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Tetchyさん
平均点: 6.74点 書評数: 1617件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1237 8点 黒猫の三角- 森博嗣 2016/02/20 00:33
S&MシリーズよりもこのVシリーズの方が私の好みに逢うのはメインの登場人物たちが個性的であるのもそうだが、何よりも西之園萌絵の不在が大きい。あの世間知らずの身勝手なお嬢様がいないだけでこれほど楽しく読めるとは思わなかった。確かに瀬在丸紅子もお嬢様だが、30歳という年齢もあってか、どこか大人の落ち着きが見られ、不快感を覚えなかった。

そしてまさかまさかの真犯人。しかしこれこそ読者に前知識がない、シリーズ第1作目だから出来る意外な犯人像。タブーすれすれの型破りな真相を素直に褒めたい。

しかしそんな驚愕の真相の割には殺人事件のトリックは意外と呆気ない。1999年の作品だがこんなチープなトリックを本格ミステリ全盛の当時で用いるとは思わなかった。

ともあれ保呂草潤平、小鳥遊練無、香具山紫子、瀬在丸紅子らの織り成す居心地の良い新シリーズはまさに波乱に満ちたシリーズの幕明けとなった。正直S&Mシリーズは世評高い1作目を読んでもそれほど食指が動かなかったが―多分に西之園萌絵のキャラクターがその原因であったのだが―今度のVシリーズは今後の展開が非常に愉しみだ。

ところで何故Vシリーズって呼ぶの?

No.1236 7点 読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100- 事典・ガイド 2016/02/09 00:30
日経文芸文庫から出ているミステリガイドブックのマストリード100シリーズ。正直海外編と国内編で打ち止めだと思い、あと考えられるのは本格とかハードボイルド・警察小説といったジャンル分けでの、もっとディープな方向に行くと思ったが、予想に反してなんと女子ミステリーとは。

確かに海外ミステリ活性化のために立ち上げられた翻訳ミステリー大賞シンジケートのHPでも金の女子ミスや腐女子系ミステリと云った、「女子」を前面に押し出したコラムが目立つのは確か。しかしそれよりもこのような女子限定のミステリガイドブックが編まれる一番大きいな要因は各地で行われる読書会の参加者が圧倒的に女性の比率が高いからに起因しているからではないだろうか?

さて翻訳ミステリー大賞シンジケートでもひときわ目立つ存在が本書の編者大矢博子氏。そんな彼女が選ぶ女子ミステリーは今までのガイドブックでは決して選ばれないだろう作品がずらりと並ぶ。
詳細のラインナップは実際に本書を当たられたいが、正直食指が伸びるようなミステリ趣味に満ちた作品のように思えず、異性である私にとってはいささか没入度の低いラインナップとなっている。

しかし好みに合わないといって一蹴するのは本読みとしては失格である。百の選者がいれば百のラインナップがあり、千の選者がいれば千のラインナップがあるのが当然だからだ。本書は―是非はあるにせよ―女子ミステリーというテーマに特化した実にオリジナリティに溢れたガイドブックと云えよう。

No.1235 7点 失踪- ドン・ウィンズロウ 2016/02/07 22:45
ウィンズロウのもう1つの最新作は『報復』とはまたガラリと趣を変えた失踪人探しの物語。誘拐された少女を追う刑事の執念深き追跡劇だ。

明確には書かれていないが、物語の構成は大きく3部に分かれる。

第1部はヘイリー・ハンセン失踪事件をフランク・デッカーがネブラスカ州警察リンカーン署の刑事として担当し、捜査を行うが第2の失踪事件の犯人が逮捕されることで事件が形式的に解決させられようとしているところを、刑事の職を辞し、妻の許を離れてアメリカ中を疾走する。

第2部は1年前にヘイリーを目撃した女性から現場に居合わせたファッション写真家を追ってニューヨークに出向き、セレブの世界へ飛び込み、探偵崩れさながら様々な妨害に遭いながらも写真家を執拗に追い詰める。

第3部は一転して第1部で容疑者として浮上したヒッピー夫婦と第2の失踪事件との犯人との接点が浮かび上がり、再びアメリカ中をヘイリー存命の希望を持ちながら駆け巡る。

さて聞くところによるとウィンズロウは一時期作家活動を休止し、ハリウッドで脚本を書いていたようだ。そして再びまた小説家の道に戻ってきたという。それで合点がいった。この短文を連ねる、無駄な描写を削ぎ落とした文体はシナリオのト書きを想起させる。リズムよく進むこの文体でストーリー展開も速く、ページの繰る手がどんどん加速する。
しかし一方でテンポよく読ませるが故に、読者の手をはたと止めさせるような心に訴える描写・警句がないのも事実。従って登場人物たちの心情が心の深いところまでなかなか届いてこないのだ。

しかしそれは第2部とも云えるニューヨーク編に入るとガラリと変わる。ゴージャスなトップモデルの登場を皮切りに、気鋭の写真家の自宅でのパーティ風景といったセレブの世界に場違いな田舎刑事が飛び込む様子や、一方でニューヨークの人身売買の地獄のようなシステム、都会の片隅で家にも帰れず社会の底のまた底で身体を売るしか生きていけない女性たちのなど社会の底辺で最低の生活を強いられる女性たちの実態が語られるなど、陰と陽が明確に対比された世界が描かれ、いきなり物語が濃密になる。

しかし一見関係のないニューヨークでの捜査が最終的には1本の輪としてつながるわけだが、私はニューヨークの件は作品に厚みを持たせるための付け足しのようにしか思えなかった。犯人に辿り着くまでが本書の主眼であり、それでは物足りないと思ったため、ニューヨーク編を追加したように思えてならない。しかしだからといって決してバランスが悪いわけではなく、寧ろその部分が最も読ませるのだから、小説とは解らないものだ。

事件が解決しても全てが解決するわけではない。デッカーと妻ローラとの仲は愛が失せていなくても、もう元の関係に戻れない。このペシミズムこそやはりウィンズロウならではだ。
フランク・デッカー、元刑事。今日もどこかで失踪人を探してアメリカ中を疾走する。そんな惹句がふと思いついた。

