ガラスの村 |
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作家 | エラリイ・クイーン |
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出版日 | 1960年01月 |
平均点 | 6.55点 |
書評数 | 11人 |
No.11 | 5点 | 文生 | |
(2024/03/29 14:30登録) 当時アメリカで吹き荒れていたマッカーシズムを批判した社会派ミステリーであり、50年代クイーンの数少ない代表作とされています。クイーンとしては珍しい社会派作品だったり、即席裁判の趣向だったりは大いに興味をそそられたものの、やはり本格ミステリとして地味な点は否めません。 |
No.10 | 7点 | HORNET | |
(2022/01/04 16:43登録) 数少ない、シリーズ(クイーン親子)外の作品。 時代の変遷についていけず、寂れつつある閉鎖的な地域で、村の誇りとも言える有名な老婦人画家が殺害された。すると、直前に婦人画家の家を訪れていた、怪しいよそ者の男が居たことが分かり、住民たちでとらえられた。地元の判事・ルイス・シンは、すぐにも州警察に知らせ、公正な裁判に掛けるよう申し出るが、住民たちは「自分たちで裁く。この男は町から出さない」と非常識な態度をとる。男が犯人だと決めてかかり、自分たちで死刑を下そうとする住民たちを前に、シン判事は、あえて無効になる裁判を自分たちで行い、そのまま州警察へ引き渡そうと画策する— 巻末の訳者のあとがきによると、当時のクイーンが、マッカーシズムに対する義憤を込めて描いた作品であるらしい。そうした政治事情は分からないが、田舎町の歪んだ団結意識と偏見に凝り固まった住民たちと対峙する理性、という構図の物語はなかなか面白かった。 手作りの法廷で行われる裁判は、終始アリバイ確認の様相で、それが長く続くのは少し退屈ではあったが、被害者が最後に描いていた絵画から真相へと向かっていくくだりはクイーンらしいロジカルな展開で、物語ラストの住民たちの意外な態度も気持ちよく、読後感もよかった。 |
No.9 | 5点 | 虫暮部 | |
(2020/08/27 13:55登録) 赤狩りを主導したマッカーシー上院議員のファースト・ネームは、ジョゼフ。EQは本作で散々な目に遭う余所者にその名を与えている。露骨だ。まぁここで描かれた危うさはマッカーシズムに限らずいつでもどこでも有り得るものだし、読者が作者の意図云々に縛られる必要はないわけで、そんな知識は蛇足だけどね。 |
No.8 | 5点 | レッドキング | |
(2019/12/12 21:37登録) 米国北部の寒村で起きた女流画家の殺人事件。閉鎖的な共同体に紛れ込んだ怪しげな異邦人の容疑者をめぐる裁判。裁判自体が奉行所~裁判官と、良く言えば「プロ」悪く言えば「おかみ」の物だった我が国と違い、住民から選ばれた陪審員の評決で決せられるシステムの近代西洋。だがそれは必ずしも素晴らしい物とは言えず、共同体のおぞましさをあぶりだしてゆくこともある。 「全体集合Xの中に殺人者がいる」「異邦人Aは犯人で『あり得る』」「A以外は犯人で『あり得ない』」「従ってAが殺人者である」・・「災厄の町」「フォックス家の殺人」同様に犯人特定のロジックのトリック見破りのミステリ。ただ2作に比べると設定が甘い。➀いくら閉鎖的な小村とはいえ集合X以外に、あるBが存在していたかも知れない。➁「A以外にはあり得ない」の縛りが弱い。私でさえ、ある人物のアリバイについて「ん? それウラとらなくてよいの?」となり、結局そいつが犯人だった。だからミステリとしてはせいぜい3点。 せいぜい3点だが、 「・・この討伐隊はインディアンの村をかたっぱしから焼き払って・・大人も子供も全部虐殺してしまった・・」 「あなたは本当の恐怖を知っていますか? 地獄とはこのことです。ヒロシマはこの世の地獄でした・・・」 いくら西洋のアウトサイダーのユダヤ人とは言え、「反乱の60年代」以前に、こんなセリフを二人の主役に言わせた作者に敬意を表し点数はオマケ付き。 |
No.7 | 7点 | nukkam | |
(2018/12/29 21:03登録) (ネタバレなしです) 本格派推理小説の作者としての水準がガタ落ちした(と個人的には思っています)時期の作品であり、しかもシリーズ探偵の登場しない作品なので長らく敬遠していたのですがこれは大変な失敗でした。実にいい作品です。人口わずか36人のニュー・イングランドの村で殺人事件が起きます。かつて司法に委ねた裁判で自分たちが納得できない判決が出たことを忘れず、今でも根に持っている村人たちは今度は自分たちで解決すると容疑者(よそ者の外国人)をリンチにかけてしまい、容疑者引き渡しを求める司法と一発触発の状態になります。主人公たちが何とか公平な裁判を受けさせようと四苦八苦するプロットが印象的です。法廷シーンもドラマチック、中立的とは言えない村人たちが参加する裁判がどこへ行き着くのかサスペンスは高まり、しかも謎解き推理がしっかりしていて1950年代クイーンの最高傑作だと思います。1954年発表の本書は当時の米国のマッカーシズムへのアンチテーゼとして書かれたと紹介されているようですが、時代背景をよく知らない読者でも十分に楽しめる作品です。それにしても人情が絡むと正義と秩序を守るのも大変ですね。 |
