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ミステリの祭典

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平均点:5.97点 書評数:728件

プロフィール| 書評

No.608 6点 雨降りだからミステリーでも勉強しよう
事典・ガイド
(2015/01/07 09:56登録)
皆様明けましておめでとうございます、本年も宜しく御願い致します
さて私の本年一発目の書評がこれ、”何だ、小説じゃなくて評論エッセーが一発目かよ!”、と突っ込まれそうですが、私の書評の場合、どの本を採り上げるのかは各出版社の刊行日程次第となっておりますはい(笑)

本日7日にちくま文庫から植草甚一「雨降りだからミステリーでも勉強しよう」が刊行される
ちくま文庫からは植草氏のエッセーが既に2冊出ており、趣味の広かった植草氏だけに全てがミステリー関連とは限らないが、今後も筑摩書房さんには続けていただきたい、文庫で1500円はちょっと高いけどね‥(苦笑)
植草氏のミステリー、いや全ての分野で最も有名なエッセー本がこれだろう、ただし内容がというよりその題名自体の方が有名なんじゃないだろうか
”雨降りだから○○しよう”みたいなパロディーとしてよく使用されている(笑)
ところがこれ読んだことがある人は意外とそう多くないんじゃないかなぁ、以前はハードカバー版だったしね

実は内容は結構手強くて、植草氏のミステリー関連エッセー本にはもっと初心者向けなものも有るのだが、「雨降りだから」だけが有名になってしまったので初心者が手を出すかも知れない
しかしこの本は完全にミステリー中級以上の読者向け、多分初心者が読んでも大して参考にならない、当サイトのkanamoriさんの御書評中にもありますが、マニアック過ぎです(苦笑)

日本の海外ミステリーの翻訳状況は現代ミステリーか戦前の黄金期に偏っており、戦後の40~60年代の作品で未紹介のまま埋もれているものが数多い、その辺の時代の海外ミステリー事情を反映しているのがこの本である
日本では紹介漏れしてしまったが、海外ではその全てがマイナーなまま埋もれてしまったわけでもないので、40~60年代というのは見直すべきであると思う
40~60年代はミステリーにとっては重要な変革期で、特にサスペンス小説、警察小説、通俗ハーボボイルドなどに特色が有ったり新たに生まれたりした
意外と現代ミステリーの中には、黄金時代じゃなくて40~60年代をルーツとするものも多いのである
例えばヒラリー・ウォーなども新進気鋭の作家の1人として紹介している
しかし植草氏はウォーに対して”警察小説”というジャンル用語を殆ど使っていない
つまりウォーを警察小説の嚆矢と見る見方は、現代の視点で過去を振り返ってみれば、あの時代に警察小説がウォーから流行し始めたんだなと理解するわけである(実際にはローレンス・トリートの方が先駆だが)
だからこのエッセー本は、まだジャンルが確定していなかった時代の息吹が感じられるのである


No.607 6点 怪盗ニック全仕事(1)
エドワード・D・ホック
(2014/12/30 09:57登録)
先日に創元文庫からエドワード・D・ホック『怪盗ニック全仕事 1』が出た時には驚いた人も居たんじゃないかな
何故ならこれまでホーソーン医師とサイモン・アークは創元、怪盗ニックは早川と住み分けてきた感が有ったからだ、怪盗ニックと言えば早川のイメージが定着していたからね
しかしだ、考えてみれば早川は単発企画は別にして、同一キャラで纏めたものはニックシリーズ以外無かったのだから、実は早川が特にホックという作家にこだわりが有ったわけでもないんだよな
創元としても従来は早川に遠慮していた面もあったかもしれないが、今後は怪盗ニック全作品を発表順に並べる完全版を全6巻に纏めていく意向だそうだ、今後はホックと言えば全て創元の時代になると思われる
”完全版”と銘打つには理由が有る、実は早川版がそもそも小鷹信光氏による日本オリジナル編集なので抜けている作品が有ったのだ、多分だが海外でも完全版の全集は無いはずだ
今回の創元版では雑誌掲載日を徹底調査した模様で、私はよく創元編集部のやり過ぎを批判してきたが、こういうのをやると流石に創元編集部の能力の高さが活きるな

私は当然ながら早川版の『怪盗ニック登場』は既読だが、上で述べたように両社で編集方針が違うので共通の収録作も多いが収録短編に少し違いが有る、従って全く別の短編集と見なせるので別途に登録して、今回は新しく刊行された創元版を入手して訳文を比較チェックしながら読んでみた
実はねえ、翻訳者は木村二郎氏で共通しているのだ、ただし部分的に改訳したり新訳だったりしてはいるが
一応は翻訳者が同一だから雰囲気は全く共通しているが、仔細に比較すると語尾など微妙に変更している部分もかなり有る
個人的に受けた印象なのだが、旧訳の早川版の方が総じてシャープで文章にキレがあり、今回の創元版は説明調で良く言えば丁寧、悪く言えばやや回りくどい表現だと感じた

さて内容だが、依頼を受けて価値の無いものを盗む怪盗ニックだが、当然ながら依頼者には理由が有る訳だ
他の作家ならこんな限られた前提条件で話を創ったらヴァリエーションは限られると思うのだが、流石はホック、よくこんな縛り条件の下で沢山書けるものだと感心する
しかし大雑把に見て、依頼者の狙いという観点から3つのパターンに分類出来るのではないかと思える
第1のパターンは、依頼された盗品はたしかにそれ自体は金銭的価値は無いのだが、やはりその品物自体にある種の価値が存在するパターン
ネタバレになるから具体的作品名は伏せるが、その物品に宝のありかの地図やヒントが隠されていたりとか、盗品を分析調査したかったりとか
第2のパターンは、依頼者にとって盗品そのものが欲しかったわけじゃないパターン
例えば盗難事件が起きる事によって、依頼者に都合の良いある事情が発生するとか、ある目的の為に邪魔な品物を除けて欲しかった等々
第3のパターンは、盗難そのものが目くらましで、ニックに仕事をさせる事によって周囲の目を向かして、メインの目的は実は別のところに有ったというパターン
これは第2のパターンに似ているが、第2パターンが盗品自体に価値は無くても依頼品が代用品ではない必ず”その品物”でなくてはならないのに対して、第3パターンは盗品自体に全く意味が無いことになる
この第3パターンは結構使われているのだが、たしかに依頼した動機の意外性という利点は有るが、結局のところ盗品は実は何でもよかったという弱点が有る
たまにヴァリエーションとして使用する分には良いのだが、あまり何度も使うと”またこれかよ(笑)”と読者に思われる気もする
思ったのだが、表面上はただの石に見えて実は宝石だったとかの直球勝負というパターンも、シリーズの読者には逆に意外だと思うんだけどね
流石にそれだとシリーズ読者を裏切る事になるから滅多にやらないが、ホックの才能なら上手い変化球として投げられる気もするけどね、もちろん本当にたまにしかやっちゃ駄目だが(笑)


