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Tetchyさん
平均点: 6.73点 書評数: 1602件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.542 4点 ホームズ二世のロシア秘録- ブライアン・フリーマントル 2009/05/24 19:57
本作も前作同様、第一次大戦開戦の火花がいつ起こるか解らない1913年を舞台に歴史上の人物らとシャーロック、マイクロフト、セバスチャン、ワトスンらが共同し、諜報活動に乗り出す。
前回はアメリカが舞台だったが今回はタイトルにもあるように、ロシア。
しかもまだロマノフ王朝が国を治める時代の話。しかしレーニン、スターリンら、後のロシア革命の立役者たちの暗躍も同時に語られ、ロシアの歴史の大転換期と第一次大戦が起こるか否かの瀬戸際の非常に緊迫した雰囲気の中にセバスチャンは晒されており、前作にも増して状況はスリリング。

しかしそれでもなお、なんだか割り切れないんだな。

ここに描かれているホームズは非常に人間くさく描かれている。
これこそ作者の意図するところなんだろうけど、果たしてこんなホームズを見たかったという人がどれだけいるだろうか?
この世界一有名な私立探偵はもはや“スター”であり、“ヒーロー”なのだ。
そんな男がウジウジしているところなんて読みたいと思わないのではないか?

色んな要素が盛り込まれている贅沢な作品だけれども、やっぱり手放しに賞賛できないなぁ。

No.541 3点 兇悪の浜- ロス・マクドナルド 2009/05/24 00:57
ハードボイルドのプロトタイプの型にかっちり嵌め込んで作られた印象が強く、従って妙に何も残らなかった。
文章は今までの一連のロス・マク作品の中では最も読みやすく、あれよあれよという間に事が進んでいった。
事件の手掛かりが容易に手に入るのも気になったし、登場人物各々があまりに類型的過ぎた(トニー・トーレスは若干異なっていたが)。

No.540 5点 動く標的- ロス・マクドナルド 2009/05/23 00:05
探偵リュウ・アーチャー初登場ということで、「質問者」という位置付けはある程度規定されているものの、どうも三文役者に成り下がっている印象が濃い。人の間の渡り方がどうにも不器用で、未熟である。
またプロットが平板で落ち着くであろう場所に落ち着いたという感じ。
う~ん、残念。

No.539 9点 地中の男- ロス・マクドナルド 2009/05/21 22:34
終盤の残り130ページ余りでどんでん返しを繰り返しながら明確に物語が収束するその手際は、やはり巨匠の業故である。
今回は登場人物それぞれの思い込みが微妙なバランスを維持し、今日にまでに至り、アーチャーをして、もはや本来の任務は終えたのだから真相はそのままにしておいた方がよいのかと云わしめたほど。
そして恐るべしは母親の息子への記憶の刷り込み。これに尽きる。

No.538 8点 ドルの向こう側- ロス・マクドナルド 2009/05/20 19:26
犯人は予想外ではあるが真相は半ばで自らが仮説した通り。そのせいで物語に失速感を感じたのかもしれない。
人前では現実を直視しない素封家として振舞っていた彼女が実は常に過酷な現実に対峙せざるを得なかったために起こった憎悪が招いた悲劇。
嗚呼、痛々しい。

No.537 8点 別れの顔- ロス・マクドナルド 2009/05/19 23:12
最後の章でバタバタ、と不明だったピースが嵌め込まれ、全体像が浮かび上がる所が凄い。
今回は終わってみれば実はサイコ・サスペンスでロス・マクドナルドの心理学への興趣が色濃く表れている。
また、最後の章の盲目の母の何気ない一幕で、無力だと思われていた存在が実は絶大なる支配力を持っていたという畏怖を表す所もまた印象深い。

もしかしたら法月氏は某作を創るのに本作の影響を少しばかり受けたのかもしれない。

No.536 9点 テロリストのパラソル- 藤原伊織 2009/05/18 22:53
確かにこれはとてつもないデビュー作だ。
まず冒頭の導入部。久々に晴れた日、公園まで散歩する主人公と休日を楽しむ人々の風景。そして突然の爆発。静から動への反転が素晴らしく、一気に読者を物語世界に引きずりこむ。