No.6 | 7点 | 人並由真 | |
(2017/07/24 14:17登録) (ネタバレなし) 地方の街での群像劇とフーダニットものの興味が渾然となった秀作。事件のカギとなるキーアイテムのあつかいも自然でよく出来たヒューマンドラマミステリである。 ポケミスでの初刊当時、日本版ヒッチコックマガジンの書評ではクイーンのそれまでの作中、もっとも美しいラストシーンと評価された記憶があるが、その言葉にウソはないね。 原書の刊行直後、一流のスタッフ、キャストでこれを一時間枠のワンクールものの白黒テレビシリーズにしてほしかったなあ。 |
No.5 | 8点 | クリスティ再読 | |
(2016/10/31 22:27登録) 本作はかなり異色だけど、本格原理主義者じゃないなら中期のクイーンの傑作でイイと思うよ。まあクイーンっていうと最後までレギュラー探偵の作品がほとんどで、クリスティやカーがレギュラー探偵に飽きて、いろいろやっていたのと比較すると本当にストイックなんだけど、本作はエラリーは登場せずに、アプレな帰還兵が臨時の探偵役を務める珍しい作品だ。まあ皆さん書いているように、時事批判の目的があるのは言うまでもない。今大統領選も終盤で、評者なんか本当にトランプってキャラがウケること自体理解不能なんだけども、そういうアメリカの草の根保守とかリバタリアニズムといったあたりの、日本人には理解困難なアメリカの風土はこの頃からそうそうは変わっていないようにも感じるのだ。 で、そういうアメリカのバックボーンをなす特性としての「裁判制度」を、クイーンは本作で批評的に使っている。村人たちをなだめかつ真犯人を探す目的で、実にヘンテコな裁判を主人公グループが主催する格好になる。これが裁判手続きの理念みたいなものを考えると、作中で承知の上で悪夢的なことをしていたりする...法廷モノとみると奇作・怪作の部類だと思うけど、これがプロットとしてうまく機能しているあたり秀逸。「開いた口がふさがらない」ような手続きを愉しんで読むといいよ。 謎解きも自然で、このレベルなら素人探偵が急に閃いても不自然にならないってくらいのもの。しかもうまく覆われているので、パズラーとしては小粒でも評者はこのくらいの方が好感が持てる。まあ青い車氏同様評者も、本作とちょっと似ている「Zの悲劇」の死刑囚のヒドい扱いから見ると、クイーンの作家的成熟を本作には感じたりするわけだ。 |
No.4 | 6点 | ボナンザ | |
(2016/10/22 11:58登録) クイーン後期のノンシリーズの佳作。 法廷ものや田舎ものとしても楽しめる一方、謎解きも一定の水準なのが嬉しい。 |
No.3 | 8点 | 青い車 | |
(2016/05/20 17:01登録) 先日図書館で借りて読んだ読み残していたエラリー・クイーン。この作品の頃になると、クイーンはストレートな本格ミステリーから遠ざかりドラマに重きを置くようになり、好みの違いはあれど謎解きの純度が落ちているのは概ねどのファンから見ても意見が一致しているようです。僕は比較的初期のパズラーを愛好していたのでこれはしっくり来ないのでは、と思っていました。ですが、読み終わったら大満足。思わぬ大当たりでした。 淡々と村やその住人、事件の発生、裁判が描かれるため中盤にかけては正直退屈でした。しかし、主人公ジョニー・シンの無実の男を救うため立ち上がるクライマックスには大袈裟でなく感動しました。クイーンを読んでこんな感情を覚えるとは。知的好奇心から事件に首を突っ込む最初期のエラリーや、『Zの悲劇』でのドルリー・レーンとはその点比べものにならないカッコよさです。 それでいてもうひとつの見どころは意外にも高水準な謎解き(作者の手にかかればこんなものが推理の材料になるのか!)。考えてもみれば自明のことなのになかなか気付けない、絶妙な難易度です。犯人の犯行経緯やアリバイトリックまで実に緻密に考えられています。長々と書きましたが、ファンならマイナーだからといってけして外せない作品とお薦めします。 |
No.2 | 7点 | Tetchy | |
(2011/06/05 20:25登録) ネタバレあり! クイーン作品にしては珍しくほとんどが法廷シーンで繰り広げられる。 法廷シーンばかりであっても、きちんとロジックで容疑者の無実を判明するところがさすがはクイーンである。特に超写実主義といえる被害者ファニー・アダムスの絵を巡って推理が繰り広げられ、真実が明るみに出るあたりはもう見事の一言だ。まさか焚き木が最後に絵が描かれているか否かでその作品がいつ書かれたかが判明するとは思わなかった。実に上手い小道具だ。 閉鎖された空間での魔女裁判を描いた本書。題名が示すとおり、一枚岩と思えた村人たちの団結は実はガラスのように脆いものだった。地味な作品だが、本書に込められたテーマは案外重い。 |
No.1 | 7点 | 空 | |
(2009/01/10 17:39登録) クイーン流社会派ミステリです。事件そのものは、エラリーが登場していたらたぶん半分の長さで解決してしまっていただろうと思える程度のものなのですが、初めていわゆる名探偵を起用しなかった作者の狙いはもちろん別のところにあります。直接的にはマッカーシズム(赤狩り・1950年代前半の過激的反共産主義)批判だということですが、人間がともすれば陥りがちな偏見に対する厳しい視線は、それを超える普遍性を持っていると思います。 |