中で犯人の告白によりあっさり明かされるので拍子抜け。しかしむしろ、盗難の計画性と機会の問題をどう解決するのだろうと思っていたら、これはかなり手際よく説明していました。 密室殺人も1件ありますが、このトリックも専門知識利用で、今ひとつ。 いろいろ詰め込みすぎて、かえってメリハリがなくなっているようにも思えますが、欲張った構成はそれなりに楽しめました。 |
No.335 | 6点 | メグレ保安官になる ジョルジュ・シムノン |
(2010/09/27 23:06登録) 1940年台後半は、シムノンがまたメグレものに取り組み始めた(一般的には以降がメグレ第3期とされています)時期ですが、この第3期初期は、作者が様々な変化をメグレものに取り込もうとした時期と言えます。ニューヨークへ行ったり、南仏で休暇中だったり、若い頃の事件だったり。本作では思い切って西部劇の世界にメグレを放り込んでいます。舞台はアリゾナ州の砂漠の中の町。 タイトルにも関わらず、メグレが保安官として活躍するわけではありません。司法警察警視として名誉副保安官みたいなバッジはもらっていますが。若い女が汽車に轢かれた事件の検死審問をメグレが傍聴する話で、ほとんど全編法廷ものといった展開です。 メグレが慣れない検死審問のやり方に戸惑いながらも自分なりに出した結論が、事件担当副保安官の解決と一致していたということですが、結末の意外性はメグレものの中でも特に希薄です。しかしアメリカ南西部の空気が非常に感じられるのが魅力になっています。 |
No.334 | 8点 | ディミトリオスの棺 エリック・アンブラー |
(2010/09/23 19:22登録) アンブラーといえばスパイ小説の大御所としての評価が定着していますが、本作を読み直してみて、スパイ小説の枠組みには納まらないというのが率直な感想でした。確かにすでに引退した大物スパイは登場します。しかしそれはエピソードの一つに過ぎません。 主役であるミステリ作家ラティマーは、ラストで新作のプロットを練っているところからするといかにも英国古典的フーダニットの作家です。その彼がディミトリオスという悪党の過去の足取りを15年も前のトルコからヨーロッパ各国を回ってていねいに追っていくストーリー。前半退屈だと言う人がいるのもわかりますが、クロフツ等が好きな人には充分楽しめるでしょう。このじっくり型調査過程があればこそ、政治社会的な事件を背景にして強盗殺人や政治家暗殺計画、スパイ、麻薬密輸などで冷酷に立ち回ってきたディミトリオスにリアリティが感じられるのでしょう。 最後には命を賭けたアクションもあります。それはクロフツだって時々やっていることですが、やはりアンブラーの方が自然です。 |
No.333 | 7点 | チャーリー・チャンの活躍 E・D・ビガーズ |
(2010/09/21 21:10登録) アメリカ人たちの世界一周観光ツアーの途中発生する連続殺人事件を描く、いかにもクラシックなフーダニットに徹した作品です。 犯人が旅行参加者の中にいる男であることはかなり早い段階で明らかになりますが、叙述トリックなんて当然ありませんし、それどころか犯行方法もごく普通です。それでもミスディレクションを工夫し、読者に犯人を簡単に悟らせないようにしながら説得力ある解決にまで持っていくフーダニットとしての構成は巧みです。ゆったりした展開は、今どきの派手なミステリに慣れた人には退屈かもしれませんが。 まあこれだけの長さの作品のうち、犯人を示す手がかりが、犯人がしゃべっている途中うっかり口にしたたった一言だけ(英語では形容詞なら1語かもしれません)というのが、少々不満でしょうか。 前半はスコットランド・ヤードのダフ上席警部(なんとなくフレンチ警部を思わせます)が事件を担当し、チャーリー・チャンは途中から登場して事件を引き継ぎます。 |
No.332 | 7点 | 高層の死角 森村誠一 |
