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ミステリの祭典

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高い窓
フィリップ・マーロウ

作家 レイモンド・チャンドラー
出版日1959年01月
平均点7.00点
書評数9人

No.9 2点 レッドキング
(2021/06/10 20:31登録)
フィリップ・マーロウ第三弾。人好きのしない未亡人から、紛失した奇貨コインの探索依頼を受けたマーロウ。関連先を訪ねては次々殺人死体に出くわして・・・。第一作同様、依頼本筋が横ズレして終わるホワットダニット展開だが、面白い場面は、脇役キャラ・・ニンジン男、用心棒電柱男、エレベーター爺さん・・達のユニークな描写。
第一作の「ソルジャー」に始まり「ブラザー」「ジャック」「ビッグ・ボーイ」と続く、半敵半味方キャラのマーロウの呼び方がよい。そのままカナにした春樹訳・・他者訳いざ知らず・・あの辺のセンス、グッドね。
※ところで、第二作の「Farewell, My Lovely」ってタイトル、この作の方にこそふさわしくね?

No.8 8点 斎藤警部
(2018/08/03 06:14登録)
「だとすると、」 言葉を切った彼女の顔に笑みが広がり、愉悦の表情に至った。「だとすると、我が愛しの義娘(むすめ)は殺人に巻き込まれたかも知れない、ってわけ..」 こんな悪い台詞を吐く、シャウトに興が乗ったバリー・ホワイト(肥満でゴージャスでディープな往年のバリトン型ソウルシンガー)の様な初老の未亡人が、今年の夏の依頼人です。

ヘイ、チャン、君の書く犯罪小説ってやつは本当に、屍体にぶちあたる予感の瞬間から空気が冷んやり鎮まるさり気ないメリハリがヤバいぜ。  
「あれは事故だった」「なぜ君は殺しを無駄にする?なぜ公明正大な殺人を犯したと言わない?」

雇主から提示された謎は、行方知れずの’息子の嫁’と一財産の稀少金貨、それらを取り巻く状況全て。状況の中には、言うだけ野暮だがほぼ同等のキャラクタ強度で魅力的に(時に反感炎上で)描かれる数多の脇役陣や、複数の死、酒場や民家での喧噪、そして過去の。。。。。。非●●的行為等が含まれる。 物語の進行に直接の爪痕は残さなくとも読者の胸に鮮やかな記憶のレリーフを刻んでくれる凄いチョイ役達も期待以上。老いたエレベーターボーイ(?)から、本当の人間ではない或る彫像まで。。 「それにだな、君に奴らが処女だとどうして分かる?」

第十一章出だしから染み入り始める友情めいた手探りのヴァイブズがいいね。 ブリーズ(警部補?)は魅力ある奴だ。 ちょっとチャラいが’サマー・ブリーズ(シールズ&クロフツ)’が聴きたくなるぜ。

「眼鏡をしてませんね」 私は言った。 彼女は小さく、落ち着いた声を出した。 「ええ、家にいる時と、読書の時だけですの。今はバッグの中です」 「あなたは今、家の中です。眼鏡を掛けたらどうですか」 私はバッグに手を伸ばした。彼女は動かず私の顔を見つめている。私は少し体をそらし、バッグを開け、中から眼鏡を抜き出し、テーブルの上を滑らせた。 「掛けてみなさい」 「ええ、掛けます」 彼女は言った。 「でも先に帽子を脱がなきゃ 。。」 「そうだ。帽子を脱ぎなさい」 彼女は帽子を脱ぎ、膝の上に抱えた。そこで彼女は眼鏡のことを思い出し、帽子を忘れた。眼鏡に手を伸ばすうち帽子は床に落ちた。彼女は眼鏡を掛けた。すると彼女の見栄えが格段に良くなった。  ← 忘れえぬ人物描写

本格ミステリへの共感満ち溢れる、うっすらセミパロディの芳香ただようマーロウの推理教室にゃァ萌えずにいらりょうか。 そしてこの、語らずの迅速明晰に過ぎる真相看破はもしや、年少の先輩が創作した某探偵へのちょっとくだけたオマージュではないかとさえ。。
「思うね。推理だよ。きみの煙草は ~~中略~~ それで君は吸い殻を持ち去った。どうだね?」