No.606 6点 クリスマス12のミステリー
アンソロジー(海外編集者)
(2014/12/25 09:59登録)
* 季節だからね (^_^;)

新潮文庫からアシモフとそのグループ編纂によるアンソロジーが何冊か出ているが全く話題にも上がらないは惜しい
まぁおそらく全員ではないが収録作家に日本では比較的に馴染みの薄い作家も多く収録されているのも原因しているかも
しかし内容は流石はアシモフ先生といった感じで、編集者のセンスが発揮されているところなどもっと評価されてもいいと思う
このアンソロジーシリーズでは前回はバレンタインをテーマにしたのを読んだが今回はクリスマスがテーマ
バレンタイン編では日本では相当マイナーな作家が目立ったが、このクリスマス編ではスタウト、セイヤーズ、クイーン、ホック、エりン、ダーレス、カーなど知名度の高い作家が多くてとっつき易いかも
この内私はクイーン、ホック、カーの収録作は、各作家の代表的な短編集で既読だった
クイーンのは『犯罪カレンダー』の収録作なので未読の方も居るかもだが、ホックとカーのは多くの読者が既読であろう
ただアシモフ編のアンソロジーはむしろこれらメジャー作家だけでなくマイナー作家の短編の質が高いのが特徴である
この巻でもアリス・S・リーチ、S.S.ラファティ、ニック・オドノホウと初めて接した作家ばかりだが三者三様でそれなりに面白かった
オドノホウはちょっと通俗がかったハードボイルド
ラファティはあのSF作家のラファティと混同し易いが、SF作家の方は”R・A・Lafferty”で、ミステリー作家の方は”S.S.Rafferty”とそもそも名字のイニシャルが違っており全くの別人である
アリス・S・リーチのクラムリッシュ神父シリーズはどこかの出版社で個人短編集に纏めてくれないかなぁ

しかしこのアンソロジー中のベスト作は個々の収録短編ではない、断然の収録作ベストは編者アシモフの”まえがき”である
この”まえがき”はアンソロジストとしてのクイーンに匹敵いや凌駕する名文で、私の知る限りアンソロジーの序文の中でも最高ランクに位置付けられると言ってもいい
アメリカの荒俣宏(いや例えが逆か?‥苦笑)とも言うべきアシモフ先生の博識とセンスが光る
私が仮にアンソロジーを編纂するとしたらこんな序文を書いてみたいものだと憧れてしまった


No.605 5点 ディミティおばさまと聖夜の奇跡
ナンシー・アサートン
(2014/12/24 09:53登録)
* 季節だからね (^_^;)

クリスマス目前のロリの家に謎のホームレス風の男が尋ねてきたが雪の中に倒れてしまった、この男は何者?その目的は?

メルヘンファンタジー系コージー派
シリーズ第4作目、今回の話はちょっと小粒で、雪の中に倒れた謎の男の正体を探るというただそれだけの話である
いつも通り心温まる話ではあるのだが、シリーズの中ではクリスマスシーズンに合わせた息抜き的な回なのだろうか、物語に膨らみが無くてやや単調なきらいがある
ただ殺人はおろかこれといった犯罪事件すら起こらない相変らずな優しい雰囲気で、数あるコージー派のなかでもソフト路線の最左翼的な味わいは異彩を放つ


No.604 7点 隣の家の少女
ジャック・ケッチャム
(2014/12/19 09:56登録)
先日2日に扶桑社文庫からジャック・ケッチャム「私はサムじゃない」が刊行された、扶桑社文庫では7月にも「狙われた女」が刊行されており、今年は2冊出たことになる

ケッチャムで1冊挙げるとすればまず殆どの人が代表作「隣の家の少女」になるだろう、私も試しに読んでみた
これはねえ、評価が難しい作品である、いや低評価という意味じゃなくて採点するのが難しいという意味で
読者によって10点の人も居れば1点の人が居てもおかしくない、どんな点数を付けても正解、その人次第だ
私などは無難な点数で誤魔化しちゃった(苦笑)
さらに難しいのは、どのジャンル認定にするかの判断だ
私は今回読んで初めて知ったのだが、解説のスティーヴン・キングによれば、本国アメリカではケッチャムはちょっとマイナーなホラー作家と認識されているらしい
しかしだ、日本の読者から見るとホラーと思う人はむしろ少数派じゃないかな、何故なら”超自然”などは一切出てこないから
日本的な感覚でのジャンル認識では、クライムノベルかサスペンスあたりが妥当だろう
私も迷ったが全体に語り手の心理の変遷が多くを占めるので、ちょっと違和感も有るが本サイトではサスペンスに投票した
この問題作が本国アメリカでもそれほどの話題作にならなかったとすれば次の理由かなと推測する
アメリカの一般大衆的嗜好からすると、もっとエンタメに徹したスリル溢れる物語を好むだろうし、逆に高尚を気取るような評論家筋にはもっと文学的芸術的に高貴な香りのする作が好まれるだろう
つまり「隣の家の少女」という作品は、エンタメと呼ぶにはハラハラドキドキ感が弱いし、といって文学的香気にも徹しきれず中途半端かもしれない
そう考えると作品自体はホラーというジャンルなのかは微妙だが、キングのようなホラー作家に受けるのは分かる気がする、一種の人間心理の闇を覗くホラーという解釈も有り得る
ところで重要登場人物のルースの行動動機だが、私の解釈では盛りを過ぎた女性から見た、大人になる直前の少女年齢に対する畏敬みたいなものかと思ったが、それでは単純過ぎてどうせ”読みが浅い”とか言われそうだけど(苦笑)
それよりも本書の主題は、語り手の傍観者的態度とその心理の移ろいにある気が‥、でもそれも読みが浅いんだろうな(自嘲)


No.603 7点 災厄の町
エラリイ・クイーン
(2014/12/17 09:58登録)
先日5日に早川文庫からクイーン「災厄の町」の新訳版が刊行された、特に中古市場でもタマ不足ではないので新訳の意義が有るのか?とも思ったが、創元では国名シリーズを着々と新訳切り替え中なので、早川も定期的な切り替えなのかも知れん
でもポケミスも含め早川の場合は、マニアが新訳復刊を要望しているものが目白押しなので、もっと他に有るだろ的な意見が噴出しそうだな

私が初心者の頃にクイーンを読んだ印象は、”ロジック”ではなかった
クイーンと言うと何かとロジック、ロジックと言われがちだが、アメリカの社会風俗的な面に着目する人が少ないのは残念である
クイーンは冒頭で、その年のブロードウェイの演劇シーズンはこれこれこうだったとか、何々のイベントが行なわれたとかの記述で開幕するものが多い
私にとってのクイーンはアメリカ社会風俗作家であり、季節感を描く作家である
『犯罪カレンダー』という短編集も有るくらいで、クイーンの”季節感”へのこだわりはもう少し見直されてもいい気がする