登場人物たちに共通するのは栄光を掴みかけた喪失感だろうか。何かに失敗し、また這い上がろうとし、努力を重ね、そして再び成功に似た何かを掴みかけたその瞬間、運命が眼の前でそれを攫っていく。ただ彼らはそれをあるがままに受け入れる。何かのせいにせず、とにかく生き延びる事にだけ執着して。

しかし犯人の動機の、なんて幼稚なことか。なぜこんなにも人生が、性格が歪んでしまったのか。

10月の長く続いた雨が止んだ土曜日、新宿中央公園で起きた爆破事件。それは物語の始まりであったが同時に彼ら3人の終焉の瞬間であったのだ。その運命の瞬間に居合わせた人々が形成する曼荼羅はいささか偶然に過ぎる感じもするとも云えるが、まあそれは措いておこう。
本書の題名にあるパラソルという単語は最後の最後にようやく登場する。ある登場人物がこの言葉に込めた意味とは、以前とは変わり果ててしまったある人物の中に最後に見出した少しばかりの優しさだったのかもしれない。

No.535 8点 さむけ- ロス・マクドナルド 2009/05/17 19:43
浅い、と思った。ブラッドショーの苦悩、トム・マギーの苦渋、ドロシー・マギーの狂気、そのどれもが響かなかった。
最後の4ページで一気呵成に暴かれる真相に唖然とさせられたせいで、まだ頭の中が整理されていないのかもしれない。だが結末で憶えた戦慄は『象牙色の嘲笑』の方が上。
今回はドロシー・マギーの失踪に始まった人物相関が完全に遊離してしまったのが残念。
マクドナルドは、ロイ・ブラッドショーをテリー・レノックスにしたかったのかもしれない。

No.534 8点 象牙色の嘲笑- ロス・マクドナルド 2009/05/17 00:50
今回も彼は完膚なきまでに質問する。読んでいるこちらが当惑するほどに、個人の領域に立入る。
そのあまりある執拗さは、終いには犯人が「なぜきみはおれを苦しめるのだ」と身震いさせられるくらいまでにもなる。
だがしかし、そこまで行いながらも彼の影は見えない。
犯人は最後、足枷のように影を引き摺るのに、彼には影すら見えない。「質問者」である以上に「傍観者」である所以だ。

真相は戦慄を憶えた。しかし、未だに謎なのは、被害者は何を「嘲笑」っていたのだろうか?

No.533 10点 縞模様の霊柩車- ロス・マクドナルド 2009/05/15 23:00
愛に飢えた人々が家族という一番小さな、そして身近な社会集団を形成した時、こんなにも哀しい事件が起こるのか。
愛されるという事を欲望という形で求めるが故、視える物も視えなくなり、無我夢中に貪欲なまでに模索し、踠く。

一番手に入れたかった父親の愛を形として求めたがため、実感できなかった娘。
その事実を何もかも無くしてしまった最後に告げられる残酷な結末。

終わり間際に真相通告人として太陽のような娘を選んだ作者の意図は何だったのだろうか?

No.532 7点 知りすぎた女- ブライアン・フリーマントル 2009/05/14 19:38
父親が経営する会社―本書の場合は義理の父親だが―が悪事に加担しており、それを自分が引き継ぐ事になったら・・・という、クーンツ張りの巻き込まれ型サスペンスをフリーマントルが書くと斯くもこのように実に緻密な物語になるといった見本のような作品だ。
ただハイソサエティクラスの人物達の物語であるから、どうしても明日は我が身といった危機感を感じられないのが難点ではある。

しかし最後に抱いた感想は「女は怖いなぁ」ということ。
1人の男性を巡る正妻と愛人が困難を乗越える話だが、2人のやり取りがドロドロしていない分、最後の仕打ちにうすら寒さを覚える。

