なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか? 別題『謎のエヴァンス』『謎のエヴァンズ殺人事件』『なぜエヴァンスに頼まなかったんだ?』 |
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作家 | アガサ・クリスティー |
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出版日 | 1956年05月 |
平均点 | 5.58点 |
書評数 | 12人 |
No.12 | 6点 | 弾十六 | |
(2025/09/11 06:08登録) 原題Why Didn't They Ask Evans? 日刊紙News Chronicle 1933-09-19〜11-01 (37回, 挿絵画家不明)、米国初出: 月刊誌Redbook 1933-11 (1回 挿絵Joseph Franké、短縮版、掲載タイトルThe Boomerang Clue)、単行本: 英版Collins(1934-09) 米版(1935 The Boomerang Clue) 楽しい軽スリラー。アガサさんお得意の若い娘の冒険物語。男は助手的な役割。意外と女性が活躍する話は当時は少なかったのでは?ロマンスもあり、めでたく新聞連載に採用された。 オハナシとしては『秘密組織』のノリを再現したような感じ。ロマンス部分の緊張感が足りないけど、謎を上手に処理していて、楽しい感じを保っている。アガサさんは基本的に無邪気なヒトなのだ。 以下トリビア。 小説中に月日と曜日の組み合わせや季節などの記載が全くないが、作中現在はp12, p18, p49, p89から推測可能。ウェールズで日没が18:00なのは3月10日か10月18日(Webサイトtimeanddate.com、天体アプリSteralliumでCardiffの1930年3月10日18:00を再現してみたが日没で間違いなかった)、事件の日は5日なので3月5日水曜日が冒頭。直近では1930年が該当。 英国消費者物価指数基準1930/2025(83.53倍)で£1=16304円、1s. =815円、1d. =68円。 p10 ボビイ・ジョーンズ(Bobby Jones)◆ 球聖Bobby Jones(1902-1971)は1920年代に大活躍している。 p12 太陽はまさに沈みかけていた(The sun was on the point of setting) p18 六時のミサにオルガンを(to play the organ at the evening service at six o'clock)◆ evening serviceは英国国教会の公式訳語では「晩祷」らしい。「ミサ」は内容が異なる用語のようだが、詳しく調べていません… p21 ショパンの葬送行進曲(Chopin's funeral march)◆ ピアノソナタ第2番 変ロ短調 作品35の第三楽章。 p25 切符の色(My ticket's the wrong color)◆ 客車の一等、二等、三等の切符の色は違うようだ。鉄道各社で共通だったのだろうか? ググって画像を探したが、よくわからなかった。 p26 五シリングのチップをはずむ(habits of tipping everybody five shillings) p26 バスルームはいつまでたってもあんなふう(the bathrooms in the state they are)◆ ここの意味は良くわからない。 p27 バルリング(Bullring)◆ クラブ?の名前のようだ。バーミンガムのBull Ringに関係あり? p28 テニスをする(play tennis)◆ 第13章でもテニスをやっている。 p29 検死廷(インクエスト) p40 事故死(misadventure)◆ Inquest用語としてはan accidental death caused by a risk taken voluntarily(リスク承知の行動が引き起こした不慮の死)。これに対してaccidentという評決は「故人が無分別な故意のリスクを冒していない」という含意があるようだ。(英Wiki "Death by misadventure"より) p45 日曜新聞の通信欄(a correspondence in a Sunday paper) p49 六日付の手紙(Your letter of 6th)◆ 事件の次の日 p50 十五ポンドで五台(five cars... for fifteen pounds the lot)… オースチン(Austin)… モリス(Morris)… ロベル(Rover)◆ 中古車の仕入れ値。かなり安いので、大きな修理が必要なボロ車だろう。1920年代のAustin Sevenの広告では145ポンド〜。 p51 ヴエノス・アイレス(Buenos Aires)◆ なぜ「ヴ」? p59 ベントレー(Bentley)◆ Bentley 4½ Litreだろう。