後期の有名作の1つ「災厄の町」は、まさに”季節感”を最もよく表現した話だ
当サイトでの空さんの御書評で的確に言い表わされておられるように、ハロウィーン、クリスマス、元旦、春分の日の後の復活祭、など季節の節目が物語の節目とリンクしてくる
クリスマスだって元々はキリスト生誕とかじゃなくて、昼が最短となる冬至の後に家族が集うイベントだという説も有るし
クイーンはこれ意図的に狙っているよな、きっと

謎解き的に見たら、トリックは大体は看破してしまった、冷静に考えればこういう手順で行なえば成立するよなって感じで、見抜いた方も多いと思う
また謎解きだけじゃない総合的見地でも、私は読んだ後期作の中では「フォックス家」が1番好きだ
しかし従来は地方都市が舞台というローカル色ばかりが言われがちな「災厄の町」だが、”季節感”の演出という面ではクイーン作品の中で最も成功していると思う


No.602 6点 このミステリーがすごい!2015年版
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2014/12/12 10:00登録)
ミステリー小説ファンにとって暮近くの風物詩はクリスマスツリーじゃなくてこのミスだという人も居るかも、いやいね~か(微笑)
今年はランキング常連の米澤穂信氏が意外にも1位は初めてということだ、海外では例年の接戦とは違いルメートルというフランス作家の作品が2位以下に差を付けての圧勝、当サイトでも既にkanamoriさんが御書評済ですね、私も機会が有ったら読んでみたいなぁ
海外では文春と創元の2強時代に突入の感がある、文春は1位と3位にランク、これで文春は2連覇だ
しかも昨年文春が獲った1位はS・キングだから悪く言えば大物作家の名前頼みな感が有ったが、今年は新鋭作家で獲得なので正真正銘に1位って感じがする
1位こそ文春に奪われたが質と量の両面で見るなら創元も負けていない、何たってベスト10中に6冊を送り込み、11位以下でも健闘している、内容もクラシックから新鋭作家まで幅広く、一時期の早川ポケミスを凌ぐ勢いだ

さて昨年版では面白い企画が有って内容もまぁまぁだったので久々に高目の採点をした
今年も特別企画として”歴代短編ランキング(国内編)”が掲載された、集計結果は新し目の短編には厳しい結果だったが、本家”今年のベスト6”投票のついでみたいだった昨年の投票方式とは違い、今年のは各投票者の”短編ベスト5”が一覧表の形で掲載され見易くなっている
海外編もやるか検討中との事だが、国内編の結果を見るに1位が「赤髪連盟」とかの結果になるのだったら、わざわざこのミスでやる意義という点でどうだろう‥

今年は昨年よりも点数を下げたのは企画の問題だけじゃなくて、何となくだが恒例の”我が社の隠し玉”の文面に熱意が感じられなかったのが理由
何だかルーティンワーク的な刊行予告宣伝文っぽくなっちゃってさ
まぁ私の恒例行事なんで、一応”我が社の隠し玉”にコメント、例年通りで順序は掲載順のまま(だから毎年順番が変わる、そう言えばヴィレジブックス消えた)

小学館:
昨年からベリンダ・バウアー推してるなぁ、どんな作家なんだろ

論創社:
今年は良い意味でジャンル的にもかなりヴァラエティに富んでたが来年は本格派が中心なようだ、だから駄目だとは言わないが、一部の特殊な本格マニア受けを狙ったようなものばかりにならない事を願う
新年早々はディドロにシムノンとフランス作家で幕開け、スカーレット「白魔」の完訳と、クェンティンのダルース夫妻シリーズの残ってた未訳作、いかにもその手のマニアの要望に応えましたってのもあるが、ミラーも予定しているんだな、案外と論創がミラー手掛けるのって初めてなんだな

新潮社:
目玉はあの「チャイルド44」のトム・ロブ・スミスの新作、デミドフ3部作とは別ものらしい
他は昨年亡くなったクランシーの遺作に、グリシャム、アーチャー、ランキンと大物揃い

国書刊行会:
ここ数年、ミステリー関係の話題に乏しかった国書が久々の復活
イタリアの歴史ミステリーが目玉のようだが、気になるのは”ホームズの姉妹たち”という企画、「二厘馬車の秘密」のファーガス・ヒュームに少女探偵ものがあったとは
ただ個人短編集なのかアンソロジーなのかはっきり書いて欲しかった
それとは別の”あっと驚く企画”ってのも気になる、来年の注目出版社は国書刊行会だ

扶桑社:
S・ハンターにカッスラーとこの出版社らしいラインナップ
本格マニアが気になるのはカーの孫娘シェリー・ディクスン・カー
時間遡行の歴史ミステリーって祖父譲りやん、ただし本格派なのかは不明だ、案外とサスペンスものだったりして

東京創元社:
今年は絶好調だった創元だが、来年も新顔・ベテラン取り揃えている、アン・クリーヴスはシェトランド四重奏以外の作ってことかな
ユニークなところではC・ブランド「猫とねずみ」の続編、コックリル以外のもう1人のシリーズ主役の再登場作で原著は別名義で出版されていた

原書房:
順調に復活を果たしたヴィンテージ・ミステリ、森英俊氏監修だけにそのマニアックなセレクトには驚き
最初はバークリーやパーマーと無難な名前から始まったが、今年出たブルース・グレイムに続いて来年はヴァル・ギールグッド、ヴァージル・マーカムとマイナー本格派マニア垂涎だ
トリックマニアにはクェンティンのジョナサン・スタッグ名義のやつとか待望だろうが、私が気になるのはクレイグ・ライス
ライスにはストリッパーのジプシー・ローズ・リーの代作作品が有るが、実はもう1つの代作がハリウッド俳優ジョージ・サンダース名義のものだ

早川書房:
ここ数年安定しているが、話題性だとあの「ミレニアム」の続編
スティーグ・ラーソンは先月亡くなったので、書いたのはもちろんラーソンとは別の作家

講談社:
ハリポタのJ・K・ローリングのミステリー第2弾ともう1つが謎の作品集
”総勢26人の人気作家が順番に物語を展開”との事だが、この宣伝文句だけでは内容不明、単純にアンソロジーなのか、オムニバス連作短編集なのか、リレー長編なのかはっきりさせてくれ
秋は恒例のコナリーのリンカーン弁護士もの

文藝春秋:
勢いに乗る文春が来年もさらに加速、キングのあの「シャイニング」の続編が登場
秋は恒例のディーヴァー、ライムものとノンシリーズの2本立てらしい、時期不明だがエルロイの新4部作も控える
しかし今年のランキング結果からして最大の目玉はこれだろう
今年のランキング1位ルメートル「その女アレックス」は実はシリーズ第2作目なのだ、その第1作目が予定されている

