home

ミステリの祭典

login
カブト虫殺人事件
別題『甲虫殺人事件』『スカラベ殺人事件』

作家 S・S・ヴァン・ダイン
出版日1954年03月
平均点5.54点
書評数13人

No.13 8点 クリスティ再読
(2021/04/22 17:32登録)
今更ヴァン・ダインというのも、やはり「どう読むか?」という問題になってきていると思うのだ。いやね、「グリーン家」「僧正」「カブト虫」「ケンネル」というあたりは、戦前の日本でもリアルタイムで熱狂的に歓迎され、模倣者続出だったことは言うまでもない。というか、ニッポンの(評者に言わせればかなり偏った)ミステリ受容の中には、ヴァン・ダイン自身のルサンチマンを背景に作り上げた「理論」も作品同様に影を落としている、という風にもみるべきなんだろう。
でその模倣者であり、かつヴァン・ダインを完璧に超えて見せた作家が小栗虫太郎だ。「黒死館殺人事件」自体が、ここらへんのヴァン・ダイン作品のリミックスだと言っていい部分があるんだけども、あの「黒死館」の主要な「タッチ」がどうも本作みたいな気がする。法水の語調やらちょっとしたタイミングが、どうも本作のヴァンスの振る舞いに強く既視感を憶えたりするんである...
いや実は「カブト虫」はかなりキッチュな作品なんだ。1922年のツタンカーメンの王墓の発掘、25年には石棺からミイラと黄金のマスクが取り出され..と1920年代の話題をさらい続けたのが、このエジプト趣味だそうだ。もちろんこれには、都市伝説としての「ファラオの呪い」のオマケもついていて、ヴァン・ダインもこのエジプトの神秘と怪異に便乗しようと書かれた作品であることは、まあ間違いない。しかし、ヴァン・ダイン特有のペダントリがなかなか頑張っていて、「エジプトの神秘と怪異」の小説になっているあたり、キッチュなんだがそれでも雰囲気が独特な作品と言ってもいいだろう。

そしてこのヴァン・ダイン、いわゆる「小説」は下手というか、突き放したような会話劇なこともあって、本作あたりは「探偵の所作事」のようにも見えることがある。

「君の最初の手がかりについての読みは、まさに犯人の思う壺にはまったものだった」
マーカムは、ヴァンスを、鋭く見守っていた。
「君には、犯人の計画がどんなものか、考えがあるんだね」マーカムのことばは、質問というよりも事実の断定に近かった。
「うん、そりゃ、そうさ」ヴァンスはたちまち超然とした態度にかわった。「考え?そりゃある。しかし、目もくるめくほどの啓示と呼びうるようなものではない。僕は陰謀があることはすぐ疑った。」

こんな具合のシーンを、役者が「型」をつなげて「見得を切る」ように「演じている」さまを脳裏に描くだに、具体的な「謎」は単なる媒介であってその実、「陰謀」に対峙してその周囲で舞う夢幻能のようなヴァンスの一挙手一頭足に奪われるような体験をした...
ヴァン・ダインでも、こんな印象を受ける作品は少ない。せいぜい「僧正」と本作だけじゃないのだろうか。こんな読み方は評者だけかもしれないけども、虫太郎を通じて魔法にかかっちゃったかな。

No.12 5点 レッドキング
(2020/10/19 20:24登録)
あまりにも明確すぎる数々の証拠。だが、殺人容疑者Aを指し示す証拠群が、Aに冤罪を擦り付けるために、真犯人Bがバラまいたニセ手掛かりであったとしたら・・しかし、その展開それ自体が「真犯人B」を陥れるために、真・真犯人Cによる筋書きだったとしたら・・。「僕は知ったのだよ・・5分もたたないうちに・・○○が犯人だと・・」なんと超探偵なファイロ・ヴァンス。
※あの不在殺人トリック(ダミーだが)、「グリーン家」のやつより好きだ。

No.11 6点 虫暮部
(2020/05/28 11:06登録)
 読了後、冒頭部分を読み返してみると、ファイロ・ヴァンスは事件を伝えられた時点であまりにも鋭い洞察を示していて、単なる勘にしても異常なのである。事件関係者がもともとヴァンスの知人である点も併せて鑑みると、裏で糸を引いていたのは彼自身ではないか、実行犯を巧みに唆して罪を犯さしめたマッチポンプではないか、と思わずにはいられない。ラストがアレだしね……。