p268ではthe green Bentleyと色指定があった。 p60 へびの歯の話に効果を与えるために、シェークスピアを引用(quoted Shakespeare on how sharper than a serpent's tooth)◆ 翻訳はちょっとズレている。"King Lear" Act I, Scene 4の、親が子どもに感謝されないことの辛さや悲しみはserpent's toothの痛みより酷いというセリフから。 p63 お墓参り(a graveyard suggestion) p66 不景気時代(in these hard times) p69 『第三の血痕』(The Third Bloodstein)◆ 架空の探偵小説 p69 ソーンダイク張り(running on Dr. Thorndyke) p71 クイダの小説(a novel by Ouida’s)◆ 「ウ」と書いたつもりの手書き翻訳原稿を「ク」と読み違えたか。英国女流作家Marie Louise de la Ramée(1839-1908)のペンネーム。代表作はUnder Two Flags(1867)だが、日本では『フランダースの犬』(A Dog of Flanders(1872)が圧倒的に知られている。日本アニメの前に英米でも4回(1914,1924,1935,1959)映画化されている。 p71 『ジョン・ハリファックス氏』(“John Halifax, Gentleman”)◆ Dinah Craik作の小説(1856)。作者Dinah Maria Craik(1826-1887、旧姓Mulock)はMiss Mulock とかMrs. Craikと呼ばれる。アガサさんはこの後で"Mrs. Mulock Craik's John Halifax"と書いていて、作者名をちょっと勘違い。 p71 {ボビーが傑作だと考えている探偵小説}◆ いずれも架空。タイトルのみ。The Case of the Murdered Archduke & The Strange Adventure of the Florentine Dagger p77 単独犯のほうがずっと高級(A single-handed murder is much higher class)◆ あの作品を書いた作者もちゃんとこういう考えを持っていたのだ。 p83 シャーロック・ホームズ君(Sherlock)◆ 「シャーロック」で十分通じるはず。 p88 フレンチというのは小文字でfがふたつ(Two small f's)◆ 翻訳では何のことか分からなかった。原綴はBassington-ffrench。ffrench姓はアイルランド系のようだ。 p89 水曜日(Wednesday)◆ 事件があった日 p91 お札… 札もばらのまま(a couple of Treasury notes —loose, not in a case)◆ 「小額紙幣」という趣旨だろう。1ポンド札&10シリング札は、元々はTreasury発行だったが、1928年以降、イングランド銀行からSeries A (1st issue)が発行されている。 p92 濃紺のタルボット(Dark-blue Talbot)◆ 1926年発表の高級車Talbot 14-45か。 p94 軍隊用の拳銃(a Service revolver)◆ 当時ならWebley revolver一択。 p102 クライスラー(Chrysler) p102 スタンダード(Standard)... エセックス(Essex)◆ どちらも自動車のブランド。 p108 治安判事(a J. P.)◆ Justice of the Peaceの略。古い由緒ある語magistrateと同じ。 p109 半クラウン(a half-crown) p111 クリスチャン・サイエンスの信者(a Christian Scientist)◆ 医療否定のイメージは世間に広く知られていたんだね。 p116 『風来坊』(the ne'er-do-well of the family) p116 今年の春(this Spring)◆ 作中時点で、まだ春は終わってないのでthisという解釈で良いかなあ。 p117 去年の冬(last winter) p128 十六日(16th) p129 先月(last month)◆ この時点で、事件の翌月になっている。p128でlastもthisもつけず、単に16thと言っているので、ここの作中現在は1日〜15日なのだろう。 p133 アドルフ・ベック(Adolf Beck)◆ ノルウェー生まれの英国人(1841-1909)。1895年と1904年の2度も人違いで逮捕され2回とも有罪とされた。2回目の有罪宣告の10日後、両事件の真犯人Wilhelm Meyerが逮捕され事件は解決、不当逮捕の補償金として五千ポンドが与えられたらしい(英wikiより)。 『検察側の証人(戯曲版)』、セイヤーズ『誰の死体?』でも言及されていた有名人。 