集英社:
北欧ブームもすっかり定着し、他社も英米以外の国際化をあまり前面に立てて宣伝しなくなった昨今、集英社のワールドワイドを強調した宣伝はちょっと遅れてる感はあるが
でも北欧以外にも目を向けているらしいのでまぁいいか
集英社はミステリー分野でもまぁまぁ貢献はしていて悪くは無い出版社なのだがマニアックでもいいからもう1つ個性が欲しい

角川書店:
今年もトリを逃したが、毎年狙っているんだろうか(微笑)
”過去に『このミス』1位に輝いた作品が2本映画化され、それぞれの続編が角川文庫より刊行予定”とある、さてどれだろう、何となく予測は出来そうだが

光文社:
トリ狙ったな(笑)
古典新訳文庫はもちろんミステリー専門叢書じゃない一般文芸文庫だが良い意味で何でも有り(さらに笑)、時々ミステリー分野のも出してくるが、来年はウィリアム・フォークナー
ついでだからさ、フォークナー出すんだったら”クイーンの定員”にも選ばれている「騎士の陥穽」を新訳版で御願いしたい
古本持ってるけどボロいんでねえ

さて各出版社全体にだが、何となく肝心なところを隠したままの歯切れの悪さを今年は感じた、だから”隠し玉”なんだと言われればそれまでだが、何か理由が‥
そうか一昨日10日に”特定秘密保護法”が施行されたんだ
あちゃ~、そういうオチかぁ(冷汗)


No.601 6点 失踪当時の服装は
ヒラリー・ウォー
(2014/12/10 09:57登録)
先月28日に創元文庫からヒラリー・ウォー「失踪当時の服装は」の新訳版が刊行された
ウォーは数年前に未訳だった初期の「愚か者の祈り」が同じ創元文庫から出ており、中期の代表的シリーズであるフェローズ署長ものも何作か翻訳され、中後期のノンシリーズ作も出ている
「失踪当時」は中古市場のタマ数は豊富に有り入手容易だが、創元文庫のウォー作品の中でこれだけが古い訳で取り残されてた感も有るので、一応意義が全く無いわけではない、世の中は絶版マニアだけ喜ばせれば良いわけじゃないからね

大雑把な区分だが、戦後40年代をサスペンス小説とハードボイルド派の興隆期だとすれば、50年代は上記の2大ジャンルも引き続いて好調では有ったが、50年代を1つのジャンルで表現すれば”警察小説の時代”である
ハードボイルド派に比べて警察小説の隆盛に10年のズレが生じてしまったのには事情が有る
40年代に先駆者としてローレンス・トリートが登場はしていたのだが、ジャンルとしてイマイチ人気を得るところまではいかなかった
ところが50年代に入るとあるきっかけが警察小説に追い風となった、TVでの警察ドラマのブームである
またハードボイルド派が40年代と比べて50年代には大きな変化が無かった事でやや飽きられたのだろうか、一部の読者層が新しい警察小説という分野にシフトしたのかも知れない
実際に今でも名を知られる古典的な警察小説作家の多くが50年代前半にデビューしており、前半には間に合わなかったが56年に決定版とも言える作家がデビューする事になる、言うまでも無くエド・マクベインである
ただしマクベインは警察小説デビューは50年代後半だが、別名義の他ジャンルでのビューは50年代前半である
50年代後半はマクベイン1人に席巻されてしまった為、50年代前半デビュー組はやや影が薄くなってしまった感が有るのは残念だ
トマス・ウォルシュ、ベン・ベンスン、さらには通俗ハードビルド派の合作作家として50年代前半に別名義でデビューしたが50年代後半に警察小説作家を書き出す際の別名義ホイット・マスタースン、
これらの作家達は復刊などするなりして、再び陽の目を見るようになって欲しいと願う
しかし1人だけ忘れられずに名を残している50年代前半デビューの警察小説作家が居る、もちろんそれがヒラリー・ウォーなのだ
特にウォーは大都会ではない地方都市を舞台にするという独自性を持っていた
53年のデビュー作「失踪当時の服装は」はそういう背景を考えれば警察小説の歴史に燦然と輝く里程標なのである

ただし「失踪当時の服装は」は、地道な捜査という警察小説本来の魅力は充分有り無難に纏まってはいるものの、終盤に意外性があるでもなく、正直ってそれほど面白くは無いと感じる読者も居るだろう
また警察小説らしさでの初期の代表作は今では「愚か者の祈り」だと私は思うし、本格派しか興味の無い読者にとってはウォーで読んでみたいのは意外性に溢れた中期のフェローズ署長シリーズだけだろうし、読者によっては警察小説から逸脱した人間ドラマ的ノンシリーズ作を採るかも知れない

しかし内容ではなく後続作家への影響とか歴史的意義を重視するなら、ウォーでこの1作といえばやはり「失踪当時」になるのだろう
警察小説とはちょっと違うし国籍も違うが、コリン・デクスターの「キドリントン」も原題は同じなんだよね


No.600 7点 高い窓
レイモンド・チャンドラー
(2014/12/08 09:58登録)
先日4日に早川書房からレイモンド・チャンドラー「高い窓」が刊行された、御馴染みの村上春樹氏による新訳の一環である、念の為に言いますが文庫版じゃないですよ
単行本で過去に刊行されたものの文庫化というのは既に有るけど、「高い窓」の村上訳は今回が初めてだからねえ、当然単行本です
それにしても従来はカタカナ表記だったのが、「大いなる眠り」から路線変更、今回も”ハイ・ウィンドウ”じゃないんだねぇ、こういう一貫性の無さがノーベル文学賞を逃‥、あっいや何でもありません(苦笑)

私が昔読んだのはもちろん旧清水訳だけど、清水さんが調子が悪い時期だったのか、世間一般では精彩の無い翻訳みたいに言われてるみたいで‥
チャンドラーの代表作と言うと後期だったら「長いお別れ」で異論は殆ど無いと思われるが、前期の代表作選定には意見が割れそうなんだよね
日本では「さらば愛しき女よ」が票を集めそうだけど、実は海外の里程標などの採用状況を見ると前期限定なら「高い窓」の評価が高い印象が有る
内容的には、謎解き的な観点からはプロットの錯綜した「大いなる眠り」や「さらば愛しき女よ」などよりも「高い窓」の方が纏まりが良いんだよな
この原因は先に述べた旧清水訳にあるのか、もしかしたらもっと単純でさ、邦訳題名が「大いなる眠り」や「さらば愛しき女よ」の魅力的な言葉じゃなくて「高い窓」という何の変哲も無い言葉のせいなのか、う~ん
まぁ「さらば愛しき女よ」が特に名作には思えなかった私としては前期代表作として「高い窓」の方を推したいのである