(2010/09/18 13:04登録) この密室トリックについては、斬新さは方法よりもその設定・効果にあると思うのですが、そのことについて触れられている評はどうも見かけないようです。通常密室と言えば脱出不可能な部屋のことですが、本作では作者が知り尽くしたホテルを舞台にして、侵入不可能な密室を構築しているのです。 第2の殺人における飛行機を利用したアリバイの方は、原理的には鮎川哲也等でもおなじみのパターンですが、行きと帰り、異なる方法を使っていて、警察の捜査で少しずつ解明されていくところが興味を持続させます。さらにホテルのレジスターカードに関する細かい芸でのアリバイのダメ押し。文生さんの言われるように、まさに物量作戦です。 ただ飛行機利用の場合、もっと直接的な便を使わなかったことの証明が、その便に偽名乗客がいなかったことにかかってしまうという偶然頼みの欠点は免れていません。 |
No.331 | 5点 | 殺人オン・エア ウィリアム・L・デアンドリア |
(2010/09/16 21:15登録) 探偵役マット・コブの一人称形式で語られるシリーズ第2作。豪快アイディア一発勝負だったベイネデイッティ教授が活躍する『ホッグ連続殺人』とは全く違い、テレビ界を舞台にかなり饒舌でユーモラスなのんびりタッチが気楽に楽しめるミステリです。他の作品は読んでいないのですが、これがデアンドリアの本来の持ち味なんでしょうね。少なくとも本作では愛犬スポットもちゃんと活躍しています。 事件の顛末の方はいろいろな要素をとりあえず無難に収束させてくれてはいます。しかし、考えてみると最大の謎であるボーリング・ボールとフィルムの盗難理由は納得できるものではありません。その特別な記念ボールでなくても全くかまいませんし、フィルムもむしろ注目を集めない方がよっぽどましだと思えるのです。 最後のひねりも、ある方がよかったのかどうか、微妙なところです。 |
No.330 | 6点 | サン・フィアクル殺人事件 ジョルジュ・シムノン |
(2010/09/12 10:32登録) サン・フィアクルはメグレが生まれた村。地方警察に届けられた犯罪予告状が警視庁に回ってきたのを目にとめたメグレが、故郷での事件を捜査に出かけます。冒頭はその村で冬の早朝、彼が目覚めるところから始まり、いきさつは後から説明されます。この田舎の雰囲気がいいのです。 殺人方法は松本清張の短編にも似たアイディアがあったなあと思わせるトリックです。これは早い段階で明かされますが、怪しい登場人物が何人かいて、真犯人が誰か迷わされます。最初の犯罪予告状については途中から無視されてしまっていますが、後から考えてみるとまあ筋道はとおっているかな。 そんなわけでかなり謎解き度が高い作品ですが、意外なことにメグレは最後まで傍観者という感じで、ほとんど事件を解決してしまうのは他のある登場人物なのです。様々な仮説を立てながらクライマックスに向かう夕食の場面は、かなり緊迫感がありました。 |
No.329 | 9点 | 緑は危険 クリスチアナ・ブランド |
(2010/09/10 21:34登録) 初めて読んだブランドであるだけに思い入れのある作品です。 今回再読してみると、改行のない文章がかなり続くこともあり、郵便配達人が手術室で死ぬまでの50ページぐらいはクリスティーに比べると退屈な感じがします。しかし、その最初の部分にも実は伏線が散りばめられています。 事件が起こってからは、殺害方法不明の謎から奇妙なところのある第2の殺人へと、パズラーとしての興味がじわじわ広がっていきます。戦時下の陸軍病院であることを生かしたストーリー展開も巧妙です。 殺害方法が明らかになった後終盤に入ってからは、もう端正さなど蹴散らすようなミスディレクション大盤振る舞いに目を回されっぱなし。犯人指摘で容疑者たちを翻弄したコックリル警部が真相説明後に逆に容疑者たちから食らうカウンター・パンチも強烈。本作には途方もない「はなれわざ」こそありませんが、論理性に裏打ちされた連続技の切れ味は抜群です。 |
No.328 | 5点 | 吸血蛾 横溝正史 |
(2010/09/07 21:05登録) 開幕早々狼の牙のような歯を見せる怪人物が登場するという、いかにも通俗的な臭いがする作品です。第2の被害者の切断された脚のパフォーマンスなどばかばかしい限りですが、途中江藤老人側の視点から書かれた部分であっさり明かされてしまうその演出理由は、案外まともです。 連続殺人の動機は薄弱ですし、無理な(あるいは説明不足な)点も散見されますが、上述の部分を含め真相はほぼ筋道が通っていて、意外性もあります。通俗的刺激性が論理的な謎解きをうまく覆い隠しているのが効果的と言えるでしょう。 ただし有名作に比べると登場人物たちの描き方がいいかげんですし、金田一耕助の推理が貧弱で真相説明をほとんど犯人の告白に頼ってしまっているなど、不満もかなりある作品です。 珍しくタイトルが内容にそぐわない点も気になりました。 |