p133 リヨン・メイル(the Lyons Mail)◆ Charles Reade作の劇The Courier of Lyons(1854)を作者自身が改作した劇がThe Lyons Mail(1877)。登場人物が非常に似た悪党と取り違えられる、というプロットなので、ここで言及されているのだろう。英国で1931年10月公開で映画化されている。なお演劇の方は1923年と1930年10月〜11月にリバイバル上演あり。 p137カルチュア(a culture)◆ 「培養」という意味もあるんだね。ここは「育成」と訳すと上手くいくかなあ。 p139 メッセンジャー・ボーイ(the messenger boy) p139 探偵のまね(sound like a detective) p144 ハロッズ(Harrod’s) p144 ダイムラー(Daimler) p144 二人乗り(two-seater) p146 一九〇二年型の二人乗りのフィアト(a two-seater Fiat dating from 1902)◆ レーシング・カー仕様のFiat 24 HP Corsaだろうか。 p153 くねくねと曲がっているその小道… まったく、ボビイは 「ふしぎの国のアリス」のなかの人物をおもい出していた(the path, which twisted a good deal — in fact it reminded Bobby of the one in "Alice Through the Looking-Glass")◆ oneは人物ではなく「小道」のこと。「鏡の国」第2章冒頭に出てくるコルク抜きのように曲がりくねったpathの連想だろう。 p156 ベイコン・エッグ(bacon and eggs)… コーヒー(coffee)◆ 宿の朝食 p165 電話帳(a telephone directory) p166 いちどきに六シリング八ペンスもの手紙を出して(write letters at six-and-eight-pence a time)◆ 「時給6シリング8ペンス(約5400円)で」という事だろうか。弁護士の悪口を言っている場面なので数値は適当だろう。昔、弁護士の相談料は30分5000円だった記憶あり(今も変わってないみたい)。 p174 ドル相場がだいぶぐらついている(you know there's rather a serious fluctuation in the dollar just now—)◆ 1926-1930は£1=約$4.86、1931が$4.54、1932が$3.51、1933が$4.24。大恐慌の影響でポンド安に振れている。この記述は、執筆時の状況を反映したものか。 p225 ピストル(a revolver)◆ 「回転式拳銃」と訳して欲しいなあ… p234 女子福祉委員会に話を持ち込む(you were recommending a case to the Girls' Friendly Society)◆ GFSは1875年創立の英国国教会関連の慈善団体。 p235 「なにをするにしても、早くやったほうがいい… このことば、なにかにあった?」 "... whatever we're going to do we'd better do it quickly. Is that a quotation?" / 「なにかの本にあったよ。それで?レディ・マクベス」 "It's a paraphrase of one. Go on, Lady Macbeth."◆ 原典をさりげなく示す良い工夫。"Macbeth" Act I, Scene VII より。元は"If it were done when 'tis done, then 'twere well it were done quickly." p237 検死廷(インクエスト)(The inquest)◆ この訳語も良いなあ。 p243 「よき時代」(better days) p243 売・貸家、家具なし(it was to be sold or let unfurnished) p244 政党勧誘員(the political canvasser) p244 「保証人?」"References?" /「… 前金でお払いになった… 電気代とガス代は供託した…」 "He paid the quarter's rent in advance and a deposit to cover the electric light and gas."◆ 貸家は、借り手の身分確認の照会先を求めるようだが、家賃などを前払いするなら、照会先を問わずに貸してしまう場面が探偵小説では多く見られる。 p245 家具つきの貸家でなければ同行しないのが習慣らしい(perhaps they only did that [accompany XXX] when it was a question of a furnished tenancy)◆ 不動産屋が、ただ貸家の鍵を渡して勝手にご覧ください、という場面。 