No.1234 7点 2016本格ミステリ・ベスト10- 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 2016/02/06 18:45
意外なことに1位は深水黎一郎の『ミステリー・アリーナ』だった。これは歌野晶午氏の『密室殺人ゲーム』シリーズに匹敵する、本格ミステリに淫した作品ゆえに、まさにこのランキングに相応しい作品と云えるかもしれない。
2位は久々の倉知淳氏の『片桐大三郎とXYZの悲劇』、3位は米澤穂信の『王とサーカス』、4位には北山猛邦『オルゴーリェンヌ』、5位はランキングの有力候補として名高かった井上真偽の『その可能性はすでに考えた』が揃った。
倉知氏の2位は本当に驚いた。ランキングには入るかと思ったがまさか2位とは。やはり本格ミステリファンにとってエラリイ・クイーンのパロディは根強い人気があるということか。

さて6位以下では有栖川有栖、鳥飼否宇らが10位までにランクイン。11位以下は前年『○○○○○○○○殺人事件』で話題をさらった早坂吝氏の『虹の歯ブラシ』、島田荘司の久々のホームズ・パロディ『新しい十五匹のネズミのフライ』、麻耶雄高氏の『化石少女』らがランクインしたが、個人的に注目したいのは12位の『戦場のコックたち』でランクインした深緑野分氏。この誰もが思いもつかない独特の設定で本格ミステリを紡いだこの作品はぜひとも読みたい。また早坂吝氏もフロックではないことを証明した。

一方、いまだに扱いが国内編と等しくならない海外本格ミステリに目を向けるともはや出せば1位の感があるD・M・ディヴァインが『そして医師も死す』でランキングを制した。2位はこれもまた再評価で今やセイヤーズやクリスティを凌ぐミステリの女王としての趣があるヘレン・マクロイの『あなたは誰?』がランクインし、3位はこれまた新訳が嬉しいブランドの『薔薇の輪』、ジャック・カーリイの『髑髏の檻』が4位、そして今年紹介され、いきなり5位にランクインしたハリー・カーマイケルの『リモート・コントロール』と定番と訳出復活と新紹介作品が混在するにぎやかなランキング。
6位以下はクェンティン、ルメートル、ロラック、クリーヴス、そしてエラリイ・クイーンと全く今はいつの時代なのか解らないような面白いランキング。ホント我々は今未紹介で埋もれた傑作と、フランスで生まれた新しい本格ミステリがいちどきに読める実に幸せな時代に生きているのだと実感させられるランキングとなった。

1年の本格ミステリシーンを振り返るコラムの方はいつも通りで、昨年は独自企画がなかったことが寂しい。コラムはいつもながら思うのだが、4ページの分量にとにかく多くの作品を紹介しようと各筆者が作品の乱れ撃ちをしている内容が単なる作品名と作者名の羅列にしか思えないため、もっとこの書き方はどうにかならないものかと思うのだが。
企画物は昨年はしょうがないとして今年の2006-2015年のディケイドベスト10企画が行われることを期待しよう。

No.1233 7点 パラドックス13- 東野圭吾 2016/02/04 23:39
まず驚いたのはP-13現象が起きた後の世界ではほとんど全ての人間が消失し、運転していた車がところどころで衝突し、事故の山を築き、飛んでいた飛行機もまた墜落している、まさに地獄絵図のような状況が繰り広げられる。私は最初この情景描写を読んだ時にアメリカドラマの『フラッシュフォワード』を想起したが、その後度重なる巨大地震と集中豪雨で川が決壊し、地震と重なった起きた津波の描写で東日本大震災を想起した。しかし本書は2009年4月に刊行された作品で東日本大震災は2年後の3.11なのだ。まさに本書で描かれた状況は当時の被災地の人間が体験したそれのように思えるのだ。『天空の蜂』もまた3.11で起きた原発事故を予見するような内容だったが、それに加えて被災地の状況をも予見した作品として読むと驚愕に値する。

そしてほんの十数人を残して消え去った人々の世界を東野圭吾は持ち前の想像力とシミュレーション力で克明に描いていく。食糧危機にライフラインの根絶、あまり小説で描かれない登場人物たちのトイレ事情なども忘れずにきちんと書くところがこの作家が他の作家とは一線を画した存在であると云えよう。実にリアルである。

最も印象に残るのは度重なる危難の際に集団のリーダーとして皆を先導する久我誠哉の冷静な判断だ。
翻って腹違いの弟冬樹は感情に任せた判断をしては兄の誠哉に諌められる。しかし冬樹の判断こそが通常我々が陥る一般常識だ。

ただ一方で冷静に判断を下していた誠哉も理性や論理だけでは全てが解決しないことを知らされる。
そして次第に誠哉の論理的思考はエスカレートしていく。
論理的思考型人間の久我誠哉と感情的行動型人間の弟冬樹の2人を対照的に描くことで物語に起伏を、そして読者の思考に揺さぶってページを繰る手を止めさせない東野氏の筆致に改めて感心した。

本書は単にSF的興味やクライシス小説として読むには勿体ない。大災害が発生した時に生存するためにいかに行動し、どのような選択をしてくかを示した一種の指南書にもなり得るからだ。絶望的状況に見舞われた老若男女たちがそれまでの人生の中で培った価値観によってどのような選択をしていくかもまた読み処だ。それぞれが己の人生観に添った選択をするため、それぞれに一理ある。刑事、会社の重役とその部下、老夫婦、やくざ、女子高生、看護婦、主婦とその子供、ニートの若者とメンバーは実にヴァラエティに富んでいる。そのどれに自分を重ねるか。そんな風に自分と照らし合わせて読むのもまた一興だろう。

No.1232 7点 殺しのパレード- ローレンス・ブロック 2016/01/31 23:28
始まりはそれまでのシリーズ同様の雰囲気だが、それまでのシリーズと決定的に違う所がある。それは本書が9・11を経て書かれていることだ。
本書中最も多い分量の3編目「ケラーの適応能力」はケラー自身が9・11を通じた変化について語られる。そこにはケラーが物語の主人公として成立するためには非常に困難になってきた9・11以後のアメリカの姿が描かれている。