No.531 8点 ウィチャリー家の女- ロス・マクドナルド 2009/05/14 00:35
歪んだ愛情が織成す悲劇、いや正直な気持ちを押し殺したゆえの反動と云った方が正解か。
現象はあまりにも単純。2人の男と1人の女の死。犯人はしかも1人。
しかし、その1人を炙り出すための炎は関係者各々の魂を苦く焦がし、また探偵自身も自らを焦がす。だが、あくまで彼は傍観者の立場を貫く。だから慮る事もせず、また望むのであれば自害の手助けをもする。
我が胸に徐々に立ち上る感慨は治まりそうにない。

No.530 7点 ブラック・マネー- ロス・マクドナルド 2009/05/12 22:21
相変わらずの複雑な人間関係が眼の前で繰り広げられる。
しかし、カタルシスは得られなかった。
この小説の最大のポイントはジニー・ファブロンなる一見無垢な美人を巡って周辺の男女―その父母までもが!―が運命に翻弄され、やがて無垢だと思われていたジニーが実は…という所にあるのにタイトルが腑に落ちない。「脱税した金」という意味を持つタイトルは相応しくないのだ。
この話にそっくりな御伽噺を私は知っている。しかし、それが何だったのか思い出せない。

No.529 3点 ミッドナイト・ブルー- ロス・マクドナルド 2009/05/11 22:48
この短編集を読んだ限りでは、ロスマクは短編を書けない作家であると云える。意外性を無理矢理でも持たせようとする強引さが目に余る。プロット重視の作家と云われている、又は自分でも云っている、にしては何ともお粗末である。
書かれた年代が現時点では不明だが、このラフさは恐らくアーチャー初期のものに類すると思われる。

No.528 4点 魔のプール- ロス・マクドナルド 2009/05/10 22:19
最盛期を迎える前の作品ということもあってか、結末の真相がインパクトに欠ける。意外と云えば意外だが衝撃は皆無に等しい。
ストーリーが流れるままに過ぎて行き、各々の人物像の性格が掴みにくく、透明度が高過ぎて浸透してこなかった。
アーチャーは若く、ラストシーンで警察署長と殴り合いを演じるほどの青さも見せるが、マーロウの影を引き摺っている感は多々生じた。
若さゆえのニヒリズムがアーチャーをアーチャー未満にしている。

No.527 5点 エデンの命題- 島田荘司 2009/05/09 19:47
表題作と「ヘルター・スケルター」2編が収められたノンシリーズの中編集。
自ら掲げた「21世紀本格宣言」をさらに実践すべく、本作にも最新科学の知識がふんだんに放り込まれている。
今回扱われたテーマは遺伝子工学、それも特にクローン技術、そしておなじみ大脳生理学。

(以下ちょっとネタバレ気味)


正直云えば表題作は過去の本人の作品のヴァリエーションの1つに過ぎないと云えるだろう。
それは私にとって不朽の名作である『異邦の騎士』だ。それをクローンたちが住まう臓器農場、旧約聖書の内容というガジェットでデコレーションした焼き直し作品という風に取れる。
更に後半はユダヤ教の旧約聖書がテーマとして浮上し、その「エデンの園」を手に入れるべく、主人公ザッカリの反撃が始まるという構成になっている。しかしこのユダヤ教というモチーフも『魔神の遊戯』でさんざん使われていた。
知識の敷衍に力点が置かれ、物語が薄っぺらいものとなっている。

「へルター・スケルター」の骨子は歴史ミステリとなろう。最後に行き着くのはアメリカで最も有名な猟奇事件の1つ、チャールズ・マンソン事件の島田的解明だ。

しかしこの「21世紀本格」というのはあまりに専門的に走りすぎて読者の推理の介在を許さないな。
島田は一体どこへ向かおうとしているのだろうか?

No.526 7点 人の死に行く道- ロス・マクドナルド 2009/05/09 01:30
失踪人捜しの依頼に、その中途で何者かに襲われ、気を失う、といった一連の流れは非常にチャンドラーと似ている。

しかし最後で明かされる真相がピタピタと頭の中で当て嵌まっていくというその作者の手腕にただひたすら平伏。物語の切れ味はチャンドラーよりも上か。

ただ題名は、その内容とあまり合致していないのでは?