p246 ABC鉄道案内(A.B.C. railway guide)◆ 正式名称はピリオド無しの"The ABC or Alphabetical Railway Guide" p248 ロンドンに… 一シリング払うと遺書を読ませてくれるところがある(in London, … was a place where you went and read wills if you paid a shilling)... サマセット・ハウス(Somerset House) p256 去年の十一月(in November of last year) p258 『精神異常時における自殺』… 例の如く同情的な評決(the usual sympathetic verdict of 'suicide while of unsound mind')◆ unsoundに裏付けは全くないが、教会での埋葬を可能にするための付け足し。sympathticと表現されている。 p261 貴族年鑑(a Peerage) p264 軍隊用のピストル(Service revolver)◆ 回転式拳銃… (しつこいよ!) p272 検死官の権限というものは、大したものなのです(He [the Coroner] has wide powers)◆ インクエストにおいては、あらゆる権限を独占している。だが評決は陪審員の専決であるところが面白い。 p305 たらに卵にベイコン、コールド・ハム(haddock and eggs and bacon and cold ham)◆ 宿の朝食 p311 ばかの扱い方(with nitwits) p321 二シリングの切手(a two-shilling book of stamps)◆ 正しくは「2シリングの切手シート」。たぶん半ペニー切手48枚綴り。当時の手紙料金(国内)は重さ2オンスまで1+1/2ペニー(three halfpennyという)。 p321 この間の銀行休日(バンク・ホリデイ) last Bank Holiday◆ 今は日数が増えているようだが、当時のイングランドではEaster Monday(3月~4月)、Whit Monday(5月~6月)、8月第1月曜日、Boxing Day(12/26)の四日のみ。「つい先日も」というニュアンスの発言と受け取ると、ここはEaster Mondayのこと? 1930年のEaster Mondayは4月21日。ここまでの時間経過は明確ではないが、日にちが少々経ち過ぎてる感じ。去年のBoxing Dayのことを言ってるのかも知れない。 p331 『悪いやつ』(wrong 'un) |
No.11 | 7点 | 斎藤警部 | |
(2022/04/08 06:50登録) 「でもいったい、どうしてここにいらっしゃったの?」 「あなたときっと同じ理由からですわ」 「ではエヴァンズがだれだか、おわかりになったのですね?」 この本が「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」や「なぜ、社長のベンツは4ドアなのか?」と同じコーナーに置いてあったら笑います。実際、今どきの古本屋やセレクト本屋でやりそうですけどね、そういう遊び。 ↑ 本作への感想と言えば、それで総括できます。 昔の日活で映画化したなら題名「若いヤングでぶっ飛ばせ」でいいんじゃないかと思うくらいヤングでカラフルな犯罪活劇でとにかく楽しくて、、、 と、まんまと油断させられて、思い込まされていたんですね、この上等な緩さはアガサの休日じゃないのかと(6点にするつもりでした)、あの章の衝撃のあのシーンにぶつかるまでは!! さて本作のタイトルと言えば、いわゆる世界三大ダイイング・メッセージとして「ブルータス、お前もか!」「板垣死すとも、自由は死せず!」(←板垣さんはこのあと生き延びました)の次に有名な台詞になるわけですが、この謎のエヴァンズさんが一体どこのどいつで(ファーストネームはギルなのか、ビルなのか、意外とマルなのか)、また彼/彼女に何を頼まなかったのか、頼むべきだったのか、普通だったら頼む所なのか、とりあえず生一丁頼むような感じなのか、という大きな謎を横目で追いつつ、とりあえずは目の前の連続殺人(自殺?未遂もあるでよ?)事件を解き明かすべく真っ赤なスカーフなびかせマンボズボンで奔走する若い男女(←ちょっと脚色、伯爵令嬢と牧師の息子)が最後にはドス黒い心を持った悪い連中をブッ飛ばしてギャフンと言わせるべく、仲間や偶然の力もチョイと借りて大活躍する一大スペクタクル劇場。 この男女、展開に応じて”しっかりしてる側”のキャッチボールというかパス交換があるのが面白い。一方的にどちらかが冴えてて主導権握って、というのではない所がね。 真犯人、意外なんだか意外でないんだか、と思ってたら、いや、やっぱりちょいと意外でした。 真相の反転具合もなかなか、予想外に派手にやってくれました。 いい意味で気が緩んだ甲斐があっただね。 男女の機微もうまい具合に収まって、と思ったらそれ以上、何ともベタな収まりに。 筆跡の件だけ(?)は、ちょっと都合良過ぎかと思いますが。。 うん、最後の一文、いいですね。 いろんな要素も手際よく詰め込まれて(後ろから殴られて気を失ったり、みんな大好き●神病院も登場するぞ!)、ヤングのミステリ入門書として実はすこぶるよろしいんじゃないかと思います。 そういや、いっけんご丁寧なストーリーネタバレにしか見えない目次の章立てにも、ささやかなナニがあったな。。 そして、登場人物一覧に、マ、マ、マサカのトリックが。。!! (確かに、ちょっと違和感あった..) |