9・11を経験したケラーは感傷的であり、9・11当時では偶然依頼のためにニューヨークを離れていたケラーはテレビで衝撃のテロを目の当たりにし、断続的に嘔吐する。殺しをしても標的を人間と故意に認識しないことで心から消し去っていたケラーが、テロによって不特定多数の人間の命が失われていく様を目の当たりにして、知らず知らずに精神的ショックを受けるのだ。そしてそれがそれまでケラーが行った仕事の標的について語られ、ケラー自身が思いを馳せさせる。それはまるでシリーズの総決算のような趣を湛えている。

恐らくこれは『砕かれた街』同様、ブロックにとって9・11を消化するために書かなければならなかった作品なのだろう。“あの日”を境に変わってしまったニューヨークの、いやアメリカの中で彼が想像した人物たちがどう折り合いをつけて物語の中で生き続けているのかを確かめるために。

その後のケラーの物語はヴァラエティに富んでいる。まずデトロイトの殺しは標的が逆に依頼人を殺害して実行前にキャンセルになり、帰りの飛行機で話しかけられた男が殺したいと思っている男の殺しを請け負うことになる。
更に犬殺しの依頼を受けたケラーは2人の依頼人がお互いに相手を殺したがっていることを知らされ、実に意外な結末を迎える。
そして次の依頼では標的ではなく、依頼人を殺害するというツイストを見せる。
更に顔見知りの切手収集家が標的になり、案に反して標的と親しくなってしまい、殺害すべきかどうか苦悶する姿もまた見せる。

つまりこれら一連の物語では単に依頼を引き受け、標的の生活や習慣を見守り、また彼・彼女が住む町に身体を委ね、じっくりと仕事を遂行してきたケラーに、自分の意志が仕事に介入して単純に依頼を遂行するだけではなく、全てを合理的に解決するために依頼以外の殺しを行ったり、また逆に依頼人を殺して標的を助けたりと、依頼の動機などまったく斟酌しなかったそれまではありえなかった感情が介入してくるケラーの姿が描かれるのだ。
依頼よりも自分の感情に左右されてしまうケラーは殺し屋としては失格であり、さらに自分の遺産整理をドットに頼むに至って正直これらの物語を最後にケラーは引退するかと思われた。

しかし「ケラーの遺産」でドットに訪れる依頼は「ケラーの適応能力」でドットの許へ前金のみ送ってきた正体不明の依頼人アルからの物で、ケラーはこの依頼を最速で遂行して帰ってくる。そしてそれが彼にある踏ん切りをつけらせることになる。
つまり自分はやはり生粋の殺し屋であり、この稼業を辞めることはできないのだと悟るのだ。

そして最後の「ケラーとうさぎ」ではレンタカーで子供向けの物語の朗読CDに図らずも夢中になり、その続きが気になって早く聴きたいがために実に簡単に人を、しかも2人の子供を学校に送り迎えするごく普通の主婦が自分の都合で厄介払いしたくなった夫の依頼で始末され、ケラーは再び朗読CDの続きに思いを馳せるのだ。つまりドライな殺し屋ケラーが最後に見事復活するのだ。

ブロックが選んだのは9・11を経てもケラーはケラーであることをケラーに気付かせることだった。本書にはブロックが模索しながらケラーを書いている様子が行間から浮かび上がってくるが、どうにか本当のケラーを見つけたようだ。

No.1231 7点 報復- ドン・ウィンズロウ 2016/01/25 00:01
久々のウィンズロウはノンシリーズの復讐劇。妻子をテロリストに殺された元デルタフォースの男が遺族たちの賠償金を募ってそのお金でかつての上司が率いる世界各国の精鋭たちを集めた傭兵部隊を雇い、テロリストを追い詰める物語だ。
とにかく物語の展開はスピーディで、勿体ぶったところがなく、デイヴが精鋭たちを雇うのは全ページ610ページ強のうち、178ページと3分の1に満たないところだ。そこからウィンズロウは主人公デイヴ達が標的に迫っていく様を世界中を舞台に入念に語っていく。

さてそんな物語の中心となるデイヴの上司マイク・ドノヴァンが率いる“ドリーム・チーム”の面々はウィンズロウらしく実にキャラが立っている。

訳者が変わったせいではないだろうが、短い文章でテンポよく物語を運ぶのはウィンズロウらしさがあるものの、彼の持ち味であるユーモア交えた小気味いい文体が本書では一切ない。実にストイックに家族を喪い復讐に燃える男のストイックな物語が、専門知識をふんだんに盛り込まれながらも悪戯に感傷を煽るようにならず、ほどよい匙加減で切り詰められた文章で進んでいく。特に描写がリアリティに満ちていて実に痛々しい。例えばよく映画で目の前で敵の頭が吹き飛び、血漿を浴びるセンセーショナルなシーンがあるが、本書ではさらに砕けた頭蓋骨の破片が顔に突き刺さり、それらを除去しないと感染症に罹ってしまうという実に生々しい説明が付け加えられる。
また飛行機から飛び降りる高高度降下落下傘にしても単に潜入するだけに留まらない。高高度から飛来することの危険性―気温が摂氏マイナス48度であるから凍傷や低体温症の危険性がある、飛来する人が“X”の形で降りるのは風の抵抗を受けて少しでも落下スピードを落とす為で、落下スピードが速すぎるとパラシュートを開いた瞬間の衝撃で関節が外れてしまう、等―を詳らかに数行に亘って説明する。それも決して熱を帯びていなく、あくまで淡々と。『野蛮なやつら』や『キング・オブ・クール』で見られた実験的な文体を書いた作者と同一人物とはとても思えないほどの変わりようだ。

特に最後のテロリストの巣窟への襲撃戦はさながらマクリーンの『ナヴァロンの要塞』のようだ。難攻不落の要塞に高難度の進入を果たして12倍もの敵と対決し、ターゲットであるテロリスト、アブドゥラー・アジーズへと迫っていく。そのさなかで過酷な訓練を通じて友情を勝ち得た仲間たちと主人公デイヴは哀しい別れをしなければならない。
デイヴの報復が成就した今、恐らく彼らの物語の続きが描かれるか微妙だ。ウィンズロウ版『ナヴァロンの嵐』がいつか読めることを期待しよう。