No.599 7点 予期せぬ夜
エリザベス・デイリー
(2014/12/05 10:00登録)
先日2日に論創社からJ・J・コニントン「レイナムパーヴァの災厄」とエリザベス・デイリー「閉ざされた庭で」の2冊が刊行された
デイリーの既訳の長編3冊は全て初期の作だが、今回の「閉ざされた庭で」で初めて中期の作品が紹介される事になる
まぁトリックの切れ味勝負な作家でもないから中期の作も初期に比べてそう劣らないのでは?との期待も出来そうだ
デイリーにはノンシリーズ長編が無く、長編は全てヘンリー・ガーマジ登場のシリーズなので当然今回刊行のもそうである
ところで論創社では探偵役の名前を”ガーメッジ”と表記しているみたいだが、従来は”ガーマジ”表記である
作者がアメリカ作家なのでアメリカ訛りだろうと思うのと名字の綴りを考え合わせると、推測だが発音上は”ガーメッジ”の方が近いんじゃないかなぁ

探偵役ヘンリー・ガーマジと言えばビブリオ探偵として知られているので、既訳3作の中で最も特徴が出ているはずの「二巻の殺人」をまず読むべきなのだろうけど、私は「二巻の殺人」だけ積読なので(苦笑)、今回はこの作の書評としたい
ガーマジのシリーズ第1作で作者のデビュー作が「予期せぬ夜」である
デイリーはクリスティが敬愛する作家の1人としても知られるが、実はデイリーの方が年上で、にも拘らず「予期せぬ夜」の刊行はクリスティの長編デビューの20年後の1940年で、その時点でデイリーは60歳を過ぎておりまさに遅咲き作家だ
「予期せぬ夜」を一言で評価するなら、”隠れた佳作”である
デイリーの文章は地の文は豊かで一方会話文は自然体で、ミステリー的にはそれほど大した事はないが、私には文章の感性が合うという点で大好きな作家の1人である
「予期せぬ夜」にはさらに、まぁ小技ではあるが気の利いたトリックが仕掛けられており、文体には興味が無くトリックにしか興味の無い読者にも一応お薦め出来る
ただし私はトリックが仕掛けられた段階で気付いてしまったので、見破った方も結構居られると思う、そもそも題名自体がネタバレ気味で私も題名から狙いはこうかなと即ピンときた
しかもそのトリックが全体の流れにも関わってくるので、その辺は割り引く必要が有ろうが、そこそこの佳作という評価が覆るほどでもないであろう


No.598 6点 別れを告げに来た男
ブライアン・フリーマントル
(2014/12/04 09:55登録)
先月28日に新潮文庫からブライアン・フリーマントル「魂をなくした男」が刊行された、上・下2巻分冊の大作で、「消されかけた男」に始まるあのチャーリー・マフィンシリーズの完結編との事だ、まぁ多分シリーズ全体ではなくて3部作が完結という意味なんだろうけど、ファンには見逃せないな

特に理由は無いのだが何故か私はフリーマントルはこれまで未読で、いつか機会が有ったらとは思っていたので、マフィンの登場しないノンシリーズだが、スパイ小説デビュー作の「別れを告げに来た男」を初めて読んでみた
読んでみると、フリーマントルという作家に対して私がこれまでイメージしていた感じに結構近いものだった
文体は軽快ではないが重くもなくかなり読み易いので、スパイ小説に偏見を持っている読者に対して、少なくともル・カレなどをいきなり読むよりは取っ付き易いのではないかと思った
逆に暗く重い作風が好きな読み応え重視の読者には、仕掛けばかりが目立ってしまって合わないかも知れない
当サイトでkanamoriさんも御指摘のように、真相の半分くらいは凡その読者は見抜けてしまうと思うのだが、ソ連側の基本的な狙いよりもその手段方法が意表を突いており、これは見抜ける読者はまず居ないだろう
話の舞台が殆ど英国内に限定されるので、国際的な雰囲気には欠けており、スパイものらしいスパイ小説を求める読者にはちょっともの足らないが、スパイ小説には全く興味が無く本格派しか興味の無い読者がたまには毛色の違うものも読んでみようと思ったときには結構お薦めなのではと思う


No.597 6点 或る豪邸主の死
J・J・コニントン
(2014/12/02 09:53登録)
本日2日に論創社からJ・J・コニントン「レイナムパーヴァの災厄」とエリザベス・デイリー「閉ざされた庭で」の2冊が刊行される、先月末刊行の予定が延びたようだ、論創には有りがちなんでまぁいいでしょ
さらに論創社では今月末には、リチャード・S・プラザー、ジョージェット・へイヤー、ジョン・P・マーカンドの一挙3冊を予定している、論創頑張ってんなぁ、まぁ当サイトではプラザーとマーカンドの2冊は登録されなさそうな予感もしますが(苦笑)

J・J・コニントンは黄金時代前期に活躍した英国の本格派作家で、鮎川哲也がファンだったことでも知られている
今回出る「レイナムパーヴァの災厄」は初期の代表作とのことだが、ドリフィールド卿シリーズなので、登録の際にはシリーズ欄に”クリントン・ドリフィールド卿”と入れて欲しかったですね、まぁ大体シリーズものかノンシリーズかを承知している人に作品登録を任せた方がいいんじゃないかなぁ
ところでようやくコニントンもまともな紹介がされるようになってきた
と言うのも、長崎出版「或る豪邸主の死」を除くと、それまで翻訳された2冊はいずれも抄訳だったからだ、「或る豪邸主の死」は唯一の完訳だったが作者の特徴が強く出ているとは言えないユーモア調軽いタッチのどちらかと言えば異色作とのことだし
コニントンは化学が専攻の理系作家で、ミステリーを書く前の初期2作はSF小説らしい、ミステリーの第1作がノンシリーズの「或る豪邸主の死」である

題名の印象で”館もの”か?と期待した人には残念でした、被害者は家族も無く豪邸に1人暮らしなので屋敷内部の部屋割りなどは話に関係無いし、遺族間の葛藤も何も無し
単に殺人事件現場が豪邸内だっただけで、”テーマ的な意味での館もの”では全く無い、もちろん館ものが嫌いな私には無問題
この作品は冒頭に”読者への挑戦状”が掲げられているのも特徴だが、私は読者への挑戦状なんて何の興味も無い読者なのでどうでもいいのだが(笑)
ただこの作品が、読者が推理出来るかというと真相を看破出来た人は少なかったと思う
何故なら読者が推理出来るようには書かれて居ないから(再笑)
たしかに一応は全てのデータが明示されているのだが、しかしそれで読者が推理出来るかどうかは別問題、おそらく作者には本気で読者に挑戦しようとなどは考えていなかったのではないか?、解決編直前ではなくて冒頭に掲げたのも半分冗談なのかも知れない
昨今の本格派オンリーな読者は、読者が推理可能かどうかをやたらと重要視し過ぎる傾向が感じられるのだが、その手の読者には不満が生じるだろうが、私は無問題
私は探偵役が論理的に真相に到達しなければ駄目だとは思った事が無いし、真犯人の告白で事件が解決しては駄目だなんてミステリー初心者の頃から思った事が無い読者なのだ
要はこの事件の概要・物語の展開ならこの真相なら妥当で充分納得出来ればそれで良いと思っているし、読者側も直感で当ててるのは駄目だとも思わない
そもそも理詰めじゃなくても読者に直感で当てられてしまうなんてのは、単に作者の書き方が下手糞かあるいは伏線がストレート過ぎるだけでしょ
まぁ本格派としては特に傑作でもないが、それなりに水準作として面白かった、この作が評価されないとしたら、それは”読者への挑戦状”なんてつまらない趣向を重要視し過ぎるせいだと私は思う