No.10 5点 弾十六
(2019/05/19 00:07登録)
初出American Magazine 1929年12月〜1930年6月号(7回分載、挿絵Raymond G. Sisley) 1930年6月?出版。表紙絵 真鍋博の創元文庫で読みました。
井上勇先生の翻訳は格調高く、しかも版の異動まできっちり記載しています。(カッセル版とスクリブナー版1936年を参照)
次々と見つかる不利な証拠に対し、ヴァンスはどう推理する?という流れがスリリング。でも一旦、手品が披露されたあとは失速、展開の妙に欠けています。ヴァンスが好き勝手に振る舞い、マーカム(&ヒース)はただただおろおろするだけ、というのがつまらない。対立のコントラストをしっかり描けば、もっと盛り上がったと思います。エジプト学の蘊蓄はたっぷり。献辞に数人が挙げられてるので、お勉強の成果でしょう。なおSisleyの挿絵が1枚だけfadedpageのScarab Murder Caseにありました。
以下、トリヴィア。
事件の始まりは7月13日金曜日、前作等から考えて1923年。ツタンカーメンの呪いが有名になるのはカーナヴォン卿の死(1923年4月)からで、本書の中でも言及されてます。
p39 真空掃除機(vacuum cleaner): Hoover’s Electric Suction Sweeper(スティック型の真空掃除機)の販売は1908年から。1923年のモデル541の動画がネットにあります。ポータブルタンク型が米国で普及したのは1924年のElectrolux Model Vからなので、ここで使ってるのはスティック型と思われる。(ただしModel Vがスウェーデンで開発・販売されたのは1921年)
p47 私はファイロ ヴァンスの法律顧問、金銭出納係、不断の伴侶として(As legal adviser, monetary steward and constant companion of Philo Vance): ヴァンダインの自己紹介。相変わらず影のごとくひっそりとつきまとい記録を取るだけの存在です。
p53 コディントン鏡(Coddington lens): 小さいが拡大率の大きなレンズのようですね。
p59 フォア・イン・ハンド(four-in-hand): ごく普通のネクタイの結び方、又はごく一般的な形の幅タイ(ネクタイ)のこと。ここでは後者。
p63 最近にあったカーナーヴォン卿の悲劇(the recent tragedy of Lord Carnarvon): 訳注によるとカッセル版では、卿の名前をあげず「有名な一探検家」となっているらしい。
p88 ネフレト イチ女王(Queen Nefret-îti): ネフェルティティ、古代エジプト界三大美女の一人。
p147 妥当な疑惑(reasonable doubt): 「合理的な疑い」が現在の定訳のようです。
p175 フランス・コーヒー(…) 殺人的な飲みものだ。フランス人が熱いミルクをたっぷり入れるのも無理はないよ。(French coffee [...] An excruciatin’ beverage. No wonder the French fill it full of hot milk): ヴァンスはお嫌いのようで。
p225 いつだって、伯母さんを引き合いに出す。伯父さんはいないのか(You’re always calling on an aunt. Haven’t you any uncles?): ヴァンスがOh, my aunt!と叫ぶのはGodと言いたくないからでしょうね。
p274 フィルハーモニック シンフォニー オーケストラの新しい指揮者アルツーロ トスカニーニ(Arturo Toscanini, the new conductor of the Philharmonic-Symphony Orchestra):時事ネタは、前作のイプセン同様、作中時間からズレてます。トスカニーニがニューヨーク フィルの指揮をしたのは1926年が最初。常任指揮者は1927年から。いつもの通り、ヒネリのない、ありふれた感想です。
p283 ぶかっこうな陸軍拳銃(a brutal-looking army revolver): 当時の米国陸軍のリボルバーはUnited States Revolver, Caliber .45, M1917ですね。コルト製とS&W製の2種類あり。エジプトで入手した可能性を考えると英国陸軍御用達のWebleyリボルバー(455口径)の可能性も。
p310 最近、エジプトで発掘事業に参与した人たちのなかに、九人ばかり偶然の死者が出ましたね。(There have been nine more or less coincidental deaths of late among those connected with the excavations in Egypt): いわゆる「ツタンカーメンの呪い」ですが、注で名前が挙げられている9人のうち、1923年7月までに死んでいるのは2人だけ。(前出のカーナヴォン卿を含む。ただしWoolf JoelとLafleur教授の死亡日は調べつかず。Joel 1923年? Lafleur 1924年?) リスト9人目のG.A. Bénéditeは1926-3-26死亡。
p321 僕は人情味がありすぎるんだ。若いときの夢を、まだたくさん持ちつづけているのでね。(I’m far too humane—I’ve retained too many of my early illusions.): ヴァンスのセリフですが何か意味深な感じ。この内容についての説明はありません。

No.9 5点 ボナンザ
(2018/08/25 21:12登録)
伝説の2作の後だが、中々凝った作りで飽きさせない。
作中でトスカニーニのドイツものに対する批判があるが、ドイツ人指揮者らしいスケール大きな演奏をする人が少なくなった現代の音楽界をヴァンスが見たらどう思うだろうか。