“最初の思いつきはあまりに軽い感触(タッチ)で、ほとんど気づかないまま通り過ぎてしまった。羽毛の感触、そこまでも行かない、舞い降りる雪の感触。。 高い窓、一人の男が外へと乗り出す ・・・ 遠い遠い昔 ・・・ 突然、ピースがハマった。 興奮で頭がシビレる。”

本格寄りの謎解きに掛かるドライヴが強いのは、いつにない余得。当初のストーリー焦点らしきオブジェクトがどんどんダミーに化けて行く焦燥、こちらはまた、熟達のバランス/アンバランスで心を焦がしてくれるじゃないか。憎めない悪党とのやり取りも魅力だ。 「報酬は時間と健康という事になるかな」 「どちらにしても彼女とはちょっと話してみたい。差し支え無ければ」「差し支えると言ったら?」「やっぱり話したいね」

ここだけの話ですが、表題の「高い窓」とは●●●●製造●●の●●か何かに関係するアイテムではないかとあらぬ方向に妄想したものです(涙) … “白い月灯りはくっきりとして冷たく、我々が夢に見ても見つける事はできない、正義の様であった。”

最後にブリーズが物語に還って来て、いい話をマーロウと飛ばし合ってくれたのは最高だったな、期待に応えてくれた。あの章はやっぱり好きだぜ。 そしてマーロウにはバーボンよりスコッチが似合う。 何故なら、そっちが俺の好みだから。 ほの明るい気分で胸に沁みる短いラストシークエンス(一人チェス)と、最後の乾杯の言葉で確認される、男気の心地良さ!

たまには原書でキメてみました。(引用箇所は拙訳です。ご諒承ください。)

No.7 8点 tider-tiger
(2017/01/26 16:03登録)
『さらば愛しき女よ』とともに私がもっとも好きなチャンドラー作品であり、褒めどころを必死に探さなくてはならない『さらば愛しき女よ』とは違って、チャンドラーの長編三作目にして初の成功作(完成度が高い)だと思っています。
ただ、タイトルが地味で内容も地味なんですよね。謎の核心を端的に象徴したいいタイトルだと思うし、内容もちゃんとしているのにイマイチ盛り上がらない作品。ミステリ要素はあってもエンタメ成分が希薄。序盤から中盤は淡々と進行し、盛り上がりが終盤に集中している。
やはり、文章、雰囲気、場面、人物を味わうのがチャンドラーの愉しみなのでしょうか。しかし、敢えてマーロウの感情の動きを味わうともいってみたい。ハードボイルドで感情を味わう?
ハードボイルドは登場人物の内面や感情を描写せず、行動を描く手法だと聞いたことがありますが……本作の依頼人との顔合わせのシーン。好きだの嫌いだのの直接的な描写はこの場面の最後まで出てきません。でも、マーロウの依頼人への嫌悪感は最初から疑問の余地なく読者に伝わる。
~彼女は顔を赤かぶのようにまっか(真っ赤)に~します。薔薇のように真っ赤ではないのです。
依頼人の亡夫である『じいさん』は地域社会に尽力し、毎年命日は新聞に写真が掲載され、『彼の生涯は奉仕であった』という献辞がつく(笑)そうです。
シニカルな視線で依頼人や邸宅の様子が描写されていきます。依頼人は喘息もちらしいのですが、~私は片方の脚を膝の上で組んだ。そのために喘息がひどくなるということはあるまい。~と、マーロウ。その場のイヤな空気が歴然としています。
当初の依頼は金貨の盗難事件です。この件の真相はよく考えられています。ところが、どうもそこに焦点がいかない。物語はぜんぜん違う方向に進み、真相が徐々に判明するにつれてマーロウの義憤がどんどんヒートアップ、マーロウの気持が直接的に語られる終盤の会話、言葉自体は淡々としていますが、非常に強い感情がこもっています。ここで読者はカタルシスを得られます。

「あなたはこわくない。あなたをこわがる女の人なんて、いるはずないわ」
若い頃よりも、なぜか今の方が泣けてしまうのですよ。
とにかく、地味で動きの少ない小説を愉しめる人には一押しの作品です。