No.596 6点 ナイチンゲールの屍衣
P・D・ジェイムズ
(2014/12/01 09:53登録)
先月27日にP・D・ジェイムズが亡くなったらしい、もう御高齢だったからねえ、晩年までお書きになられてたんですよね、合掌
ジェイムズの翻訳は殆どが早川書房なのでいずれミスマガでも追悼特集組むのだろうけど、好意的な評価ではないかも知れないが先に追悼書評しておきたい

植草甚一などの紹介で日本で最初に広く読まれるようになったジェイムズ作品は「女には向かない職業」だろうけど、作者の中では異色作だからね、世間一般的に作者の出世作と見なされているのは「ナイチンゲールの屍衣」であろう
初期には筆力は有るもののもう1つ個性に欠けるかのように見られていた作者をメジャークラスに押し上げ、らしさをアピールした作品と言われている
その個性の中でも重要な特徴を3つ挙げれば、重厚さと人物描写、そして単純に長さである
私は未読だが初期数作品でもそれなりに重厚な文体では有ったのだろうが、分量的な意味で格別に長かったわけではなかった
「ナイチンゲール」を契機にページ数が大幅に増えていくのである、以降のジェイムズは兎に角にも重厚長大のイメージが付いていく

「ナイチンゲールの屍衣」を昔読んだ時の印象は、古めかしい雰囲気と逆に現代的な要素が入り混じった感じである
怪しげな病院ではあるが、それが現代生活の中に溶け込んである感じ、何て言うか古風な館に現代風家具で設えた部屋が存在するような奇妙な感覚だ
序盤はかなり面白いのだが、案外とつまらない動機といい最後まで読むと何となく期待外れだった
ジェイムズは、舞台は現代的だが骨格は古典本格そのままだと言われる
様式美というものが嫌いな私にはそこが合わない作家なのだが、意図的にクローズドサークルや館ものの定型を狙ったような作品に比べるとジェイムズの方がまだマシかなとも思えるのであった


No.595 7点 ジェゼベルの死
クリスチアナ・ブランド
(2014/11/26 09:56登録)
今秋も恒例の早川と創元の復刊フェアが行なわれた、毎年思うのだが作品選定はどのような基準で決めているのか知りたいものだ、”もっと他に有るだろ(苦笑)”と毎回思うのでね
一応不満も有るんだけどただ今年はちょっと工夫が見られた
創元の昨年の復刊でフィルポッツなら全然レアじゃない「闇からの声」などより「溺死人」とか他に有るだろみたいに言ったら本当に今年はそれ出してきた(微笑)、当サイトでもTetchyさんが復刊版で既に書評済みです
そして早川では以前にR・L・フィッシュの「シュロック・ホームズ」くらいは現役本で読めるようにしろみたいにちょっとキツめに言ったら本当に復刊してくるとは(再笑)
まさか当サイトが影響したとは思えませぬが、もしもですね各出版社の編集部の皆様でたまたま当サイトを覗かれて復刊選定の参考になさっていらっしゃるのなら掲示板にでもお知らせ願いたいですね、さらなる参考意見をご披露いたします、当サイトには私以外にも各出版社に御意見のある方々はいらっしゃると思いますので

創元の復刊フェアについてはまた別の機会に言及するとして、早川の方はミステリー関連としては上述の「シュロック・ホームズ」とリレー長編の「漂う提督」、そしてブランドの「ジェゼベル」の3冊である

クリスチアナ・ブランドのピークは「緑」「急逝」「ジェゼベル」「霧」の中期4大名作であろう、後期の「はなれわざ」あたりだと欠点も目立つのでねえ
特に「緑は危険」と「ジェゼベルの死」は作者の2大傑作という意見が大勢である
以前だが某超有名ネット掲示板で、大きく差を付けて「ジェゼベル」>>>>>「緑は危険」みたいな評価をしている人が居たけど、きっとそいつはトリックにしか興味の無い奴だろうな
この2作は甲乙付け難い傑作である、いやむしろ端正なフーダニットという観点だけで評価するなら間違い無く「ジェゼベル」よりも「緑は危険」の方が上だ
全体の纏まりだと「緑は危険」に劣る「ジェゼベル」だが、その代わりに「ジェゼベル」には個性と衝撃度で傑作「緑は危険」をも凌駕する2つの武器が有る
その2つとは、終盤の真犯人の指摘場面での連続ひっくり返しと、もう1つは戦慄のあのトリックである
ただし前者は私は素直には評価していないのである、何ていうのかなぁ、”連続ひっくり返し”にもう1つキレが感じられないのだよなぁ、そういう要素だけなら私は「疑惑の霧」の方が上なのではと感じてしまう
それで私の評価では作者の2トップの比較では「緑は危険」の方が上なんだよね
ただし戦慄のトリックだけは評価している、初めて読んだ時にはびっくらこいたもん

ところで早川さん、今回は大してレアでもない「ジェゼベル」の復刊ですが、ブランドなら「自宅にて急逝」とコックリル初登場の「切られた首」の新訳文庫化を御願いしたい、ファンもそっちを望んでいるのではないかな


No.594 7点 赤い右手
ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ
(2014/11/21 09:57登録)
本日21日に創元文庫からJ・T・ロジャース「赤い右手」が刊行される、もちろん国書刊行会の例の全集からの文庫化である
こういうのは文庫で気軽に読めるよりもマニアックな全集にでも入ったままで知る人ぞ知るみたいな方が似合っている気もするが、まぁハードカバー版には絶対手を出さない読者も少なからず居る現状では多くの人に手に取ってもらえる方が良いのかも知れん

世の中には名作・傑作と呼ぶよりも”怪作”という呼び方が相応しい作はいくつかあるが、掟破りの荒法師J・T・ロジャースの「赤い右手」などはその代表的存在だろう、まさにどう書評していいのか迷うような怪作である
私が思うに、これは計算ずくで書いた代物ではない気がする
もしこれが周到な計算の元で書かれていたら案外とつまらない作品になっていたのではないだろうか
情熱にまかせて書き散らした結果の産物なのが逆に功を奏したとでも言うような