No.1230 6点 宇宙クリケット大戦争- ダグラス・アダムス 2016/01/15 00:02
相変わらず破天荒な物語である。
とにかく1巻から続く脱線に次ぐ脱線の物語は本書も健在。いやはやとにもかくにも作者のダグラス・アダムスは相当な捻くれ者らしい。全てがおふさげの産物だ。子供たちに人気の『かいけつゾロリ』のキャッチフレーズは「まじめにふまじめ」だが、このシリーズの神髄もまさにそれ。3作目にしてどうにかこのふざけを愉しむイギリス人独特のユーモアセンスが見えてきた。

そして1つ気付いたのは恐らくこれはアダムスだけではないだろうが、宇宙ではもはや時間軸と云うのは簡単に覆り、過去に戻ることが出来る物だと認識されていることだ。本書では逆にそれが数々のパラドックスと問題を起こしているとして<実時間を守れキャンペーン>なる物が銀河系で行われているというジョークまである。

そしてまた宇宙では生物の思考が万物の法則や時間をも超越するように考えられていることも本書では頻出する。特にアーサーが崩壊する場所から逃げ出すときになぜか空中に浮いており、そのことに対して疑問を持つと次第に落下し出すので、飛ぶイメージを持つことでその状態を保つエピソードが出てくる。通常であれば非常にナンセンスであり、まさに“トムとジェリー”の世界なのだが、この考え方もSF物ではどうやら至極当たり前の論理らしい。例えば『スター・ウォーズ』に登場する宇宙に満たされているフォースと云う概念もまたその類であり、もっと近い内容で云えば『機動戦士ガンダム』に登場するニュータイプという概念もまたそうだ。
つまり宇宙ではこの時間軸が容易に反転する事、空間もまた容易に移動できること、そして思考がそれらを凌駕する事。

これらを頭に入れて読むとアダムスの描くこのシリーズの不条理なストーリー展開も以前よりはすんなり頭に入るようになってきた。

あと本書には短編「若きゼイフォードの安全第一」が収録されている。この作品のジョークはしかし今では解説がないと理解できないかなぁ。

とにかくようやく3作目に至ってアダムスのジョークのテイストが解ってきた。前2作に比べてはるかに愉しんで読める自分がいた。

No.1229 7点 麒麟の翼- 東野圭吾 2016/01/09 20:43
前作『新参者』で日本橋署に転勤になった加賀が同署で再び相見えたのは一見簡単だと思われた行きずりの殺人事件。そして『赤い指』の事件でタッグを組んだ松宮刑事と再び捜査を共にする。
新宿に本社を持つ建築部品メーカーの製造本部長を務める男性がなぜ日本橋で殺害されたのか?しかも腹を刺されながら日本橋交番を素通りしたのか?そしてなぜ麒麟の像の下で彼は息絶えたのか?

当時社会問題となっていたいわゆる「派遣切り」問題を扱いながら、ある会社の本部長を務める男がなぜ日本橋七福神を参っていたのかという小さな謎が加賀を奔走させる。一つの謎が明らかになると浮かび上がる被害者の謎めいた真意。加賀は軽い臆測で事件を片付けず、とことん真相を追及していく。

さらに今回加賀は『赤い指』で亡くなった父親加賀隆正の三回忌を迎えようとしていており、その際に隆正の看護を担当した看護婦金森登紀子の世話になっている。この金森が加賀に隆正の三回忌の打合せをしている時に放つ言葉が今回の事件解決のヒントになるところが本書のミソだ。

一見不和のように見える親子関係。そしてこの悠人と武明の関係はそのまま加賀親子の姿と重なる。加賀は事件を通じて生前の父親の心に向き合うのだ。
この2つの構図をなんと上手くリンクさせることか。そしてこの加賀の父親との不和が『赤い指』を経て徐々に浄化されていく過程こそ、シリーズを読んできた者が得られるカタルシスであり、特権だ。

そしてタイトルとなっている“麒麟の翼”には本書が過ちを犯した人々に向けたそれぞれの再出発の物語であるというメッセージが込められている。それはまた加賀にもまた当て嵌まる。『赤い指』で一旦決着したかに見えた父親との不和。しかし看護婦金森を通じて、何も解決していなかったことを悟らされる。

さて今度は加賀恭一郎の番だろう。次作以降を読むが愉しみだ。

No.1228 7点 砕かれた街- ローレンス・ブロック 2016/01/05 23:21
ニューヨークに生まれ、マット・スカダーシリーズを中心にニューヨークを描いてきたブロックが9・11後のニューヨークを描いたのが本書。そこにはスカダーは描かれず、ニューヨークに住む人々を描いた群像劇の様相を呈している。
ニューヨークで知り合いや友人の掃除代行をして生計を立てているジェリー・パンコーが出くわす殺人事件を軸にニューヨークに住む人々の生活が語られる。

一方でもう1つの物語の軸となるのは美人の画廊主スーザン・ポメランスのエスカレートするセックス・ライフだ。専属の弁護士とたまに情事を愉しむだけだったのが、ボディ・ピアスを開けたことで潜んでいた性に対する飽くなき探求心が高まり、性欲の赴くままに街を徘徊しては男たちを誘い、アブノーマルなセックスに興じる。その相手が当初殺人事件の容疑者とされていたクレイトンへと繋がっていく。
それぞれ関係のないと思われた登場人物が次第に事件とスーザンの夜の活動によって繋がりを形成し出す。
そう、この800万もの人間が巣食うニューヨークで起きる、9・11のある犠牲者によって引き起こされる狂信的な連続殺人はなんと1人の奔放な性活動を多種多様な人物と繰り広げる女性によって解決の糸口が見出されていくのだ。
これはブロックなりのジョークなのだろうか?アラブ人のテロリストによって破壊されたニューヨークで悲劇のどん底に突き落とされた人々がどうにか傷が癒え、再興に向けて歩き出している人々が再び出くわした悪夢に対して、セックスによってそれまでの価値観を崩され、新たな自分に目覚めていく男たちを生み出す一人の女性がそれぞれの事件を繋げていく。つまりスーザン・ポメランスのセックスこそは再生の象徴と云っているのだろうか?
率直に云ってスーザンが繰り広げるセックスの開拓はほとんどポルノ小説のようである。いやそのものと云っていいほど詳細に、且つ濃密に描かれている。これが1人の哀しきテロリストによる狂信的なニューヨークの再生を謳った暗い色調の物語を一変させているのだ。しかもこの2つは物語に上手く溶け合っているとは正直云い難い。このスーザンの物語は本当に必要だったのか、甚だ疑問である。