気になる点。
1マーロウが事件の真相を長々と説明する構成がちと不細工。
2トラウマ。記憶を改竄、喪失させるというトラウマ。
喪失した記憶を取り戻すことによって、心の傷が癒えていくという。
こういう設定は数多の小説で目にするも、本当にそんなことが起こるのか?
近代小説に最も大きな影響を与えた人物はドストエフスキーやヘミングウェイではなく、ジグムント・フロイトではないかと。半ば冗談、半ば本気でそんなことを思うわけであります。

さて、残るはもっとも印象の薄い作品と言われがちな『かわいい女』と、最高傑作とされる『長いお別れ』 
かわいい女(けっこう好き)の褒めどころを探しつつ、長いお別れ(もちろん好きだけど世評ほどに好きではない)は弱点を見つけ出そうと、そういう方向になりそうです。

※『湖中の女』『高い窓』田中訳も読んでみたいですね。クリスティ精読さんが引用した部分に関しては、田中訳の圧勝ですな。
村上訳は『ロング・グッドバイ』を購入済みなのですが、なんか読む気になれない。
村上氏のチャンドラー長編翻訳計画は『湖中の女』を残すのみになりましたが、なんか湖中は村上氏好みの作品ではないような気がするのです。むしろ、氏があとがきで「実はわたしはこの湖中の女はあまり好きな作品ではない」とかなんとかと、もっとも入門に向いている作品をディスったりしないだろうかと危惧しております。

No.6 8点 クリスティ再読
(2016/07/19 23:05登録)
本作は面白いわりに知名度がないのは、いわゆる「チャンドラー節」みたいなものが薄いせいなんだろうな...本作にはいわゆる名セリフはない。しかし細部へのまなざしが印象的だ。プリーズ警部補の葉巻の吸い方、フィリップスの帽子、モーニィ夫妻の夫婦喧嘩、モーニングスターの駆け引き、エレベーター係の老人などなど、デテール描写が新鮮というか衝撃的なくらいな覚醒感がある。
実は本作の直前に「占星術殺人事件」みたいなお約束をよしとする小説を読んでいたためか、チャンドラーなんて読むと、ミステリのコンベンションに対して斜めに構えた、オフビートなクールさが無性にカッコよく感じられる。そう、意外に本作はモダンな雰囲気があるんだよね。少なくとも70年代くらいの背景にしても違和感がないんじゃないかな。
でしかも、本作は短編をつぎはぎしたものではない、一貫したプランで書かれた作品なので、マーロウがちゃんと名探偵していて真相をしっかり暴いている。チャンドラーは合う・合わないがあるだろうけど、本作が一番つじつまの合った「無難な名作」になるような気はするね。
けど、ミステリとしてはホントにオフビートだと思う。家出した妻はあまり真相にからまないし、金貨は盗難かどうか微妙だし、マーロウは殴られもしないし、銃も撃たないし...派手なところはないんだけど、ロスマクみたいに地味に倒れない。ちょっと不思議な作品である。

No.5 7点 mini
(2014/12/08 09:58登録)
先日4日に早川書房からレイモンド・チャンドラー「高い窓」が刊行された、御馴染みの村上春樹氏による新訳の一環である、念の為に言いますが文庫版じゃないですよ
単行本で過去に刊行されたものの文庫化というのは既に有るけど、「高い窓」の村上訳は今回が初めてだからねえ、当然単行本です
それにしても従来はカタカナ表記だったのが、「大いなる眠り」から路線変更、今回も”ハイ・ウィンドウ”じゃないんだねぇ、こういう一貫性の無さがノーベル文学賞を逃‥、あっいや何でもありません(苦笑)

私が昔読んだのはもちろん旧清水訳だけど、清水さんが調子が悪い時期だったのか、世間一般では精彩の無い翻訳みたいに言われてるみたいで‥
チャンドラーの代表作と言うと後期だったら「長いお別れ」で異論は殆ど無いと思われるが、前期の代表作選定には意見が割れそうなんだよね
日本では「さらば愛しき女よ」が票を集めそうだけど、実は海外の里程標などの採用状況を見ると前期限定なら「高い窓」の評価が高い印象が有る
内容的には、謎解き的な観点からはプロットの錯綜した「大いなる眠り」や「さらば愛しき女よ」などよりも「高い窓」の方が纏まりが良いんだよな
この原因は先に述べた旧清水訳にあるのか、もしかしたらもっと単純でさ、邦訳題名が「大いなる眠り」や「さらば愛しき女よ」の魅力的な言葉じゃなくて「高い窓」という何の変哲も無い言葉のせいなのか、う~ん
まぁ「さらば愛しき女よ」が特に名作には思えなかった私としては前期代表作として「高い窓」の方を推したいのである