ところで私はスリラー小説というジャンルが本格派に対して格の低いジャンルだとは全く思っていない読者である
スリラー小説にはそのジャンル内での観点で書評する、従って採点に於いて、スリラーでも本格でも他のジャンルでもそれぞれ10点もあれば1点も有り得るという主義である、本格派なら最高10点まで付けるが非本格には一律に最高5~6点までと制限するとかそんな差別的基本スタンスは絶対に取らない
さてそこでこの「赤い右手」のジャンル分類であるが、当サイトのnukkamさんの御意見に賛成です
スリラーか本格派か?とを分けるのは文章の雰囲気などでは無いと思う、基準は内容である
「赤い右手」の場合は内容的に本格派作品だと思う、スリラー小説には全く別の面白さが有るし、サスペンス小説と呼べるほど人間心理の問題をテーマにしていないし、単に語り手が疑心暗鬼に苛まれているだけに思えた
ロジャースは資質としてこういう文章になってしまう作家なのでしょう
この作品を”本格派に分類する”としたnukkamさんの御判断は正しいと私も思いますね


No.593 9点 金剛石のレンズ
フィッツ=ジェイムズ・オブライエン
(2014/11/13 09:55登録)
死因は病気・事故・自殺様々だが、どんな分野にも”惜しまれつつ若くして亡くなった天才”と呼ばれる人物が居るものである
ロック音楽なら古くはジミヘンやシド・ヴィシャスにニルヴァーナのカート・コバーン、F1ならアイルトン・セナ
芸術分野なら大観や観山と並ぶ明治期日本画の菱田春草
そしてミステリー分野なら本格派でクリストファー・セント・ジョン・スプリッグ
では古典怪奇小説の分野だったら?やはりこの人を挙げたい、その名はフィッツ=ジェイムズ・オブライエン

昨日12日に光文社古典新訳文庫からオブライエン『不思議屋/ダイヤモンドのレンズ』が刊行された
収録短編は異なるが以前に創元文庫から『金剛石のレンズ』の書名で短編集が出ている

南北戦争での負傷が元で早世したオブライエンは、アメリカ作家だが元々はアイルランド生まれで作家として名を上げる為アメリカに移住している、こうした出自が純粋なヤンキー気質のアメリカ生まれの作家には書けない幻想的な味わいを生み出しているのだろうか
ミステリーとホラーの古典時代の歴史的展開には共通点が有る
両分野ともポーという大きな存在が居るのだが、ポーを生んだアメリカはその後は後継者に恵まれず、主導権は完全に英国に握られる、ミステリー分野だと即ちドイルや後続のホームズフォロワー達
アメリカが主導権を奪うのは第1次大全後の本格長編黄金時代に入ってからなのである
実は怪奇小説でも同様の現象が起きていて、ポー以降はアメリカの怪奇小説が沈滞するのを横目に英国ではブラックウッド、M・R・ジェイムズ、マッケンといった専門家を次々に輩出し、英国古典怪奇小説の黄金時代を築き上げた
対してアメリカでは大物怪奇作家を出せなかったが唯一の対抗馬がオブライエンで、ポーとアンブローズ・ビアスの間を繋ぐアメリカの怪奇作家と呼ばれている
オブライエンは怪奇小説のアンソロジーピースとしてよく採用されていて、例の創元文庫『怪奇小説傑作集』にも「あれは何だったのか」が収録されている、創元は以前はアンソロジーに採用された短編は個人短編集から省くという編集部の悪癖が有ったが、この作は『金剛石のレンズ』からは省かなかった、やっと気付いてくれたか創元、今回は新訳だからと言うんじゃなくて本来はそれが当然だ
しかしオブライエンの代表作と言えば筆頭はもちろん表題作「金剛石のレンズ」だ、その豊潤なイマジネーションには驚かされる、作者もう一つの代表作「ワンダースミス」と共にこの2編が読めるだけでもこの短編集の価値が有るというものだ
夭逝しなかったらさらに名作を書いていたかも知れないと思うと本当に惜しまれる
また大滝啓裕氏の懇切丁寧な解説がメチャ素晴らしく、内容手的には8点位だが解説まで考慮して+1点


No.592 9点 眠りなき狙撃者
ジャン=パトリック・マンシェット
(2014/11/10 09:55登録)
先日に河出文庫からJ=P・マンシェット「眠りなき狙撃者」が刊行された、翻訳者が同一人物だから、新訳じゃなくて絶版だった学研版の単純な文庫化と思われる
昨今の河出書房のこうした取り組みは評価すべきであろう、メチャ古~い翻訳なら新訳に切り替える必要があるが、そんなに古びてなくて今でも通用する訳なら通常に入手可能な状況にすることの方が意義が有るしね
それにしても以前の版元は”学研”ですよ学研、ミステリーにも手を出すのかという意外な感がある、しかもマンシェット、
これが小学館ならばミステリー出版に意欲的だった時期があるので普通にミステリー出版社の1つというイメージなのだが、学研ねえ
こうなると河出書房さん、学研版の残った2冊「殺しの挽歌」と「殺戮の天使」の文庫化も考えてもいんじゃないでしょうか

さて仏ノワールの騎士マンシェットの最後の長編であり最高傑作と言われる「眠りなき狙撃者」である
実はこの作以後に長編が途中まで書かれていたのだが未完の遺作となってしまった為、完成された長編としてはこれが最終作となる
何しろ私はマンシェット初心者なので他の作と比較出来ないのだが、とにかく完成度が凄いの一言である
光文社文庫版の「寓者が出てくるお城が見える」も本は所持しているのでまた機会があったら読んでみたい
でも一番要望したいのは早川書房ですよ、新訳じゃなくてもいいからポケミスの「地下組織ナーダ」とあとついでにA・D・G「病める巨犬」を復刊せい、古書価格が高け~んだよ(苦笑)


No.591 8点 野獣死すべし
ニコラス・ブレイク
(2014/11/06 09:57登録)
先日に論創社から、ミルワード・ケネディ「霧に包まれた骸」と、ニコラス・ブレイク「死の翌朝」の2冊が同時刊行された
ニコラス・ブレイクの長編最終作は「秘められた傷」だがこれはノンシリーズなので、探偵役ナイジェル・ストレンジウェイスが登場するシリーズ最終作が今回刊行の「死の翌朝」である
このシリーズはナイジェルが作品が進むのに合わせて作中でも年齢を重ねる要素が有るので、作者が最終作だと想定して書いたわけじゃないにせよシリーズ最終作がどうなるのか気になるところだ