ニューヨーカーであるブロックにとって9・11は途轍もないショックをもたらしたことだろう。しかしブロックが紡いだ9・11後のニューヨークは悲劇を乗り越え、それでも強かに生きている人々の姿だった。9・11は終わりではなく、また始まりでもない。確かに以前と以後では変わった物も事もあったが、それはニューヨークの歴史の中での通過点の1つであった。それが証拠に我々はまだ生きているではないか。生活を営んでいるではないか。ブロックが人生讃歌の物語を書くとこんな風になる、いい見本だと思った。

No.1227 9点 地球儀のスライス- 森博嗣 2015/12/25 23:30
とにかく冒頭の3編が素晴らしい。「小鳥の恩返し」の湛える大事な物を喪った切なさ、「片方のピアス」の禁断の恋に溺れるカップルが迎える悲劇、全編手記で展開する「素敵な日記」の読めない展開が最後に一気に想像を遙かに超えた、そして全てが腑に落ちる驚愕の真相と立て続けに打ちのめされる。

その後には完結したS&Mシリーズが短編で2編収録されているのはファンとしては嬉しいサーヴィスであろう。特にその2編では今まで前作に登場しながらも萌絵の影となり支えてきた執事の諏訪野にスポットを当てているのが興味深い。しかもそれらは日常の謎系のミステリでほのぼのとした雰囲気が心地よい。萌絵の非常識ぶりも抑えられていて、これなら普通に読むことができる。

そして次は幻想小説が続く。
作者の幻想趣味が短編では存分に発揮されている。「僕に似た人」、「有限要素魔法」、「河童」の3編。幻想強度としては「河童」<「僕に似た人」<「有限要素魔法」の順になろうか。特に「有限要素魔法」は有限要素法とは関係がないように思えるのだが。

そして最後はオーソドックスでありながらもやはり心に強く残る、想い出の物語。「気さくな人形、19歳」は老人が自分の亡くなった娘にそっくりな女子大生に共に過ごすだけのバイトを頼む。それは自分の財産を娘に残すために老人が周囲に打った芝居というのが動機なのだが、ここはやはりそんな理由ではなく、偶々テレビで見かけた自分の娘そっくりな女性を発見したことで適わぬ想い出づくりをしたかったのだろう。そしてその役目を務めた小鳥遊練無の魅力的な事。イントロダクションに相応しい快作だ。
そして最後の「僕は秋子に借りがある」は実に美しい物語だ。物語が閉じると同時に木元が感じた思い、つまりそれは題名「僕は秋子に借りがある」と思わされる。この物語は作者の想い出に似た宝石のようなものがこぼれ落ちて生まれたようなものなのだろう。当然ながらこれが個人的ベストだ。

しかし小鳥遊練無といい、秋子といい、森氏の描く女性は難と魅力的なことか。西之園萌絵には最初から最後まで辟易し、この短編でも好感度が増すことがなかったので、正直森氏の女性像には失望していたのだが、本書ではその考えを180度変えざるを得なくなった。いやあ次のVシリーズが愉しみになってきたぞ!

No.1226 4点 宇宙の果てのレストラン- ダグラス・アダムス 2015/12/20 01:34
最初からぶっ飛んだ内容で正直読んでいる最中はその訳の解らない展開に翻弄される。それは作者に鼻先を摑まれて、ぐるんぐるん振り繰り回されているような一種の酩酊感に似ている。

宇宙における自身の存在のちっぽけさを思い知らせて精神破壊を起こす機械、事象渦絶対透視機。
900年もの出発を保留している宇宙船。
宇宙の果てのレストラン<ミリウェイズ>とは即ち宇宙の終焉を迎えようとする隕石の上に立地するレストランで、終焉を迎える瞬間に未来へとダイヴする。
そしてそこでは料理の材料となる生物が自らお勧めを話し、自殺して極上の料理へと変貌する。
これら小難しい形而上学的な論理を駆使して、実に馬鹿馬鹿しいことを説明しながらストーリーは進む。恐らくこれがイギリス人特有のユーモアなのだろう。本書に書かれていることは実に高度でありながら、実にスケールが小さいのだ。
このおかしみを理解する事が本書を愉しむために必要な事なのだろうが、これがなかなか浸透してこない。

う~ん、まだこの世界観にのめり込めない自分がいる。ただ前回に比べてなんとなくだがアダムスの持つユーモア感は解ってきたように思えるが、笑いがこぼれるほどにはいかないのが正直な感想だ。
この悪ふざけをアクが強いと受け取るのか、しょうもないと思いながらもほくそ笑むのか。
それが問題だ。

No.1225 8点 疾風ロンド- 東野圭吾 2015/12/14 22:58
文庫書き下ろしで刊行された本書はまたもやスキー(スノボ?)シーズンの雪山が舞台となる。そして主人公を務めるのは『白銀ジャック』でも登場した根津昇平と瀬利千晶の2人だ。

本書は細菌テロという重いテーマを持ちながらも、雰囲気は軽妙でコミカルな装いで物語は進む。
まず新種の炭疽菌『K-55』の名自体が作者の名前をもじっていることからも深刻さを避けようとしているのが明白だろう。