No.327 | 4点 | カシノ殺人事件 S・S・ヴァン・ダイン |
(2010/09/04 11:46登録) 小説としてのふくらみを持たせる前段階だと言われる『ウィンター殺人事件』を別にすれば、ヴァン・ダインの長編中、特に短い作品です。 今回薀蓄が披露される(控え目ですが)のは毒物学と当時最新の科学成果だったらしいあるものです。しかし、ヴァンスの得意な教養はやはり基本的に文科系。理科系ならせいぜい『僧正殺人事件』の哲学的宇宙物理学ぐらいではないでしょうか。専門家から毒物学の講義を受けたりしています。 未知の毒薬を使ってはならないという自らの20則中の条項を逆手に取ったような発想そのものは悪くないのですが、使い方はどうも冴えません。摂取したはずの毒物が胃の中から見つからないという謎、さらに「水」への疑惑など、半分を過ぎてやっと問題になり、さらに上記最新科学成果が出てくるのはその後です。それからすぐ解決部分に突入してしまうので、あまりにあっけない感じがするのです。動機がかなりいいかげんに扱われているのも不満でした。 |
No.326 | 7点 | ミス・ブランディッシの蘭 ハドリー・チェイス |
(2010/09/02 20:57登録) 富豪の娘誘拐事件を最初ギャングの側から書き進め、半分近いあたりで私立探偵の視点中心に切り替わるところ、クロフツ型倒叙もののハードボイルド版とも言えそうな構成です。またこのタフな私立探偵、マーロウなどと違いホームズ並に警察と仲がいいのです。そういった意味では、舞台はアメリカですが、イギリス作家らしい小説なのかもしれません。 多彩な悪役の中でも、殺し屋スリムの人物像がなかなか印象的です。ただ、彼の最期はもう少し派手にしてもらいたかった気もします。 原書初版は発表当時には過激すぎて発禁になり、翻訳はおとなしく書き換えられた版を元にしているそうです。その初版の最後がどうなるかは解説にも書いてあって、読み終えてみると初版の結末も納得できます。改稿版ラストのあいまいな感じも味があるとは思いますが。 |
No.325 | 6点 | 13の秘密 ジョルジュ・シムノン |
(2010/08/29 22:49登録) 同じ頃書かれた、それぞれ13のショート・ショートを収めた3冊「秘密」「謎」「罪人」のうちの1つです。本作は基本的にパズラー的要素が強い安楽椅子探偵のタイプになっています。 今回読み返してみて、一人称の語り手については名前も職業も出てこないことに気づきました。シムノン自身と考えてもいいのでしょうが、名無しのオプならぬ名無しのワトソン役です。 1編が10ページもないぐらいで、解決もものたらないのが多いのですが、最も気に入ったのはかなりな大技の『三枚のレンブラント』。また最後の『金の煙草入れ』は例外作で、シムノンらしい心理的な味わいがあります。 創元推理文庫に一緒に収められているメグレものの長編『第1号水門』は、最初に起こるのが傷害事件で、全体的には非常に地味な話です。この負傷した河川運輸業者デュクローが完全に事件の中心人物で、彼の人物造形が印象に残る作品です。メグレではなくデュクローの視点から書かれてもよかったように思えるほどです。 なお、メグレのファースト・ネームがジュールであることはいくつかの作品に書かれていますが、本作ではなぜだかジョゼフとされています。 |
No.324 | 8点 | 亜愛一郎の転倒 泡坂妻夫 |
(2010/08/27 20:59登録) 亜愛一郎シリーズ第2弾中、最も印象に残ったのはやはり『病人に刃物』ですね。まさに逆転の発想には驚かされました。 長編『喜劇悲奇劇』につながる趣向も楽しめる童謡殺人を扱った『意外な遺骸』は、童謡利用理由のとんでもなさがこの作者らしいところ。 『藁の猫』の芸術家気質に対する亜の推測の最後部分はちょっと飛躍しすぎていて、そこまで言えるのかなという気もします。『~狼狽』の『DL2号機事件』にも似た思い込みエスカレートぶり。 クイーンの『神の灯』を意識したに違いない『嵯峨家の消失』については、みなさんの評判はいいですが、個人的には消失方法自体はなんだかねえという強引さだと思いました。 |