No.10 | 6点 | 人並由真 | |
(2022/01/19 07:10登録) (ネタバレなし) 第一次大戦後の英国。ウェールズ地方の小さな海辺の町マーチボルト。身体上の理由から海軍を退役させられた20代後半の青年ロバート(ボビイ)・ジョーンズは今後の進路も決めかねて、無為な日々を送っていた。そんなある日、友人の中年の医師トーマスと崖の上でゴルフを楽しんでいたボビイは、崖下に重傷の男性を見つける。トーマス医師が人を呼びに行く一方、その場で危篤の男性を見守るボビイは、その相手から謎の末期の言葉「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」を聞いた。この件に関心を抱いたのは、近所の伯爵令嬢でボビイの幼馴染フランシス(フランキー)・ダーヴェントである。若い二人は死者の検死審問で覚えたさる疑念から、さらに事件に深く介入していくが。 1934年の英国作品。 作品の素性(クリスティーの著作における順列など)はすでに本サイトでもみなさんが語ってくれているとおり。 評者は小学校の高学年、図書館で本作のジュブナイルリライト版(たぶん偕成社の「すりかえられた顔」)を読んだきり。冒頭のダイイングメッセージの謎とラストシーンの雰囲気以外、まったく中身を忘れていたので、懐旧の念も込めて読んだ。 (で、やっぱり中身は、ほぼ完全に忘れていたね。) 事件からみの重要人物が(中略)など、あまりに無警戒ではないか? その辺はイクスキューズが欲しいよな、という不満が早くも前半で芽生える。さらに犬棒式に主人公コンビが動けばヒットする作劇もイージー。 途中までは、なんだこれは、赤川次郎の手抜き作品の先駆か? という気分であった(……)。 とはいえ見せ場の多い筋立てはさすがに退屈さとはまったく無縁だし、黒幕(の中略)の正体も早々とわかるが、それでも後半、それなりに事件を作りこんであるのは認める。 まあ主人公たちのピンチの際、デウスエクスマキナとしてあまりにも唐突に再登場する某サブキャラの運用は、あっけにとられつつ、その力技めいたダイナミズムの程に、ケタケタ笑ったが。 あと『秘密機関』といい、これといい、この時期のクリスティーって実はかなり潜在的に<密室殺人>に執着している気配があるよね。結局は「そんなハイレベルなものは作れない」と、いつも早めに悟っちゃうのか、すぐにネタを明かしちゃうけれども。 終盤、第34章でのあのキャラクターの物言いは印象的であった。こういうタイプの登場人物の造形にこだわるクリスティーの偏向が伺える。もしかしたら、今後のスパイスリラー路線でのレギュラーか、毎回の悪役たちの向こうにいる影の人物として運用したかったのか、などとも考えてしまった。モリアーティかのちのニコライ・イリイチの小粒版みたいなキャラが欲しかったりして。 みなさんがおっしゃるようにダイイングメッセージの扱いはアレだし、悪役側の動きも振り返るともうちょっとシンプルにできなかったのかな? とも思うが、まあまあ佳作ではあるでしょう。主人公コンビがもうちょっと、魅力的ならなお良かったけれど。 しかし本作のみならず他の活劇ものまで含めて、頭を殴られて気絶~場面転換、の多用ぶりはクリスティー、いささか安易だ(笑)。 |
No.9 | 6点 | 虫暮部 | |
(2021/03/30 12:28登録) なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか? と言う疑問はなかなか鋭いではないか。そこを疑問として抱けた時点で、(その部分の)真相まであと一歩だ。逆に言うと、死に際にそんな絶妙なヒントを残すのはかなりわざとらしい。 それに限らず全体的に、入り組んだ要素の間をギリギリで御都合主義的に綱渡りしている感じ。但し、なんとなくそれを許容出来てしまう良い意味で緩い雰囲気はあるな~。 ところで、原題は“ Why Didn't They Ask Evans? ”で主語は They 。 これを(早川書房版)“なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?”と訳すと主語が二人称みたいじゃない? 被害者が目の前の相手(=ボビイ)に対して“なぜ、あなたは~?”と問うたみたいじゃない? 勿論、日本語と英語の構造の違いのせいではある。しかし、そもそも読者は翻訳文であることを承知で読んでいるわけで、日本語として不自然になっても原文のニュアンスを優先すべきポイントはあると思う。映えの必要な題名はともかく、本文中の台詞では、二人称ではなく第三者について語っているのだと明確にすべき。他の訳ではどうなんだろう? |