しかし構成は単純ながらもさすがはベテラン作家東野、ストーリーに様々な要素を織り込んでいる。
まず脅迫者が事故死したことで『K-55』の隠し場所が解らなくなるというツイストもなかなかだ。さらに必死になって不祥事を揉み消そうと躍起になる東郷&栗林のコンビとは別に『K-55』を先に手に入れて3億円どころかそれ以上の身代金を請求しようと企む研究員、折口真奈美という第3の影。
そして捜索に同行させた栗林の息子秀人が現地で知り合う地元の中学生山崎育美の同級生高野一家に降りかかったインフルエンザで亡くなった妹の死に絡む母親の昏い情念と、コミカルながらも不穏な要素をきちんと用意している。いやあ、いい仕事してますわ、東野氏は。

そしてそれらがきちんとクライマックスに向けて二転三転するストーリー展開に寄与していくのだから凄い。単に思わせぶりなエピソードに終わらず、それぞれがそれぞれの事情で正体も知らずに『K-55』の争奪に関わり、利用しようとする。
正体を知っている者たちの思惑と知らない者たちの思惑が交錯して、クライマックスではスキーヤーとスノーボーダーの滑走しながらの一騎討ちといった活劇も織り込んで最後の最後まで息をつかせないノンストップエンタテインメント小説に仕上がっている。

恐らくおっさんスノーボーダー東野圭吾は経営難で苦しんでいる日本中のスキー場を救わんととにもかくにも爽快で軽快な物語を愉しんでもらいたいという思いで本書を著し、そして多くの人に手に取ってもらうために文庫書き下ろしという形での発刊を選んだに違いない。
従って本書は徹底的に娯楽に徹したエンタテインメント小説である。難しいことは考える必要は全くない。従来の東野作品の読者ならばこの単純さが、ベストセラー作家の走り書きとか、ストーリーに厚みがなくて物足りないなどとのたまうかもしれないが、単純面白主義の何が悪いと開き直って読むのが吉だ。逆にこれだけウィンタースポーツとしてのスキー、スノーボードの疾走感やスキー場の臨場感も行間から滲み出てくるような躍動感に満ちていることをきちんと気付いてもらいたい。読みやすいが故にこの辺の技術の高さが軽んじられているのが東野圭吾氏の長所であり短所でもある。

普段読書をしない人たちに「何か面白い本、ない?」と訊かれたら、今はこの本を勧めるだろう。そして『白銀ジャック』に続いてドラマ化されてもおかしくないくらい映像化に向いている。
こうやって東野圭吾の読者が増えていくわけだが、それも仕方がないと納得せざるを得ないリーダビリティに満ちた作品だった。

No.1224 8点 やさしい小さな手- ローレンス・ブロック 2015/12/13 00:36
早川書房が2009年に突如企画したハヤカワ・ミステリ文庫での「現代短編の名手たち」シリーズにブロックが選ばれ刊行されたのが本書。名手の名に恥じない傑作が揃っている。特徴的なのは全体的にブラックなテイストに満ちていることだ。

さて個人的ベストを挙げるとするとやはり本編で一番長い「情欲について話せば」になろうか。短編4つ分のネタが放り込まれた内容はもとより、トランプゲームに興じる警官、軍人、医者、司祭と云う奇妙な取り合わせが寓話めいていて奇妙な印象を残す。

「ノックしないで」も捨てがたい。ブロックには珍しくシンプルな作品だが、求めつつもそれを自分から求めない元恋人の女性の心の機微が静かに心に降り積もるかのような作品だ。

そしてスカダー物4編から1編を挙げるとすると「夜と音楽と」になる。なぜ単にスカダーとエレインが夜のデートをするだけの何の変哲もない8ページだけの1編を挙げるのか。それは最後の2行、スカダーとエレインが2人して「誰も死ななかった」ことを喜ぶシーンが妙に痛切に胸に響くのだ。
元警察官で無免許探偵をしていたマットは彼を訪ねる人達に便宜を図って人捜しや警察が相手にしない取るに足らない者たちの死を探る。人捜しであっても彼は誰かの死に必ず遭遇する。しかし警察官であったマットは死自体には何の感慨も抱かず、ニューヨークによくある八百万の死にざまの1つを見たに過ぎないと振舞う。
しかしエレインが襲われることになり、そしてエレインを伴侶とし、安定した生活を得たことで彼らにとって死はもう沢山だと思い始めたのではないか。探偵をする限り、彼は陰惨なシーンに出くわさざるを得ない。しかし2人で一夜を過ごすときは忘れたいのだという思いをこのたった2行に感じさせる。しかし初めてこの短編集でブロック作品を読んだ人たちには「何だったんだ?」で終わる話だろう。つまりこれはシリーズを読んできた者だけが行間から読み取れる深い内容だと云える。そういう意味では今回の「現代短編の名手たち」という企画にはそぐわないのかもしれない。

いやはややはりブロックは短編も読ませると再認識した。確かに上に書いたようにブロック初体験の読者にとって解りにくい作品もあるし、何よりも短編集でしか読めない悪徳弁護士エイレングラフ物が1編もなかったのが残念でもある。

No.1223 4点 呼びだされた男- ブライアン・フリーマントル 2015/12/05 01:11
チャーリー・マフィンシリーズ3作目。
まず非常に読みやすいことに驚いた。最新作『魂をなくした男』の、学生に頼んだ下訳のような日本語の体を成さないひどい日本語ではなく、実に滑らかにするすると頭に入っていく文章が非常に心地よい。
そしてこれもまた最新作と比べて恐縮だが、二分冊になるような長大さがなく300ページ強と通常の厚みでありながらスピーディに展開していくストーリー運びもまた嬉しい。若さを感じる軽快さだ。

最近のシリーズ作に比べると非常に構造がシンプルだ。したがって特にサプライズも感じずに、「えっ、もうこれで終わり?」的な唐突感が否めなかった。

また最近のシリーズ作では既に忘却の彼方となっているが、前作で妻イーディスを喪ったチャーリーは彼女の想い出と悔恨に苛まれて日々を暮している。従って折に触れチャーリーのイーディスへ向けた言葉と当時の下らないプライドを後悔しているシーンが挿入される。折に触れチャーリーは自身の行為が生前イーディスが話していた台詞が裏付けていたことを思い出す。疎ましく思っていた存在を亡くしてみて気付く愛しさと妻こそが最大の理解者であったことを自戒を込めてチャーリーは改めて確認するのだ。う~ん、この辺は実に教訓になるなぁ。