No.8 7点 斎藤警部
(2016/03/10 22:03登録)
題名ですっかり、ジュヴナイル・ミステリかと思ってたんですよ。嘘だけど。 おお、アバクロンビー&フィッチの創始者親戚筋みたいなのが出て来たと思ったら、架空の人物か!! 何と無く犯人は“あの人物”じゃないかと勘付きはしているものの、あのファイロによる意外なタイミングでの真犯人名指しの直後にウッ!と声まで出てしまったよ。(意外性ってやつは犯人が誰か、真相が何かってだけじゃないし、本当に奥が深い!) 真相解明トークの、論理と心理の美しいマリアージュにゃあ圧倒されましたよ。 と思ったら直後に何やら首を傾げたくなる意味不明のシーンが。。 その意味する所は、ええっ!? 凄いよなあ、堂々の6点候補(時々は5点まで落ちた)がオーラス前、一気に6.8点(7点)に撥ね上がったついでに、その後の更なる意外な展開、そしてあの美しく爽やかな後味のラストで7.4点(7点には変わりなし)まで行っちまいましたよ、エフェンディ。だが俺はエフェンディと違い、トスカニーニのベートーヴェンは、感傷を排していかにもベートーヴェン表の顔らしい剛直さの中にデジタル的な冷徹さをも兼ね備えさせ、極めて魅力的な音像のアウトプットに成功していると思う、モダニズムとか言うんですか、FND。 物語に底流する人種偏見の色も個人的には許せる範囲です。 確かに基本トリックは珍しいもんじゃありませんがね、見せ方、特にその暴き方の見せ方、読者の騙し方が巧い、そして綺麗ですよね。まあ、きりの無い慾を言えば真犯人が●●●●●●●た理由が割と常識的で、更なるおぞましさの深淵までは覗かせてくれなかったことがやや惜しまれますかね。。あとそうそう、飛んで来た短剣の件はちょっとねえ、もう少し上手に見せられなかったものか、犯人じゃなくて作者が。でもいい作品ですよ。 ナイスガイ、ハニはザ・ストーン・ローゼズ五人目のメンバーかと思ったら違ったな。。忘れ得ぬ登場人物だ。 さて、アマゾンでレジーでも注文するか。

No.7 6点 青い車
(2016/02/28 21:05登録)
 エジプト博物館で資産家が死亡。スリッパやネクタイ・ピンなどから、彼を殺害したのは出資を拒まれたブリス博士かと思われたが、ヴァンスはあまりのあからさまさからその説に疑問を抱く。しかも博士は阿片入りのコーヒーを飲まされ前後不覚に陥っていた。果たして真犯人は誰か?
 魅力的な導入部は素晴らしいです。名探偵ファイロ・ヴァンスが今回活躍するのは博物館。この舞台もユニークです。ミステリーとしての肝は犯人の設定の意外さですが、これは同じパターンの有名作品をすでに読んでいたのでさほど驚きではありませんでした。エジプト絡みの装飾が若干ゴテゴテしている印象で、すっきりスマートに処理できていた元ネタと比べると雑多で却って野暮ったくなっている気もします。とはいえ、その装飾過多がヴァン・ダインらしくもあり、クライマックスの展開に至るまで飽きずに読むことができます。

No.6 5点
(2015/02/17 23:39登録)
作者の代表作と言われる直前の2作が派手な連続殺人だったのに対して、今回は地味なじっくり型という印象です。事件に関連する古代エジプト学についての薀蓄もたっぷり披露されていて、古典的な風格があり、ヴァン・ダインらしい重厚感に満ちた作品と言えるでしょう。一方謎解き面では、犯人が仕掛けるメイントリックは、本作の10年ほど前に書かれたイギリス有名作家のアイディアの焼き直しです(ヴァン・ダインはその作品を読んだことを公言しています)。しかし原案の方がそれ以外のアイディアも盛り込まれて意外性演出に工夫が凝らされていましたし、本作の方が狙い実現の確実性が劣ると思えるのでは、後発の意味がありません。
なお、タイトルの「カブト虫」とは実際の昆虫(Beetle)ではなく、Scarab。井上勇氏の訳ではスケラブとしていますが、普通はスカラベと表記される、古代エジプトで使われていた甲虫型の印章のことです。

No.5 6点 初老人
(2014/06/07 10:52登録)
ネタバレあり


この物語の構図は逮捕されたがっている犯人とそれを止める探偵、というもので今となってはそれほど珍しくもないのだろうが(私は不勉強にして逮捕を自ら望む事で何らかの利益を得ようとする犯人の構図しか知らなかった)、謎解き小説として一定の評価は出来るのではないだろうか。全編に渡って展開される衒学趣味が物語に彩りを添えている。