No.8 | 4点 | レッドキング | |
(2021/02/13 17:07登録) ラスボスわかり安すぎ。にしても、植民地経営を約束された貴族令嬢と退役軍人青年なんて・・こっちこそ悪役設定にせんとねえ。 |
No.7 | 5点 | 蟷螂の斧 | |
(2017/10/09 08:14登録) ダイイングメッセージだけで一冊の物語を書き上げてしまったことに感服。著者に対しては、どうしても本格ものを期待してしまいます。本作は冒険小説風、青春ミステリー風でした。 |
No.6 | 5点 | nukkam | |
(2016/07/04 08:38登録) (ネタバレなしです) 1934年発表の本書(シリーズ探偵は登場しません)は推理もあるし犯人を終盤まで伏せているプロットではありますが冒険スリラーに属する作品です。特にエヴァンズの正体に本格派推理小説の謎解きを期待するとがっかりするでしょう。江守森江さんのご講評の通り、そこについては読者が推理する余地がありませんので。とはいえアマチュア探偵コンビの活躍は楽しく、難しく考えずに気軽に楽しめる作品としてはよくできています。 |
No.5 | 5点 | クリスティ再読 | |
(2016/02/05 21:54登録) クリスティはやっぱりクリスティ、である。 というのも本作の大きな特徴である「第二幕からイキナリ参加したために、今まで何があったのかが謎」という枠組みの作り方が、最晩年の「復讐の女神」とか「象は忘れない」「親指のうずき」などで再び採用されるわけで、そういうあたりが興味深い。とはいえのんびりしたユーモア感が強いのと、中盤のバッシントン=フレンチ家でぐずぐずしている感が強く話にダイナミズムを欠くあたりで、スリラーとしてはもう一つ。 ミステリとしては主犯はほんとうに隠す気ない...くらいに明白だけど、共犯者がいろいろ小技があってステキ。写真に関する論理の逆転のいいポイントだ。だからミステリとしては出来がいい方なんだが、スリラーとしては?な部類で、過渡期っぽいバランスの悪さを感じる。初期型スリラーとしては最後の作品になるから、こういうタイプの作品への関心が薄れたのかなぁ。 あと最後の犯人からの手紙がとても脳天気。ヘンな魅力はあるな。考えてみればこの犯人、ボビイがまずいことを感づいたか?と思って殺そうと狙ったために結果的に墓穴を掘ったわけで、ほっておけば全然安全だった.....バカといえばその通り。 |
No.4 | 5点 | あびびび | |
(2012/11/21 23:15登録) 好奇心旺盛なお城のお嬢様がいて、その幼馴染の男がいる。彼女は貴族であり、彼は平民?なのだが、幼少のころ縁ありて、友人関係が続いている。そんな中、彼がシーサイドコースでゴルフをしている最中に瀕死の男と遭遇する。最後の言葉が、「なぜ、エヴァンスに頼まなかったのか?」だが、物語においてそれほど重要な言葉ではなかった? クリスティーはほとんど好きだが、ドタバタ喜劇ぽいのは好みじゃない。 |
No.3 | 7点 | koo± | |
(2011/11/02 16:14登録) 表題。吸引力のある一言ですね。ちょっと中だるみはしますけど、この台詞のおかげで最後まで引っ張ってくれます。表題に「なぜ~」が入ると妙に興奮するのは僕だけ? 高木彬光さんの「人形はなぜ殺される」を読んだときの感情がよみがえります。 古き良き冒険小説の風合。そして恋愛小説としても逸品です。ボビイとフランキーのベタなコンビが微笑ましい。訳が古いので台詞回しが時代錯誤ですが、逆にそこが味になってます。 ミステリとしては地味な部類。フーダニットの意外性は弱いかも。でも冒頭の台詞のハウダニットが効いてます。結局エヴァンズとは誰か? 少々アンフェアながら、ユニークな発想と合理的な回答に感服しました。 愛着が沸きますね。キャラとプロットがよかったせいでしょうか。真相が分かった上で、もう一度読み返したい。そう思わせてくれる良作でした。 |
No.2 | 4点 | 江守森江 | |
(2010/01/03 20:17登録) どこかの書評で名だたる翻訳者達が当時の英国に精通していない為にクリスティー作品には誤訳が多々あると指摘されていた。 そして、この作品が例に挙げられていたので野次馬根性で、その書評と首っ引きで読んでみた。 更に、やや間延びした長編ドラマも観た。 ミステリー要素のある冒険活劇で、ポアロもマープルも登場しないので上記以外はイマイチだった。 特にタイトルからも鍵になるエヴァンズが何者か?が結末近くまで提示されず読者には推理出来ずに残念と思える。 |
No.1 | 7点 | NEO | |
(2009/04/11 07:38登録) 「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」という表題のキーワードが最後まできいてきます。クリスティーお得意の、さらっとしたスパイもの。 |