No.525 7点 スペイン岬の秘密- エラリイ・クイーン 2009/05/07 22:23
国名シリーズ9作目で本国アメリカではこれが最後の国名シリーズらしい。
なぜ被害者は素っ裸にマントを着た状態で殺されたのか?という、想像してみると変質者だったから、と笑えるような理由が付けられそうな奇妙な謎が提示される。
そしてこれがある1つの事実でするするするっと解け、犯人まで限定してしまうロジックの美しさは見事。読後振り返ると、「ん?」と思うこともあるが、読んでいる最中はそのロジックの美しさに酔わせていただいたのだから、それは目をつぶる事にしよう。

で、けっこうこの作品は犯人を当てる人がいるらしいが、私は間違ってしまった。いや一度は考えたんだけど、どうにも整合性の付く答えが見つからなかった。

『アメリカ銃~』、『シャム双生児~』、『チャイナ橙~』と連続してガッカリさせられたが、本作はスマッシュヒットだった。
後期クイーン問題へ繋がるエラリイの心情吐露もあり、マイルストーン的作品であるのは間違いない。

No.524 4点 シャーロック・ホームズの息子- ブライアン・フリーマントル 2009/05/06 19:32
なんとフリーマントルの手による、ホームズのパスティーシュ小説。しかし、厳密に云えば純然たるホームズのパスティーシュではない。ホームズの登場人物を借りたスパイ小説となっている。主人公はホームズでもワトソンでもなく、フリーマントルが創作した彼の息子セバスチャン。
自然、物語は政治色が濃くなり、シャーロックよりも官職に就いていたその兄マイクロフトの出番の方が多くなっている。実にフリーマントルらしいホームズ譚だ。

しかしこのホームズ譚の登場人物によるスパイ小説という手法が果たしてよかったのかどうか、非常に悩ましいところだ。題名に堂々と『シャーロック・ホームズの息子』と謳っているから―因みに原題は“THE HOLMES INHERITANCE(ホームズの継承者、ホームズの遺伝子)”―、どうしてもホームズ譚のような物語を想像してしまう。
読書を十全に愉しむためにこの手の先入観は極力排して臨むべきだと解っていても、やはりこの手のパスティーシュ小説では難しい。

今回は上の理由により、面食らってしまい、なかなか物語にのめり込むことは出来なかったが、フリーマントルの意図するところが解った今、次作はもっと楽しめるのではないだろうか。

No.523 7点 爆魔- ブライアン・フリーマントル 2009/05/05 22:51
今回の作品は今までになく派手。ニューヨークの国連事務局タワーにミサイルが着弾するのを皮切りに、ボートの爆破、ワシントン記念塔の階段爆破、ペンタゴンのコンピューター・セキュリティー・システムを破ってのクラッカーの侵入、そして海を越えてモスクワのアメリカ大使館へのミサイル襲撃と、次から次へと事件が発生する。
これはやはり9・11が影響しているように思う。一応作者本人は本作が9・11の前には既に書き上げられていたと言及しているが、事件後、加筆したともあり、少なくとも、いや大いに影響は受けている物と思われる。従ってあの現実を超えるにはもっと派手な事件を設定しないと現実を凌駕できないという焦りがあったのではないだろうか。それが作家の矜持を奮い立たせたように私は感じた。

さてかなり練られたプロットで、意外性のある共犯者と相変わらずの筆功者振りを見せ付けてくれるのだが、どことなくアメリカの大ヒットドラマ『24』の影がちらついてならない。
爆破テロもそうだが、特にペンタゴンの内部スパイの存在、そして次の脅威の萌芽を予兆する終わり方など、すごく既視感を感じた。最後の犯人を捕らえるシーンなどはそっくりだと云える。どちらが先かという問題もあろうが、件のドラマを観た後で読んだがためにちょっと損な受取り方をしてしまった。

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