No.4 5点 E-BANKER
(2013/01/19 18:14登録)
「グリーン家」「僧正」に続くヴァン・ダインの第5長編。
古代エジプト研究者の自宅兼博物館で起こった殺人事件を名探偵ファイロ・ヴァンスが解き明かす。
大昔にジュブナイル版で読んで以来の再読。

~エジプト博物館内で復讐の神を前にして殺されていた死体は、犯人を指摘するあらゆる証拠を備えていた。しかし、その証拠はあまりにも明確に犯人を指摘しすぎている。我がファイロ・ヴァンスの苦悩はそこから始まる。法律的には正義の鉄槌を下し得ない犯人に対して、エジプト復讐の神は如何なる神罰を用意したのか? 神を信じないヴァンスは如何にして神の手を利用したのか?~

作者がこういうプロットで書きたかった意図は分かる。
そんな読後感。
シリーズ五作目だし、今までと同じベクトルのフーダニットは書きたくなかったんだろうなぁ・・・。その辺に工夫・アイデアがあると言えなくはない。
要は「裏の裏は表だ」ということに尽きる、これがプロットの軸。

ただ、その狙いが十分成功しているとは言い難い。
最初の殺人事件はいいのだが、例えば、その後に起こる殺人未遂事件などは、まぁ一応真犯人の狙いを補完する材料なのだろうが、相当にお粗末ではないか。
ヴァンスは真犯人のことを「恐ろしく頭がよく知恵が回る」人物だと指摘しているが、この程度なら誰でも考えつくレベルだろうし、こういう目くらましに踊らされる警察も相当お粗末ということになる。

ただ、時代性を考えると致し方ないかな。
今までストレート勝負を挑んできた作者が、初めて投げた変化球が本作とでも言えばいいのかもしれない。で、最初から空振りは取れなかった、ということだろう。

作者が「一人の作家が優れた長編作品を生み出せるのは6作が限度」と主張したのは有名だが、次作「ケンネル殺人事件」以降は作品の質が相応にダウンすることになる。でも、初・中期の6作品のうち、本作が一番劣る・・・という感想。

No.3 3点 mini
(2012/05/02 09:58登録)
今年は1年間に渡って”ツタンカーメン展”が開催される、皆様ご存知でした?
現在は6月上旬までの上半期に大阪が会場となっており、8月~12月までの下半期は東京に会場が移る
西日本在住の皆様、黄金のマスクを見るのは今がチャンスですよぉ~
今年の日本はエジプト・イヤー、ってのは大袈裟か(苦笑)

エジプト学を取り入れた作と言えば、クイーン「エジプト十字架」と並んで有名なのがこれ
「カブト虫」が1930年、「エジプト十字架」が1932年だから、つまりクイーンはこの作品を既に知っていたという事になる
クイーンによると、ライヴァルの方が既に良く文献などで調べてしまっていて、そういう面では太刀打ち出来ないと思っていたという説がある
たしかに薀蓄を取り入れるのはいかにもヴァン・ダインの得意技だし、「エジプト十字架」でのエジプト学の論考は物足らず作品内容にもあまり融合していない
エジプトとの関わり方という点だけに絞れば「カブト虫」の方に軍配が上がるが、謎解きという点ではまだ「エジプト十字架」の方がマシかなぁ
「カブト虫」は初心者でもない限りはミエミエだよね、私の悪い頭でもあの書き方だと、おそらく作者はこういう事を狙っているんじゃないかと序盤で気付いてしまった
まぁ原因の一端は創元文庫の宣伝文句にもある、あんなに煽っちゃうと半分ネタバレだろ
もしクリスティやクイーンがこのアイデアで書いてたらもっと上手く書いたんじゃないかな

No.2 5点 nukkam
(2010/09/29 21:05登録)
(ネタバレなしです) 1930年発表のファイロ・ヴァンスシリーズ第5作にあたる本格派推理小説で、全作品中でも最も緻密な謎解きがされた作品ではないかと思います。もちろんそれは必ずしもいい意味ばかりではなく、小細工が多過ぎて普通なら早々と犯人の計画は破綻するはずだと指摘することも可能でしょう。とはいえ私の頭脳レベルでは完成度の高い本格派推理小説として認識しています。丁寧に作り過ぎて盛り上がりに乏しくなってしまってはいますが、後半部はサスペンスもたっぷりで博物館という舞台も上手く活かされています。

No.1 6点 文生
(2010/01/23 14:38登録)
まあ面白く読めたがこの作者の作品に登場するトリックは過去の作品の流用ばかりで、自身のトリック創作能力はゼロなんだな。

13レコード表示中です 書評