さて本書では保険調査員に扮し、そのまま無事に難関をクリアしたチャーリー。特にピンチもなく物語は終えたため、よくこのシリーズが現在まで続いたものだなぁと不思議でならない。この後は『罠にかけられた男』ではまたもやFBIと保険調査員として見えることになり、実に痛快に活躍するのだから本書はシリーズの動向をフリーマントル自身が探っていた小編だったとも考えられよう。

No.1222 8点 バーニング・ワイヤー- ジェフリー・ディーヴァー 2015/11/29 21:38
現代のシャーロック・ホームズ、リンカーン・ライムが対峙する今回の敵は“電気”。正確には電気を武器にニューヨークを翻弄する敵が相手だ。
普段はその有難みが解らないが、いざ台風や地震で停電が起きるとその大事さに気付かされるのが電気だ。3・11の東日本大震災で計画停電が行われ、当時東京に住んでいた私はネオンサインがない渋谷の街を毎日目の当たりにして、夜闇に乗じて犯罪が起きてもおかしくはないと半ばこの世の終わりのような思いを抱いたものだ。
「電気は、市民の道徳心にもエネルギーを供給しているのだ」の作中の一文には激しく頷いてしまった。
この電気、実は私も仕事で縁がある代物だが、非常に便利であるが反面、非常に恐ろしい物だ。それは本書でも実に詳細に語られている。
いわゆる“見えない凶器”であり、電線のみならず帯電している金属から人間の体内を通って地面に通り抜ける間に絶命してしまうからだ。

さらにライムはキャサリン・ダンスたちがメキシコ警察と共同してメキシコシティに潜伏しているウォッチメイカーの逮捕にも携わる、いくつもの要素が絡まった物語となっている。

そしてそれら一連の事件の絵を描いたのは意外な人物だったことが判明する。
とにかくすごい真相だ。どんでん返しの帝王とも云えるジェフリー・ディーヴァーだが、もう騙されないぞと思いながらもやはり驚愕させられてしまった。
もはやネタは出尽くしたと思ったがこれほどのサプライズをまだ見せてくれるとは、やはりディーヴァーは只者ではない。

ところでディーヴァー自身もこのシリーズを現代のホームズ物と意識して書いているようだ。特に下巻220ページの次の台詞

考えうる可能性を全て排除したあと、一つだけ排除できなかったものがあるとすれば、一見どれほど突飛な仮説と思えても、それが正解なんだよ

はホームズが短編「ブルース・パーティントン型設計図」での台詞

ほかのあらゆる可能性がダメだとなったら、どんなに起こりそうもない事でも残ったことが真実だ

とまるで同じである。もはやこれは確信的ではないだろうか。

No.1221 10点 有限と微小のパン- 森博嗣 2015/11/23 00:54
シリーズ中最も厚い文庫本にして約850ページの大作。そしてそのボリュームに呼応するかのように次々と事件が発生し、様々な仕掛けが物語全体に仕掛けられている。
森氏はギアを1速からいきなり4速へと加速するかの如く次から次へと事件を謎を畳み掛ける。

方々に散りばめられた小ネタとも云える謎が早々と解き明かされるが、これが一つ一つレベルが高く、たびたび「あっ!」と声を挙げてしまうほど驚かされた。

(以下ネタバレ)

一連の殺人事件は案外あっさりと解決される。特に動機なんてものは実になおざりに処理される。
ただ私が思ったのはこの真相はいわゆる世に流布するミステリ全般に対する森氏の皮肉ではないか?ということだった。
一般的に市民が殺人事件に出くわす確率はそう高くはない。私自身、直接的間接的にせよ、殺人事件どころか刑事事件に関わったことはない。本書でわざわざ長崎まで出向いた西之園萌絵がそこで事件に出くわすことがもはや作り物めいているといえないだろうか。ミステリを読み慣れた我々にとってそれらが至極当たり前のことになっているが、実際は旅行先で事件が起こるなんてことは確率的にはかなり低いことであり、森氏はそれを逆手にとってわざと事件を起こさせるという真相を持って来たのではないだろうか。

これほど派手に事件が起こるのだが、本書の主眼はそこにはないところに森氏の潔さを感じる。
そして本書の最大の謎とは「真賀田四季は一体どこにいたのか」だ。
これを特定する犀川の推理は実にロジカルで、実に感服した。久々にこれが理系ミステリであると再認識させられた。

いやはやこの最終作でシリーズに散りばめられた仕掛けが解り、森氏の構想力に脱帽した。回文や四季を髣髴させる謎かけなど、森氏の言葉に対する貪欲なまでの遊び心が溢れ、更にはシリーズを思わず読み直させる種明かしもまた心地よい。まさにシリーズの締め括りに相応しい大作だった。

ところで当時の『本格ミステリベスト10』の座談会で笠井氏が「私や綾辻君が10作でシリーズ完結と謳いながらいまだに成し遂げてないのに、彼がたった3年できちんと完結したことがすごい」と語っていたのが一番ウケた。
この頃綾辻氏は『暗黒館の殺人』を出すと云っていた頃だったので、その後のことを考えるのもまた一興である。

No.1220 4点 銀河ヒッチハイク・ガイド- ダグラス・アダムス 2015/11/14 01:21
全く前知識のない状態で手に取った第一印象は題名と文庫裏表紙の梗概から判断してドタバタSFコメディというものだった。
いきなり悪名高い“宇宙の土木業者”で開発計画の名の下、数々の惑星を破壊して回るヴォゴン人によっていきなり地球を破壊されたごく普通の、いや人よりちょっと間抜けで報われない人生を送っていたアーサー・デントが地球に潜入していたベテルギウス人のフォードによってヒッチハイクで救われ、奇妙な宇宙の旅へと連れて行かれるお話。
この内容で間違いはないのだが、非常に読者を選ぶ文体とストーリー運びだと云えよう。

本書に挟まれる過剰なおふざけとも云えるダグラス・アダムスのギャグのセンスがイギリス人には大いに受けたのかもしれない。
とにもかくにもまだ第1巻。本書でこのシリーズの評価を出すのは早計と云うべきだろう。続く2巻目以降に期待したい。