No.4 7点 あびびび
(2013/12/25 02:45登録)
「あなたは私の事をあまり好きではないでしょう」と、依頼人である傲慢な夫人。「好きだっていう人がいますか」と、探偵のフイリップ・マーロウ。それでも彼はプロに徹し、危険で複雑な難事件の渦中に入り込む。

ハードボイルドは、つくづく洒落た会話が命だなと改めて思った。

No.3 7点 E-BANKER
(2011/11/13 20:10登録)
フィリップ・マーロウ登場作の長編3作目。
名作と名高い「さらば愛しき女よ」に続く1942発表の作品。

~パサデナの裕福な未亡人の依頼は、盗まれた家宝の古金貨を取り戻して欲しいというものだった。夫人は息子の嫁を疑っていたが、マーロウは家庭にはそれだけではない謎があるのを感じとっていた。傲慢な夫人と生活力のない息子、黒メガネの謎の男。やがて事件の関係者が次々と殺されていき、マーロウの前には事件の意外な様相と過去の出来事が浮かび上がってくる・・・~

実に堪えられない作品。
「これぞチャンドラー、これぞマーロウ」・・・というのが率直な読後感。
今回、マーロウが巻き込まれるのは、紹介文のとおり、古金貨の盗難に端を発する事件なのですが、捜査を進めるごとに、正体不明の人物が登場し、事件がどんどん広がっていくという展開。
ついには、連続殺人事件に発展してしまう。
残り頁が少なくなってきて、どうやって収束させるのか?と思ってましたが・・・
マーロウの推理はなかなか鮮やか。頻発した事件の1つ1つをきれいに結び付け、味わい深く解決してしまいます。
そういう意味では、本作は単なるハードボイルドではなく、ミステリーとしての謎解きも楽しめるのがいい。

人物の造形も相変わらず見事。特に、マールですかね。
(昔の事件の真相は分かったうえでの、老婦人への忠誠だったのでしょうか?)
いずれにしても、チャンドラーのハードボイルドをたっぷりと楽しめる良作という評価。

No.2 8点
(2010/08/08 23:28登録)
ストーリーを覚えられないチャンドラーの中でも、本作は特に記憶から見事に消え去っていました。本当に初めて読むのと同じ。普通だと凡作だからということになるのでしょうが、これが実におもしろいのが、チャンドラーの不思議なところです。
稀少価値のある金貨の盗難についてのからくりは、意外にていねいに考えられています。マーロウの捜査も行き当たりばったりではありません。安易なところというと、第2の殺人直後、都合のいい偶然が1箇所あるくらいのものです。なお、第3の殺人での立ち聞きの偶然性などは安易だとは思いません。はぶいてしまっても構成上問題は起こりませんから。印象的な場面をつなぎ合わせるスタイルの作者にしては、謎解きミステリとしての構成もよくできた作品だと思います。
しかし、本作最大のサプライズは、Tetchyさんも指摘されているマールの人物造形でした。後半彼女の存在感がどんどんふくらんできます。

No.1 8点 Tetchy
(2009/03/19 15:16登録)
『さらば愛しき女よ』の後に出たということで期待してしまうせいか、あまり評されない作品だ。
古金貨の捜索という、人捜しではなく物探しというところが他の作品と違う特異点だが、それが特化されないのは結果的に行きつく所がある家族の過去であるからかもしれない。

それでもしかしきらめく文章が横溢している。例えばこんな文章。

「家が視界から消えるにつれて、私は奇妙な感じにとらわれた。自分が詩を書き、とてもよく書けたのにそれをなくして、二度とそれを思い出せないような感じだった」

こんな経験は誰でもあるのではないだろうか?こういう言葉にしたいがどういう風に言い表したらいいのだろうかともどかしい思いをチャンドラーは実に的確に表現する。
詩的なのに、直情的。正に文の名手だ。

そして本作では依頼人の秘書のマールと運転手のキャラクターが鮮烈な印象を残す。
特にマールの存在については現在にも繋がる問題として、読後しばらく考えさせられてしまった。

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