ナイジェルが登場する最終作が「死の翌朝」ならばシリーズ第1作がミステリー分野デビュー作(本職は詩人)が「証拠の問題」で有る
しかし「証拠の問題」は未読なので同じナイジェルシリーズであり作者の出世作の「野獣死すべし」を採り上げよう
イネス、クリスピン、ヘアー等と並ぶ英国教養派ブレイクの代表作の1つである「野獣死すべし」はまさに名作の名に恥じない
とにかく○○トリックという視点ばかりが強調されがちな本作だが、書き手の心理を客観的に読んでの心理分析という手法は、当時としては斬新なのは勿論だが、現代の視点でも読むに耐えるし、歴史的価値だけの作では無いと私は思う
植草甚一だったかな、「Yの悲劇」の影響を論じていたと思ったが、「Yの悲劇」とは発想が違うし植草氏の指摘は飛躍し過ぎとは思うが、10年後に書かれたマクロイ「ひとりで歩く女」などを見ても手記を前半に置くというプロットは、30年代末期の黄金時代本格派が行き詰まりかけていた中で、新たな方向性を模索していた時期らしい作品である


No.590 6点 スリープ村の殺人者
ミルワード・ケネディ
(2014/11/04 09:58登録)
先日に論創社から、ニコラス・ブレイク「死の翌朝」と、ミルワード・ケネディ「霧に包まれた骸」の2冊が同時刊行された
ケネディ「霧に包まれた骸」は長編第2作目だが、実は戦前にそれも原著刊行の翌年に『新青年』に抄訳が有った、今回のはその完訳である、めでたしめでたし‥
と簡単に説明すれば良いわけじゃないのである(苦笑)、何故そんなに性急に翻訳紹介されたのかというと、『新青年』では犯人当て懸賞パズルという扱いだったらしい、道理で抄訳だった訳だ
という事は原著も読者挑戦的要素が強いという事なのだろうか?

さてケネディの完訳はこれまでたったの2冊、1冊は代表作「救いの死」で国書刊行会の例の全集に入っていたが、2冊目の「スリープ村の殺人者」は新樹社だったので今ではもう忘れられている感が有る、ここで掘り起こそう
私が思うにミルワード・ケネディという作家は、探偵役という存在に着目しそして懐疑の目を向けた作家だったと思う
例の森事典でも、ケネディは佳作揃いのノンシリーズ作品に比べて、盟友A・バークリーの迷探偵シェリンガムみたいなユニークな探偵役を生み出せなかったと指摘されている
たしかにシリーズ探偵も2人創造しているが、両探偵役共に2作ずつしか無く、これではシリーズ探偵キャラで人気を博すのは無理な話で、結局は作家としては少々マイナーな存在で終わってしまった原因の1つだろう、ただし黄金時代の英国探偵作家クラブの重鎮の1人でもあり書評者としては名を馳せていたらしいが
尚、今回刊行された「霧に包まれた骸」は初期の数少ないシリーズ探偵ものの1作である

ケネディの探偵役の存在というテーマは代表作「救いの死」で十二分に発揮されているが、本書「スリープ村」ではその辺がやや薄味でヘソ曲り作家ケネディにしてはオーソドックスな本格だと森事典も指摘されている
まぁ作者比ではそうなんだろうけど、2作しか読んでない私としては「救いの死」が極端なだけで、この「スリープ村」もなかなか一筋縄ではいかない
「救いの死」では探偵が推理能力が有るのは当然として、人間性的にも優れた人物である必要性が有るのか?というテーマに挑戦していたが、「スリープ村」では、そもそも探偵役というのは物語当初から登場して探偵役としての存在感を発揮する必要性が有るのだろうか?というテーマに思える
探偵役が最初から登場はしていてしかも中盤でもちゃんと推理する場面も有るにも拘らず、終盤になって読者が初めて探偵役の存在に気付くというのはよく有る手法かも知れないが、そこに早くから目を付けたケネディのすれからしな視点は評価したい


No.589 8点 ハロウィーンの死体
ポーラ・ゴズリング
(2014/10/31 09:57登録)
* 季節だからね (^_^;)

私にとってポーラ・ゴズリングはこれまで敬遠していた作家だった、何故なら初期のゴズリングは1作毎にジャンルや作風が異なっているとガイド本などにも解説されていたからだ
私は各作家について、この作家だったらこういう作風だとはっきりしている作家が好きである、いや好きと言うか手を出したい理由である、書く度に作風の変化する作家は嫌いだ
誤解されないように言うと、ジャンルミックス型とかジャンル境界線上の作家というパターンは問題ないんですよ
例えばジャンルが曖昧な異色短篇作家群などは結構好き、つまり”ジャンル境界線上の作家”というカテゴリーで捉えればいいんだから、要するにそういう作風で全作押し通しているなら”そういう作家”なんだと割り切ればいいだけの事
嫌いなのは作風やジャンルが書く度に変化するタイプなのだ、私は”この作家だったらこんなタイプ”と一言で説明出来るタイプの作家が読みたいのである
したがってゴズリングはどうにも手を出し難い代表格だった

私は未読だが初期のゴズリングは本当に訳が分からない、そもそもゴズリング自身がアメリカ出身なのに英国に移住して英国でデビューしている
アメリカが舞台のデビュー作でCWA賞新人賞を獲ると続く2作目は舞台が国際的で、3作目の舞台がロンドン、4作目はスペインと転々、ジャンルも転々とした
舞台がアメリカに戻った第5作目のCWA賞受賞作「モンキー・パズル」で登場するのがストライカー警部補でこの主役は後にシリーズ化される事になる

ゴズリングの作風が定まってくるのはストライカー警部補とゲイブリエル保安官が共演する「ブラックウォーター湾の殺人」以降で、その後はゲイブリエル保安官の単独出演シリーズが何作か続く事になる
ゲイブリエル保安官単独主役のブラックウォーター湾シリーズ2作目が本書「ハロウィーンの死体」なのである
解説の大津波悦子氏はこのブラックウォーター湾シリーズについてコージー派ジャンルだと断定しているのだが果たしてそうだろうか?
大津波氏の見解にも一理は有ると思う、舞台がブラックウォーター湾近辺というそこそこ狭いコミュニティ内で、登場人物もそこの古くからの住人が中心となり、余所者も登場はするがあくまでも外部者視点になっている
ただコージー派は一種の専門分野であり一般的にコージー派作家はコージー作品しか書かない、本書はたしかにコージー派的要素も有るのだが、やはり純粋なコージー派かと言われると内容的に違和感は有る
私もジャンル投票では迷った、結局無難に本格派に投票したが”本格派とコージー派と警察小説とのジャンルミックス”という言い方が一番近いかも

さてゴズリングの評価だが、特に初期作品への当サイトでの評価の低さには驚いた、これは作者が進歩したのだろうか?、それとも私の感性が他の書評者の方々と大きく食い違っているのだろうか?、それともただ単に私の見る目が無いのか?
私は今回初めてポーラ・ゴズリングという作家を読んでみたわけだが、少なくともこの「ハロウィーンの死体」を読む限りではゴズリングは間違いなく筆力の有る作家である、CWA賞受賞作家だというのも肯ける
文章力は初期作でも劣っていたとも思えないので、初期は余程プロット構築が下手だったのだろうか、本書はプロットも良いだけにあまりの評価のギャップに逆に初期作も読んでみたい気もしてきた

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