No.1219 9点 新参者- 東野圭吾 2015/11/06 23:31
日本橋署に赴任したばかりの加賀が携わるのは小伝馬町で起きた1人暮らしの女性の殺人事件。その捜査過程で彼は被害者三井峯子の遺留品を手掛かりに捜査を進めていくのだが、彼が訪れる先々ではそれぞれがそれぞれの問題を抱えており、加賀はそれらに対しても対処していく。その問題は市井の人々ならば誰しもが抱える問題で、いわばこれらは殺人事件が起きない日常の謎なのだ。つまり殺人事件の謎を主軸に加賀恭一郎は日常の謎を解き明かしていくのだ。

各章で明かされる各家庭が抱える秘密や問題は我々市井の人間にとって非常に身近で個人的な問題だ。そんな些末な、しかし当事者にとってはそれらはなかなか深刻な問題である。普通に暮らしている人々の笑顔の裏には誰もがこのような問題を抱えている。それは表向きは当事者以外にしか解らない。従ってその問題がひょんなことで表出した時に謎が生まれる。そんな謎を加賀は細やかな観察眼と明晰な推理力で解き明かす。それらは家族の中でも一部の人間しか知らされていない、実に人間らしい家庭の秘密である。

全てが明かされると、この世界は人間の優しさや人情で出来ているのだと温かい気持ちになるから不思議だ。

特筆なのはこの事件を通してシリーズキャラクターとして読者にはお馴染みである加賀恭一郎の人となりが今まで以上に鮮明に浮き上がってくることだ。
日本橋署に赴任したばかりの一介の刑事が人と人の間を練り歩き、事件とは関係のない謎を解き明かすことで1人の人間の死が及ぼしたそれぞれの小さな事件を知り、1つの大きな絵が見えてくる。それを飄々とした態度で、明晰な観察眼と頭脳で解き明かす加賀の優秀さ、いや清々しさがじんわりと読者の心に満ちてくるのだ。
特に第7章で被害者の元夫である清瀬直弘と対峙した時に加賀が清瀬に告げた家族の力の強さは、以前の加賀からは決して出なかった台詞だろう。これはやはり長年確執があった父の死を超えた加賀だからこそ云えた言葉だった。
本書は家族への愛を色んな形と角度から描いたミステリだ。人の心こそミステリだと宣言した東野氏がこんなにも心地よい物語を紡いだのは一つの到達点だろう。

No.1218 7点 死への祈り- ローレンス・ブロック 2015/11/03 21:24
今回マットが対処する事件は強盗による弁護士夫婦殺害事件。強盗が入っている間に家主が帰って来て強盗によって殺される。これはもう1つのブロックのシリーズ、泥棒探偵バーニイ・ローデンバーがしばしば巻き込まれるシチュエーションだが、その場合は軽妙なトーンで物語が進むのに対し、マット・スカダーシリーズでは実に陰惨な様子が淡々と語られ、恐怖が深々と心に下りてくるような寒気を覚える思いがする。この書き分けこそがブロックの作家としての技の冴えだ。

今回はマットとTJの機転で警察組織を巻き込んで大規模捜査網が敷かれる。かつて個人が巨大な悪に立ち向かうためにミック・バルーと云う悪の力を借りて対峙したマットだったが、前作でミックの組織は瓦解し、彼を残すのみとなった。今回総勢12人も殺害したシリアル・キラーと立ち向かうために組んだ相手が警察組織だったことは元警官であったマットにとって自分の立ち位置が原点に戻ったように思える。

原点回帰と云えばシリーズも15作目になって、マットは更なる過去へ対峙する。それはシリーズが既に始まった時から離縁関係にあった元妻アニタと彼の息子マイケルとアンドリューとの再会である。

さて私がこのシリーズを読み始めたのが2013年の6月だからもう足掛け2年4ヶ月の付き合いになる。既に本書までは既刊だったため、シリーズを1作目から本書に至るまで通して読むことが出来たが、この2年4ヶ月という凝縮された期間であっても本書を読むにここまで来たかと感慨深いものを感じるのだから、シリーズを1作目から、もしくは有名な“倒錯三部作”からリアルタイムで読み始めた人々のその思いはひとしおではないだろうか。
本書で語られているように、マットが断酒してから18年の歳月が流れ、作中での年齢は62歳と既に還暦を超えてしまっている。
しかしマットは登場当初の、人生に打ちひしがれた元警官の無免許探偵という社会的には底辺に位置する人々の一員であったが、15作目の本書では元娼婦の妻エレインが蓄財した不動産収入でニューヨークでマンション暮らしをし、安定した生活に加え、エレインが趣味で始めた画廊からの収入もあり、マットは探偵業を気が向いた時に営むといった、人が羨むような生活を送っている。もはやホテルの仮住まいで定職に就かず、毎日アームストロングの店に入り浸ってアルコールを飲み、時折訪れる人のために便宜を図るように幾許かの金で人捜しや警察が扱わない事件の掘り返しを請け負い、依頼金の1割を教会に寄付して過去の疵を癒す慰みにしている、人生の負け犬のような彼の姿はもはやそこにはない。陰の暮らしから日の当たる世界へ出たマットの姿をどう捉えるかは読者次第なのだろう。

ともあれマットが裕福になり、エレインとの夫婦生活が充実していくにつれて、このシリーズ特有の大切なペシミズムやムードが失われていくような気がするのは私だけだろうか。
相変わらず読ませる物語であることは認めよう。しかし上に書いたようにかつて読んでいたようには私の中に下りてくる叙情性といったような物が薄れて行っているのは確かだ。しかしそれでも私はいいと思う。エレイン、TJ、ミックと彼を慕う人々の中でマットが事件と対面していくのもやはりこのシリーズの特徴であるからだ。

さて次の『すべては死にゆく』は未だ文庫化されていない。このシリーズ全作読破のために一刻も早い文庫化を望む。しかしブロックの新作は文庫で出ているのになぜこの作品だけ文庫化されないのだろうか?

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