No.323 | 5点 | 夢遊病者の姪 E・S・ガードナー |
(2010/08/25 21:41登録) 夢遊病中の人による殺人は、法的にどうなるのか? 冒頭のつかみはそういうことですが、その夢遊病者はさまざまなトラブルに巻き込まれていて、メイスンがそれらすべての問題にどう決着をつけていくかというのが見所です。最初から悪役はやはり完全に悪役(真犯人と言う意味ではありません)であるのは、時代劇の悪代官と同じいかにものワン・パターン。 最も意外なのは、やはりしまい込まれていたナイフがどのようにして凶器として使用されるに至ったかという点ですね。犯人が疑いを受けないようにと画策したトリックも、現実には危険な感じがしますが、読者をだますという意味では悪くありません。 ただし、メイスンが途中で凶器と同じナイフをたくさん購入するのですが、これが結局利用されないままなのは、作者が何か勘違いしたのでしょうか… |
No.322 | 5点 | ハロウィーン・パーティ アガサ・クリスティー |
(2010/08/22 19:54登録) 現在の少女殺人事件から過去に起こった殺人を追跡調査していくというパターンです。まあ過去の殺人と言っても、まだ3年も経っていない程度ですので、『五匹の子豚』や『スリーピング・マーダー』みたいなことはありません。いくつかの未解決事件のうちどれが現在の殺人の元になっているのかというところが興味の中心。一方現在の事件も、1件だけにとどまりません。 半分も読まないうち、犯人の見当だけはポアロが最後に解説する手がかりからついてしまったのですが、事件の全貌はなかなか見えてきません。最初に殺される少女が殺人事件を見たことがあるといった言葉の本当の意味は意外でしたし、その過去の殺人も後から全体構成を振り返ってみるとひねってあることがわかります。 しかし、結末は何か今ひとつすっきりしないのです。ポアロの推理根拠に薄弱なところがあるからでしょうか。 |
No.321 | 8点 | 霧の旗 松本清張 |
(2010/08/20 21:33登録) 中公文庫版カバーの作品紹介では「現代の裁判制度の矛盾と限界を鋭く衝き」となっていますし、作品中でも雑誌社での会話でそのことに触れられています。しかし、実際には社会制度批判になっているとは言いがたい作品です。東京に住む多忙な大塚弁護士が北九州の事件を断ったのは普通のことですし(新幹線もない時代です)、それを裁判には金がかかるという制度の問題点に結びつけることはできません。 それよりもやはり、本作の焦点は桐子の異常な逆恨みでしょう。大塚弁護士から断られた瞬間に、彼女は目的であるはずの兄を救う気持ちをきっぱり捨てたとしか思えません。映画では倍賞千恵子や山口百恵が演じたこのヒロインの復讐は、『ケープ・フィアー』(スコセッシ監督の映画版を見ただけですが)における弁護士家族を追い詰めるデ・ニーロの不気味さより不条理です。 ずいぶん昔、最初読んだ時にはミステリ的でないと思った結末は、清張作品の中でも特に後味の悪いものです。 |
No.320 | 7点 | 倫敦から来た男 ジョルジュ・シムノン |
(2010/08/16 20:40登録) 50年以上前に雑誌掲載されて以来絶版のままだったのが、昨年たしか3度目の映画化にあわせて、やっと新訳が出たシムノンの「本格小説」初期を代表する作品です。 港で起こった殺人事件を目撃した男、というとメグレもの『港の酒場で』との共通点も感じますが、本作はその目撃者の立場から描かれます。この目撃者マロワンが夜勤の港湾線路切替手であるという設定が、うまくできています。殺人と言っても、殺意があったかどうか明確ではありませんが。争いの動機となった鞄からマロワンが見つけたものは大金…それをどうするか決断のつかないままに、大金を持っているという意識だけ奇妙にふくらんでくるあたり、シムノンらしいタッチです。 警察が見張りを続ける港町で、目撃者と殺人者どちらもお互い疑心暗鬼、その状況が破局に向かっていくさまが描かれます。 20年ぶりぐらいに再読してみて、最後の事件が起こった後のエピローグとも言える最終章がこんなに長かったっけ、という感じでした。 |